タイトル「日本海のクリスマス」
冬の日本海の空は、どんよりとした厚い雲に覆われている。
私はそんな景色を見るのが好きだ。どこが好きか聞かれて答えられるわけじゃないけど、私は感覚的にこの景色を好きだと思う。
それは隣にいる世良も同じこと。感覚的に、この景色が好きなのだ。
「よかった……ホワイトクリスマスになったね、ユリ。海に雪が降っている景色は、僕が一番好きな景色なんだ」
「私も、この景色が一番好き。でも……」
「でも?」
……でも、今の世良と海を見るのは楽しくないよ。本当は、世良と一緒にいることが辛い。一番好きな景色を一番好きだった人と見るなんて、辛すぎる。
その理由となった出来事は先週のこと。私が世良に想いを伝え、砕けたという最近の過去があったから。
「いや、なんでもない」
「そう?」
「……うん」
世良には彼女がいた。それも、よりにもよってユリが妹のように可愛がっている、世良より一つ年下の真希だった。その事実が、今は何より重い。
「……世良、本当は真希と来たかったんじゃないの?」
誘ってきたのは世良のほうだったけど、それでも納得がいかない。私は彼女でもなんでもないのに、どうして彼女の真希を誘わないの?
冷たく聞くけれど、世良はいつものように優しい答えをくれた。
「いいの。ユリと来たかったから」
「嘘。本当は私より真希のほうがいいくせに。……好きなくせに」
泣きそう……。
涙を堪えているのが分からないよう、私は世良に背を向けた。
「どうしたの? ユリ」
「……真希が、世良の彼女なんでしょ? 私なんかより真希と来なよ。どうして私を誘ったりしたの?」
「…………」
後ろを向いたままでも分かる。世良は言葉を選んでいるんだ。
私なんかにかける言葉なんかきっと、探しても見つからないよ……?
「……ごめん。でも、この景色をユリと見たかった」
世良の言葉を聞いた瞬間、私の身体がになにかが回された。涙でよく見えないけど、ぼんやりとわかる。
……世良の、腕?
「真希ちゃん、どうしても別れてくれなかったんだ。だから多分、これからも真希ちゃんとの関係はしばらく続くと思う。でもあの日、ユリが僕に好きって言ってくれたとき、本当は僕でよかったらって言いたかった。だけど……」
「真希とまだ付き合ってたから、って? 世良、それ言い訳のつもり?」
耳元から聞こえる世良の声。吐き出される暖かい言葉が、息が、耳にかかって背筋が伸びるような感覚がする。
「言い訳、か……。うん、そうかもしれない。だけどユリ、僕はユリが好きなんだ。それだけは言い訳じゃない」
……分かってる。好きだなんて言葉を言い訳に使う人なんて、どこにもいないもん。
世良がいつになく真剣だって、声音がそう教えてくれてるんだもん。
「……その言葉、信じてもいいの?」
身体に回された腕を掴み、世良を振り返る。私を真っ直ぐに見つめた瞳の誠実さといえば、後にも先にも見ることがなかった。
「うん、僕を信じて。真希ちゃんに納得してもらえるまで時間はかかると思うけど、必ずユリの元に来てみせるから」
「……ありがとう世良」
クルリと腕の中で回り、私も世良を抱しめた。
「ねえ、また来ない? ……海」
「うん、いいよ。でも今度は夏に来たいな。やっぱり冬は寒い……ウブブッ」
奇声を発しながら震える世良が、なんとも可愛い。
「じゃー、夏ね! 夏にまた来よう!」
自然に手を取り合って、二人は砂浜を歩き出した。
そのぎゅっと強く結ばれた手は、二人の未来を示しているかのように解けることはなかった。