このビキニは、“彼”の好みに合わせて急いでアウトレット・モールに買いに行ったモノ。 体を隠す面積が少ない、超色っぽい黄色の三角ビキニ姿で、砂浜の波打ち際に立ち、「う、 うー……ん」と大きく伸びをしてみる。
小さな波が、あたしをさらおうと足首をつかむ。
こんなところにあたしを一人っきりにしてると、ホントに誰かにさらわれちゃうぞ…………なんてね、 いひっ。 ……ちょこっと言ーすぎた。
タイトル『素直になるから 抱きしめて』
あれは、ちょうど今から一週間前のこと……だっけ。
「……ねぇ、ちょっと香……
お願いがあるんだけど…………」
お風呂上がりのあたしを待ち伏せていたかのように、バスルームのそとの廊下に立っているお姉ちゃん。 彼女の顔色を見ると、どうやら深刻な悩みごとがあるようだ。
美人で頭のいいお姉ちゃんが、外見も性格も全然似ていないこんな妹のあたしに相談なんてめずらしい。 あたしは首に掛けたバスタオルでショートカットの髪をゴシゴシと拭きながら彼女の話を聞いた。
話によると、お姉ちゃんは一週間前に付き合い始めたばかりで、まだ一度もデートをしたことがない彼氏に、海のそばのホテルで“お泊まりつきデート”に誘われたらしい。
「しっかりしてよ! お姉ちゃん!
初めてのデートでいきなり“お泊まり”だなんて! 何考えてんのよっ!!」
まだ話をしている途中なのに、あたしは思わず口をはさんだ。
お姉ちゃんは真面目すぎて世間知らず(オトコしらず?)なのか、なぜかココだけはしっかりしていない。
「わかってる。 わたしだって……断ったんだよ…………
でも……彼が……強引すぎて…………」
あきれてものが言えない…………
「自分でなんとかしたら?」
冷たい言葉を吐き捨てて、あたしは自分の部屋へ向かった。
――――お姉ちゃんは、あんなに“ひかえめ”なのに小さい頃から男の子にモテている。 ファッション雑誌を穴が開いちゃうくらい見て“モテる研究”をしても全然モテないあたしと違って、今まで何人の男の子に告白されたことか分からないくらい……。 ……で、告白されたら、あんな性格だし、うまくことわることもできなくて、結局付き合っては「なんか違う」と言って、すぐに別れちゃう……のくり返し。
あたしなんて 生まれてからまだ一度もデートなんてしたことないのに…………
やっぱりおとなしくって可愛い女の子は得なのかもしれない。
さっき、あたしが吐いた言葉のなかには 半分以上“ひがみ”と“八つ当たり”がこめられていた。
「お姉ちゃん…… ごめん…………」
自分の部屋へ向かう足を止めて、ふり向いてあたしはお姉ちゃんの悩みを聞いた。
“やっぱり旅行は断りたい” の話。
しかも聞くとコレもますますあきれる話だが、彼との交際のことも知らないうちに勝手に決められていたことのようで、そのことも白紙に戻したい、ということだった。
(ホントまったく どーゆー事じゃ……な話。)
――――それをどうして妹のあたしに頼むこと、なのかって?
お姉ちゃんの話によると、相手の人は歳下の彼氏で……あたしと同じ学校に通っていて、しかも同学年らしい。
(同じ学校で同学年なら、名前聞けば知ってるひとだな…………)
花園――――範人(はなぞの はんと)
――――あたしと同じクラス……しかも今、あたしのとなりの席の男の子だった。
木漏日高校 一年B組。 ――――ここはあたしの通う学校、あたしのクラス。
今は授業中。 あたしのとなりで先生の話に全く耳をかたむけずに 机の下で顔をニヤニヤさせて携帯電話をいじる…………花園範人がいる。
「範・人・くーん……
もしかして……愛する彼女がいるくせに、他の女とメールしてんの かなっ?」
あたしは範人くんの手からスッと携帯電話を取り上げ、ディスプレイ画面をのぞき、送信先を確認した。
これで浮気の証拠を発見したら…………お姉ちゃんとの交際を白紙に戻せる…………
宛先:梅原 瞳
題名:海デートのことで。
本文:宿泊先のホテルの予約、なんとか取れましたー。
今のところ天気もよくなるみたいデス。
ではでは、予定通り約束の時間に駅前で待ってるよ。
瞳ちゃんの可愛い水着姿、めっちゃ楽しみにしてるから!
範人より。
あたしはメッセージを見て、携帯電話を彼にサッと返した。
(なーにが“水着姿、楽しみにしてる”だよ……。 このバカップル…………)
……本当は 返す前に真っ二つにバキ折ってやりたい気持ちだった。
花園範人……こいつはクラスで一番……いや、学年一といってもいいくらいの女好き。 もうすでにクラスの半分以上の女の子にナンパをしているらしく、大胆にもその中の何人かに“手をつけた”というウワサで有名な男だ。 ……まぁ、ウワサだからね……一応は…………
こんなにナンパなやつなハズなのに、あたしはまだ彼に声をかけられたことはない。
まぁ……ヘア・スタイルがショートカットだし、振る舞いが男っぽいし、話し方も少々キツいからなのかもしれない。
……とくに こいつに対してだけ、だけどね。
(はぁ……)
あたし、胸は結構あるほうなのにな……
(なんでだろ……)
自分で自分の胸を両手でつかんでうなづいていると、
「何やってんだよ 梅原……」
となりの席で眉間にシワをよせている範人くんがいる。
(げっ! 見られた!!)
あたしは「何にもしてないよ!」と返し、机の上に手を置き、ピアノを弾くマネをした。
「おねーちゃん……」
家に帰ったあたしは、お姉ちゃんの部屋で……告げた。
「やっぱりあいつ……最っ低!
お姉ちゃんの気持ちも知らないで勝手にホテルの予約なんか取っちゃってるし、
今日もね、エロい顔してお姉ちゃんの水着のコトばっか話してんだよ。
あたしも“ずっと大っ嫌いだった”んだ、あいつのこと。」
マシンガンを放つように話すあたしの顔を見て、口に手をあてながら聞いているお姉ちゃん。
あたしの“範人を想う、本当の気持ち”をさとられる前にこっちから攻めこんだ。
「でね、あたしもね、あんな女ったらし気にいらないからちょこっと懲らしめてやろうかな、と思ってさ……
…………お姉ちゃんのかわりに、“あたし”が 花園範人と 海……いっちゃう!!」
「おい……何ニヤけてんだ 梅原……」
――――あたしは今、“ずっと前から好きだった”花園範人……くんと一緒に海にいる。
生まれて初めてのデートを大好きなひとと経験できるなんて……ニヤけるに決まってんでしょ?
「えー! イチゴー?」
あたしはわざとほっぺたをふくらませて 範人くんが手に持っているかき氷を受け取った。
「……なんだよ。 さっき“何でもいい”って言ってたじゃんかよ…………」
困っている範人くんを横目で見ながらかき氷を一口、口に入れた。
「うふふっ。 冷たくって おいし。 ありがとね、範人っ。」
あたしの水着姿を見て、おもいっきり顔を赤らめている範人くん。
こんなモンじゃない。
今夜 もっと赤くしてやる……範人め…………
《おわり》
お姉ちゃんになんか…………まけない。