Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.39 )
日時: 2011/12/25 20:21
名前: 瑚雲◆6leuycUnLw

【貴方と出会った海を。】


 聞こえるのは、波の音と鳥の声。
 蒼い地平線の向こうには、瞬く光。
 
 

 そんな海を眺めながら呆然と座っていたのは、1人の女性だった。
 茶色の髪が風に遊ばれている。そんな事にさえ気付かない。
 女性は、震える体をぐっと抱きしめた。


 『好きだよ…、愛夏』


 途端に、彼の声が聞こえた。
 でもそれは幻聴で、決して2度と聞こえる事のないものだった。
 愛夏、それは彼女の名前で、“まなか”と読む。
 茶髪の女性は、そんな名前を嫌っていた。


 『ぁ…あたしは……別、に……』


 嫌いだった。
 素直じゃない自分。ちゃんと言えない自分。
 そのせいで、最後まで彼の気持ちに応えられなかった。

 好きだったのに。
 好きで好きで…夜も眠れないくらい好きで。

 意地っ張りな自分が嫌いだった。
 “好き”の2文字も言えない自分が、世界で1番憎かった。

 「バカ……あたしのバカ……」
 
 愛夏は呟く。
 バカ、バカ…バカ、と。
 伝えたいのにもういない。彼はもう、何処を探してもいない。
 世界中探し回ったって、彼の優しい笑顔はもう何処にもない。

 彼は、この海に呑み込まれた。

 蒼くて澄んだこの海の底へ…沈んだ。
 海が彼を連れていった。自分への罰なんだと今更気付いた。
 
 「海なんて…嫌いよ……っ」

 彼と出会ったこの場所を嫌った。
 愛夏はもう1度自分の体を抱き締める。
 熱い砂の上にいたって、乾いた風を受けたって。
 思い出すのは彼の笑顔だけ。思い出すのは彼と築いた思い出だけ。

 自分のくだらないプライドのせいで、失ってしまったモノ。
 彼が自分の名前を呼ぶ事はもうない。
 そんな事、愛夏本人も分かっていた。

 
 『愛夏って…良い名前だね』
 
 『どうして……?』

 『“夏を愛する”って……素敵だよ』


 今の自分は到底自分の名前を愛せなかった。
 夏に、この海で、彼を失ったから。



 
 
 途端…彼女の視界は霞んだ。 
 何もできない無力な自分を噛み締めて、彼女は震えた。
 
 流れたのは…そう。
 海と同じ味で、海と同じ色をした雫。

 会いたい、会いたい。
 彼に…伝えたい。


 
 「好きだよ……ホントはね…ずっとずっと……好きだったの…」


 
 もういないのは分かってる。
 もう伝わらないのは、分かってる。

 
 「え…っ」


 ふと…彼女の背中が熱を帯びた。
 彼が後ろから抱き締めていた…あの温度と同じ。
 愛夏は咄嗟に振り向く。

 「…そ、っか……」 

 当たり前だよね。
 彼の姿は何処にもなかった。
 然し…それでも熱がそこにあった。
 彼が後ろから抱き締めてくれたあの感覚と…同じだった。
 
 
 それは太陽の熱じゃない。
 愛夏は断言する。あり得なくても、信じてもらえなかったとしても。


 錯覚なのかは分からない。
 然し愛夏には聞こえた。

 
 『僕も好きだよ…愛夏』


 そう言った彼の声が。

 

 気が付けば、愛夏の涙は乾いていた。
 それどころか…優しく微笑んだ。
 
 表情が綻んだのは、きっと海のおかげなんだと。
 愛夏はそう思う。
 
 そしてもう1度…海を眺めた。

 蒼い地平線。瞬く光と鳥の声。
 波の音が彼女の耳を、何度も何度も通る。
 澄んだ水の奥に、沢山の色が見える。 

 貴方と私が愛した夏。

 彼女は誓う。
 この海を忘れないと。
 彼と出会い、彼と愛し合ったこの場所を。


 忘れない――――――、そしてもう1度貴方に恋をする。


 愛夏はゆっくりと立ち上がる。
 潮の匂いが彼女の鼻をくすぐった。
 海の匂いが、彼女の心をくすぐった。

 蒼い海、白い光。
 紅い太陽と…黄色い砂。

 全ての色を覚えておきたい。
 彼女は裸足で、熱い砂の上を歩く。
 1歩1歩…ゆっくりと、思い出を踏み締めて。

 
 彼女が振り返る事はなかった。
 彼女が涙を流す事もなかった。

 それはきっと…この海を愛していたから。
 この海と、それと。

 優しい彼を――――――、愛していたから。



 *end*

 な、なんか…前作と同じ感じになってしまいました。
 それと長い。何故こうなった。
 読むのが辛いよ…うん。