~Prologue~
何処までも青く突き抜けるような空。
それは、誰の物でもないはずだって僕は思っている。
空は羽を持った鳥達の領域で羽を持たない僕ら猫は夢見る事も許されない。
それでも僕達はあの青に希望を感じるのだ。僕達は海と言う存在を知らない。
海もまた、僕達には許されない領域とされているから……そして海は遠く遠くて。
あぁ、何て空は近く見えるのだろう。顔を上に向ければあの青がある。手を伸ばしても届かないけれど……
翼があれば届くのかな? あぁ、きっとあの翼があれば海までも行ける……
諦めるな。希望を持て! 手を伸ばして夢を叶える覚悟で歩んでいけ! そうだ……空を行く船。空を飛んでいく飛空挺。僕は、それを造って愛する人と共に飛ぼう。
Title「I arrive in the sky. If I raise a palm」
「空は、青いニャァ……」
青年は空を見えげるといつものように呟く。それは空に対する憧憬と羨望そして憧れに満ちた声だった。猫のような耳の生えた白の長髪のモスグリーンの儚げな瞳の青年だ。彼は誰に言うでもなく唯呟き思いを馳せる。
「いつかきっと、この空を飛ぶんだ……誰に頼まれたんでもない。唯飛びたいから……」
空は何時も見上げれば其処にあるのに幾ら手を伸ばしても届かない。だが、彼は空に好みを任せたいと強く願う。あの雪原のように白き雲を越えた先には何があるのか確かめたい。そして、自分たちの住む世界の遥か遠く。山の向こうには何があるのか。
そして何より空を、あの何処までも止め処ない青と戯れるのはどんな気分なのだろう。好奇心は絶えない。深く強い好奇心が空を飛びたいと言う夢をより一層彼に強くさせる。爽やかな気分で彼は、夢見心地に目的地へと歩む。
しばらく鼻歌雑じりに歩いていると雲から太陽がのぞく。思わず彼は目を細めた。視界があやふやになった次の瞬間だ。彼の目に不快な影が映る。羽を生やした人型の生物。鳥人と呼ばれる空を我が物顔で跋扈する身勝手な輩だ。
「あぁ、あいつ等に馬鹿にされることもなくなるんだ。空を飛べれば……」
白髪の青年は相手がまだ気付いていないことを鳥人の動きから察し草丈の高い場所へと逃げ出す。彼等は獰猛で勝手な一族だ。生息数は青年の属する種族より少ないが彼等は、飛行可能ゆえの活動範囲の広さと身体能力の高さでこの土地の頂点となった。
彼等は、自分以外の種族を空も飛べないと軽蔑し自分達を空に魅入られた誇り高き汚れない戦士などと評し誇張する。青年は思う。いつか彼らを見返してやると。羽など無くても空は飛べるのだとその目に見せ付けてやるんだ、と強く心に決めている。
だからここで見付かる訳にはいかない。虐めまわせれて殺されたら本末転倒だし何より傷付けば夢の達成への道程が遠のくのだから。本来ならあんな身勝手で傲慢な輩から逃げるなど嫌なのだが、命が掛かっているのだから別問題だ。
「おぉ? あれは空を飛べぬ者ではないか? 白昼同道と地べたを歩いて目障りだ……どれ、少し虐めてやろうか」
しかし、相手は目敏かった。鳥人は青年の姿自体は見なかったが不自然な草の揺れ方で自分以外の物の存在を察知したのだ。そしてその鋭い眼光で相手が何者かを認知する。羽の無い空を飛べぬ人型の生物。何かと思えば空を飛べぬ這い蹲る小物か。
鳥族の男は馬鹿にしたように鼻を鳴らし情けなく撤退する虫けらを暇潰しがてら叩きのめしてやろうと滑空体勢に入る。そして凄まじい速度で草むらへと突っ込む。その距離は見る見るうちに青年へと接近して行く。
「ニャッ!? 気付かれた!?」
「気付かぬなどとこの誇り高く賢いサイアーを馬鹿にしおって。死ぬが良い!」
耳で逸早く滑空するときの風を切るような音を察知し青年は鳥人の男の爪による一撃をいなす。そして後ろへと飛び退り距離をとり相手を見据える。そこには鳥人にしては理知的な風貌の赤と青のオッドアイの腰まで届く長髪の男が居た。青年はこのサイアーと名乗る男を知っている。
当然だろう。この土地で知らぬ者は居ないハーレイ一族と呼ばれる鳥人族最高の血脈を誇る者達の次期当主候補なのだから。その誉れに違わぬ教養と武の持ち主と賞賛されているが正直青年としては、その当主候補がこの様な屑では高が知れていると言う評価だ。
青年は鼻を鳴らす。
「出来るのかい? ハーレイ家の次期当主は一人じぁ何も出来ない腰抜けだって聞いてるけど?」
「何を――――!?」
青年の挑発にサイアーは一瞬胡乱げな表情を浮かべる。今まで彼はそのような言葉を受けたことが無いのだろう。だが、すぐにそれを挑発と理解しサイアーは犬歯を剥き出しにして苛立ちを顕にする。
彼は度量の狭い男だ。賢く武にも秀でているがその手の煽りに対して耐性が無い。容易く男は青年のそれに乗って抜刀する。一対一でも本来なら容易く殺せる相手だ。恐れる必要など無い。そう、心に言い聞かせて一太刀を放つ。
「……僕は何もここに逃げただけって訳じゃないんだニャ? ここは、かつて戦場だった……」
しかし鋭敏な動きが特徴の猫族の青年には一太刀目は決まらなかった。それどころか何か腹部に違和感がある。違和感を感じてすぐに尋常ではない激痛が全身を駆け巡った。不自然な脂汗がサイアーの額を濡らす。一体何が……怪訝に彼は顔を歪める。
目の前の青年の言葉を苦悶に耐えねばならないサイアーはすぐに理解できなかった。だが、すぐに考察し合点が行く。彼の言うことが真実ならかつてここは絶好のブッシュとして機能し多くの罠が眠っているのだろう。
その歯牙に貫かれて死んだ同胞も少なくは無いはずだ。サイアー・ハーレイは戦慄く。目の前の青年は勝算が有ったから戦ったのだ。自分の短慮さを呪い目の前の男に憧憬すら感じる。
「戦場……」
「そうさ。此処は、君たちの同士の血で穢れてる。汚い場所ニャ……懺悔しても許しを請うてももう、君は助からない」
冷たく青年は言い放つ。目の前の男に欠片ほどの同情も無い冷たい射抜くような瞳。青年はそのブッシュにある全ての罠の性能と場所を把握して居た。そしてサイアー・ハーレイはそこが罠に溢れていることすら知らなかった。仕掛け槍によって貫かれた体から大量に血が流れ出す。彼は手を広げ慟哭し倒れこむ。自らの体から槍を引き抜き。
草原が血に満ちて行く。汚く臭い嫌な液体だ。彼の死骸を見て青年は思う。こんな所で死ぬ訳には行かないのだ、と。そして今後を憂う。すぐにばれることは無いだろうが鳥人達の監視と糾弾が厳しくなるのは明白だからだ。
「急がないとニャ……」
青年は古い死体置き場に上空を気にしながらサイアーの亡骸を運ぶ。そして異臭漂う死骸の中にまだ新しい彼の死骸を放り投げ古い死体で彼の亡骸を隠す。額に汗を滲ませながら彼は呟く。
「はぁ、タピスに……怒られるニャ。臭いって……」
要件を済ませた青年は、再び歩みだす自らの目的地へと。自分の愛する妹が待っているから。我侭で勝甘えん坊だが優しくて兄思いなタピスと言う唯一の家族が待っている。青年は手を伸ばす。
もう、両親はいないのは分っている。鳥人たちに八つ裂きにして殺されたのだ。だから、たった一人の妹は護る。青年が強く心に決めたことだ。彼にとって何より掛替えが無い物は家族と空を飛ぶと言う夢。
そこは開けた盆地だった。周りを山々で囲まれていて進入し辛いのもあるが鳥人族が神聖視して入ってまずはこない。鳥人族の聖地を穢すなどどうでも良いことだ。なぜなら彼等は自分達をこの上なく穢しているから。
一言で言うなら鳥人達の邪魔の入らないこの場所は研究や実験に持って来いだということだ。盆地のほぼ中央に安っぽい小屋がある。青年は疾駆する。そこが彼の実験所だ。
「アンリお兄ニャーん! おっそぉい!」
扉を開けると明るい声が響く。自分の愛する妹タピスの声だ。黒の撥ねた癖毛の猫耳と褐色の肌の活発そうな大きな緑の瞳の少女。彼女の口から青年の名はアンリと言うらしい。ところで彼は実家から道中を歩いていたのになぜ彼女がここに居るのか。理由は簡単だ。昨日実験が遅くまで立て込んで彼女が眠ってしまったのだ。
兄アンリは、起すのも悪いと思い然したる危険も無いことを理解してそっと布団を掛けて実家に戻った。一人の夜。家族は居ない。鳥人達の目を逃れるため地下に造られた家はランプを消すと真の孤独を感じ体が強張ったのを覚えている。
寂しかった。アンリはすぐに彼女に飛びつきたい衝動に駆られるが抑える。彼女に血の臭いが移るのが嫌だから。穢したくないから。
「ごめんニャ……鳥人に見付かって撒くのに苦労したニャ」
アンリは何で遅かったのかと問いたげなタピスの表情を汲み取り遅れた理由を簡潔に述べる。それなら仕方ないと彼女は敢えてそれ以上言及はしなかった。敵に気取られないために迂回するのは当然だ。重度のシスコンのアンリに箱入り同然に育てられた彼女でもそれ位は分る。だが、彼女は気付いていた。彼から放たれる異臭に。
『血の臭い……お兄ニャん?』
「どうしたのかニャタピス?」
渋面を造るタピスに気付きアンリはそれを気遣う。しかしタピスは気遣って貰うわけには行かないと何でも無いと首を振る。
「そうかニャ。顔色が……」
「何でも無いニャ! それよりももうすぐ空を飛べるようになるんだよね!?
タピスは楽しみで仕方ないニャ! ファイトォオーだよお兄ニャん!」
なおも心配するアンリをタピスは制した。半ば声が荒げている。彼も彼女の気持ちを汲み取りそれ以上言及はしなかった。そうだ。目的は何だ。五年も夢見て一日も休まず勤しんだだろう。空を飛ぶ。タピスと言う愛すべき妹を連れて。
彼は、タピスの華奢な肩を弱く叩き彼女後ろにある工具と図面を手に取る。そして図面を開いて思案しだす。何が足りないのか分析しているのだ。二人を乗せて空を飛ぶために必要な翼面積や強力なエンジン、風邪の抵抗を受けないフォルム。
何度も造っては試行し失敗し使える部品を回収しては作り直す。孤独な作業の中でいつも支えてくれたのは他でもない妹だ。
「タピス……次で完成だ。いままで支えてくれて有難う。もうすぐ飛べるよ」
ふいにアンリの口から感謝の言葉が漏れる。天井があるから空は見えないが感慨深いものがあり空を見上げるように天上を眺めた。
「タピスはお兄ニャんの頑張る姿が大好きニャ……だから全然苦じゃなかったニャ?
速くお兄ニャんの横に座って空を一緒に旅したいニャ」
「あぁ、僕もニャ」
底抜けに純粋で天真爛漫なタピスに何時だってアンリは癒される。身内も居なくて周りが敵ばかりな気がしたからかも知れない。純粋に強くタピスも彼を思っている。彼女の言葉に頬を染めながらアンリは言う。二人の思いは近いと認識し一筋の涙が流れた。
夜が更けた。
適度に草をなびかせる程度の頬撫でる風が心地良い。いつも深夜まで行われる。アンリ達の実験は行われる。横でいびきをかいて眠っているタピスを揺らして起す。眠たそうに目を擦りながら欠伸を一つ。
「ごめん。お兄ニャん……寝ちゃった」
「構わないよ。僕はタピスが居てくれるだけで千人力だニャ」
申し訳無さそうにタピスは詫びる。そんな彼女に微笑を浮かべてアンリは囁く。その言葉にタピスは頬を赤らめる。「可愛いな」と言いながらアンリは彼女の頭を撫でた。不意に目を泳がせたタピスの視線の先には新しい飛空挺の途中段階。
「格好良ニャァ……」
「あぁ、これに乗って空を行こう。父さん達を殺した蛮族の跋扈して良い場所じゃないんだ。空は……」
まだ、骨組みも出来ていないが長い年月寄り添ったのだ。完成形がどのようなものかなど設計図を見れば想像できる。今までで最も趣向を凝らした造りになるだろう。そう、想像すると胸が躍った。近縁に痛いてはいけないと言い聞かせていた恋慕の情が湧く。
頬を赤らめるタピスに気付かず青年は拳を挙げ硬質の声を上げる。空への神聖視。憧憬。それを踏みにじる者達への憤懣の念。全てタピスは理解しているから。だからこそ思う。あの偉大な空に恨みなんて抱えて行かないで欲しいと。
「お兄ニャん? あいつ等が憎いのは分るけど……空は誰の物でもないから恨まないで」
「タピス……」
タピスに諌められ彼は肩を下ろす。「空は誰の物でもない」、それは自分自身の理論だ。恨みは綺麗な感情じゃないから神聖な場所に運んではいけない。そう沸き立つ怨念を抑えながら心に言い聞かせる。
「そうだニャ。恨むんじゃなくて共存……出来た方が楽しいもんニャ」
彼は無理な笑みを浮かべて、そう口にした。
「お兄ニャん!」
「あぁ、人が倒れている……あれは鳥人?」
帰路。夜は鳥人達の目が利かないからゆったりとした気分で歩ける。しかし二人の道中に不愉快なものが飛び込む。それは血塗れの青年だ。茶色の短髪の引き締まった体格の長身痩躯。背中には鳥人の証明たる羽が生えている。彼は黒の羽を有しているようだ。
タピスの悲鳴を含んだ声にアンリも引き攣った表情を浮かべる。だがすぐに羽を見てその憐憫にも似た感情を潜めた。奴らは自分達を糾弾し罵倒する蛮族ではないか。しかしタピスの言葉が頭に響く。その後、自分は言ったではないか共存と言う言葉を。
「お兄ニャん?」
「……肩から胴にかけて袈裟懸けに……出血量は酷く見えるが思ったより浅い。助かるかもしれないニャ」
彼は駆け寄り青年の傷口を調べる。彼らと比べて猫の目を持つアンリは夜目が利く。飛行機作りで養った観察力を遺憾なく発揮し青年の傷をそれ程のものでも無いと判断。しかし家にある設備では心許ない。正直
危険な実験を多く行っているあの盆地の小屋に応急処置用の道具はほとんど移しているのだ。
「タピス! 研究所に戻ろう。これが共存の第一歩になることを願う」
彼等はあの場所を研究所と呼ぶ。二人は、青年を研究所に運ぶことを決めたようだ。細面ながら意外と体力のあるアンリが青年を運ぶ。何だか吹っ切れたようなこの上なく爽やかの表情の兄を見てタピスは頷く。
「うん! お兄ニャん有難う!」
なぜ、礼を言われたのか分らず彼は苦笑し頬を掻いた。
「ここはどこだ?」
「お兄ニャーん! 鳥人族の人が気付いたよぉ!」
青年が目を覚ました場所は見覚えの無い場所だった。目の前には猫族と思しき見覚えの無い褐色肌の女性。そして、少し先に白の長髪の儚げな表情の青年。どちらも猫族だ。自分の部族が軽蔑していた一族に助けられたと言うことになる。
彼は体を震わせて猛り狂う。プライドが許さない。助けて貰っておいて嘆くような奴を助けたのかという悲嘆の念をアンリは一瞬感じたが、それは口には出さず冷然とした口調で告げる。
「まだ、絶対安静だよ。応急処置はしたけどまだ傷は塞がっていない」
自分の傷の深さを確認して男は悶え苦しむ。痛みは未だ毛ほども解消されていないのだ。アンリは、小さく息を吐く。次にこの男が何を言うのか大体想像が付いたから。青年は拳でベッドを殴りつけ歯軋りする。
「えぇい! なぜこの俺が猫族などに……」
そして、一族末代までの恥だとでも言わんばかりに吐き捨てた。
「僕だってタピスが君に哀れみの目を向けなければ君を助ける気など無かったよ。
君たちは自分を気高いとか思っているのだろうけど僕から言わせれば害獣だ……身勝手な」
「陸上を無様に這いずり回る様は何て汚らわしいんだろうな?」
赤と青の切れ長のオッドアイで青年はアンリを睨む。それに対しアンリは応えた様子も無く思いの丈を吐露する。それに対し青年も凄絶な笑みを浮べ罵倒する。そこからは泥沼だ。数十分罵倒の応酬。それを仲裁したのはタピスだった。
「好い加減にしないかニャ……そもそも貴方は鳥族からそんな簡単に追放されて何でそんなに自分の種族を高潔に扱うのかニャ?
鳥族を持ち上げすぎて他の種族を下に見すぎて……そう言うの了見が狭いって言うんだよ?」
目の前の男はハーレイ家当主候補サイアーのお護衛として去年抜擢されたらしい。多くの功績を立てたが一つの失敗で解任。更にはその解任を良しとせず食い下がった結果処断されたらしい。その失敗とはサイアーを一人にさせたこと。無論本位ではなくサイアーが一人にしてくれと希ったからだ。だが青年の言い分など利く耳持たず切り捨てられたらしい。替え等幾らでも居るのだと言い捨てられて。
それが崇高な一族を気取る者達のすることか。タピスは恫喝する。兄ほど表面に出ていないが彼女とて彼等鳥族を恨む気持ちは強い。しかしなればこそ血みどろの殺し合いをいつまでも見て居たくない、次の世代にまで糸を引かせたくないと思うのだ。
徐々に語気を強めていくタピス。握り拳からは地が流れ出している。それを沈黙したまま青年は聞く。唇を引き結び。
「お兄ニャんはすぐに空に至る……貴方達の特権じゃなくなるんだニャ!」
そしてタピスは言い終えると息を整えるために深呼吸した。青年は俯く。捨てられたことなど最初から知っている。そして、自分の居た集団がそれほどすばらしい物でも無いと言うことを。だが彼女の最後の言葉は聞き捨てならなかった。
「そうだな。お前の言うとおりだ……空を飛ぶか。羽を持たぬものが……見てみたいな」
「見せてやろうか? 三ヶ月はかかるだろうけどニャ……」
遠くを見るような目で青年は呟く。ただ純粋に興味が有った。その純粋な好奇心に満ちた声にアンリは共感を憶える。
「俺の名はリガルド・ハーレイ。宜しくな……」
男は今更だなと反省気味に名乗り笑みを浮かべた。
その日以来リガルドは研究所に住み込みアンリに言われた作業をこなすようになる。食材は彼等が家から運んできてくれて事なきを得ていた。彼の助力もあり予想以上に最新の飛空挺は完成する。名は空を貫く槍を想像し「グングニル」と名づけた。
「しかし、グングニルか……大仰だな」
「この偉大な空に挑むんだ。名前負けしてられないニャ」
感慨深げに三人はグングニルを見詰める。鳥族に伝わる神の武器の名を拝借した物だ。大仰であると同時にアンチテーゼと小さな親睦の証が其処には篭められていた。仲間は三人になったが飛空挺の搭乗制限は二人だ。リガルドは遠慮するようにタピスに譲った。
「リガルドも随分丸くなったニャ?」
「そうか? 重荷が落ちたからかもな……」
そんな優しさを見せる彼を見てタピスは微笑む。それに対しリガルドは頬を赤らめあらぬ方向を向く。そして、感慨深げに過去に思いを馳せ忌わしい記憶を振り払う。思えば少しも楽しくは無かった。形式ばって居てそれでいて傲慢で。
自分の求めるものが自由だったのだと思い知る。仲間と笑い譲り合い目標に向かって走って行く。空と言う偉大なものに翼も無しに挑む者達の姿を見て柄にも無く感動してしまった自分がいることに彼は微笑む。
「見ていてくれよニャ……」
「あぁ、楽しんで来い。空をよ……」
アンリとリガルドは難く握手した。エンジンの嘶く音が体に響く。彼は飛空挺から離れ彼等が無事にフライトを終えることを祈る。
飛空挺は順調に高度を増し小さくなっていく。
「凄いな。あそこまで飛べるとは……」
リガルドは輝く陽光に目を眇めながら二人の乗る飛空挺を見詰める。しかし視界に嫌なものを捉えた。それはここにはいてはいけないはずの物。この土地「アルバレス」を神聖視し近付かぬと決めたはずのもの。すなわち鳥人。彼の元同士だ。
「なぜ、鳥人がここに!?」
「空を穢すなああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 蛮族があぁぁぁぁぁぁ!」
確実にアンリ達の乗る飛空挺に向かっている。彼等を排除しようとしているのは明確だ。まだまだアンリ達の飛空挺は実験段階の域を出ておらず遅い。何れ追い付かれる。三ヶ月の間に喧嘩し笑い濃密な期間を送ったリガルドには彼らへの強い情が有った。
「何が蛮族だ!? そう言うのを了見が狭いって言うんだよおぉぉぉ!」
彼は猛り今だ痛みの残る体に鞭打って全力で飛翔する。そして鳥人の男の前へと現れ腹部に蹴りを食らわす。青のモヒカン頭の三毛猫のような瞳の鳥人。彼はその男に覚えがあった。他でもない。リガルドにあの重傷を負わせた人物だ。
「てめぇ、生きてたのか?」
「……邪魔はさせない。あんたへの恨みなんてもうほとんど無いが……あいつらの邪魔はさせない!」
激痛に悶絶しながら男はリガルドを睥睨する。彼は矢張り殺す気で斬ったのかと嘆息し氷のように冷たい瞳で男を睨む。無抵抗の離反者を殺すしか能の無い詰まらない男だ。言い訳も聞かずわざと死地にサイアーを追い遣り死なせたなどと言い張った愚か者。
そんな詰まらない男がリガルドの眼光に怯えぬはずは無く。男は顔を引き攣らせた。だが男はすぐ冷静になる。相手は病み上がりでまだ包帯をしている身だ。それに引き換え此方は武器もある。しかも長物の槍だ。負ける要素が無い。
「邪魔はさせない? てめぇその状態で俺に勝てっと思ってんのかあぁぁぁぁぁ!?」
男は勝ち誇ったように叫ぶ。しかしリガルドは平然としていてむしろ挑発するように口角を上げて見せた。男は苛立ちをあらわにして「死ね!」等と叫びながら猛進してくる。彼なら容易く回避できたがそれを回避しなかった。詰り……
「ははっ……ひゃぁっははははっははははははは! 何だよあっけねぇなぁ! 一発で決まっちまったぜ!?」
リガルドは槍に貫かれたのだ。命中したのは腹部だった。何とか回避しようとして急所の一撃を逸らしたのだろう。モヒカン頭の男は愉快そうに笑う。同族を貫いて笑っている腐った男の性分に彼は笑みを浮かべる。もう付き合う必要も無い。
「いや、これでいいのさ。馬鹿みたいに近付いてくれてありがとな……お前の手は掴んだからもう離さないぜ?」
「…………」
笑みを浮かべる彼を見て男は「ついにイカレたか!?」となおも勝ち誇る。しかしそれは大いなる間違いだった。この瞬間、リガルドの勝利が確定したのだ。男は必死に彼の手を振り解こうと手に力を入れるが元々の自力が違う。傷付いて尚。
「ひっ!? あぁ、お助け……」
「俺が……お前を助けたら……ガハッ! お前はあいつ等を襲うだろうがあぁぁぁぁ!?」
男は情けない悲鳴を上げる。だが、リガルドの意思は揺るがない。ポケットから取り出した左手に握られた釘を勢い良く三毛猫のような瞳の男の頚動脈に突き刺す。血が噴水のように止め処なく流れる。
「……俺も同族殺しか……」
一言呟くと彼は目を瞑った。彼の生きた時間は二十年と短かったが思えば色々なことが有ったらしい。そのなかでも一番楽しかったのは間違えなくアンリ達と暮らしたこの三ヶ月だ。満足げな表情で彼は落ちていく。
「…………」
そして、不意に目を開ける。アンリ達の乗るグングニルが自分へと向かってくるのが分った。
「……それだけで満足さ」
自分を助けようとしえいるのだろうか。その情景を最後に彼の記憶は全て鎖されて黒に染まる。
「リガルドオォ!」
「そんニャ……リガルドが」
アンリが雄叫びを上げタピスは助手席で泣きしゃくる。しかし既にリガルドは事切れ反応は無い。その日アンリは始めてタピス以外の人物のために涙を流した。だが復讐心が強まったわけではない。空への怨嗟が生まれたわけでも。
二人はその日フライトを止めリガルドの遺体を埋めた。そして墓前で彼に約束する。
「僕達は君のことを忘れない。だから空を飛ぶことを止めない。そして君の種族と打ち解けてみせる!」
限りなく困難な道が彼らの前には広がっていた。彼等はまだ歩き出す。短い間だったが種族の架け橋であり仲間と呼ぶに相応しかった最高の友の墓前を背にして。決して振り返らず。前へ前へと。
∞The story end∞
~あとがき~
>>164-169と言う相当なレス喰い乙です(汗
でも、私としては結構削ったんですよ……モヒカンの男がなぜあそこに居たのかとか……
臨場感のために省いたり飛行機(飛空挺)の説明とか。
ちなみに短編のキャラクタは皆、ファジーで掲載している白黒円舞曲と言う作品のキャラクタ達です。
読んで下さった方々有難うございました!