【僕に言葉があったなら】
高い場所から見渡すと、いつも灰色だなあと思う。
ついに今日まで僕が住んでいたこの街にも、冬がやってきた。雪が降ったのは、昨日のことだ。
暗い灰色に濁った、大きな長方形がずらりと立ち並ぶこの街にはたくさんの人が居る。
僕はいつも前を向いているのだけれど、ガードレールに沿って歩く彼らは、どうしてかいつも下を向いている。
そんな低い場所から下を向いたって、きっと地面しかみえないだろうに。
どうしてこの街の人はみんなうつむいているんだろうと、いつも不思議でならない。
人々を見渡せる、長方形の一つの屋上が、僕にとってお気に入りの場所だ。
人がたくさん居る場所では、人の声がたくさん聞こえる。
この街では、たくさんの声を聞けたと思う。
前髪を綺麗に分けた、くたびれたスーツのおじさんは「お仕事に疲れた」と嘆いていた。
僕が言葉を話せたのなら、「お疲れ様、たまには休んだっていいんだよ」と労ってあげるのに。
いつも街路樹の下でギターを弾いて歌を歌っている人は、
このあいだ「歌い方を習いに行きたいなあ」とぼやいていた。
僕が声を出せたのなら、「こうやって歌ってみたらどうかな?」って、いつも歌っている歌を聞かせてあげるのに。
おかあさんに連れられた子は、「たくさん遊びたいよ」っておねだりしていた。
僕がものを言えたのなら、「いっしょに遊ぼうよ」といって、日が暮れるまで一緒に遊んであげるのに。
毛糸の帽子をかぶった女の子は、「告白したけれど、ことわられてしまった」と涙ながらに友達に話していた。
僕が喋れたのなら、「大丈夫、次はきっとうまくいくよ」と慰めてあげるのに。
すっかりやつれてしまったお兄さんは、「もう、いやだ」とだけ言って、今僕が居る場所から飛び降りていってしまった。
それが一番つらいことだった。
僕が気持ちを伝えることが出来たのなら「待って、そんなことしちゃだめだよ」と引き止めてあげることが出来たのに。
学ランを着た男の子は、鳶色の瞳で僕を見上げて
「いいな。おれにも、自由に空を飛びまわれる羽根があればいいのに」と呟いていた。
僕は、僕にも君達のように言葉があればいいのにと思う。
この街で、たくさんの人のたくさんの声を聞いた。
仲間はとっくのとうにあたたかいところへ行ってしまった。そろそろ僕も向かわなければならない。
雪は白くて不思議で、嫌いではないのだけれど、どうしても冷たいのは苦手なんだ。
羽根を広げて駆け上がって、宙に飛び出すと一気に冷たい風が襲い掛かった。
冷たくて寒いけれど、ちょっとだけ心地良いように感じる。
僕に言葉があったなら、あの少年に「飛ぶことはとても気分のいいことだよ」と教えてあげるのに。
次に行く場所では、いったいどんな声が聞けるのだろう。
寒い都会の風の中に飛び込んで、目の前に広がったのは真っ青な空だった。
下ばかり向いていないで、見上げてごらんよ。こんなにきれいな景色が広がっているんだよ。
そうやって声高く叫べないことが、僕にはとても残念でならない。
■あとがき■
はじめまして、soraといいます。よろしくお願いします。
短編を書くことは、あまり経験がないので、拙い文章になってしまっていたらごめんなさい。
もはや、書いたわたし自身でさえ何が良くて何が悪いのかわからないのです。
でも、この短篇で少しでも楽しんでいただけた方がいるのなら、とても嬉しいです。