『機械仕掛けの人形は羊の夢をみるのだろうか』
必死になって、私は訴えていた。
周りの皆と一緒に、いろんな道を歩き回って、訴えていた。
そうすれば、世界が変わると思っていた。
多くの声が、世界を変える力だと、思っていた。
幼稚な考えだったと気づいたのは、その1ヵ月後。
結局、世界は変わらなかった。
何一つ、変わらなかった。
訴えた、あの時間は……白昼夢のように、消え去った。
そう、幻のように、すうっと。
目が覚めた。
ここはどこだろう?
確か、私は休眠していたはずだった。
なんだろう、さっきの意識は?
私でない私が、そこにいた。
とてつもない、後悔を感じた。
悲しい気持ちだった。
悲しい、気持ち?
雨が降っていた。
ずっとずっと降っていた。
今日は外に出かけるはずだったのに、ダメになってしまった。
雨でなければ、そとに駆け回れたのに。
大好きな人と、一緒に公園を駆け回っていたはずだったのに。
雨が、恨めしい。
恨めしい気持ちで、灰色の空を見上げた。
恨めしい、気持ち?
ここはどこだろう?
私は1人で勉強していた。
世界を変えるには、受身ではダメだ。
変えるには、自分も『変わらなくては』ダメなのだ。
そして、先頭になって突き進まなくては、変わらない。
私はそう、学んだ。
天気だった。
気持ちの良い、澄んだ青空。
なんて、気持ちがいいんだろう。
草の香りが、なんて、心地いいんだろう。
隣をみれば、大切なあなた。
嬉しくなって、思わず声をかけた。
あなたは、微笑んで、私の頭を撫でてくれた。
幸せだった。
とても、とても……幸せだった。
幸せ?
「このプロジェクトは凍結します」
悲痛な声だった。
突き進めていたプロジェクトは、中止で終わった。
けれど、ネットで多くの声を、声援を貰った。
だから、私はたった一人で、進めていこうと思う。
どんなに小さな一歩でも。
その一歩に無限の力があるのなら。
そこは屋上だった。
「君が、好きなんだ」
私は気持ちを伝えた。
ずっとずっと秘めた想いを、言葉にした。
あなたに、伝えたかったから。
そして、結ばれたいと願った。
「私も……」
それだけで、充分だった。
彼女の凛とした声が、風に乗って響いた。
優しく耳を撫でる。
私は君を抱きしめて。
その瞬間、閃光が煌いた。
どのくらいの時が経ったのだろう。
夕方5時34分。
あれから、12時間、休眠していたことになる。
「あら、起きたの?」
目の前に現れたのは、マイマスター。
私を作ってくれた創造主。
いつものしゃがれ声で、けれど、凛として優しい響きのあるその声が、私を現実へと引き戻す。
「こんなに眠ってしまったのは、初めてです」
素直な気持ちを伝えた。
「そうね、いつもは充電終了後にすぐ起きていたもの」
どうかしたのと尋ねるマスターに、私は言葉を選んだ。
「不可解なものを……様々なヴィジョンを見ました」
「様々な、ヴィジョン?」
「最初は女性、犬、そして、女性……私は私でない私になっていました」
「……あら、まあ」
マスターの驚きに、思わず首を傾げた。
「あなた、夢をみたのね。こんなこと、初めてだわ」
楽しそうにマスターは夢みるように続ける。
「あなた、オートマータで初めて、夢を見たのよ」
「夢とは、未来の希望のことではないのですか?」
「まあ、それもあるけど、もう一つあるわ」
悪戯な笑みを浮かべて、マスターは。
「夜、寝ている間に見る夢もあるのよ。その殆どが意味の無いもの。あなたのいう、不可解なヴィジョンの連なり、それが、夢よ」
そして、私の前に向き直る。
「初めて見た、夢の感想を聞きたいわ」
言葉を選んで、私は告げた。
「よくわからないです。楽しい夢も幸せな夢も全てあって……よくわかりません」
それでいいのよと、マスターはまた微笑んだ。
「夢ってそういうものよ」
そうそう、もう一つ教えてあげるわと、口もとに人差し指を置いて、マスターは話し始めた。
「人偏に夢と書いて『儚い』とも言うのよ、面白いわよね」
「よく、わかりません……」
でもと、私は続けた。
「今度見る夢は、できれば、マスターのいる夢を見たいです」
その言葉にマスターは嬉しそうに声を上げて笑った。