タイトル:『恋の煙』
うだるような熱さの中、
冷蔵庫を開けて牛乳のように腰に手をあてて飲むコーラは格別だ。
ぴちぴりと来る炭酸と扇風機の弱い風が少しの間、
涼しさを連れてきてくれる。
もうすぐ腰に届いてしまいそうなくらい長い、私の黒髪。
そろそろ切ろうかと思う。 失恋もしたし。
私とヨースケは部活仲間にも認められているお似合いのカップルで、
(全く想像できないけれど)将来ケッコンするんじゃないかとまで言われていた。
けど、ヨースケの住んでいるマンションの隣に2歳年上の大学二年生が引っ越してきた時から自体は一変。
そう。私という髪のきれいな彼女がいながら(これはただの自慢だ)、ヨースケは汚い茶髪の下品に大きく口を開けて笑う女に恋をしたのだ。
以前、ヨースケは私に「君の口角が上がる笑い方が好きだ」と言っていたから、余計に悔しかった。なんで、と思った。
テレビをつけてみると、お昼のニュース。
いつもと何も変わらない、利発そうなニュースキャスターが淡々と、
関西のお昼のニュースを読み上げていく。
「今日未明、〇×県〇〇市にあるマンションで、11階から白い煙が上がっている、とマンションの近くに住む女性から通報があり、火は11階から10階に燃え移りましたが、約1時間半後に消し止められました。
火元の部屋には、10代後半と見られるの男女2人が煙を吸うなどで意識不明の重体です。警察は詳しい出火原因を調べると共に、発見された男女の身元確認を急いでいます」
枝毛を探す手を止める。
今、テレビに写っていたのは、多分、いや、絶対そうだ。
ヨースケのマンション。
ヨースケの浮気が発覚してからというもの、私は彼に一切連絡をしていない。 あっちからもしてこないから私たちの仲は完全に終わったはずだ。
でも、テレビに映るマンションを見て、
お願い、ヨースケ、生きていて。
そう思った。
ヨースケのお父さんは毎日パチンコに行って夜は帰ってこないし、
お母さんは看護師だから時々ヨースケのいるマンションに帰ってこられないことがある。
それを良いことに私とヨースケはよく一緒にマンションの一室でお菓子を食べ散らかしたり、とりとめのない話をしていた。
ヨースケは昨日、その大学生と一緒に部屋で遊んでいたのだろうか。
ヨースケがバランスゲームで失敗するたびに、彼女は茶髪を揺らして、大きな口を開けて笑うのだろうか。
突然のことすぎて、わからなくなった。
ひとつだけわかったことは、私はまだ、ヨースケのことが好きで、ヨースケの癖のある髪を触りたいし、彼の私服の趣味の悪さをふざけて批評したりしたいということ。
ヨースケは生きているのだろうか。
あんな下品な大学生の名前をつぶやきながら、彼が天国にいくなんてありえない。
生きていてほしい。 生きてなきゃだめだ。
自分でも驚いたけれど、そう思った次の瞬間に、
私は白いソファに突っ伏して泣いていた。
これからも私の恋は続くのだろうか。
うだるような熱さの中、私の頬を流れる涙と額の汗を乾かしていく小さな扇風機だけが元気に首を振っていた。
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こんにちは。
以前、「冬」をテーマに雪の結晶のことを書いた夜深(よるみ)です。
チャットモンチーの『恋の煙』を聴きながら、掲示板を見ていたら、ここをまた見つけて、久しぶりに書こうと思ったら恋愛小説っぽくなりましたw
"私"は"ヨースケ"への未練(?)に、ここで初めて気づきましたが、
そのきっかけが怖いニュースだったなんて、ほんとに怖いですね。
自分の大切な人にもう二度と会えないかも知れない、
って思うと、人は泣くのでしょうか。
書いていて結構楽しかったです。
テーマ「冬」の時に、何人かの方が私の書いたお話を評価してくださり、とても嬉しかったです!
これからも暇を見つけたら書いていこうと思うので、
是非よろしくお願いします。