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Re: 「紙ヒコーキさん」 ( No.10 )
日時: 2016/02/10 19:43
名前: 玻璃 (ID: t5qrQfWq)

不束者ながら参加させていただきます。
短編の基準が分からず、2スレッド使う形になると思います…
もし、参加条件などを満たしていない場合は、削除いたしますので申しつけください。




「紙ヒコーキさん」


 どんなに頑張っても、届かないものがある。
 でも欲しい。
 あなたは、どうする?



「ごめん、先行くね!バイバイ!」

 友達にそう叫びながら、身長148cmの橘ちあきは教室を飛び出した。
 自分より大きい荷物にふらつくのも、髪がぼさぼさになるのもお構いなしで、全力で廊下を駆ける。
 梅雨入り間近のこの頃。湿った空気が鬱陶しい。
 ばたばたとちあきの足音が響く。転びそうになったり、階段から落ちそうになったり忙しないが、小柄な体は人の間を器用にすりぬけ、一番で昇降口を突破する。
 そのまま外へ出て、校舎を回り込んで自転車置き場を抜けると、一際目を引く桜の気が見えてくる。然程大きくはないが、その姿は堂々たるものだ。
 疲れたちあきはその桜の下でしゃがりこむ。荷物がずり落ち、一気に肩が軽くなった。
 この学校に入学して早2ヶ月。ピンクだった花はすっかり緑の葉へ衣替えした。
 息が落ち着いたちあきは、その桜ではなく校舎の一番上、屋上に目を向けた。
 高さと逆光のせいで、よく見えない。
 が、誰かいるのは分かる。こちらを見ている。
 いつもの影だ、と心の中で呟いたちあきは、その影に向かって大きく手を振った。
 それに気づいた影は、手に持っていた何かを投げる。
 否。
 飛ばす。
 落ちてくる。降ってくる。飛んでくる。風に煽られながらも。
 ちあきへと、一直線に。
 真っ白な、紙ヒコーキ、が。
 すぐそばに落ちた紙ヒコーキを即座に拾う。相変わらず綺麗な折り目より先に目がいくのは、羽に書かれた言葉。

『お疲れ様。いつも頑張ってるね。たまには休んでもいいと思うよ』

 何のことだ、と見た人全員が首を傾げるだろう。
 でもちあきは違う。その慰労の言葉に胸がジーンとしているくらいだ。
 それは今朝、ちあきが屋上の壁に書いた落書きへの返答だった。

『どうしていつも失敗しちゃうのかな。私のバカ…』

 入学した日から、ちあきは屋上の真っ白な壁にいたずら心で落書きをしている。
 そして放課後になると、その落書きへの返事が書かれた紙ヒコーキが屋上から、桜の下にいるちあきへ投げ飛ばされる。
 初めは驚いたし疑いもしたが、だんだんこの繋がりが楽しくなってしまって今も尚続けている。
 一日にお互い一言ずつ。そんな進度の遅い会話でも、十分楽しい。
 紙ヒコーキさんの言葉は、真っ直ぐで優しい。いつもちあきを励ましてくれている。
 今までに何度も励ましてもらった。元気づけてもらったし、時には叱ってくれもした。でも最後はやっぱり優しくされた。いつの間にか、大切な繋がりになっていた。
 いつも影しか見せてくれない相手のことは気になるが、一度知ることを躊躇ってしまってからそのままだ。勝手に「紙ヒコーキさん」と呼んで、慣れ親しんでいる。
 この言葉は誰のものなんだろう。この紙ヒコーキは誰に折られたんだろう。
 紙ヒコーキの送り主を、ついつい想像してしまう。
 ちあきは紙ヒコーキを見つめた。

(君は、誰に飛ばされてきたの?)

 そんな問いに意味がないことは百も承知だ。
 高すぎる屋上を見つめ、顔も知らない紙ヒコーキさんを思いあぐねる。
 実際、紙ヒコーキさんを突き止めるのなんて簡単だ。屋上で待っていればいいだけだし、直接聞いたっていいのだ。『あなたは誰ですか?』と。
 でもそうできない。
 怖いのだ。
 相手を知ったことで、この不思議な繋がりが途切れてしまうのではないかと。
 そう思うと、いくら明るいちあきでも黙ってしまう。
 何もできない自分に嫌気が指しながら、ちあきは紙ヒコーキを大事にカバンにしまった。



『模試の結果が……追試と補講……』
 そう落書きした日の昼休み。教室内は朝は降っていなかった雨に、なんとなく空気がどんよりしていた。

「ちあー、いるー?」

 友達とお弁当を食べていたちあきは、突然聞き慣れた声が聞こえて手を止めた。
 目を向け、声の主と目が合うと手を振られる。

「ちな兄!どうしたの?」

 勢いよく立ち上がりながら、自分の1つ年上の兄、ちなつに問いかける。
 廊下へ行くまでにクラスメイトの荷物につまずき転びそうになったのを、近くにいたちなつが受け止めてくれた。

「本当ちあは落ち着きないな。少しおとなしいほうがモテるぞ?」

 ふざける兄の腹部をぺちぺち、と叩き続けながら、ちあきは頬を膨らます。本当は頭を叩きたかったが、生憎ちなつは背が高い。
 ごめんごめん、と軽く謝られ、然程怒ってもないちあきはすぐに許してやった。

「それで、どうしたの?」
「あぁ、えーっと、これ」

 ちなつは無造作にポケットに手を突っ込んだ。
 くしゃ、という音ともに取り出したのは、
 見慣れた真っ白な紙ヒコーキ。
 ……、え?
 パッ、と即座に紙ヒコーキを受け取りながら、ちあきは状況について行けないまま紙ヒコーキを見つめる。
 どうして?ちな兄が?これを?何で?まだ昼休みだし、え?何で?
 色々な疑問が生まれる中、紙ヒコーキがいつもと同じ折り方ということだけ理解する。
 でもいつも書いてある文字がない。真っ白だ。
 そう思っていると、ちなつが心を読んだように

「中に書いてあるってさ。俺に見られたくないらしい」

 と、教えてくれる。
 言われた通りに紙ヒコーキを開くと、いつもの字で『ちゃんと勉強しないとね』と書いてあった。
 驚きと、戸惑いと、不安と、少しの恐怖。そんなものに苛まれて、さすがのちあきでも笑顔を浮かべられないでいる。

「な、んで……?」

 口から零れた言葉は、ちあきの心の声。

「さぁ、どうしてでしょう?」

 面白そうに笑うちなつに、苛々と動揺を隠せない。
 あのやり取りに、第三者が介入してくるなんて、思っていなかった。
 ……胸がチクリと痛む。

「まぁ、急な雨で飛ばせないから渡してくれって言われたんだけどな。中見んなってうるさかったんだぜ?」

 ちなつのその言葉に、ちあきの思考が静止した。
 でも鼓動は早く変な汗が出た。息はしてるのに何故か苦しい。
 混乱する頭の中で、再度ちなつの言葉を繰り返す。
 つまり。

「……ちな兄、紙ヒコーキさんのこと知ってるの?」

 ちあきが知りたくても知れなかった相手。それを、ちなつは知っているということだろうか。
 呼び名に戸惑いながらも、兄はすぐに理解して答える。

「あぁ」

 机に頭をぶつけたような、そんな衝撃だった。
 小さく肯定したちなつの表情は、とても嘘をついているようには見えない。
 そして何よりちあきは自分に驚いた。
 紙ヒコーキさんの存在を実感している自分に、驚いたのだ。

Re: 「紙ヒコーキさん」 ( No.11 )
日時: 2016/02/11 18:04
名前: 玻璃 (ID: t5qrQfWq)

 心のどこかで、紙ヒコーキさんのことを遠くに、非現実的に考えてしまっていたらしい。文字で話したことしかないのだから、仕方のないことかもしれない。
 でもいるんだ。本当に。この校舎のどこかに。
 いつも想像の中でしか会えなかった、いつも空に消えてしまうようにいなくなってしまう紙ヒコーキさんが。
 こんなに、近くに。
 いるんだ。

(……誰?)
「っ……」

 思ったことをそのまま聞こうとして口を開けたが、声が出なかった。
 寸前のところで、ちあきは無意識に自分に問いかけた。

 ……聞いてしまって、いいの?

 その質問に、自信を持って答えることができなかった。
 ちあきにとって、紙ヒコーキさんを知れる最高のチャンスだ。
 だけど、今この場で、本人がいないところで、屋上でも桜の下でもない場所で、しかも第三者の口から、聞いてしまっていいのだろうか。
 それでは、今までの2人だけで繋がりを、否定してしまっているような気がして。
 紙ヒコーキさんはちなつに中を見るなと言った。紙ヒコーキに書かれた言葉はちあきだけに向けられていた。
 でもちあきは、想像するだけで満足して、その曖昧な存在にちゃんと向き合えていなかった。
 そんなのだめだ。
 ちあきもきちんと向き合うべきだ。
 現実に生きる、紙ヒコーキさんに。
 今まで、向き合えていなかったぶんも。

「聞かないのか?」
「うん、聞かない」

 意外だな、というちなつの呟きに少し苛つきつつ、ちあきは深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
 はやる気持ちを抑えて、紙ヒコーキさんのことを考える
 たくさん励ましてくれた。笑わせてくれた。元気付けてくれた。優しくしてくれた。応援してくれた。楽しませてくれた。
 いつの間にか、大切になっていた。
 まずはお礼を言おう。今までの分全部。その後は、できれば、もっともっと、仲良くなりたい。
 そのために、まずは。

「ねぇ、ちな兄」
「ん?」
「その人は、私に気付いて欲しいって、思ってくれてるかな?」

 ちあきの質問に、一瞬呆気に取られたけど、ちなつはすぐに笑いながら答えた。

「そう思ってなかったら、自分で渡しに来たと思うけど?」

 意地悪な答え方に苦笑しつつ、ちあきはちなつにありがとう、と言った。



『俺もグリンピース嫌い』

『そんなに気に病む必要はないよ。お友達なんでしょ?すぐ仲直りできるって』

『社会の先生は寝ないほうがいいよ。チョーク飛んでくる』

『風邪って聞いたけど、大丈夫?』

 ちあきは屋上の自分の落書きの前で紙飛行機に書かれた内容を思い出していた。
 見やすい字で丁寧に書かれていたメッセージ。そう思うと、自分の字はどんなに読みづらかっただろうと少し笑えた。
 昨日の雨とは正反対で、今日は綺麗な青空だ。
 校庭から生徒たちの元気な声が聞こえてくる。その声は遠くに感じられ、この場だけが時間が止まったかのように思えた。
 それほど、緊張していた。
 慌てているようで、どこか落ち着いている自分がいた。嬉しいけど切ない、そんな何とも言いがたい気分だった。
 音が、何も聞こえなかった。風だけが、ちあきの髪を撫でているだけだった。
 このまま時が止まってしまうのではないかと本気で思った。
 そして、屋上の扉が開く。
 歩く音がして、だんだんこちらに近づいてきていることが聞き取れる。
 心臓が早く動いているかさえ、分からなくなった。
 ぴた、と足音が止まった。
 それを合図に、ちあきは目を開いて足音がしていた方向へ目を向ける。
 停止する世界の中で、ちあきは声を出した。

「ごめんなさい、今から下に行くんです」

 手に白い紙を持つ彼に、話しかけた。
 かなり驚いた様子の彼は、すぐに俯いて、でもすぐに顔を上げて困ったように、でも嬉しそうに笑っていた。
 そんな紙ヒコーキさんに笑いかけながら、ちあきは荷物を持って走り抜ける。

『あなたに会えて、嬉しいです。名前、教えてくれませんか?』

 走った。いつものように。
 紙ヒコーキを受け取るために、いつもこうやって走っていた。
 自分より大きい荷物にふらつくのも、髪がぼさぼさになるのもお構いなしで、全力で。ただ一心不乱に桜を目指した。
 いつもより息は切れたし、眩暈までするほどだったが、ちあきは休むことなく屋上を見上げる。
 誰かの影があった。いつもと同じ。
 そしてちあきは手を振った。
 それを見た彼は桜の木の下にちあきに向かって、
 紙ヒコーキを

 飛ばす。

 ちあきに向かって一直線に。
 何の迷いも躊躇いもなく。
 飛んでくる。
 初めてちあきは飛んでくる紙ヒコーキを、その小さな体で受け止めた。
 いつもより落ち着いて、ちあきはその羽の文字を読む。

『凪、碓井凪。ちょっと待ってて』

 碓井、凪、さん。

 ちあきはその名前を頭の中で何度もリピートした。
 想像じゃない。本当に存在する、紙ヒコーキさんの名前。
 ふと見上げれば、屋上に先ほどの影はなかった。
 あぁ、また、いなくなってしまった……
 と思ったけれど。


「君は?」


 息を切らせたさっき屋上にいた彼が、目の前にいて。

「君の名前も教えてよ」

 文字越しではない会話。
 初めて聞く声。
 触れた手の温度。
 見つめ合う目線。
 それら全てが、暖かくて。
 つい笑ってしまう。

「橘、ちあきです」

 知ってるくせに、と嫌味を言おうかと悩んだけれど、それは今度にしようと思う。
 話したいことがたくさんある。

「お話、しませんか」
「俺もそう思ってた」

 嬉しそうに笑う彼と、
 さて、何から話そうかな……迷うちあきは、紙ヒコーキを大切そうにカバンにしまった。



 どんなに頑張っても、届かないものがある。
 でも欲しい。
 そのときは
自分から動くしかないのだ。




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終わりです。
もし長すぎる場合は申しつけください。
下手なのに出しゃばってごめんなさい
よろしくお願い致します。