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――――僕の名は高樹純平。
純平の純は“純粋”の『純』。
女の子に全く興味が湧かない……なんてコトはないけれど、生まれてからいままで一度も“恋”というものをしたことがない。
やっぱりみんなにいつも言われてるように理想が高すぎるのかな…………
僕の両親は下着会社を夫婦で経営していて、海外に出かける事が頻繁にあってめったに家にいることがない。 家政婦のおばさんを一人雇ってはいるが、住み込みではないので、夕ご飯の支度を済ませると帰っていってしまう。 広い家に僕ひとり。 小さかった頃は淋しかったけれども、もう慣れた。
先日父さんが久しぶりに家に戻ってきた。 父さんの横にもうひとり……僕がたぶん初めて会う男の人がいた。 父さんいわく彼は幼馴染で占い師らしい。 見た目は色黒で、土木作業員のような風貌。 とても暗い部屋で毎日水晶玉に手をかざしている、というイメージはわかないけれども、彼の占いはとてもよく当たる、と言っていた。 主に“事業経営”や“景気の流れ”を占う人だった。 おそらく父さんのかたわら、お世辞を言ったのだと思うけれども、僕の手相を見た彼に、“将来、父をも超えるほどの人間になる”と言われた。
僕は“ついで”に彼にお願いをしてみた。
「恋愛面も占ってください」
――――と。
一瞬曇った彼の表情を僕は見逃さなかった。
“恋愛占いはしたことがない”と彼は言っていたが、絶対ウソだと思った。 彼には“僕の恋愛の良くない結果”が見えたんだ。 「自身はないが……」 彼は父さんのとなりで言いにくそうに答えた。
タイトル『一晩かぎりの月下美人(シンデレラ)』
(今夜七時から花火大会……か……)
僕には“健”という幼少時代からの“くされ縁”の同級生の友達がいる。 見た目だけではなく中身までも、今はやり(?)の“チャラい”男だ。 彼には“由季ちゃん”という、誰がどう見ても釣り合いがとれないくらいの美人の彼女がいる。 小学生時代に(もちろん)健のほうから“ダメモト”で告白したら奇跡的にOKをもらえた事がきっかけで付き合いだした。 小さな事でちょこちょこケンカは絶えないけれども、なんだかんだいっても続いている仲良しカップルだ。
健と由季ちゃん……。 あいつらのことだからきっと今夜、花火と一緒に“フィーバー”でもするのだろう。
「高っちに彼女ができたらダブルデートしような!」
余裕な顔で健のやつはエラそうに言う。 そんな事言って僕の彼女も一緒に“ダブルフィーバー”でもする気……
――――って、友達の事をこんなに悪く言っちゃイケナイ……
なんかひがんでるみたいでカッコ悪いな 僕…………
最近熱帯夜が続くからなのだろうか。 身体が熱い……
部屋の窓を開けて夜風を浴びた。 暖かい風の味を感じながら目をつむる――――
今年の夜もひとり寂しく花火の音をBGMに“未来の僕の恋人とのラブラブデート”を想像しながらくつろぐとするか…………
僕はキングサイズのベッドの上にゴロンと横になり、枕元に置いてあるファッション雑誌を手に取り、パラパラとめくった。
(ん? そういえば健のやつ、最近やけに浮かれてたな……)
彼いわく、由季ちゃんとデートなんて……“お泊りデート”まで何回もこなしているはずなのに……。
あの健のテンションはまるで“初めてデートをする”ような感じ――――
“彼女にバレない浮気の方法”
偶然にも読んでいる雑誌のなかのこんなコーナーに目が止まった。
もしかして健のやつ…………
(――――なーんて ね……)
だから友達の事、こんなに悪く言っちゃイケナイって。 やっぱりひがんでるのかな 僕……
「 !! 」
外から女の子の泣く声が聞こえる。 しかもその声は“僕のよく知っている女の子”の声にとてもよく似ていた。
窓からそっと顔を出してのぞくと、やっぱりそうだった。――――由季ちゃん だった。
浴衣姿の由季ちゃん……。 彼女はずっと泣きながら僕の部屋を見上げていたのだろうか。 呼び鈴も押さずに……
僕の姿を見た彼女はあわてて走り去った。
彼女は僕に助けを求めている――――そんな気がして僕は部屋を飛び出した。
――――放っておけない!!
玄関を飛び出し、彼女のもとへ向かった。
>2に続きます。
2>
僕の部屋のベッドの上に腰をかけて……僕の淹れたジャスミンティーの入ったカップに口をつける由季ちゃん。
「――――やっぱり“合わんかった”んだぁ…… わたしたち……」
震えた声で大粒の涙をこぼしながらジャスミンティーをすする。
(もう何も話さなくて いい……)
ベッドの上のちょうど“彼女にバレない浮気の方法”のページで開かれっぱなしになっている雑誌をあわてて閉じて、僕は彼女の小さな肩に手を乗せ……ようとして止めた。
(由 季 ちゃん……)
信じられない……。 由季ちゃんがひとりで……“健の付いていない”由季ちゃんが僕の部屋のベッドの上に――――
普段は細いウエストと長い脚を強調したスリムジーンズでクールにビシッとキメている彼女がしっとりと女の子らしいブルーの浴衣姿で……。
普段は下ろしているつややかな腰まであるロングヘアーを今夜は一つにまとめておだんごにして……。
僕は視線でゆっくりと彼女の首すじを撫でた。 少し着崩れた浴衣の後ろ衿の中からセクシーにのぞく彼女の背中。 その奥はいったいどうなっているんだろう……
健が宝物を見せびらかすように僕に話していた“由季ちゃんの裏の顔”が僕の頭のなかにぼんやりと浮かぶ。
(何 思い出してんだ!僕っ!!)
健のせいでよけいに由季ちゃんの顔を見ることができなくなってしまった。
カタカタと由季ちゃんが手に持っているカップが震えている。
僕はおそるおそる彼女の手から視線をのぼらせてゆく。
普段はいつも…… 言っちゃ悪いけど“男らしい”、誰に対しても対等で、媚びない、さばけた、強い“はず”の彼女が真っ赤な目で僕の顔をまっすぐ見て震えている。
今ここで…… 僕が抱きしめたらバラバラにこわれてしまいそうに――――
ドドドドーン!
夜空全体に響きわたる音とともに窓から降り注ぐ眩しい光。 花火大会のオープニングが始まった。
「相手が“僕”じゃあ、全然もの足りないかもしれないけれど……今夜は一緒に楽しんで みる?
綺麗でしょ? ここからでも充分に見えるんだよ、花火。」
――――本当はこんな台詞を言いたいんじゃなかった。
僕の本心は…… もしも由季ちゃんが健の彼女じゃなかったら――――
3>に続きます
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「やさしくしないで!!」
今度こそ彼女の肩に手を乗せようとしたら大きな声で思いっきり弾き飛ばされた。
「男なんて大ッ嫌い!! 健も!高樹くんも! みんな大ッ嫌いッッ!!」
そう言いながら由季ちゃんは――――――僕の胸に飛び込んできた。
窓の外で一発づつ上がるイタズラな花火が、僕が必死で眠らそうとしている欲望を覚まそうとする。
震えている由季ちゃんの背中に手をまわし、僕は彼女のくちびるを奪った。
「ねぇ 由季ちゃん……
この浴衣…… 自分で着たの……?」
由季ちゃんの浴衣の掛衿をつかんでいる僕の手も震えている。
「――ごめん。
僕も健とおなじだね……。 今、“チャンス”だっておもってる……
“やられたなら やりかえせばいいじゃないか”……って……
由季ちゃんが“いや”なら、僕 すぐにやめるから…………」
☆ ★ ☆
僕は“気まぐれ”で由季ちゃんを抱いた。
“嫉妬”でも“愛情”でもない。 ただの“興味本位”で。
彼女には悪いけれど、アレは“ひと夏の過ち”だと思っている。
生まれて初めての盛大な“花火大会”が終わり、家に戻っていった彼女は今、何を思っているのだろう。
――――あの時は半信半疑でまともに聞いていなかった占いの結果を今頃になって思い出した。
「近いうちに恋に落ちるでしょう。
落ちる……というか溺れる、と言ったほうがいいですね。
純平くんのほうから夢中になってしまうくらい、あなたの心を惑わす女性が現れます。
――――しかし、その恋の前にはとても大きな障害の壁が立ちはだかっています。 覚悟をしておいてください。
欲望にまかせて 突っ走らないように…………」
《おわり》