初めまして。新参者ですが宜しいでしょうか? と言いつつ、書いていますが……。
ところで、「黒」=「盲目」という関連付けでも可能ですか? 不可だとおっしゃるなら取り下げます。
続きは、返答次第で書きたいと思っておりますので、宜しくお願いします。
【絵と光と盲目少女】
葉と葉の擦れ合う音が、外から聞こえて来る。
紙や、鉛筆、絵の具の匂いが混ざり合い、独特の匂いを漂わせる教室。窓からは、夕日の光が差し込んできて、妙に眩しい。今、この美術室には、私しかいない。窓側に並ぶ席の一つに着きながら、真っ白な画用紙を机に広げ、画用紙とにらめっこしながら、右手に持った鉛筆でトントンと突く。
さっきから、これを繰り返しているせいで、画用紙には無数の黒い点がついてしまっている。でも、どうしても止められない。それどころか、テンポはどんどん速くなっていく。
――コンクールに出そうと思っている、絵のアイデアが思い浮かばない。
絵を描くことが好きで、私はこの春、中学に進学すると、美術部に入った。今でも、気が向くままに鉛筆を滑らせ、白紙の世界に形を作っていくのが大好きだ。特に、自分の頭に描かれていた絵が、そのまま表に出せた時とか、何物にも変えがたい至上の喜びを感じる。時には、納得がいかなくて、破り捨てちゃったりすることもあるけど、私は、それでも絵を描くことが好き。嫌いになんか、絶対ならない。そう自信がある。
けど、今回ほど、大好きな絵に悩まされたことはない。
うちの学校の美術部は、毎年秋になると、市が主催するコンクールに、部員たちの絵を応募する。各々、凝りに凝った絵を描き上げ、結果を待つこととなるのだ。それが例え、どんな結果でも。
こう言ってはなんだが、うちの美術部は、絵の上手い人がゴロゴロいる。卒業生の中には、プロの画家がいる程だ。私なんか、ただ絵が好きってだけで、周りの部員と比べても、笑っちゃうくらい下手で――。
けれども、私には絵しか、誇れるものがない。絵を嫌いになりたくない。だから、上手く描けるように努力する。……嫌いになりたくないから描くって、ちょっとおかしいと思われるかもしれない。だけど、私には嫌いになっちゃいけない理由がある。
それは――
「あ、まだいたんだね。香織(かおり)」
突然、アニメのヒロインにいそうな、高くて可愛らしい声が私の名前を呼んだので、私は画用紙から視線を外し、声のした方へ向く。
小学生のように小柄な体。腰くらいにまで伸びた、まさに緑の黒髪といった長髪。声に似合った小さな顔に、温かな表情を浮かべた女子生徒――が、目を閉じながら、巧みに机の合間を縫って、こっちに歩いて来る。いや、正確に言うと、彼女が目を開いたところで「見えない」のだ。
「結菜(ゆな)……」
一瞬、同情的な視線を、彼女――結菜に向けてしまったことに気づき、私は首を数回振る。
結菜は、小学校以来の友達で、私と同じく、絵を描くが大好きな子だ。あらゆる景色を、鉛筆一本で鮮明に表情する彼女は、「鉛筆の魔女」とまで呼ばれ、賞という賞を取り尽くし、将来は優れた画家になると、周りは持て囃した。私は、彼女に憧れていて、彼女の描く絵が大好き――だった。
目から一切の光を奪われた結菜に、もう絵は描けない。
「また、悩んでたの?」
見えない目で、私の席へ正確に歩み寄る結菜。訓練に訓練を重ねた結果、失われた視覚の代わりに、その他の五感が驚くほど発達し、「その場において、どこに何があるか」を、きちんと把握出来るようになったとか。時々、彼女はエスパーか何かなんじゃないかと、思ってしまう。
結菜が心配そうな表情をしたので、私は、鉛筆のお尻で頭を掻きながら、苦笑いする。
「あー……うん、まあね。どうも、しっくり来なくて……」
「思い詰めすぎだよ、香織は」
クスッと微笑む結菜。
思い詰めるな――と、いう方が無理だよ。私は、どうやってもあなたにはなれないのだから……。
それは、一年前。突然訪れた悲劇。一瞬にして閉ざされた光。輝ける未来が、一気に黒く塗りつぶされた瞬間。
結菜と、彼女の両親乗った車が、正面衝突したという話を聞いて、私は、自分の両親を急かせて、彼女たちが搬送されたという病院へ急いだ。幸いにも、結菜と両親の命に、別状は無かった――が。
彼女の目の周りは、痛々しくも、包帯で覆われていた。運悪く、両目にガラスの破片が刺さってしまい、その目は二度と光を写さないだろう――と、医者に告げられたのだとか。結菜の両親も、骨折なりと怪我は負ったが、いずれも回復出来る怪我だった。彼女は、回復出来ない怪我を負ったわけだ。
私は、義憤に駆られた。事故原因は、対向車のドライバーの飲酒運転だったらしい。軽い気持ちで、結菜から光を、絵を奪った運転手が、堪らなく憎かった。それは、どす黒く、純粋な殺意へと変化していき――結菜の目を――将来を返してよ!
だけど、私の怒りは虚しくも、相手には届かなかった。運転手は、重体による昏睡状態が続いた後――息を、引き取った。
彼女の両親は、やり場のない憤りを覚えていたみたいだったけど、結菜は、誰も恨まなかった。自分の運命だったのだと――あまりにも、あっさりと受け止めてしまったのだ。同時に、私の中で燃え盛っていた火種が、音も無く、鎮火した……。
それから私は、結菜の分まで絵を描くようになった。
彼女の将来を自分が背負おうとした。……出来るはずが無いことなのに。
でも、絵を描いていないと、私の中の火種が、また燃え上がってしまいそうで――何故、私が代われなかったのか――絵を、嫌いになりそうだった。
私の憧れた彼女は、もういない。代わりに、今、目の前にいるのは、かつて憧れだった女子生徒。だけど、結菜は結菜で――。
「……香織?」
結菜の声で、ふと気づく。
私は、彼女の顔をじっと見つめていた。何だか恥ずかしくなって、笑いながら顔を逸らし、ごまかそうとする。
「あはは、き、今日はもう帰ろうかな?」
数秒ほど、結菜はぽかんと口を開けていたけど、すぐ笑顔を浮かべ、「うん」と、頷く。
窓からは、夕日が差し込んでいた。