「女神の……判決?」
「えぇ。あなた方の行動は他の誰にでもなく、女神への背信行為です。罪は重いですが、死にはしません」
素の彼らを知っていたならば、その場面は絶対的にありえないような光景だったであろう。
五人もの大魔導師が、たった一人の青年の前で意気消沈とした様子で、怯えるようにしているのだ。
それを見ている青年は、確かに丁寧な言葉遣いなのだが、それのせいで威圧感を増しているように思えた。
どれもこれも真後ろにいる龍がその状況を招いているのだろうが、実質のところはそうとも言い難い。
確かに龍は魔術師などとは一線を画している存在なのだが、それでも五体の龍は召喚されたのだ。
魔術師が召喚できる魔物は、絶対的に召喚者よりも弱い個体であるはずなのだ。
なぜなら、魔物には召喚者の言うことを聞く義理はあっても義務は無く、抵抗されたら魔導師の命に関わる。
そのため、ネロがその龍を召喚するためには彼らが確実に裏切らないと断言する自信、もしくは彼ら以上の強さが求められる。
しかしだ、龍とは、体躯が大きければ大きいほど、その力は強くなる。
鋼鉄の門から顔を覗かせる五体の巨龍はどう見ても龍王と見て間違いないだろう。
つまりそれ五体全てが裏切らないと言い切れる、もしくは五体がまとめてかかってきても、ネロはねじ伏せられるのだ。
後者は人間としては信じがたいのだが、その可能性が強いと誰もが悟っていた。
「それでは皆さんへの罰をここに宣言します。大魔導師の資格剥奪、及び全魔力の生涯没収です」
その瞬間に空間内に凄まじい魔力の奔流が満ち満ち、周囲の気圧が高くなったかのように思われる。
とたんに、ネロの銀髪はうねるようにしてざわめき立ち、黒々と変色していった。
その姿は、まるで絶対的な力を持った、最高位に位置する帝王のように映るほどだ。
「生涯……没収?」
そんなこと、どうやったらできるんだと掴み掛かりそうになるのを、ゼカは必死に堪えた。
思い出したのだ、より強い魔力は弱いものをかき消し、龍族には魔力の発生を司る体内器官を壊す能力があると。
龍の気の込められた吐息、すなわちブレスと呼ばれる代物には、そういう性能があるのだ。
ふと目を配らせてみると、その先では五体のそれらは大口を開いてエネルギーを充填させている。
発射準備オーライ。
誰が言わなくても、それはすぐに察せられた。
「皆! 逃げ……」
「不可能です」
尻尾を巻き、踵を返し、おめおめと逃走しようとするゼカ。
周りの者にも避難の勧告をし、逃亡を促すために、叫ぶ。
だがそれすらも言い終えないうちに、ネロはそんなことはできないと、易々と断言してみせた。
大きな力が、一瞬にして炸裂する気配を、五人の大魔導師は文字通り体感してしまった。
ローブを翻し、はためかせ、敗走するその背中に、容赦のないブレスが浴びせかけられる。
その時に、彼らは自分の体から魔力が漏れだしていくのを悟った。
大きなタンクの底に穴が開いたどころの話ではない、もはや底が抜けきってしまったかのような、だだ洩れの現象。
それは全て、空気中に出た瞬間に龍の息吹きに燃やし尽くされてしまい、その存在が否定される。
気付いた時には彼らは、ただの一般の“人間”になってしまい、意識を失った。
「全ては、女神の仰せのままに」
胸の前で斜め十字を切った後に、神に対しての敬意を示すように天を仰いでネロは祈りの言葉を紡ぐ。
この罪人たちにも、どうかこの先の未来に必ず安住の時を。
歴代、最も心優しく、そして女神に最も忠実な黒の大魔導師の最初の仕事はそれだった、という話だ。
ようやくお終い。
長くなった上にラストが微妙で申し訳ないです。