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人の脳の中には“レッドゾーン”と“ブルーゾーン”が存在しているんだって。
それは別の言葉で“本能”と“理性”と言うが。
――――そこには住人が住んでいる……という話、がもしもあったとしたら信じるかな? 信じないかな?
もし“そんな者”が本当に住んでいるのだとしたら……面白いよね!?
☆ ★ ☆
「フン! 何いつまでもモジモジしてんだよ、“実”。……んん? 好きなんだろ? サッサとヤッちゃえばいいじゃねぇか!」
「キャーッ! やだレッド! 何処から湧いてきたのか分かんないけど、あんたこそ何考えてるのよッ! バカじゃないの!? エッチ!!」
「黙れアイル! 邪魔だ、引っ込みやがれ! あんまり騒ぐと××するぞ!!」
「……ッ!」
ああ…… 今日もまた僕の中で、赤(レッドゾーン)の住人“レッド”(♂)と、青(ブルーゾーン)の住人“アイル”(♀)が戦っている……。 はたから見れば痴話喧嘩にしか見えないかもだが。 仲がいいのか悪いのか……正直言って飼い主(?)の僕にも分からない。
……って、他人事じゃないんだけれどね。
だって……毎度の様に彼らが戦う理由は僕の事でなのだから。
レッドがああやって怒るのもムリないんだ。 あまりにも情けなさすぎる僕だから……。
タイトル『実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)』
はぁ…… って、今日だけで一体何度目のため息だ。
俺の名はレッド。 実がこの世に生を受けた瞬間から彼の中でずっと一緒に過ごしてきた住人だ。 俺にとって迷惑極まりない“おまけ”、アイルももれなく付いてきたんだけどな……。 どうせ彼女も俺と同じ事思ってンだろうけどな。
実のヤツ、マジで情けねぇヤローなんだ。 “情けない”って自覚してンくせに、変わろうとかして努力しねぇトコが余計に情けねぇんだ。 だってよ……“女”にいじめられっぱなしなんだぜ? 女にだぜ? 信じられねぇよな!?
男ならば女なんて押し倒して、服ひんむいて、力ずくで……
「バカ!!」
(痛ってぇ……)
……ったく! 誰だよ……って、そういや俺の他にはコイツしかいなかった。
俺のデリケートな背中を平手……じゃなくって拳で思いっ切り叩きやがったな、アイルのやつめ……。
白い生地に青い水玉模様が散りばめられた大きなリボンでポニーテールにして括った長い髪。
コレは実の隠れた趣味なのだろうか、ふくよかな胸の部分に青い糸で“アイル”と書かれた刺繍入りの純白の半袖の体操服に白い太ももをあらわにした紺色のブルマー姿……
黙っていれば結構可愛い女なのに……ん? かわいい!? なっ、何言ってンだ、俺っ……!
「もうっ!! レッドったら!
実ちゃんはねぇ、薫ちゃんの事が好きなの! 愛してんの! ……だからやられてもやり返さないのよ! ほーんと、あんたってば鈍感なんだから!
それに好きだから押し倒すとか、実ちゃんをあんたなんかと一緒にしないでよ! バカッ!!」
アイルの奴は今度は俺の後頭部をまたもや握り拳で殴ってきやがった。
女の分際で…… その細い腕にどんだけの力を秘めているんだ……。 油断した俺は尻もちをついてしまった。
(くっそぅ…… どーゆーつもりか知らねーが、この女……いつか絶対××シてやるからな……)
セットに30分以上手間暇かけてツンツンにキメたヘアスタイルを手に付けた唾で直しながら俺は立ち上がった。
まだケツがジンジンしてやがる。 こんな乱暴な女が本当にブルーゾーン(安全地帯)の住人で許されるのだろうか。 コレは彼女と戦うたびに段々と積り続ける疑惑問題。
はあ…… ヘアスタイルだけじゃねぇや…… 俺の自慢の暗黒マントまでも無惨に汚れちまった……
2>に続きます。
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ソレは置いといて……と。
アイルの言ってた通り、厄介な事に実はいじめている側、“薫”とやらいう名の色黒で、長身で、たくましい、さらに現在、彼等の通う中学の柔道部の部長を務めているという女に恋心を抱いているのだ。
大好きな薫のカラダを抱こうともしないで、いじめられながら自分の恋心を胸中にひっそりと抱いているだけで満足だなんて、ハッ! よくそんなんで我慢ができているもんだ。
やられても快感……とか、もしかして……もしかすると実のやつはM気質なのかもしれねぇ。
Mのヤツの心は俺には全く読めねぇ。 もし俺だったらそんな女、押し倒して、力ずくで……
――――いけね。 アイルがすげー怖ぇ顔してこっち睨んでるぞ……
――――何度俺は実に“いけ! 押せ! 系”の恋愛アドバイスをし続けてきたことか……。
黒ぶち眼鏡、七三分けヘアスタイルな“もやし男”な実だって一応は男なんだから、好きな女を“抱きたい”とか“キスしたい”とかいう願望はあるにはあるっちゅーらしいが。 ああ、ソレはこの前無理矢理しつこく聞き出して吐かせたから事実。 ただ、ナヨナヨしてるあいつの事だからなかなか行動に移せないだけで……。 全く情けない話だよな……
もし俺だったら、チャンスを見つけて……じゃないや、強引に作ってまででもして、そんな女、押し倒して、力ずくで……
――――うっわ。 やっべ! アイルがどこから持ち出してきたのか鉄製棘付きナックルを装着しだしたからコレ以上言うのはやめ……
「レッド、決めたよ、僕。 今日“やる”から……。 薫ちゃんに想いをぶつけてみる……」
今まではアイルの意見にばかり従っていた実が、今日初めて俺の意見に同意した。
ブルーゾーンに留まり、いじめに耐え抜き続けてきた実がついに俺のいるレッドゾーンに足を踏み入れてきたのだ。
ついにやる気になったのか…… ついに“男”になるってワケか……
「焦らないでね、実ちゃん。相手は女の子なんだよ、お手柔らかにね……」
実には器用に声のトーンまで変えやがって……俺に対してとは全く違う態度のアイルに、メガネを外して、七三に分けたヘアスタイルを両手でクシャクシャに乱した彼は優しくニッコリと微笑みかけた。
一瞬でもう“もやし”なんかじゃねぇ……マジで“カッコいい男”に変身して――――
「実ちゃん…… 素敵……」
右手に棘ナックルを着けたまま俺の隣でうっとりした顔をしている“乙女”アイル。
なんだか分かんねぇけど、胸がモヤモヤする……。
俺は実にジェラシーをしているのだろうか。
俺になんかに一度も見せた事もない、頬を赤らめたアイルの顔が妙に許せない――――
アイルが実の背中を押さないでずっと近くで慰め続けていた理由はもしかして……
「実のやつ…… うまくいくといいなぁ、アイル」
モヤついた気持ちのまま引きつった顔でアイルの肩に置いた俺の手を彼女は払い除けやがった。
俺とアイル――――
性格は明らかに正反対。
俺が彼女のタイプではない事は確実。
二人は棲む世界が違うから永遠に結ばれちゃいけない……運命。
俺もアイルも実のためだけに……実の事だけを考えて生きていかなくてはいけない。 彼の中の住人なのだから。
頑張れ、実。 アイルと一緒におまえの中で応援しているからな――――
3>に続きます。
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――――その後、実は思いきって薫に愛の告白をして奇跡のハッピーエンドとなった。
いつも会う度に実の事をいじめていたゴリラ……じゃねえ、薫が、実の告白を受けた途端、声をあげて大泣きしたのには、俺もアイルも本気で驚いた。
正直、こんなにドラマチックな展開になるなんか思わなかったし……。 実のヤツは結構溜まってたのかもしれない。 勢いあまって薫のくちびるにキスまでしやがったんだ。
あのヒョロい実と色黒ボーイッシュな薫。
はたから見れば思わずプッ! と吹き出しちまうくらいの不釣り合いカップルだ。
「手、繋いでも いい?」
「う、うん…… いい よ……」
なんだかんだ言ってもぎこちなさを堂々と俺達に見せ付けてきやがる甘酸っぱカップルになりやがった。 おかげでこっちは背中が痒くて痒くてたまらねぇ。
薫が実をいじめていた理由は“好き”の裏返しだったらしい。 全くじれったい。 女っちゅーモンは分かんねぇ。
好きなら『好きなのッ!』って、ガバアッ! とイッちゃえばい-のによ……。
俺なら常時“どっからでもかかってこいやァ!状態”で――――
受け身でいるばっかりじゃ……だめだよな…… 特に俺みたいな男は……
実…… おまえの様にできるかな…… 俺も――――
俺の方に背を向けて涙をすすっているアイルの傍にゆっくりと歩み寄った。
こいつは実に恋をしていた……。 俺がおまえにしていた様に……。
恋する相手がそれぞれ擦れ違ってはいたけれど、永遠に結ばれないという運命に逆らっていたのは同じ――――
こいつも俺も……初めての失恋を実感しているんだ――――
俺の体の奥の方から何かがブワッとこみ上げてきた。
気が付くと俺は――――彼女の手を握っていた。
俺はずっと前からズボンのポケットに忍ばせていた銀の指輪(リング)を彼女の細い指にくぐらせた。
「ナックルなんかより……こっちの方が似合うぜ……」
ずっと彼女に渡したかったこの言葉。
アイルの瞳の色と同じ色をした青色の宝石がキラリと光る。
アイル……。
本当は俺、おまえと戦いたくはないんだ。
本当はおまえを……押し倒して、力ずくで……××を……
《おわり》