Re: 【小説的】原色のないその青を、奇跡と呼んだ【雑談】 ( No.313 )
日時: 2014/03/10 20:40
名前: 奏弥◆4J0JiL0nYk (ID: lYzqL1hI)

さて、今回は小説でも書こう。短編だ。三スレに分けて書く。
暇つぶしにでも読んでくれ。


*『道』

 ぼんやりとかかった白い霧の中、一本の道とそこを歩いていく人だけがそこにある。何もかもが境界を無くしてしまう白の中で、果ての知れない道と、そこを流れる人々はどちらも確かに在り続けている。
 終わりの見えない道と、通り過ぎる人々。いっそ幻想的とも思える景色。ここが何処かは分からないが、どんな場所かは知っている。道の半ば、休むことは許されても、諦めることは許されない。立ち止まることは許されても、戻ることは許されない。ここはきっと、そんな場所。

 間違いばかりの俺の人生の中で、彼女の存在だけが唯一の真実だった。だが、彼女にとっての俺の存在は決して良いものとは言えなかったかもしれない。俺は彼女を溺愛していた。それこそ目に入れても痛くないくらいの可愛がり様だった。俺は彼女を愛するあまり、彼女に何も言うことが出来なかった。彼女のためにはならないとは分かっていても、根底には彼女に嫌われる事への恐怖があって俺は何もしなかった。
 俺は今になってようやく気付いたのだ。嫌われることを恐れて何も言えないようじゃ、相手に愛情があるとは言えない。結局俺は、彼女以外何もいらないと口で言いながら、自分が一番大切だった。彼女を愛していると言いながら、本当に愛していたのは自分だけだった。彼女のためにならないと知りながら、何も出来なかった。

 ――――俺のせいで、彼女は失った。

 ふと気づけば、何も分からないまま道の端に座り込んでいた。皆一様に穏やかな顔をして流れていく人の群れを眺めながら、ただ何かを探し続けていた。なにを探しているのかは分からない。その何かを見つけなくてはいけないという焦燥だけはある。
 何を探しているのか。何を失くしたのか。見つけてどうするのか。何故探し続けているのか。進むのを躊躇ってしまうほどに、それは大切な物なのか。何一つ分からない。そもそも、自分のことが分からない。

 ――――私は、誰なんだ?

 あんな事が起きる前、俺は確かに幸せだった。ある意味では恋をしていたと言えるかもしれない。彼女の瞳に俺が映るのを何より嬉しく思っていたし、彼女が俺を呼ぶ度に一種の優越感に浸ることができた。彼女に俺が必要なのは明らかだったし、俺にも彼女は必要な存在だった。彼女がそう遠くない未来に俺の庇護下から旅立つ時が来ると知っていても、俺は幸せだった。彼女を護り、その成長を心から見守ることに喜びを感じていた。

 ――――それなのに、俺は何一つ守れなかった。

 私、自分、俺、僕。それに名前もだろうか。いや、さすがに大の大人が名前というのは厳しい気がする。自分が使っていた一人称も分からない。思い出せない、が正しいだろうか。記憶が無い状態では自分という人間の存在さえも怪しい。私、は誰なのだろう。確かに存在していたのだろうか。誰かの記憶に残る存在であれたのたのだろうか。誰かの記憶に残らないというのは少し寂しい気がする。