Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.40 )
日時: 2011/12/25 21:28
名前: 陸上バカ

タイトル「海辺の記憶」

 拝啓 A様

 残暑が厳しい頃となりました。A様はいかがお過ごしでしょうか。
 こうしてお手紙を差し上げたのは、もうお分かりでしょう、あの海の日のことです。あなたは思い出したくないかも知れませんが、どうか最後までお付き合いください。

 まず、初めに妹のBのことを書いておきます。
 Bは、お世辞にもいい子とは言えませんでした。小学生のくせにわがままで意地悪で、性格が悪い上に、外見も最悪でした。亡くなった人の、しかも唯一の肉親の悪口を言うのは気が引けますが、褒めるところが見当たらないのです。
 今思えば、Bが妹ではなく他人だったら、わたしは近寄りもしなかったのかもしれません。わたしの彼氏というだけで、Bの面倒を見てくれたあなたは、素晴らしい人間です。

 あの日、海へ行こうと言い出したのはBでした。
 そのとき、わたしは何も考えていませんでした。鬱陶しいな、とは思いましが、反対をしませんでした。居候させてもらっていた親戚の人が、わたしたちにあまり家にいてほしくない、と言ったからです。
 だけどBと二人で出かけるのは気が引けたので、わたしはあなたを誘いました。
 そして三人で海へ出かけました。その日は天気がいいわりに人が少なく、わたしたちは自由に海辺で遊びました。
 Bは一人、海の中で泳いでおり、わたしとあなたは海辺で初めてキスをしました。あのときのことは今でも忘れられません。とても幸福でした。
 そのときだったと思います。Bの悲鳴が聞えたのは。
 わたしは驚いて、唇を放し、Bのほうを見ました。「おねえちゃん」と叫びながら、海の中でもがいています。
 わたしよりも早く、あなたが立ち上がりました。わたしも助けなきゃ、とわかっていたのです。
 だけどなぜか、わたしはあなたの手を掴み、引き止めてしまっていました。なぜかではありません。このまま助けなければ、Bはわたしの前からいなくなってくれるのではないか、と思ったからです。
 
 Bの性格が悪かったのは、本当はBのせいではありません。いえ、性格が悪いという言い方はおかしかったですね。Bは障害を持っていたのです。
 周囲は障害になんて理解を示してくれないから、Bを守れるのはわたしだけだったのです。
 それがわたしには苦痛だった。理解できない小さな妹、Bが怪獣のように思えてしまっていました。もう、楽になりたかったのです。

 しだいに「おねえちゃん」とわたしを呼ぶBの声が小さくなり、海上に浮かんでいた顔は沈み、小さな手も見えなくなり、Bは完全に海の泡と消えました。
 あなたとわたしは微動だにせず、それを見ていました。

 Bの死は、完全な事故として処理されました。
 ええ、あれは事故です。
 しかし、Bを殺したのはわたしです。
 それから一週間ほどは、清々して毎日を送っていました。実際、Bのいない生活はとても楽でした。
 しかし一ヶ月経った頃からでしょうか。毎夜、海の音が聞こえるようになったのです。
 ざざーん、ざざーん、と波の音がして、「おねえちゃん」とあの日のBの声が聞こえてきます。
 わたしは不眠症になりました。罪悪感にさいなまれ、食事を取ることもままならなくなりました。
 心のどこかでは気付いていたのです。Bを殺したのはわたしだ、と。
 そしてわたしはBだけでなく、あなたの心まで殺してしまいました。
 あの日わたしは、あなたを共犯に仕立てあげてしまった。
 お願いですから、そのことを気に病まないでください。自分のことを殺人者だと思うのは止してください。あの日のことは、すべてわたしが悪いのです。

 無責任だと思いますが、わたしはもう、自分の犯した罪に耐えることができません。
 わたしは今から、あの日三人で行った海へ行ってこようと思います。そしてもう戻ってくるつもりはありません。
 最後にこうしてあなたに手紙を書くことができてよかった。
 短い間でしたが、わたしを愛してくれてありがとうございました。

                           かしこ