Re: 第六回SS大会「魔法」 投稿期間6/11~7/8までに延長 ( No.320 )
日時: 2012/07/08 16:36
名前: 秋原かざや◆FqvuKYl6F6

『ささやかな魔法』

 泣いている子を見つけた。
 声を殺して泣いているんだと、最初は思っていた。
 彼女は、声が出せなかった。
 出したこともない。
 もともと声が出なかったらしい。
 そんな子が、思わず、一緒にいた母親と喧嘩してしまったそうだ。

 黄昏色に染まる河川敷。
 緩やかに流れる川を二人で眺めながら、言った。
「じゃあ、魔法をかけてあげよう」

 彼女はびっくりした様子で、私を見る。
 私は微笑んでから、彼女に告げた。
 これは大事な大事なお約束。
「ただし、この魔法は数分しか持ちません」

 えーーー!?
 と言わんばかりの彼女に、私は苦笑した。
 だろうなって思った。
「というわけで、君のお母さんのところに行こう」
 いやいやする彼女を無理やり立たせて、私は彼女を母親の元へ連れて行った。
 性格に言うと、私が脅して、彼女の母親のいるところに向かったのだが。

 彼女の母親はすぐに見つかった。
 少し若く見えるが、疲労の様子がみて分かる。
 きっと、苦労しているのだろう。
「彼女から伝えたいことがあるそうですよ。でも、この声はつかの間の声。永遠のものではなりません。それをお忘れなきよう」
 ぺこりと頭を下げて、ぱちんと指を鳴らした。
 ついでに色とりどりの花を舞う様に仕込んだ。
 これはサービス。
 少女と母親は驚き、そして。
『お、かあ、さん……』
「えっ!?」
『け、けんか……ごめ……』
 なかなか言えなくて、少女の口から言えたのは。
『い、つも、あ……りが……と』
 同時に空に舞っていた花が消えた。
 声も消えた。
 そこにあったのは、少女の心。
 零れた涙を拭う前に母親は、少女を強く抱きしめた。
「ごめんね、私も……悪かったわ。ううん、そうじゃなわね」
 ゆっくり腕を解いて、母親は笑う。
「大好きよ。私の大好きな……」
 笑っていたのに、母親の瞳から大粒の涙が溢れていた。

 ふと、二人はあの人を探した。
 ほんの数秒間だけ、力を貸してくれたあの人を。
 けれど、既にその人はいなかった。
 少女はいつもの手話で、母親に告げる。
『あの人、魔法使いだったんだよ』
「ええ、きっとそうね」
 二人は手を握って、夕暮れの小道を家へと向けて歩き出した。