『ささやかな魔法』
泣いている子を見つけた。
声を殺して泣いているんだと、最初は思っていた。
彼女は、声が出せなかった。
出したこともない。
もともと声が出なかったらしい。
そんな子が、思わず、一緒にいた母親と喧嘩してしまったそうだ。
黄昏色に染まる河川敷。
緩やかに流れる川を二人で眺めながら、言った。
「じゃあ、魔法をかけてあげよう」
彼女はびっくりした様子で、私を見る。
私は微笑んでから、彼女に告げた。
これは大事な大事なお約束。
「ただし、この魔法は数分しか持ちません」
えーーー!?
と言わんばかりの彼女に、私は苦笑した。
だろうなって思った。
「というわけで、君のお母さんのところに行こう」
いやいやする彼女を無理やり立たせて、私は彼女を母親の元へ連れて行った。
性格に言うと、私が脅して、彼女の母親のいるところに向かったのだが。
彼女の母親はすぐに見つかった。
少し若く見えるが、疲労の様子がみて分かる。
きっと、苦労しているのだろう。
「彼女から伝えたいことがあるそうですよ。でも、この声はつかの間の声。永遠のものではなりません。それをお忘れなきよう」
ぺこりと頭を下げて、ぱちんと指を鳴らした。
ついでに色とりどりの花を舞う様に仕込んだ。
これはサービス。
少女と母親は驚き、そして。
『お、かあ、さん……』
「えっ!?」
『け、けんか……ごめ……』
なかなか言えなくて、少女の口から言えたのは。
『い、つも、あ……りが……と』
同時に空に舞っていた花が消えた。
声も消えた。
そこにあったのは、少女の心。
零れた涙を拭う前に母親は、少女を強く抱きしめた。
「ごめんね、私も……悪かったわ。ううん、そうじゃなわね」
ゆっくり腕を解いて、母親は笑う。
「大好きよ。私の大好きな……」
笑っていたのに、母親の瞳から大粒の涙が溢れていた。
ふと、二人はあの人を探した。
ほんの数秒間だけ、力を貸してくれたあの人を。
けれど、既にその人はいなかった。
少女はいつもの手話で、母親に告げる。
『あの人、魔法使いだったんだよ』
「ええ、きっとそうね」
二人は手を握って、夕暮れの小道を家へと向けて歩き出した。