Re: 【小説的】原色のないその青を、奇跡と呼んだ【雑談】 ( No.317 )
日時: 2014/03/12 21:18
名前: 奏弥◆4J0JiL0nYk (ID: lYzqL1hI)

 目の前の人物は、この場所の説明役と名乗った。もうこの時点で、非常に胡散臭い。まず、見た目が怪しい。年齢が全く分からない。性別もよく分からない。少女のようにも見えるし、少年にも、青年にも、大人の女性にも、さらには老人の様な感じも受ける。

 「人には誰にでも、生まれ変わりの権利がある。」

 声を聞いても、性別不詳、年齢不詳だ。ついでに言っていることも、さらに胡散臭い。

 「まず、自分が死んだってことは気づいているかな?」

 俺は、黙って肩をすくめた。自分が死んだと聞かされても、やっぱりとしか思わない。俺はやはり、あの時に死んだのだ。

 「へぇ。あー…、そう。人には、未練というものがあるらしいね。」

 俺の未練。それはもちろん、彼女のことだ。俺は彼女を救うことが出来たのだろうか。分からない、赤い靄の中、横たわる彼女の姿を見たような気もするし、意識が落ちるその瞬間、彼女の声が聞こえたような気もする。現実は一体どちらなのか。目の前の説明役は、その答えを持っているのだろうか。

 「彼女は生きているのか?」

 俺の唐突な質問に、自称説明役は片方の眉だけ器用に上げてみせた。素晴らしく生意気で憎たらしい表情だ。

 「彼女、ねぇ。三途の川、渡りかけ。」

 自分が死んでいると聞かされた時よりも、ショックだった。
 俺のせいだ。俺のせいで彼女が、死ぬかもしれない? 俺は結局、守れなかった?

 「未練。執着。愛惜(あいせき)。心残り。」

 説明役は、目を細めて微笑んで見せた。優しげで、親切そうな笑み。口元に笑みがあるのに、目だけは俺を観察し続けている。説明役は、善人の皮を被って俺を絡み取る。

 「権利を放棄する代わりに、望みを叶えるチャンスをあげるよ。」

 これは、俺が一方的に不利なゲームだとは分かっている。それでも、可能性があるのなら。
 説明役の笑顔が視界の端に映り込む。


 ――――悪魔の囁きがおんなにも甘いものだとは。


 落ちた髪飾りを慌てて両手で握り締める。壊れてしまうかもしれないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。ただ只管(ひたすら)に、恐ろしかった。あれほどの身を焦がすような焦りを、いとも簡単に馬鹿げていると切り捨てられる自分が。そうさせてしまえるこの場所が。いっそ泣き出してしまいそうなくらいに、怖い。この髪飾りを失えば、私は永遠に自分を失ってしまう気がした。おそらく、この道を歩いている人々は自分を忘れたのだ。それは、自ら望んだことなのか。それともこの場所のせいなのかは分からないけれど。だからあれ程穏やかなのだ。ここの人々は。
 すべてを忘れ、ただ流れに身を任せるのは心地が良い。幸せと言えるかもしれない。焦りも、悲しみも、苦しみも、痛みも無い。そもそもの原因が存在しないのだから。それでも、私はまだ、私を失いたくは無い。


 ――――私は、私を取り戻したい。


 俺の目の前には、選択肢が二つある。一つは、何も得られない代わりに何も失わない。つまり、現状維持。そしてもう一つは、望みを叶えるチャンスを得る代わりに、全てを失うかもしれない。常識的に考えれば、リスクが大きすぎる選択肢だ。だが、何を捨てても叶えたい望みが俺にはある。


 ――――さて、俺は何を選び、何を捨てるべきか?


 髪飾りを手のひらに閉じ込めて、息を吸い込む。私は、何か大事なものを忘れた。それが何かはまだ分からないけれど、のこされた時間はもうそれ程無いような気がする、歩き出せば二度と戻ることの出来ないこの場所は、立ち止まる人からも容赦なく奪い続ける。立ち止まる理由ごと奪い去って、常に急かし続ける。
 髪飾りを見つめて、その持ち主に思いを馳せる。髪飾りを見ていると、不思議と焦りも不安も消えて、穏やかな気持ちになっていた。きっと、大丈夫。私なら、きっと思い出せる。そう信じてゆっくりと目を閉じた。


 ――――瞼の裏に浮かぶのは、愛しい誰かの泣き顔だった。

Re: 【小説的】原色のないその青を、奇跡と呼んだ【雑談】 ( No.318 )
日時: 2014/03/12 21:16
名前: 奏弥◆4J0JiL0nYk (ID: lYzqL1hI)

 「俺はどうなっても構わない。」
 「本当かな?」
 「それが代償と言うなら、喜んで受け入れてやる。」
 「君自身が報われることは無いんだよ。」
 「俺は救われても意味が無い。」
 「代償は払っても、絶対とは言えない。」
 「可能性はあるんだろう?」
 「失敗する方が多いけど。」
 「俺には権利がある。」
 「あくまで権利だ。義務じゃない。」
 「そうさ。これは俺のエゴだ。」
 「動機を覚えていられるかは分からない。」
 「忘れても、思い出してやる。」
 「歩み出せば、二度と戻ることは出来ない。」
 「戻らないさ。戻る理由も無い。」
 「彼女が通り過ぎれば、失敗だよ。
 「それまでに見つける。絶対に。」
 「そこまで言うのなら、チャンスをあげる。」
 「感謝する。」
 「精々足掻くと良いよ。じゃあね。」
 

 ――――俺は、一縷の望みに全てを賭けた。