※前もって言っておきます。 最悪の設定の小説です。
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タイトル『アタック』
「はぁ…… “こんなの”の彼氏なんて、よく続けてるよなァ……俺。」
――――そう思い始める様に……っつーか、“目が覚めた”のは、俺が一人暮らししているマンションの隣の部屋に“ある子”が突然引っ越してきた時からだった。
俺にはなんだかんだ言って長年付き合っている、熊錦 千代(くまにしき ちよ)という恋人がいる。 同棲まではいっていない関係だが……うん……最近“アッチ”の方は“ご無沙汰”なのだが……まぁ……“カラダの関係”にはなっている。
そんな恋人のいる俺がこんなコトを考えてはイケナイ。 ……って分かってはいるのに気になってしょうがない。 千代の事より“あの子”の事が――――
「あのう……こんにちは。 えとっ……隣に引っ越してきた白鳥といいマス……」
恥ずかしがり屋さん……なのかな? 律儀に引越しの挨拶の品を手に、もじもじと落ち付きのない様子で彼女は挨拶に来た。 裏返った細い声がまた……たならない。
一瞬で俺の身体全体を高圧電流が一気に駆け巡った。
(な…… なんだ、この子……天使 か? それとも妖精か?
キャ……キャワイイッ)
止まらない俺の鼻息……。 千代を差し置いて俺は早速彼女と同棲したくなった。
ちゃっかり下の名前を聞いてみたはいいけれど、彼女は顔を真っ赤にして逃げていってしまった。
この世にあんな可愛い子が存在していたとは――――
こんな素敵な巡り合わせが訪れる事をつゆ知らず、千代なんかと付き合いだしてしまったバカな俺を自分で恨んだ。
早速彼女の玄関先へと向かい表札を確認しに行くと…… “白鳥 優”……しらとり ゆう……まさに彼女にピッタリの可憐な名前だった。
あの日、彼女にもらった挨拶の品の洗剤は、まだ使わないで洋服ダンスの中にしまってある。
「ねぇ宙太、どうして洗剤タンスの中にしまってんの?」
俺の気持ちを知らない千代に見つかり、聞かれたが、
『うっせぇなあ! 使えるワケねーだろが! 人のタンス勝手に開けてんじゃねーよ!!』
心の中で怒鳴り、表では笑ってごまかした。
使えるワケ……ねーよ……
俺はこの“アタック”という名の洗剤の箱を毎晩腕の中に抱きしめて眠っている。
優ちゃんの事を頭の中に描きながら――――
☆ ★ ☆
「こんちはぁ」
千代のやつがまた今夜も来やがった。 俺の気持ちはまだバレてはいないはずだが……。 それにしても最近頻繁に訪れるようになった。
こいつには友達がいないのだろうか……。 くそぅ、これじゃあ別れ辛ぇじゃねーか……。
『彼氏ばっかりに依存して友達大事にしねぇやつは嫌われるぞ 、ん?』
心の中で追い返してる間にエコバッグを手に持った彼女はズカズカと俺の部屋に上がってきた。
「おい…… 車どこに停めてきたんだ?」
「ああ、いつも空いてるとこ。 あそこ人いないからいいんだよね、確か。」
「バカ!! あそこは優ちゃ……最近引っ越してきた人の駐車場だ! 停めちゃダメだ!!」
「えー、うっそー、どーしよー、そんなんじゃもう来れなくなっちゃうじゃんかー」
(フン! 来なくていい!)
膨れっ面でエコバッグから豚肉を出す千代に膨れっ面を返してやった。
(千代め…… 優ちゃんのテリトリーに図々しく侵入してきやがって……!)
☆ ★ ☆
居間で腰を掛けて俺は腕を組みながら“千代と気持ちよく別れる方法”をずっと考えていると、和風だしと醤油の香りがしてきた。
台所に目をやると、貫禄のある横綱の様なプロポーションの千代が鍋で煮物か何かを作っている。
「ああ宙太ぁ、肉じゃがだけど いい?」
「ああ……」(“いい”って……もう作ってんだろ?)
見れば見るほど“ふんどし”が似合いそうなケツをしている。 付き合い始めた頃は“こんなん”じゃなかったのに……。 もっとスレンダーで、ボン、キュッ、ボン……な感じだったのに、今はもう、キュッが無くなってしまった。
首元が伸びきっているショッキングピンク色の“MIKE(マイク)”という見た事のないロゴの付いているドデカTシャツに、ダバダバのジャージのズボン……。 昔はオシャレに気を遣っていて、もっと……ミニスカとか、胸元のガッと開いた、優ちゃんが普段着てそうなファッションでキメていて…… ああ、でも“今”の千代には着て欲しくはないケドな……。
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それにしても“肉じゃが”か……。
こりゃ、まるで“オカン”だな……。 ……おふくろにはさすがにときめかねぇや……
優ちゃんだったらきっとカフェのメニューにありそうなグラタンとか、パエリアとか……そーゆー系を作ってくれるんだろうな……。
「はぁ……」
ため息をこぼし、俺はテーブルの置いてある雑誌……今日仕事帰りにコンビニで買ってきた“週刊・プレイボーズ”を手に取り、パラパラとめくった。
(ああ、この女優、最近離婚したやつだったな……)
週刊誌の中で妖艶な裸体を一部だけ手で隠し、とろけた顔でポーズをきめている“現”ポルノ女優。 昔は“月9ドラマ”の主演を演じていたこともあり、俺が中学生時代にのめり込んでいた“元・清純派”女優だ。 当時、録画した彼女のキスシーンを何度も巻き戻して興奮して観ていた時の事を思い出す。
(そうか、あの頃は20代だったもんな……)
ヌードを見るならその頃の彼女で見たかった。 体はエステで金をかけている分綺麗なのだが、顔は……垂れてしまった目にほうれい線……年齢に逆らえず崩れてしまっている。
俺はその女優の顔を手で隠し、優ちゃんに変えて想像してみた。
「ん? 何してんの、宙太」
「わっ!!」
千代が俺に寄り添って座ってきやがった。
せっかくもう少しで合成できるところだったのに、“千代の顔”で完成されてしまった。
「くそっ! ……ったく!」
俺の隣でヌード女優を見ながら「ダイエットしようかな……」と呟く千代。
……悪いけど、もうその台詞は聞き飽きた。
「寝るわ。 メシできたら起こせ」
俺はその場で横になり、ふて寝をした。
――――その時、俺の夢の中で優ちゃんが逢いに来てくれた。
せめて夢の中だけでいい…… 君を強く抱いてみたい――――
「あの…… 肉じゃが作りすぎちゃって……」
――――まさかの愛の訪問!! そうだ! ずっと夢見ていたんだ、この時を!!
よだれを垂らしている俺の顔を見て「クスッ」と笑い、靴を脱いで上がってくる優ちゃん……。
もう我慢できない!!
彼女が肉じゃがの入った鍋をテーブルに置いた瞬間――――俺は彼女を押し倒した。
「いやっ! やめてッ! やめてよ宙太ッ!!」
――――せっかくの“いいところ”で目が覚めてしまった。
気が付くと、俺の胸の中でもがいている“相撲取り・千代”がいた。
「もう……いきなりヤダっ。 “久しぶり”だから嬉しいんだけど……今日わたし“アレ”だからできないんだ……ごめんね」
「チッ! なんだ、やっぱりこーゆーオチかよ、クソッ!」
俺の言葉に千代はどうも勘違いをしたらしい。 “らしい”ではなくて確実に勘違いをしている。 肉厚の彼女の腕が俺の腕を締めた。
おそるおそる彼女の顔をうかがうと――――何も言わず、上目づかいで唇を尖がらせてキスを要求してきた。
味見をしたのだろう。 肉じゃが風味の荒い吐息が俺の顔にプーンとかかる。
ブクブクブク……
ちょうどいいタイミングで台所にかけてある鍋がふいた。
彼女が火を止めに行ったスキに、俺は逃げるようにベランダへ逃げた。
(ふぅ…… どうやって別れたらいいんだ……)
ベランダの手すりに置いた腕にベッタリと顔を付け、ため息をついた。
(優ちゃん…… こんなにそばにいるのに……)
隣のベランダに淡いパステルカラーのフリフリレースのランジェリーが俺をさらに誘惑してくる……
「あ、もしもし? おふくろか? ああ、オレ、オレ。 “マサル”。
この前は野菜あんがとな! たすかったぜ。 ……でも正直カップめんのほーが嬉しかったな。 最近大工の仕事、超ハードでな。 ……っつー事で、こんどはカップめん頼むわ。 じゃっ」
“ま……マサ ル?”
優…… “ゆう”じゃなくって……“まさる”……
一瞬、聞き間違えたかと思ったけれど、彼女は確かにそう言っていた。 確かに隣の部屋から聞こえてきた……ドスのきいた男らしい低い声……。
彼女は…… “彼女”ではなくて――――“彼”だった。
アタックしなくて良かった……
翌日俺は毎晩欠かさず抱きしめていた“まさる”にもらった“アタック”の洗剤を早速使い始めた。
《おわり》