Re: 第八回SS大会 お題「黒」 投稿期間 10/17~11/17 ( No.402 )
日時: 2012/10/25 00:03
名前: 遮犬◆ZdfFLHq5Yk

【暗がりの奥】


家出をした。
発端は何気ない出来事。親と些細なことで喧嘩して、思わず家を飛び出してしまっていた。
気付けば、公園の中にいた。誰もいない公園。家からそう遠くない距離にあるが、寂れた様子が夜のせいかどこか漂っていた。

肌寒さを身に染みながら、いつの間にか入っていた公園の中で立ち止まった。周りには昔ながらの遊具がぽつぽつとあるが、他に人はいない。一人になるには、絶好の居場所だと思った。

砂場の中で腰を下ろした。はぁ、と溜息を吐く。
どうしてこんなことになったのだろう。僕はそんな風に冷たい砂を肌に感じながら思った。
些細な出来事から、人は争う。どんな理由であろうが、他人から見れば本当にしょうもないことであろうが、当の本人達にとっては十分火種になるのだ。
そんなことを分かっていながらも、言ってしまった。心の奥底で僕は分かっているつもりでいた。言ってはいけない。自分に言い聞かせるかのようにそう念じたのも覚えている。

だけど、その感情は止められなかった。理由としては、未だに分からない。ついカッとなって言ってしまったのであろうが、僕自身は言いたくなかった。でも、不意に襲いかかる感情が止められなかったのだ。それが悔しくて、今ここにいるのだろうか。


砂を掴み、握り締める。無意識のことだったが、やがてその冷たさを手の平いっぱいに広がった後に開いた。砂は一瞬の内に同化していく。
暗闇の中で、僕は一人でいた。どういうことだか、不安になったのだ。

そういえばそうだ。この家出だって、元はといえばその不安だった。僕は怖かった。そう、一人でいることが。とても、怖かったのだ。

電灯が申し訳程度に一つ公園の真ん中に立っていた。よくこの電灯が邪魔で、サッカーなどをしたくても出来ず、不満げにしていた自分を思い出した。
けれど、今ではこの電灯が有難く思う。本当の暗闇だったら、僕は今頃どうなっていただろう。泣いていただろうか。そもそも、この公園に入ろうなどとは思わなかったはずだ。

奥の方に見える暗闇には電灯の光が照らされている。僕は今、ここにいて、それを見ている。独りだった。僕は、どういうわけだか独りでいた。


助けて、何て言えるはずもなかった。勇気を出して物を言えるなら、僕はとっくにそうしていただろう。
けれど、出来なかったから僕はもがいていたんだ。苦しむっていうのは、自分にしか結局は分からない。共感なんてものは全てを分かっていることではない。言ってしまえば、自分の苦しみは自分が一番よく分かっている。だけど、他の誰かにも分かって欲しい。だから人は共感するんだろうと思っていた。

「おい、お前何かムカつくんだよ」

不意に言われたこの言葉から始まったあの日のことを思い出す。それは突然だった。何もかもが突然。それはまるで伝染病のように広がり、僕はそれを甘んじて受け入れる他になかった。そうすることでしか、そこに居られなかったから。

もし僕がヒーローだったとして。とても格好よくて、強くて、誰からも信頼されるような人だったとして。
そう考えれば考えるほど、虚しくなる。後からだんだんと襲いかかる孤独と劣等感が全身に襲いかかる。嫌だ、逃げたい。怖い、助けて欲しい。

僕は願うばかりだった。神様に願うばかりで、僕は何もしちゃいなかった。僕は、たった一人孤独だと思い、自分で甘んじてその状況を受け入れていただけに過ぎなかった。



そろそろ肌寒くなってきた。特に厚着をしていなかった僕は、その時帰りたいと思ってしまった。
何を言っているんだ、僕は今家出をしているんだ、というつまらないプライドが重なり、耐えるように僕は体を丸めた。

季節は冬じゃないはずなのに、寒かった。肌寒くなってきた頃合いの季節ではあったが、ここまで寒くはなかったはずだ。
夜はこんなにも寒く、暗く、怖くて、寂しくて、孤独で、押し潰されそうで……どうしてここにいるのか、こんな寂しい場所にいるのか。

「助けて……欲しかったんだ」

不意に、そんなことを呟いていた。誰かがもしも聞いていたなら、分かってくれるだろうか。

「僕は、ただ、助けて欲しかったんだ……いい子でいるつもりだったけど、母さんと父さんはいつも忙しくて、僕は独りだった。でも、僕は耐えていたんだ。迷惑はかけたくないから。でも……本当は苦しくて、苦しくて、たまらなかった……。それを言えば、二人はどんな表情をするだろうって。僕は……」

そこで息が詰まる。涙が込み上げてきた。どうしてだろう。僕は……あぁ、そうか。僕は、泣いているんだ。泣いて……泣いて。ただそれだけで、心が安らぐ気がしたから。
些細なことなどではなかったんだ。僕はそう思うことにしていた。そう思うことで、楽になれたから。僕は普通なんだと、それが気休め程度には思えたから。

暗闇は僕を取り囲む。黒が周りを覆い、電灯の明かりがまばらに消えようとしていた。
冷たい砂場の感触が手に伝わらない。僕は一体どこにいるのかも分からなくなっていた。どうして僕は、こんなところで独り泣いているのか分からなかった。

「自分のことぐらい、自分でしなさい!」
「お前をそんな弱く育てた覚えはない! そんなもの、俺の息子なら見返してやれ!」
「どうして貴方はいっつもいっつも……!」

頭の中で反復する。言葉の刃物が刺さっていく。励ましているのか傷つけているのか分からない。僕は孤独に生きていくのだろうか。
どうしても、この瞬間、僕は"些細なことの発端"として、捉えることが出来なかった。無理だった。限界がいつの間にかきていたことを知った。
この場所に来て、考えて、やっと分かった自分に押し寄せるそれは、言葉として飛び出す。まるで、小さな子供のように。

「そんなの……嫌だ……! 嫌、だよぉ……! 嫌だよ……! 嫌だ、嫌だ嫌だ! そんなの、嫌だよぉっ!!」

感情が知らない間に込み上げてきた。ダメだと抑えこんできたそれが爆発した時、僕は――初めて声を荒げて、泣いていた。


暗い暗い、黒色の世界で、僕はひたすらに泣き、叫び、訴えて、初めて全てを拒絶した。電灯の光はもうない。暗闇が広がるその世界で、僕は泣き叫び、手を伸ばした。
そこにはふと、温かい何かが触れた気がした。暗い暗い、黒色の世界の奥に、一体何があるんだろう。
それを掴み、握り締めると、世界が反転したような気がした。

――――――――――

太陽の日差しが目に差し込んだ。朝が来たようだ。全て夢だったのだろうかと思い返せば思い返すほど不思議な気持ちになる。
僕はさっきまでどこにいたのだろうか、と。夢の話はすぐに忘れてしまう。もう既に忘れそうになっているぐらいだ。

ベッドの上から起き上がると、温かい感触が手にあった。それは、目に見えないものだけど、それは確かにそこにある。

心の中にある暗い世界は、僕の世界を覆っていた。黒色が染め上げられていた僕は、自分からそこに座り込んでいたんだと思う。
そうすることで、暗い闇から逃げようとしていた。何も僕は独りじゃなかった。独りだと思いこんでいた。
違う。決めるのは僕自身なんだ。自分の世界はどうにでも変えられる。

暗がりの向こうで握り締めた"それ"を、僕は大事に握り締めて、微笑んだ。
今日を頑張ろう。明日も頑張ろう。その先も頑張ろう。
手を伸ばしたその先には、何色の世界が見えるだろうか、と。


END


――――――――――
お久しぶりに投稿してみました……;
SSを書くのは久しぶりで、楽しく書けました……が、内容は相変わらず伝わりにくいようなものになってしまい、ダメだなぁと心を悩ませるばかりです……。
『黒』というテーマは非常に難しく、物語を作る段階以前にテーマに沿って作ることが難敵でした;
前々からも一応書いてたんですが……テーマの難敵に破れ、投稿しないままストックが4,5本ぐらいライブラリにあります(ぇ

今回は……こんなんですが、投稿させていただきたいと思ったので、投稿させていただきますっ。
以上、ありがとうございましたっ!