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「――――クドい。 いーかげんあきらめろ、 バカ。
HRの多数決でとっくにきまってんだよ、“おばけ屋敷”だって。」
クラスのみんなをまとめる役目のはずの俺たちが、どうしてこんなにモメてんだよ……
――――っつーか、こいつは“星野まみ”っていう名の(常に俺のまわりをちょろちょろとうろつく)女なのだが、俺が委員長を引き受けたとたんに副委員長に立候補してきやがった。
理由は…… まぁ、わかるだろ? 大体。
「だって! まみはね、“プラネタリウム・(ノンアルコール)カクテル・バー”をやりたかったのに!!」
(高校生がカクテル・バーだなんて ありえねぇし……)
ツインテールに縛った髪を振り、口先をとんがらせながら小声でつぶやく。
「涼クンと 星空のなかでロマンチックに“やりたかった”のに…………」
――――彼女の頭ン中には花が咲いている。 毒の花粉に脳がおかされているんだ………
ため息をつき、俺は人差し指を空に向けて指した。
「ホイ、見ろ。 ココに満天の星空がひろがっているだろう……? “おまえのせい”で、時間がエラいつぶれたからな。
あーあ……。 こんな目に遭うんなら委員長なんて引き受けるんじゃなかったぜ、まったく。」
(フフン! どうだ、まいったか?)
俺は星野の顔をチラッと見た。 彼女は両ほほに手のひらをつけて顔を真っ赤にしている。
――――前半のセリフだけしか耳に入っていなかったようだ。
「ロマンチック……って…… おまえ なにがやりたかったんだ……?」
「え!? あっ…… うふ。」
体をクネらせながら彼女は答えた。
「――――“君の瞳に乾杯”…………」
タイトル『アンタに完敗。』
「わあー…… あの星、きれーい……」
――――やべ。 なんだかロマンチックムードになってきた。 ――――気をつけなければ。
俺は無視して背を向けた。
「綺麗だけど…… あれ? なんかあの星……こっちに向かってきてるよ……
……なんで!?」
(星が向かってきてる……だと!?)
なにかイヤなことが起こる予感がして、俺はふり向いた。
――――信じられない。
目を開けていられないほどに まばゆい光に包まれた……飛行機!? ……にはとても見えない円盤のかたちをした飛行物体が俺たちの動きを止めた。
「――――星野!!」
情けない話だが、実は俺はこう見えてもテレビとかで超常現象の番組を見ただけで、夜、思い出しては恐怖にガクガクとおびえるくらい苦手……だったりする。
だから“こんなこと”はしない…… 絶対ひとりで逃げだすはずなのだが、俺は“あの”星野を腕の中に抱きしめ、守っていた。
(ここは…… どこだ……?)
気がつくと、俺はフワフワのベッドの上に横になっていた。 ――――腕の中に星野を抱きしめたまま。
「うわあ!! 離れろ! バカ!!」
暴言とともに俺に引き離されても、ほほを染めながら嬉しそうに「ありがとう」と言いやがる星野。
部屋の中を見わたすと、ダブルベッドとテレビ、そして風呂場(たぶん中に便所)しか見当たらない。 まるで愛し合う恋人たちが“そういうコトをする”目的の宿泊施設によく似ている。 燃え上がる炎のような赤い壁紙と、あやしさただようピンク色の照明がバッチリ証明している。
「――――冗談じゃねぇ! ……帰るぞ!!」
――――しかし、どこにもドアが見当たらない。
部屋の中に一つだけ小さな窓は見つけた。 そこから目をこらして外をのぞくと、俺たちの下に布団のように敷き詰められた分厚い雲の層が見えた。
(うそだろ……)
――――俺たちが今いる場所はおそらく…………空中。
「ようこそ! “実験材料”のお二方。」
ポマードのにおいが半径一メートルくらいただよっていそうな、少ない髪をムリヤリ七三分けにしているジジイがベッドの脇にあるテレビの液晶画面のなかに姿を現した。
なんと彼は、“俺と星野の子孫”だとわけの分からないことをほざいた。
――――“こんなの”が子孫のハズがない。
ムカつきながら俺は、白衣の胸元から気持ちの悪いモジャモジャの毛をチラチラと見せながら話すバーコードジジイの話を聞いた。
こんな風貌をしていながらも、実は彼は現在よりも深刻になってきている少子化問題に立ち向かう組織の科学者で、問題対策のためにやむを得ず使用することになるかもしれない“ホレ薬(?)”を開発中。 日々“恋愛の研究”をしている男……らしい。
そこで彼は、俺たちが今、閉じ込められているこの“タイムマシン”に乗って、はるばる現在にやってきたのだ。 ――――ちなみに俺たち二人を実験材料のターゲットにした理由は……“最もすごい恋愛経験をする男女”だからと答えた。
――――2>に続きます。
2>
(――――くそ!! ふざけやがって! ……帰る!!)
俺はひろげた両手でテレビ画面の横ぶちを握り、「ここから出しやがれ!!」と大声で叫んだ。
「おまえもなんとか言え!」と、べっどの上の星野を見ると、彼女はまんざらでもない様子でほほを染めてニヤけた顔をしていやがる。
「おい! 星野! 目 覚ませ!! 俺はともかくおまえは女だろ!?
今頃 親が心配してるんじゃねぇのか? いいのか!?」
俺は彼女の両肩を手でつかんで揺さぶり、“ここから脱出することを考えろ”と説得したが、
「涼クンとずっと一緒にいられるなら…………どうでもいいや。」
――――ダメだった。
コレはあきらめるしかないのだろうか……。 プライバシーを奪われ、一生バーコードのいいなりになって生きていく運命なのだろうか……星野と。
(冗談じゃねぇぞ!!)
俺はもう一度、テレビ画面の中のバーコードをにらみつけた。
「青年よ。 ここから出たいのならば……条件がある。」
どうやらバーコード自ら“脱出の方法”を教えてくれるようだ。 うさんくささを感じるが、しょうがなく俺は彼の話を聞いた。
「おぬしの持つ“鍵”を“挿しこめ”ば この部屋のロックが解除される。」
(鍵? は? そんなモン持ってねぇ…………)
まるで俺の反応をおもしろがっているようにバーコードは話し続ける。
「まだ分からぬのか……。 おぬしが“生まれた時から持っている鍵”だぞ。 むっひっひ……」
(生まれた とき?)
「いやっだ、 おじちゃんったら もうっ!」
星野は理解したようだ。 ほほに手をあててクネクネと恥ずかしがる彼女の姿を見てから 俺はやっと……理解した。
――――この変態ジジイが!! もしもこいつがテレビ画面のなかじゃなかったら、絶対俺はボコボコにしていた。
「――――シャワー浴びてくる。」
信じられないことが起こりすぎて どうにかなりそうだ……。
とにかく疲れをとらなければ、と俺は部屋の中の風呂場に入った。
俺がシャワーを浴びるのをあたかも予想をしていたかのように、バーコードは気を利かせて(?)湯船にお湯をはってくれていた。
(フン! 騙されないぞ……)
文句をこぼしながらも俺は、結局 湯船につかった。 白色の入浴剤の入ったお湯が、冷めきった俺の身体をあたためてくれる。 心地よい湯気の香りが鼻をくすぐる。 風呂から出て、星野と一緒に過ごすくらいなら、ここでずっとこうしてくつろいでいたい気持ちだ。
ガチャッ。
「 !! 」
温まっていく俺の身体が再び凍りついた。 ――――星野がいきなり風呂場に入ってきやがった。
「だって だって、 ……ひとりでいるの、コワかったんだもん。」
どう見たって“コワい”なんて表情をこれっぽっちもしていないニヤけた顔でバスタオルを巻いた彼女は図々しく湯船につかり、俺に身体を寄せ付けてきた。
星野はバスタオルで守られているからいいだろうけれども、俺には守るタオルがない。
俺は“一番大事な一か所だけ”を両手で隠し、風呂場を飛びだした。
「うぎゃ――――――――!!」
俺の…… 俺の服が…… な――――――――――――――い!!」
目をこすってもう一度脱衣かごの中を見た。
かごの中に入っていたのは、黒いレザー布製の尻の部分がTバックになっているキワどいブーメランパンツ……一枚だけだった。
俺のかごのとなりのかごに入っている“モノ”は、おそらく星野のものだろう。 そのかごの中にも服は入っていない。 おそるおそる手を伸ばして、(彼女のかごの)中に入っている“モノ”を取り出した。
――――コレをあの“ガキっぽい星野”が着けるの か?
やはり彼女も下着だけ。 しかも、深紅の色のフリフリレースのTバックパンティー、そしてCカップ以上はありそうなおそろいのブラジャー。
(なんだ コレはアアッ!!)
右手にパンティー、左手にブラジャーを持ち、心のなかで叫んでいると、
「りょ、涼クン…… それ、着ける の?」
風呂場から不思議そうに星野が顔を出した。
「つけない!! 俺が出るまで出てくんじゃない! バカ!!」
俺はしかたなくブーメランパンツをはいて風呂場から出て、ベッドに腰をかけた。
(この部屋…… ソファーか椅子も ねぇのかよ……)
――――3>に続きます。
3>
――――これは夢だ。 こんなの夢に決まってンだろ…………
俺はムリヤリ“今”を夢だと思いこんだ。
俺のとなりに風呂上がりの星野が、さっきの“あの下着”を身に付けた姿でいる。
(こいつ…… こんなに可愛かった か?)
「やだっ、涼クン…… そ、そんなにジッと見ないでよぉ……」
(フン! さっきはいきなり風呂に入ってきやがったくせに……)
顔を真っ赤にして必死で胸を隠している星野。 今までは彼女に対して(……っつーか、女に対して)全く関心がなくて、気付かなかったけれど、よく見れば豊満な胸、そして、普段はツインテールに縛っているが、意外にも長かった下ろしている濡れ髪、抱き心地が良さそうな小さな肩、プルンとしたつややかなくちびる……無意識で俺は…………
――――彼女のくちびるを奪っていた。
そして俺はベッドの上に立ちあがり、天井に設置されている“隠しカメラ”をへし折って壊した。
突拍子もない俺の行動に目を丸くしている星野の両手を握り、彼女の耳もとでささやいた。
「どうせ夢なんだ。 夢の中ならば“何をしたって”構わない……
俺と一緒に目を覚まそう…………」
――――カメラを壊した時に、どうやら俺まで壊れてしまったようだ。
俺はそのまま星野をベッドの上に押し倒し…………
――――バシイッ!!
耳を裂く音と同時に、俺の尻に激痛が走った。 Tバックだからなおさらのこと……尻も裂けるくらいの……
「実験終ー了ー。 おつかれさんっ」
俺の背後に生のバーコードが現れた。
メチャクチャに荒れ狂ったこの気持ちを、彼にどう ぶつけたらいいのか分からないでいる間に、彼は俺の背中に大きなリュックサックを背負わせた。 さらに、俺と星野の腰にゴツいベルトを取り付け、それをつなぎながら、サーッとワケの分からない説明をしだした。
「3000フィート落下したところで、オート開傘します。 ああ、服はこの横のポケットに入っていますよ。
無料(タダ)でスカイダイビングを体験できるなんて、ラッキーでしたねぇ、
――――それでは ごきげんよう。」
そう言ってバーコードは自分のポケットから出した携帯電話によく似たリモコンのスイッチを押した。
(ちょ、ちょっと待て バーコード! 今 なんて言った?
たしかスカイ……)
突然 俺と星野が腰かけているベッドのマットレスが中央から真っ二つに割れ、俺たちは夜の“スカイ”に放り出された。
――――実は俺は“高所”も苦手なのだった。
「……ねぇ見て 涼クン…… すごーくきれいだよ!」
「あ、あ、あ、ああ キレイ…………」
星野に弱みを握られたくなくて、俺は意識喪失をしても構わない覚悟で目を開け、震えた声で返した。
「まみね、もう充分だよ。 だって……大好きな涼クンの胸のなかで“リアル・プラネタリウム”をこうして味わえるんだもん…………」
「――――どうせ夢だよ。 あきらめるんだな、バーカ。」
俺はもう一度“まみ”に口づけをした。
俺は“今夜のできごと”を夢ではないことを願っている。
本当はまみの……このやわらかいくちびるの感触をずっと忘れたくない。 ちなみにさっきバッチリと目に焼き付けた彼女の下着姿も……な。
俺は彼女を優しく抱きしめた。
「なぁ…… どうしたらいいんだ……?
なんか俺、まみのこと……好きになっちまったみたいだ…………」
――――星屑のちらばるステージに舞う…………ブーメラン男とランジェリー女。
《おわり!》