紅は炎。
蒼は水。
翠は風。
金は雷。
藍は氷。
白は光。
黒は闇。
大魔導師に勝る者無し。
title:No one is stronger than the greatest magicians
山地に囲まれ、荒涼とした岩肌だらけの平野にも、もちろん街は存在する。
古より、人が集まり、そこで暮らそうと思った時にこそ街は誕生するのだ。
ただし、その街が長続きするのかは、その土地条件や人々の努力次第だろう。
どれだけの人がいようと、何の取り柄もない街では長い間生き残れないだろうし、それならばむしろ食糧問題のために、多すぎる人口は邪魔になる。
だが、裏を返すとどれほど過酷な環境であろうと、存在意義のある街ならば存続できるという訳だ。
そして、その街もまさしくそんな街の代表例だった。
ミネ・グルーヅ・モタイン、古き言葉で金の採れる山、という名前を持つこの街は、世界有数の金山を持っていた。
それを最初に見つけた、大昔の遊牧民が、その金山を掘ることを生業とし始めたのが、きっかけだ。
それ以来、数世代経った今でも、町民はせっせと採掘しているのだ。
彼ら自身の魔法で――――。
この世には、魔法と呼ばれる不思議な力が確かに存在していて、人々はそれを活用している。
用途は、お使いから戦争にかけてさまざまな用途で使用される。
魔法というものには、それを使うためのエネルギーが必要であり、大概がそれを魔力と読んでいる。
しかし、言語によってその名前は様々で、魔力が公用語というだけで、土地によってはマナやMP、気などとその名が異なる場合もある。
魔法は、何種類も開発されており、その性質によって色分けされている。
紅が炎、蒼が水、翠が風で金は雷、藍は氷で白が光、もしくは回復系統、黒はその他全ての雑多なものと闇の魔術だ。
まあ、誰にでも修得できる、努力だけでお金のかからないお手軽な武器だが、やはり才能や得意不得意は存在する。
魔力は、人間が持つことができるのには限界がある。
そして、体の中に所有できる程度の魔力では、マッチ代わりに使う炎は扱えても、戦うには些か心許ない。
それなのになぜ、戦争の道具として使える程の威力を発揮するのかというと、大気中の魔力を吸収して使役するのだ。
その、吸収の能率の良さと、元から体に蓄えられた魔力が多ければ多いほど、より強い魔法を使えるようになる。
そして、鍛練を重ね、詠唱の言霊を重ねることで、より複雑な魔法を使えるようになる。
前者は才能が要り、後者は言わずとも分かるだろうが努力である。
つまりは偉大な魔法使いや魔導師になるには、才能と努力が共に必要だということになる。
こんな説明ばかりでもつまらないので、最後に一つだけ。
この世には、大魔導師と呼ばれる魔法使いがいる。
彼らは、全世界に七人しか居ない、各色のエキスパートであるのだとか。
「なあ、婆さん。いつものやつ頼むよ」
西部劇にありそうな街の、とある一つの飲食店に一人の若者が入ってくるなりそう言い放った。
鼻の頭や腕には泥がはねて渇いたのか、薄膜状に白い砂が貼りついていた。
おそらく、つい先程まで金山でせっせと掘っていたのだろう、そして昼の休憩だ。
気さくな話し方で分かる通り、店主の老いた女と青年は知り合いであった。
この、金山で働いている正義感の強い性格のこの男は、この店の近所に住んでいて名をゼインと言った。
この店の常連であり、自炊の苦手なゼインは、しょっちゅうここで朝昼晩のどれかはお世話になっている。
いつもの、と言われた店主は、足下の棚から皿を取り出し、その後に背後の食材庫からパンを取り出した。
そしてついでに分厚く切られた肉を取り出すと、あらかじめ熱しておいた鉄板の上に乗せた。
肉に付いた脂が溶けだして、熱い鉄板の上で胃袋を刺激する音と匂いを生み出し、店中を満たした。
これだよ、これ、と呟いて、ゼインは小さく舌なめずりして、焼き色がついていく肉を舐めるように見つめている。
もう少しで焼き上がるから少しお待ちよ、と店主の女がたしなめても、涎が止まらないらしい。
「先にパン食っときな」
「あざっす」
待ちきれないのだろうと悟った老女は、肉が焼けるよりも先に青年にパンを差し出した。
待ってましたとばかりに彼は一気にそのパンに噛り付いた。
何の味付けもされていない普通のパンなのだが、空腹ならばそれだってご馳走だ。
見る見るうちにパンがゼインの胃に押し込まれていくうちに、生肉は次第にこんがりと焼けていく。
そして、マスターの女がゼインに肉を出してやろうとしたその時、店の外で、何かが倒れる音がした。
「なあ、今ドサッて音がしたけど何なんだ?」
「分からん。ちょっとあんた私の代わりに見てきておくれよ」
目の前の餌にお預けをくらった犬のように、無念そうな顔をしながらも、ゼインは席を立った。
どうせ、ちょっと強めの風が吹いたせいで荷物が倒れてしまった程度だろう。
そのような、適当な予想を張り巡らせても当たる訳はなかった。
そもそもこの青年は知っていたはずである、この店の主は必ず、届けられた荷物は店内にしまっておくと。
それなのに、そのような結論を急いて決め付けたのは、それ以上の面倒事があってたまるかという意識があったからだ。
事実そこには、予想通り、もしくは予想を上回る面倒が地に伏していた。
「おわぁあ! 何だお前っ!」
外に出てすぐに、男が発した言葉を、店主の女はしっかりと耳にした。
かなりの驚きに包まれた叫び声であると共に、それほど恐れている声ではなさそうだ。
杖を持ったならず者が来たのではなく、行き倒れた乞食でもいたんじゃないのかと思ったのだが、両方違っていた。
ひどく狼狽してしまったかと思うと、ゼインが、仕方ないと言い、しゃがみこんだ。
何かを掴んだかと思うと、それを引きずるようにし、精一杯の力を腕に込めて建物の中に運び込んだ。
ゼインが運んできた男の格好は相当に変り者のようであった。
無造作に見えるが、実はただの爆発した寝癖である黒髪、そして真っ黒なローブを羽織っている。
歳はゼインと対して変わらないであろうその顔は、何だか酷く頼りなかった。
腹を空かして行き倒れているせいなのだろうが、見るからに元気のない表情をしている。
分かりやすくこちらの言葉で形容させてもらうならば、草食系のなよなよした奴、だ。
そして極め付けに、手には魔導師の証明書である、足元から胸ぐらいまでの長さの魔法の杖を持っていた。
修行の旅がよほど険しい道のりだったのか、先に挙げたローブはボロボロに擦り切れている。
「あんた、おい聞いてんのか?」
年老いたマスターが慌てているのも知らずに、ゼインはと言うと彼を起こそうとその頬をひっぱたいていた。
「馬鹿もん、魔導師をはたく奴があるか」
「えっ!? 魔導師……って杖! マジかよ……」
ここまで引き上げたくせに、今更になって杖に気付いたのかと、呆れる店主をさておき、ゼインはひどく驚いた。
という訳で肩を揺するようにして起こすことに変えると、程なくして彼は目を覚ました。
「おっと、目が覚めたか?」
「えっと……こちらはどこでしょうか」
「ミネ・グルーヅ・モタインだよ。うちの店の前で倒れてたんだよ」
目が覚めた彼の声を聞いたゼインは、危うく吹き出しそうになるのをどうにかこらえた。
彼の声音やしゃべり方は、外観から想像した通りの、気弱でおどおどとしたようなものだったからだ。
開かれた瞳も、偉そうな魔法使いのものではなく、ひ弱な小動物の方がよっぽど近いだろう。
このような魔法使いがこの世の中に存在している、ということが驚きだった。
「あんた、よくそんな性格や態度で旅に出ようって思ったねぇ……」
何日旅したのかは知らないが、何らかの事情で倒れるまでだと、それなりの日数であろう。
しかも、外傷が見当たらないので倒れる原因となったのは、飢えか渇きか病かのいずれかだろう。
万全の準備をした後の旅立ちの場合、そんなことになるのはかなりの日数を要するだろうと予測できる。
そして前述の通り、外傷がないため、道中では山賊に会わなかった、もしくは全て無傷で倒したのだろう。
だが、それはそれでとても強い驚きだ。
確かに、旅をするような人は魔法使いや魔導師だけとは言え、それでも弱い人は弱い。
山賊とは、旅の途中に立ち寄れる街へと続く街道やその周辺で待機しているはずなので、この街に来るならば、会わないでやり過ごすのは不可能な話なのだが、無傷で倒すのはもっと不可能なはずだ。
きっと、どうにかして相手の目を欺いて街へと入場したのだろう。
だって、大魔導師に勝る者は無いのだから。
「実は、ちょっと前にマギ・ヴィーヌの御殿に召された御師匠様からの、最後の修行でして」
マギ・ヴィーヌに召された、それは魔法使いの死を意味している。
マギ・ヴィーヌとは、古き言葉で魔法を司る女神という意味である。
魔法使いは死んだら、自身の魔力に引きずられるようにして意識や魂も一緒に女神の御殿に運ばれるのだ。
「そうかい、冥福を祈るよ。セユ・アガイン」
セユ・アガインはまた会いましょうという意味合いであり、死者に対してのみ使う。
いずれ死後の世界でまた会えることを願います、という祈りが込められているのだ。
「一週間ぐらい、ずっと歩いていたんですよ」
そのせいで飲み物も食料も無くなっちゃって……、と頼りなさげな表情で自分で呆れるような顔をした。
金銭は一応あるようなので、普通に料理を注文した彼はカウンターに座った。
ゼインはと言うと、店主が目を離した隙に、先にカウンターの方に腰掛けてまだ湯気の立ち上る厚い肉を食べていた。
「ほへは……俺はゼインって言うんだ。お前は?」
最初、口に物を含みながら喋ろうとしたのだが、汚いからやめろと老いたマスターの睨み付けるような視線とあまりの喋り辛さに一度閉口し、口内のものを飲み込む。
そしてもう一度口を開いた時には、素朴な質問を目の前の少年へと呼び掛けていた。
「僕は、ネロって言います」
それだけ言うとネロも、出てきた料理に夢中になって手を出し始めた。
「ネロっていうのか、珍しいな。それに、黒い目も珍しいな」
「えぇ、黒い瞳にあやかって、ネロって名前を貰ったんです、師匠から」
その、名前を師匠から授けられたという言葉に、少し胸の奥を針で突かれたような痛みを二人は感じた。
この世界では、黒い目や黒い髪を持って生まれた子は忌み子として迫害される。
天性の、生まれながらの闇の魔術師であるという象徴であるからだ。
その昔、手に負えないほどに、心の中に闇が侵入した黒魔導師が暴れたせいで世界の崩壊寸前まで陥ったせいだとか。
その魔導師が、生まれついた日から黒い瞳に光を宿らせ、後に生える髪も漆黒であったそうだ。
それゆえ、世界の破滅の再来ではないかと怯え、人々は自らの息子娘であっても、忌み子ならば捨ててしまう。
ただし中には、忌み子を正しく教育しようとする者もいるらしく、ネロの御師匠様もそのようなものだろう。
「じゃあ、あんたの師って……オスキュラスかい?」
「はい、おばさん。よく知ってますね」
「知り合いだったからね。あたしはフィートって名なんだけど、聞いたことないかい?」
瞬間、ネロの表情がどこの誰が見ても分かるようなほどに爆発的に変わった。
見知らぬ土地で助けてくれた恩人に対する重たい目付きから、もっと気さくで友好的な、歓迎的なものに変化したのだ。
「あなたがフィートさんだったんですか! それはこの街が平和なはずだ。あんな山賊がいるのに……」
「お前、山賊に会ったのか?」
食後の余韻に浸り、ぼぉっとしていただけのゼインの表情も、瞬く間に変化した。
山賊に会って身ぐるみを剥がれなかった者がいることにひどく興味津々のようだ。
しかし、会ってはいないという意思表示のため、ネロはゆっくりとかぶりを振った。
「いえ、そうではなくて……よく師匠から話を伺ったものですから」
「なるほどな。そういえばあんたの師匠って何者? 聞く感じ、結構凄い人っぽいけ」
ゼインは、結構凄い人っぽいけど? と繋げたかったのであろうが、それは叶わなかった。
なぜなら、それを遮るほどに大きな音が周囲一体をつんざくように走り抜けたからだ。
耳が痛いと言うより、身体中が振動するほどの、低くて重たい、爆発音。
その爆発音に、一同は顔から血の気が引き、まさに顔面蒼白となってしまった。
何事かと思って最初に飛び出したのはゼインで、頭に血が昇ったのか、ただの野次馬根性なのか、一目散に駆け出す。
それを引き止めようとしたのだが、フィートは間に合わなかった。
「待ちな、ゼイン! ……って言って聞くようなたまじゃないなあいつは」
そう言いながらフィートは、慌ててカウンターの方に引っ込んで何かを探すようにしゃがみこんだ。
ネロが見守る中、フィートはごそごそと引き出しの辺りを探り続けている。
いきなり、彼女は弾かれたようにしていきなり立ち上がった。
「ようやく見つかったよ。ここ何年も使ってなかったからね……」
「行くのですか?」
「当たり前さ。弟子一人で何とかなる相手じゃないからね」
心配そうな目をして、不安そうな声音になっているネロを諭すようにしてフィートは杖を構えた。
ついでにローブもどこかから取り出したようで、純白の絹のものを羽織っている。
杖の上端に取り付けられた宝玉に魔力が流れ込み、強い閃光が屋内に迸る。
「オスキュラスがいないんじゃあ、あたしがいくしかないねぇ」
苦笑いを浮かべた彼女は、可愛い愛弟子のためなら仕方ないと呟いて、低く小さな声で詠唱を始めた。
ぶつぶつと唸るような魔術の詠唱と共に、杖には魔力が注ぎ込まれ、頭部の宝玉はより一層その光を強くした。
「光、汝我の眷属とならん! 瞬光〈ライトニング〉!」
完全に、部屋の中をまばゆい閃光が埋め尽くしたかと思うと、その光はほんの一瞬だけ強くなる。
強くなったその瞬間、フィートはその杖を横一文字に振るった。
その瞬間、明るいだけの光に熱がこもったようになり、今まで堪え忍んでいたネロも、網膜を焼かれるような刺激に目を閉じた。
光が去ったその時には、もうすでにフィートの姿はそこから消えてしまっていた。
残されたのは、杖とローブ、そして服だけのネロ、そして店内に漂う、残存の魔力だけであった。
*
町外れの一角は、たかだか数刻の時を過ごしただけで、街から廃墟へとその姿を変えていた。
ねじ曲げられて断ち切られた家の木材の割れ目はまだ真新しく、大層恐々としたものだ。
多くの者は急いで避難した上、逃げ遅れた者も命からがら軽傷で済んでいたのが幸いだ。
この場を蹂躙しているのは、付近にその活動領域を広げている山賊の首領格の連中だ。
戦争が起こった時には国に雇われて、その絶大なる力を知らしめる圧倒的な大魔導師、だ。
山賊の頭となる五傍星、紅、蒼、翠、金、藍の大魔導師である。
大魔導師は正義の味方であると、信じて疑わない無知な民衆もいるが、それは間違いだ。
強ければ誰もが正義ではない、むしろ強者こそが弱者を踏み躙るのが世の理というものだろう。
事実、大魔導師はその者の器量に関わらず、強さだけで決定する。
しかし、最強の魔導師の七人の全員が全員悪であるならば、世界は、政府は崩壊する。
それを押さえているのが、白と黒の大魔導師だったのだ。
炎や氷など、分かりやすく戦闘に適した属性の魔導師は世界の抑止力、そして光と闇の二大魔導師は彼らの抑止力。
白や黒の者は、自分が死ぬ前に、自らの後継者に成り得る存在を見つけださねばならない。
条件はこちらの場合たった一つだけであり、それは正義感を持っているか否かだ。
力など、後からいくらでも付けることができるが、生まれついた時からの性というものは、後からは中々変わることはない。
そして、先代の大魔導師が、次世代のそれを弟子に取り、育成するのだ。
そして、現在教育途中の次世代光の大魔導師、それがゼインであった。
「で、まあそのお弟子さんはズタズタにやられました、と」
嬉々としてそう笑ったのは、白銀の髪の毛の気さくそうな青年だ。
無邪気な子供のように笑ってはいるが、内容が内容なだけに共感しがたい。
目の前には、彼が直接手を下した同年代の男が転がっていた。
銀髪の青年は、その服装から目の前で横たわる男が金山で働いていると一目で見抜いた。
手に持った、タクト状の細く短い杖が青年の魔法で折られたせいで、もう反抗はできない。
全身に打撲や切り傷のできあがったゼインは、苦しげに低く呻いて、睨むように大魔導師を睨んだ。
「翠の……大魔導師……ゼカか……?」
「まあね。瞳は藍色、髪の毛は銀だけど、魔力は翠っぽいらしいよ。だから見てくれがこんなでも翠の大魔導師さ」
あっけらかんとした口調でゼカはそう答えた。
もはや敵にならないゼインは恐れるどころか誠意を示すのすら億劫らしい。
足元のゴミを眺めるようにして、街の破壊を他の奴らに任せっきりにして嘲り始める。
「それにしてもお前の師匠はどうした? 尻尾巻いて逃げてったのかな?」
「んな訳あるかよ。お前ら、師匠に勝てないくせに……」
「ま、一対一ならね」
流石に五対一なら負けないし、と卑怯な手口をサラっと、当然のことのように口にした。
必然的に、そういうのには目ざとく、耳ざといゼインは、即座に首を持ち上げて軽蔑の色を込めてその顔を眺める。
「まさか、目的は最初から……」
「まあね、黒の大魔導師亡き今、白を片付ける必要があってね」
その説明を終えるのを見越していたかのようなタイミングで、他の四人が戻ってきた。
恰幅の良い体型、褐色の肌を持つ中年男性、ローブが赤いことから、紅の者だと伺える。
その次に降り立ったのは、青い瞳に冷酷な光を宿す、人魚や人形のように美しい女性、きっと藍の魔導師だ。
彼女を追うようにして、見るからに正反対の性格をしていそうなブロンドの女も現れた。
彼女の体表を、雷撃が走る様子は、ショートした配線のようである。
一人、遅れをとって参ったのは、筋肉質の大男で、巨大な斧を構え、今にも振り回さんとしている。
「ま、五人の大魔導師が一人の魔導師に負けるなんて、相手が天才と呼ばれた黒魔導師でも有り得ないね」
ぽつりと、ゼカはつい最近その訃報を知らせられた男のことを語りだした。
その男は今まで世に出た中で最も強い黒の魔術師と畏怖されていた。
後継者のことを誰にも知らせようとせず、それを隠したままに死んでいったのだ。
もはや、その後継者を知っている者は、本人の他にはいないだろうと、ゼインは師たる女から教えられていた。
「とりあえず、彼女の理性を欠く手段の一つとして君の死を利用するけど悪く思わないでね」
大気が喉をならすようにして、うなり声を上げているような爆音がした。
そこいら中の空気がねじ曲げられ、強制的に螺旋を加えられていく音だ。
一度だけ見たことがある、魔法で作られた巨大な大竜巻が大自然を飲み込む時と非常によく似ていると、ゼインは思い返した。
「バイバイ」
友達に対して、また明日にでも会おうと約束するのとよく似た口振りで、ゼカは別れを告げる。
巨大な空気の竜みたいなサイクロンが、ゼインを呑み込もうとしたその時、全員の目の前で光が弾けた。
さながら光の大爆発であるそれは、風の竜を包み込み、それを消し去った。
魔法無効化魔法、光属性の中でも強力なそれを扱うのは、今の世では光の大魔導師ぐらいだ。
「あたしの弟子に、何しようとしてんのさ」
ゼインの危機に、瞬光の魔術で現れたのは、フィートであった。
「これはこれはフィート様、お久しぶりにございます」
フィート……つまりは光の大魔導師の出現に対して、五人を代表してゼカが恭しく一礼する。
友好的な笑みをたたえてこそいるが、今しがた行った破壊活動は、友好の兆しなど見受けられない。
宣戦布告、寝首を今にも掻いてやろうと舌なめずりする蛇のような微笑みだ。
そのためにフィートはあからさまに顔をしかめて、白々しいと吐き捨てる。
やはりそうくるのかと、目の前の五人の目付き、そして顔つきも変化した。
「それでは、死んで頂きましょう」
「最初から猫被らないでそうしてりゃ良いんだよ」
元からそれを計画していたのであろう、ゼカの口から放たれた言葉に、気丈なフィートは強気に返す。
この期に及んでもまだ強気でいられる老女に、金の大魔導師が侮蔑の笑みを浮かべる。
抑止力として存在する白の大魔導師は確かに紅や蒼と比べると数段上の実力を有するだろうが、それも一対一においてのみの話なのである。
白の場合は、他の全ての連中が結託し、共に天下を取りにくる状況を想定してはいない。
しかし、それは白の場合は、なのだ。
今日この瞬間に彼らがフィートを襲撃した一番の理由は黒の大魔導師が死んだという報せが入ったからだ。
黒に至っては、白が窮地に陥るような敵でもあっても必ず勝てる実力を必要としている。
つまりは、五人の大魔導師が集っても、必ず勝利できるような力を保持していないといけない。
よって黒の大魔導師には大いなる責任が生じてしまうのだ。
他の者を抑えつけるだけではなく、己の力に溺れないようにする責任が。
それを完璧にこなしたのが、つい最近に天上に召されたオスキュラスという人物なのだ。
彼は、世界の破滅の再来とも言われるほどの強力な闇の魔術師であり、その力は世界を崩そうとした太古の魔法使いよりも遥かに上だとの定評もあり、状況証拠的にそれも事実だと言われている。
「だけど黒は死んだ。老衰だ。そしてあなたは白だ、私には勝てても私達には勝てない」
金髪をなびかせ、金の彼女は腰に手を当てて挑発に出る。
勝利はほぼ確定しているが、あなどってはならない相手なのだ。
末期の際に大魔法でも使って一人二人こちらの人員を欠いてくるかもしれない。
となると、迂闊に近寄る訳にもいかないので間合いを取ったままに彼女は言霊を紡ぎ始める。
「…………雷鳴集いて監獄となる」
微かに聞こえただけの呪文からフィートは、彼女が唱えようとしている魔法を察知する。
全方位を取り囲む形状をした雷の監獄の錬成呪文であり、かなりの上位呪文でもある。
取り囲まれたら袋叩きなのは目に見えた展開だ。
だが、その目に見えた羨望にわざわざはまってやるかのようにフィートは立ち尽くしている。
刹那の後に天空より飛来した黄金の稲妻が何十本も地面に突き刺さり、格子代わりになり、円形の牢屋が完成する。
「仕留めるわよ、皆」
「了解」
「オッケー」
「わかせて」
「当然だ」
牢屋の番人が一気に勝負を片付けようと周りの者を急かすようにして呼び掛ける。
了承の意を示す言葉が各々から飛び交い、皆が皆己の杖に魔力を宿した。
紅く、蒼く、緑に、金に、藍に輝いたその様子を目にしたフィートはふと笑みを漏らした。
本当に捕えたつもりでいるのかと。
五色の閃光が空気を駆けるその瞬間、脳内で一瞬で詠唱を完了させた彼女は瞬光を発動した。
瞬間、フィートの姿が消えた後にまばゆい光が辺りを埋め尽くす。
閃光が雷撃の中心を射ぬき、その眩しすぎる光が晴れた底には、傷ついた老女など見当たらなかった。
フィートは、いつしかそこから脱出していたのだ。
「瞬光か……」
瞬光とは術者の肉体を光の森変換し、高速移動を可能にする光属性の上位魔法だ。
魔法の発動している間は闇以外の全ての攻撃は一切通用しないので、あっさりと脱出できる。
「そうさ。あんたらもまだまだ若いな」
「うーん、それがどうなのって感じだけどね」
瞬光は体全体を全く違うものに変換する、言うなれば奥義クラスの呪文。
その消耗は一秒だけと言えどもかなりのもので、短時間に二度もそれを行使するなど、フィートにとっても荒技のはずだ。
隠してはいるのだろうが、確実に彼女の息はすでに上がっているに違いない。
「弟子連れて逃げたらオッケーって魂胆だろうけど逃がさないよ」
「できるのか? お前達に?」
得意げな表情で挑発するフィートに少しずつカリカリし始める五人の大魔導師。
彼らは未だにフィートの意図していることに気付いていないようである。
「あたしはただの時間稼ぎさ。黒の大魔導師が来るまでのね」
「オスキュラスは死んだ。弟子に継承されただろうが、まだ成り立てほやほやの素人だろう。恐るるにたらんな」
そんな事も分からないのかと言いたげな目を見て、フィートは目の前の一団が哀れに思えてきた。
分かっていないのはどちらの方だと、嘆息しながら諭してやろうかと思ったが、年寄り臭いかと思い、開きかけた口をつぐむ。
全く若者の早死になんて見ていられないと、苦笑混じりに頭を左右に振った。
「早いとこ実力見せて御覧よ、ネロ」
地面に張った薄い氷が割れていくような、乾いた粉砕音が耳に響く。
フィートと、彼女と敵対する五人の間の空間に縦方向に二メートルぐらいの亀裂が走る。
空間内に亀裂が入る魔法なんてそう多くないため、そのような呪文を彼らはほとんど知らないために仰天した。
唯一その術を知っているフィートは飄々としているが、ゼインまでもが驚いている始末だ。
ちゃんと教えたじゃないかと、若い弟子に愚痴をこぼしながらフィートは解説を始める。
瞬光が光属性の魔法で、高速移動するための、つまりは二点間を素早く移動する動的な術に対して、静的な闇の魔術。
離れた二点間の空間をねじり、直接つないでしまう、大魔導師以外には使用を禁止された闇属性の禁術、黒穴〈ホール〉である。
禁止するまでもなく、大魔導師クラスの魔法使いにしか使えないのだが、むやみに使用してはならないと自覚させるためにだけ、禁忌として名を馳せている。
縦の亀裂から、今度は地面と水平な方向に亀裂が入り、どす黒い空間が垣間見える。
その中から、一際強く輝く二つの点が鈍く光った。
ネロの、漆黒の瞳だ――――。
「どうも、初めまして。この度黒の大魔導師に就任致しました、ネロと申します。大魔導師の皆皆様方、どうかよろしくお願い致します」
恐ろしげな気配、それなのに関わらずネロは年端もいかない少年のあどけなさを残していた。
にっこりと微笑んだその表情だけ見ると、ただの見習い魔法使いにしか見えないのだ。
柔和な笑みには、大魔導師の威厳など、宿ったものではなく、見ている方が微笑み返しそうになるほどだ。
しかしそれは外見だけの話であり、彼の恐ろしいまでの実力は、肌で感じている。
ゾクゾクしてしまう魔力が、体から漏れだして周囲を取り囲んでしまっているほどだ。
「お前がか?」
「はい。若輩者ですが、精進したいと思います」
ネロが言い終わるのと、ゼカが目配せするのとはほぼ同一のタイミングであった。
ネロが言い終わったその後に、一斉に五人は杖を構えた。
白と黒が揃ってしまったのなら、先に不意討ちで片方を潰せば良い。
狙われたのは、明らかに経験が足りないだろうと推測されたネロだ。
「ごめんね、若輩者のまま死んどいて」
今まさに、ネロへの集中砲火の口火が切られようとしたその瞬間に、彼らの腕は止まる。
地べたに這いつくばっているゼインは、何事かと思って五人の侵入者が見上げた方向を目で追った。
そこには、その存在感を重厚に示すほどのプレッシャーを持った扉がそびえていた。
高さ百メートル、横幅三十メートルを、目測でゆうに凌駕するサイズの門に顔を引きつらせる。
分厚い扉一枚隔てた向こうからは、まがまがしい災厄の気配が感じられた。
黒の魔法とは闇の魔術であり、闇の魔術の本質は“魔”と呼ばれる者との契約だ。
向こう側の、魔界と呼ばれし大帝国には闇の魔法使いと契約した異形の生物が住んでいる。
「このサイズ……龍でも召喚する気なの……」
不安そうな声が抑えきれず、恐怖に震えた声で金の大魔導師は呟いた。
心なしか足元もおぼつかないようで、震えているようである。
その扉がゆっくりと開いていくにつれて、向こうにいるものの息遣いが聞こえてくる。
突風が吹くような、荒々しい吐息……。
ゼカが気付いた時には、味方の軍勢は、全員がすでに肩を震わせていた。
もちろんゼカも例外ではなく、震えは止まらないのだが、鼓舞しなくてどうすると無理矢理言い聞かせ、叫ぶ。
動揺をひたすらに隠した凜とした声が響き上がり、まだいけると気持ちを高く持てた。
「落ち着け! 龍は、かつての闇の魔法使いを超えたオスキュラスでさえ三体が限界。三体なら俺たち五人で対応できる」
どうせ見習い、召喚できても一体や二体と、高をくくった五人は詠唱を始める、先手必勝の言葉を信じて。
しかしそれは徒労というものだった。
「……………………………………バカな」
予想外の仰天の事実に、一同は完全に硬直してしまう。
今度は、さしものフィートまでもが信じられないと天を仰いで呆然と立ちすくんでいる。
こんな光景は、彼らにとってはお伽話や神話のような世界にしか存在しないと思っていた。
完全に解き放たれた門扉からその姿を拝ませているのは、荘厳とした風貌の巨龍であった。
鱗の一枚一枚が頑強で、まるで刃物のように鋭く、獲物たちの返り血に塗れながらも神々しく煌めいている。
その眼は邪悪なようで、神聖でもあり、神にも悪魔のようにも見えた。
牙の隙間から漏れだす吐息はさながら強風のごとく大地をなでる。
そして、空間をつんざき、天空はるか彼方まで響く特大の咆哮は、地響きを起こすほど。
そんな龍が、赤青緑金白で五体も現れたのだ。
「それでは女神の判決をお伝えします」
マギ・ヴィーヌからの勅命をしかとご理解下さいませ。
ネロの声が、咆哮の後の静寂の中ぽつりと漂った。
「女神の……判決?」
「えぇ。あなた方の行動は他の誰にでもなく、女神への背信行為です。罪は重いですが、死にはしません」
素の彼らを知っていたならば、その場面は絶対的にありえないような光景だったであろう。
五人もの大魔導師が、たった一人の青年の前で意気消沈とした様子で、怯えるようにしているのだ。
それを見ている青年は、確かに丁寧な言葉遣いなのだが、それのせいで威圧感を増しているように思えた。
どれもこれも真後ろにいる龍がその状況を招いているのだろうが、実質のところはそうとも言い難い。
確かに龍は魔術師などとは一線を画している存在なのだが、それでも五体の龍は召喚されたのだ。
魔術師が召喚できる魔物は、絶対的に召喚者よりも弱い個体であるはずなのだ。
なぜなら、魔物には召喚者の言うことを聞く義理はあっても義務は無く、抵抗されたら魔導師の命に関わる。
そのため、ネロがその龍を召喚するためには彼らが確実に裏切らないと断言する自信、もしくは彼ら以上の強さが求められる。
しかしだ、龍とは、体躯が大きければ大きいほど、その力は強くなる。
鋼鉄の門から顔を覗かせる五体の巨龍はどう見ても龍王と見て間違いないだろう。
つまりそれ五体全てが裏切らないと言い切れる、もしくは五体がまとめてかかってきても、ネロはねじ伏せられるのだ。
後者は人間としては信じがたいのだが、その可能性が強いと誰もが悟っていた。
「それでは皆さんへの罰をここに宣言します。大魔導師の資格剥奪、及び全魔力の生涯没収です」
その瞬間に空間内に凄まじい魔力の奔流が満ち満ち、周囲の気圧が高くなったかのように思われる。
とたんに、ネロの銀髪はうねるようにしてざわめき立ち、黒々と変色していった。
その姿は、まるで絶対的な力を持った、最高位に位置する帝王のように映るほどだ。
「生涯……没収?」
そんなこと、どうやったらできるんだと掴み掛かりそうになるのを、ゼカは必死に堪えた。
思い出したのだ、より強い魔力は弱いものをかき消し、龍族には魔力の発生を司る体内器官を壊す能力があると。
龍の気の込められた吐息、すなわちブレスと呼ばれる代物には、そういう性能があるのだ。
ふと目を配らせてみると、その先では五体のそれらは大口を開いてエネルギーを充填させている。
発射準備オーライ。
誰が言わなくても、それはすぐに察せられた。
「皆! 逃げ……」
「不可能です」
尻尾を巻き、踵を返し、おめおめと逃走しようとするゼカ。
周りの者にも避難の勧告をし、逃亡を促すために、叫ぶ。
だがそれすらも言い終えないうちに、ネロはそんなことはできないと、易々と断言してみせた。
大きな力が、一瞬にして炸裂する気配を、五人の大魔導師は文字通り体感してしまった。
ローブを翻し、はためかせ、敗走するその背中に、容赦のないブレスが浴びせかけられる。
その時に、彼らは自分の体から魔力が漏れだしていくのを悟った。
大きなタンクの底に穴が開いたどころの話ではない、もはや底が抜けきってしまったかのような、だだ洩れの現象。
それは全て、空気中に出た瞬間に龍の息吹きに燃やし尽くされてしまい、その存在が否定される。
気付いた時には彼らは、ただの一般の“人間”になってしまい、意識を失った。
「全ては、女神の仰せのままに」
胸の前で斜め十字を切った後に、神に対しての敬意を示すように天を仰いでネロは祈りの言葉を紡ぐ。
この罪人たちにも、どうかこの先の未来に必ず安住の時を。
歴代、最も心優しく、そして女神に最も忠実な黒の大魔導師の最初の仕事はそれだった、という話だ。
ようやくお終い。
長くなった上にラストが微妙で申し訳ないです。
あ……延長シテる……
どうしよ……チャレンジしよっかな?(魔法)
第六回SS大会 エントリー作品一覧
No1 瑚雲様作 【Magic of smile】 >>312-314
No2 那由汰様作 【魔法の言葉】 >>315-316
No3 秋原かざや様作 【ささやかな魔法】 >>320
No4 蟻様作 【私が欲しがったまじない】 >>322
No5 玖龍様作 【まほうつかいになりたい】 >>323
No6 月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】 >>324-330
以上、全六作品エントリーです!
No1 瑚雲様作 【Magic of smile】
母集団少ないので一つだけになります。
月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】と那由汰様作 【魔法の言葉】で。
No1 瑚雲様作 【Magic of smile】
No5 玖龍様作 【まほうつかいになりたい】
No6 月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】
うちはこの3作品です。
月牙さんの作品は、特にラストがどうなるのか、どきどきしながら読みました。格好良かったです!!
なんだか、この続きも読んでみたい、そんな気持ちになるワクワクした作品でした。
第六回SS大会「魔法」 結果発表
一位:瑚雲様作 【Magic of smile】 月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】 同率
二位:那由汰様作 【魔法の言葉】 玖龍様作 【まほうつかいになりたい】 同率
えっと、投票数の問題で二位までしかありませんでした……
この企画もそろそろ新しい風が必要でしょうかね(汗
今回入賞しなかった方々も次回頑張って下さいね♪
大分、時間が空きましたが第七回大会を始めたいと思います。
お題は、「赤」です。
おおお、今回も面白そうなお題ですね。
落ち着いたら、ひょこっと投稿させていただきますので、よろしくおねがいしまーす☆ ぺこり。
『ファイナル・インターネット』
『貴方は、終わります。』
パソコンの画面の深紅の文字をみて、瑠奈は呆然とした。
「お…わる?私が…」
私がこの文字を見る三時間前・・・
『深紅の小雪』
と言う、アプリに入りこんだ。
そう…。画面の中に。
画面の中は、不思議な世界だ。
深紅の雪が降り積もり。あれっ?
そういえば、人がいない?
家らしき物は、あるのに。
道具まで、残されている。
私は家を、一つ一つ巡っていった。
さっきまで、人が、いたハズだ。
何故なら。
「グツグツ」
鍋が、点火されているから。強火だ。
もう一度、外を見てみた。
深紅の雪が積もっている。
近代的な民家は、まだ新しい。
それに、弥生時代くらい?の服をきた、若者…。
なぜ、今までいなかったのに?
この近代的な民家に、弥生時代くらいの人?
「誰だ。」
と、つぶやく様に言った彼の口元は、疲れきっていた。
「誰だ。誰だ。誰だ。誰だ。」
どんどん、強い口調になっていった。私のアタマに、エコーがかかる。
「瑠奈。」
私が言う。
彼は、消えた。
私は、外に出た。
雪を掴んだ。柔らかく、溶けて赤い汁が手ににじむ。
『貴方は、終わります。』
画面から出た私。終わりました。
「誰だ。」
あの声が、アタマに響く。
私の真後ろには、彼がいた。
周りは、あの風景が永久に続いている。
「瑠奈…。お前は、深紅の時代へ来た。お前は、終わる。」
彼の口が、ゆっくり開いていく。
「終わる。」
彼の…目。はなかった。骨と肉だけの彼が、私をにらむ。
「じゃ。」
彼が、消えた。まただ。このループが、永久に続くのか。
「私は…終わるのね。」
別に。終わってもいい。未練なんて無い。
ひきこもりで、ネットだけに頼っているに私なんか。
「瑠奈~?起きなさいー」
これだけは、無くしたくない。母の声。
これも、なくした。
…私が彼の言うに『深紅の時代』に来た為に。
永久に続くあの風景…。
もう……私は深紅の住民になりました。
ありがとうございました!
勝手に入ってすみません!
終わりました!
『ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)』
西暦二千二百四十二年十二月二十八日。
それは、知的生物として初めて地球を支配した生物。すなわち人類の滅びた日。
白い雲の絨毯が、無限に敷き詰められている。永遠に続く雲海。その上に巨大な西洋古城風の建造物が、幾つも聳え立つ。その建物は各々景観を崩さないためにか、純白の壁をしている。そんな中でも特に大きく、目立つ城が有った。
現在の建物にして、百階建て以上に値するだろうその巨大建築物の天辺から、白髪の長い顎鬚を蓄えた男が世界を見下ろす。彼の眼下に見えるのは、長大なビル郡が並ぶ大都会。朝も夜も決して眠らず、文明人と自分を称す愚者達が跋扈する下界。
「人間は豊かになりすぎた。人間は知識を得すぎた。人間は……」
人間の年齢にして齢八十にはなるだろう老いた顔をしかめ、彼は口唇を震わせながら言葉をつむぐ。そのしわがれた声には、確かな哀れみと悲しみの感情がにじみ出ていた。老父は青い瞳から一縷の涙を流し、最後に言葉を付け加える。
「人間は世界の害悪でしかなくなった。滅ぼさねばならない」
そのしわがれた声は重く深く、老人の悔恨と苦渋が滲み出ていた。当然だ。人間もまた彼の作った存在の一つなのだから。
Part2へ続く
Part2
ここは人間界。天上の神々の存在など知る由もなく、自らを文明人と称し、世界を我が物顔で占領する者達の住まう場所。既に神が人間に与えた地球という領域はほとんど開拓され、彼ら人間は自分たちの許されぬ領域、宇宙をも掌握しようとしていた。
「グッドモーニング、文明人の皆さん! 今日もまた新たなる文明人とわれわれは交流することに成功しました!
彼等はアスペルタ人と名乗り、凄まじい肉体能力を持っていながら優しく、人間に好意的です!
きっと、私達人類の馬車馬として役立ってくれるでしょう! 新たなる知的生命体アスペスタ人を皆様受け入れてやってください」
進化して完全なスリーディーを体現した巨大スクリーンには、連日のように新たなる宇宙人の発見が放送される。そして、必ずニュースのリポーターは言うのだ。彼等は地球人に役立つから皆受け入れろと。
だが、それは端的に言えば、地球人が他宇宙人と比べて、圧倒的な戦力と文明力を有するが故の支配的な言葉だ。決して友好的ではない種族は政府により秘匿され武力で脅し、餌付けして人間に従う状態になったら、マスコミに情報提示して放送させる。
当然ながら、その陰険なやり取りを知る一般人はほとんどいない。世界政府の完璧な情報統制により、地球市民は皆が子供のようにニュースの内容を疑わず、鵜呑みにするのだ。しかし、そんな市民たちの中で連日放送されるこのニュースを穿った見方をする者がいる。
「これでは、全宇宙がエントロピーを崩し、主たちが造り世界が崩壊してしまう。何としても地球人は排除せねば……」
透き通るような白い肌をした華奢な若者だ。中性的で優しげな儚い顔立ちをした若者は、文明の利器を使わず何かと交信する。それは彼の主である神々だ。エントロピーとは感情値のことである。憎悪、恐怖、嫉妬といった負の感情。そして、愛や希望、慈悲といった正の感情の大きく二つ。それらが均衡を保ち世界は存在しているのだ。勿論、拮抗を崩せば世界は混沌し崩壊する。知力が高い生命体ほど感情を強く持つため、極端な感情を抱くと世界のエントロピーが傾きやすい。今、地球人が行っていることは極端に他知的生命体に恐怖を与える行為だ。このままでは負の方向に天秤が傾き、世界が終わってしまう。
「はい、主よ。もう、一刻の猶予も許されないと思われます。どうか大命を!」
「少し、考えさせてくれ……」
切迫した様子で許可を要求する青年に対し、老人と思しき通信先の主が口をつむぐ。青年は人間を滅ぼすことに引け目を感じているのだと、すぐに理解する。当然だ。自身が作った存在なのだから簡単に消したくはないだろう。
だが、それは青年とて同じだ。人間の姿は彼ら神々の尖兵である天使に限りなく似ている。ゆえに強大な知力と文明力を有しているのだ。しかし、彼等は知っている。一つの物に対する愛着によって、全てを失うことのむなしさを。最終的には護ろうとした物まで失う現実を。
「主よ、人間は最早矯正はききません。我々、創造主が鉄槌を下すしか方法はないのです!」
中性的な顔をした青年は必死に訴える。敬愛する神々が創った世界を維持するという使命感のために。
「――分った、審判を下すことを許可する」
老人のしわがれた声が鼓膜をたたく。青年は小さく拳をあげるが、それ以上に大きな虚無感が胸中を駆け巡ったのを感じ、歯噛みする。
「もう、覚悟はできていたことではないか。何、我々が力を奮えば一瞬で終わる。痛みは時間が癒してくれる」
青年は動揺した心に何度も言い聞かせる。そして、立つ。戦争でも討伐でもなく、ただの殺戮へと身を投じるために――
「赤い、世界が赤い。主よ。我等が主。貴方方のために罪を感じ苦しむことは、私達の義務ですよね?」
自らの主である神が、英断を決した瞬間。天使の視界は全て朱に染まった。紅、赤、朱。しばし一括し“赤色”と言われるそれらが、なぜ知的生物全般の血の色に適用されているのか。それは、天使や神にとって、罪と罰の象徴だからだ。死を恐れよ。命を慈しめ。世界にそれを見るということは、彼自身が神の創造物たる人間を滅ぼすことに、嫌悪感を感じていることの証明であり、彼等を長年見つめてきて感情移入していた結果でもある。
「やらねばならぬのだ」
律儀に人間生活を監視するために借りた自室から、玄関口を介して退室する天使。周りを見回すと、既に人々は外を歩き回っている。ペットの散歩をしている者や学校や職場へと向かっている者。談笑する者や既に仕事を始めている者達も居る。
彼はこの風景が嫌いではない。天使などよりよど強い個性を持った者達が、夫々思い思いの行動を取っている。夫々の思惑で。彼が人の世の調査に当り既に十年近くが過ぎていた。慣れ親しんだ存在も多数居る。
そんなことを周りを見回しながら考えていると、突然恰幅の良い濁声の叔母さんが声を掛けてきた。
「あらぁ、貴方仕事はどうしたのぉ?」
「お早うございます。今日は休みですよお婆さん?」
彼女もまた赤く見える。だが、体格や声色で顔見知りだと認識し挨拶を交わす。いつも人の世話を焼こうとする優しい叔母さん。だが、殺さなければならない。自らが判断を急がせ、承諾を得たのだから。自分が一番槍にならなければい。強く心に言い聞かせる。
「あら? アリアさん、何だか手が……」
「すまない」
彼の名はアリア。人類殲滅作戦の司令官として、神々より待命を受けた存在だ。神の許しと彼により放たれる攻撃が、作戦の合図と決定されている。神は決断した。次は自分の番。そう思い、力を振るうことを決め自らの指先に霊力を収束させていく。
その青白く輝く燐光に訝しがる、知り合いの叔母さんに小さく彼は誤り力を解き放つ。一瞬にして目の前に居た女性は砕け散り、骨も残らず青炎(せいえん)の中に飲み込まれていった。舗装された道路が切り裂かれ、近くにあった家屋が真っ二つになる。ミシミシと音を立て襤褸アパートだった建造物は砕けていく。
Part3へ
Part3
「何だ!?」
「爆発か!?」
「意味が分からねぇよ! ってか、これ死者とか出てんじゃねぇ!」
「あの辺、俺のアパートじゃねぇか! 友紀は……親父は!?」
そのあまりに現実感の無い光景を見て、人々はただ立ち竦む。各々が心配や恐怖、或いは死体や破壊という非日常への興味を口にする。そんな彼らの全ての言葉をアリアは砕いていく。彼の全身が光り輝き、青い稲妻が当たり一面を這い巡る。
周りにあったあらゆる物を破壊していく。自分の借りていた宿も、いき付けのコンビにも。舗装された歩道橋も砕かれていく。人々は雷に飲み込まれると同時に、悲鳴を上げ倒れこみ灰と化す。
男女問わず悲鳴が響き渡り、困窮に溢れた阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。だが、力を振るい始めたからには地球はすぐに滅ぶ。
「人間達よ。すぐに全員殺してやろう」
――――――――――――ー――――
彼が力を振るったことは、すぐに他の天使軍に伝わる。数秒後には軍の率いる巨大な母艦たちが、人間側の戦力からすれば突如として現れる。人間達にとっては未だ未知の領域にある技術で、姿を消して待機していたのだ。
「総司令官! 突然、宇宙に戦艦が現れました! 見たことの無い機種です!」
「数は!?」
敵対型の好戦的な新宇宙人の出現かと、総司令官と呼ばれた男は臨戦態勢を引くが。余り緊迫した雰囲気ではない。幾度とない野蛮な宇宙人の襲撃を、高い技術を誇る地球の兵器で、看破してきたが故の余裕だろう。だが、彼の華々しい経歴も今日で終わりとなる。
「総司令官! ザーク防衛戦線が壊滅しました!」
「…………」
銀河系に常駐している宇宙艦隊が、報告が入って銃数秒で壊滅するのだ。地球の前線を守護する艦隊だ、勿論防御力や機動力といった落とされ辛さに繋がる性能は最高である戦艦を揃えている。オペレーターの報告に思考が追いつかず総司令官はしばし沈黙した。
「馬鹿な。そんな馬鹿な! 我が地球軍は最強のはずっ!」
第一防衛戦線、最精鋭部隊が一瞬で壊滅。援軍が来るのも間に合わずやられた。今まで信じてきた最強への自負が一瞬が砕けていく。総司令官の口唇は力なく、上の空となる。
「数は? 数は幾つだ?」
「敵軍の数は、十三。信じられません! それと日本の東京やイギリスのロンドンが正体不明の怪物に襲われているそうです!」
十三。司令官が必死で口を動かし聞いた質問は、更に絶望をあおる結果としたならなかった。そしてすぐにオペレーターからは、また驚愕の情報が伝えられる。その襲撃の姿がモニターに移されると、そこには人に羽の生えた自分達が天使という存在にそっくりな者達が居るではないか。それらが正体不明の圧倒的なプラズマやレーザー、焔で見知った町町を蹂躙していく。カメラは現実しか映せない。
「馬鹿な。これは我々にとって未曾有の危機なのでは……」
「第二防衛戦線がほぼ壊滅しました!」
事の深刻さを理解したと同時に、百戦錬磨の将である彼は理解した。この未曾有の進撃は今の人間の力では全てを出し切って求められない。懺悔し死を待つか、降伏が利く相手か試してみるか。十中八九白旗を振ったところで意味は有るまい。増援を送っても援軍が届く前に間違えなく戦線は破られていくだろう。止まった蚊を叩き殺すような容易さで、相手戦艦十三体は彼の軍を駆逐していく。
「勝てる可能性はあると思うか?」
「いえ、有りません」
軍人なら世界を守るため最後まで戦え。上官の勝率に対する質問に関しては、勝てないと言うな。それはどこでも叩き込まれる常識のはずだ。だが、オペレーターは欠片の迷い無く、本音を口にした。総司令官もそれを許してくれるのを分かった上で。
「キンズリーよ……長くこの職に居るが、本当に滅びる時は何者もあっさりよな」
「はい、エズグード総司令。あぁ、我々の滅びの光のようです。これは神々の裁きなのでしょうか」
哀愁に満ちた瞳でエズグードという名の司令官はつぶやく。同じく長く彼と付き添っていたキンズリーは、総司令ではなく名前で呼び頷く。それとほぼ同時の話だ。画面上に今までに無い強大なエネルギーの就職を確認したのは。無限、計測系を振り切るその力の総量は、当たれば間違えなく地球が滅びる数値だ。その光を確認したと同時に、天使ににた生物達は姿を消す。
「神の裁きか。思えば地球を襲っていた輩はまるで天使だ。何の抵抗も出来ず、誰一人護れず……神というのも勝手なものだ」
「本当ですね」
鉄槌が下される。人々の懺悔も諦めも何もかも、それは飲み込んでいく。世界が焦土と化し、人も鳥も木々さえが息絶え消え去った。膨大な爆発が銀河系中を包む。真空空間では音すらしない。物悲しさ感じながら、地球から離脱したアリアは黙祷を捧げた。
「眠れ、人よ」
――――――――――――ー――――
西暦二千二百四十二年十二月二十八日。八時十分頃。寒空の下、人類は謎の巨大勢力により、十数分で滅ぼされる。血も骨も残らず、全て紅蓮の炎によって焼き尽くされた。高温で青く棚引く炎は全てを溶かしていき、地球人が築いた文明を跡形もなく焼き尽くした。
天使達は愛すべき家族を殺すような、非業に満ちた顔で血の涙を流しながら力を奮い続けた。
血の涙を流しての、神々による悲しき審判は終り、地球人は母星とともに一人の例外もなく死んだ。
「空しいですね。地球のあった場所が全て紅く見える……」
「罪の感情がそうさせているのじゃアリア。彼ら人類全ての血があの空間を朱に染めておる」
「……我々は間違っていたのでしょうか主よ?」
「そうじゃな、おそらくは間違っていたのじゃな。どうしようもなくワシ等短慮じゃった――」
赤は罪の色。
何もかもが赤く見える今は、彼らが罪に溢れているからだろう。神は懺悔した。何も考えず人を作ったことを――
地球だった場所が赤に覆われている。そして、自らたちも赤にまみれているのだ。
罪に溢れている。世界が――
人も神も過ちを繰り返す愚かな生き物なのだろう。
人は傲慢でさかしいだけだが、神々はさらに強大な力を持っていることを鑑みれば、更に赤いべきなのは神々なのか知れない。
END
===あとがき===
久々の自分の作品ですが、本当に展開が速すぎて何がなんだかですね。
何だか途中で書く気力が(オイ
本当は、人間と天使側の血みどろの抗争とか、色々あったのです。
まったく、赤という物を感じさせない情けないつくりの作品になってしまった(涙
半端な気持ちで書くものじゃないですね……
「a colors」 第一話
「赤色・・・」
あたしはびっくりして振り向いた。
後ろには男の子がいて、ニコニコしながらあたしを見ていた。
「だ・・・だれ?」
制服から見るに3年生。
あたしは2年。
だからその人が誰かなんてまったく知らなかった。
れ?でも、見たことある・・・。
「ありゃ?しらない?ぼくの名前は籤形竜次(くじかたりゅうじ)。軽音部の部長なんだ。」
あああっ!思い出した!
「文化祭で暴力沙汰を起こして停学になってた人だ!!!」
大声で言ってしまい、あわてた。
怒られるかもと思ったのだ。
「あ・・・えと・・・あのぅ・・・」
どうする?どうする、鹿島鈴音!!
結果。
笑われた。
「あはははははっ!君、面白いね。」
面白い・・・?
そうかな?
「邪魔してごめん、それと――――――。頭、気をつけて。かびんがおちてくるよ・・・。」
そういうときびすを返してどこかにいってしまった。
・・・頭・・・?
≪つづく≫
風猫>お久しぶりです! …久しぶりの登場で行き成り小説書くのもどうかと思うのですが、書いちゃいます(テヘw
「赤色の世界。」
今日も世界はいつもと変わらない日になるはずだったんだ。
皆と笑って、泣いて、怒って、今日を終えるはずだったんだ。
でも今日は何かが違った。いつも怒らないあの子が怒り
いつも泣かないあの子が泣いた。
学校のチャイムが壊れ、チャイム音が学校中に鳴り響く。
あの子が怒ると雨が降り、あの子が泣くと皆が叫び、チャイム音の音で人々は暴れ出した。
学校の中の人々は酷い争いをし始め、教室の、廊下の、タイルを赤で染めていく。
あの子はハサミで、あの子はカッターで、あの子は包丁で、あの子は手で、あの子は縄で、あの子は椅子で、人を殺してく。
赤にまみれた教室は強烈な腐臭を放ち、人に快感を与える。
あの子が笑い、あの子が泣きやみ、チャイムが鳴りやむと
人は、壊れ、崩れ、朽ち果てていく。
「あ―――、今日は楽しかった。 今度はもっと楽しませてね♪」
書かして頂いて、ありがとうございました!
TITLE:赤い歌
「赤い赤い 小鳥 小さな翼で 赤い空を飛ぶの」
気のせいだろうか。
僕の耳には声が聴こえてきた。
とても小さく、でも澄んだ綺麗な歌声が。
「……」
ここは、森の奥。
ある家の土地で、関係者以外は立ち入り禁止だ。
でも僕はこの歌につられて、ついつい入ってしまった。
その声の主は、大きな木の下で歌っていた。
「や、やぁ。君は、何を歌っているの?」
とても幼く、僕より5つは年下だろう彼女は、こちらを向いた。
綺麗な金髪で、腰辺りまである。然し彼女は、布で目を覆っていた。
「こんにちわ。どうしてここに?」
「え……あの……歌に、つられて…」
凄く、綺麗な声だった。彼女はくすくすと笑って、そう、と呟いた。
僕の方は、とてもはっきりとした言葉が出てこなくて。
どうしても、彼女の瞳を隠す布が気になってしまう。
「あの……君の、」
「はい?」
「君の目……何で布で覆われているの?」
彼女の口元が、すっと元に戻る。
そして目の前に広がる湖へ顔を動かし、優しく眺めた。
「私の瞳は……あまり人に見えてはいけないの……とても不気味に見えるらしいから……」
「不気味?」
「そう……とってもとっても“真っ赤”なの」
呪眼。
人々はその瞳をそう伝えてきたらしい。
どうしても信じられない。
そんなものが、この世界に存在するのだろうか。
「……さっきの、歌は?」
「あれは……私が作ったの……」
「“赤い小鳥”とか“赤い空”って、いうのは……?」
恐る恐るそう、聞いてみた。
でも彼女は、くすくすと笑い始めた。
「私の瞳ではね……全て赤く見えてしまうの……」
「……!?」
「だから……本当の色が分からないの」
彼女は金髪の髪を揺らして、胸元に手を当てる。
そしてまた、歌い始めた。
全ての景色が真っ赤に見える彼女にとって
あの白い雲も、あの青い湖も、あの深緑の木々も、
全てが全て、真っ赤に見えてしまう。
一色の景色というのは、どういうものなんだろう。
「だから……瞳を隠してるんだね……」
「そう……だって見たってしょうがないもの……」
彼女は、また笑う。
どういう風に笑っているのかも知らず。
「僕……ここにいても、良いかな?」
「構わないけれど……私は歌う事しか知らないの、それでも良い?」
「うん、僕が、いたいだけ……」
彼女は歌い出す。
赤い歌を、歌い出す。
「赤い赤い こと―――」
「赤じゃ、ないよ」
びくり、と。
彼女は歌うのを止める。
そして僕は、空を見上げた。
「ここにいる小鳥はね、皆黄土色っていって、君の髪色に近い色をしてるんだ」
「私の……髪色?」
「そう。そして空もね、青って言って、とても綺麗な色をしているし、この森は……」
僕は、この場から見える全ての色を、教えてあげた。
その度に、彼女はうんうんと頷いてくれて、また笑ってくれた。
彼女の知らない色を、知らない事を、教えてあげよう。
何故かそういう気持ちになったんだ。
「そう、そうなの……ありがとう、名もしらない少年君」
「い、いやぁ……」
「忘れないよ、貴方の“色”も」
最後に、そうとだけ彼女は言い残した。
そしてその笑顔を、僕は永遠に忘れないだろう。
空よりずっと澄んでいて、森よりずっと深くて、太陽より暖かなその声を。
そうして彼女は、自分にとっての赤い森へと、姿を消した。
*END*
ちょっと意味不明な終わり方ですね;;
不思議系っぽくなってるかなーとか思いつつ。
兎に角、今回も考えるのが楽しいお題でしたーっ!
はじめまして。小説初心者で、スレッドをたてる自信がないんで、こちらに参加させていただきます。
【とにかく、眠れ】
赤い。人間は、赤い。俺の視界は正常だし、世界の色だっておかしくない。だから、人間の肌が肌色をしていて、人間の髪が黒や金やその他もろもろ、カラフルだってこともわかっている。それでも、人間は赤い。赤い赤い赤い。彼らの、アイツの、俺の肌の下には、赤い血液が流れている。赤い。だから俺は、人間は赤色だと表現する。人間は、血液と臓器を入れるダッフルバック……ズタ袋にすぎない。感情、いわゆる心なんていうのは、神サマが気まぐれにつけただけ。愛だの恋だの友情だの言っている奴等は、神サマの手の上で見事転がされている哀れな子羊だ。どうして神サマは、こうも無駄な生物もとい二酸化炭素製造機を作り出したのか。暇潰し程度のことだろう。とにかく、あんな職務怠慢でクレイジーな神サマの思い通りになんて俺はならない。真っ赤な血の流れる真っ赤な人間を、今日も哀れな目で見つめながら、俺は歩く。
真っ昼間の大通り。真っ赤な馬鹿どもは、俺を見るなり悲鳴をあげて走り去る。きゃーきゃーわーわーオユルシヲタスケテぎゃーぎゃーワタシガナニヲシタッテイウンダうわーうわー!! うるさいと思う。ゆっくりゆっくりと前に進む俺の目の前で転んだ哀れなズタ袋は、その体内から溢れる赤色に涙しながら叫ぶ。ビークワイアット!! 静かにしてくれよ。そう思って首を振る。ただし口に出るのは以下の言葉。「黙れズタ袋。てめえは悪いことなんてしてないさ。だからこそ今、あのクソみてぇな神サマから解放してやるんだろうがよお!!」ズタ袋、唖然。俺の言葉が理解できていないのかもしれない。あぁ、やはりお前も真っ赤なズタ袋か、と哀れむ。哀れなズタ袋には救済を与えなくてはならない。さあ、今救ってやるからな。降り下ろす斧。短い悲鳴と共に散る赤色。真夏のアスファルトに蒸発して消えていく。イエスオッケー、任務完了だ。これで彼は神サマから解放されてズタ袋を、めでたく卒業するだろう。おめでとう、おめでとう! 歓喜のあまり手を叩くが、ともに祝福してくれる者はいない。あぁ残念だ。
ため息。もう少しズタ袋を救ってやろうかと思ったが、一日に10人も解放するとさすがに疲れる。ハイパーベンチレイション状態。早く帰って寝よう。明日も仕事があるんだ。【○●町連続殺人事件、犯人を探しています】ふと目に留まった電柱の貼り紙。○●町は、少し前まで住んでいたがそんな物騒な感じはなかったのだが。何が起こるかはわからないもんだな。しかしよく読めばどうやら、犯人は俺と同じく斧を使っているらしい。やれやれ、困った奴だ。斧は殺害の道具じゃねえぜ? ズタ袋を救うためのもんだ。やれやれ。まあとにかく、今は眠ろう。疲れた。真っ赤なズタ袋の掃除は、また明日でいい。
⇔⇔
書き慣れないんで、読みにくかったらサーセン。お題に添えたかも怪しいですが、目を通してもらえたら嬉しい。
風猫こんばんは^^
赤がテーマの作品、明日なんとか整いそうです^^
頑張りますー^^
1>
人の脳の中には“レッドゾーン”と“ブルーゾーン”が存在しているんだって。
それは別の言葉で“本能”と“理性”と言うが。
――――そこには住人が住んでいる……という話、がもしもあったとしたら信じるかな? 信じないかな?
もし“そんな者”が本当に住んでいるのだとしたら……面白いよね!?
☆ ★ ☆
「フン! 何いつまでもモジモジしてんだよ、“実”。……んん? 好きなんだろ? サッサとヤッちゃえばいいじゃねぇか!」
「キャーッ! やだレッド! 何処から湧いてきたのか分かんないけど、あんたこそ何考えてるのよッ! バカじゃないの!? エッチ!!」
「黙れアイル! 邪魔だ、引っ込みやがれ! あんまり騒ぐと××するぞ!!」
「……ッ!」
ああ…… 今日もまた僕の中で、赤(レッドゾーン)の住人“レッド”(♂)と、青(ブルーゾーン)の住人“アイル”(♀)が戦っている……。 はたから見れば痴話喧嘩にしか見えないかもだが。 仲がいいのか悪いのか……正直言って飼い主(?)の僕にも分からない。
……って、他人事じゃないんだけれどね。
だって……毎度の様に彼らが戦う理由は僕の事でなのだから。
レッドがああやって怒るのもムリないんだ。 あまりにも情けなさすぎる僕だから……。
タイトル『実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)』
はぁ…… って、今日だけで一体何度目のため息だ。
俺の名はレッド。 実がこの世に生を受けた瞬間から彼の中でずっと一緒に過ごしてきた住人だ。 俺にとって迷惑極まりない“おまけ”、アイルももれなく付いてきたんだけどな……。 どうせ彼女も俺と同じ事思ってンだろうけどな。
実のヤツ、マジで情けねぇヤローなんだ。 “情けない”って自覚してンくせに、変わろうとかして努力しねぇトコが余計に情けねぇんだ。 だってよ……“女”にいじめられっぱなしなんだぜ? 女にだぜ? 信じられねぇよな!?
男ならば女なんて押し倒して、服ひんむいて、力ずくで……
「バカ!!」
(痛ってぇ……)
……ったく! 誰だよ……って、そういや俺の他にはコイツしかいなかった。
俺のデリケートな背中を平手……じゃなくって拳で思いっ切り叩きやがったな、アイルのやつめ……。
白い生地に青い水玉模様が散りばめられた大きなリボンでポニーテールにして括った長い髪。
コレは実の隠れた趣味なのだろうか、ふくよかな胸の部分に青い糸で“アイル”と書かれた刺繍入りの純白の半袖の体操服に白い太ももをあらわにした紺色のブルマー姿……
黙っていれば結構可愛い女なのに……ん? かわいい!? なっ、何言ってンだ、俺っ……!
「もうっ!! レッドったら!
実ちゃんはねぇ、薫ちゃんの事が好きなの! 愛してんの! ……だからやられてもやり返さないのよ! ほーんと、あんたってば鈍感なんだから!
それに好きだから押し倒すとか、実ちゃんをあんたなんかと一緒にしないでよ! バカッ!!」
アイルの奴は今度は俺の後頭部をまたもや握り拳で殴ってきやがった。
女の分際で…… その細い腕にどんだけの力を秘めているんだ……。 油断した俺は尻もちをついてしまった。
(くっそぅ…… どーゆーつもりか知らねーが、この女……いつか絶対××シてやるからな……)
セットに30分以上手間暇かけてツンツンにキメたヘアスタイルを手に付けた唾で直しながら俺は立ち上がった。
まだケツがジンジンしてやがる。 こんな乱暴な女が本当にブルーゾーン(安全地帯)の住人で許されるのだろうか。 コレは彼女と戦うたびに段々と積り続ける疑惑問題。
はあ…… ヘアスタイルだけじゃねぇや…… 俺の自慢の暗黒マントまでも無惨に汚れちまった……
2>に続きます。
2>
ソレは置いといて……と。
アイルの言ってた通り、厄介な事に実はいじめている側、“薫”とやらいう名の色黒で、長身で、たくましい、さらに現在、彼等の通う中学の柔道部の部長を務めているという女に恋心を抱いているのだ。
大好きな薫のカラダを抱こうともしないで、いじめられながら自分の恋心を胸中にひっそりと抱いているだけで満足だなんて、ハッ! よくそんなんで我慢ができているもんだ。
やられても快感……とか、もしかして……もしかすると実のやつはM気質なのかもしれねぇ。
Mのヤツの心は俺には全く読めねぇ。 もし俺だったらそんな女、押し倒して、力ずくで……
――――いけね。 アイルがすげー怖ぇ顔してこっち睨んでるぞ……
――――何度俺は実に“いけ! 押せ! 系”の恋愛アドバイスをし続けてきたことか……。
黒ぶち眼鏡、七三分けヘアスタイルな“もやし男”な実だって一応は男なんだから、好きな女を“抱きたい”とか“キスしたい”とかいう願望はあるにはあるっちゅーらしいが。 ああ、ソレはこの前無理矢理しつこく聞き出して吐かせたから事実。 ただ、ナヨナヨしてるあいつの事だからなかなか行動に移せないだけで……。 全く情けない話だよな……
もし俺だったら、チャンスを見つけて……じゃないや、強引に作ってまででもして、そんな女、押し倒して、力ずくで……
――――うっわ。 やっべ! アイルがどこから持ち出してきたのか鉄製棘付きナックルを装着しだしたからコレ以上言うのはやめ……
「レッド、決めたよ、僕。 今日“やる”から……。 薫ちゃんに想いをぶつけてみる……」
今まではアイルの意見にばかり従っていた実が、今日初めて俺の意見に同意した。
ブルーゾーンに留まり、いじめに耐え抜き続けてきた実がついに俺のいるレッドゾーンに足を踏み入れてきたのだ。
ついにやる気になったのか…… ついに“男”になるってワケか……
「焦らないでね、実ちゃん。相手は女の子なんだよ、お手柔らかにね……」
実には器用に声のトーンまで変えやがって……俺に対してとは全く違う態度のアイルに、メガネを外して、七三に分けたヘアスタイルを両手でクシャクシャに乱した彼は優しくニッコリと微笑みかけた。
一瞬でもう“もやし”なんかじゃねぇ……マジで“カッコいい男”に変身して――――
「実ちゃん…… 素敵……」
右手に棘ナックルを着けたまま俺の隣でうっとりした顔をしている“乙女”アイル。
なんだか分かんねぇけど、胸がモヤモヤする……。
俺は実にジェラシーをしているのだろうか。
俺になんかに一度も見せた事もない、頬を赤らめたアイルの顔が妙に許せない――――
アイルが実の背中を押さないでずっと近くで慰め続けていた理由はもしかして……
「実のやつ…… うまくいくといいなぁ、アイル」
モヤついた気持ちのまま引きつった顔でアイルの肩に置いた俺の手を彼女は払い除けやがった。
俺とアイル――――
性格は明らかに正反対。
俺が彼女のタイプではない事は確実。
二人は棲む世界が違うから永遠に結ばれちゃいけない……運命。
俺もアイルも実のためだけに……実の事だけを考えて生きていかなくてはいけない。 彼の中の住人なのだから。
頑張れ、実。 アイルと一緒におまえの中で応援しているからな――――
3>に続きます。
3>
――――その後、実は思いきって薫に愛の告白をして奇跡のハッピーエンドとなった。
いつも会う度に実の事をいじめていたゴリラ……じゃねえ、薫が、実の告白を受けた途端、声をあげて大泣きしたのには、俺もアイルも本気で驚いた。
正直、こんなにドラマチックな展開になるなんか思わなかったし……。 実のヤツは結構溜まってたのかもしれない。 勢いあまって薫のくちびるにキスまでしやがったんだ。
あのヒョロい実と色黒ボーイッシュな薫。
はたから見れば思わずプッ! と吹き出しちまうくらいの不釣り合いカップルだ。
「手、繋いでも いい?」
「う、うん…… いい よ……」
なんだかんだ言ってもぎこちなさを堂々と俺達に見せ付けてきやがる甘酸っぱカップルになりやがった。 おかげでこっちは背中が痒くて痒くてたまらねぇ。
薫が実をいじめていた理由は“好き”の裏返しだったらしい。 全くじれったい。 女っちゅーモンは分かんねぇ。
好きなら『好きなのッ!』って、ガバアッ! とイッちゃえばい-のによ……。
俺なら常時“どっからでもかかってこいやァ!状態”で――――
受け身でいるばっかりじゃ……だめだよな…… 特に俺みたいな男は……
実…… おまえの様にできるかな…… 俺も――――
俺の方に背を向けて涙をすすっているアイルの傍にゆっくりと歩み寄った。
こいつは実に恋をしていた……。 俺がおまえにしていた様に……。
恋する相手がそれぞれ擦れ違ってはいたけれど、永遠に結ばれないという運命に逆らっていたのは同じ――――
こいつも俺も……初めての失恋を実感しているんだ――――
俺の体の奥の方から何かがブワッとこみ上げてきた。
気が付くと俺は――――彼女の手を握っていた。
俺はずっと前からズボンのポケットに忍ばせていた銀の指輪(リング)を彼女の細い指にくぐらせた。
「ナックルなんかより……こっちの方が似合うぜ……」
ずっと彼女に渡したかったこの言葉。
アイルの瞳の色と同じ色をした青色の宝石がキラリと光る。
アイル……。
本当は俺、おまえと戦いたくはないんだ。
本当はおまえを……押し倒して、力ずくで……××を……
《おわり》
こんにちは^^
えっと……あげときますね……
お題『赤』楽しかったです^^
良スレッドなのであげ
『大好きなあなたへ』
溶けてしまいそうだった。
愛してるといわれて、本当に幸せだった。
肌を重ねて、愛を確かめて。
そして。
私はシャワーを浴びている。
肌を重ねたのは、初めてだった。
太ももからつうっと、一筋の紅。
けれどそれも、もう流されていって。
体の火照りは、シャワーで冷やされて。
きゅっとシャワーの栓を閉めた。
幸せを永遠にするために、私は心に決めた。
バスタオルを纏い、そして、新しい下着を身に着けて。
クローゼットから、服を取り出した。
本来ならば、私はこれから『仕事』に行かなきゃならない。
けれど……。
私の心は、想いは止まらない。
大好きな、あの人の下へ。
服を着て、駆け出した。
彼のいる部屋へと。
駆け抜ける間、人々が、私の姿を見て驚いていたが、かまわない。
今日は特別な日なのだから。
寝ている人の部屋に入り込むことは、私にとって簡単なことだった。
けれど、そうしなかったのは、起きているあの人に会いたかったから。
玄関の扉の前でチャイムを鳴らす。
「……どなたですかぁー」
眠そうなあの人の声が聞こえた。
「メリークリスマス! プレゼントを持ってきましたよ」
「ふへ?」
あの人が驚いている。
そうだろう、なにせ、私は『サンタ』なのだから。
ちょっぴりセクシーなサンタ服だけど、それは紛れもなく、サンタ服。
「私、あなたと一緒にいたいの!」
彼の胸に飛び込んで、あの人の顔を覗き込む。
「あの話、本当だったんだ」
驚いていたけれど、私を逆に抱きしめてくれた。
「僕のサンタさん、よければ、ウチでクリスマスをやりませんか?」
「はい、喜んで」
幸せなときは続くのだ。
これからもずっとずっと……。
●あとがき
ちょっぴり大人なサンタ話にしてみました。
まあ、かなり季節先取りですけど(笑)。
楽しんでいただけると幸いです♪
『彼女と彼と赤の事情』壱
愛していたの。
ええ、愛していたのよ?
好きだったの。すごくすごく好きだったの。
ずっとずっと好きだったのよ?
ええ、誰にも負けないくらい好きだったの。
どれくらい好きか? すごくよ。もう言葉じゃ言い表せないほどに。
天地引っくり返っても、世界が終っちゃう日が来たとしても。それでも揺るぎないほど愛していたのよ?
ええ、愛だったわ。
例え彼が別の女を見ていても。
例え彼が別の女と付き合っても。
例え彼が別の女と結婚しても。
それでも愛していたの。ええ、愛していたわ。
いつもいつも。
【見ていたの】。
なんで見ていたのかって?
愛していたからよ?
それ以外に何かある? 愛があれば、あらゆることは許されるのよ?
あなたそんなことも分からないの? ああ、駄目ね。駄目な人だわあなた。
愛を知らないんだわあなた。
そんな人生屑みたいなものよ。糞みたいなものよ。。汚物よ汚泥よ。
だから知るといいわ。私みたいな愛を。
純粋で美しくてまっすぐな愛を。
知りなさい? 知るべきよ。 知って学ぶべきよ。
ええ、話してあげる。話してあげるわ。私の【愛のお話】。
だから聞いて? ね? 聞いて?
最後までよ。最後まで。最後の最後の最後まで聞いて?
聞いて?聞いて?聞いて?
聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて?
私の愛を。
真っ赤な真っ赤な。情熱的な愛を。
そして記憶して?
私の愛の物語を。
そう。これは私の【愛のお話】なのよ……。
聞いたらきっとあなたも。
誰かを愛したくなるわ……。
『彼女と彼と赤の事情』弐
「じゃあ、行ってくる」
彼が今日も家を出ていく。
いつものように素敵な笑顔と、ビシッとスーツを着こなして。
中学の頃に出会ってから何も変わらない。いつものような素敵な姿で。
ああ、やっぱりこの人はかっこいいわ。とてもとてもかっこいいわ。
「今日はお帰り遅くなるのかしら?」
「ん? いや、今日はなるだけ早く帰ってくるよ」
彼はいつも家に早く帰ってきてくれるわ。
彼はとっても優しいの。だから、早く家に帰ってきて、さみしい思いを私にさせたりしないのよ。
素敵な旦那様でしょ?
「別に無理しなくてもいいのよ? お付き合いもあるでしょうし……」
「良いんだよ。俺は一応愛妻家で通ってるからな、みんな冷やかしながらも融通をきかせてくれる。それに……」
そう言いながら、嬉しそうに顔をほころばせて、彼はお腹に手をやるの。
「愛すべき娘ももうじき生まれることだしな。お前の体調が心配だ」
子供みたいな無邪気な笑み。そんな彼の顔を見るだけで私はとっても満たされるの。
「ふふっ。もう、生まれる前から親ばかなのね」
「ああ、俺は世界一娘を溺愛する親バカになるさ! じゃあ、行ってくるな」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけて」
鞄を受け取って、彼は足取り軽く家を出ていくの。私はそれを微笑みながら見送って。
そして。
彼の子供を孕ませている糞女に睨みつける。
糞女はいとおしそうに自分のお腹を、お腹の中にいる彼との赤ん坊を撫でてから。玄関からリビングに戻っていく。
糞女、糞女、糞女!!
彼を私から奪った糞売女!!
そう、そうなのよ。
彼が笑顔を向けていたのも。彼が大切にしているのも。彼の妻の座に座っているのも。
全部私じゃなくてこの女なのよ!!
許せない。許せない。許せない!!
なんで、そこに私が居ないの!? あんたは私の居場所を奪った! 奪ったんだっ!!
別に良かった。それだけなら良かった。
でも、彼の子供を孕んだ。それだけは絶対に許せないっっっ!!
『彼女と彼と赤の事情』参
中学の頃、彼に出会った。
そして、そこで初めて恋をした。
内気な私は彼に告白できなくて、こっそり家までつけていったり。こっそり彼の電話番号を手に入れたり。こっそり彼のメアドを手に入れたり。
でもどれも【使うことはできなかった】。
だって恥ずかしいんだもの。
でも誰よりも誰よりもずっと彼のことを見続けていた。
その内学校で見ているだけで居られなくなった。
だから、だから学校をズル休みして、彼のお家に忍び込んだの。
ピッキングとかツールとかは、ネットで調べたりして学んだわ。すっごく大変だったけど、彼の為だもの、頑張ったの。
彼の両親は共働きだったから家に忍び込むのは楽だったわ。当時はそんなに防犯意識高くなかったし、今は一般家庭にあるような安価な防犯カメラとかもなかったから。
そこで、置いたのよ。【私の目を】。
ああ、もちろん目って、本物の目じゃないわよ?
比喩よ比喩。いやね、そんな気持ち悪い妄想しないで頂戴。
カメラよカメラ。
小型カメラを、彼の部屋にいろんな角度で仕掛けたの。もちろん見つからないようにね。
それと、玄関とか、リビングとかにも。
もちろんプライバシーを守る私は、親御さんとか、妹さんの部屋とか。お風呂場とか御不浄には仕掛けなかったわ。
私は変態じゃないもの、だた彼のことが見たかっただけだから。
そう。その【私の目】たちは、今もずっと誰にも見つかってないまま、ここまで来てるわ。
あの糞女が彼と彼の家族たちの家に【同居し始めた今でもね】。
そうそう。あの糞女よ。あの女が現れたのは、彼と私が高校に入ったころよ。
彼が入った高校は物凄い進学校だったから、私も同じ高校に入るのにとても苦労したわ。
そこでよ。そこであの女が現れたのよ。
彼と同じクラスにあの女が!!
あの女と彼はすぐ仲良くなっていったわ。
部活が同じ吹奏楽ってのも功を奏したんでしょうね。私も入りたかったけど、彼の前に立ったら恥ずかしくなって楽器なんて吹けるはずがないから辞めたわ。
私も彼と同じクラスだったから、あの女とよくしゃべっているのは良く見ていたわ。ええ、見ていたし、あの女とは【友達】として付き合ってたから、彼の気持ちもよく聞き出せたわ。
何度も思ったわ、この恥知らずの糞女みたいに、私も彼と話す事が出来ればって。
でも私がそんな乙女なことを考えているうちに、女はどんどん彼と近くなって。
ついに女が彼に告白したわ。
あああああっ!! あの時何度あの女を殺してやろうと思ったことか!
でも実行しなかったわ。私は嫉妬で人を殺すような人間じゃないの。
そして、あの優しい彼は、その告白を受けたわ。そう、晴れて二人は恋人同士になったの。
正直自殺を考えるほど落ち込んだわ。でもしなかったの。
私絶望で親からもらった命を捨てるほど、弱い人間じゃないから。
だから、ね?
私は愛すことにしたのよ!
そう! 愛よ!
例え彼が誰と付き合おうが、誰と性交しようが関係ない!!
私は彼を愛し続けると誓ったのよ!!
ええ、彼が大学生になったころ、さすがに大学までは私は付いていけなかったし、あの糞女も違う大学に行っていたけど。
それでも、あの女は彼の家に行って部屋によく来ていたし。私もそんな二人をずっと見ていたわ。
そう、【見ていたの】。
彼とあの糞女がキスしてるのも見たし、性交するのもずぅーっと見ていたわ。
だって愛しているんだもの。愛した人がしていることは、全て全て全て全て見ておきたいのだもの!!
そう、そして彼とあの女が社会人になって、実に自然に結婚してからも。
私はずぅーっと二人の生活を見ていたわ。
私自身はどうしていたかって?
もちろん、大学は出て、就職もしたわ。
結婚はしてないけれど、一応会社でもそれなりの地位にいるのよ?
ええ、私は自分で言うのもなんだけど、容姿の器量も仕事の器量も良かったからね。
でも、本当に大切なものは手に入らないの。
そう、彼。彼が欲しいのよ。
あの人が欲しいのよ。
欲しい。欲しくてたまらないの。
だけど、あの糞女が邪魔する。そう、邪魔なのよ。
あの女が邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!
でも我慢していたわ。
一人暮らしの家に帰ってきた時。
何もない、何の趣味も、何の生き甲斐もない。
ただ仕事をして、評価をもらって。友人と飲むだけ。
そんなくだらない空虚で空疎な人生の中で。
彼のあの幸せそうな笑顔を見るだけで、私は日々を生きられていたから。
でも。
許せないことが起きた。
そう。
【子供】よ。
それだけは許せない。
それだけは許容できない。
それだけは絶対に、絶対にっ!
彼の子供が、あの糞女の腹から生まれる!!
そう想像しただけで!
憎悪が! 黒くどす黒い憎悪が。抑えられない!!
殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!!
そう。
だから私。
【殺してやることしたの】。
『彼女と彼と赤の事情』肆
別に私おかしくなんかないわよね? 普通よね?
だって、私こんなにも彼を愛しているんだもの。人を愛せる人間が、おかしいなんて事はないわ? ね? そうでしょう?
そう。だから、愛ゆえに、愛ゆえによ。
憎悪なんて言ってごめんなさいね。憎悪なんかじゃないわ。
これは愛から来る殺人よ。肯定されるべき聖なる行為なの。
決行日は決まってるわ。今日よ。
今日思いついたの、どうやってあの女を殺すか。
そう、夜。夜がいいわ。
あの人が家に帰ってくるちょっと前に、あの女を殺すの。
楽しそうでしょう? 素敵でしょう?
嗚呼、どうなるのかしらね。どうなるのかしらね?
あの女の皮膚を壱枚壱枚剥いでやるわ。
髪の毛は全部引きちぎって、あの女の口内にぶち込んで。
腕を切り落として、あの淫乱な前の穴にぶち込んで、失禁させたうえで殺してやる。
嗚呼、楽しみ。楽しみだわ。
これは愛なのよ。決してあの女に対する憎悪なんかじゃないわ。違うのよ。
だって、憎悪で人を殺すなんて事。
【内気で普通な私には出来ないものね】。
一般的な家。
私のマンションからそんなには慣れてない、住宅街。
その一軒の家の呼び鈴を押して、中の反応を待つ。
するとインターホンから聞こえてくる声。そう。あの泥棒女の声。
『はぁーい。どちら様ですか?』
嗚呼、忌々しい。忌々しい。忌々しいんだよこの……っ。
まあ、良いわ。こんな昂ぶってちゃ不審に思われるわね。平常心平常心。
「私、高校時代の同級生の木知 麻奈美(きち まなみ)ですが……。近くに越してきたので、ご挨拶にと思って」
『え? 麻奈美!? ちょ、ちょっと待って! 今開けるから!!』
どこか慌てたように、忌々しい女の声が聞こえるわ。
そういえば、名前なんて言ったかしらね。
嗚呼、確か、あれだわ。くしろ、釧路 美菜(くしろ みな)だったかしらね。今は結婚したから名字は変わってるのかしら?
……殺したいわねほんとに。
「わっ! ほんとに麻奈美だ! ひさしぶりぃっ!」
玄関を開けはなって、馬鹿女がこっちに駆け寄ってくるわ。そのまま、私の腕をひいて家に連れ込んでくる。
嗚呼、触るな触れるな気持ち悪いんだよ消えろ消えろ消えろ!
「元気にしてた? もうっ、全然連絡くれないから、ずっと心配してたんだよ!?」
「ああ、ごめんなさいね。中々忙しくてね」
適当に話を合わせながら、家の中に入っていく。
ああ、カメラ越しにいっつも見てるから、新鮮味はないけど。やっぱり、空気とか匂いとかの影響か、感じが変わってくるわね。
ここに彼が居るのね。あの人が、あの人がココにすんで、起きて、寝て、会社に行って、そして帰ってくる。
素敵。素敵だわ……。
「ささっ、入って入って! 高校時代の友達なんて、めったに来てくれないのよ。うれしいわ、また麻奈美に会えて」
それなりの広さのリビングに通され、ソファに座る。
美菜はダイニングキッチン越しに、リビングの私に向けてぺちゃくちゃと言葉を続けざまに喋る。
うるさいわね。私は今、此処に彼を感じてるんだから、あんま雑音で邪魔しないでほしいわ。
「麻奈美はいっつもクールでそっけないから、私の事忘れちゃってたかと思ったけど、ちゃんと会いに来てくれてうれしいわっ」
別にクールだったんじゃなくて、彼以外に興味が無かっただけよ。
嗚呼、そうだった。この女は妙に私に話しかけてきたっけか。私に懐いていたのかしらね。うざったいわねほんとに。
「忘れるわけないじゃないの。友人の事くらい覚えてる、いくら私でもね」
むしろお前の事を忘れるわけがない。覚えている。覚えているわ勿論。
ねぇ? あなたが今笑顔を浮かべて、向かい合ってる人間は。今日あなたを殺しに来たのよ?
気づいてる? 気付いているわけないわよね?
ねえ? ねえ? ねえ? もうすぐ貴方人生が終わるのよ?
分かってるのかしら?
ねえ?
まあ、わかるわけないわよね。きっと、貴方は私の気持ちなんか知りもしなかったんでしょうね。
だから貴方は殺されるのよ。
「ふふっ、うれしいわ。麻奈美は私の話いっつも聞いてくれた、たった一人の人だもの。また会えて本当にうれしいわっ」
おしゃれな盆の上にティーカップ、恐らく香りからして紅茶であろう、それら一式を持って屈託なく笑いながら、彼女がソファの傍まで寄ってくる。
「ええ、私も嬉しいわ」
また会えてうれしいわ。
「あ、紅茶に何か入れる? 砂糖とかミルクとか――」
楽しそうに客をもてなそうと用意をする、目の前のにくい女。
私は、気付かれないようにソファをゆっくりと立ち上がり、懐から隠していた【モノ】を右手に掴み。
思いっきり振り上げて。彼女に向けて勢いよく。
刺した。
『彼女と彼と赤の事情』伍
「えぇあぁあ?」
呆けたような声を出す美菜。
だけどそれは一瞬。次の瞬間火がついたかのような、【絶叫】。
「ぁああああああああぁぁああああああああああああっ!! ああああっっっっ!?」
叫ぶ。
口からみっともないくらいに喧しい声を発して、醜いくらいに身をよじって。何が起こったか理解できていないのか、疑問と恐怖と激痛に苛まれる瞳を、こちらに向けてきた。
「あぁあっ、な、ぁああ、まな……み、な……んで?」
「なんで? 何でですって?」
その言葉に、何故だろう。いや、きっとどの言葉でも私は、【正気を失っていた】でしょうね。
そう、そこまではまだ理性ってものが残っていたの。でも、彼女が発する言葉を聞いて、憎しみに。憎悪に囚われた。
憎い憎い憎い憎い憎い。唯その言葉の羅列。唯それだけが私を支配して。唯それだけしか考えられない。
そう。でもこれはすべて、愛の為。
愛の為なのよ?
「あんたには分からないでしょうね」
美菜の背中には、明らかに素人が持っているべきものではない、武骨で使い慣れた感のある軍用ナイフが刺さっている。
父親の家からこっそり盗んできた、実際に戦時中で使われたナイフらしい。
私の父は重度のミリタニ―マニアで、こういうモノを良く集めては、母親にしかられていた。
私は父が大嫌いだったが、その趣味に対してはありがたく思う。
こうやって、長年恨み続けてきた女に復讐出来るのだから。
「知る必要はないわ。唯、私の前から、いや、世界から貴方に消えてほしいの」
「ど……う、いうこ……と?」
苦しげに疑問を口にして呻きながら、大きなお腹を抱えて、奈美はリビングから出ようと、ドアに向かって這いずって行く。
背中から広がって、綺麗なお洋服までべったり赤い血に濡れている所為か。彼女が這いずる床は、奈美から流れる血で通り道が染まっていく。
「知る必要はないって言ってるでしょ? この思いは私だけの物なの。あんたはこの思いを邪魔した。それだけよ。知る必要はないのよ。知ることは許されていないのよ。只々、虫けらのように死んでほしいの」
「あぁあ、がぁ……あああ……」
理解できないといった体で、尚這いずって行く女。
私はその背中に刺さったナイフを、彼女の背中から馬乗りになり、一気に引き抜く。
すると、また絶叫。
「うるさい」
その喧しく騒ぎ立てる口を黙らせようと思い、抜いたナイフを彼女の口の中に突っ込み、適当に舌らしきものを、見ることもせずに刺した。
「―――っ!? ―――ッ!! ―――ッァッ!!」
どうやらビンゴの様で、舌が満足に動かないらしい彼女の絶叫は、くぐもった悲痛な叫びに変わった。
すると今度はこれまで以上に必死に、外に逃げようとする。
「うごくな」
仕方が無いので、今度はナイフを両足に弐回ずつ、そして両手にも弐回ずつ刺してやった。
「――――――――――――――――――っっっっ!?」
涙を垂らして、涎もたらして。喋れない動けない痛みで壊れる。そんな何重苦を受けて、奈美は無様に醜く、面白いほどに私に蹂躙されていた。
「ああっ、いいわっ。最高よ糞売女ッ!! 愉快に痛快に、あんた醜いわ!!」
「ぁ……っ! たぁ……っ。ぅ、ヶ、ぇ」
舌が使えなくなっているためか、何を言っているのかさっぱりわからない。
助けてか何かだろうか?
助けるわけないでしょう? 貴方は無様にこのまま這いつくばって、そのまま終わるのよ。
嗚呼、楽しい。楽しいわ。人生でこんなに楽しかったのは初めて。
ううん、今まで楽しかった事なんて、彼を見つめている時だけだったから。
貴方は彼以外で私を楽しませてくれた、唯一の人よ。
ええ、いいわ。あなたお友達と認めてあげる。
憎い憎い最低最悪の殺してやりたいくらい素敵なお友達よ。
『彼女と彼と赤の事情』陸
「さぁて、次はどこが良い? ねぇ? どこを刺されたい? 頭らへんは駄目よ? 刺すとおわっちゃうしね。そうねぇ、次はあなたのその子供が生まれてくる予定の、けがらわしい穴から? うん? そうよ、子供。子供よ。あなた子供居るのよね? お腹の中に」
「ぁ……っ。―――っ! ―――ぁっ!!」
何かに気付いたのか、私のお友達は必死に私に何事かを訴えかけてくる。
ええ、わかってるわ。おなかの子供は傷つけないで、とかでしょ? そうよねぇ、あの人との大切な子供ですもんね。
分かってるわ。うん。
よぉくわかってる。
「そうねぇ、流石に子供に手をかけるのはひどいわよね。私が憎いのはあなたであって、貴方と彼の子供じゃないものね」
その言葉を聞いて、彼女は何か希望の光を見たかのような瞳をした。
自分の命より、自分の子供の方が大事なのだろう。
まだ、出産も経験していないというのに、ずいぶん立派な母親ぶりだ。
中々に美しい話だとおもうわ。うん。
だから、私は。馬乗り体制を辞めて、彼女を蹴っ飛ばして仰向けにした後。
その大きい腹に思いっきり、ナイフを突き刺した。
「―――っ!?」
そしてそのまま、深くズブリと刺したナイフを、縦に思いっきり引き裂き。
腹の中に手を突っ込み、【何か】を掴みあげ、自分の目線まで持ってくる。
「ごめんなさいね。私、愛の為ならいくらでも酷くなれるのよ」
その何かは赤い血液だけではなく、何かどろっとした透明な液体とが入り混じった、気持ちの悪い感触を私の手に伝える。
【何か】は、長い管の様なモノをひいていたので、私は手に持っているナイフでそれを思いっきり切った。
「ぁ……ぁあぁ……」
何か茫然としたように、美菜は喋れない口で呟く。
そう、その【何か】は胎児。彼女と彼の大事な子供。
それの出産日を、私は少し早めてあげただけだ。
少しばかり早くて、余り人間としての形を保っていないが、まあ良いだろう。
いや、良くないわね。こんな人としての姿をしていない【化け物】。
いらないわよね。
「じゃあ、壊さなきゃね」
私はきっと、口角を釣り上げて笑っていただろう。
その胎児を大きく上に振り上げて、思いっきり床に叩きつけた。
とたん。
今まで聞いた事のないような不快音と共に、辺りに真っ赤な、赤い血が飛び散る。
あぁ、綺麗だ。
この赤は綺麗だ。
何の罪も何の咎もない、純粋で美しい綺麗な赤。
ああ、素晴らしく、綺麗。
もっとみたい、もっと。
だから、何度も何度も何度も何度も何何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
赤色が見たくて。
綺麗な赤色が飛び散るのが楽しくて。
赤ん坊の原型が無くなるまで、床に叩きつけ続けた。
「ぁ……ぁぁぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁっ!」
もう既に、胎児を構成していた肉体すべてが、床の一面に散らばっている状況で。その母親になる予定だった、いや、既に母親である奈美は、声の上がらない絶叫を発していた。
赤に、涙の白が混じっていく。
もう、彼女に対する恨みはすっかり晴れていた。
これだけやれば、私だってすっきりするものだ。今までの事は全部水に流して、友人として彼女の事を見る事が出来る。
もう、彼女に対する恨みなんてない。だから、友人として、楽にしてあげよう。
私は彼女にゆっくり近づき、微笑みながらそっと頬撫でる。
「奈美。酷い事してごめんね? 痛かったでしょ?」
微笑みながら、彼女の頭をそっと抱き寄せ。
そのまま首にナイフの刃をやり。
一気に押し切った。
『彼女と彼と赤の事情』漆
「――――――――――――――――ぁ」
短い憎かった女が残した、世界に落とした最後の言の葉。
これで終わり。
最後は随分とあっけなかったな。
いままで何年この女に振り回されてきた事か。
でも、これで終わり。
何時だって、終わりは短く早く、虚しいものね。
「帰ろう」
私はゆっくりと立ち上がり、ナイフも適当に放り棄てて。
リビングのドアに向かう。
そして、ドアを開けて、最後に人目と思い、後ろを振り返った。
赤。
鮮烈な赤。
辺りそこらじゅうに、赤い血。
それは、唯の色じゃなくて、生きている、脈動する色彩。
二度と見ることはないであろう、この世で最も美しい赤。
「じゃあ、ばいばい。ありがとうございました」
何に対しての礼か?
色彩に対する感謝。
私は、一人呟いた後、この美しい神域から。
【抜けて行った】。
どう?
どう?
どうだったかしら!?
美しかったでしょう!
素晴らしかったでしょう!
貴方も誰かを愛したくなったでしょう!!
分かってる。分かってるわ。
もう貴方も愛するべき人を見つけた筈よ?
それだけそれだけで未来は来るわ!
貴方にはどんな色の未来が来るのかしらね?
きっと愛にはいろんな色があるわ。青、黄、緑、白、黒。
貴方はあなたなりの、一番いい色を見つけられるといいわね!
私があの後どんな色の人生だったか?
情熱的な赤は、もう見てしまったから。
後は優しい緑の人生だったわ。
あの後、誰にも何も言わず、遠い所に行ったの。
そこで、ゆっくりと余生を過ごしているわ。
だから、彼がどうなったかは分からないの。
彼女に恨みを晴らしたら、なんだか彼の事も、もう終わった事な気がしちゃってね。
きっと私、失恋したんだわ。
でもいいの、ここの生活も好きだし。緑も良いものよ?
でもいつか、きっと。
彼が彼女の事を思って、私を見つけに来るかもしれない。
そうしたら、どうなるでしょうかしらね?
嗚呼、楽しみだわ。
それはそれで、とても楽しみだわ。
きっと、情熱的で、美しい。
赤が見られる事でしょう。
はい、どうも後書きでする。
いやぁ、久々に投稿間に合ってよかったぁ~。
一応今までのお題全部、途中まで書けてたんですけど、投稿できてなくてw
今回は時間取って作ってみましたw
今回のテーマは、「赤」ということで。副次的テーマに「一般的な愛」を入れてみました。
狂愛ではなく、あくまで少しずれてしまった「一般的な愛」がテーマです。
ホントはグロい描写も、もっとえぐかったのですが、カキコの年齢層を考えて、書きなおしましたw
少し残念ですが、これはこれで、良いかなと。
あまり上手く書けなかったのですが、また同じテーマで他の所で書きたいですね。
色彩ある人生。
皆さんはできれば赤色の人生は歩まないようにお願いしますw
プロデューサーさん!殺人事件ですよ!
では、そういうことで!
今回もこのようなモノを書かせてくださった、風の姉さんに感謝を!
また投票時の機会に~♪
あげさせてもらいます。
後、三~四人は書いて欲しいですね……
【絵描き】
絵の具が切れた。
しかも、赤色。赤色が無いと絵が描けない。
まあしょうがない。立ち上がると足が、機械みたいにぎこちなくふるふると震えて変な感じがする。それもそうだ。もう何時間も椅子から立っていない気がする。呪縛から解放されたみたい。呪縛というか、地縛というか。地縛霊ならもう解放、成仏できるな。私は望んでここに居るから別に嬉しい事ではないが。
紙の束のビル群がそこらじゅうにぽこぽこ。絵を描いてあるものも描いていないものも大きさも厚さも質も様々。と、絵の具のチューブがぱらぱら。あまりカラフルな絵は描かないから、ほとんど床で放置だ。
いつからか、赤しか使えなくなった。原因なんて分からないけれど、気付いたら赤色を掴んでいる状態。ほかの色は使おうとも思わない状態。そして、何も考えずに折角描いた絵を塗りつぶしてしまうのだ。
机の端っこに置いてあった財布をとり、ジーパンのポケットにつっこむ。
部屋を出よう。絵の具のチューブだけは踏まないように。束になっていない落っこちてる紙は見捨てて、滑らないように踏みつける。踏みつけた。やってしまった。黄色の絵の具が飛び出して左の足の裏についた。しょうがない、めんどうくさい。
黄色い絵の具をそのままに、扉をひとつ開くと家族が居た筈のリビング。家族なんて知らない、どこへ行ったんだろう、家族なんていただろうか。ずっと一人だった気もするし、昨日までこの部屋で家族と息をしていた気もする。そんなことはまあいいや。すこしだけ分厚くて重い扉の鍵を開けて、外に出る。
夏だっけ。そっか、もう夏か。やっと夏だっけ。そうだ、夏はこうやって太陽光が宇宙から全力で私を刺しにふってくるものだった。
灼熱のアスファルトにぺったり足跡を付けてから靴を履き忘れたことに気が付いた。あっつ、あっつい。爪先立ちで玄関まで戻って、適当にそのへんに出ていたスニーカーに裸の足をつっこむ。ごわごわして気持ち悪い。
とりあえず、近所の画材屋さんに。かかとまで入れないスニーカーをぱかぱかさせながらひたすら歩く。寝癖もなおしていない無造作に伸ばした髪の毛が絡み付く首に、汗が垂れ滑り落ちる。
アブラゼミがおいしそうだとか、焦げた茶色の紫陽花が可愛いだとか、暗い色をした雨の群れが遠くに見えるだとか。刺さる、太陽光より痛い視線を気にしないフリをしながら、ぺたぺた歩く。
画材屋さんが横断歩道の向こう側に見えたとき。赤い信号だからちょっと立ち止まってみたとき。
大きいものが上から降ってくるのが視界に映った。カラスよりも大きいもの。ちょうど人間くらいの。
目が痛い、水分の少ない赤色がべちゃ。アスファルトに食い込んだ顔が歪な男の子の血が、私の顔にもべちゃ。案の定それは人間で、案の定それは飛び降り自殺だった。
見たことあるような懐かしい赤色。見たことがあるのは一人じゃない、二人だった気がする。男と女だった気がする。私の家族だった気もする。家族の死因は飛び降り心中だったかな。ずいぶんと前の話だ。
男と女。私の目の前で駐車場を真っ赤にして、本当に迷惑だった。そう、迷惑。私だけを一人、この世知辛い世の中に残して。
そう思いながら冷たい店に入る。血を浴びてるからかよほど私の容姿が悪いのか、やっぱり視線が目に刺さる。気にしなくていいや。
あかいろ。赤、赤赤。赤い絵の具、絵の具のチューブ。棚から棚右左上下、ぎょろぎょろ視線を移しながら探していく。
あ。目に留まった彫刻刀。絵具じゃないけれど。キャップを外して、少し長めの刃をまじまじと見る。
赤色の絵の具よりよさそうだ。
そのままレジに向かい嫌悪感が露骨に染み出た、変な顔の店員と目を合わせる。何も言わずに音も立てずに彫刻刀をカウンターに置く。値段を言われる前にぴったりの小銭を叩き付けて、彫刻刀をかっさらってポケットにつっこみ、店を出る。
外に出ると、ぎゃあぎゃあわあわあと騒がしい。サイレンが鳴り響き野次馬は集り。何も知らないような顔をして、群集の脇を通り過ぎる。
行きとは違う。風景も植物も虫も無視で黒いアスファルトだけを見つめて帰る。
早く、早く早く早く帰ろう。
家に着くと早速机に向かって、ポケットから彫刻刀を出して机の上へ。
絵を描こう。赤い絵の具で、絵を。
机の上にそのままにしてあった白い画用紙を見ながら、椅子に座る。
絵を描こう。心を描こう。
彫刻刀の刃を左の手首に当て、力をかけて思い切り右に引っ張る。びりっとした痛みすら気にならない、この高揚感。吹き出してびちゃびちゃと床に落ちる赤い絵の具を筆につけ、彫刻刀を置いた右手で絵を描く。暖かい色。
霧のかかる視界の中で、がったがたのハートマークが揺れ霞み潤んだ。ああ、死ぬんだ。おかあさん、おとうさん、いまからいくね、まっててね。
生きていた私の赤い声を、此処に。
――――――
あとがき
どうもこんにちは。
赤=血 という単純思考で書きました。
自殺エンドしか思い浮かばなかった……ごめんなさい。
自殺ダメ、ゼッタイ、です。
この物語を書く機会を、どうも有難う御座いました。
あ、今回は投票も参加したいと思います。宜しくお願いします。
ではでは。
あげますね^^
第七回SS大会 エントリー作品一覧
No1 瑠奈様作 【ファイナル・インターネット】 >>346-348
No2 風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】 >>349-351
No3 那由汰様作 【a colors】 >>353
No4 暁壱様作 『赤色の世界。」 >>354
No5 瑚雲様作 【赤い歌】 >>356
No6 山田威刻様作 【とにかく、眠れ】 >>357
No7 ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】 >>359-361
No8 秋原かざや様作 【大好きなあなたへ】 >>364
No9 トレモロ様作 【彼女と彼と赤の事情】 >>366-372
No10 玖龍様作 【絵描き】 >>375
No11 あけぼの様作 【思いの赤はいつまでも】 >>389-390
以上、全十一作品エントリーです!
先ずは、私から!
トレモロ様作の【彼女と彼と赤の事情】と山田威刻様作 【とにかく、眠れ】でヨロ~★
おお、投票が始まったのですね。
では私も。
瑚雲様作 【赤い歌】
ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】
玖龍様作 【絵描き】
上の2作品は、血とはかけ離れたものを選んで、かつ面白いと思ったので。
で、玖龍さんのは、読んでズガンと衝撃を受けました。そっちか!!
みたいな感じで、短い中にもインパクトのある作品でした。
支援上げさせていただきます!
みんなで投稿しよーっ!!
投票、参加させていただきます。
瑚雲様作 【赤い歌】
ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】
秋原かざや様作 【大好きなあなたへ】
瑚雲さんの作品は純粋に、好きだなーと思ったので。
また相変わらずゆかむらさきさんは凄い内容で…w流石ですw
秋原かざやさんの作品はオトナっぽいなと思いました。私には書けないです。
あったかい話を中心に選びました。結果、楽しみにしてます。
では!
No2 風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】
に一票入れさせていただきやす。
いやぁ、今回はちょっとみなさん少ない量の短編の方が多かったですね。
長い方も、なかなか甲乙つけがたいレベルでしたが。
今回は風の姉御のが面白かったと思いますねぇ。
どうも、某SS大会での見ていると、まだまだもっとうまく書いていただけるんじゃないかと、とあるお三方に思ってしまいましたw
なので、今回は一作品ということで。
また、次のお題。そして、今回の結果発表楽しみにしとります~。
ではでは。
上げさせて貰います!
初めまして、投票させて貰います。
玖龍様作 【絵描き】
風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】
瑚雲様作 【赤い歌】
に一票ずつお願いします!
そっと支援あげー。
もうすぐ締め切りみたいです。
みんなで投票しちゃおう♪
【題名:思いの赤はいつまでも】
「アル、泣いてるの?悲しいの?」
「うっひっぅ…」
「アル、誰かにいじめられたの?」
「み、皆がっぼくのこと、悪魔って…うぅ」
「ちがうよ、アルは悪魔じゃないよ?」
少し肌寒い秋の季節だった。
泣いている僕に、君は優しく僕の頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて、嬉しくて…つい頬が緩んでしまって。
「笑ったぁ~!」
「ありがとう…」
「どういたしましちぇ、ですわ…//」
大人ぶってみたら、舌を噛んじゃって。
顔を赤くしてとても可愛かった。
だから、僕は言ったんだ。
「ぼくとけっこん、してくれる?」
「アル…//…うん!」
そして、幼い僕たちは結婚の約束をした。
でも、
「ごめんね、アル…。あたし、遠いところにいくの」
「え、な、…んで?」
「パパが、お引越しするからって…っ」
君は泣きながら僕に微笑んだ。
僕も、悲しかったけど頑張ってさよならした。
「必ず、むかえにきてね、アル」
「うん!やくそく、するっ!」
涙で霞む僕が確認できたのは、燃える様な赤い髪の毛だった。
+*+
「おい…リチャード?」
「何でしょうか、アル様」
「何故俺はこんな格好をしているんだ?」
「それはアル様が、今年13回目のお見合いをなさるからです」
「そんな事は分かっているんだっ!」
バンッと、部屋に大きな音が響く。
職人が手間暇かけて作ったと思われる高価そうなその部屋には、キラキラと宝石やら真珠やらが、所々輝きを放ちながら埋め込まれている。
そんな部屋に大の男が二人。
一人は涼しげな顔をした黒髪長髪の男性と、その主でありこの屋敷の持ち主であるアレクサンドラ・スミス・レ・ファンド伯爵である。
「俺は見合いなどする気はないと、何度言えば分かるんだ?」
「さぁ?私には理解しがねますね」
「絶対に、見合いはしない。結婚する気もない」
「…初恋の方を待っておられるからですよね」
「っな//」
「分かっているのは赤い髪という事だけ。名前も住んでいる家も、何もかも分からないその女性を」
「…」
「きっと今頃、結婚して子供作って幸せな家庭を築いてますよ、アル様と違って」
「約束を、したんだ」
振り絞る様な、声だった。
主の切ない表情に、リチャードは一瞬声を詰まらせる。
「リチャード、町に遊びに行くぞ」
「ですから、見合いが。旦那様にしかられて…」
「お前の今の主人は俺だ。父上じゃないだろう?」
「はぁ…。畏まりましたよ、アル様。」
「お前と俺だけだ。共はいらん」
リチャードは、深々と頭を下げた。
*+*
「キャァーーーッ」
アルとリチャードは、顔を見合わせた。
細道の方から、女性ぼ甲高い悲鳴が聞こえたからだ。
正義心に煽られ、アルはリチャードを連れそこへ駆け込む。
「いや、やめて!こないでったらッ!!」
「嬢ちゃん…逆らうと怖い目見るぜ?」
「大人しくついてくるんだ」
「煩いわね!こっちはもうとっくのとうに怖い目あってんのよ!」
強面をした四人の男が、か弱そうな女性を囲んでいた。
男たちの方は以下にも闇金の取り立て人、と言った感じだ。
女性は、頭をスッポリ帽子でかぶせ、顔が見えないが、着ている服は継ぎ接ぎだらけだった。
アルとリチャードは手をパキパキ鳴らして準備運動をし、男達に殴りかかる。
「ったく。手間取らせんじゃねぇーよ!」
「きゃっ」
「おい。そっちの口抑えろ」
「怒ったわ。…手加減してやらないか…」
「「ぐぇっ」」
あっという間に、四人の男は倒れた。
そう、あっという間に。
「…一応、お礼を言っとくわ」
「一応?おい、こっちは助けてやったんだぞ」
「別にあれくらい、一人でどうにかなったわ」
「嘘つけ」
ムッと、女性が口を尖らせるのが分かった。
汚れを手でパンパンはたき、背を向ける。
「そうね危ないところをどうもありがとう私一人じゃ無理だったわね、多分」
その余りにも棒読みな感情の入ってない言葉に、アルがイラリとつかむ。
「おい、何だよその言い方は」
「ちょ、ちょっと!帽子つかまないで…あ」
「あ」
帽子の中からこぼれ出たのは、いつかみた、燃える様な赤い髪の毛だった。
【題名:思いの赤はいつまでも】
「おまえ…っ//」
「何よ。…知ってるわよ、この髪の色がおかしいくらい」
「いや、ちがっ」
「煩いわね!…頬っておいて」
「~~~~~~っ!…結婚してくれ!」
「……はぁ?」
黙って成り行きを見守っていたリチャードは溜息をつき、
赤い髪の毛の女性はぽかんと呆気にとられ、アルは、顔を真っ赤に染めた。
*+*
「バカですか」
「…」
「バカ何ですね、アル様」
「…」
「バ…」
「煩い!分かってるよ!」
「初恋の人と決まったわけじゃないのに、プロポーズして」
「赤い髪…」
「はぁ…」
第七回SS大会「赤」結果発表
一位:トレモロ様作 【彼女と彼と赤の事情】 瑚雲様作 【赤い歌】 秋原かざや様作 【大好きなあなたへ】 玖龍様作 【絵描き】 風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】同率
二位:ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】
三位:山田威刻様作 【とにかく、眠れ】
一位が五つってどういうこと(汗
まぁ、それだけ皆様のレベルが、拮抗していたということでしょうかね?
参加してくださった方々は、次の大会も是非是非参加してくださいね^^
他の見ている方も、是非投稿お願いします♪
第八回大会開始! 上げますね!
わーい皆一緒に一位w 有難う御座います。
次も投稿させて頂きたいと思っております!
まだ書いてないので取りあえず支援上げ……。
次は……参加……できそうなはず……状態です。
多分きっとおそらく参加します。
みなさまの作品、楽しく頂きました♪(またもや選べんかった)
黒ですね。直接行こうか、遠まわしに行こうか、考えてます。
整ったら投稿させていただきますので、よろしくね♪
初めまして。新参者ですが宜しいでしょうか? と言いつつ、書いていますが……。
ところで、「黒」=「盲目」という関連付けでも可能ですか? 不可だとおっしゃるなら取り下げます。
続きは、返答次第で書きたいと思っておりますので、宜しくお願いします。
【絵と光と盲目少女】
葉と葉の擦れ合う音が、外から聞こえて来る。
紙や、鉛筆、絵の具の匂いが混ざり合い、独特の匂いを漂わせる教室。窓からは、夕日の光が差し込んできて、妙に眩しい。今、この美術室には、私しかいない。窓側に並ぶ席の一つに着きながら、真っ白な画用紙を机に広げ、画用紙とにらめっこしながら、右手に持った鉛筆でトントンと突く。
さっきから、これを繰り返しているせいで、画用紙には無数の黒い点がついてしまっている。でも、どうしても止められない。それどころか、テンポはどんどん速くなっていく。
――コンクールに出そうと思っている、絵のアイデアが思い浮かばない。
絵を描くことが好きで、私はこの春、中学に進学すると、美術部に入った。今でも、気が向くままに鉛筆を滑らせ、白紙の世界に形を作っていくのが大好きだ。特に、自分の頭に描かれていた絵が、そのまま表に出せた時とか、何物にも変えがたい至上の喜びを感じる。時には、納得がいかなくて、破り捨てちゃったりすることもあるけど、私は、それでも絵を描くことが好き。嫌いになんか、絶対ならない。そう自信がある。
けど、今回ほど、大好きな絵に悩まされたことはない。
うちの学校の美術部は、毎年秋になると、市が主催するコンクールに、部員たちの絵を応募する。各々、凝りに凝った絵を描き上げ、結果を待つこととなるのだ。それが例え、どんな結果でも。
こう言ってはなんだが、うちの美術部は、絵の上手い人がゴロゴロいる。卒業生の中には、プロの画家がいる程だ。私なんか、ただ絵が好きってだけで、周りの部員と比べても、笑っちゃうくらい下手で――。
けれども、私には絵しか、誇れるものがない。絵を嫌いになりたくない。だから、上手く描けるように努力する。……嫌いになりたくないから描くって、ちょっとおかしいと思われるかもしれない。だけど、私には嫌いになっちゃいけない理由がある。
それは――
「あ、まだいたんだね。香織(かおり)」
突然、アニメのヒロインにいそうな、高くて可愛らしい声が私の名前を呼んだので、私は画用紙から視線を外し、声のした方へ向く。
小学生のように小柄な体。腰くらいにまで伸びた、まさに緑の黒髪といった長髪。声に似合った小さな顔に、温かな表情を浮かべた女子生徒――が、目を閉じながら、巧みに机の合間を縫って、こっちに歩いて来る。いや、正確に言うと、彼女が目を開いたところで「見えない」のだ。
「結菜(ゆな)……」
一瞬、同情的な視線を、彼女――結菜に向けてしまったことに気づき、私は首を数回振る。
結菜は、小学校以来の友達で、私と同じく、絵を描くが大好きな子だ。あらゆる景色を、鉛筆一本で鮮明に表情する彼女は、「鉛筆の魔女」とまで呼ばれ、賞という賞を取り尽くし、将来は優れた画家になると、周りは持て囃した。私は、彼女に憧れていて、彼女の描く絵が大好き――だった。
目から一切の光を奪われた結菜に、もう絵は描けない。
「また、悩んでたの?」
見えない目で、私の席へ正確に歩み寄る結菜。訓練に訓練を重ねた結果、失われた視覚の代わりに、その他の五感が驚くほど発達し、「その場において、どこに何があるか」を、きちんと把握出来るようになったとか。時々、彼女はエスパーか何かなんじゃないかと、思ってしまう。
結菜が心配そうな表情をしたので、私は、鉛筆のお尻で頭を掻きながら、苦笑いする。
「あー……うん、まあね。どうも、しっくり来なくて……」
「思い詰めすぎだよ、香織は」
クスッと微笑む結菜。
思い詰めるな――と、いう方が無理だよ。私は、どうやってもあなたにはなれないのだから……。
それは、一年前。突然訪れた悲劇。一瞬にして閉ざされた光。輝ける未来が、一気に黒く塗りつぶされた瞬間。
結菜と、彼女の両親乗った車が、正面衝突したという話を聞いて、私は、自分の両親を急かせて、彼女たちが搬送されたという病院へ急いだ。幸いにも、結菜と両親の命に、別状は無かった――が。
彼女の目の周りは、痛々しくも、包帯で覆われていた。運悪く、両目にガラスの破片が刺さってしまい、その目は二度と光を写さないだろう――と、医者に告げられたのだとか。結菜の両親も、骨折なりと怪我は負ったが、いずれも回復出来る怪我だった。彼女は、回復出来ない怪我を負ったわけだ。
私は、義憤に駆られた。事故原因は、対向車のドライバーの飲酒運転だったらしい。軽い気持ちで、結菜から光を、絵を奪った運転手が、堪らなく憎かった。それは、どす黒く、純粋な殺意へと変化していき――結菜の目を――将来を返してよ!
だけど、私の怒りは虚しくも、相手には届かなかった。運転手は、重体による昏睡状態が続いた後――息を、引き取った。
彼女の両親は、やり場のない憤りを覚えていたみたいだったけど、結菜は、誰も恨まなかった。自分の運命だったのだと――あまりにも、あっさりと受け止めてしまったのだ。同時に、私の中で燃え盛っていた火種が、音も無く、鎮火した……。
それから私は、結菜の分まで絵を描くようになった。
彼女の将来を自分が背負おうとした。……出来るはずが無いことなのに。
でも、絵を描いていないと、私の中の火種が、また燃え上がってしまいそうで――何故、私が代われなかったのか――絵を、嫌いになりそうだった。
私の憧れた彼女は、もういない。代わりに、今、目の前にいるのは、かつて憧れだった女子生徒。だけど、結菜は結菜で――。
「……香織?」
結菜の声で、ふと気づく。
私は、彼女の顔をじっと見つめていた。何だか恥ずかしくなって、笑いながら顔を逸らし、ごまかそうとする。
「あはは、き、今日はもう帰ろうかな?」
数秒ほど、結菜はぽかんと口を開けていたけど、すぐ笑顔を浮かべ、「うん」と、頷く。
窓からは、夕日が差し込んでいた。
「初恋の痕跡」
くろいろ。白を塗りつぶす単色。全部をかきけす、強い暗色。
ああなんて幸せなんだろう、とわたしは思った。他人を想えるって素晴らしいことね。赦されるのではなく与えられているということを人は知らない。自分が幸せだということすら知らないで失くしていくのだ。明日の未来も知らぬままに。幸せは財産だろうか、否、幸せは消費財なのかもしれない。蓄えなどできず、なくなってしまった時の保証だって無いのだ。
暖房の効いた部屋の窓ガラスにうつる冬空は、まるで暗い。炭か灰ででも描いたようだ。雲は仄暗い太陽のひかりさえ遮っていた。曇天は雨も降りそうに無いのに、乾燥した空気を底に底に沈めていくようだった。しかしながらその濁ったせかいの景観は美しくみえた。その眺めはわたしのこころは恍惚にも似た高揚と、しあわせに似た愛しさの他に、朝もやのような鈍い痛みを覚えさせた。満たしてゆくのは、なんだろう。カレンダーをめくれば、霜月の暦。すこし雑な黒いペンで書かれた丸――今日はあの人と、逢える日だ。
「酷薄なひとって焦燥感とか罪悪感が薄いらしいわよ」
「返す言葉もないけど記憶力には定評があるよ」
普段より少し和らいだ表情の彼が来た。時計の針は予定の時間から三十度ほど傾いていた。屋外のテラスは相変わらず冷たくそこからしこに風が吹き抜ける。
「言い訳がましい。素直に遅れてごめんなさいって言えないの?」
「全然待ってないよとか少しは気の使えた表現も「じゃあ酷薄という表現は些か不適切な気がするわね。昇任きまったからってお偉いですね、ふふ」
わたしは彼を彼の名で呼んだことがない。象徴的な代名詞でしか呼ぶことはない。きっとそのことばを口にしてしまえば、たちまちわたしを包む魔法は解けてしまうような気がするからだ。彼はいつものように左手で頬杖をつく仕草をし、わたしをみつめる。端正な顔付きの彼の瞳はまっくろで、綺麗だなと純粋に思った。なにかと似ている、と思い出そうとすれば朝の光景を見ていた時の感情とそっくりだった。そこにはないものを見ている気分だった。
「ご注文はお決まりになりましたか」
「何がいい?」
ふと彼がわたしに訊いた。おもむろにわたしはうつむき加減のまま、珈琲がいいと答えた。外から見る店内はあたたかいひかりに包まれていて、こぼれた客が寂しそうにまばらにテラスに腰掛けている。そもそも待ち合わせだから、客の多さに関係なくとも屋外で良かったのだけれど。冷たさがむしろ心地良かった。暫くして、湯気を立てた珈琲とミルクティーが運ばれた。皿の横には砂糖とミルクが転がっていた。砂糖を入れた。カラカラとプラスチックのスプーンが音を立てる。
「よくそんなもの飲めるね」黒いカップの中身を覗いて彼が嘲笑ぎみに言うので、「うるさい」と軽口を叩いた。
テラスを覆う植木の塀の向こうに少女と青年の姿が見えた。わたしが眺めているのに興味を示したのか彼もちらりとその方を向く。が、それほど興味を持つ対象でもなかったらしい。つまらなさそうに彼は視線を変えた。少女はまだ幼く十代後半なのだろう。さらさらとした細い黒髪が揺れていた。何かは知らないが、頬を染め、男に向けて微笑んでいた。
「覚えてる?」
「なにを、」
「わたしと、わたしに関わる全部。はじめて出合った時のこと」
「もちろん覚えてるよ、だから今日呼んだんだろう?」
「やっぱりあなたって、酷薄な人ね」
本当に。こくはくな、ひと。
「本当に覚えていない?ほんとはね、」
紡ごうとした言葉の先が出てこない。冷たい日の朝のことを、あなたは覚えていない。雪のちらつく、寒い寒い朝の日を、なんともない出来事を、あなたは覚えていない。――その日わたしは、朝早く眼が覚めた。なんとなしに、高校へ向こうにはまだまだ早くて、もいちど眠ろうと布団を被れど目は冴えきっていた。朝食を食べ、それから、まだまだ時間に余裕があったため通学路をゆったりとした足取りで歩いた。肩がぶつかったのは、まっくろの瞳のひとだった。ばらばらと床に散らばった荷物より、それを片付けようという理性より、そのひとみをじいっと見入ってしまっていたのだ。あなたに恋焦がれた少女を、あなたは知らない。
冷め切った珈琲を口に含んで、それでもなお崩すことのない彼の表情が気に食わなかった。赤いリボンのプレゼントをテーブルに置いて笑って見せた。知らないとでも思っているんだろうか。
「結婚おめでと」
そしてさよなら。
彼は驚いた顔をした。それがすこし、嬉しかった。暗い空はその色を増し、そしてわたしのこころを、朱でも藍でも白でも碧でもない、黒い何かが塗りつぶしていった。しあわせなはずの感情を、筆で平坦に、ポスターを塗るように平等に。
それでもわたしはあの日から、あなたのことが好きだったの。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんばんは、少し前からみなさまのSSを拝見させていただいていたのですが、今回は書かせていただきました!
また参加できると嬉しいです。
『過去の鎖』
黒い油性マーカーで、彼女は手にしていた小説の一ページを雑に塗りつぶした。 机の上のコーヒーに手を伸ばし、それを口に含む。
馬鹿げている。
こんな馬鹿なことをなぜやっていたのだろうと、自己嫌悪に浸りながらペンをあった場所へと戻す。 本当に、私という生き物は馬鹿だ。
昔の自分に似た主人公が、友人を得て幸せになっていく話。 私にはそんなことなんてなかったし、ところどころに含まれるご都合主義には吐き気がした。
部活をつくり、居場所を作り、美少女やイケメンと仲良くなり、親睦を深め、それで楽しい日々を過ごす。
現実にそんなことなんてあるはずもないのに、ただけなされて落とされるだけなのに。 人を助けても報われない、何をやっても空回りする。
努力では夢はかなわないし、私には夢を叶えられるような努力の才能もない。 真っ暗な世界を歩んできた私の心は、真っ黒に汚れた。
現実は酷薄だ。 友人だったと思っている人間はすぐに私を切り捨て離れていく。 自分のみが危なくなれば、私をトカゲの尻尾のように切手自分は逃げるのだ。
そしてその危機の矛先は私へと向けられ、私はただひたすら暗い闇に落ちていく。 一人になっても、落ちるのは止まらない。
人とかかわらなければそれだけで私は闇へと引きづり込まれる。 人間は一人では生きられないというが、そういったせ解に変えたのはほかでもない人間。
高々小説を読んだだけで、吐き気を催し気分が悪くなる。
なぜ私は、みんなに裏切られるのだろう?
直後、悪寒が体中を駆け巡った。
コーヒーに混ぜてあった毒に、体が気付いたらしい。 それがどうしたというのだろう、生きていても結局は苦しむだけなのに。
ただ苦しいのは慣れっこだ。 まさかこれ以上の地獄なんて、あの世にあるとは到底思えない。 痛みも苦しみも、結局は生きているだけで受け続けるのだから。
END
単純に「黒」い話。
【この素敵な世界は、何色?】
「おはよう」
何気ない挨拶。偽善ともいえる笑顔。
なんで、偽善かって?
だって、しなきゃいけない意識、つまり、当たり前をやってるから。
それは、私の中では、偽善だ。
毎日、毎日が平凡で、面白くない。
その中で、私は夜が好き。
暗くて、静かな闇。誰も私に近づかない。近づくのは、黒い悪魔と白い夢。私が眠ると、入り込むのは白い夢。
夢の中なら、私の好きなように世界が創れて、悲しい事や苦しい事なんてない。たまに、悪夢が迷い込んでくるけど、そんなのは気にしない。
黒は、白が揉み消してくれるから。
現実では、そうはいかない。
毎日毎日、嫌な事や苦しい事の連打。
例えば、朝。傘を持ってないのに雨が降り、私が濡れた。
だけど、人々は見て見ぬふり。これが夢の中なら皆が手を貸してくれる。
それから、昼も。転んだせいで、お弁当がぐちゃぐちゃになってしまった。だけど、誰も優しくしてくれない。確かに、私が悪いけど。
少しは、手を貸してよ。たくさんの人がいるのに、まるで私は独りぼっち。
「そんなの、気にしなくていいよ」
母は、決まって優しく微笑みながら言う。
その笑顔、偽善?それとも、私を哀れに思った苦笑?
私はそう問いたくなる。
言えるわけがないけど。大人に逆らえないのが子供。
ちっぽけな存在なのに、大人達は、
「子供は私達の未来を担うのです!」
の一点張り。おかしいよ。
私に手を貸してすらくれない大人達が、私に頼るわけ?
その上、
「成績がよくないと、いい小学校や、大学に入れない」
分かってる。そんなの、子供が一番良く分かってるから。
わざわざ、言われなくたって。わかるっつーの。
そんな事を思っちゃう私。私も、白に頼る黒。つまり、大人みたいなものなのかな
>>400
に続きまして
そんな事は、どうでもいい。
どうせ、“オモテ” は、華やかに輝く白舞台。“ウラ” は、残酷で黒く染まった舞台裏。私は、ウラに生まれてきてしまったのだ。
そんなウラで、オモテを憧れても、意味は無い。
もし、オモテに生まれてきた人がいたとしたならば、私はその人に聞きたい。
「その素敵な世界は、何色?」
って。
「おはよう」
何気ない挨拶。偽善ともいえる笑顔。
また、リフレインされる……!
つまらない平凡な毎日が。
だけど、夜の白も、結局は偽りだった。
私は、素敵な世界の色を知りたい。
黒か、白か。
《END》
【暗がりの奥】
家出をした。
発端は何気ない出来事。親と些細なことで喧嘩して、思わず家を飛び出してしまっていた。
気付けば、公園の中にいた。誰もいない公園。家からそう遠くない距離にあるが、寂れた様子が夜のせいかどこか漂っていた。
肌寒さを身に染みながら、いつの間にか入っていた公園の中で立ち止まった。周りには昔ながらの遊具がぽつぽつとあるが、他に人はいない。一人になるには、絶好の居場所だと思った。
砂場の中で腰を下ろした。はぁ、と溜息を吐く。
どうしてこんなことになったのだろう。僕はそんな風に冷たい砂を肌に感じながら思った。
些細な出来事から、人は争う。どんな理由であろうが、他人から見れば本当にしょうもないことであろうが、当の本人達にとっては十分火種になるのだ。
そんなことを分かっていながらも、言ってしまった。心の奥底で僕は分かっているつもりでいた。言ってはいけない。自分に言い聞かせるかのようにそう念じたのも覚えている。
だけど、その感情は止められなかった。理由としては、未だに分からない。ついカッとなって言ってしまったのであろうが、僕自身は言いたくなかった。でも、不意に襲いかかる感情が止められなかったのだ。それが悔しくて、今ここにいるのだろうか。
砂を掴み、握り締める。無意識のことだったが、やがてその冷たさを手の平いっぱいに広がった後に開いた。砂は一瞬の内に同化していく。
暗闇の中で、僕は一人でいた。どういうことだか、不安になったのだ。
そういえばそうだ。この家出だって、元はといえばその不安だった。僕は怖かった。そう、一人でいることが。とても、怖かったのだ。
電灯が申し訳程度に一つ公園の真ん中に立っていた。よくこの電灯が邪魔で、サッカーなどをしたくても出来ず、不満げにしていた自分を思い出した。
けれど、今ではこの電灯が有難く思う。本当の暗闇だったら、僕は今頃どうなっていただろう。泣いていただろうか。そもそも、この公園に入ろうなどとは思わなかったはずだ。
奥の方に見える暗闇には電灯の光が照らされている。僕は今、ここにいて、それを見ている。独りだった。僕は、どういうわけだか独りでいた。
助けて、何て言えるはずもなかった。勇気を出して物を言えるなら、僕はとっくにそうしていただろう。
けれど、出来なかったから僕はもがいていたんだ。苦しむっていうのは、自分にしか結局は分からない。共感なんてものは全てを分かっていることではない。言ってしまえば、自分の苦しみは自分が一番よく分かっている。だけど、他の誰かにも分かって欲しい。だから人は共感するんだろうと思っていた。
「おい、お前何かムカつくんだよ」
不意に言われたこの言葉から始まったあの日のことを思い出す。それは突然だった。何もかもが突然。それはまるで伝染病のように広がり、僕はそれを甘んじて受け入れる他になかった。そうすることでしか、そこに居られなかったから。
もし僕がヒーローだったとして。とても格好よくて、強くて、誰からも信頼されるような人だったとして。
そう考えれば考えるほど、虚しくなる。後からだんだんと襲いかかる孤独と劣等感が全身に襲いかかる。嫌だ、逃げたい。怖い、助けて欲しい。
僕は願うばかりだった。神様に願うばかりで、僕は何もしちゃいなかった。僕は、たった一人孤独だと思い、自分で甘んじてその状況を受け入れていただけに過ぎなかった。
そろそろ肌寒くなってきた。特に厚着をしていなかった僕は、その時帰りたいと思ってしまった。
何を言っているんだ、僕は今家出をしているんだ、というつまらないプライドが重なり、耐えるように僕は体を丸めた。
季節は冬じゃないはずなのに、寒かった。肌寒くなってきた頃合いの季節ではあったが、ここまで寒くはなかったはずだ。
夜はこんなにも寒く、暗く、怖くて、寂しくて、孤独で、押し潰されそうで……どうしてここにいるのか、こんな寂しい場所にいるのか。
「助けて……欲しかったんだ」
不意に、そんなことを呟いていた。誰かがもしも聞いていたなら、分かってくれるだろうか。
「僕は、ただ、助けて欲しかったんだ……いい子でいるつもりだったけど、母さんと父さんはいつも忙しくて、僕は独りだった。でも、僕は耐えていたんだ。迷惑はかけたくないから。でも……本当は苦しくて、苦しくて、たまらなかった……。それを言えば、二人はどんな表情をするだろうって。僕は……」
そこで息が詰まる。涙が込み上げてきた。どうしてだろう。僕は……あぁ、そうか。僕は、泣いているんだ。泣いて……泣いて。ただそれだけで、心が安らぐ気がしたから。
些細なことなどではなかったんだ。僕はそう思うことにしていた。そう思うことで、楽になれたから。僕は普通なんだと、それが気休め程度には思えたから。
暗闇は僕を取り囲む。黒が周りを覆い、電灯の明かりがまばらに消えようとしていた。
冷たい砂場の感触が手に伝わらない。僕は一体どこにいるのかも分からなくなっていた。どうして僕は、こんなところで独り泣いているのか分からなかった。
「自分のことぐらい、自分でしなさい!」
「お前をそんな弱く育てた覚えはない! そんなもの、俺の息子なら見返してやれ!」
「どうして貴方はいっつもいっつも……!」
頭の中で反復する。言葉の刃物が刺さっていく。励ましているのか傷つけているのか分からない。僕は孤独に生きていくのだろうか。
どうしても、この瞬間、僕は"些細なことの発端"として、捉えることが出来なかった。無理だった。限界がいつの間にかきていたことを知った。
この場所に来て、考えて、やっと分かった自分に押し寄せるそれは、言葉として飛び出す。まるで、小さな子供のように。
「そんなの……嫌だ……! 嫌、だよぉ……! 嫌だよ……! 嫌だ、嫌だ嫌だ! そんなの、嫌だよぉっ!!」
感情が知らない間に込み上げてきた。ダメだと抑えこんできたそれが爆発した時、僕は――初めて声を荒げて、泣いていた。
暗い暗い、黒色の世界で、僕はひたすらに泣き、叫び、訴えて、初めて全てを拒絶した。電灯の光はもうない。暗闇が広がるその世界で、僕は泣き叫び、手を伸ばした。
そこにはふと、温かい何かが触れた気がした。暗い暗い、黒色の世界の奥に、一体何があるんだろう。
それを掴み、握り締めると、世界が反転したような気がした。
――――――――――
太陽の日差しが目に差し込んだ。朝が来たようだ。全て夢だったのだろうかと思い返せば思い返すほど不思議な気持ちになる。
僕はさっきまでどこにいたのだろうか、と。夢の話はすぐに忘れてしまう。もう既に忘れそうになっているぐらいだ。
ベッドの上から起き上がると、温かい感触が手にあった。それは、目に見えないものだけど、それは確かにそこにある。
心の中にある暗い世界は、僕の世界を覆っていた。黒色が染め上げられていた僕は、自分からそこに座り込んでいたんだと思う。
そうすることで、暗い闇から逃げようとしていた。何も僕は独りじゃなかった。独りだと思いこんでいた。
違う。決めるのは僕自身なんだ。自分の世界はどうにでも変えられる。
暗がりの向こうで握り締めた"それ"を、僕は大事に握り締めて、微笑んだ。
今日を頑張ろう。明日も頑張ろう。その先も頑張ろう。
手を伸ばしたその先には、何色の世界が見えるだろうか、と。
END
――――――――――
お久しぶりに投稿してみました……;
SSを書くのは久しぶりで、楽しく書けました……が、内容は相変わらず伝わりにくいようなものになってしまい、ダメだなぁと心を悩ませるばかりです……。
『黒』というテーマは非常に難しく、物語を作る段階以前にテーマに沿って作ることが難敵でした;
前々からも一応書いてたんですが……テーマの難敵に破れ、投稿しないままストックが4,5本ぐらいライブラリにあります(ぇ
今回は……こんなんですが、投稿させていただきたいと思ったので、投稿させていただきますっ。
以上、ありがとうございましたっ!
私も参加宜しいですか…? 以前から参加したいとは思ってたのですが(苦笑
『黒を願い、白が欲しいと』
僕が不登校になった理由などざらにある。勉強、環境、友達……話しだすとキリがない。だが、どの理由も僕自身が弱いから引き起こしたのである。誰の所為でもない。僕自身が悪いのだ。
学校が嫌いになってから、僕は唯一、言う事を聞いていた親にも、反抗するようになった。親はそれに憤りを感じ、暴力を振るってきた。悪いのは僕だ。僕は殴られてもなんとも思わなかった。それを見た親は、病院に連れて行こうと言い出した。精神科医でもいい、とにかく連れて行こうと。
僕はそれを拒んだ。僕はどこもおかしくないからだ。おかしいと思っている彼奴らがおかしいのだ。程なくして、僕は引きこもりになった。
親はそうなってから優しく扱ってきた。「私が悪かったわ。お願い、出てきてちょうだいよ」と。それに応える事はなかった。ベッドに横たわり、母の甲高い声をただ聞いていた。母と父が、喧嘩している。勿論、僕のことであろう。
僕がこうなったのを、あろうことか他人の所為にたくし上げようとしているのだろう。それに腹が立つ。これは僕の意思で有り、誰の所為でもない。
暇、だった。僕は何もしなかった。家にゲームや漫画、パソコンがないからだ。携帯はあるが、する事はない。メールが来るわけでも、ソーシャルゲームをするわけでもないからだ。ただ、時間が流れるのを待っていた。
僕の部屋のドアをノックする音がする。母のものだ。母は決まって同じ時間にごはんを持ってくる。僕がそこでドアを開けることなどないが。
「歩(アユム)……ご飯、置いとくからね。朝ご飯、食べなかったでしょ?」
母はそれだけを言い、二階から降りた。僕はその音を聞きとり、ドアを少し開ける。そして、ご飯やおかずが置いてあるお盆を取った。
不思議だった。何もしていなくとも、腹は減るから。まぁ、どこかでエネルギーは使われているのだろう。
ふと、僕は考えた。世界を色で表すとしたら、僕は何色なのだろうと。
答えは簡単。黒だ。黒以外何物でもない。黒に染まっている。
心の白いキャンパスは黒の絵の具で塗りたぐられてしまった。それを夜空と表して、綺麗な花火でも打ち上げる訳でも無く、ただ黒い。白など垣間見ない、黒。
僕が外へ出て、青い光を受け入れる心があれば、黒い空から青空へと変わるかもしれないが、そんな心は生憎持ち合わしていない。橙色の太陽は僕を照らさず、照らすことを許さない。その光を必要としないから。
感情を色で表すとしたら、楽しい・嬉しいが黄色、悲しいが青、好きが桃色、怒りが赤、喜ぶは橙だろうか。僕はそんな感情は枯渇、していた。
笑う事も、泣く事も、喜ぶ事も、悲しむ事も何もなかった。無だった。無は……黒だろうね。よく似合ってるよ。
無のキャンパスに楽しいという感情が降ってくれたらどれだけ良いだろうか。それだけで明るくなる。そしたら、いずれは黒もなくなるかもしれない。
黄色の光が降り注ぎ、キャンパスを埋めるんだ。さぞかし綺麗だろうね。ぼくはそんなキャンパスを見れるだろうか。今のままでは……
羨ましく思った。僕にないものを、光は持っているのだ。それを欲しい。黄色という光の中に白がある。それが羨ましい。黒い僕を白く、照らして欲しい。
僕は、僕は……まだやり直していいのではないか?
そうだ。僕はまだ、全部黒くはない。
僕は光を遮っていたカーテンを勢いよく開ける。そこには白い光があった。僕の黒いキャンパスを白く塗り替えているような気がした。
僕は服を着替え、ドアを開けた。僕はましてや、ガラでもない明るい色合いの服を着込んでいた。
下へ降りると、母が信じられない様な目で僕を見た。僕はガラでもなく笑った。
「母さん、ただいま」
ガラでもなく、僕は母を抱きしめた。母は泣いていた。
僕の心のキャンパスは今、白の絵の具で塗りたぐられ、そこに橙や黄色や桃色、青などの色が虹を作り上げていた。
end
意味不明だ……黒から色が変わるってしたかったのに…orz
楽しく書かせて頂きました! 有難うございました。
こんばんは。予告通り参加いたしますw
題名『Black Tears』 全2レスです。
――美しいものほど壊したくなる。
『Black Tears』
形あるものを壊したい。ここに存在するものを壊したい。何でも良いから壊したい。全てを壊したい。――破壊欲。
私は何でも壊したいわけではない。別に、全てを壊してみたいとも思わない。
ただ。ただ、美しい『もの』を壊したいだけよ。
ねぇ、ステンドグラスを割ったことはある?
光の差し込み具合によって、色がキラキラと輝くのを見ている。それだけじゃ完璧な美しさなんて訪れない。
窓に嵌め込まれたガラスを、金槌で思いっきり叩くの。沈みかけて、金色の光を放つ太陽に照らされる瞬間に。ガラスに金槌が触れたとき、うっとりするぐらい儚くて、失恋のように切ない煌きを放つと、一瞬でガラスは砕け散るわ。
砕け散ったガラスの真ん中に立つと、ガラスの断面にいろいろな輝きの色が見える。見る角度によって、異なった顔を見せてくれるの。壊される前よりずっと綺麗。枠に嵌め込まれて、ひとつの顔しか見せないよりもずっと素敵でしょ。
そんな昼間の残骸も良いけど、夜の闇に包まれたガラスはもっと綺麗なの。吸い込まれそうなくらい深い、漆黒の闇に煌く星と、闇に一筋の光を射す満月。暗闇の中でガラスは、昼間の、宝石のような輝きが嘘みたいに、光を奪い取られて暗く、重たい色に変わる。例えて言うなら、色が付いた石ころかしら。でも、月明かりに反射して時々、微かにキラッと暗い輝きを放つのも美しいわ。
昼と夜でまったく違う顔になるのよ。時が経てば、色褪せて朽ちてしまう『もの』に、美を感じない人なんて存在しないわけがないわ。
欲しいのは一瞬の美しさ。永遠なんてつまらないし、飽きるだけ。
ねぇ、ゾクゾクしない? 美しい『もの』が壊れた後の残骸って。美を極めた『もの』は破壊されたときに、宝石のように輝くの。ただの『もの』を壊しても、美しさなんて得られない。でも、かといって美しい『もの』を眺めているだけ? 身に着けて見せびらかすだけ? 美しさが失われないようにしまっておくだけ? で満足なんて出来ないわ。
永遠に美しさを保っている『もの』に愛着なんて、執着なんて、馬鹿馬鹿しい。一瞬で飽きるに決まっているじゃない。
破壊したときに得られる満足感。それは黒胡椒のように、ピリッとした刺激となって、美しい『もの』を完璧に、完全にするためのスパイスになる。
そして極上の調味料となるのは、『もの』が壊されたとき人々に走る、嘆き、悲しみ、絶望、怒り、衝撃……。人の感情ほど醜くて、これほどまでに美しさを際立たせるものを、私は知らないわ。
でもね、飽きちゃったの。
色んな『もの』を壊したわ。有名な絵画に、時価1億円もする宝石や、光り輝くアクセサリー。それだけじゃないの、建築物だって火を点けて燃やしたし、文化遺産と呼ばれてるものだって、滅茶苦茶にして修復できないぐらい壊してやった。
もちろん壊した時のことは覚えてる。
絵画は、油性のスプレーやカラーボールで絵を台無しにした後、キャンバスをバラバラにしてしまうの。科学が発達しているから、絵に落書きするだけだと壊せないのよ。そして、バラバラになったキャンバスの破片の中で、絵の描いてある部分が一番大きな破片を持って帰る。
宝石はすっごく簡単。固定して、ハンマーで思いっきり叩くだけ。砕けた宝石は、同じ色のガラスと混ぜて土に撒いてあげるの。ほら、自然に帰ったでしょう?
アクセサリーは絵画の破片と一緒に、建築物を燃やすときに、火に投げ入れる。赤やオレンジに姿を変える炎の中に、黒ずんでいく銀細工を見るのが堪らないわ。
ほら、絵画もアクセサリーも二度と元には戻らない。
他にもあるけれど、私は『もの』を壊すこと自体に飽きてしまったの。
何故なら、『もの』を壊したときに見られる美しさには限界があるから。
もっと美しい『もの』が見たい。もっともっともっと、もっと美しい『もの』が。でも、私を満足させられる『もの』は存在しない。
考えて、考えて、考えて分かったの。『もの』よりも、壊したときに美しい『もの』。でも、それは存在しない。だって、『もの』に飽きたから。
じゃあ、『もの』以外の『もの』を壊せばいい。――何がある?
『ひと』を壊せば、『人』を殺せばいい。
『Black Tears』
その後はすごく簡単だったわ。
まず、殺す『人』を決めたの。そこら辺にいるような、平凡で、醜い『人』じゃありえない。殺す気なんて最初からおきないし、第一、美しさの欠片も無いじゃない。
だから、モデルやタレント、俳優の『人』にしようって決めたの。特に女性は、顔が売りの『人』たちばかりだから、みんな美しいでしょう?
どうやって殺そうかしらって。
鋭利な刃物で心臓を一突き。悪くは無いけれど、一瞬で死んでしまうわ。もっと、苦しみぬいてから死んでもらいたかった。
決めたのはそれだけ。
別に、美しい『もの』を壊して、もっと美しい『もの』が見られるなら、自分が死のうが捕まろうがどうなったって構わないわ。だから、必要最低限の事しか決める必要が無かったの。
実行したわ、月がとても綺麗な満月の夜に。
いきなり拘束して、体のあちこちに傷をナイフでつけていくの。柔らかな肌と、なるべく平行になるようにナイフを動かして、スッと切る。細い、線のような傷口からは、黒い絵の具でなぞった様に黒が滲み出てゆく。何回も繰り返したわ。
彼女は苦痛と恐怖に顔を歪めて、泣き叫び続けるの。だんだん声が嗄れて、最後には呻き声しか出なくなっていったけれど。
一番最後に首を絞めた。痛みで、体の感覚は麻痺しているはずなのに、ジタバタと暴れていたわ。苦しみに美しい顔を歪めながら、新鮮な空気を求め、必死にもがいて縄を緩めようとするの。後ろから締め上げられているから、緩まるわけ無いのにね。
首を絞めて息が無くなった後は、ナイフで体中を滅多刺しにしてあげた。心臓は止まっているから衝撃を与えて、血液をどんどんあふれ出させる。周りに血が大量に飛び散った死体って、邪悪で、綺麗で、恐ろしくて、美しいと思わない?
そして、今。
私の目の前には完璧な死体が転がっている。真っ白な肌は、何箇所も切り裂かれて血の気が無くなった証拠。小さな切り傷には、真っ赤なはずの血液が固まりかけて、どす黒く変色を始めている。大きな傷はまだ、傷口がパックリと開いていて、中の筋肉や血管が所々に見えているわ。
首には斑模様の紐の痕。『人』の首を絞めるのって、意外と力が要るのね。紐が巻き付いていたところだけ、赤黒い痣が出来ている。その痣の周りには、必死で空気を求めて、生に執着して出来た引っかき傷があった。左右に4本ずつ、8本の細いすじ。強く引っかいたのね。爪の中にまで血がこびり付いているわ。
極めつけは、周りに飛び散った大量の血。冷たいコンクリートの上で真っ黒な血だまりが、街灯に照らされて妖しく光る。
死体の周りに、花吹雪のように飛び散った血液。血が抜けた白い肌と血で出来た真っ黒な水溜り。
なんて美しいの。美しいわ、美しすぎる、完璧よ! これ以上美しい『もの』があるかしら! ないわないわ無いわ。
あるはずが無かった。私が、たった今、この手で作り出してしまったから。
急に私を襲った空虚。今まで、美しい『もの』を壊して、さらに美しい『もの』を作り上げてきたわ。
もっと美しい『もの』を壊したい。壊して、もっと美しい『もの』を見たい。壊して壊して壊して壊して壊して1番美しい『もの』を見たい。満足感で満たされたい。うっとりする様なあの感覚をもっと味わいたい。もう一度味わいたい。
――欲望は止まらなかった。
『ひと』を壊して、1番美しい『もの』を作り上げてしまったら、私はこれから先、どうやってこの欲望を満たせばいいの? こんな綺麗で、儚くて、邪悪で、恐ろしくて、美しい『もの』なんて、二度と作れない。
絶望と悲しみがこみ上げてきて、何故か涙が溢れ出して止まらない。こらえきれない嗚咽が、月明かりと街灯に照らされる、深夜の倉庫に響き渡る。
この涙は、何色かしら? きっと――
『破壊欲、という名の欲望に染められた、黒色の涙だわ』
FIN
~あとがき~
今回始めて参加させていただきました。黒は一番好きな色なので、書いていて楽しかったです。
『黒』から『欲望』、特に『破壊欲』を連想して書いてみました。
台詞が一切ないので読みづらいとは思いますが、最後まで読んでくださった方には感謝しています。
書かせてくださり、ありがとうございました!
『小悪魔の悪戯』
グッモーニン! グッモーニン!
こんなに良いお天気。
足元だけ、開けたカーテンから良い感じのお日様の光。
ふと隣を見るけれど、キミはまだ夢の中。
そっと起きて、もう一度、開いてるところから空を見る。
とっても素敵な澄んだ空色。
うん、やっぱり今日はいい天気だ。
さて、どうしよう。
このまま寝てもいいけれど、たぶん、きっと寝れない。
だから起きて……ふふふ。
いいこと思いついちゃった♪
でも、天使の心が囁いた。
ホントにいいの?
でも、小悪魔な私の声が言う。
やっちゃう! だってキミはまだ寝てるのだから。
こんな素敵な日に寝ているキミが悪いんだよ?
キミを起こさないように、私は悪戯を開始する。
何をしよう?
このままいっぱいキスをしようか?
可愛いそのキミの鼻をこしょばすか?
ううん、それじゃ、ダメ。
にまっと笑って、私はそっとベッドを出た。
そして、手に取ったのは。
黒のペン。
グッモーニン、グッモーニン……。
ちょっとやりすぎちゃった。
キミを怒らせちゃったね。
あの黒のペンは水性じゃなくって、油性だった。
額に肉なんて、おちゃめなことをして……あんまり綺麗に取れなかった。
だからキミは、前髪を下ろして、仕事に出ていっちゃったね。
とっても反省したから、これからお詫びに、ケーキを買ってこよう。
キミの好きな、あのケーキを。
それと、今日という記念の日を祝うプレゼントも。
キミは忘れちゃったかもしれないけれど。
今日はホントは、キミと私が出会った記念の日なんだよ。
それにご馳走も用意しよう。
とびきり美味しいご馳走を、キミのために……。
………グッドイブニング、グッドイブニング。
もうすぐ、キミが帰ってくるね。
裸エプロンしたら、キミは驚くかな?
まあそんなことしたら、キミにまた怒られるから、普通にお迎えするよ。
ほら、いつもの足音が聞こえる。
もうすぐ、もうすぐ、鍵をあけて、私達の家に帰ってくるよ。
「おかえりなさいっ!!」
キミはきっと驚くよね?
私の素敵な、お祝いというなの悪戯に。
★あとがき★
というわけで、黒のクセに明るいSSを投下!
ちなみに「私」と「キミ」が男か女か、または同性かで、雰囲気がぐっと変わります(にやり)。
みなさんの好きなカップリングを浮かべて、もう一度、読んで楽しんでみてくださいませー☆
え? 私? さーて、どんなカップリングで書いたでしょう?
ふふふふふふ。
第八回SS大会 エントリー作品一覧
No1 メフィスト様作(都合によりHNを略称させてもらいます)【絵と光と盲目少女】 >>396
No2 あおい様作 「初恋の痕跡」 >>397
No3 葱様作 『過去の鎖』 >>398
No4 碧様作 【この素敵な世界は、何色?】 >>399-401
No5 遮犬様作 【暗がりの奥】 >>402
No6 冬ノ華 神ノ音様作 『黒を願い、白が欲しいと』 >>403
No7 黒雪様作 『Black Tears』 >>404-405
No8 秋原かざや様作 『小悪魔の悪戯』 >>406
以上、全八作品エントリーです!
風って・・・あの風?(おい森の・・・。)
ノリさん様へ
いえ、完全な人違いです(汗
申し訳ありません。
私は、メフィ様の【絵と光と盲目少女】と黒雪様の『Black Tears』に一票ずつ投じたいと思います。
*上げです! 皆さんも投票お願いします。
私は、
*遮犬様
*黒雪様
*冬ノ華 神ノ音様
に一票ずつお願いします。
それでは、上げます。
こんばんは!
メフィスト様【絵と光と盲目少女】に一票お願いします
うわあごめんなさい、書くと言っておいて書けませんでした!
投票だけさせて下さい……。
葱様 黒雪様 遮犬様
に、一票ずつ宜しくお願いします。
こんばんは。
毎回、愉しく読ませて頂いています。投票宜しいでしょうか?
メフィスト様と遮犬様の作品に一票ずつ、よろしくお願いします。
葱様と秋原かざや様に1票ずつお願いします。
この2つ、特に楽しんで読ませていただきました!!
こんばんは!
いつも読んでいるだけなんですけど…。
黒雪さんの『Black Tears』にお願いします。
前半はステンドグラスなど色鮮やかな世界だったのが、後半になるとモノクロの世界に変わるところが素晴らしいと思いました!
第八回SS大会「黒」結果発表
一位 黒雪様作『Black Tears』
二位 メフィスト様作【絵と光と盲目少女】 遮犬様作 【暗がりの奥】
三位 葱様作 『過去の鎖』
随分と結果発表が遅れてしまって申し訳ありません。
今回は同率票が乱立しなかったのは良かったですね。まぁ、エントリー作品も少ないですしね。
【僕と少女と過去と】
彼女は小さな旅人
10歳なのに旅をしている
僕は…彼女が好き
桃年 葡萄月 百合日
彼女は今日も楽しそうに他国の人と話した
綺麗な歌を歌った
でも
笑顔は少し暗かった
桃年 葡萄月 苺日
明るい朝日が僕らを照し
彼女を輝かせる
今日も彼女は楽しそうに過ごす
『僕と入れるだけで幸せ』
そんなことを言われたのは初めて
だからこそ彼女は___
「ねぇ、ねぇってば」
「あっ、何?」
横を向くと彼女の美しく輝く瞳が目に映る
「何書いてるの?」
「へ?うわぁあっ!なななな、何でもないよっ」
必死で机にある、早急までペンを走らせて字を書いていたノートを隠す
「・・・?見せてくれないの?」
「ご、ごめん、ね?」
「ううん、何かわからないけど頑張ってね」
彼女は微笑みながら言い帰っていった
彼女の後ろ姿を見るのは
辛い
彼女の背中には
<過去>
と言う重すぎる重荷が乗っている
辛いなら辛いと言ってよ
僕は君の為になら何でもする
だってぼくは君のパートナーだから
心から笑顔になれるようにしたいから
「本音を言ってよ…………」
一人ボソッと狭い部屋で呟く
僕は
小さな器の人間
そして
小さな旅人と
旅を続ける
「ぁ・・・続き書かないと」
再びペンを走らせる
狭い部屋の中に
ただひたすらペンで字を書く音が響く
ーーーーーーーー
駄作すみません!!!
桜様へ
申し訳ありませんが、第8回大会は終了していしまいました。
次、改めて宜しくお願いしますね!
第九回SS大会開始!
お題は「白」です!
小説のエントリーが少なかったら、今回で打ち切りにしようかなと検討中――……
個人的にもカキコに通い続けるのが、しんどくって……
「神童」
腹が痛い。
教室を抜け出して、校舎の端のトイレでいつもの馬鹿どもと身のない会話をするのにも耐え切れないほど。階段をふらふら上りつつ、なんでをくるくる回す。
現在は月の終わり頃であるから、本来であれば腹が痛くなるのは当然の現象であるのだが、おかしい。血は出るのだけれど、色がチョコレートみたいで美味しそうなのだ。
永遠に続いているような長い階段を登り終え、やっと辿り着いた灰色の重たい扉を体当たりで開く。
解放感も糞も無い、白っぽい曇り空だった。
倒れ込むように、扉がくっついている薄汚れた壁にもたれかかり、しゃがむ。校則を無視した短すぎるスカートが太もものそばでしわを寄せた。誰もいないところでサービスシーンをやっても、下着の見せ損だな。そう思ったとたん、急に吐き気が込み上げてきて、その場で吐瀉物をまき散らした。
口元をぬぐって顔を上げたとき。
「…………あ」
妊娠。かもしれない。
ああ、でも、ちゃんと避妊具はつけていた……筈だ。お金が甘ったるい匂いをふりまいてるホテルでおっさんとしたときだって、その辺の右手が忙しいようなガキと遊び回ったときだって。つけていなかったことなんてないのに。
妊娠したときの詳しい症状なんて知りもしないが、吐いたり腹が痛くなったり……というのは、いや、そんんなはずは。もう一度何かを吐き出そうと腹からぐぇっと声が出たが、胃の中は空っぽで、痰と唾が入り混じった透明で白っぽい液体が地面に滴った。
もしかして、最近太ったと思ったのは、やっぱり。
呼吸は乱れて、眩暈と吐き気と腹痛がひどくってもう、なんだか気持ち良い。ドラッグでもキメた気分だ。
回る世界を見上げていると、今度は腹に強烈な痛みが走った。呻き、喘ぎ、腹を押さえる。痛い。何かが必死に外に出ようとして腹の中を抉っている。歪んだ顔ゆえ、狭くなった視界からスカートを見ると。
血だまりだ。血だまりなのに。臭い、生きている人間の血のにおいが漂っているのに。
その血だまりは、白色をしていた。
その血だまりは腕を生やし、指の切り落としを浮かべていた。
冷や汗が噴き出して、化粧を溶かしていく。悲鳴も出ない。
なんだか視界が霞んでいる気がする。血のにおいが作り物の、吐き戻しそうな甘さに変わっていっている。私は、直感した。
死ぬのだ。
ぼやけた意識の中で、太ももに柔らかい、温かいものが触れた感覚がはっきりとあった。閉じかけた瞼をこじ開けて、血だまりをもう一度見る。
ああ。君は。
塗れた羽が生えた胎児と赤ん坊が混ざり合ったようなものが、指がいくつか欠けた小さな手を私の太ももに当てていた。
目を閉じる。
おかあさん。
そう、言ったよね。
―――――――――――――――――――――
すみませんでした。本当にすみませんでした。
乏しい知識で書きました。
一応ネットで調べてみたのですが間違ってると思います。
こんな発想しか出てこない自分です、呆れちゃいますね。
しかもあんまり白くないし……。
今回は投稿ができてよかったです。
(( 課題は自分でやりましょう ))
休み明けの気だるい月曜日。学校の門をくぐる足取りも重い。
私はいつも通り自教室に入り、鞄を自分の机にどさりと置く。
そして本日の時間割を確認し、提出しなければいけない課題を用意しておく。
・・・ん?課題?
眉をひそめた。確か週末課題として数学のプリントが配布されていたような。
曖昧な記憶に首をひねりつつ、ファイルからプリントを取り出す。
目に飛び込んだのは真っ白な色。
なんということだ、私は課題をやるのを忘れていたのだった。
頭の血の気が引いてゆくのが分かる。これははまずいことになった。
数学担当の女教師は、学校内でトップを争う程の”怒らせると面倒な先生”として名高い。
私は教室に友達が入ってくるのを視界に捉えると、すぐさま駆け寄った。
「あ、おはよー。」
「おはよう!!それより数学の課題やった?」
私の友達が感じよく挨拶するのを軽く受け流し、事態を急ぐ本題を持ち出す。
数学は一限目だが、今から写させてもらえば間に合うかもしれない。
「うん?数学の課題?」
「そう!私忘れてたから、見せて欲しいんだけど」
縋る思いで両手を顔の前で合わせた。
しかし、私の希望は次の友達の言葉で崩れ去る。
「課題なんてあったっけ」
それがあったんだよ!!心の内で叫ぶと、私はがっくりと首を垂れた。
時計を見上げれば、一限目開始まであと数分。
他の誰かに見せてもらったとして間に合わないのは確かだ。
「そうだ、優等生ちゃんがいる!」
友達はぱっと表情を明るくしてそう提案した。
優等生ちゃんとは私の友人のうちの一人で、その名の通り優等生なのだ。
彼女なら課題をきっちりやっているだろう。
「だけど、写すのに時間かかって間に合わないよ・・・」
「何のために学校にコピー機があるのさ」
!?
私は驚きの発言に感嘆符を頭上に二つ浮かべた。
まさか、優等生ちゃんの課題をコピーして提出しようというのか。
そんな極悪非道な行為、私には出来ない・・・そう抗議しようとするも
時計が目に入った。残りリミット僅か。私は善の心をたやすく投げ捨てた。
***
優等生ちゃんは性格も聖人のような人なので、下衆な私達に課題を貸してくれた。
学校唯一のコピー機置き場、図書室に駆け込む。
一限目まで、もう時間がない。急げ急げ。
「コピーする」のボタンを凄い勢いで2プッシュ。
ががが、と音を立てて数式が完璧に並ぶコピー用紙を吐き出す機械。
プリントアウト完了。優等生ちゃんに感謝すると共に、安堵の溜息を吐く私と友達。
これで何とか先生に怒られずに済みそうだ。
***
そして私たちは名前が「優等生ちゃん」のままの課題を提出してしまった。
そりゃコピーしたんだから、名前もそのままのはずだ。
詰めの甘さに私たちは涙を呑んだ。
結局、課題が倍になったのは言うまでもない。
初めまして、おもしろそうな企画だったので投稿させていただきました!
方向性が周りの方々と違う内容で申し訳ないです。白の要素が足りてない気が・・・
【答案用紙に色がついた時】
「あー、分からない……」
私は、答案用紙の右端に、小さな花マルを書いていく。
それに、目を書いて鼻を書いて……手足をかいたら、「花マル君」の出来上がり。
今回は、うまく描けた。
私は、いつもテストで分からない時は、花マル君を描く。そしたら、なにか分かるような気がしたから。
「ねぇ、なんか分かった?」
どこかからか、知らない声が響いた。
私は、見張りの隙をみて、周りを見回した。だが、声の主はいない。
クラスメートでも、見張りの声でも無かった。
「教えてあげようか」
なにを?
なにを教えてくれるというの?
言葉で話さないと相手も分からないと知りながら、声はでない。心の中で思うだけだった。
「答えだよ、答え」
え?
私は、驚いた。それも、二重で。
まず、一つ目。私と念力で喋れたから。私にそんな能力あったかなぁ。
次に、二つ目。私にカンニングを持ちかけたこと。カンニング……そんなこと、していいことなのかな。
この問題は、本当に分からない。授業では絶対に出ていなかった。
予習復習完璧で、学年首位の私。なのに、今日は半分しか解けていない。これでは、お母さんに…先生に怒られてしまう。
どうしよう、怖い。でも、誰もみていないのなら……聞いていないのなら……
「お願いするわ」
遊び本意で答えたつもりだった。こう言えば、相手はどう反応するかなーって。
「よし、じゃあいくね」
声の主は、さらさらと式と答えを述べていった。
そうか、こうしたらいいのか。途中で、どんどん分かって来た。
そして、声の主の言葉が止まった。
最後まで言い終わったのだ。
……ありがと。
私が脳で言った。
多分、相手に届いたはず。
私は、右端に書いたあの花マルを消そうとした。
だけど、消えなかった。シャーペンで書いたのに。
まるで、マジックで書いたみたいに消えない。
その花マルは、ニコッと笑っていた。私は、笑わせたはずないのに。
「はい、終われ」
その時、見張りの声が響いた。
終わっちゃった。
花マル、消えなかった……どうしよう。
大学生が、テストの端に花マルなんて。落書き厳禁なのに……どうしよう。
私は、カンニングしたせいで狂っていて、もう普通ではなくなっていた。
終わりだ……もう、終わりなんだね。
だから、カンニングなんかしちゃだめなんだ。この落書き一つだけど、ダメなんだね。もう、いーや。全部、バラそう。
私は、ピンクの蛍光ペンを取り出した。
そして、答案用紙に、
「ありがとう!」
と大きく書くと、この紙を思いっきり大きく投げた。
この紙は、白いけどピンク色。
「ふっ……じゃあな」
誰かの声がまた響き、外で鳥が羽ばたいたような音がした。
ああ、そうか。声の主は悪魔なんだ。
私の悪事をさらけ出そうとしたんだね。悪魔だけど、天使のように優しいんだね。貴方のおかげで、今の私は真っ白だよ。周りの重圧もない今、私の体はとても軽い。
私、地獄へ会いにいくね。
私は、窓に手をかけた。
「その時は、ありがとうって目の前で言わせてね」
【END】
上げさせて貰います。
奇想『日傘を差す女』
O.Claude Monetに寄せて――
絵画とは魔法だ。
光も風も、あるいは時間でさえも、一本の絵筆で真白いカンパスの中に閉じ込めてしまう。太古の昔から人間が描かずにはいられなかったものとは、きっと、そんな刹那に過ぎてしまう一瞬なのだろう。
だが私は、それが時に残酷なものだとも思うのだ。
何故なら。それはどこまでも虚構でありながら、見る者によっては真実に近すぎる。
そこには、失われてしまったはずのモノがいつまでも鮮明に残されてしまうのだから。
○○○
ふと、カリカリという音が止んだ。
何という事はない、私が鉛筆を削っていたナイフの動きを止めただけの事だ。あまりにも無心になって削っていたからか、芯の先は針のように尖っている。ここまでやってしまうと却って折れやすく、使いものにならない。これは詰る所、数時間前からこっち、ほんの少しも構想が浮かんでいない事から逃避した結果なのだった。
ひとつ、肺を絞るような溜息を吐いて。こんな時は、そうだ、早々と諦めてしまうのに限る。
「はぁ……そうだな。今日はこれまでにしよう」
曰く、思い立ったが吉日だ。急くようにイーゼルの前から離れ、パレットと絵筆を放り出して。うずうずとした衝動のままに薄暗いアトリエを飛び出し、黒鉛と油絵具に塗れた両手を洗い流したなら……さぁ、私は自由だ!パリで得た画家の名声も、普仏戦争の記憶が生々しいロンドンでの日々も、このフランス北西の街――アルジャントゥイユでは意味を持たない。此処ではサロンの顔色を窺わずに好きなものを描き、それにも倦み疲れたなら、こうして気ままに筆を擱くことが出来る。どうせ暫くすれば自然と絵筆を執ってしまうのだから、思い切って休んでしまえば良い。
そして私はこんな時、決まって我が家の小さな庭へと足を運ぶのだった。
――そう。光溢れる午後の庭は、きっと私の幸福そのものだ。
初夏の薫りを胸一杯に吸い込んで、服が汚れるのも構わず芝生の上に寝転ぶ。眩い太陽の微笑みに軽い眩暈がして。思わず右腕を翳して真白い光を遮った先には、息を呑むほど高いアルジャンの青空が広がっていた。
「ははっ……」
頬が緩むのはきっと、私が今、とても幸せだからだろう。
セーヌの流れで冷やされた風は涼しげに吹き渡り、遠い教会の鐘の音を届けてくれる。するとそれに合わせるように、妻と息子の戯れ唄が屋敷の中から聴こえてきた。妻であるカミーユの声は透き通った美しいソプラノで、五歳になる息子ジャンは勇ましくも微笑ましい腕白な声。彼女たちの不揃いな合唱は鐘の音が止んでも途切れず、次々と曲を変えて私の耳を楽しませてくれる。
V'là l'bon vent, v'là l'joli vent
(ごらん、良き風が吹いている。ほら、なんて素敵な風だろう)
そんな多幸感にほだされて、ついつい同じ唄を口ずさんでみたが……やぁ、我ながらなんと音痴であることか。やっぱり絵以外には才が無いらしいと再確認できたところで、私は苦笑したままで瞼を閉じた。
こうして光と風の祝福を受けながら、ゆったりと日が暮れていくのを待つ時間は、私にとってまさに至福の時だ。敬愛するニッポンの人々は悲しいときに笑うと聞くけれど、私はやはり幸せな時にこそ笑わなければと常々思う。そうだとも、フランス人が滅多に笑わないのは、希少な幸せの価値を知っているからなのだ。思えば妻も息子も、アルジャンに引っ越してからは笑顔が絶えず、唄声は弾んでいる。ならば、この美しい街こそが私たちを幸せにしてくれているのだろうと、そんな事を思ったりもした。
さて。心が満たされたなら、その隙を狙うように眠気がやってきた。
日が落ちるまでには時間があるし、此処で昼寝をしても風邪を引く心配はないだろう。御近所の目は気に成るが、この心地好さには到底抗えない。せめて日陰がある庭木の下まで行こうかとも思ったが、躰はもう既に動こうとはしなかった。
そんな葛藤は一瞬だけで。不意にくらり、と意識が芝生の中へ沈み込んでいくような感覚。妻たちの唄声が遠くなっていく気がして、私は浅く微睡むような眠りに落ちていった。
○○
絵画とは魔法だ。
神が私に与え給うた唯一の才だ。その上で私自らが選び取り研鑽したのは、数ある絵画のスタイルの中でも孤立した、それ即ち『印象』を扱うものだった。色彩を操り、光を描く。世界の写実から一歩進み、画家の見る主題を強調する。そうして描かれたものには、『私そのもの』が封じられているような感覚さえ覚えるのだ。
だからこそ私はかつて……きっと美しく、そして愛しいものだけを描こうと誓った。
ふと、直ぐ傍に、誰かの温もりと息遣いを感じた。
まだ日は高いのか、直視してしまった光が目の奥に赤々と残る。それでも、目覚めたばかりの胡乱な意識は直ぐには上手く回ってくれないようだった。
誰か、そこに居るのか。仰向けのままで辺りを見渡しても、庭に人影はない。屋敷の方から聴こえていた唄声も、今はとうに消えてしまっていた。
だが、不思議と愕きは無かった。その気配が傍にあることは、私にとってごく自然な事に思えたから。少しだけ働き始めた感覚が、頭の後ろに柔らかい温もりを認めて。くすくすと耳を擽る笑い声に誘われるように、私は視線を真上へと向けた。
そこには予想通り、いや望み通りの、一人の女性の貌があった。
「ふふ、おはよう、オスカル。良い夢は見られましたか?」
「あぁ……やっぱり君か、カミーユ」
――その微笑みを形容する言葉を、詩人ならぬ私は持っていなかった。白く霞むような逆光の中で、彼女の笑みだけが確かな形をもって私を見下ろしている。そこには安心感と愛おしさと、そして空よりも蒼い瞳に吸い込まれそうな怖さすらあった。その眼で見つめられたなら、途端に私は愛を語る言葉さえなくしてしまうのだ。だから、私は最愛の妻に甘い言葉を掛けたことなど無い。その時も、私がやっとのことで絞り出したのは……いつも通りに不愛想な亭主然とした、あるいは私の嫌いなパリの紳士風の陳腐な言葉でしかなかった。
「はい、わたしです。中々起きて下さらないから、どうしようかと思いましたよ」
「む、すまない……いつ頃から此処に?」
「ええと、ジャンがお昼寝してからですから、一時間前くらいこうしてます。ふふ、やっぱり貴方の息子ですね? 二人とも、幸せそうな寝顔がそっくりです」
「ぐ…………」
なんて事だ。私はどうも、膝枕をされても目を覚まさず、一時間も彼女に緩みきった寝顔を晒していたらしい。愕然とした私の顔を見て、彼女はコロコロと愉快げに笑った。
「あら、そんな御顔をしないで。可愛かったですよ、ジャンと同じくらい。そうそうオスカル、貴方が眠っている間にアリス……っと、こんな呼び方ではいけませんね。オシュデ夫人がおいでになられました。エルネスト・オシュデ氏の主催する展覧会のお知らせだったようですが」
「な……! マダム・アリスが? 来たのか、此処に?」
愕然、再び。
エルネストは私の無二の友人であり、新進の実業家であり、画業の支援をしてくれている所謂パトロンだ。その夫人である若きマダム・アリスとカミーユも、歳が近いこともあり仲が良く、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。
だが、だからといって、いい歳をした大人が庭で昼寝をしている図など見せていいはずがない。ましてや、妻に膝枕されているなど……どう考えても、エルネストに知られたなら暫くは画壇の笑いモノだ。少なくとも彼だけは、あの下品な声で腹を捩って笑うだろう。
そうなれば私としては、彼の豊かな(豊かな!なんと寛容な表現だろう)体型を主題として寸分の違わぬ肖像を描いて、パリのサロンに提出するくらいでしか報復にはなるまい。フランス人……もとい、パリ人とは自由と怠惰をこよなく愛するが、見苦しい肥満は許さない人種なのである。
閑話休題。
まだ見ぬ屈辱とその復讐に思いを馳せている私をよそに、カミーユは悪戯をする若い娘のような表情をして。
「あ、そうですね! 折角ですからアリスにも見てもらえば良かったのに、私ったら……」
「む、彼女には見られていないのか」
「ええ。貴方は出掛けてるということにして、ちょっとだけ二人でお茶をしました。新作を楽しみにしてると伝えてくれとのことでしたよ」
「はぁ……神よ」
知らず、ほぅと安堵の息が漏れる。
それが可笑しかったのか、今度は声を上げて笑い出した妻の顔を見上げながら……少しだけ、もしかしたら有ったかも知れない騒動の顛末を幻視した。私とエルネストは詰まらない喧嘩をして、飲んで忘れただろう。そして彼女たちは、こんな風に笑っていたかもしれない。それはそれで楽しかったのではと考えて、やはり幸せに呆けているんだなぁと自嘲した。あぁ、なんだか可笑しくて……ガラでもなく笑みが止まらなくなった。
「……? どうしました、オスカル?」
「ははっ、なんでもない。なんでもないんだ……それよりも、なぁ、カミーユ」
「はい?」
くい、と首をかしげるカミーユ。滅多にこうして笑わないものだから、今私が笑っている理由が解らないのだろう。その仕草がまた可笑しくて少し吹き出しそうになりながら、私は言葉を繋げた。
「君の……いや、今度は君と、ジャンの絵を描こう」
――それは私の、精一杯の愛の言葉に等しい。
今まで幾度となく彼女の絵を描いてきたが、それは最も身近なモデルだからという理由ではなく。言うまでもないし言いはしないが、彼女が私にとって最も美しく、愛しい主題だからだ。
もしや、その意図を知っているのだろうか。彼女は私がそう切り出す度に、珍しく照れたように淡いはにかみを見せるのだった。
「またですか? 私なんか、オスカルの絵には相応しくないって何度も……」
「そんなことはない!……ないさ、そんなことは」
右手を上に伸ばして、彼女の頬に添える。それはまるで太陽に手を差し伸べているような温かさで……その途端、あれだけ思いあぐねていた構図のアイデアは溢れんばかりに湧き上がってきた。
「あぁ、良い季節だ、そうは思わないか? こんな陽気なら、セーヌの河畔はきっと気持ちが好いだろうな。うん、そうしよう。いいかな、河岸の草地でジャンを自由に遊ばせて、それを眺める君を描こう。君は一等綺麗な余所行きを着て――ああ、なら、この光が映える白のドレスが良いな。君は色が白いから、日焼けをしないようにしないと……」
そうして、私はどうしてか酷く饒舌に語っていた。カミーユが珍しいものを見たように目を丸くしているのが判ってはいても、止まりそうにはなかった。その構図は見る前、描く前から目に浮かぶようで。慣れない言葉を駆使してでもその美しさを、彼女の輝くような価値を伝えたかったのだ。
「そうだ、君は日傘を差すと良い。それなら夏の光の中でも影を生かして、君を綺麗に描くことが出来る。ははっ、素晴らしい! きっと傑作になる、きっとだ、カミーユ!」
この絵には、私の全てが込められるだろう。
願わくは我が妻がそれを見たときに、私の想いが届きますように――
○○
目を覚ますと、私は一人だった。
あぁ、長い夢を見ていたのだ、と。
凍えるほどに冷たい風が眠気を覚まし、その奇妙に冴えた頭で、私はあっさりと現実を受け入れた。酷い夢だったのか、懐かしい夢というべきか。それとも幸せな、良い夢だったと、そう思える日が来るだろうか。
「なぁ……居ないのか」
横たわる地面の冷たさが、季節が秋の終わりであることを思い出させてくれる。木立の葉が落ち、金木犀の薫りが漂う庭は意味もなく寂しげで。それは季節のせいにしておく方が良いのだと、私はそう自分を納得させることにした。
日は落ちかけて、空の端は深い群青に沈んでいる。この光が死んでいく時間は美的ではあるけれど、私は好きではなかった。だからこそ、かつては必ず妻がこうなる前に起こしてくれたのだった。だが、その優しさは既に無い。無いのだ。
軋むドアを押して、暗いアトリエに入る。
イーゼルに掛けられたカンパスは白く、穴のように夜に浮かんでいる。絵筆は乾き、生けられた花は見る影もなく干からびていた。それは一年前、彼女が生けた向日葵の花。夏を思わせる鮮やかな黄が、脳裏にはしっかりと残っている。
「あぁ……」
そして、アトリエの奥に掛けられた一枚の絵を目にした途端、私の全身から力が抜けてしまった。日傘を差す女性と、その息子の絵。美しい絵であり、幸せな絵だ。それは『オスカル』という画家が描いた、その生涯の最高傑作だろう。私には絵の中からこちらを見つめる女性と、それを描いた男の心情が手に取るように分かった。
そこには初夏の光が満ちていて、日傘のもたらすもの以外に影などない。なのにどうして……こんなに、儚げな風が吹いているのか。なぜ、ふと目を離せば光の下から居なくなってしまうような危うさを孕んでいるのか。描かれた当時、その絵は幸福そのものでしかなかったはず。だが、もしも時とともに絵の意味も変わるとするならば、その魔的な芸術は到底私の手に負えるものではないと思った。
「オスカル、さん?」
「……!」
不意に背中へと掛けられた呼びかけに、私は背筋の凍る思いをした。
振り返ってみれば、アトリエの入り口に立っていたのは……今や見慣れてしまった女性の姿。かつての友が破産し蒸発して以来、彼女はこの家で暮らしていた。
「ごめんなさい、急に声を掛けて。でも、何だか御気分が優れないように見えましたので」
落ち着いた声。それは私の良く知っている声とは違うけれど、『オスカル』という響きは胸に突き刺さるような感覚がして。私は心配して歩み寄ってくるアリスを目で制して、軽く首を振った。
「いや、大丈夫だ。アリス、大丈夫だよ。ただ、いつも言っているだろう、その……」
「……ごめんなさい、クロードさん」
「ありがとう。さぁ、そろそろ夕飯だろう? 後で行くから、子供たちを頼むよ」
はい、と返事をして素直にアトリエを出ていくアリス。その背中が、私を非難しているように思えた。許してほしいとは思わない。謝ることもしまい。だが、あの名前は否応なしに『彼女』を思い出させる。だから、私はそれを封印することに決めたのだ。オスカルという名前と、彼がかつて誓った絵画のポリシーを。
「そう、決めたんだよ、アリス」
哀れな女だと思った。美しい人でもあった。亡き妻を重ねることなく、彼女を愛することは出来るだろう。そうする事をカミーユは望むだろうし、その道でしか、再び幸せを得ることは出来ないと判っていた。だからこそ、カミーユの面影は絵の中にしかあってはならなかったのだ。
窓の外に白い月が昇っていた。
しばし、その美しさに息を呑む。世界がこんなにも美しいのは、私たち人間が見ているからではないのだろう。悲しくても嬉しくても、幸せでもそうでなくても世界は輝いているのだから。
それが判った今、画家である私が描くべきものは一つだけ。
かつて愛しいものを描いた結果が、この胸を掻き毟らねば治まらない痛みならば。この永遠に残る愛の面影ならば。私はそれを繰り返すべきではないと思う。それは、思い出と共に移ろい老いていく自らの心に留めるからこそ、きっと美しく在るのだ、と。
芳しい夕餉の薫りが空腹を誘い、にぎやかなアリスの連れ子たちとジャンの声が私の心を慰めた。さぁ、私も食卓へ行こう。そして其処に幸せの欠片があるなら、私は笑っていなければならない――
最後に。
『光の画家』の名に恥じぬよう、クロード・モネとして誓う。
この先、決して長くはない生涯において。私が描くのは、この限りなく美しい世界の風景だけであると。
(了)
○あとがき、解説
こんばんは。
ぎりぎりになってしまいましたが、拙筆の作を投稿させて頂きました。一枚の絵をモチーフにした実験作で、モネを主人公に据えた物語はすべてフィクションです。参照の先はクロード・モネの「散歩、日傘を差す女性」が載っています。
クロード・モネはフランス印象派の画家であり、「光の画家」と生前から高く評価された人物です。ファーストネームのオスカルと呼ばれることを嫌い、ほとんど使わなかったことが知られています。妻のカミーユ夫人は「日傘」が描かれた4年後に病死。故に、この作品に漂う不思議な雰囲気を文章化できないかということで、これを書いてみた次第です。なにが「白」であるかは、筆者からは特定しないものとします(苦笑
では、これが少しでも読んでくれた方の心に残りますように。
参照すげえーーーー!!
( 純白のワンピースの少女 )
僕はその夏を母方の実家の田舎へ過ごすことになった。理由はよくある話だ。両親が離婚間近。原因は父親の浮気で。くだらなさすぎて反吐(へど)が出る。人間。愛しても愛されても、本当は誰一人独占なんかできやしないのだ。それに気付かない母や母にうんざりして浮気したけど隠すことができなかった父も皆、くだらない。噂に敏感ですぐ広まる田舎町もくだらない。この世全てくだらないと僕は思ってる。名前だって深山直(みやま なお)って。素直になるように、と名づけられたが自分で言うのは気が引けるけど、ひねくれた性格だし。
唯一の救いは海辺にあることだ。僕は昔から海だけは好きだった。そして海を愛しているといっても過言でない。人間は嫌いだけど海は別だった。海はクールで落ち着いていて愚かな人間を殺してくれるし恵んでもくれるから。白い砂浜、群青色の澄んだ海。砂浜で靴に砂が入るけど気にならなかった。青く澄んで遠くまで見渡せないくらい広い海。僕はじっ……と佇む。
「良い気持ち」
海風も潮の香りが素敵だ。暑いのにさわやかな空、海、風、純白の砂浜。
「ここに住むのも悪くないな」
噂話や人々の密接な関係には閉口するけど。まあ、海さえあれば耐えれるか。都会も田舎も皆、くだらないし。――ただ、優しく朗らかな祖父母は僕でも好きだ。両親と大違い。ってか、母さんがあの祖父母に生まれた自体、奇跡的かも。母さんは田舎が大嫌いで方言は京都や大阪以外、忌み嫌っている。
絶対にあの祖父母を上京させまいとしてあれこれと気を揉む姿は醜かった。田舎は僕も大嫌いだが、祖父母だけは別、海の次に大好きだ。父方の祖父母はさっさと死ねって感じなのに。何だこの雲泥の差は。
くだらないことで気を揉むのはやめよ。とにかく海を楽しむんだ。僕はふと、横を振り返った。遥か彼方に微笑んでるらしき純白のワンピースを着た少女が。同い年そうで田舎にはありえないくらい垢抜けた美女って感じ。……ていうか、今時純白のワンピースかよ。……でも、あの子ならありだ。
―――僕と同じく田舎へ遊びに来てるの?
―――いいえ。ここが私のふるさとよ。
彼女は都会の雌豚共(めすぶたども)が喋る、幼稚で馬鹿っぽい言葉遣いじゃなかった。そこが僕の心に何かを訴えた。そう、何かを。
―――僕は直。
―――よろしくね。……ごめんなさい、また後でね。
と言って彼女の姿がだんだん見えなくなっていった。でも、どうして彼女は、もっと近くに寄らないのか。疑問はあったけど物騒な時代だから仕方ないか、と僕は少し落胆した。他人を簡単に信じない僕があの子をあっさりと信じかけてることに気付いて。
「馬鹿馬鹿しい……。」
なんとなく胸が痛んだ。
おじいちゃんとおばあちゃんの家は純日本家屋だ。もともと僕は洋風より和風が大好きだから、両親が離婚しても母親についていく気でいる。父親はどーでも良いって感じ。高校卒業後、ここに移住しよ。ヒステリックで傲慢な卑しい雌豚――母さんは嫌がるだろうが、僕の人生だから文句は言わせない。地域の過疎化にも貢献するし。母さんみたいのが日本をだめにするんだ、と恥ずかしくなった。ちなみに今、縁側で西瓜(すいか)を食べてる。スーパーより美味すぎる。
おじいちゃんとおばあちゃん二人は近所で死んだ僕と同い年の女の子の話をしていて、海辺のあの子を思い出した。……あの子はもしかして死んだ子も海が好きで弔いに来てたのだろうか。だとしたら今時珍しい子だ。僕は昔気質(むかしかたぎ)の人間だから、こうみえても。
「おばあちゃん、僕、海に行くね」
「……えっ、ああ……そうかい……海へは泳がないでおくれ」
「どうして? ああ、……海水パンツ、忘れたからか……」
おばあちゃん達は口ごもったままだった。仕方ない。忘れた僕が悪いんだしね。家を出て海に通じる小道を歩く。舗装されておらず、逆に癒されるなあ。ふと、近所で死んだ女の子がどうして死んだのか気になった。どうせ赤の他人で自分とは縁のゆかりもないんだ。気にすることないか。――しかし、何でおばあちゃんたちは海に行くことを喜ばなかったんだろ。
―――こんにちわ。
海が見えたころ、すれ違いざまに優しげでおおらかな漁業を営む田舎者の姿した近所のおばあさんが挨拶した。僕も一応挨拶する。田舎は案外フレンドリーだから、悪い面も歩けど嫌いになりきれてない僕。案の定、おばあさんは世間話を始めた。
「海へ行ってもいいけど泳がんほうがいい」
「……どうして、ですか?」
「……ああ。直くんは知らなかったねぇ」
近所で亜里沙という女の子が海で溺れ死んだそうだ。それは事故で仕方ない。海はそういう面もあるんだ。大して怖くなかった。――おばあさんは言うに、この地方では海の溺死者が出た場合、弔いのために泳がない決まりなんだと。泳いでしまうと溺死者が侮辱したと怒り狂うと。天罰が下ると。本当はあんまり海へ行かないほうが安らかに旅立つんだと。僕は迷信が嫌いじゃないので。
「泳ぎませんよ、水着ありませんし」
「そうかい、そうかい。気をつけるんだよ」
そう言っておばあさんはどこかへ行った。それでも、僕は海が好きだったので白い砂浜の待つ海に着いた。……と、またあの純白のワンピースの少女がいた。あの子も迷信を知ってるはずなのに。しかも、また遠くにいるし。そんなに僕が信用できないのか?
―――ねえ、何してるの?
―――海を見ているのよ。
―――奇遇だ。僕は海が大好きだ。
―――素敵ね。あたしもよ。
―――へえ、そうなんだ。……そういえば、名前は?
彼女めがけて大声で質した。いったん黙ったあと、少女はやはり微笑んで。
―――亜里沙よ
立っているのが、やっとだった。
解説&挨拶。
初参加かつ割り込みみたいな形ですみません。澪(みお)と申します。
皆さん、よろしくお願いしますね。
ちなみに主人公はどうなったかは、皆さんのご想像にお任せしますね(殴
ぐだぐだでオチがバッレバレの稚拙な作ですが、もしよろしければ暇潰しに、と。
『白い残像』
目が覚めると、そこは僕の知らない風景だった。
白い霧が目の前を覆っており、よく目を凝らしたところで何物も見えない。ただ、そこには不思議な雰囲気と、どこか体が宇宙の彼方に浮かんでいるような感覚、あるいは錯覚に陥っていた。
まもなくして、体が無意識の内に動いていることを知る。とはいっても、過剰な動きはせずにゆっくりと手が白い霧の中を掻き分けていた。両手で、その先は何も見えないというのに、無意識の内に手を動かしているように。体験したことこそないが、まるで自らが幽体離脱したかのように、別次元を浮遊しているような気分なのだ。
どこにいるのだろう、と考えてみれば、思い当たることがある。この感覚は、前にもどこかで味わったような、そんな気がした。それはいつの頃だったかといえば、よく思い出せない。
と、そこでこれは夢なのだと分かった。現実では有り得ない、とそういう風に頭が"断定した"からだ。
しかし、おかしなものだと思った。
いつもの夢ならば、僕は夢の中で考えることが出来ない。ついでにいうと、夢の内容を忘れてしまう。どこかで体験したような出来事を、夢は勝手に写してくれるだけで、覚えているも何も脳にインプットされているものを映し出しているに過ぎないのだから、元々記憶のどこかに欠片があるのだ。
だが、今回は違う。夢の中で考え事が出来ている。この状況が、どことなく理解出来ているのだ。そう、先ほどこれは夢だと断定できたように。
そんな出来事は、初めてのことだった。今まで15年間ほども生きてきたというのに、今まで一度も味わったことのない不思議な体験がまさに今起きているのだ。
もしかして、これが現実だとすれば、一体自分は何をしているのだろうか。そして、この白い霧は一体何なのだと考えた。
もうすぐ高校生になる自分。しかし、白い霧の中に囲まれた自分が今ここにいる。そして、手でそれを必死に掻き分けていた。
そんな中で、思い返したのはある出来事。
目の前には優しそうな笑みを浮かべる女性がいる。僕を見つめて、手を差し伸ばし、僕はそれを握り締める。そして、歩き出すのだ。
まるで夢のような、そんな感覚を僕は覚えていた。確かに記憶の片隅として存在しているのだ。しかし、白い霧は未だに眼前に広がっている。
そうだ、そうだった。僕は、幼い頃に母親がいたのだと今更思い返す。優しそうな笑みを浮かべて、そっと僕に笑いかけるその女性は、僕の母親だったのだ。
けれど、あぁ、そうか。父さんもいたんだった。母さんは、そこにはいたのか、いないのか。そんなことは忘れてしまったけど、どうしてか覚えているのは母さんの残像だけ。白い霧は眼前で大きく広がりを見せている。何度もそれを掻き分ける、掻き分ける――が、何も変わらない。霧は更に広がりを見せていく。
「これは、何だ」
白い残像が眼に映る。それは何の光景か、白い霧の中に薄っすらと見えた妊婦の姿。あぁ、あれは僕の母親なのだろうか。そして、あの腹の中にいるのは僕なのだろうか。違うような気がしてきた。あれは、僕の母親であって僕ではない。
不思議と見つめる僕は、誰に何を気兼ねすることもなく、その妊婦の方へと歩み寄る。だんだんと感覚が近づいてくる気がした。足で地面を踏むにも力が入る。僕は、ゆっくりとその残像へと近づいていた。
そこに映るのは、僕の父親。嬉しそうな笑顔を浮かべて、妊婦の腹を擦っている。それは僕なのか、否か。分からないが、ただそれは僕の父さんなのではないかという確信のない不安が過ぎていく。どれだけ速く歩いても、そこには辿り着けない。その不安が加速していく。
何だ、この違和感は。気付いた時には、僕はその白い残像の正体がどことなく分かっているような気がした。ただ一つ、この残像が見せてくれたものは、僕の母親は、僕の父親は――――
あぁ、父さん。嬉しそうな笑顔を浮かべて、"その女"の腹を擦っているけれど、それは本当に"僕"なのかい?
白い霧が消えていく。延々と続いた白昼夢がようやく終わりを迎えた。
父親はいない。僕にとって、親は母親だけだったんだよ。父さん、僕は、捨てられたのかい?
「どうなんだよ、父さん」
墓石を前にして、手を合わせた僕はそう呟く。父さんの記憶はまるでない。ただ、事実として僕の父さんだったということの話。ただそれだけのことで、それ以上でも以下でもなかった。
覚えのない、妄想の記憶。奥底にあるはずだと思わなければ、どうにもならないものがある。母さんは今頃、向こうで元気にしているだろうか。
今度こそ、母さんと元気に仲良くやっているだろうか。
「良かったね、母さん。大丈夫だよ、ちゃんと復讐を果たしたら、今度こそ、次こそは――家族みんなで暮らそう」
ここに父親はいない。いるのは、死んでしまった僕の母親と、生まれるはずだった大切な命。それは、一番身近な男に奪われた命だった。
僕は既に、何者でもない。ただ、目の前を過ぎる白い残像を生気のない瞳で後を追う。
血のついたナイフが、僕の懐から姿を見せていた。
【END】
~あとがき~
前回に引き続いて、今回も参加させていただきましたっ。
テスト勉強合間にやっちまった……。ごめんなさい、無性に何か書きたくなる時ってあるんですよね……。やっちゃいけないって分かっていても書きたくなっちゃうっていう……。
白、あんまり関係ないやんって思いますよね、ぶっちゃけ書き終わった後勢いでこんなことになって後悔してます、すみません……。
何となく、白い残像の正体が分かったかなぁ……と思いますが、人それぞれによってまた残像の正体は異なるような気がしないでもないです;
とにかく、主人公どうしてこうなった、みたいなのが書きたかったので……反省してます、すみませんっ。
長文、失礼いたしましたっ。
~~失って気付く事~~
どれだけ膨大な知識を詰め込もうが、俺には全く意味がない。
どれだけ素晴らしい恋愛を摘もうが、俺には一切響かない。
俺には記憶が無い、感情が無い。あるのは記録だけ。
目の前で起きたことをただ日記のようにし、頭の中に刻み込むだけ。
刻んだ事は忘れないが、その記録を頼りに人とコミュニケーションをとっても、
こんなの対話を可能にしたロボットと変わりはしない。
俺の頭はあの日から今日までの全てのシーンが刻み込まれてる。
それでも俺の頭は空っぽ。どれだけ脳に景色を刻み込もうが俺の心は微動だにしない。
俺の頭も・・・・・・心も・・・・・・・身体もすべて・・・・・・・
真っ白だ
――――――――――――――――――――
超記憶症候群。医者やどこかの研究員のやつらを俺の『これ』をそう呼んでいた。
日常のありとあらゆる出来事を1秒も漏らさず記憶してしまう症状。
似たのでサヴァン症候群もあるが、これは有る一つの分野で発揮する限定的な症状。
これにかかると脳内が記憶でひしめき合い、結果俺は同時に感情鈍麻にもかかった。
だが俺はそんなことしったこっちゃない。感情が無いんだ。
辞書で読んだツライとかカナシイなんて感情は一切湧いてこない。
これはいわゆるラクと言うやつか、それともムナシイと言うやつか。人間の感情というのは難しいな。
そんな俺でも今少し世間一般的に言うコマッテルことがある。
おそらくこの状況はそれに当てはまると思う。それは・・・・・・・・
「おい!涼真。何時まで呆っとしてんだよ!早く学校に行くぞ」
俺の名を呼び、凄い勢いで腕をつかみ引きずる様にして俺を運ぶこの女の名前は・・・・・確か・・・・・
「ああ、そうだ。美雪・・・・・という名前だったな」
「いい加減幼馴染の名前ぐらい覚えろ!」
「莫大な名称から、お前の顔と一致した名を探し当てるのはクロウするんだぞ?」
「一生そうやって名前当てゲームでもしてろ」
美雪は口角を上げ、そう言葉を返してくる。
俺がこの症状になってからというもの、今まで俺と関わってきた奴等の対応は明らかに違うものになった。
だがこの幼馴染、美雪は、今までも変わらずに俺に話しかけてくる。そしてこれも
「どうでもいいが、人の腕を直ぐ引っ張る癖直せ」
俺は美雪の腕を振り払い先に歩き始める。それに合わせ美雪を速度を合わせて顔を覗き込んできた。
「照れてるのか?可愛いやつだのぉ~~~」
―ボカッ!―
「いっ~~~~た~~~~!!か弱い女の子をグーで殴る!?」
「ウルサイ。以前の俺ならそう言ってお前を殴ってたと思ってな。同じ事してみただけだ」
「以前も今も同じ俺でしょーーーー!!って待てーーーーー!!」
美雪の腕を引っ張る癖。これは俺が幼少のころからずっと変わらない。
こうなるまではもうなんとも思って無かったが、何も感じなくなった今になって
この癖が俺の中で妙な感覚となって襲ってくるようになった。
この感覚が一体なんなのかよく分からない。ウレシイのかハズカシイのかイヤなのか。
何も感じない俺が唯一感じる美雪の癖。これが一体何なのか分かれば、感情も蘇る日が来るのかもしれないが、
掴まれると無性に引き剥がしたくなるから、もしかしたら知るのがコワイのかもしれないな。
―キキィーーーー!!ズカンッ!!!―
感情が蘇っても前と同じ生活を続けることなんて出来ないだろう。
周りからの視線が耐えられなくなる日が必ずくる。
前の俺はそういうことには特に敏感に感じていたような気がしたんだ。
―ワイワイガヤガヤ!―
もしかしたら俺は今心の奥で、この状態でいることに喜んでいるのかもしれない。
だからそれを思い出させるかもしれない可能性を持つ、美雪の癖は俺のコマリの対象なんだ。
「・・・・・ぁんた」
だからと言って美雪自身がコマルというわけではないと思う。
美雪と話しているだけではあの妙な感覚は襲ってこないのだから。
どうにかして美雪にあの癖だけは直させるようにしなければ。さて、どうすればいいものか・・・・・・
「おいあんた○○高校の生徒だろ!?」
「ん?そうだが」
良い策はないかと考えていると、急に後ろから男性に話しかけられた。
さて、この男性は今まで会ったことのない男性だな。
それに服装から高校は分かるとして、どうしてその名で俺を呼び止めたんだ?
「あんたと同じ制服の生徒が今車に轢かれたぞ!!気付かなかったのか!?」
ああ、先ほどの大きな音はその音だったのか。
そんで男の背後に出来ている人だかりはその野次馬か。ふ~~~~。
「興味ない。俺が残る意味が分からないからな」
俺はとっとと学校に行かなくてはならないんだ。何時までも立ち止まってると
美雪はまた怒鳴られて腕を引かれる。出来ることならそれはコワイからな。
ん?そういや美雪はどこいった?さっきまで俺の後ろを歩いていたと思ったんだが・・・・・・。
そんな事を考えてると、男性が俺の心を読んだのかその答えを返してくれた。
それもとても分かりやすく。
「分からないって・・・・・・あんたさっきまであの子と話してたじゃないか。
一緒に通学してたんじゃないのか!!?」
「!!?」
俺は急いでその野次馬を掻きわけて群衆が見つめる者が目に飛び込んできた。
顔を赤くさせ、足元をふらつかせ、呂律の回らない口調で怒鳴り散らす、明らかな酔っ払いのじじぃ。
その傍で横たわる血塗れの美雪。
「・・・・・・・・・」
ああ、やっぱりな。
こんな光景を見ても俺の心は何も動かない。
―――――――――――――――――――
あれから幾日もたった。
美雪の葬式はあったが、それ以外はなんら変わらない日常。
俺は普段通りの生活に戻る・・・・・・はずだった。
「・・・・・・・・・」
何だ?この胸の絞めつけけられる感覚は。
何だ?この頬を伝う涙は。
そうか。もしかしたらこれが悲しいというやつなのか。
あいつが死んで悲しくて、腕を引っ張るあいつを見る事が出来なくて虚しくて。
あいつと一緒に学校に行く事が出来なくなるのが寂しいんだ
あいつの屈託ない笑顔がもう見れないと思うと辛いんだ。
これが感情だ。これが俺が失っていたものだったんだ。けど、やっぱ思った通りだ。
感情なんて無いままの方が良かったんだ。こんな思いをするぐらいなら無いままの方が良かった。
――――――――――――――――――――
今はもうどんな些細なことでも敏感に反応する。
友達の一緒に笑いあう事も、どんなベタベタ恋愛を摘んでも心を躍らせる事が出来る。
ロボットのような対応ではなく一人の人として、人々と接していくこと出来る。
それでも俺の心は空っぽで・・・・・・・俺の身体は何かを欲して・・・・・
俺の頭は前から変わらず・・・・・・真っ白なままなんだ。
~~あとがき~~
久しぶりの投稿になりました。
最近はリアルが忙しくて、自分の作品で手一杯って感じで全くこっちに来る事が出来ませんでした。
今回は今までほとんどやったことない主人公目線でのナレーションだったので、
若干微妙な言い回しとかになってしまったかもしれせん。
それでも、読んで下されば光栄です。
短すぎる短編。
【彼女のシロい、】
近所に巷で有名な子供がいる。
彼女はいつも何かしら動物を飼っていて、毎日同じ道を散歩していた。
それは犬、猫、兎、亀、鳥……など、何でも散歩させるが好きな女の子。
今日は、一体どんな動物を連れてここへやってくるのだろう。
私は内心期待しながら、公園のベンチに座っていた。
そうして朝方の綺麗な太陽が、昇ってきた頃。
彼女はゆっくりと歩きながら、公園に入ってきた。
(……?)
彼女が連れていたのは、蝶だった。
黒くて小さな蝶の胴に、細い糸が巻きついている。
今にも逃げ出しそうなそれは、ぱたぱたと力なく羽を動かしていた。
私は思わず驚いて、立ち上がった。
「ねぇ……いつも変わった散歩、してるんだね」
「……」
「それ、か……可愛いね」
何を言っても、彼女は反応しそうにない。
仕方がない。私は少しだけ息を吐いた。
「その子……名前なんて言うの?」
少女はやっと、上を見上げる。
彼女は、口を開いた。
「……シロ」
そう、言葉を紡ぐ。
シロ、というのが蝶の名前だと言う。
全体的に真っ黒で、小さく黄色の斑点のある蝶。
それなのに、何故“シロ”と名づけたのだろう?
「シロ……? クロじゃ、なくて?」
「……シロ」
「……どうして?」
この子が他の子供と異なる事くらい分かっていた。
だってそう、無邪気に遊ぶ姿も見た事ない。
ただ動物を連れて歩く姿しか、彼女の印象がない。
根本的に、彼女は子供とは外れている。
彼女は、揺れ動く蝶を見つめて。
「まっしろ、だから」
そう言った。
黒い蝶が、また揺れる。
糸に繋がれたそれが、羽を一生懸命動かして。
「え……?」
「……」
「……」
彼女は歩き出した。
たまに何かにつまずいて、それでもまた。
毎日毎日、同じ道を歩いて。
私はぽかんとしたままそこを動けなかったが、
朝の冷たい風が頬に当たって、ようやくベンチに腰をかけた。
向こうで、黒い蝶に繋いだ糸を掴んで歩く少女の姿が見える。
「ああ……そういう事か」
私は少しだけ息を吐く。
そして彼女に繋がれた黒い蝶の姿を思い出した。
そう、確かにあれは――――――――――真っ白だった。
後に、町の人から聞いた。
彼女の飼う動物には全て、シロと名づけられていた事を。
【あとがき】
短編っていうか短すぎる。
久しぶりに参加させて貰いました、瑚雲です。
皆さんは、意味をお分かり頂けたでしょうか?
でも少し分かり辛かったかもしれませんね……もっと勉強したいです。
今回はきちんと投票するつもりです!
皆さん素敵すぎてなかなか甲乙つけられないのですが……;;←
どうも、書き述べるです。
この大会に投稿するの、何ヶ月ぶりか。。。。いや一年以上経ってしまってたでしょうか。
本編の続きが全然思い浮かばず、漫然と雑談スレ見てたら、俄かにここに投稿したくなってしまい。。。。
テーマが抽象的だったので、頭の固いわたくしめは、直球勝負で書いてみました(笑)
~ベンチウォーマー~
等間隔に24列の直線状の塹壕が掘られた空間で、右端の塹壕を割り当てられた彼が薄暗い地下から天を仰いだ。狭い塹壕から覗く細長い空は赤茶けていて、数条の濃い茶色の筋雲がその空を横切っていた。
空はどんなに時間がたっても、その姿を変えることはない。だから、空高く掲げられた巨大な時計を見ないかぎり、時の流れを知るすべはなかった。
時間は午後7時50分。そろそろ塹壕に、弧を描いて天より堕ちてくる迫撃砲の防御のための蓋がかぶせられるころだった。
右端の彼が深くため息をついた。
出撃を待ちわびている右端の彼は、再び連続待機日数の記録を更新していた。
戦場は血を血で洗う修羅場と化し、みだりに塹壕から頭を出してはいけないとの指示が出ていた。だが、耳を弄す爆音や人の名前を叫ぶ怒号が飛び交う中、左隣やそのまた隣の友軍が威勢のいい叫び声をあげて飛び出していくの耳にするたびに、右端の彼の焦燥は募っていった。
出撃するたびに彼の仲間は生死の境をさまよいつつもこの塹壕に帰還してきていたのだが、中には出て行ったまま帰って来なかった奴もいた。右端の彼が知る限りでは、帰らぬ身となったものは2名。残された塹壕には人員が補充されることもなく、おびただしい量の粉塵が空洞を占拠していた。
地鳴りのような金属のきしむ音が24本の塹壕に響き渡る。蓋がかぶせられる時刻だ。
金属製のふたは、気の利いた塗装もなく、くすんだ灰色の地のあちこちに汚れが染み付いた年季ものだった。蓋が塹壕を覆い尽くすと、殆ど顔も見たことのない仲間同士で最小限の会話が交わされた。最初はみなじっと押し黙ったまま蓋が開くのを待っていたのだが、数日たったある日、誰ともなく愚痴や不安をこぼし始め、今となっては、蓋が閉められたあとの日課となっていた。
仲間の話では戦地は日増しに混乱が深刻になっているとのことだった。戦場に赴いた仲間は、意味のない突撃を繰り返させられ、激しく消耗していた。どの仲間も初めて出撃したときは、縦横無尽に戦場を駆け回った興奮さめやらず、夜遅くまでうっとうしいくらいに武勇伝を語っていたが、一月(ひとつき)もしないうちに勇気は恐怖へと変わり、右端の彼を除く23名の精鋭の精神を蝕んでいった。亡くなった2名は特に出撃の頻度が高く、一人は爆撃の衝撃波による頭蓋骨陥没、もうひとりは背骨がへし折れ、ともに即死だったという。
出撃経験のない右端の彼は、仲間達のおぞましい話を何度聞いてもそれが自分に降りかかってくるとは到底思えなかった。自分に限ってそんなへまはしない。戦場で目覚しい殊勲をあげ、表彰される。筋金入りの自信家の彼はそんな自分をいつも思い描いていた。
だが、まるで総司令部が彼の存在を知らないかのように、連日彼以外の仲間ばかりが出撃を命じられていた。
何処に問題があるのか、彼は総司令部に直談判を試みようとしたが、隣とまた隣の仲間達に強くとめられた。
戦場を目の当たりにした彼らも、自分達が指揮官であっても、その判断は覆ることはないだろう、と。
右端の彼は塹壕の壁越しに彼らにその理由を聞いた。お互い殆ど顔も知らないのに、どうしてそんなことが言えるのか。
彼らは答えた――。
あんたを一目見ればわかる。
戦場は白い。
キャンバスは白いのだ。
だからあんたは出撃できないのだ。
金属ケースの右端にはまっていた白い色鉛筆の彼は、返す言葉を無くしていた・・・・・・。
~『ベンチウォーマー』完~
くそまじめに書いたのですが、、、何でこうなるんでしょうかねぇ。。。。(溜息)
特によく使われ、天に召された2つの色って、何色だったんでしょうねぇ。筆者も存ぜぬところであります。。。。(ぉぃ)
じゃっ!
「白の世界で」
何も見えない。
本来なら、周り一面に何もかもを覆い尽くす白の世界が広がっているはずなのだが。
あいにくの猛吹雪で視界は最悪だ。
天候は入念にチェックした。
今日は吹雪くことはないと確信をもたないと、俺達登山家は山登りはしない。
俺も素人じゃないから、天候の調査なんて基本的なことを欠かすことは……
「ははっ、何を言っても言いわけだな。万全に万全を期したつもりでも、世界は常にそれを一笑する権利を持ってる」
涙が出てくる。
流れた涙は、すぐに外気で凍りついた。
登山家と名乗って10年近く。
制覇した山岳の数は、もう数えるのもためらわれるほどさ。
その俺が偉大なる自然の気紛れに嘲笑されている。
何千と体験し、知識を積んで調子に乗っていたのか。
そんな練達した戦士を神は、自然に唾吐く目障りな野郎とでも見たわけだ。
畜生。
腹が立つぜ。
登れない山なんてないとか、思い込んでいた俺自身に。
家族に“雪山は良いぜ、何せ俗世の詰らない色がない”とか格好つけていた俺を。
そんなこと言ってたせいで、家族を手放した。
それでも登りたい挑戦し続けたい、気概に溢れていた過去は遠くに過ぎて。
今や俺は、つまらない名誉欲に突き動かされ山を登る屑だ。
「畜生。こんなところで1人で死ぬのか俺は? 破れるのか……もう、駄目だ。足に力がはいらねぇ」
俺は横たわった。
さしたる音もなく、倒れ込む。
たとえ盛大に雪に突っ込んだとしても、凄まじい暴風の音で何もかもかき消されただろう。
10分以上前から体の感覚が失われてきて、今は柔らかいパウダースノーの絨毯に倒れこんでて。
横を見れば雪の壁が棺桶みたいだ。
「奇麗だなぁ」
あぁ、もう何もかもどうでも良い。
俺は十分頑張った。
世界に勝った気でいた俺は、結局ただの勘違い野郎だったようだ。
自然様が本気になっていない安全な時に、彼等に喧嘩を売って勝った気になってただけ。
本当は彼等が俺なんてちっぽけな奴を相手にしていないって、全然気付いてなかったわけさ。
「可笑しいな。吹雪いてるはずなのに、何で世界が白く見えるんだ?」
訝しむ俺。
すぐに理解した。
あぁ、これが俺にとっての三途の川か。
最後に山の壮大さ、凄まじさを理解して思い出したわけだ。
俺自身山を神格化していた過去があったってこと。
怪物だと思っていたからこそ、挑み続けた過去があったってことを。
多くの化物達を踏破して、久しく忘れていたあの感覚。
何もかもを忘れて、心も感情も忘却の彼方へ追いやって、ただひたすら登り続けたあの過去。
「うっうおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 負けられねぇ! こんなところで負けてたまるかよ、人間なめんな!」
力を振り絞って立ち上がる。
吹雪の中に、叫び声は消えていく。
だが、俺の挑むという意思は消えない。
どんなに準備をしても、山の移ろいやすい環境はその上を軽々と通過して行くんだ。
今までは運が良かっただけ。
不測の事態に備えた道具や知識が役に立たなかった時は、最後は結局体力と根性の勝負さ。
「行くぞ。足を進めろ」
さぁ、行くぞ。
吹雪き唸る雪山よ。
俺は久しぶりに最高の気分だぜ。
________あとがき
うわぁ、大切な描写根こそぎ必要でも何でもない描写に使ってるよ。
つーか、何で体の感覚とかないのに動けるんだよとか、吹雪いていても白い世とか突っ込みどころ満載(汗
何これ酷い(涙
久々の短編、ここまでひどいと涙が出ますね。
【il teint blanc entrains.】
私から希望が消え去った時、何が残るのか分かりやしない。貴方はいつも笑顔で私を見ているけれど、それは哀れみなのかと、最近思い始めた。
いつか、終わると思っていて辛くても唇を噛み締めて耐えて来た苦しみも、今では結末を知っているせいか、何だかあまり苦しくなくなってきた。
それは異常なのかもしれないけれど、私にとっては普通と呼べるものだ。
「やぁ、調子はどう?」
「いつも通り、最悪よ」
「…そうか、なら大丈夫」
「あら、酷い事言うのね」
「はは、君の最悪は最高だから」
「良く分かってる」
「ああ、そうだった、今日は君に話した…」
「ねえ……、アンドレ。私ね、白が嫌いなの」
「…いきなりどうしたんだ?」
「白って、何も無いみたいで嫌いだわ。何も無いって事は、生きてない事と一緒じゃない。そんなの、私は嫌だわ。けれど、白は綺麗よね。薔薇だって、スノーフレークだって、とても綺麗だと思う。華は好きだもの。あと…雪も好きだわ。何だか儚い気もするけれど、ちゃんと街を美しくしてくれる」
「確かに、そうかもしれない。それでキアラ、話を聞いてく…」
「それに、白は自由で良いわよね。私はもう動けないし、長く生きられない。嫌になるわ、まだ死にたくないの、やりたい事がいっぱいあるのよ」
「………キアラ…」
「けれどね、私が死ぬのはしょうがないと思う。だって、それが私の人生なんだから。…運命に抗うなんて、神様に悪いもの。神様だって私の事を考えてくれた上でちゃんと運命を決めてくれるんだから」
「……キ…アラ…君は」
「ええ、知ってるわ。全部知ってる。身体はもう動かない事も、長く生きられない事も知ってる。…貴方も知ってるでしょう?私の運命なんて決まってるのよ。だからね、今の内に色々と話しておきたいわ。今まで言えなかった事も、全部、ね」
少し喋り過ぎちゃったかもしれない。でもこれでいいと思う。全部言えたから、全部伝えられたから。
貴方には、辛い思いをさせてしまった。けれど、これも運命なんだ。全てが神様によって決まってる。辛くたってそれを辿るのが生まれてきた私の義務なんだ。
私には、長い時間は残されていないけど、最期くらい幸せに生きようと思う。
愛しい貴方と共に時間を過ごして、精いっぱいの好きをあげたい。今まで貴方に対して考えた事を、短い時間で話したい。
希望はもう無いと思うけど、幸せなら遅くない。
ふと、窓を見れば、そこには銀景色が広がっていた。白は嫌いだけれど、とても愛おしい。貴方と私でこの街を歩いて行ければ良かったなあと今更考えた。
意識が自然と遠のいて、何も聞こえないし見えない。だけど、少しだけ貴方の声が響いた気がした。最期に貴方の声を聞けた私は、何て幸せ者なんだろう。
第九回大会 エントリー作品一覧
No1 玖龍様作 「神童」 >>426
No2 白雲ひつじ様作 「課題は自分でやりましょう」 >>427
No3 碧様作 「答案用紙に色がついた時」 >>428
No4 Lithics様作 「奇想『日傘を差す女』」 >>430-432
No5 澪様作 「純白のワンピースの少女」 >>436
No6 遮犬様作 「白い残像」 >>437
No7 アビス様作 「失って気付く事」 >>438
No8 瑚雲様作 「彼女のシロい、」 >>439
No9 書き述べる様作 「ベンチウォーマー」 >>440
No10 風死様作 「白の世界で」 >>441
No11 雄蘭【ゆうらん】様作 「il teint blanc entrains.」 >>443
以上、全十一作品エントリーです!
早速風死さんがまずは投票するぜ!
No4とNo6、No1の順で好きです^^
こんばんは~
じゃ、さっそく投票致しますね。
1. No8 瑚雲様作 「彼女のシロい、」
2. No5 澪様作 「純白のワンピースの少女」
3. No2 白雲ひつじ様作 「課題は自分でやりましょう」
こんなかんじですねぇ。
順位は投票に特に関係ないんだろうけど、、、勝手につけました。
どの作品も雰囲気が良かったです。
じゃ、失礼しました。
No9 書き述べる様作 「ベンチウォーマー」 >>440
No6 遮犬様作 「白い残像」 >>437
No8 瑚雲様作 「彼女のシロい、」 >>439
の順です。
私はNo1をお願いします^^
なんというか……綺麗で繊細な描写に物凄く惹かれました。
こういう描写はとても羨ましいです……!
こんばんは。
風死さん、リストアップや集計お疲れ様です!
早速、投票させて頂きます。
No.5、No.9、No.10
この三つで宜しくお願いします。
特にNo.9の書き述べる様の作品は、最初から何となくオチを予想させつつ、緊張した雰囲気をかもし出せるのが凄いなと思いました。とても面白かったです!
集計お疲れ様です!
No6、No10、No5様に投票させてください。
どの作品も違った「白」が際立っていて素敵でしたー!
第九回大会「白」 結果発表
1位 澪様作「純白のワンピースの少女」遮犬様作「白い残像」同率
2位 玖龍様作「神童」瑚雲様作「彼女のシロい、」書き述べる様作「ベンチウォーマー」風死作「白の世界で」同率
3位 白雲ひつじ様作「課題は自分でやりましょう」
同率票が多いですね(汗
投票者が少ないから仕方ないのかもですが……
十回目もやるつもりなので、今回エントリーした方は是非とも次回もお願いしたいです。
今回も集計お疲れ様です!
毎度ながら恐縮極まりないです。
次は【罪】ですか……!
凄いお題ですね。……うっわどうしよう(泣)
考えるのも楽しそうで、嬉しいです。
では、出来たら投稿させてもらいますね!
【イカレタ正義と、 本当の罪】
__彼女は、紅い腰までの髪を振り乱し、黒い目をしていた。血痕が綺麗に見えるほどの純白のワンピースを纏うその姿は、まるで堕天使のようだった。これは、可笑しくて賢くて、悪者であり善者である、そんな彼女の矛盾した夢だけでつくられた物語である。
最初にいっておこう。彼女は、悪ではないが、正義でもない。そして、彼女の“正義”に騙されてはいけない。
私は、……正義だ。世界一の正義だ。
悪い奴を殺さないで、話し合いで平和に解決?ふざけないで。悪い奴は即座に殺れ。それが一番いい解決方法。
私の前にいる血濡れた男。お前は死んでしまったけど、それは誰が悪い?それは、お前だ。お前が悪くなければ殺されなかったの。
本当に、可哀想だな、お前は。だけど、地獄はお前には楽しいものだろ?
人を、【奴隷】と称して毎日毎日苛め続けた悪党め。地獄で叫び続けている奴らをみてお前は笑い、そして新しく入ってきた悪人にまた笑われろ。
「苦しめ、苦しめ。法に触る悪党よ」
法に触る奴を殺した私は罪人。私が殺した奴はこいつだけじゃあない。他にもたくさんいるだろう、私には数えきれないけれど。
だけど、私は自分が悪くないと信じている。私は悪くない。悪いのは、こいつら。私に殺す動機を作らせた奴ら。
ーーイカレテイル。
そうよ、そうよ。なんとでもイエ。私は、悪党。私は、鬼。人を包丁で殺す悪魔。
このもう赤黒さが取れない包丁は、私の相棒。私の正義を信じてくれたたった一人……いや、たった一丁の。
私は一生警察に捕まらない。だって、警察に捕まる理由がないもの。でも、彼らは私を追いかける。いくら追いかけても私は逃げる。いえ、逃げないわ。でも、捕まらない。ではどうやって?そんなの簡単よ。
私が消えればいいわ。
でも、本当に消えていいのかしら?私が殺してきたたくさんの人々。
それは悪党、罪人だった。いいところなんて、一つもなかったわ。だから、今私が消えたなら、悪党は増え続けるわ。
そんなの、許せない。そんなの、正義に反するわ。悪くない私が消えるのもおかしいわ。
なら、私は消えない。どうやればいいのかしら?
その答えは簡単よ。
ほら、後ろから警察が迫ってきてるわ。
さぁ、今が終わりの時よ。
私は追いかけてきた奴らに向って包丁を向けた。
「なんだ、こいつ! イカれてるぞ!!」
イカレテル?失礼な。なんと無礼な奴なのかしら。大人のくせに、大人げない。そんな奴は生きている価値はないわね。
なら、私はあなたを殺せるわ。
「You are a villain (あなたは悪党ね)」
私の前には血濡れた男。まぁ、可哀想に。
貴方はどんな悪いことをしたのかしら?それを知っているのは私と、正義の神様ね。
「Then, eternai life of evil(では、永遠の悪人を)」
そうして、終わるわ。
だけど、今日は終わらなかったみたいね。
パーン!!
恐ろしい破裂音がしたかと思えば、私の胸を弾丸が貫いた。
私の胸から鮮血が飛び散る。
「お前は悪魔だ。 俺が……正義だ」
後ろからは聞き慣れない男の声がした。
そうなのね、私は悪魔なのね。なら、生きている価値なんてないじゃない。なら、殺せるじゃない。
ーーでも、痛いわね。
こんなに辛いものだとは。
感じたことがない痛み。だけど、それとは関係ない痛みが私の心を貫いた。
私のやったこと、なにも意味がないじゃない。
私を撃ったあの男。あの一言しか言わなかったけど、全てが私には理解できたわ。
〈私は、この世には要らない〉
私の視界が曇る。やぁねぇ、これじゃ悲劇のヒロインじゃないの。
私は必要のない罪人だけれど、私は悲劇のヒロインじゃないわ。
ヒーローよ、この世界に生まれた一人目の。
「はっ、イかれた女だな、こいつは」
薄れゆく意識の中、あの男は呟いた。
イカレテイル?失礼な。これは正義なのよ。
_ 赤黒い血と透明の涙がまざり、私にはとてもステキに見えたわ。
これは、正義の結晶。
今まで色あせていた黒い空も明けた。
「俺は、正義だ」
そして、繰り返される。
永遠に、この輪廻は続く。
【END】
書き終えました! はい、おかしいです。
いみふめーです。わかってます((
罪とか、めっちゃ難しかったです……
私に、いい文章は無理、これ結末です。
【殺人と罪のシグナル】
ねぇ……
君は"殺人"のことをどう考える?
「ねぇ泉……」
僕は何時の答えは何時も
『分からない』だ
だから何時も
彼女に聞く
「何……?」
腰までのツヤツヤな黒髪に黒い瞳の少女
無口で何時も無愛想な少女は短く応える
背景には黒い点が見える
小さな点、それは僕達のいた国だ
「んと、ね……泉は、泉は"殺人"のことどう思ってる……?」
僕は彼女の威圧に少し怯えながらも聞く
「そうですね……別に何も」
彼女はそう短く答える
「へ? 何も?」
吃驚して彼女の方を向く
だって普通、殺人は怖い、とか汚れてる、とか狂ってる、とか思うはず
僕が唖然としているなか彼女は
「だって……殺人は罪深きモノだけれど……人は元々狂っているモノ……殺人をするかどうかなんて周りの環境次第、例え優しい優しい人でも……目の前でずっと信じていた人に置いていかれて裏切られれば狂う筈」
そう淡々と答える
彼女は小さいのに大人の考えをするときがある
今はそうなのか分からないが
「そ、そっか……」
「罪は罪……おとなしく償えば良い」
「でも君は……」
「そうですね……私の場合は例外です」
少し可笑しそうに言って僕の顔をみる
そして
さっきまで化け物の様に叫びもがいていた"モノ"に視線を移す
彼女の服は
まるで光輝くルビーの様に紅く染まっていた
彼女は紅い悪魔
悪魔の瞳に映るモノは
夕日で照らされた海の様に茜色に輝く血の海
そして黒い躯
「私のことを恐れるのなら恐れなさい……罵るなら気がすむまで罵りなさい」
彼女はそれだけ言い
茜色の海を歩いていった
小さな国から少し離れた場所にある草原
草原の草は赤く塗られ
地には沢山の黒いソレがありました
冷たい風が赤い赤い草を揺らす
黒いソレの中にポツンと
生きた少年が居りました
黒い髪は冷たい風に揺れ
頬には涙の跡がありました
そして彼の前には
彼と同色の髪と目した二人の人間が
未だに奇妙な声をあげ
喘いでいました
「………」
少年は目を閉じ
目の前の二つの黒いソレに
刀を突き刺しました
「ねぇ、お母さん」
緑生い茂る森の中に
丸太で作られた家がありました
同じく丸太で作られた椅子に座る少女は隣で本を読み聞かせていた女性に言いました
「何……?」
腰までのツヤツヤな黒髪に黒い瞳をしていて白いエプロンをつけている無愛想な女性が短く答えます
「お母さん、この本飽きたー」
小さな少女は頬を膨らませ、そう言います
「そうですね……では……砂漠の旅のお話をしましょうか……」
奥から黒髪の男性が歩いてきます
「ぁぁ、またアノときの話をしましょう」
「そういうの好きだね、君は」
彼の頬には黄土色の何かの跡
「はい……」
女性は本を閉じました
本の表紙には
紅い紅い血の海にいる
二人の少年少女の写真が張られていました
背表紙には
<罪深きセカイ>
と書かれていました
女性はその本を
大切そうに持ち
小さな本棚の奥にしまいました
居間にとある男性と女性がいました
隣の部屋には小さな少女がぐっすり眠っています
彼がふと言いました
「君は……罪のことをどう考える?」
女性は少しの間を空け
こう答えました
「答えは……永久に作られますよ」
(( 夕日に背く ))
昼休みのことだった。お弁当を食べ終えたところに、あの子がやって来た。
あの子が言うには「大事な話がある」とのこと。
教室では話せないからと言って、廊下の隅へと連れられた。
やけにそわそわしているあの子を見て、私は告白を受けるのでは?という
気色の悪い考えが頭の中を埋め尽くした。同性からの告白、私はどう断るべきか。
馬鹿げた独りの妄想はさておき、あの子の<大事な話>とはやはり<告白>であった。
もちろん私宛ではなく、私の幼馴染のあいつに向けての言葉だった。
私は困惑する。「どうしてあいつに直接言わないの」か。あの子はますます
頬を紅色に染めて「直接告げるのは恥ずかしい。彼に手紙を渡して欲しい」という旨を寄越した。
なるほど。あいつと私の仲だから、あいつとあの子が接触するよりかは楽に事が進むということ。
あの子が手にしている白い便箋を目にすると、どうしたことか、胸がひどく締め付けられた。
きっとその手紙の中には、「好き」や「付き合う」といった甘い単語がぎっしり詰まっているだろう。
それを思うと、一段と胸は痛み出す。
…あいつにこの手紙を渡したくない。素直にそう思うも言い出せない。
縋るようなあの子の視線に負けて、私はあいつに手紙を渡すという約束をしてしまった。
それからの授業は上の空。数学の公式などは、耳を右から左へとすり抜けてゆく。
私は教科書で隠すようにして、こっそり手紙を眺めた。
宛先にはあいつの名前が小さな丸い字で綴られている。
どう見ても、これはラブレター。あいつも隅に置けないやつだ。
子供の頃はやんちゃで、女子からは疎まれる性格だったのに
今となってはその明るさで女子を釘付けにしている。
改めて思い知る。私も釘付けになっている女子のうちの一人なんだと。
胸の痛みは増すばかりで、私は口元を微かに歪めた。
考え事をしていると、時間が経つのは早いもので。
ひとりきりの教室を夕日が橙色に染める中、私はあいつを呼び出した。
あの子に頼まれた、この白い手紙を渡すために。
あいつを呼び出したのは私なのに、来るな、来るなと教室のドアを睨みつけてしまう。
もしあいつが手紙に目を通して、表情に<嬉しさ>を表したのなら
私の胸の痛みは想像を絶するものに変わるだろう。
しかし、あいつがあの子の想いを受け入れなければ、あの子が傷ついてしまう。
そして私がうまく手配してくれなかったせいだと責め立ててくるかもしれない。
冷たい汗が流れた。
そして開くドア。あいつが何も知らない能天気な笑みをこちらへ向ける。
私は手に持っていた手紙を、思わず身体の後ろへ回す。
「何の用?」
あいつは教室のドアを閉めると、窓際に立つ私のもとへ歩いてくる。
距離が縮まっていくごとに、私の中で様々な感情が駆け巡る。
手紙を渡さなければ、けれど、あいつにあの子の想いを知られたくない。
あいつは私との間に机を一つ挟んで歩みを止めた。
私が返事をしないことに対して、不思議そうにこちらを見ている。
「あのね、」
私はついに要件を切り出す言葉を口にしてしまった。
しまった、どうしよう。言わなければならなくなってしまった。
胸が痛い、目尻が熱い。私は耐え切れず、目線を下に向ける。
「どうしたんだよ?…あ、まさか、俺に告白するつもりだったり?」
あいつのいつも通りの冗談。今はそんな軽口でさえも私を貫く攻撃の刃となる。
そう、告白。今からあいつに告白するんだ。あの子の代わりに、私が。
顔を上げる。あいつと視線が合う。夕日色になっている教室に目が眩む。
あぁ、きっとその色にやられたんだ。それで頭の判断も鈍くなってしまったに違いない。
私は後ろで手にしていた手紙を手放していた。
そうして、そのまま、あいつとの間にある机に身を乗り出して―…。
夕日の淡い光を、二人の黒い影で塞いでしまった。
――――
今回も参加させていただきます!わくわく(・∀・)
『名も無き罪』
「あんた、そんなことも知らないの? 馬鹿なのね。そんな無知を世間にさらすぐらいだったら、いっそ死んだほうが親孝行になるんじゃない?」
あたしは人の心をえぐるのが得意だった。嫌いな奴はとことんえぐる。えぐって、えぐって、えぐって、えぐって。あたしが正しい、あたしが正義だ、だからあたしの言うことを聞けと命令する。
あたしはそのころ、王国の女王だった。言う事を聞かないやつの心を折り、服従させる。それでも駄目だったら≪兵隊≫たちを使って肉体的にも追い詰める。そうするとたいていの奴は言う事を聞いた。教師でさえも、理事長や校長でさえも。それが中学2年生のころのあたしの日常。
「あたしのいうことが聞けないの? 絶対服従っていったでしょう」
両親の社会的地位は非常に高い。校長や理事長よりも高い。だから周りの人はみんなあたしのご機嫌取りをする。
忘れ物をしても「次、気をつけてくださいね。これを貸しましょう」。わがまま言ったら「わかりました、そうします」。あたしはその状況にひどく満足していた。
「なんだそれ。お前ら全員頭おかしいんじゃねぇの?」
幸せな日常に入ってくるは不安定分子。名は小畑利人と言う。あたしはこいつの存在に対し、ひどくいらいらしていた。
――――あたしの帝国に不安定分子はいらない。
あたしは≪兵隊≫たちに命令を下す。
「あいつ――――小畑利人を服従させなさい」
あいつはなかなか落ちなかった。≪兵隊≫たちの嫌がらせにも耐える。あたしの毒にも耐える。
「あんた、何で耐えるわけ? あたしのところへ来ればゴミ屑みたいな今の日常を変えれるのに!」
あいつはあたしのほうを向かず、冷め切った声で言った。
「俺はお前とは違う」
「俺が正義なら、お前は悪だ」
違う。違う。あたしは間違ってなんか無い。誰もが皆それでいいって言っている。あたしは悪くない。あたしは悪いことなんかしてない。悪いことなんかしてないのに何で悪なんて言われなきゃいけないの?!
あたしは悪いことなんてしてない。だから――――悪なんかじゃない。
「あんたが悪よっ! あたしが――――正義が、倒すべき悪!!!」
返事は無かった。
ねぇ、誰か教えて。
あたしは悪だったの?
あたしは正義じゃなかったの?
初めて芽生えた疑問はあっという間に心を支配する。
ねぇ、誰か教えて。
あたしは正義だったのよね?
悪なんかじゃなかったのよね?
突然芽生えた疑問はあっという間に心を釘付けにする。
ねぇ、誰か教えて。
答えてくれるような返事は返ってこなかった。
あたしは、悪なのか?
悪の癖に、正義を気取っているのか?
あいつは言った「あたしは悪だ」と。
あたしは言った「あたしは正義だ」と。
どちらにしても、あたしはもう止まれない。
「お父さん。お願いがあるのだけれど――――」
「お母さん。お願いがあるのだけれど――――」
翌日。
新聞のトップ欄には【突然のアクセル故障 仕組まれた物か?】。そこには事故で亡くなった少女の名前が載っていた。『小畑』芽衣。それが少女の名前だった。そう、彼女は――――あいつの妹。あいつは今日、学校に来なかった。
帝国の平和はこれで保たれるであろう。笑みがこぼれる。嬉しくて、嬉しくてたまらない。あーあ。お兄ちゃんがしっかりしてないもんで。芽衣ちゃんが『突然』の事故で死んじゃった♪ あーあ。可哀想に。お兄ちゃんのせいで芽衣ちゃん、死んじゃった♪
「あはっ。あははっ。あははははははははははははははっ」
あたしは正義。正義の執行人。小畑利人、あんたは有罪よ。大切な人が死んじゃったという罰し方。どう? すごくイイでしょう。たっぷり味わいなさい。
あたしは夢の中にいた。現実のあたしは笑っている。頭の奥のあたしは、現実のあたしを見て言った。あれこそ真の悪なり、と。
数年後、あたしは気づく。本当の罪はあたし自身だと。あたしが“罪”というものなのだと。そしてあたしのとった行動は――――、ねぇわかるでしょ?
「目には目を、悪には罰をってね」
笑ってさよならをする。
そうね。この罪に名を付けるなら『偽装罪』ってとこかしら?
まあ最後だしあたしらしく、この世界とさよならしようかな?
「んじゃ、さよなら。こんな不完全すぎるゴミ屑みたいな世界に用はないし、屑たちの相手をするのははっきり言って疲れたわー。めんどくさい世界とさよならできるなんて嬉しすぎるわね」
あれ、おかしいな。なんだか暖かいものがほほを伝っている。
それは『涙』だった。
「初めて、泣いたかも」
あたしはいつも泣かせる側。泣いたことなんて無くて、気高く生きていた。
あたしはやっと知った。『涙』ってこんなのなんだ。初めての涙は悲しくてと寂しい味がする。
あたしはやっと知った。『痛み』を、『苦しみ』を。すっごく辛くて、悲しくて。胸がきりきりと締め付けられて。あたしはこんな理不尽を他人に押し付けて痛んだと知った。
「だけど、いまさらだなー。んじゃ、ゴミ屑みたいなこの世界、屑たち、さよなら。――――――――――もしかしたらそんな世界が、人が、大好きだったのかもしれないな」
5月○○日、23時43分。
あたしはこの世界から姿を消した。
♪ ♪ ♪
お久しぶりです。
今回、やらせていただきます。
よろしくお願いしますです!
【堕落罪信仰】
五月一日。
今日、近所のコンビニに新しく入った新人アルバイトの子がとてもカッコいい人で、あたしは一目惚れしてしまいました。サラサラのまっすぐな黒髪、憂いの色が滲んだ瞳、端正な顔、少したくましい体つき、なにより誠実そうな性格がステキよ。でも、あの人のことを考えるたび、心苦しい他ありませんし、あの人のことを考えることにすっかり夢中なのです。嗚呼! 神様、あたしにお慈悲を。イエス様……主よ、罪深いあたしにどうかお許しを。──あの人とともにお救いを!
五月二日。
またあの人に会いたいあたしはコンビニに行きましたら彼は優しい声音に甘い雰囲気であたしに初めて話しかけてくれて、すっかり夢中なあたしは我を忘れ色々とお喋りしてましたけどちっともあの人は嫌な顔一つせず丁寧な対応してくれました。ステキでなにものにも変えられない人に出会いました。主よ、あなたに感謝します! きっと主の恵みを共に受けられること間違いありません。あの人と結ばれて幸せになること間違いありませんでしょう、だって話が合うんですもの!
五月三日
夕方。散歩の河辺に立ち寄ったら、あの人がいました。でも隣の女は一体誰? ……そうです。あの人と結ばれている恋人と仲むつまじく寄り添って歩いているのです。あたしは驚きでいつまでもあの人たちを見送ってました。夜、恋人がいたのねと主に訊ねました。……あの人を愛するのは罪ですか? と。主よ、あたしにお慈悲を! 熱心なクリスチャンであるので、どうかお許しを! 悪魔に打ち勝たせてください!
五月二十日
最近あの人の様子がおかしいのです。なんでも恋人を最近のおぞましい通り魔に襲われ亡くなられたそうです。対象は女であの人は注意するように警告してくれました。まあ、なんて、なんて優しい人でしょう! ところで最近あたしに似た人が、通り魔らしいのか、あたしの友達がめっきり減りましたし会社では避けられてる気がしてなりません。
七月一日
あたしは刑務所にいます。どうやら無期懲役となりそう。あの人と一生会えなくても構いません。だってあの人は一足先に主の元へ行きましたもの。天国であたしを待ってますから!
挨拶
いわゆるストーカー話でしょう。
題名の「罪」に合うようにしましたがヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ
どうぞ暇つぶしに読んでみてください(笑)
ど、どうも……。
来てよかったのかな、と思いつつ置き逃げさせていただきます。
私の大好きな北欧神話より。知識なくても読めます。そして短くはないです。時間のあるときにでも読んでやってください。七千五百字を軽やかに超えています。
以下本文となります。
「嫌な夢をみるんだ、ずっと」
男はぽつりと漏らす。誰にともなく向けられた独白に、傍らに座っていた彼の弟が返事をする。
「夢? 光の神と呼ばれる君でも悪夢を見たりするんだね」
「まあ、な」
どんな、と弟は聞く。男は色素の薄い、長い睫を二三度瞬かせる。形の良い唇はかたく引き結ばれ、なかなか言葉を発しようとはしない。ややあって、弟は口を開いた。
「バルドル、話したくないならいいよ。聞いた俺が悪かった」
「いいんだヘズル。大丈夫だ」
バルドルと呼ばれた男はゆるく首を振る。その動きに合わせてさらりと肩に流れる髪は月の光を受けて輝いている。夜闇に映えるその色は誰もが言葉を失ってしまうほどに美しいが、彼の弟――ヘズルの網膜がそれを投射することはない。彼の両目は生来光を宿してはいなかった。
「死ぬ、んだ」
深い吐息とともにバルドルは言った。ヘズルは誰が、という問いを投げかけようとしたが、やめた。それを問うには兄の口調は重すぎた。その代わりに、兄によく似たおもてを伏せて、言う。
「君は死なないよ。だって誰からも愛されているんだから。君を憎むひとなんて、いない」
「そうだといいんだけどな。悪いなこんな話をして」
「気にしないで。盲(めくら)の俺の相手をしてくれてるだけでもうれしいんだから。どんな話でも聞くよ」
ヘズルは笑って見せる。バルドルも、ぎこちないながらも笑みを返した。
日が昇って、バルドルは両親の住む宮へと足を運んだ。柔らかな絨毯に片膝を埋め、父たる全能神オーディンに向かって夢の内容を告げる。
「あなたが、死ぬのですか……!」
悲痛な声を上げたのは母だった。顔色は紙のようになっていて、片手で顔を覆ってしまっている。オーディンは小姓を呼ぶと、彼女に付き添わせて退室させた。それを心配そうに見送る息子に、彼は隻眼をやった。
「それはまことか」
「はい。……これは、正夢になるのでしょうか」
「わからぬ」
オーディンは吐き捨てた。片目と引き換えに全てを知った彼でもわからないということがあるのだろうか、とバルドルは柳眉をわずかに寄せた。
父王はそのまま、バルドルに一言もかけずに場を立った。彼が馬を駆ってどこかへ向かったと聞いたのはのちのことだった。
「父上も母上も大げさだ。ただの夢だっていうのに」
夕食の後、酒を舐めながらバルドルはこぼした。酒精のせいかすでに彼の目元には朱が差している。
卓を挟んで向かいにはヘズルが座っていた。彼の手元にも杯は用意してあったが、最初に一度口を付けて以来そのままにされている。
気分を紛わらすために酒を口にするなら他にも相手はいたが、今日はそんな気分にはなれなかった。しかし独りで杯を傾けるのも嫌だったので、同じ血を半分に分けたヘズルを呼んだ。彼は突然の誘いにもかかわらず、快くついてきてくれた。
「見たのがバルドルだからさ。みんな、君が死ぬ様なんて夢でも見たくないのさ。まあ、俺は盲だからどうやったって見えないけどね」
「そういう冗談は嫌いだ。自分を貶めるんじゃない」
バルドルは語気を荒げる。酔いも手伝って感情に制御が効かなくなったようだ。ヘズルはあわてて謝った。
かなりの酒をからだに収めてしまうと、バルドルは抗わずに眠りに身をゆだねてしまった。ヘズルは寝息をたてる兄に苦笑し、それからどうやって彼を寝室まで連れて行こうか考える。
「あ、お前ら」
通りかかった雷神が二人を視界に入れたようで、ヘズルに声をかけてきた。卓に突っ伏したバルドルを見ると状況を察してくれたらしい。
「仕方ないやつだ。俺が運んでおいてやるから、お前はもう休め」
ぶっきらぼうな、低い声がヘズルの耳朶をたたく。彼の荒っぽい行動そのままのその声は、ヘズルにとって意外に苦痛にはならなかった。
「ありがとう、兄さん」
ヘズルは礼を言い、立ち上がった。手探りで壁を伝って扉までたどり着くと、引き戸を押して彼は部屋を後にした。
「兄さん、か。むず痒いな」
雷神はつぶやき、肩にぐったりのしかかってくるバルドルをゆすりあげ、数ある弟の一人であるバルドルの部屋まで歩き出した。
数日後、バルドルは母に呼び出された。椅子に半ば体を投げ出すように腰かけた彼女は憔悴しきっている。
「どうなされたのです、母上」
バルドルが駆け寄っていくと、母は弱々しい笑みを浮かべた。力ない表情だったが、不思議と精神が満ちた様子がある。
「九つの世界を回ってきました。みなに頼んで、何人たりともあなたを傷つけることがないようにと、約束させました」
「母上、そのような……!」
母は両の腕に息子を抱きしめた。幾分か骨ばった感じをあたえるそれに、バルドルは瞼を伏せる。
「――感謝します。どうかゆっくり休まれてください」
「ええ、これで枕を高くして眠りに就けます。ああ、一つ、忘れていました」
母はバルドルの腕の中からからだを起こす。見上げてくる目は真剣そのもので、バルドルは身を固くした。
「宿り木だけには近づいてはいけません。あの子はまだ幼かったので、約束を交わしてはいないのです」
「わかりました。宿り木には、触れないことにしましょう」
バルドルが返事したのを聞いて、母は再び彼の胸に頭を預ける。ややあって、規則正しく肩が上下し始めた。
バルドルが傷つくことのないからだになったという噂はすぐに広まった。学友の一人がふざけて彼に向かって石を投げつけ、バルドルが傷一つ付けず平気な顔をしていたのでそれは確信となった。もともとの彼の人気とも相まって、彼の周りからひとが絶えるということはすっかりなくなった。
母は安心しきって、ひと垣に囲まれる息子をみていた。明るく振る舞う彼を、彼女もまた深く愛している。九つの世界を回るというのは並大抵の所業ではなかったが、この光景をずっと見ていられると思えば疲れは飛んでしまった。
「――誰にも傷つけられない、ね」
ひとだかりから離れて、バルドルを見つめる男がいる。美しい顔立ちには笑みを浮かべているがその表情はあまり善を感じるものではない。
その視線に気づいたのか、雷神が車座から腰を上げてやってきた。目つきは厳しく、口をひらけば問い詰めるような口調になっていた。
「ロキ! 何かたくらんでいるな?」
「いいや何も。仮に何かたくらんでいるとしたって、僕にはどうしようもないよ。だって誰も彼を傷つけられないんだろう」
ロキはひょいと肩をすくめてみせる。彼は雷神とは付き合いも長い。何かと一緒に行動を共にするので、彼の扱いは慣れたものだ。こうでも言ってやれば単純でひとを疑わない雷神は簡単に矛先を下ろしてくれるのは知っていた。
「君のその槌でも平気だった、って聞いたよ。そうしたらもうお手上げさ! 巨人をも一撃で倒すそれでだめなら僕に何ができると?」
「わかった! 疑って悪かった」
なおも言いつのろうとするロキを遮り、雷神は車座に戻っていった。それを見送り、ロキは再び思索に入る。
ロキは誰からも愛されるバルドルを、いやバルドルの向こう側に見える彼の父親を嫌っていた。むしろ憎んでいたとさえ言ってもいい。彼は住み慣れたかつての住処を連れ出され、子供たちとは無理やりに引き離された。このような仕打ちを受けて憎しみを抱かないようなことがあるだろうか。
ロキはオーディンに復讐する気でいた。美しい笑みの裏で彼はいつもそればかりを考えていた。
「……お前も、わが子を失えば僕の気持ちがわかるだろう」
くぐもった声は、車座からの歓声でかき消された。
日を開けて、ロキはバルドルたちの母に会いに行った。姿は老婆のそれに変えた。彼女に怪しまれるのをおそれてのことだ。彼女が自分をよく思っていないのは知っている。
バルドルの身の安全が確保されて安心しきっている今が、彼女からバルドルの弱みを聞き出す唯一の機会だった。
「私は驚いたよ。何を投げつけられても生きているなんてねえ」
ロキが言うと、母は微笑む。
「ええ。私が九つの世界を回ってバルドルを傷つけないように、と頼んできたの。大変な道のりだったけど、あの子の笑顔が見られるのなら……」
「ああ、そうかい。それでも、何か例外はあるんじゃないのかい? 物事は何でもそういうものだろう?」
「――そうね。宿り木がだめなの。あの子はまだ幼くて、約束を交わすことはできなかったの」
ロキは心の中でこぶしを握った。
必要なことが聞き出せればもうここに用はない。正体がばれる前にさっさと退散するだけだ。
ロキはできるだけ足を引きずって、ゆっくりと帰って行った。
ヘズルは久しぶりにバルドルと場を共にしている。彼は最近、あちこちに連れまわされていて、顔を合わせる機会は随分と減っている。声を近くで聞くことでさえ長いことなかった。
「お前とゆっくりできなくなったな」
「いいじゃないか。俺はバルドルの身が安全になったっていうので十分だよ。俺は気にしないで楽しんできてくれ」
ヘズルはバルドルの肩を押す。今夜も彼を主客に宴が催されるらしい。バルドルはその間隙をぬって、弟を誘いに会いに来た。
「それはできない。お前も来い。一緒に酒を飲もう」
「でも、俺みたいなのがいると、場がしらけるよ。……どうしても、って言うのなら、端の方にいる」
「わかった。お前は言い出すと聞かないからな、それで譲歩してやる」
バルドルはヘズルの手を取って立ち上がる。足元の不安定な彼を気遣って歩を進めていく。
宴の場所に着くと、先客たちはすでに出来上がっているようで、大きな声で騒ぎまくっている。ヘズルはするりとバルドルの手をすり抜けた。
「行っておいで。俺はここでいいから」
ヘズルは木陰に腰を下ろして、そばの木に背を預ける。喧騒に耳を傾け、数ある声の中から同胞(はらから)のそれを探す。視覚を代償として、彼の聴覚は非常に優れたものがある。声を聞き分けるくらいのことは彼にとって容易なことだった。
向こうではいつものようにバルドルにものを投げる戯れが始まったようだ。例の学友が石を投げた一件から、これが宴の場での恒例となりつつある。ヘズルはこれをあまりよく思っていない。
「ああ、今日もやってるんだ。飽きないねえ」
人の気配を察するのに長けたヘズルでも、声がかけられるまでひとが背後にいるのに気付かなかった。
「ロキさん、ですか」
「うん。声でわかるかな」
「そうですね」
ヘズルは身をかたくしている。彼はあまりこの男がすきではない。ロキは悪戯と称してはこのアスガルドに災厄をもたらしている。笑ってすまされることも少なくはないが、時折ひとの命を奪うようなこともある。
「君はあそこに混ざらなくていいの?」
ロキは尋ねてくる。彼の猫なで声は甘い毒のようにヘズルの内をぞわぞわと刺激する。
「俺は、いいよ。あの遊びはすきじゃないんだ」
「そう言わないで。……君の兄だけがああやってひとに囲まれてる。なんともおもわないのかい」
ヘズルは一瞬言葉に詰まった。ロキはにやりと笑う。
「寂しいだろ? 血を分けた双子の兄弟だっていうのに、君はいつも置き去りにされてきた。ただ目が見えないってだけなのに。君たちの能力はさして変わらないはずだ。それなのに君だけはいつも、いつも爪はじきにされる」
「ロキさん、それ以上は言わないで。俺はこれでいいんだ。俺は、バルドルが幸せならそれで! 俺は盲だから、この戦いの続く世界じゃどうやったって幸せになんかなれない、必要とされない、誰の役にも立てないんだ! 俺の代わりにバルドルが幸せになれればそれでいい、いいんだから……」
ロキはわざとらしくため息をついてみせた。ヘズルは怪訝そうな表情でロキの方を向く。
「――君たちは兄弟だ。ヘズル、君はちょっと卑屈になりすぎるんじゃないのかい? 君の兄はそんなことは望んでないはずだ。君はもっと自分の力を信じていい。たとえ盲でも君は戦神、その能を皆にみせつけてやれよ。誰だって君を認めてくれる」
ロキは自らの滑らかに動く口にかなりの自信を持っている。いくらヘズルがロキに対して警戒心を持っていても、それを潜り抜ける術はいくらでも用意できる。常人から比べると入ってくる情報が一つ少ない彼をだますのは容易なことだ。
ヘズルの心がこちら側に傾いてきているのがロキには手に取るようにわかった。あと、一押ししてやればいい。
「ヘズル、こいつを投げつけてやれよ。君の兄は今何ものからも傷つけられないんだろう? あたっても平気さ」
ロキはヘズルの手に『それ』を触れさせる。しばし迷うような様子を見せ、ヘズルは『それ』を強く握りしめた。ざらりとした肌触りで、先の方は尖っているようだ。あまり重さは感じない。
「力一杯投げてごらん! 方向は俺が教えてあげるよ」
ロキはヘズルの腕を支えて、ゆっくり持ち上げる。細いわりに筋肉がついていて無駄はない。投擲の姿勢を取ると、全身が一気に緊張する。ロキは計画の成就を確信して、にたりと笑った。
「さあ! 僕に見せてくれ!」
ヘズルは渾身の力を込めて『それ』を振りぬいた。尖った切っ先は空気を切り裂き、過たずにバルドルの胸に吸い込まれていく。
風を、服を裂いた『それ』はバルドルの皮膚をも裂いた。肺に深く突き刺さった『それ』は――宿り木は彼の肋骨を砕いて、背中を貫いてようやく止まった。少し遅れて裂け目から鮮血があふれてくる。じわりと零れてくるそれは、すぐにでも死に至る量に達するだろう。肺胞に満ちる血液は彼の呼吸を阻害し、口から吐き出されたそれは喉に絡みつきさらに死を加速させる。
地に縫い付けられたバルドルを茫然と見つめて、車座の雷神はふと我に返った。この場にはふさわしくない笑い声が彼の耳に飛び込んできたからだ。
「死んだ、あの女の言った通りだ! あははは! 光の神は死んだ! 死んだんだ!」
雷神は声の方向に振り返った。狂ったように笑うのは、彼のなじみの美貌の持ち主だった。
「ロキィーッ!」
雷神は地鳴りのような怒鳴り声を張り上げた。傍らの槌を振り上げる頃には、ロキの姿は掻き消えるようになくなっていた。
「……バルドル?」
残されたのは状況の呑み込めていない盲の神だけだった。
世間はヘズルには同情的だった。誰からも愛されたバルドルを手にかけたのは間違いなく彼だが、手引きをしたのはロキだ。悪評は彼に集まった。
しかしヘズルが出歩くことは二度となかった。部屋にこもりきりで、誰が尋ねても返事すらしない。
それでもしつこく彼を訪ねるのはかの雷神だった。扉越しに、長いことヘズルに話しかける。情の篤い彼が半分だけとはいえ血のつながった弟を放り出すことはできなかった。
「――兄さん」
その日も雷神は弟を訪れていた。呼びかけられたのは、いつものように彼に話しかけ、反応がないのをみて立ち去るところだった。
「兄さんの槌で、俺を殴り殺してくれ。俺のこの目じゃ一人では死ねない」
「お前!」
しばらくぶりに扉があいた。立っているのはやつれはてた弟。高い頬骨も健康的に肉がついていればこそ美しい。今の彼ではただ痛々しいだけだ。
「酷く、殺して。手足の先から骨を砕いて、筋を残らずすり潰して。歯も鼻も全部叩き折って、誰が見ても俺だとわからないようにして、頭を叩き潰してほしい。忌々しいこの目は俺が生きているうちにくりぬいて、そこら辺の犬にでもくれてやって――」
「よせ! ……俺はそんなことはできない。弟を殺すだなんて」
「もう俺は死んでいるよ、死んでいるんだ。バルドルと一緒に俺の心は死んだ。心が死んでいるのにからだが生きているなんておかしいだろう?」
雷神は言葉に詰まった。ヘズルの目は本気だ。一度言い出すと聞かないのがこの弟だ。それは雷神もよく知っている。
「あの日流れたのは俺の血だ。バルドルと俺は同じ血が流れていたはずだ。一緒に死んでなければいけないんだ、俺たちは」
雷神は耐え切れなくなって弟を掻き抱いた。筋肉も脂肪も落ちたからだは薄っぺらく、少しでも力を入れれば折れてしまいそうなほどだった。
すすり泣く声が聞こえてくる。雷神は何もできず、ただ弟を抱きしめるだけだった。
ヘズルが落ち着きを見せるようになったのは、父王に呼び出されてからだった。雷神は疑問に思いながらも、一応元気を取り戻した弟に安堵を感じている。
近頃は父王の側女の一人のもとにいるらしい。この側女というのが妊娠をしたらしく、それがわかったときからずっと通っていると聞く。
下のきょうだいの誕生を心待ちにしているその姿はなにかほほえましいものがある。雷神は、彼についてこの女を訪れることにした。
もうじき出産のようで、彼女の腹部は大きく膨らんでいた。そっとふれるとなかの赤ん坊がうごくのが手のひらを通して伝わってくる。
ヘズルは床に膝をついて赤ん坊の動く音を聞いていた。彼の優れた聴覚はわずかな音も拾い上げる。赤ん坊が母親の胎を蹴り上げると、それを聞いてヘズルは小さく笑う。
雷神は妙な違和感をこの空間に持っていた。部屋に足を踏み入れた瞬間からの感覚で、雷神は一人首をかしげていた。
ふと、女の顔に目がいった。それで、違和感の正体はつかめた。
「お前、うれしくないのか」
雷神は女に問うた。女はびくりと表情をひきつらせ、雷神を見上げる。
「子を得る喜びで、女たちは幸せそうに笑うぞ。俺の妻もそうだった。それなのに、お前はなぜそう浮かない顔をする?」
女は下を向いた。膨らんだ腹を見て、彼女は顔色を蒼白にする。女に代わって答えたのはヘズルだった。
「この人はね、俺を殺してくれる子を身ごもっているんだ。その子の名前はヴァーリ」
ヴァーリ――復讐者。雷神は全身の血が下がっていくのを感じた。
「素敵だろ。この人のなかで俺の罪が育っていくみたいだ。大きくなった罪はやがて、俺自身を殺すんだ。……弟から殺されるだなんてバルドルと同じで気に入らないけど、まあいいや。だってこの子はきっと俺を酷く殺してくれるだろうから!」
ヘズルは、双子の兄とよく似た笑顔を浮かべた。いくらか肉付きのよくなった頬には朱が差している。
「私は、こんな子を産みたくありません。人を殺すことが最初から決まっている子供なんて!」
側女が絞り出すような声で言う。おそらく、彼女の夫であるオーディンからきつく言われているのだろう。
雷神ははた、と思い当った。確か、父王はすべてを見通す力を持っていたはずだ。そうなると、この度もうけた子供が復讐者となるのは知っているはず。
雷神は片手で顔を覆った。
「親父……っ」
父の厳しさは知っていたはずだ。それでも、雷神は打ちひしがれる自身を慰めることはできなかった。
子供は無事に生まれた。彼は一日で成人し、兄を死に至らしめるという。
ヘズルは生まれた子をいとおしそうに撫でる。
「可愛い俺の弟。俺の罪。ああ、早く俺を殺してくれ! 生まれてきたことがすでに罪であったと俺の愚かなからだに刻み込んでくれ!」
赤ん坊は無垢な瞳で兄を見上げる。
ヘズルは己の『罪』を抱きしめずにはいられなかった。この『罪』はあの日の兄の血と同じ香りがするのだ。
『The Sin』
はい、長くてすみません。ぜんっぜん短編じゃない。字数制限ないからって調子に乗りすぎました。
私自身が双子というのもあって、この話には思い入れがあります。ついでに妹もいるので、なんでか現実味のある話に思えてしまいます。
今回採用した話はあくまで一説ですし、かなり私自身の考察(人はそれを妄想とも言う)もたっぷりとはいっているので、みなさんの知っている神話とは大きく違う箇所もあるかと思います。これを頭から信じちゃだめですよ、っていないだろうけど。
字数制限のせいで三つもレスをするはめになりました、ごめんなさい……。おつきあいありがとうございました。長々すみませんでした。
お久しぶりに(と言うか第一回ぶりに)投下させて頂きます。ryukaと申します。
ちょいと短めになってしまいますがそこは御愛嬌でお願いします!
それでは、良かったら是非読んでいってやって下さいまし。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「 ガンジスの河原 」
そう、その男が目を覚ましたのは、なんといっても眠るのに飽きてしまったからだろう。
男がまぶたを億劫に開けると、やはりそこに広がるのは無限の闇。気が滅入ってしまうくらいに濃厚な黒を映した地獄の風景は、いつ見ても酷すぎて、―― 吐き気がする。
だから、嫌だったのだ。目覚めてしまうのが。
しかし眠っていても、男には地獄以外の情景を、心に描くことさえできなかった。夢の中でも果ての無い闇に包まれ続けて、そう、嫌気が差したのだ。
夢の中でなら、と淡い希望を抱くことにも、もう飽きてしまったのだから。
つん、と鼻をつく朱い香りが漂う。
見れば、地獄の黒天の空から、血の雨が降りはじめていた。
ぽつり、ぽつりと、一粒二粒。
男の日焼けた頬を、薄汚れた赤色が染めてゆく。浅黒い肌を、しとしとと濡らしてゆく。
少し目線を遠くにやれば、鋭く光る三千の針の山が、男を誘うように怪しくきらきらと光っていた。血に濡れた針の先が、それでも錆びずに光っている。
どうしてか、その光に。
むかし、あのひとが、差していた、
銀色の髪飾りを思い出した。
◇
男が地獄に落ちる前。
そう、だからもうとっくに数百年の昔のことだろうか。
まだ、男は少年と呼べる年頃であっただろうか。
ガンジスの河原で、少年は、かの少女とはじめて出会った。
色白な肌に、見事なほど長い黒髪。それを結わえる白銀の髪飾り。ただの銀色をした金属が、彼女の黒髪にあるだけで、本当に綺麗に見えた。
そう、あの日は、やけに青く晴れていて。
ガンジスの川はいつもと変わらず、その空の青色を涼しい水音とともに映していた。
かの少女は、深い青色のサリーを纏っていて。
ガンジスの映す空に、銀色の髪飾りに、よく青色のサリーが似合っていた。
無邪気な風が、青いサリーをふわりと揺らした。
そしてたぶん、無邪気な風は、少年の冷たい心をもふわりと溶かしてしまったのだろう。
けれどあまりにも少女は清らかで。
とっくの昔、幼子のときから罪に濡れた自分とは大違いで。血の味を知ってしまった自分とは大違いで。
ただただ、少年心にも、自分には届かないことに、哀しくなったのだった。
そう、きっと。俺は。
あの時、はじめて、ひとを好きになってしまったのだろう。
◆
地獄におちた青年は、運悪く、針の山の頂きに刺さってしまっていた。
運が悪かった。このままここから動くこともできまい。
左胸の、心の臓をぶすりと貫いた白銀の針。自分の胸から不自然に生え出た銀色を見て、あぁ、とまた溜息を吐く。
ぽつり、ぽつり。
一粒二粒と、地獄の空から雨が降ってきた。
生臭い、濃密な血の香り。慣れない色をした血の雨は、青年のすべてを朱く濡らしていく。
それからしばらく経っただろうか、向こうから、足音と、荒い息遣いが聞こえたのは。
青年が首を傾けて、見ると、浅黒い肌をした男が、こちらへと向かってきていた。体中あちこちに、鋭い針に刺された跡があって、痛々しかった。
「おい、そこの!」
青年は、ここぞとばかりに声を張り上げた。すると男が気付いたように、青年の声に応えた。
「なんだ」
「助けてくれ、俺はこのとおり動けないんだ、針から抜いてくれ、頼む!」
男は、青年を見た。
年は、自分より一回り若い。無惨にも、青年の若々しい体の中心から、例の針が痛々しく顔を出していた。
「いいだろう」
男は、そう一言返して、どうにか青年の身体を針の業から救ってやった。別段、どういう目的でも無い。ただ、助けろと言われたから、そうしただけで。
「……ありがとう」
青年が、ぽっかりと穴の開いた胸のあたりを抑えながら、喘ぎ喘ぎ礼を述べた。
「ありがとう、ほんとうに。あんたのおかげで助かった」
青年は、その顔をくしゃりと歪ませて嬉しそうに笑う。こんなに無邪気な笑い方ができるのに、なぜこの青年はここへ堕ちてしまったのだろう。きっとこの青年も、どうしようもなく天から見放されて、どうしようもなく罪を背負ってしまったのだろう。堕ちるべきは、人か、天か。
そして男も、その笑顔につられて笑う。ああ、笑ったなんて、何百年ぶりだろう。
「助かったもなにも、ここは地獄だぞ。面白いことを言う奴だ」
すると青年はいいや、と首を振った。
「そうでもなさそうだぜ、おじさん。……ほら」
スッと、青年の指が黒天を指す。
男が地獄の空を見上げると、どうしたことだろう、そこから、一筋の蜘蛛の糸が男へ目掛けて垂れてきていた。
白銀の光をした蜘蛛の糸は、死んだような地獄の闇に、よりいっそう輝いて見えた。
「そら、行けよ。あれにつかまって。あれはオシャカからのおじさんへの糸だよ。きっとあれにつかまって上って行けば、こんなところから逃げられるよ。天国へ行けるよ」
男は、その糸を眩しそうに眺めた。そして言った。
「知ってるか、あれのせいで、永久に地獄に堕ちた男の話を」
「……さぁ?」
「あれに縋れば――」 男は青年を振り向いた。 「たしかに天へ行けるかもしれない。でも、俺はここが気に入っているのさ」
呆気に取られて、口をあんぐりと開けた青年を見て、男は柔らかに笑った。
「ためしに、お前も一度あの糸を上ってみるといい。……きっと俺の言った意味が分かるさ」
そう言って男は、その場を立ち去った。
最後にちらりと、蜘蛛の糸を見上げて。その清らかな美しさに、かつて恋したあのひとを思い出して。
はじめて出会った、ガンジス川のせせらぎを思い出して。
◇
後には、青年が不思議そうに、その蜘蛛の糸のきらきらとした輝きを見ているだけだ。
そして、ふと、青年がそれに触れてみると。
霧に触れたように、白銀の糸は、不思議な水音と共に、ふわりと消え去ったのだった。
(おわり)
【Do you know how to die?】
「ねえ、俺、死にたいんだけど」
これが毎日の口癖。
学校が終わって日が傾いて、暮れそうな空の下を往く。
死にたい死にたい死にたい死にたい。
何度言ったか、数えた事もないが。
毎日飽きる程その台詞を聞く俺のオサナナジミとやらは、ぱっと振り返った。
「なーに言ってんの! 毎日毎日……そんなんじゃ、人生楽しくないっしょ?」
「楽しくないから、死にたいんだけど」
「じゃあ飛び降りとかしちゃうの?」
「それは怖いだろ。もっと簡単に死ねないのかな」
そういうと、オサナナジミはくすっと笑った。
向日葵みたいな、太陽みたいな。
そんな綺麗な顔で、ぱっと顔を明るくする。
「じゃあ薬で死ぬとか!」
「それ、学生の俺に用意できんの」
「う……他人の言葉で死ぬとか! ほら、学生の自殺理由って殆ど精神的なものだし……」
「言葉で逝けたら苦労しねーよ」
「じゃ、じゃあ溺死は? 海にいけばイチコロだよっ?」
「苦しい」
うーんと唸るオサナナジミ。
俺が死ぬ事に異議を申し立てたりはしないが、死なない方が良いといつも言ってくる。
俺と一緒にいても、つまんなそうな顔をした事なかった。
俺は、人生を15年も生きてきた。
そろそろ死んだっていいだろう。
物心ついた時から死にたがりだった俺は、気がつけば“死”以外に興味を持った事がなかった。
ずっと、死にたいと思ってた。
理由なんか知らない。ただ、死にたい。
「ねえ、正紀君……本当に死にたいの?」
笑顔は変わらない。
毎日毎日、キラキラした笑顔で、俺の隣にいるこいつ。
初めて、真剣な眼差しを受けた気がした。
いつだって笑ってるのに。
「ああ、死にたいな」
そういうと、奴は一瞬表情を歪める。
ただ本当にそれは一瞬で、すぐにまた、花が咲くように微笑む。
「じゃあ正紀君は明日死ぬでしょーっ!」
「……は?」
「へへ、占いだよ! 正紀君は、明日死ぬことができるかも!」
「何だそれ」
「占いってさ、当たるより信じる方が楽しいじゃん!」
そしたら正紀君でも楽しめるかも! なんて言った。
親が占い師だからって調子に乗りやがって。
俺は占いとか呪いじゃなくて、確実に死んでしまいたいのに。
「……良いよ、もう」
「……? 正紀君?」
「さっさと死ねる方法があればいいのに」
ぽつりとそう言葉を漏らす。
そうだよ。俺はさっさと死にたいんだよ。
周りからうだうだ言われたり人間関係に絡まったり。
そんな面倒くさい世界から、消えてなくなりたい。
気持ちの悪い泥の中から消える事ができたら、どれだけ良いか。
「大丈夫、正紀君なら大丈夫」
熱いアスファストの熱が、引いていく。
橙から紫へと変わる空は、俺達の上でずっと広がっていた。
雲が完全に空を閉じた時、オサナナジミは笑った。
「じゃあ、また明日ね!」
明日俺は死ぬんじゃなかったのか。
自分で言った事をすぐに忘れる癖は直らないか。
まぁ別に、明日死ぬらしいから良いが。
ああ。
さっさと、死んでしまいたい。
*
朝が来た。
分厚い雲が、景色を歪ませる程多量の雨を降らす。
霧と雨で何も見えない真っ暗な朝は、何か心地が悪かった。
学校は義務だから行く。さっさと着替えていつも通りテレビをつける。
出てきたのは、オサナナジミの顔だった。
『えー今朝5時頃、学制服を着た少女15歳が、自宅のマンションの屋上から飛び降りて自殺しました。学校側は……』
映っていた写真の中でも、あいつはにっこりと笑っていた。
「何で……何でなんだ……ぁ、ああ……!!!」
「あなた……落ち着いて……」
「落ち着いていられるか!!! む、娘が……明日香が……!!!」
制服を着たまま、急遽行われた葬式に、俺は参加した。
激しい雨が強く地面を叩く。その度に、俺の中で何かが渦巻いた。
俺が、死ぬはずだったのに。
俺が死んで、あいつが悲しむんじゃなかったのか。
自殺したい程、嫌な事でもあったのか。
お前が先に逝ってどーすんだよ。
「ばっかじゃねーの」
出てきた言葉が、小さくて助かった。
いつもへらへら笑って、友達も多くて。
成績優秀スポーツ万能。所謂才色兼備。
誰もが憧れる、充実した毎日を過ごしてきたあいつが。
ばかみたいに自分から人生を投げた。
雨が降った。
流れる雨は、地面を弱く叩いた。
晴れる事なく振り続く雨の中で、ぽつりと立っていた俺は、あいつの言葉を思い出す。
「――――そういうことかよ」
この世にいくつもの罪が存在するなら。
俺の罪なんだろうか。
幼馴染の横でずっと死にたいとほざいていた事だろうか。
それとも。
「すみません、おじさん、おばさん」
向き合った事もないその人達の前で、俺は言葉を紡いた。
泣きじゃくった顔で、すっとこちらに向いた彼らの目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「あいつを殺したのは、俺です」
多分、俺の罪はそういうことになるだろう。
「え……?」
「死ねと言ったんです。俺が、あいつに」
「……ど、どうして……そんな…ぁ……!!!」
俺が、死にたがっていたから。
だからあいつは死んだんだ。
言葉であいつを殺したんだ。
「俺を殺してください、俺があいつを殺したように」
昨日の“あの”言葉は、そういう意味だろう、なぁ?
だったらお前の占いを、全部信じてやるよ。
『じゃあ、また明日ね!』
――――――――――お前が俺を、信じていたように。
俺が死ぬのは罪を償う為か?
それともずっと死にたがっていたからか?
ちがうよな。
「――――――会いに行くよ」
出てきた言葉が、小さくて助かった。
そんな気がした。
*END*
【あとがき】
何でしょうね。こんな文を書いた私が最早罪。
罪とはあまり深く関わってなさそうです(泣)
前回とは違って長くなりました。
あと読み辛さ1000%です。御了承願います……!
注:若干修正致しました。
ねぇ、知ってる?
その『教会』は古くて、綺麗で、そして誰もいない。そう、廃墟。でもね、そこに行った人はみんな、すごく幸せそうな顔をして帰ってきたんだって。誰もが辿り着ける訳ではないらしいんだけど、着いてしまった人はね。
でね。その人たちは、みんな同じ事を言うんだって。恍惚として、何かを崇めるようにしながら。
――何か、とても軽いんだ。今まで背負っていたものが、すっかり無くなってしまったかのように。
知ってる?
どんな『罪』でも赦してくれる、深夜の秘蹟。
深夜を越えた頃、その教会に入って懺悔するとね、それは全て無かったことになるんだって。
ね、どう。面白そうでしょう? ねぇってば?
『ゲオルギウスの槍』
あぁ。今日は確か、あいつの命日だったか。
なんとなくだけど、そんな気がする日のことだった。
「ねぇ、知ってる?」
新学期が始まって一月。
大学のキャンパスは未だに浮ついた雰囲気を残しながら、徐々に落ち着きを見せ始めている。一説によれば五月病を患う学生が大量発生するせいで、そもそも構内をうろつく人数が減っているからとも。
さもありなん、と僕は思う。これから梅雨が来て、更に蒸し暑い夏になると思うと気欝になるのも仕方が無いだろう。それでもまだ元気なのは今年入ったばかりの一年生か、学生運動だか何だか知らないが、しきりに本部の前でマイクロホンを唸らせている連中くらいだ。
そんな長閑な五月の昼、割と混み合った学食で。
『彼女』は唐突に向かいの席から顔を寄せて、そんな呆れるくらい要領を得ない問いを発した。だが、これもいつもの事である。いちいち「知らない」と答えてやるのも面倒なので、黙ってラーメンを啜っていると。
彼女は笑顔を貼り付けたまま更に顔を近づけて、壊れたテープのように質問を繰り返し始めた。
「ねぇ、知ってる? ねぇ、知ってる? ねぇ――」
「ちょっと……なんか怖いよ、ハルカ。いくらオカルト研究会だからってね、自分がオカルトになっちゃうのはどうかと思う」
「む、なによ。イチローが無視するからでしょ、っと」
渋々と反応を返した途端、彼女――ハルカは、にかっと少年のように笑って。やおら僕のラーメンに自分の箸を突っ込むと、念の為に麺の中に沈めておいた味玉を的確に救い上げ、あっという間に口に運んでしまった。
や、瑣末な事である。が、味玉は僕の数少ない大好物だった。
「……僕ね、好きな物は最後に食べるタイプなんだ。知ってた?」
「えへへ、ごちそうさま」
「はぁ。あいつがいないと、標的は僕に移るって事なのかな」
反省の色なし。それに怒る気が失せてしまうのも、僕も遂に諦めの境地に達したという事だろうか。
その無駄に爽やかな笑顔は、女らしい計算というよりも、凡そマニッシュな無邪気さを感じさせた。薄く日焼けした肌に、ボサボサと跳ねるがままにした短い茶髪。ぽいっと野球帽でも被せれば、男子と見紛うような……なんて言えば、今度はチャーシューが危ないだろうから言わない。
「それよりさ、聞いてよ。また面白い話、仕入れてきたんだけど……」
「…………」
彼女の言う「面白い話」の真偽が、詐欺で訴えるレベルでなかった事など一度もない。さらに言えば、彼女が代表を務める『オカルト研究会』の副代表は僕という事になっているのだが、これもまた一度も僕自身が是認した事はない。
「イチローさ。『深夜告解』って、知ってる?」
まぁ、それはともかく。言ってしまえば惚れた弱みというもので。
僕たちが例の『教会』を訪れる事になったのは、そんな事がきっかけだった。
○
「なぁ。俺たちはずっとさ、一番の『ともだち』だろ?」
「あ、わたし知ってる! そういうの、『しんゆう』って言うんでしょ」
「しんゆう……? じゃあそれだ、たぶん。なぁ、もちろん良いよな、イチロー」
「……親友、ね。いいんじゃないかな、別に」
「よし、決まりだ!」
「決まり~!」
「いいか、『約束』だからな。ハルカもイチローも、ずっと――」
僕には、かつて二人の『しんゆう』がいた。
ハルカ、そしてトオル。幼い頃から家族のように接してきた僕たちは、それこそ互いに家族以上の存在だったと思う。無邪気なハルカと無鉄砲なトオルの組み合わせは危なっかしくて見ていられず、いつも結局は僕も巻き込まれていた。いや、本当は仲間外れにされるなんて耐えられずに、必死になって付いていっていただけの事かも知れない。
だから、なのだろうか。その年端もゆかぬ頃に交わした在り触れた『約束』は、僕の心に自然と染み付いて。なんだかんだニヒルを装いながら、それに一番こだわりを感じていたのは、おそらく僕だったろうと思う。
――そう、決して約束を破ってはいけないのだ。
たとえ僕らの中心だったトオルが、今はもう亡い人間だとしても。
○
「で……まさか、本当に『ある』とはね」
「ふふん、だから言ったでしょ? 今回は当たりだって」
その日の夜。
郊外にある森に方位磁石と地形図、二人でひとつの懐中電灯で突貫し、ハルカの仕入れた「面白い話」の現場を捜索した。
どれだけヒマなのか、などとは聞かないで欲しい。大学二年生なんて、皆こんなものである。ハルカは放っておけば一人でも探しにいきそうだったので、僕としては保護者役の悲哀を背負っての夜間行軍だった。
そして、幸か不幸か。
果たして、その寂れた『教会』は森の中にひっそりと隠れるようにして建っていた。
「ん~~、燃えてきた! 早く調べにいこうよ、イチロー」
はしゃぐハルカが飛び出さないように襟首を掴みながら、僕はその絵本に出てきそうな建物を観察した。森の中に開けた空間に建つ、煉瓦造り風(暗いので良く分からないが)の小さな、しかし背の高い平屋だ。その急峻な屋根からすらりと伸びた細い塔の上に、銀色の十字架が月灯りを弾いている。全体的に控えめな外観からは『教会』というよりも、より簡素な『礼拝堂』といった雰囲気が感じられた。
探しておいて何だが、こんな場所に教会があるなんて。
周囲には人家はもとより、そもそも道らしい道もない森の奥である。あやしい、あやしすぎる、と正直に思う。オカルトの類を信じている訳ではないが、ふと宮沢賢治の童話を思い出して思わず顔を顰めた。
「山猫軒、かよ。取って喰われやしないだろうね」
それも自分で自分に塩を塗りこんだり、パン粉をまぶされたりしたら堪らない。
「なに言ってるの。ほら、早く行こう?」
「分かった、分かったから。というか、ホントに廃墟なのかな、これ」
気付けば立場は逆転し、僕はハルカに手を引かれて入口まで歩いていった。周囲の下草は払われているような跡があるし、小さな扉に取り付けられた真鍮のノブとノッカーは丁寧に磨かれている。妙だ。都市伝説に語られる逸話では、それは廃墟じみた荒れ庵のイメージではなかったか……
「おじゃましまーす」
「ちょ、おい待ちなって、ハル……」
そうして僕が考え込んでいる間に、ハルカは何の躊躇いもなくドアノブを回す。遠慮というものは無いのかと突っ込みを入れる前に、その薄暗い内部が見えて……僕は我知らず、出かかった言葉を呑み込んでしまっていた。
それはまるで岩窟のように息苦しい、しかし不思議な安心感のある空間だった。
五人も座れば一杯になりそうな長椅子が、左右に三列ずつ並んでいる。その中央に空いた通路を視線で辿ると一段高い演壇があり、簡素な銀十字があしらわれた卓が置かれて。そして何より目を引くのは、背後の壁に嵌め込まれた小さいながら見事な造作のステンドグラス。
「あれは、聖ゲオルギウス……? 珍しいデザインだな」
「そうなの? ふぅん、でも綺麗だね」
ハルカを抑えるのも忘れて、ふらふらと吸い込まれるように中へと入る。淡い月灯りを透すガラスの芸術は、確かに美しかった。が、そこに描かれているのは雄々しく巨槍を掲げ、醜い竜を踏みつけにする騎士の姿。英国を中心として有名な聖ゲオルギウスの征竜譚は、しかし、この日本では決してメジャーなものではない。ステンドグラスと言えば、聖母子像や三賢人が描かれるのが普通だろう。
と。二人して魅せられたようにそれを見つめている、その時だった。
「竜は『悪』、そして『罪』の象徴。ゆえに、聖ゲオルギウスは原罪克服のモデルとなりうるのです」
「っ……!」
良く通る、穏やかな声。
不覚にも心底から驚いて、きょろきょろと狭い教会の中を見回すと。月光の陰になっていた隅の方から、その声を練って形にしたかのように優しげな男がぬっと現れた。黒衣にロザリオ。長身にメガネ。
「ようこそ、神の家へ。あれかな、迷えるなんとかって奴でしょうかね」
――結論。教会は廃墟に非ず、ちゃんと主がいた。
謎解きの答えは実に簡単で、つまり、噂はデタラメだったという事らしい。
○
トオルが鬼籍に入ったのは、三年前の五月の事だった。
自宅マンションからの転落死。警察は不審な点は無い事故、もしくは自害と結論づけたが、僕らにしてみれば分からない事は多い。彼の自宅は四十階建ての高層マンションで、それの『何れの位置から落ちたか』は不明のままとされた。零時を挟んだ真夜中に転落したらしい事から、おそらく自室の窓からだろうと言われてはいるが――
遺書もなく、事件の跡もない。
その実感は酷く曖昧で、トオルはなんで死んだのだろうと、今でも考える事がある。
○
「なるほど。そんな噂があるとは……」
「すみません、信じていた訳ではないんですが……興味本意で」
苦笑する神父に、事情を説明して頭を下げる。まかり間違えば不法侵入であるから、それも当然ではある。まぁ、なんで僕がと思わないでもないが、傍で仏頂面をしている某に任せておけるはずがなかった。
神父が現れてからハルカは口数が妙に少なく、視線も下がり気味に思える。怯えている?いいや、ただ「外れ」が確定した事で拗ねているだけだろう。
「構いませんよ。しかし、こんな夜に森を歩いてきたというのは感心しませんね」
若き神父はそう言って、耳に手をあてる仕草をしてみせた。
「このあたりには野犬が出るんです。なので、今夜は朝になるまで此処にいるのが良いでしょう。狭いですが、ひとつだけ客間もありますから」
ハルカと顔を見合わせ、僕らも息を詰めて耳をそばだててみると。確かに、大して遠くもなさそうな距離で遠吠えをする野犬の声が聴こえる。背筋がぞっとする思いがした。僕らはその中を能天気にも、懐中電灯ひとつで歩いてきたのだから。
腕時計を確認すると、もう一時を回っている。夜明けには、まだ五時間近く待つ必要があった。
「その……ご迷惑では?」
「いえいえ。ご覧の通り、此処は半ば山小屋のようなものですから。お気になさらず」
「いい、ハルカ?」
「うん。お願いします、神父さん」
ハルカが呟くように肯うと、神父は微かに口元を歪めて。
暗く沈んだ聖堂の左隅にある扉を指差しながら、さも愉快そうに言った。
「では、あちらへ。ベットは一つなんですが、別に構いませんよね?」
○
瑣末な事ではある。が、僕は女性と同衾した事なんて一度も無かった。
「と、いう事で。僕は礼拝堂の長椅子を借りることにするから」
「えぇ~。別に、わたしは気にしないんだけどな」
こんな時だけ上目づかいで、何かを期待するような。そうして尻すぼみになっていく台詞は、ひどい反則だ。ともすれば足を留めてしまいそうになるのを堪えて、ひらひらと手を振ってみせる。僕にしたら、かなり頑張ったと思う。
「冗談は胸のサイズだけにして。じゃあね、寝坊しないでよ」
飛んでくる枕を躱して、客間を出る。
昔なら、同衾するのはともかく同室にいるくらい、僕だって気にしなかっただろう。だが、今はそれが『怖い』。これ以上はハルカを意識してはいけない。それはつまり――『約束』を反故にしてしまうという事なのだから。
「ねぇ、イチロー」
だが静かにドアを閉めた時、中から掛かった言葉の声色が気になって。僕はドアに背を預けた体勢のまま、その声に耳を傾けた。
「今日、トオルの命日だよね。覚えてる?」
「っ……あぁ、もちろん」
トオルの名を聞いただけで、自分の肩が震えるのを感じる。ドア越しでハルカに見られていないのは幸いだった。流石に疲れて眠いのだろうか、その声は囁くようで力がない。ドアに耳を当てるようにしなかれば、聞き逃してしまいそうだった。
「あんな所から落ちるなんて、トオルらしいよね。いつも無鉄砲で、無茶な事ばかりやってた」
「あぁ、そうだね」
「朝になったら、お墓参りに行こう? 去年は二人で行けなかったし」
「あぁ……うん。そうしようか」
なぜ今、そんな話をするのか。トオルの事を話すのは、二人とも暗黙の内に避けていたはずだった。殊更に彼の死を意識してしまうのは、今のバランスを崩すきっかけになりかねなかったから。
そうして生返事を返していると、暫くのあいだ沈黙が続いて。それを破ったのは、情けない事に僕ではなく彼女の方だった。
「おやすみ、イチロー。寂しくなったら、いつでも来ていいんだからね?」
「バカ言え……おやすみ、ハルカ」
わざと足音を鳴らし、客間の前を離れる。
正直、僕も疲れている。身体が重く、心はもっと重い気がした。狭い教会だが、出来るだけ離れた場所に座って眠ろうとして……その途中、演壇の前に神父が佇んでいるのを見つけた。
「眠れませんか。いや……そうではなさそうですね」
神父はこちらを振り向き、やはり穏やかな声で言う。僕はただ頷いて、その隣へ歩いていって肩を並べた。何か話がしたかった。ステンドグラスを見上げる神父の目は全てを見透かすようではあるけれど、今は不思議とその感覚が不快ではない。
しかし、ふと彼の口から囁かれた言葉は、まるで本当に心を読んでいるようなものだった。
「そんな風に己を縛っていたのでは、さぞ辛いでしょう」
「え……?」
神父は笑っている。それは聖職者の笑みというより、悪戯な子供の笑みのように思えた。
「罪は心に在るもので、行為に付随するものではありません。ましてや、いまだ為していない事に罪がある道理はないんですよ」
「…………」
その言葉の意味は解るが、意図が解らない。僕が何とも応えられずにいると、神父は更に言葉を繋げていった。
「この教会には時折、貴方たちのような人が訪れるんです。逆に、そういった方々以外には、こんな所を訪れる者はおりません」
「それは……『罪』を持った者?」
「お分かりでしたか。お若いのに、敏い御仁だ」
くすくすと笑う神父。僕としては冗談のつもりだったのだが、やはり彼の真意は分からない。
「噂というのは怖いものですね。半分は当たり、半分は外れです」
――どんな『罪』でも赦してくれる、深夜の秘蹟。
そう。まるで、かの都市伝説の再現だ。森中の教会、いないはずの神父、そして罪人。その教会に辿り着く条件として相応しいのは、無論、『罪』を持っている人物という事になる。
不意に。頭上で月に煌く硝子の騎士が、その蒼い眼で僕を睨んでいる気がして。思わず自分で自分の肩を抱いて震えに堪えた。
「まさか。あんまり、からかわないで下さいよ」
「ふむ、そうですね。冗談という事でも別に構いません。貴方の『罪』は、はっきり言って微笑ましいほどに軽いものですから。……と違って、ね」
神父が演壇に上がる。
そして硝子の騎士を背に、彼は槍を掲げるように右手でロザリオを天に突き上げながら言った。
「告解の秘蹟を、ここに。一夜に一人だけ、その『罪』を滅しましょう」
「え、ちょっと待っ……」
「一人だけ、です」
「あ、」
それは、あまりに強い誘惑だった。
僕の罪。ハルカを愛し、トオルが死んだのを良い事に『しんゆう』の枷を外してしまおうと望んだ事。
まさか信じた訳ではない、と自分に言い訳をして。
「僕の、『罪』は」
それが赦されるのならば、と。僕は心に秘してきた全てを、神父に語った。
○
――残ったのは、ざらりとした奇妙な違和感。何か忘れているような、整合性のない感覚。
しかし、そんなものは瑣末な事だ。今からでも間に合うなら、ハルカの所に行こうか。そう、何か、とても軽い。今まで背負っていたものが、すっかり無くなってしまったかのように。
(了)
・あとがき
こんにちは。またお前か、とでも言われそうですが、お目汚し失礼します。
なんだか妙に長くなった上に、『罪』のテーマからは段々離れていったような気もします。申し訳ありません。ちょっとした違和感を仕込んでおいたのは、ご愛嬌で。深く考えても決定的な描写はないので、後味が悪くなる前に読み流してしまってください(汗
では。この文が読んで下さった方の心に、読後一分でも残りますように。
あげさせて貰います。
お願いです、書ける人書いて欲しいです(涙
「 天使と悪魔、天国と地獄 」
──天界と魔界の狭間で
悪魔の少年と天使の少女は
出会ってしまった。
†
天界と魔界の狭間を両者を踏み入れさせぬが如く、
間に大きく深くて。清らかに、美しく可憐なる清水が流れ、あらゆる傷を癒やし力を与えると言い伝えのある大河にて彼は狭間の向こうに佇む彼女の姿を垣間見た。
たった一人。自身も一人。その距離の差はあれど二人が気付かぬはずはなく。少女は無言で睨み付け嫌悪を表した。
しかし──
少年は違った。
その日から悪魔の少年はあらゆる勉学、武術、社交を学ぶ。血反吐を吐き自らを徹底的に追い詰め血眼になり全ての知識を身体に覚え込ませ。
──美しく強き悪魔へと成長した
そこまでして自らを厳しく成長させた理由はただ一つ。
「あの人と一緒になりたい」
少年は少女へ逢いに行く。河辺で少女と同じ可憐な花畑に、花冠を作る少女を──
悪魔の少年は呼びかけた。
「ずっと好きでした」
「汚れし悪魔よ。近寄らないで、永久に……」
花冠は、美しく、壊れる。同時に少年も────
†
悪魔の少年は魔王となった。そして数多の天使を気ままに、残虐、冷酷、非情、妖艶の限り、
─────惨殺した。
それを
嘆き悲しんだ神により
天使と悪魔は互いを愛し合うようにした…………
しかし、魔王ルノアールは違った。
どんなに懺悔し悔いて神に慈悲を乞うても神は魔王がかつて愛した天使の少女と結ばれないようにした。
天使長マリーもかつて忌み嫌った悪魔の少年への暴言を悔い改めて赦しを乞うても、魔王ルノアールと結ばれることはなかった────
この二人は永遠にお互い愛し合うけれども
「結ばない。神の怒りで」
END
イヤー拙い(笑)
くっだらないお話し暇つぶしにどーぞ(笑
題<<いじめ、その裏は、殺人。>>
少女はやってきた。ある初夏の日に。
★★★
少女の名は美羽(みう)といった。
美羽は身長は低かったが、前の学校では天才少女と呼ばれていたほど勉強もでき、スポーツもでき、そしてなにより、
可愛かった。
けれどそれは、アイドルとか、美少女とか、そういうのではなかった。
魅力的、というのが一番合っている。
笑顔がよく、男子とも女子とも仲良く接していた。
★★★
いつしか美羽は、クラスの中心となっていた。
それを良く思わなかった人物がいる。
優奈(ゆうな)、だ。前までのクラスの中心人物。
ブロンドの髪、碧眼、色白の肌。
ふつうにかわいいのに、金持ちお嬢様だということを鼻にかけていて、嫌われていた。
これまでにも優奈や取り巻きは色々な子をターゲットにしてはいじめていたが、
美羽がターゲットになったのは、言うまでも無い。
ある日は上履きをトイレに投げ込み、
またある日は教科書の表紙に落書きをしたり、
またある日は着替え終わった制服のスカートを引き裂いたり。
しかし、本人は気づいていなかった。取り巻きが、少しもいじめに参加していないことに。
★★★
ある日の調理実習が終わって。美羽は、なにやらごそごそしていた。
何かに、使い終わったエプロンを巻きつけている。
「美羽、さん。・・・いいかな。」
美羽はそれを、さっ、と服の中に隠した。
「・・・いいですよ。」
美羽は学年の人気者、瑠華(るか)に呼び出された。正確には呼び出してもらった、なのだが。
「いいです。」少しはなれたところで、瑠華が言う。
すると。
上から、美羽に向かって。誰かが、落ちてきた。
優奈だった。
「永遠の眠りにつくがいい!」屋上で誰かが叫ぶ。
「美羽!助けなさい!」落ちてくる優奈が叫ぶ。
だが、美羽はこう言った。
「グッバイ、フォーエバー。 永遠に、さようなら。」
そして、笑った。
上から落ちてくるモノに、目を細め、
先ほどの何かを、・・・ナイフを、突きつけた。
★★★
もちろん、この学校は、廃校になった。あいにく、天才少女・美羽によって、犯罪者は捕まらなかった。
★★★
~あとがきじゃないあとがき。~
読んで下さり、ありがとうございました。 完。なのです。
折りたたみ傘
雨が降りだしたことに自動ドア越しに気づいて、本を持ったまま手を止めた。傘は持っていない。朝から怪しい様子ではあったのだが、昨晩の夜更かしのせいで寝坊してしまい慌てて飛び出してきたためである。雨粒は大きくないようだが、しとしとと降り続いている。家からここのバイト先まではそう遠くないため自転車で来ていて、雨が降りそうなときなどは傘を持って歩いてくるのだが、今日は天気予報すら見てなかった。これは濡れるなあ。
俺は外から手元に視線を戻し、本棚の整理に戻った。こんな日は客足も少ないので、普段人の多い場所にも手をつけてみようか。
「降りだしましたね。今朝はだいぶ慌ててましたけど、傘は持ってるんですか?」
同じくアルバイトをしている女子高生が話しかけてきたので目を向ける。髪も黒いしそう派手な格好はしていないのだが、近くで見るとまつげは長くしているし頬はナチュラルに赤く染められているし、抜け目がないなと思う。担当場所が違う上普段なら仕事中に雑談をすることは少ない子なのだが、今は近くに客もいないからであろう。
「それが持ってないんだよ。これはずぶ濡れルート確定だ」
「風邪とか大丈夫ですか?」
「部活帰りに濡れたときに、それを何度願ったことか」
「あはは。体強そうですもんね」
彼女はそう言って笑いながら立ち去った。しっかり者だからやはりしっかりと傘は持っているのだろう。あわよくば相合傘なんて申し込まれてイベントが発生してみないだろうか、なんて悲しい一人身の俺は考えてみるけど、ないない。まず高校生である彼女は俺より先に帰らなければならないし。
「……よし完璧。さすが俺」
目の前の棚がきれいに作者順に並べられた様を見て、独り達成感に浸りながら次の本棚へ向かおうとした。そして一瞬動きが止まる。視線を向けた先には常連客の女子大生がいた。週に二、三度は来店してほぼ毎回本を買っていくのに、雑誌はほとんど読まないらしい読書家だ。彼女の探している本が見つからないときに何度か話したことがあるが、気品があって感じのいい人だった。雨の中来たのだろう、足元が濡れている。
次は彼女のいる棚を整理しようと思っていたのだが、隣でがさごそとされるのもいい気分ではないだろう。他の場所へ移ろうと体を反転させると、誰かにぶつかりそうになった。
「あ、す、すみませ……って君かい」
客かと思って謝りかけたら、俺の後ろに立っていたのはさっきの女子高生だった。
「あの方、美人ですよねえ。この前話したら、先輩と同じ大学に通ってるそうですよ」
「マジで。ていうか君あの人とそんなことまで話すのか」
「同年代の女性店員は私しかいませんからねえ。あ、羨ましいんですか?」
彼女が意地悪そうに笑う。今あの女子大生を見ていたのを見られていたのか。俺は恥ずかしくて早口になって言った。
「いや違うって。つーか話してばっかいないで仕事しろよ」
「はーいすみませーん」
彼女は楽しそうに笑いながら歩いていった。年下にからかわれるなんて、俺もさすがの情けなさだ。
しばらくしてから、俺はレジに移った。少しは客も増えたがやはり暇。しかしそうやって気が抜けているときに、例の女子大生が本を持ってきたので驚いた。結構長く店内にいたんだな。彼女がカウンターに置いた本を手にとって、カバーをつける。
「雨、やみませんね」
彼女が話しかけてきたので、心臓が活発になったのをなるべく無視して冷静に答える。
「そうですね。実は僕、傘を忘れて自転車で来てるんですよ」
「えっ、大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます、でも健康だけが取り柄なので平気ですよ」
「そうなんですか、でも気をつけてくださいね。それでは」
彼女は笑顔を浮かべながら本の入った紙袋を手にとってかばんに入れ、その手で折りたたみ傘を取り出しながら外へ出た。
そうやって彼女と話せたから、俺は一日気分のいいままバイトを終わった。とうに高校生の帰らなければならない時間を過ぎ、店長に挨拶をしてから真っ暗になった外へ出る。しかし外の土砂降り具合に、さっきまでの気分は吹っ飛んだ。辺りの音を完全にかき消して水が地面にぶつかっている。梅雨の雨らしく雨粒は細かいのだが、だいぶ量があり、これは自転車で駆け抜けたとして帰ってからが大変そうだ。
誰かがビニール傘を置いていたりしないだろうかと、勝手に使ってはいけないと思いつつも傘たてに目を向けてみた。するとそこには一本の傘がぽつんと残されているではないか。女物の傘だが、こんな日に忘れて帰るなんてあるのだろうか。
そこで俺は、傘の柄に小さな紙が貼り付けられているのに気がついた。近づいて見てみると、きれいな字でこう書いてある。
『女物ですが、よければ使ってください。』
……これは、誰に向けた言葉なのだろう。もしかしてもしかしたら俺だろうか。店の中にはもう店長しか残っていないし、その店長は車で出勤している。これを使ったとして、ばちは当たらないんじゃないか。
しかし女性らしい傘をさして歩くのは恥ずかしいからやはり自転車で駆け抜けようと思いもう一度顔をを上げて、雨のひどさを再確認して、俺が使うなんて見当違いだったらごめんなさい、と傘の主に謝りつつお言葉に甘えることにした。
次の日も雨だった。俺は玄関に干していた傘をたたみ、今度はちゃんと自分の傘をさして店に向かう。昨日の晩よりは雨脚はましになっていて、たたんでいる傘を濡らさず持ってくることができた。店に着くと、『ありがとうございました。濡れずにすみました。』と書いたメモ用紙を傘の柄につけて傘たてに置く。これで持って帰って気づいてくれるだろうか。
見知らぬ人と秘密の会話をすることにわくわくしながら仕事をしていると、俺より少し後に来たバイトの女子高生が話しかけてきた。
「こんにちは。昨日、濡れませんでした?」
「それが、誰かが傘を置いていってくれたみたいで、しかもどうぞ使ってくださいってメモまで残してくれてたから、ありがたく使わせてもらって濡れなかったんだよ。いったい誰なんだろ」
「あ、気づいたんですね。よかったです」
「え……もしかしてあの傘って」
「なんでもないでーす」
そう言いながらまた彼女はすぐに去っていく。あの傘を残してくれたのは彼女なのか。俺が昨日傘を持っていないなんて知っている女性なんて、彼女と例の女子大生くらいしかいないはず。ほとんど交流のない人が、まさかあんなことをしてくれるとも思えないし……。
女子高生が、ただのバイトの先輩にがわざわざこんなことをしてくれるものだろうか。しかし一度そうやって考えてみると彼女はよくバイト中に俺に話しかけてくる気がしないでもない。
いや馬鹿か俺。自意識過剰もほどほどにしないと、一人身暦がさらに長くなるぞ。つーかバイト中だろ仕事しろ。
そう自分に言いきかせて意識を目の前に戻す。しかし視界の隅で自動ドアの開いたのが分かったのでそちらに視線を向けると、あの女子大生だった。濡れた折りたたみ傘を手に持ってこちらの方へ歩いてくる。目が合ったので会釈をすると、向こうは笑いかけてくれた。
「こんにちは。体調は大丈夫ですか」
「ああ、昨日の雨ですか? それが、同じバイトの子が傘を置いていってくれたみたいで助かったんですよね」
俺が若干照れ隠しでそう言うと、
「――そうなんですか。よかったです」
彼女は微笑を浮かべてもう一度会釈をしてから、よく行く本棚へ歩いていった。
*********
上旬に締め切りってなってますが大丈夫かな、とびくびくしながら。
皆さんが凄く深いものを書いている中で、私にはやっぱり日常の小さな罪の方が性に合ってるみたいです。
語り手の男が一番罪な気もしますが←
支援あげします!
『犯罪者達のワンダーランド』
そこは退廃的な場所だった。
死の臭いがそこかしこから香ってくるような地獄。
廃ビルと廃工場が折り重なった、複雑で起伏にとんだ地形。
下水が湧き出る泉には、薄汚い襤褸(ぼろ)切れを羽織ったゾンビみたいな負け犬達が、蟻みたいに群(むら)がっている。
「イやアァァァァァああぁぁあ嗚呼アアああアッッツッツ」
今日もまた悲鳴が空を劈(つんざ)く。
ここは“犯罪者達のワンダーランド”
名をアンダーグラウンド・ジ・アリス。
7月22日、シャツも汗で黄ばむほどに暑い40度近い日。
悪党たちの脳みそは蕩(とろ)け、崩壊していた。
その酷暑は元々安っぽい自制心などないに等しい、彼等の理性が決壊(けっかい)するには十分な衝撃だろう。
最初の殺人はG-7と名付けられた東部区で起こる。
狭いビルの隙間。
吹き抜けるビル風が生温くて苛立たしいという下らない理由で、殺人を犯した男が立っている。
男の身長は185cmより少しある程度。
一般的には背が高いががっしりとした偉丈夫が多いジ・アリスでは普通程度だ。
銀色の無造作な髪型と紫と碧のオッドアイ。
漆黒の軍服然としたここに住む者達にしては小奇麗な服装をしている。
一見すれば美形貴族のような殺人とは無縁な甘いマスクの持ち主。
そんな美男子を絵に描いたような男の目下。
ブロンズの長髪をした体格の良い女性の遺体。
真っ二つになって内臓や骨が丸見えになっている。
血は水溜りのごとく広く遠くまで流れていて……
その女性の遺体を抱きかかえながら、細身の黒髪ショートカットをした露出度の高い服装に身を包んだ女性が泣き喚く。
「ユーリスたん!? ユーリスたんが死んじゃったあぁぁぁぁっ! 悪魔っ、人でなし」
「何言ってんだ? ここにロクデナシじゃねぇ人間なんているのか?」
呂律(ろれつ)が回らないのか泣き喚く女は“ちゃん”という愛称部分をきっちり発音できていない。
涙ぐむ女性に殺人を犯した男は素っ気無く冷たい口調で告げる。
そして少しニヤニヤして見せた後、また口を開く。
「なぁ、お前。ここに来て何年だ? いや、何ヶ月……何十日?」
「昨日だよっ!」
どうやら目の前にいる女は最近ここに送られてきた新人らしい。
道理で知り合いが死んだ程度で随分と取り乱すわけだ。
納得したと同時に男は笑い出す。
「くっくくくくっくくくっ、はははははっ! そうかそうか、悪かったな。やっぱりそうか。お前魔女にだまされて食われそうになっていた所を俺に救われたのさ!」
「魔女?」
“魔女にだまされる”とはどういうことか、本気で疑問に思う女性。
しかし質問しようとすると男は手袋で覆われた手を突然向けてきた。
握手の振りをして何をするつもりだといぶかしんでも、女性は条件反射的に手を出し男の手を握ってしまう。
「まぁ、魔女の話は後にしようか。俺の名はサイアス。サイアス・マクヴァール。てめぇは?」
「ハルヴィ。ルシアス・ハルヴィ」
血に染まる路地裏で自己紹介など狂ってると思いながらも女性は名乗る。
サイアスと名乗った男に対して、ルシアスと。
………………
一旦区切ります。
「しっかし、ユーリスたんねぇ? たった1日でこのババァ、どうやって新人誑(たら)し込んだんだか」
「なっ、何を言っているんですか! 彼女は良い人で……昨日僕を助けてくれたんだ!」
口角を上げ馬鹿にしたような口調でつぶやくサイアスにルシアスは本気で食って掛かる。
彼女もここがまともな場所などではないことは知っているが、たった2日でこんなことになるのは想定外らしい。
相当取り乱していて、言葉遣いが定まっていない。
昨日のことを脳内で思い描きながら、必死でユーリスだった遺体の擁護をする。
「そうか。で、絡んでいた男の数は10人程度で赤髪の尖りヘッドが居たな?」
「なっ、何でそんなこと」
「そして、多分赤髪尖りの左横に居る黒い怪しげなフードつけた無精ひげ野郎が最初に声かけてきたはずだ」
「そっそうです! 全て当たって……」
しかし男は何よりも冷たい声で冷静に言う。
サイアスの予想は全て昨日の情景と一致していて。
恐怖すら覚えるほどだ。
まるで有名な話のように。
「分るよ、有名だ。そいつの手口だからな。いい加減殺すべきだと思ってた所さ」
「そっ、そんな……」
驚愕して上擦った声を出すルシアスを面白そうに見つめながら、男はぽんと両手を合わせにこりと猫のような笑顔を見せる。
そしてユーリスがジ・アリスでは有名な新人狩りであることを明かす。
絶句するルシアス。
「大丈夫だ僕っ娘。俺は親切だからな。このジ・アリスで1番っ、いっちばん……親切な男だ」
「1番……? 1番!」
「そう、1番だ」
ルシアスに人懐こい笑みを浮かべながらサイアスは目を大きく開く。
そしてルシアスの黒曜石のような瞳を見詰める。
1番大切という言葉はルシアスに異様に強く刻まれて。
かのじょはすっかりサイアスに依存するようになった。
催眠術。
サイアスがジ・アリスにて手に入れた力。
それを行使したのだ。
勿論ルシアスを自らの手駒として使うために。
………………
一旦区切ります。
ルシアスがサイアスの催眠を受けてから10日が過ぎた。
ルシアスはサイアスの根城に連れて行かれ、10日間全く外から出ていない。
ルシアスはこのアンダーグラウンドでも最高クラスの実力者らしく、根城は途轍もなく広くどうやったのか電気や水も通っていて相当暮らしやすいのだ。
外に出る理由がない。
そもそも、サイアスに外に出るなと命じられている。
深夜、サイアスの城3階にある1室。
ルシアスの部屋と書かれた札が張られている個室。
あえぎ声と衣擦れのする音が僅(わず)かに響く。
「なぁ、ルシアス。ここは罪を罪とも思わない屑どもしか居ないから怖いだろう?」
「はい、ごひゅじんしゃまぁ……」
「俺も心配なんだ。君みたいな純粋な娘がなんでこんな所に送られてしまったんだろうなぁ? 俺は君を護るよ。分るね、ここで君の見方は俺だけだ」
「ひゃい。ごひゅひぃんしゃまぁ」
巨大なシャンデリアに赤い絨毯(じゅうたん)。
調度品の全てが贅沢で華美(かび)な目に優しくない部屋。
ベッドのシーツや布団の色はピンクだ。
そんな部屋の中ではルシアスとサイアスの裸体が重なり合っている。
10台半ば程度の控えめな体つきをしたルシアスを犯しながら、サイアスは自分の行っている行為からは全く伴(ともな)わない言葉をルシアスに掛ける。
いつの間にやらルシアスは彼のメイドであり彼なしではいられない体にされてしまったようだ。
――――――――
G-7地区。
とうにユーリスの遺体は処理されていた。
赤髪の尖りヘアの男が立っている。
「許さねぇ。許さねぇぞユーリス姉さんの敵だ!」
――――――――
アンダーグラウンド・ジ・アリス。
そこは犯罪者達のワンダーランド。
警察達が匙を投げた凶悪な犯罪者。
彼等は皆一様に人間として一線を画した身体能力と夫々固有の能力を有していた。
サイアスは催眠術、ユーリスは特定の性質を持つ人物をひきつけて話さないホルモン。
そしてルシアスは――
アンダーグラウンド・ジ・アリス。
そこは人類を超越した悪党達の培養所にして、罪有る者達に対する居住区。
政府も逃げ出す化け物達の楽園。
悪は勝つ。
正義などない。
罪は……その者が罪と認識しなければ罪になり得ないのだ。
ここは殺戮も窃盗も破壊も許される咎人(とがひと)達の楽園(シャンバラ)。
あぁ、誰もが何の意味もなく死んでいく。
それもまた罪なのなら何と罪とは安いことか。
怒りを買い自壊するのも自由。
「死ねよサイアス。てめぇの時代は終りだ。間抜け野郎」
「あぁ、間抜けだな……俺はな、ユーリスの腰巾着(こしぎんちゃく)どもが嫌いでね」
「何が言いてぇ!?」
「俺が何でアイツを懐柔(かいじゅう)したか分るか?」
「…………」
「あいつは罪の世界を全て崩壊させる力だからさ」
ルシアスの力。
それは歪んだ最高の安堵(あんど)により呼び寄せられる。
彼女の父親は狂っていて、飴と鞭を使い間違えた男だった。
飴の使い方は間違っていなかったが、鞭の使い方が間違っていたのだ……
男は娘であるルシアスが初潮を迎えると執拗(しつよう)に狙うようになった。
それは最初は苦痛だったがいつの間にか快楽となり、ルシアスは依存するようになっていった。
普段は優しい父親の闇に接すたびにルシアスは崩れていく。
そして力は発動されやがて1つの町が砕け散ったらしい。
「あぁ、無意識とはいえ町をぶっ壊すようじゃ世界から排斥されるよなルシアス」
ルシアスは喋らない。
すでに腕と足を捥ぎりとられギリギリで生きている状況だ。
最初から知っていたことがある。
ユーリスの敵(かたき)と部下達は怒るだろうこと。
そして、このジ・アリスはいつか滅ぼさならないということ。
彼は自分が嫌いだった。
この肥溜めのような腐った場所も。
――――――――サイアス・マクヴァールは罪を罪として認識していて、償(つぐな)いたいと。
「ゴメンなルシアス。俺の勝手に付き合って死んでくれ」
ルシアスの町が吹き飛んだときよりはるか膨大(ぼうだい)な爆発により、ジ・アリスと呼ばれたゴミ捨て場は地図から消えることとなる。
催眠術・爆発・ホルモン、これらの異常能力をアリスと総称していたからこそ、アンダーランド・ジ・アリス。
不思議なことにアリスの力を持った者達はその後現れない。
これは名もない咎人が名もない英雄になった物語。
Fin
――――あとがき
久しぶりに書くことができました。
そして、随分遅くなってしまいすみません。
Up主の勝手が過ぎて本当にすみません(涙
どうでしたでしょうか犯罪者達のワンダーランド!
どの辺が題名通りだって言われると僕も?です(オイ
そして、物語の造りが変則的過ぎて分けわかめですよね(涙
正直、後一レスいやいや、500文字位多く書けば少しは分り良かったのかもですが、力尽きました(オイ
お目汚しごめんなさい。
第十回大会エントリー作品一覧!
No1 碧様作 「イカレタ正義と、 本当の罪」 >>456
No2 桜様作 「殺人と罪のシグナル」 >>457
No3 白雲ひつじ様作 「夕日に背く」 >>459
No4 那由汰様作 「名も無き罪」 >>460
No5 sherry様作 「堕落罪信仰」 >>461
No6 モッチリ様作 「The Sin」 >>462-464
No7 ryuka様作 「ガンジスの河原」 >>465
No8 瑚雲様作 「Do you know how to die?」 >>466
No9 Lithics様作 「ゲオルギウスの槍」 >>467-469
No10 涼奈様作 「天使と悪魔、天国と地獄」 >>472
No11 蝶崎結愛様作 「いじめ、その裏は、殺人。」 >>473
No12 03様作 「折りたたみ傘」 >>474
No13 風死作 「犯罪者達のワンダーランド」 >>477-480
以上、13作品がエントリーです!
03様へ!
投票期間のタグが付くまではエントリー大丈夫なので心配なさらず!
すみません! 私の作品の題名、変えました!
碧様へ
了解、直しました!
っと、暇があれば投票してみてくださいな(笑
もう、投票OKですか?
でしたら、
No.2と、No.10、No.13
をお願いします!
碧様へ
無論OKです!
じゃぁ、僕も投票しようか。
No4、No6、No10で行きます♪
モッチリさんすげぇ!
こんにちは(*´∀`)
そして、お久しぶりですね。
*No.6、No.9、No.12
の3作品でお願いします!
黒雪様
此方こそお久しぶりです^^
投票有難うございます。
……えっと、言い辛いのですが合作のほうにもたまには、顔出してくださいね。
いえ、勿論無理にとは言いませんが!
どうも、お久しぶりです;
覚えていらっしゃるか分かりませんが、今回は投稿できなかったので、せめて投票をさせていただきます。
実は初の投票で大丈夫なのだろうかと不安な気持ちがありますが……w
No12 03様作 「折りたたみ傘」
に投票いたします。
個人的に第十回SS大会の中で最も好きだったのでこの一つに絞らせていただきました。
日常の可愛らしい『罪』が読んだ後になるほどなぁと納得させてくれる、そう思わせてくれるような作品でした。
元々日常のものが好きだということもあるのですが、読んでいて内容が自然と入ってくるいいSSだなぁと心から思えました。
素敵なSSをどうもありがとうございましたっ。読んでいると自分も書きたくなってきますねw
PS:第十回到達おめでとうございます! このようなスレがまだ存在してくれること自体、とても嬉しく思います。全然と言っていいほど雑談に足を運ばなくなりましたが自然と立ち寄ってしまいますねw
これからも応援しております。頑張ってくださいb
こんにちは。投稿は大丈夫なようでよかったです。ありがとうございます!
さて、早速ですが私はNO.6、モッチリさんの「The sin」に唯一の票を投じさせていただきます。
これを読んだ後の投稿は非常に勇気が要りましたよw
それでは、一人でも多くの人が投票することをに願って。
支援上げですっ。
03様
*コメント及び支援上げサンクスです!
上げます。
上げさせて貰います!
誰でも良いから投票をばっ!
>>0風死さん
乱入すみません!副管理人2で御座います!
さっそく本題を・・・。
質問ご意見スレッドに、小説大会以外のお題系企画が欲しい、だから管理人が企画してくれ、という依頼が来ました。
で、です。
2つ考えたんですが、風死さん的にはどんなものでしょう?
<案>
【1】あくまでここは風死さんのスレだから自然進行でいく(やっぱ管理人が別途新規でお題企画を作るほうがいい)
【2】このスレッドをベースにTOP企画モノとしてデータ表示上部分や投票ボタンなどを抽出しつつ使わせてもらう(企画開催時期のときだけ。通常進行はもちろんスレ主さんである風死さんがリーダー。できれば企画時もお願いしたい・・・?)
お題企画入賞作品は、いつでも読めるように、小説図書館に新ページに企画殿堂作品として、コピペ保存していく予定です!
―――――――――――
【1】でも【2】でもどっちも有意義なことだし、どちらを選んだといって何の問題もないんで、安心して下さい!(これを始めるのは、少なくても来年春以降になると思うんで・・・・ゆっくりじっくり考えちゃって下さい!)
いろいろ書いてしまって、すみません。
来年頭くらいまでに、今回の返事もらえると助かります。
どうぞ、よろしくお願い致します。
>>493 副管理人2様
お初にお目にかかります。
正直、管理人連絡版のほうはあまり顔を出さないので事情が少し飲み込めないのですが……
それに関する答えは個人としては明確です。
私自身最近はあまり来れないですし、近々信頼の置ける他の人に管理を任せたいなどと考えていた次第で……
【2】の選択肢でお願いします!
では……
第十回大会「罪」結果発表
1位 モッチリ様作 「The Sin」
2位 涼奈様作 「天使と悪魔、天国と地獄」03様作 「折りたたみ傘」同率
3位 Lithics様作 「ゲオルギウスの槍」 風死作 「犯罪者達のワンダーランド」桜様作 「殺人と罪のシグナル」 那由汰様作 「名も無き罪」同率
という結果になりました。
そして、票数など酷かったらこれにておしまいにする予定だったのですが、副管理人2様の提案に則り、このスレは残すことにしますね。
>風死様
ご回答有難う御座いました!
【2】ですね。ありがとうございます。
そしたら、企画にするべく
(とはいっても、多分風死さんより丁寧にできない・・・・目標にします!)
今までのデータを活かし、コピペ、リンクさせてもらいつつ、掲示板とは別の企画ページ(データベース)に整えていきます!
企画回・ルール等も、そのまま継続した(つづきみたいな)形で進行させてもらってもいいですか?
掲示板だと「良いものが上がる」機能はないため継続は一層難しく、気軽に一抜けされる中、何年も続けるっていうのは一体全体、大変な苦労ですよー!
一本芯を持ち、続けてきた風死さんの姿を、本気で尊敬してます!
風死さんのご苦労を、無駄にしないよう、夏大会と冬大会の間のミニイベントとして、定期的にカキコ全体で継続していきます!
開始準備のため多分来春以降になるかと・・・・よかったらのんびりと待っていて下さいね!
こんにちは! 運営お疲れ様です、ありがとうございます^^*
あの力作たちの中で2位という高順位をいただけて非常に嬉しいです!
もっちりさんやはり強かった。
投票してくださった皆様に心から感謝いたします。(これ、投票期間中に言っちゃいけないきがするので辛いですw)
作品は短編集のほうに転載させていただこうと思いますっ。
それから、何やら管理人さんサイドと協力して新しい形式で企画が存続するようで、嬉しく思います。
なかなか全て読んで投票すること自体簡単でないので、運営が厳しいですよね……^^;
よりたくさんの人が参加する企画になることを願って、余裕があればまた何か書かせていただくと思います!
御無沙汰しております。
エントリーしておいて投票出来ず、本当に申し訳ないです……
あんな拙作でも三位に入賞出来て、とても嬉しいです。何やら運営さんとの企画もあるようで、どのような形にせよ、また機会があれば参加させていただきたいと思っています!
では、ご挨拶まで。ありがとうございました。
03様へ
最近コメント残せずすみません。
ご足労頂感謝しています!
僕の主催の大会は閉幕ですが、僕がいなくなるわけじゃないので……これからもよろしくです♪
リシクス様へ
拙作って。
謙遜しすぎですよ(苦笑
いつも暖かいコメント有難うございます。
管理人さん方が動くまで多少時間がありそうですし、上の03様のコメで閉幕とか言ってますが、もう1回位自分主催の大会を開こうかな、とか。
どうかな?
副管理人2様へ
お話は理解しました。
そんな風に言ってもらえる日が来るとも思っていなかったので、何といいますかこそばゆいです。
取りあえず、宜しくお願いします。
……その前に、最後の自分主催の大会を開かせて貰いますね?
では。
さぁ、私が主催する最後の大会です!
これより開始っ!
……願わくば、今まで最高の大会になりますように!
こんばんは。
初めて投稿させていただきます。
SSの意味もろくに理解していないようなにわかですが、宜しくお願いします。
タイトル「なんにもないんだよ」
*****
「ねぇ、空ってどんな色?」
「えっ!?」
唐突に声をかけられ、フェンスに寄りかかっていた少女、ツバサは勢い良く振り向いた。ツバサの背後には、中学生位と思しき少女が空を見上げて立っていた。平日の昼間だというのに、彼女の服装は黒いジーンズと紺色のTシャツ、赤系のチェック柄パーカー。このあたりには私服で通える中学校は存在しないし、あったとしても給食前のこんな時間に外を出歩いていい訳がない。
やがて少女がツバサの方を向くと、2人の視線がぶつかって、ツバサは無意識に目を逸らした。
「中学生が昼間から、私服で何やってんだ。って顔だね」
心を読まれたみたいで、ツバサは驚き再び少女を見た。少女は真っ直ぐにツバサを見つめている。
「とりあえず、こっちに来なよ。落ちちゃうよ?」
ツバサと少女を隔てるフェンス。ツバサはその外側に立っており、少女と足下を交互に見ている。足下はコンクリート。それも、1歩踏み出せば遥か下の地面に落下しかねない。落ちれば助かるかはわからないが、ツバサはそんなこと分かりきった上でフェンスの外側に立っている。
「……そうだな」
ツバサは少女と話してみたくなり、外側に出るときに通った隙間から内側へと戻った。隙間を通る際に飛び出した針金に右腕を引っ掻かれ、引っ掻いた所が白くなると共に痛みが現れる。
少女の前に立つと、彼女の身長の低さを実感してしまった。頭1つ分は違うだろうか。目線はかなり下に向いている。
「そのセーラー服、東高の制服だよね。学校は?」
「サボり。あんたこそ学校は? 私服でこの時間に出歩いてるってことは、中学サボってるか北高かだろ」
ツバサは素っ気なく答えて少女に問い返す。少女はなんとなく困ったような素振りを見せてから答えた。
「一応、先週で16歳。高校は通ってないの。通ってもどうせ、皆とは違うから」
皆とは違うから、と言う言葉がツバサの中に響いた。見た目は少し低身長なだけで、普通の少女と変わらない。何か学校に馴染めない理由があるのか。
「なあ、お前の名前は? あたしはツバサ」
「そら」
少女が――そらが答えたのを聞いて、ツバサは質問を投げかけた。
「そら、最初にあたしに言ったあれ、どういう意味なんだ?」
空ってどんな色? という言葉についてだ。普通に青と答えれば良かったのか、それとも何か捻った答えをすれば良かったのか。どちらにせよ、ツバサはその質問に答えられなかった。
「そのままの意味」
そらは言葉を続けた。まるで普段から同じことを繰り返し言っているかのような、滑らかな口調と淀みのない声で。
「私の“そら”って名前は、私が生まれた日の空の綺麗さが由来になったんだって。でも私は全色盲ってやつで、生まれた時から色がわからない。お母さんが“今日の空は、あなたが生まれた日と同じくらい綺麗よ”なんて言っても、それがどんな色の空なのかはわからない。だから私は尋ねるの。空ってどんな色? って」
そらの透き通った声に誘われて、ツバサは何気なく、ポツリポツリと話始めた。それは、ずっと隠していた気持ち。親のこと、学校のこと、自分のこと。
ツバサの両親は、ツバサに興味を持たなかった。何をしても相手にされず、居ないも同然に扱われてきた。それが育児放棄というやつだと気付いたのは、中学校に上がる少し前のこと。振り向いてもらいたくて、相手にしてほしくて、ツバサは部活にも入らずに必死で勉強をした。けれど両親は、ツバサを見てくれなかった。学校にも仲のいい友達がおらず、ずっと1人だった。そのうちに自分の存在価値を見いだせなくなったツバサは、死を考えるようになって、よく学校をサボっては高い建物を探し歩いた。
でも、結局そこから飛ぶ勇気はなくて。
「あたしにはツバサなんて名前があるけどさ、翼はないんだよね、どこにも」
いつの間にか太陽は先程よりも高いところから2人を照らしていた。主婦たちがチラホラと見える程度のすいた屋上駐車場。隅で膝を抱えた2人の少女は、同じ空を見上げた。
「あなたの翼はきっと、まだ見つかっていないだけ。死の先には、何もないよ」
そらは小さな声で呟いた。
「死んだ後のことって考えたことある? 私は1度だけ、見たことがあるの」
「へえ、どんなもんなのさ」
突然の話に驚きつつも、ツバサはなるべく落ち着いた声で返答した。そんなものは本で読んだくらいだ。生きている人間には知る余地もない。
「無いんだよ、なんにも。なんにもないんだよ」
白でも黒でもない無色の、けれど死者には見えるその世界。そこには何も無いとそらは言う。元々色が見えないそらが見たものだから、というものではない。確かに、死の先は“無”なのだ。
「ねえ、ツバサ。ツバサには色が見えているんでしょ? だったら、その色に満ちた世界を捨てないで。私に見えない、綺麗な色の空を見て」
そらはそう言って立ち上がった。数歩前に歩み出てからツバサの方を振り返り、もう1度、ほんの少し空を見上げる。そしてツバサの目を見たそらは、微かに笑った。
最後に、呟くように、風に乗せるように言葉を発した彼女は、自分に翼が無いと知りながら、フェンスの外側へと消えていった。
「死の先には、なんにもないんだよ」
あなたはどうして、なにもない“無”の世界へと飛んだのですか――?
*****
駄作で申し訳ないです。
無というテーマから思い浮かぶものが少なく、無って何だろうと考えた結果がこれです。
最終的にそらが飛んだ理由も、自分で書いたくせにちゃんと理解できてません。
ただ何となく、書き始めたところから「この子は飛んでしまうんだろうな」なんて。
兎にも角にも、最後までお読みくださりありがとうございました。
最後かー、これは参加しないとですね。
最初の方は結構頑張ってましたが途中から一個も書かないし投票もしてなくて、ちょっと申し訳ないです。
title:無意味って何ですか?
『んなもん全部無意味なんだよ!』
テレビの中で、悪役がそのように吠えている。眉間に皺を寄せて、荒々しい声で、横柄な態度で。見ている者に不快感を与えるような、そんな雰囲気を纏っている。
無意味、そういう言葉がふと耳の中に残った。
「意味が無い、か……」
「どうしたの、急に?」
私が何の気なしに呟いてみると、お母さんが反応した。台所から、包丁でまな板を叩く音が聞こえてくる。テンポよく刻まれるこの音が、とても気持ち良い。
「いや、ちょっとね……」
この世に意味の無いことなんてないし、必要ない人間なんていない。どの世界の“良い人”も、必ずそう言う。悪役は決まって、使えないものは必要ないと言う。
いつもいつも、そうなっている。主人公が誰かを切り捨てようとはしないし、悪役が仲間を大事にしようとはしない。誰かを無駄だと切り捨てるのが、間違ったことだと皆が決めつけている。
いや、多分それは悪いことで違いないのだと思う。私だって、それは言われたくないし、人に言っちゃいけないと判断している。
言っちゃいけない、だから必要ない人がいるって言っちゃダメ。そう思うと、正義はいつも頼りない。根拠が無いから。
悪役はいつも、筋道を立てる。力の無い者がいようといまいと、世界は変わらないって。
「私もきっと、そういう人の一人なんだろうな……」
秀でているものなんて何一つない、普通の少女。取り得と言えるものはないし、いなくなったからと言って喜ばれるほど、嫌われてない。影響力の無い人材。
こんな私が生きている意味ってあるんだろうか。
「何馬鹿なこと言ってるのよ。ご飯にするわよ」
そう言われてテレビの電源を切って台所へと向かった。醜悪なヒールの姿は消えて、食器の擦れる音だけが響く。
「今日はあなたの好きなものばかりよ」
確かに、今日の晩御飯は私の好物ばかりが机に並んでいた。嬉しいとは思っていたが、考え事をしていた私の反応は小さかったようで、それが気になったお母さんは怪訝そうな顔をした。
「どうしたの? 具合悪い?」
「そうじゃないんだけど……」
そして私は、さっきからずっと感じていることをお母さんにうち明けた。無意味、っていうことについて。私もそういう人じゃないかって。
するとお母さんは、ちょっと複雑な表情をした。にこやかに笑って説き伏せるか、叱るのかを逡巡しているようでもある。
意を決して、お母さんは口を開いた。
「お母さんは、無意味なものなんて無いと思うよ」
「そうなの?」
「うん、そうよ」
「じゃあ、私にはどんな意味があるの?」
待ってましたと言わんばかりに、お母さんはそこで微笑んだ。
「あなたは私を幸せにしてくれた」
「……それだけ?」
「そうよ。充分じゃない。お金を積んでも満足しない人もいる。それなのにあなたは、ここにいるだけで私を幸せにしてくれる」
「じゃあ、私は、価値があるの?」
「数字じゃ表わせないぐらいのね。そんなものよ、皆。どんな人だって、どんなものだって、たった一人の幸せのためにあるのよ。そして、誰かを幸せにするのは、とても尊い事で、これ以上なく素晴らしい事」
無価値だなんて、誰が言うことができると思う?
いたずらっぽく、お母さんは笑った。
「じゃあ、無意味って言葉はどうしてあるの?」
「うーん……」
しばらくお母さんは考え込んだみたいだけれど、割とすぐに答えは出たみたいだ。私と目があったお母さんの目に、一切の曇りは無かった。
「意味がないものなんてないんだ、って教えるためにあるんじゃないかな?」
「じゃあ、無意味って言葉が無意味なんだ」
「そうじゃないって、今言ったでしょ。ちゃんと教えてくれることがあるじゃない」
「それもそうか」
お母さんは優しく私を抱きしめたかと思うと、すぐに離した。夕食が冷めてしまうと思ったからだ。
「せっかくあなたの好きなものを作ったのよ。冷めないうちに頂きましょう」
「うん。じゃあ、頂きます!」
これが、私がまだ小さかった時の、あなたのおばあちゃんとの会話よ。
そう言う風に、私は自分の娘に向かって回想を締めくくった。
「だから、あなたも私を幸せにしてくれた。それだけであなたは大切な人間なの」
「そうなんだ!」
昔話が終わると、娘は私の膝から立ち上がった。何か吹っ切れたようにはしゃいでいる。スキップをして、鼻歌を歌って。
近所迷惑になるから止めなさいと言うと、元気な声が返ってきた。
「今の話、私も自分の子供ができたら言うんだ、絶対に」
それを聞いた私は、何だか誇らしさでいっぱいになった。
やっぱり、お母さんの言ったことは間違ってなかった。この世に無意味なものなんてない。この小さな営みを、無意味だなんて言わせるものか。
あの日のお母さんと同じように、今日の私は娘の好きなもので食卓を埋めた。
―fin―
久々に短編書いたなー、とか思いつつ反省。
このテーマ難しいですね……。
ストーリー的なもの全然思いつかなかった。
そして自分が男だから女言葉ムズイ……。
ていうか喋り方気持ち悪くないかな。
最後に記念に参加できただけで満足です。
多分投票もさせていただきます。
[母の面影]
ある冬の朝、目覚めるとベッドの脇に人影があった。
あまりにびっくりしたもので、僕は声も出ず叩けば音が出るくらいに固まって動けなくなってしまった。
僕は数年前から一人暮らしであった。故に、家に誰かがいるという状態は、異常事態なのだ。
人影は、固まった僕のことを少し笑って、おはようと言った。言ったような気がした。
影には、口はもちろん顔すらなかった。
「……お、おはよう」
ぎこちなく挨拶を返す。
彼女は女の子だと、ふと、ごく自然に理解できた。僕より少し、年上くらい。
果たしてそれを人影と呼んでよいものか、僕は悩んだ。真っ黒な影がそこに確かに存在するのであれば簡単だったのだが。と、いうのも、僕の目には、いつもと変わらぬ僕の部屋以外のものは映っていなかった。
彼女はどこにも居ないのである。けれどもそこには、不確かで曖昧で不安定な彼女は、居る。僕には分かる。大変な矛盾であるが、そうとしか言えないのだ。
思い出したように、目覚まし時計が騒々しく鳴り出した。慌てて、止める。五時三十分。どうやら、アラームのなる少し前に目覚めたらしい。
早起きだね。彼女は言った。
「まあ、朝ごはんとお弁当、作らないといけないから……」
ふうん。彼女は関心した様子であった。
僕が朝食を作ろうと階段を降りると彼女も、てとてとと足音を立ててついて来て、僕の料理の様子をまじまじと観察し、テーブルに並べられた簡単ではあるが見栄えの良い小皿と、カラフルな弁当を見て、また感嘆の声をこぼした。
僕は少し得意になる。これまで、どんなに上達しようが料理の腕を自慢するような相手は居なかった。
彼女は、その日一日僕について回った。
気さくな彼女は授業中であっても話しかけてくるため、少し困りものだったけれど、僕が小声で彼女と会話をしていようとも誰も何も、言わなかった。
僕には友達が居なかった。友達はおろか友達以下の、少し話す程度の人も、居なかった。
そうやって、誰とも目も合わせぬように生活をしてきた。
別に、コミュニケーション恐怖症なわけでも人間不信なわけでもなく、望んで、そうしてきた。強がりでも無い。
だから、僕が見えない誰かと話しているのが聞こえようとも、誰も不思議には思わないのだ、と、そう思う。
僕は彼女が見える訳ではなかった。それ以上に、僕ではない人たちは彼女を感じる事すらできなかった。彼女は僕ではない人にとっては、一切、何もない、からっぽであった。
*
今日もいつもの如く、終業のチャイムがなると足早に図書室に向かい、鞄を乱暴において読書を始める。
日が暮れる頃。これもまたいつもの如く司書の女性が部屋を出て行く時間だ。
「じゃあ……戸締り、よろしくね……?」
はれものに触るかのような、慎重な、怯えた声。
司書の女性が図書室を出て行こうとする時、僕は読みかけの本を机に叩きつけた。
女性は悲しそうな顔をして、図書室を出て行った。
僕の隣に座っていた彼女も、びくりと肩を跳ねさせ、驚いていたので僕は少し申し訳なく思い、謝る。
「いつもこうやって、威嚇をするんだ。僕に話しかけると怖いぞ、って。驚かせてごめんね」
彼女は、そっか、うん、分かった、と言った。
僕は本を持って読んでいたページを再び開き、栞をはさんで、また置いた。今度は静かに。
「いつもはここでずっと本を読んでいるんだけど……今日は、君がいるから」
彼女が大きな瞳で僕を見つめるから、僕は目をそらして少し微笑んだ。
「折角だからちょっと、話をしようか」
*
僕は非常に読書家だと、思う。
家事と勉強以外には、読書のほかに趣味は無いから、あるだけの時間を読書に費やした。
子供の頃に、僕と同じように読書が好きだった母は僕に、本を沢山買い与え、読み聞かせ、考察をし、面白さを熱弁した。僕が字を読めるようになると、母は喜んで更に本を与えた。感想を聞かせるたびに、また、喜んだ。「本を沢山読めばえらい人にも頭のいい人にも、優しい人にもなれるのよ」、っていうのが、口癖。
僕は母が好きだった。言う通り、沢山読んだ。
僕はそれを今もなお重んじている。人の命は有限だ。死ぬまでにどれだけの量が読めるか。内容を理解でき、尚且つなるべく速く読めるように、訓練を積んでいる次第だ。
僕は、本の内容にはあまり興味は無い。
僕の日課は、放課後に図書室で学校にいられる限界まで本を読むことなんだ。
でも、図書室には当然人がいる。委員会の人、司書の人、利用者。本を借りたり読んだりするには当然、事務的な会話は必要だね。
それでも僕がとっても我慢をして図書室を利用しているのは、図書室には、大量の本があるから。
お金はあった。両親が遺した、大金。だけど、それを切り崩して本を買えるほど多くもなかった。
両親は焼死体になったんだよ。
山奥で、車で、事故が起きて、ガードレールから外れ、谷底に落ち、火を噴いた車の中で、あっけなく死んだ。
でも、僕はもうそんなこといいんだ。親戚もみんなそれぞれいろんな理由で、ぽろぽろ死んでいるから、お葬式も少人数で印象薄かったし。それになんだか、全然悲しくないんだ。
保険金をたくさん、自分たちにかけていたみたいで。だから、お金には困らないし。
*
彼女はこくんこくんと頷き、所々に相槌を入れながら、僕の話を聞いてくれた。面白い話でもないのに熱心に聞いてくれている事も驚きだったが、見ず知らずの彼女に身の上話をする気が起きたことのほうが僕は驚きである。
原因は彼女の暖かさであろう。彼女の息遣いや声の、体温は、遠く深く、捨てた母の思い出を掘り返させる。
*
「ねえてっちゃん」
「読み終わったのね。どうだった?」
「てっちゃんはいっぱいご本を読んで、偉くなるのよ」
「そうなったら母さん、とっても嬉しいな」
母の横顔。抱かれた手のぬくもり。愛おしさ。そして。
*
「…………あ」
彼女につんつんと僕の肩をたたかれて、記憶の波に呑まれていた僕はふと現実にかえった。彼女は心配げに、大丈夫?、と、首をかしげる。
「ごめん……なんでかな」
唇が震えて、声が震えて、ぼんやりとした感覚があとを引いた。
マフラーで顔を、涙の跡を隠し、街灯がぽつりぽつりとともる薄暗い道を彼女と歩いた。
その日は、誰もいない家に帰り、重い体を引きずってシャワーを浴び、泥のように眠った。
*
目を覚ました僕は、かすむ視界でかろうじて八時を示す時計を捉えた。
さっと顔から血の気がひく。まずい。
跳ね起きて、急いで準備をしようとすると、
「ね、ねえ!」
と声がした。更に驚いて、声のする方へ顔を向けるとそこには、セーラー服を召した二つ結びの女の子があった。
「今日は土曜日……だよ」
申し訳なさそうに微笑む彼女を見て、僕は気づいた。これは昨日の、見えない、あの、彼女である。
彼女は制服のスカートを叩いて、今度はにっこりと笑った。つられて僕も、笑いがこみ上げてこらえきれずに少し溢れる。
「……ご飯にしようか」
「うん」
とはいったものの、彼女は物を食べることができないらしかった。
僕が朝食を食べるのを見ながら、彼女は僕に言った。
「この世界のものに触れることはできない。干渉してはいけない。それが、ルールなんだ、けど……」
彼女は少し悲しそうな顔をして、それから、
「だけど、私は君に会いに来たんだよ」
にいっと笑った。
酷い目眩に襲われ。目の前の景色が思考といっしょにぐるぐると混ざって。色が、暗く汚くなっていく感覚があって。
僕の目には黒以外何も映さなくなった。
頭の中に彼女の声が響く。
「ねえ、てっちゃん」
目には何も映らないけれど、僕は、宙に浮いていた。風ではない、冷たい空気が満ちた、暗い、さみしい世界だと、僕は思った。
「てっちゃん……」
彼女はもう一度、僕を呼んだ。会話を嫌う僕を、てっちゃん、などと馴れ馴れしく呼ぶ人など僕は、一人しか知らない。
「大きくなったね?」
母親だ。
どうして気がつかなかったのだろう。思い返せば顔立ちも笑い方も喋り方も、母親にそっくりではないか。
「おかげ様で」
僕の喉から、震えた、弱々しい声が溢れた。
しゃべることは出来るらしかった。母はふふふと笑った。
「てっちゃん、覚えてる? 小学校で、ゼロを習ったときのこと」
「…………」
「『ゼロは他の数字と、ひとつだけ種類が違うんだよ。十分の一だって百分の一だって、ゼロでない限り絶対に、ちょっとだけでも、ある、んだよ。でもゼロは本当に、本当に何も無いんだよ』、って言ってたね」
「……覚えてない」
「そう、残念だわ。その後、てっちゃんがなんて言ったかも忘れちゃったのかな?」
僕は首を横に振る。
「『死んじゃったらさ、死んじゃったあとってさ、ゼロみたいなのかな』って言ったのよ。その時母さんはてっちゃんに、さあ、それは誰にも分からないわ、って返したけど」
僕の視界にすっと現れた、僕と同じように中に浮く母親の顔を見たとたん。
僕は全身が凍りついた。
冷たい汗が吹き出す。彼女は耳まで裂けた口元を釣り上げて、目を、大きく開いてこちらを見ていた。
「今ならわかる。私にはわかる。死後の世界は本当に何もなかった。冷たい場所だった。だけど私だけはゼロじゃない!だって私にはあるもの……」
彼女は口を大きく大きく開いて、黒い空に高らかに叫んだ。
「貴方への憎しみが!」
*
僕が小学校五年生の夏、僕は父と母と、山の避暑地に旅行へ来ていた。
一年ぶりの家族旅行ではあったが、僕には億劫で面倒で居心地が悪くて、仕方がなかった。 多少裕福だった僕の家では、裕福さに甘えて物とお金でつながった見せかけの絆を育んでいたから。旅行だって、形だけの家族ごっこにすぎない。
父と母はせめて形だけでも良い家族になろうとしていたのかもしれないが、僕には形だけの家族を作ることをゲームのように愉しんでいるように思えた。本当のところはわからないし理解する気も無かった。
僕にとってはただの、家庭などには関与しない金ばかりの適当な男と、理想を息子に押し付けて遊ぶ女というだけである。
その日、僕はひどく気分が悪かった。
灼熱のビル街から山中の涼しい所へ来たのだ。風邪でもひいていたのかもしれない。もしくは、移動中にずっと本を読んでいて、車に酔ったのかもしれない。
次の日は森林浴をしよう、という父の提案で、山の中を車で一通り走ることになっていたが、僕は体調が悪いから旅館にいるよ、と言った。体調が悪いのも理由の一つではあったけれど、嫌気がさしていたというのが一番の理由だった。森林浴なのに、疲れると言って歩かないあたりがどうにも、偽物っぽいのだ。
夜、僕は眠れなかった。
ため息を吐き、寝ている両親を起こさぬよう、こっそりと服を着替えて外に出る。
夏の夜風は冷たく、重ねた服を抜けて行った。上着を着てきて良かった、と思った。
部屋から出てくるときに持ってきた文庫本を片手に、ふらふらと旅館の前に停まっている車の間を歩く。それほど夜は更けておらず、電灯はまだぎらぎらと光っていたから、本が読めると思って、僕は自分の家の車のとなりに座り込んだ。
ミステリー小説であった。車にばれないように細工をするというトリックで、人を殺す話。車の専門家に微に入り際にいり取材をした、そのリアルさが話題の本だ。
僕は家から持ってきた工具をポケットから取り出して、本を読み返しながら車を降りるときに仕掛けておいた、鍵がかからないというトリックで車の扉を開けた。
僕は、ミステリー小説のトリックを再現することが不可能に近いことを知っていた。
だから、運がよければ、という気持ちで車に細工をした。
運良く、ブレーキが山の中で故障し、両親が谷底に落ちやしないか、と。
その日の夕方、両親の代わりに旅館に帰ってきたのは、警察であった。彼は泣き出しそうな顔で言った。
「いいか、落ち着いて聞くんだ。君のお父さんとお母さんは……事故で、亡くなった」
落ち着いて聞いていられるわけは無かった。僕は震え、倒れ込んで、笑いながら泣いた。
*
母は全て知っていたというのか。いや、そんなはずはない。ないのに。
くるくると思考を空回りさせる間に、どこからともなく火が出て、彼女の服が燃えて肉が焦げる香りがして、みるみる母は変わり果て、やがて黒くくすんだ焼死体となった。
原型を留めていない腕を彼女が上へ突き上げる。
何かが僕の体を貫通した。
死は、眠りのようであった。
何も持たぬ、ゼロの僕にとっては。
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お久しぶりです!
最近の大会に参加できなくて……すみません。
最後ですって、これは参加しなくちゃ、と思って、頑張って書きました。
テーマ難くて……! あんまり関係なくなっちゃったかな、と苦い気持ちです。
それと、トリックの、細工のところなど違和感には目をつぶって頂きたいです……。
文字数オーバーだと言われたので二回に分けました。
オーバーになるまで書いたの初めてで、ちょっと感激です……!
投票にも参加しようと思っています。
書けて、投稿することができて良かったです♪
すみません言い忘れました!
最初の方は玖龍という名前で書いてました。今はあまだれと申します。
【なんにもないひと】
「──────騙された?」
「お金、全部盗られちゃいました。馬鹿ですよね、俺」
彼はそう自嘲気味に言った。
*
話を聞いていくと、彼が通帳の残高がゼロになっていることに気付いて、そのとき半同棲状態だった恋人に電話を掛けたがつながらず、それ以来音信不通になってしまった。そこで彼は、初めて自分が彼女にお金を盗られたことを確信したようだ。
彼は私のバイト仲間である。バイト先は、雑居店の二階にあるさびれかけのレンタルビデオショップ。働き始めたのは彼のほうが後だし年齢も私より二歳下だから、仲間というより後輩といったほうが正しいかもしれない。
普通の男の子だった。勤務態度はそれなりに真面目で、礼儀正しくて、良識があって、閉店後に卑猥なDVDをこっそり借りたりしていて、飲み会で先輩に無茶振りをされても嫌がらずにやってくれて──。
そして、帰る方向が同じであるため、私と彼はバイトが終わった後に途中まで一緒に帰ることも珍しくなかった。
*
「今、その女がどこにいるか分からないの?」
普段ならどんなに嫌いな女の人に対しても「その女」なんて言い方はしないのに、つい口を突いて出てしまう。
「あー、何か彼女が働いてるって言ってた会社に電話して訊いたら、そんな人はおりませんって言われて…………彼女、俺に嘘吐いてたみたいです。もう名前すら本名だったのかどうか怪しいですよ」
十二月の冷たい風が顔に吹きつけられる。
私の横を歩く彼の言葉が途切れて気まずい雰囲気になった、ような気がした。何とか会話を続けなければ、と私は腐心する。
「ご両親には、あの、このこと話したの?」
「俺に家族はいません」
「…………じゃ、じゃあご親戚とか、」
「そんな人はいません」
まるで普段の世間話をしているかのような声の調子。さっきから淡々と彼の口から発せられる言葉のひとつひとつが、私にとっては遠くかけ離れた世界の出来事であるようだった。
「──彼女、すげー良い子だったんですよ。可愛いし、料理もうまいし、気が利くし、」
彼の声がだんだん小さくなっていく。私は、彼を直視できなくなった。
「騙されてたなんて、信じたくない」
そして彼は独り言のように、呟いた。
胸の奥が焼き焦がされるような気分────────どうして彼が騙された? どうせ騙すなら、もっとお金を持っていそうな人にすればよかったのに。もっと、今まで何不自由なく幸福でいた人にすればよかったのに。
「あ、何かすいません菊池さん。こんな暗い話」
「いや、そんなことない、よ」
これ以上、何と声を掛けるべきなのか分からなかった。もしここで無神経な言葉をかけてしまったら、今もろくなっている彼の心を傷つけてしまいそうだから。
彼のほうも何か話をしてくることはなかった。私はコートの重さだけではない、重い身体を引きずって、ただただ歩く。
少しすると、やっと自転車屋のある交差点までやって来た。駅から比較的近くであるせいか、多くの人が信号待ちをしている。バイト先からここまでは十分もかからないはずなのに、今日はとてもとてもとても長く感じた。
「じゃ俺、家こっちなんで」
「うん」
そう言って、彼は私に背を向ける。
「────菊池さん、」
私には、彼が震えているのがはっきりと分かった。
「何?」
「俺絶対負けませんから」
「…………うん」
「絶対に、なんもないとこから這い上がってみせますから」
「うん」
「だから、ちゃんと見てて下さい」
信号が青に変わった。そうして彼は顔を上げて、雑踏の中に入り込んでいく。私は決して小さくはないその後ろ姿を、いつまでも眺めていた。
(end)
-------
前回の投稿から随分経ってしまいました;
投票とか全然出来てなくてすみませんorz
今回はぱっと題材が浮かんだので投稿させていただきました(・ω・)
……まだまだですね! お目汚しすみません←
絶望の中に小さな光が見える、みたいな話を書きたかったようです((
お、おお?
久々に来てみたら、なんと最後!?
では私も久しぶりに小説を書き残していきますねー。
【空っぽだった、】 Part1
「ちょ、ちょっとちょっと光輝君? この日記は何?」
「何、って……提出物ですが……」
「白紙じゃないの! はい再提出!!」
ばしっと、女性教師に薄っぺらい冊子を返された。
僕はキッ、と一瞬だけ先生をにらんだ。
「良い? 課題は‘‘夏休みの思い出‘‘よ? ちゃんと思い出して書くの!」
「思い出して、って……」
「色々あるでしょう? 誰かとどっかに遊びに行った、とか……」
「……」
「……とにかく、出さないと成績にバツつけるからね!」
なんて理不尽なんだろう……この人。
本当に、書くこともないのに。
「はあ……」
とぼとぼと、夕暮れの中を歩く僕。
1日のできごとを3ページくらいにまとめるという、簡単な課題なんだろうけど。
僕にとって、それは重すぎだと思った。
夏休みの思い出、だなんて、何て卑屈な課題なんだろう。
「あ……あいつ……!」
ぼそっと、何か声が聞こえてきた。
何気なく振り返ると、どこかで見たことあるような顔がそこにはあった。
「ほら! やっぱり弱虫光輝君じゃん!」
「本当だ! やーいやーいそんなとこで何してんだよゆーとーせー!」
「どうせあいつのことだから、日記の課題に手こずってんだろ!」
「友達、いねーもんなー!」
「「やーいやーい!」」
遠くの方で僕にそんな言葉を投げつけてくる彼らは、確かクラスメイトだったはず。
ここは無視をするのが妥当なんだろうけど、僕は敢えて口を開いた。
「前にも言ったけど、頭の悪そーなやつ嫌いなんだ」
はっきりと、思ったことを言い放ってやった。
そうして日記を持って、すたすたとただ帰り道を急いだ。
「な、何だよあいつ……!」
「前って……始業式の……」
「……あーあ! ゆーとーせーってつまんねーよな!!」
「お勉強のことしか、考えられねーんだもんな!」
勝手に言っていればいい。
僕には全然関係ない。
「……ただいま」
がらりと、家の戸を開けた。
台所に立っているのは、お婆ちゃんだった。
……この光景も、段々と馴染みつつある。
「……あら光輝君。早かったねぇ?」
「うん……今日から授業が短縮なんだ」
「ふうん……あ、ほれ、夕食の手伝いをしておくれ」
「うん」
ばさっと白紙の日記をテーブルの上に置いた。
未だに何を書けば良いのか、分からないけど。
慣れない手つきで僕は夕食の手伝いをした。
「いただきます」
「うんうん……たーんと、お食べ光輝君」
「うん、お婆ちゃん」
「……んん?」
お婆ちゃんはくっと体を屈めて、いつの間にか滑り落ちていた僕の日記を手に取った。
ぱらりと、捲る。
「あらま……光輝君、何にも書いてないのかい?」
「うん」
「……もしかして、あの時のこと……」
僕は、咥えていた箸を、机の上にそっと置いた。
お婆ちゃんの顔を何となく見れなくて、ずっと俯いていた。
「何を……書けるの……?」
「……光輝君……」
「夏休みの思い出なんて、僕にはないよ」
僕は立ち上がった。
そうだ。そうだよ。
僕に、思い出なんてあるわけないんだ。
「ちょっと光輝君!! また白紙!? いいかげん怒るよ先生!」
「……何でですか」
「もうーっ! 何でもいいのよ? 本当に。白紙はダメよ、白紙は」
「無理ですよ、先生」
「どうして? 何か悩んでるの?」
帰りのチャイムが鳴り響く。
紅くなった教室の中には、僕と先生の2人きりだった。
「僕に、夏休み最後の日以前の記憶がないからです」
またしても、はっきりこう言った。
僕は夏休み最後の日に、両親との旅行から帰ってきたらしい。
然しその帰りの道路で交通事故に遭って、両親は即死。
僕は頭を強打して記憶喪失。
起きた時自分が誰かも分からない、死んだような恐怖に見舞われた。
今は唯一の肉親であるお婆ちゃんが、僕の世話をしてくれている。
大分慣れてはきたけど、僕の記憶の関係上彼女とは他人も同然。
つまり、僕には思い出も他人への信用もない。
もちろん、記憶を失う前も友達がいたかどうか知らない。
もしかしたら、いなかったかもしれない。
「え……だ、だって先生は、ただ病院に運ばれた、って……」
「そうですよね。だって言ってないですから」
「どうして!?」
「……あんまり、意味ないかなって」
「んもう! それを知ってたら先生だって……!」
「ということなので、その日記は白紙で良いですよね」
「え……ま、まあそういう理由なら……」
「では、失礼します」
良かった。
これで意地でも書けと言われていたら、どうしようもなかった。
これで、良かったんだ。
「良かった、んだよ……ね……」
だって僕は自分が本当は誰かなのかを知らない。
夏休みの間、何をしていたのかを知らない。
それなのに。この物足りない感じは何なのだろう。
この、空っぽで、何か寂しいこれは何なのだろう。
田んぼの横の、広い道を歩く。
昨日と違って、片手に薄っぺらい日記帳はなくて。
昨日と違って、何だか気持ちが重たくって。
足を、止めた。
「……」
ぶわあっ、と風が勢い良く僕に流れて込んでくる。
そうして夏の暑さを引きずった暖かい温度が、体に染み付く。
そんな時だった。
「あ、おいおい弱虫光輝君じゃねーか!」
「何だ何だ? 今日はあの真っ白な日記は持ってねーの?」
「はあ? 親も友達もいねーんだろ? 思い出なんてあんのかよ!」
盛大な笑い声が、直接刃となって身体に突き刺さるようだった。
その言葉の一つ一つが、とても痛かったんだ。
「……るさい」
「……はあ? 小さい声で聞こえね……」
「うるさい!!!」
「「「!?」」」
僕の中からそんな声を聞くのは初めてだった。
といっても、まだ1週間も経っていない、曖昧な意識に在る自分だけども。
いつの間にか僕は、一番体の大きな男の胸ぐらを掴み上げていた。
「お前らに何が分かるんだよ!! 何も知らないくせに!!!」
「……!! 上等じゃねーかこの弱虫野郎!! てめーみたいなクズのことなんて知りたくもねえ!!」
「やっちまえやっちまえ!!」
「この……クズ野郎が!!」
がっと繰り出した拳が、僕の頬に見事めり込んだ。
尻もちをつく僕。今度は僕の方が胸ぐらを捕まれる。
「てめえみたいな弱虫なんてクラスに必要ねえんだよ!!」
もう一度、今度こそ強い勢いで殴られる。
首がくたっとしてしまった。青い空だけが狭い視界の先に見えた。
僕はぐっと目を瞑って、思い切り頭を起こす。
あいつの頭と、ぶつかる。
「いでッ!? て、てめえ……!!」
「う……うらあ!!」
僕は、小さな手をただぐっと握りしめて、あいつを殴り飛ばす。
何も、何も知らないくせに!
「何すんだよこの野郎!!」
「それはこっちのセリフだよ!! どうして皆、僕が悪いみたいに言うんだよ!!!」
「はあ!? お前がネクラなのがいけねーんだろうがよ!! この引きこもり野郎!!」
「うぐっ!? そ、そんなの……知らない、よ……」
「!?」
「僕だって……僕だって!!」
僕だって——————好きで、こんなんになったんじゃない!!
「僕だって……こんな、こんな空っぽな気持ちは……嫌なんだよォ……!」
僕は、いつの間にか涙を零していた。
今の僕が知る限り、‘‘初めて‘‘。
Part2
その後どうやって家まで戻ったのか、もう覚えてはいなかった。
ただ真っ赤に膨れた頬を見たお婆ちゃんの姿が今でも目に焼き付いている。
大丈夫かいって、誰かにいじめられたのかいって。
僕はそのどちらも否定した。
それは、僕のせいでもあったから。
「……はい、それでは皆、また明日!」
「「「「「さようならぁーっ!」」」」」
椅子を机の中にしまう忙しい音の中。
僕は掃除当番でもない為そそくさと教室から出ていった。
そっと頬に貼ってあるシップに触れる。
やっぱり痛いな、と改めて思った。
田んぼを通り過ぎていく。
俯いたまま、地面に転がった小さい石なんかを眺めながら歩いていた。
「……でさあ……」
「だよなーっ! ……んで……」
「あ、それが……」
声が聞こえてぱっと顔を起こす。
何だ……あのクラスメイト達か。
彼らは堂々と道路の真ん中でケタケタ笑いながら歩いている。
そういえば奴らも同じ通学路だった。
自然にも頬の痛みが蒸し返される。
歩くテンポを遅めようと、そう思った時。
「————え」
彼らの真横から、突然車が飛び出してきた。
「危ない————!!!!」
必死になって僕は叫んだ。
昨日よりもっと、もっと強い声で精一杯叫んだ。
関係ないのに。大嫌いなはずなのに。
覚えていないのに、体だけは覚えてる。
事故が起こる、あの瞬間の恐怖だけが頭を過った。
「うわああああ!!!」
激しく甲高い音で車が唸る。
急ブレーキでぐんと曲がった車の目の前に、彼らがいた。
いや、その前に、何故か僕がそこにいた。
「はあ……はあ……っ」
「お、おおおいお前!! な、何なんだよ、何が起こって……!」
「おいやべえぞこいつ! 血! 血が、血が出て……!」
「救急車だあ!! 救急車呼ぶぞ!!」
痛さと眩暈と夏の日差しが僕をぐるぐるにして、そのまま意識を失った。
でも僕はその時、運良くも全てを思い出したんだと思う。
「ん……っ」
微かに瞼を揺らして、そっと視界を開いた。
ぼやけてはいるけれども、どうやら真っ白い部屋の中のようで。
頭もなんだかぼーっとしている。
包帯でぐるぐる巻きにされている腕や足を、見てみた。
ああ、僕轢かれたんだっけ。
なんだかそんな気はしなかった。
直後、バタンという勢いのある音が僕の耳に突き刺さった。
僕も驚いて、その音が鳴った方へ向いた。
そこには。
「あ……!」
「おい、大丈夫か!?」
「うわ! す、すっげえ包帯……」
僕を苛めていた、3人がいた。
「え、えと……」
「その、俺たち……」
「ご、ごめん!」
「!」
な、何だ、一体……?
もしかして、自分たちのせいで僕が怪我したから、謝りに来たのか?
罪滅ぼしの、つもりなのかな。
「……別に」
「! お、お前!」
「ちょ、ちょっと抑えろよ!」
「喧嘩はやめよーぜ!?」
「お前……! お、俺たちが、どんだけ……!」
ぐっと、握りしめていた拳、今度は静かに僕の前に差し出した。
僕が何気なく顔を上げると、そいつはぱっと顔を逸らした。
そして、ん、ともう一度僕の顔の前で腕を上げる。
「……やる」
「……?」
「やるってば!」
ダン! と何かを押し付けて、一番大きな男子は病室から消えていった。
残された2人は、僕に向かって苦しく笑う。
「わ、悪いな……ホントに。それ、受け取ってやって?」
「本当の本当に俺たち、心配してたんだぜ? その、今まで悪かったな……」
「今度また一緒にサッカーとかやろうぜ! じゃあな!」
2人はそれだけ言うと、あっという間に病室からいなくなった。
ぽかんとした僕は、布団の上に乗っかっていたある物を見た。
それは。
「え……」
小さな、飴玉だった。
「何で、こんなもの……」
包み紙がやたらと安っぽくて、思わずそれを優しく開いた。
大きな飴玉が、ころんと姿を現す。
ん?
「包み紙に、何か……」
かさっと、開いてみる。
『悪かった。ごめん。————でも』
「え……」
『ごめん。俺はお前がキオクソーシツってやつだって、知ってたんだ』
思い出した。
僕は、彼らの友達だったんだ。
でも、ちがう。
僕は、記憶喪失になって次の日。
始業式の日に言ったんだ。
『頭の悪い奴嫌いだ』って。
嫌いだって、言ったんだ。
友達だったのに、言ったんだ。
「はは……バカなのは……僕の方じゃないか……」
今更、思い出したんだ。
Part3
「……んん? 何かしら……え……————日記……?」
『9月1日 天気 晴れ
ちょっと前の僕には、記憶がなかった。
仕方がないので、今の気持ちとかを書き留めたいと思う。
ずるいって? だって先生が言ったんだ。何でも良い、って。
夏休み最終日。僕の両親は死んだ。
その時、僕の記憶も一緒にどっかへいってしまったらしい。
僕は記憶を失ったまま、学校に通うことに決めた。
記憶のない僕は、始業式のときに困った。
誰が友達だったとか、そんなこと当然覚えてなくて。
だから言ってしまったんだ。
僕にちょっかいを出す人たち全員に、『大嫌い』だって。
今になって、後悔してる。
僕に記憶はなかった。
だから、誰がどう傷つこうが構わなかった。
それが例え、ほんの少し前まで、友達だった人たちでも。
仕方なかった。
僕には、記憶がなかったんだ。
こんなに泣いてしまうほど、後悔するなんて、思ってもみなかったんだ。
記憶を思い出した今。
口に出すのは、ちょっと難しい。
だからここには書く。
ごめん。ありがとう。
お母さんも、お父さんも死んでしまって。
悔しくて悲しくて、今はいっぱいいっぱいだけど。
この日記を書き終える頃には笑っていたい。
先生ごめんなさい。
そして皆も。
僕は皆が言っていた通り、弱虫だ。
今だって、言えないことをツラツラとこんなところに書いてる。
だから、ここにだったら何でも書くよ。
だって、この日記の先は何が描かれるか分からない。
真っ白な景色ばかり広がっているから。
僕の思ったこと、全部書けるような、そんな気がするから。
さて、そろそろ、3ページが終わりそうだ。
書きたいことも、言いたいこともたくさんあるけど。
今はやめとこう。
今度、いつか、口で笑って言える日が来たら。
その日に全て、ぶっちゃけよう。
僕はきっと、今日という日を忘れない。
何度、何も無いような、何も覚えていないような。
また真っ白い世界に放り投げられても。
忘れない。』
「……もう……こういうことは、いつも先生に言って、って、何度も……」
どうやら、提出期限には間に合ったようだ。
先生が一人で、嬉し泣きしていた。
思わず、僕も泣いてしまいそうだった。
帰り道。
僕の足に、トンと何かが当たった。
振り返ると、あの3人が————友達が。
思い切り、手を振っていた。
僕は足元転がったサッカーボールを拾って、駆け出した。
もう、空っぽじゃない。
END
*久々にやったら事故りました。
SSって難しい! うん!(泣)
まあ、うん……あれですよ。
人は一人じゃないよって、心を満たしてくれる何かが必ずあるよって。
たったそれだけのことです。
長い上に意味不明でした。
まあ、最後の最後まで楽しんだ、ということで(笑)
ではでは〜。
【正しい世界の作り方】
ある所にひとりの神様が居ました。
神様は、ひとりだけ居ました。 ずっとずっと、ひとりだったのです。
神様は退屈しました。
そうだ、何か創ってみよう。
神様は思い立つと、まず無色の世界を作りました。
丸一日かけて、ゆっくり、丁寧に。
神様は上機嫌で、明日は何をしようか考えました。 神様にとって、初めての悩み事です。
でもすぐに答えは出ないのでその日は出来上がった無色の世界を抱いて眠ることにしました。
翌朝、神様は色を作りました。 世界に、それを塗る為に。
青は海、緑は森、白は砂、それから、夜の黒。
世界は思ったよりも大きくて、神様の色塗りはまた丸一日掛かってしまいました。
でも、神様は上機嫌です。 神様は考える事に夢中になりました。
嗚呼、こんなに楽しいことが、あったのか。
翌朝、神様は世界を眺めて感じました。
嗚呼、寂しいな。
そこで神様は音を作りました。
風の音、波の音、木々の揺れる音、大地の揺れる音、雷の走る音。 それはまるで世界の鼓動のようでした。
これでもう、神様は寂しくありません。 音を聞くことが出来るからです。
色のついた世界に音が満ちる様に祈りを込めて、神様はそれは沢山の音を作りました。 丸一日かけて、じっくりと。
翌朝、神様は繰り返すばかりの世界に命を作りました。
無数の個性が、世界を彩ります。 どれひとつ重ならない、無数の個々。
ひとつひとつを、一日かけて。
日が暮れる頃、命たちは疲れたのか、だらけ果ててしまいました。
これはいけない。
神様は明日作るべき物を察しました。
生み出したのだから、僕が責任を持たなければ。
神様はそう呟いて一日を終えました。
翌朝、神様は時間を作りました。
誰も命を無駄にしないように、命に終わりを作りました。
そうして、終わってしまう命を謳歌出来るよう、命に言葉を与えました。
無色だった世界はもう、すっかり騒がしい世界になっていました。
でも、神様にとって、それはとても嬉しい事でした。
満たされた心に喧騒を聞いて、神様はその日とても深く眠りに落ちました。
翌朝、神様は少しだけ後悔しました。
神様が終わりを与えてしまったせいで、随分と世界から命が消えて居たのです。
少しだけ狼狽えて、神様は悩みます。
彼等に何を与えれば、命を無駄にせず、命を紡ぐだろう?
悩んでいる間にも命たちはどんどん消えていきましたが、日暮れの頃、神様は漸く答えを導き出しました。
空が段々と藍色に傾く頃に、神様は月と太陽を浮かべました。
命たちが、精一杯生きるようにと。
翌日、流石に疲れてしまった神様は、一日お休みすることにしました。
世界の紡ぐ噛み合わない旋律、命の綴る儚い喧騒、満たされた心。
それらを抱えて、神様はとても幸福な疲労を感じました。
長い長い一日。
何もしないと、一日は長いんだなぁ。
神様はそんなことを思いながら、疲れた体を横たえました。
相変わらず喧騒の絶えない世界を隣に、疲れた瞼はすぐに落ちました。
翌朝、神様は世界を眺めて驚きました。
そうしてとても悲しい気持ちになりました。
いつの間にか世界に神様の居場所はどこにも在りませんでした。
長い長い一日の間に、命たちは神様を忘れ、武器を手にして、お互いに醜く争って居たのです。
神様は必死に世界を元に戻そうとしましたが、命たちは手にした武器で神様を脅かしました。
嗚呼、どうしてこんなことに。
悲しみに暮れた神様は、大粒の涙を流しました。
涙は世界に落ちて、色を奪い、命を押し流し、音を掻き消してしまいました。
そうして、ただ無色の世界ばかりが残ったのを眺めて、神様は漸く知りました。
――翌朝、世界の在った場所には何も在りませんでした。
神様も、無色の世界も、涙のあとも。
Fin.
--------
ども、ご無沙汰しております。
たろす@です。
えー、ユーザー主催最後の大会、と言うことで参加せねばと思い、執筆して参りました。
いやー、詰まらん話になりましたな←
お題を見た瞬間に題材とかストーリーとかは思い付いたのですが、何度書き直しても読んでいて詰まらない。
多分6回ぐらい書き直して今に至るのですが、結局あんまり面白くないですねw
オチはですね、神様は暇潰しに世界なんか作らずに、自分を消してしまう事が一番幸せだったんじゃないのかな。
それを最後に悟って、自分も含めて全てを『無』にしてしまいました。
的な話です。
ちなみに、神様が浮かべた月と太陽には「雄と雌」と言う意味があります。
蛇足ですねww
であであ、こんな駄文で失礼いたしました。
ひとつずつ読んで投票する時間が取れれば投票にも参りたいと思います。
【無の中の夢を】
「あーァ、何も無くなっちゃったよ。」
僕は笑っていました。
ーーー
真っ白い部屋。横には空間を仕切る青いカーテン。
病室です。僕は入院患者です。
妻にずっと「食後のスナック菓子はやめて」と言われ続けたのにもかかわらず、自分の意志を通し続けた結果です。かるい心筋梗塞でした。中々家に帰ることは出来なさそうです。
妻は僕が入院してから一度も病院に来ていません。高校生と中学生の子も来ません。別に来るなんて思っていませんが。
「お爺ちゃん、早く元気になってねえッ!」
「わかった、わかった。」
カーテン越しに何か声が聞こえてきます。確かにお隣はお爺ちゃんでした。
それからは、ちょこちょこ娘さんらしき人の声も聞こえます。家族皆でお見舞いに来てくれたのでしょうか。
何も無い僕には、羨ましくて仕方がありませんでした。
ーー
翌日、まだ空は藍色でしたが、目が覚めました。毎日5時に起きていたからでしょう。入院しているときくらいもっと朝寝してもいいのにとか思いつつも、起きてしまいました。
僕は考えていました。
(美晴さん、毎日おいしいご飯を作ってくれたのに、食後に菓子を食べて、済みませんでした。)
(美乃、高校はしっかりと通えているか。父さんに似て、飽きっぽいから心配だよ。)
(美咲、部活は頑張っているか。美咲は勉強もできるし、母さんに似たな。)
そして、僕は日が昇ったころには寝ていました。いつのまにか寝ていたわけではありません、意図的に眠りました。
それからはずっと寝ていました。ただただ、眠っていました。
ー
検査なんかも終わり、また夕方。1日が早いような短い様な、とても不思議な気持ちです。
ガタリという、音がしました。誰かが来たのでしょう。また、お爺ちゃんの所でした。
「お爺ちゃん、お爺ちゃん、もうお月様が出ているよ。」
僕のベッドの前を通って窓の方へ、お爺ちゃんのお孫さんは行きました。
その隣にはお爺ちゃん、そして多分お孫さんのお母さんがいるようです。
「ねえねえ、お月様って可哀想。」
いきなり、彼女は言いました。僕は少し気になって彼女の声を聴いてみました。
「だってさあ、お友達がいないんだよお。空ってあんな広いのに。かわいそう。」
子供には子供にしか感じない事、感じることが出来ないことがあるのでしょう。僕は興味深く思いました。
確かに言われてみればそうですね。あんな異空間とも思われるような空に、一人ぼっち。特に星が出てない夜なんて……。あんな偉大な存在なのに、今の僕と同じだなんて。
「ううん、そんなことはないんだよ。」
「え?」
お爺ちゃんはゆっくりと語りだしました。
「もっともーっと遠いんだけど、いっぱい友達はいるの。いま私たちが住んでいる“地球”もお友達の一人だよ。遠くでも、お友達だから寂しくないんだよ。」
僕は少しカーテンをめくり見ていました。すべてを知っている様な、美しい眼をしていました。
ーー
また、いつもの様に日が昇りました。
すると、お爺ちゃんがカーテンをめくり、こちらを覗いてきました。ちいさく、お早う御座います。と呟きました。
「昨日の話を聞いてただろう。」
お爺ちゃんは優しく微笑みました。
「あ、は、はい。」
「君の嘆きを何度か聞いたよ。」
「え!?」
そういえば、ぶつぶつ独り言を言うのは昔からの癖です。こんなところでも言っていたのか、恥ずかしい・
「あれは君へのメッセージでもあるんだよ。」
僕は彼の瞳に飲み込まれていました。
「長生きしなさい。仲間は沢山いるよ。」
そう、彼は微笑んだのでした。
【End】
うはあ、意味不明ですね。有難うございました。
投票にも参りたいと思っております。
【真夏の夜空】
声が出てしまう。彼が行ってしまってから、喉に突っかかって言えないでいた言葉が零れてしまう。頬がくすぐったい。視界がぼやける。こんなにも星が綺麗に輝いているのに、私の瞳から出るものに邪魔されてしまう。ポロポロと零してしまう。情けない私。悔やんで願うことしか出来ない私。そんな哀れな姿を星たちが見ている。
あの時と同じように星たちが瞬く。彼が教えてくれたベガもアルタイルも、きっと変わりなく美しい。
「君は、この先新しい経験を数多にしていくだろう。このことはきっと記憶に埋れていくものだよ。」
「私は忘れない。忘れることなんてできない。だってこれは一一」
恋だもの、と続く筈だった声は喉に埋れていく。だって、彼が塞いだから。私の唇に彼の綺麗な指が触れる。話すことを止めるためだとは思うけれど、私の胸は高鳴る。ドキドキとするのと同時に、ずるいと思った。
言わせないってずるい。彼は私の気持ちを知ってるくせして、気づかない振りをする。いつだって、私が彼に告白する直前に止めさせてしまうのだ。
彼は何処か遠くに行くと言った。もう会えないとも。
最後の日、海で言おうとした熱弁は彼に止められる。剣呑と熱が篭る目を彼に向けさせれば彼は悄然と呟いた。
「君が刻む時と、僕の時間は違うんだ。」
私は理解が追いつけなかった。今日で終わりだという焦りと口に出せないもどかしさで、拒んでしまった。その事を尋ねようと口を開くけれど、彼は困ったように微笑むばかりで、私は何も言えなかった。本当にずるい。
何も言えない。吐露出来ずにいる気持ち。じゃあ、これの行く先はどこになるのだろう。
私がしょんぼりと項垂れると、彼はまた小さく笑った。月の光が彼を照らし、砂浜に座る二つの影を大きくし、肌は美しく反照される。どこか色っぽく艶やかだった。けれど、それとは反対に危うさを醸し出している。ふらりと彼が動けば消えてしまうような気がして、私は少し怖くなった。
時間が幾分と経った。そんなに時間は過ぎていないけれどそう感じてしまうのは、私と彼の間に付き纏うぎこちない空気のせいだろう。
彼が立ち上がる。私は、もう行ってしまうのだと理解した。私も続くように立ち上がって、彼の名前の後に、またね、と私は小さく付け足した。確証もない明日をどう言ばいのか分からなかった。いつも同じような台詞で言ってみたけれど、昨日とは全く違う感情で言ってしまう。恐れ、期待、そんなものがうやむやに、ごちゃまぜに混ざったものだった。
力む手はスカートの裾にシワを作る。私はどうやら彼の言葉に緊張をしているようだった。
「じゃあね。」
優しそうな声が鼓膜に響く。彼の声はいつもと変わったところがない。私は少しだけ悔しくなった。じわりと視界が揺れる。きっと涙が私の瞳に膜を覆っているのだろう。目尻から出てしまいそうな涙を彼が寸前に拭う。
「泣かないで。僕は君の涙を見たくない。」
そう言って、また溢れ出す涙を払拭するように頬を撫でる。あまりにも優しくするものだから今までのことは嘘なのかと思ってしまう。
「泣くのやめたら、また会える?」
困ったように彼は微笑んで、少し塩っぽい空気に息を零す。月が亡霊のように靡く雲に隠れ周りは藍色に染まった。彼の顔は暗くてよく分からなかったけれど、徐々に暗さに慣れてきたのか、少し彼が見えた。彼の目から何かが落ちた。雲の隙間から月光が些少に零れて、きらきらとそれを光らせる。彼は泣いていた。彼が私にしたように、指でそれを弾くように拭う。彼は少し目を丸くしたけれど、すぐにくしゃりと笑った。
「少し辛いんだ。ここの生活は、快適というわけでは無いけれど、その分周りの人達との絆を築ける。皆と笑って、悲しんでその一つ一つの出来事が凄い楽しかった。でもそれだけではなくて、隣に君がいてくれたからだと思うんだ。だから、別れるのが少し辛い。」
「それって」
告白?、聞こうとした言葉はまた指で塞がれた。彼の耳が真っ赤になっているのが見えて少しだけ笑ってしまう。彼は一瞬、怪訝そうな顔をしたけれど真面目な顔になった。
「それでお別れにしたくないんだ。それを言うときは戻ってきて、ずっと君といられることになったら。だから、待ってて。長くなるかもしれないし、酷なことかもしれないけれど、僕を信じて待ってて。」
そう言う彼は、ぽんぽんと私の頭を叩く。赤ちゃんをあやすように優しく私を宥める。じゃあね、とまた別れの言葉を頭上で小さな声で言い、触れる手は離れていく。私は小さくなっていく彼の背中を見ていた。辛いし悲しい。けれど、それは私だけではなくて彼も思っていることなのだ。だから、私はありったけの力で彼に言う。信じて待っている、と消えてしまう彼に。
私は、昔のことを思い出しながら、どこまでも続く波打ち際を裸足で歩く。
地平線を境にして滲み出す光。青より濃く、紺より淡い夜が散らばる星を瞬かせる。
引いては押され、押されては引いて幾度と繰り返される波は私を感傷に浸らせた。喉から呻く声は夜空を飛行する鴎にかき消され、後追って続く波の律動に宥められる。
私の心はあの時から空虚になったままだった。消失とした存在を思い返しては、私の失ったものを求めるように願い続ける。
もう会えないよ。彼はあの時そう言った。言及することは許されず、私はただ彼を見ていた。いつか、私に言ってくれるのだと淡い期待を寄せて。いつか、私が言うことを許してくれるのだと信じて。そんな思慕を瞳に込めて彼を見ていた。彼は遠い果てへ行ってしまったけれど、私はいつか、と思いに馳せ、願い続ける。
熱情を取り戻そうと。絶対に彼に言うんだと。そう夢を見る。私は、双眸に薄く張るものが零れ落ちないようにと夜空を見上げた。
*
毎回楽しく見ていたのですが、今回で最後だと知り、投稿しようと思いました。文章を書くのにえらく時間がかかってしまいましたが、かけたときの達成感が凄いものです。
この話は、彼が宇宙人にと思って書いたのですが、宇宙人だというエピソードを書けず、ぐだくだと別れのシーンを書いてしまいました。
駄文、失礼しました。
第十一回大会エントリー作品一覧!
No1 梓守 白様作「なんにもないんだよ」 >>503
No2 狒牙様作「無意味って何ですか?」 >>504
No3 あまだれ様作「母の面影」 >>505-506
No4 果世様作「なんにもないひと」 >>507
No5 瑚雲様作「空っぽだった」 >>509-511
No6 たろす@様作「正しい世界の作り方」 >>512
No7 逸。 様作「無の中の夢を」 >>513
No8 妙子様作「真夏の夜空」 >>514
以上、8作品がエントリーです!
最後の大会ということで僕もエントリーせねばと思ったのですが、結局間に合わず。
最後の大会で期間延長というのも美しくない気がして……
兎に角、兎に角!
最後に、僕の大会に最後に参加してくださった8人の皆様本当にありがとう!
これからはこのスレは管理人様方の管理体制に入りますが……
末永く通ってもらえると嬉しいです!
では、投票開始!
いくつ投票して良いのかなー、と思いつつ。
とりあえず、瑚雲さんとたろすさんでお願いします。
主催者が投票しないわけにはいきませんな(苦笑
私はくるー(あまだれ様)と狒牙様、たろす様に投票しておきます。
3番と5番の作品に投票させていただきます。
果世さんとたろす@さんに一票ずつお願いします。
投票だけになってしまいますが、どうかよろしくお願いします。
3個選べるんですねぇ。
ってことで以下お三方に1票ずつお願いしますっ。
妙子様
「無」というテーマで思い浮かんだイメージに一番近く、しっくりきました。
瑚雲様
一番泣けました。
たろす@様
一番意表を衝かれました(笑)。面白かったですっ。
以上です。
第十一回大会「無」 結果発表
1位 たろす@様作「正しい世界の作り方」
2位 瑚雲様作「空っぽだった」
3位 あまだれ様作「母の面影」
統計完了。
今回は同率の方もなしで……
まぁ、票数がそもそも少なかったのですが。
では、僕の主催する坦懐は終了です。
次からは副管理人様にパスです!
十一回分お疲れ様です。
途中全然参加できてなかったんですけど、楽しかったです。
こういう場でSSを書く機会を作っていただき誠にありがとうございました。
ああ……もっと早くに浮上するべきだった……!
するすると言っていたくせに参加ばかりか投票もせず申し訳ないです;
第十一回お疲れ様でした。
投票はしていませんが、参加された皆様の作品はすべて読んで楽しませていただきました。
入賞した方々はおめでとうございます!
運営してくださった風死さんも、参加・投票してくださった皆様もありがとうございました^^*