『馬鹿と照れ屋と寒い海と』いちー
「……何故だ。何故こんな事に……」
俺こと長良 久幸(ながら ひさゆき)は、今海に来ていた。
繰り返そう、【海】だ。
海と言えば常人はどんな発想をするだろうか?
真っ青でどこまでも続く水面?
輝かしい太陽と、白い砂浜のコントラァストゥー?
あらぶる男共の海パンと、いけてるコギャル達のビキニ姿?
まあなんだっていい。
海にロマンを求めたり、出会いを求めたり。
また、出店をだして売り上げを求めたりする者も要るのかもしれない。
だが。
だが、だっ!
【海】と言ったら、人々は本来次に何を想像するだろうか?
先程言った事柄。それよりもまず、何か大事な事が来ないだろうか?
そう、その大事な事というのはまさしく。
≪海というのは夏に来るもんだ≫。
という事である。
これに異論がある人類は存在せんと思う訳だ。
どんな欲望……もとい希望を海に求めていたとしても、それは矢張り【夏】という前提が最初に来ると思う。
照りつける太陽。痛いくらいの紫外線。最近気になる地球温暖化!
とにかくそういうイメージだ。
そりゃあ、漁師や何か、仕事なんかで海に携わる人間はそんな事は無いかもしれない。
また、日常茶飯事海と顔を突き合わせる様な立場の人間の考えも違うかもしれない。
だが、少なくとも遊びや息抜き目的の人間は、矢張り『海に行く!』となったら、その季節は夏だと思う。
これは普通に考えて、自然の思考の元の帰結の筈だ。
そんなに間違っていないだろう?
だが。
だが、だっ!
「どうした久幸! 浮かない顔してぇ!」
隣にいる女が無駄に元気に叫びながら、俺の肩をばしばし叩く。
俺は何気に痛い肩への攻撃に顔をしかめながら、睨みつけるようにしてその不快な存在へと顔を向けた。
スクール水着だ。
そう、完璧なスク水だ。藍の鮮やかな色に、胸元には四角く白いスペースがあり、そこに≪ながら≫と平仮名で書いてあるのがミョーに子供っぽい。
いや、まあ、スク水が子供っぽくなかったら、何だという話なのだが。とにかくガキくさいのだ。
勿論ガキがガキくさい恰好していたら、俺だって何とも思わない。
スクール水着を小学生が着ていたら、『にへらっ』とほほ笑む事は有っても、『へっ、チチくせぇ―ガキが。帰ってしょんべんしてろ』と思う訳がない。いや、例が極端すぎたか?
まあ、とりあえず、相応の年齢が相応の格好をしていてもなんとも思わない訳だ。小学生がスク水着てたらハッピー! になっても、ダムシット!! とはならん訳だ。
だが、ソレを着ている隣の女はどう見てもスク水が似合って無かった。
まず年齢が俺より上という時点で駄目だ。
俺はもうすでに十八歳である。
十八といえば、高三か大学一年といった所か? ちなみに俺は高三だ。
しかしてそれ以上の歳を喰っている奴がスクール水着である。
そして次に、スタイルが駄目だ。
スラリとした長身に、腰のあたりまで届きそうな綺麗な黒髪を二つに纏めたツインテール。
豊満な胸元に、出る所は出て、締まる所は締まっているモデル体形。
おまけに顔のつくりは上々で、どことなく活発そうな雰囲気の表情が、動のオーラとして健康的な印象を与える。
少女が大人の女性へのクラスチェンジする手前の様な、艶っぽい瑞々しい魅力に溢れているとでもいおうか。
つまり、着飾って街を歩けば、ナンパな男共が言いよってくる感じの美人さんという事だ。
なのに、スクール水着。おまけにサイズがぴっちぴち。
もはやこれはギャグだ。喜劇だ。
俺に笑えと言っているのだろうか? いや、多分本人は大まじめだろうから、笑った瞬間俺は問答無用で殴り飛ばされるだろう。中々に理不尽である。
まあいい。
海に来て水着を着る、そしてその水着がどーみても十八歳以上が着る様なものでなく、幼稚すぎる雰囲気がまた倒錯的な魅力を出していたとしてもそこには一切触れないでおこう。
いや、もう触れてしまったがそれもいい。どうでもいい。
今俺が置かれている現状に比べたら至極どうでもいい。
そう、俺は今。これまでの人生でも類を見ない、意味不明な事になっていたのだ。
「浮かない顔して海に立つ何ぞ笑止千万!! 海の神様に怒られるわよ! アマテラスとか!! アレ? アマテラスは太陽神だっけ? どっちだっけ!!」
「……どっちでもいいわ、そんなん」
「良くないわよ!! 日本神話ファンに怒られるでしょうが!! あ、じゃあここはギリシャ神話からポセイドンちゃんにしましょう! それで丸く収まるわ!! 流石ジーザスクライスト!!」
ジーザスクライストは多分関係ない。
という突っ込みも口から出てこず、俺は何もかもをあきらめたかのような表情で。水着ではなく、至って普通の服装で砂浜に立っていた。
目の前にはいまどきあまり見ない、澄み切った蒼の海面が見える。海水汚染とか何とかが騒がれている時期に、ここまで綺麗な海も珍しいのかもしれない。
確かに、来るべき時に来ればそれなりにいい景色だろうし、泳ぎたくもなる。
そう来るべき時に来れば……。
「ではでは、ミスターキリストの奇跡と共に、早速海水ダイブをエンジョイしましょう!! レッツらご―、我らが母なるうみへぇ~♪」
「歌うな。ウザったいなお前は。何でそんな暑苦しいんだ? 某テニスプレイヤーさんかお前は」
「世間はさぁ~、つめてえよなァ!。皆俺の想いを、感じてくれねぇんだっ!」
「俺の心が今最もつめてぇよ馬鹿野郎」
いや、正確には心だけじゃない。体も冷たい。
いくら服を着ているとしても、海のそばに来ていればそりゃ体も冷たくなる。
まあ、当然のことだ。今は夏ではないのだから。
そう、夏ではないのだ。いままで言って来た通り、海に来る季節と言えば夏なのに、今は夏ではないのだ。
ならばどの季節かって?
もう察しの良い人間……いや、どんな鈍感阿呆鳥でも分かっているだろう。
そう、今現在の季節。
それは――
「心が冷たい!? それは心不全の可能性があるわね!! 大変大変至極大変。でもそんな危険な状態も気合と熱さで乗り切ろう!」
「どんな馬鹿でもこんな寒い日に海にくりゃあ、心臓の一つや二つは悪くなるわボケェい!」
――冬だ。
しかも今年最低気温の冬だ。
なにこれ拷問?
『シークレット オブ オーシャン』
今日はオフだというのに、やっぱり今日も、腕時計型通信機から、エマージェンシーコールが鳴り響いた。
「全く、ゆっくり休む暇もないってか」
思わず毒ついてしまうが、仕方ない。
浦和までツーリングを楽しもうと思っていたが、予定はキャンセルだ。
ヘルメットを被りなおすと、俺はバイクのエンジンを噴かした。
『ナオト、遅いわよ!!』
ヘルメットの内側から、パートナーのユキの甲高い声が響いた。
ちなみにヘルメットにも局からの通信ができるようになっている。
「仕方ないだろ。出かけてたんだからな。で、近いところは?」
『E-32地区。そこからもう、間もなくだから、開いたハッチから入って』
「了解」
と、言っている間に目の前の道路がせり上がり、誘導口が顔を出していた。
俺はそこに愛用のバイクを滑らせると、そのまま飛ばしていった。
後ろの方で、どすんとせり上がった通路が閉じた振動を感じた。
もう少し進んでいけば。
ふわっと軽くなった。
下は奈落……ではなく、バイクごと収納するコックピットが現われる。
レーザーワイヤーが俺のバイクを捕捉。そのままゆっくりと収納された。
「ナオト、敵は海からよ」
隣には既にユキがスタンバイしている。
「海から? 面倒なことしてくれるな。まだシースタイル完成してないんだろ?」
「明後日に出来るって」
思わずため息が零れてしまう。
まあいい、閉じた天井から飛び出してきたレバーを、おもむろに握って前に滑らす。
「ダイサンダー、発信します!!」
ごおおおという轟音と共にコクピットに、凄まじい振動が伝わる。
けれど、これも慣れたもの。
かれこれ1年ほど耐えれば、こんなものどうってことなくなっていく。
「ユキ、敵のタイプは?」
「マーメイド型、ちょっと厄介よね」
「マジかよ」
マーメイド型は、外見が人魚の形をしているエイリアンのことだ。
しかもその口から発する歌というか、奇声は、人体に影響する。影響が及ぶ前に何とかしなくてはこっちがやられるって寸法だ。
「で、ソングシールドは出来たのか?」
「今日導入予定だったんだけど、その前にエマージェンシー」
「最悪だな……」
そんなことを話している内に、目の前が明るくなってきた。どうやら、出口のようだ。
ずばーん!
と、海から勢い良く飛び出した、俺たちの乗る巨大ロボット。
案の定、マーメイド型のエイリアンが、漁船を狙っている。
「そうはさせるかっ!! ダイサンダー、ウェーブスラッシュ!!」
どうやら、今日も戦わなくてはならないみたいだ。
この最低な状況下の下で。
「まあ、それも悪くはない。そうだろ、ダイサンダー?」
巨大ロボットの瞳が、青く光った。
【真夏の日々】
春「うーーーーみーーーーだーーー」
夏「俺の季節だーーーーーー」
冬香「あの二人ば、危険ったい」
秋「そうね~」
なんやかんやで私たちは海に来ている
理由はというと…
冬香『秋~海のペアチケット2枚当てたけん』
秋『じゃあ行きましょ』
春『私たちもだよね?』
夏『そりゃそうだろ』
で、今に至る
冬香「秋、ビーチボールとってもよかと?」
秋「うん」
二人はパラソルの下で話している
夏「水鉄砲もーらい!」
春「秋姉、水鉄砲もう1個もらうよ!」
秋「二人とも、海に入るのはいいけどなるべく沖に行かないようにね」
冬香「いざとなればあたしば助けに行くったい」
と、二人は話していた
数十分後
春「秋姉は海に入らないの?」
春はずっとパラソルの下にいる秋に聞いた
秋「海はダメなのよ」
春「何で?」
秋「海に入ると肌が荒れるのよ」
春「?」
秋「とにかく入っちゃダメな・・・・の!?」
話していると、向こうからボールが飛んできて、秋の顔に当たった
夏「姉ちゃんごめん」
冬香「あたしからボールば奪おうとするからったい」
秋「大丈夫よ」
昼1:00頃
秋「おなか減ったわね」
夏「だね」
冬香「あたしば大丈夫ったい」
春「私も~」
夏「・・・俺も大丈夫!」
秋「じゃあ遊んでて、私は海の家にいるから」
昼1:30頃
(何してるかしら?)
秋はそう思いながら浜辺を歩いていた
すると海にいる春たちを発見した
夏「水鉄砲!」
春「なんの!塩水攻撃!」
冬香「じゃあ、ハイドロポンプったい!」
春「ちょ!それはダメ!」
夏「出ないから」
冬香「え~…あ!秋!」
秋「何してるの?」
3人「ポケモンごっこ」
秋「だよね~」
こうして4人は海を満喫しました
秋はと言うと…
最初→パラソルの下で海を見る
昼1:15頃→海の家にて昼食(サラダ)
昼1:30頃→3人のごっこ遊びをパラソルの下で鑑賞
秋「十分満喫したわ~」
春「してない!」
夏「してないと思う」
冬香「してなかと!」
初めまして、麻衣(まい)です。
突然ですが、
あ、あたしも参加していいですか?、大会に
『サザエはおやつに入りますか』
「透き通るような海!」
「照り付ける太陽!」
「躍動する水着!」
「これぞまさに!」
「「「「弾ける青春!!!」」」」
こいつら本当どこであろうとうるせーな。あと何だよその戦隊もの的なポーズは。4人だからレッド役が空席で真ん中いないけど。
「おい、真ん中に入れ」
「断る」
そこ俺の席だったのかよ。
自称『砂浜で目玉焼きを作る会』御一行が押し寄せてきたのは今日の朝6時、車を出せと言われて指示されるまま走らせると、近くの海水浴場へと辿り着いた。つーか、お前等クリスマスなんとか同盟じゃなかったのか。いつ名前を変えた、訳の分からない方向に。
「で、何で海に来た」
「海に来てやることと言えば1つしかなかろう会員番号№13!!」
「だから勝手に俺を組み込むな」
しかも微妙に嫌な番号をあてがうんじゃねえ。
「お前等のことだから、どうせナンパでもするんだろーがよ」
「サザエ狩りだ!!」
「おいこら目玉焼きどこいった」
「あれは名目上だ」
何だその名目。あとそれのどの辺が弾ける青春だ。
「何から隠れるための名目上だよ」
「某長寿アニメとの特許と著作権の兼ね合いが厳しくてな」
「ゆるゆるだろそんなの」
サザエで兼ね合いしてたら全国の漁師はおちおちサザエ漁してられねーぞ。カツオとかワカメも危うくなってくるだろそれ。
「そういうわけだから、サザエを狩るぞ!!勿論漁師組合に許可は取ってある!!存分に狩ろうではないか!!」
「そういうとこやけに綿密なのなお前等」
「うむ、何をするにも誠実さは必要だからな」
「俺には誠実さの欠片もない対応をしてるがな」
「これが君のシュノーケルだ」
無視しやがったこいつ。しかもこれシュノーケルじゃねえしただのゴーグルだし。
「さあ君のイケメンスキルでサザエを誘惑してこい」
「そんなスキルねーよ」
「役立たずめ。さっきから向こうの女性集団はお前をチラチラと見ているというのに」
「私怨を挟むな」
そんな阿呆な会話のキャッチボールをしているうちに、残りの3人は既に何かを獲ったのか、一旦砂浜に戻ってこようとしていた。変なスキルだけは熟練している。
「会長!!」
お前会長だったのか。
「おお、獲れたか!」
「ナマコです!」
「フナムシです!」
「沈没船の埋蔵金です!」
「何をしている、サザエはどうした!!」
おい、サザエなんかよりよっぽど世紀の大発見なのが1個混じってるぞ。
【海の向こう側】全♯6 >>52-57
今年は既に冬を向かえ、寒冷の風が肌身へと伝わり、いくら服を着込もうが、それは決して衰えを知らない寒さのようで――
「あぁ、寒い」
去年よりも寒い今年の冬に、俺は一つため息を吐いて誰もいないクリスマス間近の日に、たった一人で部屋にこもっていた。
これでも大学生な身分の俺は、賃貸アパートで一人暮らしをしていた。今年で何年目だろう。3年ほどこの部屋で暮らしているのだろうか。つまり、大学3年生ぐらいにはなってしまっている。
大学の飲み友達らと週末には飲み会を開いては飲み明かし、それを続けて、何の目的もありゃしない大学生活を送っていた。
しかし、それはついこの間、といっても昨日のことだが、一本の電話によって週末をどう過ごすかを考えさせられることになった。
それは、大学を終えて、飲み会で結構な量を失うお金を稼ぐ為のアルバイトを終えて、またこの寂れた賃貸アパートへと帰宅した時だった。
「留守電?」
暗い部屋の中から、よく分かるように電話はチカチカと留守番があることを知らせてくれていた。
特に急ぐこともなく、ゆっくりと靴を玄関で脱ぎ捨てると、手に持ったバッグを床へ置き、部屋の明かりを付けてからやっと留守番の確認に入った。
『留守電、一件あります』
いつもの知らせが電話から流れてくる。前まで通販やら何やらよく分からない宗教やらの誘いの留守電が多かった。最近になってピタリと止まっていたのだが……またどうせそういう部類の留守電なのだろうと俺はあまり気にした様子もなく、コートを脱ぎながらその留守電へと耳を傾けた。
『あ、もしもし? 悟(さとる)? ……って、合ってるよね? 私はー……声で分かるんじゃないの? まあ、一応。……国代 由理(くにしろ ゆり)だよー。久しぶり! 元気にしてた?』
その留守電が流れた途端、俺の動きはピタリと、まるで機械のように止まり、脱ぎ終えたコートを持つ手は離され、まだ冷たい床へとコートが落ちていった。
「由理……!?」
驚きの声をあげるも、お構いなしに留守電は後を続いていく。
『もうすぐクリスマスだし、こっち帰って来ないっておばさんが心配してるよ。それに、将来のこととか聞かせて欲しいって。まあ、とにかく。この週末に戻ってきてね。おばさんも……一応、私とか、皆待ってるから。……それじゃあね!』
留守電が終わると同時に、ピーという電子音が部屋中に鳴り響いた。俺はその場で硬直し、立ち尽くしていた。
そして、この有様。ボーっと部屋の天井を眺め、週末をどう過ごすかを考えていた。
俺の故郷は、今俺が住んでいる都会染みた所ではなくて、本当にド田舎だった。俺らの年代だと、遊ぶ場所なんて普通は山ほどあり、ゲームセンターなどの店が普通の都会暮らしの遊び場だったのに対して、俺らはただ山や海ぐらいしかなかった。
本当に田舎だから、ビルや電車も無ければコンビニも無い。不便といったら確かにそうかもしれないが、子供の頃はそれなりに楽しんでいた。
子供がはしゃいでいる姿、とかいうのはゲームセンターとかで遊んでいる姿が想像されることは俺らにはなくて、もっと浜辺で貝殻とかヤドカニを見つけて喜ぶ姿とか、そんな感じのを思い浮かべてしまう。
本当に子供の頃は、ビル群やらそういう都会というものに憧れたものはなかった。山と海とかがあれば、遊べないことはなかったし、日に日に色んな遊びを考えて、それを実行するのが楽しくて仕方が無かった。
けど、俺が中学生になったりする頃だろうか。その辺りから都会に憧れを持つようになった。何もかもが最先端で、こんなド田舎よりも素晴らしいものがあるっていう思いが強かった。高校生になって、進路はどうするか決める時、俺は既に都会へ出て大学へと進学する決意を決めていた。つまり、都会で一人暮らしをするという決断だった。親も、渋々認めてくれて、大学にいって将来の道が開けるなら、という思いがあったのかは分からない。けれど、親父は何も言わなかった。本来なら、親父のやっている仕事である漁師を引き継ぐのが息子としての役目なのかもしれない。それでも俺はそんなものよりも、新しいものが見て見たい。そして、新しい何かを発見して、素晴らしい人生を歩みたい。そんな希望に満ちた思いを告げ、ようやく上京した。
けど、実際は体たらくな生活を送り、三年も経てばこちらの暮らし方も馴染んできて、だんだんと憂鬱になっていった。
確かに最先端といえばそうなのかもしれない。初めて此処に来た時の感動は計り切れない。けど、けれど、だ。
何も、何一つ見つからなかった。友達には恵まれ、その友達とワイワイと騒ぐ毎日は確かに楽しい気もしたが――そのたびに、昔田舎に住んでいた時の浜辺で遊んだことを思い出してしまう。
あの頃と、今。どちらが俺らしく、楽しく遊べていただろうかと。
考えれば考えるほど闇に埋もれていくようで、苦しかった。週末、酒を飲んでそれを忘れるのが日課のようになった。三年も、三年もの間を俺は意味のない大学生活を過ごしてきた。そういう風に思いたくなかった。
カレンダーをふと見つめると、週末にはクリスマスだった。クリスマスといえば、幼馴染であるあの留守電を残した由理を思い浮かべることになる。
由理とは毎日のように遊んでいた。幼馴染ということで、家族付き合いも多く、遊ぶことも多かった。だが、だんだんと歳が上がるにつれてやはり男と女なのか、遊ぶことも少なくなっていった。
けれど、仲の良さは変わらず、俺達は毎日のように話し合った。笑い合った。それは、高校生になって突然終わりを迎えたけれど。
高校2年生のクリスマス。俺と由理は浜辺にいた。季節はずれだけど、この季節ならではの浜辺にいる理由がちゃんとあったのだ。それを見る為に、俺と由理はクリスマスにそこに来ていた。
「寒い……。何も今日来なくても良かったんじゃないか?」
「今日じゃないとダメだって!」
その日は、いつもより気温が低く、一層寒かった。明日にしよう、といっても由理は聞かなかった。その理由は、
「魔法が解けちゃうじゃん!」
「はぁ? 魔法?」
「そう、魔法」
凄く自信満々に、胸を張って偉そうに言う由理を見て、俺は何がなんだか分からなかったが、そこまで言うなら何かあるのだろうと俺はそれ以上何も言わなかった。
「あーあ。早く来ないかなぁ、サンタクロース」
「え、お前まだ信じてんの?」
「当たり前でしょー? サンタクロースは子供の味方よ!」
「お前もう、高校生じゃねぇかよ」
「うっさいわねー。二十歳になるまでは皆子供ってこと知らないの?」
「屁理屈だ」
「屁理屈よ」
そういって俺達は笑っていた。けれど、それはその時まで。俺が、この時、あることを知らせるまでは――。
「なぁ、由理」
「ん? 何?」
何故だか、その時由理に潮風が吹き、ふわりと長い黒髪が揺れた。綺麗だった。
「俺、さ。大学行く為に、此処を出るんだ」
「え……?」
由理の表情は、笑顔からだんだんと呆けたような、魂が抜けたような、そんな気のする青ざめた色へと変わっていった。
でも、その頃俺は既に決意を胸にしていたので、その言葉が止まることはなかった。
「だから、此処から出るんだよ。俺は、こんな所よりも新しい世界が見て見たいんだ。もっと、俺は――」
「こんな所……?」
その時、空気が変わったような気がした。いや、時が止まったという方がいいのかもしれない。そして次の瞬間、
「本気で言ってるの?」
「……あぁ」
「……バカじゃないの!? じゃあ行けばいいじゃない! 悟は、何でそんな自分勝手なのよ! 何でもかんでも、私だけ覚えてて!」
「は……?」
何がなんだか分からなかった。どうしてここまで怒鳴られないといけないのか。どうして――由理はこんなにも泣いているのか。
突然、夜空に曇り空が出てきたことにも気付かずに、俺はただ呆然として由理の泣き顔を見ていた。俺が何も返さずにいると、由理は怒ったような、悲しんでいるような表情をして、
「顔も……見たく、ない。……悟なんか、大っ嫌い!!」
由理は、その場から、俺の真横を通り過ぎて行った。どうしてあの時、俺は手を引いて由理を戻さなかったのだろう。今思っても、よく分からないけど、多分俺にはどうすることも出来なかったんだと思う。何を言っても、由理はその場から立ち去る。それが分かったからだと思う。
冷たい潮風が靡く中、ポツリと雨粒が頭上から落ち、その場に立ち尽くす俺はそれから無数の雨が降り続いても、その場から暫く動こうとはしなかった。
それから、高校三年になって、俺はより勉強をした。都会の大学に行く為に、成績を上げなければいけない。だから凄く頑張って、勉強をした。
由理とは、あのクリスマス以来、俺は一度も話していない。顔を合わせることがあっても、口は利かず、すぐに顔を背けた。俺の、方から。
気まずいという思いがあり、その他に色々な感情が溢れていた。でもそれは、何を表しているのかさっぱり分からなくて、そのまま時間だけが過ぎていった。
そして、俺の推薦入試の日。見事今入っている大学に合格した。それから俺は年明けに引っ越すことになった。
その時、数々の友達が俺を出迎えてくれて、とても嬉しかった。けれど、何故か俺はたった一人の人物を探すことに必死だった。由理だ。由理がいない。その場に由理だけがいなかった。いや、由理しか眼中になかった。
必死でバスに乗った後も探したけれど、全く見つからなかった。そのまま、バスは発進していく。歓声と共に俺は、上京していく。
俺はその時、思った。あぁ、そうか。そうだったんだ、と。
俺は――由理に初恋を抱いていたんだ、と。
幼馴染だから気付かなかったというより、薄々あのクリスマスから気付いていたのかもしれない。
俺が目を背けていたのは、嫌われたんだという観念に似たような感情だった。これ以上、自分を傷つけたくなかったんだ。
そして今、週末に戻って来いという変わらないように聞こえた由理の声。
三年もの月日があれば、仲直りできるのだろうか。いや、分からない。少なくとも、俺は――
「……荷物、まとめるか」
初めて、飲み会以外に週末にスケジュールが出来た。
新幹線に乗り、そこからバスへと乗り継いで行けば故郷へと向かうことが出来る。
手軽な荷物を持ち、俺はその道順に従ってバスへと乗り込んだ。このまま2時間揺られたらまあ、着くだろう。このバスともう一つバスがある程度で、その二つしか故郷へ早く帰れる方法がなかった。
バスに乗り込むと、中はこじんまりとしていて、ほとんど無人に近かった。クリスマスだというのに若い人もおらず、ほとんど50代以上の年配さんがほとんどだった。
座席に座ると、そのまま俺は故郷へと向かう道のりごとにある風景を見つめていた。
まず、その故郷までの道のりでさえも田舎臭かった。都会での生活が馴染みに馴染んでしまっていることの象徴のようにも見えて、少し嫌気のようなものが差した。昔は、こんな田舎臭いのが嫌だったはずなのに、今は都会の生活に馴染んでしまっていることが嫌になってしまっていた。
かれこれ30分程度乗っていても、コンビニは一つぐらいしかなかった。ゲームセンターなんて代物はなかった。飲み屋とか、そういう部類もない。どこで飯食うんだよ、という思いがまた自分自身を苛立たせた。
(俺は、こんなにも此処の空気を忘れてしまったのか……)
心の中でそう呟きながら、ゆっくりと睡魔が夢の世界へと誘っていった。
「ねえ、悟」
「うん?」
それは、幼少の時だった。毎回、話は由理の方から始まる。由理がはにかみながら話をするのが俺は好きだった。
「もーにんぐぶろーって、知ってる?」
「もーにんぐぶろー? 何それ?」
もーにんぐぶろーとは、きっとモーニングブローのことで、早朝にしか見えない雲のことだ。日が昇っている時のオレンジ色の光が雲と上手い具合にフュージョンし、作り出される空に浮かぶ雲のことだった。
しかし、この時俺はそんなことは知らず、理解できていないような顔で由理へと聞いていた。
「もーにんぐぶろーっていうのはね。早朝にしか見えない、雲のことなの」
「ふーん……それで?」
「えっとね。この浜辺で見えるもーにんぐぶろーは、此処では海の向こう側っていうんだよ」
「海の向こう側?」
ゆっくりと頷き、由理は笑顔を見せた。浜辺では、潮風がゆっくりと吹き、俺達はその潮風を浴びながら話していた。
「海の向こう側には、お日様があるんだって。そのお日様の光はね、とってもとっても大事なものなんだって」
「大事なの?」
「うん。えとね、もーにんぐぶろーのお日様の光は、海の向こう側にいるお日様の神様のものなんだって」
「本当?」
「本当だよ。だから私、おっきくなったら、いつか海の向こう側を見たいなぁって思ってるの」
その由理の言葉を、俺は特に気に留めた様子も無く聞いて、由理は聞こえるか聞こえないか程度の声量でゆっくりと言った。
「――それが、私の夢なの」
俺には、ちゃんとその言葉が聞こえていた。
「お客さん、着きましたよ」
肩を揺らされ、寝ぼけた様子で目を開けると、そこには運転手さんがわざわざ俺を困ったような顔で起こしてくれていた。
「え? ……あ、すみません」
お詫びを言うと、俺は荷物を持って立ち上がるとお辞儀をし、そのままバスの中から出て行った。
もう夕方だろうか。日が落ちようとしている。懐かしい匂いが周りから放たれている。左右は既に田んぼや畑で覆われていた。バスが止まった場所は、その一本道しかない狭い道路にもなりえていない道だった。
相変わらず、といえば少し嘘になる。あまり覚えてはいなかった。この雰囲気といい、この様子といい。
ただド田舎だ、という認識だけがあって、いつも憂鬱に都会で過ごしていた俺にとってはこんな感じだったな、といううろ覚えに似たようなものしかなかった。
「……とりあえず、歩くか」
ゆっくりとその草だらけの道を歩んだ。
それにしても田んぼと畑ぐらいしかないもので、木々も所々にはあるのだが、家が今の所あまり見かけない。
ぽつぽつとどこかに一点一点あるだけで、並んで家はできていなかった。
「どれだけ田舎なんだよ……」
呟きながら、コートを脱いだ。冬なのに、何故か少し暖かい。それも都会と比べているからだろう。都会よりもこっちの方が暖かかった。
そのまま道を進んで行くと、ようやく畑や田んぼから逸れて海沿いに出た。ここの辺りはやっぱり寒い。けれど、懐かしい寒さだった。
都会じゃ、この海の寒さは体感できなかっただろう。潮風が懐かしい。俺の故郷はここなのだと、目の前の海が教えてくれる。
地平線が見える。周りには一切邪魔なものはない。ただ海が広がっている。素晴らしい光景のように思えた。
「綺麗だな……」
どうして俺はこんな光景さえも忘れてしまっていたのか。不思議でならなかった。
今こんなにも感動しているのに、俺は――。
そんなことを考えていると、心がまた嫌になる。海から目を逸らして、また歩こうと目線の先を変えたその時、
「――悟?」
目の前には、一人の女性が立っていた。その女性は、どこか懐かしいようで、懐かしさを取り払うかのようにとても美しい女性へと変貌していた。
「悟……だよね?」
真っ直ぐに俺が見つめているのに対して、半信半疑のような目で女性が俺へと声を投げかけていた。
そして、俺も自然に言葉が零れていた。
「由理……」
目の前にいた美しい女性は、由理だった。3年ぶりに見る姿で、こんなにも違うのかというぐらい、由理は大人に成長していた。
「はははッ! 久しぶりだなぁっ! 悟!」
騒がしい中、一際大きな声が俺の耳に届く。肩へと豪快に腕を回されて、俺は左右に揺らされる。
「痛い痛いっ。洋輔(ようすけ)、久しぶりなのもそうだけど、とりあえず乾杯ぐらいはしようぜ」
「おっと、そうだったな! なんだぁ、お前、都会行って成長しすぎなんじゃねぇのか? 大人っていうのか? もう立派だなぁ、おい!」
「洋輔ももう20歳超えてるじゃんか……。お前も立派な大人だよ」
「はははッ! ま、二人の再会を祝って……乾杯ッ!」
ビールの入ったジョッキをぶつけ合う音が響く。洋輔は、由理と同様に俺の幼馴染でもある。こいつとはとても仲が良くて、俺が大学に行くと決めた時に、親しい中で一番応援してくれていた奴かもしれない。
場所は居酒屋で、何でも俺が去ってからこの三年間の間色々と出来たらしい。コンビニもあるし、居酒屋も出来た。俺がバスで来た道のりには居酒屋はなかったと言ったら、別の場所で結構あるという情報がすぐに伝わってきた。
変わっているんだ。此処も。そう思うと、どうしてだか酷く残念な気がしてならなかった。
「悟ぅー! 都会はどうよぉっ!? 楽しんでやってるのか?」
「あぁ、まあな」
他の友達も俺の元に来て色々と聞いてくる。そのたびに俺は言葉を返した。居酒屋で昔の友達が集まって騒いでいるのだが、どれもこれも大人になった気しかしない。
考えも変わっていたりして、親の家業を継いで職人になる為の修行を積むものもいれば、俺のようにどこかへと場所を移して活躍する奴もいる。皆此処に戻ってきていた。
そして、由理はその中でも此処に残っている組に入っていた。果樹園を経営しており、それの手伝いか何かをしているみたいだった。
俺を此処に連れてきたその由理は、他の友達と飲んだりしている。俺は何故か由理を目で追い、その姿を魅入っていた。
「あぁ、由理、すっげぇ美人に変貌してんだろ? 元から綺麗だったけどな、より増して美人になってんぜ。もうこの町の人気アイドル的存在だな」
「へぇ……」
洋輔が横から言うことを多少耳に入れながら、由理を目で追いかけた。
由理が俺の視線に気付いて俺の方へと向こうとすると、俺は目を背けた。何故だろう、この感じ。どこか懐かしい感じがする。こんなこと、前にあったような……?
「ほらほら! 悟、飲めやぁっ!」
「あぁ、ありがとう……って、入れすぎ入れすぎ!」
友達が入れてくれたビールは、ジョッキからはみ出してしまい、溢れてテーブルの上に零れることになってしまった。
友達らはそれぞれに飲み、それぞれに楽しんだ後、それぞれ場所を変えたり実家に戻ったりをする為に別れた。
俺は自然と由理が一人になるのを待っていた。由理の周りにはいつも人がいて、意気揚々と話しているのだ。声をかけ辛くて当然だった。
「じゃ、またね、由理」
「うん。ありがとね」
笑顔で友達とさよならを告げた所を俺は近づき、
「随分と人気者だな」
「あぁ、うん。まあねー」
由理は昔とほとんど変わらないような……いや、この笑顔は……? 何故だろうか。思い出せない。由理の笑顔はこんなものだっただろうか。
少し考えて、思い出した後に、この笑顔は愛想笑顔だと知った時は、俺も由理も成長してしまったという思いが募っていった。
何を話せばいいのか分からず、二人きりになった所で、俺も話す内容を考えていなかった。でも、気まずい雰囲気が流れるにつれて、何か話さなければならないという思いから、俺は言葉を発していた。
「あの! ……さ。えーと……ほら、浜辺に行かないか?」
「……え?」
その時、適当に思いついた言葉だったのに、何故か由理の表情は驚いたような表情に変わっていた。俺は「どうかな?」と声を漏らして、その場で立ち尽くしていると、由理は少しの間呆然とした後、笑顔で「いいよ」と答えてくれた。
この笑顔は、多分、昔の笑顔だと思う。
浜辺に着くと、潮風の匂いが漂い、ざざーという波の音がした。もう暗い海は、とても危険だと昔父親から聞かされたことがあるけれど、そんなことは分かっていた。でも、此処に来たかったんだ。
丁度満月で、月の光が海を照らし、反射して綺麗に見えた。これならこんなに暗くても大丈夫だろう。そう思えた。
隣に歩く由理は、昔とちっとも変わらない雰囲気なようで、どこか独特の俺の知らない由理がいるようで、どうにも違和感があった。
時間なんて忘れて、俺と由理は浜辺で二人、歩いていた。
「……もう四年だよ」
「え?」
「四年。再会するのに四年」
由理は俺の方へ振り向かずに、呟いた。この声色は、やっぱり昔の由理のものだと俺は確信した。良かった、由理はまだいたんだという矛盾したような思いが胸の奥に芽生えた。
「いや、三年だろ? 俺が大学行ったのって、三年前だから……」
「ううん。四年だよ」
由理はゆっくりと俺の方へと振り向いた。綺麗だ。本当にそう思えた。
「あのさ、悟。約束とかって、覚えてる?」
「約束?」
「そうだよ。久しぶりに話して、忘れちゃった?」
「いや……」
忘れたとか、言えるはずがない。けれど、思い出させないのは事実だった。約束とか、そういう部類のものは子供だったから。そう、子供だったから別に叶うわけないんだとばかり思って、適当に誤魔化していたんだ。
「ま、悟のことだし? 忘れてるよね」
「何だよ、それ」
「だって本当じゃん」
「それならあれだろ。由理だって昔、お菓子の取り合いして、もう俺のお菓子は食わないって言ったのに、何度も食っただろ。あれも約束忘れてるだろ」
「わー、細かっ! 私はそんな細かい人間じゃないし」
「細かくねぇよ! あの時のお菓子は俺にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだからな!」
「あははっ、何それ! 普通に生きてるじゃん!」
由理は俺の必死な言葉に笑顔で返した。あの時は笑い事でもなかったんだ。勝手にお菓子が消えるものだと思って、幽霊だって騒いでバカにされたという記憶があるからな。あれは結構な汚点になったな。
「すっごくビビってたもんね」
「ビビってねぇよ!」
「嘘だー。私にトイレまでついて来てって言ってたクセに。悟の反応が面白かったから一回でやめようと思ったのに、やめれなかったんだよ」
「俺のせいかよ!」
「そうそう、悟のせいだよ」
言い合うと、俺と由理は二人で笑った。そうだ、これが昔の俺たち。やっぱり傷は癒えたんだろうか。そう思った。
けれど、それはどこか違うような気がした。違う。俺が求めているのは、こんなのじゃない。友達としての、俺の思い出じゃないんだ。
その時、ふと思い出した。あの、この町で、この浜辺でしか見れない、あの"魔法"を。
「なぁ、由理。頼みごとがある」
「何?」
笑い終えた後なので、笑顔で由理は返した。その由理に向けて、俺は言った。
「一緒に、海の向こう側を見ないか?」
「……え?」
その瞬間、呆然としたような表情になった。この表情、俺は見たことがあった。この町を離れると言った、あの時に。
どうしてこの言葉が出たのかは分からないけれど、ふと思い浮かんだことだった。幼少の頃、海の向こう側を見たいといった。それは、大人になってから。
一つ一つ、バラバラになったピースが埋まるような気がしていた。
「……遅いよ」
由理は小さく呟いた。そして、またゆっくりと続ける。
「もう、魔法は切れちゃったんだよ。遅すぎるよ」
泣きそうな顔だった。由理は、やはりあの時――。
俺は、全てが分かったような気がした。
「そうでもないんじゃないか?」
「……え?」
言おう。今度は、俺に魔法がかけられるだろう。
あの時、由理は、俺に見せたかったものがあった。それは、モーニングブロウでもない。あの時、俺は――由理が落としたものを拾っていた。
俺の隣を通り過ぎて行ってしまったあの時、由理が落としたものは――海の絵だった。それは、俺が描いた海の絵。由理に渡した、俺の絵だった。それを、俺に渡そうとした。プレゼントしたものをまた返すなんて、失礼だろうとその時は思ってしまったけれど、でも、今は違う。時がたった今は違う。この海の絵には、天から光り輝くようにして降り注ぐ一筋の光があった。そこに俺は、サンタクロースを書いている。舞い降りた先にあるものは、海。
それは、あの海の向こう側について聞いた時、描いたものだった。
「ほら、この絵。由理にあげるよ」
「本当?」
「うん。由理の言うことが本当なら、クリスマスにサンタクロースがプレゼントをくれるよ」
「え? サンタさん、海に来るの?」
「そう、海だ。俺たちの住んでいる所には、煙突なんて無いから海に来るんだ」
「何をくれるの?」
「そうだなぁ……あぁ、そうだ。魔法とかかけてくれるんじゃない?」
「魔法? どんな?」
「色々だよ。いっぱいいっぱい。お願いごとをすれば、きっと叶うんだよ」
子供にありがちな夢だった。けれど、その夢をあの時、由理はずっと抱き続けていた。
二十歳になるまでサンタクロースは来る。今はもう二十歳を過ぎてしまった。そう、海の向こう側より現れるサンタクロースは、もう来ない。魔法は、かけてくれないのだ。
一筋の光より現れるサンタクロース。そのサンタクロースは、モーニングブロウの光で現れることを示している。
随分と洒落た絵だった。でも俺は、その絵を此処に持ってきていた。今、この場に。
「その絵……!」
驚いたような声を出して、由理は呟いた。俺は、その絵を由理に返して、言った。
「ごめん、由理。俺は、この絵の通りに願い叶えられなかったけれど、でもな、この絵は何もサンタが来なくても、海の向こう側のお日様ぐらいは力貸してくれるんじゃないのかって俺は思うんだよ」
「……都合よすぎでしょ」
由理は少し震えたような声で言う。少し寒いな。去年よりも寒いし、更に海にいるわけだしな。でも、今日は此処にいなければならない。幼い頃からの大切な約束を果たすまでは。
「サンタじゃなくて、由理に頼む。俺と海の向こう側を見てくれ」
「魔法も何も無いのに、いいの?」
「いいんだよ、別に。サンタは二十歳には来ないとか、横暴だし。少しぐらい横暴してやっても」
そういうと、由理はゆっくりと頷いた。砂浜に座り、一息吐く。白い息が眼の前に映る。
由理が四年といったのは、あのクリスマスの時から出会っていないということなのだろう。そんなこと、もう気付いていた。
ただ、確かめたかった。由理は変わってしまったのかを。そして、俺が変わってしまったのかを。
けど、全く変わっちゃいなかった。見た目は変わったかもしれないけれど、思いは変わってなかった。
あぁ、明日は親父たちに怒られるんだろうな。
学校で由理に目を背けていた時、由理は俺の方を向いていた。話しかけようともした。けれど、俺が拒絶していた。
俺がバスで向こうに行こうとしていた時、皆と一緒のところにいなかったけれど、別の所で由理は俺を見守っていた。
ごめん。全部気付いていたんだ。俺は、全部気付いてて、苦しかった。俺も、夢だったんだ。凄いものを見つけたいんだって、頑張って勉強して。
でも、一番に思ったのは、向こうに行っても――由理のことだったんだ。だから、後悔したんだ。後悔しても、しきれなかったぐらいに。
朝。綺麗な夕焼けに似た色を見せた空が俺の頭上には浮かんでいる。初めて見るモーニングブロウであり、海の向こう側だった。
一筋の光に似た、日が昇るにつれて見えた日の光が照らしていく。
「由理。――ずっと、好きだった。それは、今も」
由理は既に目を瞑ってしまっていたけれど、構わない。何度でも言ってあげればいいんだ。魔法なんて無くても、また取り戻せる。変わるものはあるかもしれない。失うものもあるかもしれないけど、きっと取り戻せる。
自分の着ているコートを由理にかけて、その海の向こう側を見た。青く輝くエメラルドブルーは、とても綺麗に映った。
きっと明日からは、憂鬱じゃなくなるだろう。この"お日様"がいる限りは。
海の波が揺れ、まるで祝福してくれているように日の光を反射させていた。
【END】
~あとがき~
……本当にすみません;
SSなのに、何で♯6も続いたのかというと、3000文字制限が修正の力によって突破できなかったからです。当初の予定は♯2までで終わりのつもりでしたが……描写とか書いてたら、普通にこうなってしまったという残念さ。
他にも書きたいことはあったんですが、最後は早く終わらせようという気であんな終わり方になってしまいました。本当なら、その後色々と書きたかったんですけどね……。一応、これだけで1万1000文字いってます;
他SSにしたらとんでもなく長い作品になってしまっているので、読まれる方は少ないと思いますが、自分の満足感はあるので結果オーライですw
田舎、上京物語を書きたくて、無理矢理海に繋げた感満載で本当に申し訳ないのですが、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
まずは風さん、そしてこれを見る方々や他投稿をする方々に多大な迷惑をおかけしまして、まことに申し訳ございませんでした;
以上、遮犬でしたっ。
「海は、全てを流してくれますか?」
ザァ……
ザザァ……ザザザァ……
並が、押し寄せては引く。波の流れる音は意外なほどに不規則なのだなと彼女は思う。
海は、久し振りだ。長い間、彼女は海に来る余裕などなかったから。
儚げな表情を浮かべた双眸は、唯でさえ儚げで可憐な容貌の彼女が、消えてしまいそうに感じさせるには充分だった。
彼女の華奢さもそれを助長する。
薄紅色の綺麗な長髪が、潮風にたゆたう。 青の大き目の瞳には少なからず涙が浮んでいて。
彼女の目元は、赤く腫れていた。
彼女の名は、セリス・グランヴェスト。
遠い昔、有名な資産家の一人娘として何不自由なく暮らしていた彼女は、十年近く前に突然平穏の全てを失った。
誇る財産は全て不法で手に入れた物と非難の対象とされ搾取され父が自殺。多くのメイドや使用人たちが一目散に逃げ出した。
金の無い資産家は惨めなものだ。金しか信用される物が無いのなら金が無いのなら唯の屑。
世間の風当たりは厳しく。彼女は、何度も自殺を図ろうとしながらもそれを出来なかった。
この身に宿るアクセルと言う力。その力を与える人格“エンジェルビーツ”にそれを許して貰えなかったのだ。
それと同時に彼女自身、自らを地獄の底辺へと追い遣った輩を粛清したいと願っていた。
矛盾するようだが、二つの感情は確実に有って。結局は行きたいという本能が勝ったのだ。
それから、彼女は、世間から逃れながら乞食のような生活を送る。幼少期と比べたらひもじい生活。
泥水を飲み犬の死体を解体して食べた。眩暈がするほどの地獄でも彼女は耐えた。
耐えて耐えて耐え抜き何時しか心も感受性を失う。それでも笑いたいと言う感情は湧き上がる。
そんな好機が、訪れたのはつい三ヶ月程度前。酷暑甚だしいコンクリートジャングルの路傍の中。
いつものようにアクセルの発動を維持するために必要なエネルギー源、エンジンを充填しようとして居たとき。
彼女のエンジン条件である左目をくりぬき食すと言う行為が終了した瞬間。
倒れこんだ男の胸ポケットに有った携帯が鳴り響く。
定時連絡が来なくて心配した仲間が電話でも掛けてきたのか。そろそろ逃げるかと歩き出そうとした時。
声が聞こえた。それは、能力者組織イグライアスへの勧誘だった。
彼女は、それを間には受けなかったが深く渇望した平穏への入り口と考えその携帯から発される待ち合わせ場所へと向う。
磨耗して磨り減った意思。彼女は、とうに平穏を望んでいた。もう、世界に糾弾されるのも卑しい生活も懲り懲りだ。
唯、それだけ。自分のお気に召さなければ逃げる事も出来るだろう。彼女は、自らの能力に相当の自信を持っていた。
当然だ。レベル一からレベル八まであるランクの中で彼女は、上位に位置するレベル五なのだから。
しかし、彼女は、組織とコンタクトして気軽さを感じた。
そして、思う。同じ能力を持つことで忌避されてきた彼らとなら良好な関係を築いていけると。
それは、長い苦悩の中で身につけた諦めの様なもの。それまでの状況と比べれば余程気楽だと言う程度の差。
それで満足できた。これから先、イグライアスから逃げて、また苦悩の日々を送るのは彼女には出来なかったのだ。
しかし、イグライアスは、世界政府に喧嘩を売る反乱分子だった。
組織の活動は、基本的に排斥される同族の救出。政府の能力者に対する蛮行に介入し政府の軍隊を制圧する事。
つまり、戦闘が主。死や負傷は、付き物だ。
最も、どこに敵が居るのか分らなかった路傍生活よりは遥かにマシだと彼女には、思えた。
しかし彼女は、最初の任務で早速大きな傷を負う。
会って直ぐに信頼できた仲間の呆気ない死と身内だった存在を自らの手で殺めたと言うこと。
死と言う自分にとっては見慣れた現象に戦慄いたのはなぜだろう。あの日以来、彼女は時々考える。
安堵と言う久し振りに感じる感情が胸中に強く存在して居たからだろうか。
それとも、久し振りに親しくなった人間だったから。親しい者を殺めたのは始めてだったからだろうか。
彼女には答えは出ない。
「寒い……リコイルさんは、きっとこんな寒い海に落ちたんだろうな」
三ヶ月前のあの日。明確に今でも思い出す。
あの時の任務は、政府の者達に人質を取られ、無理矢理重労働させられていると言うエージェント達を救出すること。
その時、最強の能力者レベル八の一角である政府公認の能力者集団の中核インテルの一人、ワルキューレが立ちはだかった。
彼からの逃走は、絶望的でリコイルは、自らの能力を使い自分ごと彼をトランスポートする事によりセリスたちを救う。
なぜ、海に落ちたとされているのか。それは、簡単な事だ。
イグライアスの長であり組織に所属する全エージェントの所在を把握しているリーブロが公言したのだから。
高度によっては、海に叩き付けられた衝撃で死んでいるだろう。
しかし、高度が、低ければ見渡す限りの大海原で溺れ死んだ事になる。或いは、鮫などに肉食魚に捕食されたのかもしれない。
何れにしろ無残な末路だ。
彼女の仇であるワルキューレは、無傷で生きているのが最初の任務の後すぐに報告された。
理不尽だと嘆いたものだ。
「……彷徨える御霊よ。どうか安らかに」
頬撫でる風が寒い。鋭い痛みが頬を貫く。
セリスは、静かに瞑目し十字を切る。それは、この世界に広く浸透するアルクェトラ教の動作だ。
彼女の家は、それなりに宗教に深い家系だった。
逃亡生活の最中は、何度も神頼みし全く助けて貰えない事実を知り神を憎みさえしたが。
今は、分る。唯、祈るしか出来ない状況もあると。
だからこそ、寒波襲う冬の海になど来たのだ。アルクェトラ教によれば、冬の海は、罪や憎しみを流す象徴とされている。
一頻り彼女は、黙祷を捧げ一筋の涙を流し毒づく。
「何を今更、敬虔なる聖職者気取ってるのかしらね? 少々感傷的になってしまったかしら?」
Part2へ
Part2
涙を拭う。無神論者であり宗教から排斥された存在が祈りを捧げて誰が答える。
だが、そうせずには居られなかった。直接、神に捧げているのではない。
今は亡き大事な人々へと捧げているのだ。唯、彼女には他に祈り方を知らなかっただけの話。
小さく“自己満足ね”と、自傷し踵を返す。
そこには、見慣れた影。スーツ姿の長身の女性。彼女のパートナー、ファンベルンだ。
彼女の表情は、何時も通り人を食った様な笑み。心配してきた訳ではないようだ。
「気がすみましたかお嬢?」
「……全然。自己満足って意外と難しいわね?」
返答が分っている質問をファンベルンは、わざと聞く。
それに対して毅然とした表情をしてセリスは、忌憚無く言う。
ファンベルンは、彼女を見詰め小さく笑った。
「そりゃぁ、ね。何回経験しても良い物じゃないですよね。身内や深く知った存在が居なくなるってのは。
俺も何時もね。すぐに信じられないんですよ。あれ? リコイルさんどこ? みたいにさ……痛くて溜らなくてさ」
笑みを浮かべながらもファンベルンは涙を流す。
感極まったと言う感じだ。波の音が彼女の泣き声を飲み込む。
それを見てセリスは、優しく彼女を抱く。
暖かい。こうやって体を寄せ合う幸せ。それが、彼女がイグライアスに入って手に入れた安らぎ。
非合法で理想を手に入れようとする辛くて汚い組織だが、人は温かい。
思えば、リコイルも暖かかった。母親のような日溜りのような温もり。
「私さファンベルン。何でリコイルさんが死んだことがこんな悲しいのか分った気がするわ」
「――――彗は?」
自分よりも頭一つ近く大きいファンベルンの背中をさすりながらセリスは、語りかけた。
彼女が、リコイルの死を深く悔やんだ理由。それは、唯関係を持ったから。
彗も恐らくは同じ。あの時は、状況が状況だったからそれを口にする余裕は無かったが。
彗の命を奪った事。深く後悔して居た。彼女と仲間になって語り合いたかった。
セリスは、まだお嬢様と言って差し支えの無かった頃、彼女と仲が良かったのだ。
他のメイドの誰よりも彼女になついていたから。
「彼女は……私の背負った罪よ。あの日以来私の手は、紅く染まっている」
あの日以来、いつも見る。リコイルの死。自らの手が体が、彗の血で染まっていく姿。
あれは全て、彼女の心の中に根ざした喪失感と罪悪感。実家が、崩壊して以来、彼女は殺戮を繰り返してきた。
仕方なかったのだ。彼女のエンジン条件は、他人を傷つけなければいけないものだったから。
しかし、後悔したことは無かった。同情の余地も無いと思った奴ばかりを狙っていたから。
しかし、組織に入って思う。一長一短なのだと。
組織では、殺す相手を選り好み出来ない。組織では、大事な仲間を失う事が往々にある。
しかし、それでもあの喧騒と比べれば彼女には、気楽だった。地獄から普通に至った感覚が有るのだろう。
「お嬢……この体勢!」
無き止んだファンベルンが、突然頓狂な声を上げる。
感傷に浸っていたセリスは、ハッとなり背筋を伝う氷塊のような寒々とした感覚に突然襲われた。
かくしてその危惧は、実現する。
ファンベルンは、その体躯を生かして細身のセリスを押し倒す。
ザパァン! 音を立てて二人は、冬の海にダイブした。
体中に、針を刺すような 激痛が走る。凍っていないのだからゼロ度以下ではないのだが。相当寒いのは当たり前だ。
下手をすれば突然の寒さに心肺停止も有り得ただろう。
押し倒されたセリスは、寒いと大声を上げて喚いて立ち上がりファンベルンを殴った。
「ったく、アンタって奴は! アンタだけは死んでも悲しまなくてすみそうだわ!」
「そんなこと言っちゃってちゃんと泣いてくれるんでしょうお嬢は?」
ずぶ濡れで水が滴る二人。
砂塗れの顔を見合わせ二人は、笑い合った。
笑いながらセリスは、ファンベルンの言葉を肯定する。
いかにこんなことを言っていてもきっと泣くだろう。きっと、号泣するだろうな。
だから、今の内にやりたいことをやっておこう。そう、心に刻む。
それと同時に彼女の中には大きな目的が生まれた。
リコイルの敵であるワルキューレを倒すこと。
そして、こんな血みどろの戦いをしないでエージェントが暮らせる世界を創造することだ。
二人は、冷え切った体を温めようと海から少し離れた駐車場にとめてある車の中に駆け寄る。
そして、急いで着替えて海を後にした。
「久し振りの海はどうでしたお嬢?」
「…………そうね。青くて綺麗だったわ。お陰で敵討ちとか偽善者みたいなことを考えちゃった」
暖房を全力にして、悴む手をハァハァさせながらファンベルは問う。
それに対してセリスは、吹っ切れたような表情で思いもよらないことを考えてしまった事をカミングアウトする。
それに対して、彼女が情に厚いことを知っているファンベルンは、お嬢らしいですよと微笑む。
そして、寒々しい何も無い静かな海を見詰めながら彼女は呟く。
「偽善者ですか……何もしない善人よりよっぽどマシじゃないですか?」
静寂に包まれていながらも荒々しい冬の海は、そんな偽善者達を祝福しているようにファンベルンには見えた。ようやく感覚が戻ってきた両手の指を一度二度動かして彼女は車を発信させる。
バックミラーで見たセリスの顔は、心なしか満足げだった。
ファンベルンは、それだけで陽気な気分になりいつもの調子で彼女に問う。
「お嬢、帰りの音楽は何が良いですか?」
「そうね。元気の出るアップテンポの奴を頼むわ!」
ぶっきら棒にファンベルンの質問にセリスは答え、彼女はセリスの注文に答えるように数あるシーディーから本命を選ぶ。車内には、アップテンポで格好良い乗りながらこの空虚で荒々しい大自然に相応しい壮大な歌詞の歌が流れるのだった。彼女達の物語は続く。
長く長く険しい道程が続いている――――……
The end
あとがき――――
上の小説は、シリアス・ダークで掲載している無限∞エンジンの短編です。
興味のある方は、見てやってください。
上の参照にURLを貼りました♪
何と言うかあやふやな表現の多い駄作ですな。海関係ないし(涙
>>50
麻衣様へ。
無論、書いて良いのです!
>>52-57
遮犬様へ
お久し振りです! 貴方のSSとは、有り難い限りです!
何と……修正の力が通じぬとは!!
あ、あのー、風ちゃん。
もう一本、案が浮かんじゃったのですが、海テーマでもう一本、書いたらだめですよね?
ダメなら、次回に回せたら、次回に回しますし、OKなら、さくっと書き込みにきますので、よろしくです。
……あ、今提出してるストーリーを撤回して、新たな小説で、っていうのもOKです。
よろしくです。
秋原かざや様へ
うーむ、原則一つの大会で一作品としていただきたいのです。注意書きに書いていない私が悪いですな(汗
あぁ、後者ならOKですよ!
というわけで、お言葉に甘えて、入れ替えました。
ちょっと後で修正いれるかもですが、よろしくお願いします!!
~泳げない僕なりの海の楽しみ方~壱
突然だが、僕は泳げない。
別にスポーツが出来ないという訳ではない。むしろ人並み以上というか、何をやらせても最低限そこそこなレベルまでは到達する。しかし、水泳という分野に関しては話が別で、どうしてもこの生きている十八年間、上達する気配も無く、全くと言って良いほど泳げない、いわゆるカナヅチなのだ。
しかし、だからといってこの砂浜が在る港町に住んでいる僕が、海から目を背けると言うのはなんだか負けた気がしてならない。ようするに、僕は負けず嫌いなのだ。
ここら辺りで読者の方々には『じゃあ、何をするのか』という疑問符が頭の上に浮かんでいることなのだろう。
しかし、海は砂浜だけでも十分楽しめるのだ。
例えば、ビーチバレー、スイカ割り……。少し幼稚だが、砂でお城を作るなんてことも出来る。ならば、泳げない僕は、それらを他人より極めるしかないだろう。
これは、少しポジティブは敗者の思考のようにも感じるのだが、十年間泳ぎの練習をし続け、それでも全く泳げるようにならなかった僕なりの結論だった。
……泳ぎを捨てて、僕の海での全てをこの三つにかけていたからこそ、絶対の自信を持っていた……のだが。
一人の男を見て、僕は「負けた……」そう言ってしまった。
初期や、最近でも、そう思うことなら多々あった。しかし、明確に口に出して言うのはこれが初めてだった。
その彼はサーフィンをしていた。これは偶々目に入っただけなので、これと言って気にすることではない。
しかし、サーフィンを終え、砂浜に上がってきた彼がビーチバレーに入ると――不覚にも僕は魅せられてしまった。
見たのは一瞬だった。しかし、彼の砂浜とは思えないフットワークや、跳躍力に、不覚にも、僕は魅せられてしまったのだ。
だから、それを認めたくなかった僕は、家に帰って猛特訓を始めた。腕立てや、腹筋、背筋などの筋トレは勿論のこと、スポーツに関する理論、身体の動かし方、柔軟性や、体幹の強化を、それこそ血が滲むような、吐血するような練習を半年間続けてきた。
そして、僕はとある老人と運命と呼べる出会いをした。
日課のロードワーク中。古臭い屋敷のような家から、とてつもない音が聞こえ、僕は思わず足を止め、その家の中を覗く。
そして、僕の目に飛び込んできたもの――それは、後に僕が老師と呼ぶことになる老人が、形が崩れることもなくそこにあったスイカを真っ二つに割っているところだった。
老人がやっていることは、あくまでも“スイカ割り”でしかない。だが、僕はその老人の人間離れした、まさしく神業と呼ぶのに相応しいスイカ割りに魅せられ、気が付けば門をくぐり、老人の元へと歩み寄っていた。
そして、僕に気付いた老人が「何か用か?」と、あくまでもスイカの汁で赤く染まった木刀を、こちらに向けながら酷く面倒そうに言った。
「はい。僕に泳ぎ以外の海での楽しみ方を教えて欲しいんです。そのスイカの割り方、尋常じゃない。だから、僕はとある男に勝つために、あなたに教えてを被りたいんです」
「海で泳がないでどうする? お前かて、あの青い水に飛び込みたいのだろう?」
「しかし、僕はお恥ずかしい限り、全く泳げないのです。ですから、他の海での楽しみ方を極めようとしました。しかし、男に完璧に負けたのです」
「だが、その体つき、それを持ちながら全く泳げないと言うことはないだろう。それでも、泳げないと証明し、私に教えを受けたいと言うのなら、この冬の海に飛び込んでみよ。さすれば、お前の心意気を認めてやらんこともない」
その言葉を聞き、僕は覚悟を決めて「分かりました。では、そうすれば僕にあなたの技術を教えていただけるのですね?」そう、期待を込めた言い方で、沈むにも関わらず極寒の冬の海に飛び込む覚悟を決めた。
そして、そのまま海へと歩き、砂浜に立つ。大きく深呼吸をした後……流氷すら流れて来そうな程冷たい冬場の海へと躊躇うことなく飛び込み、泳ごうとした。
寒さで足をつったわけではない。足が動かなかったわけでもなない。だが、僕の身体は海の青黒い底に、重力に掴まれ引きずり下ろされるように勢いよく沈んでいった。
その後、老人に投げてもらった浮き輪によって、なんとか一命こそ取り留めた僕だったが……。結論、死ぬかと思った。という残念な結果に終わってしまった。
しかし、そんな僕のどこを気に入ったのかはわからないが「入門を認める。私が教えるからには、その男とやらには絶対に勝たせてやるから、お前も覚悟を決めなさい」と、案外あっさりと入門を許可された。
大学受験という最大の問題があったようにも思えたが、よくよく考えれば、水泳以外ならどうにでもなるということを思い出し、適当なスポーツ特待を獲られる記録を出し、その問題を解決した。
そして、肝心の修行が始まった。
基礎的な身体は十分に出来ている。とのことだったので、僕はいきなり修行へと入ることになった。
老人改めて、老師によれば、スイカ割りが一番上達が難しく、また、その成果が分かり易いということだったので、僕は言われるがままにスイカ割りの基礎練を始めた。
まずは、数十キロの重さがある、鉄パイプのような棒で素振りを開始。なんでも、スイカを割る棒と一体化するために、重さを感じなくするための筋力が必要だとか。
そう言われると、老師の腕は老人とはとても思えないような筋肉で、芸術品と呼べるような出来方をしているようにすら見えた。
そして、一ヶ月が過ぎ、僕の特訓は次の段階へと入った。それは……『見極めること』スイカを美しく、そして、目が見えていない状態で確実に割るには、それが確実に必要らしい。
更に一ヶ月。入門から二ヶ月が過ぎ、試しにスイカ割りをしてみると、驚くほど見違えた結果が出た。
今までの僕の成功率は八十五パーセント程でしかなかった。しかし、それが、たった二ヶ月の特訓で、九十九パーセントを超える数字へと変化したのだ。
無論、それだけではない。今までは、割るというより、叩き潰すと言えるような印象があった僕の人並みのスイカ割りをした後のスイカが、包丁を入れたように滑らかに、なおかつ、形も崩れず、綺麗な断面が窺える、木刀を使ったとは思えないような半分サイズのスイカへと、なり、技術の向上も目に見えて分かった。
さらに、再び夏が来るまで、スイカ割りに対する心構え、足捌きなど、スイカ割りを始めとする全ての技術を叩き込み……男を見て、二度目の夏を迎える。
波が騒いでいる。
僕はそう感じ、ほとんど条件反射と言って良いまでに、一際騒ぐ音が聞こえる方へと頭を向けた。
――――――彼だ。彼が再びこの海へ、この戦場へとやってきたのだ。
そして、彼はボードと波と共にこの戦場へと降り立ち、前のようにビーチバレーを始めた。
当然圧勝。そして、息一つ乱れていないどころか、この猛暑で汗一つかいていない彼に僕は話しかける。
「こんにちは。あなた、かなり強いですね。よろしかったら、僕と城作り、ビーチバレー、スイカ割りの三本勝負をしてはくれませんか?」と、彼にダメ元でお願いした。
すると、思いの外彼は快く「良いよ。アンタはそこら辺のヤツとは違うみたいだし。砂の城は勝てる気しないから、ビーチバレーとスイカ割りだけやろうよ。ビーチバレーを二本勝負、スイカ割りを三本勝負にすれば、決着はつくだろ?」
「そうですね。では、ビーチバレー行きましょうか。試合では真価は見られないので、威力と精密度。この2つで勝負しましょうか」
「…………了解」と、彼は数瞬驚いたような表情を浮かべてから、それに同意し、僕にボールを投げ渡し「じゃあ、まずはパワーから行ってみろよ」と、サーブをするように腕を振って見せた。
「距離を競うんですか?」と聞くと「まあ、そういうこと」と言われたので、早速僕はサーブを打つために精神を落ち着かせた。
そして、ビーチバレーの球を、雲一つ無い虚空に向かい投げ、平均的なバレー選手の二倍弱の高さを跳び、身体をヨガや、フィギュアスケートのように大幅に反らしながら――全体重、力、勢いを乗せたサーブを飛ばす。
手から離れた瞬間。それは物理法則に逆らうように、基地から離陸した戦闘機のように、重力を振り切ろうというように、勢いを落とすこともなく、その弾丸と呼ぶに相応しい球は……永い時を経て、地面へと落ちた。
そして、一瞬彼は驚いたような表情をするも「じゃあ、今度は俺の番だな」と、僕がした動きと同じように、跳躍、反り、一瞬での力の解放のステップを踏み、僕のような弾丸のような一直線の軌道とは違い、エベレスト。その軌道はそれをイメージさせるような軌道を描き、高々と上がり、まるで流れ星のように、もの凄い速度で、まるで空力加熱で燃え尽きんばかりのスピードを出しながら、砂へと落ちる。
そして、彼の放った衛星と呼べるような球が砂浜に落ちた瞬間……大量の砂を巻き上げ、まるで、ゲリラ豪雨が砂となって降り注いだように、砂の雨が上空から振ってきた。
数秒間の砂の雨が降り終わり、僕と彼は自分達が放ったボールの在処を見に行く。
すると、タッチの差で、僕に軍配が上がった。恐らく、風によって少し流されたのだろう。彼のボールの焦げ具合を見るに、風によっては僕が負けていたかもしれない。
「負けたか……。じゃあ、次は精密さな?」そう言うと、彼はドミノを並べ始めた。
「まあ、そうなりますが……。何をしているんですか?」
「あ? ドミノ並べてんだよ。見りゃあわかんだろか」と、そのドミノ一つ一つを正確に、丁寧に並べ、約一時間後にその二百×二、計四百ものドミノを不安定な砂浜に並べ終えた。
「で、何をするんですか?」
「決まってんだろ。あのドミノを倒すんだよ。打ち方は何でも良い。より多くのドミノを倒せた方の勝ちってことだ」
「ふむ……分かりました。では、先手は貰います」
「構わない」
そう言われると、僕は時間の流れを僕の周りだけ遅くしたかのようにゆっくりと呼吸を整える。
そして、自分でボールを高く上げ、跳躍。
最高地点から、まるで砂浜の中の小さな貝のような小さいドミノを目掛け、僕は自分が想定していたルートと寸分違わないように、ボールをインパクトする。
そして、僕の手を離れ、自由になったボールはおおよそバレーとは言えないような速度を保ち、そのドミノへと一直線に向かっていった。
空気抵抗により何とか他のドミノを巻き上げないようにした僕のボールがそのドミノの始めの一つに当たる。
そして、それは勢い良くパタパタと倒れていき、二百のドミノ中百八十ものドミノが倒れる好記録となった。――が「俺の勝ちだ」と、彼が“ポン”という音と共にそう笑い、僕の渾身の一発をあざ笑うかのように球がゆるゆると宙を舞う。
そして、重力に従い彼の始めのドミノに落ち、当たった瞬間――――まるで、最初からそのドミノが倒れていたかのように、置かれていたドミノが全て倒れた。
完全敗北し、その場に膝を衝いていた僕に、彼は手を差し伸べ「じゃあ、次はスイカ割り三本な。負けねぇぜ?」と、ニッコリと笑い、僕にスイカと木刀を渡した。
「最初は技だ。試技は一度きり。確実にスイカにその剣を入れ、芸術的に割った方の勝ち。審査員はここにいる方々にしてもらおう。良いな?」と、周りのギャラリーを巻き込んだスイカ割り“技”によって、引き分けで迎えたこの第二ラウンド、スイカ割りが始まった。
スイカ割りの先手は交代して彼。無駄と力の無いフォームから、目隠しによる周りの見えない孤独感と、不安感。この二つを全く恐れることもなく、実際は数メートルなのだが、果てしなく遠く感じるそのスイカへと確実に、力強く歩み寄っていく。
そして、スイカ割りの基本となる木刀でスイカを上空へ飛ばす、スカイを綺麗に決め、それを空中で十文字に、更にもう一段十文字に斬る。
そして、サンドインするスイカの速さや向きを調節し、その正確に八等分されたスイカは、その赤く瑞々しい内部を汚すことなく、更に、スイカ割りにおいては仕方ないとされてきた、スイカを斬った時に付いてしまう返り血すら付けていなかった。
「……流石です。では、次は僕が……」と、僕は目隠しを付ける。しかし、こんな物は今の僕には意味を成さない。目隠しをしたところで、僕の視界にはしっかりとスイカが見えている。いや、スイカしか見えていないと言うべきだろうか。僕と、僕が斬るべき相手。この二人は何もない、誰もいない空間で、ただただ向かい合っているだけだった。
そして、僕はその静寂を壊すかのように、この暗い世界を駆け出す。
何かに脚を取られるような気がする。僕が走るということを何かに阻害されているような気もするが、そんなことは些細な問題でしかない。
僕は相手の元へと辿り着き、スカイよりも、一段低い位置に上げる掬い。更に、僕の一番の大技とも呼べる、相手その物を木刀の先端で止めるオリジナル技“時止まらずとも世界は凍る(コールド・ウォーター)”によって止め、一瞬上げては弱い部分に木刀を入れ、その赤い血を出さないように、正確に皮のみを貫通させ、それを回すように一回転させる。そして、横一回転から、縦一回転に方向を変え、キレイな斬り込みを十文字に付けた。
そして、その迷彩服で隠されたその赤い身体を、四等分された皮の迷彩服を引っ剥がすことによって、引きずり出す!
そして、あらかじめ配置された皮の上に、その宝石のような赤い身体が落ち、砂という不純物を当然付けることもなく、四枚の花弁に実を付けたような形の真ん丸いスイカがここに咲いた。
そして、二人だけの世界は壊れ、大観衆の叫び声のような歓喜の声がこの砂浜に響き渡った。そして、その後の投票の結果――僕が二勝目を勝ち取った。
二戦目はやはり精密さ。
スイカを割る程度ではもはやそれは量れない。ならばもっと小さなものを割ろう。
パイナップル、当然成功。林檎、成功。キウイ、成功。苺、成功。
――そして、次に来たものは……“ラッキョウ”だった。
もはや、このレベルではその剣術自体のレベルを問われる。僅かな乱れ、僅かなズレだけでラッキョウには当たらない。精神的にも喰う側のラッキョウに喰われていく、この競技の恐ろしさを実感したような気がした。
――――それでも彼は成功させた。
――――そして、僕はそのプレッシャーと難しさに呑まれ、失敗した。ラッキョウに喰われてしまったのだ。
「じゃあ、これでまたイーブンだな。最終対決は――早さだ」
『早さ』これは老師にも聞いたことがある。
確か……二人で一つのスイカを使い、どちらが早く割れるかを競う競技……。まさに、最後には相応しいってわけだ。彼も粋な人だ。こんな形でなければ、最高の盟友となっていただろうに。
そして、そんな物思いに耽っている暇も無く、僕と彼。そしてあの宝玉。これら三つの綺麗な三角形が描かれ、ギャラリーの一人に仕切りを頼み、その人が「始め!」と言った瞬間に、僕と彼は走り出した。
これはただ割るだけでは勝ちにはならず、キチンと食べれるように割らなければ相手の勝ちとなる、極めて難しい競技だ。
彼に先手を取られ、多分だがスカイをかけられる。ならば、先程の軌道と同じ。僕の木刀はそれを割らないようにくすね、空中にキープする。先程のように僕はコールド・ウォーターを使っているような時間も無い。一気に……と、斬りかかろうとした所に彼の体当たりが僕に炸裂する。
そして、軌道を逸らされ、空振り。今度は彼にチャンスを与えてしまう結果となる。
そして、彼はその手に持った聖剣を今にもスイカに振るうだろう。
だから、僕は最後の賭に出る。スイカの弱点など、僕には目隠しをしていても容易に分かる。だから、その弱点を的確に狙った突き。これをスイカに放った。
手応えは合った。しかし、同時に彼の一太刀も放たれたような気がする。
なら、後は結果を待つのみ。やるべきことはやってきた。これで負けるなら、それはそれで――。
「勝者、左側!」と、僕の勝ちを主審が告げるのと同時に、場をつんざくような、飛行機が離陸するような大歓声があがった。
「はぁ……負けたのか。でも、不思議と悪い気はしない」
「僕もですよ。負けたなら、それはそれで良いと思いました」
と、僕らはそう笑い合いながら目隠しを外した。
「今度、一緒に泳ぎに行こうぜ!」
「ごめん。僕、泳げないんだ」
この熱く照りつける真夏の昼の太陽とは対照的に、僕は彼の誘いを冷たくあしらった。
~泳げない僕なりの海の楽しみ方、終了~
後語りー。
と、化物語風に始めさせていただきますが、とりあえず始めにすいませんでした。なんか、投稿がかなり遅れてしまったもので、他の方々の投稿に支障をきたしてしまったようで。重ね重ねすいません。
で、今回の作品ですが、オチを始めに思い付いて、なんかそれっぽい話を作ったらこうなった。どうしてこうなったという作品です。まあ、海要素を入れながらも、あれ? バトルSSじゃね? どうしてこうなった。という作品に仕上げてしまいました。
まあ、毎度の如く明らかに他の方々と作風が違うのは僕ということでスルーしてください。
では、どうしてこうなった作品『泳げない僕なりの海の楽しみ方』作者、白波でした。
【おさかな天国】1/2
海の上を半魚人が走ってきた。
そう言った時の他人の反応は二種類に大別される。一つは「バッカじゃねぇの」と冗談として処理される場合だ。こちらは至って真面目に話しているのに酷いじゃないか。何が「そんなことより見ろよあの雲、あれお前のアヘ顔じゃね?」だ。体の七割が水分だからって大気中に浮かぶ水滴と一緒にしないで欲しい。僕のアヘ顔の写真見せられても困る。
もう一つの反応としては、「大丈夫? 熱でもあるの?」と真剣に僕の脳内が異常をきたしていることを危惧されることが挙げられる。僕が普段から嘘や冗談を言わない真面目な性格であることから、あのような突飛な言動をすればそれなりに心配されるのだろう。しかし実際に、半魚人が突如として現れたのだから仕方がない。
あれは、僕が高校生活という奔流の中で必死に舵を切り様々な社会勉強を始めた頃のことだった。
僕は家族で千葉県の九十九里浜に向かっていた。目的は海水浴。季節は真夏である。
行きの車の中で、既に僕は絶望していた。僕だけではない。自らの感情に忠実な母は勿論のこと、家族の大黒柱として決して弱音を吐かなかった父でさえもその表情には諦めの色が浮かんでいた。
《えー、ただいま入りました情報によりますと、九十九里浜の降水確率は79442698133%です》
ラジオの男はそう告げた。笑いを堪えているようで、たまに声が裏返る。僕はラジオを破壊したいという衝動を抑え、弟を殴ることで怒りを発散させていた。弟は死んだ。
滝のような雨は九十九里浜のホテルに着いても止むことはなく、母は遂に発狂して部屋の畳の上でクロールを始めた。余程泳ぎたかったのだろう。畳の海は決して気持ちよさそうではなかったのを覚えている。
僕はラップ調で「さかなさかなさかなァッ! さかなァをォ食べェるとォ! あたまあたまあたまァッ! あたまァがァボンバヘッ!」と唱えながら想像上の海を泳ぐ母を残してホテルのロビーに行き、傘を借りて外へ出た。
折角弟の犠牲を乗り越えて海まで来たのだ。海はそれほど荒れていないようだったし、暇な僕は海を少しでも楽しもうと浜辺へ歩いた。
物凄い雨だった。バケツをひっくり返したような、という表現が生ぬるいほどに強い雨が傘を揺らしていた。まるでホースからほとばしるような強い水流が周囲を叩きつけている。雨以外の音は聞こえない。傘の重みが僕の気を滅入らせた。
内陸住まいの僕に何度も感動をもたらしてくれる水平線は見えなかった。まったく、僕は何をしにここまで来たのだろう。ため息をついて、踵を返し去ろうと思った。その時。
マグロの体の背びれ付近から二本の人間の足が生えている生物が、こちらに向かって全力疾走してきたのだ。海の、上を。
初めは僕の目がおかしくなったのかと思った。次に脳を疑った。そして頬を思いっきりつねってみた。にきびが潰れて、後悔した。
近づいてくる半魚人に僕は恐怖し、逃げようとした。だが、待てよ、と思った。外は土砂降りの雨。ホテルに行っても暇なだけ。この出来事はそんなつまらない一日を劇的に変化させてくれるのではないかと僕は期待した。
警戒心は解かなかったが、僕は黙って半魚人を見つめる。湧き出る疑問。あなたは……あなたは、刺身にしたら美味しいのですか?
水しぶきを上げて小波がさざめく浜に立った半魚人は、つぶらな瞳で僕をみつめた後、こう言った。
「Hey! あんちゃん! いいコト教えてやるぜ! 3×6は86だ!」
意味が分からなかった。何故人語を解せるのか。何故間違った乗法の答えを提示したのか。しかし、半魚人などというおよそ自然に存在しそうにないファンタジーな生物が、自然の法則――掛け算の本当の答えを無視するのは至極当然のことのようにも思えた。
降り続く雨の音は僕の耳には入ってこなかった。超現実が目の前にいるという事実と、刺激される空腹感に僕の意識は集約される。
気づいたことを口にした。
「あの……美脚、ですね」
【おさかな天国】2/2
半魚人が震えた。それは水に濡れた犬が体を振って水滴を撒き散らす仕草に似ていた。犬と決定的に違ったのは、どうやら半魚人――まぐろクンと呼ぼう、まぐろクンは、感動して震えたらしいということだ。
雨に濡れていてわからないが、まぐろクンの鮮度が保たれた美味しそうなくりっとした目からは涙が流れている、気がした。
「ギョギョーッ!? そんなこと言われたの初めてで……嬉しいギョ……」
話を聞くと、まぐろクンはこんな姿だから普通の魚に差別されているらしい。好きだったマグ子さんにもフられ、友達もできず、捕食の対象であるカタクチイワシにさえも姿を愚弄されたという。彼らは一様にこう言った。「ポニョの世界に帰れ」と……。
そしてまぐろクンは決心した。陸地に上がって人間になる、と……。食物連鎖の頂点に立ち、自分を馬鹿にした奴らを水族館送りにして水槽を指差して笑ってやる、と……。
嗚咽を漏らしながら自身の境遇を語るまぐろクンに、僕はいつの間にか食欲をそそられていた。間違えた。親しみを感じていた。
彼は魚よりも人間に近かった。自然の摂理に何の疑問も持たず生きる魚とは違い、人間的な感性を持ち合わせていた。言うなれば、傲慢だった。それだけに、魚の世界で生きてゆくのには苦労もしたのだろう。海の暮らしはどういうものなのか分からないが、僕は同情を禁じ得なかった。
「あんちゃんが初めて出会った人間だギョ。頼む! あんちゃんの群れに加えてくれ! ギョ!」 群れというのは、家族とかそういうものだと解釈した。
実は人間というのはそんなに偉いものじゃないのだ、と言おうと思ったがやめた。彼の決意は揺らぎそうになかったし、なにより面白いことになりそうだったからだ。
僕はまぐろクンの頼みを受け入れた。まぐろクンは僕の胸の中で嬉しさにおいおいと泣いた。辛かったね、と言いながら、僕は魚特有の生臭さが鼻の中に立ち込めるのを感じていた。それが若い女性の香水の匂いではないのが残念でならなかったが、生魚萌えに目覚めそうでもあった。
そしてホテルに連れ帰り、興味津々といった様子で調理場の設備を眺め回すまぐろクンにスタンガンを食らわし、腕利きの職人にさばいてもらい、今日の晩御飯としていただいた。
海の幸に感謝の涙を流しながら、脂の乗った絶品のマグロを堪能した。それを食べた途端、母がコサックダンスしながら「8×4は66だァ!」と叫び始めたが、警察沙汰になるだけで済んだことにほっと胸を撫で下ろしたのを記憶している。
今でも時々思い出す。バラされたまぐろクンの脂が照り返す眩い光、口に運んだ時のとろけそうになるほどの至福。それはまさに荘厳なる竜宮城を連想させ、僕はそれを想起するたびに感涙せずにはいられない。
刺身といえば誰もが思い浮かべるマグロは、堂々たる刺身の王だ。魚雷の如きスピードで大海を旅するマグロは、海を駆ける疾風だ。
ひとりの神秘的な生物を失ってしまったが、悲しくはない。
まぐろクンは僕の血肉となり、生き続けるのだから――。
【鈍色の海】
眼前に広がるのは、鈍色(にびいろ)の海。じっと見つめていても、小声で声をかけても、ちっとも答えてくれない……ちらりとも目を向けてくれない冷たい海。冬も目前の乾いた風が水面を打ち、わずかに波打ちはするが、それだけ。こうしてひとりぽっちで砂浜に座るさびしい女の子のことなんて、気にかけてくれないのだ。
砂も冷たい。海と同じ。立てた両膝に腕を回し、膝小僧にあごをのせて、懲りもせずに暗い海を見つめる。それでもやっぱり心は満たされなくて、ふと目を伏せた。足先の砂を軽く蹴って、辺りに散った砂の一粒一粒を意味もなく見つめてみる。この子達は寂しくなんてないだろう。周りにこんなにもたくさんの仲間がいるのだから。そう思ったらなんだか憎らしくなって、もう一度、今度はもっと強く足元の砂を蹴っていた。……虚しさに、胸がえぐられそうだ。
再び目をあげて、どこまでも遠く広がる海を見る。どこまでも、どこまでも際限なく広がるそれは、ただだだっ広いだけで包容力なんて何も感じない。逆に広すぎて自分だけ置いてきぼりをくらった気分だ。すねた気持ちで唇を尖らせる。膝小僧に右の頬をつけ、無感情を装ってぼんやりと眼前の風景を瞳に映す。鈍色の、海を。
――……気持ち次第で、変わることだってあるかもね
いつだったか誰かが言っていた言葉が頭に浮かび、弾かれたように顔をあげた。同時に、波が浜に打ち寄せる力強い音が耳に響き、胸の内に反響する。今まで聞こえていなかった音だ。響いて、いたのに。
小さく息を吸い込む。冷たい空気が体中にしみわたった瞬間、改めて海一帯を見渡してみた。そして目に映ったものに、思わず背筋をぴんと伸ばしてしまった。自然と笑みがこぼれる。
「……鈍色なんかじゃなかったね」
目を細めて水面の一点を見つめてみる。水面にはオレンジ色の細かい光が美しく散っていた。ほぅ、と吐息を漏らして視線をあげると、金色の光を放つ夕日が今にも海に沈もうとするところだった。こんな神々しい風景すら、ついさっきまでは視界から弾かれていたのかと思うと、身ぶるいさえしそうになる。
あたたかい光に頬を照らされ、まぶしくて手でひさしをつくった時、足音が近付いて来ることに気が付いた。ゆっくりと、静かに。まるでこの美しい風景を壊さぬよう意識を張り詰めているかのように。その足音が背後で止まる。人の気配はしない。手でひさしをつくったまま後ろを振り仰ぐと、予想通りの人物が包み込むような笑みを浮かべて佇んでいた。大好きな、お母さん。それこそ海のように広い心を持った、大好きな、……ここにいるはずのないお母さん。怖くはなかった。お母さんは前と変わらぬ優しい笑みを浮かべていたから。
あたしは口を開きかけて、何も言わないままゆっくりと閉じた。代わりに手を伸ばすと、お母さんは静かにその手をとってくれた。顔を見合わせて微笑みあう。
「連れてって?」
甘えるような声でそう言うと、お母さんはうなずいてあたしの手を引き立ち上がらせてくれた。同時に砂を踏む足の感覚が、空気に、服に触れる肌の感覚が、波が引くように薄れていった。
冷たい海。足首を濡らす鈍色の水。
幸せそうに微笑む、ひとりぽっちの女の子――……。
――――――――――――――――――――――――――
はじめまして。突然ですが投稿させていただきました。
とりあえず、意味わかんない話すみません^^;
嘘
季節はずれの海に、勿論人気はない。秋もだいぶ深まってきて、海風にうたれると肌寒く感じる。
そんな中そいつは、金色の髪から水を滴らせ、水着姿の上半身だけを海から出し、また下半身では鱗を綺麗に光らせながら、俺の方を見据えていた。
「……どちら様?」
俺は尋ねた。
「見りゃ分かるでしょ」
そいつは、気が強そうな喋り方で答えた。
「……半魚人」
「人魚って言いなさい!」
この海岸は道路沿いの浜辺からは少し外れていて、まず地元の人しか知らなくて、したがって人があまり来ない。だからこいつも来てたのかも知らないけど。
「こんな時期に海って寒くないん?」
「あんた馬鹿? 水は温まりにくくて冷めにくいの。このくらいの時期だったらずっと水の中にいたほうが暖かいわよ」
「それを知らない人を馬鹿と呼ぶなら俺は馬鹿やな」
「はっ馬鹿が」
高飛車な半漁人……もとい人魚だなあ。
「なあ」
「何よ」
「水中で息できるん?」
「できるわよ。当たり前じゃない水中で暮らしてるんだから」
「えらはどこに付いとるん」
「ここ」
そいつは腰のちょうど下辺り、人間の肌から人間のものでない鱗に変わった所を指差した。
「ふーん……。変な所にあるのな」
「あんたが人魚をよく知らないだけでしょ」
「何食べよんの?」
「魚とか、貝とか、海草とか。海の中は高級食料の宝庫よ。おかげでいくつになっても肌はぴちぴちだし。触ってみる?」
「遠慮します」
「遠慮して断った言い方じゃないわよ。ま、結構食べ物は人間に近いから出てくるものも近いわよ。魚の肛門ってね――」
「ストーップ! これ以上聞いたら俺の中の大事な何かが崩壊する気がする」
「常識に縛られて生きてんのねえ」
そいつが笑ったその時、少し強い風が吹いた。俺は肩をすくませる。そいつは身震いをした。
「……寒いんじゃねえの?」
「空気中に体を出してると気化熱で寒いの! 気化熱って分かるお馬鹿さん?」
「ああそれは分かる。別に潜ってていいのに」
「あんたがここにいるからでしょうが! そもそも! 夏の間は我慢してもう人はいないだろうなと思って来たのに、何でこんな時期にこんな浜辺に来てたのよ!?」
「今日ここに来たら誰かに会える気がしたから」
「はい?」
「俺の勘は外れたことがないんだ」
俺の勘は当たる。最早超能力を言って良いレベルに。こっちの道を通ったら何かある、と思えば知り合いのおばちゃんに会ってアイスを貰った。ちょっと危険を感じで立ち止まると目の前に鳥のフンが落ちた。その他諸々。
本当にどうでもいいくらい小さな事なんだけれども。それでも、そうなる気がしてならなかったことは無かった。
「何それ嘘臭いわね」
「別に信じてもらえなかったら大変なレベルのことは分からない」
「下らない能力ね」
「俺もそう思う」
数秒、沈黙に包まれた。上空では太陽が傾き始め、地上と海面を照らしている。ぽかぽかして暖かい。
俺は沈黙を破った。
「何で浜辺に来とったん」
そいつは暫く答えなかった。応答なのか独り言なのかよく分からないような頃、ぼそっと呟きが聞こえた。
「……人に会いたかったのよ」
「…………へぇ」
「ええ矛盾してるわよ! さっき『もう人はいないだろうなと思って』って言ったものねっ」
そいつは突然饒舌になった。「だってもし人間に会ったら取材とかいっぱい来るでしょ? 捕獲しようとか考える大馬鹿連中が現れるかもしれないでしょ? でもやっぱり憧れってあるのよ! みんないっぱい友達がいて、いっぱい恋愛して、いっぱいお洒落して、いっぱいいっぱい人生を楽しんで……! 夢見たって良いじゃない、あたしだって人間だったら女子高生だもの! あたしだってもっとたくさん友達がほしい、もっとたくさん恋したい、もっとたくさんの服が着たいの!!」
そして、彼女の叫びは唐突に終わった。最後の方は声がちょっとかすれていた。顔を隠しているので、どんな表情をしているのかは分からない。
「色々あるんだな」
「だって人魚って絶対的に数が少ないもの」
「――だから人間を引きずり込むんだ?」
そいつは声もなく顔を上げてこちらを向いた。見開かれた目からは、涙が流れていた。
「ど……どういうこと?」
そいつの唇は震えながら動いた。
「夏とか海岸に人が集まる時期に浅瀬へ来て、気に入った人間を海に引きずり込んで殺してたんだろ? 一人目は7月5日に大学生川口栄太。二人目は7月18日、高校生上田陸斗。そして三人目が、8月26日高校生の加藤美沙。殺して何になるのか俺には分からないけどさ」
「な、何でそんなところまで」
青い顔をしながらも、そいつは否定をしてこなかった。……少しだけ期待してたんだけどな。
「そんな気がしたんだ」
「気がした、って……」
「言ったろ? 俺の勘は外れない」
「……そうだったわね。――でもあたし、あなたのことも結構気に入っちゃったのよね」
そいつの顔つきが変わった。「そういうそっけない態度も良いし、よく見りゃ顔も整ってるじゃない」
そいつは驚くべき速さで俺の足首を掴んで海へ飛び込んだ。しまった。もっと早く海から遠ざかってないと悪かった。
大きく息を吸い込む暇も無い。人魚の尾ビレが水をかく力は凄まじく、とても俺なんかが太刀打ちできるものではなかった。息が苦しい。このままでは死んでしまう。でも、何故か助かる気がした。俺の人生はこんなところで終わらない気がする。
俺の勘は外れない。
『あんた何また馬鹿なことやってんの!』
女性の声がした。それと同時に細い日焼けした足が見えて、その足が俺を引っ張る腕を蹴る。手は足首から外れた。
今度は手首をぐいと掴まれて、海岸の方へと引っ張られる。勢いよく海面に顔を出して、空気を肺へ送りこんだ。
「早く海から離れて!」
その声に急かされて砂浜を走る。声は、海の中で聞こえてきた声と同じだった。
波打ち際から離れて海を振り向くと、一人の女性が立っていた。
「えっと……」
「こんにちは。私、加藤美沙。大丈夫だった?」
加藤美沙は、自分を殺した相手のことを笑顔で語る。多少無理がある笑い方ではあったけど。
「あの子、寂しがり屋なんよ。人間は海の中までは一緒にいられんけど、幽霊やったら別やろ?」
「そんな自分勝手な」
「うん。やけんあの子は私が見張っとるけん。今日はもう帰っていいよ」
兄の元クラスメートである彼女は、自分は殺されたにもかかわらず他人のことを考えている。
「助けてくれてありがとう。でもごめん、まだ用があるんだ」
俺は自ら海へ飛び込んだ。後ろで加藤美沙の声がする。
少し泳ぐと、眼の周りを赤くしたそいつが驚いた顔をして俺を見ていた。俺はそいつへ近づいて、右手をそいつの右の頬、左手をそいつの左の頬に添えた。そしてそいつの口に俺の口を近づけて、同時に目を閉じる。目は閉じていたし海の中だったけれど、そいつがまた泣いているのが分かった。
右手と左手とそして唇の感触は、だんだん無くなっていった。
浜辺へ上がると、加藤美沙が待っていた。
「わお。大胆やなあ」
「あいつ、多分恋愛ができないまま死んだのが一番の後悔やけん、キスのひとつでもすれば成仏するやろうって斑猫婆さんも言ってた」
「だからって中学生ができるか普通。顔もやけど、その淡々とした性格まで兄ちゃんに似てんのね」
分かってたのか。彼女の笑顔は、さっきと違って明るい。
「……あんたは成仏せんの? あいつを止めるために幽霊になったんやないん?」
「うーん、だってあの子成仏したわけじゃないけんな」
「嘘っ。死にかけた上あそこまでしたのに」
心臓がドキッとした。これで終わったと一安心したところなのに。
「だって別にあんたあの子が好きなわけじゃなかろ? どこか遠くに行ったみたいやし大分効果あったと思うけど、完全には多分無理だよ」
「マジか……。やけんまだ残るん?」
「うーん、それもあるけど彼氏からのプレゼント貰いそびれたからかも」
「なんだそのリア充な理由」
「あ、笑った」
俺も彼女の笑顔につられたのだと思う。魅力的な女子高生だな。友達も多かったことだろう。だからこそあいつのターゲットにされてしまったのかも知れない。
「じゃあ俺は帰るよ。助けてくれて本当にありがとう」
「いいって。こっちも楽になったし。風邪引くなよ!」
「おう」
加藤美沙に手を振って、家に帰った。早くシャワーを浴びて着替えよう。
「おお、竜也か」
住宅街の外れにある古い平屋。60歳くらいの女性に中学1年の少女と、そして老いた斑猫が住んでいる。俺がそこを訪ねると、縁側にいて日向ぼっこをしていた斑猫婆さんにまず気づかれた。その横に腰掛ける。この家の縁側は勝手に使っても咎められない。
「浜辺の幽霊人魚、会って来ましたよ」
「ありがとよ。何日も通ってもらってすまんね」
「いえ、部活も引退して暇ですし。毎日あの浜辺に現れるって分かってましたから、時間帯をあわせるだけでそう大変じゃありませんでしたよ」
「そうかい。これ以上人を殺されても困るんでの。助かったわい」
斑猫ばあさんはいつも目を細めているので、笑っているのか眩しいのかよく分からない。怒ったようなところは見たことがない。
「……あの」
「なんじゃ?」
「実際、人魚っているんですか?」
「どうじゃろうなあ。いるかも知れんし、いないかも知れん。海を探し回れば見つかるかも知れんぞ」
知ってるくせに。斑猫婆さんは何でも知ってるんだ。
「あ、竜也先パイ」
後ろから、斑猫婆さんよりずっと若い声がした。ここに住む少女だ。
「来てるんなら言って下さいよぉ。今お茶用意しますね」
「あ、いやいいよ。すぐ帰るから」
「えー帰っちゃうんですかぁ」
「特に用もないのに長居するのも悪いし。じゃあね真理ちゃん。さようなら、斑猫婆さん」
俺は平屋を後にした。
そういえばあいつの名前も聞きそびれたまんまだったな。……うん、多分『エリナ』。漢字は分からないけどエリナだな、あいつは。そして多分明日も明後日もその先も、あの浜辺に行っても彼女には会えないなと根拠のない確信が持てた。
俺の勘は、外れない。
****************************************
何だこの会話文だらけ。特に前半。グダグダ失礼しました←
こんばんは~
大会も終わり、ちょっと気分転換に、でも全力ですよ。
『水のいのち』という合唱組曲がありますが、そんな雰囲気が出せたらなぁと思いながら書きました。
……わけわかんないですねぇ。。。。
失礼しました~
【億万年の光明】
息が詰まるほど空には重たく雲が垂れ込めている。波頭をギロチンで切断するように突風が水面(みなも)を駆け抜ける。いたずら好きな風の精が金色の粉を派手に巻き上げようとしたが、夜明け前からしたたかに波に打ちのめされていた砂浜はさびた鉄のように穢れ、重たく固まっていた。
うめき声が聞こえる。沖のほうから下っ腹にめり込むような重たいのが何度も何度も風にのって響いてくる。
今日も海は喘いでいた。
彼らは自らの身を削り、周りに与えてばかりで見返りを求めようとしない。
約5億年前、無数の命が大地に上がった。それらの多くは長きに亘り海に養ってもらっていた恩を忘れ、淡水でしか生きようとしなくなった。そして使い古した淡水を川を使って彼らの横っ腹に突き刺すように垂れ流すのだ。
彼らは誰かに頼れれるとその者たちを身ごもって守ろうとする。
体の中で噴火する海底火山。群れを為して勝手気ままに蠢く無数の魚たち。身ごもられた者たちは、彼らの肉体を内から痛めつけるためだけに動いているのだ。
彼らは健気に太陽から放たれる灼熱の光線を跳ね返している。
銀河の片田舎にある自ら光ることのできない岩石の塊をを歓楽街のネオンサイン顔負けに華やかに彩り周りの星々を愉しませようとしている。母なる惑星から見れば彼らは卵の殻よりも薄いと軽んじられることはままあるにも拘らず。
彼らは疲弊しきっていた。約46億年という歴史の中で、幾度となく怒りを大地に星にぶつけてきた。それでも彼らの体は蝕まれる一方であった。
湿気を含んだ生ぬるい風が一層強くなり、港の桟橋付近に舫われた九百人乗りの大型客船が湯船に浮かぶおもちゃの船のように激しく揺さぶられている。海鳥たちはとうの昔に山の向こうまで吹き飛ばされていた。水平線の近くでは神罰を落とさんとばかりに漆黒の積乱雲の底辺が漏斗の形を為して海面に届こうとしている。波状的に上陸する突風が岸壁の道路のガードレールを貫き、悲痛な叫び声をあげさせた。
壊してしまえ、何もかも――。
昼間でも日光の届いた試しのない大洋の底で魚類の骸骨と共に淀んでいた陰鬱な塊が巨大な泡沫となって浮かび上がってくる。もはや空と海の区別のつかなくなった暗闇で弾けるたびに、彼らの怒りを焚きつけようと静かに囁きかける。
遂に波浪は港で一番大きな船舶のブリッジよりも高く聳え立ち、桟橋はいとも簡単にへし折れてしまった。遥か彼方で光が明滅し、刹那雲の輪郭が強烈な陰影と共に浮かび上がった。暫くして雷鳴が 海底を打ち震わし、陸に突進してきた。
壊すんだ。壊せ、壊せ――。
防波ブロックが浮き輪のように流され、水の壁が岸壁に打ち付ける轟音が周囲から全ての音を奪った。陸が波打ったように見えた。
「できない。我々にはできない」
彼らは慟哭した。憎悪をぶつけようとすればするほど何かがそれを遮ろうとする。海が海であるために、陸は必ずしもいらない。胎内で蠢く魚たちもいらない。熱傷を負わせる海底火山もいらない。なのに何かが、感じたことのない感情が彼らを抑えつける。
陸と星と真黒に染まった我が体躯を改めて見つめる。
――与えるばかりであったのか、守るばかりであったのか、本当に。
大気が一気に凪いだ。
渦巻ている雷雲はまだ解ける気配を見せていない。ふと、水平線の向こうでは一条の真紅の光芒が虚空を真っ直ぐつらぬているのが微かに見えた。
吹き飛ばされていた海鳥たちがいつものお気楽でやかましい鳴き声をあげ、隊列を為して戻ってくるのが見えた。
【SS―①】
鉛色の空は実に心を薄暗くする、だから天気が曇りばかりという地域の人達は、皮肉屋で性根が曲がっている。そんなことを誰かが言った。馬鹿馬鹿しいと一蹴する人もいるだろう。僕もその一人だ。太陽を拝めない時期が少し続いたからと言ってそれが何だというのだ。
年代物の自動車、その後部座席から見る天候は重々しい曇天だった。この周辺では特に珍しくも無いらしい。僕はそう教えてくれた運転手に視線を移す。
「曇り空は好きかい?」
軽く前に問いかけてみると、温雅な声が返ってきた。
「好きではないですね。だけど、お天道様が決めることですから。しょうがないですよ」
くたびれたコートにハンチング帽といった出で立ちの運転手。彼はこんなご時世では珍しいほど純朴で親切だった。なんたって町の駅からこんな郊外まで、不満の一つも漏らすことなく、キチンと乗せてきてくれたのだから。
彼の何処が性根が曲がった皮肉屋だというのか。僕は件の誰かを問い詰めてやりたい気分だった。
「旦那、この先は今は軍用地ですがね。何か御用でも……?」
運転手の男性は肩を竦めながら、そろそろとした声で僕にあそこでどうするのかと訊いてきた。スパイだったら大変だ、なんて思ってるのかも知れない。
「いやなに。ちょっと外から見るだけさ。廃棄された町があったろ、僕はそこの出身なんだよ」
落ち着いた口調で言葉を返すと、彼は納得した風に頷いて息を吐き出した。そして「あんまり近づかないでくださいね。撃たれたら大変ですから」と言った。
彼の気遣いがズッと心に圧し掛かってくる。今からしようとすることを思うと、心に少しの罪悪感を感じた。僕はそれを振り払うように声を出す。
「……昔、この辺りに、ほら、向かいの国がちょっかいを掛けてきたのは知ってるかい?」
「空爆のことですかね? なら良く来ましたね、ええ。もっと南の方にもバカスカ落とされたみたいですけど」
「いや、そっちじゃない。銃を持った兵隊がボートに乗ってやってきたという奴だよ」
一旦、そこで会話が止まった。僕はトレンチコートの胸ポケットから紙タバコを取り出して、口に咥える。ライターで火を付けようとした時、彼がやっと返答した。
「与太話とばかり思ってましたが、本当なんですか?」
不安と興味が入り混じった声調だった。なるほど、良く隠匿されていたようだが、地元の人間に隠すのは難しい。
「どうだろうね。列車で隣に座った客が、話してくれたんだけど」
「旦那はあの町にいた事があるんでしょう?」
「何分、子供の頃だから。でもボートに乗った兵隊、なんてのは記憶に無いなぁ……」
運転手が「なら与太話に決まってますよ」と静かに笑った。僕も笑った。胸に、細い針が突き刺さった感じを味わいながらも、笑った。
やがて自動車はある木看板の前で停車する。半ば腐った木看板には「この先、アズフォード」という案内が書かれていた。胸の中で何かがざわめく。
「この先です」と運転手が呟いた。彼は僕に些か興味を惹かれているようだった。
「ありがとう。感謝するよ」
「気を付けてくださいね」
コートの襟を整えながら、僕は後部座席の扉を開けて外へ出た。鼻孔に懐かしい“臭い”を感じる。
運転席に回ると、ポケットからチップを取り出して、運転手へ渡そうとしたが、彼は首を縦に振らなかった。僕は無理やり中へとチップを押し込むと、困った表情の彼を労う。
「これで子供に菓子でも買ってやってくれ」
そう言って微笑みながら、フロントを軽く叩く。運転手が礼をすると、年代物の自動車は来た道を戻っていった。
僕はため息を吐く。あそこまでしてくれた彼に嘘を付いてしまった。もうこれで後戻りはできない。おもむろにコートの内ポケットを探る。硬い感触がした。
その感触をしっかりと刻み込みながら、後ろを振り返る。背丈の低い雑草の間に野良道が通っていた。自動車の轍が幾つもある。それなりに行き来はあるのだろう。
ふと、空を仰ぐ。相変わらず機嫌が悪そうな日和だった。今に、雨でも降り出しそうな感じだ。
【SS―②】
「濡れ狐……か」
そんな言葉が脳裏に浮かんできて、思わず口元が緩んでしまう。惨めなさまは僕にお似合いかも知れない。
一度、紙タバコを噛み締め、僕は野良道に足を向ける。一歩、二歩。踏んだ勢いのまま、ズコズコと先に進んだ。
左手の繁みから、右手の雑草から、生の臭いがする――。
それは僕自身が生きている感覚というのを半ば忘却しているからこそ、鼻孔に届いた臭いだった。
気づけば、段々と胸の内に不快感が溜まってくる。
何故、僕はこんなにも哀れで気薄なのだ。ただの藪や草からも、僕は生きている証を受け取っている。何故ならば僕自身にそれがないからだ。それがないから、周りから感じられるのだ。こんなふうに激しくも、悲しく。
嫌になるような感情が、精神を貫く。
振り払うかのようにかぶりを振って、更に一歩二歩と歩むと、不意にやるせない感覚が身体に沈んでくる。もう帰ろう、家に帰ってベッドへ倒れ、麦酒でも口に入れれば、また日常が帰ってくる。
――そして過去に苦しめられるのか。
斜面に差し掛かろうかというところで、僕の足は止まった。道先に張り巡らされたフェンスと、間に存在する検問所を見つけたからだった。
コマを、イメージする。黒くて、強靭なコマだ。それが頭部の中でグルグルと回転し始める。そして、それを徐々に首、胸部、腹部、そして下腹部へと降ろしていった。
コマがいよいよ峻烈に回り始める。身体が一種の気迫に包まれていくのが感じられた。すべきことをしよう。今しかない。
堂々とした態度を保ち、僕は一軒の小さな小屋と古ぼけた開閉棒がある検問所に向かった。小屋の外で立ち竦んでいた分厚いコート姿の衛兵が、肩に掛けていた自動小銃を両手に持ち替える。彼は小屋の中に何事か呼び掛けると、その場で、向かってくる僕に言い放った。
「止まってください! ここから先は軍用地です」
撃たれては適わないので、僕は素直に立ち止まった。衛兵が近づいてくる。顔を見る限り、僕よりも数歳か年下だ。そして一等兵。階級章がそう告げている。
「民間人の方は原則立ち入り禁止です」
彼が言った。僕は肩を竦めた。
「お勤めご苦労。兵隊手帳を出してもいいか?」
「……軍関係者?」
「中尉だ」
若い一等兵が瞳をパチクリさせる間に僕は両手を広げる。そして手振りでコートの内ポケットを示す。
「もう一度言うぞ。身分証明をさせてもらっていいだろうか?」
一等兵が何か答える前に、背後からもう一人が近寄ってきていた。締まりの無い口をした伍長だった。
「許可しますよ、中尉。さっさと出してください」
伍長が代わりに返答し、僕はゆっくりとコートの内ポケットから兵隊手帳を出した。開いて、一等兵に渡す。彼はすぐに開くと、数秒もしない内に伍長へと回した。
今度は伍長がそれを開いて、じっくりと中を見る。一分ぐらい経ってやっと彼は敬礼した。一等兵がそれを見て、同じようにする。
「ご苦労様です。中尉。何か当軍用地に御用でしょうか?」
「今度、軍測量部の部長補佐がこちらに来られる。再測量の下見だ。自分は先に状況確認を任された」
適当な嘘だ。大抵の兵と下士はこれで騙せる。要は士官クラスの人間が言った、ということが重要なのだ。発言内容にさして彼らは興味を持たない。
しかし……この伍長は例外のようだった。
「私服で、しかも供を連れずに、ですか?」
怪訝そうな視線を僕に纏わせてくる。僕は内心うんざりしながらも、まるで侮辱を受けたように自身の肩を怒らせ、声調に怒気を混ぜた。
「伍長……貴様の氏名と所属連隊、兵籍番号を言え! 士官の言動を疑うとは、ただでは済まさんからな!」
「あっ、いえ。失礼しました!」
咄嗟の所作で助かったようだ。眼前の彼は一瞬怯えたように眉を顰めると、すぐにそれを戻して、こちらの顔色を伺うように直立不動になる。
僕は内心の笑みをグッと堪えながら、仏頂面を湛えて言った。
「では開閉棒を開けてくれたまえ?」
伍長が頷くと、一等兵が慌てて開閉棒の下まで走っていき、それを両手で掴んで持ち上げ始めた。僕は一度ふっきらぼうに敬礼すると、そのまま歩いていく。
そして、抜けた。邪魔をされずにこの検問所を。
もうこれで障害はないはずだった。背後で開閉棒が閉まる音がして、固い地面を踏み込む感触が足の裏から伝わってくる。
こういう時にだけ、生を実感する。スリルから解放されたこの瞬間の、何とも言えない充実感。生き残ったぞ、やってやったぞという理性と本能の合唱曲。
あの兵隊たちは後でとばっちりを喰らうだろうし、僕は罪に問われるだろう。だがそれが何だって言うのだ。今、しなければならないことがあるのだ。
僕は何十回も足を持ち上げて、降ろす、この一連の動作を繰り返す。まるで昔のマスケット銃兵のようで、少し滑稽さを感じた。だけれど、これは有史以前から人類と共に付き添ってきた偉大なる伴侶だ。そう、それは『歩く』という名の行い。僕らを僕らたらしめてくれ、世界を広げられる行為。残酷さと慈悲深さが足には詰まっている。
気分が高揚してきた。一度目を瞑って、もう一度開く。右手には小高い丘、左手には浅い林。前方には道が広がっていて、丘の縁を回るように伸びている。その先には、あった。『それ』が。悪夢の源。幼少期からの因縁。美しき想い出。全てが詰まった『それ』がそこにはあった。
【SS―③】
アズフォード。僕の故郷。
海沿いの……白塗りの民家が町に一種の清廉さを与えていた町。
今は、そんな風景は微塵も残っていない。瓦礫と崩れかかった建物があるだけの、人っ子1人いやしない孤独なゴーストタウンだ。
町の向こう側には海が見える――海。全ての元凶。僕にはアズフォードという乙女を無理やり押し倒して強姦しようとする、悪党に見えた。何とも憎々しげに波の満ち引きを繰り返し、暗い蒼は奥を見通すことすら許そうとはしない。不寛容の塊。今でも人を海底に引きずり込んでしまいたくて、うずうずしている。
ふと視線を移動させれば、地平線では雲と海が一つになっていた。それが何だか無性に気に入らなかった。子供の頃はそこに世界の真理を見たような気分になっていたが、まったく馬鹿げている。海は何処まで行っても海だ。空は何処まで行っても空だ。
そう、正直に白状しよう。僕は海が嫌いだ、いや、憎んでいる。憎悪している。だからマリーンどもも大嫌いだ。潮の臭いは地獄の腐臭だった。
そしてこの事実に怨嗟の声をあげたくなるが、僕の幼少期には地獄の腐臭が滲み込んでいた。
道沿いに丘を回って、町に入る。潮と灰と、忘れ去られた死の臭いが漂っていた。視線をあげてみれば何処にでも想い出の痕跡が残っている。
優しかったケントの雑貨店、オーブリー爺さんの釣具屋、フィンチさんの銃砲店、幼馴染だったバカラのパン屋。
僕は横断した。それら全てに、今は背を向けるしかなかった――何も見ようとしなければ、辛さもまた襲ってくることは無いのだから。
必要以上に町に留まりたくなかったので、さっさと横断した。町の外れには斜面を登っていく道がある。その先に僕の目的地があった。
斜面を登り、切り立った、屹立する崖へと着く。
上に生え茂った草地を足で踏み倒し、崖先まで歩くと、僕は崖下を覗き込んだ。
まるで炎のように揺らめく波が、崖へとぶち当たり、雄叫びをあげている。見ている内に段々と吸い込まれそうになってきたので、すぐに数歩退いた。
身体が震えているのを感じる。僕は心底、海を憎悪しているとともに、恐れてもいた。
あの時、海の向こうから偵察にやってきた、敵の特殊部隊員が放った流れ弾が、母の頭蓋と西瓜のように砕いてから。
精気を失った父がやっとのことで立ち直った矢先に、乗った釣り船が転覆してから。
いつか、僕自身もあの蒼の中に引き込まれてしまいそうで――。
僕はため息を付いた。もう疲れたのだ。いや、本当はずっと昔から嫌になっていたのかも知れない。“生きる”ということに。
母も父もいない。天涯孤独だ。親戚や親友も空爆で死んでしまった。そして復讐というには希薄すぎるどうしようもない静かな怒りと、それ以上に恐怖が残った。
分かっていたのだ。しょうがないことなのだと。
世間にはただの人間にはどうしようもないことや、不条理なことが沢山あって、それに立ち向かおうとしても無駄なのだということは。
だけれど、そうでもしないと。僕の空っぽの心は痩せ細って餓死してしまいそうだったから。だから、僕は海に憎悪を向けた。半ば強制的に。
僕の本能が、生存欲求がそうさせた。でももう、お終いだ。それも。
僕は海の音を聴きながら、そこに数分ほど佇んだ。海よ、君に仮初めの厭悪を抱くのは止めにする。この十数年間、良く付き合ってくれたね。
崩れ落ちるように膝を付く。そして地平線を見つめた。子供の頃の感覚を思い浮かべる。しかし、そこに無限の彼方を想像することは出来なかった。
右手をコートに押し込んで、中をまさぐる。ショルダー・ホルスターに鉄の鈍い触感を覚えた。ボタン留めを外し、それを引き出す。
良く手入れをされたリボルバー。シリンダーには一発だけ銃弾が装弾されている。
僕は銃口を自身に向けると、思い切って腔内へと突っ込んだ。吐き出してしまいたい、そんなことを一瞬思ったが、もう戻るつもりはなかった。
躊躇いがどんどんと大きくなる。これ以上肥大化しない内にケリを付けるべきだ。
ありったけの勇気で引き金を絞る。額から汗が流れ落ちているのが分かった。このリボルバーは撃鉄が上がる際に、チッチッと二回音を鳴らす。
チッ。まず一回目。この次で……僕は脳幹を吹っ飛ばされて死ぬ。ああ、駄目だ。
「ふう!」
大きな息とともにリボルバーの銃口を腔内から荒々しく出す。腋や首筋、額が汗でびっしょりだった。なんという臆病者だ。
僕は更に抵抗が強まってきたのを感じた。これ以上躊躇えば、このお芝居を終わらせることはできなくなるだろう。そうなれば、もはや僕にとってこの世は生き地獄に等しい。
全身が強張る。やれ、やるんだ。ここで終わらせろ。
痛いぐらいグリップを握りしめて、僕は絶叫した。同時に口に銃口を入れて、そして引き金を絞る。
耳元に反響する破裂音が、まるで僕の成功を祝っているようだった――。
【SS―アトガキ】
良く分からんもんになったなあ、というのが率直な感想です。自分でもあまり納得がいっていない作品になりました。
海、といったら怖いもの、と連想して、はてまた執筆中に考えを変えてそれが『僕』にも反映された感じです。何もかも失って生きる、ということがきっと恐ろしく見えたのかも知れません。
では参加させていただいてありがとうございました。また次回などありましたら……。
今回のレベル高いですね……作品数も多いですし
二回に分かれます
title:Regend Treasure
誰かが言った。世界は、海は広いと。遥か彼方遠い遠い海の向こう、そこには何にも換えがたい大切な宝が置いてあるという話だ。どのような宝が置いてあるのか、そう訊かれた時にはこう答えた。とにかく、行けば分かると。誰もが素晴らしい財宝を夢見て『其処』を目指した。北極、かつてそう呼ばれた場所を。
現在、その始まりの日から十年の月日が経とうとしていた。財宝を見つけた者は未だ居ないという話だ。
ここにも、その宝を探した者が一人――。
「おい、ボケ船長。港が見えたぞ」
「てめ、良い度胸じゃねーか。俺に対してボケたぁ高性能の口してやがんな」
「うるせぇ、いつも誰のせいで漂流してんだよ」
貨物船のように大きな船が海上に浮かんでいた。そしてその甲板の上に二人の男が立っている。両者共にあまり上品な口調とは言えず、出来の悪いチンピラの低俗な口喧嘩としか言い様が無い。舵を取ったり慌ただしく働くその他もろもろの部下たちはいつもの事だと嘆息している。一々仲裁に入ろうものならば、邪魔にしかならないことも、重々承知。
「お前への悪口言わねぇ口のがよっぽど高性能だ。後お前話聞いてたか? 港が見えたぞ」
「あぁ? それがどうした……ってマジか!」
要するに上陸できる所に着いたという訳だ。それならばその港に立ち寄って物資の供給を行わないといけない。さっきから散々ボケと罵られている船長は舵を取る部下にそこに向かうように指示する。
正直物資、中でも飲み水と食糧は底を突きかけていた。以前に立ち寄った港では充分すぎるほどに買ったはずなのに、だ。それでいて、充分すぎるほどに買って、それが足りなくなった原因は先ほど一人の部下が述べた通りだ。
彼らの船長にはとある性癖がある。陸の上ならば何も無いが、水の上では方向音痴になる。それもかなりのもので、本来なら真東に一日進むだけの航海が、最低でも一週間はかかるというクオリティだ。
そのせいで今や誰もがその船長には舵を握らせるつもりは無い。一度握らせたら最後、軽く五日間は漂流する。
「てめえら久々の陸だぞ! いやー、何日ぶりだ? 一ヶ月かな?」
「三十五日、一ヶ月よりちょっと多いな」
「そうか! 良かった良かった」
「良くねぇよバカ、本当バカ。本来なら1週間で着いてんだよ」
勝手に浮かれて能天気にはしゃぐ船長に苛ついた男は罵声を浴びせた。長年共にしてきた絆や愛着と言えば聞こえは良いが、実質ただの腐れ縁である。もう生まれてこの方十八年も一緒だ。唯一の救いは互いに女性は苦手だから男同士で気は緩められるという事だけだ。
しかしながら窮地に陥った時は、この二人は誰よりも落ち着き、的確な判断を下す。さらに、その窮地に立った中では二人のコンビネーションは庭球と呼ばれる球技のダブルスのコンビも、顔面蒼白になるぐらいに。
「野郎共ぉっ!! 上陸だぁ!! 今夜は船で宴だぞ!!」
店長のその掛け声に呼応するように数百人のクルーが大気を揺らすような大声で返事をした。その喚声にも似た鳴動を正面から受け止めながら船長の彼は愉悦感に浸った。自分にはこんなにも多くの仲間がいるのだと。それが旅をしていて一番嬉しい。一人じゃないんだと、胸の中で噛み締める。
そのはしゃぎっぷりを横から眺めながら、先程から船の長たる青年に反発している船医の青年も微笑を漏らす。これほど慕われる頭領も珍しいだろうなと、常々思う。以前から確かにこうだったが、昨年のあの日、数百人の乗組員全ての絆はより堅くなり、結束はより強固になったと船医の彼は思い返した。
過去に思いを馳せているといきなり肩を叩かれた。しばらくぼうっとしていたから気付いていなかったがどうやら港に着いたらしい。この港が一団の旅が一段落する島の港。長い間帰っていなかった自分達の故郷。温暖な南の方に位置する自然豊かな小島である。
「着いたのか……」
「まあな。旅立ってもう五年以上……覚えてくれてる奴がいるかは、分からねぇけどな」
「村長んとこのバカ孫なら、覚えてんじゃねーの?」
「確かにな。まだ五歳だってのに一緒に行くって叫んでこっちの言うこと聞かなかったからな」
ひょっとしたら恨まれてるかもよと、船長の男は笑う。そうに違いないと話を振られた船医の彼は冗談混じりに頷いた。恨まれないように土産話たっぷり聞かしてやろーぜ、そのように提案すると船長は大賛成で肯定する。勿論自慢気に言い放つつもりだ。
そうやって談笑しながら二人が大勢の部下を引きつれて歩いていると、一人の老人が出てきた。
「誰だよじいさ……って村長じゃね!? 変わってねーな!」
「どこから客が来たかと思うとお前達か……たかだか齢十三にして船旅など始めおって……村の恥は曝してないだろうな」
「もっちろーん。面倒なのは全部、夜襲かけてうやむやにしたからね」
「充分恥じゃ、阿呆共が!」
子供を叱る親が喝を入れるように村長の老人は二人に対して叫ぶ。その顔には五年経っても全く成長していないことに対する小さな苛立ちが浮かんでいる。なんとかそれをなだめようと船医の方の男が、変わらないのも良いんじゃねぇの、と呼び掛けてみたが不変よりも成長の方が重要だと一蹴される。船長の方はというと、他人面して笑っている。
こんな状況でよく笑えるなと、仲間の船医は呆れ、向かっている老人が明らかに怒りを強くすると、少々真剣さを取り戻したのか笑いを止めた。
「そういや、親父居るか?」
「居るぞ」
「見つけたと、伝えてくれ」
見つけたという言葉に、村長の目も猟奇的な色を示した。
「ほう。あの悪ふざけにも等しい財宝宣言……見た感想は?」
「何だよじいさん、知ってたのかよ」
当然だとでも言うように老人はニヤリと笑う。必死に捜し出してその正体が何なのか教えて驚かせようとしていたのに、これでは面白くない。
「フム、で、見た感想は?」
「感動した。まさかあの親父があんなメッセージ残すなんてな」
「乗組員数百人、満場一致で宝だと認めたさ」
そしてその時、物陰から一人の少年が飛び出してきた。さっきからずっと聞き耳立てていて、好奇心に負けて話に加わろうとやってきたのだ。その顔には、村長は当然として帰ってきたばかりの二人にも見覚えがあった。
つい先のタイミングで、『村長んとこのバカ孫』と言ってやった相手だ。背も伸びてすっかり大人びてきているが、未だに十一、二といったところだ。まだまだ幼さそうな空気だし、何より十八歳の彼らと比べるとそれほど背も高くない。だが年齢以上の風格は出ているように思えた。
「うぉい、ようやく帰ってきやがったか不届き者共。さあて、土産話でも聞かしてもらうよ」
自分達のしているようなチンピラ口調を真似されて、帰省した二人は鬱陶しげに眉を潜めた。航海をいくつも乗り越えただけあって、眼光には鋭いものがある。あるのだが、その村長の孫は怯まなかった。二人が自分に手をかける訳が無いと、分かっているから。
「おうよ、たっぷり聞かせてやろうじゃねーか」
「てめぇが羨ましくて堪らなくなるぐらいにな」
そう言って二人はさも得意げにニタニタと笑う。
「ふーん。ま、見ものだね」
「言ったな。羨ましすぎて涙が出てくるぜ」
「今すぐ旅立ちたくなるぐらいになぁ」
「そんなあんたらみたいな事にゃあならねぇよ」
またしても口調を真似されて二人は何とも言い難い顔つきになる。はっきりと答えると一番強い感情は苛立ちだ。こいつ散々人をおちょくりやがってと、目を細めて不快の意を示した。そのしかめっ面に気付いていないのかスルーしているのか、少年はヘラヘラと笑っている。彼が全く変わっていないことから二人は脱力した。ああ、この村は何も変わってはいないのだと安堵する彼らを見て、少年は二人を自分の家に向かって連れて行った。土産話を聞かせてもらうために。村長が少し待てと引き止めようとしたが、孫の押しの方が強く、結局船長達は連れて行かれた。
連れて行かれた村長の家も、外観はほとんど変わっていなかった。所々剥げていた塗料が塗り直され、壊れたのか知らないが花瓶の形が変わっていた。そんな些細な事まで覚えていたのは、きっと五年も幼い自分たちが白い壁に下らない落書きをしたり、花瓶の形を見て変だ変だと笑って囃し立てたからだろう。特に落書きに意味は無く、大して変な形ではないと言うのに。
「やっべーなぁ、ほっとんどそのまんまじゃねぇか」
「てめえも同じ事考えてたのかよ。……でも、確かにそうだな」
「ハイハイ、兄さんたちはこっちに座って座って」
一旦奥の方に姿を隠した村長の孫はその姿を現した。両手に折り畳み式の椅子を持って。その椅子を受け取り、畳まれた状態から開いて組み立て、床に置いて座った。サイズから察するに子供用なのだろう、極めて大人に近い青年が座るとギシギシという嫌な音がほんの少しだけした。
木の椅子が音を立てて軋むことに不安げな表情になったが、もう一度よく屋内を観察することで気を紛らわした。昔と同じく何らかの植物を焚いた匂いがする。すっと鼻腔に入ってきて心地よい清涼感を与えるそのお香の原料の植物を船の上の一団は知らなかった。
目を泳がせてみると次は本棚に目が行った。隣の島、更に隣の島、そして又は遥か遠くの島から取り寄せた本が一面にズラリと並んでいる。昔から思っていたのだがどのような内容なのだろうか。旅の途中で立ち寄った場で漢字を覚えていた二人は楽々と読むことができた。“植物の育て方”を初めとする農業関係の本が最上段を埋め、二段目を“自然の猛威”という台風や洪水について記されたシリーズものが置いてあった。三段目には“羅生門”などの小説があった。
「旅の話も聞きたいんだけど、実は宝についてが一番知りたいんだ。最初にその事を教えてよ」
じろじろと眺めている二人を見て、このままではいつ話が始まるか分からないぞと察した少年は自分から切り出した。よそ見ばかりしていたことを申し訳なく思った彼らは謝る代わりに話を始めた。
「そうだな、俺たちもお前に何よりもそれを話したい」
「で、どんな財宝があったのさ」
すると船長は一瞬だけ沈黙した。そしてすぐに彼は声を荒げた。
「財宝なんて存在しない!」
すると隣の船医の彼は、ゲラゲラと大きな声で笑いだした。
「ちょっ、おまっ……あのオッサンそっくりじゃねぇか! やっべ面白ぇ」
事情を知らない少年はなぜそんなに可笑しそうにしているのかさっぱり分からなかった。だが、自分一人だけが話を知らずにのけ者にされている気がしたので、ほんの少し嫌な気分になった少年は早く続きを言えと切実にせがんだ。二人で勝手に盛り上がるな、と。
「悪ぃ悪ぃ。実はな、宝のある島の直前の島で俺たちはやたらと酒臭いオッサンに会った」
「財宝への憧憬が強かったんだろうな。絶望してたよ」
「そこのオッサンが言ったのさ、財宝なんてなかった、ってな」
「そしてその1週間後かな、俺らはその島に着いた」
「そうして見つけたんだ。“この世で一番の宝”を」
そして少年は彼らに頼んだ。何があったのか教えてほしいと。二人は自分で見た方が感動が強いだろうと思い、決して言わなかった。
彼らの率いる一行が見たのは一枚の写真だった。写真にはそれを眺める若き船長の父親、宝を残した張本人と、笑顔の仲間がたくさん映っていた。宝とは、その写真。いや、そこに映る者全てだ。
――――さて、もうこれで宝の正体が分かったのではないだろうか?
fin
【白昼夢】
海の話題で会話をしていると、どうも自分と周囲の人間との海に対するイメージが違うと言うことに気付いてくる。一般は、「蒼い」「穏やか」「魚が游いでいる」と言った印象が多いだろうが、自分が思い付くのは「灰色」「荒々しい」「潮の香りが強い」と全く正反対なものだ。
海無しの土地で産まれ育ち、行く海も荒波ばかりという海だったので、正直な話、一般で言う<藍玉(アクアマリン)の海>や<花緑青(エメラルドグリーン)の海>やらというものは一度も見たことが無い。なので、今一想像がつかないのだ。
だから今年ぐらいは、そういった海でも見に行こうと思っていた。
然し、やはりいつも通りに荒い海へ向かってしまった。どうも、「海」と言ったらそれ以外のものには納得がいかないらしい。
旅先の海岸通、真っ昼間、かんかん照りの下での<海>。
一度だけ、奇怪で不気味でおぞましく、それでももう一度だけ逢えれば――と思う、思い出を経験したことがある。
それが原因なのか、無意識のうちにいつも行く荒い海へと、毎年出かけてしまうのだ。
* * *
その年の始めに、長い間闘病生活に至っていた母が亡くなった。
母は海が好きだった。当時、二十歳になって直ぐだった自分は、母の故郷である海辺の街に何となく向かっていた。無論、其所は穏やかでない海の街だ。夏空、強い日照の下に、自分は居た。不思議なことに、港町は賑わっていない――――と言うよりも人気が皆無だった。幽霊街(ゴーストタウン)の如く、自分以外の人間が一人も居なかった。
だが、当時の自分の気分が気分だったので、寧ろその不気味な静けさの方が有り難かった。
暫く彷徨いてから、何気無く海岸に足が向き、そのまま近くの海に向かっていた。珍しく蒼い空である。白い砂浜に座り、ボンヤリと海を眺めていた時だった。
「観光、かな?」
そう自分に訊ねてきたのは、十代半ばくらいの少女の声だった。彼女は直ぐ後ろに居たのだが、何時来たのか分からなかった。鳶色のキャスケットを深く被った、長髪の娘だった。腰ぐらいの艶やかな赤鹿毛で、毛先がふわりとカールのかかった可愛らしい見た目である。普通の娘に見えたが、何処か可笑しい。――――彼女は萌黄色のワンピースを着た、不思議なくらい白い肌の少女だった。だが、垂れ目が怖いくらいに真紅の色をしていた。その目がじっと見つめてくることに、更に恐怖を覚えた。ただ、黙っているのも怖い。取り合えず、頷いておいた。
「ほお」彼女は年齢に会わないくらい、年寄りな返事をした。「――赤酸漿(あかかがち)の様な目が怖いのか?」
「あかかがち?」と自分は思わず呟いた。彼女の口から出た単語の意味が分からなかったのだ。すると少女は苦笑いしながら「ホオズキの古名だ、目は赤酸漿のようだろう?」と応えた。
少女はくすりと笑いながら、自分の隣にしゃがんだ。後ろに持っていたらしき、スケッチブックを抱えながら。それからじっと此方を見た。
「御兄さん、名前は?」
「真田と言います」
「ほお」
「君は?」
問い返すと、彼女は微笑した。
「好きに呼んでくれ」
赤い目が特徴的だったのでそれに関した呼称を考えようとしたが、怖かったので、反れて、萌黄のワンピースからとって、彼女は<もえぎ>と呼ぶことにした。
もえぎはスケッチブックを開いた。中には抽象的な羊の絵が溢れている。横目で眺めていたら、もえぎと目が合った。
「随分、右顧左眄(うこさべん)しているが?」
自分は少ししてから、焦って首を左右に振った。彼女はどうも小難しい言葉を多用するようで、言葉の理解がしづらい。その素振りを見てか、またもえぎが笑う。
「真田殿は、逃げ水を御存知かな」
随分と唐突な質問だ。言葉は知っている、と答える。蜃気楼の一種で、近づくと遠退く水溜まりだった記憶がある。
「地鏡、水影、偽水面とも言うらしい。こういう暑い日に、出遭いそうだな」
彼女はそう言って帽子を深く被り直した。自分はもえぎに話は振らなかった。振る会話もないし、する気力もない。ひたすら受け身になっていたのだ。会話を持ち込まれれば、答える――――そんな具合である。
ぽけっとから取り出した鉛筆で、スケッチブックに何かを殴り描きを少ししたもえぎは無言ですくっと立ち上がって此方をじっと見つめる。唇に不気味な笑みを浮かべ、自分の手を掴んだ。
「じゃあ真田殿、一緒に観光でも如何かな。案内しようか」
――彼女の気遣いに申し訳無かったが、迚(とて)もじゃあないがそんな気分じゃ無かったので詫びの言葉を添えて、丁重に断った。彼女は復た、苦笑いを浮かべて「そうかい、そうかい」と呟いた。
「髫髪放(うないはな)りの小娘と戯れる気分では無いと、ね」
当時、「うないはなり」の意味を知らなかったので、帰京してから調べてみたら「成人前の少女」という意味だった。そんな風に皮肉らしく飛ばされるのは何かと気分が悪い。なので、「まあ、ちょっとくらいなら」と後付けた。すると彼女は破顔を向けた。明るい太陽のような満面の笑みだった。
彼女が笑った途端、周囲が靄に包まれた。ほんの一瞬、ミルクのような濃い霧か、そのようなものに自分は包まれた。何が何だか分からない。思わず隣のもえぎを見た。彼女はくすくすと笑いながら手を引いた。それにただただ自分は引かれていった。もえぎの足が、水面に付く。
「海霧だ」彼女は言い放った。「移流霧だから、余り動かずに居た方がいいかもしれない」
少女はそれから、自分を彼女の方へぐいと引寄せた。無論、水面に触れる。不思議なことに沈まずに上に浮かんでいられた。その不思議にあたふたとしていたが、何せもえぎから見れば大人なので、わざと平静を保っていた。
「水面を矯めつ眇めつ、見て御覧よ」
意味合いが分からないのは特筆しなくても分かるだろう。――――水面をよーく注意して見なさいと言っていたようだ。取り合えずに、自分は水面を見詰めた。水鏡に二人の姿が移る。まるで姿見のようだ。その下の層で、灰色の魚が右往左往していた。不気味なことに、それらに目は無い。気味悪さ上等だった。その奇怪な景に茫然と魅入られていた自分の上空をなにかが横切る。
――――先程もえぎのスケッチブックに溢れていた抽象的な<羊>だ!
水平線から現れては翔んでくる。めぇえ、と嗄れ声を奏でながら、自分すれすれで翔んでゆくのだ。
「羊が嘶咽(ころろ)いたあ、と」
音階の滅茶苦茶な、唄を唄う少女の体がひらりと一回転舞う。不気味に笑う。口から泡、――――泡沫と化す。もえぎが自分の腕を掴む。彼女の体が沈む。自分の体も引かれる。海に、堕ちる。水中には水中花が溢れていた。殺伐とした町並みに無数の風鈴が並び、無い筈の風に吹かれて音を奏でる。それでも息苦しく、口から多数の泡。いや、息は出来ない。水中だ、水中なのだ。
少女のスケッチブックが捲れる。中から白い紙が大量に出て来て、周囲を漂う。眼前に来た紙を見て血の気の引く思いをした。――――点鬼簿だ!点鬼簿に自分の名が刻まれている。
「Qu'est-ce que c'est que moi?」
もえぎの赤い目が自分の眼前に詰め寄った。唇が気味悪く仏語を唱える。更に彼女が自分を引いた。
「やめっっ……!!」
叫ぶ。悲鳴は少女には、心地好い音楽にしか聴こえないのか、彼女は更に笑顔になり、腕を引いた。下に游ぐ桃燈鮟鱇(ちょうちあんこう)等の深海魚や目の無い灰色の魚が集まってきた。ぱくぱくと口を開閉させてくる。少女の破顔が魚に埋もれてゆく。
こぼり、と口から泡が溢れ出た。
泡沫の隙間から覗けたもえぎの姿に自分は目を見開いた。
柘榴色の顔面に、血走った二つの眼球。大きく裂けた口に鋭利な牙――――<鬼>の形相、いや、顔だ!<鬼>の顔が在る!
その恐怖に叫び声すら出なかった。そして体が逃げようともしない位に硬直していた。もえぎ――鬼の両側から水鳥が現れ、飛び立つ。そして彼女の背中から無称光。
「水馴(みな)ったところで、御嬶様(おかかさま)の所へ連れて逝こうか!」
鬼が自分の体を引く。途端、頭上に彼岸花が咲き乱れ、瞬間的に散った。血の様な紅雨が自分と鬼の二人を包む。刃物の様な爪が並んだ両手が、首を絞めてくる。苦し紛れに自分は彼女の頭に座る帽子に手を伸ばした。意識が飛びかけていた。指先をばらばらに動かしながら、鳶色のキャスケットに触れた。そして人差し指を始めとした右手の指で、そっと帽子の鍔を持ち上げた。水中で帽子が外れる。水流に揉まれ、彼女の頭から離れて行った。途端、<鬼>が嗚咽。力が抜ける。
「え。あ、あ、あ、あ、、あああああああ、あ」
もえぎだったモノの体が震える。小刻みに振動を繰り返すうちに、彼女の顔が崩壊。おぞましい形相で飾られていた顔面は、数秒足らずでのっぺらぼうに変貌。顔に在った筈の部位が全て剥がれおちていた。
滑らかな面の、口が在った場所ががぱりと開く。中から彼女が描いていた羊が大量に噴き出した。
「妣(ひ)が、妣がッ……」
――――絶叫。金切り声の阿鼻叫喚が耳を劈(つんざ)く。その声が徐々に雑音を帯びて行く。自分の視界が白黒(モノクロ)に暗転、瞼が重くなった。のっぺらぼうが、服を掴む。表情も、顔の部品すらも消え去った球体は、それでも此方に何か助けを求めるかのような表情だった。ぽっかりと空いた黒い孔が弱々しく開閉する。
「――――Qu'est-ce que c'est que moi?」
苦しみに悶えた仏語が流れたのを最後に、雑音がブツりと途絶える。そして視界も暗転。
真っ暗闇に墜ちるのだ。
時間の観念すら消え去っていた当時の自分は、唐突に姿を現した強引な静寂に、不思議と安心していた。それまでの出来事があまりにも非現実的過ぎて、ついて行く事事態に最早疲れ切っていたらしい。然し、その安寧の地も直ぐに終わった。ハッと気付いた時には、自分の双眸は強い太陽光を浴びていたのだ。先程まで暗かった世界はあっという間に反転し、明るい夏空の在る現実の世界に変わっていたのだ。
「夢か」
と呟いた。それが第一声だった。正直、「悪夢だった」としか言えないくらい気分の良く無い夢だった。
「良かった」と言うのが第二声であった。本当に、今迄の出来事が夢だと思い込んでいたのだ。
ほっと安堵していた自分は気付くのだ。右手が確(しっか)と握っていた見覚えのある物に。
――薄汚れた、鳶色のキャスケットに。
* * *
「ああ、あの辺はねえ、昔から水難事故が多いのよ。きっと昔に亡くなったお嬢さんの幽霊が寂しくて出てきたんでしょうねえ」
立ち寄った老舗で、「顔色が悪いですよ」と心配されたので、冗談雑じりに少し前の出来事を話してみたら、そんな返事が返ってきた。店のおかみさんはにこにことしながら「親不知(おやしらず)、子不知(こしらず)の~」と鼻歌雑じりにレジ打ちを再開していた。
その時も、今も変わらずに、きっとあの不可解な出来事は真夏に起きた「白昼夢」だったのだろう――と無理矢理こじつけて納得して居るつもりである。それでも、もし、再びあのもえぎと呼んだ少女に会えたのなら訊いてみたい。「貴女は寂しくて来たのかい」と。あれから何度も同じ土地や似た土地に行っても彼女に再び会えたことは無い。
ただ。
ただ――。
ごくたまに、潮風に乗って静かな仏語が聞こえてくるのだ。
Qu'est-ce que c'est que moi?、と。
【了】
【あとがき的な。】
初参加です(おい)。早速、>>80-82まで書かせてもらいました^^;
…なんか良くわかんなくなりました。兎に角難しい言葉づかいを使ってみよーと思ってやってみたんだけど色々面倒でした(おい)
私自身が日本海にしか行ったことが無いので太平洋なんて想像できないから(臨界学習で行ったけど記憶に無い←)、日本海の事にしました。親不知子不知って本当にあるんだよ。波が厳しいしでかいクラゲが居たから怖かったイメージしかありませんが。
日本海は何だかんだいって良い気がします。親二人とも新潟の方に行ってたので、我が家は海に行くとしたら新潟以外の選択権が無いんですよ(笑)。なので海といったら小さい頃から日本海です。
…内容に関しては本当意味分かんないですね。最近聴いてる曲のジャンルっぽく行けないかなあと怖さ目指したのですが微妙。そして意味が分からないw
一人称はずっと「自分」なんですけど、これ使いづらいですね。
ちなみに多用されている仏語「Qu'est-ce que c'est que moi?」っていうのは、私の好きな詩人・中原中也の詩のタイトルです。「私とは何か?」の意味だそうです。好きと言うか気にいっているので多用しまくりだったりします。
兎に角普段絶対使わないような言葉ばっかりで申し訳なかったので、多少ながらも言葉の解説を。
広辞苑さんにお世話になりました。括弧内で私の個人的なコメント。
□白昼夢(はくちゅうむ)…まひるに見る夢。また、そのよおうな非現実的な空想。(最初は【海霧と白昼夢】でしたが海霧の影の薄さから白昼夢だけになりました)
□赤鹿毛(あかかげ)…馬の毛色の名。赤みのある鹿毛。(何故馬の毛?っていうツッコミは無しで。なんとなく…フィーリングですフィーリング)
□赤酸漿(あかかがち)…ホオズキの古名。(ちなみにホオズキは酸漿とも書くそうで)
□右顧左眄(うこさべん)…人の思惑など周囲の様子を窺ってばかりいて決断をためらうこと。(らしいです)
□髫髪放り(うないはなり)…髪を結ばず肩で垂れ放しにしてあること。成人前の少女。(本文では後者の意味)
□矯めつ眇めつ(ためつすがめつ)…いろいろのむきから、よくよく見るさま。(某漫画で知りました)
□嘶咽く(ころろく)…ころころと音を立てる。声が枯れて、喉が鳴る(本文では後者の意味で使ってます)
□点鬼簿(てんきぼ)…過去帳のこと。(亡くなった人の名前が刻まれてるやつですね、はい)
□破顔(はがん)…顔をほころばせてわらうこと。にこやかに笑うこと。(破れた顔って書くのにね)
□水馴る(みなる)…水に浸り馴れる。(だそうです)
□御嬶様(おかかさま)…母の尊敬語。(江戸から明治にまで使われていたそうな)
□紅雨(こうう)…春、花に注ぐ雨。紅い花の散るさまを雨にたといて言う語。(本文では後者)
□妣(ひ)…しんだ母。(つまり…って解釈は個人に託します←)
まだまだあるかもしれませんが← 長いので割愛(おい)
いやはや、楽しかったです。SS疲れるけど面白いと思います!素敵企画をしてくれた風猫様、本当に感謝!
そしてあとがきまでも長くって本当申し訳ありませんでした!
またの機会がありましたら参加させていただきますw
第二回SS大会エントリー作品!
No1 コーダ様作 ~感謝の言葉~ >>36-37
No2 とろわ様作 【海なんてくそくらえ!】 >>38
No3 瑚雲様作 【貴方と出会った海を。】 >>39
No4 陸上バカ様作 「海辺の記憶」 >>40
No5 旬様作 「日本海のクリスマス」 >>41
No6 ゆかむらさき様作 『素直になるから 抱きしめて』 >>42-43
No7 僕様作 『海』 >>44
No8 トレモロ様作 『馬鹿と照れ屋と寒い海と』 >>45-47
No9 秋原かざや様作 『シークレット オブ オーシャン』 >>48
No10 ピアニッシモpp様作 【真夏の日々】 >>49
No11 すずか様作 『サザエはおやつに入りますか』 >>51
No12 遮犬様作 【海の向こう側】 >>52-57
No13 風猫様作 「海は、全てを流してくれますか?」 >>58-60
No14 白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~ >>65-67
No15 ハネウマ様作 【おさかな天国】 >>68-69
No16 友桃様作 【鈍色の海】 >>70
No17 雷燕様作 嘘 >>71-72
No18 書き述べる様作 【億万年の光明】 >>73
No19 ランスキー様作 【SS】 >>74-77
No20 狒牙様作 title:Regend Treasure >>78-79
No21 朔様作 【白昼夢】 >>80-83
以上、超強力ラインナップ二十一連発だ!
ほとんどの作品がカキコじゃトップレベルと言って差し支えないと思う!
投票は大混戦になりそうだぜ!
皆さん、沢山投票頼みますよ^^
こんばんは^^
風猫ー、目次のところ、マスターの小説が2ページ目、読めなくなってるよ。
直してほしいです。
トレモロさんのも直してほしいです。 おねがいします。
こんばんはでございます。
もう投票していいんですよね?
ってことで。。。
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):
「海辺の記憶」
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):
~感謝の言葉~
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):
「海辺の記憶」
文章力(文章が、上手な作品):
【SS】
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):
【鈍色の海】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):
【鈍色の海】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):
title:Regend Treasure
~切り取り~
かなり迷いました。散々悩んだのに投票用紙だけ載せるのも悔しいので、投票した作品の感想を一言ずつ載せてしまいます。。
「海辺の記憶」は内容もさることながら手紙形式というのが印象的でした。
読んでるうちに薄っすらと先が読めてくるのですが、そんなものは作品全体に広がっている重圧感で潰されてました。とても印象に残る作品です。
~感謝の言葉~は物語がフェードアウトしていうような読後感がとてもよかったです。それを作り出しているのは主人公の「男」のおかげなかぁと思い、キャラクタ性に1票。
【SS】。この項目だけはすんなり決まりました。文章量に関わらず一気に読めました。文章の長さや前後のつながりが自然でとても読みやすかったです。
【鈍色の海】は記憶や話の中ではなく、常に目の前に実物の海を広げつつ、独特の優しさや流れる時間が描かれているのが印象的でした。なので一番テーマに沿っているかなぁと。。。雰囲気は自分好みだったので(ぉぃ)。
title:Regend Treasureはいろんな項目に投票したかったのですが、最終的にこの項目に(汗)。本心はタイトルだけじゃないんですよ、本当に。謝りたいくらいです(汗汗)。
適度に得意分野が散らばってくれていれば投票しやすいんですけどねぇ。。。
長文失礼しましたぁ。。。
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):嘘
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):【おさかな天国】
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):『サザエはおやつに入りますか』
文章力(文章が、上手な作品):嘘
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):「海辺の記憶」
テーマ(どれだけテーマにそれているか):
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
~切り取り~
選考理由(一言コメントでする)
嘘 について
文章が読みやすく、内容も解りやすかったのと。適度に笑えたりしたので。大変おもろかった。
なので総合と文章。両方でえらばせてもらいました。
【おさかな天国】 について
ぶっちゃけ世界観よりもキャラが。キャラがおもろい。終始2828して見られました。
なのでキャラクタ性。にて選ばせてもらいました。
『サザエはおやつに入りますか』 について
テンション高く最後まで突っ走ったのと。終わりのまとめが絶妙すぎる。
なのでストーリー性。にて選ばせてもらいました。
「海辺の記憶」 について
独特の表現となんだかざわりと心が動く内容で、後味が複雑(褒め言葉ですよ!!)。
なので雰囲気。にて選ばせてもらいました。
~泳げない僕なりの海の楽しみ方~ について
ぶっちゃけ目を惹かれまくるタイトルでした。
なので題名。にて選ばせてもらいました。
こんな感じです。
テーマは空きでお願いします。
いやぁ、迷った。特に文章と総合に迷ったです。
長文失礼しました。
面白そうなスレがあるなあ、と思ってちょくちょく覗きにきていた者です(・ω・)
二回大会には投稿しようと思っていたのですが、結局まとまりませんでしたorz
投票しますっ
総合部門:title:Regend Treasure
キャラクタ性:title:Regend Treasure
ストーリー性:おさかな天国
文章力:SS
雰囲気:海辺の記憶
テーマ:海の向こう側
題名:サザエはおやつに入りますか
どれも素晴らしい作品ばかりで迷いました;
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):遮犬様作 【海の向こう側】
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):朔様作 【白昼夢】
文章力(文章が、上手な作品):風猫様作 「海は、全てを流してくれますか?」
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):書き述べる様作 【億万年の光明】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):友桃様作 【鈍色の海】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):ハネウマ様作 【おさかな天国】
今回はとても迷いました。みなさんとても凄くて面白かったです。
また、第三回にも参加しようと思っています。
コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):朔様作 【白昼夢】
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):トレモロ様作 『馬鹿と照れ屋と寒い海と』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):ランスキー様作 【SS】
文章力(文章が、上手な作品):狒牙様作 title:Regend Treasure
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):ハネウマ様作 【おさかな天国】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):友桃様作 【鈍色の海】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):ゆかむらさき様作 『素直になるから 抱きしめて』
~切り取り~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):狒牙様作 title:Regend Treasur
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):トレモロ様作 『馬鹿と照れ屋と寒い海と』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):ゆかむらさき様作 『素直になるから 抱きしめて』
文章力(文章が、上手な作品):陸上バカ様作 「海辺の記憶」
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):遮犬様作 【海の向こう側】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):ランスキー様作 【SS】
【おさかな天国】も面白かったんですが……このようなラインナップになりました。
よろしくですよ。
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):ゆかむらさき様「素直になるから、抱きしめて」
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):すずか様「さざえはおやつに入りますか?」
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):風猫様「海は、すべてを流してくれますか?」
文章力(文章が、上手な作品):朔様「白昼夢」
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):友桃様「鈍色の海」
テーマ(どれだけテーマにそれているか):トレモロ様「馬鹿と照れ屋と寒い海と」
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):ハネウマ様「おさかな天国」
どれもレベルが高くて、とても迷ってしまいました。
読むのが、すごく楽しかったですっ
ゆかむらさきさんの作品は、主人公がとても可愛らしくてキュートでした。お姉ちゃんも、天然な感じが伝わってきて、愛らしいです! 花園くんも、絶対女の敵なのに、かっこいい感じが伝わってきて、憎めませんでした。主人公が好きになるのもわかります。
すずかさんは、会話がテンポよく、楽しく読めました。「砂浜で目玉焼きを作る会」のメンバーのキャラが個性的で、ギャグアニメっぽくて好きです! 特に、最後の会話が最高でした。宝物より、サザエって、あんた一体……? と思いました。
風猫さんの作品では、ファンタジー要素が入っていて、一気に引き込まれました。設定が難しいのに(褒めてます!)うん? ってならずに、最後まで読めて、素晴らしかったです!
朔さんの「白昼夢」は文章力がとても高いのに、エンタメ性があってすごく面白い作品でした。どこか恐ろしくて、でも引き込まれてしまいます。ちなみに、わたしも中原中也さん大好きです!
友桃さんの作品は、物悲しくて、最後にラストが示されていないのに、なんだか結末がわかってしまって、泣きそうになりました。海が鈍色に見えてきそうです。
「おさかな天国」はまず、題名に目を惹かれました。もちろん、内容にも心惹かれました。ぽにょみたいに、家で飼うのかな、と思いきや、まさかの食べちゃう!? みたいな感じで楽しかったです。
長文失礼しました。
僭越ながら投票させていただきます・・・
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):ゆかむらさき様作 『素直になるから 抱きしめて』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
文章力(文章が、上手な作品):ランスキー様作 【SS】
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):朔様作 【白昼夢】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):書き述べる様作 【億万年の光明】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):秋原かざや様作 『シークレット オブ オーシャン』
中でも白波さんの作品の発想が面白いと思いました。
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):すずか様作 『サザエはおやつに入りますか』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):狒牙様作 title:Regend Treasure
文章力(文章が、上手な作品):遮犬様作 【海の向こう側】
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
テーマ(どれだけテーマにそれているか):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):白波様作 ~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
~切り取り~
うわあ何かすいません色々と……。それぞれに一言ずつ選考理由や感想を。
白波さんの~泳げない僕なりの海の楽しみ方~が半分超を占めているという非常に怒られそうな投票用紙な訳ですが、実際それだけ印象に残りました。まず題名で凄く読みたくなりまして、雰囲気は独特と言うか最早異様(笑)。そしてビーチバレーにスイカ割等、泳いでいないのに非常に海を感じました。そうして三つの部門を白波さんが奪ってしまいまして、コレはもう総合も白波さんに決定でしょうと。
すずかさんの『サザエはおやつに入りますか』は、なんていうかこういう馬鹿共が大好きなんです。絶対彼女いねえなこいつらって空気を放射してるところとか、アホなことに無駄に盛り上がるところとか。だからキャラクタ性にて選ばせて貰いました。
狒牙さんのRegend Treasureは、正直どうせ宝は何か明記しないんだろうなと序盤で思ってしまいましたが、十分楽しめました。SSだけれどその前に大きなストーリーがありそうなところが特に好きです。本当はストーリー性以外にも非常に気に入った作品です。
遮犬さんの【海の向こう側】は、長いのにその長さを感じませんでした。すらっと読めた。でも主人公の状況や心情、また周囲の様子などもしっかりと伝わってきて、さすがだなって感じました。そんなわけで文章力の部門です。
何だこれ長い全然一言じゃない。
絶対投票するぞーって臨んだ今回はどの作品もハイレベルでした。投票用紙からは漏れてしまいましたが、ランスキーさんの作品とハネウマさんの作品も好きです。
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):【億万年の光明】
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):title:Regend Treasure
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):「海辺の記憶」
文章力(文章が、上手な作品):【億万年の光明】
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
テーマ(どれだけテーマにそれているか):【億万年の光明】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):『サザエはおやつに入りますか』
率直に申し上げて、どの項目も非常に悩みました。
参加された方たちにはこれからも良いものを作って頂ければと思います。
投票期間を延長しました。
もう少し……もう少し票が欲しいのです(汗
我侭な主をお許しください!
ここれ、思った以上に大変でした――――
読んだ人も書いた人も本気でお疲れ様としか言いようがないっす。
俺は2日かかりました。其々の感想をつけるのがここの作法かと思っていたら、感想を書いておかないと、イザ選ぼうにも作品が多すぎて迷子になるんですな。
(感想は辛口のため真剣に受け取らないほうがいいかも。難癖つけないと絞れなかったもので……。感想のときは自称は私。)
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):遮犬◆ZdfFLHq5Yk《海の向こう側》
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):トレモロ 《馬鹿と照れ屋と寒い海と》
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):遮犬◆ZdfFLHq5Yk 《海の向こう側》
文章力(文章が、上手な作品):ランスキー◆RtaaCjFysY 《SS》
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):トレモロ《馬鹿と照れ屋と寒い海と》
テーマ(どれだけテーマにそれているか):友桃◆NsLg9LxcnY様 《鈍色の海》
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):白波 ◆cOg4HY4At. 《泳げない僕なりの海の楽しみ方》
~切り取り~
狒牙◆nadZQ.XKhM様
title:Regend Treasure
面白かったです。動詞と形容詞の使い方がすっきりとしていて上手です。難癖をつけるなら、修飾語の使い方でしょうか。ちょっとすっきりしない言い回しがあるので、かえってその修飾があることによってイメージが湧きづらくなる部分があります。
朔◆sZ.PMZVBhw様
白昼夢
作者さんが綺麗な心の持ち主だということが伝わる、読んでいて不快だと感じることはありませんでした。ただ、主語の位置が常に遅めに出てくるのと、文章がどれもほぼ同じ組立てと終わり方なのでリズムが悪く単調な印象を受けました。漢字の難語を多用する割に唐突に仏語が出てきたので混乱しました。その文が仏語である必要性も自分には理解できません……。
文章の構成や長さに少し変化をつけてみると文章が躍動するのでは。海のイメージは伝わってきました。のびしろが沢山ありそうな作者様なので楽しみです。
ランスキー◆RtaaCjFysY様
SS
自然な文章で歪みがなくて読みやすかったと思いました。なぜそうするのかという原因や理由は具体的に明かされないものの結末に納得がいきました。細かいところでいうと、
>>運転手が「なら与太話に決まってますよ」と静かに笑った。僕も笑った。胸に、細い針が突き刺さった感じを味わいながらも、笑った。
という箇所、自分なら最後「胸に、細い針が突き刺さった感じを味わいながら。」という文末のほうがが好みですね。「笑った」よりもその裏にある心情の余韻「ながら」の語を味わいたいです。私の主観です。今回の作品群の中でもかなり印象に残る作品でした。
書き述べる◆KJOLUYwg82様
億万年の光明
出だしで自分はつまづきました。少し掴みの弱い一文目と感じます。
「息が詰まるほどの重たい雲――。」「重たい雲が垂れこめている。」「息が詰まるほどの暗雲が垂れ込めている。」「垂れ込める重たい雲(暗雲)で息が詰まりそうだ。」など、少し文章を縮めてみては。「雲が垂れ込めている」で雲は空にあることは言うまでもなく、何より最初の一文なので、掴みと勢いを大事にしたほうが良いと思います。
また「海が海であるために、陸は必ずしもいらない。」「昼間でも日光の届いた試しのない大洋の底で魚類の骸骨と共に淀んでいた陰鬱な塊が巨大な泡沫となって浮かび上がってくる。もはや空と海の区別のつかなくなった暗闇で弾けるたびに、彼らの怒りを焚きつけようと静かに囁きかける。」のあたりは、ちょっと意味が分からないというか、何を言おうとしているのか分かりにくく理解できませんでした。巨大な泡沫なのに静かに囁きかけるであるとか、最初のイメージ(巨大)が次の真反対のイメージ(囁く)で否定されてしまうという感じです。読み心地の悪さや違和感の原因がこの辺の表現にあるかと。
全体としてテーマの扱いや海の悲しみ、怒り、悩みのようなものはよく伝わってきたので、良いと思います。しかし、自分の表現したいままの表現を重ねるのではなくて相手に伝わる語や書き方を心がけていくのがいいのではと感じましたね。
雷燕◆bizc.dLEtA様
嘘
最初の出だしは好きです。しかし、前半は会話をしている肝心の人の心情や様子が分からぬまま唐突に会話文が連続するためちょっとイメージしづらく苦痛に感じました。でも、後半はイメージしながら会話が読め、非常に良かったと思います。
ただ全体のテーマが全然伝わりませんでした。海も人魚も心に残らないんです。書き述べるさんと逆のタイプです。文章は全体を通じて小気味よく並んで意味も分かるんですが、読み終わると……。今のままだと印象に残らないので、読む人の心に残ってほしい余韻のことをもっと考えながら書くともっと伝わるものが書けるようになるのでは。
友桃◆NsLg9LxcnY様
鈍色の海
マッチ売りの少女のような切ない話に思いました。少女が感じる「砂も冷たい。」という文が好きです。女性作者らしい柔らかい文章が心地良く感じられました。
細かい点は「……虚しさに、胸がえぐられそうだ。」は「……胸がえぐられそうだ。」で充分だと思ったくらいでしょうか。少女の虚しさは言葉にしなくても読む人が想像します。豊かな気持ちで世を去って行ったのがせめてもの救いかと読んだ考えさせられました。
何より、これだけの文字数で不足なく表現できることは素晴らしいと拍手したいです。海というテーマも物語も余韻も上手く存在していると思います。今回の作品群の中で私が最も好感を持った作品です。
ハネウマ◆HqztFszTIQ様
おさかな天国
自分の好みでいうと、(失礼ながら)好きではない物語でした。作者は本当に書きたい物語がこれであったのか?と問いたいです。奇をてらった風にしか見えませんでした。タイトルと中身の奇想天外さというところでは成功していると思いますが、果たして作者は満足しているのだろうかと疑問が残ったままです。言葉は悪いですがこれは小説というよりも悪ふざけです。目指すものが悪ふざけであるのならどうぞ今後もご自由に……と思うのですが、技量はあるのでもったいないです。文章の構成、流れ、調子は非常に自分の好みです。特に作者の表現力はかなり期待できそうなものがあると感じます。
課題は、作者自身の魅力を作者本人がまだ理解していないことだと思います。
この作者が本当に見つめているのは(失礼ながら)こんな物語ではないと思います。それに蓋をして奇をてらう物語を描く限り殻は破れないのでは。まだ表現することを恐れている、そんな作者の印象を受ける作品でした。若さを感じるのでこれからに期待です。
長いかんそーパート2w
白波 ◆cOg4HY4At.様
泳げない僕なりの海の楽しみ方
物語は好きなタイプです。砂浜のスイカをそこまで見つめるかという熱さに、海への強い思いや憧れも感じました。ただ文章がまだるっこしくて理解しがたいです。その原因は接続詞の多用にあると感じました。接続詞や読点をほとんど削除して、明らかに文と文の繋がりが理解しにくい箇所にのみ接続語等を挿入すれば良いでしょう。音読すればきっと接続詞の多用の癖に気づくのでは?
小説を書く量と読書量が足りないように感じますが、作者らしい個性的で面白い着目と物語展開力は素晴らしく、良いのびしろを感じます。いいものを持っていると感じますので頑張ってほしいです。
風猫(元:風 ◆GaDW7qeIec様
海は、全てを流してくれますか?
>>当然だ。レベル一からレベル八まであるランクの中で彼女は、上位に位置するレベル五>>なのだから。
>> しかし、彼女は、組織とコンタクトして気軽さを感じた。
>> そして、思う。同じ能力を持つことで忌避されてきた彼らとなら良好な関係を築いて>>いけると。
>> それは、長い苦悩の中で身につけた諦めの様なもの。それまでの状況と比べれば余程>>気楽だと言う程度の差。
>> それで満足できた。これから先、イグライアスから逃げて、また苦悩の日々を送るの>>は彼女には出来なかったのだ。
心情吐露する短い文章それ自体は良いですが、視点移動が不自然なため混乱する文章という印象です。少々共感し難い原因になっている気がします。主語無しで心情文を書くときなら(誰がそう思った?)のか分かりやすく工夫して欲しいですね。
「当然だ。」から「そして、思う。」では、いつの間にか視点移動しています。
また「そして、思う」「それで満足できた。」まで彼女の一人称視点が続いていますが(あるいは「それで満足できた。」のときには神視点に戻っている??)いつの間にか「彼女には出来なかったのだ」と3人称か神視点なのか謎の視点に移動しているといった具合です。
読む立場からすると、視点移動したと理解するためのもう1クッションの表現が欲しいです。心情は立場(視点)によって異なるので、どの視点に立った心情なのかが分かりにくい文章なんです。
"誰が"何をどう思っているのかをもう少し意識して書くと、テンポを悪くすることなくより伝わる文章になっていくと思いますし、変えられるだけの力はお持ちだと感じますね。
海のテーマは取ってつけた印象が強くてあまり私には伝わりませんでしたが、物語の吸引力は大変魅力と余韻が残りましたので好きです。もっと先を読みたいと感じましたね。省いて良いもの悪いものの区別をつけて視点関連の読みにくさを解消できれば、作者らしい短文を連ねるスタイルでも何ら問題なく読み進められそうです。
遮犬◆ZdfFLHq5Yk様
海の向こう側
ひきこまれました。再会した浜辺で告白するまでの下りは背中がむずむず痒かったけれどそれも含め良い雰囲気を出していました。夕暮れの凪いだ海のような恋でテーマにも良く合っていると思います。
ただ1箇所理解し難い表現があります。由理が砂浜から突然走り去ったときの俺の心情で
>>どうしてあの時、俺は手を引いて由理を戻さなかったのだろう。今思っても、よく分か>>らないけど、多分俺にはどうすることも出来なかったんだと思う。何を言っても、由理>>はその場から立ち去る。それが分かったからだと思う。
“俺”が引き留められなかったのは、由理が頑としてその場から走り去ろうとしたせいではなくて、“俺が”由理が走り去ろうとする理由(心情)を理解できなかった(当時の「何がなんだか分からなかった」)様子が書かれています。事実“俺”は引き留める言葉も行動も出来ない思考停止状態でした。
「今思っても、よく分からないけど、多分…(略)…それが(俺が)分かったからだと思う」のくだりを読むと、ちょっとそれは今まで書いてきた内容と違うぞという反発を私は感じました。「たとえ俺が強引に引き留めていたとしても由理は去って行っただろう」程度に表現を留めておいた方が良いと感じます。
全体的には、最も小説を読んでいる気持ちになれる、海というテーマに沿った非常に良い恋愛小説であると思いました。
すずか様
サザエはおやつに入りますか
スナックのような軽さがあって好きです。一つ引っかかったのは「イケメンスキル」とです。イケメンは通常外見が良い男を指すので、スキル(技能)なのだろうか?という違和感が多少あるものの「そんなスキルねーよ」の突っ込みで、実在しないスキルに名称は関係なかったと理解しました。
作者が楽しんでいるのが良く伝わる作品でしたが、海というテーマ忘れ去られ完全にサザエに置き換わっており、海というテーマと物語がバラバラなのは惜しいです。
ピアニッシモpp
真夏の日々
上の作者と同じ作者ですか?と思うテンポと展開でした。
設定だけを楽しむ点には成功しているので、作品の雰囲気は心地良くそれなりに楽しめると思います。ただ小説かというと疑問です。短くても小説にしようという作者の意思は私には全く感じられませんでした。
秋原かざや◆FqvuKYl6F6様
シークレット オブ オーシャン
ギャグとして読むと面白いです。しかし真剣に読もうとするとちょっと訳が分からない印象でした。
バイク前のくだりが長いです。バイクに乗ってからは、打ち切りが急に決まった最終回のようにばたばた。この文字数内で収めるなら、複数場面を詰め込まず1場面に集中したほうが印象に残ると思います。オリジナル設定の語の羅列で話が終わるくらいなら、むしろ2話に増やして最初のヘルメット前後の描写と同程度あるいはそれ以上の描写を維持して海から出ようとするロボットまで描ききって欲しいと感じました。状況が最低だとか最悪だとか言っているけれど、最悪とされるその状況が「ソングシールドが導入できなかった」という説明だけではイメージできず、作者とイメージ喚起の距離を感じました。
>>『E-32地区。そこからもう、間もなくだから、開いたハッチから入って』
>>「了解」
>> と、言っている間に目の前の道路がせり上がり、誘導口が顔を出していた。
と言っている間に着くくらいの距離なら「E-32地区」とわざわざ複雑にせず「この辺りのはずよ!開いたハッチを見つけたら入って」くらいで良いと思いました。結局E-32地区にはその後一度も触れられることなく話が終わっています。
長編と短編を書く時の書き分けに頑張れば、もっと良い作品になると思います。
設定そのものはかなり魅力で勢いもあります。短編として見た場合テーマも物語も伝わりませんでしたが、長編の第1話として見るなら成立すると感じました。作者は長編にこそ本領発揮するタイプではと思いました。
トレモロ様
馬鹿と照れ屋と寒い海と
落語の調子と印象を受けました。斜に構えたオトボケ調の語りは、ひねくれているけれども自分であることを謳歌する作者の心意気を感じました。
楽しい落語を聞いているようなちょっと新しい試みの短編小説に思えたので、比較する材料を見つけられませんが、時事ネタに落ちると足元をすくわれるので抑制的に使用していくと良いと感じました。
>>「一心不乱の純真な想いがあれば、寒さなんて感じる訳は無いのよ! 」
>>「感覚がアホってる証拠だわっ!」
>>「感謝されこそすれ、凍らされる覚えは無いわよ!」
>>「まあ細かい事は良いじゃない! 泳ぎましょう! 海で人魚さんと一緒に>>踊りましょう!!」
>>「ほぉーらっ! 水が冷たくて気持ちいいわよ久幸! めっちゃ冷たいわ!>>最早冷たい通り越して痛いくらい気持ちいいわよ!」
と散々定吉バカヤロウを連発披露した後で
>>だけど、姉貴は姉貴なりに俺を祝ってくれてるわけで。嬉しかったりするんだよな……。
と良いことを言い、最後で
>>「やっぱり海は冬に来るべきじゃあねえよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお>>おおおおおおおおおおお!!」
で締めるというのが、やはり落語の人情噺一席リズムを体内に持っていると感じます。
このリズムは、人の顔や外見のように他人には真似できない独創的価値で、大切にすると良いです。ただし落ちになかなかたどり着けない長編だと息切れをしそうなタイプでしょうか?長編を書きたいなら、長編落語を読んだことがなければ是非参考にしてください。沢山在ります。
僕◆Tk6b/XHvA2
海
私小説かと。気持ちが極端から極端に動き、考えすぎて足元がふらついている「僕」の姿をおろおろしながら遠巻きに見守るのが読者(私)の位置でした。
感情移入できないので、小説として見ると面白くありませんでした。ただ作者の心情は、嘘偽りのない感情であり正直な文字なのは伝わりました。
目の前の海の描写はあるものの「僕」が全く海を見ていませんし、読み終わって「僕」にかけたいと思った言葉は一つだけ「落ちつけ」でした。それだけ切羽詰っているのは分かります。一度冷静に落ち着いて考えることもせず、生きる苦しみから救ってくれた海に感謝するわけでもなく(どちらかいうと海を巻き込んでいる)、最後まで「僕は」「僕は」で自分のことばかり考えている人の話でした。
読者(私)からしてみると「別に世界は死んでない」です。最後の言葉もが響かないのが惜しいと感じます。
作者以外も感情移入しやすいように、冷静に一度落ち着いて考えたけれどやはり海に抱かれたい、自分は海に沈むのだという死へ至るまでの考える経緯が欲しいです。
こんなに長くなるなんて思わなかったんだあー;再び
ゆかむらさき◆zWnS97Jqwgさま
素直になるから 抱きしめて
タイトルの純粋さな印象とは裏腹に、主人公(妹)がひねていて卑屈で性格が悪いという印象でした。目立ちにくい外見なのでいじめられっ子かと思いきや、思考回路や発想が陰湿ないじめっ子であり、その一人称で話が進むため私は全く感情移入できませんでした。読み終わってある種純粋な花園範人のことを不憫に思いました。
>> 美人で頭のいいお姉ちゃんが、外見も性格も全然似ていないこんな妹のあたしに
とあるので“美人じゃなくて頭も悪い妹”を想像して次を読むと
>>「範・人・くーん……
>> もしかして……愛する彼女がいるくせに、他の女とメールしてんの かなっ?」
>> あたしは範人くんの手からスッと携帯電話を取り上げ、ディスプレイ画面をのぞき送信先を確認した。
違和感。主人公(妹)はサザエさんでいうところの花沢さんですか。主人公(妹)の目的もはっきりせず、どうやら花園範人を好きらしいのですが
>> あたしの“範人を想う、本当の気持ち”をさとられる前にこっちから攻めこんだ。
>> 今日もね、エロい顔してお姉ちゃんの水着のコトばっか話してんだよ。
“自分がまだ声をかけられたことがないから”なのか“おねえちゃんに負けたくないからなのか”“範人を想う、本当の気持ち”なのか、それらを悟られたくないからだとしても、あることないこと捏造したり罵倒するのは卑怯な子だと感じます。
この展開の悪さはシュールを狙っているなら成功しています。主人公自身は自分なりに純粋だと思っているようですが、傍から見ればただ狡猾なだけです。
作者になぜ主人公(妹)視点にしたかを問いたいです。なにしろ視点が悪いです。物語展開に納得もいかず、タイトルと内容とに座りの悪さを感じます。水着は単なるアイテムとしての登場で海というテーマは全体から感じられませんでした。主人公一人称は作者には合わないんじゃないですかね。
旬◆RL8K06i5bwさま
日本海のクリスマス
物語展開に気持ち悪さを感じました。文章や言葉の選びは素直で好きです。タイトルも言いえて妙です。読み終わってのタイトルの印象は「裏切り者のクリスマス」でした。卑怯=グレー=どんよりとした厚い雲=日本海と連想できるので、上のようなタイトルと内容の違和感ないですね。
好きか嫌いかでいうと嫌いな後味です。卑怯な二人の心を読んで重苦しくなりました。しかしリアルな感覚もあります。最後の一文以外、正直に書けているのが好感を持てます。最後の一文は嘘つきだと感じました。それも本音で生きない二人の様を表していると受け取ることも可能なので逆説的に有効。
陸上バカさま
海辺の記憶
こころのような手紙形式で、非常に読みやすかったです。
AはBを見殺しにした「私」を見た瞬間、Aの「私」に対して抱いていた恋心は一気に冷め、以来距離をおいてしまっていたのではないかと想像したり(だから口づけをした関係に発展したものの、「私」は最期に及んで手紙を送る他にAと連絡を取れなかったのではないか)、場面の細部もイメージできる幅があり、とても好きな作品と感じました。
暗い展開ですが死を選ぶ理由にも納得がいきました。自分がその立場だったらどのように考えるかと思いを馳せて、Bを溺れゆくままにしてしまいたいという心情を理解できました。賛成はできませんが。何しろ大変楽しく読めました。この作者の作品をもっと読みたいと思いました。
瑚雲◆6leuycUnLwさま
貴方と出会った海を。
アングラの舞台、ピンスポットの下で1人語りをする暗い情熱を感じました。
ガラスの仮面のように最終的には上を向くところに持っていけたのは、海を中間で描写できた影響が大きいのではないかと思います。
>>彼女が涙を流す事もなかった。
これは意外な一文でした。てっきり彼女の顔は涙だらけだと思っていたので……。だからこそか、私もこういう強さを持ちたいと思いながら共感して読むことが出来ました。素直な表現に好感が持てます。
最後の感想!風猫さまへ
こんなに長くなってたとは思わなくてすんません。
消した方がよかったら言ってください;
とろわ◆DEbEYLffgoさま
海なんてくそくらえ!
台詞以外の心情表現がくどいというか分かりにくいのか、ちょっと表現から受けるイメージに壁を感じました。何やら言葉で説明されているけれど、絵が思い浮かばないわけです。
台詞も分かりづらいです。何を言っているのか分かりませんでした。主人公のノリや思考回路はそのままでもいいので、言い回しを易しく言い換えようという意識を持った方がいいと思います。
もう一つの課題は、台詞と台詞以外の文章に全然差がないことです。台詞以外の文章も台詞として括れてしまう。最悪だと冒頭から最後まで1つの「」で括れますよ。何故この文章を台詞にするのか、又はしないのか文字にする前に一つ一つ考えたほうがいいです。
コーダ◆ZLWwICzw7gさま
~感謝の言葉~
視点がぶれて少し読みづらい箇所がありました。
>>いまいち、何を言いたいのか分からない少女。
>> 面倒事が嫌いな男は、一刻も早くここから去りたかったようである。
男の考えていることは透けて見えるので神視点だと思って読んでいたら、少女の考えていることは透けて見えない謎の視点になっています。
それなら最初から男の視点で話を進めておけば良かったのでは?と感じました。
全体的に男の行動は客観的に書かれているのですが、心情表現では逐一男の主観ばかり寄っていくので、どこに目線を置いて読めばよいのか時々戸惑いを感じました。全く分からないというのではないんですが、微妙な読みづらさという印象です。
視点が上手く書き分けできれば、話のテーマももっとよく見えてくると思います。海の印象はないとは言いませんが比較すると薄かったです。
>> 男はどこか不思議な気持ちになり、薄く笑う。
>> そして、何事もなかったかのように作業を再開させる――――――
サンゴが少女になってお礼を伝えにやってくる物語は上手く流れていたと思います。最後は主人公らしさが出ていて心地よく読み終わることが出来ました。非科学的な事象が起きたというのに、抑制的で冷静な反応をするところは、研究者なりの喜びの大きさをかえってあらわしているようで面白く感じました。
全然カキコ自体くる時間がなくて投票ぎりぎりになってしまいましたー;
投票期間延びててよかったです(ほっ
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):朔さん【白昼夢】
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):トレモロさん『馬鹿と照れ屋と寒い海と』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):朔さん【白昼夢】
文章力(文章が、上手な作品):トレモロさん『馬鹿と照れ屋と寒い海と』
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):白波さん~泳げない僕なりの海の楽しみ方~
テーマ(どれだけテーマにそれているか):瑚雲さん【貴方と出会った海を。】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):すずかさん『サザエはおやつに入りますか』
~切り取り~
レシラムさん>
コメントありがとうございます!
読者の方の想像を邪魔したくないので書きすぎないように気をつけてはいるのですが(気をつけてるだけで実際できてるかっていうと……^^;)、ご指摘くださった部分は全然気が付きませんでした……!
ありがとうございますm(__)m
第二回大会「海」 優秀賞作品一覧
総合部門 遮犬様 朔様・白波様 狒牙様 四名が票数同数にて一位
キャラクタ性 トレモロ様
ストーリー性 朔様 陸上バカ様 二名が票数同数にて一位
文章力 ランスキー様
雰囲気 白波様
テーマ 友桃様
題名 白波様
最優秀賞 白波様
優秀賞を手にした方々はおめでとうございます! これからも利用頂けると幸です!
栄光を掴めなかった者も研磨して賞授与者を押しのけるような活躍をしてくださいな^^
次回の大会も宜しくお願いします!
>>110
凄い! おめでとうございます!(←参加してない奴)
そして皆さんお疲れ様でした!!
はわわーwすごいなーみなさんwオメ!!
おおお!!
結果発表されましたねっ!!
優秀賞をゲットされたみなさん、おめでとうございますっ!!
私も精進せねばっ……。
それと、レシラムさん、コメントありがとうございました。
考えていなかったこととかも指摘されていて、驚くと同時に、もっと頑張らないとと思いました。
丁寧にありがとうございます。
これを励みに、次の作品もがんばりたいと思います。
ありがとうございました!!
今回もたのしませていただきました♪
ひとつのテーマでいろんな海物語ができちゃって……感動です!
上手なかたばかりで、ビックリでした。(またもや、選べませんでした……)
いっぱい書いて、勉強しなくっちゃ! ……ですね!
次回のテーマは なんだろ……
最近小説書くとかサボり気味の犬です(キリッ
えぇっと、まず受賞した皆さんおめでとうございますー。それと、こんな素敵な企画を開いてくださり、また開票とか、作品を並べてレスしたり、結構な手間をかけてくれた風さん、二回目お疲れ様でしたw大変だっただろうと思いますが、その手間のおかげで皆が楽しめる良い企画になったと思います。
さてはて……今回、第二回目に初めて出させていただいた犬なわけなんですが……SSは初めてで、それも恋愛モノを真面目に書いたのはこれが初でした。どれもが初なものばかりで、少し困惑したというか、これでいいのかとか物語に納得のいかない部分はとても多くありましたが……いかんせん、初歩の一歩は重苦しいもので、話を作り直すにしても頭が動いてくれませんでした。
バーッと見ていくと……総合、ストーリー、文章、雰囲気に一票ずつ入っていることが分かりました。SSという短い物語の中、キャラクタ性を存分に吐き出すことがとても難しかったですw何というか、新たな世界が見出せたような気が致しますw
個人的な目標として、全ての分野に一票ということは叶いませんでしたので、次回ふたたび挑戦できたらしたいと思います! というか、します!(ぇ
初と初に囲まれて書き、新たな世界観が広がりました! 他の方の作品も見事すぎて、圧巻された部分がありますwなら投票しろよって話なのですが、本当に決められませんでしたorz
感想を言うとほとんど長文になってしまう……。申し訳ございません;最後はただ、心からお疲れ様ですと言って締めとさせていただきますw
>>レシラムさん
久々に長文感想を見ましたw感動のあまり、何と言うのですか、身体がクネックネします(殴
もっと小説のことについて、語り合いたいと切に願うほどなのですが、今回は感想にあります疑問についてこの場を借りてお答えします;
“俺”が引き留められなかったのは、由理が頑としてその場から走り去ろうとしたせいではなくて、“俺が”由理が走り去ろうとする理由(心情)を理解できなかった(当時の「何がなんだか分からなかった」)様子が書かれています。事実“俺”は引き留める言葉も行動も出来ない思考停止状態でした。
「今思っても、よく分からないけど、多分…(略)…それが(俺が)分かったからだと思う」のくだりを読むと、ちょっとそれは今まで書いてきた内容と違うぞという反発を私は感じました。「たとえ俺が強引に引き留めていたとしても由理は去って行っただろう」程度に表現を留めておいた方が良いと感じます。
本当に力不足で、分かりにくくて申し訳ないです;
当時の"俺"は理解することが出来ませんでした。それもこの場面で書いたのですが、これは一応現代から過去へと振り返っている場面でもあるということなのです。
つまり、多分由理を引き止めても去っていたのが分かったからだと思う、というのはあくまで現代の自分が過去への自分に送った勝手な思い込みです。
ということは何が言いたいかといいますと……現代と過去では、思っていることが違うということを表したかったのです。こんな幼稚な文では分かりにくくて当然なのですが……。
現代の"俺"は由理がこの時、一体何をしたかったのか分かったわけです。なのでラストの告白まで辿り着いた。つまり、何をしたかったのか分かっていたからこそ、引き止めても去っていただろうな、と思ったのです。
現代から過去への振り返り、という部分をしっかりと書き込むことをしなかった自分の過ちなので、どうかご勘弁ください;
この時は疑問に感じても、後の文章を読むことによって「あぁ、そうだったのか」と気付かせたいという気持ちがあったんですー。
駄作者のクセして、生意気言ってしまい、申し訳ございません;これにて、回答を終わります……。
またいずれ、雑談とかする機会があれば宜しくお願いします!
えー……本当に長い文章、すみませんでした;お疲れ様でしたっ!
どうもどうも、おはようございますこんにちはこんばんは、トレモロたんです。
若干テンション低いというか眠いのですが、このレスを見たらテンションがだだあがりでしでしイぇ―!!(黙
とりま、皆さん投稿お疲れさまでした。受賞した皆さまおめでとうございます。
集計した風姉さんおつかれっしたー!&ありがとうございます!!
なんかキャラ部門いただきまして、嬉しくてしんじゃいそうですしのうかな!? cv日笠
とカッコカワイイ宣言見て無いと訳解らないネタを言いながら、感謝の気持ちを述べたいと思います。
次回も機会がありましたら是非参加と投票を。皆様の作品は「あ、これ取り入れてなんか書きたい」と刺激を与えるものが多々あって、見ていて楽しかったので、こういう投稿場所は大変ありがたや~で御座いまする!
大変でしょうが、風姉さんには是非頑張っていただきたいです、お願いします!マジでお願いします!!ww
レシラム殿
ここまでじっくり一人一人に感想を付けるとは、あなたは神か!?仏か!?すげぇ!!と思ったのでちょっと返コメを。
落語調と言われ「ああ!」と納得してしまいましたw
成程、確かに自分のコメディは落語チックなのかもしれません。今まであんまり考えが至らなかった資料だったので、今後是非そちら系のモノに手を出して、また内容を充実させていきたいと思います!いや、ほんとこれは目からうろこでしたw
そして、時事ネタの多用。うん、これはですね、ハイ。いま見直したらですね、我ながら「くどいっ!」と思ってしまいましたハイww やり過ぎましたね、ヴァンダムとシュワちゃんに愛が溢れすぎましたね……。
あと長編だと息切れする。これ見事大当たりです!レシラム殿は凄い観察眼を持っていると、鳥肌が少し立っちゃいましたw
それくらい自分で思っていた事だったのでw そうなんすよ、私あんま長編の経験が無くて、短編ばっか考えてきたのと、終わりを纏めるのが異様に下手でして、広げた風呂敷を包むのが、中々上手くいかず……w 精進せねば!!
兎にも角にもこのようなコメをいただけるとは思って無くて、大変うれしかったです!
レシラム殿もお疲れさまでしたw 大変だったでしょう?w ありがとうございます!!w
それではこんな感じで、再見。
ステ虎sへ
今度は是非、ご参加くださいな♪
秋原かざやsへ
かざや姉さんも頑張って下さいな^^
ゆかむらさきsへ
海物語って可愛らしいですね♪ 空なら空物語で大地なら土物語とかでしょうか? 何か可愛い(可愛いか?
遮犬sへ
いえいえ、自分で勝手に首を絞めている私ナウ(涙
まぁ、皆様のためを思ってやっているわけではないので感謝など無用なのです^^
私が面白い作品を読みたいなと思っただけであってね(苦笑
初めてだったのですか? それにしてはお上手で……羨ましい限りです!
まだまだ、大会は続けていくので今後も宜しくです!
トレモロsへ
お久し振りです弟よ!
これからも頑張るですよ!
第三回大会のお題は「空」です!
宜しくです^^
近い内に載せさせてくださぁいww
ハルノソラ様へ
勿論宜しいですよ?
貴女の作品が此処に乗るのを待って居ます!
>>レシラムさん
ご感想ありがとうございますっ。
短い文でしたが、とても参考になりました。
感謝です^^*
入賞された方々、おめでとうございます!!
今回は参加小説も多くて楽しめましたね*
風さんもお疲れ様ですっ。
今後も宜しくお願いしますねーっw
風猫、こんにちは!
昨夜、車で運転中、“空”ですごいヘンなストーリーが浮かびました(笑)
うまくまとめることができたら、近いうちに載せていただくね♪
よろしくお願いします^^
白波さん>
えっと……以前の、“海”がテーマの小説、おもしろかったです^^
その中の“スイカ割り老人”のキャラがめっちゃ印象的で……(思い出し笑い)
白髪で長髪なのかな? とか、作務衣とか着ちゃってんのかな? とか、いろいろ想像しました(また 思い出し笑い)
あの老人を参考にして わたしも今回のテーマでおっさんキャラをつくってみようとおもっています。 作るのが楽しみです^^
1>
「――――クドい。 いーかげんあきらめろ、 バカ。
HRの多数決でとっくにきまってんだよ、“おばけ屋敷”だって。」
クラスのみんなをまとめる役目のはずの俺たちが、どうしてこんなにモメてんだよ……
――――っつーか、こいつは“星野まみ”っていう名の(常に俺のまわりをちょろちょろとうろつく)女なのだが、俺が委員長を引き受けたとたんに副委員長に立候補してきやがった。
理由は…… まぁ、わかるだろ? 大体。
「だって! まみはね、“プラネタリウム・(ノンアルコール)カクテル・バー”をやりたかったのに!!」
(高校生がカクテル・バーだなんて ありえねぇし……)
ツインテールに縛った髪を振り、口先をとんがらせながら小声でつぶやく。
「涼クンと 星空のなかでロマンチックに“やりたかった”のに…………」
――――彼女の頭ン中には花が咲いている。 毒の花粉に脳がおかされているんだ………
ため息をつき、俺は人差し指を空に向けて指した。
「ホイ、見ろ。 ココに満天の星空がひろがっているだろう……? “おまえのせい”で、時間がエラいつぶれたからな。
あーあ……。 こんな目に遭うんなら委員長なんて引き受けるんじゃなかったぜ、まったく。」
(フフン! どうだ、まいったか?)
俺は星野の顔をチラッと見た。 彼女は両ほほに手のひらをつけて顔を真っ赤にしている。
――――前半のセリフだけしか耳に入っていなかったようだ。
「ロマンチック……って…… おまえ なにがやりたかったんだ……?」
「え!? あっ…… うふ。」
体をクネらせながら彼女は答えた。
「――――“君の瞳に乾杯”…………」
タイトル『アンタに完敗。』
「わあー…… あの星、きれーい……」
――――やべ。 なんだかロマンチックムードになってきた。 ――――気をつけなければ。
俺は無視して背を向けた。
「綺麗だけど…… あれ? なんかあの星……こっちに向かってきてるよ……
……なんで!?」
(星が向かってきてる……だと!?)
なにかイヤなことが起こる予感がして、俺はふり向いた。
――――信じられない。
目を開けていられないほどに まばゆい光に包まれた……飛行機!? ……にはとても見えない円盤のかたちをした飛行物体が俺たちの動きを止めた。
「――――星野!!」
情けない話だが、実は俺はこう見えてもテレビとかで超常現象の番組を見ただけで、夜、思い出しては恐怖にガクガクとおびえるくらい苦手……だったりする。
だから“こんなこと”はしない…… 絶対ひとりで逃げだすはずなのだが、俺は“あの”星野を腕の中に抱きしめ、守っていた。
(ここは…… どこだ……?)
気がつくと、俺はフワフワのベッドの上に横になっていた。 ――――腕の中に星野を抱きしめたまま。
「うわあ!! 離れろ! バカ!!」
暴言とともに俺に引き離されても、ほほを染めながら嬉しそうに「ありがとう」と言いやがる星野。
部屋の中を見わたすと、ダブルベッドとテレビ、そして風呂場(たぶん中に便所)しか見当たらない。 まるで愛し合う恋人たちが“そういうコトをする”目的の宿泊施設によく似ている。 燃え上がる炎のような赤い壁紙と、あやしさただようピンク色の照明がバッチリ証明している。
「――――冗談じゃねぇ! ……帰るぞ!!」
――――しかし、どこにもドアが見当たらない。
部屋の中に一つだけ小さな窓は見つけた。 そこから目をこらして外をのぞくと、俺たちの下に布団のように敷き詰められた分厚い雲の層が見えた。
(うそだろ……)
――――俺たちが今いる場所はおそらく…………空中。
「ようこそ! “実験材料”のお二方。」
ポマードのにおいが半径一メートルくらいただよっていそうな、少ない髪をムリヤリ七三分けにしているジジイがベッドの脇にあるテレビの液晶画面のなかに姿を現した。
なんと彼は、“俺と星野の子孫”だとわけの分からないことをほざいた。
――――“こんなの”が子孫のハズがない。
ムカつきながら俺は、白衣の胸元から気持ちの悪いモジャモジャの毛をチラチラと見せながら話すバーコードジジイの話を聞いた。
こんな風貌をしていながらも、実は彼は現在よりも深刻になってきている少子化問題に立ち向かう組織の科学者で、問題対策のためにやむを得ず使用することになるかもしれない“ホレ薬(?)”を開発中。 日々“恋愛の研究”をしている男……らしい。
そこで彼は、俺たちが今、閉じ込められているこの“タイムマシン”に乗って、はるばる現在にやってきたのだ。 ――――ちなみに俺たち二人を実験材料のターゲットにした理由は……“最もすごい恋愛経験をする男女”だからと答えた。
――――2>に続きます。
2>
(――――くそ!! ふざけやがって! ……帰る!!)
俺はひろげた両手でテレビ画面の横ぶちを握り、「ここから出しやがれ!!」と大声で叫んだ。
「おまえもなんとか言え!」と、べっどの上の星野を見ると、彼女はまんざらでもない様子でほほを染めてニヤけた顔をしていやがる。
「おい! 星野! 目 覚ませ!! 俺はともかくおまえは女だろ!?
今頃 親が心配してるんじゃねぇのか? いいのか!?」
俺は彼女の両肩を手でつかんで揺さぶり、“ここから脱出することを考えろ”と説得したが、
「涼クンとずっと一緒にいられるなら…………どうでもいいや。」
――――ダメだった。
コレはあきらめるしかないのだろうか……。 プライバシーを奪われ、一生バーコードのいいなりになって生きていく運命なのだろうか……星野と。
(冗談じゃねぇぞ!!)
俺はもう一度、テレビ画面の中のバーコードをにらみつけた。
「青年よ。 ここから出たいのならば……条件がある。」
どうやらバーコード自ら“脱出の方法”を教えてくれるようだ。 うさんくささを感じるが、しょうがなく俺は彼の話を聞いた。
「おぬしの持つ“鍵”を“挿しこめ”ば この部屋のロックが解除される。」
(鍵? は? そんなモン持ってねぇ…………)
まるで俺の反応をおもしろがっているようにバーコードは話し続ける。
「まだ分からぬのか……。 おぬしが“生まれた時から持っている鍵”だぞ。 むっひっひ……」
(生まれた とき?)
「いやっだ、 おじちゃんったら もうっ!」
星野は理解したようだ。 ほほに手をあててクネクネと恥ずかしがる彼女の姿を見てから 俺はやっと……理解した。
――――この変態ジジイが!! もしもこいつがテレビ画面のなかじゃなかったら、絶対俺はボコボコにしていた。
「――――シャワー浴びてくる。」
信じられないことが起こりすぎて どうにかなりそうだ……。
とにかく疲れをとらなければ、と俺は部屋の中の風呂場に入った。
俺がシャワーを浴びるのをあたかも予想をしていたかのように、バーコードは気を利かせて(?)湯船にお湯をはってくれていた。
(フン! 騙されないぞ……)
文句をこぼしながらも俺は、結局 湯船につかった。 白色の入浴剤の入ったお湯が、冷めきった俺の身体をあたためてくれる。 心地よい湯気の香りが鼻をくすぐる。 風呂から出て、星野と一緒に過ごすくらいなら、ここでずっとこうしてくつろいでいたい気持ちだ。
ガチャッ。
「 !! 」
温まっていく俺の身体が再び凍りついた。 ――――星野がいきなり風呂場に入ってきやがった。
「だって だって、 ……ひとりでいるの、コワかったんだもん。」
どう見たって“コワい”なんて表情をこれっぽっちもしていないニヤけた顔でバスタオルを巻いた彼女は図々しく湯船につかり、俺に身体を寄せ付けてきた。
星野はバスタオルで守られているからいいだろうけれども、俺には守るタオルがない。
俺は“一番大事な一か所だけ”を両手で隠し、風呂場を飛びだした。
「うぎゃ――――――――!!」
俺の…… 俺の服が…… な――――――――――――――い!!」
目をこすってもう一度脱衣かごの中を見た。
かごの中に入っていたのは、黒いレザー布製の尻の部分がTバックになっているキワどいブーメランパンツ……一枚だけだった。
俺のかごのとなりのかごに入っている“モノ”は、おそらく星野のものだろう。 そのかごの中にも服は入っていない。 おそるおそる手を伸ばして、(彼女のかごの)中に入っている“モノ”を取り出した。
――――コレをあの“ガキっぽい星野”が着けるの か?
やはり彼女も下着だけ。 しかも、深紅の色のフリフリレースのTバックパンティー、そしてCカップ以上はありそうなおそろいのブラジャー。
(なんだ コレはアアッ!!)
右手にパンティー、左手にブラジャーを持ち、心のなかで叫んでいると、
「りょ、涼クン…… それ、着ける の?」
風呂場から不思議そうに星野が顔を出した。
「つけない!! 俺が出るまで出てくんじゃない! バカ!!」
俺はしかたなくブーメランパンツをはいて風呂場から出て、ベッドに腰をかけた。
(この部屋…… ソファーか椅子も ねぇのかよ……)
――――3>に続きます。
3>
――――これは夢だ。 こんなの夢に決まってンだろ…………
俺はムリヤリ“今”を夢だと思いこんだ。
俺のとなりに風呂上がりの星野が、さっきの“あの下着”を身に付けた姿でいる。
(こいつ…… こんなに可愛かった か?)
「やだっ、涼クン…… そ、そんなにジッと見ないでよぉ……」
(フン! さっきはいきなり風呂に入ってきやがったくせに……)
顔を真っ赤にして必死で胸を隠している星野。 今までは彼女に対して(……っつーか、女に対して)全く関心がなくて、気付かなかったけれど、よく見れば豊満な胸、そして、普段はツインテールに縛っているが、意外にも長かった下ろしている濡れ髪、抱き心地が良さそうな小さな肩、プルンとしたつややかなくちびる……無意識で俺は…………
――――彼女のくちびるを奪っていた。
そして俺はベッドの上に立ちあがり、天井に設置されている“隠しカメラ”をへし折って壊した。
突拍子もない俺の行動に目を丸くしている星野の両手を握り、彼女の耳もとでささやいた。
「どうせ夢なんだ。 夢の中ならば“何をしたって”構わない……
俺と一緒に目を覚まそう…………」
――――カメラを壊した時に、どうやら俺まで壊れてしまったようだ。
俺はそのまま星野をベッドの上に押し倒し…………
――――バシイッ!!
耳を裂く音と同時に、俺の尻に激痛が走った。 Tバックだからなおさらのこと……尻も裂けるくらいの……
「実験終ー了ー。 おつかれさんっ」
俺の背後に生のバーコードが現れた。
メチャクチャに荒れ狂ったこの気持ちを、彼にどう ぶつけたらいいのか分からないでいる間に、彼は俺の背中に大きなリュックサックを背負わせた。 さらに、俺と星野の腰にゴツいベルトを取り付け、それをつなぎながら、サーッとワケの分からない説明をしだした。
「3000フィート落下したところで、オート開傘します。 ああ、服はこの横のポケットに入っていますよ。
無料(タダ)でスカイダイビングを体験できるなんて、ラッキーでしたねぇ、
――――それでは ごきげんよう。」
そう言ってバーコードは自分のポケットから出した携帯電話によく似たリモコンのスイッチを押した。
(ちょ、ちょっと待て バーコード! 今 なんて言った?
たしかスカイ……)
突然 俺と星野が腰かけているベッドのマットレスが中央から真っ二つに割れ、俺たちは夜の“スカイ”に放り出された。
――――実は俺は“高所”も苦手なのだった。
「……ねぇ見て 涼クン…… すごーくきれいだよ!」
「あ、あ、あ、ああ キレイ…………」
星野に弱みを握られたくなくて、俺は意識喪失をしても構わない覚悟で目を開け、震えた声で返した。
「まみね、もう充分だよ。 だって……大好きな涼クンの胸のなかで“リアル・プラネタリウム”をこうして味わえるんだもん…………」
「――――どうせ夢だよ。 あきらめるんだな、バーカ。」
俺はもう一度“まみ”に口づけをした。
俺は“今夜のできごと”を夢ではないことを願っている。
本当はまみの……このやわらかいくちびるの感触をずっと忘れたくない。 ちなみにさっきバッチリと目に焼き付けた彼女の下着姿も……な。
俺は彼女を優しく抱きしめた。
「なぁ…… どうしたらいいんだ……?
なんか俺、まみのこと……好きになっちまったみたいだ…………」
――――星屑のちらばるステージに舞う…………ブーメラン男とランジェリー女。
《おわり!》
「ねぇ、空に絵を描いてみたいって思わない?」
「思わない。っていうか無理だし」
「ちょっと……ノリが悪すぎるわよ。そこは嫌でも思うって言いなさい」
「嘘は吐きたくないんだ。どんな事にも、誰に対しても」
「吐いて良い嘘だってあるのよ、それで誰かの気分が良くなるなら」
「嘘は嘘だよ、良いも悪いも無いさ」
「本っ当に夢無いね。本当に小五?」
「五月蝿いな。夢を見るのも覚めるのも、年齢なんて関係ない」
「あーもう、分かったわよ。私が一人で描く」
「無理だっての」
「最初から無理とか言わないでよ」
空に絵を描く、それが彼女の夢だ。最初から無理って断言したくない、それが彼女の信条だ。諦めたら何もできないから、できることだってできなくなる。それは嫌だ、彼女はいつもそう言っている。
title:Dream Sky
俺とアイツはそれほど中が良いって訳じゃなかった。小学生の頃から、とりあえず家が隣だからという適当な理由で一緒に帰っている。アイツが部活で遅れた日には確実に俺も遅れる。同じ部活なのだから、中学校の頃からそう、星の有無なんて関係ない、空が大好きだから、天文学をもっと知りたいから、地学研究部。
今、俺たちは高校二年、まだ部室に先輩は居るが下から何人か新入りが入ってきたって感じの時期だ。最近彼女は夢を諦めたのか、夢から冷めてしまったのかもうすでに、空に絵を描くなんて事は言わなくなった。どういう心境の変化かは分からないがとりあえず言わなくなった。今年の五月七日、俺の誕生日以降。
毎年、この腐れ縁を讃えて互いに誕生日には小さな小包みを上げているのだが今年の彼女は来なかった。
まあ男でも出来たんじゃないだろうかと、適当な推測を立てて終わった。別に構わない、俺がアイツに対して持っている感情は友情であって恋愛感情ではない。趣味が合って意気投合する、登下校を供にする。どいつもこいつも友達同士でやっている。それを男女一対一でしたら付き合っているとか騒いで、当事者の俺とアイツがどれだけイラついている事か……。
騒がしい教室、その中で俺は人知れず溜め息を吐いた。その理由は安直、目の前にあるのは欠席していた間に溜まった課題。ついこの前俺の父さんは死んだ。いきなりまさかの展開だがこれは事実だ。しかも命日は縁起が悪いことに五月七日。あの親父は俺を嫌っていなかったはずなんだけど……。
死因は事故、トラックに突っ込んだ。あの頑強だった姿を知っている俺にとって、病死よりも交通事故の方が驚きだったが、トラックと聞いてすぐに納得した。流石に人はトラックに勝てない。それも何やら人を助けようとしたとの事だ。その人情味は間違いなく俺のよく知るオッサンの取りそうな行動だ。
お人好し、それだと聞いた感じは悪いが親父は違った。お人好しは優しさに足を引っ張られてそれがただの甘さに変わってしまう。だが親父は全てを遣り遂げた。文字通りその身を犠牲にしてまで。
もう一度溜め息を吐く。目の前には山積みのプリント、つくづく思う、うちの教師は馬鹿阿呆鬼畜外道なんじゃねぇの、って。進学校だけどこれはないだろ。
そんな風に考えた矢先、コツコツと、廊下を靴で叩く音が一人だけの静かな教室に侵入してきた。ガラス越しにシルエットがぼんやりと映る、痩身長身、きっとあれは学年中の男子から大評判の女性教師。確かに綺麗だけど歳上は興味ねぇっつーの、見下されてる気がするし。ついでに課題の多さには定評があるしな。と言うより手元の山の八号目まではあの人の数学の課題だし。
「面倒くさっ…………」
そう呟くと同時にガラッと叫んだドアが一気に開く。入ってきそうな候補にはあの先生しかいない。
「課題は順調? 今日中に仕上がるかしら?」
「あっ、女バージョン田中先生。順調も糞も無いっすよ、まだ放課後始まったばっかですし」
「そう……その前に女バージョンって何?」
「ああ、現国の先生は男バージョン田中先生ですから」
「成る程ね、確かに紛らわしいもんね」
別に下の名前で佑香先生でも良いと言ってきたが、下の名前で呼ぶ程親密な関係じゃないとはねのけた。
「良いじゃない、言っても。あなた教え子よ」
「流石に馴れ馴れしいでしょ? 彼氏かっての」
「随分はっきりと言い切るのね、嫌いじゃないけど」
「嘘を告げるの大嫌いっすから」
クスクスと男を釣るような笑い声を上げて先生は笑う。その美貌ならば同年代の男を釣って欲しいのだが、本人曰く年下が好きらしい。本人の趣味をどうこう言うつもりはないが、少なくとも俺はターゲットにされたくない。理由は前述の通りだ。それなのになぜか俺が目を付けられた。
それを自覚したのは去年の二月中旬、丁度今の後輩が入試をしていた期間だったと思う。地学研究部の顧問がまずあの人で、俺とアイツがそこの仮入部に行った時に懇切丁寧に説明してくれたので、良い先生だと思ったが生徒に手を出すという噂を聞いた九月頃、ちょっとだけ印象が悪くなった。そして二月の中旬だ、いや、もっと正確に言おう。二月十四日の話だ。世ではバレンタイン、そういう訳であっさりと自覚できた。
ここでまず注釈だが、アイツ……そろそろ個人名を出そうか……晴紀(はるき)から俺には渡してこない。何度もしつこいが、俺と晴紀の二者の間の関係は恋人ではない、親友だ。周りがギャアギャア煩いから、『義理』は渡さないことが暗黙の了解になっている。
それはさておき田中先生だが、あの人は男女関係なく部員全てにチョコレートをばらまく。それぐらいなら別に構わない。だが一つだけ余計な一言が入った。「私の好感度によって貰える物が変わる」、それが余計な一言だ。そう、そして皆が全く同じ四角形のやつを貰っているのに、俺だけなぜか果物の桃ひっくり返した形だぞ! まず、種類が違うだけで他より嫌われているか好かれているかの二択だ。先生に訊くと「Likeの方」とあっさりと言い切った。嘘ではないとは分かるので俺は人知れず肩を落とした。
ただしここで唯一ありがたいことが起きた。皆は俺と晴紀の仲を勘違いしている。だから、田中先生から気に入られても宏樹(ひろき)なら構わないとあっさり許される。元々歳上は苦手と言っていたのもあり、彼らの中ではマドンナ的なあの先生は俺には取られないと分かっていたらしい。
はた迷惑な勘違いと噂が助けてくれるのはその一瞬だけで、それ以外では役に立たないことも一応言っておこう。
ふと先生は時計を見て顔色を変えた。職員会議が始まる時間だと、慌てて教室を出ていった。
「さてと、課題の片付け始めますか」
先生がいなくなると同時に、机の横に無造作に置かれるエナメルから、黒と赤を基調とした傷だらけの筆箱を取り出す。小三の頃からずっと愛用しているものだ、多分これ以外のものは中々使わないと思う。年季の入った物であるのは勿論、人から貰ったものなのだから無下には扱えない。
その中から取り出したシャーペンも、中一の時分からお世話になっている。アルファゲルの柔らかい部分をカバーする薄皮状のシートには何本かの亀裂が入っている。どれもこれも晴紀からの誕生日プレゼント。流石にエナメルは違うけど。これは親父が残してくれた物の一つ。
「数学を……とりあえず一時間以内に片すか」
まずは最も数量の多い科目から手を付ける。飽きたら他の教科をすれば良い。大量にプリントはあるが一問辺りの問題の密度は大したことない。集中すればすぐに終わらせられる筈。途中数学に飽きて英語でもするとして、数学は一時間で終わらせてみせる。
着々とシャーペンを走らせる。やはり難問は少ないようでたかだか二分ちょっとで一枚目のプリントが終わる。微分の基礎確認問題ばかりだ、「xのn乗の導関数=n×xのn-1乗」、それを覚えたら楽勝。
着々と二枚目三枚目も終わらせて山を切り崩していく。順調順調、そうして三十分経つ頃には数学の七割方、全体の半分ちょっとが終わっていた。
そろそろ数学にも飽きがやって来る。それを打破するために数字の書かれていないプリントを取り出す。今度は英語、正直文系は苦手だが英語だけはそう嫌いでもない。分からないと先が厳しいから有難い事だ。長文だから面倒と言えば面倒だが、気分転換には打ってつけだ。
さらに格闘すること一時間弱、五時を少し回ったぐらいに課題は終わった。やっと肩の荷が下りてホッとした時にまたしても教室のドアが開いた。今度入ってきたのは後輩だった。
「あっ、宏樹先輩。ちょっと訊きたい事が……」
「どうした小杉? 顔真っ赤にして。走ってきたのか?」
「いや、そういう訳ではないんですけど……」
頬を赤らめて落ち着きがないというならば、選択肢は大体二つだ。一つはベーシックに激しい運動のためであり、もう一つは恋煩いだ。前者を否定されたので後者であることは半確定的だ。そして一々俺の所に来るってことは相手はおそらく晴紀だろう。
「晴紀先輩と付き合ってないって前言ってたの、本当ですか!?」
「やっぱその話題かよ……付き合ってる訳ねーだろ」
「本当ですか!?」
「知ってんだろ? 嘘は嫌いだ」
確かにと、小杉はあっさり納得した。一年が二年から怒られるのは大きく分けて二種類、一つは嘘を吐いた時であり俺からで、もう一方は初めから諦めるようなセリフを発した時に晴紀からだ。
気さくな面と面倒見が良い事から晴紀は後輩から慕われている。目の前の小杉のように好意に変わる者も少なくない。
「何だ、お前も晴紀が好きな感じなのか」
「はい。でも宏樹先輩と付き合っているなら無理だなと思ってたんですけど、大丈夫そうです」
「そうか。俺は一応違うけど敵は多いから気を付けろよ」
その続きを言うか言わざるか大分迷った。この頃昔馴染みの友人の俺との付き合いが悪くなったのだから、もしかしたら男がすでに出来たのかもしれないと。
数秒の沈黙のうちに考えた結果、言わないことにした。本当に誰かと付き合っている確証は無い。不用意に惑わすようなセリフは口にしない方が良い。早く部活に行くぞと手で指示する。静寂の中でただ呆然としていた小杉もすぐに反応してくれた。
それにしてもなんでアイツはいきなり付き合いやノリが悪くなったのだろうか、それに関してはどれだけ深く考えてもさっぱり分からなかった。
その日もいつも通りの地学研究部だった。先輩はちゃんと端の方で黙々と受験勉強……勿論ここでは地学しかしない、と暗黙の了解があるのだが。一年は望遠鏡の使い方を必死で覚えている。それを親切に補助しているのが数少ない二年生部員の晴紀だ。二年生はこの部活では二人しかいない。
五時を回ったのであまりすることは残っていないのだが何もしないよりはマシだ。机に向かって資料を広げ、レポート用紙とボールペンを取り出す。課題研究の発表が迫ってきているので、そろそろ纏めないといけない。
しかし悲しくも時間は無い。今日は結局大した作業もできずに下校時刻になってしまった。
「さーて帰るかぁ」
いつもの軽い感じで晴紀に声をかけた。しかし晴紀は知らぬ存ぜぬを貫き通すように、それを独り言と見なして一人で帰りだした。
「何だアイツ? やっぱ普段と違くね?」
そろそろ真剣に、からかわれるのにうんざりしているのだろうか、まるで避けるように俺から離れる。一体何があったというのか。
倦怠期か? と皆が囃し立てるがそんなのはどうでも良いし倦怠期よりも不味いかもしれない。なぜなら一方的に晴紀が避けているのだ、俺にはどうこうする手段はない。結局何もできずにその日は学校を出ることになった。
「ただいま、母さん……はパートでいないから父さん……の遺影」
結局家にいるのは自分一人しかいないことに気付く。一人っ子なのだからそれも止むなし、とりあえず健康管理の手洗いのために洗面所に向かう。葬式関係で散々休んだのだ、病欠なんてもう論外だ。また課題をする羽目になる。
とりあえず衛生面はしっかりさせようとした後に、台所へ向かう。冷蔵庫を開けると今日の晩ご飯であろう唐揚げ等が置いてあった。電子レンジに直行、加熱を始める。その間に炊飯器から白米を茶碗によそう。まずは仏壇に供える用、そして俺の食事用だ。
仏壇の親父の写真の前に供え、自身の茶碗をダイニングテーブルに置くと、計ったかのようにぴったりレンジが加熱完了を知らせる電子音を上げた。ようやく飯が食えるなと思いながら座席に着こうとしたらインターホンが鳴った。
「誰だ、こんな時間に?」
母さん十時まで帰らないって言ってたよな? とするとやはり候補はいない。宅配物があるようなら書き置きでもある筈だし、同級生が来るとはあまり思えない。それでも知り合いだったら困るので玄関に向かう。ドアを開けるとそこには晴紀がいた。
「晴紀か……いきなりどうしたんだ?」
声をかけたがあいつはずっと俯いてじっと黙っている。人の家の呼び鈴鳴らしといて何を惚けているのかと、少し呆れる。このままでは面倒だからこっちから近寄り、声を掛けようとした。
するとそこでようやくアイツは口を開いてくれた。
「えっとさあ、今日、来るの遅れたけど、何か、あったの?」
「遅れたってどこにだよ?」
かなり舌が回らないようで、ちょっとずつ詰まりながら口にする。その様子はやっぱり、尋常では無かった。
「どうした? 何かあったのか?」
晴紀はとりあえず小さく頷いた後にまた動きを止める。そのまま沈黙が果てなく続く。晴紀からは話しだそうとせず、俺はというと向こうから口を開くのを待っている。そういう面倒な状況が展開され、数十秒が経過、そろそろ痺れが切れそうな俺から話し掛ける。
「だから、どういう用件なんだって訊いてるんだよ。早く言えって」
「…………実はさ、その……」
何やら緊張しているようで、その不安と焦りから手に力がこもってしまったのだろう。何やら紙の形の崩れるクシャリという音がしたので晴紀の手元に目をやった。そこには軽く皺の寄ってしまった包装がされた小さな何かが握られていた。視線に気づいたようで慌ててその小物を隠すように背面に回しこんだ。
どうやら、あれが多少は関係しているらしいなと、すぐに予想はできたがそれ以上の予測は立てられなかった。結局何の用件で来たのかさっぱりわからずもう一度問いただそうとした時に、ようやく晴紀は自発的に口を開いた。
「えっと……今日部活来るの遅かったけど、何かあった?」
「ハア? ……何かって、田中先生の鬼の課題してたけどそれがどうかしたか?」
行くの遅れたから何だって言うんだ? こいつはお隣さんなんだからつい先日葬式があった事ぐらい知っているだろう。それ以前にアイツも一日だけ休ませてしまった筈だ。幸いアイツの場合は課題は溜まらなかったらしいが。
そう、それなら良いんだけど……、語尾を濁すようにして独り言並みに小さい声でそう口にしたのを訊き、さらに首を傾げる。何だか安堵しているようだがこいつは俺が何か厄介事に巻き込まれたとでも思ってんのか? まあ確かに最近は田中先生に絡まれるだけで厄介事だから今日も起きたんだけど……。
「で、結局の本題って今日俺が遅れた理由を訊きに、って事か?」
「えっ……違……わないか、これじゃあ。じゃ、じゃあさ……」
「じゃあ何だ?」
おかしい、いつもはこんな風に人の、それも俺の顔色を窺って話すことは決してしない筈なのに、今日のこいつはどう考えてもおかしい。何かに脅えるようにしておずおずと口を開いた晴紀の口から発された言葉は本当に俺の目を点にした。
「宏樹は、私が憎いと、思ったことはある……か?」
瞬間、思考が停止した。というよりも自体が、セリフが呑み込めなかった。自分が晴紀を憎む要因などある訳が無い。あっちが動転しているのがこっちにも伝わってきて、俺までパニックに陥りそうだ。
「馬鹿かお前は、思ったことなんてめーよ。つーか何で思うんだよ」
「原因ならあるんだ! そうなっても仕方ないぐらいの!」
「知るかよ、少なくとも知らん。ていうか今父さん死んだばっかで他の奴恨んでる暇はねーし」
「だから、それが原……」
「ん? どうした?」
いきなり火蓋を切られたように大論争もどきが勃発したかと思うとすぐに鎮静化された。横の方を見た晴紀の、その顔から一気に血の気が引いた。どうしたのだろうかと歩み寄ろうとした瞬間に、獣に脅える羊のように一目散に自分の家に向かって駆け出した。
「ったく、一体何だってんだ」
とりあえず明日になったら部室で嫌でも顔を合わすだろう。その時にもう一度訊けばいい。夕食を放置してしまっているのも問題なのでさっさと家に戻ることにした。
「完全に冷めきってるな、不味そ。再加熱したらもっと悪化するかもだし止めとくか」
食卓に戻ると待っていたのは湯気の出なくなったおかずと、まだうすら暖かいご飯入りの茶碗。もっと早めに尋問しとけば良かったとため息を吐く。今日何回目だっけと思いつつ、いざ箸を口に運ぼうとしたときに、リビングのドアが開いた。
入ってくるのは母さんに他ならないのだが、それにしても予定の帰宅時間よりも早いなと思う。
「お帰り。早くね?」
「ええ、今日は早めに仕事終わったからね」
「パートってノルマ制なのかよ?」
「違う違う、まだ精神的に整理がついていないだろうから早退しても良いって」
なるほどと、俺は相槌を打つ。それにしても豪い格差だ。俺に至っては手加減も容赦もない課題が降り注いできたのに母さんは楽になるとは……。神様、いや先生共め……。
半分ヤケ食い気味に食いだした。味とか温度とか関係ない、怒りを紛らわすために口に物を含む。そこで思い出した、夕食が冷めている原因を。その時に母さんの方からそれについて問いただしてきた。
「そういえば、さっき彼女来てたわよね、何話してたの?」
「んあ? 別に大したことねぇよ。今日の課題が面倒だったってだけだよ」
「それだけ? ほかに何か無かった?」
「意味わかんねえこと言ってやがったな。俺があいつを憎むとか憎まないとか」
そう、と適当な返事をした後に母さんはコートをハンガーに掛けて自分の夕食の準備をし始めた。それにしても今の声は妙に冷たかったように思える。何でか知らないが晴紀に対して怒りを感じているような、そんな風に不機嫌な声音。
母さんと晴紀、この二人の違和感に関しては関連性があると、普段ならば決して当たることの無い直感が告げていた。晴紀は俺が晴紀を憎く思っても仕方ないと言った、そして母さんは何やらアイツに対して負の感情を持っているようで。
だけど一体何でだろうか、そこが全く解せない。特に晴紀が何かしたせいで母さんを怒らせるとは思えない。母さんも、確かに感情的な人間だけど理由なく人に刺々しく接しない。
結局の話一切その続きが思いつかない。この状況は変、その奇妙な状況に陥るだけの理由も委細無い。自分には分からない、それならば本人に訊くしかないな、そう判断した俺は母さんに呼び掛けた。
「なあ母さん、もしかして晴紀絡みで何かあった訳? いつもは俺とあいつが喋っても完全無視なのに」
「別に、何も無かったわよ」
「本当に……何も無かったのか?」
「本当よ、一体何を疑っているの?」
「いやさあ……アイツが帰ってからすぐに母さんが帰ってきたからさあ――――」
――――アイツさあ大通りの方見てかなりビビった顔して逃げ帰ってたからさ、もしかして直後に来た母さんを見て青ざめたのかな、って考えたんだ。確か母さんの職場あっち方面だろ?
そこまで言って言葉を切った。母さんの顔は見る見るうちに強張っていく。かと思えばそれを悟られないようにかすぐに真顔になる。しかし作り笑いをするまでには至っていない、いや、作り笑いでも笑える余裕が無いのだ。やはり何かあったと言わざるを得ないのだが、それを一々訊いて答えてくれるほど大人は丸くないことは知っている。
しゃあねぇ、明日晴紀に訊くか。諦めた俺はまた飯をがっつき始めた。数秒経ってようやく、もう気にも留められていないと気付いた母さんは食事の支度を始めた。
その日の親父の影は何だか暗く曇っているように見えた。表情一つ変えぬ写真の筈だと言うのに。
「あっ、そうだ火薬の調合しとかねぇと!」
親父の死後、母さんの仕事は増えた。それだけじゃ申し訳が立たない。だから俺も親父の仕事を手伝った経験を生かしてバイト、というには少々リスクが高いが家計を支えている。
夕食が済み、家を出て河川敷に向かうために支度を始める。今日はとりあえず仕事として一つ作って、学園祭用のものを造るためのプロトタイプの作成に取り掛かろう。
五月も中旬、もうそれほどまでに寒くない。適当な長袖を着るだけで寒さは払われる。まあまあ薄着でドアノブを回そうとしたら母さんが呼び掛けてきた。
「もう二度と、晴紀ちゃんとは話さないようにしなさい」
「ハァ? いきなりどうした? 何か恨みでもあんのかよ」
「良いから。分かった?」
「いやいや、訳分かんねぇよ。いきなりなんだってんだ? 理由をせめて言ってくれ」
「あなたがそれを知る必要性は無い。ただ、分かったって言っていたら良いの」
どうやらヒステリックなモードに入り込んでいるからこっちの話には聞く耳を持っていないらしい。うちの母親はこういう時に面倒だなと、相当な上から目線で呟いた。
だったら母さんの言うことも全部無視だ。明日晴紀から訊いてみせる。
意味の分からぬ苛々に今日は一日中振り回されることになったが、作業を始めたら多分吹き飛ぶだろう。そうじゃないと俺が吹っ飛ぶし。自転車を転がして大通りの反対側に向かった。
その最悪の日の翌日、普通に普通な平日。なのに俺の机の周りには人だかりが出来ていた。何やってんだろうかと見回すがあまりの人の多さに全然見えない。
何で自分の座席に迎えないんだよと、半分キレながら舌打ちをすると、ようやく俺に気付いたようで「来やがった」とどよめいた後に通路が開いた。マジで何なんだと思っている俺に、一通の手紙が目に入る。手紙と言っても普通の手紙ではなくて、先生からの手紙、要するに課題等の呼び出しである。
「何でだよ、課題は昨日終わらせたっての」
「いやいや、あれは一日分、お前は二、三日休んだ筈だ」
「…………待て。科目は何だ……?」
「数学! 新しい範囲だから先生の解説付き、田中先生とマンツーマン」
「あ"あ!? 数学!? あんだけで一日分かよ!」
「御愁傷様、そして良かったな。田中先生と二人っき……」
「てめぇらの楽園が常に俺の楽園だと思うな! 俺にとってあの人と二人は戦々恐々だ!」
どいつもこいつも適当な事言いやがってとぼやくとクラスメイト達は大声で笑いだした。笑ってもらわれても結局俺にとって状況は良い方向に向かわない。あがこうと課題からは逃げ切れず、嫌がっても先生に捕えられ、訊きたくとも昨日の異変について晴紀に訊きにいけない。
一体俺の周りではどれだけの不運が渦巻いているのだろうか。上記三つに加え親父の死、どこの誰でも良いから幸福を分けてくれ。
「にしてもついてないな、ああそっか。お前の一生涯のラッキーは晴紀ちゃんと田中先生と仲良くなることで使い果たしたか」
「止めてくれ……洒落にならん」
「七時間目は過酷だな」
七時間目、それは放課後課題の通称。本当に辛い。あれ? 何でだろ? 目から汗が…………。
「はい、じゃあ関数f'(x)は?」
「えっと……6xの2乗+8x+2……ですか?」
「正解。はい次に因数分解」
「(6x+2)(x+1)」
「極値は?」
「マイナス三分の一と-1です」
「オッケー、じゃあ今日はここで終了。帰って良いわ」
やっと終わった。分かりやすくてすぐに理解できるくせに解説を三周させる、そこからの楽な演算問題を三十問みっちり解説付き。ここまでおよそ一時間半、時すでに四時半。おそらくこの先生は自分の解説は分かりにくいとか思っているのであろうが、そんな事は無い。むしろ分かりやすく、一発で納得できる。それなのに懇切丁寧に教えるから無駄に時間を取るのだ。
その思い込みが無かったらもっと凄い教師になるかもしれないのに、保護者でもないのに先生の心配をする。とりあえず課題は終わった、後は二学期の学園祭で炸裂させる作品の製作のために必要な火薬と炎色反応を起こすために必要な金属について調べないといけない。
「さっさと行かないとサボりになるんで、そろそろ行かせて頂きます」
こっちの、女の方の田中先生は突拍子も無い事をすることが多いとよく聞く。早く離れないと、それこそ襲われたらどうしようかというような感じだ。普通被害の矢印って逆だろ、とかも言いたいが、普通でないのでそこは既に納得だ。
長居はしていられない、急いでエナメルの紐を掴む。持ち上げようと力を込める。しかし鞄は浮き上がってくれなかった。もう少し力を込めてもほんの少ししか地面から離れない。何でだよとクレームを付けようとしたその時に見えた。先生がおもいっきりエナメルを押さえつけているのを。
「先生、何してんすか?」
「前々から脅してたわよね? 最悪実力行使だって」
「えっ……? ってちょっとタイムタイム!」
俺の肩に先生は手を置き、体重を乗せて力を加える。無用心にしていた時にそうされると、あっさり押し倒されるしかない。鼻先数センチすれすれに奴の顔、はっきり言って顔が紅潮するどころか逆に青ざめた。この人正気かよ?
力で押し退けるのは確かに簡単だが、それだと怪我をさせる可能性がある。どうにも八方塞がりで、どうしようか考えていたら目の前の教師は問いを始めた。
「今まで何度か訊こうと思ったんだけど、先生の事嫌い?」
「別にそんな事無いっすよ。授業も分かりやすいですし」
「へぇ……この状況で白を切るんだ?」
「そっちの意味ですか? それだったら……恋愛対象ではございません」
「随分はっきりねー。こんな状況で?」
「だから嘘は嫌いなんすよ。それは変えない曲げないぶれない。何か問題でも?」
「正直なのは良い事よ。ただし、嘘を吐かないと大変な時だって……」
途端にバタバタとドアの向こう側から足音が聞こえる。興奮と緊張で周りの見えていない先生の耳には入っていないらしい。声でも上げればとりあえず自身は護れるかなとか予想してたらその足音は教室の前でピタリと止まった。
コンコンとノックする音が部屋中を走る。はっとしたような表情になった田中先生は俺の上から跳び退いた。そして俺が立つ前にその引き戸は開けられた。そこに立っていたのは息を切らした晴紀。
「ちょっと、課題終わってるの? 終わったなら早く来なさい」
「えっ、あぁ……じゃあ先生ありがとうございました」
あちらさんの顔には残念そうな色は浮かんでおらず、危なかったと冷や汗を流している。もしあんな事したとばれたならば、職を失う。
とりあえずさっきの事は黙っておこう、そう決めた。あの人に押し倒されるほど貧弱だと思われたくない。それにクラス中の男子が野性の水牛の群れ並みに騒がしくなるのも必須だからだ。
それにしても、何で晴紀は俺を呼びに来ただけでこんなに息を切らしてるんだ? そんな急ぎの用じゃ無いくせに。
「ねぇ……さっき倒れてたけど何かあったの?」
「あったよ」
「何が?」
「知らなくて良いよ、言いたくない」
「やっぱり……先生に?」
「その辺はご想像にお任せするよ」
質問攻めはそこで止まった。こいつは分かっている。嘘が嫌いな俺は嫌な質問が来ると決して答えない事を。
もう訊くことはないようなので、今度はこっちから訊いてみることにする。内容は勿論昨日の事。
「なあ、昨日結局何しに来たんだ? 適当な会話の後逃げるみたいに帰ったけど?」
「それは……その……元気かな? って……」
「元気に決まってんだろ!? ていうかお前に心配されんの多分人生初だぞ」
「五月蝿いわね! 悪いの!?」
「それに母さん見ていきなり青ざめやがって」
前から男の方の田中先生が歩いてくる。軽く会釈すると、なぜか憎悪に歪んだ顔をパッと明るい笑顔に変えて返してくれた。
しかし今の視線は確実に自分に向いていたと思う。俺は何もあの人に突っ掛かった覚えは無いのだが。問いただせば確実に分かるのだが、もしそうだったら嫌なので止めておこう。
「何の事……かな? 私があんたの母さん見て驚くなんて、ある訳……」
「やっぱり動揺してんな、俺に虚構が通じないこと、忘れてる」
「――――っつ!」
嘘は嫌いだ、それを貫き通した俺にはとある才能がある。人が嘘を吐いているのが分かる。ちょっとした瞳孔の動き、冷や汗、呼吸の刹那の乱れ。その微細な変化は俺にとって見破るのは容易い。
そういう訳でカマをかけてみたら見事にヒットしたという訳だ。全く俺の周りには様子がおかしいのばかりだ。何やらよそよそしい幼なじみ、なぜか冷たい母親、生徒に手を出す先生、どういう訳か憎々しげな教員……えらくキャラクターの強いメンバーだな。
「で、母さんが何言ったんだよ? 最近夢の事言わなくなったけど関係あるのか?」
「そ……そんな事……」
「母さんが俺に、お前と関わるなって言った理由も知ってるのか?」
「えっと……その、し、し……知らない」
「…………そうか、よく分かったよ。体よく断りつつ、結局俺が嫌なんだな」
「違う……違うんだ! 嫌な訳無い! ……でも、でも……無理なものは無理なんだ」
知らないと言ったのは確かにブラフだった。しかし嫌な訳無いって言ったのは真実だった。折り入った事情で俺に近付けないといったところか。それにしても相当弱気だなぁと、溜め息を吐いた。
「にしても本当に大丈夫か? 最初から無理って決め付けない、じゃなかったのか?」
「……決め付けてないよ。考えてみたけど、どう足掻いても出来ないんだ」
「はあ……お前なぁ……」
らしくない、その一言では片付けられないほど、晴紀は普段の姿とはかけ離れていた。神妙な顔つきをするだけでも一大事なのにまさかアイツの口から無理っていう言葉が出てきたのだ。これを驚かずして何に驚くというのだろうか。
これはちょっと手を加えてやる必要があるな、そう思った俺は晴紀の右手首を掴んだ。顔を上げた晴紀からは紫色の雰囲気が漂っていた。紅潮しつつも蒼白しているような。
「明明後日、河原に来い。お前に昔の気分を取り戻させてやる」
「簡単に言うなよ……近付けなくなった今、やっと気付いたことだってあるんだから……」
「んあ? 何か言ったか?」
「何でもないよ! 明明後日だね? ちゃんと行くから!」
俺の手を無理矢理引き剥がして逃げ出すようにして晴紀は駆け出した。
「ただいま……つっても誰もいないか」
閑散としている自宅に呆れ、荷物を置きに部屋へと向かう。それにしてもやはり、おかしくなりはじめたのはどこからだろうか。やはり五月七日、俺の誕生日辺りだろう。前日の晴紀はいつも通りだった。とするとまあ五月七日しかない。
五月七日に何があったって言うんだ? 俺の誕生日以外に母さんが気に掛ける事なんて、親父の命日ぐらいだ。
「待てよ。これってまさか……」
頭の中に一つの仮説が思い浮かんだ。それだけでは足りない、もっともっと、与えられた情報を全て加味する。晴紀の言動、親父の末期、母さんの怒りからできるだけ心情を予測、これによって仮説は肯定される。
しかし確固たる証拠は無い。これじゃただの憶測だ。考えた結果向かうことにした、親父の部屋に。
弾むように、浮き足立った自分を落ち着かせて急いで階段を上る。家でも仕事をしていた父さんはいつでも逃げられるようにって一番奥の部屋を使っていた。
乱暴にドアを押す。中はキチンと整理されたままだ。親父の机の上に目をやる。そこには予想通り日記が置いてあった。
震える手で、逸る気持ちを抑えながらそれに手を付けた。すまねぇ親父、プライベートの塊見るぞ。
「やっぱりそうだったか……」
メッセージは決まった、打ち上げる絵画は二発。作成にとりかかる、そのために今度は階段を駆け降りる。腹減ったとか関係ない、自転車に乗って一気にペダルを漕いで突っ走った。
「あっ、そうだついでに母さんと先生にも見せてやるか。言いたい事は一緒だし」
優しげな風が背中を押している。温かく感じるのは夏が近づいているからかな?
明くる日、からさらに二日後の夜近所の河原に四人の人が集まっていた。一人は俺、そして晴紀に母さんに女の方の田中先生。最近ストレスを俺に貯めさせる元凶となる三人組。
そして俺の隣には小屋一つ、元親父の職場、現在俺の職場。煙突みたいな突起が出ているが、それは発射台であり、中にしまっているものを発射するために存在している。
さて、そろそろ準備を始めるかと思った時に、河原小石を踏みならす、じゃらじゃらした音がする。こんな時間に誰かと思うと、男の田中先生。
「生徒が教師呼び出しとはどういう事だ? 何を田中先生にする気だった?」
「別に変な事考えてないですよ。説得……って言うか説教?」
突然同僚が出てきたからか、田中先生は目を丸くした。それにしても俺もこの人がなぜ来たのかさっぱり分からない。
「説教だと? ふざけているのか、自分の立場を弁えろ。生徒がゆか……じゃなくて教師に叱るなど言語道断……」
「ああ、なるほどようやく分かった! そうかそうか」
閃いた、この人が俺に対して憎悪の目を向けた訳が。この人は今、田中先生の事を佑香と呼ぼうとした。つまりは多分この教師は女バージョン田中先生に好意を寄せていることに。
「いきなり何を言っている? そういう生徒には天誅を……」
「ハァ? あんた何言ってんだ?」
「気に入られてることをよしとして、やりたい放題の生徒など……」
そこでもう聞こえなくなった、先生の声は。気付くよりも前に目の前のおっさんを突飛ばしていた。豪快に彼は小石の上を転がる。
「き、貴様何を!? 私は教師だぞ! それをこんな……」
「うるっせぇよ! てめぇもそっち側かよ、あ"ぁ!? 黙ってたらどいつもこいつも好き勝手言いやがって、俺の気分も気にせずに、適当な事ばっか言いやがって。この馬っ鹿野郎共ぉっ!!」
失敗作の花火の癇癪玉ならいくらでもある。次から次へと導火線に火を付けてポイポイと男の田中先生に投げつける。
失敗作とはいえ花火は花火、強烈な閃光と耳をつんざく快音が鳴り響く。熱だって相当だろう、完全に腰の抜けた田中先生はのた打ち回っている。良い気味だ。
「反省したかコラァ!?」
「す、すいませんでしたぁっ!!」
教師の誇りも忘れて地面に頭を擦り付ける。ここまでやられるとようやく俺も我に帰った。
「あっ、すいません」
「ひぃっ……!」
立ってもらう補助にと手を差し伸べると完全に怯えられた。嘘だろ?
「まあ良いや。じゃあ今から俺はメッセージを打ち上げる。しかと心に刻むように。そして晴紀、お前の夢なんて何百年も前に叶ってる」
さあ、準備は整った。後はこの何日かかけて作った花火を打ち上げるだけだ。
「一発目行くぞーっ」
発射台から伸びた長い導火線に俺は着火した。猛獣が獲物を狩るがごとく、火は猛スピードで突き進む。麻縄のような紐が燃え尽きると共に、光の塊は尾を引いて真っ直ぐ天へと走る。
そして上空百メートルほどの所で、盛大に炸裂した。身体中に響き渡る轟音と空の文字が成功を現わしていた。
そこには文字が、こう書かれていた。「少しは俺の声も聞け」と。
「女の田中先生!」
「えっ! ……何!?」
「そろそろ俺が憎まれ役買ってまであんたの教師生命守ってんの察しろ!」
「は、はは……はい……」
「男の田中先生!」
「な、なな、何だ?」
「俺がいつあっちの田中先生を恋愛対象として見ていると言ったぁっ!?」
「言ってません! ごめんなさいぃっ!」
「母さん、もといクソババア!」
「わ、私?」
「晴紀助けて死んだからって親父の仇とか晴紀に言うんじゃねぇ!」
日記を見て分かった、親父は死んだ日、晴紀と買い物に出ていた。内容は俺の誕生日プレゼント。そしてトラックにやられたのは晴紀と会っているはずの時間。ここからは憶測だが、きっと親父が救った女子っていうのは晴紀だ。そして母さんはそれを知って晴紀に言った、二度と私たちに関わるな、これ以上私の家族を奪うなと。
「最後に晴紀、俺の母さんの言うことなんて聞くんじゃねぇ! 俺と友達でいたいって思ってんなら、他の奴の意志なんて関係ない、俺とお前がどう思うかだ。後、最初から無理とか言うな。確かに死んだ親父は生き返らないさ、でもな……忘れさえしなかったら良いんだ、そしたらずっと生きてる!」
一息吐く、言いたいことはこれで大体言い尽くした。言いたいこと言い切るって案外すっきりする、大発見だ。胸の中に爽快感が満たされているのを感じながら二発目の花火を思い出す。それを取り出して俺はもう一度晴紀に話し掛けた。
「晴紀、今日は何日だ?」
「五月十七日だけど……」
「俺の誕生日の十日後、さて何の日だ!」
「私の……誕生日?」
「その通り、だから今から空に描いてやるよ」
この花火でな、そう言って手元の球体を軽く叩く。さっきのよりも大型、親父が生きてた頃から何ヵ月もかけて製作してきた。これまでのものとは比にならないほどの超大作、上手くいくかは未知数だが今までの自分を信じる。
発射装置に丁寧に設置する。苦心してきたのだ、絶対成功しろよと念を押す。
「二発目だ、今度はド派手に行くぞ」
もう一度導火線に火を付ける。ジリジリと音を上げて炎は走り、ついに花火に火は点いた。発射の瞬間にすでに爆発音、轟音と共に空に向かって舞い上がる。濃紺の夜空を貫く一筋の閃光、俺は納得した、成功だって。
そして一気に花開いた。上空遥か彼方にて大噴火、しかしそれでも、とても綺麗な絵は描くことができる。顔に照った光は今を昼と錯覚させるほど。
花火は、ホールケーキを描くように炸裂した。丸いケーキに何本も、赤やら青やら緑やら、多数の蝋燭が突き刺さった中心に、プレートが置いてある。“Happy Birthday”と書かれたプレートが。
「凄い……絵が、絵が描かれてる…………!!」
空を見ながら晴紀は子供のように大興奮している。まだまだ幼いなぁと溜め息を吐いていると、母さんがやって来た。
何やら反省しているようで、頭を下げてきた。別にどうでもいいと顔を上げさせる。もう、分かってくれたから。
「ねぇ先生、一つ言っておきますよ」
「どうしたの、晴紀ちゃん?」
「先生には絶対に譲りませんから」
「んー? ああ、はいはい。でも向こうにその気配は無いわよ」
「構いません、落とします。卒業して先生と生徒っていう縛りが溶ける前に」
「まあ、頑張って頂戴」
そういう会話を聞き逃した俺は以降卒業式までやたらと振り回される羽目になることを知らなかった。
fin
後書き
今回はRegend treasureよりもEtarnal snow寄りの作品です。一人称書きとかですね。
最後の会話の詳細な中身は書きません。
まあセリフに伏線入れたつもりなんでご想像にお任せします。
そして何だかお題の空が御飾りに……申し訳ございません
そして最後の方大分走りがちになってしまいそこも申し訳なく……
しかも無駄に長くて七個もスレッド使ってしまい、もう……駄作でしたが許してくださいm(__)m
『非日常的な赤毛の不運で不幸な人生生活』
i話「僕はまったく空を飛んだことは無い」
僕は空を飛んだことがない。いや、超能力とかそういうことではなく飛行機に乗ることが17歳の間一度もない。これも【赤毛】と言われる原因か……
僕は飛行機つまり、ボーイング737のエコノミーに座っていた。空の景色を見たかったが、通路側だったためすこし残念だった。非常時の注意事項をビデオで見たあとはテイク・オフ(離陸)になるということだ。頭の中でコックピットを想像しながら離陸を味わおう。
管制塔から離陸許可が出る。
「クリアード・フォー・テイクオフ」
副機長がそうつぶやくと機長は
「ローリング」
車輪ブレーキをオフにして滑走を始める。そして、スラスト・レバーを前方に進め、オートスロットルスイッチをONにする。こうしてエンジンの回転数が上がるだろう。
エンジンを離陸出力にし、副機長が
「エィティコール」
が行われる。そして離陸滑走を続けるか続けないかを最終確認し機長が操縦輪を自分の方へ引く。
こうして僕は初の喜びに満ちたアメリカ旅行へ出かけた。
「ねえ。飛行機は初めてかい」
となりの白い髭が特徴的なおじいさんが話しかけてきた。このおじいさんがもし旅行に行かなかったら僕は優雅な空が見えたのにと恨んだ。
「おい、おい。いきなり儂を怖い顔で見ないでおくれよ。儂の名は二四 東だ。」
一方的に名刺を押し付けられて腹が立ったがここは機内だ、年寄なんかに暴力をしてはいけないじゃないか。すこし息を整えると名刺を見た。そこには「ジャック株式会社会長二四東」と書いてあり驚いた。
ジャック株式会社、ジャックグループはいろんな分野に進出している会社で、一つ一つ説明してたら丸一日かかるので省略すると【二四東さんは大金持ち】ということだ。
ここで一つ疑問が浮かぶ。何故、金持ちがエコノミーに座っている? スイートでも行けばいいじゃないか!
はっきりと伝えたかったが、まだ出会ったばかりそう簡単に仲良くはできない。ここは遠まわしに追い出そう!
「何故、スイート行かないのですか? ここよりも心地よいらしいですよ」
東さんはすこし笑うと天井を見ながら
「気まぐれ」
「そうですか」
一瞬僕のこめかみがねじ曲がったぞ!!
僕の心の中で
普通にスイート行けよ! 一度も間近に空を見たことがないのに!
という悪魔が槍を振り回してるぞ!!
「君の名を聞いていなかったな。なんていうのかな?」
心の悪魔を冥界に送り込む……いや追い返し、本名はややこしい名前なので飛ばすことにした。
「本名はちょっと…… ん~そうですね……ニックネームは【赤毛】です」
ニックネームをいうとほとんどの人が僕の髪の毛を見る。残念ながらご希望の赤毛ではなく、黒髪の天然だ。そしてなんども聞き飽きた質問を聞くことも僕にとって定石だ。
「君の髪の毛は黒じゃないか。なんでだい?」
もちろん、即答。
「言いたくありません」
東さんはため息をつくと
「わかった。家族はいるのかな?」
なんだ? やけに僕のことを聞いてくるな……
「両親はもう他界して兄がいましたが行方不明です」
「それはご愁傷様…… 結婚してるの?」
僕は背伸びをしながら笑った。まず、僕の年齢を間違えているのだろうか? ほんと面白い人だ。
「何歳に見えますか? 僕は17歳です! 結婚はできません!」
「ハハハ、なんか儂からすると不良に見えて」
このジジイ……殺していいか? 殺気を送ると東さんはすこし驚いたふりをして
「いやはや悪かった。儂はからかうのが好きなのでね」
とんだ趣味だな……早く治すといい。
東さんはすこしニヤニヤすると髭をつまみ撫で始めた。
「儂のことは聞かないのかね? 教えてあげようか?」
「……大体わかっていますが、一応聞いときます」
一般人がジャックの会長の名前を知らない人は日本人の一割も満たさない。
「ジャックグループの会長だよ。驚いた? ハハハ君が儂を殺すとどうなるか予想がついたら馬鹿な殺気を抑えるんだな」
「殺気」の所ですこし東さんの裏側がすこしばかり見えた。やはりこの人は裏社会を知っているのだろうか。僕は少しばかり覗いたことはあるからわかるけどあそこから縁を切るのはとても大変だった。
客室乗務員から水をもらうとゆっくり喉に通した。すこし話し合うと喉が渇くのは人間だからか……これぐらいで乾くとなると東さんと話すには五リットルは必要だな……
「もう一度言いますが、なんで会長がエコノミー座っているんですか? 何かエコノミーに座っている理由があるんですか?」
「なぜエコノミーかは昔下っ端だった時を思い出すためさ。あのときは重要な書類やブツを持って大事に運んだものさ」
そう言い切ると東さんは目をつぶった。昔を思い出しているのだろう、眼尻からは涙が流れていた……ブツ? やっぱり裏社会?
「いかん、いかん。つい感傷的になったようだ…… すこしばかり儂の話を聞いてくれるか?」
「いいですよ」
気軽にご老体の話を聞くのもいずれか必要になるだろう。
「 実はな……儂には孫娘がいるのだがその夫が危険な病に倒れているのだよ。一生懸命看病している娘に何かしたいけど、儂はもうヨボヨボの体…… 赤毛もヨボヨボの体になるな…… 生涯後悔する。」
いきなり身の上話になったがこれはお年寄りがいつもやることだ。ちゃんと対応するのがマニュアルだろう。
東さんは力を抜き僕が求めていた空を見ながらしゃべった。話が進んでいくほど涙が東さんの顔を濡らしていった。途中で黙ってしまったが、東さんの涙腺はもう崩壊しているため聞かなかった。
「悪いが……すこし洗面所へ行ってくれないか? 一人になりたい」
東さんはボソッとつぶやいた。普段の僕なら嫌がるが、兄を失った時を思い出すと同情が湧きあがった。東さんを傷つけないように静かに立ち上がると、トイレに向かった。
「みんな苦しみを抱えているのか…… あの野郎、俺だけが不幸みたいに言いやがって」
手をわざわざ冷たくなるまで洗いながら黒眼鏡の大親友でニックネームを作りやがった張本人を思いだし、頭の中で惨殺してからトイレの扉を開けた。東さんは寝てしまったようで、顔に毛布を載せていた。
起こさないたら機嫌が変わりそうだからゆっくり座わった。
バン!
……何が起きた?
「ハハッハ。引っ掛かったな赤毛よ。いや~儂の暗い気分がスッキリ!! ありがとう!」
……はい?
そこまで大きい音ではなかったため周りの乗客が驚いただけだった。東さんは大爆笑をしているから原因を探るため立ち上がるとあの悪戯道具「ブーブークッション」が置いてあった……
どうやら僕が作動させたらしい
「東さん? 失礼ですが、殴っていいですか? 青酸カリ飲ませていいですか? 僕本当に持っていますよ?」
バックから黒いカプセルを出す。もちろん、青酸カリウムなんて持っていない。風邪薬だ。
東さんは笑いながら掌で僕の行動を制止した。僕の行動は本当に面白かったらしい
「悪かった。悪かったって…… 本当に悪かった」
東さんの何度の謝罪(この後も財布を掏られたので回数が多い……一生分の悪戯をするのか?)で気分が良くなった僕は寝ることにした。毛布をもらい通路側を向いて寝る。
僕が睡魔に襲われ千切られそうになっていると耳から知らない男と東さんの声が聞こえてきた
「爆弾は持ってきていますか? ボス」
「一応持っている。大丈夫だ、お前らには迷惑かけないようにする。ゴホゴホ……」
「ボス、これを飲んでください。睡眠薬です。ボス……向こうでも闘争があるんですよ。しっかり寝てくださいね」
「ありがとうな。ほんと頼りになる……」
東さんがドッサリと椅子に寄り掛かる音がして男の足音が消えて行った……いや、僕の意識が無くなっていった。
「Get up! You are a criminal!?」
「ん? 何?」
目やにが付いているせいか目が開けづらい。目を擦りながら目を開いた
「You killed Chairman Azuma!?」
俺の周りは三人の人間、黒服の日本人とチャライ格好をした青年、僕に向かって英語をしゃべっているアメリカ人が立っていた
「東さん? となりだよ」
隣を見ると東さんは座ってはいなかった…… まさかあのジジイ僕を殺し屋の身代りに逃げたか!!
一瞬僕が寝ているところをゆっくりと跨いで上空から飛び降りる東さんを想像したが、さっきアメリカ人が言った言葉がとても気になった。
You killed Chairman Azuma!?
お前が
東会長を
殺した?
僕の脳裏ににやけたジジイの顔が浮かんだ。
「東さんが殺されたんですか?」
嘘だ。嘘と言ってくれ
「そうだよ!! 初めて殺人現場にいて俺は動転している!!」
「こっちだ」
青年が暴れそうになっているのをアメリカ人が羽交い絞めしている様子を見ながら虚ろに黒服が指した方向を見た。
東さんは誰かが引いたブルーシートの上に載っていた。顔は隠されていたためどんな表情かは全く分からなかった。すこし呆然となった……久しぶりに楽しい話ができると思っていたのに……どうして……
そしてなんで僕が容疑者?
東さんの死んだときの顔はどうなっているかが気になった。もし笑っていたのなら良かったと思えるだろう。
東さんの遺体へ動こうとしたとき
「青年……そこを動くなよ。」
黒服の男が僕に対し命令をした。周りの乗客はこっちを困った顔で見たり指で指したりと恥ずかしい……ふと僕の頭の中で疑問が浮かんだ
「なんで僕なんですか! もう犯人は逃げているでしょ!」
腕組をして何故僕が容疑者というか犯人扱いになっていることを聞いてみた
「残念ながらまだ飛行機は飛んでいる…… 空という【完全密室】だよ……」
「おめぇは、通路側に座っていた。そしておめぇが善じゃない限り、犯人は寝ているおめぇを横切って毒物を飲ませることはできない!」
「Say the truth!」(本当のことをしゃべれ!)
まず……この状況を整理しよう。とても暗い気持から強制回復すると状況を整理した
1、東さんが殺されている
2、まだ飛行機は飛んでいる
3、2により犯人は逃げていない 1より東さんは窓側だから僕を跨がなければならない
4、3より、不運なことに僕が犯人。
うん、こうなるな。やはり【赤毛】の名は恐ろしい…… というか呪われてるのか?
「毒物ってなんですか? というか毒殺ってわかったんですか?」
黒服の男がいたって簡単に一言でみんながわかる言葉をしゃべった
「アーモンド臭。甘酸っぱい香りがした」
なるほど。つまりシアン化カリウムを飲まされての死因か……シアン化カリウムつまり青酸カリウム……ミステリーでよく使われる毒物
青カリ……この前なんかあったな。ちょっとだけ苦笑いしながら三人に聞いた
「あのう。さっきのカプセルの話聞いていましたか?」
僕は、三人は聞いていないというのを待っているのだが……
「もちろん」
「ああ」
「yes」(はい)
周りの目が僕を犯人だと確信したらしい……
「わかりました。わかりました では僕の無実がかなうまで静かに待機しています」
僕は東さんの座席を調べることにした。あぁあ、親友よ僕は【赤毛】と言われるのは必須のようだ。
まず、僕が寝ていた時に話していた子分が犯人の可能性が高い…… それかどこかの組織の暗殺者か…… まず東さんを見ますか……
僕がブルーシートに手をかけた途端、さっきとは別のアメリカ人に手を抑えられた。オールバックの金髪に賢そうな青い眼、会社に行くとき用のスーツを着ている。
「Stop destruction of evidence.」(証拠隠滅はやめろ)
金髪で女性にもてそうな男だと再認識させられた。アメリカ人の手を無理やり放すと小声で言い放った
「I am looking for the dying message!」(僕はダイイングメッセージを探しているんだ!)
アメリカ人はすこし驚いている。たぶん英語をしゃべることが出来ないと思ったんだろう。そんなやわな頭はしていない。僕の運が悪いせいで――――だったからな!
「I need to be called Gil. It turns out that there is a dying message why?」(私をギルと言ってくれ。何故ダイイングメッセージがあると分かる?)
いきなり名乗り出してきたな。ギル…… いい名前なのかわからないが武士道に乗っ取ろう
「My nickname is red hair. There is no strength to the extent that potassium cyan ate dies instantly. It is troubled at the maximum for 15 minutes. Therefore, there is a message!」(僕のニックネームは赤毛。 青酸カリウムは即死するほどの強さは無い。最大でも15分は苦しむ。だからメッセージがある!)
ブルーシートを少し少し捲ると東さんがそこにいた。問題の東さんの顔は別に苦痛に見てはおらず逆に【重要任務を成し遂げた時のような顔をしていた】。僕は良い夢でも見て苦しむこともなく死に行ったと解釈した。
オールバックの髪形を整えるとギルはブルーシートをめくりシャツを探り始めた。僕もそれに連れられて一緒にズボンのポケットから靴の中まで調べた。
「It takes and is ! The notebook was found!」(おい! 手帳を見つけたぞ!)
ギルの手には黒く分厚い手帳が乗っていた。それを素早く奪い手帳の中をのぞくと――――
「永田町の闇」 山沢議員は21年前から闇献……
はい、パンドラの箱!! 誰も見たらいけない!! 手帳をすぐ閉じて地面に置いた。
「It did what?」(どうした?)
ギルが死体をあさる手を止めて手帳に手を伸ばした。見る前に忠告しておこう
「A title is "the darkness of Nagatacho" although it was visible for a moment.」(一瞬見えたのだが、題名は「永田町の闇」。)
二人の間に沈黙が流れる。どちらも冷や汗をかいている。ギルがこの沈黙を破った
「It is better not to touch……」(触らない方がいいな……)
手帳をゆっくり東さんのポケットに戻し手を合わせた。
「ん。じゃ次は座席を見に行こうか」
やはり、日本語はまだ残っているらしい。ギルはまだ日本語は慣れてないかもしれない……僕がもう一度英語でしゃべろうとするとギルはそれを止めた
「ハハハ。日本にはなんども行っているから大丈夫」
腕を組んで大笑いし始めた。まるで二四東さんのように……
地球が破滅するまで笑っているのでだんだん腹が立ってきた。
「사람에게는 틀림이 있다. 시끄러운 남자이구나」(人には間違いがある。うるさい男だな)
相手の気分を悪くしないように韓国語で喋った。僕は人の悪口をその人の母国語以外でしゃべることがたまにある。そうすれば、相手も気が付かないしストレス発散になってみんな幸せだ。
「うるさいだと? それは悪かった。私に気づかれないように喋ったみたいだが、実は私も韓国語がわかるのだよ」
ギルは気分が悪くなる笑いを止めると謝ってきた。静かに日本語をしゃべった。僕は悪口を見抜かれて後悔よりも驚愕していた。悪口を見抜かれたのはこれが初めてだ
「私は、英語と日本語、韓国語、中国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語などいろんな言語を知っていて普通に使える。」
「君はいったい何のかな…… 普通の会社員じゃないだろ」
「会社員とはだれも言っていない。そうだね……お前ぐらい面白い人間はいないから私のニックネームを教えてやろう。
私のニックネームは
【天災と天才】
と言っていいだろう。 もちろんギルは偽名だ。私の本名は【シュリ】。」
静かに地球滅亡を待っている男という人間と認識した。ギル……いやシュリはいったいどんな仕事についているのだろうか……とても気になる。
シュリは静かに東さんの口からアーモンド臭をもう一度確かめると、座席の方へ向かった。さっきまで僕のことを見ていた乗客はそれぞれ好きなことをして空港までの暇つぶしをしていた。
「OK…… La causa di forza maggiore disse di essere una mossa di genios……」(さぁ…… 天才と言われた天災が動きますよ……)
シュリはイタリア語でつぶやくと座席へ向かった。だれにもわからないようにイタリア語で喋っただろうけど残念ながら僕はイタリア語を知っている。親が英語の塾にいれようとして満員で入れず、不運だがイタリア語を習いそれでも英語の塾が満席で中国語を習った。だから英語塾の席が空くまでいろんな語学を学んでいる。だから彼と同様いろんな言語知っている。ほんと僕は不運で不幸だ……
「おかしいな…… 青酸カリウムは即死という訳ではなく最大15分は生きることが出来る…… なのに【ダイイングメッセージが無い】」
座席を探してもまったく変わっていない座席を見て、シュリは考え込んだ。10分間静かに目をつぶっていたが突然溜息をついた。
「【ダイイングメッセージは無い】これがダイイングメッセージだ。私には謎が解けた。お前も静かに眠るといい……【お前は絶対に無実だ】」
シュリはウインクをすると名刺を手裏剣のように僕に渡し、優雅にビジネスへ戻って行った。何故シュリにはわかったのだろうか……もうすこし探ろう。そして東さんのために犯人を見つけてやる!!
気合を入れなおして席を立つと通路を挟んだ左側の席の20代の日本人女性が腕をつかんだ。長く伸ばした黒い髪で薄化粧の美人だった。
「会長のために静かに眠ってください」
その声はさっきの男の声だった。この女、いや男なのかもしれないがそんなことどうでもいい! 犯人を見つけたのだから!
腕をつかみ高々に犯人を捕まえたと言おうとしたとたん、眠気に襲われた。
視界が歪み、頭痛が始まる。睡魔に苦しみながら後ろを向くと注射針を持った【シュリ】だった……
「……シュリ! 何故君は!」
「東さんの為だよ。頼む……お前と私の為に眠ってくれ」
――――ほんと僕は【赤毛】だ。
今、僕はアメリカで刑務所エンジョイしているのでなく、アメリカのニューヨークで買い物を楽しんでいるわけでもなく――――
「この前は大変失礼しました」
日本の普通の一軒家で薄化粧の美人とテーブルでお話をしていた。
「……確かに失礼しただろうよ。ま、僕は無実だったから日本へ戻れた」
お茶をすすった。宇治のお茶は渋みがあることで有名……
「私の名前は二四三七三(ニシミナミ)です。変な名前でしょう? 南の予定でしたが、祖父が勝手に三七三にかえたのです」
フフフと口を隠して優雅にしゃべった。この人もシュリのような人間だなと思った
「僕もアメリカで、じっくり東さんがなんで殺されたかを考えて正直分かったよ……」
また一口お茶をすすると溜息とともに言葉を吐き出した
「あまりにも裏社会で生きていたから消したかったんだろ?」
永田町と言えば日本の政治家がわんさか群がっている場所……そして闇献金が多いところ……トップに近づけば近づくほど裏社会へ染まっていたのだろう。だから家族や会社にも悪影響を与える……
「そうですね。祖父はいろんなところへチョッカイを出していましたから。」
「だから、殺したと?」
普通の一般人の会話とは思えられない……
三七三さんは馬鹿にするように嘲笑した。
「その通り! 会社も消されたら大変なので…… しかし、あの金髪の人は頭がいいですね。貴方も考えたらあの状態が危なかったとわかったでしょう?」
冷静に考えれば【人が死んでいるのにほとんどの人が静かに思い思いのことを飛行機の中でしていたということが異常だった】。
三七三さんはお茶を飲みほし僕の方へ湯呑をスライドしてきた
「ま、祖父をこの世から消すのは大変だったよ。なにしろ【一度に何百人のも仲間を入れるのは】…… おかわりね」
つまり、三七三さんは【飛行機内を自分の手に染まった人間だけにして殺そうとした】。 密室だからできることであり、膨大な金が必要だ。
ゆっくりとお茶を注ぎこぼさないようにコトンと机に置き頬杖をついた。
「……一秒の間に僕とシュリが入ったのは不運だった。 もしあの時暴れていたら僕は殺されていた。ねえ、【シュリ】」
お茶を注ぐと三七三さんへスライドで渡した。その同時に玄関が開いてオールバックのシュリが現れた。
「ま、私が麻酔を持っていたからお前を助けることが出来たわけだ。良かったな。私にもお茶をくれ」
「ほらよ。シュリは天才だからな」
天才発言を別に喜ぶ様子もなく普通に席に着いた。何故訪ねてきたのかは一目瞭然だろう。そして僕が落ち着いているのはいつも【ややこしい、めんどくさい場所に遭遇するからだ】
「そして、【保険金が欲しさに殺したんだろ?】」
シュリが三七三を人とは思っていない様だ。顔が恐ろしい顔つきになり、飲むときも荒くなる。
「ええ、私には大切な夫がいますから。」
すらっと挨拶をするように殺したことを認めた。三七三さんはいろんな修羅場を乗り越えてきたのだろう
「僕の予想ですが…… 東さんが心臓病で余命宣告されていたのでは?」
三七三さんの喉が止まった。一秒ぐらいたつと静かに喉は動き始めた
「へぇ…… なんで?」
「まず、僕が眠っていた時「【爆弾】を持参してきたか?」という意味の言葉を話していました。僕は爆弾を【ニトログリセリン】だと推測します」
ニトログリセリン……超危険な爆弾の材料と言ってもいいが、これは心臓病の薬にもなる。
「へぇ…… 良く見抜きましたね。」
「さらに……東さんは【まるでこれが最後の飛行機】のような発言と行動をしています。まだ60ぐらいの現役で下っ端の時を思い出して泣くなんて死ぬ前の人間しかいませんよ。」
僕の推論を聞いた三七三さんは湯呑を静かに置くと机の上に札束を置いた。見たところ100万ぐらいだろうか……
「ま、これを迷惑料と思ってください。ではさようなら」
札束を冷たく見つめたシュリは帰ろうとする三七三の背中にきつい言葉をふっかけた
「これで黙っていろと?」
「別に喋ってもいいですが……【命は無いと思ってください】」
すこし笑った顔を見せるとドアを豪快にあけ僕らの視界から消えて行った
僕はゆっくりと心の中でこめられていた日本語をしゃべった。
「東さん…… 貴方…… 殺されそうになっていることを知っていたでしょう……」
シュリも気が付いていたようで驚きもせずにお茶を飲んだ。僕は、口直しと茶菓子を持ってくると静かに貪った。
「ま、どう見ても薬を持ってきていないし…… 死因が【心臓病】だったことも東さんの策略と言っていいでしょう。これもまた【孫娘への愛】だったのか……」
僕も静かに呟いた。最初から飛行機内で死ぬことだと思っていたのだろう。だから苦しそうになり、僕のことをからかったのだろう。孫娘の為に自ら毒を飲んで、汚れていた自分を代償に孫娘を助けようとした。だから【ダイイングメッセージ】を残さなかった。これは単なる考えで会って違うかもしれない。
だからと言って確実に、
【僕を容疑者に仕立て上げようとした人生最後の悪戯はとんだ迷惑だ】
「ねえ。シュリ……」
茶菓子を食べながらぼそぼそと呟いた
「ん? なんだ?」
「一緒に探偵やらないか?」
「俺も思ったんだ。不幸と不幸が掛け算になって幸運になるといいな」
「いや……足されてもっと不幸になると思う……」
僕とシュリは固い絆を結んだ。
結びながら今回の一連からこう思った。
【本当に僕は赤毛と言われて当然だろうな】
――――とある非日常的な赤毛 i話終――――
あとがき
ここでは初めまして、檜原武甲です。
なんとなく参加する気になり、『空→密室』という発想からこの小説を書きました。
なんとなく主人公を決めたら気に入ったので【赤毛】のミステリ書くかもしれません(ですので虚数のi話になっています)
ミステリー風になっているとうれしいです。まだ解かされていない謎はあるので考えてみてください。
例えば
「何故主人公のニックネームが赤毛か」
駄作だと思いますが、よろしくお願いします。
『無限のソラと、タダのカラ箱から』
「ウッソーッ!! マジ!?」
青髪の盗賊、アーケイディアの目の前にあったのは。
「たぬきの宝箱……つまり」
宝箱から、たを抜いて、『空箱』。中身が何も入っていない。つまり、アーケイディアは骨折り損のくたびれもうけというやつだ。
「すんごい宝が眠っているって聞いて、死にそうになりながらもやってきたのにーっ!!」
その空箱を怒りに任せて投げようと、手をかけた瞬間!!
ずももももも………。
「……はい?」
奇妙な煙と、その変な音が途中で。
タカタカタカタカ……と、珍妙な、いや、お馴染みのドラムロールが聞こえてきて。
「ぱんぱかぱーんっ!! おめでとうございますっ!!」
「へ?」
ぱーんと、アーケイディアの頭の上で何かが割れて、紙ふぶきが舞う。
ぴよぴよと、ひよこまで降りてきた。
ついでにしゅるんと『おめでとうございます!』という達筆の紙まで落ちてきている。
「……なに、これ……?」
そして、一番腑に落ちないのは。
目の前にいる男。
何故かサンタさんがよく被る赤いサンタ帽を被り、何故か鼻眼鏡を付けて、クラッカーを鳴らして喜んでいる。良く見るとイケメンのようにも見えるが……。
「おめでとうございます、アーケイディア様。空を司る精霊『カラ』をお呼びいただき、光栄でございます」
「何も私、あんたを呼んでいないけ………あっ」
もしかして、この空箱……と、手に持っていた空箱をまじまじと見つめるアーケイディア。
「そのとおり。その箱を開けたことによりアーケイディア様は、このわたくし、『カラ』を使役する権利を得たのです」
「……いまいちよくわからないんだけど、まあ、その、あんたのいう使役ってのをやったらどうなるわけ?」
待っていましたと言わんばかりに、謎のイケメン(?)カラは、嬉しそうに微笑んだ。
「空にいるかぎり、アーケイディア様は無敵でございます」
…………うさんくさい。
アーケイディアはウンザリした顔で告げた。
「間に合ってます。ではさようなら」
「え!? 契約しないんですか? ねえ、ねえってばーーっ!!」
青髪の盗賊の通り名は、もう一つある。
「触らぬ神にたたりなし、だよねーこれって」
天下一品の逃げ足を誇る、疾風の盗賊という、名が。
「行ってしまわれましたー」
残ったカラは、しょんぼりしつつも、その口元に笑みが零れていた。
このファジカル国では、様々な者達が住んでいる。
竜もいれば、天使もいる。
そして、精霊も。
伝説級の精霊や天使になれば、世界を揺るがす力も持っている。
ただ、その力を得るには、かなりの努力と根性とラッキーが必要ではあったが。
まあつまり、このファジカル国は、俗に言うファンタジー世界であった。
何でもアリの、規格外の。
「で、姐さん。結局、骨折り損のくたびれ儲け、だったわけですかい」
酒飲み友達(兼子分)のモッポと、アーケイディアは酒を飲んでいた。
「そ、もうやってらんないって感じよねー」
ふうっと少し大げさにため息をつけば。
「お疲れやんした。けど、まあ、あそこの洞窟になにもないと知ることができてよかったんじゃ……」
「なんにもなかったわけでもないんだけどね」
ふと思い出す。
カラとかいう、不思議な男。なんか変なことを言っていたが、もうどうでもいい。
とにかく、また新しい仕事を見つけなくては……。
そうこうしていると、どうやら、外が騒がしい。
「なんか外が騒がし……」
アーケイディアは、彼女の持つ第6感で逃げ出した。モッポもそれに気づいて見事に逃げたようだ。現に追いかけられているのは。
「見つけたぞ! 青髪!!」
「うっわー、マジ?」
こっちは少々酔っ払って、方向感覚がズレている気がする。
自分が向こうだと思っていても、それが正しいと言えない所を見ると、やはり、私は酔っ払っているんだと思い知らされる。
建物の屋根を駆け抜けて、下では自警団が私を追いかけている。
嫌な予感がする。
こういうときの予感は、必ずと言って良いほど当たる。
そう、こんな風に。
バアアン!!
「やったぞ! あの青髪をやったぞっ!!」
--------えっ!?
何が起きたのか、分からなかった。
体が浮き上がり、胸が燃えるように熱くて。
下を見たら驚いた。
私の胸は、銃の弾で、真っ赤になっていた。
ご丁寧に、心臓があると思われる、その胸が。
宙に浮かびながら、私は瞳を閉じた。
もう、私は長くない。
なのに……私の瞼の下には、別の何かが見えてきていた。
遠くで、誰かが泣いている。
しくしくと、なぜそんなに悲しむのか。
見ていられなくて、私は声をかけた。
「どうして泣いてるの?」
「ボク、半人前だから、追い出されちゃったの」
小さい男の子。私と同じ髪色の、男の子が泣いていた。
「どうして、半人前なの?」
「……名前が、ないから」
涙を拭きながら、そう私に教えてくれた。
「じゃあ、私が名前付けてあげる!!」
簡単なことだった。
綺麗な髪色。
よく、母さんが言っていたっけ。あなたの髪の色は、空色ねって。
でも、ソラじゃ、ありたきりすぎる。
だから、最近母さんに教えてもらった言葉を、男の子の名前にしてあげた。
「あなたの名前は、今日から、『カラ』よっ!!」
私とお揃いの髪の色が、こんなに嬉しいことはなかった。
そして、彼もすごく嬉しそうに微笑んでくれた。まだちょっと涙の跡が残っていたけれど、本当に嬉しそうに。
----------アーケイディア。
そういえば、さっき会ったあの男。
彼もそういえば、私と同じ、青い色だった……ような気がする。
「………カラ……」
思わず空に手を伸ばした。青い空が見えた。
「アーケイディア!!」
その手を掴んだのは、さっき会った、あの男。
「……えっ?」
「契約を、早くっ!!」
「……そんなこと……どうすれ、ば……」
カラは堪らないといった表情で。
私の唇を奪った。
ドクンッ!!
胸が熱い。
燃えるように熱い。
「空を司る我、カラは、これよりアーケイディアとの契約に従い、アーケイディアを我が主と認めん」
声が聞こえた。心地良い声。カラって、こんなに良い声してたんだ。
それにしても、胸が熱くて熱くて堪ら……。
良く見たら、私を貫いた弾が、宙に浮かんでるではないか!?
「へっ!?」
思わず立ち上がった。
「な、なにっ!? やったんじゃないのか!?」
下の方、自警団達も驚いているようだった。
「……そうね、弾は私を貫いたわ。けど、私の方が『無敵』だったみたい」
側にカラがいた。
「なんだ、あの男は!?」
やっと気づいたみたいだった。
「ねえ、カラ。一つ聞いて良い?」
「なんでしょうか、アーケイディア様」
「この場から、一気に逃げること、できる?」
「お安い御用です」
カラは勢い良く私をお姫様抱っこすると。
「飛びますよ」
空高く舞い上がり、そのまま一気に隣町まで飛んでいった。
文字通り、一気に飛んでいった。
「きゃああああ!!」
息もできないうちに、私は、隣町のどっかの建物の屋根にいた。
「着きましたよ。ですが、あれくらいの輩なら、一気に蹴散らせますよ」
「そ、それよりも息できなかった」
「それは申し訳ないことをしました。ですが、アーケイディア様。空にいるかぎり、貴方は『無敵』。それは空気がなくても、です」
「そう」
なんだか、成行きですんごい力を手に入れちゃった気がする。
「でもまあ、いっか」
ぐっと伸びをして、何処までも続く澄んだ青空を見上げた。
「父さんも空賊目指して、海賊になってたし。父さんがなれなかった空賊になるのも、いいかもね!」
くるりと振り返り、カラに告げる。
「ついてきてくれる?」
「YES、マスター」
こうして、私のとんでもない空賊ライフが始まったのであった。
◆あとがき
まさか2レス使うことになるなんて、びっくりどっきりでした。
一つ前の檜原さんの作品見て、主人公の髪の色を急遽変えたのは、遠い記憶の彼方です(笑)。
とにかく、この作品を作る間に、3作ほどボツにしましたが、それはそれ。
少しでも、読んで楽しんでいただけたのなら、嬉しいです☆
私は楽しかったです♪
【空からは色々な物が落ちてくるのです。】
麗らかな春の日。
俺は軽いバックを片手に揚々と歩いていた。
今日は始業式で、荷物もなければ午前帰り。
まぁ教室に行ってぐーたらと担任の長い話を聞く羽目になるのだが。
然し、今日の俺は一味違う。
何故だろうな、いやぁ本当に何故だろう。
空からバナナ(皮)が降ってきた。
「――――――――ってえええええええ!?」
空から突如出現したバナナ(皮)。
それを避けようと思うが運悪く今日の俺は不慣れな靴を履いている。
ちくしょう。調子に乗って新学期から靴を換えるんじゃなかったっ!!
迫り来るバナナ(皮)を目前に最終手段を結構。
そうだ、そのまま頭を回して避ければ良い。
ナイスだ俺っ!、流石俺っ!!
腰を極限まで曲げてバナナ(皮)を避けきった。
そしてそのまま落下――――――――せず。
「え」
春の暖かな気持ちの良い風が、バナナ(皮)を押すように流れ込む。
バナナ(皮)の向かう先は唯一つ。
俺の顔面。
「はよーっ、…ってどうしたよお前? 朝からちょっと顔がぬめってるぞ」
「言うな。それ以上言ったら顔を潰す」
「何言ってんだよぬめ顔くn――――――でぎやあああぁッ!!!!」
友達の顔をこんな風に鷲掴みにするのは数日ぶりだろうか?
そういえば3日前やったな。カラオケとかなんかで。
「いってー…お前マジバカ」
「お前が言うなバカ」
「……始業式から罵倒での精神的な殴り合いはやめようぜ。まだ4月だぞ。えーぷりるえーぷりる」
「あぁ、そう」
大体始めに突っ込んできたのはあいつだろうに。
俺は悪くない。はず。
「つうかお前さぁ、バナナで滑った事ある?」
「え、何突然」
唐突すぎて分からん。
こいついっつも突然何かを言い出すから色んな意味で怖いな。
「いやぁ俺さ、マジ滑った事あんだよ。すげぇだろ、なぁすげぇだろ」
「自慢になる事ではないに一票」
「んだよつまんねぇーな、どうせバナナトラブルなんかお前にないだろー」
「いや、あるけど」
「え、マジで!?」
なにゆえにそんな驚く…。
俺って普通すぎ? そんな風に見えますかね。
「朝、バナナ(皮)が顔面にダイレクトアタックした」
「ご丁寧に(皮)までつけてくれたなおい」
しょうがないだろ、中身なかったし。
あれはあれで衝撃的だったしな、うん。
「えー皆さん、席に着いて下さい」
あ、担任が来て――――――、ない?
「あれー?何で別の先生なんすかー?」
あのバナナトラブル自慢男(略:バナ男)がいつも通り大きな声で叫ぶ。
そういえば何でだろう。いつも長時間喋っていられるあの滑舌の良い担任がまさか休みとは思えない。
じゃあ、家族がインフルエンザとか?
「実は今朝…交通事故に遭った」
マジですか。
てか…そんな騒ぎあったかな。
クラスがざわめきを起こして数秒後、先生は咳払いをして皆を沈め、もう1度机に手をつく。
「さっき意識が戻ったそうだが…先生はある台詞しか吐かない、だとかで…」
ある台詞って…助けてとか、苦しい、とかかな。
大体交通事故に遭った人って…初めに何て言うんだろう。
やっぱ怖いものだし…家族の名前とかかもしれないな。
「“バナナ(皮)を失くした”…とな」
その台詞を真顔で言う貴方も貴方だ。
…え、てか、え?
「バナナ…(皮)?」
あれ、この言葉どこかで聞いたな。
そういえば朝、頭上から変な物が落っこちてきたよーな。あれ。
「心当たりがある生徒は学活終了後職員室に来るように」
ヤバイ、ありすぎてヤヴァい。
これは偶然ですか? いいえきっと運命ですよね。
「あれー?お前何処行くんだよー?」
「あぁ…ちょっとね」
「はぁ?」
「…バナナ(皮)を語りに、行ってくるよ」
あーあ、ホントろくでもない日だよ。
朝からバナナ(皮)が降ってくるなんて、知らなかった。
まぁ知ってたら怖いけど。
空って何が落ちてくるか分かんない。
雨だったり雪だったり雷だったり。
ま、今日の天気予報は“バナナのち晴れ”だったけどね。
…今思えば、そんなに悪くない新学期の始まりだったかも。
なんちて。
*あとがき*
初めてコメディ物にチャレンジしてみましたっ。
いやぁ、ホント下手ですね(笑)
どんだけ(皮)が出てくるのか…もうホント疲れました。
意味不明な終わり方になってしまい…短編の難しさを改めて痛感した気分です。
あぁー…疲れたっ!
質問ですが、ここに載せたSSは自分の小説の方にも載せていいでしょうか??
檜原武甲様へ >>144
全然OKですよ^^
風猫>
わたしも……。 短編集書いてるので、載せさせてもらうね^^(せっかく書いたし)
【僕に言葉があったなら】
高い場所から見渡すと、いつも灰色だなあと思う。
ついに今日まで僕が住んでいたこの街にも、冬がやってきた。雪が降ったのは、昨日のことだ。
暗い灰色に濁った、大きな長方形がずらりと立ち並ぶこの街にはたくさんの人が居る。
僕はいつも前を向いているのだけれど、ガードレールに沿って歩く彼らは、どうしてかいつも下を向いている。
そんな低い場所から下を向いたって、きっと地面しかみえないだろうに。
どうしてこの街の人はみんなうつむいているんだろうと、いつも不思議でならない。
人々を見渡せる、長方形の一つの屋上が、僕にとってお気に入りの場所だ。
人がたくさん居る場所では、人の声がたくさん聞こえる。
この街では、たくさんの声を聞けたと思う。
前髪を綺麗に分けた、くたびれたスーツのおじさんは「お仕事に疲れた」と嘆いていた。
僕が言葉を話せたのなら、「お疲れ様、たまには休んだっていいんだよ」と労ってあげるのに。
いつも街路樹の下でギターを弾いて歌を歌っている人は、
このあいだ「歌い方を習いに行きたいなあ」とぼやいていた。
僕が声を出せたのなら、「こうやって歌ってみたらどうかな?」って、いつも歌っている歌を聞かせてあげるのに。
おかあさんに連れられた子は、「たくさん遊びたいよ」っておねだりしていた。
僕がものを言えたのなら、「いっしょに遊ぼうよ」といって、日が暮れるまで一緒に遊んであげるのに。
毛糸の帽子をかぶった女の子は、「告白したけれど、ことわられてしまった」と涙ながらに友達に話していた。
僕が喋れたのなら、「大丈夫、次はきっとうまくいくよ」と慰めてあげるのに。
すっかりやつれてしまったお兄さんは、「もう、いやだ」とだけ言って、今僕が居る場所から飛び降りていってしまった。
それが一番つらいことだった。
僕が気持ちを伝えることが出来たのなら「待って、そんなことしちゃだめだよ」と引き止めてあげることが出来たのに。
学ランを着た男の子は、鳶色の瞳で僕を見上げて
「いいな。おれにも、自由に空を飛びまわれる羽根があればいいのに」と呟いていた。
僕は、僕にも君達のように言葉があればいいのにと思う。
この街で、たくさんの人のたくさんの声を聞いた。
仲間はとっくのとうにあたたかいところへ行ってしまった。そろそろ僕も向かわなければならない。
雪は白くて不思議で、嫌いではないのだけれど、どうしても冷たいのは苦手なんだ。
羽根を広げて駆け上がって、宙に飛び出すと一気に冷たい風が襲い掛かった。
冷たくて寒いけれど、ちょっとだけ心地良いように感じる。
僕に言葉があったなら、あの少年に「飛ぶことはとても気分のいいことだよ」と教えてあげるのに。
次に行く場所では、いったいどんな声が聞けるのだろう。
寒い都会の風の中に飛び込んで、目の前に広がったのは真っ青な空だった。
下ばかり向いていないで、見上げてごらんよ。こんなにきれいな景色が広がっているんだよ。
そうやって声高く叫べないことが、僕にはとても残念でならない。
■あとがき■
はじめまして、soraといいます。よろしくお願いします。
短編を書くことは、あまり経験がないので、拙い文章になってしまっていたらごめんなさい。
もはや、書いたわたし自身でさえ何が良くて何が悪いのかわからないのです。
でも、この短篇で少しでも楽しんでいただけた方がいるのなら、とても嬉しいです。
【曇天】
人間は死んだらどうなってしまうのか。
お空の上には天使様が住んでいて、死んじゃった人はお空の上で、わたしたちのことを見ててくれるんだって。病気しないように、けがしないように、ずーっと、ずーっと。
幼いころの私は、今は亡き祖母の回答を素直に純粋に受け止め、笑顔で納得をした。祖母はその後、結構直ぐに死んだ。私は祖母が空の上で見守ってくれているんだと、死の意味も理解しないで飲み込んだ。涙一滴も流さずに、死を受け入れたと思い込んで。
人は死んだら空の住人になんかならない。何処にも逝かないし何にもならない。空に天使なんて居ない。
じゃあ、死んだらどうなってしまうの?
答えてくれる人も今はもう居ない。ずっと前に両親が死に、ちょっと前に祖母が死んだ。皆私を置いて行ってしまうんだ。空の上で見守ってなんかいない、私は家族が死んでから病気にもかかったし怪我も数えきれないほどした。
祖母の話を聞いて幼いころに書いた、雲の上にいる祖父や両親や天使の絵を見ていると、胸がきゅうきゅう痛む。喉に何かがつっかえて、目の奥が熱くなる。呼吸が、苦しくなる。
茶色っぽくなったぺらぺらの紙から視線を奥の窓に移す。今日は、雲の後ろに隠れた太陽が白っぽくも黄色っぽくも青っぽくも緑っぽくも見えるような曇りの日。変な空。
死んだら家族に会えるのだろうか。
幼いころの私が描いた空の国を折りたたんでポケットにしまった。回転する椅子を立って、傷だらけの手で扉を開けてベランダに出る。風が無い。いろんな色の太陽が照らしている。
私は扉の方を向いて、ベランダの淵に座る。ちらりと、下のほうに駐車場のアスファルトが見えた。
空を見る。空はこの世界のいいところも悪いところも、すべてを優しく包んでくれている。そんな気がした。
ああ、そうだ。私がこの世界で一番好きなのがこの空だった。長い間黒いアスファルトばっかり見つめて歩いていたから忘れ去ってしまっていた。こんな私さえも包み込んでくれているのだ。
決めた。私、空になろう。
そうすればきっと、何処かにいる家族が見える。
ふっと、風が下からふわりと吹いた。浮遊感と目に焼き付いた太陽の色が残っていた。
白い空に、溶ける。
あとがき
参加する参加する言ってたくせに一度も参加できていなかったです。
第三回にしてやっと参加です、風猫様ごめんなさい。
台詞が一つもありませんね。読みにくい。
書いていて楽しかったです。有難う御座いました。
六レスほどお借りします。
【翼】
この国に来て数か月にもなるが、相変わらず歴史というものが色濃く迫ってくるのが、彼には感じられた。建国から二百年弱しか経っていない祖国と比較して、心の隅に小さな嫉妬を覚える。それはすぐ治まった。比べてもしょうがない。代わりに、合理的な気風と馬鹿でかい領土があるじゃないか。宥めるように、男は心中でつぶやく。
洒落た通りを歩きながら、行き交う人々を横目で観察する。ビジネススーツ姿の男。デジタルカメラを持った観光客。短いスカートを穿いた艶やかな女性。横を通り過ぎていくにつれ、それらは自身のなかで忘却されてしまうのだと男は思った。所詮、人間には接点の限界があって、それを越えたらもうどうしようもない。まるで蠅と人間の攻防だ。
――くたびれたグレイのコートを躰に巻き付けながら、男は空を見上げた。憎たらしいほどに澄み切った青空に、数匹の鳥が飛び交っている。冷たい風が男の顔をさらりと撫でた。男は一度睨み付けるかのような感じでジッと空を見つめたが、すぐに目尻を落とす。どうしようもない。
街並みに紛れるようにして存在していたカフェを見つけると、男はドアベルを鳴らしながら、足を踏み入れた。清潔感と暖かさがある店だ。愛想の良い女性店員がこちらを見ている。男はカウンターへと近寄ると、メニューからカプチーノとクロワッサンを頼んだ。穏やかな声でレジスターを打ちながら、店員が値段を示す。男は紙幣を数枚出すと、釣りを受け取った。注文されたものが出来上がるのを待ちながら、左腕の時計に視線を移動させる。
約束の時間まではまだ余裕がある。男が店内を注視していると、店員がトレイに乗ったクロワッサンと容器を差し出した。男は頷くと、トレイを持って店の外にあるテラス席へと進む。外に出ると、乾燥した空気と先ほど感じた風に吹きつけられる。少し眉を顰めながら、空いている席へと腰を落ち着けた。
一息付いて、懐から文庫本を取り出す。黒い表紙に薄い幾何学模様。白文字で『連綿するミーム』と表記されたその本を、男は数秒注視すると、不意に空を仰ぎ見た。鳥はもういない。代わりに千切れた雲がのったりと空を滑空している。男は半ば哀しみと驕りを込めていった。
「人は重力に縛られるのさ」
鮮やかな陽光に照らされる白亜の塔。その堂々と屹立するさまは多くの人々に威圧と畏敬、そして何よりも恐怖を与えてきた。それは牢獄だった。それは死と弾圧の象徴だった。人々はただ、地上から伸びあがる王の権威を無力さをもって眺めることしかできないのだった。
そして、この雲を突くような塔の天辺に、閉じ込めれている二人の男がいた。名をイカロスとダイダロスという。時の王、ミノスの怒りに触れたダイダロスは嫡男のイカロスとともにこの鉄壁の牢獄へと幽閉されてしまったのである。
白い胸壁が辺りを包み込んでいる。抜けるように広がる晴天が、イカロスにとっては妙に腹立たしかった。彼は石畳の地面をせわしくなく歩き回りながら考える。あの暴虐なる王の頬を平手で打ってやるには果たしてどうしたらいいだろうか。空想のなかでそれを実行し、喜びの唸りをあげるイカロスを見かねて、壁へと寄りかかっていたダイダロスはいった。
「少し落ち着けばいい。我が息子よ」
イカロスは一度ため息をつくとゆっくりとダイダロスの方向へと振り返った。彼は言い返した。
「そうしたらこの唾棄すべき邪悪な塔から逃げられるとでも? 父上」
「息子よ。何事も平静で臨むことだ。そうすればニーケーも舞い降りてくださるだろう」
殉教者のような眼差しを歪めて、ダイダロスは諭すようにいった。イカロスは難しい顔をしながらその場へと座り込む。息子は父親とは対照的だった。溌剌とした双眸。感情の豊かさを表すように上下する口角。精気に溢れた物腰。口髭を撫でながら、ダイダロスは素直に従った息子に頷いた。
「まずは良く冷静になって考えるべきだろうな」
イカロスは肩を竦める。そして珍しく深刻そうな表情を顔に張り付け、つぶやいた。
「ここで死ぬとは考えたくありませんよ、父上」
「……イカロス。神々は我々を見捨てはしない。信じるのだ。自らを。私を。そして神を」
二人の間に陽光が差し掛かる。両者の視線が空へと向けられた。煌めく太陽が二人を鼓舞しているように思われた。イカロスは唇を歪ませると、首をぐるりと回す。
「出たら何をするか考えます」
「それがいい。まずはお前の嫁をどうするか、からだな」
イカロスが眉を顰めるのを見て、ダイダロスは快活に笑った。
夜の帳が降り、月は太陽と交代する。王の怒りに触れた二人は硬い地面に雑魚寝していたが、やがて光がダイダロスの顔貌へと差し掛かると、彼は大きく口をあけながら、億劫そうに上半身を立ち上げた。唐突に、騒がしい音が場に響き渡る。幾度も重なる羽音。鳴き声。ハッとダイダロスが目蓋を開くと、そこには清純な大気に舞う数十の羽根と小さな糞が丸まって辺りに転がっているのが見えた。
「これは……」
ダイダロスが呆気に取られていると、横で息子のイカロスが呻きを発しながら身じろきする。ダイダロスは迷惑そうに視線をやり――そこで脳裏に光り輝く何かが訪れたのを知覚した。
「そうだ! そうだよ!」
突然、発狂したかのように叫び声をあげるとダイダロスは隣で寝ている息子を強く揺り動かした。イカロスはねむけ眼を擦りながら、苛立たしげにいう。
「もう少し寝させてください。父上。今、良い夢を見ていたのに……」
「そんな場合ではない! 神が使者を遣わせてくださったのだ!」
「はあ?」
ついにおかしくなったかとイカロスは悲痛そうな声を出して、頭を抱えようとする。それをダイダロスが叩いた。
「ええい。この寝坊助め。さっさと起床しろ!」
「一体何だってんだ! 気狂いの相手なんかしてる時間は――」
火山が噴火したかのような憤怒を顔に浮かべて、イカロスは勢い良く立ちあがろうとし、ダイダロスの顔を見た。そして驚いた。彼の人の表情は実に活き活きしていたからである。ダイダロスはイカロスの肩を掴み、耳に口を寄せた。
「いいか、あの羽根を見ろ」
イカロスは気圧されて、思わず父が示した方向に視線を移動させる。そこにはダイダロスが見た光景があった。
「あれでな、翼を作るのだ」
「つ、翼ですって!? 嗚呼、僕の予想は正しかった。父は頭が……」
「失礼なことをいうんじゃない! バカ息子が!」
軽く頭に拳骨をくれると、ダイダロスは素早く立ち上がって羽根を拾い集めた。茫然と見ているイカロス。ダイダロスは笑った。
「私は誰だ。大工、工匠、職人。そう、神々から叡智を授かった男だ。出来ないことなどないのだ。イカロス!」
「は、はい?」
「父の眼を見ろ」
ダイダロスは首を巡らせた。イカロスとダイダロスの視線が交差する。イカロスは父の眼に光る猛々しい野心と情熱を見た。殉教者のような双眸はすでに無かった。そこにいたのは天下の牢獄に挑もうとする一人の戦士であった。イカロスは身が引き締まるのを感じる。父は狂ってなどいない。本気で翼を作る気なのだ。イカロスの眼に、徐々に若人の輝きが灯りつつあった。ダイダロスはそれを確認すると、狙い澄ましたような不敵な笑みを口元に張り付ける。
「この牢獄から脱出する。協力しろ、我が息子よ」
「……是非にやらせていただきましょう、父上」
イカロスが持ち前の自信を漲らせるのを見て、ダイダロスは満足気に頷いた。
彼らは一日一日と羽根を組み合わせていった。それこそ気の滅入るような日も、互いの意見が衝突した日も。それは神々が与えた試練のように思われた。彼らは恐らく忍耐と意志力を試されていた。加護を授けるに値する人間なのか、見極めるために。
黙々とただ一つのことを実行し続けた。羽根を蝋と糸で結び付るという単調な作業。若人も老人も、何かに取り憑かれたかのような真剣さを見せた。希望の途は遠いが、閉ざされてはいないのだった。それこそ希望は呪いではなかったか。呪いを掛けられた男たちはひたすらに熱心で有り続けた。
ある夜、イカロスはいった。
「父上、幼少のみぎりから僕は一つの夢を持っていました」
「続けろ、息子よ」
ダイダロスは作業の手を止めて息子の話を聞いた。イカロスは微笑んだ。
「燦々と照り続ける太陽のなかは一体どうなっているのか、とても不思議だったのです。僕はあそこに神の国があると思っていました」
「もっともなことだ。そう考えるものも、少なからずいる」
「……罰当たりな奴だろうと思われるでしょうが、僕は自力でそこへと辿り着きたいと夢見ていたのです」
「否定はしないよ。おまえらしいと思う。神々は寛容であるし、それに私は太陽はただの飾り物でしかないと思っているからな」
ははと、声を抑えてダイダロスは笑った。イカロスは肩を竦めると、苦笑を返した。
「例え神の国ではなくとも、ですよ。何か偉大なことをしたいといつも考えていましたから。芸術は僕には向かない。戦争で英雄にはなれない。父上のような才もない」
イカロスは真剣な顔つきになると、ぼんやりと穏やかな光を投げ掛ける月を見た。近づいても、離れる。手を伸ばしても届かない。
「何処か世界の果てから月に飛び乗って、太陽と交わる頃に飛び移ればいい、なんていう計画も持っていました」
緩慢な様子で起立する。そのまま腕を組んで、夜気から身を守ろうとした。ダイダロスが首を傾げる。
「それで。おまえはどうしたい、何がいいたい」
「僕はね、父上。今、すごいことを成し遂げようとしているのです。故郷の人々が聞いたら、天地がひっくり返るくらいに驚愕する、そんなことです。僕は偉大なる父の助けを借りて、人類で一番最初に空を飛んだ男になれるかも知れないんだ……」
そしてイカロスはダイダロスをしかと見つめた。切実な意思が宿る両の瞳はダイダロスを貫かんばかりであった。不意に、ダイダロスの胸中に僅かな不安が芽生える。愛すべき息子がこの場から蜃気楼のように消えてしまうような、一筋の恐ろしさが胸を打った。そんなことはない、とかぶりを振ると、ダイダロスは答えた。
「イカロス。私がお前をそうしてやる。初めて空を飛んだ男を息子に持つのだ、私は」
神々は彼らを祝福した。弛みない努力が、一見不可能と思われていたことをやり遂げたのだった。完成した二組の翼。何処かしか荘厳な雰囲気さえ感じさせるそれを目の前として、親子は欣喜した。互いに抱き合い、雄叫びをあげた。照りつける太陽と透き通る青空が二人の様子を見守っていた。
ダイダロスは早速、息子に翼を取り付ける。イカロスは腕を振った。呼応するように翼が勢いよく揺れ動く。ダイダロスはそれを見て、にんまりと笑みを浮かべた。
「いいぞ。これでこの監獄を後にすることができる」
自身にも翼を取り付けると、二人は目配せし、胸壁の縁へと向かった。鋭い風切り音がする。恐怖と不安が二人に纏わり付こうとしてくる。眼下には大海原。カモメが遠くを、編隊を組んで飛んでいた。
「腕を動かして、鳥の如く滑空するのだ……イカロス。準備は良いか?」
「いつでも。偉大なる父よ」
くしゃりとイカロスの髪を撫でながらダイダロスは眼を細める。自慢の息子だ。その息子の夢を叶えてやるのだ。神々よ、どうか祝福を。
父親と息子は胸壁から距離を取る。この蒼穹へと旅立つために――イカロスが走る。固唾を呑んで見守る父。そして――。
「おお!」
イカロスは飛んだ。そして、落ちる。父がハッと思うと、イカロスは気流に乗り、そのまま翼を動かして遠ざかっていく。イカロスが不安げに振り向いたのを合図として、ダイダロスも思いきりに走った。足が地を離れ、落下していこうとする。ダイダロスは力を込めて、両腕を振り抜いた。
風がダイダロスの頬を打つ。気流に乗って上昇。先を飛ぶイカロスの姿が見えた。ダイダロスは腕を懸命に振りながら、自身の息子へと近づく。
イカロスは目尻に涙を零しながら、喜劇でも見たかのように大笑いしていた。それを見たダイダロスも頬が緩み、やがて空中は二人の笑声で満たされた。
「すごい! なんてすごいんだ! 我が父よ! あなたは天才だ!」
「そうだろうとも! このダイダロスに出来ないことはない!」
笑い合っている内に、イカロスの表情に変化が訪れた。双眸に野心の光が宿り、顔つきはさながら蛇が舌なめずりをするよう。彼の躯は若さ故の精気が荒れ狂い、まるで火山のようであった。ダイダロスはそれを仰ぎ見て戦慄を覚える。イカロスは激しく両肩を上下させると、上昇気流に乗ってあっという間に上空へと舞い上がった。ダイダロスは咆哮した。
「高く飛んではならぬ! だめだ! イカロス!」
当のイカロスは父の警告も耳に届いていなかった。彼は少壮さに支配されていた。精神が高揚し、何でもできる気になった。胸にどうにもならない、表現し辛い感情が広がり、彼は大笑いしながら叫んだ。僕は飛ぶことが叶った初めての人だ。僕は神に愛されている。手始めに太陽を征服してやろう。
場に恐ろしい人声が満ちていた。ダイダロスの怒声とイカロスの哄笑。ダイダロスは慎みを知っていた。故に慢心の報いがイカロスに襲いかかることも理解していた。
翼の蝋が、太陽の熱で段々と溶けていく。イカロスは気づかない。ドンドン上昇していく。イカロスが有頂天になろうとしたとき、それは来た。何か、巨人の手で地獄へと引っ張り込まれたかのようにイカロスは急降下する。ダイダロスが悲鳴を挙げた。イカロスは信じられぬといった風に、ただ網膜を焼くのも構わず太陽を見つめた。翼をまき散らしながら、落ちていくイカロス。それはさながら堕天だった。イカロスは状況を理解する。僕の傲慢さが神々の怒りを招いたのだ。父よ、偉大なる父よ。嗚呼……。誰か、誰でも良い。僕が空を飛んだなら、誰か続いてくれまいか。傲慢さ故に僕は死ぬ。真の勇者よ、僕の意思を継いでくれ――。
星々が煌めく夜空。柔らかな草が生え茂る丘に、小さな影が二つ埋まっていた。意思が強そうな眼差しの少年と、気弱だが温厚そうな顔付きをした少年。意思が強そうな眼差しをした少年が、もう一人の少年に何かを語っている。
「……そうしてイカロスは墜落してしまったのさ」
「死んでしまったの?」
「そう。死んじゃった」
聞かされていた少年は一度目蓋を閉じると、また開いた。その小さい唇が言葉を吐き出す。
「悲しい話だね」
「大事なのはここから何を学び取るか、だと思う」
話した少年は年に似合わず、聡明な口調で言う。彼はため息を付くと、空をジッと見つめ続けた。
「僕は、イカロスの意思を継ぎたいと思うんだ。彼が何を思ったにせよ、飛び立った勇気は本物だ」
真剣な声色で話す少年を見て、もう一人の少年が感嘆の声を漏らした。
「兄さん。今の兄さんはとってもかっこいいよ」
それを受けた少年は顔を赤くして、縮こまった。それだけは年相応といえた。
やがて歳月が経ち、少年たちは大人になった。ライト兄弟――少年の頃と変わらず、その鉄の意志を示す双眸を持つウィルバー。豊かな口髭を蓄え、紳士的な優男といった風体のオービル。彼らは今まさに、自分たちの夢を実現させようとしていた。
ノースカロライナ州キルデビルヒルズ。この人里離れた辺鄙な海岸に建造された倉庫。なかには彼らが作り上げた発明品――フライヤーが収まっている。
木造の鳥のようにも見えなくもないこの機械は、未だに人類が成し遂げることがなかった有人飛行を実現させるための道具だった。
二人は倉庫の前に立ち、潮の臭いを嗅ぐ。オービルがいった。
「やれるかい? 兄さん」
「風が強い。今やらずしてどうする」
ウィルバーは弟に向かってニヤリと笑うと、彼に指示し、二人で倉庫の扉を開いた。夢の結晶――フライヤーが露わになる。そこに風が吹き付けた。ウィルバーは眉を顰めて、抗議の意を示しながら、フライヤーに近づく。
「その調子だ、風よ。私を不機嫌にさせるほどの勢いを保て。もう少しなんだから」
「どうか吹き続けたまえ……」
兄弟は互いに祈りながら、フライヤーを倉庫の外へと出した。そこで数分待つ。風は止まない。むしろ強くなっていく。二人は視線を合わせると、力強くうなずいた。オービルは信号旗を掲げる。沿岸警備隊への合図だった。失敗を考えたくはないが、万が一の備えだ。引き続き、飛行準備を整えていると見学者が集まってくる。その内の一人がいった。
「そのデカブツをどうしようってんだい?」
オービルは肩を竦める。代わりにウィルバーが大声で返答した。
「飛ばすのさ」
質問した彼は驚愕した面持ちでかぶりを振ると、ほかの見学者と話し始めた。兄弟は笑い合う。彼――ダニエルズは戻ってきて、いった。
「とんでもないな。だが俺はこういう馬鹿げた奴らが好きだぜ」冗談をいっているように、苦笑する。
オービルは腕を組み、それならばと三脚を携えた大判カメラが設置されている場所を指で示した。
「じゃあ記念すべき瞬間を写真に収める手伝いでもしてくれないかな?」
どうせ撮れるのは無様な瞬間だけだろうと思いながら、ダニエルズは了承する。
十時三十五分、エンジンとプロペラを回し、レールの上にフライヤーが載せられた。飛行準備が完了。オービルはフライヤーに搭乗する。ウィルバーが声を掛けた。
「今こそイカロスの意思を継ぐとき、だな。オービル」
一時も忘れていなかったと続ける兄に、オービルは微笑んだ。やってみせるさ、兄さん。人類は兼ねてからの夢を手に入れる。僕たちの下には、偉大なる先人たちの犠牲があるんだ。
腹這いになって操縦桿を握るオービル。それを確認したウィルバーは翼端を支える。エンジンが始動。着火タイミングを調整。オービルの心に細波が立つ。スタート。ウィルバーの介添えで滑らかに滑走していくフライヤー。いける。オービルは舌を噛む。四番目のレールに差し掛かった。いけ。いけ。いけ!
――兄の手を離れ、宙に浮いたフライヤー。起きるどよめき。ダニエルズは天啓に導かれるようにしてシャッターを切った。
テラス席に座る男は一旦本から視線を外した。誰かに呼ばれたような気がする。それは気のせいではないようだ。上物のスーツを着た男。宇宙船技術者の友人だ。彼に手を振りながら、向かいの席に腰を落ち着けるように促した。会釈しながら座る宇宙船技術者。彼はいう。
「良い天気だね」
男は皮肉っぽく肩を竦めた。
「しかし寒すぎる」
それから彼らは十数分も歓談すると、不意に話題は互いの近況に移る。宇宙船の打ち上げ。
「今度、ケネディ宇宙センターから新型が打ち出されるんだろ?」
「ああ、僕も関わった奴だ。火星の衛星軌道上に建設中のステーションに、物資を届けに行くのさ」
男は神妙そうな表情を浮かべると、いう。
「馬鹿なやり方だよな」
「どうして?」
「いいか。人間ってのは重力に縛られてるんだ。いくら足掻こうが、地球で生まれて地球で死ぬのさ。百歩を譲って、ステーションが完成したとしよう。その先にいけるはずがない」
「悲観主義者だな、君は。イカロスの話を知っているかい?」
男は軽くうなずくと、口角を歪めた。
「身の程知らずの馬鹿者さ」
「なるほど。そういう見方もできるな」
技術者は肩を竦めると、話を続けた。
「ではライト兄弟は知っているか? 彼らの下にはにはイカロスやジョージ・ケイリー、空を飛ぶことを夢見たすべての人たちの犠牲があったんだ」
「それとこれとは話が違うよ。できっこない」
男は唸りながら首を横へ振る。技術者はその様子を見ながら微笑んで、いった。
「違う。幾つもの失敗と犠牲を糧にして、人類は宇宙の向こうまで広がっていくだろうね。イカロスがあってその先にライト兄弟がいたように」
まだ何か言おうとした男を尻目に、技術者は手元の腕時計を見る。そして立ち上がった。
「失礼。もう時間だ。また今度に、ね。こういう議論はまたあるさ。たぶん、二百年後にも。今度はなんだろうね? 銀河系から外へ行けるはずがないとか、話し合ってるのかもな」
技術者は笑った。
【了】
【後書き】
二回目の参加となります。ランスキーです。この場でいうのは失礼だと承知しておりますが、レシラム様のご批評に対して感謝を。参考になりました。
そして今回の物語ですが……実はとある方に非常に有用な感想をいただきました。それを見て、自分の未熟さをまざまざと痛感させられたことは内緒です。ともかく、まだまだ精進、でしょうか。
あまり出来の良いものではありませんが、参加させていただいてありがとうございました。
~風を切り裂く者~part1
ここは雲の国『クラウディ』。この空高く聳える国にも人は住んでいる。
ただ一つ、地上に住む人間と違うところがある。それは
「鷹輝(ようき)。水平飛行速度・250㎞」
「すっご~~~い!!鷹輝君!!」
ここに住む人間には皆、翼を持っているということ。
群島のように雲が連なるこの国では、空を飛べないとまともに移動も出来ないのである。
「250㎞だと!?くそ~~~~~!!さすがだな、鷹輝」
「そんなことないよ、鳶瑠(とびる)」
そしてここはクラウディにある学校の一つ『フライスカイ』。地上で言う高校に当たる部分。
そこで今、水平飛行速度の測定を行っていた。
今測定したのは鷹輝。この国の平均飛行速度は約150㎞。つまり鷹輝の出した記録は
この学校はおろか、国の中でも飛びぬけて速い飛行能力なのだ。
その上容姿端麗で気立てが良いため、女子は勿論、男子からも好かれている人物だ。
「昔に現れたって言う350㎞には適わないさ」
「350㎞ってあれか?伝説の『風を切り裂く者(ジン)』か。
ばっかだな~~~~お前。そんな人間いるわけないだろ?今じゃ300㎞超えもいないんだぞ。
350なんて本当に唯の伝説だよ」
鷹輝の言葉に一人の鳶瑠と言われた生徒が言葉を投げかける。
そう、この国にはある伝説が伝わっていた。それは何時の時代かに現れたって言う伝説の人間・ジン。
この国を350㎞の速度で飛び回り、風を裂くように翔けたと言う伝説だ。
「でも僕はいたと信じたいな」
「本当、もの好きだよなお前・・・・」
呆れ気味でため息を吐く鳶瑠。すると
「次!隼人(はやと)!!」
教師が次に計る生徒の名を呼ぶと、鳶瑠がお!と言った感じの顔をした。
「出た出た・・・・・・頑張れよーー!隼人!!」
「ぅるっせーーーー!!」
次に現れたのは男子生徒に応援をかける鳶瑠に、隼人は少々キレ気味に言い返す。
そして深呼吸をして皆より若干小さめの翼を羽ばたかせ始めた。だが、
「はい。隼人、測定不可能」
「うおおおいい!!諦めんの早すぎだろ教師!!」
羽ばたかせ始めて数秒で教師はそう言い、紙にペンを走らせた。
それに隼人が切れて即効で掴みかかる。
「こらぁ!教師の襟を掴むな!!」
「もう少し頑張らせてくれよぉ!」
「そう言って何時もお前飛べんだろ!『翼止病』のかかったその翼で
どうやって飛ぶって言うんだ!?」
翼止病とは心身の問題で、体の成長と共に大きくなるはずの翼の成長が止まってしまう病気だ。
隼人は子どもの時にその病気にかかってしまい、飛べなくなってしまったのだ。
「だったら、測定の時に俺の名を呼ぶんじゃねぇよ!!」
「呼ばんとお前、「俺の名を飛ばしてんじゃねぇ!!」って切れるだろう!!
それに・・・・あれだ。ノリってやつも大切だろ?」
「ノリで人の傷口抉ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!」
――――――――――――――――――――
「ったく、たの糞教師・・・・・。人が傷付かねぇと思って、言いたい放題言いやがって!」
学校が終わり放課後。鷹輝、鳶瑠、隼人は並んで学校を後にしていた。
「大丈夫だ隼人!!お前のその誰に何を言われても折れない精神の方が、俺は尊敬するぞ」
「褒め言葉使って貶してじゃねぇよ!!」
「ばれた?」
「ばればれだ!ドアホ!」
「止めなよ二人とも」
二人が何時ものように言い合うのを、鷹輝は微笑ましい顔を浮かべながらそれを止める。
「はいはい。それじゃあそろそろ行こうぜ。またな隼人」
「またね」
「おう!またな!」
二人は隼人に挨拶すると翼を広げ、空へと飛んで行った。それを見送ってっから隼人は一人歩き出した。
着いたのは土地雲同士を繋ぐリフト。主に隼人のような理由で飛べない人間のために置かれている移動手段だ。
移動スピードが遅い上、目的の場所に辿りつくのに幾つもリフトに乗り替えなくてはならないと面倒だが、
隼人はもう慣れっこのようで当たり前にリフトに脚を運ぶ。すると、
~風を切り裂く者~part2
「お~~~い!!隼人~~~~」
「燕(つばめ)」
リフトの移動中、空から名を呼ばれ顔を向けると一人の女子生徒がこちらに手を振っていた。
その女子生徒は隼人の傍まで滑降すると、一緒のリフトに降り立った。
「今日も絶好調だったね」
「何の話してんだてめ~~~~」
彼女は燕。隼人の幼馴染にあたる人物で、運動も勉強もそこそこだが、
人懐っこく愛嬌ある性格で皆に親しまれる人気者。
「あっはは。そんなに怒らないでよ、隼人~~~~」
「あぶねぇ!!狭ぇんだからベタベタくっつくな!」
屈託ない笑顔で隼人の腕にしがみ付く燕。
それにもう隼人は慣れっこの様子で軽くあしらって離れさせる。
それに燕が膨れっ面になって言った。
「ぶ~~~~。いーじゃんかよ、ちょっとぐらい。それと、何時も言ってるでしょ~~~!
私といる時ぐらい『声を張り上げなくても良い』って」
「・・・・・・うるせぇ。俺の勝手だろ」
燕の意味あり気な言葉に隼人は頭を掻き、答えずらそうにそう言った。
それに燕が仕様がないな、と言った感じでため息を吐く。
それから暫くすると、リフトが到着した。
「よっと。それじゃあ、はいこれ!何時ものだよ」
リフトに降りた燕は振り返ると隼人にある物を差し出した。それは『活翼剤』。
隼人が子どもの時にかかった翼止病。
その病気を治すには翼の細胞を無理にでも活性させる必要がある。それを可能にするのが活翼剤だ。
本来なら週に一回投与を一年も続ければ治るのだが、隼人は一向に治らないのだ。
それでも燕は実家が薬局ということもあり、週に一回はこうやって隼人に薬を渡している。
「・・・・・いらねぇって言ってんだろ。もう俺の翼は飛べねぇんだ」
「そんなんじゃ、治るものも治らないよ。病は気からって言うじゃん。じゃね」
隼人の手に無理矢理薬を押しつけて、燕はその場を飛び去った。
一人残された隼人は薬を見つめ、強く拳を握ると呟いた。
「・・・・・病気で飛べねぇんじゃねぇよ。そんなもん、とっくの昔に治ってるよ」
どこか悲しげにそう呟くと、隼人は少し重い足取りで家へと帰って行った。
それに合せるように空もどんよりとしていった。
――――――――――次の日――――――――――
―ビュオオォォォォォオ!!!!―
空は荒れ模様。年に数回起きる自然現象『暴風(ストーム)』。
この時は国全土で飛行禁止令が出る。
風が吹き荒むこの状態でもし空を飛んだら、忽ち体の自由は奪われ風に身を任せるほか無くなるからだ。
「ま、隼人には関係ねぇことだよなぁ」
「はったおすぞ、鳶瑠!」
こんな時でも普段通りおちゃらける隼人と鳶瑠。
「ほらほら、そろそろチャイムが鳴るよ」
―キーーンコーーンカーーンコーーン!―
「おーう!席に着けおめぇら」
チャイムと同時に教室に入ってくる先生。教卓の前に立つと、ざっと全体を見渡した。
「・・・・・いねぇのは燕か。隼人、何か聞いてるか?」
「何も聞いてねぇよ」
「そうか・・・・・・。少し待ってろおめぇら。今確認とってくる」
こんな時に欠席がいるのはやはり心に不安がよぎる。
先生は少し急ぎ足気味で教室を出て行った。すると
『緊急速報!緊急速報!!現在R14地点で暴風の被害に遭う女性を発見!!』
「「「!!!」」」
国中に響く緊急警報。それにクラスの皆がざわめき出した。
『制服を着用。フライスカイの生徒と判明。救急隊はすぐさま出動し、
スカイフライの関係者は至急・・・・・』
「あんの馬鹿・・・・・」
「おい、隼人!!」
警報を聞いて、一人呟くと突然教室を飛び出していく隼人。鳶瑠が声を掛けるが、
それも耳に入らないと言った感じで走り去る。
「僕たちも行くよ、鳶瑠!」
「しゃぁねぇな!」
その後を追って走る鷹輝と鳶瑠。校舎を出ると凄まじい突風が三人を襲った。
~風を切り裂く者~part3
「くっ!!今年の暴風は例年に無い強さだね」
「そんなことはどうでもいいだろうが!行くぞ!!」
そこからさらに走り続けること五分。場所はF41地点。ここは土地雲の端の方。
そこにはR14地点付近へと行けるリフトがあるのだが、そこで鳶瑠が叫んだ。
「おい!!あれ!!」
鳶瑠が斜め下の方を指差す。そこには風に煽られて成す術なく飛来する燕の姿があった。
遠くて豆粒くらいの大きさだが、ぐったりしているのが見られた。
「あんなじゃあ、もう長くは持たないぜ」
「まだ救急隊の姿も見えない。このままじゃ燕ちゃんが・・・・・。
こうなったら、僕が・・・・・」
「馬鹿!この風だぞ!?いくら速く飛べようが関係ねぇよ。・・・・っておい!隼人!!」
二人がどうしようがと言いあっている内に、隼人は土地雲から飛び出していってしまった。
二人が心配そうに覗き込む中、隼人は冷静に今の状況を把握していた。
(ったく、馬鹿だな俺は。飛べねぇのに『また』こんな風に出しゃばっちまった。
これじゃあ『あの時』と同じじゃねぇか・・・・・)
隼人は体を強風に蝕まれながらも目を閉じ、昔の事を思い出した。
それは隼人が翼止病に掛った時の事。
――――――――――――――――――――
「どう燕ちゃん?凄いでしょ!?」
「うん!凄い凄い!!」
隼人がまだ幼稚園の時は他の子たちよりも優れた飛行能力を持ちえていて、
それをよく先生たちや同じ生徒たちからも沢山褒めてもらっていた。
だから隼人は自分は凄い人なんだと自負していた。
だが、それを改めたのは今日のような暴風の日。
隼人は燕を驚かせようと思って外へ出た。出てはいけないと言われてはいたが、
自分は大丈夫!という気持ちを疑わず、暴風の中翼を広げ飛ぼうとした。だが・・・・
「うわああああああ!!」
強風で体の自由は効かない。どんどん体力が奪われていく。
結局自分はまだ子どもで、先生たちもただ自分を喜ばせる為に褒めているだけだと思い知らされた。
その後の事は覚えていない。気付いた時は病院のベットの上。
羽がぼろぼろになり翼止病にかかってしまったのだ。
だが、それだけじゃない。隼人の中で飛ぶことがトラウマになってしまい、
それが翼に影響して翼止病が治っても、翼は縮こまって飛べないままになってしまった。
そんな情けない自分を隠そうと、今まで声を張り強がってきた。
見兼ねた燕に注意されても直すこともせず、飛べないことも翼止病のせいにし、
今までずっとそうやって生きてきた。
――――――――――――――――――――
「・・・・・・・・・」
ゆっくりと目を開ける隼人。そして自分の翼を見つめる。
縮こまった小さな翼。羽ばたこうにも自分一人支えられない頼りない翼。
それを見て隼人は苛立ちに歯を食いしばる。
「ふっざけんなよ・・・・・。態度ばっかりでかくなりやがって。
心の方は小せぇままじゃねぇか・・・・・・」
自分にぶつくさと文句を垂れる隼人。だが、そんなことは今までもしてきたこと。
今しなきゃならないことはそんなことではない。
「こんな時ぐらい!!しゃきっとしやがれぇ!!!!」
―バサッ!!!―
「!!隼人の翼が・・・・・」
「・・・・・でかくなりやがった」
今まで人よりも小さかった隼人の翼が人の倍近くまで大きく広がった。
けどこの突風の中、翼を広げるのは自殺行為だ。大きいと言うことはそれだけ風の抵抗を受けてしまう。
だが、隼人はその大きな翼を羽ばたかせると、風に逆らって体が上に浮かせる。
そしてこの暴風の中、驚異的なスピードで燕のいる方向へと飛行し始めた。
暴風をものともせずに飛行する姿はまるで・・・・
「風を切り裂く者・・・・・・」
隼人の目に今まで豆粒くらい小さかった燕の姿がどんどんでかくなり、
遂にその体を受け止めることが出来た隼人。
「う・・・・・隼人?」
燕はかなり弱っていたが、意識はあるようで小さく呟いた。
「迷惑かけんじゃねぇよ。アホ・・・・」
笑みを浮かべながらそう言い放つ隼人に、燕も軽く笑みを返すと気を失ってしまった。
その後、隼人はそのまま直ぐに燕を病院へと運び込んだ。
幸い、燕は風に体力を奪われていただけで、後に後遺症が残るようなことは無いだそうだった。
~風を切り裂く者~part4
数日後。目を覚まし順調に回復に向かう燕。そこに三人が見舞いにやってきた。
「もう大丈夫そうだな。燕」
「うん。もうばっちり!!明後日には退院出来るって、お医者さんが言ってたよ」
「それは良かったね、燕ちゃん」
元気に言葉を交わせると言うことは本当に回復をしているのだろう。
隼人もそれに安堵の息を吐く。
「それにしてもよ」
と、そこで話を変えてきたのは鳶瑠だった。
「何でお前、あの日に飛んだんだ?飛行禁止令ぐらい分かってんだろう?」
「あ・・・ははぁ・・・・。大事なもの手放しちゃって、つい・・・・・」
鳶瑠の質問に苦笑いを浮かべる燕。その手には小さな羽が握られていた。
「それがそう?羽・・・・・みたいだけど誰のなの?」
「これは・・・・・」
燕はそこで言葉を切ると、少し照れ臭そうに隼人の方を見た。
「は?俺の?」
「そうだよ。覚えてないの?」
そう言われ、考え出した隼人。少ししてあっ、と思いだした顔をした。
確かに隼人は昔、燕に自分の翼の羽を渡した。それを思い出して、隼人は少し困った表情をした。
当時渡した時、隼人は知らなかったのだが、その行為はある特別な意味があったのだ。
「え!?じゃあ、おめぇら結婚する仲なのか!?」
「わ~お」
鳶瑠が目を丸くして言った。それに鷹輝がにやけた表情で答えた。
つまりはそう言うことなのだ。昔から男性が女性に自分の翼の羽を渡すということは
プロポーズと一緒の意味があり、女性はそれを受け取ると言うことはそれを承諾したということなのだ。
「どうなんだよ、隼人?」
鳶瑠が肘で隼人を突っつく。それに隼人は顔を少し赤らめて言った。
「ちょっと待てぇ!当時まだ子どもで俺はそんな意味があるなんて知らなかったんだ!!」
「私は知ってたよ」
「な・・・・・・」
燕の予想外の発言に言葉を詰まらせる。知ってて受け取ったってことはつまり・・・・・。
「隼人。女性にここまで言わせといて、今更お茶を濁すような事は言わないよね?」
「よ・・・鷹輝てめぇ!!」
鷹輝の言葉に隼人が噛み付く。
「そうだぞそうだぞ。折角だからここで答え出しちゃえよ」
「私も聞きたいな」
「~~~~~~~~~!!」
鷹輝に加え、鳶瑠も燕さえも話に乗ってきて、もう完全にこの流れが断ち切れない状態になってしまった。
それに隼人はこうなれば!、と覚悟を決めた。
「わぷっ!!」
「何時までも病院で騒いでるわけにもいかないしな。俺は帰るぜ、じゃぁな」
それったらしい言い訳をつけ、燕をに布団を被せると窓から飛び去って行ってしまった。
「逃げたね」
「ああ、逃げたな。あれはもう男じゃないな」
二人がうんうん、と頷きながら隼人の駄目っぷりを噛み締める。それに燕が布団から出てくると二人に言った。
「呑気なこと言ってないで追いかけてよ!!」
「無理だよ。今の隼人の水平飛行速度・355㎞だよ?いくら僕でも追いつけないよ」
仕様がない、と鷹輝はため息を吐くと。鳶瑠と一緒に二人も病室から出て行った。
一人取り残された燕は頬を膨らませていた。
「も~~~~~!隼人の馬鹿・・・・・・・ん?」
と、そこで布団の中に何かあるのを感じた。それを手探りで取ると、目の前に持っていった。
それは羽だった。通常よりも大きな羽が開いている窓から来る風にユラユラ揺れている。
それを見て燕が幸せそうに微笑んで言った。
「・・・・・相変わらず素直じゃないなぁ、隼人は」
そう言ってその羽根を大事そうに握りしめた。
その瞳はすでに見えない彼方にいる隼人へと向けられていた。
~fin~
~~あとがき~~
面白そうな企画やってる!って思ったら風sだったんですねw
第二回にはちょっと間に合わなかったんで、この第三回目で投稿させてもらいました。
中々テーマに沿ってって言うのが難しかったですけど、楽しく作れました。
┃ブルーマンと雨と二十の扉┃
五月二八日天気は梅雨が近いこの季節には似合わず久々の快晴。この日に僕は友達とブルーマンというパフォーマーを飛行機に乗り、福岡に行って見に行った。
そして、その三日後の三一日に僕は神奈川にある、その友達の家に二人でいた。
「やっぱりブルーマン凄かったよなー。あ、そうだ。お前、二十の扉ってゲーム知ってる? 昔NHKラジオでやってたクイズ番組なんだけど……」
三日前のことについて語っていると、友人がいきなり話題を変えてきた。
「いや、知らないな。説明してくれ」
「ん。了解」
そう言って友人は僕に二十の扉というゲームの説明を簡潔に話し始める。
「二十の扉っていうのは、まずは適当にお題を決めてそれを解答者が当てるゲームな。で、ヒントは質問出来る最高二十個の項目。まあ、最後には答えを言わなきゃだから実質十九個になるんだけどな」
「へぇ、面白そうじゃん。で、それを僕とやろうってわけ?」
「まあ、そういうわけ。雨も降って辛気くさいし」
「乗った」
窓に当たる雨が少しうるさい。質問を考えたり、答えを考えたりするのに支障をきたさければいいのだけど……。
「じゃあ、質問開始するよ。それの色は?」
「基本は青。まあ、いつも青ってわけじゃないけど。実際に今は違うし」
青ねぇ……。三日前のせいかな? あれしか浮かばないんだけど……今はちがうってのも満たしてるし。
「じゃあ二つめー。僕はそれを見たことがある?」
僕の質問に彼は即答する。
「ある。無いはずがない」
即答出来るというのが、やっぱりあれっぽいな。あれを前提として話しを進めてみようか。
「それは食べれる?」
「無理。食べれるヤツは人間じゃねぇよ」
「立て続けに四つ目。それは売ってる?」
「んー……微妙なところだなー……。それ自体は買えないけど、それに関係あるものなら買える」
まあ、そりゃああれは買えないか。多少は確信が持ててきた……。まあ、一応十九個全部使って一発で当てよう。
「なんか無機質だなー……話しながらやっか」
「話題はブルーマンか? お前めっちゃハマってたじゃん」
「ん。そうだよ。何も言わずに分かるとは、流石は親友。その意思疎通と推理力をゲームにも活かせたら良いのにな」
流石にこの言葉に対しては僕も苦笑いを浮かべながら「いや、僕でも四個ぐらいじゃ確信は持てないって」と言う。あと、誰でも分かるから。とはあえて付け加えずに答えた。
「まあ、それもそうか。でも、ブルーマンってなんで青いんだろうな?」
「目立つから? 顔を隠すならマスクでも付ければいいんだし、顔が青ければ目立つからとかじゃない? いや、実際は知らないけど」
あの寡黙な三人の青いキャラクターを考えた初代ブルーマンは本当に凄いと思う。あの発想はどうやって生まれたのだろう……今の僕の中では結構な謎だ。
「あ、五つ目行くよ。それは音を出すことが出来る?」
「そのもの自体は全くと言って良いほど音を出さないけど、別のモノから音を出すな。だから音はでるっちゃあ出る」
それ自体は音を出さないけど、それが使ったり出したりするものから音が出るのか……。
友よ。いくら三日前のことが印象に残っているからって安直過ぎやしないか?
特に関係のないお題を出せば良いものを……。
「六つ目。それは人を……」
ここまで言った途端に僕の声は雷によって遮られる。
結構光ったし、そこそこ近くに落ちたのかもしれないな。
「うわっ、雷まで出て来たよ……。で、六つ目は何?」
この雨の中自宅へ帰るのは僕の方だというのに、僕よりも友人の方が嫌そうな顔をする。
質問を催促する口調も心なしか元気が無くなったような気がしなくもない。
「ん? あぁ。それは人を魅力する?」
この質問に対して彼はわざとらしく溜め息を一つ吐き「なぁ、お前実際はわかってるんじゃないのか?」と、僕に問ってきた。
「まあ、大まかには。でも、どうせなら質問を出来るだけ使って確信得てから一発で当てたいじゃん?」
「そういうこと。じゃあ、答えるよ。魅力する。あれは人を少なからず魅せるものだ」
「続けて次。それをお前は好き?」
「好き」
これもほとんど即答。
こうなれば答えは分かったようなものだ。まあ、一応質問全てを使い切る予定だけど。
「ちょっと俺、飲み物取ってくる。お前は何飲む?」
「僕はドクターペッパーで」
「黙れそんなマイナーな飲み物は家にない。マウンテンデューで良いな?」
僕はそれも充分マイナーな飲み物だと思うけど……。まあ、この家にマウンテンデュー以外の飲み物なんて最初から無かったと考えて諦めることにしよう。
今は質問の内容を考えなきゃ。
あと、取り敢えず質問を整理するか……。
色は?
基本的に青。いつもは違って今も違う。
見たことは?
絶対にある。
食べれる?
無理。食べれたら人間じゃないらしい。
売ってる?
それ自体は売ってない。しかし、それに関係あるものなら買える。
音は?
出ないけど、それに関係あるものを媒介としてなら可。
それは人を魅力する?
少なからずは。
お前は好き?
好き
こんなところか……。あとは細かい部分を埋めてけば完全に確証が持てるな。
僕がそんな風に質問と回答をまとめている間にも、雨の強さは増していって、窓を壊れよと言わんばかりに強く叩き続けている。
すると、友人がコップ一杯にマウンテンデューだと思われる飲み物を入れたコップを二杯持ってきて、テーブルの上に無造作に置いた。
「お待たせ」
僕の方に置かれたコップのマウンテンデューであろう飲み物はなぜか青く、流石に僕は気になったので彼に質問する。
「これ、本当にマウンテンデュー?」
「うん。賞味期限が切れそうだったから、ブルーハワイのシロップも勝手に入れさせてもらったけど。ほら、せっかくブルーマンを見に行ったんだし、記念ってことで」
よく見ると彼の方のコップのマウンテンデューもブルーハワイシロップによって青く染まっていて、僕に対する嫌がらせということに変わりは無いにせよ、僕だけがブルーハワイということではなかったので少し許せた。
┃ブルーマンと雨と二十の扉┃
「まあいいや。一気に質問二つ使う。思い付いたから」
「じゃあ、ちょうど十個になるのか」
僕はその言葉に疑問を覚えた。
二つ使うと九個になるはずでは? まあ、聞けば分かるかと思って「なぁ、二つ質問だったら九個じゃね?」と聞く。
「えっ? 本当にマウンテンデューって質問したじゃん」
「はっ? 普通それ含む? まあ、答えはほとんど分かってるから良いんだけど」
我ながら寛容だなぁとか思ったが、まあ、答えはほとんど分かっているからだろう。
「じゃあ、質問をどうぞ」
「それは僕かお前の家にある?
それと、硬かったりする?」
「一つ目は無い。断言出来る。
二つ目は知らないとしか言いようが無いな」
十個の質問の内全てがアレを否定する答えじゃないということはやはり……。
コップ一杯に注がれたマウンテンデューブルーハワイ風味(笑)を僕は無視して彼と適当な話しをする。
情報を引き出そうとか、余計な選択肢を抹消しようとか企みまくりなんだけれど……。
「そう言えば、ブルーマンの楽器って独特だよな。お前もそう思わない?」
特に話題が思い付いた訳でもないので、僕は結局ブルーマンの話題を振る。
このゲームをやっているからだろうか、ブルーマンの話題しか思い付かない……。
「あ、それは分かる。あれってブルーマンオリジナルらしいぜ?」
「へぇ……そうなんだ」
いつのまにそんなことを調べたんだろう。昨日かな? 僕からの質問に答えれてるんだし、多分ウィキったんだろうなー……。
「てか、質問詰まってきた。一回で当てようかと思ってたけど、ちょい遊ぶ。それはドラえもん?」
僕はこの質問内容に自分自身で少し笑った。
確実に間違っている答えなのに、今までの質問の回答を全て満たしているのが個人的にツボに入ったからで、ドラえもんというワードがツボな訳では全くない。
「まあ、違うんだけどさ、今までの質問全部満たしているのがすげぇな」
どうやら彼もそのことに気付いたらしく、苦笑いに近い笑みを浮かべる。
「じゃあ、十二、三個目の質問。それは機会? それとも植物?」
「どっちでもない」
これも予想通り。よし、確信持ててきた。
「あ、ブルーマンのチケット代渡すの忘れてた。はい、五千六百円」
僕は彼に取ってもらったチケットの代金を渡すのを含めて彼の家に来たことを思い出し、財布から五千六百円を取り出して彼に渡した。
ん……これで質問作れたな。さっき聴くの忘れてたし。
「あ、ついでに質問。お前はそれを買ったことある?」
彼は金をポケットに入れながらついでのように「ある。最近も買った」と答えた。
まあ、そりゃあそうだな。でなきゃライブ行けないし。
僕はこいつに買ってもらったから直接は買ってないんだけど……。
「残り六個だぜ? 実質五個。大丈夫か? 当てる気あるの?」
「あるよ。えげつないぐらいに、大人気ないくらいに」
実際に外堀を着実に埋めているのだから、当てる気は有るとわかるだろう。
実際こいつも僕に当てる気が有ることぐらいは分かっていると思う。
「じゃあ、十五個目。それは世界に一つだけ?」
「俺の中では」
あれって一つ以上あるのか?
いや、人によっては違う。
「てか、ブルーマンの青って綺麗に取れるのかな?」
「わかんね。でも、多少のこるかもしれねぇな。皮膚に悪そうだ」
あんなに青く塗って皮膚呼吸が出来るのかという議論に発展しかけたが、再び鳴った雷と窓をけたたましく打ちつける雨がその議論を止め、元の二十の扉へと僕らを戻した。
「十六個目。今までの僕の質問から答えに辿り着くことは出来る?」
「……お前次第だが、多分出来る」
もはやここら辺は保険で、念のための確認といった部分が強い。
僕の質問が解答に触れていなかったら後の三つと解答で答えを答えなければならなかったら正直絶望しなきゃだけど、そんなことはなかったらしい。
「十七個目。それは汚れてる?」
「お前は会話からさらっと質問作るよな。うん。汚れてると俺は思う」
「十八個目。基本的に青って言ったけど、真っ青なの?」
「薄い青。水色って言っても良いな。後質問一つ、解答一つになるぜ? まあ、答え分かってんだろうけどさ」
今までの質問を総合すると、僕の頭に浮かんでいる正解の可能性があるワードはこいつの性格を含めて二つしかない。
そして、僕はそれを一つに変えるための質問を口にする。
「それは人間?」
この質問に彼は完全に当てられるといった風の表情を浮かべ「違う。人間じゃない」と答えた。
「最後。それ“空”でしょ?」
「…………ご名答」
彼がそう言うと、コップ一杯に注がれているマウンテンデューブルーハワイ風味(笑)の青が、光に照らされて綺麗に光った。
どこから光が差し込んだのかと外を見ると先程までの雷雨は三日振りの綺麗な青空へと変わっていて、それは僕らにとても強い印象を与えた。
あとがき
セリフ多いなー。まあ、この話しの性質上仕方ないのかもしれないけど。
そんなことを思いながら書き上げました。
昔見た短編に二十の扉というゲームがあり、ネタが思いつかなかったため二十の扉を思い出した僕はウィキって二十の扉というゲームをそのまま使いました。
まあ、ただ書くだけではつまらないので、ブルーマンを答えだと錯覚させるような書き方をしましたが、テーマ『空』なのであまり引っかからなかったかもしれませんね。
空ということが分かるポイントは最初の方に集中しています。詳しくはこの後の解説で。
では、白波SSブルーマンと雨と二十の扉でした。
解説
解説が必要そうな質問のみをピックアップして解説していきます。
・四つ目のそれは売ってる? という質問に半分肯定のような解答を出したのは、空というものは買えなくても空の旅や、天体観測のような形で空というものは売り物になっているからです。
・五つ目の音は、雷や雨という形で音を出すからです。
・十四個目の買ったこと――の質問で、一番最初の文章並びに四つ目の質問が来ます。
最初の文章で、福岡には飛行機で行ったという記述がなされており、四つ目の質問で彼の価値観で空の旅は売り物というようになっているので、結果最近飛行機のチケットを買ったということになります。
また、僕に関しても、飛行機のチケットは自分で払っているという描写はなく、友人に一時立て替えてもらっていたということは充分有り得るので、十四個目の質問に矛盾がなくなっています。
・ドラえもんになぜ矛盾が生じていなかったのか。
ドラえもんは元々黄色のため、いつもは違うという解釈をし、あのドラえもん以外は今も黄色のため、今も違うという答えを出しました。
売ってる? に関しては、ドラえもんというロボットは売っていないけれど、それに関係する商品ならば買えるということからこういう答えでも矛盾はしません。
音は、ドラえもんはフィクションなのでドラえもん自体は音を出さないけれど、水田わさび、大山のぶよという声優を媒介にして音を出すということです。
・ちなみに、マウンテンデューブルーハワイ風味(笑)は最後まで両者口をつけませんでした。
・晴れは二十八が最後で、その前も三十一までも雨はずっと降っていました。
~Prologue~
何処までも青く突き抜けるような空。
それは、誰の物でもないはずだって僕は思っている。
空は羽を持った鳥達の領域で羽を持たない僕ら猫は夢見る事も許されない。
それでも僕達はあの青に希望を感じるのだ。僕達は海と言う存在を知らない。
海もまた、僕達には許されない領域とされているから……そして海は遠く遠くて。
あぁ、何て空は近く見えるのだろう。顔を上に向ければあの青がある。手を伸ばしても届かないけれど……
翼があれば届くのかな? あぁ、きっとあの翼があれば海までも行ける……
諦めるな。希望を持て! 手を伸ばして夢を叶える覚悟で歩んでいけ! そうだ……空を行く船。空を飛んでいく飛空挺。僕は、それを造って愛する人と共に飛ぼう。
Title「I arrive in the sky. If I raise a palm」
「空は、青いニャァ……」
青年は空を見えげるといつものように呟く。それは空に対する憧憬と羨望そして憧れに満ちた声だった。猫のような耳の生えた白の長髪のモスグリーンの儚げな瞳の青年だ。彼は誰に言うでもなく唯呟き思いを馳せる。
「いつかきっと、この空を飛ぶんだ……誰に頼まれたんでもない。唯飛びたいから……」
空は何時も見上げれば其処にあるのに幾ら手を伸ばしても届かない。だが、彼は空に好みを任せたいと強く願う。あの雪原のように白き雲を越えた先には何があるのか確かめたい。そして、自分たちの住む世界の遥か遠く。山の向こうには何があるのか。
そして何より空を、あの何処までも止め処ない青と戯れるのはどんな気分なのだろう。好奇心は絶えない。深く強い好奇心が空を飛びたいと言う夢をより一層彼に強くさせる。爽やかな気分で彼は、夢見心地に目的地へと歩む。
しばらく鼻歌雑じりに歩いていると雲から太陽がのぞく。思わず彼は目を細めた。視界があやふやになった次の瞬間だ。彼の目に不快な影が映る。羽を生やした人型の生物。鳥人と呼ばれる空を我が物顔で跋扈する身勝手な輩だ。
「あぁ、あいつ等に馬鹿にされることもなくなるんだ。空を飛べれば……」
白髪の青年は相手がまだ気付いていないことを鳥人の動きから察し草丈の高い場所へと逃げ出す。彼等は獰猛で勝手な一族だ。生息数は青年の属する種族より少ないが彼等は、飛行可能ゆえの活動範囲の広さと身体能力の高さでこの土地の頂点となった。
彼等は、自分以外の種族を空も飛べないと軽蔑し自分達を空に魅入られた誇り高き汚れない戦士などと評し誇張する。青年は思う。いつか彼らを見返してやると。羽など無くても空は飛べるのだとその目に見せ付けてやるんだ、と強く心に決めている。
だからここで見付かる訳にはいかない。虐めまわせれて殺されたら本末転倒だし何より傷付けば夢の達成への道程が遠のくのだから。本来ならあんな身勝手で傲慢な輩から逃げるなど嫌なのだが、命が掛かっているのだから別問題だ。
「おぉ? あれは空を飛べぬ者ではないか? 白昼同道と地べたを歩いて目障りだ……どれ、少し虐めてやろうか」
しかし、相手は目敏かった。鳥人は青年の姿自体は見なかったが不自然な草の揺れ方で自分以外の物の存在を察知したのだ。そしてその鋭い眼光で相手が何者かを認知する。羽の無い空を飛べぬ人型の生物。何かと思えば空を飛べぬ這い蹲る小物か。
鳥族の男は馬鹿にしたように鼻を鳴らし情けなく撤退する虫けらを暇潰しがてら叩きのめしてやろうと滑空体勢に入る。そして凄まじい速度で草むらへと突っ込む。その距離は見る見るうちに青年へと接近して行く。
「ニャッ!? 気付かれた!?」
「気付かぬなどとこの誇り高く賢いサイアーを馬鹿にしおって。死ぬが良い!」
耳で逸早く滑空するときの風を切るような音を察知し青年は鳥人の男の爪による一撃をいなす。そして後ろへと飛び退り距離をとり相手を見据える。そこには鳥人にしては理知的な風貌の赤と青のオッドアイの腰まで届く長髪の男が居た。青年はこのサイアーと名乗る男を知っている。
当然だろう。この土地で知らぬ者は居ないハーレイ一族と呼ばれる鳥人族最高の血脈を誇る者達の次期当主候補なのだから。その誉れに違わぬ教養と武の持ち主と賞賛されているが正直青年としては、その当主候補がこの様な屑では高が知れていると言う評価だ。
青年は鼻を鳴らす。
「出来るのかい? ハーレイ家の次期当主は一人じぁ何も出来ない腰抜けだって聞いてるけど?」
「何を――――!?」
青年の挑発にサイアーは一瞬胡乱げな表情を浮かべる。今まで彼はそのような言葉を受けたことが無いのだろう。だが、すぐにそれを挑発と理解しサイアーは犬歯を剥き出しにして苛立ちを顕にする。
彼は度量の狭い男だ。賢く武にも秀でているがその手の煽りに対して耐性が無い。容易く男は青年のそれに乗って抜刀する。一対一でも本来なら容易く殺せる相手だ。恐れる必要など無い。そう、心に言い聞かせて一太刀を放つ。
「……僕は何もここに逃げただけって訳じゃないんだニャ? ここは、かつて戦場だった……」
しかし鋭敏な動きが特徴の猫族の青年には一太刀目は決まらなかった。それどころか何か腹部に違和感がある。違和感を感じてすぐに尋常ではない激痛が全身を駆け巡った。不自然な脂汗がサイアーの額を濡らす。一体何が……怪訝に彼は顔を歪める。
目の前の青年の言葉を苦悶に耐えねばならないサイアーはすぐに理解できなかった。だが、すぐに考察し合点が行く。彼の言うことが真実ならかつてここは絶好のブッシュとして機能し多くの罠が眠っているのだろう。
その歯牙に貫かれて死んだ同胞も少なくは無いはずだ。サイアー・ハーレイは戦慄く。目の前の青年は勝算が有ったから戦ったのだ。自分の短慮さを呪い目の前の男に憧憬すら感じる。
「戦場……」
「そうさ。此処は、君たちの同士の血で穢れてる。汚い場所ニャ……懺悔しても許しを請うてももう、君は助からない」
冷たく青年は言い放つ。目の前の男に欠片ほどの同情も無い冷たい射抜くような瞳。青年はそのブッシュにある全ての罠の性能と場所を把握して居た。そしてサイアー・ハーレイはそこが罠に溢れていることすら知らなかった。仕掛け槍によって貫かれた体から大量に血が流れ出す。彼は手を広げ慟哭し倒れこむ。自らの体から槍を引き抜き。
草原が血に満ちて行く。汚く臭い嫌な液体だ。彼の死骸を見て青年は思う。こんな所で死ぬ訳には行かないのだ、と。そして今後を憂う。すぐにばれることは無いだろうが鳥人達の監視と糾弾が厳しくなるのは明白だからだ。
「急がないとニャ……」
青年は古い死体置き場に上空を気にしながらサイアーの亡骸を運ぶ。そして異臭漂う死骸の中にまだ新しい彼の死骸を放り投げ古い死体で彼の亡骸を隠す。額に汗を滲ませながら彼は呟く。
「はぁ、タピスに……怒られるニャ。臭いって……」
要件を済ませた青年は、再び歩みだす自らの目的地へと。自分の愛する妹が待っているから。我侭で勝甘えん坊だが優しくて兄思いなタピスと言う唯一の家族が待っている。青年は手を伸ばす。
もう、両親はいないのは分っている。鳥人たちに八つ裂きにして殺されたのだ。だから、たった一人の妹は護る。青年が強く心に決めたことだ。彼にとって何より掛替えが無い物は家族と空を飛ぶと言う夢。
そこは開けた盆地だった。周りを山々で囲まれていて進入し辛いのもあるが鳥人族が神聖視して入ってまずはこない。鳥人族の聖地を穢すなどどうでも良いことだ。なぜなら彼等は自分達をこの上なく穢しているから。
一言で言うなら鳥人達の邪魔の入らないこの場所は研究や実験に持って来いだということだ。盆地のほぼ中央に安っぽい小屋がある。青年は疾駆する。そこが彼の実験所だ。
「アンリお兄ニャーん! おっそぉい!」
扉を開けると明るい声が響く。自分の愛する妹タピスの声だ。黒の撥ねた癖毛の猫耳と褐色の肌の活発そうな大きな緑の瞳の少女。彼女の口から青年の名はアンリと言うらしい。ところで彼は実家から道中を歩いていたのになぜ彼女がここに居るのか。理由は簡単だ。昨日実験が遅くまで立て込んで彼女が眠ってしまったのだ。
兄アンリは、起すのも悪いと思い然したる危険も無いことを理解してそっと布団を掛けて実家に戻った。一人の夜。家族は居ない。鳥人達の目を逃れるため地下に造られた家はランプを消すと真の孤独を感じ体が強張ったのを覚えている。
寂しかった。アンリはすぐに彼女に飛びつきたい衝動に駆られるが抑える。彼女に血の臭いが移るのが嫌だから。穢したくないから。
「ごめんニャ……鳥人に見付かって撒くのに苦労したニャ」
アンリは何で遅かったのかと問いたげなタピスの表情を汲み取り遅れた理由を簡潔に述べる。それなら仕方ないと彼女は敢えてそれ以上言及はしなかった。敵に気取られないために迂回するのは当然だ。重度のシスコンのアンリに箱入り同然に育てられた彼女でもそれ位は分る。だが、彼女は気付いていた。彼から放たれる異臭に。
『血の臭い……お兄ニャん?』
「どうしたのかニャタピス?」
渋面を造るタピスに気付きアンリはそれを気遣う。しかしタピスは気遣って貰うわけには行かないと何でも無いと首を振る。
「そうかニャ。顔色が……」
「何でも無いニャ! それよりももうすぐ空を飛べるようになるんだよね!?
タピスは楽しみで仕方ないニャ! ファイトォオーだよお兄ニャん!」
なおも心配するアンリをタピスは制した。半ば声が荒げている。彼も彼女の気持ちを汲み取りそれ以上言及はしなかった。そうだ。目的は何だ。五年も夢見て一日も休まず勤しんだだろう。空を飛ぶ。タピスと言う愛すべき妹を連れて。
彼は、タピスの華奢な肩を弱く叩き彼女後ろにある工具と図面を手に取る。そして図面を開いて思案しだす。何が足りないのか分析しているのだ。二人を乗せて空を飛ぶために必要な翼面積や強力なエンジン、風邪の抵抗を受けないフォルム。
何度も造っては試行し失敗し使える部品を回収しては作り直す。孤独な作業の中でいつも支えてくれたのは他でもない妹だ。
「タピス……次で完成だ。いままで支えてくれて有難う。もうすぐ飛べるよ」
ふいにアンリの口から感謝の言葉が漏れる。天井があるから空は見えないが感慨深いものがあり空を見上げるように天上を眺めた。
「タピスはお兄ニャんの頑張る姿が大好きニャ……だから全然苦じゃなかったニャ?
速くお兄ニャんの横に座って空を一緒に旅したいニャ」
「あぁ、僕もニャ」
底抜けに純粋で天真爛漫なタピスに何時だってアンリは癒される。身内も居なくて周りが敵ばかりな気がしたからかも知れない。純粋に強くタピスも彼を思っている。彼女の言葉に頬を染めながらアンリは言う。二人の思いは近いと認識し一筋の涙が流れた。
夜が更けた。
適度に草をなびかせる程度の頬撫でる風が心地良い。いつも深夜まで行われる。アンリ達の実験は行われる。横でいびきをかいて眠っているタピスを揺らして起す。眠たそうに目を擦りながら欠伸を一つ。
「ごめん。お兄ニャん……寝ちゃった」
「構わないよ。僕はタピスが居てくれるだけで千人力だニャ」
申し訳無さそうにタピスは詫びる。そんな彼女に微笑を浮かべてアンリは囁く。その言葉にタピスは頬を赤らめる。「可愛いな」と言いながらアンリは彼女の頭を撫でた。不意に目を泳がせたタピスの視線の先には新しい飛空挺の途中段階。
「格好良ニャァ……」
「あぁ、これに乗って空を行こう。父さん達を殺した蛮族の跋扈して良い場所じゃないんだ。空は……」
まだ、骨組みも出来ていないが長い年月寄り添ったのだ。完成形がどのようなものかなど設計図を見れば想像できる。今までで最も趣向を凝らした造りになるだろう。そう、想像すると胸が躍った。近縁に痛いてはいけないと言い聞かせていた恋慕の情が湧く。
頬を赤らめるタピスに気付かず青年は拳を挙げ硬質の声を上げる。空への神聖視。憧憬。それを踏みにじる者達への憤懣の念。全てタピスは理解しているから。だからこそ思う。あの偉大な空に恨みなんて抱えて行かないで欲しいと。
「お兄ニャん? あいつ等が憎いのは分るけど……空は誰の物でもないから恨まないで」
「タピス……」
タピスに諌められ彼は肩を下ろす。「空は誰の物でもない」、それは自分自身の理論だ。恨みは綺麗な感情じゃないから神聖な場所に運んではいけない。そう沸き立つ怨念を抑えながら心に言い聞かせる。
「そうだニャ。恨むんじゃなくて共存……出来た方が楽しいもんニャ」
彼は無理な笑みを浮かべて、そう口にした。
「お兄ニャん!」
「あぁ、人が倒れている……あれは鳥人?」
帰路。夜は鳥人達の目が利かないからゆったりとした気分で歩ける。しかし二人の道中に不愉快なものが飛び込む。それは血塗れの青年だ。茶色の短髪の引き締まった体格の長身痩躯。背中には鳥人の証明たる羽が生えている。彼は黒の羽を有しているようだ。
タピスの悲鳴を含んだ声にアンリも引き攣った表情を浮かべる。だがすぐに羽を見てその憐憫にも似た感情を潜めた。奴らは自分達を糾弾し罵倒する蛮族ではないか。しかしタピスの言葉が頭に響く。その後、自分は言ったではないか共存と言う言葉を。
「お兄ニャん?」
「……肩から胴にかけて袈裟懸けに……出血量は酷く見えるが思ったより浅い。助かるかもしれないニャ」
彼は駆け寄り青年の傷口を調べる。彼らと比べて猫の目を持つアンリは夜目が利く。飛行機作りで養った観察力を遺憾なく発揮し青年の傷をそれ程のものでも無いと判断。しかし家にある設備では心許ない。正直
危険な実験を多く行っているあの盆地の小屋に応急処置用の道具はほとんど移しているのだ。
「タピス! 研究所に戻ろう。これが共存の第一歩になることを願う」
彼等はあの場所を研究所と呼ぶ。二人は、青年を研究所に運ぶことを決めたようだ。細面ながら意外と体力のあるアンリが青年を運ぶ。何だか吹っ切れたようなこの上なく爽やかの表情の兄を見てタピスは頷く。
「うん! お兄ニャん有難う!」
なぜ、礼を言われたのか分らず彼は苦笑し頬を掻いた。
「ここはどこだ?」
「お兄ニャーん! 鳥人族の人が気付いたよぉ!」
青年が目を覚ました場所は見覚えの無い場所だった。目の前には猫族と思しき見覚えの無い褐色肌の女性。そして、少し先に白の長髪の儚げな表情の青年。どちらも猫族だ。自分の部族が軽蔑していた一族に助けられたと言うことになる。
彼は体を震わせて猛り狂う。プライドが許さない。助けて貰っておいて嘆くような奴を助けたのかという悲嘆の念をアンリは一瞬感じたが、それは口には出さず冷然とした口調で告げる。
「まだ、絶対安静だよ。応急処置はしたけどまだ傷は塞がっていない」
自分の傷の深さを確認して男は悶え苦しむ。痛みは未だ毛ほども解消されていないのだ。アンリは、小さく息を吐く。次にこの男が何を言うのか大体想像が付いたから。青年は拳でベッドを殴りつけ歯軋りする。
「えぇい! なぜこの俺が猫族などに……」
そして、一族末代までの恥だとでも言わんばかりに吐き捨てた。
「僕だってタピスが君に哀れみの目を向けなければ君を助ける気など無かったよ。
君たちは自分を気高いとか思っているのだろうけど僕から言わせれば害獣だ……身勝手な」
「陸上を無様に這いずり回る様は何て汚らわしいんだろうな?」
赤と青の切れ長のオッドアイで青年はアンリを睨む。それに対しアンリは応えた様子も無く思いの丈を吐露する。それに対し青年も凄絶な笑みを浮べ罵倒する。そこからは泥沼だ。数十分罵倒の応酬。それを仲裁したのはタピスだった。
「好い加減にしないかニャ……そもそも貴方は鳥族からそんな簡単に追放されて何でそんなに自分の種族を高潔に扱うのかニャ?
鳥族を持ち上げすぎて他の種族を下に見すぎて……そう言うの了見が狭いって言うんだよ?」
目の前の男はハーレイ家当主候補サイアーのお護衛として去年抜擢されたらしい。多くの功績を立てたが一つの失敗で解任。更にはその解任を良しとせず食い下がった結果処断されたらしい。その失敗とはサイアーを一人にさせたこと。無論本位ではなくサイアーが一人にしてくれと希ったからだ。だが青年の言い分など利く耳持たず切り捨てられたらしい。替え等幾らでも居るのだと言い捨てられて。
それが崇高な一族を気取る者達のすることか。タピスは恫喝する。兄ほど表面に出ていないが彼女とて彼等鳥族を恨む気持ちは強い。しかしなればこそ血みどろの殺し合いをいつまでも見て居たくない、次の世代にまで糸を引かせたくないと思うのだ。
徐々に語気を強めていくタピス。握り拳からは地が流れ出している。それを沈黙したまま青年は聞く。唇を引き結び。
「お兄ニャんはすぐに空に至る……貴方達の特権じゃなくなるんだニャ!」
そしてタピスは言い終えると息を整えるために深呼吸した。青年は俯く。捨てられたことなど最初から知っている。そして、自分の居た集団がそれほどすばらしい物でも無いと言うことを。だが彼女の最後の言葉は聞き捨てならなかった。
「そうだな。お前の言うとおりだ……空を飛ぶか。羽を持たぬものが……見てみたいな」
「見せてやろうか? 三ヶ月はかかるだろうけどニャ……」
遠くを見るような目で青年は呟く。ただ純粋に興味が有った。その純粋な好奇心に満ちた声にアンリは共感を憶える。
「俺の名はリガルド・ハーレイ。宜しくな……」
男は今更だなと反省気味に名乗り笑みを浮かべた。
その日以来リガルドは研究所に住み込みアンリに言われた作業をこなすようになる。食材は彼等が家から運んできてくれて事なきを得ていた。彼の助力もあり予想以上に最新の飛空挺は完成する。名は空を貫く槍を想像し「グングニル」と名づけた。
「しかし、グングニルか……大仰だな」
「この偉大な空に挑むんだ。名前負けしてられないニャ」
感慨深げに三人はグングニルを見詰める。鳥族に伝わる神の武器の名を拝借した物だ。大仰であると同時にアンチテーゼと小さな親睦の証が其処には篭められていた。仲間は三人になったが飛空挺の搭乗制限は二人だ。リガルドは遠慮するようにタピスに譲った。
「リガルドも随分丸くなったニャ?」
「そうか? 重荷が落ちたからかもな……」
そんな優しさを見せる彼を見てタピスは微笑む。それに対しリガルドは頬を赤らめあらぬ方向を向く。そして、感慨深げに過去に思いを馳せ忌わしい記憶を振り払う。思えば少しも楽しくは無かった。形式ばって居てそれでいて傲慢で。
自分の求めるものが自由だったのだと思い知る。仲間と笑い譲り合い目標に向かって走って行く。空と言う偉大なものに翼も無しに挑む者達の姿を見て柄にも無く感動してしまった自分がいることに彼は微笑む。
「見ていてくれよニャ……」
「あぁ、楽しんで来い。空をよ……」
アンリとリガルドは難く握手した。エンジンの嘶く音が体に響く。彼は飛空挺から離れ彼等が無事にフライトを終えることを祈る。
飛空挺は順調に高度を増し小さくなっていく。
「凄いな。あそこまで飛べるとは……」
リガルドは輝く陽光に目を眇めながら二人の乗る飛空挺を見詰める。しかし視界に嫌なものを捉えた。それはここにはいてはいけないはずの物。この土地「アルバレス」を神聖視し近付かぬと決めたはずのもの。すなわち鳥人。彼の元同士だ。
「なぜ、鳥人がここに!?」
「空を穢すなああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 蛮族があぁぁぁぁぁぁ!」
確実にアンリ達の乗る飛空挺に向かっている。彼等を排除しようとしているのは明確だ。まだまだアンリ達の飛空挺は実験段階の域を出ておらず遅い。何れ追い付かれる。三ヶ月の間に喧嘩し笑い濃密な期間を送ったリガルドには彼らへの強い情が有った。
「何が蛮族だ!? そう言うのを了見が狭いって言うんだよおぉぉぉ!」
彼は猛り今だ痛みの残る体に鞭打って全力で飛翔する。そして鳥人の男の前へと現れ腹部に蹴りを食らわす。青のモヒカン頭の三毛猫のような瞳の鳥人。彼はその男に覚えがあった。他でもない。リガルドにあの重傷を負わせた人物だ。
「てめぇ、生きてたのか?」
「……邪魔はさせない。あんたへの恨みなんてもうほとんど無いが……あいつらの邪魔はさせない!」
激痛に悶絶しながら男はリガルドを睥睨する。彼は矢張り殺す気で斬ったのかと嘆息し氷のように冷たい瞳で男を睨む。無抵抗の離反者を殺すしか能の無い詰まらない男だ。言い訳も聞かずわざと死地にサイアーを追い遣り死なせたなどと言い張った愚か者。
そんな詰まらない男がリガルドの眼光に怯えぬはずは無く。男は顔を引き攣らせた。だが男はすぐ冷静になる。相手は病み上がりでまだ包帯をしている身だ。それに引き換え此方は武器もある。しかも長物の槍だ。負ける要素が無い。
「邪魔はさせない? てめぇその状態で俺に勝てっと思ってんのかあぁぁぁぁぁ!?」
男は勝ち誇ったように叫ぶ。しかしリガルドは平然としていてむしろ挑発するように口角を上げて見せた。男は苛立ちをあらわにして「死ね!」等と叫びながら猛進してくる。彼なら容易く回避できたがそれを回避しなかった。詰り……
「ははっ……ひゃぁっははははっははははははは! 何だよあっけねぇなぁ! 一発で決まっちまったぜ!?」
リガルドは槍に貫かれたのだ。命中したのは腹部だった。何とか回避しようとして急所の一撃を逸らしたのだろう。モヒカン頭の男は愉快そうに笑う。同族を貫いて笑っている腐った男の性分に彼は笑みを浮かべる。もう付き合う必要も無い。
「いや、これでいいのさ。馬鹿みたいに近付いてくれてありがとな……お前の手は掴んだからもう離さないぜ?」
「…………」
笑みを浮かべる彼を見て男は「ついにイカレたか!?」となおも勝ち誇る。しかしそれは大いなる間違いだった。この瞬間、リガルドの勝利が確定したのだ。男は必死に彼の手を振り解こうと手に力を入れるが元々の自力が違う。傷付いて尚。
「ひっ!? あぁ、お助け……」
「俺が……お前を助けたら……ガハッ! お前はあいつ等を襲うだろうがあぁぁぁぁ!?」
男は情けない悲鳴を上げる。だが、リガルドの意思は揺るがない。ポケットから取り出した左手に握られた釘を勢い良く三毛猫のような瞳の男の頚動脈に突き刺す。血が噴水のように止め処なく流れる。
「……俺も同族殺しか……」
一言呟くと彼は目を瞑った。彼の生きた時間は二十年と短かったが思えば色々なことが有ったらしい。そのなかでも一番楽しかったのは間違えなくアンリ達と暮らしたこの三ヶ月だ。満足げな表情で彼は落ちていく。
「…………」
そして、不意に目を開ける。アンリ達の乗るグングニルが自分へと向かってくるのが分った。
「……それだけで満足さ」
自分を助けようとしえいるのだろうか。その情景を最後に彼の記憶は全て鎖されて黒に染まる。
「リガルドオォ!」
「そんニャ……リガルドが」
アンリが雄叫びを上げタピスは助手席で泣きしゃくる。しかし既にリガルドは事切れ反応は無い。その日アンリは始めてタピス以外の人物のために涙を流した。だが復讐心が強まったわけではない。空への怨嗟が生まれたわけでも。
二人はその日フライトを止めリガルドの遺体を埋めた。そして墓前で彼に約束する。
「僕達は君のことを忘れない。だから空を飛ぶことを止めない。そして君の種族と打ち解けてみせる!」
限りなく困難な道が彼らの前には広がっていた。彼等はまだ歩き出す。短い間だったが種族の架け橋であり仲間と呼ぶに相応しかった最高の友の墓前を背にして。決して振り返らず。前へ前へと。
∞The story end∞
~あとがき~
>>164-169と言う相当なレス喰い乙です(汗
でも、私としては結構削ったんですよ……モヒカンの男がなぜあそこに居たのかとか……
臨場感のために省いたり飛行機(飛空挺)の説明とか。
ちなみに短編のキャラクタは皆、ファジーで掲載している白黒円舞曲と言う作品のキャラクタ達です。
読んで下さった方々有難うございました!
第三回SS大会エントリー作品!
No1 ゆかむらさき様作 『アンタに完敗。』 >>122-125
No2 狒牙様作 title:Dream Sky >>126-132
No3 檜原武甲様作 『非日常的な赤毛の不運で不幸な人生生活』 >>133-139
No4 秋原かざや様作 『無限のソラと、タダのカラ箱から』 >>140-142
No5 瑚雲様作 【空からは色々な物が落ちてくるのです。】 >>143
No6 sora様作 【僕に言葉があったなら】 >>147
No7 玖龍様作 【曇天】 >>148
No8 ランスキー様作 【翼】 >>149-155
No9 アビス様作 ~風を切り裂く者~ >>156-160
No10 白波様作 ┃ブルーマンと雨と二十の扉┃ >>161-163
No11 風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」 >>164-170
No12 陸上バカ様作 :「浮遊系少女」 >>172
以上、全十二作がエントリーしましたvv
今回は少ないから皆さん賞を授与できる可能性が高そうですね(笑
また参加させていただきます!
ごめんなさい、やっぱりもう遅いですか?
すいません……
タイトル:「浮遊系少女」
わたしは青空がきらいだ。
めいちゃんめいちゃんとまとわりついてくるうっとおしい声を無視しながら、わたしは歩いている。足元でざくざく鳴る新雪がハナミの声と対照的で小気味いい。
「ハナミ!」
十四回目のめいちゃんを遮るようにわたしは叫んだ。後ろを振り向くと、一人分の足跡と不思議顔のハナミがいる。わたしはハナミの存在を確認してから、
「ああ、幻聴じゃないのね……」
と呟いた。
「ねえ、めいちゃん」
得意顔でハナミが言う。
「空、飛ばない?」
肩に積もった雪を振り払ってわたしは一言。
いいじゃない。
幼なじみの君川ハナミのせいで、幼い頃から苦労ばかりしている。
とりあえず「個性豊かな」、素晴らしく「発想性のいい」お嬢様でいらっしゃるハナミさんに付き合うのは並みの精神力では追いつけない。
そして悲しいことながら、面倒見のいいわたしは、今回こそ放っておこうと決めていても、結局付き合い助けてしまうのだ。
しかし……
しかしながら、今回のような事例は初めてである。
「めいちゃん、早く、早くっ」
先を行くハナミを見て、ため息をつく。いいじゃない、とは言ったものの、飛び方なんてわたしは知らない。
「ねえ、ハナミ、空は飛んでみたいけど、わたしは飛べな――」
「ほら、めいちゃん早く!」
そのとき、ふわっと身体が浮いた。
ハナミに引っ張られる形で宙に浮く。
「きゃあっ」
思わず、叫び声が漏れる。
考えていた以上に空を飛ぶって怖い。いつもは助けているハナミに逆にすがりつく。だって、ハナミの手を離したら、わたしはまっさかさまなのだ。
なのにハナミったら、
「高度を上げてみよう!」
なんて楽しそうに飛行機のまねをする。
「やだやだ、ばっかじゃないの!? わたしは無理っ。ねえ、ハナミ!」
「行くよ、めいちゃんっ」
きゃあああああああああっ
わたしの大絶叫が空に響く。
ちょうど、のびたくんとドラえもんが飛んでいるくらいの高さだ。いつも住んでいる街がミニチュアみたいに見える。
ここまで来てしまうと腹が据わった。
「ハナミ!」
「なに、めいちゃん?」
「もっと高いところまで行くわよ!」
らじゃ、と笑顔でハナミが答えた。久しぶりのハナミの笑顔。わたしはうなづいて、ぐんっと高度を上げた。
「めいちゃん、見て! 鳥! 雲!」
「あーもう、騒ぐなって。落ちるでしょーっ」
ひゅんひゅん、と鳥がわたしたちを見物しながら飛んでいく。
ハナミは楽しそうに渡り鳥と異国の話をし、わたしは雲の綿菓子を堪能した。
「めいちゃん、あたし、すっごい楽しかった」
渡り鳥にばいばい、と手を振りながら、ハナミが言う。わたしはうなづかなかった。
「ありがと、めいちゃん」
――ハナミはわたしの手を離した。
地上へ戻ってから、わたしはハナミの家へ行った。
去年はやつれていたおばさんも、今では少し元に戻り、笑顔でわたしを歓迎してくれた。
ハナミの部屋を通りすぎて、仏壇の前に座る。
線香をあげて、改めて「君川花美」という名前の横にある彼女の遺影を見た。さっきと同じような笑顔。もう一年も経っているのに、ハナミは年をとらない。
「もう、一年も経ったなんて、考えられないわ」
気付くと、隣におばさんが座っていた。
「あの子が自殺してから、もう一年か。芽衣子ちゃんと同じ公立中学に進まず、私立中学なんて行ったから。芽衣子ちゃんと同じ中学校なら、いじめで自殺なんてことにならなかったのに……」
その先をわたしは「おばさん」と言って遮る。そんな話、もうこりごりだ。
「来年もあの子の命日に来てあげてね」
ハナミの家を出て、わたしは空を見上げた。
彼女が死んだのは、こんな日だった。
だけど彼女は自殺したんじゃない。空を飛ぼうとして、ビルから転落したのだ。空があまりにも青かったから。
わたしは青空がきらいだ。
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):ランスキー様作 【翼】
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):ゆかむらさき様作 『アンタに完敗。』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):檜原武甲様作 『非日常的な赤毛の不運で不幸な人生生活』
文章力(文章が、上手な作品):ランスキー様作 【翼】
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):sora様作 【僕に言葉があったなら】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):玖龍様作 【曇天】
選んだ理由のコーナー(?)
総合:文章でも選んだ通り文章がしっかりしているのと、神話や偉人が出てきて、続きなどが想像できてしまったのですが面白かったです。
キャラクター:この部門は一番最後の一行ですね。
『――――星屑のちらばるステージに舞う…………ブーメラン男とランジェリー女。』の部分が
登場人物が望んでそうなった訳ではないのですが凄い濃いなと思ったのでそうしました。
ストーリー:赤毛というのが何なのか最後まで明かされなかったので続きが気になるというか……そんな感じです。
雰囲気:鳥視点、と言うか人間以外の視点が今回珍しかったので、独特の雰囲気だったと思います。内容も良かったと思います。
テーマ:飛べない者の空への憧れ、空は誰のものでもないって言うのが真理かな、と思いました。
実際現実でも「宇宙は誰のものでもない」みたいな取り決めがあるようですし。
題名:空と心の様子がかかっていて、ストーリーも心に残ったのでここに選ばせて頂きました。
今回は量は少ないけれど選ぶのが難しかったです。
前回はやはり多かったので何かに突出している、というのがとても決めやすかったので。
やはり数が少ないと選ぶ時が大変なんですね。
では、ありがとうございました。
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):檜原武甲様作 『非日常的な赤毛の不運で不幸な人生生活』
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):ゆかむらさき様作 『アンタに完敗。』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):アビス様作 ~風を切り裂く者~
文章力(文章が、上手な作品):ランスキー様作 【翼】
雰囲気(独特の雰囲気のある作品): 陸上バカ様作 :「浮遊系少女」
テーマ(どれだけテーマにそれているか):sora様作 【僕に言葉があったなら】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):白波様作 ┃ブルーマンと雨と二十の扉┃
~切り取り~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):狒牙様「Dream Sky」
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):ゆかむらさき様「アンタに完敗。」
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):狒牙様「Dream Sky」
文章力(文章が、上手な作品):sora様「僕に言葉があったなら」
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):檜原武甲様「非日常的な赤毛の不運で不幸な人生生活」
テーマ(どれだけテーマにそれているか):アビス様「風を切り裂く者」
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):瑚雲様「空からは色々な物が落ちてくるのです。」
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):ゆかむらさき様作 『アンタに完敗。』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):狒牙様作 title:Dream Sky
文章力(文章が、上手な作品):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
テーマ(どれだけテーマにそれているか):sora様作 【僕に言葉があったなら】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):瑚雲様作 【空からは色々な物が落ちてくるのです。】
~切り取り~
気になっていたのですがまだこちらで
書いたことはありませんが初参加をば…よろしくおねがいします。
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか): 風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):ランスキー様作 【翼】
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):狒牙様作 title:Dream Sky
文章力(文章が、上手な作品):狒牙様作 title:Dream Sky
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):秋原かざや様作 『無限のソラと、タダのカラ箱から』
テーマ(どれだけテーマにそれているか):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):白波様作 ┃ブルーマンと雨と二十の扉┃
~切り取り~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):狒牙様作 title:Dream Sky
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):ランスキー様作 【翼】
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):ランスキー様作 【翼】
文章力(文章が、上手な作品):狒牙様作 title:Dream Sky
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):狒牙様作 title:Dream Sky
テーマ(どれだけテーマにそれているか):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):瑚雲様作 【空からは色々な物が落ちてくるのです。】
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):陸上バカ様作 :「浮遊系少女」
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):秋原かざや様作 『無限のソラと、タダのカラ箱から』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):陸上バカ様作 :「浮遊系少女」
文章力(文章が、上手な作品):ランスキー様作 【翼】
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):玖龍様作 【曇天】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):白波様作 ┃ブルーマンと雨と二十の扉┃
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):sora様作 【僕に言葉があったなら】
一読の印象で決めました
ごめんなさい
~コピペ~
総合部門(キャラ・ストーリー・文章・雰囲気・テーマに沿っているか):秋原かざや様作 『無限のソラと、タダのカラ箱から』
キャラクタ性(キャラクタの評価が極端に高い作品):秋原かざや様作 『無限のソラと、タダのカラ箱から』
ストーリー性(ストーリーが凄く上手い、または面白いと思った作品):
文章力(文章が、上手な作品):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
雰囲気(独特の雰囲気のある作品):sora様作 【僕に言葉があったなら】
テーマ(どれだけテーマにそれているか):玖龍様作【曇天】
題名(どれだけ心に残るか特徴的か):風猫様作 「I arrive in the sky. If I raise a palm」
~切り取り~
はい、第三回間に合わず参加できなくてサーセン(笑) とふまじめに謝りつつ(オイ!)投票だけでもさせていただきました!
今回も甲乙付け難いものばかりでしたね!
個人的に気に入ったモノに投票させていただきました(いやそりゃそうだ
ストーリーの場所だけ空きでございます。
これはいないという訳では無くて、選べないといったほうが正しいですw
それでは、皆様とうこうおつかれさまっした!
第四回も楽しみにしています!俺も頑張るですよw
第三回大会「空」 優秀賞作品一覧
総合部門 狒牙様 風猫 二名が票数同数にて一位
キャラクタ性 ゆかむらさき様
ストーリー性 狒牙様
文章力 ランスキー様
雰囲気 sora様
テーマ 風猫
題名 瑚雲様
最優秀賞 風猫
今回の作品は総じてレベルが高かったのだけど選択肢が少なくて白熱しなかったように思う。
投票数も投稿数ももっとアップして欲しい^^
上手じゃなくても良い。評価が独りよがりでも良い……盛況して欲しいなぁ……
単なる自分の願望ですが……ね(苦笑
第四回もやるから待っててね!
各賞の優秀者さん、おめでとうございます!!
そして、私の作品に入れてくれた皆さん、本当にありがとうございますっ!!
次回は、どこかの賞に入るよう、頑張りたいです☆
皆さん、おめでとう&ありがとうっ!!
投票ですか?
今回は、ちょっと仕事が立て込んでたので、見送りしましたが……うーん、やっぱり、タイトルを入れて、投稿するスタイルが、ちょっと面倒なのが、ネックなのかなーと思います。
私も投票するときは、ここではなく、自サイトで、専用のアンケートフォームを作って投票しようかなと思っています(というか、私の小説事態が、別サイトに跨って、投稿しているので)。
フォームだと、クリック一つを選ぶだけでいいので、ラクチンなのですよ。
あるいは、作品を上位3個までにするとか。
とにかく、がんばってくださいっ!!
新しいテーマ等、楽しみに待っていますっ!!
上げます。
秋原様、コメント及び助言有難うございました。
お知らせ
第四回大会開催! お題は「夏」 です!
どうも、お久しぶりです。 最近中二病か極めるとスッゲーかっこいいとか気付いたクリスマスさんです。
クリスマス過ぎたんでHN変えようか検討中。 と、いい加減投下します。
『夏なんか嫌いだ』
無意識の内にそんなことを呟いた気がする。 夏休み明け……教室の窓から、照りつける熱光線をその身に浴びていれば自然とこんな言葉も口を突いて出てしまうだろう。 俺は、夏が恐らく四季の中で最も嫌いだ。
夏と言って、皆は何を連想するのだろう? まぁ、俺みたいなクールなやつだと人気の無い所に歩いていって、日陰でアイス食ってるくらいのモンだ。 ところが、リア充共はやれ海だ、山だ、川だだのと大はしゃぎする。
「ねえ、夏休み何してた?」
夏休みが終わって、学校に来ての第一声は決まってこれである。 それは、答えなければいけないのだろうか?
正直、夏なんか嫌いだ。 別に、海とか山とか川とか、それらを否定するつもりは無い。 だが、暑い中群れて海に、山に、川に。 あとついでに市民プールを占拠するリア充共は一体何が楽しいのだろう?
集団のなかに居ると、余計人熱で暑い。 元々群れを成して生活する狼だった犬だって、一匹ぐでぐでーっと伸びている有様なのだ。 群れれば余計に暑く、死んでしまうのではないだろうかとまで思わせる。
猫に至っては、夏場に二匹で居る姿を見ることは稀だ。 猫自体、見ることが稀である。 猫に関しては、恐らく俺のように誰もいない日影を求めて旅をしているのではなかろうかとまで思わせるほどだ。
そんな中、集団で大はしゃぎするリア充はどこか違う気がする。 そう、なんか違うのだ。 常に群れるリア充よりも、ぶっちゃけ俺のほうが生き物として正しい気がする。 それをリア充に言おうものなら「なにこいつ、中二病?」というような目で見られるわけだ。
それらが余計に、夏の暑さを際立たせている気がする。 あと、忘れてはならないのがセミである。 夏嫌いにとっての地獄は、セミの鳴き声が最も大きいだろう。
リア充の大は騒ぎを一とするなら、セミは四くらいになるのではないだろうか。 いくら地中に六年七年もぐっていたからと言って、出てきて直ぐに欲情し、大声で求愛する。 ヘッドホンをつけてもまだ聞こえてくるその声量はもはや合唱ではなく騒音である。 求愛以前に彼等の鳴き声の源となるのは、余命が残り少ない故の叫喚阿鼻だろうか。 今際の極みのような鳴きっぷりである。
ちなみに、叫喚阿鼻と阿鼻叫喚は単語の並びが違うだけで同じ意味である。 みんなの使わない聞きなれてないほうを使ったほうが、かっこいいとか思った奴は中二病予備軍である。 ……超どうでもいい。 暑さに当てられ、頭の回転が鈍っている気がする。 さっきから、全くどうでもいい方向に話が進んでいるような気がしてきた。
結局、夏というのはセミの大合唱で際立った暑さを身に受けながら、市民プールを集団占拠するリア充を迷惑だと思い横目で見ながら、日影を求めて猫のように旅をしながらすごすのだ。
そして、夏休みが終わり「なにしてた?」と聞かれ、答えると哀れんだ目で見られる。 当然ながら、今年も俺は大して何もすることなくグダグダと、日影に引き込んだ扇風機の前で、アイスを齧りながら過ごすのだ。 曲がり角でぶつかった美少女との出会いなど無ければ、友人集団とも付き合いが無い。
フィクションに何かあっても自分には何も無いのが、現実なのだから。
八月の数日間を百何年も繰り返すこともなければ、夏休みが永遠に続くわけでもない。 続いたとしても、市民プールを占拠するリア充を横目に、蝉の騒音被害で余計な暑苦しさを感じながら過ごしたのだ。
あえて今、この場で俺に「夏は好きか?」と聞けば俺は一言こういうだろう。
「夏なんか嫌いだ」と。
……ところで、これは余談だが何故だろうか? アニメや漫画だとすかしたようなクールな奴が好まれる。 しかし、現実に居れば素の性格でもこんな顔で見られるものだ。
「なに、中二病?」
やっぱり、夏なんか嫌いだ。
END
……何だこれ
読み返して自分でうわってなった
初めまして、もしくはこんにちは。
今回初めてSS大会に投稿させて頂きます。
タイトル:狂愛毒ニヨリ苦シ
「僕と、付き合ってくれない?」
そう幼馴染みの優人に告白された高一の夏から、二年が過ぎた。
(もう付き合い始めてから二年かぁ……)
と感慨に浸りつつ、ギシギシ軋む廊下に体重増えたかな、と佐和子は不安を覚えながら旧校舎の廊下を歩いていた。
窓の外では、蝉が必死に求愛行動に励んでいた。それが夏の気だるさを余計に増す。今にも空気が蒸発して水蒸気になりそうな猛暑日真っ只中の今日、佐和子は優人を呼び出したのだ。自分でも何でこんな猛暑日に呼び出したのだろう、と後悔しているがもう腹を括るしかない。
『話があるから、大鏡の前に来て』
そんなメールを、朝佐和子は優人に送った。旧校舎は一応封鎖されているが、封鎖しているのがすっかり錆び付いた南京錠の為、左右に捻るだけで簡単に取れてしまうのだ。勿論佐和子も、南京錠が簡単に外れることは知っていた。生徒は、教師の目を盗んでは大鏡のジンクスを試しているのだ。
その大鏡のジンクスとは、旧校舎の二階にある大鏡の前で告白すると付き合える、というものだ。
二年前の夏、佐和子はその大鏡の前で告白された。幼馴染みの優人と恋人という関係に変わり、最初の一年はとても楽しかったのだがだんだんと優人に会うのが億劫になってきた。所謂、倦怠期というものだろうか。最近は会ったら挨拶を交わす程度までになり、別れたのかと誤解されることもしょっちゅうだ。
大鏡の前に辿り着き、佐和子は外を眺める。
夏という季節は不思議なものだ。暑いと思いつつ、その日射しに微睡み、溶けていきたくなる。
(もう戻れないのかな……)
今日、佐和子はこの機会に別れようと決意していた。
今の二人を締め付けているのは、恋人という鎖だ。もう会うことすら面倒なのに、恋人だからということが二人の願いを邪魔している。そう思ったからだ。
恋人には戻れなくとも、せめて幼馴染みに。そんな淡い期待もしたが、恐らくそれは無理だろうという結論が出ていた。
「……お待たせ」
階段の方から、優人が現れた。急いで来たらしく、息を切らせていた。
「久し振り、優人」
「久し振り」
眩しい向日葵のようにはにかむ優人に佐和子の胸に切なさが滲んだ。
(そう、私は優人のこの笑みが大好きだった―――――)
でも、それはあくまで幼馴染みとしてだった。
今になると、そう思える。
優人は、愁いを帯びた瞳で無人のグランドを眺めて、
「……二年前、僕はここで佐和子に告白したよね。好きだよ、付き合ってって」
―――――佐和子は、それで察した。
優人も、別れようと思っているのだと。
だが、呼び出したのは自分だ。佐和子は、
「―――――別れよう?」
と呟くように告げた。
「……え?」
優人の間の抜けた声が響く。佐和子は無理に作り笑いをして、
「ほら、優人も私も。お互い疲れちゃったじゃない?だから、別れよう?」
「……」
優人が黙りになる。
佐和子は、溢れる気持ちを飲み込んだ。
本当は楽しかった時もあった。だが、それを告げたら両方の為にも別れた方がいい、という決意が揺らいでしまう。もどかしい。そんな感情が佐和子の中を占めていた。
「優人も、それを言おうと思ったんでしょう?」
長い、気まずい沈黙が流れた。
「……それが、佐和子の気持ち?」
そして、その沈黙を破るように優人が俯きながら尋ねてきた。
「……うん」
だが、佐和子は偽らなかった。
「そっか」
優人は俯いたままで、そう言った。
「ごめんね、呼び出して」
「ううん。こっちも待たせちゃって悪ィ。飲み物買ってきたから、飲む?」
「あ、うん。ありがと」
佐和子は優人からペットボトルを受け取り、開けた。
簡単に開いたな、という印象があった。
そして、ペットボトルの中の緑茶を一口。
「―――――ッ!!」
途端、形容しえない吐き気のようなものが佐和子を襲った。
体の全ての細胞が激しく警鐘を鳴らす。
喉が、胃が、細胞が。体全体が熱い。それは夏のせいではない。恐らく、先程の緑茶のせい―――――。
佐和子の体が、ぐらりと横に倒れる。体中の力が抜け、立つことすらできない。
「ガハ……ッな、何が……」
次第に、喋ることもままならなくなる。
何が起こったのか、佐和子には理解できなかった。
「ゴメンね、佐和子。だって別れようとした佐和子が悪いんだ。佐和子は僕だけのものなのに―――――」
佐和子の口から激しい咳と共に零れたのは、鮮血。
「ちなみに、それは理科室から盗み出した薬品。毒になるのかな。嫌な予感がして、持ってきて正解だったよ」
(―――――毒?)
佐和子は察した。
自分は、優人に毒を盛られ、死ぬのだと―――――。
(なん、で……)
そこで佐和子の意識はブラックアウトした。
「佐和子、ゴメンね。苦しかった?」
優人は人形のように動かなくなった佐和子にキスをする。
「あのね、佐和子。僕は君と別れようなんて、これっぽっちも思ってないよ。僕は君を愛してる。君は、これで一生僕のものだよ―――――」
全ては、ある夏の刹那的な幻。
優人は満ち足りた笑みを浮かべ、佐和子の頬を自分の頬に擦り寄せた。
その表情は恍惚とした―――――罪悪感など微塵も感じていないというようだった。
「ねぇ、佐和子、僕だけを見てくれるよね?僕の傍を離れるなんて言わずに、ずっと、僕だけを見て―――――」
―――――ねえ、知ってる?旧校舎の大鏡の噂。
―――――告白すると成功するっていうジンクス?
―――――違う違う。昔ね、そこで告白された女生徒が数年してから別れ話を切り出したんだって。そうしたら、彼女を狂愛していた彼氏に毒殺されたんだって。自分だけを見るように、って。それで、それからその大鏡には、その女生徒が口から血を流した様が映るんだって―――――。
.。*゚+.*.。 ゚+..。*゚+.。*゚+.*.。 ゚+..。*゚+.。*゚+.*.。
風猫様
素晴らしい大会を開いて下さり、有り難う御座いました。
大会の存在を知り、ネタから執筆まで一日で実行したのは初めてです。
文才の欠片もない拙作ですが、ここに載せることをご容赦ください。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。
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『怪談』
「なぁ、怪談しようぜ!」
この一言が始まりだった
今日は8月13日、夏休みの宿題がようやく終わって遊ぼうとしていた
そうしたら、快たちが来て、俺の家で遊ぶことになった
あ、俺は如月優衣。一応男
未来「ねえ、ゲームとか置いてないの?」
優衣「捨てた」
秋「暇なんだけど」
優衣「知らん」
とまぁ、全員暇していたらあの言葉だ
優衣「ハァ?怪談?」
陸「いいな!涼しくなりそう!」
快「じゃあやるぞ!」
なぜか怪談をすることに
この後俺はカーテンを閉め、ろうそくを用意させられた
快「じゃあまずは俺からな」
と話を切り出したのは案を出した快
快「昔、この近くの神社で殺人事件があったんだ。それで狙われていたのは小学校高学年ぐらいの子達。まぁ俺たちぐらいの子だ。その犯人は捕まったのになぜかまだ事件は起きていた。これは何故か?そう思い高校生の男女が神社に行ったんだと。そうしたら神社の奥に祠があった。前までは無かった祠が。その男女は悪戯で祠を空けた。でも何も怒らなかったから男女は自分達の家に帰った、…はずだったんだけど。その二人は帰る途中に行方不明になった…。専門の人によるとそれは幽霊の仕業なんだってさ」
未来「快の話、怖い…」
陸「俺、寒気してきた」
この話は俺も聞いたことがある
なんたってその神社はここから一キロ以内にあるからな…って近くじゃないか…
未来「じゃあ次は優衣ね」
優衣「は!?」
陸「作り話でいいし」
優衣「ハァ…」
結局俺は話すことに
優衣「話す前にこれだけ言っておく。この話をしてから何かが起きても責任はとらない。本当の話だからな」
秋「え?」
陸「ちょっ!」
優衣「ついこないだのことだ。大学生5人が廃病院に行ったらしい。それで面白半分にビデオを取り始めたんだと。んで、ここはこんな部屋です。見たいなことを言いながら歩いてた。そうしたら3回に繋がる階段の途中で懐中電灯が切れた。電池はまだあるのに何故か切れたんだ。不思議に思った一人が後ろの子に聞こうと振り返ったら、血まみれの男がこっちを見ていた。そして振り返った少年は階段を下りて逃げたら他のメンバーも一緒になって逃げた。だけどその男は追って来なかった。安心して5人は家に帰った。が、次の日一人の女性が原因不明の高熱にかかり、振り返った少年は行方不明になった。撮っていたビデオを見ると、たくさんの人が映っていた。そしてこの話を聞いた人の前にそいつは…現れる」
俺が言い終わった瞬間急に棚の上の花瓶が落ちた
陸「――!?」
秋「やっぱりやめない?」
快「そそそそそうだな」
怖がりだな…
まあ俺は体験したからなれてるけど…
…ん?
何か窓に一瞬何かが見えた様な…
未来「優衣?どうかした?」
優衣「…逃げるぞ」
陸「は?」
陸がそう呟いた瞬間
ドンドンドン
とドアがなった
優衣「お~来たぞ~」
快「なななんで!」
優衣「最初に言ったぞ、俺は何が起きても責任は取らないと」
ガチャ
とドアが開いた
未来「いやあああ!」
??「――?」
陸「…幽霊!?」
??「違うよ~」
優衣「ドッキリ大成功~」
??「涼しくなっただろ?」
快「は、はははははは」
秋「もう!遊びに行くよ!」
優衣「あいよ」
とまあこんな感じの一日だった
え?何も起きてない?何言ってんの?来たじゃないか。
名前を顔も知らない謎の人が。え?ドッキリだって?
違うよ、みんな気付いてなかったけどあの人、足が無いよ
怪談、楽しかったなぁ。
ああ、夏だなあ。
あ、もしかしたら幽霊がそちらに向かうかもしれませんが、こちらは責任を取りません
~END~
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
お題の「夏」から離れて行っちゃったけど…怪談といえば夏ですよね?
ついでにこの話は私オリジナルですので。
「海が、綺麗ですね」
無造作に伸ばした金髪を振り乱しながら、彼は振り向いた。
この海の蒼にも負けない、清い瞳がとても眩しかった、
。゚
o
○
o
o ○
O。゚
o
。
家族と旅行で来た沖縄。綺麗な海、大嫌いだ。蒼い海、大嫌いだ。
空のブルーが反射してる。日光を浴びてキラキラキラ。人魚姫はこんな綺麗な海で泡になったのだろうか。
ところで此処の海は本当に綺麗だ。海は嫌いだけども、「綺麗」そう感じる感覚という物はちゃんと持ち合わせていた。本当に、綺麗で、憎い。
夏。白いワンピースが浜辺に咲いた。
さらさらと柔らかい砂は、裸足で歩いても全然痛くない。白、青、赤、緑、桃…数々の色が映えて見えた。凄く良い経験だ。
「海は何で蒼色なのか知ってます?何やら、太陽光の影響なんだそうですよ。海中に太陽光線が入ると、青以外の色は吸収されてしまい、青い光だけが海中に浮遊する微粒子に当たって跳ね返るため、青く見えるのです。本当、神秘的な話ですよね。」
「…変な奴、」
浜辺に一人佇む一人の少年。高校生で同い年位だろう。
ただじっと海を見つめていただけの彼に興味本心で、少し語ってみた。が、逆に集中を煽っただけだったらしく眉間に皺を寄せて睨まれては、また海に視線を泳がせた。
ふぅ、長い髪を靡かせ近寄ってみる。
「こっち来んなよ」
「私の身体なんですから、私が何処に動こうが私の勝手です。其処にたまたま貴方が居ただけ」
「…ったく、」
何か、無愛想な人だなあ。口調や見た目は何処かの不良の様だが、内面は凄く冷めている男子だと思った。否、ギャップと言えば良いのだろうか。だがしかし、こうしてまでヤンキー外見の癖にこれじゃあまるで勉強しかしない、世の中全て金、だと信じ込む男の様にしか見えない。
私は病気で、普段は吐き気がする程真っ白な病室から出られない。勿論暇というものが出てくる訳で、何時も本を読んでいた。ほら、TVをずっと視ていても、視たい番組ばかりでは無いし、お金も掛かるから。
本を読むだけあって、それが凄く熱中してしまい、本から得た知識が頭の中で疼いている。
外に出るのを許されていない訳ではない。外には散歩がてら出る場合もある。時間制限はされているし、何時も看護師や付き人の人が着いているが。
だから、自由に遊ぶ学生や仕事に走るサラリーマン、家族で外食しに行く親子達を見ると激しい嫉妬に見舞われる。私は出たくても出られないのに。もし仮に出れたとしても、制限された自由。だから、海も嫌いだった。空も、無限大に広がるもの全て。自由なもの全て。
ふざけた話だって思ってる。こんなの、只の醜い嫉妬だって。
でも、妬かずにはいられなかった。すんなりと自分の死を受け入れて、病室に閉じ篭り外を見ようとしないのは何か、私が私で居られなくなるみたいで、嫌だったから。
「海は、特に嫌いなんです。」
海は、怖い。あの大海原を越えたら何があるのか。深海の底には何があるのか。人魚姫が泡になった海は、どんな味をしているのか。どんな色をしていたのか。知りたい。
何故過去系なのかは、この際深く問わないで頂きたい。
だが、海に吸い込まれそうで。私の少ない命が吸い込まれそうで、とても怖いのだ。
人魚姫が泡になった様に、この深くて綺麗な海に融けて無くなってしまいそうで、怖い。
だから、海が嫌い。
「お前なぁ、怖いのは、知らないから怖いだけなんだよ。知ってしまえば全然怖くねぇ。」
「知るって、でも、海の事なら知ってます。本で読んだ事あるから」
「それは、自分でちゃんと確かめた事なのか?自分で身を持って確かめ無いと、その情報が嘘って事もあるからな。」
それは、確かに。
今の、発達した科学でも突き止められない事がある。宇宙だって、数え切れない星がある中、発見されているのはごく一部の星だ。
この様に、幾等本に書いてあったとしても、自分で調べない限りその情報が偽りだと言う事もある。
だから、身を持って調べる事が大事。怖いのは、知らないから怖いだけ。怖いなら、知れば良い。本当に怖いものなのかは、知ると分かってくる。
勿論、身体で調べられる事に限るが。
「お前、泳いだ事ねえだろ。海の事を知ろうとしていないから、当然だけどな」
「…、」
「海がどんな味なのかも、知らないだろ」
―――怖いのは、知らないから怖いだけ。怖いなら、知れば良い。
海の味は、しょっぱい。
彼はそう言って、自らの指を海につけた。そして私の前に着き立てた。は、舐めろ、と?
「はむ、」
「ちょっ、噛むなよ?」
しょっぱい。一つ目に思う。涙の味がした。
×
海は、人魚姫の流した涙だ。幻想的な思考が頭を駆け巡る。
人魚姫は、王子様を殺す事が出来なくて悲しくて悲しくて悲しくて。
最初から、海が塩辛いとは知っていたけど、涙の味がするなんて知らなかった。
涙なんて、悲しくて嫌だ。
「何で、海は甘くないのでしょうか。」
「は?海は塩辛くてナンボだろ」
「ですけれど、海が涙の味なんて、悲し過ぎます」
海は嫌いだ。涙の味がするし、私の少ない命が吸い込まれそうで、とても怖いのだ。
大嫌いな海、この浜辺で見た海は、とても綺麗で、とても涙色で蒼かった。
そんな海の奥で、一匹の海豚が空を跳ねた気がした。
「それにしても、海が、綺麗ですね」
(( 涙の匂いがした海に、ふわり。人魚姫の泣き顔が映る ))
240324
素敵な小説大会を有難う御座います。
とても楽しめました。「夏」というテーマに合っているかは分かりませんが、私なりに「夏→海」という感覚で書きました。
上記の何か変な○が沢山並んでいるのは、泡をイメージしました。見えるといいですが。
まさかの題名で賞を取るとは…。
投票してくださった皆様、有難う御座いますっ!
【Our summer】 1/2
「夏だぁーっ! 海行こうぜ、海!!」
「やだー! 絶対虫取りっ!!」
「夏と言ったら祭りじゃないかなぁ~?」
「…あ、あのー……っ」
僕等4人は、教室の中で騒ぐ。
僕と、加奈と、純也と、藍子。
小さい頃からの幼馴染で、今は同じ学校で。
終業式が終わった途端、教室で何をするか討論を始めた。
「だーかーらー…海は男の“ろまん”ってやつなんだよっ!!」
「はぁーっ!? あたしと藍子は男じゃないしっ」
「まぁまぁ…順番に行けば?」
「え、えと…」
「おい悠人はどこ行きたいんだよっ」
「僕は…皆に合わせようかなぁ…なんて」
「……何それー…これだからヘタレは嫌なのよっ」
純也と加奈は結構スポーツタイプの元気系で、僕等のムードメーカー。
それと対するように、僕と藍子はそれを見守る係り。
これは昔から変わらない。
小学4年生、10歳の僕等はまだ何も気付かない。
大事な事に気付かない、淡い年頃だった。
「…んじゃ、明日は海で明後日は虫取り。それからお祭りプール山登り街探険…てな感じだけど、おけーっ?」
「賛成ーっ! 明日からもう遊べるのねっ!!」
「藍子はそれでいい?」
「あ……う、うん」
「浮かない顔するのね。あ、行きたい所あるとかっ!」
「藍子、遠慮すんなよー?」
1人俯きながら、藍子は口を閉じる。
僕等は幼馴染で、間に遠慮ないてない。
だから言って大丈夫なのに。
「…、したいな」
「え?」
「み、皆で…天体観測が……したいな…」
ぽかん、とする僕等一同は、1度互いに顔を見せ合わせて後に頷く。
可愛いところあるじゃん、ってそう思った。
「良いじゃねぇか!! こうなったら新しい星を見つけっぞーっ!」
「あぁーっ! あたしだって負けないし!!」
「はは…新しい星って……」
「……楽しいね」
「え?」
「皆…そう言ってくれて嬉しい…」
藍子はいつもの優しい顔で微笑んだ。
僕はそんな藍子を見て、張り切るあの2人を見る。
あぁ、やっぱ僕等は“4人で1つ”なんだ。
※続く
【Our summer】 2/2
海水浴、虫取り合戦、夏祭り、区民プール、山登り、街探険…と。
僕等は宿題も忘れて夏休みに没頭していた。
漸く、1週間が経とうとした頃だ。
街探険を終えた僕等は公園でアイスを食べながら楽しく会話をしていた。
「にしてもお前、虫取りうめーんだなぁーっ」
「甘く見ないでよねーっ! こちとら虫オタクなんでっ」
「でも純也だって夏祭りの金魚すくい、異常に上手かったような…」
「あれはな悠人! コツってもんがあってーっ」
楽しい4人の時間。
の筈…だったんだ。
藍子は静かに、それも途端に立ち上がった。
「ごめんね…皆」
いつもの優しい声と入り混じった、
怯えるような震えた声。
我慢しきれなくて、掠れながらにも絞り出したような、声。
「ど、どうしたの…、藍子」
「具合でも悪いのかぁー?」
藍子は小さく首を横に振る。
藍子に一体何があったんだと思うと…彼女は言葉を紡いだ。
「私…都会に引っ越す事になった、の……」
田舎育ちの僕等にとっては、一度は行ってみたい世界。
都会。藍子の口からはそんな単語が生まれた。
「な、何で…」
「今までそんな事、一言も…!!」
「藍子…?」
藍子の声が震えていた。
藍子の体が、震えていた。
藍子は走り出した。
夕日を背に、掠れた声を出して僕等に背を向けたんだ。
藍子が引っ越す。
藍子がいなくなる。
僕等はそれだけで、夏の色を失った。
僕の耳には何の音も響かない。
やかましいセミの声。暖かい風で揺らぐ草の音。
僅かに聞こえる自転車のベルの音も、水の音も。
音じゃない、なくなったのは僕等の夏だ。
「…藍子の家、行ってみたけど返事がなかったよ」
「俺もそう。つか、『泣いてる顔を見せたくない』って、藍子のかーちゃんから伝えられた」
あの元気な2人が、こんなにも気を落としていた。
当たり前だ。大事な幼馴染がもうすぐこの街からいなくなる。
「…藍子、いつ引っ越すって?」
「確か…明日の朝にはもう発つって…」
僕はそんな会話に混ざる事もできず、公園から歩き出した。
「ち、ちょ…っ、悠人!?」
加奈の声が響く。でも何故だか僕の耳には残らなかった。
『私…都会に引っ越す事になった、の……』
こだまする藍子の声。
僕等に残された時間はもうないんだ。
「藍子?…ごめんね、本当に会いたくないって…」
「じゃあ、伝えておいて貰えますか?」
「…?」
「僕のマンションの屋上に、夜7時集合だ、って」
もうこれしかないと思った。
最後はやっぱり笑ってほしいから。
あの優しくて柔らかな笑顔を、もう1度見たいから。
「何するのよー、悠人?」
「…僕等の夏は、こんなんで終わりにしたりしないよ」
「はぁ? それどういう意……」
満天の夜空の下で、僕は思った。
絶対来てくれるって。
これだけで終わりにするなんて嫌だったから。
「お前、まさか…」
がちゃり、と屋上の扉の開く音がした。
申し訳なさげに入ってくるのは、あの優しい僕等の幼馴染。
僕等にとって、かけがえのない存在。
「藍子…」
「……悠人君、ここで何をする…つもりなの?」
未だ不安げな藍子は、扉から半分身を乗り出す。
僕はにこっと笑って、ゆっくりと腕を上げた。
そして、指でそれを指し示す。
「やろうよ…“天体観測”を。……――――僕等の夏は涙なんかで終わらせないよ」
藍子は、夜空に散りばめられた宝石を見つめる。
点々とするその宝石を人は、“星”と呼んだ。
満天の空の下、僕等はもう1度離れない絆を創り上げるんだ。
「あれ見ろよ! めっちゃ赤い!!」
「ちょっとちょっと!! 大きい星見つけちゃったぁーっ!」
「藍子は全部知ってるの? この星達」
「……うん、星は好きなの…」
火星を見つけるんだとか新しい星を発見するんだとか、尽きない話題で盛り上がる僕等。
やっぱりこうでなくっちゃ、僕達の夏は。
「あの…皆…っ!」
藍子の力強い声に反応する。
こんな声も出るんだと、そう思った時だった。
「私…こんなに楽しい時間を過ごすのは初めてで、それも皆で、この4人で過ごせて…本当に、本当に…っ!」
「藍子…俺達だって楽しかった」
「また皆で、この4人で集まろうよっ!」
僕もうんと頷く。
藍子は溢れる涙を止められずに、それでも綺麗に、
「ありがとう…本当に嬉しい…―――っ!」
暖かくも優しい笑顔を、いつもの笑顔を、僕等に向けてくれたんだ。
僕等4人の夏は終わってしまったけれど、決して消える訳じゃない。
もう1度、もう2度だって。
きっと巡り合い、笑い合う。
それがどれだけ先の事でも、どれだけ偶然な事であれ。
――――――"Our summer isn't to vanish eternal"
*end*
なんか仲良し系の青春系の爽やか系を書きたかった…みたいです←
前回はちょっとコメディで思う存分ふざけたので、今回はわりと真剣に書きました(((
と言ってもこれで真剣かよというレベル。
もっと精進したいと改めて思いました。
1>
――――僕の名は高樹純平。
純平の純は“純粋”の『純』。
女の子に全く興味が湧かない……なんてコトはないけれど、生まれてからいままで一度も“恋”というものをしたことがない。
やっぱりみんなにいつも言われてるように理想が高すぎるのかな…………
僕の両親は下着会社を夫婦で経営していて、海外に出かける事が頻繁にあってめったに家にいることがない。 家政婦のおばさんを一人雇ってはいるが、住み込みではないので、夕ご飯の支度を済ませると帰っていってしまう。 広い家に僕ひとり。 小さかった頃は淋しかったけれども、もう慣れた。
先日父さんが久しぶりに家に戻ってきた。 父さんの横にもうひとり……僕がたぶん初めて会う男の人がいた。 父さんいわく彼は幼馴染で占い師らしい。 見た目は色黒で、土木作業員のような風貌。 とても暗い部屋で毎日水晶玉に手をかざしている、というイメージはわかないけれども、彼の占いはとてもよく当たる、と言っていた。 主に“事業経営”や“景気の流れ”を占う人だった。 おそらく父さんのかたわら、お世辞を言ったのだと思うけれども、僕の手相を見た彼に、“将来、父をも超えるほどの人間になる”と言われた。
僕は“ついで”に彼にお願いをしてみた。
「恋愛面も占ってください」
――――と。
一瞬曇った彼の表情を僕は見逃さなかった。
“恋愛占いはしたことがない”と彼は言っていたが、絶対ウソだと思った。 彼には“僕の恋愛の良くない結果”が見えたんだ。 「自身はないが……」 彼は父さんのとなりで言いにくそうに答えた。
タイトル『一晩かぎりの月下美人(シンデレラ)』
(今夜七時から花火大会……か……)
僕には“健”という幼少時代からの“くされ縁”の同級生の友達がいる。 見た目だけではなく中身までも、今はやり(?)の“チャラい”男だ。 彼には“由季ちゃん”という、誰がどう見ても釣り合いがとれないくらいの美人の彼女がいる。 小学生時代に(もちろん)健のほうから“ダメモト”で告白したら奇跡的にOKをもらえた事がきっかけで付き合いだした。 小さな事でちょこちょこケンカは絶えないけれども、なんだかんだいっても続いている仲良しカップルだ。
健と由季ちゃん……。 あいつらのことだからきっと今夜、花火と一緒に“フィーバー”でもするのだろう。
「高っちに彼女ができたらダブルデートしような!」
余裕な顔で健のやつはエラそうに言う。 そんな事言って僕の彼女も一緒に“ダブルフィーバー”でもする気……
――――って、友達の事をこんなに悪く言っちゃイケナイ……
なんかひがんでるみたいでカッコ悪いな 僕…………
最近熱帯夜が続くからなのだろうか。 身体が熱い……
部屋の窓を開けて夜風を浴びた。 暖かい風の味を感じながら目をつむる――――
今年の夜もひとり寂しく花火の音をBGMに“未来の僕の恋人とのラブラブデート”を想像しながらくつろぐとするか…………
僕はキングサイズのベッドの上にゴロンと横になり、枕元に置いてあるファッション雑誌を手に取り、パラパラとめくった。
(ん? そういえば健のやつ、最近やけに浮かれてたな……)
彼いわく、由季ちゃんとデートなんて……“お泊りデート”まで何回もこなしているはずなのに……。
あの健のテンションはまるで“初めてデートをする”ような感じ――――
“彼女にバレない浮気の方法”
偶然にも読んでいる雑誌のなかのこんなコーナーに目が止まった。
もしかして健のやつ…………
(――――なーんて ね……)
だから友達の事、こんなに悪く言っちゃイケナイって。 やっぱりひがんでるのかな 僕……
「 !! 」
外から女の子の泣く声が聞こえる。 しかもその声は“僕のよく知っている女の子”の声にとてもよく似ていた。
窓からそっと顔を出してのぞくと、やっぱりそうだった。――――由季ちゃん だった。
浴衣姿の由季ちゃん……。 彼女はずっと泣きながら僕の部屋を見上げていたのだろうか。 呼び鈴も押さずに……
僕の姿を見た彼女はあわてて走り去った。
彼女は僕に助けを求めている――――そんな気がして僕は部屋を飛び出した。
――――放っておけない!!
玄関を飛び出し、彼女のもとへ向かった。
>2に続きます。
2>
僕の部屋のベッドの上に腰をかけて……僕の淹れたジャスミンティーの入ったカップに口をつける由季ちゃん。
「――――やっぱり“合わんかった”んだぁ…… わたしたち……」
震えた声で大粒の涙をこぼしながらジャスミンティーをすする。
(もう何も話さなくて いい……)
ベッドの上のちょうど“彼女にバレない浮気の方法”のページで開かれっぱなしになっている雑誌をあわてて閉じて、僕は彼女の小さな肩に手を乗せ……ようとして止めた。
(由 季 ちゃん……)
信じられない……。 由季ちゃんがひとりで……“健の付いていない”由季ちゃんが僕の部屋のベッドの上に――――
普段は細いウエストと長い脚を強調したスリムジーンズでクールにビシッとキメている彼女がしっとりと女の子らしいブルーの浴衣姿で……。
普段は下ろしているつややかな腰まであるロングヘアーを今夜は一つにまとめておだんごにして……。
僕は視線でゆっくりと彼女の首すじを撫でた。 少し着崩れた浴衣の後ろ衿の中からセクシーにのぞく彼女の背中。 その奥はいったいどうなっているんだろう……
健が宝物を見せびらかすように僕に話していた“由季ちゃんの裏の顔”が僕の頭のなかにぼんやりと浮かぶ。
(何 思い出してんだ!僕っ!!)
健のせいでよけいに由季ちゃんの顔を見ることができなくなってしまった。
カタカタと由季ちゃんが手に持っているカップが震えている。
僕はおそるおそる彼女の手から視線をのぼらせてゆく。
普段はいつも…… 言っちゃ悪いけど“男らしい”、誰に対しても対等で、媚びない、さばけた、強い“はず”の彼女が真っ赤な目で僕の顔をまっすぐ見て震えている。
今ここで…… 僕が抱きしめたらバラバラにこわれてしまいそうに――――
ドドドドーン!
夜空全体に響きわたる音とともに窓から降り注ぐ眩しい光。 花火大会のオープニングが始まった。
「相手が“僕”じゃあ、全然もの足りないかもしれないけれど……今夜は一緒に楽しんで みる?
綺麗でしょ? ここからでも充分に見えるんだよ、花火。」
――――本当はこんな台詞を言いたいんじゃなかった。
僕の本心は…… もしも由季ちゃんが健の彼女じゃなかったら――――
3>に続きます
3>
「やさしくしないで!!」
今度こそ彼女の肩に手を乗せようとしたら大きな声で思いっきり弾き飛ばされた。
「男なんて大ッ嫌い!! 健も!高樹くんも! みんな大ッ嫌いッッ!!」
そう言いながら由季ちゃんは――――――僕の胸に飛び込んできた。
窓の外で一発づつ上がるイタズラな花火が、僕が必死で眠らそうとしている欲望を覚まそうとする。
震えている由季ちゃんの背中に手をまわし、僕は彼女のくちびるを奪った。
「ねぇ 由季ちゃん……
この浴衣…… 自分で着たの……?」
由季ちゃんの浴衣の掛衿をつかんでいる僕の手も震えている。
「――ごめん。
僕も健とおなじだね……。 今、“チャンス”だっておもってる……
“やられたなら やりかえせばいいじゃないか”……って……
由季ちゃんが“いや”なら、僕 すぐにやめるから…………」
☆ ★ ☆
僕は“気まぐれ”で由季ちゃんを抱いた。
“嫉妬”でも“愛情”でもない。 ただの“興味本位”で。
彼女には悪いけれど、アレは“ひと夏の過ち”だと思っている。
生まれて初めての盛大な“花火大会”が終わり、家に戻っていった彼女は今、何を思っているのだろう。
――――あの時は半信半疑でまともに聞いていなかった占いの結果を今頃になって思い出した。
「近いうちに恋に落ちるでしょう。
落ちる……というか溺れる、と言ったほうがいいですね。
純平くんのほうから夢中になってしまうくらい、あなたの心を惑わす女性が現れます。
――――しかし、その恋の前にはとても大きな障害の壁が立ちはだかっています。 覚悟をしておいてください。
欲望にまかせて 突っ走らないように…………」
《おわり》
『休暇』
――私は、ずっと貴方を待っていたいのです。
そう言って泣き崩れた彼女の姿を、私は生涯胸に抱いて生きていくのだろうか。
時間とは実に不可思議で、そして残酷なものだと思う。十年という巨大な時間の壁によって、私はあの時、私を思って涙を流した彼女の姿しかまともに頭の中に思い描くことができないのだから。他にも、例えばたくさんの笑顔を見せてくれたはずなのに、その中の一つすら思い出すことができない。あの泣き崩れた時の映像のみを残して、他のものはさっさと荷物をまとめて頭の中から出ていってしまったかのように。
それ故に、だ。もう彼女に会うことができないのだと知った時はそう、体中から力が抜け、情けなくもその場に崩れ落ちたのを覚えている。が、一滴の涙も頬を伝い落ちることが叶わなかった。“悲しかった”のではなく、ただただ無念でならなかったのだ。
私は閉じていた目をそっと開き、実家からそう遠くはない河原の草むらに腰を下ろしたまま、頭上に広がる澄んだ空を仰いだ。久しぶりに見た故郷の空は悲しいほどに青く、ほんの少しの間とはいえ、ここに帰ってきた私を温かく迎えてくれているようにも見えた。じっと見つめていると急に胸の奥が熱くなったので、少々躊躇ったが、私は再び目を閉じた。何故か、暗闇の方が心底落ち着くのだった。
どこか遠くから聞こえてきた、子供たちの無邪気な笑い声が耳を通り抜けていく。
待ち望んでいた夏を歓迎するようにして鳴く、蝉たちの声に混じって。
嗚呼、どこにいても見れそう、聞けそうなその全てが愛おしくてたまらない。
できることなら暫くの間、実家で伸び伸びと暮らしていたいものだと切実に思う。しかし、あまり時間が取れず、今日中にはもうここを発とうと思っていたので、「残念ね」と項垂れる母に向かって謝罪の言葉を繰り返して家を出てきたわけなのだが、今更ながらにそれを後悔した。恐らく、明日の早朝に発っても滑り込みで間に合っただろうに。とはいえ、彼女の話を聞いた後にあの家にいても、ただ気まずいだけなのだろうとは思うが。
「もう、行くか」
あまり長居すると、それこそ向こうに戻れなくなりそうなので、私は目を開けると、ゆっくりと腰を上げてズボンについた草を払い落とした。自分でもどうしてなのかよくわからないのだが、その行動すら、大切な思い出を払い落としているようで何だか無性に切なくなる。思いを振り切るよう深く息を吸い込んでみると、空気は爽やかな夏の味がした。
「……さよなら」
ふっと頬を緩めてそう呟いた時、先程まで私を取り巻いていた子供や蝉たちの声がはたりと止んだ。突然誰かにスイッチを切られてしまったかのように、何の前触れもなく。
私は急にそれが恐ろしくなり思わず身を固めて辺りを見渡した。実際に目にしてみて気がついたのだが、私が今体験していることは非常に不可思議なことであった。それはただ音がないだけで、周りの景色は今までと何一つ変わらずに動きつづけていたのだ。例えるならそう、音量をゼロにしたままテレビを眺めている時と同じ。
どうすれば直るのか全く見当もつかないので、耳に手を押し当ててみたり離してみたりを繰り返していると、やがて、すぐ近くから草を踏み締める音が聞こえてきた。それと共に、先程まで姿を消していた音たちが雪崩れ込むように私の耳に飛び込んでくる。
思わず勢いよくそちらへ顔を向けてしまう。音の主は驚いたらしく、少々後ずさった。
しかし、正直、相手の顔を見た私の方が驚いたと思う。
白いブラウスにこげ茶色のスカート。背中に届く長さの黒髪。大きな麦わら帽子。
この女性は驚くほど、“彼女”にそっくりだった。
しかし、彼女にしては様子が変だ。彼女だったら、真っ先に私の名を呼んでは嬉しそうに駆け寄ってくるはずなのに、この女性はまるで私を恐れるかのように距離を取り、不安げにこちらを見つめているだけ。私が今、身につけているのが軍服だということもあるのだろうが、彼女だったらそんなことは絶対に気にしない。
別人か。胸の奥で広がった期待を粉々に粉砕された私が肩を落とした時、
「――あのう、」
ふいに女性が口を開き、驚きのあまりに固まっていた私を見上げてくる。真っ白い手には、向日葵によく似た黄色の花が握られていた。……いや、恐らく向日葵なのだろう。が、私がよく目にする向日葵と比べて、それはとても小さかった。
「この近くに、公園はありますか?」
心細げなか弱い声であった。しかし、とても心地よい声でもあった。
そして、やはり聞いたことのある声だった。
「確か、……茶色の遊具のある公園なのですが」
女性はちらちらと私の様子を窺いながら、躊躇いがちにそう付け足す。心なしか、きゅっと手に力が込もっていた。
確かにこの近くにはこの女性の言う公園があったような気がする。まあ、それも私の記憶に間違いがなければ、或いは今も例の場所にあるのならばの話だ。今の私には自信を持って、十年も昔に住んでいた地を案内することはできなかった。
しかし、一人で心細げな彼女を安心させてあげたくて、
「ええ、そうですね。確かにありました」
と、私は自信ありげに頷いてみせた。
そして、よかったと言わんばかりに安堵の表情を浮かべる女性に近付いて微笑みかける。
「私も丁度、その近くを通るところでした。一緒に行きましょうか?」
そう訊ねると、女性は「ありがとうございます」と頭を下げた。
素敵な方だ。風で揺れる黄色の花がよく似合う、素敵な女性だと思った。顔を上げた時にふっと浮かべる笑顔には、守ってあげたくなるような愛らしさも感じる。これを世は一目惚れだと言うのだろうが、きっと、いや絶対にそうではないはずだ。その前に私は、この女性にそっくりな女性を好きになっているのだから。
まず先に私が歩きはじめると、慌てて彼女も私にくっ付くようにして歩きはじめた。私に合わせるように少し急ぎ足で。少し歩調を緩めてみれば、彼女もそれに合わせて少しだけ足を動かすスピードを落としはじめる。隣ではなく、ずっと影一つ分ほど後ろを着いてきていた。
――それが、無性に切なかった。
「……とても、綺麗な花ですね」
互いの沈黙に息苦しさを覚えはじめた頃、ふと思いついた話題にすがるように背後に声を掛けてみると、女性は「はい?」と疑問符の飛んだ声を返してきた。さては、聞いていなかったのだろうな。私は足を止めずに首をそちらへ向けて「それ」と顎で花を示し、再度「綺麗な花ですね」と言い、微笑んでみせた。すると、女性は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「そうでしょう? 私も大好きな花なのです」
何という花なのか教えてもらおうと思ったのだが、どう訊ねればよいのかわからないまま、結局、私は前を向きなおしながら「そうですか」とだけ言って口を閉じてしまった。彼女の大好きな花でいいじゃないか、それだけでいいじゃないか。そんな気がした。
それから、何の話題も見つからず、ただ黙々と二人で歩きつづけた。
十数分ほどひたすら歩きつづけていると、茶色の滑り台が見えはじめてきた。
――あそこだ。私は額の汗を手で拭ってから、公園のことを伝えるべく女性の方へと視線を滑らせてみた。
すると、彼女は先程とは打って変わって何やら悲しそうで、口を真一文字に結んで俯いている。綺麗に切り揃えられた前髪が、彼女の目元に暗い影を作っていた。見方によっては、泣いているようにも見える。花の話題に触れた時に零れ落ちた笑顔を、知らぬ間に壊していたのではないかと自分の行動を確認してみるが、どこに落とし穴があったのかはわからなかった。また、何て声を掛けてあげればよいのかもわからなかった。
「……ます」
「え?」
微かに聞こえてきた声に思わず足を止める。声は確かに震えていた。
体を女性の方に向けた時、胸に先程まで彼女が持っていたあの花を押し付けられた。
甘いような苦いような香りが鼻孔をくすぐる。花を手にしたまま再度「え?」と声を上げる私に向かって、女性は眩しすぎる笑顔を浮かべてみせた。頬には一本の涙の跡が引かれており、涙で濡れたまつ毛はきらきらと輝いていた。
「この花を差し上げます」
受け取ってはいけない。頭にはそのような命令が出されたのだが、
「……受け取って、ください」
彼女には、勝てなかった。
受け取った花を見下ろしてみると、逆にその花は私を見上げてきた。それを見て、この花、実は生きているのではないだろうか、という錯覚に陥る。風に好き勝手に揺らされているだけだというのに。そう思うと、今度は首を傾げてくる。実に可笑しな花だ。そして、それでいて――
「本当に、綺麗ですね」
素直にそう思った。
「……向こうに公園があるのがわかりますか?」
私は体を正面に向けなおして先程見つけた滑り台を人差し指で指し示しながら、「あそこです」と付け足してみる。女性は私の隣に立つと、目を細めて私の指差す方を見つめていたが、その一拍後にはどうやら見つけたらしく、「あっ」と小さく声を漏らしては無言で何度も頷いてきた。笑みが零れ落ちる。
「あ、あの公園です。どうも、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
こんなに綺麗なお花を頂いてしまって。そこまでは言葉にすることができなかった。だから、言葉の代わりに、花を大事に抱きかかえたまま頭を下げた。夏の風物詩とも呼べる蝉の鳴き声が私たちの間に落ちてくる。一生懸命に羽を羽ばたかせて鳴く蝉。その声をひどく鬱陶しがっている人もいるのだが、メスを呼ぶために必死なオスを想像すると罵声を浴びせるのが可哀想に思わないのだろうか。
――そういえば、名前。顔を上げた時にはもう、そこに女性の姿はなかった。
生温い風が頬を、汗ばんだ前髪に触れていく。引き寄せられるように花に視線を落としてみると、茎には小さな紙が巻きつけられていた。先程までは巻かれていなかったような気がするが、そういえば茎などあまり気にせずに花ばかりを見ていたので、ひょっとしたら気付かなかっただけで最初からあったのではないかという気もしてくる。よく見てみると、その紙の端には小さな文字で『啓介さん』と。私はその紙を解いてみた。
少々黄ばんだその紙には綺麗に整えられた文字で二言。『ありがとう』と『行ってらっしゃい』。上の方にはやはり、私の名が記されてあった。『啓介さん』。
どこか遠くから聞こえてきた、子供たちの無邪気な笑い声が耳を通り抜けていく。
待ち望んでいた夏を歓迎するようにして鳴く、蝉たちの声に混じって。
私は再び紙を花に巻きなおして、頭上を見上げた。
空は相変わらず真っ青で、優しく微笑んだままこちらを見下ろしている。雲はやたらゆっくりと空の中を泳ぎ回っており、大きな羽を広げて舞い踊る影はすうっとその中に姿を消す。自分の口元が緩んでいることに気が付くまで、そう時間は掛からなかった。
私は静かに目を閉じて、暗闇の中に“彼女”の姿を思い浮かべてみた。
「……ほら、やっぱり」
できるじゃないか。
私には眩しすぎる笑顔を浮かべる、“彼女”の姿を思い浮かべることが。
「――ありがとう。行ってきます」
再び目を開くと、目に入った手元の花が微笑んだように見えた。
*後書き*
…………………………、長えよこれ。
と、まあ、はい。ここまで読んでくださった方、お疲れさまでした!
前々から面白そうな企画だなあと思って影でこそこそっと見ていたのですが、第四回になったところで「受験も終わったし、僕も書いてみるか」というノリで参加させてもらいました。とっても楽しかったです、ありがとうございました。
これは僕が書いている小説の番外編なのですが、まあぶっちゃけ、読んでいなくても大丈夫じゃないかなと思います。ので、何の小説なのかは敢えて言わない← ただ、「夏」というお題でピーンときて書いただけだし。むしろ、別物。
夏が来ると僕は何だか切なくなってきます。なんででしょうねw 友人は「夏だぜ、海だぜ、あっはっはっはっは」みたいな人と「夏かよ、マジかよ……」みたいな人に分かれるのですがww あら、不思議。
書きたいものをどんどん詰め込んでいったら、何だかすっごいグダグダしたものになってしまいました。文章とかかなり読みづらい上に、話も訳わからない件について(これ、「夏」関係してるのかな……?)。そして、小説もグダグダならば後書きもグダグダっていう。すみません。これからは、読んでいて苦痛にならない小説を目指していきたいです。
それでは風猫さん、そして最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました!
こんばんは風猫^^
毎回SS大会楽しませてもらってます^^
えっと……今回はものすごく惚れた作品がありましたので投票しようと思っています。
まだこのあとにイイのがボン!ボン!って出てくるとおもうけれど……
ほんとに みなさんスゴいのでビックリしちゃいます……
タイトル:『恋の煙』
うだるような熱さの中、
冷蔵庫を開けて牛乳のように腰に手をあてて飲むコーラは格別だ。
ぴちぴりと来る炭酸と扇風機の弱い風が少しの間、
涼しさを連れてきてくれる。
もうすぐ腰に届いてしまいそうなくらい長い、私の黒髪。
そろそろ切ろうかと思う。 失恋もしたし。
私とヨースケは部活仲間にも認められているお似合いのカップルで、
(全く想像できないけれど)将来ケッコンするんじゃないかとまで言われていた。
けど、ヨースケの住んでいるマンションの隣に2歳年上の大学二年生が引っ越してきた時から自体は一変。
そう。私という髪のきれいな彼女がいながら(これはただの自慢だ)、ヨースケは汚い茶髪の下品に大きく口を開けて笑う女に恋をしたのだ。
以前、ヨースケは私に「君の口角が上がる笑い方が好きだ」と言っていたから、余計に悔しかった。なんで、と思った。
テレビをつけてみると、お昼のニュース。
いつもと何も変わらない、利発そうなニュースキャスターが淡々と、
関西のお昼のニュースを読み上げていく。
「今日未明、〇×県〇〇市にあるマンションで、11階から白い煙が上がっている、とマンションの近くに住む女性から通報があり、火は11階から10階に燃え移りましたが、約1時間半後に消し止められました。
火元の部屋には、10代後半と見られるの男女2人が煙を吸うなどで意識不明の重体です。警察は詳しい出火原因を調べると共に、発見された男女の身元確認を急いでいます」
枝毛を探す手を止める。
今、テレビに写っていたのは、多分、いや、絶対そうだ。
ヨースケのマンション。
ヨースケの浮気が発覚してからというもの、私は彼に一切連絡をしていない。 あっちからもしてこないから私たちの仲は完全に終わったはずだ。
でも、テレビに映るマンションを見て、
お願い、ヨースケ、生きていて。
そう思った。
ヨースケのお父さんは毎日パチンコに行って夜は帰ってこないし、
お母さんは看護師だから時々ヨースケのいるマンションに帰ってこられないことがある。
それを良いことに私とヨースケはよく一緒にマンションの一室でお菓子を食べ散らかしたり、とりとめのない話をしていた。
ヨースケは昨日、その大学生と一緒に部屋で遊んでいたのだろうか。
ヨースケがバランスゲームで失敗するたびに、彼女は茶髪を揺らして、大きな口を開けて笑うのだろうか。
突然のことすぎて、わからなくなった。
ひとつだけわかったことは、私はまだ、ヨースケのことが好きで、ヨースケの癖のある髪を触りたいし、彼の私服の趣味の悪さをふざけて批評したりしたいということ。
ヨースケは生きているのだろうか。
あんな下品な大学生の名前をつぶやきながら、彼が天国にいくなんてありえない。
生きていてほしい。 生きてなきゃだめだ。
自分でも驚いたけれど、そう思った次の瞬間に、
私は白いソファに突っ伏して泣いていた。
これからも私の恋は続くのだろうか。
うだるような熱さの中、私の頬を流れる涙と額の汗を乾かしていく小さな扇風機だけが元気に首を振っていた。
**
こんにちは。
以前、「冬」をテーマに雪の結晶のことを書いた夜深(よるみ)です。
チャットモンチーの『恋の煙』を聴きながら、掲示板を見ていたら、ここをまた見つけて、久しぶりに書こうと思ったら恋愛小説っぽくなりましたw
"私"は"ヨースケ"への未練(?)に、ここで初めて気づきましたが、
そのきっかけが怖いニュースだったなんて、ほんとに怖いですね。
自分の大切な人にもう二度と会えないかも知れない、
って思うと、人は泣くのでしょうか。
書いていて結構楽しかったです。
テーマ「冬」の時に、何人かの方が私の書いたお話を評価してくださり、とても嬉しかったです!
これからも暇を見つけたら書いていこうと思うので、
是非よろしくお願いします。
『壊れたエアコン』
茹だるような暑さに、私、龍崎サナは、ソファーとお友達になってました。
タダでさえ貧血気味な私に、このような暑さ、加えて。
なんで、エアコンが壊れてるってんねんっ!!
「大丈夫? 何か買ってこようか?」
折角、彼氏のラナ君が遊びに来てるのに、何も出来ません。
「ごめん、何も出せなくて……」
おでこにつけてるハンカチがもう、ぬるいです、先生……。
「じゃあ、アイス買ってくるよ。少し休んでて」
「んっ」
からからからー。
エアコンが壊れたから、超レトロな扇風機とやらを取り出して使ってる。
ウチは、パパが扇風機をドライヤー代わりに使ってるので、メンテはバッチリされてる。
けど、この時代、そんなの使うの、ウチだけのような気がするのは、気のせいかな?
そういえば……夏祭りのとき、ラナ君が可愛いきんぎょ、すくってくれたっけ。
私はすぐに紙が破れちゃって、一匹も掬えなかったけど、ラナ君、ああいうのって、得意らしく10匹くらいくれたな。あのきんぎょも、今は死んじゃって、代わりに生きていたときの映像を使って、壁のオブジェに映してる。ちょっとだけ、涼しい気分になった。
それにしても、扇風機の風、ちょっと気持ち良いな。
あーっていったら、声が震えるから、宇宙人の声ーなんて冗談良いながら遊んだっけ。
それもきっと、ウチだけなんだろーな。
ああ、暑い。ぼーっとしてきちゃった。
それに……だんだん眠くなってきちゃって…………。
気がつけば、側にラナ君がいた。
もう帰ってきたんだ。
………あれ? 涼しい?
がばりんちょって起きちゃった。
ばさりと、何かが落ちて……ああ、ブランケット?
「サナ、起きたの? 大丈夫? アイス食べる?」
「うん、大丈夫。って、あれ? エアコン、直っちゃった?」
気がつけば、さっきの茹だるような暑さも全くなくなってる。
換わりにあるのは、程よく涼しくそよぐ風。しかも凄く冷たくないんだ。
本当に程よいって感じ。
そうそう、エアコンってこうだよね!!
「あ、サナー! アイス、何味にする?」
「バニラ&クッキー!」
「オッケー!!」
冷蔵庫から、持ってきてくれたアイスは、私の好きなメーカーのアイスだった。
こういうところは抜かりないよね、ラナ君って。
「そうだ、エアコン、どうして直ったの?」
「あ、えっと……困っていたみたいだから、僕が業者呼んで直してもらっちゃった」
「でもこの時期って混んでて、なかなか受けてもらえないんじゃない? うまー♪」
「はむはむ。うん、だから、僕の知り合いに頼んでやってもらっちゃった」
その、ラナ君の知り合いって人が、微妙に気になるんですが。
「えっとその……修理費用は……」
「大丈夫、タダでやってもらったから」
「マジ?」
「うん、マジ」
いつの間にか、アイスはすっかり空になっていて。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
互いにぺこりと頭を下げて、笑い出す。
「その様子なら、もう大丈夫だね」
「うん、元気いっぱいっ!!」
思わずサムズアップしてしまう私。
と、思い出した!!
今日の重大な目的!!
立ち上がって、ばたばたと自分の部屋から、ゲームソフトとヘッドマウントディスプレイを二つ、引っつかんで持ってきた。
「お待たせ! 今日はこれをラナ君とやりたいなって思ってたの!」
「サバイバルホラー?」
こくこくと頷く私。結構、人気のシリーズで面白いって話なんだけど。
「一人でやるのは怖くって」
てへぺろっと頭を掻く私。
「うん、面白そう。僕もやったことないし」
さっそく、ヘッドマウントディスプレイを装着しちゃうなんて、ラナ君、気合入ってるみたい。そういえば、ガンアクション、すごく得意だっけ?
「今日はパパもママも居ないし、さくっと夜なべで、エンディングまで行っちゃうわよ!」
「え? ちょ、ちょっと待って、それって……ああっ!!」
ゲームソフトを入れて、私はさっそくスタートボタンを押す。
そう、楽しいデートはこれからだ!!
◆あとがき◆
ふう、間に合ってよかった!!
えっと、別サイトで書いているキャラの外伝という感じで作ってみました。
一応、近未来です。はい。
エアコンも高性能だし、外は温暖化でめっちゃ暑い夏を想定してます。
他愛ないひと夏の思い出みたいな感じで書いてみましたが、いかがでしょう?
とにかく、大事なことなんでもう一度。
間に合って、良かったっ!!
こんにちは、風猫さん。>>191で御邪魔させて頂いたさくらです。
カキコでは、二次創作(紙ほか)で活動しています。URLは主スレです。
締め切りになる前に、一度ご挨拶を、という事でコメントさせて頂きました。暇があればどうぞ聞いてやって下さい。
まず、第四回ss大会を開催してくれて有難う御座います。実は前々から、こういうのに参加してみたくて、今回勇気を出して投稿させて貰いました。勇気も出なかったチキンな奴で申し訳ありません。
とても素敵な企画で、とても楽しめました。賞は別に狙っている訳ではありませんが、やっぱり投稿させて頂いて良かったと思います。
投稿した事に、悔いも反省もしておりません!(`・ω・´)キリッ
只ちょっと、もう少しでも文才があればなぁ、と…、(´・ω・`)ハア
私も、ゆかむらさき様と同じ様に、ハートにズッキュンと惚れた作品が御座いましたので、投票しようと思っています。
この先また良い作品が投稿されるかもしれないので締め切りが過ぎたらにしておきますが。
また連絡下さい。今回はどうも有難う御座いました。
はじめまして、Lithicsと言います。
いままで投票も参加もした事がありませんでしたが、毎回楽しく読ませて頂いていました。今回は、既成のものですが折角テーマに合ったものがあるので、参加させて頂きたいと思います。どうぞ宜しくお願いします!
『望夏の灯』
――それは、ただ綺麗な灯。夜の浜辺に広がる幾多の灯篭……蝋燭に紙を被せただけの簡素な造りだが、小さな炎が集まって揺れる様に目を奪われる。それを防波堤の上に座り、見下ろす僕は。きっとこの場にふさわしくもない、能面のような無表情で居るんだろう。
波間に攫われた紙灯篭の一つが、尚その煌めきを失わないのを見ても。灯りを並べる人々の皆が皆、哀しみと愛情を綯い交ぜにした顔をするのを見ても……僕の心は揺れなかった。
「廉、そろそろ時間だ。通夜が終わっちまうぞ……?」
「分かったよ、修介。だけど、もう少し……」
ふと、後ろから男の声。それでも灯から目を離さず声だけで返すと、彼は文句も言わず、隣に座り込んだ。此処は彼と僕……そして彼女が年に一度必ず訪れた特別な場所。通夜の会場から行先も告げずに出てきた僕を、彼が見つけられたのも別段不思議では無かった。
「ああ……。あいつは『迎え火』が好きだったな。良く不謹慎だと言ったもんだが」
「……今年は灯が多いね。修介、あいつも喜んでると思う?」
今さら、その感傷は無意味だ……しかし、それでも。毎年の盆には此処を訪れて、死者の霊を迎える火を見て、花火のようにはしゃいでいた彼女の姿が瞼に焼き付いて離れない。きっとそれは、隣に座る男、修介だって同じだろう。この揺れる灯の中の少なくない数が、世を離れたばかりのあいつを性急にも呼び出しているモノなのだから。
「だろうな。全く、わざわざ盆に逝くなんて……これを狙ったとしか思えんよな」
「はは、違いない……」
呆れたような修介の声は、全く変わっていなかった。今でも、拗ねたように反論する彼女が隣にいるような気がして。それを宥めるのが僕の役目で……時には修に重ねてからかい、ふくれていく彼女を見て笑うのが……僕達の日常だった。それは当たり前のように続き、終わるとすれば歳を刻んだのち穏やかに……そう思っていたのに。
「……ほら、行くぞ。さっきから、おばさんがお前を探してるんだから」
「ん……」
声に応えて立ち上がり、砂浜に背を向けて……肩越しに、一度だけ振り向いてみた。目に映る、やけにぼんやりとした視界は涙のせいではなく……この地方の夜に特有な海霧の為だ。僅かに灯篭の和紙が濡れ、余計にその輪郭を滲ませる。その幻のような光景に、ふと一つの疑問が氷解するのを感じていた。
「そうか……綺麗だから。理由なんてそれだけかな」
「…………?どうした?」
薄く笑う僕に、修介が怪訝な顔を向ける。悔しい事にそんな事、この男はずっと前から分かっていたのだろうが。彼女が『迎え火』を必ず見に来た理由は、ただそれが綺麗だから。死者を呼ぶとか、盆の行事だからと。そんな事よりも、灯の本質……誘蛾の如き煌めきを好いていたのだろう。そういう、単純な奴だった。
「なんでもないよ。行こう」
「はあ……勝手だな、おい」
修の脇をすり抜け、防砂林へと歩く。追ってくる彼の、砂を踏む足音を聞きながら……やはり、そこに彼女の足音が足りていない事を思い知った。
――思えば。彼女が死んだという事を、僕はまだ自覚出来ていない。だから、この目から涙が流れる道理はなくて……繰り返し想うのは、最期の日の追憶。まるで自分に納得させるように、ふとした瞬間に思い出される光景だった。
<続く>
『望夏の灯』-2
その日。僕は夢と現の狭間を漂いながら、彼女の事を考えていた。
――耳朶を打つのは、雨音だろうか。途切れずに鳴り続ける音は、何だかとても心地好くて……誘われるような瞼の重さに任せて、再び眠りに落ちそうになったのに。ふと、そのBGMが一斉に消えて。痛いくらいの静寂に、何か虚しい夢を見ているような不安に襲われた。今、目を開けないと……全てが消えて失ってしまう気がして。
「あ、やっと起きた? もう、お見舞いに来て寝ちゃうなんて」
「ぁ…………美奈?」
叱られた子供のように、慌てて目を開けた先には。斜陽に染まって尚、真白いと分かる部屋。雨音ではなく、それに似たリズムを刻む蝉の合唱。窓際に置かれ、西日を吸い込む清潔なベット。その上で横になりながら、優しく微笑む人……それらは、決して幸福ではないけど。僕にとって、失いたくない光景の一つに違いないのだ。だからこそ、ここに来て眠ってしまった事を後悔した……もう、残りは少ないと言うのに。
「うん、私よ……廉ったら寝ぼけてるの?」
ベット脇に座る僕の手が彼女が伸ばした手に包まれる。その暖かさは、寝起きで呆とする僕には心地よかった。くすくすと笑う声が、蝉の声と混ざって……それだけで、酷く穏やかな気分にさせてくれる。
「む……そうだね、少し寝ぼけてるのかも」
……だって、目の前の彼女の姿が。以前の元気な美奈と変わらないなんて、そんな幻視をしてしまう。少しこけた頬に浮かぶ笑みから、三人で遊びに行った海での華のような笑みを。痩せて乾いた手が、初めて手を握った時の緊張の汗に湿った感触を。そんな都合の良い望みを思い起こさせる……僕にとって、残酷すぎる皮肉だった。だから、その泣いてしまいそうな感傷を、態とおどけた口調で誤魔化してみる……それもきっと、彼女は全て分かっていて。
「ありゃ、開き直ったな? ふふ……じゃあ、私が起こしてあげる」
にやりと、悪戯な笑いまでは良かった。そんな本来の彼女らしい決して純真な娘ではない感じ(本人に言った事は無いが)で……明らかに邪な悪戯心を持っている辺りが、僕は大好きだったから。
「え、…………ん!?」
――でも、悪戯にしたってこれは酷い。だって、こんなのは一生忘れることが出来ないじゃないか。蝉音が鳴り続ける中で、時間だけは淀んで流れない感覚がした。
「ん……んふふ、蓮の顔、真っ赤だね……」
「……夕日のせいです、きっとそうだ」
……突然のキス。そりゃもう眠り姫だって起きるに違いない、まことに男らしい突然さ。どこか甘い感覚だけ残して、ゆっくりと離した彼女の顔も夕日に照らされて赤く。
「ふふ、修介に見られたら怒られるかな? なにせ、あなたの『王子様』だものね?」
「ははっ、よく覚えてるね。美奈は……『悪い魔法使い』、だっけ?」
――それは、古いセピア色をしたような思い出。幼稚園で出会った修介と僕、そして美奈は毎日のように一緒に遊んで。或る時、童話の『ごっこ遊び』をしようと言ったのは、確か美奈その人だったと思うのだが。
「そ。だって、お姫様よりも格好良かったんだもの」
美しい姫の役から、美奈は真っ赤な顔をして逃げだして。仕方がないから修介と僕がじゃんけんをして……最初に必ずグーを出す癖を見破られた挙句に、僕が『眠り姫』の役を賜ったのだった。もっとも修介が演じる所の『王子様』は、あまりにシュールで……今でも本人の前では禁句の一つではあるが。
「……楽しかったな。もう、お姫様は御免被りたいけど」
「うん! あはは、二人共、ちょっと似合ってなかったわねぇ」
思い出は色褪せても、なお煌めいて。二人で同じ記憶を思い返せるのは、これ以上無い幸せだと思えた。こういう思い出は、他にも数え切れない程ある。高校に入って僕と美奈が付き合い始めても、修介を交えた三人の関係はほとんど変わる事は無く……
――だからこそ。満たされていたから、失いたくなかったのに。
「……廉? ほら、またそんな顔する」
「え? あっと、ごめん……」
僕を見上げる美加の眼は、薄く潤んで。一度は俺に合わせて起き上がった身体も、今はベットに戻ってしまい……握っていた手は、もはや握力を無くしていた。思わず、息を呑む音を押し殺す。その微笑みも、悪戯っぽい目も声も……何も変わらないというのに。
――それだけで。もう残りなど無いと、気付いてしまった。
「ふふ……きっとね、魔法使いも……お姫様に恋をしたんだと思う」
「うん……」
「あ~あ、童話みたいに魔法が使えたら……」
何かに憧れ、囁くような声は。弱った僕の心を酷くざわつかせる。それでも……最後まで気丈な彼女の前で、僕が弱みを見せるわけにはいかなかった。
「いいよ」
「え?」
「魔法、僕が叶えてあげるから」
この世に魔法があるのなら、こんな時に使えないなんて嘘だ。支離滅裂な言葉かもしれないが、僕は本気だった。美奈は、やっぱり少しだけ驚いた顔をしたけど……
「じゃあねぇ……廉?」
「……ああ。ほら、目を閉じて」
言いたく無かった。それが彼女の願いでも、口にしたなら、もうこの時間は終わってしまうから。でも、美加は嬉しそうに……華のように笑って。ためらう事なく、その瞼を閉じてしまった。
「――ごめんね」
今度は僕から。軽く重ねた唇は、すこしだけ暖かく――――
<続く>
『望夏の灯』-3
――それで、御伽話はお終い。結局、僕は魔法使いでも王子で無く、彼女は眠り姫では無かったのだ。そんな微妙にずれた配役のまま、エンドロールすら無いその幕切れを……僕はただ彼女の傍で見つめる事しか出来なかった。
「おい……廉? お焼香、お前の番だぞ」
「ぁ……ああ、分かった」
通夜の会場は、彼女の親族や弔問者で溢れかえっていた。高校のクラスでも、地元でも明るく人気者だったのだから当たり前なのかも知れないが。そこは哀しみに包まれてはいても、美奈の思い出話をする人々は皆、柔らかな顔をしているのが印象的だった。
(やっぱり……僕には過ぎた相手だったかもね、君は)
焼香に向かう途中にすれ違う、どの人の顔にも薄い涙の跡。チラリと振り返ると、僕の隣に座っていた修介の眼にも……僕には隠したかったのだろう、それは見なかった事にして。控えめに焼香を焚く間にも、どんな言葉を掛けていいのか分からず……結局は迷いだけを残して席へ戻った。
(…………)
正座をして、雑多な人々の会話を聞く。読経は既に終わっていて、誰とも会話をしない僕は唯々そこに居るだけ……彼女の事を考える事さえ無かった。
(なんで、泣けないんだろ……僕はこんなに……)
こんなに、どうしたというのか。今ある感情が哀しいのか、それとも喪失感なのか。自分の事なのに全然分からなくて、自分が空になるようで……酷く不安になる。それでも独り変わらず、能面のような顔で座る僕は周りにどんな風に見られているのか……そんな事を考える自分は、先ず自分から嘲笑されるべきだと思った。
「ごめん、修介。やっぱり今日は帰るよ」
「……そうか。調子悪いなら、ちゃんと休めよ」
「分かった……それじゃあね」
居た堪れなくなって、今度こそ通夜の会場から逃げ出した。外に出た途端に、夏夜の空気が肌に纏わりつく。普段なら不快である感覚も、それも彼女との思い出に繋がるからか……自分が空っぽになるような不安を和らげてくれる気がした。だから今は、自分を卑下しなくても済むように、美奈の事だけを考えていたかった。
(……もう一度、見に行こうかな)
そして。ふらりと、誘われるように海岸へ。僕らのお気に入りの防波堤へと続く道には、それこそ数えきれないほどの思い出がある。手に取るように思いだせるモノから、唯々笑い転げただけで、その理由を思いだせないようなモノまで……一つ一つが、大切な思い出。あとで修介にも訊いてみようと考えながら、ゆっくりと歩いた。
○●○●
――相変らず、海辺の火群は綺麗だった。その絶えず揺らめき、むしろ心許ない程の儚さが。灯した人の気持ちや、込めた願いなんて知りようもないのに……それこそ揺れる灯のように、僕の心を揺らす。
(…………)
ついに、言葉も無くした。確かに在るはずの想いは、ちいさな心から少しも出る事なく……それは僕自身だけしか伝わらない。だからなのか、言葉にも表情にも出来ない感情は。此処に来ると、どうしようもなく溢れてきそうで辛かった。
「あれ……? あ、もしかして」
「……え?」
<続く>
『望夏の灯』-4
――不意に、懐かしいような声がした。そんなはずは無いのに、美奈の声に似ているような。瞬間、凍りついたような時間を経て、慌てて振り返った先には。
「ふふっ、やっぱり。あなたが、廉クンだよね?」
「……! 君は……どうして?」
その女の子は、気付かぬ内に僕の後ろまで来ていた。揺れる灯に照らされた柔らかい笑みが、彼女が美奈に似ているけど別人である事を教えてくれている。しかし、今僕の名を……唖然とする僕を見て、彼女は慌てて謝って来た。
「あっ、ごめんね、美奈ちゃんに聞いてたから……私ね、母方の従妹なの」
「従妹……そっか、なんとなく似てるから吃驚したよ」
顔立ちも、背格好も同じくらいで。ただ雰囲気だけが微妙に異なる彼女だけど……今まで通夜にいたからか、その雰囲気に少し違和感を感じていた。
「うん、私も……美奈ちゃんの話の通りだから驚いちゃった」
「はは……変な話を吹き込んで無いといいけど」
悪戯っぽく笑う顔は、美奈のそれに近くて……思わず苦笑いを。美奈にこんな年の近い従妹が居たなんて知らなかったけど……なんとなく地元の人では無いような気がしたから、それも当然かもしれない。
「……ふ~ん、此処が美奈ちゃんのお気に入りの場所、か」
「ん……? そうだね、あいつから聞いてた?」
「うん。でも来た事はなくって……さっき御通夜で、修介クンって子に詳しい場所を聞いたの」
「ああ……」
「ふふ、なんとなく分かるな。綺麗だものね、此処からの眺め……」
それきり、会話もなく浜辺の灯を見ていた。僕の知らない美奈を知る機会ではあるけど……その美奈と似通った彼女の顔がどうしても見て居られなくて。結局、意外な形で沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「ね……あなたも、魔法掛けられたんじゃない?」
「え……?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。思わず振り返って見た彼女は、やはり柔らかく微笑んでいて。それは決して、冗談を言うような雰囲気ではなかった。
「あなたも、泣けないんでしょう? だから……」
「あ……」
唐突に、違和感の正体に気付いた。彼女から伝わる哀しみに反比例するかのように、その表情は酷く穏やかで。通夜の会場にいた人達と異なる点と言えば、その頬に涙の跡が無いという事。
「子供の頃、美奈ちゃんの家……叔母さんの家に遊びに来たんだよね」
静かに話し始める口調は、懐かしさに溢れた……別の意味で泣きそうになるような優しい声。そんな声のせいか、語る彼女の瞳の奥に、居ないはずの美奈が映っているような気がした。
「でね? 理由は思い出せないけど、私が酷く泣きだした事があって。その時に、美奈ちゃんが傍に来て言ったの。『実は私、魔法使いなの! だから、もう泣かなくてもいい魔法を掛けてあげるね』ってね」
「…………」
くすくすと笑う彼女の横で、僕は呆然とそれを聞いていた。きっとそれは、美奈が演じた『悪い魔法使い』の事だろう……『悪い』の単語を端折るあたり、美奈らしいが。
――思い出した。その『魔法』は……一時期は泣き虫だった僕に、美奈が最も得意とした決まり文句。『眠り姫』を魔法で眠りへと閉じ込めたくせに、もう泣かないように励ましてくれる……そんな矛盾した、役でさえ隠しきれない悪の魔法使いの優しさ。
「……廉クン?」
「は……はは……うん、そうだね。僕も、そのせいで今も泣けないんだ、きっと」
「……そっか。ふふっ、今になると迷惑な魔法よね」
初めて正面から顔を見合わせて、二人で笑う。かなりの偶然で出くわした僕らだが、案外、美奈の手でも加わってるのかも知れないと思った。同じ『魔法』で心に想いを閉じ込められた僕らは……きっと周りよりは長く彼女の事を想うだろう。
「さてと……じゃ、私は行くね」
「うん、さよなら……」
「じゃあね!」
ひらひらと手を振りながら、背を向けた彼女に。その名を訊こうとして、やはり障りのない挨拶を返すだけに留めておいた。美奈の面影を追う事に、大した意味など無いだろうと、今ならそう思えたから。元気に去っていく背中が見えなくなってから、僕もちらりと浜辺の灯を一瞥して、それに背を向けた。
<続く>
『望夏の灯』-5
翌日。僕はもう一度、浜辺に赴いていた。本格的に盆の期間に入った為か、昨日まで砂浜を覆っていた迎え火の灯りはすっかり無くなっていて。宵闇が落ちてくる、群青色と黒が混じり合った空には、明るめの星光が揺れている……そんな曖昧な時間。
「……ちょっと遅くなったけど。美奈、これなら迷わず来れるだろ?」
服が汚れるのには構わず、砂浜に横になって。傍に置いた『迎え火』の蝋燭一本が、広い浜辺で唯一の灯り。だから、先に逝った人を迎えるには迷わなくて良いだろう。
(…………)
瞼を閉じると、心は不思議なほど穏やかで。相変らず涙は出ないし、彼女が居なくなったことが哀しくない訳ではないのだけれど。思いだしたのだ、それもこれも、美奈が望んだ事。『悪い魔法使い』に掛けられた悪質な魔法だ。
「ははっ、惚れた弱みかなぁ……」
……いつか、この閉じ込められた想いも薄れていくだろう。そうして魔法が解けて、少し大人になった僕が、彼女の為に泣ける日もきっと来る。だから、それまでは。七夕の伝説のように、一年に一度だけ帰ってくる恋人と言うのも……美奈ならロマンチックで好きなんじゃないだろうか。
(本当に来たら、ちょっとホラーだけどね)
半透明になった彼女が不機嫌そうな顔をしているのを想像して少し笑えた。ホラー映画や怪談の類が大嫌いだったのだから、自分がなっていたら酷い顔をするに違いない。
「ん…………」
浜風が吹く。生温かい感触に目を開けると、大して時間は経っていないのに空も浜辺も真っ暗になっていた。波と風の音だけが世界の全てで、眠ってしまいそうな心地好さに包まれる。そうして、波間に漂うような時間の後。
――横に置いた灯が、風に煽られて。ひとしきり揺らめいた後、ふつりと消えてしまった。
「……ああ、おかえり、美奈」
その直前、揺れる火の温もりが。僕の隣に座って笑う、彼女の温もりを感じたような……そんな幸せな幻視をもたらしてくれた。また目を閉じれば、やっぱり彼女が隣にいるような気がして。そのまま特に何をするでもなく……灯りの絶えた浜辺で、夜が明けるまで。
浜辺に灯の揺れる夏は、大切な人に会える。忘れられないのが弱さでも、それでも良いと思えたから……僕は夏を待ち望む。
――じゃあ、また来年も。出来るなら、君と二人で。
(了)
※突然参加させて頂き、迷惑でなければ良いのですが。では、今回に参加される作品を拝読させて頂くのを、楽しみにして居ります!
彼は何としてもこの闘いに勝ち抜かねばならない。
それが今まで彼が生き残るために蹴落とした人達に対する贖罪で、勝ち抜かなければ彼はほとんど確実に、この燃え盛る太陽によって水分を消し飛ばされ命を落とすからだ。
『HI・KA・GE!』
事の始まりは、今日という日の有り得ない暑さと、それによってクーラーがショートして壊れたことにあった。
それによって部屋の中も、サウナのように気温は上がり続け、熱中症で倒れる人達が何百、何千と出て、建物の中に居るのが危険と判断した彼、白瀬京を含む暦市民達は日陰を求めるために街中を走り始めた。
走ることは水分の消費を早めるため、危険ではあるのだが、どのみち早く日陰に入れなければ彼たちは生き残る事が出来ない。
だからこそ彼らは、ありったけの水を持ち日陰を捜索するのだ。
そして、数分を掛けて川へ着き京が目にした光景は、バトルロワイヤルさながらの光景だった。
僅かな日陰を得るために競い合い、勝者が敗者を日向にどけ、持っている水を得る。
そんな弱肉強食の光景が京の目の前には広がっている。どうやら、そう簡単に生き延びることは出来ないと言うことらしい。
ならば当然彼もこれに加わる。加わらなければ自分の命は無く、対多数というシチュエーションは彼にとってはあまりにも有利すぎる――。
河川敷の橋の下で行われている戦争。
そこに、上半身は胸から上を、下半身は太腿が半分以上見える服装をした男が一人。
後ろには数多のペットボトル、それが紐のような物に繋がれ、男にそれを持たれている。
その姿は、数多の猛獣をその手に従えているようで、かとすれば意思を持っているかのように、地面を蠢くその物体達は、メデューサの持つ蛇の髪のようにも見えた。
京が纏う、その異質な雰囲気に、暴動事件のような殴り合いが起きていた橋の下の人間達は一時的に停止して、京がいる方向を見る。
一目視ただけで解る、自分とは次元が違うその雰囲気に、その中の数十人はプライドを捨て、結託して京を完全に包囲しながらジリジリと近付き、彼をこの戦いから一刻も早く落とそうと、即興でアイコンタクトを取った後、一斉に京へと走り出し襲いかかる――。
京がその右手を振るうと、右からは主人を襲われて怒り狂う水の獣が襲いかかり、京がその左手を振るうと、左からは自分の髪となる水の蛇が身を守るために襲ってくる相手へと飛ぶ。
その怒りに、その牙の矛先になった京を阻む人間達は、一人残らずその餌食になる。
結果、彼ら程度の人間が猛獣使いの牙から、メデューサの蛇から逃れることなどは出来ず、ましてや、そこに作られた神の領域を只人風情が犯して良い訳もなく、『白瀬 京』という突如として現れた、ただ一人の少年に触れることすら出来ず、襲い掛かった数十人は吹き飛ばされた。
その光景を目撃して、唖然とする彼に襲いかからなかった懸命な人間達。
その中には圧倒的な存在を恐れて、別な日陰を求めて去って行く者、無謀にも京に挑もうとする者、人が減った日陰でひとまずは傍観を決め込む者がいた。
当然ながら、京に挑む人間は実力差を弁えない無謀な弱者。
どうせ自分が勝ち残れないことに変わりはないのだが、愚かにも京に襲いかかることで更に自分の命が短くなる。
先程のように気絶させられた後に日の元へと晒され、その体内を巡る水分を燦々と降り注ぐ日光によって強奪と呼べるようなレベルで奪われていった。
そして数十分後、京などの働きによって確実に三桁はいたであろう日陰を求める軍団は、五人までに減った。
その中には当然京も含まれるが、序盤に雑魚とはいえ複数に狙われることが多かった京はその五人の中では一番疲労が溜まっている。
それ故か否か、疲労が溜まっている京には一人が付き、京と同程度の実力があるかもしれない『那須 一夜』という京と同じ程度の男には残る二人が付くことになった。
日陰の大きさを考えれば、五人になった今、最早争う必要は、無駄な血を流す必要はないのかもしれない。
だが、『白瀬京』と『那須一夜』は自分が蹴落とした人間達にせめてもの償いをするために頂点を目指す。
これは理屈などではなく、自分の誇りを、課せられた使命を、この二つを果たしたいという思いを尊重してのことだ。
それ故に二人は、残る三人を敵に回した。
これが暦市の歴史に後に刻まれることになる『師走橋の戦い』という戦いになることを、此処に居る少年少女達は今はまだ知るよしもなく、熱気に耐えながらも頭を冷静にして自分が生き残る方法を考えていた。
無論、京が相手する人数は一人だが、その一人は弱いという訳ではない。
むしろ、二対一ではなく、一対一の勝負になるために三人の中では一番強いであろう『湊 善花』という少女が相手となった。
「流石にあなたも疲れてきたんじゃない?」
そう言ってこの相手、善花が構えた得物は、よく研がれて、容赦なく降り注ぐ真夏の太陽を浴びて、眩しく感じる程の銀の光を放つ、二本の鉄製の鋏。
彼女は今に至までにも、何度か切れ味の悪くなった鋏を交換しているために、その所持している数は計り知れない。
これは、既にペットボトルの本数を晒している京へのアドバンテージとなり、少しだけ彼の腕を躊躇わせる。なぜなら、一斉攻撃を仕掛けるは良いものの、大量の鋏が彼女を防御する盾となりかねないからだ。
「体力が落ちようとも、俺は負けれないんだよ……。御託は良いから掛かってこい」
常人離れした体力を持つ暦市民。中でもこの白瀬京はトップレベルの体力と強さを持っているのだが、この炎天下で長時間動き続けていたとなると、流石に息もあがるようで、その語気からも疲れが感じられた。
そんな彼に敬意を表したのか「じゃあ……行くわね」そう言って水分が足りなくなる危険性も省みずに、全速力で京の元へと駆け出す善花。
彼女自身の速さもさることながら、彼女が持っているのは重いとはとてもいえないような獲物、鋏。
その鋏が何本入っているのかは外見では分からないが、その身体が京よりも軽いことは確かで、距離を取らせることも許さずに、一瞬でその鋏を煌めかせて京の懐へと飛び込んでいく。
今までも何度か他人にこの速さで詰め寄る度に多少なれども驚いていた京だが、自分にやられてみると防御どころか認識すら遅れてしまうような彼女の残った五人の中でも圧倒的に速いそのスピードに戦慄した。
だが、当然戦慄するだけで何もしない京ではない。
その眩い銀の光の動きを頼りに攻撃の予測をつけ、光が自分にふれる前に自分の身体を、重心を後ろにずらしながら右小指第二間接までを、繊細かつ素早く曲げる。
すると、第一関節と第二間接に繋がれた、狂犬を縛り付ける紐が一気に引かれて、主人に光が当たる前に、害を為す光を弾き、それと同時に善花の腕も弾いた為、彼女に僅かながら隙が出来る。
当たり前のことだが、その隙を逃す京ではなく、左腕を横向きにして、虚空にビンタを放つと左手に繋がれた全ての紐が反応し、合計十六もの攻撃が一斉に善花の左足を襲い、攻撃直後のため跳んで避けることも叶わなかった善花の足にそれらは全て当たり、左足を砕いたように見えた――のだが違った。
それらは当たった瞬間に中身が水で詰まったペットボトルと、何か硬いものがぶつかったときに生まれる重くて鈍いような、だけども少し高さも残したような独特な音と共に物によっては上空へ、物によっては下方へと弾き飛ばされる。
これから考えるに、善花の足には鋏が入っていたらしく、それに京が放った十六もの攻撃は衝撃を分散され、スピードが一番の強みの彼女に甚大なダメージこそ与えるも、これが決定打になることは無く足を押さえながらも善花は立っていることが出来た。
しかし、今の攻撃で与えた足へのダメージはやはり深刻なもので、左足は充分な働きをしていなく、立っているのがやっとのようで、この足で先程のような超スピードでの攻撃を撃ち出すことは出来ないことは明白だ。
(これはマズい……だけど!)
そう思った彼女は、出来るだけ使いたくなかった策に出る。
この暑さでも、肌の露出が少ない服を着て、決して顔以外を日光に晒すことがなかった彼女が服を――その手で裂き、下に穿いてある黒いスパッツと、バスケの時に付けるようなユニフォームの姿になる。
花を隠していた蕾は花開き、姿を現す真っ白な花弁。
そして、今日の照りつける白い日の光を、そのまま吸収したのではないかと思わせるようなその肌を露出すると共に、何かがぶつかり合うように、低くこの場に鳴り響く轟音。
それはこの二人の戦いに終戦を告げるように大きく鳴り響き――その音と共に、善花は“先程と何ら変わらないような、むしろ速くなっているようなスピード”で京の元へと跳ぶ。
力を入れているのは、ほとんど右足だけで、走るというよりも跳ぶという表現が似合うような距離の詰め方だというのに、そのスピードは先程を凌駕する。
それ程に大量の鋏が服には仕込まれていたらしく、その重さを無くして軽くなった今の善花は、まるで白い光を放ち飛んでいく流星のよう。
その光は目で追うことすら難しく、気付いた時には、右足だけでも認識が追い付かないようなスピードでの攻撃を、がら空きになっている腹への突きを京へと放っていた。
その攻撃。とてもではないがペットボトルを付けた紐を右腕に十八本、左腕に十八本付けている京がかわしきれるものではない。
善花の放つ神速で渾身の一撃をバランスを崩しながらも、避けようとするのではなく、右腕を思い切り振り、腰を捻りつつ当たる面積を少なくすることを目的として動くことによって、柔らかい腹に突き刺さり内臓へその攻撃が届くことはなく、背中の肉を一部分持って行かれるだけで済んだ。
しかし、思い切り回避のみに専念した京はそのまま倒れ込んでいく。
倒れ込んで大きな隙が出来た京に、善花は止めを――さすことは叶わず、鈍い音が響いた後地面に倒れ込んだ。
倒れる直前に京がした行動を覚えているだろうか。
そう、彼は避けるときに、倒れる直前に思い切り腕を振った。
腕を振ることによって、連動された右腕の十八の武器が左側へと動き、その半数が止めをさしにきた善花へと当たり、彼女を気絶させたのだ。
『勝ちが目前に迫ったり、慢心がどこかにあれば人には隙が出来る』
自分が生き残るためには、あの行動しかとれなかったのもあるが、そのような心理も利用しての京の勝利だった。
これを狙ってはいたものの、上手くいったことに京は安堵の息を漏らし「ふう……後は一人か……」と、横を見ながら言う。
そこには二人を一人で相手して、その両方を京とほとんど同じタイミングで倒した猛者が一人、仁王立ちで悠然と立っている。
『那須一夜』対『白瀬京』
これが『師走橋の戦い』最後の勝負となる。
最後の戦いを始める前に、両者は少ない言葉を交わす。
「やっぱりお前が相手か。じゃあ、とっととおっぱじめようぜ」
二人が言ったのはそれだけだった。
一夜が構える武器。それは独自の改造によって、威力を異常なまでに高めた『水鉄砲』
加えてここは川がある橋の下で、一夜の水鉄砲『水神の激流“ポセイディア”』の弾数は無限と言って差し支えなく、状況的に有利なのは一夜の方だ。
だから、一夜は迷うことなく満タンにしているその水鉄砲の引き金を引き、京に向けてその水を飛ばす。
その攻撃をヤバいと思った京は、左のペットボトルを総動員させて十八本の壁を作る。
十八本を注ぎ込んだぶ厚い壁が崩されることは無かったが、その予想以上に高い威力で、完全にシャットアウトする予定だった一筋の水はペットボトルを押し、それに連動して京の左腕が上に上がる。
――だが、それは良い方向へと働いた。
水流によって程よくバラけたペットボトル達、ペットボトルが上へと打ち上げられることによって、連動して上へ上がった京の腕。
それから京がとる行動はただ一つ。
腕をそのまま振り下ろすことによって、上がった十八本全てを一夜へ向けた攻撃にすることだ。
審判の手を下し、一夜へと向かっていく十八のペットボトル。
その攻撃範囲の広さから避けることは叶わず、確実に二、三本のペットボトルは一夜へと当たるルートへ入っている。
それを一夜も理解しているのか、彼がその場から動くことは無い。
ただ、ポセイディアに入っている水を半分近く注ぎ込み、剣を振るかのように斜め上から来る自分に当たりそうなペットボトルを薙ぐ。
結局ペットボトルは当たらずに地面へと落ち、地面に小さなクレーターを作るだけに終わり、一夜を傷つけることはなかった。
先攻後攻を交代するように、次は一夜が反撃に出た。
まずは更にペットボトルが来ないように川がある後ろへと跳び、距離を取る。
そして、高々と振り上げたポセイディアに入っている全ての水を使い切り――水の剣を振り下ろす。
その剣を振り下ろすスピードは、まさに神速。
高い水圧と充分過ぎる速度。この二つを両立させた攻撃は、京を真っ二つにして斬り殺さんとばかりにそれは頭上へと迫って行く。
善花の攻撃程のスピードは無いため、右へと半身分ずれて、その剣を避けることは容易とはいわないまでも、充分に可能だったのだが、水の剣が地面に叩きつけられた時に巻き上がる砂埃で視界を奪われ、一瞬とはいえ隙が出来てしまった。
その隙に、一夜は後ろの川から水を補給し、再び水が満杯近く入ったポセイディアの引き金を引く。それをすぐ戻し、間髪入れずに再び引く。それを繰り返す。何度も、何度も。満杯近くまで入っていた水が半分以上無くなるまで引き続ける。
それらは大量の水の球となり京を襲う。
ゆうに二十は越えているその球に対処するために、京は左手をまるでピアノを弾くように目まぐるしく動かす。
演奏者の意志の通りに音符は宙を舞い、水の球とぶつかり合い、それらが奏でる協奏曲。
少し高い音と、宙を舞う水。それよりも高く打ち上がり、日光という照明に照らされ、光の絵画を作り出すペットボトルという名の音符。
幻想的なその光景に『那須一夜』という観客の目は一瞬奪われてしまう。
――それが戦闘中であるにも関わらず。
そのタイミングを見計らったように、音を紡ぎ、奏でるその腕は『終焉の協奏曲“コンチェルト・オブ・ジエンド”』を奏でる。
右腕を振り上げ、左に繋がれた二本以外全てを宙へと浮かせる京。
そして、それらがちょうど良いぐらいの高度まで上がった時、京はピアノを強く鳴らす。
同時に一夜を包囲し、向かっていく三十四の攻撃。
ポセイディアにより前方の物だけでも防ぐが、到底全てを避けきることなど出来るわけもなく、鈍い音と共に地面へと崩れ込む。
それと同時に地面へと叩きつけられたペットボトルはコンチェルト・オブ・ジエンドの衝撃に耐えきれずに破裂し、中に入っていた太陽光によって熱せられた水が上空へと飛散する。
それらの大半は一夜を囲うように円を作り、重力に従って地面へと落ちて乾ききった地面に吸収されていく。
そして、衝撃で少し別の方向へと水滴となって飛んだ残り少数は、宝石のように光り輝き、地面へのまだら模様と、反射によって出来る虹を、まるで勝利を祝うように創り出した。
それを見た京は、初めてこの瞬間に自分の勝利を理解し「ああ……終わったのか……なら、俺も休める……」と、左腕に括っている紐を手繰り寄せ、ペットボトルに入っているぬるいどころか、少し熱くなっている水を勝利の美酒のように一本飲んだ。
そして、満足したように橋の下の日陰で眠るように倒れ込んだ。
同時に『師走橋の戦い』も終戦を告げた。
その後、京は冷たいとは言えないが、温いぐらいなら言えそうな夜風に吹かれ、目を覚ましす。
その開いた目に飛び込んできたのは熱中症の人を、瀕死の人を運ぶ大量の救急車。
その光景を見ながら『あぁ、これは俺がやったことなのか……』ということを理解し、少しだけの後悔の念に晒されながら家へと帰る。
雲一つ無い夜空には、デネブ、アルタイル、ベガで作られる夏の大三角形が綺麗に見えた。
『HI・KA・GE!』終了。
あとがき
小説というものから何かを得るというものがありますが、僕は全てが全てそうある必要は無いと思うのです。
現在のラノベとかもそのような作品がありますし、読書という行為によって少しでも笑わせたり、没頭させたり出来ればその本は、その文章は充分に意味のあるモノになると思うんですよね。
まあ、何が言いたいかと言うと、この作品もそんな気持ちで書きましたよ。ということなんですが。言い訳っぽいですね。
話は変わりますが、真夏の暑苦しい日。こんな日に体育などの授業があり、少しでも日陰にいようとしたことがあるのではないでしょうか。少なくとも僕はあります。
そんな経験と、数年前にウイダーのCMで日向に出たら倒れるってやつあったな。という記憶を元に、この『HI・KA・GE!』は作られました。
暦市という架空の舞台で行われる、ちょっと格好良くも、かなりはっちゃけた、かなりバカな人達のストーリーにクスリとでも笑ってくれたら、それはとっても嬉しいなって思っています。
お題『海』で書いた『泳げない僕~~』も実はここが舞台だったりするので、これが累計二作目の暦市の物語となります。
もう、ほとんどが僕の趣味みたいな風に、終始はっちゃけていましたが、これからも白瀬君達の有り得ない日常を覗いて頂ければ幸いです。
では、暦市で再びSSを書ける機会を貰い、こんな趣味百%の作品を読んでいただきありがとうございました。
白波
「ちいさい夏、みつけた」
半袖で過ごすようになって、日中は扇風機無しでは生きていけなくなって、郵便受けに毎年市内で行われている花火大会のチラシが投函されて──いつの間にか、夏になっていた。
花火大会には、小さい頃はいつも幼馴染みの弓月(ゆづき)と一緒に見に行った。当時の僕にとって、ほぼ真上で立て続けに大きな音を立てて鳴る花火は恐ろしい怪物のように思えてならなかったのだが、それを弓月に悟られまいと必死で平静を装った記憶がある。
──いつだっただろうか。一緒に花火を見に行かなくなったのは。
確か、小学校低学年までは行っていたと思うのだが、その後どうだったかははっきりと覚えていない。ただ、学年が上がるにつれて互いに男女間の隔たりを感じ始めたのだと思う。
…………それにしても暑い。異常気象だ異常気象。というかやけに周りが騒がしいような気が。顔を上げるとぬるい空気が顔に当たった。あ、世界史の先生が教科書を抱えて教室から出ていく。どうやら授業が終わったらしい。そして僕はいつの間にか居眠りをしていたらしい。
「お早う」
隣の席の沢田瞳に声をかけられた。
「はよー」
「ハッシー、桐島君のこと睨んでたよ」
ハッシーというのは、世界史担当橋本先生のあだ名だろう。
「僕の場合、受験に世界史は要らないからいいんだよ」
「次の期末にはでるけど」
沢田はそう言って、世界史のノートと教科書を鞄の中にしまった。
彼女とは高校に入ってから三年間、ずっと同じクラスだ。サバサバが服を着て歩いているような感じで、僕の数少ない女友達である。
「ていうか暑過ぎんだろ。ここの席」
僕は下敷きをうちわ代わりにしてぼやいた。
教室にはクーラーが付いている。が、位置と風向きの関係上、僕が座っている後ろの方の座席にはあまり風が来ない。
「そうだね」
そう言う沢田は涼しそうな顔をしている。
──不意に、沢田に告白されたときのことを思い出した。
「桐島君のことが好き」
付き合って下さい。そう付け加えてから、沢田は僕の顔をまっすぐに見た。
困惑して、思わず目を逸らしてしまう。向こうは悪い冗談などではなく、本気なのだとわかったからだ。
沢田は良い奴だし、顔だってよく見ればけっこう整っている方なのかもしれない。……でもでもでも、付き合うとかそういうことを考えると、何か違う気がした。刹那、弓月の顔が頭に浮かぶ。
「ごめん。他に好きな人がいる」
僕は頭の中の弓月を必死でかき消して言う。蝉の鳴き声がやけにうるさく感じた──。
あれは二年の夏休みの補習帰りのことだったから、もう一年近く経つのか、と思う。
沢田とはその後、現在に至るまで何事も無かったかのように友人関係が続いている。本当に、何事も無かったかのように。
「そうだ桐島君、」
「何?」
「弓月とどうなってるの?」
「…………は?」
心臓がどきりと音を立てる。
「言った、けど」
「それって弓月のことでしょ」
沢田は表情ひとつ変えずに言う。
核心を突かれたと思った。沢田の言うことは正しい。僕は夢から覚めたような気分になった。曖昧に返事をして教室を出ると、さっきより空気が生ぬるく感じた。暑い。異常気象だ異常気象。
***
「期末が終わったら夏休みかー」
隣に腰を下ろしている寛也が、アイスを頬張りながら呟く。
昼休み。僕は屋上の片隅で、友人たち三人とだらだらと過ごしていた。ギラギラと太陽光が照りつける中、倉庫の陰になった狭いスペースは、昼休みを過ごすのにうってつけである。
「つーか、無性に海行きたい」
「夏休みっつってもどうせ俺らは受験生の身だから」
向かいに座る樹と翔太が続けて言う。
「なんかこの忙しいときに限って色々他のことがやりたくなるんだよなー」
「あー分かる。スイカ割りとか、ビーチバレーとか、めっちゃやりたいもん」
「そういや俺、スイカ割りってやったことないんだけど」
他愛もない会話は途切れることなく、永遠に続いていきそうだった。引退した部活のこと、受験のこと、昨日のテレビのこと、下らないこと……。
「……次の授業って何だっけ」
予鈴が鳴ったところで、それまで散々部活の後輩の愚痴を言っていた樹が訊く。
「古文」
「げ。教科書忘れた。俺、借りに行ってくるわ」
樹は立ち上がって早歩きで立ち去った。「俺もー」と言い、翔太も後を追う。
僕らもそろそろ教室戻ろう、と二本目のアイスを完食したばかりの寛也に言う。
「あ、」
寛也が間抜けな声を上げる。
「あ?」
「そういえば例のカノジョと付き合ってんの?」
「カノジョ?」
さっきから、寛也の言っていることをただオウム返しにしているだけのような気がする。
「黒川だよ黒川弓月」
──何だ、またその話か。
***
塾の講習が終わり、帰りのバス停まで向かう途中、手元の時計を見ると既に二十時を回っていた。
空を見上げると、いくつかの星が瞬いているのが見えた。そして、空が意外と殺風景なことに気づく。こんなに星って少なかったっけ。……まあ、単純に視力が落ちただけか。
いつだったか、夏休みの自由研究で星座の観察をしたことがある。明るい一等星であるアンタレスを持つさそり座を初めて見つけたときは、妙にうれしい気持ちになったものだ。
でも、もはやどの星がアンタレスなのか分からない。確か、北極星を基準にして見つけられるはずなのだが、そもそもどれが北極星だったのだろうか……。
俺は北極星探しを諦めて、バスに乗り込んだ。冷房が効いていて涼しい。空いている席に座り、バスの発車を待つ。途端に、睡魔が襲ってくる。
「あっ夕介! やっほー」
その澄んだ声に、僕の眠気は一気に吹き飛ばされた。
「弓月、」
穏やかな風が、肩まで伸びた彼女の髪を揺らす。家が隣同士で学校も同じだというのに、ここ最近顔を会わせていなかったような気がする。
「なんか、久しぶりだね」
弓月はそう言って、僕の隣に座る。
「うん」
……。
何を話そうか、全く思いつかない。何か気の利いた話題はないものかと考えたが、不思議なくらいに何も浮かんでこない。普段の僕なら、こんなこと深く考えたりしないのに。
バスがゆっくりと発車する。今日はいつにもまして乗客が少なく、席はほとんど空いていた。僕も弓月も一言も喋らないまま、バスは走り続けた。やがて急な曲がり角を通って大通りに出たかと思うと、すぐに信号に引っ掛かった。
下を向いて、僕は考える。僕と弓月はこれからもずっとただの幼馴染みのままで終わってしまうような気がした。夜が更けて星がながれるように、まるで最初から決まっていたみたいに。
「夕介! 見て!」
弾む弓月の声。顔を上げると、ほぼ真正面に花火が見えた。あ、市内の花火大会って今日だったんだ、と思う。ビルの隙間から顔を覗かせる握り拳ほどのそれは、鮮やかに夜の空を染めていた。そうかと思えばすぐ闇の中に消え、そしてまた別の花火が開いて、散る。何度も見てきたはずのこの光景を、僕はしばらくの間食い入るように見つめた。
「綺麗だね」
「……ちょっと小さいけど」
「確かに」
迫力には欠ける、と付け足して、弓月は笑う。
信号は青に変わり、バスが再び走り出すと、花火はビルの後ろに隠れてしまった。
「弓月、僕実は────……」
end.
*
素敵な企画をありがとうございます。書くのが楽しかったです∀
というか、結果的にまとまりのない感じにorz 短編って難しいですね;
幼馴染みに恋する少年のとある一日、というのを副題にして書きました(・ω・)
個人的に夏っぽいと思うものを色々と取り入れたつもりです。
あと、最後が妙な終わり方なのは、敢えてです!←
『壊れた人間達の綴り張』 壱
前記
今から二年前の、とある青年によって書かれた書物より抜粋。
日記形式の書物である。
文章は英語で書かれていたので、日本語訳に意訳したものをここに記す事にしてみた。
原文との多少のズレは、許容してくれ。
また、この文章の訳文担当者は荒川万里、つまり私がさせていただく。
注・内容が真実なのか創作なのかは読了者に、その旨を判断していただきたい。
六月一日
暦の上ではとっくに夏になっているが、気象的な観点からみると六月からが夏らしい。
その為かまだそこまで暑いというわけではないが、寒いというわけでもない。
すでに夏の足音は近付いているどころか、猛突進しているということだろう。
猛突進とは我ながら意味のわからない表現だが、ニュアンスは伝わるか?
伝える……と言ったが。この日記を人に見せる事は私の生きている内には無いだろう
理由は色々あるが。……本当に色々あるが。
その一つとして、私がシャイだという事があげられる。
自分の考えが、私が存命の内に誰かに見られるなんて苦行。正直御免こうむりたい。
まあ、それでも『日記』という形で何かを残したい。
いや、残さねばならない事になったので。この日より書き始めとさせて頂く事にする。
ふむ……。誰に了承をとっているのだろうね私は。まあいい。
さて、今日はとりあえずこんな所でいいのかな?
まあ、これからおいおい書かせて頂くとするよ。
毎日書くわけではないが、気が向いたら書くことにする。
それではお互い生きていたらまた会おう。
六月三日
この前の日記から二日しかたっていない。
そのためまだ季節の感触は前と変わらないな。
夏と言うのはどうしようもない季節だと思わないかね?
暑く。暑く。暑く。
ただただ暑いだけで、他に何か面白みが存在しない季節だ。
生き物の芽吹きを感じる春とも違う。
白銀の世界に彩られる冬とは違う。
全てが鮮やかに染まる秋とも違う。
唯暑いだけの夏。
私はこの季節が嫌いだ。
とてもとても嫌いだ……。
ふむ。今日はこのくらいでいいかな。
それではお互い生きていたらまた会おう。
六月二十三日
前の日記から期間が多少あいたな。
まあいい。
さて最近周りで変化があった。そう『変化』だ。
来るべくして来た変化とでも言おうか。
まず、私の足が『動かなくなった』。
次に『思考が安定しなくなった』。
ふむ。似たような症例は病気の一種の中にあるかもしれないが、断じて置こう。
この状態は病気ではない。
では何か?
まあ、それはおいおい書いて行く事にする。
『時間があるかはわからないがね』。
それではお互い生きていたらまた会おう。
六月二十五日
今度は『手が動かなくなった』。
ふむ。嫌なものだ。
そういえば、昨日車いすで外に出てみたんだ。
そこに、夏だからかな。
暑い日差しの所為で、ミミズがアスファルトの上で干からびていた。
なんというか、こう。
無常だね。
小さな生命の命を刈り取るのが、夏の日差しの趣味なのだろうかね?
まあ日差しに罪はないだろうが、善意などもないだろうね。
善意のある日差し……。
ふむ、神秘だな。
さて、今日はここまでにしよう。『手が動かないまま日記を書くのは億劫だ』。
それではお互い。生きていたらまた会おう。
七月二日
『月』が変わったね。
尤も何月になろうと、何日になろうと。
私にとってはどうでもいいことなのだが。
それでも、この夏は嫌だな。
暑い。とにかく暑い。
今日も起き上がったところ、手が暑さの所為か。
『腐っていてね』。
仕様がないから口でぶち切っておいた。
痛みが無いのだけが幸いだったという所か。
しかし、暑いな。
腕が一本ないと歩きづらい事この上ないな。
しかし、暑いな。
頭がくらくらする。
しかし暑いな。
生きていたら。
しかし暑いな。
『また会おう』。
七月五日
……。
…………。
………………。
………………………………………………………………………………。
イキテイたら。マタあオう。
『壊れた人間達の綴り張』 弐
七月十日
さて、ようやく落ち着いてきたね。
身体から力が抜けて来る。
だが、心は非常に落ち着いているよ。
ただやはり、夏は暑すぎるな。
暑すぎると頭がおかしくなる。
私の日記の内容を見て、君たちは総じてこう思うだろう?
『なんなんだこれは?』とね。
まったくその通りだ。なんなのだこれは。
いや、私が一体何なのだ?
思い出せなくなってきたんだよ。自分の存在の意義がね。
ああ、まったく。こんなことなら『話に乗るんじゃなかった』。
マリに完璧に騙されたよ。だから東洋人は嫌いだ。
特に日本人はかわいい顔してやることがエグイね。
まあ、いいさ。
美人に騙されるのも英国紳士の嗜みの一つさ。
まあ、こんな状態で紳士も何もないか……。
さてこれくらいにしようか。
生きていたらまた会おう。
七月二十日
終わりかけている。
私をめぐっている『モノ』が、形をひそめてきてね。
ようやっと外に出ようという心持になったようだ。
それはそうか。
何せ私はもう、『器』としては、成り立たないからね。
『モノ』達も、半分幽霊の様な生しか持たない私の、いや、最早骸と言っても問題無い私の中に、何時までも居続けたくないだろう。
実験は終了だ。
まったく、夏は嫌いだ。
暑すぎる。
今日もまた、鳥が干からびて朽ちている所を見たよ。
夏は嫌いだ。暑すぎる。
さて、もうそろそろこの日記も終わりかな。
期間がとびとびで済まなかった。
実は毎日書いていたんだが、文章として成り立っているのがこれくらいでね。
それじゃあね。
生きていたら、また会おう。
七月三十日
身体がもう動かない。
身体? 何を言っている?
すでに身体なんてない。
ならば何だ?
思念か? これは心か?
意志か? 私は意志によって動いている?
なんだこれは? なんだこれは?
なんだというんだ? 気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
吐けハクハクハクハク。白白白白。
君はははは、何故ナゼぇ? 生きている?
もうすぐ同じおなじはおこはあか。
君はもうすぐ同じ。
君の中にも『モノ』が ア 入る?
生きてミロ。マタアオウ。
はちがつ……。
しんじつだ。
しんじつをかたっておこう。
わたしはヒトだ。
キミらをいくら喰らっていようと。
人なんだ!
覚えておいてくれ。
覚えておくんだ! 良いか!!
意識が覚醒している! 今だけだ!!
これを読んでる人間! 逃げろ!
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!
地の果てまで、天の果てまで!
逃げるんだ!
『モノ』は喰うぞ? お前らを内から外から全てから!
喰い荒して喰い荒して喰い荒す!!
私はもう、身体が存在しない! 思念だけで全てを動かす存在だ!
幽霊? 幽鬼? そんなものはない!
全て人間だ! 人間が作り人間が欲し人間たらんと、壊れた『モノ』だ!
ああ、動かない! なんで無いんだ!
手も腕も足も『頭も無いんだ!!』
なんで生きている? なんで私が生きている?
こんな状態でなんで生きていると『実感できる!!』
逃げろ!!
お前らもこうなる。こうなるんだよ!!
生きていない! もう会えない!!
九月一日
生きていたかったかい?
マリ。君は天才だ。
生きていたかったかい?
しんでしまったね? さようなら。
後記
以上を持って、謎の怪文書と思われる日記の訳文を終了とする。
尚、この日記で触れられている『モノ』という正体については、謎のままである。
おそらくこの日記を記載したものは、精神病院か何かで幻覚に囚われていた、典型的な心神喪失の患者と思われる。
私がこれを訳文したのは『偶然に過ぎない』。
ただし不可解な点が一つ。
この日記が書かれたのは、紙などの劣化具合から二年前と推測されたわけだが。
その前後に、フランスで一つのある事件が起こっている。
『都市部人体停止事件』。
とある都市が、何か特殊な病原菌に侵され、住民がそろって『五体が動かなくなる』という症状におかれた。
尤も病原菌と言っても、正体が依然分からず。専門家は全て匙を投げた。
しかし、そのような特殊な状況はわずか一日で解決した。原因は不明だが、その『都市』は今も普通に存在し、普通に住民も暮らしている。
謎は謎のまま終わったということだ。
唯、唯一手がかりがあるとすれば。そこにはとある東洋人がいたということだ。
その東洋人は、異様な奇術や、幻術。そして科学に精通していたという。
彼(いや、彼女かもしれない)の存在が、その謎の一端を担っているという可能性はかなり高い。
尤も、手がかりも何もないので、事件は迷宮入りのままだ。
唯『マリ』と言う名前。それだけが、この日記から手がかりだと推測出来る。
東洋人と『マリ』。
それは同一人物か?
中々に面白い事だと思わないだろうか? ねぇ? 読者諸君?
では、これにてこの日記の『訳文』を終わる。
記載者は私こと荒川万里著。
読みは、『あらかわ まり』。
では。
生きていたら、また会おうじゃないか?
>>221-222
聡明な読者諸君は気付いていると思う。
そう、この意味不明な物語。これは『夏』の魔力が生み出したモノだと……。
とかなんとか、さすらいテイストで言えば、大抵の事は許されるよね皆さん!
ってなもんで、意味不明な短編申し訳ないです!
まあ、これがっちり書いたら三万字は行きますから!
日記風にしたら、あら不思議。
荒っぽい筋立てでも綺麗にまとまった様にみせかけて纏まってないよ!?
本当にやりたい放題やって申し訳ないoyz
でも書いていて楽しかったですw
コメディにしようと思ったら、ホラーテイストにw
色々謎とか伏線とか張ってありますが、回収する気が虚無な感じにw
いつかしっかり書きてゐですね!
それでは! 素敵な短編投稿場所を提供してくださった、風姉さんに敬礼!
投票も楽しんでやらせていただきます!
再見!
第四回SS大会エントリー作品!
No1 夜道様作 「夏なんか嫌いだ」 >>188
No2 刹那様作 「狂愛毒ニヨリ苦シ」 >>189
No3 ピアニッシモpp様作 「怪談」 >>190
No4 さくら様作 「海が、綺麗ですね」 >>191
No5 瑚雲様作 「Our summer」 >>192-193
No6 ゆかむらさき様作 「一晩かぎりの月下美人(シンデレラ)」 >>194-196
No7 夕凪旋風様作 「休暇」 >>197-199
No8 夜深様作 「恋の煙」 >>202
No9 秋原かざや様作 「壊れたエアコン」 >>203-204
No10 Lithics様作 「望夏の灯」 >>206-210
No11 白波様作 「HI・KA・GE!」 >>211-214
No12 果世様作 「ちいさい夏、みつけた」 >>215-220
No13 トレモロ様作 「壊れた人間達の綴り張」 >>221-223
以上、全十三作がエントリーしましたvv
おはようございます。
あの、言いにくいんですが、>>224で訂正をお願いしたいところがあります。
No8 ×深夜 ○夜深 です。
あと、私が書いたものが載っている部分は>>202だけです。
紛らわしい名前ですみません。
エントリーさせて頂き、嬉しいです。ありがとうございます!
瑚雲さん 『Our summer』
トレモロさん 『壊れた人間達の綴り張』
白波さん 『HI・KA・GE!』
すみません、私も訂正願います。
私の短篇、タイトルが「海が、綺麗ですね」になっているんですけど、其れは只の台詞であって、タイトルではないんです。すみません。
本当のタイトルは、「涙の匂いがした海に、ふわり。人魚姫の泣き顔が映る」です。凄く長くてすみません。
訂正宜しくお願い致します。
◎投票
気に入った作品、三つ選びました。
・Lithics様、望夏の灯
いやあ、すっごい文章力高いですね!思わず共感してしまいました。
・トレモロ様、壊れた人間達の綴り張
タイトルに惚れます。内容も本当に美しいです。
・ゆかむらさき様、一夜限りの月下美人(シンデレラ)
このタイトルは凄く綺麗で良いですね!あーもうこんなタイトル待ってました!
では、訂正の方、宜しくお願いしますね。
五月蝿く言ってすみませんでした。
夕凪旋風様作「休暇」
トレモロ様作「壊れた人間達の綴り張」
が私の好みですね^^
薬味ネギ様へ
今回からテンプレ使わないで良くしました。特に気に入った作品を一つ~三つまで書いてください。
私はこれかなー?
瑚雲様作 「Our summer」
Lithics様作 「望夏の灯」
白波様作 「HI・KA・GE!」
今回もまた、レベル高いですね!!
私の以外(苦笑)。
初めまして。毎回覗かせてもらってますw
私小説は書けませんでしたが、投票良いですかあ?
さくらさん「涙の匂いがした海に、ふわり。人魚姫の泣き顔が映る」
白波さん「HI・KA・GE!」
私の好みは此れ位です。
こんにちは^^
毎回投稿シてたんだけど…… 投票ははじめてです。
2度でも3度でも読みたくなっちゃうくらいのが、ありましたので。
○夜道様作 「夏なんか嫌いだ」
○刹那様作 「狂愛毒ニヨリ苦シ」
○夕凪旋風様作 「休暇」
……です。
楽しく(刹那さんのは こわかった)読ませていただきました♪
はじめましてー。投票良いですよね?
トレモロ様作の壊れた人間達の綴り張と、さくら様作の涙の匂いがした海に、ふわり。人魚姫の泣き顔が映るです。
凄く楽しく読みました。
果世◆MhCJJ7GVT. どの
「ちいさい夏、みつけた」
秋原かざや◆FqvuKYl6F6 どの
『壊れたエアコン』
好みに合って非常に面白かった。他も良作。満足。
こんにちは、投票させて頂きます。
夕凪旋風様:『休暇』
秋原かざや様:『壊れたエアコン』
白波様:『HI・KA・GE!』
この三つに。他のどれも楽しく読ませて頂きました!
※>>235 誤記失礼しました、訂正済みです。
では、投票させて頂きます。
さくら様作「涙の匂いがした海に、ふわり。人魚姫の泣き顔が映る」
トレモロ様作「壊れた人間達の綴り張」
Lithics様作「望夏の灯」
はじめまして!どれも良く纏まっていてすごく迷ったのですが、素敵だと思った作品は敢えて一つだけあげさせてもらいました!私の中では断トツだったので//
夜深◆4QOlS8qZ..様 :『恋の煙』!
枝毛を探していた手を止めて…のところなどはとても自然で純粋な描写だと思いました!!全体も言葉の一つ一つが滴のようにきらきらしていたと思いました!悲しいお話でしたけど…でもとっても言葉が心に残りましたよ!!
皆さんすごくどれも素晴らしかったです!このような良い企画をしてくださっている風猫様もお疲れ様ですと有難うございます!!
まだ間にあいますか?あっ描いてありました;^^
ピアニッシモpp◆8NBuQ4l6uQ さんの怪談がおもしろかったです。
せりふ書きなのに小説っぽくてすごいとおもいました!!!!
テンポとかよくて、こんなふうにかけるようになりたいです!!!
へんなこと描いてスミマセン・・・。
こんにちわ。まだ間に合います?
さくらさん「涙の匂いがした海に、ふわり。人魚姫の泣き顔が映る」です。
さくらさんのは 物凄くセンスがあって、綺麗な描写でした。
二次小説での活動も、毎日読ませてもらってます。
第四回SS大会「夏」 結果発表
一位:トレモロ様作 「壊れた人間達の綴り張」
二位:白波様作 「HI・KA・GE!」 さくら様作 「海が、綺麗ですね」 票数同数
三位:夕凪旋風様作 「休暇」 Lithics様作 「望夏の灯」 票数同数
今回から形式を変えました。改めて宜しくお願いします^^
以上、ベスト3でした!
今回入賞しなかった方々も次回頑張って下さいね♪
今回も楽しかったです^^
風猫のこの企画のおかげで(絶対 おかげ)で、描写が以前よりも少しうまく書けるようになれたような気がします。
お題から、イメージして書くことは、トレーニングになります。(と、思う……)
毎回、賞取れるように頑張っているのですが…… やっぱり みなさんとても上手で……参考になります。めっちゃ。
これからも よろしくおねがいします ネ♪
すいません、今回書いたのは良いんですけどちょっと間に合わなくて……
次回こそは参加します、はい。
では、少し早急だけど第五回SS大会を開始しますね♪
お題は「夢」です!
>>237
ありがとうございます!
嬉しいです!
トレモロさんはやっぱり凄い……
皆さんおめでとうございます^^
風猫さん、集計お疲れ様でした!
三位入賞、恐縮ですが凄く嬉しいです。
第五回の御題も素敵なので、余裕があれば参加させて貰いたいと思っています。
ありがとうございました!
『ユートピア』 弌
少女は、空を仰いだ。
秋の澄み切った高い空は、少女の憂いた心を包み込むようだ。
ため息を一つこぼし、雑多な街に視線を戻す。
空は高いが、空気は濁りきっている。そんな空間でまた過ごすのか。
――私の人生は何度繰り返しても、街の風景は変わり映えしないだろう。
そんな現実を受け止めることすらできす、少女歩き出す。
願った事すら叶ってもこの程度か。この世界に生きていく意味が何処にも無い。
「…名前を取り戻さなきゃ。そうしないと【夢】から抜け出せない」
どうして願ったりしたのだろう。普通に生きていても同じ世界じゃないか。
記憶も遠のき、ただ残っているのは自分と言う存在が確かに此処にあると言う事だけ。
まさか名前を消されるなんて思いもしなかった。
あの赤いフードを被った人物に出会っていなければ。
ずっと夢見てた世界を願わずにいれば。
そう思っても幾度後悔を巡らせても、少女は何度も願うだろう。
誰もが望む、ユートピアを。
『ユートピア』 弍
私のお母さんは知的障害者だ。
何を言っても全て伝わっている試しが無い。
昨日はメールで
<お母さんヤめる。もうはなしかけこないで、たにだから>
という意味不明な文が送られてきた。母は親権を取り下げたいと言っているのだろう。
そういう風に、漢字変換もままならず、自分の感情をむき出しにして、ただ一人の娘に中傷を浴びせる。
いや、母は中傷を浴びせているという事も、解っていないだろう。だからここで
<嫌だ、お母さんと離れたくない、一回ちゃんと話し合おう>
と返信したとしても、同じ似たようなメールが返ってくるだけだ。
それに、私もこんな母を【お母さん】とは呼びたくない。メールだって無視だ。
母は忘れる。自分がこんなメールをした事を。私がムキになって怒鳴っても、意味などないのだ。
□■□■□■□
中学を卒業し、高校生になった。
思春期も来て、益々このことを誰にも言えずにいた。
中学は苦い思い出しかない。母は給食費も払わず、朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる。友達のママさんの所で飲みに行っているのだ。
そんなお金があるのなら給食費も学校費も払ってくれればいいものを。
何時も相談相手は担任だった。
家庭内事情で学校を休む日々。友達にも言えず、誰かに助けを求めるなんて以ての外。
このことは担任に話そう。私を唯一親身に考えてくれる、経った一人の信頼できる他人。
先生はこの事を考慮して、私に高校は定時制に行けと提案した。
朝は働いて、夜は学校で勉強。
それはもう、私に一人立ちしろと言っているのだろう。
私もそれしかないと考えて、定時制の高校を志願した。
母とは会いたくない。どうせできるなら一日でも家に居たくないのだ。
高校には合格したが、やはり定時制。学校に来る生徒は中々居なく、友達になってくれそうな人は探すだけで骨が折れそうな環境。
それでもたった一人だけ、私には友達がいた。
同じ市役所免除『生活保護世帯』で生活している、那珂川 湊。
彼女は私の家庭内事情を『知らない』。
言う必要も無い。言ったらどうなるか、目に見えて悲しいからだ。
「また…メールが来た」
授業中。ケータイが震えた。
こっそり先生の目を盗み、メールを開く。
<どしてアーちゃんを孵らしたの! あのこおこて癒えにかえたじゃない! もいいです。ほとうにあかあさんやめるから。はなしかけてこないでね>
…。
ため息さえも出て来ない。なんで私はこう言われなきゃいけないのだろう。ストレスで胃が悲鳴をあげている。
意味が解らないので翻訳すると、
<どうしてあーちゃんを帰らせたの! あの子怒って家に帰ったじゃない! もういいです。 本当にお母さん辞めるから。話しかけて来ないでね>
というもの。
あーちゃんとは、住み込んでる中学からの友達で、本名は砂川 愛子。なんでも私の家からバイト先が近いという事らしい。
高校でも担任に家庭内事情を相談したところ、真っ先に「その子は家に返しなさい」と言われた。愛子にも家族というものがあり、親が心配しているから駄目だ。
愛子はそれを言う前に帰ってしまったのだ。それなのに母は私が無理矢理帰らせたのだと思い込んでいる。
…何も感じないわけがない。一人の肉親だ。それでも私は嫌なのだ。こんな人を【お母さん】と認めるのが。だから遠ざける。言われなくとも、最初から母と話などしていない。
忘れているから。
話しても無駄。
…どうして、私のお母さんは障害者なのだろう。普通に真っ当な母なら、生きている事が苦にならなかったのに。誰かに何かを言われる、後ろ指を差される恐怖を味わわずに済んだのに。友達にだって…距離を置かずに仲良くなれるのに。
なんで私の人生って…こうなんだろう。
もっと違う、華やかな人生を歩みたかった。
「願うか? この世界からの脱獄を」
視界が移ろい、目の前に赤いフードを被った背の高い誰かが嗤っていた。
此処は…何処だろう。
見覚えのない景色。空が近く、建物が小さい。
此処は、屋上だ。
何処の学校の屋上かは知らないが、八回ぐらいの高さと下に続く階段は、紛う事無き屋上。
それに空は蒼く、私は昼の太陽に目が眩んだ。
確か、夜だったはずだ。授業をしていたのだから。
「あんたは…誰」
私が問うと、彼(彼女?)は口角をさらに上げ、笑みを模る。
「オレはネリネ。陰葉植物の名だ。…多分」
何だ、コイツは。萎縮しかけたが、最後の一言に弛緩してしまった。馬鹿である。
取り敢えず此処が何処なのか、今は何時で年月日は何時なのか、訊こうとしてはっ、となった。
「さっき…世界の脱獄って…」
世界…それは私が住む、暗く陰鬱な人生の事。脱獄…それはその世界からの逃避。
「そうだよ。キミは世界の脱獄を願った。もしそれが今も変わらないと言うなら、それはオレが叶えてやる」
叶える…。
ネリネの言葉はまるで禁断の果実のようで、私を誘惑した。
叶えてくれるの? この、生きている意味もわからずに身を隠していく堕落した人生からの、逃避を。
ああ…ダメだって解っている。頷いたらもう戻れないって。
それでも。
それでも私は頷いた。
「叶えて。幸せな人生を」
赤いフードは嗤って近づき、
「いいぜ。その代り、キミの名前を消す。名前は個体を位置づける唯一の存在だ。今から半月、名前を思い出すために抗え。存在自体消えたくないならばな」
そう言って、私にキスをした。
これが、ネリネと初めて出会い、終焉へと歯車を回してしまった、私の始まりだった。
あ、あの!
一身の都合により、ここで一旦中断させて頂きます…。すいません。
良ければ一日、悪ければ一週間待ってください…。
おこがましく図々しいですが、お願いします。
風猫さん、集計有難う御座います。
そして、二位入賞本当に有難う御座いました!
良くもまあ、こんな駄文が二位なんてry
と想いましたが、すっごく嬉しかったです。
次、また「夢」で投稿しようと思っています。
短いですが有難う御座いました!
ぬおおおおおっ!
投票できなかったぁぁあああああああああああっ!!(黙
夕凪君とLithicsさんに投票しようと思っていたのにorz
書くだけ書いて、投票しないとか最低でした。すいません(泣
つ、次こそは投票しますよ!! 絶対しますよ!!
つーか。一位ありがとうございます! 投票してくれた方感謝です!
そして、風姉さん集計お疲れさまでした&ありがとうございます!
次のお題では投票はするつもりですが、小説は投稿できるかちょっとわからないですw
なるだけがんばりまっす!ではでは!
上げさせて貰います。
コメント下さった皆様有難うございました!
夏はもう終わっちゃったのか…残念だww
『夢』か…あんまり良いの浮かばないけど書こう。
__________________________________
『夢でした』
「いい加減にしろ!!」
その言葉と同時に放たれたグーパンチは思ったほど強烈で俺の体を吹き飛ばした。
気を失って何分経ったころだろうか? アハハと誰かの笑い声が聞こえた。
俺は重たい瞼を開け体を起こす。
そこにはさっきまで倒れていたはずの台所ではなく教室…?だった。
その教室には中学生が2~3人いてどちらも楽しそうに笑っている。
ぁ…あれは俺の友達の…。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????
何あれ?!!!!!
頭になんかついちゃってるぞ?!! 耳なのか?!!!
俺、殴られて頭までおかしくなっちゃったのかwwww
そうかそうか。 あのパンチは強力だったもんな。仕方ない。
そう自分に言い聞かせて友達(?)のほうに寄って行った。
「あ。 龍?」
俺の姿を感知したその友達らしきものが俺に声をかけてきた。
名前…。俺の名前知ってるってことはやっぱ友達…?
「何でそんなん付けてんの?」
俺は奴らの耳を指差しながら言う。
「そんなんって何? この耳のこと?」
「そうだよ。この耳!! 何でこんなものをつけてんの?」
「何でって…お前にもついてるじゃん。耳。」
俺の頭上を指差しながら言われた。 俺はバッと頭を、耳を隠すように手を乗せる。 そこには…耳が…!!
「ついでに言うと尻尾もあるぞww」
尻のほうを指差される。
何で尻尾までついてんの?!! おかしいやろ!!!!!
「何でしっぽ生えてんの~~~~~~~?!!!!???!」
俺はその瞬間ベットから飛び起きる。
ハッと我に返った俺は耳としっぽがないかを確認する。
「ゆ…夢か…ww 吃驚した……!!」
________________________________
「夢」 そっちの夢かよwwと思われている方。しょうがないんですよ思いつかなかったのだからwww
しかもベタな夢オチでしたww
『機械仕掛けの人形は羊の夢をみるのだろうか』
必死になって、私は訴えていた。
周りの皆と一緒に、いろんな道を歩き回って、訴えていた。
そうすれば、世界が変わると思っていた。
多くの声が、世界を変える力だと、思っていた。
幼稚な考えだったと気づいたのは、その1ヵ月後。
結局、世界は変わらなかった。
何一つ、変わらなかった。
訴えた、あの時間は……白昼夢のように、消え去った。
そう、幻のように、すうっと。
目が覚めた。
ここはどこだろう?
確か、私は休眠していたはずだった。
なんだろう、さっきの意識は?
私でない私が、そこにいた。
とてつもない、後悔を感じた。
悲しい気持ちだった。
悲しい、気持ち?
雨が降っていた。
ずっとずっと降っていた。
今日は外に出かけるはずだったのに、ダメになってしまった。
雨でなければ、そとに駆け回れたのに。
大好きな人と、一緒に公園を駆け回っていたはずだったのに。
雨が、恨めしい。
恨めしい気持ちで、灰色の空を見上げた。
恨めしい、気持ち?
ここはどこだろう?
私は1人で勉強していた。
世界を変えるには、受身ではダメだ。
変えるには、自分も『変わらなくては』ダメなのだ。
そして、先頭になって突き進まなくては、変わらない。
私はそう、学んだ。
天気だった。
気持ちの良い、澄んだ青空。
なんて、気持ちがいいんだろう。
草の香りが、なんて、心地いいんだろう。
隣をみれば、大切なあなた。
嬉しくなって、思わず声をかけた。
あなたは、微笑んで、私の頭を撫でてくれた。
幸せだった。
とても、とても……幸せだった。
幸せ?
「このプロジェクトは凍結します」
悲痛な声だった。
突き進めていたプロジェクトは、中止で終わった。
けれど、ネットで多くの声を、声援を貰った。
だから、私はたった一人で、進めていこうと思う。
どんなに小さな一歩でも。
その一歩に無限の力があるのなら。
そこは屋上だった。
「君が、好きなんだ」
私は気持ちを伝えた。
ずっとずっと秘めた想いを、言葉にした。
あなたに、伝えたかったから。
そして、結ばれたいと願った。
「私も……」
それだけで、充分だった。
彼女の凛とした声が、風に乗って響いた。
優しく耳を撫でる。
私は君を抱きしめて。
その瞬間、閃光が煌いた。
どのくらいの時が経ったのだろう。
夕方5時34分。
あれから、12時間、休眠していたことになる。
「あら、起きたの?」
目の前に現れたのは、マイマスター。
私を作ってくれた創造主。
いつものしゃがれ声で、けれど、凛として優しい響きのあるその声が、私を現実へと引き戻す。
「こんなに眠ってしまったのは、初めてです」
素直な気持ちを伝えた。
「そうね、いつもは充電終了後にすぐ起きていたもの」
どうかしたのと尋ねるマスターに、私は言葉を選んだ。
「不可解なものを……様々なヴィジョンを見ました」
「様々な、ヴィジョン?」
「最初は女性、犬、そして、女性……私は私でない私になっていました」
「……あら、まあ」
マスターの驚きに、思わず首を傾げた。
「あなた、夢をみたのね。こんなこと、初めてだわ」
楽しそうにマスターは夢みるように続ける。
「あなた、オートマータで初めて、夢を見たのよ」
「夢とは、未来の希望のことではないのですか?」
「まあ、それもあるけど、もう一つあるわ」
悪戯な笑みを浮かべて、マスターは。
「夜、寝ている間に見る夢もあるのよ。その殆どが意味の無いもの。あなたのいう、不可解なヴィジョンの連なり、それが、夢よ」
そして、私の前に向き直る。
「初めて見た、夢の感想を聞きたいわ」
言葉を選んで、私は告げた。
「よくわからないです。楽しい夢も幸せな夢も全てあって……よくわかりません」
それでいいのよと、マスターはまた微笑んだ。
「夢ってそういうものよ」
そうそう、もう一つ教えてあげるわと、口もとに人差し指を置いて、マスターは話し始めた。
「人偏に夢と書いて『儚い』とも言うのよ、面白いわよね」
「よく、わかりません……」
でもと、私は続けた。
「今度見る夢は、できれば、マスターのいる夢を見たいです」
その言葉にマスターは嬉しそうに声を上げて笑った。
あとがきのようなもの
というわけで、夢という薄ぼんやりしたものを形にしてみました。
ちょっとした最近思ったことを、入れ込んで、わけわかめな話になっちゃいましたが、それはそれで、いいかなーと。
よければ、どうぞ、よろしくですよー☆
これを書く前は、あかちゃんの微妙な夢にしよーと思っていました。
『二つと一人』
気づけば彼女の心は僕に向いていなかった。
背中合わせに寝る、彼女と僕。
「お風呂に入る」
彼女が独り言のようにベッドから下り、その足を脱衣所に向けた。
僕は起き上がり、スタンドのわきに置いてあった煙草を吹かし、ため息をつく。
余りにも冷めた関係に、これ以上は長続きしないだろう、そう思った。
きっかけは、なんだっただろう。
思い出せない。
でも、彼女は僕の何かに絶望し、その心を離していく。
多分…関係の小競り合いは僕の所為だ。それだけは確実に確信が持てた。
理由やきっかけは思い出せないけれど、彼女は僕に見向きもしないのだから。
+α
彼女が出かけると言うので、僕は意味も無く付いて行こうと思った。
先を行く小さな背中を無言で見つめる。
付き合いだした頃は、並んで歩いていたな。その手も、僕は強く握っていた。
でも今はどうだろう。
彼女は手を繋がないのかとも訊いて来ないし、それが当たり前だという空気を醸し出している。
何処に行くのかと訊きたくなる、オシャレな格好。
久しぶりに見るめかし込んだ格好に、僕は胸の中に黒い何かを投下されたようだった。
「…何処に行く気なの、芽衣」
名前を呼んでみても、彼女は振り向こうともしない。
耳にはイヤフォンがあるのだから聞こえないのも当たり前か。
そうやって何度も絶望する。
解り切ってはいるものの、声を掛けずにはいられないのは、もしかしたら振り向いてくれるんじゃないかと期待しているからだろう。
心さえも遠ざかっているのに。
付いた先は何処かのファミレスだった。
…嘘。
此処は初めてデート先に選んだ、思い入れのあるファミレスだ。
彼女は何がしたいのだろう。
初心に戻りたいのだろうか。
僕と同じ気持ちなのだろうか、あの頃に戻りたい。
「カプチーノを、二つ」
彼女は席に座るなり店員にそう頼んだ。
カプチーノ。僕が恥ずかしながらも気に入られたいがために頼んだやつだ。
憶えててくれたのか…感傷に浸るも心は冷めていくばかりだ。
あの頃に戻りたいというのなら、何故君の心はこんなにも遠い。
僕が目の前に座っているのに、君はどうして僕を見ない。そんな淋しそうな瞳をする?
カプチーノを一口飲んだ彼女は、それを両手に持ち、机上に置いた。
「思い出すな…2人で飲んだ日を。あの時、私たちバカ丸出しで笑ってたよね」
コップの中を見つめながら、僕に語りかける。言われて、僕もその情景を思い浮かべていた。
…初めてのデートは、甘酸っぱい時間だった。ずっと居たいのに時間は限られていて、だから初めてのキスもその日にあげた。
「芽衣はさ…僕とどうなりたいの? やっぱり…別れたい?」
苦しくなってそう問いかける。
答えは覚悟の上。でも聞いたら絶対泣くだろうという可能性も捨てきれない。
僕は小心だから。それなのに、君を守るヒ―ロだと気取っていた。
彼女はほほ笑む。
「私はね、彼方と過ごした日々は一生の宝物だと思ってるの。だから…本当に、悲しい」
…そんなに婉曲に言わなくても。余計に苦しくなるじゃないか。別れたいなら、そう言えば良いのに。
「そっか。僕も君と過ごした日は忘れないよ。一生の宝物だ。…ありがとう」
言った途端、彼女が勢いよく顔をあげた。
その瞳は涙に濡れていて、僕の事を信じられないものでも見るように見開いていた。
少し面食らう。
変な事を云ったつもりはないのだけれど、彼女にとっては心外だったらしい。
頭を掻いた。
そんなとき。
「ごめん、遅れた」
絶望の時が来たのだろう。死神が余命を言うのなら、多分今だ。
僕の後ろから知らない声が近づいてくる。
彼女はそいつを視認すると、涙を拭いて立ち上がった。
「ううん。大丈夫だよ。それより何処行っか。まだ時間あるし」
そう言って僕の横をすり抜ける。
とても簡単な完結だった。
此処に来たのは初心に戻りたかったわけじゃなく、あまつさえ、感傷に浸りたかったわけでもない。
ただ、新しい彼氏との待ち合わせだったのだ。
遠ざかる二つの足音。軽い鐘が鳴り、店員の謝辞が飛ぶ。
僕は、目の前に置かれているカプチーノを見遣り、諦観に捕らわれた。
彼女にとって、僕と言う存在はどういうものだったのだろう。
何も答えが出ないのに、その疑問ばかりが頭を占め尽くす。
カプチーノを飲んでから店を出よう。
そう思ってカップの取っ手に触れようとした。
「…あれ?」
不思議な事。
何故か、どういうわけか、僕の右手は取っ手をすり抜けた。
目を見開く。
歯車が音を立てて僕に襲いかかった。
サイレン。赤く点滅する器械。夜の情景。
あれは…救急車だ。そしてこの記憶は、僕に真実を語ってくれた。
あの日、直ぐに帰ろうと思った。
彼女の誕生日だから。バイト代も溜まって、プレゼントを買ってたら遅くなって…。
突然のクラクション、僕の視界はライトで埋まった。
交差点で、赤信号になりかけてたから急いで渡ろうとした。
その矢先だ。
多分僕は、交通事故に遭ったのだろう。ライトの高さから、あれはトラックだ。
…なんて在り来りな事故…。
僕は不注意で人生を無碍にした。
僕は死んだのだろう。彼女を置き去りにして。
二つのカプチーノが目に入り、僕は安堵を感じた。
彼女は僕を遠ざけた訳じゃない。僕の死から決別したのだ。こういう形で。
だから、僕はこんなにも安心しているのだろう。僕の死が、彼女の重荷になっていないことに。
僕はこんなにも彼女が好きだから。僕の所為で彼女の未来を固定づけさせたくない。
これは、僕の夢だ。
まだ未練たらしい僕が、見た夢だ。
そしてこれからは見る事も無いだろう。
彼女が未来を歩きだしたのだから。
・後記・
卒読ありがとうございました。
在り来りな話でちょっと「あれ?」って思ったかもしれませんが、スルーして下し。
稚拙な文で顔も上げられない…。
PS‣スレ主様 前回の小説は無視して下さい。カウントしないで欲しいです。
ご了承お願いします。
こんにちは。
前回に引き続き、恐縮ですが参加させて頂きたく。
『夢の置き場所』
――此処は何処だ?
それは酷く在り来たりで、意味の無い疑問だったと思う。気が付いたら『俺』が存在した、この霞みのようにモヤモヤと曖昧な世界は……一寸考えただけで、『夢』を視ているのだと分かるはずだったから。その中で寝起きのようにというのも笑えるが、ズキズキと痛む頭を抱えつつ、ゆっくりと起き上がった。
「夢……か。我ながら、地味な配色だな」
其処は真っ白で、光だけの世界。真夏の朝、カーテンを思い切り開いたように清々しく……だけど不安になるくらいの無色。こうなると、自分には色があるのかどうか確認してみたが。もっと地味とも言える、モノクロのスーツ姿に辟易する結果に終わった。こうも個性に欠ける俺の夢なら、無色なのも当たり前の事かも知れない。
(…………)
嗚呼、それにしても無為だ。夢くらいは色の在る、瑞々しくて鮮やかな世界を感じてみたいと思ったのに。此処は現実と似て、上を仰いでも下を覗いても単調で……飽き飽きするほど何も無い。俺は此処に、何をしに来たのだろう……?
――ああ、いや、その前に。『現実』って、なんだっけ? 俺は……何者だ?
「ふふ……思い出せませんか?」
「ッ…… !?」
突然の風鳴りのような声が、無色の世界に響いた。息を呑むようなタイミングで、それはするりと俺の心に落ちて。不思議だ、驚いたけれど恐れはない。これは『そういうもの』だと、本能じみた部分で理解出来てしまう。姿は見えないけれど、『彼女』はここに居るのだと。
(この声を……知っている? くそ、思い出せない……)
――『夢』は閉じた世界、自らを映す鏡面。その中で会話するなんて、自分と喋るようなもので馬鹿らしいけれど。気付けば、何故か親しみのある声に応えてしまっていた。『現実』で縁のある人の声なのだろうが……その現実が思い出せない、もどかしさに駆られながら。
「……一応訊くけど。あんた誰だ?」
「私は……貴方を良く知っていますよ」
くすくすと笑い、はにかむような声。空間に意味のない夢世界で、耳元で囁かれる感覚に身震いした。この感じを、やはり俺は知っている……それも心から願った、幸せのカタチの一つであったはずではなかったか? この顔も分からぬ誰かと、俺は一緒に居たいと望んだ――
「そ、それでは答えになってない! あんたは……」
いや待て、俺は何を。じわりと身体に沁み渡る幸福感に、意味もなく不安になった。『現実』を都合よく忘れているとは言え、流石に分かる。これは、俺には不相応な幸せだ。いつだったか、若い頃かも知れないし最近かも知れないが……強く強く願いながらも、自分のために捨ててきた『ユメ』の面影を感じてしまったのだ。
「ふふ、何を恐れているのです? 『現実』を思い出せないのなら、それでも良いんです」
「ッ……」
「その代わり……貴方の望みを、思い出してください」
ああ、これはマズイ。もっと聴いていたい、傍に感じたいと願ってしまう。確かに、これは『夢』だ。かつて叶えられなかった『願い』を返り見る、この幸せと苦しみが夢ならば、こんなものは要らない。だって辛すぎる……この世界から帰る先は、あまりにリアルで色褪せた『現実』。この白い世界に在ったのは言葉と光、それらは全ての始まりを内包しているのだと……今更に思った。
(ああ……俺の望み、俺の夢は)
――そして、仰ぐ上には星のような輝きが生まれ、地面には草の薫りが漂い出した頃。目の前に低く聳える緑の丘、その曖昧な色に中てられて、今にも泣きそうな感傷に耐えて眼を閉じ……俺は、自らの望みを思い出す。
(続く)
『夢の置き場所』-2
「俺の、望みは……」
「ええ、望みは?」
柔らかな微笑みから生まれた優しい声は、かつて俺の良く知っていた人の声に良く似ている。その、忘れようとして本当に忘れてしまった『ユメ』を、今になって見せられるなんて。もはや一回転して苦笑いしか出来ない心境で、ゆっくりと眼を開けた。
「俺の願いは、『君と生きる』事……これで合っているだろう? 由愛(ゆめ)?」
「ふふ、それは私には分かりませんよ。ですが……私の願いも、『貴方と生きる』事でした」
――かつて、愛した人が居た。その彼女が今、目の前に居て微笑むのは如何なる奇跡だろうか。いずれにせよ、随分と都合のいい話だ……見れば俺も彼女も、出会った頃の姿のままなのだから。夏の薫りがするワンピースは、彼女のお気に入りで。垢抜けないジーパンとTシャツ姿になった俺は、モノクロのスーツよりもずっと輝いていた。
(信じられないな……合わせる顔なんて無いのに、こうして夢に見るなんて)
この世界は、もう俺の知っている現実よりも鮮やかに彩られ、群青の空には星が溢れて流れていく。彼女の長い髪を風が涼しげに揺らし、幻想的なくらいに綺麗で怖いと思った。やはり、それは分不相応だと。
「はは……やはり、此処は『夢』なのかな」
世界の美しさ、懐かしい由愛の薫りに泣きそうになる前。そのどうしようもない不安を、思わず口にした。嗚呼、帰りたくないと真摯に祈ろう……それがベツレヘムの神子でも、ギリシアの夢神であったとしても。夢と現を反転させる力があるのなら誰でも良い、俺を此処に繋ぎ留めてくれ、と。その情けなく歪んでいるだろう顔を見て彼女は尚、女神の如き柔らかい微笑を浮かべて言った。
「いいえ、此処は夢でありません……私たちの『夢の置き場所』ですよ」
「夢の……置き場所?」
そうです、と。こちらを誘うように背を向けて歩きだした彼女の後を、オウムのように尋ねながら追う。無言のまま、後ろの小高い丘を登っていく彼女の足取りは軽く。対する俺は、今だに思い出せもしない『現実』に縛られて、十字架を背負ったような重い足を引き摺っていた。『夢』では無いと、彼女は言ったが。それは俺が夢みる理想であって、目が醒めればまた、彼女の事すら忘れて日常に塗れるだけでは無いのかと。ああ、この丘を越えれば、其処で終わりでは無いのか――
「さあ、見てください。此処は破れた夢の集う場所――もう一つの『現実』です」
「え……?」
由愛の声に誘われて、伏せた目が自然に上がる。気分的にはゴルゴダにも似た悲壮な丘の頂から、見下ろした風景は。遠く荘厳に連なる山々と平野、丘に隠れていた目を瞠らんばかりに玲瓏な満月、そして――
「あれは……街? なんて、なんて綺麗な……」
――それは溢れる星空を、静かな湖面に映したような街の煌めき。灯りの一つ一つが揺らめき、命が燃えているのが伝わってくる。電飾や蛍光灯の白い輝きよりも、ずっと幸せそうな光。ああそうか、この街、この世界は……
「人々が捨て、諦めてしまった『夢』は……此処にやって来て、その形を為すことが出来ます。今の私たちは、『私たちの夢』そのものなんですよ」
「は、はは……それこそ、『夢』みたいだな……」
だから、怖がる必要はないと。そう言って、彼女は俺の手を握った。この震えが伝わらなければ良いが。俺には分不相応な幸せも、この夢の街においては霞んで見えるのだから不思議で。眼下に広がる街は、一秒ごとにその輝きを増したり減らしたり……まるで人々の夢見る願いによって形を変えていくようだった。
「まだ信じられませんか? 貴方は、あの人の『夢』……私を望んでくれた形そのものなのに?」
「いや……信じるさ。この際、やっぱり夢でした、なんてオチでも構わないしね」
やっと拗ねるような、かつての彼女らしい表情をみせてくれた由愛の手を握り返す。そう、ちくりとした罪悪感は、きっと自分自身に対するものだろう……『現実』の俺はきっと、永い時間に流されて彼女を忘れてしまったのだ。それを責める事はしないが、哀れではある。しかし、だからこそ……例え目覚めたとしても、何も覚えていない俺は平気でやっていけるだろう。それが、少しは救いになると。なんだかんだ言っても零れた夢を振り切って、きっと俺は新しい目標に向かって走っている最中なはずだから。そうでなければ、『俺』は此処に居る道理が無い。
「それじゃあ……生きましょう。私達のような『夢』には、夢らしく幸せになる義務があります。産んでくれた持ち主が、捨てた事を悔いる事のないように……また、新しい素敵な夢を抱けるように」
「なるほどな……ああ、それじゃ。俺も生きようか、由愛と共に」
――手を繋いで丘を下りる足取りは、二人ともに軽く。降るような星空には、朝の蒼みが差していた。出来る事なら現で眠る『自分』にも見せてやりたいと、そう思う。君の願う世界は、こんなにも美しい……それは誇るべき、叶わなくとも大切な夢なのだと。いつか叶えた時には、同じ世界が見られるのだと教えたい。
さあ、今日も目を覚まして。退屈な日々を回し、いつか此処まで……俺と彼女の居る、この街まで辿り着く事をこそ、夢に見よう。
(了)
後記:お目汚し、失礼しました。夢というテーマに沿えているかどうか怪しいですが、読んで下さった方には最大限の感謝を。他に投稿される作品も楽しみにしています!
あれ?あと期日2日?(((((
ギリギリみたいな感じですが…今回も投稿させて頂きます。
今回は投票もやってみようかなと思ってます^^
【夢を、叶える子】 Part1
私は最近、夢を見る。
それはそれは普通の夢で、起きたら消えていく幻のもの。
でも普通の夢であって普通の夢でなく、そう。
「あ…まただ」
今日の夢の中で、私は商店街の福引で2等を当てる夢を見た。
恐る恐る商店街に向かい、福引券を指し出す。
ガラリ、と回してみると、出たのは“2等”。
あぁ、まただ。
最近、“正夢”を見るようになっていた。
テストで良い点とる夢を見れば、その日のテストは高得点。
小学校の給食でメニューが変更する夢を見ると、その日のメニューは自分の好きなものになっていたり。
おかしいくらい、自分の思い通りになっていく毎日。
少々気味が悪いけど、気分は最高。
何だか王女様にでもなった気分だった。
「早く寝なさい叶子ー、明日はデパート行くんでしょうー?」
「分かってまぁーす」
“叶子”。
夢を“叶える子”で、“叶子”だ。
もしかしたら、その名前の由来のせいで今みたいな状況になっているのかも。
ラッキーなんだなぁ、自分。
なんて調子に乗ったりしたから。
だから最低な悪夢を見るんだ。
だから最悪な未来を見るんだ。
「――――――ッ!!?」
嫌な夢を見た。
それも最低最悪な夢を。
「い、まの……」
手と喉の震えが止まらない。
自分の体がガチガチになっている事に気付く。
――――――――今日のデパートで、家族が死ぬ夢を見た。
テロだ。知らない黒ずくめの男達がいきなり銃声を上げる。
近くにいた私達5人家族は、真っ先に目をつけられた。
まず人質に、お母さんが捕まった。
それを助けようと隙を見たお父さんが動き出し、気付いた男達の仲間の独りがお父さんを射殺。
そのせいでお母さんが喉もはちきれる程の大きな声で叫び、頭を射抜かれる。
続いて弟は、血塗れになった両親を見て泣き出し射殺。
私は声も出ずに唯震えて佇んでいたけれど、警察に連絡しようとして、殺される。
最悪な夢だ。
もしこのままデパートに行けば、一族郎党皆殺し。
今はリビングで笑っているあの声が、一瞬にして無くなる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だッ!!!
「お、母さん…?」
「ははは…って、あら?叶子じゃない。さっさと準備して、デパート行くんだから」
「その…デパート…私、行きたくないの…!!」
お母さんはきょとんとする。向かい側のソファーで座っていたお父さんも。
後ろからは目尻を擦りながら弟の実が出てきた。
「何を言ってるのよ叶子。あなたが服を欲しいっていうから、家族皆で行くんじゃない」
「そうだぞ叶子。何か行きたくない理由があるのか?」
そうだ、だって皆殺される。
幸せだったこの生活が、たったの一瞬で終わる。
…とは言えなくて。
私はそれでも一生懸命抗議したけれど、やっぱりダメだった。
正夢は、絶対叶うから?
今まで、一度だって夢は裏切らなかった。
そうして私は今、お父さんの車の中にいる。
いつもより気合の入った服装。
お父さんもお母さんも、綺麗な服を着ている。
優しそうなお母さんの顔。滅多に怒らない本当に優しい母。
元気旺盛なお父さんの顔。何でもできちゃう自慢の父。
未だ眠そうな幼い実の顔。周りに優しく友達の多い弟。
そんな顔一つ一つが、赤に染まる瞬間って。
想像しただけで胃の中から何かが込み上げてくる。
ダメだ。やっぱり無理やりにでもやめるべきだったんだ。
そうして私達一家はデパートの入り口をくぐる。
足が重たい。息が詰まりそう。
最悪最低な一日の、始まりの予感だった。
【夢を、叶える子】 Part2
洋服屋を転々と回る。
可愛い色の服を私に当てる母。
私は今でも苦笑い。
どうにかしないと。どうにかしないと。
今日見た夢がもし正夢なら、本当に拙い。
だってそう、家族皆殺されてしまうから。
「叶子叶子っ! これなんてどう……って、叶子?」
「えっ? あ、な、何かな?」
「さっきから上の空ね、楽しくないの? 叶子?」
楽しい訳、ないじゃん。
なんて言えないのだからしょうがない。
これから家族が殺されてしまうのに、楽しい訳ない。
私のせいだ…本当に、酷いものを背負ってしまった。
「叶子…あんたコーディネーターになるんでしょ? なのに今から暗い顔してどうすんの? 今日だって可愛いのにっ」
むすっとした表情で、子供みたいな言い方をするお母さん。
そうだ、服をコーディネートする人になりたいんだ。
「夢を叶える子…でしょ? 分かってるよ、お母さん」
「ふふっ、もし叶ったら、私の服もコーディネートしてね!」
明るくて可愛い母。
私は今小五で10歳で、母は20で私を産んでいるから今30歳。
周りからすればかなり若い年齢なんだ。
もし…できればね。
私だってお母さんの服を選んでみたいよ。
今日、自分の人生が終わるかもしれないと分かっていても。
「あ、こっちこっちーっ!」
お母さんは手を振ってお父さん達を呼ぶ。
お父さんは実の手を引いてもう片方の手を軽く上げた。
ここだ。
もし夢が本当なら、ここで私達が死ぬ。
止まらない心臓の激しい音に、私はぎゅっと胸を辺りを掴む。
お願い、お願い。
私の大事な家族を、どうか奪わな――――――――ッ!!
――――――――――――――パァンッ!!
「「「「「――――――――――ッ!!?」」」」」
乾いた、銃声の音。
「死にたくなきゃそっから動くな――――!!!」
ぞろぞろと現れる、黒ずくめの男達。
私の頬には、一筋の涙が流れた。
「そっから一歩でも動いてみろ…この女を殺すぞッ!!!」
男の近くにいたお母さんは矢張り男に腕を掴まれる。
そうして近くに寄せ、お母さんの頭に銃を突きつける。
ひぃ、と小さな声を上げる母は、カタカタと震えていた。
まずい。お父さんが動く。
「おっと…動くなよ旦那さん、あんたの大事な女房が目の前で吹き飛ぶぜ?」
どうしよう…本当にどうしよう。
お母さんが怖がってる。それを助けようと意を決してお父さんも汗を流してチャンスを待ってる。
弟は必死に涙を堪えて、泣いて大声をあげないように我慢してる。
今後の結末を知っているのは、自分だ。
この場で一番有利なのは自分のはずなんだ。
なのに…私が一番苦労してない。
変えるんだ。
変えるんだ、自分の手で。
正夢なんて――――――そんな幻!!
男がふいっと別方向に目を向ける。
今だ、とお父さんが足を浮かせる。
「ってめ――――――死にてぇのかッ!!!!」
銃口を向ける男。
体勢を保てずその的になる父。
動け、動け…――――動いてッ!!
…バサ…ッ
私は、咄嗟にお父さんを押し倒していた。
「な…ッ」
私の真上を駆け抜けた弾。
それに驚いた男達は、間も無く私に銃口を向けた。
「邪魔するとてめぇも殺すぞ…子供だからって容赦しねぇ」
お母さんが叫ぼうとする。
でもそうすると隣の男に殺される。
生き延びるんだ、絶対、皆で家に帰るんだ。
「もう…やめて…」
こんなに小さな声しか出ない。
これだけ思いはでかいのに。
「あぁ?」
「もう二度と…正夢なんか叶わなくて良い…テストで良い点とれなくたって…給食も、好き嫌いしない…」
「おいてめぇ、それ以上喋ると殺すぞ」
もう良いよ。
正夢なんて、所詮つかの間の幻だったんだ。
夢なんて叶わなくて良い、――――だから。
「もう…皆の事を傷つけないで――――――!!!」
男は銃に指をかける。
それを意味するのは、私の“死”。
「叶子――――――!!!」
でも、お母さんは私の名前を叫んだ。
そして男の腕を振り解いて駆け寄ってきた。
まずい。このままだとお母さんが――――ッ!!
銃声が鳴り響く。
またも咄嗟に動いた私の体。
目の前に広がったのは、赤の世界だった。
【夢を、叶える子】 Part3
響いたのは銃声と、お母さんの悲鳴だった。
どくどくどく…と赤い血に濡れていく自分。
「か、なこ…」
ふと自分の脇腹を見る。見事に綺麗な白が赤に染まっているのが分かる。
撃たれたのは私だ。お母さんを抱き締めて、咄嗟に庇って、気が付けば自分の体が悲鳴をあげていた。
でも…本当に良かった。
大事な家族が無事で、本当に。
「おい、無駄に発砲するな」
「このガキがむかつくんだよ!!」
「俺達の目的はあくまで金だ。そのガキはその後で殺すなり何なりしろ」
銃を下ろした男は舌打ちする。
そして不機嫌の眼差しで私を見ていた。
誰一人殺させない。
絶対、失わせない。
「…わりいな」
「…!?、お前何を――――」
ガチャリ、と弾を入れ替えるような音が鳴る。
そして、私に銃口を向けた。
「このガキは殺す。今絶対に殺す」
私はお母さんの前に立つ。
よろめいた体で立ち上がる。
後ろには弟の実を抱き締めた母と、動けなくなっている父。
大事な大事な私の家族。
夢なんかのせいで失いたくない私の宝物なんだ。
「…――――――死ねッ!!!」
「――――――――!!?」
お母さんが悲鳴を上げて顔を伏せた。
お父さんまでもが声を張り上げて、
小さい実は声も出ず、
唯私は願う。
「夢なんかじゃなくて…――――――私には今、本当に叶えたいものがあるの!!!!」
発砲するような銃の音。
それは何かに当たって弾き、カラン、と音と立てて転がった。
でもそれは、私の体に当たった音じゃなかった。
「……え」
「集団テロの包囲を確認!! 直ちに拘束せよ!!!!」
ずらずらと、“POLICE”と書かれた盾みたいなものを持って現れた人達。
さっきの音は、拳銃でテロの男の持っていた銃を弾き飛ばした音。
私達を救ってくれた音だった。
その後、拘束されたテロ集団は警察に連れて行かれ、
ぽかんとしたまま立っていた私の許に、警察の一人が駆けて来た。
「君…良く頑張ったね。何でも聞いた話じゃあ、2回くらい撃たれたんだって?」
「え…あ…まぁ、はい……」
「怖かっただろうに…君のおかげで一人も犠牲者が出なかったんだ。ホント、凄い子だ」
警察の人の大きな手が私の頭をぽんと撫でる。
そしてにこりと笑って集団の中に紛れて消えた。
「たす、かった……?」
はっとして周りを見ると、近くにいた人達全員が喜んでいた。
特にお母さんやお父さんは、泣きながら抱き締めてくれた。
「よか…っ、本当に良かった、ね……叶子…ッ!!」
ありがとうって、何度も言われて、
私は照れくさくて、それでも凄く嬉しくって、
自分さえも泣いてしまったんだ。
「ありがとう…お母さん……私ね」
「…?」
「“夢を叶える子”で……良かった」
今、心からそう思う。
自分にこんな名前をつけてくれて、本当に嬉しい。
「叶子……私もよ。願った通りに育ってくれて良かった…」
「うん……、あ…でも」
一つ、気になる点があるんだった。
そうだ…。
「警察に連絡したのって……誰か分かる?」
「…それがね…実が…警察に連絡したんだって……」
「実が…?」
実は私のケータイを握り締めて泣いていた。
いつ落としたんだろう。いや、そんな事より、どうして実が…?
「おね、ちゃんが……ッ、がんば、って、るからぁ……っ」
喉を躍らせながらも、実は頑張って答えてくれた。
そっか。そっか…。実は、私に力を貸してくれたんだ。
「へへ…頑張ったじゃん、実」
「…うんっ」
私達姉弟は、お互いに顔を見合わせて笑った。
次の日、昨日の事がニュースになってテレビに映っていた。
インタビューでの自分のガチガチ具合は…本当に恥ずかしくて。
見てても恥ずかしいくらい、緊張してる。
今日の朝は、夢を見なかった。
もしかしたら夢を見ても、正夢はなくなったのかもしれない。
昨日の一件で、今は病院にいる。
致命傷は逃れたものの、脇腹からの出血が止まらない為即入院。
良く生きてるな、自分。って本当に思う。
多分あの時願った夢を、叶えたからだ。
「叶子ー? りんご食べる?」
「食べるーっ」
私が望んだのは、そう。
「叶子ーっ! お父さん叶子の好きな漫画持って来たぞー!」
「お姉ちゃんお姉ちゃんっ! 学校で褒められたんだっ!」
――――――“家族の皆が、幸せに笑っている未来”だ。
*あとがき*
今回はいつも以上に長かったです;;
もうSSではないような…そんな気さえしますね。
でも書いてて楽しかったですーっ。
「夏」での入賞者様…おめでとうございますっ!
【夢のモーニングコール】>>264-269
昔、どこかで見たことがあった。
それはどこで見たかは覚えていない。しかし、頭の中で確かに覚えていた。
ただ、思い出せないだけ。ただそれだけのことで、記憶というものは記憶と呼べない。心の奥底、記憶の中に眠る大切な人は――
いないことになっている。
――――――――――
小さい頃から記憶にあるのは、子供の頃はよく外で遊んだということだった。
ブランコが特に好きで、いつも一人だけでも漕いでいた。友達と漕ぐのが本当は楽しいんだけど、ブランコ自体が楽しいから一人でも漕げた。
特に友達がいなかった、というわけでもない。どちらかといえば、友達は多かった方だろう。人気者、と言われるのかといえばそうだとは言い切れない。
ブランコを漕いでいる時、何だか空を飛んでいるような気分になる。それがどことなく気持ちがよかった。
その気持ちよさが心の中を洗い流し、何も考えずに高く、高くと何も無い虚空へと目掛けて足を折ったり伸ばしたりを繰り返すのだ。
不思議に感じた。こうして力を出して踏ん張れば、空にこんなにも近づけるんだ、という気がした。
ただ、実際は空の中でも少しの虚空でしか行けずに、必死で空へと上がろうとしてもがく、飛べない鳥のようだと今なら思えた。
「はぁ」
ため息が混じる。そんな昔のことを思い出したところで、どうにもならない。
あの頃はよかったなァ。あの頃は楽しかったなァ。思い返せば返すほど、カフェに漂う甘い香りの混じったこの虚空は変わらなかった。
「お待たせしました」
気付くと、定員さんが僕の隣にいて、アイスコーヒーを乗せた黒い御盆を持っていた。
僕が気付いたのとほとんど同時に、定員さんはアイスコーヒーを僕の目の前に乗せた。その時、ふわりと漂う綺麗な香りで女性の人だと思った。
「ごゆっくりどうぞ」
まるでそう言え、と決められたかのような口調で営業スマイルに顔を変化させ、言った。勿論、お辞儀も忘れずに。
僕はその定員が去っていく様子を見ていた。背中姿がまっすぐに伸びていて、礼儀正しいと誰が見ても思える。そんな風に思っていた――その時、目の前にそれを遮った。
何だと思い、見てみると、それは白いワンピースのお腹の部分辺りだった。ボタンが見える、そして上へと顔をあげていくと、見事な凹凸が見え、そして――
「来て、くれたんですね……あの、待ち……ましたか?」
「……いや、特に」
僕は素っ気無く答えたつもりだったが、目の前にいた少女は笑顔で「よかった」と笑顔で返してきた。
この少女は、特に知り合いでもなかった。いや、知り合いではないと僕の中では認識していた。勿論、これからもそうだと思っている。"今の時点"では。
目の前の椅子に座ると、ふわりといい香りがした。少女は見たところ、普通の女の子よりも可愛く、清楚な感じがした。魅力的だ、というのは嘘ではなくなる。スタイルもそうだし、この少女はどこかモデルかアイドルかをしているんじゃないかとも思えるほどだった。
「いらっしゃいませ」
すると、僕が気付かない内に先ほどの女性定員がやってきていた。さすがに慣れているのだろうか。笑顔はピタリとも崩さない。純粋に凄いな、と僕は思った。
少女はチラリと僕の目の前においてあるアイスコーヒーを見ると、少し緊張した感じでアイスコーヒーを注文した。
手を重ねて、少し遠慮気味にしている。長い黒髪が艶やかに光り、とても綺麗に思えた。
こじんまりとしたカフェではあったが、無論僕達の他にも客はいる。その客達が目の前にいる少女に視線を投げかけたりしている為からだろうか。
「あの……」
少女が突然呟いた。それは僕に向けて言ったものだろうが、視線は下に向いていてよく表情は分からない。どうせ、気まずいような表情をしているのだろう、と主観的に察したつもりでいることにした。
「何?」
「えっと……覚えてません……よね?」
今度は顔を上げて言った。その表情は、僕が予想していた気まずいような表情ではなく、とても強気な眼というか、決意を示したような眼だった。
「……あぁ、覚えてないな」
「……そう、ですか」
しかし、僕の言葉でその表情も冷めさせることとなった。
仕方が無いだろう。本当に覚えていなかった。脳内のどこかに少女の記憶があったとしても、それを思い出さなければ記憶にはなりえない。そして今の僕の状態を簡単に言い換えると――
忘れてしまっているのだ。
「あの……」
「何?」
再び、少女が呟いたことに対して今度は早くに返事を返すことが出来た。少女は、両手を握り締めるかのように肩を強張らせた。そして、言い放った。
「私、優衣(ゆい)って言いますっ。あの……よろしくお願いします、何て、何かおかしいですよね……」
「……おかしいかもしれないけど……僕は上林 湊(かんばやし みなと)。よろしく」
「あ、ありがとうございます……」
僕が言ったことに対して、優衣は頭を下げる。何だ、この違和感のあるやり取りは。僕は知らないのに、向こうは僕のことを知っている。この状況のおかしさがどうにも僕には違和感にしかならない。
「お待たせいたしました」
と、ここで定員がアイスコーヒーを持って来た。僕のアイスコーヒーよりも少し早くに持って来たような気がした。
優衣の目の前へとアイスコーヒーを置いた。そしていつものように「ごゆっくり」と言い残して店の奥へと去っていく。
どうにもこうにも、何故僕が知らない相手とこうしているのか。
それはとある非通知の電話からだった。
非通知はいつもとらない主義だった。しかし、携帯にかかってくる非通知は初めてのことで、特にこれといって違和感もなく、僕はとってしまった。
かけてきたのは向こうからで、こちらからもしもし、と言いたくない気分だったので、少しの間、無言で黙っていた。
そうしていると、ゆっくりとした口調で声が聞こえてきた。
「もしもし……?」
それが優衣の声だったのだ。
何故僕の番号を知っているのか。そんな質問を投げかけていたと思う。
すると、優衣はこう言ったのだ。
「私は、貴方を知っています。上林 湊さん……ですよね?」
怖気がした。どうして僕のことを知っているのか。ストーカーなのだろうか、もしかすると。
問い詰める気もなく、僕はだんだんと恐くなってきて、通話を切ろうとしたその時――
「貴方は、私のことを覚えていませんか? 私は、覚えています。湊さん、昔に私と一緒に遊んでいました。そして、私は――」
「いい加減にしてくれ。君はストーカーか何かか?」
言い放った言葉はこうだった。僕は少々気を強く言ったつもりであったが、どういうわけか、少しの間黙りこんで、それから口を開いた。
「そう思うのは……当たり前、だと思います。でも、私はストーカーじゃありません。私は、その……貴方の過去を知っているんです」
「過去を知っている?」
「はい。貴方は、気づいていないのかもしれないけど……記憶がなくなっているんです」
「どういうことだ? そんなことはない。昔のことだって思い出せる。ブランコが好きで、ずっと乗っていた」
「……そうです。断片的な部分は、思い出せるはずです。けど、思い出せない部分もあるんです。それは、脳が勝手に忘れていることにしているからです。……けど、私は貴方に知って欲しいことがあるんです」
「……それは、何だ?」
「会ってお話します。……昼の1時過ぎ、○○のカフェで待ち合わせをしましょう。……時間がありませんので」
「時間がない……? どういう意味だ?」
しかし、俺の質問を遮って通話は切れてしまった。
謎の非通知の電話。携帯で初めてかかってきた非通知の電話は、思いもよらないものだった。
そういえば、そうだった。
僕は事故にあっていたらしかった。気付いた時には真っ白な部屋の中で、そこが病院だと気付く頃には何か色々なことを思い出せそうで思い出せない感じがした。
記憶喪失だ、とは思わなかった。だから医者から状態を聞かれた時にも普通に答えられたし、本当に何にもなかった。
ただ、思い出せないような感覚がそこに少々あるだけで、身の上のこととか、自分の名前とか、思い出せる。親とか、僕に兄弟がいたこととかは医者からも言われなかったからいるのかいないのかよく分からなかった。
だけど、自分の家は分かっていた。アパートだ。大学生なのだろう。大学はここだ。自分は何が好きな食べ物だった。ハンバーグだ。
そんなことを思い返すことは普通に出来る。何だか不思議な感じだな、とも思わなかった。それが普通。それが普通の生活。これが、僕なんだ。
―――――――――
少しの沈黙の後、初めて僕の方から口を開いた。
「それで……僕の記憶って?」
そう言った僕は、アイスコーヒーにミルクを入れた。次にシロップを。どちらかと言えば甘党な僕は、シロップを大目に入れた。
カラカラ、とアイスコーヒーに入ってある氷が鳴った。それを境にして、優衣は口を開いた。
「……あの、すぐに思い出せるっていうわけじゃないと思うんです。そして、私は明日にはもう帰らないと行けない、というか……その……」
なんだかハッキリしない物言いに、僕は少し片方の眉を上げて、
「ハッキリ言ってくれよ」
と言った。
その言葉に後押しされるかのように、優衣は言いずらそうな口を解いた。
「あの……今日一日、私と……私と――デートしてもらえませんか?」
「……は?」
騒々しい雑踏の中、僕と優衣はとある場所に来ていた。
そこには様々な乗り物があり、家族連れやカップル連れ等でごちゃごちゃに騒々しい。
「見てください! 湊さん!」
「え? あ、あぁ……」
詰まる所、僕と優衣は遊園地に来ていた。優衣本人たっての希望だったからだ。僕がわざわざこんなところに行こうなんていうはずがない。
優衣は無邪気な子供のようにはしゃいだ様子で乗り物を指差していた。僕はその様子をただ頷くぐらいだというのに、優衣はその笑顔を失くしはしなかった。
「あれに乗りましょう!」
「あれって……メリーゴーランド?」
「……っていう、名前なんですか?」
「え、知らないの?」
優衣が遊園地と提案した時も、なんだかあまり言い慣れた様子ではなかった為、まさかとは思ったが……
「すみません……これが、初めてなんです。その……遊園地に来たのが」
元気な笑顔はその時ばかりは失くし、しょんぼりとした表情を見せた。何故か、ずっと笑顔なせいか、優衣が笑顔でない表情をしたら何か嫌な感じがした。
「全然悪いことじゃないよ。ただ、珍しいなって思ったから」
僕がそう言うと、優衣は少し呆けたような顔をした。こんな表情は今日初めてのことだったが、すぐに返事をして笑った。けれど、それはどことなく作り笑いのような気がしてならなかった。
何故遊園地に来たことになってしまっているのか。一日デートをしてくれ、と言われた僕は勿論戸惑った。一体どうして僕がデートをしないといけないのか。それに今日が初対面だというのに、何故そんなことをしなくちゃいけないんだ。
カップルとか以前に、まだほとんどお互いのことを――まあ、向こうは僕のことを知っているみたいだけど、僕は知らない。言えば、今知り合ったばかりでデートを強行されてることになる。さすがにそれは強引だろう、とは思ったが、僕自身も考えることがあった。
それは勿論、自分の記憶のことだった。
忘れているだけ、といっても、それが重要なのかそうでないのかがわからない以上はどうすることも出来ない。大切な人を忘れているかもしれないし、そうでないかもしれない。単なる気のせいで終わる可能性だってある。
しかし、この少女は、優衣は少なくとも僕のことを知っていた。そこまで詳しく、というわけではなく、単にストーカーとかである可能性も十分ある。
しかし、だ。ストーカーならば、記憶云々の事情は知らないだろう。僕だって曖昧な事実で、記憶が失ってるなんてことは思い出せるはずもない。
ただ、ただしかし。
僕の中で、何か"濁り"があった。
前々から出てきていたこと。それは、夢だった。
虚ろに見える何かが夢で実在している。それがもし僕の中に眠る記憶だというのならば、なんだろうか。思い出さないといけない気がした。
誰も僕にコンタクトをとって来なかった中、優衣だけがコンタクトをとってきた。僕の過去を知っていると。それがいくら僕が覚えていなくとも、彼女は覚えているのだ。それは事実として、今ここにある。
「でも、だからどうしてデートなんだ?」
それをカフェ尋ねると、簡単に返された。
「デートをしていただければ、思い出せるかもしれないからです」
「……君と?」
「はい」
「……僕が?」
「そうです」
こうして、僕と優衣の奇妙な一日デートが始まったのである。
――――――――――
「まもなく、発車いたします」
アナウンスが聞こえる。ピロピロピロと、音が鳴り響いた。
僕と優衣はジェットコースターに乗っていた。この遊園地で一番の人気のものだそうだ。僕自身もこの遊園地に行ったことは初めてだと記憶しているので、あまりよく分からないが。
「なんだか、緊張しますね……」
優衣が隣でそう呟いた。その表情は、確かに緊張しているような顔だった。
(顔によく出るな……感情が)
僕はそう思い、クスッと笑い声を出してしまった。
「湊さん? どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ」
「そ、そうですか……」
「ふふっ」
「え?」
「いや、何でも」
こんな会話を続けていたら、ジェットコースターが動き始めた。ゆっくりと、ゆっくりと、上へ上へと上がって行く。
この無重力の中に浮いているような、上に上る感覚……どこかで覚えていた。そう、ブランコだ。僕は、幼少の頃ブランコに乗っていたんだ。
ジェットコースターは止まらず、ゆっくりと上へと上がって行く。目の前の線路が見えなくなるまで、ゆっくりと。
虚空の中に、無数の景色が見えた。どれも綺麗に見えて、不思議に思えた。僕はこの虚空の中にいるんだ、と。
幼少の頃の思い出。それはブランコに乗っていただけじゃなかった。
確かに友達でも何でも困らなかったはずだが――そう、"あの子"。僕は、誰かを忘れているような気がする。
「――思い出せましたか?」
その時、ジェットコースターは勢い良く下降した。僕が、優衣の呟いた言葉に眼と耳を向かせようとした、その最中のことだった。
その後も、たくさんの乗り物に乗った。僕は気兼ねなく、何故か子供の頃に戻ったような気分で優衣と遊んだ。
幼少の頃、僕はこうして遊んでいたのだろうか。誰と? いや、思い出せない。どうして? 分からない。
僕はこんな不透明で不確実な過去を持ったまま生きていたのだろうか?
今の今まで、僕はそのこと自体を大切だと思わなかったのだろうか?
どうして――僕は忘れてしまっているのだろうか?
「楽しかったですね」
「え?」
「遊園地」
気付くと、既に日が暮れていた。周りを見渡すと、既に来客数も少なくなっていた。僕は優衣の方へと振り向くと、笑っていた。
「どうして、そんなに……」
「え?」
「どうしてそんなに、笑顔なんだ」
僕は気付くと、そんなことを聞いていた。
どうしてこんなことを聞いたのか。何か、勝手に口が喋ったような、そんな感覚だった。
「……貴方が、教えてくれたんですよ?」
「俺が……?」
「そうです。貴方が、言ってくれたんです」
優衣は、笑顔じゃなかった。表情は笑顔だったけど、全然それは笑顔じゃなかった。
「何で、お前……泣いてるんだよ」
優衣は笑顔で泣いていた。涙が、眼から止まることもなく流れていく。そんな優衣に、僕は呆然としてしまっていた。
「あ……あれ? 泣いちゃ、いけないのにな……"湊おにいちゃん"との、約束なのにな……」
「え……?」
優衣は、そういうと、涙を拭った。そして、涙の痕の残る笑顔で、
「何でもないよ、"湊さん"」
と、言った。
最後に観覧車に乗ろう、ということになった。素直にそれに応じて、僕と優衣は観覧車に乗った。
狭い個室の中で、虚空に浮いているような感覚がする。二人だけの空間、と呼んでもおかしくはなかった。
優衣は既に涙の痕も分からないほどに、いつも通り……といっても、僕は今日で初めてだと認識してしまっているから、先ほどまで通りというのが正しいのだけど、どういうわけだか、僕は優衣のことを昔からよく知っているような感覚があった。
「……湊さん」
突然、優衣が話しかけてきた。その表情は、満面の笑みではなく、どこか優しくて、儚げな笑みだった。
優衣の方へと振り向くと、それを返事と捉えたようで、優衣は口を開いた。
日は既に落ちきっており、遊園地は夜となった。平日だからだろう。既に客数もまばらだった。都市の中に煌くビルの光やらの夜景が綺麗に思えた。
「今日、楽しかったです」
「あぁ……俺も、楽しかったよ」
「本当、ですか?」
「本当だよ」
「……よかった」
ほっとしたように、安堵のため息を小さく吐いた。
その様子を僕が眺めていると、優衣は再び顔を僕へと向けて、言った。
「私には、時間がないと言いましたよね?」
「そういえば……言っていた気がするな」
「あれは本当です」
「……どうして?」
「それは……私の口からは言えないんです」
「……どうして?」
「……すみません」
優衣は申し訳なさそうに頭を下げた。その様子からして、どうしてもいえない事情があるようだった。
どういうわけだか、疲れとかそんなものは関係無く、この観覧車に乗っている時間がとても長く感じた。まるで、時が止まっているかのように。
いつまでもこの時間が続けばいい。そう思った。僕は、どういうわけだか、この観覧車に乗っている時間が過ぎれば、もう優衣に会えないような、そんな気がしたからだった。
今日初めて会って、デートをしただけだというのに、どうしてか、懐かしさがこみ上げてくるのだ。分からない。僕はこんな時にも忘れている。こんなにも大切な人を、忘れている。
「――湊さん」
気付けば、僕と優衣だけの世界だった。優衣が僕に話しかけた時、僕はゆっくりと、鮮明に思い出した。
―――――――――
あれは、幼少の頃。
僕は、一人で遊んでいた。友達はいたが、一緒に遊んでもあまり楽しいと感じれなかった。今を思えば、凄くませているガキなのだろう。僕はそんな性格で、ブランコが大好きだったゆえに、ブランコをずっと乗っていた。
そんなある日、僕の目の前に一人の子が現れた。
「お兄ちゃん」
その子は、僕のことをそういった。僕はその子とを知らなかった。初めてお兄ちゃん、と呼ばれたこともあって、何か異様に思えた。
兄弟がいることなんて知らない。ましてや、知ろうなんてことも思わなかったからだ。
でも、よく白衣を着たおじさんから言われていたんだった。
「君は、記憶がだんだんと薄れていく。まるで夢のような記憶を持っている」と。
消えていく記憶。それなのにどうして覚えようとしているのか。
大切な人を忘れてしまう。覚えていても、いずれはまた忘れてしまう。近くにいなければ、僕は忘れてしまうのだ。
そういう体質的な、病気ようなものを抱えていた僕は、この頃もその症状が出ていたのかもしれない。
けれど、それでも、僕はこの子のことを忘れたくないと思った。
「――優衣」
僕のただ一人の妹だった。ただ一人の、かけがえないのない、家族だったから。
「――思い出しました?」
いつの間にか、僕の眼からは涙が零れ落ちていた。何でこんなことを忘れていたのだろうって、僕はどういうわけか思っていた。
あぁ、僕は事故をしたのは幼少の頃の思い出。あの事故で頭を打ったせいで、僕は記憶が夢のように熔けていくようになってしまったんだった。
あぁ、そうか。優衣という妹がいたんだ。僕に、会いに来てくれた。思い出そうとしても、優衣という妹がいたということしか思い出せない。記憶はない。どこにもない。既に熔けてしまったから。
「優衣……」
僕は呟いた。
その呟いた言葉を、優衣は何も言わずに聞いていた。そして、ゆっくりとこの個室の中で、優衣は言った。
「湊おにいちゃん。ごめんね」
「……何が?」
「私の勝手で、こんなこと……」
「でも、僕は思い出せた。優衣のことを思い出せたんだ」
「……そう、だね。私は、それで十分。こうしてここにいるのは、ここが夢の世界だから」
「夢の世界?」
「そう、夢の世界。お兄ちゃんと会えるのは、夢の中でしか出来ない。お兄ちゃんは、夢のように記憶がなくなっちゃうから、私も同じように夢になるだけ。この夢の中での、私は忘れて欲しいの。……でもね?」
「でも?」
僕は優衣の眼を見つめて言った。
ゆっくりと、優衣は笑顔を作り、涙を一筋流しながら、確かに言った。
「またこうして、お兄ちゃんと一緒に話したかったんだ……っ」
だんだんと、優衣の姿が薄れていく。目の前が真っ白に変化していく。薄っすらと、何かが芽生えてくる予感がした。
そこで思い出した鮮明な記憶。目の前で轢かれた、小さな体。優衣の顔。泣いてはない、穏やかな顔で――
「湊、お兄ちゃん……」
血塗れの道路で、一人。
優衣は、小さな体で、小さな声で、僕を呼んでいた。
――眼が醒めた。
随分、長い夢を見ていた気がする。僕は、どういうわけだか、少し寝ていたらしい。
どうやら、ここは病院らしい。
「気がつきましたか?」
誰かがそう言った気がした。けれど、僕の頭の中には入ってこなかった。
僕は、夢のような記憶を夢で思い返していた。どういうわけだか分からないけど、僕はその中で優衣を思い出していた。
どうしていたんだっけ? 夢では、僕は遊園地で優衣といた。けれど、優衣は――立てないはずだった。あんなに元気なはずがなかった。事故にあった優衣は、寝たきりの状態だったから。
時刻は分からない。けれど、窓から覗いた青空はとても澄んでいた。綺麗な空だった。優衣は空が好きだった。そして僕はブランコが好きで、優衣の好きな空を僕は見上げていた。
優衣が事故をした後に、僕も事故をした。優衣の事故がきっかけというわけではなかったけど、優衣がいた病院から帰る最中に僕は事故をした。
どちらも交通事故で、不慮の事故としか言い様がない。僕は記憶が夢のように無くなるだけで、優衣は植物状態だった。
――これが、僕の忘れていた記憶。都合のいい、なんて都合の良くできているんだ。
いや、忘れていたと認識されていただけなのかもしれない。優衣はもう戻らないと、誰が決めたんだろう。
記憶は確かにここにある。そして、優衣は今も生き続けている。
気付けば、目の前に優衣の姿があった。人工呼吸器で何とか息を吐いて、吸っている妹の姿。
不思議と、声が漏れた。
「優衣」
ゆっくりと、僕の口からは声が漏れていく。
「優衣……優衣……!」
どうしてあんな夢を見たんだろう。まるで、お別れの挨拶みたいな夢を。僕は何も答えない優衣の体を揺さぶる。
「あの、落ち着いてください」
その時、どこからか声が聞こえてきたのに気付いた。よく見ると、目の前には白衣を着た医者らしき人物がいた。
「大丈夫です、お兄さん。優衣さんは――」
医者がそんなことを口に出した、その時だった。
「お兄ちゃん?」
優衣の声が聞こえた。
僕が、優衣の顔を見つめると――そこには、あの夢のように、笑顔の優衣がそこにいた。
「奇跡的です。普通なら有り得ない……優衣さんが意識を戻ったのは、湊君の看病のおかげかもしれませんね」
「僕の……?」
そう、毎日のように僕は看病していた。
優衣の意識が目覚めるように、と。ただ、だんだんと薄れていく記憶が恐かった。優衣のことを忘れていく自分が、とても怖かったんだ。
ゆっくりと、僕はおそるおそる声をかける。
「優衣……?」
「お兄ちゃん……夢で、会ったよね?」
「あぁ……あぁ、会ったよ」
「やっぱり……お兄ちゃん、来てくれたんだね……」
僕は安堵した。あの夢は、やはり繋がっていたのか。優衣は、ここにいて、僕もここにいる。
僕の様子を見た優衣は、ゆっくりと微笑えむと、眼を閉じた。
「おいっ、優衣?」
「あぁ、大丈夫だよ。少しだけ、寝るだけだから……そしたら、お兄ちゃん、起こしてね?」
「何時だよ?」
僕が言うと、優衣は小さく微笑んだ。
「夢の中じゃなかったら何時でも」
夢の世界は終わりを告げる。
その時、貴方はそこにいるのでしょうか。
きっと、貴方はそこにいてくれるはずだと、心のどこかで信じていた。
おはよう、の一言だけでどれだけ救われるのか、貴方に分かるでしょうか。
夢は終わりを告げ、少年達の人生、夢は
ここから始まってゆくのだから。
~END~
【あとがき(というか、説明)】
意味が分からない部分が多すぎ乙ってことで、すみませんでした;
このたび、再び書かせていただきありがとうございました!
とても楽しかったです。前々から書くとか言ってて、全然参加しなかった犬野郎なんですが、このたびは書かせていただきました;
なのにこの始末です。すみません、本当に……。
よく分からない部分が多すぎるので、説明等含めたネタバレを↓文章に書いておきます。
(※ネタバレです)
主人公の湊は事故によって記憶喪失。
優衣は事故によって意識不明。
この物語は主人公の湊が成長していることになっています。事故は幼少時代に起きたので、時間の経過が予測されます。
それから湊君は看病を続けてきたのですが、だんだんと優衣という人物のことは分かるのですが、その思い出がなくなってしまってきている。いえば、優衣という人物との記憶は夢だと思い込んでいるということと同じようなものになっちゃってます。
優衣は寝たきりのどうしようもない状態な為、夢でしか思い出せない湊の断片的な記憶を自分とのデートに変えてしまっているわけです。
遊園地に初めて来たというのは、優衣は幼少時代から寝たきりなので、行ったことがなかった為です。
湊は現在一応設定的に大人なわけですが、それまでの人生を歩んできたということです。しかし、それから優衣との記憶は一切で、最初の冒頭の始まり、カフェでの出来事は既に夢の中のことということになっています。
事故のせいで記憶が夢のようにうやむやになってしまう主人公はその断片的な記憶を集めたに過ぎない一日デートの夢を得て優衣のことを思い出します。
最後の台詞である「夢の中じゃなかったら何時でも」というのは、夢の中で湊は記憶を取り戻したわけですが、逆に優衣の方も意識を取り戻したわけです。
今度は夢の中のモーニングコールではなく、現実でのモーニングコールを、ということで、まあいえば、優衣ちゃん助かりました的ENDです。
……説明がいる時点で、駄作です。すみません;
ありがとうございました!
あ……延期になってる♪
いつも楽しくお世話になってます♪
ふぅ…… なんとか整いました^^
明日投稿します^^ よろしくお願いします。
汚い系の“夢物語”ができました(笑)
※前もって言っておきます。 最悪の設定の小説です。
1>
タイトル『アタック』
「はぁ…… “こんなの”の彼氏なんて、よく続けてるよなァ……俺。」
――――そう思い始める様に……っつーか、“目が覚めた”のは、俺が一人暮らししているマンションの隣の部屋に“ある子”が突然引っ越してきた時からだった。
俺にはなんだかんだ言って長年付き合っている、熊錦 千代(くまにしき ちよ)という恋人がいる。 同棲まではいっていない関係だが……うん……最近“アッチ”の方は“ご無沙汰”なのだが……まぁ……“カラダの関係”にはなっている。
そんな恋人のいる俺がこんなコトを考えてはイケナイ。 ……って分かってはいるのに気になってしょうがない。 千代の事より“あの子”の事が――――
「あのう……こんにちは。 えとっ……隣に引っ越してきた白鳥といいマス……」
恥ずかしがり屋さん……なのかな? 律儀に引越しの挨拶の品を手に、もじもじと落ち付きのない様子で彼女は挨拶に来た。 裏返った細い声がまた……たならない。
一瞬で俺の身体全体を高圧電流が一気に駆け巡った。
(な…… なんだ、この子……天使 か? それとも妖精か?
キャ……キャワイイッ)
止まらない俺の鼻息……。 千代を差し置いて俺は早速彼女と同棲したくなった。
ちゃっかり下の名前を聞いてみたはいいけれど、彼女は顔を真っ赤にして逃げていってしまった。
この世にあんな可愛い子が存在していたとは――――
こんな素敵な巡り合わせが訪れる事をつゆ知らず、千代なんかと付き合いだしてしまったバカな俺を自分で恨んだ。
早速彼女の玄関先へと向かい表札を確認しに行くと…… “白鳥 優”……しらとり ゆう……まさに彼女にピッタリの可憐な名前だった。
あの日、彼女にもらった挨拶の品の洗剤は、まだ使わないで洋服ダンスの中にしまってある。
「ねぇ宙太、どうして洗剤タンスの中にしまってんの?」
俺の気持ちを知らない千代に見つかり、聞かれたが、
『うっせぇなあ! 使えるワケねーだろが! 人のタンス勝手に開けてんじゃねーよ!!』
心の中で怒鳴り、表では笑ってごまかした。
使えるワケ……ねーよ……
俺はこの“アタック”という名の洗剤の箱を毎晩腕の中に抱きしめて眠っている。
優ちゃんの事を頭の中に描きながら――――
☆ ★ ☆
「こんちはぁ」
千代のやつがまた今夜も来やがった。 俺の気持ちはまだバレてはいないはずだが……。 それにしても最近頻繁に訪れるようになった。
こいつには友達がいないのだろうか……。 くそぅ、これじゃあ別れ辛ぇじゃねーか……。
『彼氏ばっかりに依存して友達大事にしねぇやつは嫌われるぞ 、ん?』
心の中で追い返してる間にエコバッグを手に持った彼女はズカズカと俺の部屋に上がってきた。
「おい…… 車どこに停めてきたんだ?」
「ああ、いつも空いてるとこ。 あそこ人いないからいいんだよね、確か。」
「バカ!! あそこは優ちゃ……最近引っ越してきた人の駐車場だ! 停めちゃダメだ!!」
「えー、うっそー、どーしよー、そんなんじゃもう来れなくなっちゃうじゃんかー」
(フン! 来なくていい!)
膨れっ面でエコバッグから豚肉を出す千代に膨れっ面を返してやった。
(千代め…… 優ちゃんのテリトリーに図々しく侵入してきやがって……!)
☆ ★ ☆
居間で腰を掛けて俺は腕を組みながら“千代と気持ちよく別れる方法”をずっと考えていると、和風だしと醤油の香りがしてきた。
台所に目をやると、貫禄のある横綱の様なプロポーションの千代が鍋で煮物か何かを作っている。
「ああ宙太ぁ、肉じゃがだけど いい?」
「ああ……」(“いい”って……もう作ってんだろ?)
見れば見るほど“ふんどし”が似合いそうなケツをしている。 付き合い始めた頃は“こんなん”じゃなかったのに……。 もっとスレンダーで、ボン、キュッ、ボン……な感じだったのに、今はもう、キュッが無くなってしまった。
首元が伸びきっているショッキングピンク色の“MIKE(マイク)”という見た事のないロゴの付いているドデカTシャツに、ダバダバのジャージのズボン……。 昔はオシャレに気を遣っていて、もっと……ミニスカとか、胸元のガッと開いた、優ちゃんが普段着てそうなファッションでキメていて…… ああ、でも“今”の千代には着て欲しくはないケドな……。
2>
それにしても“肉じゃが”か……。
こりゃ、まるで“オカン”だな……。 ……おふくろにはさすがにときめかねぇや……
優ちゃんだったらきっとカフェのメニューにありそうなグラタンとか、パエリアとか……そーゆー系を作ってくれるんだろうな……。
「はぁ……」
ため息をこぼし、俺はテーブルの置いてある雑誌……今日仕事帰りにコンビニで買ってきた“週刊・プレイボーズ”を手に取り、パラパラとめくった。
(ああ、この女優、最近離婚したやつだったな……)
週刊誌の中で妖艶な裸体を一部だけ手で隠し、とろけた顔でポーズをきめている“現”ポルノ女優。 昔は“月9ドラマ”の主演を演じていたこともあり、俺が中学生時代にのめり込んでいた“元・清純派”女優だ。 当時、録画した彼女のキスシーンを何度も巻き戻して興奮して観ていた時の事を思い出す。
(そうか、あの頃は20代だったもんな……)
ヌードを見るならその頃の彼女で見たかった。 体はエステで金をかけている分綺麗なのだが、顔は……垂れてしまった目にほうれい線……年齢に逆らえず崩れてしまっている。
俺はその女優の顔を手で隠し、優ちゃんに変えて想像してみた。
「ん? 何してんの、宙太」
「わっ!!」
千代が俺に寄り添って座ってきやがった。
せっかくもう少しで合成できるところだったのに、“千代の顔”で完成されてしまった。
「くそっ! ……ったく!」
俺の隣でヌード女優を見ながら「ダイエットしようかな……」と呟く千代。
……悪いけど、もうその台詞は聞き飽きた。
「寝るわ。 メシできたら起こせ」
俺はその場で横になり、ふて寝をした。
――――その時、俺の夢の中で優ちゃんが逢いに来てくれた。
せめて夢の中だけでいい…… 君を強く抱いてみたい――――
「あの…… 肉じゃが作りすぎちゃって……」
――――まさかの愛の訪問!! そうだ! ずっと夢見ていたんだ、この時を!!
よだれを垂らしている俺の顔を見て「クスッ」と笑い、靴を脱いで上がってくる優ちゃん……。
もう我慢できない!!
彼女が肉じゃがの入った鍋をテーブルに置いた瞬間――――俺は彼女を押し倒した。
「いやっ! やめてッ! やめてよ宙太ッ!!」
――――せっかくの“いいところ”で目が覚めてしまった。
気が付くと、俺の胸の中でもがいている“相撲取り・千代”がいた。
「もう……いきなりヤダっ。 “久しぶり”だから嬉しいんだけど……今日わたし“アレ”だからできないんだ……ごめんね」
「チッ! なんだ、やっぱりこーゆーオチかよ、クソッ!」
俺の言葉に千代はどうも勘違いをしたらしい。 “らしい”ではなくて確実に勘違いをしている。 肉厚の彼女の腕が俺の腕を締めた。
おそるおそる彼女の顔をうかがうと――――何も言わず、上目づかいで唇を尖がらせてキスを要求してきた。
味見をしたのだろう。 肉じゃが風味の荒い吐息が俺の顔にプーンとかかる。
ブクブクブク……
ちょうどいいタイミングで台所にかけてある鍋がふいた。
彼女が火を止めに行ったスキに、俺は逃げるようにベランダへ逃げた。
(ふぅ…… どうやって別れたらいいんだ……)
ベランダの手すりに置いた腕にベッタリと顔を付け、ため息をついた。
(優ちゃん…… こんなにそばにいるのに……)
隣のベランダに淡いパステルカラーのフリフリレースのランジェリーが俺をさらに誘惑してくる……
「あ、もしもし? おふくろか? ああ、オレ、オレ。 “マサル”。
この前は野菜あんがとな! たすかったぜ。 ……でも正直カップめんのほーが嬉しかったな。 最近大工の仕事、超ハードでな。 ……っつー事で、こんどはカップめん頼むわ。 じゃっ」
“ま……マサ ル?”
優…… “ゆう”じゃなくって……“まさる”……
一瞬、聞き間違えたかと思ったけれど、彼女は確かにそう言っていた。 確かに隣の部屋から聞こえてきた……ドスのきいた男らしい低い声……。
彼女は…… “彼女”ではなくて――――“彼”だった。
アタックしなくて良かった……
翌日俺は毎晩欠かさず抱きしめていた“まさる”にもらった“アタック”の洗剤を早速使い始めた。
《おわり》
何をするのも辛くなって、何をするにも無気力な空っぽの日々が始まって、そろそろ一週間が経つ。
父さんが死んだ、それは変わりようのない事実であり、否定もできない。
良い人だった、素晴らしい人物だった、参列者は次々とそう言っていた。
そんな事は実の息子である自分が最もよく分かっているというのに。
ちゃんと割り切って現実と向き合いなさいって言われても……無理だ。
最愛の父親を失った気持ちは、母さん以外には誰も分かっちゃいない、そう思った。
普通に祖父母は全員先に死んでいるのだし、父さんに兄弟はいない。
現実に帰る、その必要があることは、確かに理解しているのだが、高校受験に乗り気になるつもりはない。
良い高校に入ったら父さんが生き返るのか? そんな訳ない。
だったらもう、ほっといて欲しい。
この世から一人や二人無気力になっても、世界は大した打撃とは思わないだろうし。
title:Dream that show the dream
部屋に転がっているのは、泥のついた野球ボールとか、積み上げられた教材とか、そんなのばかり。
平凡な、野球部の学生の暮らす一室にしか自分には見えないのだが、余所から見たらそうじゃない。
他人が見たら、部屋のど真ん中に哀しみに打ち拉がれる少年がいるのだから。
下の……一回の方から友達の声が聞こえてきた。
毎日毎日、この時間帯になると僕と話すためにやって来ている。
頼んでもいないのにだ、なんとも素晴らしい友達を持ったことだろうか。
しかし僕は皆とは会おうとは一度もしなかった。
皆はきっと、僕を見てすぐに慰めようとするだろうが、それが耐えられないと分かっている。
「お願いだから……寝かせて欲しい……」
僕は布団を、力一杯握りしめて、抱きしめた。
気付いた時には周りの景色は一面銀色だった。
すぐそこで空間が終わっているような閉塞感と、終わりの見えない広大さに対する恐怖という矛盾した感情にかられた。
ここはどこなのだろうかと考えていると、途端に銀の世界はカーテンや靄が払われるように激変し始めた。
今度は、地面は一面の緑の芝生、天は雲一つ無い青空へと変貌した。
どうやら、どこかの広場に迷い込んだのだろうとすぐに理解し、それなのに立ちすくんだ。
何で自分がここにいるのかがまだ分からないからというのもあるが、なぜか自分の体が五歳前後までに縮んでいた方が、よっぽど驚きだった。
ここで自分は何をしているのかという、ささやかな一筋の疑問がふと頭に浮かんだ。
見渡す限りの気持ちの良い草原に、一人で何もせずに突っ立っている、なんてことはあるまい。
ふと、気付いた時に僕は、重心を左側に持っていかれ、左肩から地面に叩きつけられた。
転けてしまったことに苛立ち、一体何事なのかと左手を見るとそんなイライラはいっぺんに吹き飛んだ。
握り締めるようにして、その手に持っていたのは、新品でピカピカの上等なグローブ。
つい、条件反射で、今までの不可思議な感覚はどこへやら、諸手放しで喜んでいた。
高揚感がこみあげてきた僕は、喜びを認識するよりも先に、立ち上がっていた。
目の前には、まだ僕が小さかった時の、若かりし時の父さんが居る。
革のグローブの中には何やら球体状の感覚、状況から察するにもちろんボールだろう。
空いている右手で、はしゃぎながらゴムボールを掴み取った僕は、目の前の父さんに向かって投げてみたいという意思をあっさりと受け入れている。
ちょっとヨタヨタとした感じで、小さな手に精一杯の力を入れて握り締めた。
軽い弾力が帰ってくるのを確かめて、よろめくような投球フォームで放たれたボールは放物線を描いている。
茶化すように父さんは、高い高いと言って笑っている。
その目はとても嬉しそうで、嘘偽りの無い満面の笑みが顔中を満たしていた。
そろそろ慣れっこになってきたが、またしても不思議な現象は起きた。
何度かキャッチボールを繰り返すうちに、段々と身長が伸びてきたのだ。
それに伴い、今までずっと息を潜めていた怒りが、沸々と沸き上がってきた。
一度投げる度に一つ、歳をとるようにして、僕は本来の身長に戻っていった。
次第に、父さんの顔には薄い皺が次々と現われてきたのだが、その顔がもはや死ぬ日と全く違わぬ顔だったため、怒りは最高潮にまで押し寄せて爆発しそうだった。
泣きながら憤怒の形相を浮かべる俺が相当奇怪だったのか、不安になったのか、ようやくあっちの笑みは消えた。
「どうしたんだ? いきなり泣き出して」
「……あんたのせいだろ」
最初、声が小さくて父さんには聞こえなかったらしいが、二回目を告げると共に、ちょっと顔をしかめるようにした。
「俺のせい? どうしてだ?」
「死んだから! ……あんたが、死んだからだ……!」
「何だ、そんなことか」
そんなこと、とか軽く見ている割にはかなり哀しそうな顔だった。
今、自分の父親が何を感じているかは、どうでも良いことだった。
「でも、そのせいでお前が塞ぎ込むのを、俺は望んでないぞ」
「何なの? 父さんの死を喜べって言うの? 無理に決まってんじゃん。これ以上適当なこと言うなら……」
「俺はお前には、普通に生きて欲しい」
いつになく真剣な表情を、真正面から受け止めた僕は、何も言い返せなかった。
冬に積もった雪が溶けて雪解け水に変わるように、サラサラと怒りは消滅していった。
その動きに合わせるようにして、父さんの姿も、足の方から靄がかかるように消えていっている。
もう今しかないと思った僕は、静かに、じっと掌の中でうずくまっているゴム球を向こうに向かって投げた。
もうすぐ、消え入ってしまいそうなのに、残った左手でボールを受け止めた彼は今度こそ消えて、見渡す限り真っ青な草原から、僕の意識はフェードアウトしていくのが、感じられる。
目が覚めると、さっきとは何も変わってはいなかった。
布団は重苦しく自分に巻き付いてきてるし、目覚まし時計の針は四時十五分を指していた。
今のは夢だったとは分かっているのだが、本当に夢かも断言できない、そんな気がする。
だって、あそこで会ったのは、紛れもなく本物の父さんだったのだから。
ガンガンと、耳に響く騒々しい音が部屋の中で大きく反響した。
いつもなら、鬱陶しくて仕方なくて早く去れと、心の中で悪態を吐いているだろう。
だけど、今日はそんな気にはならなかった。
「五月蝿いな、今開けるから待ってろよ」
ようやく重い腰を持ち上げて、ドアの前に立った。
部屋の隅では、泥の後の付いた薄く汚れた野球ボールが、ゆっくりと転がっていた。
fin
文字数が中途半端で二回に分けてしまいました。
まあ、それほど自信が無いのが出来上がったのですが一応……
えー、どうも、こちらでは初めまして。
スーツを着ても堅気に見えない、たろ兄ことたろす@です。
以前より申しておりましたSS大会への参加、お待たせをいたしました(^u^)
どうにもお題に沿って中々いい案が出てこなかったので自分の書いている小説の外伝的短編、と言う事を先にお断りさせて頂きます。
では、以下本編です。
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[it's alive!!]
雨がやみ、蝉が鳴いていた。
どことなく人を苛立たせる甲高い騒音が鳴り響く。
廃墟と化した民家の壁、もう半分も残っていない崩れた電柱、いつの間にか大きく成長しているそこに在るべきではない木々。
至る所に留っては鳴いて、鳴いては何処かへ飛んで行くやや大きめの昆虫。
蝉。
一匹が鳴けば呼応するようにどこからともなく同じような鳴き声が聞こえてくる。
一匹が黙っても決して静寂は訪れない。
「なあ、センセイ。オレは、蝉になりたい。」
けたたましい鳴き声の響く廃墟の中、そんな事を呟く少年が居た。
包帯を巻いた額からは血がにじんでいる。
短い金髪に血行の悪そうな肌、どこか厳しくも冷めた目付き。
ボロボロのアーミーパンツにタンクトップと言う出で立ちのその少年は、傍らに立てた突撃銃に縋りつく様に座ってそんな事を呟いた。
独り事の様でもあり、真剣に将来の夢を語る様な口調でもある。
「人間は蝉にはなれないよ?」
少年の呟きに、真面目な答えが返ってきた。
金髪の少年に向かい合う様に座っていた黒髪の少女だ。
白いTシャツに白いハーフパンツが入院患者の様な印象を与えるが、煤にまみれているせいで酷く薄汚れて見える。
「"WD(ダブルディ)"には言ってねぇよ。クラマセンセイに言ってるの。」
金髪の少年が目だけを少女へやって、その話しかけているのであろうもう一人の少年を肘でつついた。
だがそのつつかれた少年、クラマが何かを言いだす前にWDと呼ばれた少女が口を開いた。
「ねぇセンジュ、ずっと思ってたんだけど、WDってなに?」
少女特有の未完成な高い声が面白そうに聞いた。
そのおかしな名前が愉快なのではなく、自分に名前を付けてくれたのが嬉しい事を二人の少年は知っている。
「雪だよ。真っ白い雪の結晶が朝とか太陽の光でキラキラ光るんだ。
ダイヤモンド・ダストって言うんだってよ。
だからDがふたつでWD、お前に初めて会った時に思ったの。」
センジュと呼ばれた金髪の少年はぶっきらぼうに言いながら自分の右肩を眺めた。
少し態勢を動かしたら、塞がりかかっていた傷が開いて血が流れて来た。
「縫わなきゃダメそうだね。僕の傷も塞がらないし、WDの傷も浅くないだろ?」
今まで黙って二人のやり取りを眺めていたクラマと呼ばれた少年が口を開いた。
視線は血が流れるセンジュの肩と今までWDがギュッと押さえていた右腹部を眺めている。
そう言うクラマ少年の左手の甲にも大きな切り傷が見える。
身につけている迷彩服の中からあまり汚れていなさそうな部分を探してナイフで切り取ると、クラマは左手に巻き付け、応急処置をした。
「丁度さっきの敵が持ってた医療キットの中に清潔な糸と針があったから、縫ってあげるよ。」
そう言って、クラマは赤い十字の紋章が入った小さなカバンから縫合キットを取りだした。
クラマの迷彩服にも擦り切れて殆ど見えなくなった同じ紋章が刺繍してある。
「じゃあさ!イナズマ縫いにしようぜ!」
センジュが蝉にも負けない大きな声を上げた。
力んだのか、肩の血が勢いを増した。
「いなずまぬい?」
WDが珍しそうな声で首を傾げる。
「そう!イナズマ縫い!もう死んじゃったオレの親父がやってたんだ。イナズマ型に傷を縫って跡を残すんだって。
だからさ、オレ達は友情のあかしに入れようぜ、イナズマ縫い!」
センジュの声に、切実な響きが含まれた。
今日死ぬかもしれない戦場で、彼らは心のよりどころを求めているのかもしれない。
「なあ、いいだろ?」
センジュの肩を押さえながら残り僅かな消毒薬で傷を消毒するクラマに、センジュは縋る様に問いかけた。
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続きます。
続きです。
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[it's alive!!:2]
クラマは暫く傷を眺めて悩んだが、こくりと頷いた。
「その代わり、痛むよ。」
そう言って問答無用でセンジュの肩を縫い付けるクラマ。
蝉の様に騒ぎながらもなんとか耐えたセンジュの処置を終え、WDの傷を縫い、自分の傷も縫い付ける。
3人揃って不格好な稲妻が出来上がると、また雨が降り始めた。
近くに留っていたのか、蝉が落ちた。
「そう言えばさ、センジュは何で蝉になりたいんだい?鳴いて鳴いて、10日もすれば死んじゃうんだよ?」
ズキズキと痛む稲妻を眺めながら、クラマはセンジュに問いかけた。
センジュは落ちた蝉へ哀しげな視線を向けている。
「センジュ?」
心配になったのか、WDも声をかける。
だが、センジュは暫く無言だった。
ただ、雨の音と、微かな蝉の声だけが聞こえる。
「こいつらはさ、こんなにちっぽけなのに叫んでるんだ。オレ達だってこの戦争の中じゃ蝉みたいにちっぽけなものかも知れない。
だからさ、オレは叫んでいたいんだよ。小さくても、今日死んじまうとしても、オレ達は生きてるんだって叫びたいんだよ。だから蝉になりたい。」
センジュは小さな声でそう言った。
切実な声だった。
終りの見えない戦争、まるで意味のないものの様に失われていく命、その中に裸も同然で放りこまれた自分達。
だがセンジュはすぐに顔を上げた。
必死に明るさを取り戻そうとしているかのように努めて明るい声を上げる。
「クラマセンセイはさ、この戦争が終わったら何になるんだ?」
センジュの言葉に、クラマの胸は痛んだ。
その時まで生きていられるか分からない。
だが、それを認めないのがこのセンジュだった。
彼のおかげで、クラマとWDは今まで生きる事を諦めなかったのかもしれない。
「そうだな、折角少しでも医療を勉強したんだから医者になりたいかな。衛生兵じゃなくって、町医者ね。」
特に戦争の後の事など考えていなかったクラマは少し悩んでそう答えた。
「センジュは?」
そしてセンジュの将来の夢が蝉でない事を祈りながら問い返した。
すると、センジュは待ってましたと言わんばかりの笑顔になった。
「オレはアーティストさ!この腐った世の中を忘れない為に、アートを作るんだ!」
そんなセンジュの笑顔を見て、今までお腹に出来た稲妻を眺めていたWDが笑った。
寂しい笑顔だった。
「いいな、二人とも夢があって。私は戦争が終わったら行く場所がなくなっちゃうよ。
だから私は叫んでいたい。まだここに生きてるんだぞ、って叫んでいたい。」
そこで一寸言葉を切って、俯き気味な顔を上げた。
相変わらず悲しげな笑顔が浮かんでいる。
「だから私の将来の夢は蝉かな。どんなに小さくても、すぐに死んじゃうとしても、皆に聞こえる大きな声で叫べるように。」
そう、小さな声で言ったWDは哀しげだった。
戦争よりも哀しい未来を、少女は自覚していた。
だが、少年たちは違った。
二人して目配せし合うと、お互い出来上がったばかりの稲妻縫いをWDの目の前につきだす。
「その夢は、きっと叶わないね。」
クラマが笑顔で言った。
「ああ、オレ達はずっと変わらない。どんな世の中になったって、オレ達はもう友情の証、作っちまったろ?」
センジュの笑顔に合わせるようにして、雨が上がった。
それを見計らったかのように、また蝉の叫び声が廃墟となった街並みに響き渡った。
それぞれの夢がかなうかどうかは分からない。
ただ人間は、いつもでもいい夢を見て生きていくものだ。
fin.
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あとがき。
えー、何と言いますか。
お題に沿えていない気がしなくもないのですが、「夢」を通した「希望」の様な物を意識してみました。
原作があるが故にこのお話し一つでは全容が伝わらないかもしれませんorz
(そもそもWDに至っては本編でまだ登場していない;;)
先走った上に出落ちな感じが否めないのですが、この一作で参加させて頂きたいと思います。
何かお気づきの点がございましたらそれとなーく指摘頂けたら幸いです;
であであ、たろす@でした。
『Nostalgia』
――ねえねえ、きいてよ、おかあさん。
たけしのやつがさ、またぼくをいじめてくるの。ぼくはなんにもしていないっていうのに、あいつはたのしそうにわらいながらぼくをぶって、あたらしくかったゲームとかマンガをひょいってとっていっちゃうんだ。ほんとうにひどいやつだよね? せっかく、おこづかいをためてかったものだったのに。おとうさんがはたらいてもらったお金だったのに。ぼく、すっごーくかなしくなるの。でもね、すぐにたのしくなるの。たけしがおうちにかえると、かならずたけしママのかみなりがおちてくるから。あんた、それどうしたのって。たけしはさ、ひとのことをさんざんいじめるくせに、うそだけはつけないやつなんだって。だから、たけしはしかられて、なきながらぼくにゲームやマンガをかえしてくるんだ。ほらよ、やっぱりいらないって。それがおもしろくて、それをまたみたくて、ぼくはたけしにゲームをとられっぱなしなんだ。おこらないでよ? わるいのは、たけしなんだから。
――なあ、聞けよ、母さん。
この前の二者面談で担任のゴリ松がさ、こんな成績じゃあこの高校は無理だって言ってきてさ。随分おかしな話だろう? いつも自分で限界は作るなとか言っていたくせに、こういう時に限ってしゅんと小さくなりやがるんだ。俺、すっげーぶん殴りたくなった。いや、そこにみっちゃんがいなかったら殴ってた――って、違う! みっちゃんがいたからじゃなかった! うん、そうだ、そこに校長のハゲ森がいたんだよ! さすがに校長の前で教師殴ったらヤバイじゃん? そうそう、みっちゃんいても俺は殴ってたね。だから、その目だけはよせよ。違うっつーに。それよりもな、今から頑張ったらあの高校に入れないかなと思ってさ。親父に言ったら、まずゴリ松に無理だと言われたことに怒りだして、もうカンカン。話どころじゃねえよ、あれは。でもマジでヤバイから、母さんにしか言えねえんだよな。なあ、俺、大丈夫かな? まだ入れる確率、ちょっとくらいはあるよな?
――お、おふくろ? ちょっと聞いてくれって。
この前、部長と飲みに行った時のことなんだけどな、部長がぐいぐいいっちゃったせいで酔っ払って、それはそれは美人の店員を口説いてたんだってさ、俺。その話聞いた時はもう、変な汗が噴き出てきたんだよ。なんでかってそれは、すこぶる美人だっていうのは酔った部長の色眼鏡を通した姿で、実際は全然そんなんじゃないの。部長の携帯にそん時の写真があって、しかも部長、それをみんなに見せびらかしてくるから、おかげで俺は先輩たちの笑い者さ。本当に最低だと思わない? 俺、もう部長とは絶対に飲みに行かないって決めたよ。っていうか、もうこれからは一人で飲むようにする。ああ、そうだ。一人ってのが一番だね。気楽だし。だから、長くなったけど、見合いの写真はもう結構デス。
――お母さん。今日は話があって来ました。
実は中学の同級生だった美里さんと結婚することになりました。いや、結婚することになりましたじゃないな。美里さんと結婚したいです。彼女と結婚させてください。お願いします。あ、美里さんの両親とはもう、話をつけました。お父さんにもさっき、挨拶してきました。きっと、天国で僕たちを温かく見守ってくれることだろうと思います。美里さんもそう思うだろう? 父さん、妹のあずさが彼氏を連れてきた時は倒れちゃったけれど、僕にははやく結婚しろとしか言っていなかったから。喜びすぎて、また倒れないといいのですが。それで結婚の話の続きなんですが――え? いいの? 本当に? お、や、やった! ありがとう、お母さん。大丈夫だって、心配はいらないよ。これからは二人でちゃんとやっていくようから。だから、そんな泣くなって。俺ももう、大人なんですよ。
――おーい、母さん、母さんっ! 俺の声、聞こえてる?
聞こえてるよ。そう答えようとしてわたしはピアノの鍵盤の上で躍らせていた指を止めた。惨めになるほど皺くちゃな上に、おびえたように小刻みに震える手を膝の上で揃え、声の主の方へと体ごと振り向く。そこには、顔つきや体は同じ人間なのかと疑ってしまうほど変わったものの、幸か不幸か、中身はあまり変化が見られない息子が優しく微笑んでいた。昔はこんなの慣れないと口を尖らせていたくせに、今では文句一つ言わずに毎日着ているらしいスーツ姿で。
「似合ってる?」と息子が両手を広げて、今更と言いたくなるようなことを問うてくるので、わたしは大きく首を縦に頷いてみせる。別に息子のスーツ姿を見たのはこれが初めてだというわけでもないのに、彼はこんなにスーツが似合うのだと思ったのは今回が初めてであった。よく、時が経つのは早いものだと残念そうに呟く人に対して、どうしてそんなに残念がるのだろうと疑問に思う理由の一つがこれだ。私には楽しくてたまらない。息子ははにかんだ笑みを浮かべながら、小さな声で「ありがとう」と言った。
「やっと俺もスーツが似合う男になれたみたいだよ」
彼の背後には、かつてわたしたちが住んでいた小さな一軒家があった。近所の人たちから何度も、本の世界から持ちだしてきたようだ、と言われた赤い屋根の家。今にも学生服に身を包んだ息子とあずさ、そしてお父さんが揃って玄関から飛び出してきそうである。しかし、空の様子が現実と明らかに違っていた。雲一つない真っ青な空がすぐに赤くなり、やがて漆黒の闇に染まっていく。そして、またすぐにそれが晴れはじめ、再び赤く、黒く、といったように空の様子が数秒ほどでころころと変わっているのだ。太陽と月が変わりばんこに出たり引っ込んだりしていて少々気味が悪いが、中々面白い。いつの間にか近くに置いてあったピアノは消えており、わたしはプラスチック製の椅子に腰を下ろしていた。
「あ、そうだ。母さん、今日は会ってもらいたい人がいるんだ」
息子は一人で頷きながら両手を打ち付けると、家の方に向かって「おーいっ!」と声を張り上げる。すると、茶色のドアがゆっくりと開き、中から黒い髪を二つに結った少女がひょこっと顔を覗かせてきた。水色のブラウスを着たその少女はわたしを見て困ったように首を傾げたが、息子がこっちこっちと手招きをすると、素直にこちらへ向かってきた。
「紹介するよ。娘の由芽だ」
由芽ちゃんはぺこりと頭を下げ、「ゆめです」と舌足らずな声で言う。名前よりもですの方が強調されていた。
何歳だい? わたしが訊ねると、由芽ちゃんは指を四本立ててみせた。四歳ね。あら、一番可愛い時期じゃない。甘やかされすぎるのはよくないけれど、たくさんたくさん可愛がってもらうといいわ。わざと息子に聞こえる声量で呟いてみれば、息子は肩を震わせて笑った。「甘やかしやしないさ」と。
「美里さんが孫の顔を見せないのは可哀想って言っててね。よかったよ、嬉しそうで」
そうねえ、死ぬ前に孫の顔が見れてよかったわ。これでお父さんにも女の子か男の子か教えてあげられる。笑いながらそう言うと、息子は「冗談よしてくれ」と苦笑した。由芽ちゃんは何が起こっているのか全くわかっていないようで、息子のスーツの裾を握り締めながら首を傾げている。彼女の大きな瞳にはわたしの姿が宿っていた。
幸せになるんだよ。ふいに思いついて、由芽ちゃんの頭を軽く撫でてあげる。そして今度は息子の方へと視線を向けると、幸せにするんだよと言った。
「大丈夫だよ、母さん」息子はそっと由芽ちゃんを抱き上げた。「心配するなって」
「俺は母さんにしてもらったことを、こいつにしてあげるだけだからさ」
――それが、合図だった。
空気が吠えるように震えたと思った次の瞬間、ぶわっと巻き起こった一陣の風がわたしの服や髪を揺らし、あ、と声を上げる暇も与えずに息子と由芽ちゃんを連れ去っていった。わたしだけを残して、呆気なく風に飲み込まれていってしまった二人。残されたわたしはしばし、呆然と彼らが立っていた場所を見つめていた。しかし、やがてはっとして顔を上げた。近くからくすりと小さく笑う声が聞こえてきたからだ。案の定、そこに立っていたのは息子と同じスーツを着たお父さんだった。
可愛い子じゃないか。お父さんはそう言って微笑んだ。わたしも笑って頷いた。
「――そうね、あの子にそっくりだわ」
end
「夢路は遠くにありて」
例えばこんな話がある。
実はあなたは、身体と切り離されて脳だけは特殊な液の入った水槽に入れられているのかもしれない。又、それは脳波が操作できる高性能な機械につながれていて、つまり今あなたが体験しているこの世界は、水槽の中の脳が見ているバーチャルリアリティに過ぎないのだ。
最初にこの話を聞いたとき、私は思った。そんな馬鹿げた話があるか、と。しかし今よくよく考えてみると、もしかしてそうなのかもしれないと思う。というか、そうだったらいいな、とさえ思う。だって、自分自身でそうでないと証明することはできないし、そして何より私は、この退屈な日々に何とかして風穴を開けたいと強く望んでいるのである。
私は平凡だ。家族は父と母と姉と私の四人で、小さなマンションの一室に住んでいる。生活は貧乏な方かもしれないが、かといって今日の夕飯のおかずに困るほどの物凄い貧乏ではない。普通に、というか質素に暮らしている。人並みに友人もいる。付き合っているわけではないけれど、いいなと思う男の人だっている。
私の一日は、淡々と過ぎていく。大きな事件が起こるとか、そんなことはまずない。私たちは時計に縛られているというけれど、本当は自分自身が時計そのものではないかと思うときがある。毎日毎日、ただひたすら同じような動作を繰り返し続けて。電池が尽きるまで、ずっとずっとずっと。
ただ私は、このまま電池が尽きることが怖いのだ。だから、何とかして今のつまらない日常から抜け出したい。なのに、抜け出す方法が分からない。
「葛城ってさ、なんかいつも平和そうだよね」
ほとんど人のいない昼休みの図書室で調べものをしていた私に、深山(みやま)さんは言った。
彼は、私が所属している美術部の部長さんである。学年はひとつ上で本来なら深山先輩と呼ぶべきなのだけれど、本人が何故か先輩と呼ばれるのを嫌うため、このような呼び方になっている。
「心外な。こう見えても、色々抱えてるんですよ」
「ふうん」
私が思うに、深山さんは変な人だ。
例えば廊下ですれ違うとき、部室の前を通るとき、自転車置き場で遠目に見かけたとき、彼はいつだって複数の友人たちとの会話の中心にいる。不特定の女の子たちと話しているのも、何度か見た。なのに、昼休みの大部分をあまり人気のない図書室で、しかも基本的に一人で過ごす。まるで逃げるみたいにして。
何の気無しに、目についた本を手にとってパラパラとめくってみる。かなり細かい字で埋め尽くされていて、読む気が失せた。本を元の場所に戻し、深山さん。と声を掛ける。
「聞きたいですか? 私の悩み」
口に出してから、自分でも妙な言い方をしたな、と思う。
「いや、遠慮しとく」
「あの、今物凄く誰かに話したい気分なんですよ」
彼は苦笑した。
「じゃあどうぞ」
図書室は、今日も静かだった。時々、ページをめくる音やささやかな話し声が聞こえるくらいで。しかし、騒がしいともいえる無数の笑い声や話し声が絶えず部屋の外から聞こえてくる。学校内で、ここだけが取り残されているような感覚に襲われた。
私は顔を上げ、口を開く。
「今の日常を、終わりにしたいんです」
一瞬、全ての話し声がやんだ、ような気がした。
「…………そうなんだ」
深山さんは声の調子を変えずに言う。私は普段思っていることを全て、一気に吐き出した。話しているうちに心が軽くなっていくとか、どうでもいいことに思えてくるとか、そんなことはなかったけど。
言いたいことを全て吐き出すと、私は深く息を吸った。
「すみません。なんか、長々と」
「俺が思うに、」
それまで腕を組んで静かに私の語りを聞いていた深山さんが、口を開いた。
「はい」
「非日常的な出来事って、意外と近くで起こってたりするんじゃないかな」
意外と近くで、と深山さんの言葉を心の中で繰り返してみる。
「そんなもんですかねえ」
「そんなもんだよ」
そう言って深山さんは優しく笑う。
やっぱりこの人は変わっている。
平凡な日常が嫌でたまらない。そんな、いかにも自己中心的な悩みを聞いて真面目に返答してくれるのは、私の知り合いの中では少なくとも深山さんくらいだと思う。普通ならば、笑い飛ばされるか、何甘ったれたことを言っているの、と叱責を受けるかのどちらかだろう。
「ていうか、たまには部活に出たら?」
思い出したように、深山さんが言う。二年の始めごろからすっかりサボり癖がついてしまった私は、もはや幽霊部員状態だった。
「今日はちゃんと出ますよ。先輩」
じゃあ教室に戻るんで、と付け足して、私は図書室を出た。
午後からの授業を何とか眠気をこらえてやり過ごし、家路についた。結局、部活はサボった。
リビングの時計は四時三十分ちょうどを指している。父も母も姉も家にはいなかった。
激しい睡魔に襲われたので、私は鞄をそこら辺に放り投げてソファの上で横になった。ずいぶんと頭が重く感じる。ついでに瞼も重い。昨日、夜遅くまで起きていたせいだ。よし、今日は塾がないから好きなだけ昼寝できる。
ほとんど無意識に目を閉じ、間もなく私は眠りに落ちていった。
────変な感覚だった。懸命に足を前へ前へと出して走っているつもりなのに、なかなか前に進まない。いくら運動音痴といえども、もう少し早く走れたはずなのだが、これでは歩くスピードと何ら変わらないではないか。
私は辺り一面緑一色の森の中で、何故か巨大なクワガタムシに追われていた。幅十メートルはあろうそいつは、青々とした木々を次々になぎ倒しながらギザギザの足を互い違いに動かし、ゆっくりと進んできた。黒々とした目は、確実に私を狙っていた。
私を捕まえて食べる気なのだろうか、こいつは。確か、クワガタムシは木の樹液が餌だったと思うのだが、巨大化して肉食にでもなったのだろうか。
そんな呑気なことをぼんやりと考えながら、なおも不自由な足で木々の間を縫って走り続けると、突然視界が開けた。
そこには一軒の家が建っていた。が、普通の家とは明らかに違っていた。というのも、この家はお菓子でできていたのである。
壁にはクッキーやらドーナツやらキャラメルやらが敷き詰められていて、ドアは一枚の大きな板チョコだった。そういえばさっきから甘い香りがする。私は「ヘンゼルとグレーテル」に出てくる、お菓子の家を思い浮かべた。
不意に板チョコのドアが開く。そして出てきたのはヘンゼルとグレーテル……ではなく、意地の悪い魔女でもなく、二人の老人だった。二人とも頭は白髪で、動作は非常にゆっくりとしたものだった。
私が助けを求めると、彼らは家の中に入りなさい、とでも言いたげに手招きをした。二人に従って家の中に入ると、外形とは裏腹に広々としたマンションの一室、といったような感じだった。全体はベージュで統一されていて、部屋の中央には大きなL字型ソファが置かれている。お菓子の家というのは、外見だけのことだったのか。何か裏切られたような気分だ。
「ジョージが、すまなかったね」
二人のうち、背の高いほうが言う。ジョージとはあの巨大クワガタのことだろうか。
「はあ」
「あいつはワシらのペットのようなもんで……、けっこう、可愛らしい顔をしているでしょう? ……まあ少々乱暴者で、ワシら以外の人間を食べようとしたり、しばしば手に負えないときもありますが…………」
────ぷつん。
糸が切れるみたいに、そこで唐突に私の夢は終わりを告げた。
※軽くグロ表現入ります。
窓の外は薄暗くなり始めていた。六時十五分前。もう部活も終わるころか。まだ夕飯まで時間がある。二度寝しようかと思ったけれど、何となくそういう気にはなれなかった。
寝転んだ状態のまま、伸びをする。変な夢を見た、とまだ充分に回転していない頭で思う。
夢は、脳が記憶の整理をしているときに見るものだ。それ故、全く無関係だったはずの情報が思いがけず結びついて、カオスな世界となり、夢に現れる。例えばさっきみたいに、巨大クワガタムシに追いかけられる、なんていう、非日常的な出来事が頻繁に起こり得る。
だから、退屈な夢なんてない。少なくとも私にとっては。
のどが渇いていたので、飲み物を探しに台所へ向かった。冷蔵庫を物色すると、冷えたウーロン茶があった。私はそれをコップに注いで一気に飲む。
そういえば、こんな時間まで誰も帰ってこないなんて珍しい。いつも深夜に帰ってくるお父さんはまだしも、お母さんの仕事は五時で終わりのはずだし、お姉ちゃんだって大体このくらいの時間帯は家にいるのに。
もう一杯だけウーロン茶を飲み、ソファに座ってテレビをつける。ちょうどニュースの時間帯らしく、どの局も見覚えのある顔のアナウンサーが流暢に原稿を読んでいた。そうしてしばらくチャンネルを順番に変えていると、「速報 都内の猟奇殺人で、被害者の近所に住む男を指名手配」という大きなテロップが目についた。リモコンをテーブルの上に置き、少し見てみる。
無差別に果物ナイフで人の腕を切り落としたとして指名手配されているその男は、事情を聞こうとしていた警察官たちを振り切って逃げたらしい。画面の中のアナウンサーが何度も、どこに潜伏しているか分からないから気を付けるように、と呼びかける。気を付けると一口に言っても、どうやって気を付けるというのだ、と私は内心思った。
一方のテレビ画面には、指名手配犯の写真が映し出される。想像よりも若かった。肌が白く、丸顔で、目が大きい。まあ、何と言っても人の多い東京だし、多分すぐ捕まるだろうな。
私はテレビを消し、立ち上がる。明日までにやらなければいけない数学の課題があることを思い出した。
床に放り出されたままの鞄からノートとワークを引っ張り出して、机に向かう。
…………三問目で手が止まった。確か、この前の授業で解いたはずの問題なのだけれど、解き方が思い出せない。改めて問題文を読み返していると、ページの上のほうに「基本問題」と書いてあることに気付いた。畜生。私は基本問題にすら手も足も出ないのか。数学は得意な方だと思っていたんだけどなあ。
しばらく自己嫌悪していると、ドアが開く音がした。誰か帰ってきたみたいだ。
「おっかえりー」
私はシャーペンを机の上に置いて玄関に向かい、遅かったねと声を掛けようとした──────けれど、そこには私の家族ではない人が立っていた。
「え、」
その人は下を向いていた。Tシャツから覗いている腕には何かに引っかかれたような痕があり、つい大丈夫ですかと声を掛けてしまう。言ってから、後悔した。阿呆か私は。なんでそんなどうでもいいことを訊いたんだよ。見ず知らずの人が、家の中に上がりこんでいるっていうのに。
「大丈夫っすよ」
まるで普通の日常会話のようなトーンでその人は答え、顔を上げる────。
見たことのある顔だった。さっき、テレビで見た、指名手配犯だ。間違いない。目の下に隈が出来ているけれど、確かに同じ顔である。だとしたら、あの腕の傷は警察官を振り切るときにでも付いたのだろうか。というか、それ以前にどうして指名手配犯が私の家の玄関にいるのだ。まあ、戸締りをしていなかった私の責任でもあるのだろうけど。だって、まだ家族が帰ってきていないのに一々鍵を掛けていたら面倒とだ思うじゃないか、普通。
男が、上着のポケットから果物ナイフを出す。殺される、と思った。私も事件の被害者みたいに、腕を切り落とされちゃうのかな。うわあ、痛そう。
私の頭は冷静だった。多分、混乱という混乱を通り越してしまったんだろう。でもそれなのに、身体が思うように動かない。もし金縛りにあったとしたらこんな感覚なのだろうか。
男が、果物ナイフを持って近づいてくる。嗚呼、こんな目に遭うくらいならせめて部活に出ておけばよかった。冷静な頭で、私は今非日常的な世界にいるんだ、と思った。でも私が望んでいた非日常は、こんなものじゃなかったはず、なのに。
────早く、早く悪い夢から覚めますように。私はそう願って、目を閉じる。
(end)
(あとがき、)
期限間に合ってよかったです(・ω・)
後半は勢いで考えたのもあって、gdgd感が半端ないですorz
まあ最初からgdgdと言われればそうなのですが……
あと、お題と合っているかどうか怪しいです((
第五回SS大会エントリー作品!
No1 暁壱様作 『夢でした』 >>254
No2 秋原かざや様作 『機械仕掛けの人形は羊の夢をみるのだろうか』 >>255
No3 水色水色様作 『二つと一人』>>257
No4 Lithics様作 『夢の置き場所』 >>259-260
No5 瑚雲様作 【夢を、叶える子】 >>261-263
No6 遮犬様作 【夢のモーニングコール】 >>264-268
No7 ゆかむらさき様作 『アタック』 >>271-272
No8 月牙様作 title:Dream that show the dream >>273-274
No9 たろす@様作 [it's alive!!] >>275-276
No10 夕凪旋風様作 『Nostalgia』 >>277-278
No11 果世様作 「夢路は遠くにありて」 >>279-282
以上十一作がランクイン! 散々延長しておいて主は今回も間に合いませんでした(涙
うわーん、すごくどれも力作だよー(涙)。
もう少し考えればよかったーふみゅみゅ。
というわけで、うちが気に入ったのは。
No5 瑚雲様作 【夢を、叶える子】
No8 月牙様作 title:Dream that show the dream
No10 夕凪旋風様作 『Nostalgia』
特に『Nostalgia』は、最後がじーんと来ちゃいました。
ううう、な、泣けるー。マジ泣けるよー!!
【夢を、叶える子】は、正夢を打ち消すために頑張る姿が、凄く良かったです。これいい!!
title:Dream that show the dreamは、青春ドラマをみている感じで今風で旬って感じで、よかったです。ドラマ化しそうな雰囲気してました。
別枠として、びびったのは。
No7 ゆかむらさき様作 『アタック』
そういうオチですか!! びっくりしつつ笑わせてもらいました☆
おまけ。
風ちゃん、ゆかちゃんのリンクが半角じゃないので、リンクが途中で切れてます。一応、報告までー。
遮犬様作 【夢のモーニングコール】
月牙様作 title:Dream that show the dream
夕凪旋風様作 『Nostalgia』
の三作が私は好きですね^^
支援あげー☆
投票、沢山集まるといいですね♪
初めまして。涼香といいます!参加されてる皆さんの作品どれもとてもおもしろかったです♪お気に入りは・・・・
No6 遮犬様作 【夢のモーニングコール】
No10 夕凪旋風様作 『Nostalgia』
秋原様もおっしゃってるとおりじーんとしたりぞくっとしたり色々な事を感じさせられて読みごたえありました。楽しかったです♪
No11 果世様作 「夢路は遠くにありて」
かな
月牙様作の 「title:Dream that show the dream」がいいと思います。
瑚雲様作 【夢を、叶える子】
夕凪旋風様作 『Nostalgia』
に一票ずつお願いいたします。
皆様素晴らしかったのですがとくにこのお二人の話がとてもよかったです。
そしてこのお二人の中でも、【夢を、叶える子】は特によかったですね。
ストーリの立て方と雰囲気が綺麗で、俺には書けないなぁ~と思い、票を入れさせていただきましたw
今回は作品投稿できず申し訳ありません……。
くぅう、またココに投稿するつもりで、途中でとん挫した作品が一つ増えたですw
半分かけたから、何時か形にしてブログにでも乗っけますかね……。
こんばんは、投票させて頂きます。
水色水色様作 『二つと一人』
果世様作 「夢路は遠くにありて」
ギリギリになったのは悩んだからです、ええw
本っ当にどれも良い作品ばかりで読むのがとても楽しかったですw ご馳走様でした←
第五回SS大会「夢」 結果発表
一位:夕凪旋風様作 『Nostalgia』
二位:月牙様作 title:Dream that show the dream
三位:遮犬様作 【夢のモーニングコール】瑚雲様作 【夢を、叶える子】果世様作 「夢路は遠くにありて」票数同数
以上、ベスト3でした!
今回入賞しなかった方々も次回頑張って下さいね♪
GYAAAAAAAAAAA!!!(((((((ぇ
ごめんなさい!! ホント御免なさいィィィ!!
投票がぁ…。 今回は本当にしたかったです…((泣
投稿するだけしといてあれですよね、あぁぁぁぁ…。
修学旅行と英検と都大会と試験でごちゃごちゃしてたなんて言えません。
……ホント言い訳ごめんなさい←
次回はできたらやりたいです!! そして投票して下さった人有難う御座いました!!!
ほんっとすいません。自分も投票忘れてました。
文化祭でじたばたしてて、投票期間に入ったのに気付かずに昨日見たら統計中で……。
次回は投票の方もきっちりこなしたいと思います。
次回は作品自体にももう少し力入れたいと思います。
では、次のお題をお待ちしております。
瑚雲様&月牙様
次は是非是非投票もして下さいな^^
第六回大会のお題は「魔法」です!
沢山の投稿待ってます!
あ、はい。次こそは……。
魔法ですか、短編では初めての試みとして真剣に闘うシーン書いてみようかなぁ……。
まずは話を考えてみます。
おおっ!!
次は魔法ですね!! 面白そうなお題!!
今回もがんばろー☆
一人・・・・・w
誰か来ないかなー
>>風猫さん
す、すみません…実は『糊』ではなく『瑚』なんですよね。
皆さん良く間違えてしまうで注意して下さい;;
はい、次こそは投票したいなと思っております…っ!
今回は『魔法』ですねっ、うわぁ~なんか楽しみです!!((笑
お久しぶりです……
今回の「魔法」参加します……
以上~
>>304
HN修正しました! 申し訳ありませんでした!
上げさせて貰います。
十日以上経っているのに一つも小説が投稿されていなくて焦っています(汗
短い作品でも長い作品でもト書きでも良いので投稿求むです!
乱入すみません・・・夕凪旋風様作 『Nostalgia』読みました!素晴らしかったですっ。
支援あげますっ。
半分出来たので、もうあと数日で投稿できるようにしたいと思います。
今、ネタをねりねりしているところです。
出来たらアップしますねー。
支援あげー。
【Magic of smile】 1/3
笑わない少女がいた。
彼女は見た目良し、頭良しの小学6年生で、
強いて欠点を述べるならば、“社会性”。
そもそも本人は笑わない。
面白い番組を見たって、他人と喋っていたって、
家族と一緒にいる時でさえ、彼女は笑わないのである。
「うわ…またお出ましかよ“仮面女”」
「ホントだ、クラスの空気下がるよなー」
そんな声が彼女を耳に届く。
紺色の帽子を被って、鮮やかな赤のランドセルを背負って、
地味でもない服装をしていて尚、彼女の顔は感情を示さない。
それでついたあだ名が、“仮面女”。
「ちょっと!! そういう事やめよーよ!! 上野さん困ってるじゃん!!」
然し彼女には見方がいて、元気旺盛なクラスの人気者、夏川笑奈が大声で会話を断ち切る。
「何だよ夏川、お前こんな仮面女の見方な訳? やってらんねー」
「どうせ成績の為だろ……、よっ! 優等生!!」
「そういうのじゃなくて!! 上野さんに謝ってよ!!」
こんな会話が、毎日毎日、飽きる程繰り返されている。
上野さん。そう呼ばれた別名“仮面女”は、またも表情を変える事なく席につく。
そしてじっと座って、本を読んだりするだけ。
彼女に近づこうだなんて誰も思わない。そう、誰も。
ただ夏川笑奈だけがそんな彼女の姿をずっと見てきた。
そして友達になりたいと、そう思っていた。
「…来週の運動会だけど、皆ちゃんと練習しているみたいで………」
来週の土曜日に控えたのは、運動会。
小学校生活最後の大イベントで、ここの学校はクラス対抗な為クラスの団結力が鍵となる。
然し今の状況では、このクラスは負ける一方。
先生も必死になっているのである。
「あ、上野さん!! 一緒に帰ろうーっ!」
ぶんぶん、と勢い良く笑奈は手を振った。
それを否定するように、上野真希(マキ)…、仮面女は笑顔も作らずふっと背中を向けて歩き出した。
寂しげになる自分の右手。
笑奈はぎゅっと右手を握り締めて、他の子と一緒に帰った。
「おかえり真希ーっ、お前来週運動会なんだってな!!」
帰るなり自分を迎えたのは演劇部所属の中学生の兄、真人(マナト)だった。
彼はとても元気な声で妹を迎え、わくわくしたような顔で玄関まで走り寄ってきた。
「そう…だけど」
「俺部活もないから応援行くわ!! なんたって真希の小学校最後の運動会だもんなぁ~!」
「……別に良いのに」
「そんな顔すんなって!! また仮面女とか言われたのか?」
どうやら担任の先生から話を聞いていたらしい。
彼女は少し顔を曇らせると、また何でもなかったかのようにリビングまで歩く。
「……ああロミオ…貴方は何故ロミオなの……?」
「そんなくさい演技は嫌い」
「何だよーっ、あ、俺今度学芸で主役やるからっ! 絶対見に来いよなぁー」
「……今度って、10月じゃないの」
兄を軽くあしらって、カタンと椅子に腰をかける。
彼女はまた笑うこともなく夜ご飯を食べ、2階にある自分の部屋に戻った。
妹想いがちょっと過ぎた中学生の兄はそんな様子を眺め、寂しそうに一人、カレーライスを食べる。
それからの毎日、上野真希は何度学校に行ってもこの間の続きみたいに、笑奈と男子数名が喧嘩しているのを見る。
別にどうでもいいのに、と彼女は呟いていた。
どうせ笑い方も知らない自分だもの。夏川さんのような人気者に構ってもらいたいなんて思ってもいない。
笑いたきゃ笑えば良いと、彼女の無感情な顔はそう言った。
運動会当日の事。
彼女のクラスは精一杯頑張って、声を出して、協力して、一生懸命だった。
たった一人を除いて。
どの競技にも不向きな彼女は、特に運動が得意な訳ではないので活躍の場面もなく、
そのまま時が経ち、日は傾いていく。
砂だらけになった皆の顔を見て、自分の顔を見る。
努力のしていない綺麗な顔。
嫌だなって、もっとできたのかなって、そう思うようになったのに。
結果は、ビリから2番目だった。
「どう考えたって、仮面女のせいだろ!! あいつクラス対抗リレーでこけたんだぜ!?」
「そうだそうだ!! しかもあいつ障害物競走でもビリだったしっ!」
「笑わねぇし頑張らねぇーし、ホントなんなの!?」
教室に戻った途端、真希を責めたてる声が上がった。
そう、彼女はリレーやなんやで、かなり失敗を重ねていた成績がある。
鈍くさい訳ではないのだろうが、やはり普段練習でも皆と一線置いていた彼女にとっては無理があったのだ。
そうして失敗を重ねた彼女のせいで負けたんだと、クラスの男子は言い張っていた。
「あのねぇ…!! これはクラス対抗なんだよ!? 上野さんだけのせいな訳ないじゃん!!」
「じゃあ誰だよ!! 俺達は頑張ったんだよ!!」
「皆の責任だし、別に上野さんだけを責める理由はないと思うんだけどっ!!」
いつもよりもヒートアップした喧嘩が始まる。
しかも、真希側についているのは笑奈だけであって、他は傍観者か反抗的な男子数名だった。
そんな圧倒的な立場で、笑奈は退かない。
真希だけのせいではないんだと、そう強く言い張っていた。
然し本人はもう、限界だった。
「……やめて、下さい」
消え入りそうな程小さな声に、皆がぴたりと発言を止めた。
「私を責めるなら…それで良い。でも……夏川さんは悪くないから……責めないで…」
もう十分です、とでも言うように、真希は言った。
そしてそのままランドセルを背負って、ゆっくり廊下を歩きだす。
「…う、えのさん……? 上野さんっ!」
笑奈の大きな声をも無視するように、仮面を被った少女は振り向きもせず歩き続けた。
家に帰って、泣くこともなく、ベッドに横たわる。
「……夏川さんは、悪くないのに」
自分がもっと笑える子だったら良かったのに。
初めてそう思った。
そしたら彼女は、私にもっと笑ってくれるのかな。
【Magic of smile】 2/3
朝。乗らない気持ちのまま笑わない彼女は歩き出した。
今日は運動会が終わって初めての学校の登校日。
赤いランドセルを背負って、気持ちの良い朝を迎えて。
そんな憂鬱な朝、進まない足を交互に動かし。
そうして、少しの背の高い人とぶつかった。
「…っ!」
ドン、と押されて思わず尻餅をつく真希。
痛いと思っていた最中、にゅっと腕が伸びてきた。
どうやらぶつかった人が腕を伸ばしてくれているらしい。
「…どうも」
無愛想にそう言うと、少しお辞儀をして過ぎようとする。
でも。
「はーい!! そこのお嬢さん? “笑顔になれる魔法のお薬”はいりませんかー?」
いきなり呼び止められ、変な仮面をした黒ずくめのお兄さんはにこにこと笑う。
真希は心底興味がない為、もう一度振り直す。
「ちょちょ、ちょっとー? 全然怪しくないですよー?」
「…見た目怪しい人ですが」
「う…、そんな事言わずにはいはいはいーっ!」
ぐいぐいっと、変なビンを押し付けられた。
ビンには“Magic of smile”と表記されている。
「…?、?」
「その薬はどんなに暗い子でも一瞬で笑顔になれちゃう魔法のお薬なんですよー?」
「……」
真希はじっとビンを見つめて、
それをポケットに押し込んで歩き出した。
「あ、あれ?」
「……授業に遅れますので、では」
変な黒ずくめの男を置いて、さっさと小走りで先を急ぐ。
学校に着いたらぎりぎりの時間で、誰もが席についていた。
嫌な視線が届く。あれ程嫌がっていた学校に急いで来てしまった事を心から後悔した。
「1時間目は先生が遅れるそうなので自習にします。皆さん静かにしてて下さいねー」
今日は担任の先生がお休みらしい。
そしてその先生も他のクラスの担任なのでどこかへ消えてしまった。
まずい、この間の喧嘩の続きをされるかもしれない。
そう、思った矢先だった。
「……じゃあこの間の件だけど…」
いきなり、クラスの中心的存在である男子が立ち上がり、話を始めようとした。
「……ま、待って…!!」
そこで仮面の少女は、ガタンと立ち上がる。
しかしその拍子に、ポケットに突っ込んだ今朝の変なビンが転がり落ちた。
「…? 何だこれ」
その男子はひょいと持ち上げる。
透明な水が入ったそのビンをじっと見つめてから、
「はっはーん、仮面女、校則違反物だぜ? これ」
「マジで!? 何何ジュース!?」
「ちょ、あんた達…っ!!」
笑奈が立ち上がったところで、男子はきゅぽっ、という音を出してビンの蓋を開けた。
そして……いきなり飲み出した。
「あ…っ」
今朝、変な男から貰った笑顔の薬。
飲もうとは思っていなかったけれど、何が入っているか検討もつかない代物だ。
「……ど、どう?」
クラスの皆がしんとなる。
そしてその男子は、小刻みに震え出して、
「…ぎ…ぁ…、ぎゅいえあがばぁーッ!!!!」
「「「「!!!?」」」」
変な声を、出した。
とても地球上の生物とは思えない程の声。
クラスの皆がその反応に動きを止める。
「お、おい…」
「大丈夫、か…?」
何だ何だと、ぞろぞろその男子の付近へ集まってくるクラスメイト。
「な、なんつうか……あれ?しょっぱい?…でもほろ甘いような……あーいいや、辛い!! あれ!? 違う苦い!?」
「「「…つまり?」」」
「……なんともいえねぇ…」
恐ろしいものを口にしたと、その男子はぜーはー言いながらビンを持つ。
一体何が入っていたのだろう。
「夏川ぁ!!」
「は、はい!?」
「お前飲め、地獄を味わえ!!!」
「意味分かんないし……ってむぐ!?」
無理やり押し込まれ、笑奈はごきゅん、と呑み込んだ。
緊張の糸が走る教室。そんな中で笑奈は微妙な顔から打って変わって、
「あれ? 意外に美味しい?」
「「「「嘘だろ!!!?」」」」
笑奈が極度の味覚音痴という事が発覚してしまった。
そして…クラスは。
「何だよお前びびらんせんなよーっ」
「夏川…お前絶対地球人じゃねぇ…」
「う、うそ!? 全然美味しかったってばっ!」
「なんつうか、仮面女もこういう趣味だったとは…」
「いや、飲むより作る派とか!!」
「…仮面女恐るべし」
誰かが言ったその言葉を最後に、クラス中に笑顔が満ち溢れた。
「ははは、こんなん普通作れないってーっ!」
「無理無理!! つか何味よ!?」
ついこの間まで、ぴりぴりしていたクラス。
真希の存在で、いがみ合っていたクラス。
バラバラだった心が、一つになった瞬間だった。
「その…悪かったな、かめ…じゃなくて、上野」
「俺もきつかったっていうか…運動会もお前のせいじゃねぇーしっ」
その時初めて、真希の心に感情が流れ出した。
ああ、そうだ、今なんだ。
「あ……」
彼女は、優しく微笑んだ。
無理もせず、唯自然に。
心の底から、“笑った”。
「わ、らった…?」
「上野が…」
「「「「わらったーっ!!」」」」
もう仮面はないよ、とでもいうように。
上野真希は微笑んだ。
そうして笑奈も、そしてクラスの皆も、
まるで魔法がかかったみたいに……笑い合った。
【Magic of smile】 3/3
「ただいま」
真希がガチャリと音を鳴らして家に入る。
リビングからは、またあの元気な声が聞こえた。
「おっふぁえりーっ…ってあれ? 真希笑ってんじゃん!!」
ご飯を頬張りながら挨拶を交わす兄に対して、真希はふっと微笑んだ。
「笑うと案外可愛いなぁー! どうしたんだよ急に!!」
「ううん…別に」
ただ、と彼女は付け加えた。
そうして彼女はもう一度笑って、
「――――、“どっかの演劇バカ”が、私に“笑顔の魔法”をかけてくれただけだよ」
と言った。
それを聞いた兄は、カチャン、と音と立ててスプーンを落とす。
「え…あ、あれ!? いつ気付いたの!!?」
意味ありげに微笑んだ彼女は、そんな兄の言葉なんか気にしない。
朝出会った素敵な男性についてなんて微塵も触れない。
唯真人は、頭上に沢山の疑問符を浮かべていただけ。
笑わない少女はもういない。
だって彼女は、“笑顔の魔法”にかかっているのだから。
*End
.+゜:;+*あとがき*+;:゜+.
魔法ってきいて、どっちをやるか悩みました。
戦闘系かな、それとも不思議系かなーと。
やっぱりこの際なので、不思議系にしましたけど。
ちょっと意味不な場面も多く、SSの難しさを改めて知りました((←
ぼくも書いていいですか?
書きますっ!
「魔法の言葉」 第一話
ぼくには、好きな人がいる。
といってもそれが『好き』だということなのか、なんて分からないのだけれど。
唯一分かるのはその人にはそのことが伝わらないということ。
・・・そう、伝わらないのだ。
皆さんにはこんな冒頭で悪いとおもっている。
しかし、それをいわなきゃこの物語は始まらないのだから仕方がない。
まあとにかく、聞いてほしいのだ。
事の発端はタクミだった。
タクミはぼくの好きな人――――サクラの弟だ。
だが、3年前に死んだ。
ぼくの兄のいじめによって。
ぼくの兄――――マサ兄はコーヒーが好きだった。
ぼくはマサ兄のとなりにいた。
マサ兄はコーヒーを飲んでいた。
そこにタクミが通りかかった。
ドンっと大きな音が鳴った。
タクミがマサ兄にぶつかったのだ。
二人ともばたっと倒れた。
「いってえな・・・。」
マサ兄がつぶやく。
タクミはあわてて近づいてくる。
マサ兄とタクミは部活が一緒だったのでお互い知り合いだった。
「すみません!だいじょうぶですか!?」
ふと、マサ兄がコーヒーのカップを見た。
とたんにマサ兄から殺気がただよった。
たくみもそちらを見て・・・真っ青になった。
そう。
コーヒーがこぼれてしまっていたのだ。
マサ兄にとって、コーヒーをこぼすやつ=敵だった。
・・・それにマサ兄は学校内では王様的存在だったのだ。
「・・・いまにみてろよ・・・。」
マサ兄はいった。
いきなりすみません!
とちゅうですね・・・。
またかきにきます。
それってだめですか?
「魔法の言葉」 第二話
その数日後。
ぼくはあたりをぶらぶらあるいていた。
すると。
♪きーらーきーらーひーかーるー
よーぞーらーのーほーしーよー
歌声が聞こえた。
美しい声だった。
ぼくの心に好奇心が芽生えた。
・・・だれだろう。
のぞいて・・・。
後悔した。
そいつは・・・タクミの姉、サクラだった。
「サク・・・ラ・・・さん」
ぼくはつぶやいた。
サクラは振り向いた。
「あ、マコトくん。」
彼女は笑顔で僕の名前を呼んだ。
罪悪感が芽生える。
ごめん、サクラさん。
ぼくの兄が君の弟をいじめてるんだ。
そんな笑顔をぼくに向けないでくれ・・・。
すっごくつらいから・・・。
ぼくは泣き崩れた。
すくないね。
ごめん。
今日明日に完成すると思うのでしばしお待ちを……。
場違いに魔法使いが闘っちゃいますけどスルーしちゃってください。
期末に重なって書く暇がないので今回は出せそうにもないです。SSとちゅまでなので残念です。
一応、審査はしようかと……
『ささやかな魔法』
泣いている子を見つけた。
声を殺して泣いているんだと、最初は思っていた。
彼女は、声が出せなかった。
出したこともない。
もともと声が出なかったらしい。
そんな子が、思わず、一緒にいた母親と喧嘩してしまったそうだ。
黄昏色に染まる河川敷。
緩やかに流れる川を二人で眺めながら、言った。
「じゃあ、魔法をかけてあげよう」
彼女はびっくりした様子で、私を見る。
私は微笑んでから、彼女に告げた。
これは大事な大事なお約束。
「ただし、この魔法は数分しか持ちません」
えーーー!?
と言わんばかりの彼女に、私は苦笑した。
だろうなって思った。
「というわけで、君のお母さんのところに行こう」
いやいやする彼女を無理やり立たせて、私は彼女を母親の元へ連れて行った。
性格に言うと、私が脅して、彼女の母親のいるところに向かったのだが。
彼女の母親はすぐに見つかった。
少し若く見えるが、疲労の様子がみて分かる。
きっと、苦労しているのだろう。
「彼女から伝えたいことがあるそうですよ。でも、この声はつかの間の声。永遠のものではなりません。それをお忘れなきよう」
ぺこりと頭を下げて、ぱちんと指を鳴らした。
ついでに色とりどりの花を舞う様に仕込んだ。
これはサービス。
少女と母親は驚き、そして。
『お、かあ、さん……』
「えっ!?」
『け、けんか……ごめ……』
なかなか言えなくて、少女の口から言えたのは。
『い、つも、あ……りが……と』
同時に空に舞っていた花が消えた。
声も消えた。
そこにあったのは、少女の心。
零れた涙を拭う前に母親は、少女を強く抱きしめた。
「ごめんね、私も……悪かったわ。ううん、そうじゃなわね」
ゆっくり腕を解いて、母親は笑う。
「大好きよ。私の大好きな……」
笑っていたのに、母親の瞳から大粒の涙が溢れていた。
ふと、二人はあの人を探した。
ほんの数秒間だけ、力を貸してくれたあの人を。
けれど、既にその人はいなかった。
少女はいつもの手話で、母親に告げる。
『あの人、魔法使いだったんだよ』
「ええ、きっとそうね」
二人は手を握って、夕暮れの小道を家へと向けて歩き出した。
なんとかギリギリ。
間に合ったと……思いたいです。
遅くなってすみませんでしたーー。
[ 私が欲しがったまじない ]
幼い頃から、魔法というものが好きだった。
御伽噺で一番好きなお話は『白雪姫』だった。
――でも、そのラストは嫌いだった。
彼氏にキスされる度に、そう感じていた。おはようも生きる勇気も私には要らないの。私が欲しいのは、たったひとつだけ。
ファンタジーとか御伽噺とか、高校生になっても憧れ、夢を見ている。楽しくないから楽しくしたい。ありえない魔法を使いたい。変なイキモノを見たい。動物と話したい。
――林檎で眠れる白雪姫、なんてなんて素敵なんだろう。
眠り姫のように針でぶっささるなんて痛いこともないまま、齧ったらすぐに眠りに堕ちる。美しい白雪姫は、王子が助けてくれたけど、私は美しくないから、キスで目覚めるわけでもない。それでいい。それでいいの。
照れ臭い想いとか甘い言葉とか、そんなものが欲しいんじゃない。私はこの世界を楽しくする魔法では楽しくなれないから。
私は、夢の中に溺れ、沈んで、二度と覚めたくないのだ。だから私は、もう一回眠る。
キッチンに移動して、冷蔵庫の中を見る。
冷蔵庫に閉まってある、薬漬けにした林檎。
それに手を伸ばし、包丁でさくさくと切り分ける。お皿に乗せて、口に入れた。飲み込んだ瞬間、突き刺さる激痛。きもちわるい、うああ。勢い余って吐瀉物を吐き散らかす。
「うっはああ……はあっ」
現実はうまくいかないな。綺麗に眠りたいのに、痛くてたまらない。ゲロは吐くし、全身は痛いし。意識が朦朧とする。ああ、強い劇薬って凄いな。もう眠ってしまいそうだ。
白雪姫も眠り姫もびっくりのエンディング。魔女の魔法はどこまでも中途半端だった。キスなんかでとける魔法? 笑っちゃうな。
とっても痛いけど、顔が勝手に綻ぶ。
これこそ私が欲しがった、呪い。
@ end
皆あかるいあったかい魔法だけど私だけ呪い。
のろいじゃないよ! まじないだよ!
これぞありんこクオリティ。
ぎりぎり間に合った…か?
【 まほうつかいになりたい 】
と書かれた古い紙きれが机の中から出てきた。お世辞にも上手とは言えないような幼い平仮名だった。自分にもこんな時代があったな、と、懐かしく思った。それだけ。
幼稚園児の非現実的な将来の夢なんて叶う筈もない。叶う、叶わない、ではなく夢は持つことが大切なのだ、と教師は言ったが、現実主義の進路調査に「魔法使いになりたい」なんて書いたらふざけているのか、と怒鳴られるのだろう。大人なんて皆嘘吐きだ。
溜息を吐いて、シャーペンをぶらぶらさせる作業に戻る。が、それもすぐに飽きて携帯電話を開くと、メールのアイコンが自己主張をしていた。兄貴からの、元気?、とだけ書かれたメールを読んで、携帯電話を閉じる。社会人の兄貴。自分で進路を決めて自分で勉強して自分で仕事を見つけて自分で生きている兄貴。
ふと、兄貴はどうやって進路を決めたのだろうと思った。成績は中の下くらいで、無彩色の現実よりもカラフルなフィクションの世界の方が好きだった兄貴が、すんなり進路を決められる筈がない。
携帯電話をもう一度開く。
兄貴は魔法使いになりたくなかった?(送信)
なりたかったから魔法使いになったんだよ。 (受信)
冗談を言うなら(笑)くらいつけてほしかった。
一分もしないで帰ってきた笑えもしない文に、返信を打つ。
嘘付け (送信)
まあ、嘘だな。最初からそう思ってたわけじゃないから(笑)
社会人は皆魔法使いなんだってさ。時間をかけてアイディアを練った物には魔法がかかるんだ。それが形のない物でも。逆に言うと適当にやった仕事は誰のためにもならなくて、笑顔も信頼も売り上げも無いんだって。
会社に入った時に社長に言われた。
でも今お前に魔法使いになれなんて言ってもなー
どうせ進路にでも困ってんだろ? 決めるのはやりたいことが出来てからで良いんじゃないの?
下手に書いてそのまま進んで、適当に仕事をこなす人間になってほしくないからな。
どうせやるんだったら楽しいほうがいいし……適当にごまかしとけ(笑) (受信)
今度は五分待った返信は、(笑)がついていたのに冗談のような内容ではなかった。
大人は無責任で教師は嘘吐きで、夢なんてないし大学に行けるような金も学力もない、自分は卒業したら自殺でもするのだろうか。自分がさっきまで考えていたことが急に幼稚に見える。
携帯電話を閉じ、放り出していたシャープペンを持ってプリントと向かい合う。あの頃とは違うきれいな字で、濃くはっきりと書いた。
「 魔法使いになりたい 」
あとがき
三時間くらいで書いたものなのでクオリティが低いです。
ばこーんとかずどーんとかの魔法とかなり離れた感じになりました。
間に合ってます? 大丈夫でしょうか。
紅は炎。
蒼は水。
翠は風。
金は雷。
藍は氷。
白は光。
黒は闇。
大魔導師に勝る者無し。
title:No one is stronger than the greatest magicians
山地に囲まれ、荒涼とした岩肌だらけの平野にも、もちろん街は存在する。
古より、人が集まり、そこで暮らそうと思った時にこそ街は誕生するのだ。
ただし、その街が長続きするのかは、その土地条件や人々の努力次第だろう。
どれだけの人がいようと、何の取り柄もない街では長い間生き残れないだろうし、それならばむしろ食糧問題のために、多すぎる人口は邪魔になる。
だが、裏を返すとどれほど過酷な環境であろうと、存在意義のある街ならば存続できるという訳だ。
そして、その街もまさしくそんな街の代表例だった。
ミネ・グルーヅ・モタイン、古き言葉で金の採れる山、という名前を持つこの街は、世界有数の金山を持っていた。
それを最初に見つけた、大昔の遊牧民が、その金山を掘ることを生業とし始めたのが、きっかけだ。
それ以来、数世代経った今でも、町民はせっせと採掘しているのだ。
彼ら自身の魔法で――――。
この世には、魔法と呼ばれる不思議な力が確かに存在していて、人々はそれを活用している。
用途は、お使いから戦争にかけてさまざまな用途で使用される。
魔法というものには、それを使うためのエネルギーが必要であり、大概がそれを魔力と読んでいる。
しかし、言語によってその名前は様々で、魔力が公用語というだけで、土地によってはマナやMP、気などとその名が異なる場合もある。
魔法は、何種類も開発されており、その性質によって色分けされている。
紅が炎、蒼が水、翠が風で金は雷、藍は氷で白が光、もしくは回復系統、黒はその他全ての雑多なものと闇の魔術だ。
まあ、誰にでも修得できる、努力だけでお金のかからないお手軽な武器だが、やはり才能や得意不得意は存在する。
魔力は、人間が持つことができるのには限界がある。
そして、体の中に所有できる程度の魔力では、マッチ代わりに使う炎は扱えても、戦うには些か心許ない。
それなのになぜ、戦争の道具として使える程の威力を発揮するのかというと、大気中の魔力を吸収して使役するのだ。
その、吸収の能率の良さと、元から体に蓄えられた魔力が多ければ多いほど、より強い魔法を使えるようになる。
そして、鍛練を重ね、詠唱の言霊を重ねることで、より複雑な魔法を使えるようになる。
前者は才能が要り、後者は言わずとも分かるだろうが努力である。
つまりは偉大な魔法使いや魔導師になるには、才能と努力が共に必要だということになる。
こんな説明ばかりでもつまらないので、最後に一つだけ。
この世には、大魔導師と呼ばれる魔法使いがいる。
彼らは、全世界に七人しか居ない、各色のエキスパートであるのだとか。
「なあ、婆さん。いつものやつ頼むよ」
西部劇にありそうな街の、とある一つの飲食店に一人の若者が入ってくるなりそう言い放った。
鼻の頭や腕には泥がはねて渇いたのか、薄膜状に白い砂が貼りついていた。
おそらく、つい先程まで金山でせっせと掘っていたのだろう、そして昼の休憩だ。
気さくな話し方で分かる通り、店主の老いた女と青年は知り合いであった。
この、金山で働いている正義感の強い性格のこの男は、この店の近所に住んでいて名をゼインと言った。
この店の常連であり、自炊の苦手なゼインは、しょっちゅうここで朝昼晩のどれかはお世話になっている。
いつもの、と言われた店主は、足下の棚から皿を取り出し、その後に背後の食材庫からパンを取り出した。
そしてついでに分厚く切られた肉を取り出すと、あらかじめ熱しておいた鉄板の上に乗せた。
肉に付いた脂が溶けだして、熱い鉄板の上で胃袋を刺激する音と匂いを生み出し、店中を満たした。
これだよ、これ、と呟いて、ゼインは小さく舌なめずりして、焼き色がついていく肉を舐めるように見つめている。
もう少しで焼き上がるから少しお待ちよ、と店主の女がたしなめても、涎が止まらないらしい。
「先にパン食っときな」
「あざっす」
待ちきれないのだろうと悟った老女は、肉が焼けるよりも先に青年にパンを差し出した。
待ってましたとばかりに彼は一気にそのパンに噛り付いた。
何の味付けもされていない普通のパンなのだが、空腹ならばそれだってご馳走だ。
見る見るうちにパンがゼインの胃に押し込まれていくうちに、生肉は次第にこんがりと焼けていく。
そして、マスターの女がゼインに肉を出してやろうとしたその時、店の外で、何かが倒れる音がした。
「なあ、今ドサッて音がしたけど何なんだ?」
「分からん。ちょっとあんた私の代わりに見てきておくれよ」
目の前の餌にお預けをくらった犬のように、無念そうな顔をしながらも、ゼインは席を立った。
どうせ、ちょっと強めの風が吹いたせいで荷物が倒れてしまった程度だろう。
そのような、適当な予想を張り巡らせても当たる訳はなかった。
そもそもこの青年は知っていたはずである、この店の主は必ず、届けられた荷物は店内にしまっておくと。
それなのに、そのような結論を急いて決め付けたのは、それ以上の面倒事があってたまるかという意識があったからだ。
事実そこには、予想通り、もしくは予想を上回る面倒が地に伏していた。
「おわぁあ! 何だお前っ!」
外に出てすぐに、男が発した言葉を、店主の女はしっかりと耳にした。
かなりの驚きに包まれた叫び声であると共に、それほど恐れている声ではなさそうだ。
杖を持ったならず者が来たのではなく、行き倒れた乞食でもいたんじゃないのかと思ったのだが、両方違っていた。
ひどく狼狽してしまったかと思うと、ゼインが、仕方ないと言い、しゃがみこんだ。
何かを掴んだかと思うと、それを引きずるようにし、精一杯の力を腕に込めて建物の中に運び込んだ。
ゼインが運んできた男の格好は相当に変り者のようであった。
無造作に見えるが、実はただの爆発した寝癖である黒髪、そして真っ黒なローブを羽織っている。
歳はゼインと対して変わらないであろうその顔は、何だか酷く頼りなかった。
腹を空かして行き倒れているせいなのだろうが、見るからに元気のない表情をしている。
分かりやすくこちらの言葉で形容させてもらうならば、草食系のなよなよした奴、だ。
そして極め付けに、手には魔導師の証明書である、足元から胸ぐらいまでの長さの魔法の杖を持っていた。
修行の旅がよほど険しい道のりだったのか、先に挙げたローブはボロボロに擦り切れている。
「あんた、おい聞いてんのか?」
年老いたマスターが慌てているのも知らずに、ゼインはと言うと彼を起こそうとその頬をひっぱたいていた。
「馬鹿もん、魔導師をはたく奴があるか」
「えっ!? 魔導師……って杖! マジかよ……」
ここまで引き上げたくせに、今更になって杖に気付いたのかと、呆れる店主をさておき、ゼインはひどく驚いた。
という訳で肩を揺するようにして起こすことに変えると、程なくして彼は目を覚ました。
「おっと、目が覚めたか?」
「えっと……こちらはどこでしょうか」
「ミネ・グルーヅ・モタインだよ。うちの店の前で倒れてたんだよ」
目が覚めた彼の声を聞いたゼインは、危うく吹き出しそうになるのをどうにかこらえた。
彼の声音やしゃべり方は、外観から想像した通りの、気弱でおどおどとしたようなものだったからだ。
開かれた瞳も、偉そうな魔法使いのものではなく、ひ弱な小動物の方がよっぽど近いだろう。
このような魔法使いがこの世の中に存在している、ということが驚きだった。
「あんた、よくそんな性格や態度で旅に出ようって思ったねぇ……」
何日旅したのかは知らないが、何らかの事情で倒れるまでだと、それなりの日数であろう。
しかも、外傷が見当たらないので倒れる原因となったのは、飢えか渇きか病かのいずれかだろう。
万全の準備をした後の旅立ちの場合、そんなことになるのはかなりの日数を要するだろうと予測できる。
そして前述の通り、外傷がないため、道中では山賊に会わなかった、もしくは全て無傷で倒したのだろう。
だが、それはそれでとても強い驚きだ。
確かに、旅をするような人は魔法使いや魔導師だけとは言え、それでも弱い人は弱い。
山賊とは、旅の途中に立ち寄れる街へと続く街道やその周辺で待機しているはずなので、この街に来るならば、会わないでやり過ごすのは不可能な話なのだが、無傷で倒すのはもっと不可能なはずだ。
きっと、どうにかして相手の目を欺いて街へと入場したのだろう。
だって、大魔導師に勝る者は無いのだから。
「実は、ちょっと前にマギ・ヴィーヌの御殿に召された御師匠様からの、最後の修行でして」
マギ・ヴィーヌに召された、それは魔法使いの死を意味している。
マギ・ヴィーヌとは、古き言葉で魔法を司る女神という意味である。
魔法使いは死んだら、自身の魔力に引きずられるようにして意識や魂も一緒に女神の御殿に運ばれるのだ。
「そうかい、冥福を祈るよ。セユ・アガイン」
セユ・アガインはまた会いましょうという意味合いであり、死者に対してのみ使う。
いずれ死後の世界でまた会えることを願います、という祈りが込められているのだ。
「一週間ぐらい、ずっと歩いていたんですよ」
そのせいで飲み物も食料も無くなっちゃって……、と頼りなさげな表情で自分で呆れるような顔をした。
金銭は一応あるようなので、普通に料理を注文した彼はカウンターに座った。
ゼインはと言うと、店主が目を離した隙に、先にカウンターの方に腰掛けてまだ湯気の立ち上る厚い肉を食べていた。
「ほへは……俺はゼインって言うんだ。お前は?」
最初、口に物を含みながら喋ろうとしたのだが、汚いからやめろと老いたマスターの睨み付けるような視線とあまりの喋り辛さに一度閉口し、口内のものを飲み込む。
そしてもう一度口を開いた時には、素朴な質問を目の前の少年へと呼び掛けていた。
「僕は、ネロって言います」
それだけ言うとネロも、出てきた料理に夢中になって手を出し始めた。
「ネロっていうのか、珍しいな。それに、黒い目も珍しいな」
「えぇ、黒い瞳にあやかって、ネロって名前を貰ったんです、師匠から」
その、名前を師匠から授けられたという言葉に、少し胸の奥を針で突かれたような痛みを二人は感じた。
この世界では、黒い目や黒い髪を持って生まれた子は忌み子として迫害される。
天性の、生まれながらの闇の魔術師であるという象徴であるからだ。
その昔、手に負えないほどに、心の中に闇が侵入した黒魔導師が暴れたせいで世界の崩壊寸前まで陥ったせいだとか。
その魔導師が、生まれついた日から黒い瞳に光を宿らせ、後に生える髪も漆黒であったそうだ。
それゆえ、世界の破滅の再来ではないかと怯え、人々は自らの息子娘であっても、忌み子ならば捨ててしまう。
ただし中には、忌み子を正しく教育しようとする者もいるらしく、ネロの御師匠様もそのようなものだろう。
「じゃあ、あんたの師って……オスキュラスかい?」
「はい、おばさん。よく知ってますね」
「知り合いだったからね。あたしはフィートって名なんだけど、聞いたことないかい?」
瞬間、ネロの表情がどこの誰が見ても分かるようなほどに爆発的に変わった。
見知らぬ土地で助けてくれた恩人に対する重たい目付きから、もっと気さくで友好的な、歓迎的なものに変化したのだ。
「あなたがフィートさんだったんですか! それはこの街が平和なはずだ。あんな山賊がいるのに……」
「お前、山賊に会ったのか?」
食後の余韻に浸り、ぼぉっとしていただけのゼインの表情も、瞬く間に変化した。
山賊に会って身ぐるみを剥がれなかった者がいることにひどく興味津々のようだ。
しかし、会ってはいないという意思表示のため、ネロはゆっくりとかぶりを振った。
「いえ、そうではなくて……よく師匠から話を伺ったものですから」
「なるほどな。そういえばあんたの師匠って何者? 聞く感じ、結構凄い人っぽいけ」
ゼインは、結構凄い人っぽいけど? と繋げたかったのであろうが、それは叶わなかった。
なぜなら、それを遮るほどに大きな音が周囲一体をつんざくように走り抜けたからだ。
耳が痛いと言うより、身体中が振動するほどの、低くて重たい、爆発音。
その爆発音に、一同は顔から血の気が引き、まさに顔面蒼白となってしまった。
何事かと思って最初に飛び出したのはゼインで、頭に血が昇ったのか、ただの野次馬根性なのか、一目散に駆け出す。
それを引き止めようとしたのだが、フィートは間に合わなかった。
「待ちな、ゼイン! ……って言って聞くようなたまじゃないなあいつは」
そう言いながらフィートは、慌ててカウンターの方に引っ込んで何かを探すようにしゃがみこんだ。
ネロが見守る中、フィートはごそごそと引き出しの辺りを探り続けている。
いきなり、彼女は弾かれたようにしていきなり立ち上がった。
「ようやく見つかったよ。ここ何年も使ってなかったからね……」
「行くのですか?」
「当たり前さ。弟子一人で何とかなる相手じゃないからね」
心配そうな目をして、不安そうな声音になっているネロを諭すようにしてフィートは杖を構えた。
ついでにローブもどこかから取り出したようで、純白の絹のものを羽織っている。
杖の上端に取り付けられた宝玉に魔力が流れ込み、強い閃光が屋内に迸る。
「オスキュラスがいないんじゃあ、あたしがいくしかないねぇ」
苦笑いを浮かべた彼女は、可愛い愛弟子のためなら仕方ないと呟いて、低く小さな声で詠唱を始めた。
ぶつぶつと唸るような魔術の詠唱と共に、杖には魔力が注ぎ込まれ、頭部の宝玉はより一層その光を強くした。
「光、汝我の眷属とならん! 瞬光〈ライトニング〉!」
完全に、部屋の中をまばゆい閃光が埋め尽くしたかと思うと、その光はほんの一瞬だけ強くなる。
強くなったその瞬間、フィートはその杖を横一文字に振るった。
その瞬間、明るいだけの光に熱がこもったようになり、今まで堪え忍んでいたネロも、網膜を焼かれるような刺激に目を閉じた。
光が去ったその時には、もうすでにフィートの姿はそこから消えてしまっていた。
残されたのは、杖とローブ、そして服だけのネロ、そして店内に漂う、残存の魔力だけであった。
*
町外れの一角は、たかだか数刻の時を過ごしただけで、街から廃墟へとその姿を変えていた。
ねじ曲げられて断ち切られた家の木材の割れ目はまだ真新しく、大層恐々としたものだ。
多くの者は急いで避難した上、逃げ遅れた者も命からがら軽傷で済んでいたのが幸いだ。
この場を蹂躙しているのは、付近にその活動領域を広げている山賊の首領格の連中だ。
戦争が起こった時には国に雇われて、その絶大なる力を知らしめる圧倒的な大魔導師、だ。
山賊の頭となる五傍星、紅、蒼、翠、金、藍の大魔導師である。
大魔導師は正義の味方であると、信じて疑わない無知な民衆もいるが、それは間違いだ。
強ければ誰もが正義ではない、むしろ強者こそが弱者を踏み躙るのが世の理というものだろう。
事実、大魔導師はその者の器量に関わらず、強さだけで決定する。
しかし、最強の魔導師の七人の全員が全員悪であるならば、世界は、政府は崩壊する。
それを押さえているのが、白と黒の大魔導師だったのだ。
炎や氷など、分かりやすく戦闘に適した属性の魔導師は世界の抑止力、そして光と闇の二大魔導師は彼らの抑止力。
白や黒の者は、自分が死ぬ前に、自らの後継者に成り得る存在を見つけださねばならない。
条件はこちらの場合たった一つだけであり、それは正義感を持っているか否かだ。
力など、後からいくらでも付けることができるが、生まれついた時からの性というものは、後からは中々変わることはない。
そして、先代の大魔導師が、次世代のそれを弟子に取り、育成するのだ。
そして、現在教育途中の次世代光の大魔導師、それがゼインであった。
「で、まあそのお弟子さんはズタズタにやられました、と」
嬉々としてそう笑ったのは、白銀の髪の毛の気さくそうな青年だ。
無邪気な子供のように笑ってはいるが、内容が内容なだけに共感しがたい。
目の前には、彼が直接手を下した同年代の男が転がっていた。
銀髪の青年は、その服装から目の前で横たわる男が金山で働いていると一目で見抜いた。
手に持った、タクト状の細く短い杖が青年の魔法で折られたせいで、もう反抗はできない。
全身に打撲や切り傷のできあがったゼインは、苦しげに低く呻いて、睨むように大魔導師を睨んだ。
「翠の……大魔導師……ゼカか……?」
「まあね。瞳は藍色、髪の毛は銀だけど、魔力は翠っぽいらしいよ。だから見てくれがこんなでも翠の大魔導師さ」
あっけらかんとした口調でゼカはそう答えた。
もはや敵にならないゼインは恐れるどころか誠意を示すのすら億劫らしい。
足元のゴミを眺めるようにして、街の破壊を他の奴らに任せっきりにして嘲り始める。
「それにしてもお前の師匠はどうした? 尻尾巻いて逃げてったのかな?」
「んな訳あるかよ。お前ら、師匠に勝てないくせに……」
「ま、一対一ならね」
流石に五対一なら負けないし、と卑怯な手口をサラっと、当然のことのように口にした。
必然的に、そういうのには目ざとく、耳ざといゼインは、即座に首を持ち上げて軽蔑の色を込めてその顔を眺める。
「まさか、目的は最初から……」
「まあね、黒の大魔導師亡き今、白を片付ける必要があってね」
その説明を終えるのを見越していたかのようなタイミングで、他の四人が戻ってきた。
恰幅の良い体型、褐色の肌を持つ中年男性、ローブが赤いことから、紅の者だと伺える。
その次に降り立ったのは、青い瞳に冷酷な光を宿す、人魚や人形のように美しい女性、きっと藍の魔導師だ。
彼女を追うようにして、見るからに正反対の性格をしていそうなブロンドの女も現れた。
彼女の体表を、雷撃が走る様子は、ショートした配線のようである。
一人、遅れをとって参ったのは、筋肉質の大男で、巨大な斧を構え、今にも振り回さんとしている。
「ま、五人の大魔導師が一人の魔導師に負けるなんて、相手が天才と呼ばれた黒魔導師でも有り得ないね」
ぽつりと、ゼカはつい最近その訃報を知らせられた男のことを語りだした。
その男は今まで世に出た中で最も強い黒の魔術師と畏怖されていた。
後継者のことを誰にも知らせようとせず、それを隠したままに死んでいったのだ。
もはや、その後継者を知っている者は、本人の他にはいないだろうと、ゼインは師たる女から教えられていた。
「とりあえず、彼女の理性を欠く手段の一つとして君の死を利用するけど悪く思わないでね」
大気が喉をならすようにして、うなり声を上げているような爆音がした。
そこいら中の空気がねじ曲げられ、強制的に螺旋を加えられていく音だ。
一度だけ見たことがある、魔法で作られた巨大な大竜巻が大自然を飲み込む時と非常によく似ていると、ゼインは思い返した。
「バイバイ」
友達に対して、また明日にでも会おうと約束するのとよく似た口振りで、ゼカは別れを告げる。
巨大な空気の竜みたいなサイクロンが、ゼインを呑み込もうとしたその時、全員の目の前で光が弾けた。
さながら光の大爆発であるそれは、風の竜を包み込み、それを消し去った。
魔法無効化魔法、光属性の中でも強力なそれを扱うのは、今の世では光の大魔導師ぐらいだ。
「あたしの弟子に、何しようとしてんのさ」
ゼインの危機に、瞬光の魔術で現れたのは、フィートであった。
「これはこれはフィート様、お久しぶりにございます」
フィート……つまりは光の大魔導師の出現に対して、五人を代表してゼカが恭しく一礼する。
友好的な笑みをたたえてこそいるが、今しがた行った破壊活動は、友好の兆しなど見受けられない。
宣戦布告、寝首を今にも掻いてやろうと舌なめずりする蛇のような微笑みだ。
そのためにフィートはあからさまに顔をしかめて、白々しいと吐き捨てる。
やはりそうくるのかと、目の前の五人の目付き、そして顔つきも変化した。
「それでは、死んで頂きましょう」
「最初から猫被らないでそうしてりゃ良いんだよ」
元からそれを計画していたのであろう、ゼカの口から放たれた言葉に、気丈なフィートは強気に返す。
この期に及んでもまだ強気でいられる老女に、金の大魔導師が侮蔑の笑みを浮かべる。
抑止力として存在する白の大魔導師は確かに紅や蒼と比べると数段上の実力を有するだろうが、それも一対一においてのみの話なのである。
白の場合は、他の全ての連中が結託し、共に天下を取りにくる状況を想定してはいない。
しかし、それは白の場合は、なのだ。
今日この瞬間に彼らがフィートを襲撃した一番の理由は黒の大魔導師が死んだという報せが入ったからだ。
黒に至っては、白が窮地に陥るような敵でもあっても必ず勝てる実力を必要としている。
つまりは、五人の大魔導師が集っても、必ず勝利できるような力を保持していないといけない。
よって黒の大魔導師には大いなる責任が生じてしまうのだ。
他の者を抑えつけるだけではなく、己の力に溺れないようにする責任が。
それを完璧にこなしたのが、つい最近に天上に召されたオスキュラスという人物なのだ。
彼は、世界の破滅の再来とも言われるほどの強力な闇の魔術師であり、その力は世界を崩そうとした太古の魔法使いよりも遥かに上だとの定評もあり、状況証拠的にそれも事実だと言われている。
「だけど黒は死んだ。老衰だ。そしてあなたは白だ、私には勝てても私達には勝てない」
金髪をなびかせ、金の彼女は腰に手を当てて挑発に出る。
勝利はほぼ確定しているが、あなどってはならない相手なのだ。
末期の際に大魔法でも使って一人二人こちらの人員を欠いてくるかもしれない。
となると、迂闊に近寄る訳にもいかないので間合いを取ったままに彼女は言霊を紡ぎ始める。
「…………雷鳴集いて監獄となる」
微かに聞こえただけの呪文からフィートは、彼女が唱えようとしている魔法を察知する。
全方位を取り囲む形状をした雷の監獄の錬成呪文であり、かなりの上位呪文でもある。
取り囲まれたら袋叩きなのは目に見えた展開だ。
だが、その目に見えた羨望にわざわざはまってやるかのようにフィートは立ち尽くしている。
刹那の後に天空より飛来した黄金の稲妻が何十本も地面に突き刺さり、格子代わりになり、円形の牢屋が完成する。
「仕留めるわよ、皆」
「了解」
「オッケー」
「わかせて」
「当然だ」
牢屋の番人が一気に勝負を片付けようと周りの者を急かすようにして呼び掛ける。
了承の意を示す言葉が各々から飛び交い、皆が皆己の杖に魔力を宿した。
紅く、蒼く、緑に、金に、藍に輝いたその様子を目にしたフィートはふと笑みを漏らした。
本当に捕えたつもりでいるのかと。
五色の閃光が空気を駆けるその瞬間、脳内で一瞬で詠唱を完了させた彼女は瞬光を発動した。
瞬間、フィートの姿が消えた後にまばゆい光が辺りを埋め尽くす。
閃光が雷撃の中心を射ぬき、その眩しすぎる光が晴れた底には、傷ついた老女など見当たらなかった。
フィートは、いつしかそこから脱出していたのだ。
「瞬光か……」
瞬光とは術者の肉体を光の森変換し、高速移動を可能にする光属性の上位魔法だ。
魔法の発動している間は闇以外の全ての攻撃は一切通用しないので、あっさりと脱出できる。
「そうさ。あんたらもまだまだ若いな」
「うーん、それがどうなのって感じだけどね」
瞬光は体全体を全く違うものに変換する、言うなれば奥義クラスの呪文。
その消耗は一秒だけと言えどもかなりのもので、短時間に二度もそれを行使するなど、フィートにとっても荒技のはずだ。
隠してはいるのだろうが、確実に彼女の息はすでに上がっているに違いない。
「弟子連れて逃げたらオッケーって魂胆だろうけど逃がさないよ」
「できるのか? お前達に?」
得意げな表情で挑発するフィートに少しずつカリカリし始める五人の大魔導師。
彼らは未だにフィートの意図していることに気付いていないようである。
「あたしはただの時間稼ぎさ。黒の大魔導師が来るまでのね」
「オスキュラスは死んだ。弟子に継承されただろうが、まだ成り立てほやほやの素人だろう。恐るるにたらんな」
そんな事も分からないのかと言いたげな目を見て、フィートは目の前の一団が哀れに思えてきた。
分かっていないのはどちらの方だと、嘆息しながら諭してやろうかと思ったが、年寄り臭いかと思い、開きかけた口をつぐむ。
全く若者の早死になんて見ていられないと、苦笑混じりに頭を左右に振った。
「早いとこ実力見せて御覧よ、ネロ」
地面に張った薄い氷が割れていくような、乾いた粉砕音が耳に響く。
フィートと、彼女と敵対する五人の間の空間に縦方向に二メートルぐらいの亀裂が走る。
空間内に亀裂が入る魔法なんてそう多くないため、そのような呪文を彼らはほとんど知らないために仰天した。
唯一その術を知っているフィートは飄々としているが、ゼインまでもが驚いている始末だ。
ちゃんと教えたじゃないかと、若い弟子に愚痴をこぼしながらフィートは解説を始める。
瞬光が光属性の魔法で、高速移動するための、つまりは二点間を素早く移動する動的な術に対して、静的な闇の魔術。
離れた二点間の空間をねじり、直接つないでしまう、大魔導師以外には使用を禁止された闇属性の禁術、黒穴〈ホール〉である。
禁止するまでもなく、大魔導師クラスの魔法使いにしか使えないのだが、むやみに使用してはならないと自覚させるためにだけ、禁忌として名を馳せている。
縦の亀裂から、今度は地面と水平な方向に亀裂が入り、どす黒い空間が垣間見える。
その中から、一際強く輝く二つの点が鈍く光った。
ネロの、漆黒の瞳だ――――。
「どうも、初めまして。この度黒の大魔導師に就任致しました、ネロと申します。大魔導師の皆皆様方、どうかよろしくお願い致します」
恐ろしげな気配、それなのに関わらずネロは年端もいかない少年のあどけなさを残していた。
にっこりと微笑んだその表情だけ見ると、ただの見習い魔法使いにしか見えないのだ。
柔和な笑みには、大魔導師の威厳など、宿ったものではなく、見ている方が微笑み返しそうになるほどだ。
しかしそれは外見だけの話であり、彼の恐ろしいまでの実力は、肌で感じている。
ゾクゾクしてしまう魔力が、体から漏れだして周囲を取り囲んでしまっているほどだ。
「お前がか?」
「はい。若輩者ですが、精進したいと思います」
ネロが言い終わるのと、ゼカが目配せするのとはほぼ同一のタイミングであった。
ネロが言い終わったその後に、一斉に五人は杖を構えた。
白と黒が揃ってしまったのなら、先に不意討ちで片方を潰せば良い。
狙われたのは、明らかに経験が足りないだろうと推測されたネロだ。
「ごめんね、若輩者のまま死んどいて」
今まさに、ネロへの集中砲火の口火が切られようとしたその瞬間に、彼らの腕は止まる。
地べたに這いつくばっているゼインは、何事かと思って五人の侵入者が見上げた方向を目で追った。
そこには、その存在感を重厚に示すほどのプレッシャーを持った扉がそびえていた。
高さ百メートル、横幅三十メートルを、目測でゆうに凌駕するサイズの門に顔を引きつらせる。
分厚い扉一枚隔てた向こうからは、まがまがしい災厄の気配が感じられた。
黒の魔法とは闇の魔術であり、闇の魔術の本質は“魔”と呼ばれる者との契約だ。
向こう側の、魔界と呼ばれし大帝国には闇の魔法使いと契約した異形の生物が住んでいる。
「このサイズ……龍でも召喚する気なの……」
不安そうな声が抑えきれず、恐怖に震えた声で金の大魔導師は呟いた。
心なしか足元もおぼつかないようで、震えているようである。
その扉がゆっくりと開いていくにつれて、向こうにいるものの息遣いが聞こえてくる。
突風が吹くような、荒々しい吐息……。
ゼカが気付いた時には、味方の軍勢は、全員がすでに肩を震わせていた。
もちろんゼカも例外ではなく、震えは止まらないのだが、鼓舞しなくてどうすると無理矢理言い聞かせ、叫ぶ。
動揺をひたすらに隠した凜とした声が響き上がり、まだいけると気持ちを高く持てた。
「落ち着け! 龍は、かつての闇の魔法使いを超えたオスキュラスでさえ三体が限界。三体なら俺たち五人で対応できる」
どうせ見習い、召喚できても一体や二体と、高をくくった五人は詠唱を始める、先手必勝の言葉を信じて。
しかしそれは徒労というものだった。
「……………………………………バカな」
予想外の仰天の事実に、一同は完全に硬直してしまう。
今度は、さしものフィートまでもが信じられないと天を仰いで呆然と立ちすくんでいる。
こんな光景は、彼らにとってはお伽話や神話のような世界にしか存在しないと思っていた。
完全に解き放たれた門扉からその姿を拝ませているのは、荘厳とした風貌の巨龍であった。
鱗の一枚一枚が頑強で、まるで刃物のように鋭く、獲物たちの返り血に塗れながらも神々しく煌めいている。
その眼は邪悪なようで、神聖でもあり、神にも悪魔のようにも見えた。
牙の隙間から漏れだす吐息はさながら強風のごとく大地をなでる。
そして、空間をつんざき、天空はるか彼方まで響く特大の咆哮は、地響きを起こすほど。
そんな龍が、赤青緑金白で五体も現れたのだ。
「それでは女神の判決をお伝えします」
マギ・ヴィーヌからの勅命をしかとご理解下さいませ。
ネロの声が、咆哮の後の静寂の中ぽつりと漂った。
「女神の……判決?」
「えぇ。あなた方の行動は他の誰にでもなく、女神への背信行為です。罪は重いですが、死にはしません」
素の彼らを知っていたならば、その場面は絶対的にありえないような光景だったであろう。
五人もの大魔導師が、たった一人の青年の前で意気消沈とした様子で、怯えるようにしているのだ。
それを見ている青年は、確かに丁寧な言葉遣いなのだが、それのせいで威圧感を増しているように思えた。
どれもこれも真後ろにいる龍がその状況を招いているのだろうが、実質のところはそうとも言い難い。
確かに龍は魔術師などとは一線を画している存在なのだが、それでも五体の龍は召喚されたのだ。
魔術師が召喚できる魔物は、絶対的に召喚者よりも弱い個体であるはずなのだ。
なぜなら、魔物には召喚者の言うことを聞く義理はあっても義務は無く、抵抗されたら魔導師の命に関わる。
そのため、ネロがその龍を召喚するためには彼らが確実に裏切らないと断言する自信、もしくは彼ら以上の強さが求められる。
しかしだ、龍とは、体躯が大きければ大きいほど、その力は強くなる。
鋼鉄の門から顔を覗かせる五体の巨龍はどう見ても龍王と見て間違いないだろう。
つまりそれ五体全てが裏切らないと言い切れる、もしくは五体がまとめてかかってきても、ネロはねじ伏せられるのだ。
後者は人間としては信じがたいのだが、その可能性が強いと誰もが悟っていた。
「それでは皆さんへの罰をここに宣言します。大魔導師の資格剥奪、及び全魔力の生涯没収です」
その瞬間に空間内に凄まじい魔力の奔流が満ち満ち、周囲の気圧が高くなったかのように思われる。
とたんに、ネロの銀髪はうねるようにしてざわめき立ち、黒々と変色していった。
その姿は、まるで絶対的な力を持った、最高位に位置する帝王のように映るほどだ。
「生涯……没収?」
そんなこと、どうやったらできるんだと掴み掛かりそうになるのを、ゼカは必死に堪えた。
思い出したのだ、より強い魔力は弱いものをかき消し、龍族には魔力の発生を司る体内器官を壊す能力があると。
龍の気の込められた吐息、すなわちブレスと呼ばれる代物には、そういう性能があるのだ。
ふと目を配らせてみると、その先では五体のそれらは大口を開いてエネルギーを充填させている。
発射準備オーライ。
誰が言わなくても、それはすぐに察せられた。
「皆! 逃げ……」
「不可能です」
尻尾を巻き、踵を返し、おめおめと逃走しようとするゼカ。
周りの者にも避難の勧告をし、逃亡を促すために、叫ぶ。
だがそれすらも言い終えないうちに、ネロはそんなことはできないと、易々と断言してみせた。
大きな力が、一瞬にして炸裂する気配を、五人の大魔導師は文字通り体感してしまった。
ローブを翻し、はためかせ、敗走するその背中に、容赦のないブレスが浴びせかけられる。
その時に、彼らは自分の体から魔力が漏れだしていくのを悟った。
大きなタンクの底に穴が開いたどころの話ではない、もはや底が抜けきってしまったかのような、だだ洩れの現象。
それは全て、空気中に出た瞬間に龍の息吹きに燃やし尽くされてしまい、その存在が否定される。
気付いた時には彼らは、ただの一般の“人間”になってしまい、意識を失った。
「全ては、女神の仰せのままに」
胸の前で斜め十字を切った後に、神に対しての敬意を示すように天を仰いでネロは祈りの言葉を紡ぐ。
この罪人たちにも、どうかこの先の未来に必ず安住の時を。
歴代、最も心優しく、そして女神に最も忠実な黒の大魔導師の最初の仕事はそれだった、という話だ。
ようやくお終い。
長くなった上にラストが微妙で申し訳ないです。
あ……延長シテる……
どうしよ……チャレンジしよっかな?(魔法)
第六回SS大会 エントリー作品一覧
No1 瑚雲様作 【Magic of smile】 >>312-314
No2 那由汰様作 【魔法の言葉】 >>315-316
No3 秋原かざや様作 【ささやかな魔法】 >>320
No4 蟻様作 【私が欲しがったまじない】 >>322
No5 玖龍様作 【まほうつかいになりたい】 >>323
No6 月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】 >>324-330
以上、全六作品エントリーです!
No1 瑚雲様作 【Magic of smile】
母集団少ないので一つだけになります。
月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】と那由汰様作 【魔法の言葉】で。
No1 瑚雲様作 【Magic of smile】
No5 玖龍様作 【まほうつかいになりたい】
No6 月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】
うちはこの3作品です。
月牙さんの作品は、特にラストがどうなるのか、どきどきしながら読みました。格好良かったです!!
なんだか、この続きも読んでみたい、そんな気持ちになるワクワクした作品でした。
第六回SS大会「魔法」 結果発表
一位:瑚雲様作 【Magic of smile】 月牙様作 【title:No one is stronger than the greatest magicians】 同率
二位:那由汰様作 【魔法の言葉】 玖龍様作 【まほうつかいになりたい】 同率
えっと、投票数の問題で二位までしかありませんでした……
この企画もそろそろ新しい風が必要でしょうかね(汗
今回入賞しなかった方々も次回頑張って下さいね♪
大分、時間が空きましたが第七回大会を始めたいと思います。
お題は、「赤」です。
おおお、今回も面白そうなお題ですね。
落ち着いたら、ひょこっと投稿させていただきますので、よろしくおねがいしまーす☆ ぺこり。
『ファイナル・インターネット』
『貴方は、終わります。』
パソコンの画面の深紅の文字をみて、瑠奈は呆然とした。
「お…わる?私が…」
私がこの文字を見る三時間前・・・
『深紅の小雪』
と言う、アプリに入りこんだ。
そう…。画面の中に。
画面の中は、不思議な世界だ。
深紅の雪が降り積もり。あれっ?
そういえば、人がいない?
家らしき物は、あるのに。
道具まで、残されている。
私は家を、一つ一つ巡っていった。
さっきまで、人が、いたハズだ。
何故なら。
「グツグツ」
鍋が、点火されているから。強火だ。
もう一度、外を見てみた。
深紅の雪が積もっている。
近代的な民家は、まだ新しい。
それに、弥生時代くらい?の服をきた、若者…。
なぜ、今までいなかったのに?
この近代的な民家に、弥生時代くらいの人?
「誰だ。」
と、つぶやく様に言った彼の口元は、疲れきっていた。
「誰だ。誰だ。誰だ。誰だ。」
どんどん、強い口調になっていった。私のアタマに、エコーがかかる。
「瑠奈。」
私が言う。
彼は、消えた。
私は、外に出た。
雪を掴んだ。柔らかく、溶けて赤い汁が手ににじむ。
『貴方は、終わります。』
画面から出た私。終わりました。
「誰だ。」
あの声が、アタマに響く。
私の真後ろには、彼がいた。
周りは、あの風景が永久に続いている。
「瑠奈…。お前は、深紅の時代へ来た。お前は、終わる。」
彼の口が、ゆっくり開いていく。
「終わる。」
彼の…目。はなかった。骨と肉だけの彼が、私をにらむ。
「じゃ。」
彼が、消えた。まただ。このループが、永久に続くのか。
「私は…終わるのね。」
別に。終わってもいい。未練なんて無い。
ひきこもりで、ネットだけに頼っているに私なんか。
「瑠奈~?起きなさいー」
これだけは、無くしたくない。母の声。
これも、なくした。
…私が彼の言うに『深紅の時代』に来た為に。
永久に続くあの風景…。
もう……私は深紅の住民になりました。
ありがとうございました!
勝手に入ってすみません!
終わりました!
『ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)』
西暦二千二百四十二年十二月二十八日。
それは、知的生物として初めて地球を支配した生物。すなわち人類の滅びた日。
白い雲の絨毯が、無限に敷き詰められている。永遠に続く雲海。その上に巨大な西洋古城風の建造物が、幾つも聳え立つ。その建物は各々景観を崩さないためにか、純白の壁をしている。そんな中でも特に大きく、目立つ城が有った。
現在の建物にして、百階建て以上に値するだろうその巨大建築物の天辺から、白髪の長い顎鬚を蓄えた男が世界を見下ろす。彼の眼下に見えるのは、長大なビル郡が並ぶ大都会。朝も夜も決して眠らず、文明人と自分を称す愚者達が跋扈する下界。
「人間は豊かになりすぎた。人間は知識を得すぎた。人間は……」
人間の年齢にして齢八十にはなるだろう老いた顔をしかめ、彼は口唇を震わせながら言葉をつむぐ。そのしわがれた声には、確かな哀れみと悲しみの感情がにじみ出ていた。老父は青い瞳から一縷の涙を流し、最後に言葉を付け加える。
「人間は世界の害悪でしかなくなった。滅ぼさねばならない」
そのしわがれた声は重く深く、老人の悔恨と苦渋が滲み出ていた。当然だ。人間もまた彼の作った存在の一つなのだから。
Part2へ続く
Part2
ここは人間界。天上の神々の存在など知る由もなく、自らを文明人と称し、世界を我が物顔で占領する者達の住まう場所。既に神が人間に与えた地球という領域はほとんど開拓され、彼ら人間は自分たちの許されぬ領域、宇宙をも掌握しようとしていた。
「グッドモーニング、文明人の皆さん! 今日もまた新たなる文明人とわれわれは交流することに成功しました!
彼等はアスペルタ人と名乗り、凄まじい肉体能力を持っていながら優しく、人間に好意的です!
きっと、私達人類の馬車馬として役立ってくれるでしょう! 新たなる知的生命体アスペスタ人を皆様受け入れてやってください」
進化して完全なスリーディーを体現した巨大スクリーンには、連日のように新たなる宇宙人の発見が放送される。そして、必ずニュースのリポーターは言うのだ。彼等は地球人に役立つから皆受け入れろと。
だが、それは端的に言えば、地球人が他宇宙人と比べて、圧倒的な戦力と文明力を有するが故の支配的な言葉だ。決して友好的ではない種族は政府により秘匿され武力で脅し、餌付けして人間に従う状態になったら、マスコミに情報提示して放送させる。
当然ながら、その陰険なやり取りを知る一般人はほとんどいない。世界政府の完璧な情報統制により、地球市民は皆が子供のようにニュースの内容を疑わず、鵜呑みにするのだ。しかし、そんな市民たちの中で連日放送されるこのニュースを穿った見方をする者がいる。
「これでは、全宇宙がエントロピーを崩し、主たちが造り世界が崩壊してしまう。何としても地球人は排除せねば……」
透き通るような白い肌をした華奢な若者だ。中性的で優しげな儚い顔立ちをした若者は、文明の利器を使わず何かと交信する。それは彼の主である神々だ。エントロピーとは感情値のことである。憎悪、恐怖、嫉妬といった負の感情。そして、愛や希望、慈悲といった正の感情の大きく二つ。それらが均衡を保ち世界は存在しているのだ。勿論、拮抗を崩せば世界は混沌し崩壊する。知力が高い生命体ほど感情を強く持つため、極端な感情を抱くと世界のエントロピーが傾きやすい。今、地球人が行っていることは極端に他知的生命体に恐怖を与える行為だ。このままでは負の方向に天秤が傾き、世界が終わってしまう。
「はい、主よ。もう、一刻の猶予も許されないと思われます。どうか大命を!」
「少し、考えさせてくれ……」
切迫した様子で許可を要求する青年に対し、老人と思しき通信先の主が口をつむぐ。青年は人間を滅ぼすことに引け目を感じているのだと、すぐに理解する。当然だ。自身が作った存在なのだから簡単に消したくはないだろう。
だが、それは青年とて同じだ。人間の姿は彼ら神々の尖兵である天使に限りなく似ている。ゆえに強大な知力と文明力を有しているのだ。しかし、彼等は知っている。一つの物に対する愛着によって、全てを失うことのむなしさを。最終的には護ろうとした物まで失う現実を。
「主よ、人間は最早矯正はききません。我々、創造主が鉄槌を下すしか方法はないのです!」
中性的な顔をした青年は必死に訴える。敬愛する神々が創った世界を維持するという使命感のために。
「――分った、審判を下すことを許可する」
老人のしわがれた声が鼓膜をたたく。青年は小さく拳をあげるが、それ以上に大きな虚無感が胸中を駆け巡ったのを感じ、歯噛みする。
「もう、覚悟はできていたことではないか。何、我々が力を奮えば一瞬で終わる。痛みは時間が癒してくれる」
青年は動揺した心に何度も言い聞かせる。そして、立つ。戦争でも討伐でもなく、ただの殺戮へと身を投じるために――
「赤い、世界が赤い。主よ。我等が主。貴方方のために罪を感じ苦しむことは、私達の義務ですよね?」
自らの主である神が、英断を決した瞬間。天使の視界は全て朱に染まった。紅、赤、朱。しばし一括し“赤色”と言われるそれらが、なぜ知的生物全般の血の色に適用されているのか。それは、天使や神にとって、罪と罰の象徴だからだ。死を恐れよ。命を慈しめ。世界にそれを見るということは、彼自身が神の創造物たる人間を滅ぼすことに、嫌悪感を感じていることの証明であり、彼等を長年見つめてきて感情移入していた結果でもある。
「やらねばならぬのだ」
律儀に人間生活を監視するために借りた自室から、玄関口を介して退室する天使。周りを見回すと、既に人々は外を歩き回っている。ペットの散歩をしている者や学校や職場へと向かっている者。談笑する者や既に仕事を始めている者達も居る。
彼はこの風景が嫌いではない。天使などよりよど強い個性を持った者達が、夫々思い思いの行動を取っている。夫々の思惑で。彼が人の世の調査に当り既に十年近くが過ぎていた。慣れ親しんだ存在も多数居る。
そんなことを周りを見回しながら考えていると、突然恰幅の良い濁声の叔母さんが声を掛けてきた。
「あらぁ、貴方仕事はどうしたのぉ?」
「お早うございます。今日は休みですよお婆さん?」
彼女もまた赤く見える。だが、体格や声色で顔見知りだと認識し挨拶を交わす。いつも人の世話を焼こうとする優しい叔母さん。だが、殺さなければならない。自らが判断を急がせ、承諾を得たのだから。自分が一番槍にならなければい。強く心に言い聞かせる。
「あら? アリアさん、何だか手が……」
「すまない」
彼の名はアリア。人類殲滅作戦の司令官として、神々より待命を受けた存在だ。神の許しと彼により放たれる攻撃が、作戦の合図と決定されている。神は決断した。次は自分の番。そう思い、力を振るうことを決め自らの指先に霊力を収束させていく。
その青白く輝く燐光に訝しがる、知り合いの叔母さんに小さく彼は誤り力を解き放つ。一瞬にして目の前に居た女性は砕け散り、骨も残らず青炎(せいえん)の中に飲み込まれていった。舗装された道路が切り裂かれ、近くにあった家屋が真っ二つになる。ミシミシと音を立て襤褸アパートだった建造物は砕けていく。
Part3へ
Part3
「何だ!?」
「爆発か!?」
「意味が分からねぇよ! ってか、これ死者とか出てんじゃねぇ!」
「あの辺、俺のアパートじゃねぇか! 友紀は……親父は!?」
そのあまりに現実感の無い光景を見て、人々はただ立ち竦む。各々が心配や恐怖、或いは死体や破壊という非日常への興味を口にする。そんな彼らの全ての言葉をアリアは砕いていく。彼の全身が光り輝き、青い稲妻が当たり一面を這い巡る。
周りにあったあらゆる物を破壊していく。自分の借りていた宿も、いき付けのコンビにも。舗装された歩道橋も砕かれていく。人々は雷に飲み込まれると同時に、悲鳴を上げ倒れこみ灰と化す。
男女問わず悲鳴が響き渡り、困窮に溢れた阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。だが、力を振るい始めたからには地球はすぐに滅ぶ。
「人間達よ。すぐに全員殺してやろう」
――――――――――――ー――――
彼が力を振るったことは、すぐに他の天使軍に伝わる。数秒後には軍の率いる巨大な母艦たちが、人間側の戦力からすれば突如として現れる。人間達にとっては未だ未知の領域にある技術で、姿を消して待機していたのだ。
「総司令官! 突然、宇宙に戦艦が現れました! 見たことの無い機種です!」
「数は!?」
敵対型の好戦的な新宇宙人の出現かと、総司令官と呼ばれた男は臨戦態勢を引くが。余り緊迫した雰囲気ではない。幾度とない野蛮な宇宙人の襲撃を、高い技術を誇る地球の兵器で、看破してきたが故の余裕だろう。だが、彼の華々しい経歴も今日で終わりとなる。
「総司令官! ザーク防衛戦線が壊滅しました!」
「…………」
銀河系に常駐している宇宙艦隊が、報告が入って銃数秒で壊滅するのだ。地球の前線を守護する艦隊だ、勿論防御力や機動力といった落とされ辛さに繋がる性能は最高である戦艦を揃えている。オペレーターの報告に思考が追いつかず総司令官はしばし沈黙した。
「馬鹿な。そんな馬鹿な! 我が地球軍は最強のはずっ!」
第一防衛戦線、最精鋭部隊が一瞬で壊滅。援軍が来るのも間に合わずやられた。今まで信じてきた最強への自負が一瞬が砕けていく。総司令官の口唇は力なく、上の空となる。
「数は? 数は幾つだ?」
「敵軍の数は、十三。信じられません! それと日本の東京やイギリスのロンドンが正体不明の怪物に襲われているそうです!」
十三。司令官が必死で口を動かし聞いた質問は、更に絶望をあおる結果としたならなかった。そしてすぐにオペレーターからは、また驚愕の情報が伝えられる。その襲撃の姿がモニターに移されると、そこには人に羽の生えた自分達が天使という存在にそっくりな者達が居るではないか。それらが正体不明の圧倒的なプラズマやレーザー、焔で見知った町町を蹂躙していく。カメラは現実しか映せない。
「馬鹿な。これは我々にとって未曾有の危機なのでは……」
「第二防衛戦線がほぼ壊滅しました!」
事の深刻さを理解したと同時に、百戦錬磨の将である彼は理解した。この未曾有の進撃は今の人間の力では全てを出し切って求められない。懺悔し死を待つか、降伏が利く相手か試してみるか。十中八九白旗を振ったところで意味は有るまい。増援を送っても援軍が届く前に間違えなく戦線は破られていくだろう。止まった蚊を叩き殺すような容易さで、相手戦艦十三体は彼の軍を駆逐していく。
「勝てる可能性はあると思うか?」
「いえ、有りません」
軍人なら世界を守るため最後まで戦え。上官の勝率に対する質問に関しては、勝てないと言うな。それはどこでも叩き込まれる常識のはずだ。だが、オペレーターは欠片の迷い無く、本音を口にした。総司令官もそれを許してくれるのを分かった上で。
「キンズリーよ……長くこの職に居るが、本当に滅びる時は何者もあっさりよな」
「はい、エズグード総司令。あぁ、我々の滅びの光のようです。これは神々の裁きなのでしょうか」
哀愁に満ちた瞳でエズグードという名の司令官はつぶやく。同じく長く彼と付き添っていたキンズリーは、総司令ではなく名前で呼び頷く。それとほぼ同時の話だ。画面上に今までに無い強大なエネルギーの就職を確認したのは。無限、計測系を振り切るその力の総量は、当たれば間違えなく地球が滅びる数値だ。その光を確認したと同時に、天使ににた生物達は姿を消す。
「神の裁きか。思えば地球を襲っていた輩はまるで天使だ。何の抵抗も出来ず、誰一人護れず……神というのも勝手なものだ」
「本当ですね」
鉄槌が下される。人々の懺悔も諦めも何もかも、それは飲み込んでいく。世界が焦土と化し、人も鳥も木々さえが息絶え消え去った。膨大な爆発が銀河系中を包む。真空空間では音すらしない。物悲しさ感じながら、地球から離脱したアリアは黙祷を捧げた。
「眠れ、人よ」
――――――――――――ー――――
西暦二千二百四十二年十二月二十八日。八時十分頃。寒空の下、人類は謎の巨大勢力により、十数分で滅ぼされる。血も骨も残らず、全て紅蓮の炎によって焼き尽くされた。高温で青く棚引く炎は全てを溶かしていき、地球人が築いた文明を跡形もなく焼き尽くした。
天使達は愛すべき家族を殺すような、非業に満ちた顔で血の涙を流しながら力を奮い続けた。
血の涙を流しての、神々による悲しき審判は終り、地球人は母星とともに一人の例外もなく死んだ。
「空しいですね。地球のあった場所が全て紅く見える……」
「罪の感情がそうさせているのじゃアリア。彼ら人類全ての血があの空間を朱に染めておる」
「……我々は間違っていたのでしょうか主よ?」
「そうじゃな、おそらくは間違っていたのじゃな。どうしようもなくワシ等短慮じゃった――」
赤は罪の色。
何もかもが赤く見える今は、彼らが罪に溢れているからだろう。神は懺悔した。何も考えず人を作ったことを――
地球だった場所が赤に覆われている。そして、自らたちも赤にまみれているのだ。
罪に溢れている。世界が――
人も神も過ちを繰り返す愚かな生き物なのだろう。
人は傲慢でさかしいだけだが、神々はさらに強大な力を持っていることを鑑みれば、更に赤いべきなのは神々なのか知れない。
END
===あとがき===
久々の自分の作品ですが、本当に展開が速すぎて何がなんだかですね。
何だか途中で書く気力が(オイ
本当は、人間と天使側の血みどろの抗争とか、色々あったのです。
まったく、赤という物を感じさせない情けないつくりの作品になってしまった(涙
半端な気持ちで書くものじゃないですね……
「a colors」 第一話
「赤色・・・」
あたしはびっくりして振り向いた。
後ろには男の子がいて、ニコニコしながらあたしを見ていた。
「だ・・・だれ?」
制服から見るに3年生。
あたしは2年。
だからその人が誰かなんてまったく知らなかった。
れ?でも、見たことある・・・。
「ありゃ?しらない?ぼくの名前は籤形竜次(くじかたりゅうじ)。軽音部の部長なんだ。」
あああっ!思い出した!
「文化祭で暴力沙汰を起こして停学になってた人だ!!!」
大声で言ってしまい、あわてた。
怒られるかもと思ったのだ。
「あ・・・えと・・・あのぅ・・・」
どうする?どうする、鹿島鈴音!!
結果。
笑われた。
「あはははははっ!君、面白いね。」
面白い・・・?
そうかな?
「邪魔してごめん、それと――――――。頭、気をつけて。かびんがおちてくるよ・・・。」
そういうときびすを返してどこかにいってしまった。
・・・頭・・・?
≪つづく≫
風猫>お久しぶりです! …久しぶりの登場で行き成り小説書くのもどうかと思うのですが、書いちゃいます(テヘw
「赤色の世界。」
今日も世界はいつもと変わらない日になるはずだったんだ。
皆と笑って、泣いて、怒って、今日を終えるはずだったんだ。
でも今日は何かが違った。いつも怒らないあの子が怒り
いつも泣かないあの子が泣いた。
学校のチャイムが壊れ、チャイム音が学校中に鳴り響く。
あの子が怒ると雨が降り、あの子が泣くと皆が叫び、チャイム音の音で人々は暴れ出した。
学校の中の人々は酷い争いをし始め、教室の、廊下の、タイルを赤で染めていく。
あの子はハサミで、あの子はカッターで、あの子は包丁で、あの子は手で、あの子は縄で、あの子は椅子で、人を殺してく。
赤にまみれた教室は強烈な腐臭を放ち、人に快感を与える。
あの子が笑い、あの子が泣きやみ、チャイムが鳴りやむと
人は、壊れ、崩れ、朽ち果てていく。
「あ―――、今日は楽しかった。 今度はもっと楽しませてね♪」
書かして頂いて、ありがとうございました!
TITLE:赤い歌
「赤い赤い 小鳥 小さな翼で 赤い空を飛ぶの」
気のせいだろうか。
僕の耳には声が聴こえてきた。
とても小さく、でも澄んだ綺麗な歌声が。
「……」
ここは、森の奥。
ある家の土地で、関係者以外は立ち入り禁止だ。
でも僕はこの歌につられて、ついつい入ってしまった。
その声の主は、大きな木の下で歌っていた。
「や、やぁ。君は、何を歌っているの?」
とても幼く、僕より5つは年下だろう彼女は、こちらを向いた。
綺麗な金髪で、腰辺りまである。然し彼女は、布で目を覆っていた。
「こんにちわ。どうしてここに?」
「え……あの……歌に、つられて…」
凄く、綺麗な声だった。彼女はくすくすと笑って、そう、と呟いた。
僕の方は、とてもはっきりとした言葉が出てこなくて。
どうしても、彼女の瞳を隠す布が気になってしまう。
「あの……君の、」
「はい?」
「君の目……何で布で覆われているの?」
彼女の口元が、すっと元に戻る。
そして目の前に広がる湖へ顔を動かし、優しく眺めた。
「私の瞳は……あまり人に見えてはいけないの……とても不気味に見えるらしいから……」
「不気味?」
「そう……とってもとっても“真っ赤”なの」
呪眼。
人々はその瞳をそう伝えてきたらしい。
どうしても信じられない。
そんなものが、この世界に存在するのだろうか。
「……さっきの、歌は?」
「あれは……私が作ったの……」
「“赤い小鳥”とか“赤い空”って、いうのは……?」
恐る恐るそう、聞いてみた。
でも彼女は、くすくすと笑い始めた。
「私の瞳ではね……全て赤く見えてしまうの……」
「……!?」
「だから……本当の色が分からないの」
彼女は金髪の髪を揺らして、胸元に手を当てる。
そしてまた、歌い始めた。
全ての景色が真っ赤に見える彼女にとって
あの白い雲も、あの青い湖も、あの深緑の木々も、
全てが全て、真っ赤に見えてしまう。
一色の景色というのは、どういうものなんだろう。
「だから……瞳を隠してるんだね……」
「そう……だって見たってしょうがないもの……」
彼女は、また笑う。
どういう風に笑っているのかも知らず。
「僕……ここにいても、良いかな?」
「構わないけれど……私は歌う事しか知らないの、それでも良い?」
「うん、僕が、いたいだけ……」
彼女は歌い出す。
赤い歌を、歌い出す。
「赤い赤い こと―――」
「赤じゃ、ないよ」
びくり、と。
彼女は歌うのを止める。
そして僕は、空を見上げた。
「ここにいる小鳥はね、皆黄土色っていって、君の髪色に近い色をしてるんだ」
「私の……髪色?」
「そう。そして空もね、青って言って、とても綺麗な色をしているし、この森は……」
僕は、この場から見える全ての色を、教えてあげた。
その度に、彼女はうんうんと頷いてくれて、また笑ってくれた。
彼女の知らない色を、知らない事を、教えてあげよう。
何故かそういう気持ちになったんだ。
「そう、そうなの……ありがとう、名もしらない少年君」
「い、いやぁ……」
「忘れないよ、貴方の“色”も」
最後に、そうとだけ彼女は言い残した。
そしてその笑顔を、僕は永遠に忘れないだろう。
空よりずっと澄んでいて、森よりずっと深くて、太陽より暖かなその声を。
そうして彼女は、自分にとっての赤い森へと、姿を消した。
*END*
ちょっと意味不明な終わり方ですね;;
不思議系っぽくなってるかなーとか思いつつ。
兎に角、今回も考えるのが楽しいお題でしたーっ!
はじめまして。小説初心者で、スレッドをたてる自信がないんで、こちらに参加させていただきます。
【とにかく、眠れ】
赤い。人間は、赤い。俺の視界は正常だし、世界の色だっておかしくない。だから、人間の肌が肌色をしていて、人間の髪が黒や金やその他もろもろ、カラフルだってこともわかっている。それでも、人間は赤い。赤い赤い赤い。彼らの、アイツの、俺の肌の下には、赤い血液が流れている。赤い。だから俺は、人間は赤色だと表現する。人間は、血液と臓器を入れるダッフルバック……ズタ袋にすぎない。感情、いわゆる心なんていうのは、神サマが気まぐれにつけただけ。愛だの恋だの友情だの言っている奴等は、神サマの手の上で見事転がされている哀れな子羊だ。どうして神サマは、こうも無駄な生物もとい二酸化炭素製造機を作り出したのか。暇潰し程度のことだろう。とにかく、あんな職務怠慢でクレイジーな神サマの思い通りになんて俺はならない。真っ赤な血の流れる真っ赤な人間を、今日も哀れな目で見つめながら、俺は歩く。
真っ昼間の大通り。真っ赤な馬鹿どもは、俺を見るなり悲鳴をあげて走り去る。きゃーきゃーわーわーオユルシヲタスケテぎゃーぎゃーワタシガナニヲシタッテイウンダうわーうわー!! うるさいと思う。ゆっくりゆっくりと前に進む俺の目の前で転んだ哀れなズタ袋は、その体内から溢れる赤色に涙しながら叫ぶ。ビークワイアット!! 静かにしてくれよ。そう思って首を振る。ただし口に出るのは以下の言葉。「黙れズタ袋。てめえは悪いことなんてしてないさ。だからこそ今、あのクソみてぇな神サマから解放してやるんだろうがよお!!」ズタ袋、唖然。俺の言葉が理解できていないのかもしれない。あぁ、やはりお前も真っ赤なズタ袋か、と哀れむ。哀れなズタ袋には救済を与えなくてはならない。さあ、今救ってやるからな。降り下ろす斧。短い悲鳴と共に散る赤色。真夏のアスファルトに蒸発して消えていく。イエスオッケー、任務完了だ。これで彼は神サマから解放されてズタ袋を、めでたく卒業するだろう。おめでとう、おめでとう! 歓喜のあまり手を叩くが、ともに祝福してくれる者はいない。あぁ残念だ。
ため息。もう少しズタ袋を救ってやろうかと思ったが、一日に10人も解放するとさすがに疲れる。ハイパーベンチレイション状態。早く帰って寝よう。明日も仕事があるんだ。【○●町連続殺人事件、犯人を探しています】ふと目に留まった電柱の貼り紙。○●町は、少し前まで住んでいたがそんな物騒な感じはなかったのだが。何が起こるかはわからないもんだな。しかしよく読めばどうやら、犯人は俺と同じく斧を使っているらしい。やれやれ、困った奴だ。斧は殺害の道具じゃねえぜ? ズタ袋を救うためのもんだ。やれやれ。まあとにかく、今は眠ろう。疲れた。真っ赤なズタ袋の掃除は、また明日でいい。
⇔⇔
書き慣れないんで、読みにくかったらサーセン。お題に添えたかも怪しいですが、目を通してもらえたら嬉しい。
風猫こんばんは^^
赤がテーマの作品、明日なんとか整いそうです^^
頑張りますー^^
1>
人の脳の中には“レッドゾーン”と“ブルーゾーン”が存在しているんだって。
それは別の言葉で“本能”と“理性”と言うが。
――――そこには住人が住んでいる……という話、がもしもあったとしたら信じるかな? 信じないかな?
もし“そんな者”が本当に住んでいるのだとしたら……面白いよね!?
☆ ★ ☆
「フン! 何いつまでもモジモジしてんだよ、“実”。……んん? 好きなんだろ? サッサとヤッちゃえばいいじゃねぇか!」
「キャーッ! やだレッド! 何処から湧いてきたのか分かんないけど、あんたこそ何考えてるのよッ! バカじゃないの!? エッチ!!」
「黙れアイル! 邪魔だ、引っ込みやがれ! あんまり騒ぐと××するぞ!!」
「……ッ!」
ああ…… 今日もまた僕の中で、赤(レッドゾーン)の住人“レッド”(♂)と、青(ブルーゾーン)の住人“アイル”(♀)が戦っている……。 はたから見れば痴話喧嘩にしか見えないかもだが。 仲がいいのか悪いのか……正直言って飼い主(?)の僕にも分からない。
……って、他人事じゃないんだけれどね。
だって……毎度の様に彼らが戦う理由は僕の事でなのだから。
レッドがああやって怒るのもムリないんだ。 あまりにも情けなさすぎる僕だから……。
タイトル『実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)』
はぁ…… って、今日だけで一体何度目のため息だ。
俺の名はレッド。 実がこの世に生を受けた瞬間から彼の中でずっと一緒に過ごしてきた住人だ。 俺にとって迷惑極まりない“おまけ”、アイルももれなく付いてきたんだけどな……。 どうせ彼女も俺と同じ事思ってンだろうけどな。
実のヤツ、マジで情けねぇヤローなんだ。 “情けない”って自覚してンくせに、変わろうとかして努力しねぇトコが余計に情けねぇんだ。 だってよ……“女”にいじめられっぱなしなんだぜ? 女にだぜ? 信じられねぇよな!?
男ならば女なんて押し倒して、服ひんむいて、力ずくで……
「バカ!!」
(痛ってぇ……)
……ったく! 誰だよ……って、そういや俺の他にはコイツしかいなかった。
俺のデリケートな背中を平手……じゃなくって拳で思いっ切り叩きやがったな、アイルのやつめ……。
白い生地に青い水玉模様が散りばめられた大きなリボンでポニーテールにして括った長い髪。
コレは実の隠れた趣味なのだろうか、ふくよかな胸の部分に青い糸で“アイル”と書かれた刺繍入りの純白の半袖の体操服に白い太ももをあらわにした紺色のブルマー姿……
黙っていれば結構可愛い女なのに……ん? かわいい!? なっ、何言ってンだ、俺っ……!
「もうっ!! レッドったら!
実ちゃんはねぇ、薫ちゃんの事が好きなの! 愛してんの! ……だからやられてもやり返さないのよ! ほーんと、あんたってば鈍感なんだから!
それに好きだから押し倒すとか、実ちゃんをあんたなんかと一緒にしないでよ! バカッ!!」
アイルの奴は今度は俺の後頭部をまたもや握り拳で殴ってきやがった。
女の分際で…… その細い腕にどんだけの力を秘めているんだ……。 油断した俺は尻もちをついてしまった。
(くっそぅ…… どーゆーつもりか知らねーが、この女……いつか絶対××シてやるからな……)
セットに30分以上手間暇かけてツンツンにキメたヘアスタイルを手に付けた唾で直しながら俺は立ち上がった。
まだケツがジンジンしてやがる。 こんな乱暴な女が本当にブルーゾーン(安全地帯)の住人で許されるのだろうか。 コレは彼女と戦うたびに段々と積り続ける疑惑問題。
はあ…… ヘアスタイルだけじゃねぇや…… 俺の自慢の暗黒マントまでも無惨に汚れちまった……
2>に続きます。
2>
ソレは置いといて……と。
アイルの言ってた通り、厄介な事に実はいじめている側、“薫”とやらいう名の色黒で、長身で、たくましい、さらに現在、彼等の通う中学の柔道部の部長を務めているという女に恋心を抱いているのだ。
大好きな薫のカラダを抱こうともしないで、いじめられながら自分の恋心を胸中にひっそりと抱いているだけで満足だなんて、ハッ! よくそんなんで我慢ができているもんだ。
やられても快感……とか、もしかして……もしかすると実のやつはM気質なのかもしれねぇ。
Mのヤツの心は俺には全く読めねぇ。 もし俺だったらそんな女、押し倒して、力ずくで……
――――いけね。 アイルがすげー怖ぇ顔してこっち睨んでるぞ……
――――何度俺は実に“いけ! 押せ! 系”の恋愛アドバイスをし続けてきたことか……。
黒ぶち眼鏡、七三分けヘアスタイルな“もやし男”な実だって一応は男なんだから、好きな女を“抱きたい”とか“キスしたい”とかいう願望はあるにはあるっちゅーらしいが。 ああ、ソレはこの前無理矢理しつこく聞き出して吐かせたから事実。 ただ、ナヨナヨしてるあいつの事だからなかなか行動に移せないだけで……。 全く情けない話だよな……
もし俺だったら、チャンスを見つけて……じゃないや、強引に作ってまででもして、そんな女、押し倒して、力ずくで……
――――うっわ。 やっべ! アイルがどこから持ち出してきたのか鉄製棘付きナックルを装着しだしたからコレ以上言うのはやめ……
「レッド、決めたよ、僕。 今日“やる”から……。 薫ちゃんに想いをぶつけてみる……」
今まではアイルの意見にばかり従っていた実が、今日初めて俺の意見に同意した。
ブルーゾーンに留まり、いじめに耐え抜き続けてきた実がついに俺のいるレッドゾーンに足を踏み入れてきたのだ。
ついにやる気になったのか…… ついに“男”になるってワケか……
「焦らないでね、実ちゃん。相手は女の子なんだよ、お手柔らかにね……」
実には器用に声のトーンまで変えやがって……俺に対してとは全く違う態度のアイルに、メガネを外して、七三に分けたヘアスタイルを両手でクシャクシャに乱した彼は優しくニッコリと微笑みかけた。
一瞬でもう“もやし”なんかじゃねぇ……マジで“カッコいい男”に変身して――――
「実ちゃん…… 素敵……」
右手に棘ナックルを着けたまま俺の隣でうっとりした顔をしている“乙女”アイル。
なんだか分かんねぇけど、胸がモヤモヤする……。
俺は実にジェラシーをしているのだろうか。
俺になんかに一度も見せた事もない、頬を赤らめたアイルの顔が妙に許せない――――
アイルが実の背中を押さないでずっと近くで慰め続けていた理由はもしかして……
「実のやつ…… うまくいくといいなぁ、アイル」
モヤついた気持ちのまま引きつった顔でアイルの肩に置いた俺の手を彼女は払い除けやがった。
俺とアイル――――
性格は明らかに正反対。
俺が彼女のタイプではない事は確実。
二人は棲む世界が違うから永遠に結ばれちゃいけない……運命。
俺もアイルも実のためだけに……実の事だけを考えて生きていかなくてはいけない。 彼の中の住人なのだから。
頑張れ、実。 アイルと一緒におまえの中で応援しているからな――――
3>に続きます。
3>
――――その後、実は思いきって薫に愛の告白をして奇跡のハッピーエンドとなった。
いつも会う度に実の事をいじめていたゴリラ……じゃねえ、薫が、実の告白を受けた途端、声をあげて大泣きしたのには、俺もアイルも本気で驚いた。
正直、こんなにドラマチックな展開になるなんか思わなかったし……。 実のヤツは結構溜まってたのかもしれない。 勢いあまって薫のくちびるにキスまでしやがったんだ。
あのヒョロい実と色黒ボーイッシュな薫。
はたから見れば思わずプッ! と吹き出しちまうくらいの不釣り合いカップルだ。
「手、繋いでも いい?」
「う、うん…… いい よ……」
なんだかんだ言ってもぎこちなさを堂々と俺達に見せ付けてきやがる甘酸っぱカップルになりやがった。 おかげでこっちは背中が痒くて痒くてたまらねぇ。
薫が実をいじめていた理由は“好き”の裏返しだったらしい。 全くじれったい。 女っちゅーモンは分かんねぇ。
好きなら『好きなのッ!』って、ガバアッ! とイッちゃえばい-のによ……。
俺なら常時“どっからでもかかってこいやァ!状態”で――――
受け身でいるばっかりじゃ……だめだよな…… 特に俺みたいな男は……
実…… おまえの様にできるかな…… 俺も――――
俺の方に背を向けて涙をすすっているアイルの傍にゆっくりと歩み寄った。
こいつは実に恋をしていた……。 俺がおまえにしていた様に……。
恋する相手がそれぞれ擦れ違ってはいたけれど、永遠に結ばれないという運命に逆らっていたのは同じ――――
こいつも俺も……初めての失恋を実感しているんだ――――
俺の体の奥の方から何かがブワッとこみ上げてきた。
気が付くと俺は――――彼女の手を握っていた。
俺はずっと前からズボンのポケットに忍ばせていた銀の指輪(リング)を彼女の細い指にくぐらせた。
「ナックルなんかより……こっちの方が似合うぜ……」
ずっと彼女に渡したかったこの言葉。
アイルの瞳の色と同じ色をした青色の宝石がキラリと光る。
アイル……。
本当は俺、おまえと戦いたくはないんだ。
本当はおまえを……押し倒して、力ずくで……××を……
《おわり》
こんにちは^^
えっと……あげときますね……
お題『赤』楽しかったです^^
良スレッドなのであげ
『大好きなあなたへ』
溶けてしまいそうだった。
愛してるといわれて、本当に幸せだった。
肌を重ねて、愛を確かめて。
そして。
私はシャワーを浴びている。
肌を重ねたのは、初めてだった。
太ももからつうっと、一筋の紅。
けれどそれも、もう流されていって。
体の火照りは、シャワーで冷やされて。
きゅっとシャワーの栓を閉めた。
幸せを永遠にするために、私は心に決めた。
バスタオルを纏い、そして、新しい下着を身に着けて。
クローゼットから、服を取り出した。
本来ならば、私はこれから『仕事』に行かなきゃならない。
けれど……。
私の心は、想いは止まらない。
大好きな、あの人の下へ。
服を着て、駆け出した。
彼のいる部屋へと。
駆け抜ける間、人々が、私の姿を見て驚いていたが、かまわない。
今日は特別な日なのだから。
寝ている人の部屋に入り込むことは、私にとって簡単なことだった。
けれど、そうしなかったのは、起きているあの人に会いたかったから。
玄関の扉の前でチャイムを鳴らす。
「……どなたですかぁー」
眠そうなあの人の声が聞こえた。
「メリークリスマス! プレゼントを持ってきましたよ」
「ふへ?」
あの人が驚いている。
そうだろう、なにせ、私は『サンタ』なのだから。
ちょっぴりセクシーなサンタ服だけど、それは紛れもなく、サンタ服。
「私、あなたと一緒にいたいの!」
彼の胸に飛び込んで、あの人の顔を覗き込む。
「あの話、本当だったんだ」
驚いていたけれど、私を逆に抱きしめてくれた。
「僕のサンタさん、よければ、ウチでクリスマスをやりませんか?」
「はい、喜んで」
幸せなときは続くのだ。
これからもずっとずっと……。
●あとがき
ちょっぴり大人なサンタ話にしてみました。
まあ、かなり季節先取りですけど(笑)。
楽しんでいただけると幸いです♪
『彼女と彼と赤の事情』壱
愛していたの。
ええ、愛していたのよ?
好きだったの。すごくすごく好きだったの。
ずっとずっと好きだったのよ?
ええ、誰にも負けないくらい好きだったの。
どれくらい好きか? すごくよ。もう言葉じゃ言い表せないほどに。
天地引っくり返っても、世界が終っちゃう日が来たとしても。それでも揺るぎないほど愛していたのよ?
ええ、愛だったわ。
例え彼が別の女を見ていても。
例え彼が別の女と付き合っても。
例え彼が別の女と結婚しても。
それでも愛していたの。ええ、愛していたわ。
いつもいつも。
【見ていたの】。
なんで見ていたのかって?
愛していたからよ?
それ以外に何かある? 愛があれば、あらゆることは許されるのよ?
あなたそんなことも分からないの? ああ、駄目ね。駄目な人だわあなた。
愛を知らないんだわあなた。
そんな人生屑みたいなものよ。糞みたいなものよ。。汚物よ汚泥よ。
だから知るといいわ。私みたいな愛を。
純粋で美しくてまっすぐな愛を。
知りなさい? 知るべきよ。 知って学ぶべきよ。
ええ、話してあげる。話してあげるわ。私の【愛のお話】。
だから聞いて? ね? 聞いて?
最後までよ。最後まで。最後の最後の最後まで聞いて?
聞いて?聞いて?聞いて?
聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて?
私の愛を。
真っ赤な真っ赤な。情熱的な愛を。
そして記憶して?
私の愛の物語を。
そう。これは私の【愛のお話】なのよ……。
聞いたらきっとあなたも。
誰かを愛したくなるわ……。
『彼女と彼と赤の事情』弐
「じゃあ、行ってくる」
彼が今日も家を出ていく。
いつものように素敵な笑顔と、ビシッとスーツを着こなして。
中学の頃に出会ってから何も変わらない。いつものような素敵な姿で。
ああ、やっぱりこの人はかっこいいわ。とてもとてもかっこいいわ。
「今日はお帰り遅くなるのかしら?」
「ん? いや、今日はなるだけ早く帰ってくるよ」
彼はいつも家に早く帰ってきてくれるわ。
彼はとっても優しいの。だから、早く家に帰ってきて、さみしい思いを私にさせたりしないのよ。
素敵な旦那様でしょ?
「別に無理しなくてもいいのよ? お付き合いもあるでしょうし……」
「良いんだよ。俺は一応愛妻家で通ってるからな、みんな冷やかしながらも融通をきかせてくれる。それに……」
そう言いながら、嬉しそうに顔をほころばせて、彼はお腹に手をやるの。
「愛すべき娘ももうじき生まれることだしな。お前の体調が心配だ」
子供みたいな無邪気な笑み。そんな彼の顔を見るだけで私はとっても満たされるの。
「ふふっ。もう、生まれる前から親ばかなのね」
「ああ、俺は世界一娘を溺愛する親バカになるさ! じゃあ、行ってくるな」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけて」
鞄を受け取って、彼は足取り軽く家を出ていくの。私はそれを微笑みながら見送って。
そして。
彼の子供を孕ませている糞女に睨みつける。
糞女はいとおしそうに自分のお腹を、お腹の中にいる彼との赤ん坊を撫でてから。玄関からリビングに戻っていく。
糞女、糞女、糞女!!
彼を私から奪った糞売女!!
そう、そうなのよ。
彼が笑顔を向けていたのも。彼が大切にしているのも。彼の妻の座に座っているのも。
全部私じゃなくてこの女なのよ!!
許せない。許せない。許せない!!
なんで、そこに私が居ないの!? あんたは私の居場所を奪った! 奪ったんだっ!!
別に良かった。それだけなら良かった。
でも、彼の子供を孕んだ。それだけは絶対に許せないっっっ!!
『彼女と彼と赤の事情』参
中学の頃、彼に出会った。
そして、そこで初めて恋をした。
内気な私は彼に告白できなくて、こっそり家までつけていったり。こっそり彼の電話番号を手に入れたり。こっそり彼のメアドを手に入れたり。
でもどれも【使うことはできなかった】。
だって恥ずかしいんだもの。
でも誰よりも誰よりもずっと彼のことを見続けていた。
その内学校で見ているだけで居られなくなった。
だから、だから学校をズル休みして、彼のお家に忍び込んだの。
ピッキングとかツールとかは、ネットで調べたりして学んだわ。すっごく大変だったけど、彼の為だもの、頑張ったの。
彼の両親は共働きだったから家に忍び込むのは楽だったわ。当時はそんなに防犯意識高くなかったし、今は一般家庭にあるような安価な防犯カメラとかもなかったから。
そこで、置いたのよ。【私の目を】。
ああ、もちろん目って、本物の目じゃないわよ?
比喩よ比喩。いやね、そんな気持ち悪い妄想しないで頂戴。
カメラよカメラ。
小型カメラを、彼の部屋にいろんな角度で仕掛けたの。もちろん見つからないようにね。
それと、玄関とか、リビングとかにも。
もちろんプライバシーを守る私は、親御さんとか、妹さんの部屋とか。お風呂場とか御不浄には仕掛けなかったわ。
私は変態じゃないもの、だた彼のことが見たかっただけだから。
そう。その【私の目】たちは、今もずっと誰にも見つかってないまま、ここまで来てるわ。
あの糞女が彼と彼の家族たちの家に【同居し始めた今でもね】。
そうそう。あの糞女よ。あの女が現れたのは、彼と私が高校に入ったころよ。
彼が入った高校は物凄い進学校だったから、私も同じ高校に入るのにとても苦労したわ。
そこでよ。そこであの女が現れたのよ。
彼と同じクラスにあの女が!!
あの女と彼はすぐ仲良くなっていったわ。
部活が同じ吹奏楽ってのも功を奏したんでしょうね。私も入りたかったけど、彼の前に立ったら恥ずかしくなって楽器なんて吹けるはずがないから辞めたわ。
私も彼と同じクラスだったから、あの女とよくしゃべっているのは良く見ていたわ。ええ、見ていたし、あの女とは【友達】として付き合ってたから、彼の気持ちもよく聞き出せたわ。
何度も思ったわ、この恥知らずの糞女みたいに、私も彼と話す事が出来ればって。
でも私がそんな乙女なことを考えているうちに、女はどんどん彼と近くなって。
ついに女が彼に告白したわ。
あああああっ!! あの時何度あの女を殺してやろうと思ったことか!
でも実行しなかったわ。私は嫉妬で人を殺すような人間じゃないの。
そして、あの優しい彼は、その告白を受けたわ。そう、晴れて二人は恋人同士になったの。
正直自殺を考えるほど落ち込んだわ。でもしなかったの。
私絶望で親からもらった命を捨てるほど、弱い人間じゃないから。
だから、ね?
私は愛すことにしたのよ!
そう! 愛よ!
例え彼が誰と付き合おうが、誰と性交しようが関係ない!!
私は彼を愛し続けると誓ったのよ!!
ええ、彼が大学生になったころ、さすがに大学までは私は付いていけなかったし、あの糞女も違う大学に行っていたけど。
それでも、あの女は彼の家に行って部屋によく来ていたし。私もそんな二人をずっと見ていたわ。
そう、【見ていたの】。
彼とあの糞女がキスしてるのも見たし、性交するのもずぅーっと見ていたわ。
だって愛しているんだもの。愛した人がしていることは、全て全て全て全て見ておきたいのだもの!!
そう、そして彼とあの女が社会人になって、実に自然に結婚してからも。
私はずぅーっと二人の生活を見ていたわ。
私自身はどうしていたかって?
もちろん、大学は出て、就職もしたわ。
結婚はしてないけれど、一応会社でもそれなりの地位にいるのよ?
ええ、私は自分で言うのもなんだけど、容姿の器量も仕事の器量も良かったからね。
でも、本当に大切なものは手に入らないの。
そう、彼。彼が欲しいのよ。
あの人が欲しいのよ。
欲しい。欲しくてたまらないの。
だけど、あの糞女が邪魔する。そう、邪魔なのよ。
あの女が邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!
でも我慢していたわ。
一人暮らしの家に帰ってきた時。
何もない、何の趣味も、何の生き甲斐もない。
ただ仕事をして、評価をもらって。友人と飲むだけ。
そんなくだらない空虚で空疎な人生の中で。
彼のあの幸せそうな笑顔を見るだけで、私は日々を生きられていたから。
でも。
許せないことが起きた。
そう。
【子供】よ。
それだけは許せない。
それだけは許容できない。
それだけは絶対に、絶対にっ!
彼の子供が、あの糞女の腹から生まれる!!
そう想像しただけで!
憎悪が! 黒くどす黒い憎悪が。抑えられない!!
殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!!
そう。
だから私。
【殺してやることしたの】。
『彼女と彼と赤の事情』肆
別に私おかしくなんかないわよね? 普通よね?
だって、私こんなにも彼を愛しているんだもの。人を愛せる人間が、おかしいなんて事はないわ? ね? そうでしょう?
そう。だから、愛ゆえに、愛ゆえによ。
憎悪なんて言ってごめんなさいね。憎悪なんかじゃないわ。
これは愛から来る殺人よ。肯定されるべき聖なる行為なの。
決行日は決まってるわ。今日よ。
今日思いついたの、どうやってあの女を殺すか。
そう、夜。夜がいいわ。
あの人が家に帰ってくるちょっと前に、あの女を殺すの。
楽しそうでしょう? 素敵でしょう?
嗚呼、どうなるのかしらね。どうなるのかしらね?
あの女の皮膚を壱枚壱枚剥いでやるわ。
髪の毛は全部引きちぎって、あの女の口内にぶち込んで。
腕を切り落として、あの淫乱な前の穴にぶち込んで、失禁させたうえで殺してやる。
嗚呼、楽しみ。楽しみだわ。
これは愛なのよ。決してあの女に対する憎悪なんかじゃないわ。違うのよ。
だって、憎悪で人を殺すなんて事。
【内気で普通な私には出来ないものね】。
一般的な家。
私のマンションからそんなには慣れてない、住宅街。
その一軒の家の呼び鈴を押して、中の反応を待つ。
するとインターホンから聞こえてくる声。そう。あの泥棒女の声。
『はぁーい。どちら様ですか?』
嗚呼、忌々しい。忌々しい。忌々しいんだよこの……っ。
まあ、良いわ。こんな昂ぶってちゃ不審に思われるわね。平常心平常心。
「私、高校時代の同級生の木知 麻奈美(きち まなみ)ですが……。近くに越してきたので、ご挨拶にと思って」
『え? 麻奈美!? ちょ、ちょっと待って! 今開けるから!!』
どこか慌てたように、忌々しい女の声が聞こえるわ。
そういえば、名前なんて言ったかしらね。
嗚呼、確か、あれだわ。くしろ、釧路 美菜(くしろ みな)だったかしらね。今は結婚したから名字は変わってるのかしら?
……殺したいわねほんとに。
「わっ! ほんとに麻奈美だ! ひさしぶりぃっ!」
玄関を開けはなって、馬鹿女がこっちに駆け寄ってくるわ。そのまま、私の腕をひいて家に連れ込んでくる。
嗚呼、触るな触れるな気持ち悪いんだよ消えろ消えろ消えろ!
「元気にしてた? もうっ、全然連絡くれないから、ずっと心配してたんだよ!?」
「ああ、ごめんなさいね。中々忙しくてね」
適当に話を合わせながら、家の中に入っていく。
ああ、カメラ越しにいっつも見てるから、新鮮味はないけど。やっぱり、空気とか匂いとかの影響か、感じが変わってくるわね。
ここに彼が居るのね。あの人が、あの人がココにすんで、起きて、寝て、会社に行って、そして帰ってくる。
素敵。素敵だわ……。
「ささっ、入って入って! 高校時代の友達なんて、めったに来てくれないのよ。うれしいわ、また麻奈美に会えて」
それなりの広さのリビングに通され、ソファに座る。
美菜はダイニングキッチン越しに、リビングの私に向けてぺちゃくちゃと言葉を続けざまに喋る。
うるさいわね。私は今、此処に彼を感じてるんだから、あんま雑音で邪魔しないでほしいわ。
「麻奈美はいっつもクールでそっけないから、私の事忘れちゃってたかと思ったけど、ちゃんと会いに来てくれてうれしいわっ」
別にクールだったんじゃなくて、彼以外に興味が無かっただけよ。
嗚呼、そうだった。この女は妙に私に話しかけてきたっけか。私に懐いていたのかしらね。うざったいわねほんとに。
「忘れるわけないじゃないの。友人の事くらい覚えてる、いくら私でもね」
むしろお前の事を忘れるわけがない。覚えている。覚えているわ勿論。
ねぇ? あなたが今笑顔を浮かべて、向かい合ってる人間は。今日あなたを殺しに来たのよ?
気づいてる? 気付いているわけないわよね?
ねえ? ねえ? ねえ? もうすぐ貴方人生が終わるのよ?
分かってるのかしら?
ねえ?
まあ、わかるわけないわよね。きっと、貴方は私の気持ちなんか知りもしなかったんでしょうね。
だから貴方は殺されるのよ。
「ふふっ、うれしいわ。麻奈美は私の話いっつも聞いてくれた、たった一人の人だもの。また会えて本当にうれしいわっ」
おしゃれな盆の上にティーカップ、恐らく香りからして紅茶であろう、それら一式を持って屈託なく笑いながら、彼女がソファの傍まで寄ってくる。
「ええ、私も嬉しいわ」
また会えてうれしいわ。
「あ、紅茶に何か入れる? 砂糖とかミルクとか――」
楽しそうに客をもてなそうと用意をする、目の前のにくい女。
私は、気付かれないようにソファをゆっくりと立ち上がり、懐から隠していた【モノ】を右手に掴み。
思いっきり振り上げて。彼女に向けて勢いよく。
刺した。
『彼女と彼と赤の事情』伍
「えぇあぁあ?」
呆けたような声を出す美菜。
だけどそれは一瞬。次の瞬間火がついたかのような、【絶叫】。
「ぁああああああああぁぁああああああああああああっ!! ああああっっっっ!?」
叫ぶ。
口からみっともないくらいに喧しい声を発して、醜いくらいに身をよじって。何が起こったか理解できていないのか、疑問と恐怖と激痛に苛まれる瞳を、こちらに向けてきた。
「あぁあっ、な、ぁああ、まな……み、な……んで?」
「なんで? 何でですって?」
その言葉に、何故だろう。いや、きっとどの言葉でも私は、【正気を失っていた】でしょうね。
そう、そこまではまだ理性ってものが残っていたの。でも、彼女が発する言葉を聞いて、憎しみに。憎悪に囚われた。
憎い憎い憎い憎い憎い。唯その言葉の羅列。唯それだけが私を支配して。唯それだけしか考えられない。
そう。でもこれはすべて、愛の為。
愛の為なのよ?
「あんたには分からないでしょうね」
美菜の背中には、明らかに素人が持っているべきものではない、武骨で使い慣れた感のある軍用ナイフが刺さっている。
父親の家からこっそり盗んできた、実際に戦時中で使われたナイフらしい。
私の父は重度のミリタニ―マニアで、こういうモノを良く集めては、母親にしかられていた。
私は父が大嫌いだったが、その趣味に対してはありがたく思う。
こうやって、長年恨み続けてきた女に復讐出来るのだから。
「知る必要はないわ。唯、私の前から、いや、世界から貴方に消えてほしいの」
「ど……う、いうこ……と?」
苦しげに疑問を口にして呻きながら、大きなお腹を抱えて、奈美はリビングから出ようと、ドアに向かって這いずって行く。
背中から広がって、綺麗なお洋服までべったり赤い血に濡れている所為か。彼女が這いずる床は、奈美から流れる血で通り道が染まっていく。
「知る必要はないって言ってるでしょ? この思いは私だけの物なの。あんたはこの思いを邪魔した。それだけよ。知る必要はないのよ。知ることは許されていないのよ。只々、虫けらのように死んでほしいの」
「あぁあ、がぁ……あああ……」
理解できないといった体で、尚這いずって行く女。
私はその背中に刺さったナイフを、彼女の背中から馬乗りになり、一気に引き抜く。
すると、また絶叫。
「うるさい」
その喧しく騒ぎ立てる口を黙らせようと思い、抜いたナイフを彼女の口の中に突っ込み、適当に舌らしきものを、見ることもせずに刺した。
「―――っ!? ―――ッ!! ―――ッァッ!!」
どうやらビンゴの様で、舌が満足に動かないらしい彼女の絶叫は、くぐもった悲痛な叫びに変わった。
すると今度はこれまで以上に必死に、外に逃げようとする。
「うごくな」
仕方が無いので、今度はナイフを両足に弐回ずつ、そして両手にも弐回ずつ刺してやった。
「――――――――――――――――――っっっっ!?」
涙を垂らして、涎もたらして。喋れない動けない痛みで壊れる。そんな何重苦を受けて、奈美は無様に醜く、面白いほどに私に蹂躙されていた。
「ああっ、いいわっ。最高よ糞売女ッ!! 愉快に痛快に、あんた醜いわ!!」
「ぁ……っ! たぁ……っ。ぅ、ヶ、ぇ」
舌が使えなくなっているためか、何を言っているのかさっぱりわからない。
助けてか何かだろうか?
助けるわけないでしょう? 貴方は無様にこのまま這いつくばって、そのまま終わるのよ。
嗚呼、楽しい。楽しいわ。人生でこんなに楽しかったのは初めて。
ううん、今まで楽しかった事なんて、彼を見つめている時だけだったから。
貴方は彼以外で私を楽しませてくれた、唯一の人よ。
ええ、いいわ。あなたお友達と認めてあげる。
憎い憎い最低最悪の殺してやりたいくらい素敵なお友達よ。
『彼女と彼と赤の事情』陸
「さぁて、次はどこが良い? ねぇ? どこを刺されたい? 頭らへんは駄目よ? 刺すとおわっちゃうしね。そうねぇ、次はあなたのその子供が生まれてくる予定の、けがらわしい穴から? うん? そうよ、子供。子供よ。あなた子供居るのよね? お腹の中に」
「ぁ……っ。―――っ! ―――ぁっ!!」
何かに気付いたのか、私のお友達は必死に私に何事かを訴えかけてくる。
ええ、わかってるわ。おなかの子供は傷つけないで、とかでしょ? そうよねぇ、あの人との大切な子供ですもんね。
分かってるわ。うん。
よぉくわかってる。
「そうねぇ、流石に子供に手をかけるのはひどいわよね。私が憎いのはあなたであって、貴方と彼の子供じゃないものね」
その言葉を聞いて、彼女は何か希望の光を見たかのような瞳をした。
自分の命より、自分の子供の方が大事なのだろう。
まだ、出産も経験していないというのに、ずいぶん立派な母親ぶりだ。
中々に美しい話だとおもうわ。うん。
だから、私は。馬乗り体制を辞めて、彼女を蹴っ飛ばして仰向けにした後。
その大きい腹に思いっきり、ナイフを突き刺した。
「―――っ!?」
そしてそのまま、深くズブリと刺したナイフを、縦に思いっきり引き裂き。
腹の中に手を突っ込み、【何か】を掴みあげ、自分の目線まで持ってくる。
「ごめんなさいね。私、愛の為ならいくらでも酷くなれるのよ」
その何かは赤い血液だけではなく、何かどろっとした透明な液体とが入り混じった、気持ちの悪い感触を私の手に伝える。
【何か】は、長い管の様なモノをひいていたので、私は手に持っているナイフでそれを思いっきり切った。
「ぁ……ぁあぁ……」
何か茫然としたように、美菜は喋れない口で呟く。
そう、その【何か】は胎児。彼女と彼の大事な子供。
それの出産日を、私は少し早めてあげただけだ。
少しばかり早くて、余り人間としての形を保っていないが、まあ良いだろう。
いや、良くないわね。こんな人としての姿をしていない【化け物】。
いらないわよね。
「じゃあ、壊さなきゃね」
私はきっと、口角を釣り上げて笑っていただろう。
その胎児を大きく上に振り上げて、思いっきり床に叩きつけた。
とたん。
今まで聞いた事のないような不快音と共に、辺りに真っ赤な、赤い血が飛び散る。
あぁ、綺麗だ。
この赤は綺麗だ。
何の罪も何の咎もない、純粋で美しい綺麗な赤。
ああ、素晴らしく、綺麗。
もっとみたい、もっと。
だから、何度も何度も何度も何度も何何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
赤色が見たくて。
綺麗な赤色が飛び散るのが楽しくて。
赤ん坊の原型が無くなるまで、床に叩きつけ続けた。
「ぁ……ぁぁぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁっ!」
もう既に、胎児を構成していた肉体すべてが、床の一面に散らばっている状況で。その母親になる予定だった、いや、既に母親である奈美は、声の上がらない絶叫を発していた。
赤に、涙の白が混じっていく。
もう、彼女に対する恨みはすっかり晴れていた。
これだけやれば、私だってすっきりするものだ。今までの事は全部水に流して、友人として彼女の事を見る事が出来る。
もう、彼女に対する恨みなんてない。だから、友人として、楽にしてあげよう。
私は彼女にゆっくり近づき、微笑みながらそっと頬撫でる。
「奈美。酷い事してごめんね? 痛かったでしょ?」
微笑みながら、彼女の頭をそっと抱き寄せ。
そのまま首にナイフの刃をやり。
一気に押し切った。
『彼女と彼と赤の事情』漆
「――――――――――――――――ぁ」
短い憎かった女が残した、世界に落とした最後の言の葉。
これで終わり。
最後は随分とあっけなかったな。
いままで何年この女に振り回されてきた事か。
でも、これで終わり。
何時だって、終わりは短く早く、虚しいものね。
「帰ろう」
私はゆっくりと立ち上がり、ナイフも適当に放り棄てて。
リビングのドアに向かう。
そして、ドアを開けて、最後に人目と思い、後ろを振り返った。
赤。
鮮烈な赤。
辺りそこらじゅうに、赤い血。
それは、唯の色じゃなくて、生きている、脈動する色彩。
二度と見ることはないであろう、この世で最も美しい赤。
「じゃあ、ばいばい。ありがとうございました」
何に対しての礼か?
色彩に対する感謝。
私は、一人呟いた後、この美しい神域から。
【抜けて行った】。
どう?
どう?
どうだったかしら!?
美しかったでしょう!
素晴らしかったでしょう!
貴方も誰かを愛したくなったでしょう!!
分かってる。分かってるわ。
もう貴方も愛するべき人を見つけた筈よ?
それだけそれだけで未来は来るわ!
貴方にはどんな色の未来が来るのかしらね?
きっと愛にはいろんな色があるわ。青、黄、緑、白、黒。
貴方はあなたなりの、一番いい色を見つけられるといいわね!
私があの後どんな色の人生だったか?
情熱的な赤は、もう見てしまったから。
後は優しい緑の人生だったわ。
あの後、誰にも何も言わず、遠い所に行ったの。
そこで、ゆっくりと余生を過ごしているわ。
だから、彼がどうなったかは分からないの。
彼女に恨みを晴らしたら、なんだか彼の事も、もう終わった事な気がしちゃってね。
きっと私、失恋したんだわ。
でもいいの、ここの生活も好きだし。緑も良いものよ?
でもいつか、きっと。
彼が彼女の事を思って、私を見つけに来るかもしれない。
そうしたら、どうなるでしょうかしらね?
嗚呼、楽しみだわ。
それはそれで、とても楽しみだわ。
きっと、情熱的で、美しい。
赤が見られる事でしょう。
はい、どうも後書きでする。
いやぁ、久々に投稿間に合ってよかったぁ~。
一応今までのお題全部、途中まで書けてたんですけど、投稿できてなくてw
今回は時間取って作ってみましたw
今回のテーマは、「赤」ということで。副次的テーマに「一般的な愛」を入れてみました。
狂愛ではなく、あくまで少しずれてしまった「一般的な愛」がテーマです。
ホントはグロい描写も、もっとえぐかったのですが、カキコの年齢層を考えて、書きなおしましたw
少し残念ですが、これはこれで、良いかなと。
あまり上手く書けなかったのですが、また同じテーマで他の所で書きたいですね。
色彩ある人生。
皆さんはできれば赤色の人生は歩まないようにお願いしますw
プロデューサーさん!殺人事件ですよ!
では、そういうことで!
今回もこのようなモノを書かせてくださった、風の姉さんに感謝を!
また投票時の機会に~♪
あげさせてもらいます。
後、三~四人は書いて欲しいですね……
【絵描き】
絵の具が切れた。
しかも、赤色。赤色が無いと絵が描けない。
まあしょうがない。立ち上がると足が、機械みたいにぎこちなくふるふると震えて変な感じがする。それもそうだ。もう何時間も椅子から立っていない気がする。呪縛から解放されたみたい。呪縛というか、地縛というか。地縛霊ならもう解放、成仏できるな。私は望んでここに居るから別に嬉しい事ではないが。
紙の束のビル群がそこらじゅうにぽこぽこ。絵を描いてあるものも描いていないものも大きさも厚さも質も様々。と、絵の具のチューブがぱらぱら。あまりカラフルな絵は描かないから、ほとんど床で放置だ。
いつからか、赤しか使えなくなった。原因なんて分からないけれど、気付いたら赤色を掴んでいる状態。ほかの色は使おうとも思わない状態。そして、何も考えずに折角描いた絵を塗りつぶしてしまうのだ。
机の端っこに置いてあった財布をとり、ジーパンのポケットにつっこむ。
部屋を出よう。絵の具のチューブだけは踏まないように。束になっていない落っこちてる紙は見捨てて、滑らないように踏みつける。踏みつけた。やってしまった。黄色の絵の具が飛び出して左の足の裏についた。しょうがない、めんどうくさい。
黄色い絵の具をそのままに、扉をひとつ開くと家族が居た筈のリビング。家族なんて知らない、どこへ行ったんだろう、家族なんていただろうか。ずっと一人だった気もするし、昨日までこの部屋で家族と息をしていた気もする。そんなことはまあいいや。すこしだけ分厚くて重い扉の鍵を開けて、外に出る。
夏だっけ。そっか、もう夏か。やっと夏だっけ。そうだ、夏はこうやって太陽光が宇宙から全力で私を刺しにふってくるものだった。
灼熱のアスファルトにぺったり足跡を付けてから靴を履き忘れたことに気が付いた。あっつ、あっつい。爪先立ちで玄関まで戻って、適当にそのへんに出ていたスニーカーに裸の足をつっこむ。ごわごわして気持ち悪い。
とりあえず、近所の画材屋さんに。かかとまで入れないスニーカーをぱかぱかさせながらひたすら歩く。寝癖もなおしていない無造作に伸ばした髪の毛が絡み付く首に、汗が垂れ滑り落ちる。
アブラゼミがおいしそうだとか、焦げた茶色の紫陽花が可愛いだとか、暗い色をした雨の群れが遠くに見えるだとか。刺さる、太陽光より痛い視線を気にしないフリをしながら、ぺたぺた歩く。
画材屋さんが横断歩道の向こう側に見えたとき。赤い信号だからちょっと立ち止まってみたとき。
大きいものが上から降ってくるのが視界に映った。カラスよりも大きいもの。ちょうど人間くらいの。
目が痛い、水分の少ない赤色がべちゃ。アスファルトに食い込んだ顔が歪な男の子の血が、私の顔にもべちゃ。案の定それは人間で、案の定それは飛び降り自殺だった。
見たことあるような懐かしい赤色。見たことがあるのは一人じゃない、二人だった気がする。男と女だった気がする。私の家族だった気もする。家族の死因は飛び降り心中だったかな。ずいぶんと前の話だ。
男と女。私の目の前で駐車場を真っ赤にして、本当に迷惑だった。そう、迷惑。私だけを一人、この世知辛い世の中に残して。
そう思いながら冷たい店に入る。血を浴びてるからかよほど私の容姿が悪いのか、やっぱり視線が目に刺さる。気にしなくていいや。
あかいろ。赤、赤赤。赤い絵の具、絵の具のチューブ。棚から棚右左上下、ぎょろぎょろ視線を移しながら探していく。
あ。目に留まった彫刻刀。絵具じゃないけれど。キャップを外して、少し長めの刃をまじまじと見る。
赤色の絵の具よりよさそうだ。
そのままレジに向かい嫌悪感が露骨に染み出た、変な顔の店員と目を合わせる。何も言わずに音も立てずに彫刻刀をカウンターに置く。値段を言われる前にぴったりの小銭を叩き付けて、彫刻刀をかっさらってポケットにつっこみ、店を出る。
外に出ると、ぎゃあぎゃあわあわあと騒がしい。サイレンが鳴り響き野次馬は集り。何も知らないような顔をして、群集の脇を通り過ぎる。
行きとは違う。風景も植物も虫も無視で黒いアスファルトだけを見つめて帰る。
早く、早く早く早く帰ろう。
家に着くと早速机に向かって、ポケットから彫刻刀を出して机の上へ。
絵を描こう。赤い絵の具で、絵を。
机の上にそのままにしてあった白い画用紙を見ながら、椅子に座る。
絵を描こう。心を描こう。
彫刻刀の刃を左の手首に当て、力をかけて思い切り右に引っ張る。びりっとした痛みすら気にならない、この高揚感。吹き出してびちゃびちゃと床に落ちる赤い絵の具を筆につけ、彫刻刀を置いた右手で絵を描く。暖かい色。
霧のかかる視界の中で、がったがたのハートマークが揺れ霞み潤んだ。ああ、死ぬんだ。おかあさん、おとうさん、いまからいくね、まっててね。
生きていた私の赤い声を、此処に。
――――――
あとがき
どうもこんにちは。
赤=血 という単純思考で書きました。
自殺エンドしか思い浮かばなかった……ごめんなさい。
自殺ダメ、ゼッタイ、です。
この物語を書く機会を、どうも有難う御座いました。
あ、今回は投票も参加したいと思います。宜しくお願いします。
ではでは。
あげますね^^
第七回SS大会 エントリー作品一覧
No1 瑠奈様作 【ファイナル・インターネット】 >>346-348
No2 風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】 >>349-351
No3 那由汰様作 【a colors】 >>353
No4 暁壱様作 『赤色の世界。」 >>354
No5 瑚雲様作 【赤い歌】 >>356
No6 山田威刻様作 【とにかく、眠れ】 >>357
No7 ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】 >>359-361
No8 秋原かざや様作 【大好きなあなたへ】 >>364
No9 トレモロ様作 【彼女と彼と赤の事情】 >>366-372
No10 玖龍様作 【絵描き】 >>375
No11 あけぼの様作 【思いの赤はいつまでも】 >>389-390
以上、全十一作品エントリーです!
先ずは、私から!
トレモロ様作の【彼女と彼と赤の事情】と山田威刻様作 【とにかく、眠れ】でヨロ~★
おお、投票が始まったのですね。
では私も。
瑚雲様作 【赤い歌】
ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】
玖龍様作 【絵描き】
上の2作品は、血とはかけ離れたものを選んで、かつ面白いと思ったので。
で、玖龍さんのは、読んでズガンと衝撃を受けました。そっちか!!
みたいな感じで、短い中にもインパクトのある作品でした。
支援上げさせていただきます!
みんなで投稿しよーっ!!
投票、参加させていただきます。
瑚雲様作 【赤い歌】
ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】
秋原かざや様作 【大好きなあなたへ】
瑚雲さんの作品は純粋に、好きだなーと思ったので。
また相変わらずゆかむらさきさんは凄い内容で…w流石ですw
秋原かざやさんの作品はオトナっぽいなと思いました。私には書けないです。
あったかい話を中心に選びました。結果、楽しみにしてます。
では!
No2 風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】
に一票入れさせていただきやす。
いやぁ、今回はちょっとみなさん少ない量の短編の方が多かったですね。
長い方も、なかなか甲乙つけがたいレベルでしたが。
今回は風の姉御のが面白かったと思いますねぇ。
どうも、某SS大会での見ていると、まだまだもっとうまく書いていただけるんじゃないかと、とあるお三方に思ってしまいましたw
なので、今回は一作品ということで。
また、次のお題。そして、今回の結果発表楽しみにしとります~。
ではでは。
上げさせて貰います!
初めまして、投票させて貰います。
玖龍様作 【絵描き】
風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】
瑚雲様作 【赤い歌】
に一票ずつお願いします!
そっと支援あげー。
もうすぐ締め切りみたいです。
みんなで投票しちゃおう♪
【題名:思いの赤はいつまでも】
「アル、泣いてるの?悲しいの?」
「うっひっぅ…」
「アル、誰かにいじめられたの?」
「み、皆がっぼくのこと、悪魔って…うぅ」
「ちがうよ、アルは悪魔じゃないよ?」
少し肌寒い秋の季節だった。
泣いている僕に、君は優しく僕の頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて、嬉しくて…つい頬が緩んでしまって。
「笑ったぁ~!」
「ありがとう…」
「どういたしましちぇ、ですわ…//」
大人ぶってみたら、舌を噛んじゃって。
顔を赤くしてとても可愛かった。
だから、僕は言ったんだ。
「ぼくとけっこん、してくれる?」
「アル…//…うん!」
そして、幼い僕たちは結婚の約束をした。
でも、
「ごめんね、アル…。あたし、遠いところにいくの」
「え、な、…んで?」
「パパが、お引越しするからって…っ」
君は泣きながら僕に微笑んだ。
僕も、悲しかったけど頑張ってさよならした。
「必ず、むかえにきてね、アル」
「うん!やくそく、するっ!」
涙で霞む僕が確認できたのは、燃える様な赤い髪の毛だった。
+*+
「おい…リチャード?」
「何でしょうか、アル様」
「何故俺はこんな格好をしているんだ?」
「それはアル様が、今年13回目のお見合いをなさるからです」
「そんな事は分かっているんだっ!」
バンッと、部屋に大きな音が響く。
職人が手間暇かけて作ったと思われる高価そうなその部屋には、キラキラと宝石やら真珠やらが、所々輝きを放ちながら埋め込まれている。
そんな部屋に大の男が二人。
一人は涼しげな顔をした黒髪長髪の男性と、その主でありこの屋敷の持ち主であるアレクサンドラ・スミス・レ・ファンド伯爵である。
「俺は見合いなどする気はないと、何度言えば分かるんだ?」
「さぁ?私には理解しがねますね」
「絶対に、見合いはしない。結婚する気もない」
「…初恋の方を待っておられるからですよね」
「っな//」
「分かっているのは赤い髪という事だけ。名前も住んでいる家も、何もかも分からないその女性を」
「…」
「きっと今頃、結婚して子供作って幸せな家庭を築いてますよ、アル様と違って」
「約束を、したんだ」
振り絞る様な、声だった。
主の切ない表情に、リチャードは一瞬声を詰まらせる。
「リチャード、町に遊びに行くぞ」
「ですから、見合いが。旦那様にしかられて…」
「お前の今の主人は俺だ。父上じゃないだろう?」
「はぁ…。畏まりましたよ、アル様。」
「お前と俺だけだ。共はいらん」
リチャードは、深々と頭を下げた。
*+*
「キャァーーーッ」
アルとリチャードは、顔を見合わせた。
細道の方から、女性ぼ甲高い悲鳴が聞こえたからだ。
正義心に煽られ、アルはリチャードを連れそこへ駆け込む。
「いや、やめて!こないでったらッ!!」
「嬢ちゃん…逆らうと怖い目見るぜ?」
「大人しくついてくるんだ」
「煩いわね!こっちはもうとっくのとうに怖い目あってんのよ!」
強面をした四人の男が、か弱そうな女性を囲んでいた。
男たちの方は以下にも闇金の取り立て人、と言った感じだ。
女性は、頭をスッポリ帽子でかぶせ、顔が見えないが、着ている服は継ぎ接ぎだらけだった。
アルとリチャードは手をパキパキ鳴らして準備運動をし、男達に殴りかかる。
「ったく。手間取らせんじゃねぇーよ!」
「きゃっ」
「おい。そっちの口抑えろ」
「怒ったわ。…手加減してやらないか…」
「「ぐぇっ」」
あっという間に、四人の男は倒れた。
そう、あっという間に。
「…一応、お礼を言っとくわ」
「一応?おい、こっちは助けてやったんだぞ」
「別にあれくらい、一人でどうにかなったわ」
「嘘つけ」
ムッと、女性が口を尖らせるのが分かった。
汚れを手でパンパンはたき、背を向ける。
「そうね危ないところをどうもありがとう私一人じゃ無理だったわね、多分」
その余りにも棒読みな感情の入ってない言葉に、アルがイラリとつかむ。
「おい、何だよその言い方は」
「ちょ、ちょっと!帽子つかまないで…あ」
「あ」
帽子の中からこぼれ出たのは、いつかみた、燃える様な赤い髪の毛だった。
【題名:思いの赤はいつまでも】
「おまえ…っ//」
「何よ。…知ってるわよ、この髪の色がおかしいくらい」
「いや、ちがっ」
「煩いわね!…頬っておいて」
「~~~~~~っ!…結婚してくれ!」
「……はぁ?」
黙って成り行きを見守っていたリチャードは溜息をつき、
赤い髪の毛の女性はぽかんと呆気にとられ、アルは、顔を真っ赤に染めた。
*+*
「バカですか」
「…」
「バカ何ですね、アル様」
「…」
「バ…」
「煩い!分かってるよ!」
「初恋の人と決まったわけじゃないのに、プロポーズして」
「赤い髪…」
「はぁ…」
第七回SS大会「赤」結果発表
一位:トレモロ様作 【彼女と彼と赤の事情】 瑚雲様作 【赤い歌】 秋原かざや様作 【大好きなあなたへ】 玖龍様作 【絵描き】 風猫様作 【ブラッドリーテンペスタ(審判の日に鮮血は舞う)】同率
二位:ゆかむらさき様作【実れ! 愛の応援団!(混ぜるとむらさき)】
三位:山田威刻様作 【とにかく、眠れ】
一位が五つってどういうこと(汗
まぁ、それだけ皆様のレベルが、拮抗していたということでしょうかね?
参加してくださった方々は、次の大会も是非是非参加してくださいね^^
他の見ている方も、是非投稿お願いします♪
第八回大会開始! 上げますね!
わーい皆一緒に一位w 有難う御座います。
次も投稿させて頂きたいと思っております!
まだ書いてないので取りあえず支援上げ……。
次は……参加……できそうなはず……状態です。
多分きっとおそらく参加します。
みなさまの作品、楽しく頂きました♪(またもや選べんかった)
黒ですね。直接行こうか、遠まわしに行こうか、考えてます。
整ったら投稿させていただきますので、よろしくね♪
初めまして。新参者ですが宜しいでしょうか? と言いつつ、書いていますが……。
ところで、「黒」=「盲目」という関連付けでも可能ですか? 不可だとおっしゃるなら取り下げます。
続きは、返答次第で書きたいと思っておりますので、宜しくお願いします。
【絵と光と盲目少女】
葉と葉の擦れ合う音が、外から聞こえて来る。
紙や、鉛筆、絵の具の匂いが混ざり合い、独特の匂いを漂わせる教室。窓からは、夕日の光が差し込んできて、妙に眩しい。今、この美術室には、私しかいない。窓側に並ぶ席の一つに着きながら、真っ白な画用紙を机に広げ、画用紙とにらめっこしながら、右手に持った鉛筆でトントンと突く。
さっきから、これを繰り返しているせいで、画用紙には無数の黒い点がついてしまっている。でも、どうしても止められない。それどころか、テンポはどんどん速くなっていく。
――コンクールに出そうと思っている、絵のアイデアが思い浮かばない。
絵を描くことが好きで、私はこの春、中学に進学すると、美術部に入った。今でも、気が向くままに鉛筆を滑らせ、白紙の世界に形を作っていくのが大好きだ。特に、自分の頭に描かれていた絵が、そのまま表に出せた時とか、何物にも変えがたい至上の喜びを感じる。時には、納得がいかなくて、破り捨てちゃったりすることもあるけど、私は、それでも絵を描くことが好き。嫌いになんか、絶対ならない。そう自信がある。
けど、今回ほど、大好きな絵に悩まされたことはない。
うちの学校の美術部は、毎年秋になると、市が主催するコンクールに、部員たちの絵を応募する。各々、凝りに凝った絵を描き上げ、結果を待つこととなるのだ。それが例え、どんな結果でも。
こう言ってはなんだが、うちの美術部は、絵の上手い人がゴロゴロいる。卒業生の中には、プロの画家がいる程だ。私なんか、ただ絵が好きってだけで、周りの部員と比べても、笑っちゃうくらい下手で――。
けれども、私には絵しか、誇れるものがない。絵を嫌いになりたくない。だから、上手く描けるように努力する。……嫌いになりたくないから描くって、ちょっとおかしいと思われるかもしれない。だけど、私には嫌いになっちゃいけない理由がある。
それは――
「あ、まだいたんだね。香織(かおり)」
突然、アニメのヒロインにいそうな、高くて可愛らしい声が私の名前を呼んだので、私は画用紙から視線を外し、声のした方へ向く。
小学生のように小柄な体。腰くらいにまで伸びた、まさに緑の黒髪といった長髪。声に似合った小さな顔に、温かな表情を浮かべた女子生徒――が、目を閉じながら、巧みに机の合間を縫って、こっちに歩いて来る。いや、正確に言うと、彼女が目を開いたところで「見えない」のだ。
「結菜(ゆな)……」
一瞬、同情的な視線を、彼女――結菜に向けてしまったことに気づき、私は首を数回振る。
結菜は、小学校以来の友達で、私と同じく、絵を描くが大好きな子だ。あらゆる景色を、鉛筆一本で鮮明に表情する彼女は、「鉛筆の魔女」とまで呼ばれ、賞という賞を取り尽くし、将来は優れた画家になると、周りは持て囃した。私は、彼女に憧れていて、彼女の描く絵が大好き――だった。
目から一切の光を奪われた結菜に、もう絵は描けない。
「また、悩んでたの?」
見えない目で、私の席へ正確に歩み寄る結菜。訓練に訓練を重ねた結果、失われた視覚の代わりに、その他の五感が驚くほど発達し、「その場において、どこに何があるか」を、きちんと把握出来るようになったとか。時々、彼女はエスパーか何かなんじゃないかと、思ってしまう。
結菜が心配そうな表情をしたので、私は、鉛筆のお尻で頭を掻きながら、苦笑いする。
「あー……うん、まあね。どうも、しっくり来なくて……」
「思い詰めすぎだよ、香織は」
クスッと微笑む結菜。
思い詰めるな――と、いう方が無理だよ。私は、どうやってもあなたにはなれないのだから……。
それは、一年前。突然訪れた悲劇。一瞬にして閉ざされた光。輝ける未来が、一気に黒く塗りつぶされた瞬間。
結菜と、彼女の両親乗った車が、正面衝突したという話を聞いて、私は、自分の両親を急かせて、彼女たちが搬送されたという病院へ急いだ。幸いにも、結菜と両親の命に、別状は無かった――が。
彼女の目の周りは、痛々しくも、包帯で覆われていた。運悪く、両目にガラスの破片が刺さってしまい、その目は二度と光を写さないだろう――と、医者に告げられたのだとか。結菜の両親も、骨折なりと怪我は負ったが、いずれも回復出来る怪我だった。彼女は、回復出来ない怪我を負ったわけだ。
私は、義憤に駆られた。事故原因は、対向車のドライバーの飲酒運転だったらしい。軽い気持ちで、結菜から光を、絵を奪った運転手が、堪らなく憎かった。それは、どす黒く、純粋な殺意へと変化していき――結菜の目を――将来を返してよ!
だけど、私の怒りは虚しくも、相手には届かなかった。運転手は、重体による昏睡状態が続いた後――息を、引き取った。
彼女の両親は、やり場のない憤りを覚えていたみたいだったけど、結菜は、誰も恨まなかった。自分の運命だったのだと――あまりにも、あっさりと受け止めてしまったのだ。同時に、私の中で燃え盛っていた火種が、音も無く、鎮火した……。
それから私は、結菜の分まで絵を描くようになった。
彼女の将来を自分が背負おうとした。……出来るはずが無いことなのに。
でも、絵を描いていないと、私の中の火種が、また燃え上がってしまいそうで――何故、私が代われなかったのか――絵を、嫌いになりそうだった。
私の憧れた彼女は、もういない。代わりに、今、目の前にいるのは、かつて憧れだった女子生徒。だけど、結菜は結菜で――。
「……香織?」
結菜の声で、ふと気づく。
私は、彼女の顔をじっと見つめていた。何だか恥ずかしくなって、笑いながら顔を逸らし、ごまかそうとする。
「あはは、き、今日はもう帰ろうかな?」
数秒ほど、結菜はぽかんと口を開けていたけど、すぐ笑顔を浮かべ、「うん」と、頷く。
窓からは、夕日が差し込んでいた。
「初恋の痕跡」
くろいろ。白を塗りつぶす単色。全部をかきけす、強い暗色。
ああなんて幸せなんだろう、とわたしは思った。他人を想えるって素晴らしいことね。赦されるのではなく与えられているということを人は知らない。自分が幸せだということすら知らないで失くしていくのだ。明日の未来も知らぬままに。幸せは財産だろうか、否、幸せは消費財なのかもしれない。蓄えなどできず、なくなってしまった時の保証だって無いのだ。
暖房の効いた部屋の窓ガラスにうつる冬空は、まるで暗い。炭か灰ででも描いたようだ。雲は仄暗い太陽のひかりさえ遮っていた。曇天は雨も降りそうに無いのに、乾燥した空気を底に底に沈めていくようだった。しかしながらその濁ったせかいの景観は美しくみえた。その眺めはわたしのこころは恍惚にも似た高揚と、しあわせに似た愛しさの他に、朝もやのような鈍い痛みを覚えさせた。満たしてゆくのは、なんだろう。カレンダーをめくれば、霜月の暦。すこし雑な黒いペンで書かれた丸――今日はあの人と、逢える日だ。
「酷薄なひとって焦燥感とか罪悪感が薄いらしいわよ」
「返す言葉もないけど記憶力には定評があるよ」
普段より少し和らいだ表情の彼が来た。時計の針は予定の時間から三十度ほど傾いていた。屋外のテラスは相変わらず冷たくそこからしこに風が吹き抜ける。
「言い訳がましい。素直に遅れてごめんなさいって言えないの?」
「全然待ってないよとか少しは気の使えた表現も「じゃあ酷薄という表現は些か不適切な気がするわね。昇任きまったからってお偉いですね、ふふ」
わたしは彼を彼の名で呼んだことがない。象徴的な代名詞でしか呼ぶことはない。きっとそのことばを口にしてしまえば、たちまちわたしを包む魔法は解けてしまうような気がするからだ。彼はいつものように左手で頬杖をつく仕草をし、わたしをみつめる。端正な顔付きの彼の瞳はまっくろで、綺麗だなと純粋に思った。なにかと似ている、と思い出そうとすれば朝の光景を見ていた時の感情とそっくりだった。そこにはないものを見ている気分だった。
「ご注文はお決まりになりましたか」
「何がいい?」
ふと彼がわたしに訊いた。おもむろにわたしはうつむき加減のまま、珈琲がいいと答えた。外から見る店内はあたたかいひかりに包まれていて、こぼれた客が寂しそうにまばらにテラスに腰掛けている。そもそも待ち合わせだから、客の多さに関係なくとも屋外で良かったのだけれど。冷たさがむしろ心地良かった。暫くして、湯気を立てた珈琲とミルクティーが運ばれた。皿の横には砂糖とミルクが転がっていた。砂糖を入れた。カラカラとプラスチックのスプーンが音を立てる。
「よくそんなもの飲めるね」黒いカップの中身を覗いて彼が嘲笑ぎみに言うので、「うるさい」と軽口を叩いた。
テラスを覆う植木の塀の向こうに少女と青年の姿が見えた。わたしが眺めているのに興味を示したのか彼もちらりとその方を向く。が、それほど興味を持つ対象でもなかったらしい。つまらなさそうに彼は視線を変えた。少女はまだ幼く十代後半なのだろう。さらさらとした細い黒髪が揺れていた。何かは知らないが、頬を染め、男に向けて微笑んでいた。
「覚えてる?」
「なにを、」
「わたしと、わたしに関わる全部。はじめて出合った時のこと」
「もちろん覚えてるよ、だから今日呼んだんだろう?」
「やっぱりあなたって、酷薄な人ね」
本当に。こくはくな、ひと。
「本当に覚えていない?ほんとはね、」
紡ごうとした言葉の先が出てこない。冷たい日の朝のことを、あなたは覚えていない。雪のちらつく、寒い寒い朝の日を、なんともない出来事を、あなたは覚えていない。――その日わたしは、朝早く眼が覚めた。なんとなしに、高校へ向こうにはまだまだ早くて、もいちど眠ろうと布団を被れど目は冴えきっていた。朝食を食べ、それから、まだまだ時間に余裕があったため通学路をゆったりとした足取りで歩いた。肩がぶつかったのは、まっくろの瞳のひとだった。ばらばらと床に散らばった荷物より、それを片付けようという理性より、そのひとみをじいっと見入ってしまっていたのだ。あなたに恋焦がれた少女を、あなたは知らない。
冷め切った珈琲を口に含んで、それでもなお崩すことのない彼の表情が気に食わなかった。赤いリボンのプレゼントをテーブルに置いて笑って見せた。知らないとでも思っているんだろうか。
「結婚おめでと」
そしてさよなら。
彼は驚いた顔をした。それがすこし、嬉しかった。暗い空はその色を増し、そしてわたしのこころを、朱でも藍でも白でも碧でもない、黒い何かが塗りつぶしていった。しあわせなはずの感情を、筆で平坦に、ポスターを塗るように平等に。
それでもわたしはあの日から、あなたのことが好きだったの。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんばんは、少し前からみなさまのSSを拝見させていただいていたのですが、今回は書かせていただきました!
また参加できると嬉しいです。
『過去の鎖』
黒い油性マーカーで、彼女は手にしていた小説の一ページを雑に塗りつぶした。 机の上のコーヒーに手を伸ばし、それを口に含む。
馬鹿げている。
こんな馬鹿なことをなぜやっていたのだろうと、自己嫌悪に浸りながらペンをあった場所へと戻す。 本当に、私という生き物は馬鹿だ。
昔の自分に似た主人公が、友人を得て幸せになっていく話。 私にはそんなことなんてなかったし、ところどころに含まれるご都合主義には吐き気がした。
部活をつくり、居場所を作り、美少女やイケメンと仲良くなり、親睦を深め、それで楽しい日々を過ごす。
現実にそんなことなんてあるはずもないのに、ただけなされて落とされるだけなのに。 人を助けても報われない、何をやっても空回りする。
努力では夢はかなわないし、私には夢を叶えられるような努力の才能もない。 真っ暗な世界を歩んできた私の心は、真っ黒に汚れた。
現実は酷薄だ。 友人だったと思っている人間はすぐに私を切り捨て離れていく。 自分のみが危なくなれば、私をトカゲの尻尾のように切手自分は逃げるのだ。
そしてその危機の矛先は私へと向けられ、私はただひたすら暗い闇に落ちていく。 一人になっても、落ちるのは止まらない。
人とかかわらなければそれだけで私は闇へと引きづり込まれる。 人間は一人では生きられないというが、そういったせ解に変えたのはほかでもない人間。
高々小説を読んだだけで、吐き気を催し気分が悪くなる。
なぜ私は、みんなに裏切られるのだろう?
直後、悪寒が体中を駆け巡った。
コーヒーに混ぜてあった毒に、体が気付いたらしい。 それがどうしたというのだろう、生きていても結局は苦しむだけなのに。
ただ苦しいのは慣れっこだ。 まさかこれ以上の地獄なんて、あの世にあるとは到底思えない。 痛みも苦しみも、結局は生きているだけで受け続けるのだから。
END
単純に「黒」い話。
【この素敵な世界は、何色?】
「おはよう」
何気ない挨拶。偽善ともいえる笑顔。
なんで、偽善かって?
だって、しなきゃいけない意識、つまり、当たり前をやってるから。
それは、私の中では、偽善だ。
毎日、毎日が平凡で、面白くない。
その中で、私は夜が好き。
暗くて、静かな闇。誰も私に近づかない。近づくのは、黒い悪魔と白い夢。私が眠ると、入り込むのは白い夢。
夢の中なら、私の好きなように世界が創れて、悲しい事や苦しい事なんてない。たまに、悪夢が迷い込んでくるけど、そんなのは気にしない。
黒は、白が揉み消してくれるから。
現実では、そうはいかない。
毎日毎日、嫌な事や苦しい事の連打。
例えば、朝。傘を持ってないのに雨が降り、私が濡れた。
だけど、人々は見て見ぬふり。これが夢の中なら皆が手を貸してくれる。
それから、昼も。転んだせいで、お弁当がぐちゃぐちゃになってしまった。だけど、誰も優しくしてくれない。確かに、私が悪いけど。
少しは、手を貸してよ。たくさんの人がいるのに、まるで私は独りぼっち。
「そんなの、気にしなくていいよ」
母は、決まって優しく微笑みながら言う。
その笑顔、偽善?それとも、私を哀れに思った苦笑?
私はそう問いたくなる。
言えるわけがないけど。大人に逆らえないのが子供。
ちっぽけな存在なのに、大人達は、
「子供は私達の未来を担うのです!」
の一点張り。おかしいよ。
私に手を貸してすらくれない大人達が、私に頼るわけ?
その上、
「成績がよくないと、いい小学校や、大学に入れない」
分かってる。そんなの、子供が一番良く分かってるから。
わざわざ、言われなくたって。わかるっつーの。
そんな事を思っちゃう私。私も、白に頼る黒。つまり、大人みたいなものなのかな
>>400
に続きまして
そんな事は、どうでもいい。
どうせ、“オモテ” は、華やかに輝く白舞台。“ウラ” は、残酷で黒く染まった舞台裏。私は、ウラに生まれてきてしまったのだ。
そんなウラで、オモテを憧れても、意味は無い。
もし、オモテに生まれてきた人がいたとしたならば、私はその人に聞きたい。
「その素敵な世界は、何色?」
って。
「おはよう」
何気ない挨拶。偽善ともいえる笑顔。
また、リフレインされる……!
つまらない平凡な毎日が。
だけど、夜の白も、結局は偽りだった。
私は、素敵な世界の色を知りたい。
黒か、白か。
《END》
【暗がりの奥】
家出をした。
発端は何気ない出来事。親と些細なことで喧嘩して、思わず家を飛び出してしまっていた。
気付けば、公園の中にいた。誰もいない公園。家からそう遠くない距離にあるが、寂れた様子が夜のせいかどこか漂っていた。
肌寒さを身に染みながら、いつの間にか入っていた公園の中で立ち止まった。周りには昔ながらの遊具がぽつぽつとあるが、他に人はいない。一人になるには、絶好の居場所だと思った。
砂場の中で腰を下ろした。はぁ、と溜息を吐く。
どうしてこんなことになったのだろう。僕はそんな風に冷たい砂を肌に感じながら思った。
些細な出来事から、人は争う。どんな理由であろうが、他人から見れば本当にしょうもないことであろうが、当の本人達にとっては十分火種になるのだ。
そんなことを分かっていながらも、言ってしまった。心の奥底で僕は分かっているつもりでいた。言ってはいけない。自分に言い聞かせるかのようにそう念じたのも覚えている。
だけど、その感情は止められなかった。理由としては、未だに分からない。ついカッとなって言ってしまったのであろうが、僕自身は言いたくなかった。でも、不意に襲いかかる感情が止められなかったのだ。それが悔しくて、今ここにいるのだろうか。
砂を掴み、握り締める。無意識のことだったが、やがてその冷たさを手の平いっぱいに広がった後に開いた。砂は一瞬の内に同化していく。
暗闇の中で、僕は一人でいた。どういうことだか、不安になったのだ。
そういえばそうだ。この家出だって、元はといえばその不安だった。僕は怖かった。そう、一人でいることが。とても、怖かったのだ。
電灯が申し訳程度に一つ公園の真ん中に立っていた。よくこの電灯が邪魔で、サッカーなどをしたくても出来ず、不満げにしていた自分を思い出した。
けれど、今ではこの電灯が有難く思う。本当の暗闇だったら、僕は今頃どうなっていただろう。泣いていただろうか。そもそも、この公園に入ろうなどとは思わなかったはずだ。
奥の方に見える暗闇には電灯の光が照らされている。僕は今、ここにいて、それを見ている。独りだった。僕は、どういうわけだか独りでいた。
助けて、何て言えるはずもなかった。勇気を出して物を言えるなら、僕はとっくにそうしていただろう。
けれど、出来なかったから僕はもがいていたんだ。苦しむっていうのは、自分にしか結局は分からない。共感なんてものは全てを分かっていることではない。言ってしまえば、自分の苦しみは自分が一番よく分かっている。だけど、他の誰かにも分かって欲しい。だから人は共感するんだろうと思っていた。
「おい、お前何かムカつくんだよ」
不意に言われたこの言葉から始まったあの日のことを思い出す。それは突然だった。何もかもが突然。それはまるで伝染病のように広がり、僕はそれを甘んじて受け入れる他になかった。そうすることでしか、そこに居られなかったから。
もし僕がヒーローだったとして。とても格好よくて、強くて、誰からも信頼されるような人だったとして。
そう考えれば考えるほど、虚しくなる。後からだんだんと襲いかかる孤独と劣等感が全身に襲いかかる。嫌だ、逃げたい。怖い、助けて欲しい。
僕は願うばかりだった。神様に願うばかりで、僕は何もしちゃいなかった。僕は、たった一人孤独だと思い、自分で甘んじてその状況を受け入れていただけに過ぎなかった。
そろそろ肌寒くなってきた。特に厚着をしていなかった僕は、その時帰りたいと思ってしまった。
何を言っているんだ、僕は今家出をしているんだ、というつまらないプライドが重なり、耐えるように僕は体を丸めた。
季節は冬じゃないはずなのに、寒かった。肌寒くなってきた頃合いの季節ではあったが、ここまで寒くはなかったはずだ。
夜はこんなにも寒く、暗く、怖くて、寂しくて、孤独で、押し潰されそうで……どうしてここにいるのか、こんな寂しい場所にいるのか。
「助けて……欲しかったんだ」
不意に、そんなことを呟いていた。誰かがもしも聞いていたなら、分かってくれるだろうか。
「僕は、ただ、助けて欲しかったんだ……いい子でいるつもりだったけど、母さんと父さんはいつも忙しくて、僕は独りだった。でも、僕は耐えていたんだ。迷惑はかけたくないから。でも……本当は苦しくて、苦しくて、たまらなかった……。それを言えば、二人はどんな表情をするだろうって。僕は……」
そこで息が詰まる。涙が込み上げてきた。どうしてだろう。僕は……あぁ、そうか。僕は、泣いているんだ。泣いて……泣いて。ただそれだけで、心が安らぐ気がしたから。
些細なことなどではなかったんだ。僕はそう思うことにしていた。そう思うことで、楽になれたから。僕は普通なんだと、それが気休め程度には思えたから。
暗闇は僕を取り囲む。黒が周りを覆い、電灯の明かりがまばらに消えようとしていた。
冷たい砂場の感触が手に伝わらない。僕は一体どこにいるのかも分からなくなっていた。どうして僕は、こんなところで独り泣いているのか分からなかった。
「自分のことぐらい、自分でしなさい!」
「お前をそんな弱く育てた覚えはない! そんなもの、俺の息子なら見返してやれ!」
「どうして貴方はいっつもいっつも……!」
頭の中で反復する。言葉の刃物が刺さっていく。励ましているのか傷つけているのか分からない。僕は孤独に生きていくのだろうか。
どうしても、この瞬間、僕は"些細なことの発端"として、捉えることが出来なかった。無理だった。限界がいつの間にかきていたことを知った。
この場所に来て、考えて、やっと分かった自分に押し寄せるそれは、言葉として飛び出す。まるで、小さな子供のように。
「そんなの……嫌だ……! 嫌、だよぉ……! 嫌だよ……! 嫌だ、嫌だ嫌だ! そんなの、嫌だよぉっ!!」
感情が知らない間に込み上げてきた。ダメだと抑えこんできたそれが爆発した時、僕は――初めて声を荒げて、泣いていた。
暗い暗い、黒色の世界で、僕はひたすらに泣き、叫び、訴えて、初めて全てを拒絶した。電灯の光はもうない。暗闇が広がるその世界で、僕は泣き叫び、手を伸ばした。
そこにはふと、温かい何かが触れた気がした。暗い暗い、黒色の世界の奥に、一体何があるんだろう。
それを掴み、握り締めると、世界が反転したような気がした。
――――――――――
太陽の日差しが目に差し込んだ。朝が来たようだ。全て夢だったのだろうかと思い返せば思い返すほど不思議な気持ちになる。
僕はさっきまでどこにいたのだろうか、と。夢の話はすぐに忘れてしまう。もう既に忘れそうになっているぐらいだ。
ベッドの上から起き上がると、温かい感触が手にあった。それは、目に見えないものだけど、それは確かにそこにある。
心の中にある暗い世界は、僕の世界を覆っていた。黒色が染め上げられていた僕は、自分からそこに座り込んでいたんだと思う。
そうすることで、暗い闇から逃げようとしていた。何も僕は独りじゃなかった。独りだと思いこんでいた。
違う。決めるのは僕自身なんだ。自分の世界はどうにでも変えられる。
暗がりの向こうで握り締めた"それ"を、僕は大事に握り締めて、微笑んだ。
今日を頑張ろう。明日も頑張ろう。その先も頑張ろう。
手を伸ばしたその先には、何色の世界が見えるだろうか、と。
END
――――――――――
お久しぶりに投稿してみました……;
SSを書くのは久しぶりで、楽しく書けました……が、内容は相変わらず伝わりにくいようなものになってしまい、ダメだなぁと心を悩ませるばかりです……。
『黒』というテーマは非常に難しく、物語を作る段階以前にテーマに沿って作ることが難敵でした;
前々からも一応書いてたんですが……テーマの難敵に破れ、投稿しないままストックが4,5本ぐらいライブラリにあります(ぇ
今回は……こんなんですが、投稿させていただきたいと思ったので、投稿させていただきますっ。
以上、ありがとうございましたっ!
私も参加宜しいですか…? 以前から参加したいとは思ってたのですが(苦笑
『黒を願い、白が欲しいと』
僕が不登校になった理由などざらにある。勉強、環境、友達……話しだすとキリがない。だが、どの理由も僕自身が弱いから引き起こしたのである。誰の所為でもない。僕自身が悪いのだ。
学校が嫌いになってから、僕は唯一、言う事を聞いていた親にも、反抗するようになった。親はそれに憤りを感じ、暴力を振るってきた。悪いのは僕だ。僕は殴られてもなんとも思わなかった。それを見た親は、病院に連れて行こうと言い出した。精神科医でもいい、とにかく連れて行こうと。
僕はそれを拒んだ。僕はどこもおかしくないからだ。おかしいと思っている彼奴らがおかしいのだ。程なくして、僕は引きこもりになった。
親はそうなってから優しく扱ってきた。「私が悪かったわ。お願い、出てきてちょうだいよ」と。それに応える事はなかった。ベッドに横たわり、母の甲高い声をただ聞いていた。母と父が、喧嘩している。勿論、僕のことであろう。
僕がこうなったのを、あろうことか他人の所為にたくし上げようとしているのだろう。それに腹が立つ。これは僕の意思で有り、誰の所為でもない。
暇、だった。僕は何もしなかった。家にゲームや漫画、パソコンがないからだ。携帯はあるが、する事はない。メールが来るわけでも、ソーシャルゲームをするわけでもないからだ。ただ、時間が流れるのを待っていた。
僕の部屋のドアをノックする音がする。母のものだ。母は決まって同じ時間にごはんを持ってくる。僕がそこでドアを開けることなどないが。
「歩(アユム)……ご飯、置いとくからね。朝ご飯、食べなかったでしょ?」
母はそれだけを言い、二階から降りた。僕はその音を聞きとり、ドアを少し開ける。そして、ご飯やおかずが置いてあるお盆を取った。
不思議だった。何もしていなくとも、腹は減るから。まぁ、どこかでエネルギーは使われているのだろう。
ふと、僕は考えた。世界を色で表すとしたら、僕は何色なのだろうと。
答えは簡単。黒だ。黒以外何物でもない。黒に染まっている。
心の白いキャンパスは黒の絵の具で塗りたぐられてしまった。それを夜空と表して、綺麗な花火でも打ち上げる訳でも無く、ただ黒い。白など垣間見ない、黒。
僕が外へ出て、青い光を受け入れる心があれば、黒い空から青空へと変わるかもしれないが、そんな心は生憎持ち合わしていない。橙色の太陽は僕を照らさず、照らすことを許さない。その光を必要としないから。
感情を色で表すとしたら、楽しい・嬉しいが黄色、悲しいが青、好きが桃色、怒りが赤、喜ぶは橙だろうか。僕はそんな感情は枯渇、していた。
笑う事も、泣く事も、喜ぶ事も、悲しむ事も何もなかった。無だった。無は……黒だろうね。よく似合ってるよ。
無のキャンパスに楽しいという感情が降ってくれたらどれだけ良いだろうか。それだけで明るくなる。そしたら、いずれは黒もなくなるかもしれない。
黄色の光が降り注ぎ、キャンパスを埋めるんだ。さぞかし綺麗だろうね。ぼくはそんなキャンパスを見れるだろうか。今のままでは……
羨ましく思った。僕にないものを、光は持っているのだ。それを欲しい。黄色という光の中に白がある。それが羨ましい。黒い僕を白く、照らして欲しい。
僕は、僕は……まだやり直していいのではないか?
そうだ。僕はまだ、全部黒くはない。
僕は光を遮っていたカーテンを勢いよく開ける。そこには白い光があった。僕の黒いキャンパスを白く塗り替えているような気がした。
僕は服を着替え、ドアを開けた。僕はましてや、ガラでもない明るい色合いの服を着込んでいた。
下へ降りると、母が信じられない様な目で僕を見た。僕はガラでもなく笑った。
「母さん、ただいま」
ガラでもなく、僕は母を抱きしめた。母は泣いていた。
僕の心のキャンパスは今、白の絵の具で塗りたぐられ、そこに橙や黄色や桃色、青などの色が虹を作り上げていた。
end
意味不明だ……黒から色が変わるってしたかったのに…orz
楽しく書かせて頂きました! 有難うございました。
こんばんは。予告通り参加いたしますw
題名『Black Tears』 全2レスです。
――美しいものほど壊したくなる。
『Black Tears』
形あるものを壊したい。ここに存在するものを壊したい。何でも良いから壊したい。全てを壊したい。――破壊欲。
私は何でも壊したいわけではない。別に、全てを壊してみたいとも思わない。
ただ。ただ、美しい『もの』を壊したいだけよ。
ねぇ、ステンドグラスを割ったことはある?
光の差し込み具合によって、色がキラキラと輝くのを見ている。それだけじゃ完璧な美しさなんて訪れない。
窓に嵌め込まれたガラスを、金槌で思いっきり叩くの。沈みかけて、金色の光を放つ太陽に照らされる瞬間に。ガラスに金槌が触れたとき、うっとりするぐらい儚くて、失恋のように切ない煌きを放つと、一瞬でガラスは砕け散るわ。
砕け散ったガラスの真ん中に立つと、ガラスの断面にいろいろな輝きの色が見える。見る角度によって、異なった顔を見せてくれるの。壊される前よりずっと綺麗。枠に嵌め込まれて、ひとつの顔しか見せないよりもずっと素敵でしょ。
そんな昼間の残骸も良いけど、夜の闇に包まれたガラスはもっと綺麗なの。吸い込まれそうなくらい深い、漆黒の闇に煌く星と、闇に一筋の光を射す満月。暗闇の中でガラスは、昼間の、宝石のような輝きが嘘みたいに、光を奪い取られて暗く、重たい色に変わる。例えて言うなら、色が付いた石ころかしら。でも、月明かりに反射して時々、微かにキラッと暗い輝きを放つのも美しいわ。
昼と夜でまったく違う顔になるのよ。時が経てば、色褪せて朽ちてしまう『もの』に、美を感じない人なんて存在しないわけがないわ。
欲しいのは一瞬の美しさ。永遠なんてつまらないし、飽きるだけ。
ねぇ、ゾクゾクしない? 美しい『もの』が壊れた後の残骸って。美を極めた『もの』は破壊されたときに、宝石のように輝くの。ただの『もの』を壊しても、美しさなんて得られない。でも、かといって美しい『もの』を眺めているだけ? 身に着けて見せびらかすだけ? 美しさが失われないようにしまっておくだけ? で満足なんて出来ないわ。
永遠に美しさを保っている『もの』に愛着なんて、執着なんて、馬鹿馬鹿しい。一瞬で飽きるに決まっているじゃない。
破壊したときに得られる満足感。それは黒胡椒のように、ピリッとした刺激となって、美しい『もの』を完璧に、完全にするためのスパイスになる。
そして極上の調味料となるのは、『もの』が壊されたとき人々に走る、嘆き、悲しみ、絶望、怒り、衝撃……。人の感情ほど醜くて、これほどまでに美しさを際立たせるものを、私は知らないわ。
でもね、飽きちゃったの。
色んな『もの』を壊したわ。有名な絵画に、時価1億円もする宝石や、光り輝くアクセサリー。それだけじゃないの、建築物だって火を点けて燃やしたし、文化遺産と呼ばれてるものだって、滅茶苦茶にして修復できないぐらい壊してやった。
もちろん壊した時のことは覚えてる。
絵画は、油性のスプレーやカラーボールで絵を台無しにした後、キャンバスをバラバラにしてしまうの。科学が発達しているから、絵に落書きするだけだと壊せないのよ。そして、バラバラになったキャンバスの破片の中で、絵の描いてある部分が一番大きな破片を持って帰る。
宝石はすっごく簡単。固定して、ハンマーで思いっきり叩くだけ。砕けた宝石は、同じ色のガラスと混ぜて土に撒いてあげるの。ほら、自然に帰ったでしょう?
アクセサリーは絵画の破片と一緒に、建築物を燃やすときに、火に投げ入れる。赤やオレンジに姿を変える炎の中に、黒ずんでいく銀細工を見るのが堪らないわ。
ほら、絵画もアクセサリーも二度と元には戻らない。
他にもあるけれど、私は『もの』を壊すこと自体に飽きてしまったの。
何故なら、『もの』を壊したときに見られる美しさには限界があるから。
もっと美しい『もの』が見たい。もっともっともっと、もっと美しい『もの』が。でも、私を満足させられる『もの』は存在しない。
考えて、考えて、考えて分かったの。『もの』よりも、壊したときに美しい『もの』。でも、それは存在しない。だって、『もの』に飽きたから。
じゃあ、『もの』以外の『もの』を壊せばいい。――何がある?
『ひと』を壊せば、『人』を殺せばいい。
『Black Tears』
その後はすごく簡単だったわ。
まず、殺す『人』を決めたの。そこら辺にいるような、平凡で、醜い『人』じゃありえない。殺す気なんて最初からおきないし、第一、美しさの欠片も無いじゃない。
だから、モデルやタレント、俳優の『人』にしようって決めたの。特に女性は、顔が売りの『人』たちばかりだから、みんな美しいでしょう?
どうやって殺そうかしらって。
鋭利な刃物で心臓を一突き。悪くは無いけれど、一瞬で死んでしまうわ。もっと、苦しみぬいてから死んでもらいたかった。
決めたのはそれだけ。
別に、美しい『もの』を壊して、もっと美しい『もの』が見られるなら、自分が死のうが捕まろうがどうなったって構わないわ。だから、必要最低限の事しか決める必要が無かったの。
実行したわ、月がとても綺麗な満月の夜に。
いきなり拘束して、体のあちこちに傷をナイフでつけていくの。柔らかな肌と、なるべく平行になるようにナイフを動かして、スッと切る。細い、線のような傷口からは、黒い絵の具でなぞった様に黒が滲み出てゆく。何回も繰り返したわ。
彼女は苦痛と恐怖に顔を歪めて、泣き叫び続けるの。だんだん声が嗄れて、最後には呻き声しか出なくなっていったけれど。
一番最後に首を絞めた。痛みで、体の感覚は麻痺しているはずなのに、ジタバタと暴れていたわ。苦しみに美しい顔を歪めながら、新鮮な空気を求め、必死にもがいて縄を緩めようとするの。後ろから締め上げられているから、緩まるわけ無いのにね。
首を絞めて息が無くなった後は、ナイフで体中を滅多刺しにしてあげた。心臓は止まっているから衝撃を与えて、血液をどんどんあふれ出させる。周りに血が大量に飛び散った死体って、邪悪で、綺麗で、恐ろしくて、美しいと思わない?
そして、今。
私の目の前には完璧な死体が転がっている。真っ白な肌は、何箇所も切り裂かれて血の気が無くなった証拠。小さな切り傷には、真っ赤なはずの血液が固まりかけて、どす黒く変色を始めている。大きな傷はまだ、傷口がパックリと開いていて、中の筋肉や血管が所々に見えているわ。
首には斑模様の紐の痕。『人』の首を絞めるのって、意外と力が要るのね。紐が巻き付いていたところだけ、赤黒い痣が出来ている。その痣の周りには、必死で空気を求めて、生に執着して出来た引っかき傷があった。左右に4本ずつ、8本の細いすじ。強く引っかいたのね。爪の中にまで血がこびり付いているわ。
極めつけは、周りに飛び散った大量の血。冷たいコンクリートの上で真っ黒な血だまりが、街灯に照らされて妖しく光る。
死体の周りに、花吹雪のように飛び散った血液。血が抜けた白い肌と血で出来た真っ黒な水溜り。
なんて美しいの。美しいわ、美しすぎる、完璧よ! これ以上美しい『もの』があるかしら! ないわないわ無いわ。
あるはずが無かった。私が、たった今、この手で作り出してしまったから。
急に私を襲った空虚。今まで、美しい『もの』を壊して、さらに美しい『もの』を作り上げてきたわ。
もっと美しい『もの』を壊したい。壊して、もっと美しい『もの』を見たい。壊して壊して壊して壊して壊して1番美しい『もの』を見たい。満足感で満たされたい。うっとりする様なあの感覚をもっと味わいたい。もう一度味わいたい。
――欲望は止まらなかった。
『ひと』を壊して、1番美しい『もの』を作り上げてしまったら、私はこれから先、どうやってこの欲望を満たせばいいの? こんな綺麗で、儚くて、邪悪で、恐ろしくて、美しい『もの』なんて、二度と作れない。
絶望と悲しみがこみ上げてきて、何故か涙が溢れ出して止まらない。こらえきれない嗚咽が、月明かりと街灯に照らされる、深夜の倉庫に響き渡る。
この涙は、何色かしら? きっと――
『破壊欲、という名の欲望に染められた、黒色の涙だわ』
FIN
~あとがき~
今回始めて参加させていただきました。黒は一番好きな色なので、書いていて楽しかったです。
『黒』から『欲望』、特に『破壊欲』を連想して書いてみました。
台詞が一切ないので読みづらいとは思いますが、最後まで読んでくださった方には感謝しています。
書かせてくださり、ありがとうございました!
『小悪魔の悪戯』
グッモーニン! グッモーニン!
こんなに良いお天気。
足元だけ、開けたカーテンから良い感じのお日様の光。
ふと隣を見るけれど、キミはまだ夢の中。
そっと起きて、もう一度、開いてるところから空を見る。
とっても素敵な澄んだ空色。
うん、やっぱり今日はいい天気だ。
さて、どうしよう。
このまま寝てもいいけれど、たぶん、きっと寝れない。
だから起きて……ふふふ。
いいこと思いついちゃった♪
でも、天使の心が囁いた。
ホントにいいの?
でも、小悪魔な私の声が言う。
やっちゃう! だってキミはまだ寝てるのだから。
こんな素敵な日に寝ているキミが悪いんだよ?
キミを起こさないように、私は悪戯を開始する。
何をしよう?
このままいっぱいキスをしようか?
可愛いそのキミの鼻をこしょばすか?
ううん、それじゃ、ダメ。
にまっと笑って、私はそっとベッドを出た。
そして、手に取ったのは。
黒のペン。
グッモーニン、グッモーニン……。
ちょっとやりすぎちゃった。
キミを怒らせちゃったね。
あの黒のペンは水性じゃなくって、油性だった。
額に肉なんて、おちゃめなことをして……あんまり綺麗に取れなかった。
だからキミは、前髪を下ろして、仕事に出ていっちゃったね。
とっても反省したから、これからお詫びに、ケーキを買ってこよう。
キミの好きな、あのケーキを。
それと、今日という記念の日を祝うプレゼントも。
キミは忘れちゃったかもしれないけれど。
今日はホントは、キミと私が出会った記念の日なんだよ。
それにご馳走も用意しよう。
とびきり美味しいご馳走を、キミのために……。
………グッドイブニング、グッドイブニング。
もうすぐ、キミが帰ってくるね。
裸エプロンしたら、キミは驚くかな?
まあそんなことしたら、キミにまた怒られるから、普通にお迎えするよ。
ほら、いつもの足音が聞こえる。
もうすぐ、もうすぐ、鍵をあけて、私達の家に帰ってくるよ。
「おかえりなさいっ!!」
キミはきっと驚くよね?
私の素敵な、お祝いというなの悪戯に。
★あとがき★
というわけで、黒のクセに明るいSSを投下!
ちなみに「私」と「キミ」が男か女か、または同性かで、雰囲気がぐっと変わります(にやり)。
みなさんの好きなカップリングを浮かべて、もう一度、読んで楽しんでみてくださいませー☆
え? 私? さーて、どんなカップリングで書いたでしょう?
ふふふふふふ。
第八回SS大会 エントリー作品一覧
No1 メフィスト様作(都合によりHNを略称させてもらいます)【絵と光と盲目少女】 >>396
No2 あおい様作 「初恋の痕跡」 >>397
No3 葱様作 『過去の鎖』 >>398
No4 碧様作 【この素敵な世界は、何色?】 >>399-401
No5 遮犬様作 【暗がりの奥】 >>402
No6 冬ノ華 神ノ音様作 『黒を願い、白が欲しいと』 >>403
No7 黒雪様作 『Black Tears』 >>404-405
No8 秋原かざや様作 『小悪魔の悪戯』 >>406
以上、全八作品エントリーです!
風って・・・あの風?(おい森の・・・。)
ノリさん様へ
いえ、完全な人違いです(汗
申し訳ありません。
私は、メフィ様の【絵と光と盲目少女】と黒雪様の『Black Tears』に一票ずつ投じたいと思います。
*上げです! 皆さんも投票お願いします。
私は、
*遮犬様
*黒雪様
*冬ノ華 神ノ音様
に一票ずつお願いします。
それでは、上げます。
こんばんは!
メフィスト様【絵と光と盲目少女】に一票お願いします
うわあごめんなさい、書くと言っておいて書けませんでした!
投票だけさせて下さい……。
葱様 黒雪様 遮犬様
に、一票ずつ宜しくお願いします。
こんばんは。
毎回、愉しく読ませて頂いています。投票宜しいでしょうか?
メフィスト様と遮犬様の作品に一票ずつ、よろしくお願いします。
葱様と秋原かざや様に1票ずつお願いします。
この2つ、特に楽しんで読ませていただきました!!
こんばんは!
いつも読んでいるだけなんですけど…。
黒雪さんの『Black Tears』にお願いします。
前半はステンドグラスなど色鮮やかな世界だったのが、後半になるとモノクロの世界に変わるところが素晴らしいと思いました!
第八回SS大会「黒」結果発表
一位 黒雪様作『Black Tears』
二位 メフィスト様作【絵と光と盲目少女】 遮犬様作 【暗がりの奥】
三位 葱様作 『過去の鎖』
随分と結果発表が遅れてしまって申し訳ありません。
今回は同率票が乱立しなかったのは良かったですね。まぁ、エントリー作品も少ないですしね。
【僕と少女と過去と】
彼女は小さな旅人
10歳なのに旅をしている
僕は…彼女が好き
桃年 葡萄月 百合日
彼女は今日も楽しそうに他国の人と話した
綺麗な歌を歌った
でも
笑顔は少し暗かった
桃年 葡萄月 苺日
明るい朝日が僕らを照し
彼女を輝かせる
今日も彼女は楽しそうに過ごす
『僕と入れるだけで幸せ』
そんなことを言われたのは初めて
だからこそ彼女は___
「ねぇ、ねぇってば」
「あっ、何?」
横を向くと彼女の美しく輝く瞳が目に映る
「何書いてるの?」
「へ?うわぁあっ!なななな、何でもないよっ」
必死で机にある、早急までペンを走らせて字を書いていたノートを隠す
「・・・?見せてくれないの?」
「ご、ごめん、ね?」
「ううん、何かわからないけど頑張ってね」
彼女は微笑みながら言い帰っていった
彼女の後ろ姿を見るのは
辛い
彼女の背中には
<過去>
と言う重すぎる重荷が乗っている
辛いなら辛いと言ってよ
僕は君の為になら何でもする
だってぼくは君のパートナーだから
心から笑顔になれるようにしたいから
「本音を言ってよ…………」
一人ボソッと狭い部屋で呟く
僕は
小さな器の人間
そして
小さな旅人と
旅を続ける
「ぁ・・・続き書かないと」
再びペンを走らせる
狭い部屋の中に
ただひたすらペンで字を書く音が響く
ーーーーーーーー
駄作すみません!!!
桜様へ
申し訳ありませんが、第8回大会は終了していしまいました。
次、改めて宜しくお願いしますね!
第九回SS大会開始!
お題は「白」です!
小説のエントリーが少なかったら、今回で打ち切りにしようかなと検討中――……
個人的にもカキコに通い続けるのが、しんどくって……
「神童」
腹が痛い。
教室を抜け出して、校舎の端のトイレでいつもの馬鹿どもと身のない会話をするのにも耐え切れないほど。階段をふらふら上りつつ、なんでをくるくる回す。
現在は月の終わり頃であるから、本来であれば腹が痛くなるのは当然の現象であるのだが、おかしい。血は出るのだけれど、色がチョコレートみたいで美味しそうなのだ。
永遠に続いているような長い階段を登り終え、やっと辿り着いた灰色の重たい扉を体当たりで開く。
解放感も糞も無い、白っぽい曇り空だった。
倒れ込むように、扉がくっついている薄汚れた壁にもたれかかり、しゃがむ。校則を無視した短すぎるスカートが太もものそばでしわを寄せた。誰もいないところでサービスシーンをやっても、下着の見せ損だな。そう思ったとたん、急に吐き気が込み上げてきて、その場で吐瀉物をまき散らした。
口元をぬぐって顔を上げたとき。
「…………あ」
妊娠。かもしれない。
ああ、でも、ちゃんと避妊具はつけていた……筈だ。お金が甘ったるい匂いをふりまいてるホテルでおっさんとしたときだって、その辺の右手が忙しいようなガキと遊び回ったときだって。つけていなかったことなんてないのに。
妊娠したときの詳しい症状なんて知りもしないが、吐いたり腹が痛くなったり……というのは、いや、そんんなはずは。もう一度何かを吐き出そうと腹からぐぇっと声が出たが、胃の中は空っぽで、痰と唾が入り混じった透明で白っぽい液体が地面に滴った。
もしかして、最近太ったと思ったのは、やっぱり。
呼吸は乱れて、眩暈と吐き気と腹痛がひどくってもう、なんだか気持ち良い。ドラッグでもキメた気分だ。
回る世界を見上げていると、今度は腹に強烈な痛みが走った。呻き、喘ぎ、腹を押さえる。痛い。何かが必死に外に出ようとして腹の中を抉っている。歪んだ顔ゆえ、狭くなった視界からスカートを見ると。
血だまりだ。血だまりなのに。臭い、生きている人間の血のにおいが漂っているのに。
その血だまりは、白色をしていた。
その血だまりは腕を生やし、指の切り落としを浮かべていた。
冷や汗が噴き出して、化粧を溶かしていく。悲鳴も出ない。
なんだか視界が霞んでいる気がする。血のにおいが作り物の、吐き戻しそうな甘さに変わっていっている。私は、直感した。
死ぬのだ。
ぼやけた意識の中で、太ももに柔らかい、温かいものが触れた感覚がはっきりとあった。閉じかけた瞼をこじ開けて、血だまりをもう一度見る。
ああ。君は。
塗れた羽が生えた胎児と赤ん坊が混ざり合ったようなものが、指がいくつか欠けた小さな手を私の太ももに当てていた。
目を閉じる。
おかあさん。
そう、言ったよね。
―――――――――――――――――――――
すみませんでした。本当にすみませんでした。
乏しい知識で書きました。
一応ネットで調べてみたのですが間違ってると思います。
こんな発想しか出てこない自分です、呆れちゃいますね。
しかもあんまり白くないし……。
今回は投稿ができてよかったです。
(( 課題は自分でやりましょう ))
休み明けの気だるい月曜日。学校の門をくぐる足取りも重い。
私はいつも通り自教室に入り、鞄を自分の机にどさりと置く。
そして本日の時間割を確認し、提出しなければいけない課題を用意しておく。
・・・ん?課題?
眉をひそめた。確か週末課題として数学のプリントが配布されていたような。
曖昧な記憶に首をひねりつつ、ファイルからプリントを取り出す。
目に飛び込んだのは真っ白な色。
なんということだ、私は課題をやるのを忘れていたのだった。
頭の血の気が引いてゆくのが分かる。これははまずいことになった。
数学担当の女教師は、学校内でトップを争う程の”怒らせると面倒な先生”として名高い。
私は教室に友達が入ってくるのを視界に捉えると、すぐさま駆け寄った。
「あ、おはよー。」
「おはよう!!それより数学の課題やった?」
私の友達が感じよく挨拶するのを軽く受け流し、事態を急ぐ本題を持ち出す。
数学は一限目だが、今から写させてもらえば間に合うかもしれない。
「うん?数学の課題?」
「そう!私忘れてたから、見せて欲しいんだけど」
縋る思いで両手を顔の前で合わせた。
しかし、私の希望は次の友達の言葉で崩れ去る。
「課題なんてあったっけ」
それがあったんだよ!!心の内で叫ぶと、私はがっくりと首を垂れた。
時計を見上げれば、一限目開始まであと数分。
他の誰かに見せてもらったとして間に合わないのは確かだ。
「そうだ、優等生ちゃんがいる!」
友達はぱっと表情を明るくしてそう提案した。
優等生ちゃんとは私の友人のうちの一人で、その名の通り優等生なのだ。
彼女なら課題をきっちりやっているだろう。
「だけど、写すのに時間かかって間に合わないよ・・・」
「何のために学校にコピー機があるのさ」
!?
私は驚きの発言に感嘆符を頭上に二つ浮かべた。
まさか、優等生ちゃんの課題をコピーして提出しようというのか。
そんな極悪非道な行為、私には出来ない・・・そう抗議しようとするも
時計が目に入った。残りリミット僅か。私は善の心をたやすく投げ捨てた。
***
優等生ちゃんは性格も聖人のような人なので、下衆な私達に課題を貸してくれた。
学校唯一のコピー機置き場、図書室に駆け込む。
一限目まで、もう時間がない。急げ急げ。
「コピーする」のボタンを凄い勢いで2プッシュ。
ががが、と音を立てて数式が完璧に並ぶコピー用紙を吐き出す機械。
プリントアウト完了。優等生ちゃんに感謝すると共に、安堵の溜息を吐く私と友達。
これで何とか先生に怒られずに済みそうだ。
***
そして私たちは名前が「優等生ちゃん」のままの課題を提出してしまった。
そりゃコピーしたんだから、名前もそのままのはずだ。
詰めの甘さに私たちは涙を呑んだ。
結局、課題が倍になったのは言うまでもない。
初めまして、おもしろそうな企画だったので投稿させていただきました!
方向性が周りの方々と違う内容で申し訳ないです。白の要素が足りてない気が・・・
【答案用紙に色がついた時】
「あー、分からない……」
私は、答案用紙の右端に、小さな花マルを書いていく。
それに、目を書いて鼻を書いて……手足をかいたら、「花マル君」の出来上がり。
今回は、うまく描けた。
私は、いつもテストで分からない時は、花マル君を描く。そしたら、なにか分かるような気がしたから。
「ねぇ、なんか分かった?」
どこかからか、知らない声が響いた。
私は、見張りの隙をみて、周りを見回した。だが、声の主はいない。
クラスメートでも、見張りの声でも無かった。
「教えてあげようか」
なにを?
なにを教えてくれるというの?
言葉で話さないと相手も分からないと知りながら、声はでない。心の中で思うだけだった。
「答えだよ、答え」
え?
私は、驚いた。それも、二重で。
まず、一つ目。私と念力で喋れたから。私にそんな能力あったかなぁ。
次に、二つ目。私にカンニングを持ちかけたこと。カンニング……そんなこと、していいことなのかな。
この問題は、本当に分からない。授業では絶対に出ていなかった。
予習復習完璧で、学年首位の私。なのに、今日は半分しか解けていない。これでは、お母さんに…先生に怒られてしまう。
どうしよう、怖い。でも、誰もみていないのなら……聞いていないのなら……
「お願いするわ」
遊び本意で答えたつもりだった。こう言えば、相手はどう反応するかなーって。
「よし、じゃあいくね」
声の主は、さらさらと式と答えを述べていった。
そうか、こうしたらいいのか。途中で、どんどん分かって来た。
そして、声の主の言葉が止まった。
最後まで言い終わったのだ。
……ありがと。
私が脳で言った。
多分、相手に届いたはず。
私は、右端に書いたあの花マルを消そうとした。
だけど、消えなかった。シャーペンで書いたのに。
まるで、マジックで書いたみたいに消えない。
その花マルは、ニコッと笑っていた。私は、笑わせたはずないのに。
「はい、終われ」
その時、見張りの声が響いた。
終わっちゃった。
花マル、消えなかった……どうしよう。
大学生が、テストの端に花マルなんて。落書き厳禁なのに……どうしよう。
私は、カンニングしたせいで狂っていて、もう普通ではなくなっていた。
終わりだ……もう、終わりなんだね。
だから、カンニングなんかしちゃだめなんだ。この落書き一つだけど、ダメなんだね。もう、いーや。全部、バラそう。
私は、ピンクの蛍光ペンを取り出した。
そして、答案用紙に、
「ありがとう!」
と大きく書くと、この紙を思いっきり大きく投げた。
この紙は、白いけどピンク色。
「ふっ……じゃあな」
誰かの声がまた響き、外で鳥が羽ばたいたような音がした。
ああ、そうか。声の主は悪魔なんだ。
私の悪事をさらけ出そうとしたんだね。悪魔だけど、天使のように優しいんだね。貴方のおかげで、今の私は真っ白だよ。周りの重圧もない今、私の体はとても軽い。
私、地獄へ会いにいくね。
私は、窓に手をかけた。
「その時は、ありがとうって目の前で言わせてね」
【END】
上げさせて貰います。
奇想『日傘を差す女』
O.Claude Monetに寄せて――
絵画とは魔法だ。
光も風も、あるいは時間でさえも、一本の絵筆で真白いカンパスの中に閉じ込めてしまう。太古の昔から人間が描かずにはいられなかったものとは、きっと、そんな刹那に過ぎてしまう一瞬なのだろう。
だが私は、それが時に残酷なものだとも思うのだ。
何故なら。それはどこまでも虚構でありながら、見る者によっては真実に近すぎる。
そこには、失われてしまったはずのモノがいつまでも鮮明に残されてしまうのだから。
○○○
ふと、カリカリという音が止んだ。
何という事はない、私が鉛筆を削っていたナイフの動きを止めただけの事だ。あまりにも無心になって削っていたからか、芯の先は針のように尖っている。ここまでやってしまうと却って折れやすく、使いものにならない。これは詰る所、数時間前からこっち、ほんの少しも構想が浮かんでいない事から逃避した結果なのだった。
ひとつ、肺を絞るような溜息を吐いて。こんな時は、そうだ、早々と諦めてしまうのに限る。
「はぁ……そうだな。今日はこれまでにしよう」
曰く、思い立ったが吉日だ。急くようにイーゼルの前から離れ、パレットと絵筆を放り出して。うずうずとした衝動のままに薄暗いアトリエを飛び出し、黒鉛と油絵具に塗れた両手を洗い流したなら……さぁ、私は自由だ!パリで得た画家の名声も、普仏戦争の記憶が生々しいロンドンでの日々も、このフランス北西の街――アルジャントゥイユでは意味を持たない。此処ではサロンの顔色を窺わずに好きなものを描き、それにも倦み疲れたなら、こうして気ままに筆を擱くことが出来る。どうせ暫くすれば自然と絵筆を執ってしまうのだから、思い切って休んでしまえば良い。
そして私はこんな時、決まって我が家の小さな庭へと足を運ぶのだった。
――そう。光溢れる午後の庭は、きっと私の幸福そのものだ。
初夏の薫りを胸一杯に吸い込んで、服が汚れるのも構わず芝生の上に寝転ぶ。眩い太陽の微笑みに軽い眩暈がして。思わず右腕を翳して真白い光を遮った先には、息を呑むほど高いアルジャンの青空が広がっていた。
「ははっ……」
頬が緩むのはきっと、私が今、とても幸せだからだろう。
セーヌの流れで冷やされた風は涼しげに吹き渡り、遠い教会の鐘の音を届けてくれる。するとそれに合わせるように、妻と息子の戯れ唄が屋敷の中から聴こえてきた。妻であるカミーユの声は透き通った美しいソプラノで、五歳になる息子ジャンは勇ましくも微笑ましい腕白な声。彼女たちの不揃いな合唱は鐘の音が止んでも途切れず、次々と曲を変えて私の耳を楽しませてくれる。
V'là l'bon vent, v'là l'joli vent
(ごらん、良き風が吹いている。ほら、なんて素敵な風だろう)
そんな多幸感にほだされて、ついつい同じ唄を口ずさんでみたが……やぁ、我ながらなんと音痴であることか。やっぱり絵以外には才が無いらしいと再確認できたところで、私は苦笑したままで瞼を閉じた。
こうして光と風の祝福を受けながら、ゆったりと日が暮れていくのを待つ時間は、私にとってまさに至福の時だ。敬愛するニッポンの人々は悲しいときに笑うと聞くけれど、私はやはり幸せな時にこそ笑わなければと常々思う。そうだとも、フランス人が滅多に笑わないのは、希少な幸せの価値を知っているからなのだ。思えば妻も息子も、アルジャンに引っ越してからは笑顔が絶えず、唄声は弾んでいる。ならば、この美しい街こそが私たちを幸せにしてくれているのだろうと、そんな事を思ったりもした。
さて。心が満たされたなら、その隙を狙うように眠気がやってきた。
日が落ちるまでには時間があるし、此処で昼寝をしても風邪を引く心配はないだろう。御近所の目は気に成るが、この心地好さには到底抗えない。せめて日陰がある庭木の下まで行こうかとも思ったが、躰はもう既に動こうとはしなかった。
そんな葛藤は一瞬だけで。不意にくらり、と意識が芝生の中へ沈み込んでいくような感覚。妻たちの唄声が遠くなっていく気がして、私は浅く微睡むような眠りに落ちていった。
○○
絵画とは魔法だ。
神が私に与え給うた唯一の才だ。その上で私自らが選び取り研鑽したのは、数ある絵画のスタイルの中でも孤立した、それ即ち『印象』を扱うものだった。色彩を操り、光を描く。世界の写実から一歩進み、画家の見る主題を強調する。そうして描かれたものには、『私そのもの』が封じられているような感覚さえ覚えるのだ。
だからこそ私はかつて……きっと美しく、そして愛しいものだけを描こうと誓った。
ふと、直ぐ傍に、誰かの温もりと息遣いを感じた。
まだ日は高いのか、直視してしまった光が目の奥に赤々と残る。それでも、目覚めたばかりの胡乱な意識は直ぐには上手く回ってくれないようだった。
誰か、そこに居るのか。仰向けのままで辺りを見渡しても、庭に人影はない。屋敷の方から聴こえていた唄声も、今はとうに消えてしまっていた。
だが、不思議と愕きは無かった。その気配が傍にあることは、私にとってごく自然な事に思えたから。少しだけ働き始めた感覚が、頭の後ろに柔らかい温もりを認めて。くすくすと耳を擽る笑い声に誘われるように、私は視線を真上へと向けた。
そこには予想通り、いや望み通りの、一人の女性の貌があった。
「ふふ、おはよう、オスカル。良い夢は見られましたか?」
「あぁ……やっぱり君か、カミーユ」
――その微笑みを形容する言葉を、詩人ならぬ私は持っていなかった。白く霞むような逆光の中で、彼女の笑みだけが確かな形をもって私を見下ろしている。そこには安心感と愛おしさと、そして空よりも蒼い瞳に吸い込まれそうな怖さすらあった。その眼で見つめられたなら、途端に私は愛を語る言葉さえなくしてしまうのだ。だから、私は最愛の妻に甘い言葉を掛けたことなど無い。その時も、私がやっとのことで絞り出したのは……いつも通りに不愛想な亭主然とした、あるいは私の嫌いなパリの紳士風の陳腐な言葉でしかなかった。
「はい、わたしです。中々起きて下さらないから、どうしようかと思いましたよ」
「む、すまない……いつ頃から此処に?」
「ええと、ジャンがお昼寝してからですから、一時間前くらいこうしてます。ふふ、やっぱり貴方の息子ですね? 二人とも、幸せそうな寝顔がそっくりです」
「ぐ…………」
なんて事だ。私はどうも、膝枕をされても目を覚まさず、一時間も彼女に緩みきった寝顔を晒していたらしい。愕然とした私の顔を見て、彼女はコロコロと愉快げに笑った。
「あら、そんな御顔をしないで。可愛かったですよ、ジャンと同じくらい。そうそうオスカル、貴方が眠っている間にアリス……っと、こんな呼び方ではいけませんね。オシュデ夫人がおいでになられました。エルネスト・オシュデ氏の主催する展覧会のお知らせだったようですが」
「な……! マダム・アリスが? 来たのか、此処に?」
愕然、再び。
エルネストは私の無二の友人であり、新進の実業家であり、画業の支援をしてくれている所謂パトロンだ。その夫人である若きマダム・アリスとカミーユも、歳が近いこともあり仲が良く、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。
だが、だからといって、いい歳をした大人が庭で昼寝をしている図など見せていいはずがない。ましてや、妻に膝枕されているなど……どう考えても、エルネストに知られたなら暫くは画壇の笑いモノだ。少なくとも彼だけは、あの下品な声で腹を捩って笑うだろう。
そうなれば私としては、彼の豊かな(豊かな!なんと寛容な表現だろう)体型を主題として寸分の違わぬ肖像を描いて、パリのサロンに提出するくらいでしか報復にはなるまい。フランス人……もとい、パリ人とは自由と怠惰をこよなく愛するが、見苦しい肥満は許さない人種なのである。
閑話休題。
まだ見ぬ屈辱とその復讐に思いを馳せている私をよそに、カミーユは悪戯をする若い娘のような表情をして。
「あ、そうですね! 折角ですからアリスにも見てもらえば良かったのに、私ったら……」
「む、彼女には見られていないのか」
「ええ。貴方は出掛けてるということにして、ちょっとだけ二人でお茶をしました。新作を楽しみにしてると伝えてくれとのことでしたよ」
「はぁ……神よ」
知らず、ほぅと安堵の息が漏れる。
それが可笑しかったのか、今度は声を上げて笑い出した妻の顔を見上げながら……少しだけ、もしかしたら有ったかも知れない騒動の顛末を幻視した。私とエルネストは詰まらない喧嘩をして、飲んで忘れただろう。そして彼女たちは、こんな風に笑っていたかもしれない。それはそれで楽しかったのではと考えて、やはり幸せに呆けているんだなぁと自嘲した。あぁ、なんだか可笑しくて……ガラでもなく笑みが止まらなくなった。
「……? どうしました、オスカル?」
「ははっ、なんでもない。なんでもないんだ……それよりも、なぁ、カミーユ」
「はい?」
くい、と首をかしげるカミーユ。滅多にこうして笑わないものだから、今私が笑っている理由が解らないのだろう。その仕草がまた可笑しくて少し吹き出しそうになりながら、私は言葉を繋げた。
「君の……いや、今度は君と、ジャンの絵を描こう」
――それは私の、精一杯の愛の言葉に等しい。
今まで幾度となく彼女の絵を描いてきたが、それは最も身近なモデルだからという理由ではなく。言うまでもないし言いはしないが、彼女が私にとって最も美しく、愛しい主題だからだ。
もしや、その意図を知っているのだろうか。彼女は私がそう切り出す度に、珍しく照れたように淡いはにかみを見せるのだった。
「またですか? 私なんか、オスカルの絵には相応しくないって何度も……」
「そんなことはない!……ないさ、そんなことは」
右手を上に伸ばして、彼女の頬に添える。それはまるで太陽に手を差し伸べているような温かさで……その途端、あれだけ思いあぐねていた構図のアイデアは溢れんばかりに湧き上がってきた。
「あぁ、良い季節だ、そうは思わないか? こんな陽気なら、セーヌの河畔はきっと気持ちが好いだろうな。うん、そうしよう。いいかな、河岸の草地でジャンを自由に遊ばせて、それを眺める君を描こう。君は一等綺麗な余所行きを着て――ああ、なら、この光が映える白のドレスが良いな。君は色が白いから、日焼けをしないようにしないと……」
そうして、私はどうしてか酷く饒舌に語っていた。カミーユが珍しいものを見たように目を丸くしているのが判ってはいても、止まりそうにはなかった。その構図は見る前、描く前から目に浮かぶようで。慣れない言葉を駆使してでもその美しさを、彼女の輝くような価値を伝えたかったのだ。
「そうだ、君は日傘を差すと良い。それなら夏の光の中でも影を生かして、君を綺麗に描くことが出来る。ははっ、素晴らしい! きっと傑作になる、きっとだ、カミーユ!」
この絵には、私の全てが込められるだろう。
願わくは我が妻がそれを見たときに、私の想いが届きますように――
○○
目を覚ますと、私は一人だった。
あぁ、長い夢を見ていたのだ、と。
凍えるほどに冷たい風が眠気を覚まし、その奇妙に冴えた頭で、私はあっさりと現実を受け入れた。酷い夢だったのか、懐かしい夢というべきか。それとも幸せな、良い夢だったと、そう思える日が来るだろうか。
「なぁ……居ないのか」
横たわる地面の冷たさが、季節が秋の終わりであることを思い出させてくれる。木立の葉が落ち、金木犀の薫りが漂う庭は意味もなく寂しげで。それは季節のせいにしておく方が良いのだと、私はそう自分を納得させることにした。
日は落ちかけて、空の端は深い群青に沈んでいる。この光が死んでいく時間は美的ではあるけれど、私は好きではなかった。だからこそ、かつては必ず妻がこうなる前に起こしてくれたのだった。だが、その優しさは既に無い。無いのだ。
軋むドアを押して、暗いアトリエに入る。
イーゼルに掛けられたカンパスは白く、穴のように夜に浮かんでいる。絵筆は乾き、生けられた花は見る影もなく干からびていた。それは一年前、彼女が生けた向日葵の花。夏を思わせる鮮やかな黄が、脳裏にはしっかりと残っている。
「あぁ……」
そして、アトリエの奥に掛けられた一枚の絵を目にした途端、私の全身から力が抜けてしまった。日傘を差す女性と、その息子の絵。美しい絵であり、幸せな絵だ。それは『オスカル』という画家が描いた、その生涯の最高傑作だろう。私には絵の中からこちらを見つめる女性と、それを描いた男の心情が手に取るように分かった。
そこには初夏の光が満ちていて、日傘のもたらすもの以外に影などない。なのにどうして……こんなに、儚げな風が吹いているのか。なぜ、ふと目を離せば光の下から居なくなってしまうような危うさを孕んでいるのか。描かれた当時、その絵は幸福そのものでしかなかったはず。だが、もしも時とともに絵の意味も変わるとするならば、その魔的な芸術は到底私の手に負えるものではないと思った。
「オスカル、さん?」
「……!」
不意に背中へと掛けられた呼びかけに、私は背筋の凍る思いをした。
振り返ってみれば、アトリエの入り口に立っていたのは……今や見慣れてしまった女性の姿。かつての友が破産し蒸発して以来、彼女はこの家で暮らしていた。
「ごめんなさい、急に声を掛けて。でも、何だか御気分が優れないように見えましたので」
落ち着いた声。それは私の良く知っている声とは違うけれど、『オスカル』という響きは胸に突き刺さるような感覚がして。私は心配して歩み寄ってくるアリスを目で制して、軽く首を振った。
「いや、大丈夫だ。アリス、大丈夫だよ。ただ、いつも言っているだろう、その……」
「……ごめんなさい、クロードさん」
「ありがとう。さぁ、そろそろ夕飯だろう? 後で行くから、子供たちを頼むよ」
はい、と返事をして素直にアトリエを出ていくアリス。その背中が、私を非難しているように思えた。許してほしいとは思わない。謝ることもしまい。だが、あの名前は否応なしに『彼女』を思い出させる。だから、私はそれを封印することに決めたのだ。オスカルという名前と、彼がかつて誓った絵画のポリシーを。
「そう、決めたんだよ、アリス」
哀れな女だと思った。美しい人でもあった。亡き妻を重ねることなく、彼女を愛することは出来るだろう。そうする事をカミーユは望むだろうし、その道でしか、再び幸せを得ることは出来ないと判っていた。だからこそ、カミーユの面影は絵の中にしかあってはならなかったのだ。
窓の外に白い月が昇っていた。
しばし、その美しさに息を呑む。世界がこんなにも美しいのは、私たち人間が見ているからではないのだろう。悲しくても嬉しくても、幸せでもそうでなくても世界は輝いているのだから。
それが判った今、画家である私が描くべきものは一つだけ。
かつて愛しいものを描いた結果が、この胸を掻き毟らねば治まらない痛みならば。この永遠に残る愛の面影ならば。私はそれを繰り返すべきではないと思う。それは、思い出と共に移ろい老いていく自らの心に留めるからこそ、きっと美しく在るのだ、と。
芳しい夕餉の薫りが空腹を誘い、にぎやかなアリスの連れ子たちとジャンの声が私の心を慰めた。さぁ、私も食卓へ行こう。そして其処に幸せの欠片があるなら、私は笑っていなければならない――
最後に。
『光の画家』の名に恥じぬよう、クロード・モネとして誓う。
この先、決して長くはない生涯において。私が描くのは、この限りなく美しい世界の風景だけであると。
(了)
○あとがき、解説
こんばんは。
ぎりぎりになってしまいましたが、拙筆の作を投稿させて頂きました。一枚の絵をモチーフにした実験作で、モネを主人公に据えた物語はすべてフィクションです。参照の先はクロード・モネの「散歩、日傘を差す女性」が載っています。
クロード・モネはフランス印象派の画家であり、「光の画家」と生前から高く評価された人物です。ファーストネームのオスカルと呼ばれることを嫌い、ほとんど使わなかったことが知られています。妻のカミーユ夫人は「日傘」が描かれた4年後に病死。故に、この作品に漂う不思議な雰囲気を文章化できないかということで、これを書いてみた次第です。なにが「白」であるかは、筆者からは特定しないものとします(苦笑
では、これが少しでも読んでくれた方の心に残りますように。
参照すげえーーーー!!
( 純白のワンピースの少女 )
僕はその夏を母方の実家の田舎へ過ごすことになった。理由はよくある話だ。両親が離婚間近。原因は父親の浮気で。くだらなさすぎて反吐(へど)が出る。人間。愛しても愛されても、本当は誰一人独占なんかできやしないのだ。それに気付かない母や母にうんざりして浮気したけど隠すことができなかった父も皆、くだらない。噂に敏感ですぐ広まる田舎町もくだらない。この世全てくだらないと僕は思ってる。名前だって深山直(みやま なお)って。素直になるように、と名づけられたが自分で言うのは気が引けるけど、ひねくれた性格だし。
唯一の救いは海辺にあることだ。僕は昔から海だけは好きだった。そして海を愛しているといっても過言でない。人間は嫌いだけど海は別だった。海はクールで落ち着いていて愚かな人間を殺してくれるし恵んでもくれるから。白い砂浜、群青色の澄んだ海。砂浜で靴に砂が入るけど気にならなかった。青く澄んで遠くまで見渡せないくらい広い海。僕はじっ……と佇む。
「良い気持ち」
海風も潮の香りが素敵だ。暑いのにさわやかな空、海、風、純白の砂浜。
「ここに住むのも悪くないな」
噂話や人々の密接な関係には閉口するけど。まあ、海さえあれば耐えれるか。都会も田舎も皆、くだらないし。――ただ、優しく朗らかな祖父母は僕でも好きだ。両親と大違い。ってか、母さんがあの祖父母に生まれた自体、奇跡的かも。母さんは田舎が大嫌いで方言は京都や大阪以外、忌み嫌っている。
絶対にあの祖父母を上京させまいとしてあれこれと気を揉む姿は醜かった。田舎は僕も大嫌いだが、祖父母だけは別、海の次に大好きだ。父方の祖父母はさっさと死ねって感じなのに。何だこの雲泥の差は。
くだらないことで気を揉むのはやめよ。とにかく海を楽しむんだ。僕はふと、横を振り返った。遥か彼方に微笑んでるらしき純白のワンピースを着た少女が。同い年そうで田舎にはありえないくらい垢抜けた美女って感じ。……ていうか、今時純白のワンピースかよ。……でも、あの子ならありだ。
―――僕と同じく田舎へ遊びに来てるの?
―――いいえ。ここが私のふるさとよ。
彼女は都会の雌豚共(めすぶたども)が喋る、幼稚で馬鹿っぽい言葉遣いじゃなかった。そこが僕の心に何かを訴えた。そう、何かを。
―――僕は直。
―――よろしくね。……ごめんなさい、また後でね。
と言って彼女の姿がだんだん見えなくなっていった。でも、どうして彼女は、もっと近くに寄らないのか。疑問はあったけど物騒な時代だから仕方ないか、と僕は少し落胆した。他人を簡単に信じない僕があの子をあっさりと信じかけてることに気付いて。
「馬鹿馬鹿しい……。」
なんとなく胸が痛んだ。
おじいちゃんとおばあちゃんの家は純日本家屋だ。もともと僕は洋風より和風が大好きだから、両親が離婚しても母親についていく気でいる。父親はどーでも良いって感じ。高校卒業後、ここに移住しよ。ヒステリックで傲慢な卑しい雌豚――母さんは嫌がるだろうが、僕の人生だから文句は言わせない。地域の過疎化にも貢献するし。母さんみたいのが日本をだめにするんだ、と恥ずかしくなった。ちなみに今、縁側で西瓜(すいか)を食べてる。スーパーより美味すぎる。
おじいちゃんとおばあちゃん二人は近所で死んだ僕と同い年の女の子の話をしていて、海辺のあの子を思い出した。……あの子はもしかして死んだ子も海が好きで弔いに来てたのだろうか。だとしたら今時珍しい子だ。僕は昔気質(むかしかたぎ)の人間だから、こうみえても。
「おばあちゃん、僕、海に行くね」
「……えっ、ああ……そうかい……海へは泳がないでおくれ」
「どうして? ああ、……海水パンツ、忘れたからか……」
おばあちゃん達は口ごもったままだった。仕方ない。忘れた僕が悪いんだしね。家を出て海に通じる小道を歩く。舗装されておらず、逆に癒されるなあ。ふと、近所で死んだ女の子がどうして死んだのか気になった。どうせ赤の他人で自分とは縁のゆかりもないんだ。気にすることないか。――しかし、何でおばあちゃんたちは海に行くことを喜ばなかったんだろ。
―――こんにちわ。
海が見えたころ、すれ違いざまに優しげでおおらかな漁業を営む田舎者の姿した近所のおばあさんが挨拶した。僕も一応挨拶する。田舎は案外フレンドリーだから、悪い面も歩けど嫌いになりきれてない僕。案の定、おばあさんは世間話を始めた。
「海へ行ってもいいけど泳がんほうがいい」
「……どうして、ですか?」
「……ああ。直くんは知らなかったねぇ」
近所で亜里沙という女の子が海で溺れ死んだそうだ。それは事故で仕方ない。海はそういう面もあるんだ。大して怖くなかった。――おばあさんは言うに、この地方では海の溺死者が出た場合、弔いのために泳がない決まりなんだと。泳いでしまうと溺死者が侮辱したと怒り狂うと。天罰が下ると。本当はあんまり海へ行かないほうが安らかに旅立つんだと。僕は迷信が嫌いじゃないので。
「泳ぎませんよ、水着ありませんし」
「そうかい、そうかい。気をつけるんだよ」
そう言っておばあさんはどこかへ行った。それでも、僕は海が好きだったので白い砂浜の待つ海に着いた。……と、またあの純白のワンピースの少女がいた。あの子も迷信を知ってるはずなのに。しかも、また遠くにいるし。そんなに僕が信用できないのか?
―――ねえ、何してるの?
―――海を見ているのよ。
―――奇遇だ。僕は海が大好きだ。
―――素敵ね。あたしもよ。
―――へえ、そうなんだ。……そういえば、名前は?
彼女めがけて大声で質した。いったん黙ったあと、少女はやはり微笑んで。
―――亜里沙よ
立っているのが、やっとだった。
解説&挨拶。
初参加かつ割り込みみたいな形ですみません。澪(みお)と申します。
皆さん、よろしくお願いしますね。
ちなみに主人公はどうなったかは、皆さんのご想像にお任せしますね(殴
ぐだぐだでオチがバッレバレの稚拙な作ですが、もしよろしければ暇潰しに、と。
『白い残像』
目が覚めると、そこは僕の知らない風景だった。
白い霧が目の前を覆っており、よく目を凝らしたところで何物も見えない。ただ、そこには不思議な雰囲気と、どこか体が宇宙の彼方に浮かんでいるような感覚、あるいは錯覚に陥っていた。
まもなくして、体が無意識の内に動いていることを知る。とはいっても、過剰な動きはせずにゆっくりと手が白い霧の中を掻き分けていた。両手で、その先は何も見えないというのに、無意識の内に手を動かしているように。体験したことこそないが、まるで自らが幽体離脱したかのように、別次元を浮遊しているような気分なのだ。
どこにいるのだろう、と考えてみれば、思い当たることがある。この感覚は、前にもどこかで味わったような、そんな気がした。それはいつの頃だったかといえば、よく思い出せない。
と、そこでこれは夢なのだと分かった。現実では有り得ない、とそういう風に頭が"断定した"からだ。
しかし、おかしなものだと思った。
いつもの夢ならば、僕は夢の中で考えることが出来ない。ついでにいうと、夢の内容を忘れてしまう。どこかで体験したような出来事を、夢は勝手に写してくれるだけで、覚えているも何も脳にインプットされているものを映し出しているに過ぎないのだから、元々記憶のどこかに欠片があるのだ。
だが、今回は違う。夢の中で考え事が出来ている。この状況が、どことなく理解出来ているのだ。そう、先ほどこれは夢だと断定できたように。
そんな出来事は、初めてのことだった。今まで15年間ほども生きてきたというのに、今まで一度も味わったことのない不思議な体験がまさに今起きているのだ。
もしかして、これが現実だとすれば、一体自分は何をしているのだろうか。そして、この白い霧は一体何なのだと考えた。
もうすぐ高校生になる自分。しかし、白い霧の中に囲まれた自分が今ここにいる。そして、手でそれを必死に掻き分けていた。
そんな中で、思い返したのはある出来事。
目の前には優しそうな笑みを浮かべる女性がいる。僕を見つめて、手を差し伸ばし、僕はそれを握り締める。そして、歩き出すのだ。
まるで夢のような、そんな感覚を僕は覚えていた。確かに記憶の片隅として存在しているのだ。しかし、白い霧は未だに眼前に広がっている。
そうだ、そうだった。僕は、幼い頃に母親がいたのだと今更思い返す。優しそうな笑みを浮かべて、そっと僕に笑いかけるその女性は、僕の母親だったのだ。
けれど、あぁ、そうか。父さんもいたんだった。母さんは、そこにはいたのか、いないのか。そんなことは忘れてしまったけど、どうしてか覚えているのは母さんの残像だけ。白い霧は眼前で大きく広がりを見せている。何度もそれを掻き分ける、掻き分ける――が、何も変わらない。霧は更に広がりを見せていく。
「これは、何だ」
白い残像が眼に映る。それは何の光景か、白い霧の中に薄っすらと見えた妊婦の姿。あぁ、あれは僕の母親なのだろうか。そして、あの腹の中にいるのは僕なのだろうか。違うような気がしてきた。あれは、僕の母親であって僕ではない。
不思議と見つめる僕は、誰に何を気兼ねすることもなく、その妊婦の方へと歩み寄る。だんだんと感覚が近づいてくる気がした。足で地面を踏むにも力が入る。僕は、ゆっくりとその残像へと近づいていた。
そこに映るのは、僕の父親。嬉しそうな笑顔を浮かべて、妊婦の腹を擦っている。それは僕なのか、否か。分からないが、ただそれは僕の父さんなのではないかという確信のない不安が過ぎていく。どれだけ速く歩いても、そこには辿り着けない。その不安が加速していく。
何だ、この違和感は。気付いた時には、僕はその白い残像の正体がどことなく分かっているような気がした。ただ一つ、この残像が見せてくれたものは、僕の母親は、僕の父親は――――
あぁ、父さん。嬉しそうな笑顔を浮かべて、"その女"の腹を擦っているけれど、それは本当に"僕"なのかい?
白い霧が消えていく。延々と続いた白昼夢がようやく終わりを迎えた。
父親はいない。僕にとって、親は母親だけだったんだよ。父さん、僕は、捨てられたのかい?
「どうなんだよ、父さん」
墓石を前にして、手を合わせた僕はそう呟く。父さんの記憶はまるでない。ただ、事実として僕の父さんだったということの話。ただそれだけのことで、それ以上でも以下でもなかった。
覚えのない、妄想の記憶。奥底にあるはずだと思わなければ、どうにもならないものがある。母さんは今頃、向こうで元気にしているだろうか。
今度こそ、母さんと元気に仲良くやっているだろうか。
「良かったね、母さん。大丈夫だよ、ちゃんと復讐を果たしたら、今度こそ、次こそは――家族みんなで暮らそう」
ここに父親はいない。いるのは、死んでしまった僕の母親と、生まれるはずだった大切な命。それは、一番身近な男に奪われた命だった。
僕は既に、何者でもない。ただ、目の前を過ぎる白い残像を生気のない瞳で後を追う。
血のついたナイフが、僕の懐から姿を見せていた。
【END】
~あとがき~
前回に引き続いて、今回も参加させていただきましたっ。
テスト勉強合間にやっちまった……。ごめんなさい、無性に何か書きたくなる時ってあるんですよね……。やっちゃいけないって分かっていても書きたくなっちゃうっていう……。
白、あんまり関係ないやんって思いますよね、ぶっちゃけ書き終わった後勢いでこんなことになって後悔してます、すみません……。
何となく、白い残像の正体が分かったかなぁ……と思いますが、人それぞれによってまた残像の正体は異なるような気がしないでもないです;
とにかく、主人公どうしてこうなった、みたいなのが書きたかったので……反省してます、すみませんっ。
長文、失礼いたしましたっ。
~~失って気付く事~~
どれだけ膨大な知識を詰め込もうが、俺には全く意味がない。
どれだけ素晴らしい恋愛を摘もうが、俺には一切響かない。
俺には記憶が無い、感情が無い。あるのは記録だけ。
目の前で起きたことをただ日記のようにし、頭の中に刻み込むだけ。
刻んだ事は忘れないが、その記録を頼りに人とコミュニケーションをとっても、
こんなの対話を可能にしたロボットと変わりはしない。
俺の頭はあの日から今日までの全てのシーンが刻み込まれてる。
それでも俺の頭は空っぽ。どれだけ脳に景色を刻み込もうが俺の心は微動だにしない。
俺の頭も・・・・・・心も・・・・・・・身体もすべて・・・・・・・
真っ白だ
――――――――――――――――――――
超記憶症候群。医者やどこかの研究員のやつらを俺の『これ』をそう呼んでいた。
日常のありとあらゆる出来事を1秒も漏らさず記憶してしまう症状。
似たのでサヴァン症候群もあるが、これは有る一つの分野で発揮する限定的な症状。
これにかかると脳内が記憶でひしめき合い、結果俺は同時に感情鈍麻にもかかった。
だが俺はそんなことしったこっちゃない。感情が無いんだ。
辞書で読んだツライとかカナシイなんて感情は一切湧いてこない。
これはいわゆるラクと言うやつか、それともムナシイと言うやつか。人間の感情というのは難しいな。
そんな俺でも今少し世間一般的に言うコマッテルことがある。
おそらくこの状況はそれに当てはまると思う。それは・・・・・・・・
「おい!涼真。何時まで呆っとしてんだよ!早く学校に行くぞ」
俺の名を呼び、凄い勢いで腕をつかみ引きずる様にして俺を運ぶこの女の名前は・・・・・確か・・・・・
「ああ、そうだ。美雪・・・・・という名前だったな」
「いい加減幼馴染の名前ぐらい覚えろ!」
「莫大な名称から、お前の顔と一致した名を探し当てるのはクロウするんだぞ?」
「一生そうやって名前当てゲームでもしてろ」
美雪は口角を上げ、そう言葉を返してくる。
俺がこの症状になってからというもの、今まで俺と関わってきた奴等の対応は明らかに違うものになった。
だがこの幼馴染、美雪は、今までも変わらずに俺に話しかけてくる。そしてこれも
「どうでもいいが、人の腕を直ぐ引っ張る癖直せ」
俺は美雪の腕を振り払い先に歩き始める。それに合わせ美雪を速度を合わせて顔を覗き込んできた。
「照れてるのか?可愛いやつだのぉ~~~」
―ボカッ!―
「いっ~~~~た~~~~!!か弱い女の子をグーで殴る!?」
「ウルサイ。以前の俺ならそう言ってお前を殴ってたと思ってな。同じ事してみただけだ」
「以前も今も同じ俺でしょーーーー!!って待てーーーーー!!」
美雪の腕を引っ張る癖。これは俺が幼少のころからずっと変わらない。
こうなるまではもうなんとも思って無かったが、何も感じなくなった今になって
この癖が俺の中で妙な感覚となって襲ってくるようになった。
この感覚が一体なんなのかよく分からない。ウレシイのかハズカシイのかイヤなのか。
何も感じない俺が唯一感じる美雪の癖。これが一体何なのか分かれば、感情も蘇る日が来るのかもしれないが、
掴まれると無性に引き剥がしたくなるから、もしかしたら知るのがコワイのかもしれないな。
―キキィーーーー!!ズカンッ!!!―
感情が蘇っても前と同じ生活を続けることなんて出来ないだろう。
周りからの視線が耐えられなくなる日が必ずくる。
前の俺はそういうことには特に敏感に感じていたような気がしたんだ。
―ワイワイガヤガヤ!―
もしかしたら俺は今心の奥で、この状態でいることに喜んでいるのかもしれない。
だからそれを思い出させるかもしれない可能性を持つ、美雪の癖は俺のコマリの対象なんだ。
「・・・・・ぁんた」
だからと言って美雪自身がコマルというわけではないと思う。
美雪と話しているだけではあの妙な感覚は襲ってこないのだから。
どうにかして美雪にあの癖だけは直させるようにしなければ。さて、どうすればいいものか・・・・・・
「おいあんた○○高校の生徒だろ!?」
「ん?そうだが」
良い策はないかと考えていると、急に後ろから男性に話しかけられた。
さて、この男性は今まで会ったことのない男性だな。
それに服装から高校は分かるとして、どうしてその名で俺を呼び止めたんだ?
「あんたと同じ制服の生徒が今車に轢かれたぞ!!気付かなかったのか!?」
ああ、先ほどの大きな音はその音だったのか。
そんで男の背後に出来ている人だかりはその野次馬か。ふ~~~~。
「興味ない。俺が残る意味が分からないからな」
俺はとっとと学校に行かなくてはならないんだ。何時までも立ち止まってると
美雪はまた怒鳴られて腕を引かれる。出来ることならそれはコワイからな。
ん?そういや美雪はどこいった?さっきまで俺の後ろを歩いていたと思ったんだが・・・・・・。
そんな事を考えてると、男性が俺の心を読んだのかその答えを返してくれた。
それもとても分かりやすく。
「分からないって・・・・・・あんたさっきまであの子と話してたじゃないか。
一緒に通学してたんじゃないのか!!?」
「!!?」
俺は急いでその野次馬を掻きわけて群衆が見つめる者が目に飛び込んできた。
顔を赤くさせ、足元をふらつかせ、呂律の回らない口調で怒鳴り散らす、明らかな酔っ払いのじじぃ。
その傍で横たわる血塗れの美雪。
「・・・・・・・・・」
ああ、やっぱりな。
こんな光景を見ても俺の心は何も動かない。
―――――――――――――――――――
あれから幾日もたった。
美雪の葬式はあったが、それ以外はなんら変わらない日常。
俺は普段通りの生活に戻る・・・・・・はずだった。
「・・・・・・・・・」
何だ?この胸の絞めつけけられる感覚は。
何だ?この頬を伝う涙は。
そうか。もしかしたらこれが悲しいというやつなのか。
あいつが死んで悲しくて、腕を引っ張るあいつを見る事が出来なくて虚しくて。
あいつと一緒に学校に行く事が出来なくなるのが寂しいんだ
あいつの屈託ない笑顔がもう見れないと思うと辛いんだ。
これが感情だ。これが俺が失っていたものだったんだ。けど、やっぱ思った通りだ。
感情なんて無いままの方が良かったんだ。こんな思いをするぐらいなら無いままの方が良かった。
――――――――――――――――――――
今はもうどんな些細なことでも敏感に反応する。
友達の一緒に笑いあう事も、どんなベタベタ恋愛を摘んでも心を躍らせる事が出来る。
ロボットのような対応ではなく一人の人として、人々と接していくこと出来る。
それでも俺の心は空っぽで・・・・・・・俺の身体は何かを欲して・・・・・
俺の頭は前から変わらず・・・・・・真っ白なままなんだ。
~~あとがき~~
久しぶりの投稿になりました。
最近はリアルが忙しくて、自分の作品で手一杯って感じで全くこっちに来る事が出来ませんでした。
今回は今までほとんどやったことない主人公目線でのナレーションだったので、
若干微妙な言い回しとかになってしまったかもしれせん。
それでも、読んで下されば光栄です。
短すぎる短編。
【彼女のシロい、】
近所に巷で有名な子供がいる。
彼女はいつも何かしら動物を飼っていて、毎日同じ道を散歩していた。
それは犬、猫、兎、亀、鳥……など、何でも散歩させるが好きな女の子。
今日は、一体どんな動物を連れてここへやってくるのだろう。
私は内心期待しながら、公園のベンチに座っていた。
そうして朝方の綺麗な太陽が、昇ってきた頃。
彼女はゆっくりと歩きながら、公園に入ってきた。
(……?)
彼女が連れていたのは、蝶だった。
黒くて小さな蝶の胴に、細い糸が巻きついている。
今にも逃げ出しそうなそれは、ぱたぱたと力なく羽を動かしていた。
私は思わず驚いて、立ち上がった。
「ねぇ……いつも変わった散歩、してるんだね」
「……」
「それ、か……可愛いね」
何を言っても、彼女は反応しそうにない。
仕方がない。私は少しだけ息を吐いた。
「その子……名前なんて言うの?」
少女はやっと、上を見上げる。
彼女は、口を開いた。
「……シロ」
そう、言葉を紡ぐ。
シロ、というのが蝶の名前だと言う。
全体的に真っ黒で、小さく黄色の斑点のある蝶。
それなのに、何故“シロ”と名づけたのだろう?
「シロ……? クロじゃ、なくて?」
「……シロ」
「……どうして?」
この子が他の子供と異なる事くらい分かっていた。
だってそう、無邪気に遊ぶ姿も見た事ない。
ただ動物を連れて歩く姿しか、彼女の印象がない。
根本的に、彼女は子供とは外れている。
彼女は、揺れ動く蝶を見つめて。
「まっしろ、だから」
そう言った。
黒い蝶が、また揺れる。
糸に繋がれたそれが、羽を一生懸命動かして。
「え……?」
「……」
「……」
彼女は歩き出した。
たまに何かにつまずいて、それでもまた。
毎日毎日、同じ道を歩いて。
私はぽかんとしたままそこを動けなかったが、
朝の冷たい風が頬に当たって、ようやくベンチに腰をかけた。
向こうで、黒い蝶に繋いだ糸を掴んで歩く少女の姿が見える。
「ああ……そういう事か」
私は少しだけ息を吐く。
そして彼女に繋がれた黒い蝶の姿を思い出した。
そう、確かにあれは――――――――――真っ白だった。
後に、町の人から聞いた。
彼女の飼う動物には全て、シロと名づけられていた事を。
【あとがき】
短編っていうか短すぎる。
久しぶりに参加させて貰いました、瑚雲です。
皆さんは、意味をお分かり頂けたでしょうか?
でも少し分かり辛かったかもしれませんね……もっと勉強したいです。
今回はきちんと投票するつもりです!
皆さん素敵すぎてなかなか甲乙つけられないのですが……;;←
どうも、書き述べるです。
この大会に投稿するの、何ヶ月ぶりか。。。。いや一年以上経ってしまってたでしょうか。
本編の続きが全然思い浮かばず、漫然と雑談スレ見てたら、俄かにここに投稿したくなってしまい。。。。
テーマが抽象的だったので、頭の固いわたくしめは、直球勝負で書いてみました(笑)
~ベンチウォーマー~
等間隔に24列の直線状の塹壕が掘られた空間で、右端の塹壕を割り当てられた彼が薄暗い地下から天を仰いだ。狭い塹壕から覗く細長い空は赤茶けていて、数条の濃い茶色の筋雲がその空を横切っていた。
空はどんなに時間がたっても、その姿を変えることはない。だから、空高く掲げられた巨大な時計を見ないかぎり、時の流れを知るすべはなかった。
時間は午後7時50分。そろそろ塹壕に、弧を描いて天より堕ちてくる迫撃砲の防御のための蓋がかぶせられるころだった。
右端の彼が深くため息をついた。
出撃を待ちわびている右端の彼は、再び連続待機日数の記録を更新していた。
戦場は血を血で洗う修羅場と化し、みだりに塹壕から頭を出してはいけないとの指示が出ていた。だが、耳を弄す爆音や人の名前を叫ぶ怒号が飛び交う中、左隣やそのまた隣の友軍が威勢のいい叫び声をあげて飛び出していくの耳にするたびに、右端の彼の焦燥は募っていった。
出撃するたびに彼の仲間は生死の境をさまよいつつもこの塹壕に帰還してきていたのだが、中には出て行ったまま帰って来なかった奴もいた。右端の彼が知る限りでは、帰らぬ身となったものは2名。残された塹壕には人員が補充されることもなく、おびただしい量の粉塵が空洞を占拠していた。
地鳴りのような金属のきしむ音が24本の塹壕に響き渡る。蓋がかぶせられる時刻だ。
金属製のふたは、気の利いた塗装もなく、くすんだ灰色の地のあちこちに汚れが染み付いた年季ものだった。蓋が塹壕を覆い尽くすと、殆ど顔も見たことのない仲間同士で最小限の会話が交わされた。最初はみなじっと押し黙ったまま蓋が開くのを待っていたのだが、数日たったある日、誰ともなく愚痴や不安をこぼし始め、今となっては、蓋が閉められたあとの日課となっていた。
仲間の話では戦地は日増しに混乱が深刻になっているとのことだった。戦場に赴いた仲間は、意味のない突撃を繰り返させられ、激しく消耗していた。どの仲間も初めて出撃したときは、縦横無尽に戦場を駆け回った興奮さめやらず、夜遅くまでうっとうしいくらいに武勇伝を語っていたが、一月(ひとつき)もしないうちに勇気は恐怖へと変わり、右端の彼を除く23名の精鋭の精神を蝕んでいった。亡くなった2名は特に出撃の頻度が高く、一人は爆撃の衝撃波による頭蓋骨陥没、もうひとりは背骨がへし折れ、ともに即死だったという。
出撃経験のない右端の彼は、仲間達のおぞましい話を何度聞いてもそれが自分に降りかかってくるとは到底思えなかった。自分に限ってそんなへまはしない。戦場で目覚しい殊勲をあげ、表彰される。筋金入りの自信家の彼はそんな自分をいつも思い描いていた。
だが、まるで総司令部が彼の存在を知らないかのように、連日彼以外の仲間ばかりが出撃を命じられていた。
何処に問題があるのか、彼は総司令部に直談判を試みようとしたが、隣とまた隣の仲間達に強くとめられた。
戦場を目の当たりにした彼らも、自分達が指揮官であっても、その判断は覆ることはないだろう、と。
右端の彼は塹壕の壁越しに彼らにその理由を聞いた。お互い殆ど顔も知らないのに、どうしてそんなことが言えるのか。
彼らは答えた――。
あんたを一目見ればわかる。
戦場は白い。
キャンバスは白いのだ。
だからあんたは出撃できないのだ。
金属ケースの右端にはまっていた白い色鉛筆の彼は、返す言葉を無くしていた・・・・・・。
~『ベンチウォーマー』完~
くそまじめに書いたのですが、、、何でこうなるんでしょうかねぇ。。。。(溜息)
特によく使われ、天に召された2つの色って、何色だったんでしょうねぇ。筆者も存ぜぬところであります。。。。(ぉぃ)
じゃっ!
「白の世界で」
何も見えない。
本来なら、周り一面に何もかもを覆い尽くす白の世界が広がっているはずなのだが。
あいにくの猛吹雪で視界は最悪だ。
天候は入念にチェックした。
今日は吹雪くことはないと確信をもたないと、俺達登山家は山登りはしない。
俺も素人じゃないから、天候の調査なんて基本的なことを欠かすことは……
「ははっ、何を言っても言いわけだな。万全に万全を期したつもりでも、世界は常にそれを一笑する権利を持ってる」
涙が出てくる。
流れた涙は、すぐに外気で凍りついた。
登山家と名乗って10年近く。
制覇した山岳の数は、もう数えるのもためらわれるほどさ。
その俺が偉大なる自然の気紛れに嘲笑されている。
何千と体験し、知識を積んで調子に乗っていたのか。
そんな練達した戦士を神は、自然に唾吐く目障りな野郎とでも見たわけだ。
畜生。
腹が立つぜ。
登れない山なんてないとか、思い込んでいた俺自身に。
家族に“雪山は良いぜ、何せ俗世の詰らない色がない”とか格好つけていた俺を。
そんなこと言ってたせいで、家族を手放した。
それでも登りたい挑戦し続けたい、気概に溢れていた過去は遠くに過ぎて。
今や俺は、つまらない名誉欲に突き動かされ山を登る屑だ。
「畜生。こんなところで1人で死ぬのか俺は? 破れるのか……もう、駄目だ。足に力がはいらねぇ」
俺は横たわった。
さしたる音もなく、倒れ込む。
たとえ盛大に雪に突っ込んだとしても、凄まじい暴風の音で何もかもかき消されただろう。
10分以上前から体の感覚が失われてきて、今は柔らかいパウダースノーの絨毯に倒れこんでて。
横を見れば雪の壁が棺桶みたいだ。
「奇麗だなぁ」
あぁ、もう何もかもどうでも良い。
俺は十分頑張った。
世界に勝った気でいた俺は、結局ただの勘違い野郎だったようだ。
自然様が本気になっていない安全な時に、彼等に喧嘩を売って勝った気になってただけ。
本当は彼等が俺なんてちっぽけな奴を相手にしていないって、全然気付いてなかったわけさ。
「可笑しいな。吹雪いてるはずなのに、何で世界が白く見えるんだ?」
訝しむ俺。
すぐに理解した。
あぁ、これが俺にとっての三途の川か。
最後に山の壮大さ、凄まじさを理解して思い出したわけだ。
俺自身山を神格化していた過去があったってこと。
怪物だと思っていたからこそ、挑み続けた過去があったってことを。
多くの化物達を踏破して、久しく忘れていたあの感覚。
何もかもを忘れて、心も感情も忘却の彼方へ追いやって、ただひたすら登り続けたあの過去。
「うっうおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 負けられねぇ! こんなところで負けてたまるかよ、人間なめんな!」
力を振り絞って立ち上がる。
吹雪の中に、叫び声は消えていく。
だが、俺の挑むという意思は消えない。
どんなに準備をしても、山の移ろいやすい環境はその上を軽々と通過して行くんだ。
今までは運が良かっただけ。
不測の事態に備えた道具や知識が役に立たなかった時は、最後は結局体力と根性の勝負さ。
「行くぞ。足を進めろ」
さぁ、行くぞ。
吹雪き唸る雪山よ。
俺は久しぶりに最高の気分だぜ。
________あとがき
うわぁ、大切な描写根こそぎ必要でも何でもない描写に使ってるよ。
つーか、何で体の感覚とかないのに動けるんだよとか、吹雪いていても白い世とか突っ込みどころ満載(汗
何これ酷い(涙
久々の短編、ここまでひどいと涙が出ますね。
【il teint blanc entrains.】
私から希望が消え去った時、何が残るのか分かりやしない。貴方はいつも笑顔で私を見ているけれど、それは哀れみなのかと、最近思い始めた。
いつか、終わると思っていて辛くても唇を噛み締めて耐えて来た苦しみも、今では結末を知っているせいか、何だかあまり苦しくなくなってきた。
それは異常なのかもしれないけれど、私にとっては普通と呼べるものだ。
「やぁ、調子はどう?」
「いつも通り、最悪よ」
「…そうか、なら大丈夫」
「あら、酷い事言うのね」
「はは、君の最悪は最高だから」
「良く分かってる」
「ああ、そうだった、今日は君に話した…」
「ねえ……、アンドレ。私ね、白が嫌いなの」
「…いきなりどうしたんだ?」
「白って、何も無いみたいで嫌いだわ。何も無いって事は、生きてない事と一緒じゃない。そんなの、私は嫌だわ。けれど、白は綺麗よね。薔薇だって、スノーフレークだって、とても綺麗だと思う。華は好きだもの。あと…雪も好きだわ。何だか儚い気もするけれど、ちゃんと街を美しくしてくれる」
「確かに、そうかもしれない。それでキアラ、話を聞いてく…」
「それに、白は自由で良いわよね。私はもう動けないし、長く生きられない。嫌になるわ、まだ死にたくないの、やりたい事がいっぱいあるのよ」
「………キアラ…」
「けれどね、私が死ぬのはしょうがないと思う。だって、それが私の人生なんだから。…運命に抗うなんて、神様に悪いもの。神様だって私の事を考えてくれた上でちゃんと運命を決めてくれるんだから」
「……キ…アラ…君は」
「ええ、知ってるわ。全部知ってる。身体はもう動かない事も、長く生きられない事も知ってる。…貴方も知ってるでしょう?私の運命なんて決まってるのよ。だからね、今の内に色々と話しておきたいわ。今まで言えなかった事も、全部、ね」
少し喋り過ぎちゃったかもしれない。でもこれでいいと思う。全部言えたから、全部伝えられたから。
貴方には、辛い思いをさせてしまった。けれど、これも運命なんだ。全てが神様によって決まってる。辛くたってそれを辿るのが生まれてきた私の義務なんだ。
私には、長い時間は残されていないけど、最期くらい幸せに生きようと思う。
愛しい貴方と共に時間を過ごして、精いっぱいの好きをあげたい。今まで貴方に対して考えた事を、短い時間で話したい。
希望はもう無いと思うけど、幸せなら遅くない。
ふと、窓を見れば、そこには銀景色が広がっていた。白は嫌いだけれど、とても愛おしい。貴方と私でこの街を歩いて行ければ良かったなあと今更考えた。
意識が自然と遠のいて、何も聞こえないし見えない。だけど、少しだけ貴方の声が響いた気がした。最期に貴方の声を聞けた私は、何て幸せ者なんだろう。
第九回大会 エントリー作品一覧
No1 玖龍様作 「神童」 >>426
No2 白雲ひつじ様作 「課題は自分でやりましょう」 >>427
No3 碧様作 「答案用紙に色がついた時」 >>428
No4 Lithics様作 「奇想『日傘を差す女』」 >>430-432
No5 澪様作 「純白のワンピースの少女」 >>436
No6 遮犬様作 「白い残像」 >>437
No7 アビス様作 「失って気付く事」 >>438
No8 瑚雲様作 「彼女のシロい、」 >>439
No9 書き述べる様作 「ベンチウォーマー」 >>440
No10 風死様作 「白の世界で」 >>441
No11 雄蘭【ゆうらん】様作 「il teint blanc entrains.」 >>443
以上、全十一作品エントリーです!
早速風死さんがまずは投票するぜ!
No4とNo6、No1の順で好きです^^
こんばんは~
じゃ、さっそく投票致しますね。
1. No8 瑚雲様作 「彼女のシロい、」
2. No5 澪様作 「純白のワンピースの少女」
3. No2 白雲ひつじ様作 「課題は自分でやりましょう」
こんなかんじですねぇ。
順位は投票に特に関係ないんだろうけど、、、勝手につけました。
どの作品も雰囲気が良かったです。
じゃ、失礼しました。
No9 書き述べる様作 「ベンチウォーマー」 >>440
No6 遮犬様作 「白い残像」 >>437
No8 瑚雲様作 「彼女のシロい、」 >>439
の順です。
私はNo1をお願いします^^
なんというか……綺麗で繊細な描写に物凄く惹かれました。
こういう描写はとても羨ましいです……!
こんばんは。
風死さん、リストアップや集計お疲れ様です!
早速、投票させて頂きます。
No.5、No.9、No.10
この三つで宜しくお願いします。
特にNo.9の書き述べる様の作品は、最初から何となくオチを予想させつつ、緊張した雰囲気をかもし出せるのが凄いなと思いました。とても面白かったです!
集計お疲れ様です!
No6、No10、No5様に投票させてください。
どの作品も違った「白」が際立っていて素敵でしたー!
第九回大会「白」 結果発表
1位 澪様作「純白のワンピースの少女」遮犬様作「白い残像」同率
2位 玖龍様作「神童」瑚雲様作「彼女のシロい、」書き述べる様作「ベンチウォーマー」風死作「白の世界で」同率
3位 白雲ひつじ様作「課題は自分でやりましょう」
同率票が多いですね(汗
投票者が少ないから仕方ないのかもですが……
十回目もやるつもりなので、今回エントリーした方は是非とも次回もお願いしたいです。
今回も集計お疲れ様です!
毎度ながら恐縮極まりないです。
次は【罪】ですか……!
凄いお題ですね。……うっわどうしよう(泣)
考えるのも楽しそうで、嬉しいです。
では、出来たら投稿させてもらいますね!
【イカレタ正義と、 本当の罪】
__彼女は、紅い腰までの髪を振り乱し、黒い目をしていた。血痕が綺麗に見えるほどの純白のワンピースを纏うその姿は、まるで堕天使のようだった。これは、可笑しくて賢くて、悪者であり善者である、そんな彼女の矛盾した夢だけでつくられた物語である。
最初にいっておこう。彼女は、悪ではないが、正義でもない。そして、彼女の“正義”に騙されてはいけない。
私は、……正義だ。世界一の正義だ。
悪い奴を殺さないで、話し合いで平和に解決?ふざけないで。悪い奴は即座に殺れ。それが一番いい解決方法。
私の前にいる血濡れた男。お前は死んでしまったけど、それは誰が悪い?それは、お前だ。お前が悪くなければ殺されなかったの。
本当に、可哀想だな、お前は。だけど、地獄はお前には楽しいものだろ?
人を、【奴隷】と称して毎日毎日苛め続けた悪党め。地獄で叫び続けている奴らをみてお前は笑い、そして新しく入ってきた悪人にまた笑われろ。
「苦しめ、苦しめ。法に触る悪党よ」
法に触る奴を殺した私は罪人。私が殺した奴はこいつだけじゃあない。他にもたくさんいるだろう、私には数えきれないけれど。
だけど、私は自分が悪くないと信じている。私は悪くない。悪いのは、こいつら。私に殺す動機を作らせた奴ら。
ーーイカレテイル。
そうよ、そうよ。なんとでもイエ。私は、悪党。私は、鬼。人を包丁で殺す悪魔。
このもう赤黒さが取れない包丁は、私の相棒。私の正義を信じてくれたたった一人……いや、たった一丁の。
私は一生警察に捕まらない。だって、警察に捕まる理由がないもの。でも、彼らは私を追いかける。いくら追いかけても私は逃げる。いえ、逃げないわ。でも、捕まらない。ではどうやって?そんなの簡単よ。
私が消えればいいわ。
でも、本当に消えていいのかしら?私が殺してきたたくさんの人々。
それは悪党、罪人だった。いいところなんて、一つもなかったわ。だから、今私が消えたなら、悪党は増え続けるわ。
そんなの、許せない。そんなの、正義に反するわ。悪くない私が消えるのもおかしいわ。
なら、私は消えない。どうやればいいのかしら?
その答えは簡単よ。
ほら、後ろから警察が迫ってきてるわ。
さぁ、今が終わりの時よ。
私は追いかけてきた奴らに向って包丁を向けた。
「なんだ、こいつ! イカれてるぞ!!」
イカレテル?失礼な。なんと無礼な奴なのかしら。大人のくせに、大人げない。そんな奴は生きている価値はないわね。
なら、私はあなたを殺せるわ。
「You are a villain (あなたは悪党ね)」
私の前には血濡れた男。まぁ、可哀想に。
貴方はどんな悪いことをしたのかしら?それを知っているのは私と、正義の神様ね。
「Then, eternai life of evil(では、永遠の悪人を)」
そうして、終わるわ。
だけど、今日は終わらなかったみたいね。
パーン!!
恐ろしい破裂音がしたかと思えば、私の胸を弾丸が貫いた。
私の胸から鮮血が飛び散る。
「お前は悪魔だ。 俺が……正義だ」
後ろからは聞き慣れない男の声がした。
そうなのね、私は悪魔なのね。なら、生きている価値なんてないじゃない。なら、殺せるじゃない。
ーーでも、痛いわね。
こんなに辛いものだとは。
感じたことがない痛み。だけど、それとは関係ない痛みが私の心を貫いた。
私のやったこと、なにも意味がないじゃない。
私を撃ったあの男。あの一言しか言わなかったけど、全てが私には理解できたわ。
〈私は、この世には要らない〉
私の視界が曇る。やぁねぇ、これじゃ悲劇のヒロインじゃないの。
私は必要のない罪人だけれど、私は悲劇のヒロインじゃないわ。
ヒーローよ、この世界に生まれた一人目の。
「はっ、イかれた女だな、こいつは」
薄れゆく意識の中、あの男は呟いた。
イカレテイル?失礼な。これは正義なのよ。
_ 赤黒い血と透明の涙がまざり、私にはとてもステキに見えたわ。
これは、正義の結晶。
今まで色あせていた黒い空も明けた。
「俺は、正義だ」
そして、繰り返される。
永遠に、この輪廻は続く。
【END】
書き終えました! はい、おかしいです。
いみふめーです。わかってます((
罪とか、めっちゃ難しかったです……
私に、いい文章は無理、これ結末です。
【殺人と罪のシグナル】
ねぇ……
君は"殺人"のことをどう考える?
「ねぇ泉……」
僕は何時の答えは何時も
『分からない』だ
だから何時も
彼女に聞く
「何……?」
腰までのツヤツヤな黒髪に黒い瞳の少女
無口で何時も無愛想な少女は短く応える
背景には黒い点が見える
小さな点、それは僕達のいた国だ
「んと、ね……泉は、泉は"殺人"のことどう思ってる……?」
僕は彼女の威圧に少し怯えながらも聞く
「そうですね……別に何も」
彼女はそう短く答える
「へ? 何も?」
吃驚して彼女の方を向く
だって普通、殺人は怖い、とか汚れてる、とか狂ってる、とか思うはず
僕が唖然としているなか彼女は
「だって……殺人は罪深きモノだけれど……人は元々狂っているモノ……殺人をするかどうかなんて周りの環境次第、例え優しい優しい人でも……目の前でずっと信じていた人に置いていかれて裏切られれば狂う筈」
そう淡々と答える
彼女は小さいのに大人の考えをするときがある
今はそうなのか分からないが
「そ、そっか……」
「罪は罪……おとなしく償えば良い」
「でも君は……」
「そうですね……私の場合は例外です」
少し可笑しそうに言って僕の顔をみる
そして
さっきまで化け物の様に叫びもがいていた"モノ"に視線を移す
彼女の服は
まるで光輝くルビーの様に紅く染まっていた
彼女は紅い悪魔
悪魔の瞳に映るモノは
夕日で照らされた海の様に茜色に輝く血の海
そして黒い躯
「私のことを恐れるのなら恐れなさい……罵るなら気がすむまで罵りなさい」
彼女はそれだけ言い
茜色の海を歩いていった
小さな国から少し離れた場所にある草原
草原の草は赤く塗られ
地には沢山の黒いソレがありました
冷たい風が赤い赤い草を揺らす
黒いソレの中にポツンと
生きた少年が居りました
黒い髪は冷たい風に揺れ
頬には涙の跡がありました
そして彼の前には
彼と同色の髪と目した二人の人間が
未だに奇妙な声をあげ
喘いでいました
「………」
少年は目を閉じ
目の前の二つの黒いソレに
刀を突き刺しました
「ねぇ、お母さん」
緑生い茂る森の中に
丸太で作られた家がありました
同じく丸太で作られた椅子に座る少女は隣で本を読み聞かせていた女性に言いました
「何……?」
腰までのツヤツヤな黒髪に黒い瞳をしていて白いエプロンをつけている無愛想な女性が短く答えます
「お母さん、この本飽きたー」
小さな少女は頬を膨らませ、そう言います
「そうですね……では……砂漠の旅のお話をしましょうか……」
奥から黒髪の男性が歩いてきます
「ぁぁ、またアノときの話をしましょう」
「そういうの好きだね、君は」
彼の頬には黄土色の何かの跡
「はい……」
女性は本を閉じました
本の表紙には
紅い紅い血の海にいる
二人の少年少女の写真が張られていました
背表紙には
<罪深きセカイ>
と書かれていました
女性はその本を
大切そうに持ち
小さな本棚の奥にしまいました
居間にとある男性と女性がいました
隣の部屋には小さな少女がぐっすり眠っています
彼がふと言いました
「君は……罪のことをどう考える?」
女性は少しの間を空け
こう答えました
「答えは……永久に作られますよ」
(( 夕日に背く ))
昼休みのことだった。お弁当を食べ終えたところに、あの子がやって来た。
あの子が言うには「大事な話がある」とのこと。
教室では話せないからと言って、廊下の隅へと連れられた。
やけにそわそわしているあの子を見て、私は告白を受けるのでは?という
気色の悪い考えが頭の中を埋め尽くした。同性からの告白、私はどう断るべきか。
馬鹿げた独りの妄想はさておき、あの子の<大事な話>とはやはり<告白>であった。
もちろん私宛ではなく、私の幼馴染のあいつに向けての言葉だった。
私は困惑する。「どうしてあいつに直接言わないの」か。あの子はますます
頬を紅色に染めて「直接告げるのは恥ずかしい。彼に手紙を渡して欲しい」という旨を寄越した。
なるほど。あいつと私の仲だから、あいつとあの子が接触するよりかは楽に事が進むということ。
あの子が手にしている白い便箋を目にすると、どうしたことか、胸がひどく締め付けられた。
きっとその手紙の中には、「好き」や「付き合う」といった甘い単語がぎっしり詰まっているだろう。
それを思うと、一段と胸は痛み出す。
…あいつにこの手紙を渡したくない。素直にそう思うも言い出せない。
縋るようなあの子の視線に負けて、私はあいつに手紙を渡すという約束をしてしまった。
それからの授業は上の空。数学の公式などは、耳を右から左へとすり抜けてゆく。
私は教科書で隠すようにして、こっそり手紙を眺めた。
宛先にはあいつの名前が小さな丸い字で綴られている。
どう見ても、これはラブレター。あいつも隅に置けないやつだ。
子供の頃はやんちゃで、女子からは疎まれる性格だったのに
今となってはその明るさで女子を釘付けにしている。
改めて思い知る。私も釘付けになっている女子のうちの一人なんだと。
胸の痛みは増すばかりで、私は口元を微かに歪めた。
考え事をしていると、時間が経つのは早いもので。
ひとりきりの教室を夕日が橙色に染める中、私はあいつを呼び出した。
あの子に頼まれた、この白い手紙を渡すために。
あいつを呼び出したのは私なのに、来るな、来るなと教室のドアを睨みつけてしまう。
もしあいつが手紙に目を通して、表情に<嬉しさ>を表したのなら
私の胸の痛みは想像を絶するものに変わるだろう。
しかし、あいつがあの子の想いを受け入れなければ、あの子が傷ついてしまう。
そして私がうまく手配してくれなかったせいだと責め立ててくるかもしれない。
冷たい汗が流れた。
そして開くドア。あいつが何も知らない能天気な笑みをこちらへ向ける。
私は手に持っていた手紙を、思わず身体の後ろへ回す。
「何の用?」
あいつは教室のドアを閉めると、窓際に立つ私のもとへ歩いてくる。
距離が縮まっていくごとに、私の中で様々な感情が駆け巡る。
手紙を渡さなければ、けれど、あいつにあの子の想いを知られたくない。
あいつは私との間に机を一つ挟んで歩みを止めた。
私が返事をしないことに対して、不思議そうにこちらを見ている。
「あのね、」
私はついに要件を切り出す言葉を口にしてしまった。
しまった、どうしよう。言わなければならなくなってしまった。
胸が痛い、目尻が熱い。私は耐え切れず、目線を下に向ける。
「どうしたんだよ?…あ、まさか、俺に告白するつもりだったり?」
あいつのいつも通りの冗談。今はそんな軽口でさえも私を貫く攻撃の刃となる。
そう、告白。今からあいつに告白するんだ。あの子の代わりに、私が。
顔を上げる。あいつと視線が合う。夕日色になっている教室に目が眩む。
あぁ、きっとその色にやられたんだ。それで頭の判断も鈍くなってしまったに違いない。
私は後ろで手にしていた手紙を手放していた。
そうして、そのまま、あいつとの間にある机に身を乗り出して―…。
夕日の淡い光を、二人の黒い影で塞いでしまった。
――――
今回も参加させていただきます!わくわく(・∀・)
『名も無き罪』
「あんた、そんなことも知らないの? 馬鹿なのね。そんな無知を世間にさらすぐらいだったら、いっそ死んだほうが親孝行になるんじゃない?」
あたしは人の心をえぐるのが得意だった。嫌いな奴はとことんえぐる。えぐって、えぐって、えぐって、えぐって。あたしが正しい、あたしが正義だ、だからあたしの言うことを聞けと命令する。
あたしはそのころ、王国の女王だった。言う事を聞かないやつの心を折り、服従させる。それでも駄目だったら≪兵隊≫たちを使って肉体的にも追い詰める。そうするとたいていの奴は言う事を聞いた。教師でさえも、理事長や校長でさえも。それが中学2年生のころのあたしの日常。
「あたしのいうことが聞けないの? 絶対服従っていったでしょう」
両親の社会的地位は非常に高い。校長や理事長よりも高い。だから周りの人はみんなあたしのご機嫌取りをする。
忘れ物をしても「次、気をつけてくださいね。これを貸しましょう」。わがまま言ったら「わかりました、そうします」。あたしはその状況にひどく満足していた。
「なんだそれ。お前ら全員頭おかしいんじゃねぇの?」
幸せな日常に入ってくるは不安定分子。名は小畑利人と言う。あたしはこいつの存在に対し、ひどくいらいらしていた。
――――あたしの帝国に不安定分子はいらない。
あたしは≪兵隊≫たちに命令を下す。
「あいつ――――小畑利人を服従させなさい」
あいつはなかなか落ちなかった。≪兵隊≫たちの嫌がらせにも耐える。あたしの毒にも耐える。
「あんた、何で耐えるわけ? あたしのところへ来ればゴミ屑みたいな今の日常を変えれるのに!」
あいつはあたしのほうを向かず、冷め切った声で言った。
「俺はお前とは違う」
「俺が正義なら、お前は悪だ」
違う。違う。あたしは間違ってなんか無い。誰もが皆それでいいって言っている。あたしは悪くない。あたしは悪いことなんかしてない。悪いことなんかしてないのに何で悪なんて言われなきゃいけないの?!
あたしは悪いことなんてしてない。だから――――悪なんかじゃない。
「あんたが悪よっ! あたしが――――正義が、倒すべき悪!!!」
返事は無かった。
ねぇ、誰か教えて。
あたしは悪だったの?
あたしは正義じゃなかったの?
初めて芽生えた疑問はあっという間に心を支配する。
ねぇ、誰か教えて。
あたしは正義だったのよね?
悪なんかじゃなかったのよね?
突然芽生えた疑問はあっという間に心を釘付けにする。
ねぇ、誰か教えて。
答えてくれるような返事は返ってこなかった。
あたしは、悪なのか?
悪の癖に、正義を気取っているのか?
あいつは言った「あたしは悪だ」と。
あたしは言った「あたしは正義だ」と。
どちらにしても、あたしはもう止まれない。
「お父さん。お願いがあるのだけれど――――」
「お母さん。お願いがあるのだけれど――――」
翌日。
新聞のトップ欄には【突然のアクセル故障 仕組まれた物か?】。そこには事故で亡くなった少女の名前が載っていた。『小畑』芽衣。それが少女の名前だった。そう、彼女は――――あいつの妹。あいつは今日、学校に来なかった。
帝国の平和はこれで保たれるであろう。笑みがこぼれる。嬉しくて、嬉しくてたまらない。あーあ。お兄ちゃんがしっかりしてないもんで。芽衣ちゃんが『突然』の事故で死んじゃった♪ あーあ。可哀想に。お兄ちゃんのせいで芽衣ちゃん、死んじゃった♪
「あはっ。あははっ。あははははははははははははははっ」
あたしは正義。正義の執行人。小畑利人、あんたは有罪よ。大切な人が死んじゃったという罰し方。どう? すごくイイでしょう。たっぷり味わいなさい。
あたしは夢の中にいた。現実のあたしは笑っている。頭の奥のあたしは、現実のあたしを見て言った。あれこそ真の悪なり、と。
数年後、あたしは気づく。本当の罪はあたし自身だと。あたしが“罪”というものなのだと。そしてあたしのとった行動は――――、ねぇわかるでしょ?
「目には目を、悪には罰をってね」
笑ってさよならをする。
そうね。この罪に名を付けるなら『偽装罪』ってとこかしら?
まあ最後だしあたしらしく、この世界とさよならしようかな?
「んじゃ、さよなら。こんな不完全すぎるゴミ屑みたいな世界に用はないし、屑たちの相手をするのははっきり言って疲れたわー。めんどくさい世界とさよならできるなんて嬉しすぎるわね」
あれ、おかしいな。なんだか暖かいものがほほを伝っている。
それは『涙』だった。
「初めて、泣いたかも」
あたしはいつも泣かせる側。泣いたことなんて無くて、気高く生きていた。
あたしはやっと知った。『涙』ってこんなのなんだ。初めての涙は悲しくてと寂しい味がする。
あたしはやっと知った。『痛み』を、『苦しみ』を。すっごく辛くて、悲しくて。胸がきりきりと締め付けられて。あたしはこんな理不尽を他人に押し付けて痛んだと知った。
「だけど、いまさらだなー。んじゃ、ゴミ屑みたいなこの世界、屑たち、さよなら。――――――――――もしかしたらそんな世界が、人が、大好きだったのかもしれないな」
5月○○日、23時43分。
あたしはこの世界から姿を消した。
♪ ♪ ♪
お久しぶりです。
今回、やらせていただきます。
よろしくお願いしますです!
【堕落罪信仰】
五月一日。
今日、近所のコンビニに新しく入った新人アルバイトの子がとてもカッコいい人で、あたしは一目惚れしてしまいました。サラサラのまっすぐな黒髪、憂いの色が滲んだ瞳、端正な顔、少したくましい体つき、なにより誠実そうな性格がステキよ。でも、あの人のことを考えるたび、心苦しい他ありませんし、あの人のことを考えることにすっかり夢中なのです。嗚呼! 神様、あたしにお慈悲を。イエス様……主よ、罪深いあたしにどうかお許しを。──あの人とともにお救いを!
五月二日。
またあの人に会いたいあたしはコンビニに行きましたら彼は優しい声音に甘い雰囲気であたしに初めて話しかけてくれて、すっかり夢中なあたしは我を忘れ色々とお喋りしてましたけどちっともあの人は嫌な顔一つせず丁寧な対応してくれました。ステキでなにものにも変えられない人に出会いました。主よ、あなたに感謝します! きっと主の恵みを共に受けられること間違いありません。あの人と結ばれて幸せになること間違いありませんでしょう、だって話が合うんですもの!
五月三日
夕方。散歩の河辺に立ち寄ったら、あの人がいました。でも隣の女は一体誰? ……そうです。あの人と結ばれている恋人と仲むつまじく寄り添って歩いているのです。あたしは驚きでいつまでもあの人たちを見送ってました。夜、恋人がいたのねと主に訊ねました。……あの人を愛するのは罪ですか? と。主よ、あたしにお慈悲を! 熱心なクリスチャンであるので、どうかお許しを! 悪魔に打ち勝たせてください!
五月二十日
最近あの人の様子がおかしいのです。なんでも恋人を最近のおぞましい通り魔に襲われ亡くなられたそうです。対象は女であの人は注意するように警告してくれました。まあ、なんて、なんて優しい人でしょう! ところで最近あたしに似た人が、通り魔らしいのか、あたしの友達がめっきり減りましたし会社では避けられてる気がしてなりません。
七月一日
あたしは刑務所にいます。どうやら無期懲役となりそう。あの人と一生会えなくても構いません。だってあの人は一足先に主の元へ行きましたもの。天国であたしを待ってますから!
挨拶
いわゆるストーカー話でしょう。
題名の「罪」に合うようにしましたがヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ
どうぞ暇つぶしに読んでみてください(笑)
ど、どうも……。
来てよかったのかな、と思いつつ置き逃げさせていただきます。
私の大好きな北欧神話より。知識なくても読めます。そして短くはないです。時間のあるときにでも読んでやってください。七千五百字を軽やかに超えています。
以下本文となります。
「嫌な夢をみるんだ、ずっと」
男はぽつりと漏らす。誰にともなく向けられた独白に、傍らに座っていた彼の弟が返事をする。
「夢? 光の神と呼ばれる君でも悪夢を見たりするんだね」
「まあ、な」
どんな、と弟は聞く。男は色素の薄い、長い睫を二三度瞬かせる。形の良い唇はかたく引き結ばれ、なかなか言葉を発しようとはしない。ややあって、弟は口を開いた。
「バルドル、話したくないならいいよ。聞いた俺が悪かった」
「いいんだヘズル。大丈夫だ」
バルドルと呼ばれた男はゆるく首を振る。その動きに合わせてさらりと肩に流れる髪は月の光を受けて輝いている。夜闇に映えるその色は誰もが言葉を失ってしまうほどに美しいが、彼の弟――ヘズルの網膜がそれを投射することはない。彼の両目は生来光を宿してはいなかった。
「死ぬ、んだ」
深い吐息とともにバルドルは言った。ヘズルは誰が、という問いを投げかけようとしたが、やめた。それを問うには兄の口調は重すぎた。その代わりに、兄によく似たおもてを伏せて、言う。
「君は死なないよ。だって誰からも愛されているんだから。君を憎むひとなんて、いない」
「そうだといいんだけどな。悪いなこんな話をして」
「気にしないで。盲(めくら)の俺の相手をしてくれてるだけでもうれしいんだから。どんな話でも聞くよ」
ヘズルは笑って見せる。バルドルも、ぎこちないながらも笑みを返した。
日が昇って、バルドルは両親の住む宮へと足を運んだ。柔らかな絨毯に片膝を埋め、父たる全能神オーディンに向かって夢の内容を告げる。
「あなたが、死ぬのですか……!」
悲痛な声を上げたのは母だった。顔色は紙のようになっていて、片手で顔を覆ってしまっている。オーディンは小姓を呼ぶと、彼女に付き添わせて退室させた。それを心配そうに見送る息子に、彼は隻眼をやった。
「それはまことか」
「はい。……これは、正夢になるのでしょうか」
「わからぬ」
オーディンは吐き捨てた。片目と引き換えに全てを知った彼でもわからないということがあるのだろうか、とバルドルは柳眉をわずかに寄せた。
父王はそのまま、バルドルに一言もかけずに場を立った。彼が馬を駆ってどこかへ向かったと聞いたのはのちのことだった。
「父上も母上も大げさだ。ただの夢だっていうのに」
夕食の後、酒を舐めながらバルドルはこぼした。酒精のせいかすでに彼の目元には朱が差している。
卓を挟んで向かいにはヘズルが座っていた。彼の手元にも杯は用意してあったが、最初に一度口を付けて以来そのままにされている。
気分を紛わらすために酒を口にするなら他にも相手はいたが、今日はそんな気分にはなれなかった。しかし独りで杯を傾けるのも嫌だったので、同じ血を半分に分けたヘズルを呼んだ。彼は突然の誘いにもかかわらず、快くついてきてくれた。
「見たのがバルドルだからさ。みんな、君が死ぬ様なんて夢でも見たくないのさ。まあ、俺は盲だからどうやったって見えないけどね」
「そういう冗談は嫌いだ。自分を貶めるんじゃない」
バルドルは語気を荒げる。酔いも手伝って感情に制御が効かなくなったようだ。ヘズルはあわてて謝った。
かなりの酒をからだに収めてしまうと、バルドルは抗わずに眠りに身をゆだねてしまった。ヘズルは寝息をたてる兄に苦笑し、それからどうやって彼を寝室まで連れて行こうか考える。
「あ、お前ら」
通りかかった雷神が二人を視界に入れたようで、ヘズルに声をかけてきた。卓に突っ伏したバルドルを見ると状況を察してくれたらしい。
「仕方ないやつだ。俺が運んでおいてやるから、お前はもう休め」
ぶっきらぼうな、低い声がヘズルの耳朶をたたく。彼の荒っぽい行動そのままのその声は、ヘズルにとって意外に苦痛にはならなかった。
「ありがとう、兄さん」
ヘズルは礼を言い、立ち上がった。手探りで壁を伝って扉までたどり着くと、引き戸を押して彼は部屋を後にした。
「兄さん、か。むず痒いな」
雷神はつぶやき、肩にぐったりのしかかってくるバルドルをゆすりあげ、数ある弟の一人であるバルドルの部屋まで歩き出した。
数日後、バルドルは母に呼び出された。椅子に半ば体を投げ出すように腰かけた彼女は憔悴しきっている。
「どうなされたのです、母上」
バルドルが駆け寄っていくと、母は弱々しい笑みを浮かべた。力ない表情だったが、不思議と精神が満ちた様子がある。
「九つの世界を回ってきました。みなに頼んで、何人たりともあなたを傷つけることがないようにと、約束させました」
「母上、そのような……!」
母は両の腕に息子を抱きしめた。幾分か骨ばった感じをあたえるそれに、バルドルは瞼を伏せる。
「――感謝します。どうかゆっくり休まれてください」
「ええ、これで枕を高くして眠りに就けます。ああ、一つ、忘れていました」
母はバルドルの腕の中からからだを起こす。見上げてくる目は真剣そのもので、バルドルは身を固くした。
「宿り木だけには近づいてはいけません。あの子はまだ幼かったので、約束を交わしてはいないのです」
「わかりました。宿り木には、触れないことにしましょう」
バルドルが返事したのを聞いて、母は再び彼の胸に頭を預ける。ややあって、規則正しく肩が上下し始めた。
バルドルが傷つくことのないからだになったという噂はすぐに広まった。学友の一人がふざけて彼に向かって石を投げつけ、バルドルが傷一つ付けず平気な顔をしていたのでそれは確信となった。もともとの彼の人気とも相まって、彼の周りからひとが絶えるということはすっかりなくなった。
母は安心しきって、ひと垣に囲まれる息子をみていた。明るく振る舞う彼を、彼女もまた深く愛している。九つの世界を回るというのは並大抵の所業ではなかったが、この光景をずっと見ていられると思えば疲れは飛んでしまった。
「――誰にも傷つけられない、ね」
ひとだかりから離れて、バルドルを見つめる男がいる。美しい顔立ちには笑みを浮かべているがその表情はあまり善を感じるものではない。
その視線に気づいたのか、雷神が車座から腰を上げてやってきた。目つきは厳しく、口をひらけば問い詰めるような口調になっていた。
「ロキ! 何かたくらんでいるな?」
「いいや何も。仮に何かたくらんでいるとしたって、僕にはどうしようもないよ。だって誰も彼を傷つけられないんだろう」
ロキはひょいと肩をすくめてみせる。彼は雷神とは付き合いも長い。何かと一緒に行動を共にするので、彼の扱いは慣れたものだ。こうでも言ってやれば単純でひとを疑わない雷神は簡単に矛先を下ろしてくれるのは知っていた。
「君のその槌でも平気だった、って聞いたよ。そうしたらもうお手上げさ! 巨人をも一撃で倒すそれでだめなら僕に何ができると?」
「わかった! 疑って悪かった」
なおも言いつのろうとするロキを遮り、雷神は車座に戻っていった。それを見送り、ロキは再び思索に入る。
ロキは誰からも愛されるバルドルを、いやバルドルの向こう側に見える彼の父親を嫌っていた。むしろ憎んでいたとさえ言ってもいい。彼は住み慣れたかつての住処を連れ出され、子供たちとは無理やりに引き離された。このような仕打ちを受けて憎しみを抱かないようなことがあるだろうか。
ロキはオーディンに復讐する気でいた。美しい笑みの裏で彼はいつもそればかりを考えていた。
「……お前も、わが子を失えば僕の気持ちがわかるだろう」
くぐもった声は、車座からの歓声でかき消された。
日を開けて、ロキはバルドルたちの母に会いに行った。姿は老婆のそれに変えた。彼女に怪しまれるのをおそれてのことだ。彼女が自分をよく思っていないのは知っている。
バルドルの身の安全が確保されて安心しきっている今が、彼女からバルドルの弱みを聞き出す唯一の機会だった。
「私は驚いたよ。何を投げつけられても生きているなんてねえ」
ロキが言うと、母は微笑む。
「ええ。私が九つの世界を回ってバルドルを傷つけないように、と頼んできたの。大変な道のりだったけど、あの子の笑顔が見られるのなら……」
「ああ、そうかい。それでも、何か例外はあるんじゃないのかい? 物事は何でもそういうものだろう?」
「――そうね。宿り木がだめなの。あの子はまだ幼くて、約束を交わすことはできなかったの」
ロキは心の中でこぶしを握った。
必要なことが聞き出せればもうここに用はない。正体がばれる前にさっさと退散するだけだ。
ロキはできるだけ足を引きずって、ゆっくりと帰って行った。
ヘズルは久しぶりにバルドルと場を共にしている。彼は最近、あちこちに連れまわされていて、顔を合わせる機会は随分と減っている。声を近くで聞くことでさえ長いことなかった。
「お前とゆっくりできなくなったな」
「いいじゃないか。俺はバルドルの身が安全になったっていうので十分だよ。俺は気にしないで楽しんできてくれ」
ヘズルはバルドルの肩を押す。今夜も彼を主客に宴が催されるらしい。バルドルはその間隙をぬって、弟を誘いに会いに来た。
「それはできない。お前も来い。一緒に酒を飲もう」
「でも、俺みたいなのがいると、場がしらけるよ。……どうしても、って言うのなら、端の方にいる」
「わかった。お前は言い出すと聞かないからな、それで譲歩してやる」
バルドルはヘズルの手を取って立ち上がる。足元の不安定な彼を気遣って歩を進めていく。
宴の場所に着くと、先客たちはすでに出来上がっているようで、大きな声で騒ぎまくっている。ヘズルはするりとバルドルの手をすり抜けた。
「行っておいで。俺はここでいいから」
ヘズルは木陰に腰を下ろして、そばの木に背を預ける。喧騒に耳を傾け、数ある声の中から同胞(はらから)のそれを探す。視覚を代償として、彼の聴覚は非常に優れたものがある。声を聞き分けるくらいのことは彼にとって容易なことだった。
向こうではいつものようにバルドルにものを投げる戯れが始まったようだ。例の学友が石を投げた一件から、これが宴の場での恒例となりつつある。ヘズルはこれをあまりよく思っていない。
「ああ、今日もやってるんだ。飽きないねえ」
人の気配を察するのに長けたヘズルでも、声がかけられるまでひとが背後にいるのに気付かなかった。
「ロキさん、ですか」
「うん。声でわかるかな」
「そうですね」
ヘズルは身をかたくしている。彼はあまりこの男がすきではない。ロキは悪戯と称してはこのアスガルドに災厄をもたらしている。笑ってすまされることも少なくはないが、時折ひとの命を奪うようなこともある。
「君はあそこに混ざらなくていいの?」
ロキは尋ねてくる。彼の猫なで声は甘い毒のようにヘズルの内をぞわぞわと刺激する。
「俺は、いいよ。あの遊びはすきじゃないんだ」
「そう言わないで。……君の兄だけがああやってひとに囲まれてる。なんともおもわないのかい」
ヘズルは一瞬言葉に詰まった。ロキはにやりと笑う。
「寂しいだろ? 血を分けた双子の兄弟だっていうのに、君はいつも置き去りにされてきた。ただ目が見えないってだけなのに。君たちの能力はさして変わらないはずだ。それなのに君だけはいつも、いつも爪はじきにされる」
「ロキさん、それ以上は言わないで。俺はこれでいいんだ。俺は、バルドルが幸せならそれで! 俺は盲だから、この戦いの続く世界じゃどうやったって幸せになんかなれない、必要とされない、誰の役にも立てないんだ! 俺の代わりにバルドルが幸せになれればそれでいい、いいんだから……」
ロキはわざとらしくため息をついてみせた。ヘズルは怪訝そうな表情でロキの方を向く。
「――君たちは兄弟だ。ヘズル、君はちょっと卑屈になりすぎるんじゃないのかい? 君の兄はそんなことは望んでないはずだ。君はもっと自分の力を信じていい。たとえ盲でも君は戦神、その能を皆にみせつけてやれよ。誰だって君を認めてくれる」
ロキは自らの滑らかに動く口にかなりの自信を持っている。いくらヘズルがロキに対して警戒心を持っていても、それを潜り抜ける術はいくらでも用意できる。常人から比べると入ってくる情報が一つ少ない彼をだますのは容易なことだ。
ヘズルの心がこちら側に傾いてきているのがロキには手に取るようにわかった。あと、一押ししてやればいい。
「ヘズル、こいつを投げつけてやれよ。君の兄は今何ものからも傷つけられないんだろう? あたっても平気さ」
ロキはヘズルの手に『それ』を触れさせる。しばし迷うような様子を見せ、ヘズルは『それ』を強く握りしめた。ざらりとした肌触りで、先の方は尖っているようだ。あまり重さは感じない。
「力一杯投げてごらん! 方向は俺が教えてあげるよ」
ロキはヘズルの腕を支えて、ゆっくり持ち上げる。細いわりに筋肉がついていて無駄はない。投擲の姿勢を取ると、全身が一気に緊張する。ロキは計画の成就を確信して、にたりと笑った。
「さあ! 僕に見せてくれ!」
ヘズルは渾身の力を込めて『それ』を振りぬいた。尖った切っ先は空気を切り裂き、過たずにバルドルの胸に吸い込まれていく。
風を、服を裂いた『それ』はバルドルの皮膚をも裂いた。肺に深く突き刺さった『それ』は――宿り木は彼の肋骨を砕いて、背中を貫いてようやく止まった。少し遅れて裂け目から鮮血があふれてくる。じわりと零れてくるそれは、すぐにでも死に至る量に達するだろう。肺胞に満ちる血液は彼の呼吸を阻害し、口から吐き出されたそれは喉に絡みつきさらに死を加速させる。
地に縫い付けられたバルドルを茫然と見つめて、車座の雷神はふと我に返った。この場にはふさわしくない笑い声が彼の耳に飛び込んできたからだ。
「死んだ、あの女の言った通りだ! あははは! 光の神は死んだ! 死んだんだ!」
雷神は声の方向に振り返った。狂ったように笑うのは、彼のなじみの美貌の持ち主だった。
「ロキィーッ!」
雷神は地鳴りのような怒鳴り声を張り上げた。傍らの槌を振り上げる頃には、ロキの姿は掻き消えるようになくなっていた。
「……バルドル?」
残されたのは状況の呑み込めていない盲の神だけだった。
世間はヘズルには同情的だった。誰からも愛されたバルドルを手にかけたのは間違いなく彼だが、手引きをしたのはロキだ。悪評は彼に集まった。
しかしヘズルが出歩くことは二度となかった。部屋にこもりきりで、誰が尋ねても返事すらしない。
それでもしつこく彼を訪ねるのはかの雷神だった。扉越しに、長いことヘズルに話しかける。情の篤い彼が半分だけとはいえ血のつながった弟を放り出すことはできなかった。
「――兄さん」
その日も雷神は弟を訪れていた。呼びかけられたのは、いつものように彼に話しかけ、反応がないのをみて立ち去るところだった。
「兄さんの槌で、俺を殴り殺してくれ。俺のこの目じゃ一人では死ねない」
「お前!」
しばらくぶりに扉があいた。立っているのはやつれはてた弟。高い頬骨も健康的に肉がついていればこそ美しい。今の彼ではただ痛々しいだけだ。
「酷く、殺して。手足の先から骨を砕いて、筋を残らずすり潰して。歯も鼻も全部叩き折って、誰が見ても俺だとわからないようにして、頭を叩き潰してほしい。忌々しいこの目は俺が生きているうちにくりぬいて、そこら辺の犬にでもくれてやって――」
「よせ! ……俺はそんなことはできない。弟を殺すだなんて」
「もう俺は死んでいるよ、死んでいるんだ。バルドルと一緒に俺の心は死んだ。心が死んでいるのにからだが生きているなんておかしいだろう?」
雷神は言葉に詰まった。ヘズルの目は本気だ。一度言い出すと聞かないのがこの弟だ。それは雷神もよく知っている。
「あの日流れたのは俺の血だ。バルドルと俺は同じ血が流れていたはずだ。一緒に死んでなければいけないんだ、俺たちは」
雷神は耐え切れなくなって弟を掻き抱いた。筋肉も脂肪も落ちたからだは薄っぺらく、少しでも力を入れれば折れてしまいそうなほどだった。
すすり泣く声が聞こえてくる。雷神は何もできず、ただ弟を抱きしめるだけだった。
ヘズルが落ち着きを見せるようになったのは、父王に呼び出されてからだった。雷神は疑問に思いながらも、一応元気を取り戻した弟に安堵を感じている。
近頃は父王の側女の一人のもとにいるらしい。この側女というのが妊娠をしたらしく、それがわかったときからずっと通っていると聞く。
下のきょうだいの誕生を心待ちにしているその姿はなにかほほえましいものがある。雷神は、彼についてこの女を訪れることにした。
もうじき出産のようで、彼女の腹部は大きく膨らんでいた。そっとふれるとなかの赤ん坊がうごくのが手のひらを通して伝わってくる。
ヘズルは床に膝をついて赤ん坊の動く音を聞いていた。彼の優れた聴覚はわずかな音も拾い上げる。赤ん坊が母親の胎を蹴り上げると、それを聞いてヘズルは小さく笑う。
雷神は妙な違和感をこの空間に持っていた。部屋に足を踏み入れた瞬間からの感覚で、雷神は一人首をかしげていた。
ふと、女の顔に目がいった。それで、違和感の正体はつかめた。
「お前、うれしくないのか」
雷神は女に問うた。女はびくりと表情をひきつらせ、雷神を見上げる。
「子を得る喜びで、女たちは幸せそうに笑うぞ。俺の妻もそうだった。それなのに、お前はなぜそう浮かない顔をする?」
女は下を向いた。膨らんだ腹を見て、彼女は顔色を蒼白にする。女に代わって答えたのはヘズルだった。
「この人はね、俺を殺してくれる子を身ごもっているんだ。その子の名前はヴァーリ」
ヴァーリ――復讐者。雷神は全身の血が下がっていくのを感じた。
「素敵だろ。この人のなかで俺の罪が育っていくみたいだ。大きくなった罪はやがて、俺自身を殺すんだ。……弟から殺されるだなんてバルドルと同じで気に入らないけど、まあいいや。だってこの子はきっと俺を酷く殺してくれるだろうから!」
ヘズルは、双子の兄とよく似た笑顔を浮かべた。いくらか肉付きのよくなった頬には朱が差している。
「私は、こんな子を産みたくありません。人を殺すことが最初から決まっている子供なんて!」
側女が絞り出すような声で言う。おそらく、彼女の夫であるオーディンからきつく言われているのだろう。
雷神ははた、と思い当った。確か、父王はすべてを見通す力を持っていたはずだ。そうなると、この度もうけた子供が復讐者となるのは知っているはず。
雷神は片手で顔を覆った。
「親父……っ」
父の厳しさは知っていたはずだ。それでも、雷神は打ちひしがれる自身を慰めることはできなかった。
子供は無事に生まれた。彼は一日で成人し、兄を死に至らしめるという。
ヘズルは生まれた子をいとおしそうに撫でる。
「可愛い俺の弟。俺の罪。ああ、早く俺を殺してくれ! 生まれてきたことがすでに罪であったと俺の愚かなからだに刻み込んでくれ!」
赤ん坊は無垢な瞳で兄を見上げる。
ヘズルは己の『罪』を抱きしめずにはいられなかった。この『罪』はあの日の兄の血と同じ香りがするのだ。
『The Sin』
はい、長くてすみません。ぜんっぜん短編じゃない。字数制限ないからって調子に乗りすぎました。
私自身が双子というのもあって、この話には思い入れがあります。ついでに妹もいるので、なんでか現実味のある話に思えてしまいます。
今回採用した話はあくまで一説ですし、かなり私自身の考察(人はそれを妄想とも言う)もたっぷりとはいっているので、みなさんの知っている神話とは大きく違う箇所もあるかと思います。これを頭から信じちゃだめですよ、っていないだろうけど。
字数制限のせいで三つもレスをするはめになりました、ごめんなさい……。おつきあいありがとうございました。長々すみませんでした。
お久しぶりに(と言うか第一回ぶりに)投下させて頂きます。ryukaと申します。
ちょいと短めになってしまいますがそこは御愛嬌でお願いします!
それでは、良かったら是非読んでいってやって下さいまし。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「 ガンジスの河原 」
そう、その男が目を覚ましたのは、なんといっても眠るのに飽きてしまったからだろう。
男がまぶたを億劫に開けると、やはりそこに広がるのは無限の闇。気が滅入ってしまうくらいに濃厚な黒を映した地獄の風景は、いつ見ても酷すぎて、―― 吐き気がする。
だから、嫌だったのだ。目覚めてしまうのが。
しかし眠っていても、男には地獄以外の情景を、心に描くことさえできなかった。夢の中でも果ての無い闇に包まれ続けて、そう、嫌気が差したのだ。
夢の中でなら、と淡い希望を抱くことにも、もう飽きてしまったのだから。
つん、と鼻をつく朱い香りが漂う。
見れば、地獄の黒天の空から、血の雨が降りはじめていた。
ぽつり、ぽつりと、一粒二粒。
男の日焼けた頬を、薄汚れた赤色が染めてゆく。浅黒い肌を、しとしとと濡らしてゆく。
少し目線を遠くにやれば、鋭く光る三千の針の山が、男を誘うように怪しくきらきらと光っていた。血に濡れた針の先が、それでも錆びずに光っている。
どうしてか、その光に。
むかし、あのひとが、差していた、
銀色の髪飾りを思い出した。
◇
男が地獄に落ちる前。
そう、だからもうとっくに数百年の昔のことだろうか。
まだ、男は少年と呼べる年頃であっただろうか。
ガンジスの河原で、少年は、かの少女とはじめて出会った。
色白な肌に、見事なほど長い黒髪。それを結わえる白銀の髪飾り。ただの銀色をした金属が、彼女の黒髪にあるだけで、本当に綺麗に見えた。
そう、あの日は、やけに青く晴れていて。
ガンジスの川はいつもと変わらず、その空の青色を涼しい水音とともに映していた。
かの少女は、深い青色のサリーを纏っていて。
ガンジスの映す空に、銀色の髪飾りに、よく青色のサリーが似合っていた。
無邪気な風が、青いサリーをふわりと揺らした。
そしてたぶん、無邪気な風は、少年の冷たい心をもふわりと溶かしてしまったのだろう。
けれどあまりにも少女は清らかで。
とっくの昔、幼子のときから罪に濡れた自分とは大違いで。血の味を知ってしまった自分とは大違いで。
ただただ、少年心にも、自分には届かないことに、哀しくなったのだった。
そう、きっと。俺は。
あの時、はじめて、ひとを好きになってしまったのだろう。
◆
地獄におちた青年は、運悪く、針の山の頂きに刺さってしまっていた。
運が悪かった。このままここから動くこともできまい。
左胸の、心の臓をぶすりと貫いた白銀の針。自分の胸から不自然に生え出た銀色を見て、あぁ、とまた溜息を吐く。
ぽつり、ぽつり。
一粒二粒と、地獄の空から雨が降ってきた。
生臭い、濃密な血の香り。慣れない色をした血の雨は、青年のすべてを朱く濡らしていく。
それからしばらく経っただろうか、向こうから、足音と、荒い息遣いが聞こえたのは。
青年が首を傾けて、見ると、浅黒い肌をした男が、こちらへと向かってきていた。体中あちこちに、鋭い針に刺された跡があって、痛々しかった。
「おい、そこの!」
青年は、ここぞとばかりに声を張り上げた。すると男が気付いたように、青年の声に応えた。
「なんだ」
「助けてくれ、俺はこのとおり動けないんだ、針から抜いてくれ、頼む!」
男は、青年を見た。
年は、自分より一回り若い。無惨にも、青年の若々しい体の中心から、例の針が痛々しく顔を出していた。
「いいだろう」
男は、そう一言返して、どうにか青年の身体を針の業から救ってやった。別段、どういう目的でも無い。ただ、助けろと言われたから、そうしただけで。
「……ありがとう」
青年が、ぽっかりと穴の開いた胸のあたりを抑えながら、喘ぎ喘ぎ礼を述べた。
「ありがとう、ほんとうに。あんたのおかげで助かった」
青年は、その顔をくしゃりと歪ませて嬉しそうに笑う。こんなに無邪気な笑い方ができるのに、なぜこの青年はここへ堕ちてしまったのだろう。きっとこの青年も、どうしようもなく天から見放されて、どうしようもなく罪を背負ってしまったのだろう。堕ちるべきは、人か、天か。
そして男も、その笑顔につられて笑う。ああ、笑ったなんて、何百年ぶりだろう。
「助かったもなにも、ここは地獄だぞ。面白いことを言う奴だ」
すると青年はいいや、と首を振った。
「そうでもなさそうだぜ、おじさん。……ほら」
スッと、青年の指が黒天を指す。
男が地獄の空を見上げると、どうしたことだろう、そこから、一筋の蜘蛛の糸が男へ目掛けて垂れてきていた。
白銀の光をした蜘蛛の糸は、死んだような地獄の闇に、よりいっそう輝いて見えた。
「そら、行けよ。あれにつかまって。あれはオシャカからのおじさんへの糸だよ。きっとあれにつかまって上って行けば、こんなところから逃げられるよ。天国へ行けるよ」
男は、その糸を眩しそうに眺めた。そして言った。
「知ってるか、あれのせいで、永久に地獄に堕ちた男の話を」
「……さぁ?」
「あれに縋れば――」 男は青年を振り向いた。 「たしかに天へ行けるかもしれない。でも、俺はここが気に入っているのさ」
呆気に取られて、口をあんぐりと開けた青年を見て、男は柔らかに笑った。
「ためしに、お前も一度あの糸を上ってみるといい。……きっと俺の言った意味が分かるさ」
そう言って男は、その場を立ち去った。
最後にちらりと、蜘蛛の糸を見上げて。その清らかな美しさに、かつて恋したあのひとを思い出して。
はじめて出会った、ガンジス川のせせらぎを思い出して。
◇
後には、青年が不思議そうに、その蜘蛛の糸のきらきらとした輝きを見ているだけだ。
そして、ふと、青年がそれに触れてみると。
霧に触れたように、白銀の糸は、不思議な水音と共に、ふわりと消え去ったのだった。
(おわり)
【Do you know how to die?】
「ねえ、俺、死にたいんだけど」
これが毎日の口癖。
学校が終わって日が傾いて、暮れそうな空の下を往く。
死にたい死にたい死にたい死にたい。
何度言ったか、数えた事もないが。
毎日飽きる程その台詞を聞く俺のオサナナジミとやらは、ぱっと振り返った。
「なーに言ってんの! 毎日毎日……そんなんじゃ、人生楽しくないっしょ?」
「楽しくないから、死にたいんだけど」
「じゃあ飛び降りとかしちゃうの?」
「それは怖いだろ。もっと簡単に死ねないのかな」
そういうと、オサナナジミはくすっと笑った。
向日葵みたいな、太陽みたいな。
そんな綺麗な顔で、ぱっと顔を明るくする。
「じゃあ薬で死ぬとか!」
「それ、学生の俺に用意できんの」
「う……他人の言葉で死ぬとか! ほら、学生の自殺理由って殆ど精神的なものだし……」
「言葉で逝けたら苦労しねーよ」
「じゃ、じゃあ溺死は? 海にいけばイチコロだよっ?」
「苦しい」
うーんと唸るオサナナジミ。
俺が死ぬ事に異議を申し立てたりはしないが、死なない方が良いといつも言ってくる。
俺と一緒にいても、つまんなそうな顔をした事なかった。
俺は、人生を15年も生きてきた。
そろそろ死んだっていいだろう。
物心ついた時から死にたがりだった俺は、気がつけば“死”以外に興味を持った事がなかった。
ずっと、死にたいと思ってた。
理由なんか知らない。ただ、死にたい。
「ねえ、正紀君……本当に死にたいの?」
笑顔は変わらない。
毎日毎日、キラキラした笑顔で、俺の隣にいるこいつ。
初めて、真剣な眼差しを受けた気がした。
いつだって笑ってるのに。
「ああ、死にたいな」
そういうと、奴は一瞬表情を歪める。
ただ本当にそれは一瞬で、すぐにまた、花が咲くように微笑む。
「じゃあ正紀君は明日死ぬでしょーっ!」
「……は?」
「へへ、占いだよ! 正紀君は、明日死ぬことができるかも!」
「何だそれ」
「占いってさ、当たるより信じる方が楽しいじゃん!」
そしたら正紀君でも楽しめるかも! なんて言った。
親が占い師だからって調子に乗りやがって。
俺は占いとか呪いじゃなくて、確実に死んでしまいたいのに。
「……良いよ、もう」
「……? 正紀君?」
「さっさと死ねる方法があればいいのに」
ぽつりとそう言葉を漏らす。
そうだよ。俺はさっさと死にたいんだよ。
周りからうだうだ言われたり人間関係に絡まったり。
そんな面倒くさい世界から、消えてなくなりたい。
気持ちの悪い泥の中から消える事ができたら、どれだけ良いか。
「大丈夫、正紀君なら大丈夫」
熱いアスファストの熱が、引いていく。
橙から紫へと変わる空は、俺達の上でずっと広がっていた。
雲が完全に空を閉じた時、オサナナジミは笑った。
「じゃあ、また明日ね!」
明日俺は死ぬんじゃなかったのか。
自分で言った事をすぐに忘れる癖は直らないか。
まぁ別に、明日死ぬらしいから良いが。
ああ。
さっさと、死んでしまいたい。
*
朝が来た。
分厚い雲が、景色を歪ませる程多量の雨を降らす。
霧と雨で何も見えない真っ暗な朝は、何か心地が悪かった。
学校は義務だから行く。さっさと着替えていつも通りテレビをつける。
出てきたのは、オサナナジミの顔だった。
『えー今朝5時頃、学制服を着た少女15歳が、自宅のマンションの屋上から飛び降りて自殺しました。学校側は……』
映っていた写真の中でも、あいつはにっこりと笑っていた。
「何で……何でなんだ……ぁ、ああ……!!!」
「あなた……落ち着いて……」
「落ち着いていられるか!!! む、娘が……明日香が……!!!」
制服を着たまま、急遽行われた葬式に、俺は参加した。
激しい雨が強く地面を叩く。その度に、俺の中で何かが渦巻いた。
俺が、死ぬはずだったのに。
俺が死んで、あいつが悲しむんじゃなかったのか。
自殺したい程、嫌な事でもあったのか。
お前が先に逝ってどーすんだよ。
「ばっかじゃねーの」
出てきた言葉が、小さくて助かった。
いつもへらへら笑って、友達も多くて。
成績優秀スポーツ万能。所謂才色兼備。
誰もが憧れる、充実した毎日を過ごしてきたあいつが。
ばかみたいに自分から人生を投げた。
雨が降った。
流れる雨は、地面を弱く叩いた。
晴れる事なく振り続く雨の中で、ぽつりと立っていた俺は、あいつの言葉を思い出す。
「――――そういうことかよ」
この世にいくつもの罪が存在するなら。
俺の罪なんだろうか。
幼馴染の横でずっと死にたいとほざいていた事だろうか。
それとも。
「すみません、おじさん、おばさん」
向き合った事もないその人達の前で、俺は言葉を紡いた。
泣きじゃくった顔で、すっとこちらに向いた彼らの目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「あいつを殺したのは、俺です」
多分、俺の罪はそういうことになるだろう。
「え……?」
「死ねと言ったんです。俺が、あいつに」
「……ど、どうして……そんな…ぁ……!!!」
俺が、死にたがっていたから。
だからあいつは死んだんだ。
言葉であいつを殺したんだ。
「俺を殺してください、俺があいつを殺したように」
昨日の“あの”言葉は、そういう意味だろう、なぁ?
だったらお前の占いを、全部信じてやるよ。
『じゃあ、また明日ね!』
――――――――――お前が俺を、信じていたように。
俺が死ぬのは罪を償う為か?
それともずっと死にたがっていたからか?
ちがうよな。
「――――――会いに行くよ」
出てきた言葉が、小さくて助かった。
そんな気がした。
*END*
【あとがき】
何でしょうね。こんな文を書いた私が最早罪。
罪とはあまり深く関わってなさそうです(泣)
前回とは違って長くなりました。
あと読み辛さ1000%です。御了承願います……!
注:若干修正致しました。
ねぇ、知ってる?
その『教会』は古くて、綺麗で、そして誰もいない。そう、廃墟。でもね、そこに行った人はみんな、すごく幸せそうな顔をして帰ってきたんだって。誰もが辿り着ける訳ではないらしいんだけど、着いてしまった人はね。
でね。その人たちは、みんな同じ事を言うんだって。恍惚として、何かを崇めるようにしながら。
――何か、とても軽いんだ。今まで背負っていたものが、すっかり無くなってしまったかのように。
知ってる?
どんな『罪』でも赦してくれる、深夜の秘蹟。
深夜を越えた頃、その教会に入って懺悔するとね、それは全て無かったことになるんだって。
ね、どう。面白そうでしょう? ねぇってば?
『ゲオルギウスの槍』
あぁ。今日は確か、あいつの命日だったか。
なんとなくだけど、そんな気がする日のことだった。
「ねぇ、知ってる?」
新学期が始まって一月。
大学のキャンパスは未だに浮ついた雰囲気を残しながら、徐々に落ち着きを見せ始めている。一説によれば五月病を患う学生が大量発生するせいで、そもそも構内をうろつく人数が減っているからとも。
さもありなん、と僕は思う。これから梅雨が来て、更に蒸し暑い夏になると思うと気欝になるのも仕方が無いだろう。それでもまだ元気なのは今年入ったばかりの一年生か、学生運動だか何だか知らないが、しきりに本部の前でマイクロホンを唸らせている連中くらいだ。
そんな長閑な五月の昼、割と混み合った学食で。
『彼女』は唐突に向かいの席から顔を寄せて、そんな呆れるくらい要領を得ない問いを発した。だが、これもいつもの事である。いちいち「知らない」と答えてやるのも面倒なので、黙ってラーメンを啜っていると。
彼女は笑顔を貼り付けたまま更に顔を近づけて、壊れたテープのように質問を繰り返し始めた。
「ねぇ、知ってる? ねぇ、知ってる? ねぇ――」
「ちょっと……なんか怖いよ、ハルカ。いくらオカルト研究会だからってね、自分がオカルトになっちゃうのはどうかと思う」
「む、なによ。イチローが無視するからでしょ、っと」
渋々と反応を返した途端、彼女――ハルカは、にかっと少年のように笑って。やおら僕のラーメンに自分の箸を突っ込むと、念の為に麺の中に沈めておいた味玉を的確に救い上げ、あっという間に口に運んでしまった。
や、瑣末な事である。が、味玉は僕の数少ない大好物だった。
「……僕ね、好きな物は最後に食べるタイプなんだ。知ってた?」
「えへへ、ごちそうさま」
「はぁ。あいつがいないと、標的は僕に移るって事なのかな」
反省の色なし。それに怒る気が失せてしまうのも、僕も遂に諦めの境地に達したという事だろうか。
その無駄に爽やかな笑顔は、女らしい計算というよりも、凡そマニッシュな無邪気さを感じさせた。薄く日焼けした肌に、ボサボサと跳ねるがままにした短い茶髪。ぽいっと野球帽でも被せれば、男子と見紛うような……なんて言えば、今度はチャーシューが危ないだろうから言わない。
「それよりさ、聞いてよ。また面白い話、仕入れてきたんだけど……」
「…………」
彼女の言う「面白い話」の真偽が、詐欺で訴えるレベルでなかった事など一度もない。さらに言えば、彼女が代表を務める『オカルト研究会』の副代表は僕という事になっているのだが、これもまた一度も僕自身が是認した事はない。
「イチローさ。『深夜告解』って、知ってる?」
まぁ、それはともかく。言ってしまえば惚れた弱みというもので。
僕たちが例の『教会』を訪れる事になったのは、そんな事がきっかけだった。
○
「なぁ。俺たちはずっとさ、一番の『ともだち』だろ?」
「あ、わたし知ってる! そういうの、『しんゆう』って言うんでしょ」
「しんゆう……? じゃあそれだ、たぶん。なぁ、もちろん良いよな、イチロー」
「……親友、ね。いいんじゃないかな、別に」
「よし、決まりだ!」
「決まり~!」
「いいか、『約束』だからな。ハルカもイチローも、ずっと――」
僕には、かつて二人の『しんゆう』がいた。
ハルカ、そしてトオル。幼い頃から家族のように接してきた僕たちは、それこそ互いに家族以上の存在だったと思う。無邪気なハルカと無鉄砲なトオルの組み合わせは危なっかしくて見ていられず、いつも結局は僕も巻き込まれていた。いや、本当は仲間外れにされるなんて耐えられずに、必死になって付いていっていただけの事かも知れない。
だから、なのだろうか。その年端もゆかぬ頃に交わした在り触れた『約束』は、僕の心に自然と染み付いて。なんだかんだニヒルを装いながら、それに一番こだわりを感じていたのは、おそらく僕だったろうと思う。
――そう、決して約束を破ってはいけないのだ。
たとえ僕らの中心だったトオルが、今はもう亡い人間だとしても。
○
「で……まさか、本当に『ある』とはね」
「ふふん、だから言ったでしょ? 今回は当たりだって」
その日の夜。
郊外にある森に方位磁石と地形図、二人でひとつの懐中電灯で突貫し、ハルカの仕入れた「面白い話」の現場を捜索した。
どれだけヒマなのか、などとは聞かないで欲しい。大学二年生なんて、皆こんなものである。ハルカは放っておけば一人でも探しにいきそうだったので、僕としては保護者役の悲哀を背負っての夜間行軍だった。
そして、幸か不幸か。
果たして、その寂れた『教会』は森の中にひっそりと隠れるようにして建っていた。
「ん~~、燃えてきた! 早く調べにいこうよ、イチロー」
はしゃぐハルカが飛び出さないように襟首を掴みながら、僕はその絵本に出てきそうな建物を観察した。森の中に開けた空間に建つ、煉瓦造り風(暗いので良く分からないが)の小さな、しかし背の高い平屋だ。その急峻な屋根からすらりと伸びた細い塔の上に、銀色の十字架が月灯りを弾いている。全体的に控えめな外観からは『教会』というよりも、より簡素な『礼拝堂』といった雰囲気が感じられた。
探しておいて何だが、こんな場所に教会があるなんて。
周囲には人家はもとより、そもそも道らしい道もない森の奥である。あやしい、あやしすぎる、と正直に思う。オカルトの類を信じている訳ではないが、ふと宮沢賢治の童話を思い出して思わず顔を顰めた。
「山猫軒、かよ。取って喰われやしないだろうね」
それも自分で自分に塩を塗りこんだり、パン粉をまぶされたりしたら堪らない。
「なに言ってるの。ほら、早く行こう?」
「分かった、分かったから。というか、ホントに廃墟なのかな、これ」
気付けば立場は逆転し、僕はハルカに手を引かれて入口まで歩いていった。周囲の下草は払われているような跡があるし、小さな扉に取り付けられた真鍮のノブとノッカーは丁寧に磨かれている。妙だ。都市伝説に語られる逸話では、それは廃墟じみた荒れ庵のイメージではなかったか……
「おじゃましまーす」
「ちょ、おい待ちなって、ハル……」
そうして僕が考え込んでいる間に、ハルカは何の躊躇いもなくドアノブを回す。遠慮というものは無いのかと突っ込みを入れる前に、その薄暗い内部が見えて……僕は我知らず、出かかった言葉を呑み込んでしまっていた。
それはまるで岩窟のように息苦しい、しかし不思議な安心感のある空間だった。
五人も座れば一杯になりそうな長椅子が、左右に三列ずつ並んでいる。その中央に空いた通路を視線で辿ると一段高い演壇があり、簡素な銀十字があしらわれた卓が置かれて。そして何より目を引くのは、背後の壁に嵌め込まれた小さいながら見事な造作のステンドグラス。
「あれは、聖ゲオルギウス……? 珍しいデザインだな」
「そうなの? ふぅん、でも綺麗だね」
ハルカを抑えるのも忘れて、ふらふらと吸い込まれるように中へと入る。淡い月灯りを透すガラスの芸術は、確かに美しかった。が、そこに描かれているのは雄々しく巨槍を掲げ、醜い竜を踏みつけにする騎士の姿。英国を中心として有名な聖ゲオルギウスの征竜譚は、しかし、この日本では決してメジャーなものではない。ステンドグラスと言えば、聖母子像や三賢人が描かれるのが普通だろう。
と。二人して魅せられたようにそれを見つめている、その時だった。
「竜は『悪』、そして『罪』の象徴。ゆえに、聖ゲオルギウスは原罪克服のモデルとなりうるのです」
「っ……!」
良く通る、穏やかな声。
不覚にも心底から驚いて、きょろきょろと狭い教会の中を見回すと。月光の陰になっていた隅の方から、その声を練って形にしたかのように優しげな男がぬっと現れた。黒衣にロザリオ。長身にメガネ。
「ようこそ、神の家へ。あれかな、迷えるなんとかって奴でしょうかね」
――結論。教会は廃墟に非ず、ちゃんと主がいた。
謎解きの答えは実に簡単で、つまり、噂はデタラメだったという事らしい。
○
トオルが鬼籍に入ったのは、三年前の五月の事だった。
自宅マンションからの転落死。警察は不審な点は無い事故、もしくは自害と結論づけたが、僕らにしてみれば分からない事は多い。彼の自宅は四十階建ての高層マンションで、それの『何れの位置から落ちたか』は不明のままとされた。零時を挟んだ真夜中に転落したらしい事から、おそらく自室の窓からだろうと言われてはいるが――
遺書もなく、事件の跡もない。
その実感は酷く曖昧で、トオルはなんで死んだのだろうと、今でも考える事がある。
○
「なるほど。そんな噂があるとは……」
「すみません、信じていた訳ではないんですが……興味本意で」
苦笑する神父に、事情を説明して頭を下げる。まかり間違えば不法侵入であるから、それも当然ではある。まぁ、なんで僕がと思わないでもないが、傍で仏頂面をしている某に任せておけるはずがなかった。
神父が現れてからハルカは口数が妙に少なく、視線も下がり気味に思える。怯えている?いいや、ただ「外れ」が確定した事で拗ねているだけだろう。
「構いませんよ。しかし、こんな夜に森を歩いてきたというのは感心しませんね」
若き神父はそう言って、耳に手をあてる仕草をしてみせた。
「このあたりには野犬が出るんです。なので、今夜は朝になるまで此処にいるのが良いでしょう。狭いですが、ひとつだけ客間もありますから」
ハルカと顔を見合わせ、僕らも息を詰めて耳をそばだててみると。確かに、大して遠くもなさそうな距離で遠吠えをする野犬の声が聴こえる。背筋がぞっとする思いがした。僕らはその中を能天気にも、懐中電灯ひとつで歩いてきたのだから。
腕時計を確認すると、もう一時を回っている。夜明けには、まだ五時間近く待つ必要があった。
「その……ご迷惑では?」
「いえいえ。ご覧の通り、此処は半ば山小屋のようなものですから。お気になさらず」
「いい、ハルカ?」
「うん。お願いします、神父さん」
ハルカが呟くように肯うと、神父は微かに口元を歪めて。
暗く沈んだ聖堂の左隅にある扉を指差しながら、さも愉快そうに言った。
「では、あちらへ。ベットは一つなんですが、別に構いませんよね?」
○
瑣末な事ではある。が、僕は女性と同衾した事なんて一度も無かった。
「と、いう事で。僕は礼拝堂の長椅子を借りることにするから」
「えぇ~。別に、わたしは気にしないんだけどな」
こんな時だけ上目づかいで、何かを期待するような。そうして尻すぼみになっていく台詞は、ひどい反則だ。ともすれば足を留めてしまいそうになるのを堪えて、ひらひらと手を振ってみせる。僕にしたら、かなり頑張ったと思う。
「冗談は胸のサイズだけにして。じゃあね、寝坊しないでよ」
飛んでくる枕を躱して、客間を出る。
昔なら、同衾するのはともかく同室にいるくらい、僕だって気にしなかっただろう。だが、今はそれが『怖い』。これ以上はハルカを意識してはいけない。それはつまり――『約束』を反故にしてしまうという事なのだから。
「ねぇ、イチロー」
だが静かにドアを閉めた時、中から掛かった言葉の声色が気になって。僕はドアに背を預けた体勢のまま、その声に耳を傾けた。
「今日、トオルの命日だよね。覚えてる?」
「っ……あぁ、もちろん」
トオルの名を聞いただけで、自分の肩が震えるのを感じる。ドア越しでハルカに見られていないのは幸いだった。流石に疲れて眠いのだろうか、その声は囁くようで力がない。ドアに耳を当てるようにしなかれば、聞き逃してしまいそうだった。
「あんな所から落ちるなんて、トオルらしいよね。いつも無鉄砲で、無茶な事ばかりやってた」
「あぁ、そうだね」
「朝になったら、お墓参りに行こう? 去年は二人で行けなかったし」
「あぁ……うん。そうしようか」
なぜ今、そんな話をするのか。トオルの事を話すのは、二人とも暗黙の内に避けていたはずだった。殊更に彼の死を意識してしまうのは、今のバランスを崩すきっかけになりかねなかったから。
そうして生返事を返していると、暫くのあいだ沈黙が続いて。それを破ったのは、情けない事に僕ではなく彼女の方だった。
「おやすみ、イチロー。寂しくなったら、いつでも来ていいんだからね?」
「バカ言え……おやすみ、ハルカ」
わざと足音を鳴らし、客間の前を離れる。
正直、僕も疲れている。身体が重く、心はもっと重い気がした。狭い教会だが、出来るだけ離れた場所に座って眠ろうとして……その途中、演壇の前に神父が佇んでいるのを見つけた。
「眠れませんか。いや……そうではなさそうですね」
神父はこちらを振り向き、やはり穏やかな声で言う。僕はただ頷いて、その隣へ歩いていって肩を並べた。何か話がしたかった。ステンドグラスを見上げる神父の目は全てを見透かすようではあるけれど、今は不思議とその感覚が不快ではない。
しかし、ふと彼の口から囁かれた言葉は、まるで本当に心を読んでいるようなものだった。
「そんな風に己を縛っていたのでは、さぞ辛いでしょう」
「え……?」
神父は笑っている。それは聖職者の笑みというより、悪戯な子供の笑みのように思えた。
「罪は心に在るもので、行為に付随するものではありません。ましてや、いまだ為していない事に罪がある道理はないんですよ」
「…………」
その言葉の意味は解るが、意図が解らない。僕が何とも応えられずにいると、神父は更に言葉を繋げていった。
「この教会には時折、貴方たちのような人が訪れるんです。逆に、そういった方々以外には、こんな所を訪れる者はおりません」
「それは……『罪』を持った者?」
「お分かりでしたか。お若いのに、敏い御仁だ」
くすくすと笑う神父。僕としては冗談のつもりだったのだが、やはり彼の真意は分からない。
「噂というのは怖いものですね。半分は当たり、半分は外れです」
――どんな『罪』でも赦してくれる、深夜の秘蹟。
そう。まるで、かの都市伝説の再現だ。森中の教会、いないはずの神父、そして罪人。その教会に辿り着く条件として相応しいのは、無論、『罪』を持っている人物という事になる。
不意に。頭上で月に煌く硝子の騎士が、その蒼い眼で僕を睨んでいる気がして。思わず自分で自分の肩を抱いて震えに堪えた。
「まさか。あんまり、からかわないで下さいよ」
「ふむ、そうですね。冗談という事でも別に構いません。貴方の『罪』は、はっきり言って微笑ましいほどに軽いものですから。……と違って、ね」
神父が演壇に上がる。
そして硝子の騎士を背に、彼は槍を掲げるように右手でロザリオを天に突き上げながら言った。
「告解の秘蹟を、ここに。一夜に一人だけ、その『罪』を滅しましょう」
「え、ちょっと待っ……」
「一人だけ、です」
「あ、」
それは、あまりに強い誘惑だった。
僕の罪。ハルカを愛し、トオルが死んだのを良い事に『しんゆう』の枷を外してしまおうと望んだ事。
まさか信じた訳ではない、と自分に言い訳をして。
「僕の、『罪』は」
それが赦されるのならば、と。僕は心に秘してきた全てを、神父に語った。
○
――残ったのは、ざらりとした奇妙な違和感。何か忘れているような、整合性のない感覚。
しかし、そんなものは瑣末な事だ。今からでも間に合うなら、ハルカの所に行こうか。そう、何か、とても軽い。今まで背負っていたものが、すっかり無くなってしまったかのように。
(了)
・あとがき
こんにちは。またお前か、とでも言われそうですが、お目汚し失礼します。
なんだか妙に長くなった上に、『罪』のテーマからは段々離れていったような気もします。申し訳ありません。ちょっとした違和感を仕込んでおいたのは、ご愛嬌で。深く考えても決定的な描写はないので、後味が悪くなる前に読み流してしまってください(汗
では。この文が読んで下さった方の心に、読後一分でも残りますように。
あげさせて貰います。
お願いです、書ける人書いて欲しいです(涙
「 天使と悪魔、天国と地獄 」
──天界と魔界の狭間で
悪魔の少年と天使の少女は
出会ってしまった。
†
天界と魔界の狭間を両者を踏み入れさせぬが如く、
間に大きく深くて。清らかに、美しく可憐なる清水が流れ、あらゆる傷を癒やし力を与えると言い伝えのある大河にて彼は狭間の向こうに佇む彼女の姿を垣間見た。
たった一人。自身も一人。その距離の差はあれど二人が気付かぬはずはなく。少女は無言で睨み付け嫌悪を表した。
しかし──
少年は違った。
その日から悪魔の少年はあらゆる勉学、武術、社交を学ぶ。血反吐を吐き自らを徹底的に追い詰め血眼になり全ての知識を身体に覚え込ませ。
──美しく強き悪魔へと成長した
そこまでして自らを厳しく成長させた理由はただ一つ。
「あの人と一緒になりたい」
少年は少女へ逢いに行く。河辺で少女と同じ可憐な花畑に、花冠を作る少女を──
悪魔の少年は呼びかけた。
「ずっと好きでした」
「汚れし悪魔よ。近寄らないで、永久に……」
花冠は、美しく、壊れる。同時に少年も────
†
悪魔の少年は魔王となった。そして数多の天使を気ままに、残虐、冷酷、非情、妖艶の限り、
─────惨殺した。
それを
嘆き悲しんだ神により
天使と悪魔は互いを愛し合うようにした…………
しかし、魔王ルノアールは違った。
どんなに懺悔し悔いて神に慈悲を乞うても神は魔王がかつて愛した天使の少女と結ばれないようにした。
天使長マリーもかつて忌み嫌った悪魔の少年への暴言を悔い改めて赦しを乞うても、魔王ルノアールと結ばれることはなかった────
この二人は永遠にお互い愛し合うけれども
「結ばない。神の怒りで」
END
イヤー拙い(笑)
くっだらないお話し暇つぶしにどーぞ(笑
題<<いじめ、その裏は、殺人。>>
少女はやってきた。ある初夏の日に。
★★★
少女の名は美羽(みう)といった。
美羽は身長は低かったが、前の学校では天才少女と呼ばれていたほど勉強もでき、スポーツもでき、そしてなにより、
可愛かった。
けれどそれは、アイドルとか、美少女とか、そういうのではなかった。
魅力的、というのが一番合っている。
笑顔がよく、男子とも女子とも仲良く接していた。
★★★
いつしか美羽は、クラスの中心となっていた。
それを良く思わなかった人物がいる。
優奈(ゆうな)、だ。前までのクラスの中心人物。
ブロンドの髪、碧眼、色白の肌。
ふつうにかわいいのに、金持ちお嬢様だということを鼻にかけていて、嫌われていた。
これまでにも優奈や取り巻きは色々な子をターゲットにしてはいじめていたが、
美羽がターゲットになったのは、言うまでも無い。
ある日は上履きをトイレに投げ込み、
またある日は教科書の表紙に落書きをしたり、
またある日は着替え終わった制服のスカートを引き裂いたり。
しかし、本人は気づいていなかった。取り巻きが、少しもいじめに参加していないことに。
★★★
ある日の調理実習が終わって。美羽は、なにやらごそごそしていた。
何かに、使い終わったエプロンを巻きつけている。
「美羽、さん。・・・いいかな。」
美羽はそれを、さっ、と服の中に隠した。
「・・・いいですよ。」
美羽は学年の人気者、瑠華(るか)に呼び出された。正確には呼び出してもらった、なのだが。
「いいです。」少しはなれたところで、瑠華が言う。
すると。
上から、美羽に向かって。誰かが、落ちてきた。
優奈だった。
「永遠の眠りにつくがいい!」屋上で誰かが叫ぶ。
「美羽!助けなさい!」落ちてくる優奈が叫ぶ。
だが、美羽はこう言った。
「グッバイ、フォーエバー。 永遠に、さようなら。」
そして、笑った。
上から落ちてくるモノに、目を細め、
先ほどの何かを、・・・ナイフを、突きつけた。
★★★
もちろん、この学校は、廃校になった。あいにく、天才少女・美羽によって、犯罪者は捕まらなかった。
★★★
~あとがきじゃないあとがき。~
読んで下さり、ありがとうございました。 完。なのです。
折りたたみ傘
雨が降りだしたことに自動ドア越しに気づいて、本を持ったまま手を止めた。傘は持っていない。朝から怪しい様子ではあったのだが、昨晩の夜更かしのせいで寝坊してしまい慌てて飛び出してきたためである。雨粒は大きくないようだが、しとしとと降り続いている。家からここのバイト先まではそう遠くないため自転車で来ていて、雨が降りそうなときなどは傘を持って歩いてくるのだが、今日は天気予報すら見てなかった。これは濡れるなあ。
俺は外から手元に視線を戻し、本棚の整理に戻った。こんな日は客足も少ないので、普段人の多い場所にも手をつけてみようか。
「降りだしましたね。今朝はだいぶ慌ててましたけど、傘は持ってるんですか?」
同じくアルバイトをしている女子高生が話しかけてきたので目を向ける。髪も黒いしそう派手な格好はしていないのだが、近くで見るとまつげは長くしているし頬はナチュラルに赤く染められているし、抜け目がないなと思う。担当場所が違う上普段なら仕事中に雑談をすることは少ない子なのだが、今は近くに客もいないからであろう。
「それが持ってないんだよ。これはずぶ濡れルート確定だ」
「風邪とか大丈夫ですか?」
「部活帰りに濡れたときに、それを何度願ったことか」
「あはは。体強そうですもんね」
彼女はそう言って笑いながら立ち去った。しっかり者だからやはりしっかりと傘は持っているのだろう。あわよくば相合傘なんて申し込まれてイベントが発生してみないだろうか、なんて悲しい一人身の俺は考えてみるけど、ないない。まず高校生である彼女は俺より先に帰らなければならないし。
「……よし完璧。さすが俺」
目の前の棚がきれいに作者順に並べられた様を見て、独り達成感に浸りながら次の本棚へ向かおうとした。そして一瞬動きが止まる。視線を向けた先には常連客の女子大生がいた。週に二、三度は来店してほぼ毎回本を買っていくのに、雑誌はほとんど読まないらしい読書家だ。彼女の探している本が見つからないときに何度か話したことがあるが、気品があって感じのいい人だった。雨の中来たのだろう、足元が濡れている。
次は彼女のいる棚を整理しようと思っていたのだが、隣でがさごそとされるのもいい気分ではないだろう。他の場所へ移ろうと体を反転させると、誰かにぶつかりそうになった。
「あ、す、すみませ……って君かい」
客かと思って謝りかけたら、俺の後ろに立っていたのはさっきの女子高生だった。
「あの方、美人ですよねえ。この前話したら、先輩と同じ大学に通ってるそうですよ」
「マジで。ていうか君あの人とそんなことまで話すのか」
「同年代の女性店員は私しかいませんからねえ。あ、羨ましいんですか?」
彼女が意地悪そうに笑う。今あの女子大生を見ていたのを見られていたのか。俺は恥ずかしくて早口になって言った。
「いや違うって。つーか話してばっかいないで仕事しろよ」
「はーいすみませーん」
彼女は楽しそうに笑いながら歩いていった。年下にからかわれるなんて、俺もさすがの情けなさだ。
しばらくしてから、俺はレジに移った。少しは客も増えたがやはり暇。しかしそうやって気が抜けているときに、例の女子大生が本を持ってきたので驚いた。結構長く店内にいたんだな。彼女がカウンターに置いた本を手にとって、カバーをつける。
「雨、やみませんね」
彼女が話しかけてきたので、心臓が活発になったのをなるべく無視して冷静に答える。
「そうですね。実は僕、傘を忘れて自転車で来てるんですよ」
「えっ、大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます、でも健康だけが取り柄なので平気ですよ」
「そうなんですか、でも気をつけてくださいね。それでは」
彼女は笑顔を浮かべながら本の入った紙袋を手にとってかばんに入れ、その手で折りたたみ傘を取り出しながら外へ出た。
そうやって彼女と話せたから、俺は一日気分のいいままバイトを終わった。とうに高校生の帰らなければならない時間を過ぎ、店長に挨拶をしてから真っ暗になった外へ出る。しかし外の土砂降り具合に、さっきまでの気分は吹っ飛んだ。辺りの音を完全にかき消して水が地面にぶつかっている。梅雨の雨らしく雨粒は細かいのだが、だいぶ量があり、これは自転車で駆け抜けたとして帰ってからが大変そうだ。
誰かがビニール傘を置いていたりしないだろうかと、勝手に使ってはいけないと思いつつも傘たてに目を向けてみた。するとそこには一本の傘がぽつんと残されているではないか。女物の傘だが、こんな日に忘れて帰るなんてあるのだろうか。
そこで俺は、傘の柄に小さな紙が貼り付けられているのに気がついた。近づいて見てみると、きれいな字でこう書いてある。
『女物ですが、よければ使ってください。』
……これは、誰に向けた言葉なのだろう。もしかしてもしかしたら俺だろうか。店の中にはもう店長しか残っていないし、その店長は車で出勤している。これを使ったとして、ばちは当たらないんじゃないか。
しかし女性らしい傘をさして歩くのは恥ずかしいからやはり自転車で駆け抜けようと思いもう一度顔をを上げて、雨のひどさを再確認して、俺が使うなんて見当違いだったらごめんなさい、と傘の主に謝りつつお言葉に甘えることにした。
次の日も雨だった。俺は玄関に干していた傘をたたみ、今度はちゃんと自分の傘をさして店に向かう。昨日の晩よりは雨脚はましになっていて、たたんでいる傘を濡らさず持ってくることができた。店に着くと、『ありがとうございました。濡れずにすみました。』と書いたメモ用紙を傘の柄につけて傘たてに置く。これで持って帰って気づいてくれるだろうか。
見知らぬ人と秘密の会話をすることにわくわくしながら仕事をしていると、俺より少し後に来たバイトの女子高生が話しかけてきた。
「こんにちは。昨日、濡れませんでした?」
「それが、誰かが傘を置いていってくれたみたいで、しかもどうぞ使ってくださいってメモまで残してくれてたから、ありがたく使わせてもらって濡れなかったんだよ。いったい誰なんだろ」
「あ、気づいたんですね。よかったです」
「え……もしかしてあの傘って」
「なんでもないでーす」
そう言いながらまた彼女はすぐに去っていく。あの傘を残してくれたのは彼女なのか。俺が昨日傘を持っていないなんて知っている女性なんて、彼女と例の女子大生くらいしかいないはず。ほとんど交流のない人が、まさかあんなことをしてくれるとも思えないし……。
女子高生が、ただのバイトの先輩にがわざわざこんなことをしてくれるものだろうか。しかし一度そうやって考えてみると彼女はよくバイト中に俺に話しかけてくる気がしないでもない。
いや馬鹿か俺。自意識過剰もほどほどにしないと、一人身暦がさらに長くなるぞ。つーかバイト中だろ仕事しろ。
そう自分に言いきかせて意識を目の前に戻す。しかし視界の隅で自動ドアの開いたのが分かったのでそちらに視線を向けると、あの女子大生だった。濡れた折りたたみ傘を手に持ってこちらの方へ歩いてくる。目が合ったので会釈をすると、向こうは笑いかけてくれた。
「こんにちは。体調は大丈夫ですか」
「ああ、昨日の雨ですか? それが、同じバイトの子が傘を置いていってくれたみたいで助かったんですよね」
俺が若干照れ隠しでそう言うと、
「――そうなんですか。よかったです」
彼女は微笑を浮かべてもう一度会釈をしてから、よく行く本棚へ歩いていった。
*********
上旬に締め切りってなってますが大丈夫かな、とびくびくしながら。
皆さんが凄く深いものを書いている中で、私にはやっぱり日常の小さな罪の方が性に合ってるみたいです。
語り手の男が一番罪な気もしますが←
支援あげします!
『犯罪者達のワンダーランド』
そこは退廃的な場所だった。
死の臭いがそこかしこから香ってくるような地獄。
廃ビルと廃工場が折り重なった、複雑で起伏にとんだ地形。
下水が湧き出る泉には、薄汚い襤褸(ぼろ)切れを羽織ったゾンビみたいな負け犬達が、蟻みたいに群(むら)がっている。
「イやアァァァァァああぁぁあ嗚呼アアああアッッツッツ」
今日もまた悲鳴が空を劈(つんざ)く。
ここは“犯罪者達のワンダーランド”
名をアンダーグラウンド・ジ・アリス。
7月22日、シャツも汗で黄ばむほどに暑い40度近い日。
悪党たちの脳みそは蕩(とろ)け、崩壊していた。
その酷暑は元々安っぽい自制心などないに等しい、彼等の理性が決壊(けっかい)するには十分な衝撃だろう。
最初の殺人はG-7と名付けられた東部区で起こる。
狭いビルの隙間。
吹き抜けるビル風が生温くて苛立たしいという下らない理由で、殺人を犯した男が立っている。
男の身長は185cmより少しある程度。
一般的には背が高いががっしりとした偉丈夫が多いジ・アリスでは普通程度だ。
銀色の無造作な髪型と紫と碧のオッドアイ。
漆黒の軍服然としたここに住む者達にしては小奇麗な服装をしている。
一見すれば美形貴族のような殺人とは無縁な甘いマスクの持ち主。
そんな美男子を絵に描いたような男の目下。
ブロンズの長髪をした体格の良い女性の遺体。
真っ二つになって内臓や骨が丸見えになっている。
血は水溜りのごとく広く遠くまで流れていて……
その女性の遺体を抱きかかえながら、細身の黒髪ショートカットをした露出度の高い服装に身を包んだ女性が泣き喚く。
「ユーリスたん!? ユーリスたんが死んじゃったあぁぁぁぁっ! 悪魔っ、人でなし」
「何言ってんだ? ここにロクデナシじゃねぇ人間なんているのか?」
呂律(ろれつ)が回らないのか泣き喚く女は“ちゃん”という愛称部分をきっちり発音できていない。
涙ぐむ女性に殺人を犯した男は素っ気無く冷たい口調で告げる。
そして少しニヤニヤして見せた後、また口を開く。
「なぁ、お前。ここに来て何年だ? いや、何ヶ月……何十日?」
「昨日だよっ!」
どうやら目の前にいる女は最近ここに送られてきた新人らしい。
道理で知り合いが死んだ程度で随分と取り乱すわけだ。
納得したと同時に男は笑い出す。
「くっくくくくっくくくっ、はははははっ! そうかそうか、悪かったな。やっぱりそうか。お前魔女にだまされて食われそうになっていた所を俺に救われたのさ!」
「魔女?」
“魔女にだまされる”とはどういうことか、本気で疑問に思う女性。
しかし質問しようとすると男は手袋で覆われた手を突然向けてきた。
握手の振りをして何をするつもりだといぶかしんでも、女性は条件反射的に手を出し男の手を握ってしまう。
「まぁ、魔女の話は後にしようか。俺の名はサイアス。サイアス・マクヴァール。てめぇは?」
「ハルヴィ。ルシアス・ハルヴィ」
血に染まる路地裏で自己紹介など狂ってると思いながらも女性は名乗る。
サイアスと名乗った男に対して、ルシアスと。
………………
一旦区切ります。
「しっかし、ユーリスたんねぇ? たった1日でこのババァ、どうやって新人誑(たら)し込んだんだか」
「なっ、何を言っているんですか! 彼女は良い人で……昨日僕を助けてくれたんだ!」
口角を上げ馬鹿にしたような口調でつぶやくサイアスにルシアスは本気で食って掛かる。
彼女もここがまともな場所などではないことは知っているが、たった2日でこんなことになるのは想定外らしい。
相当取り乱していて、言葉遣いが定まっていない。
昨日のことを脳内で思い描きながら、必死でユーリスだった遺体の擁護をする。
「そうか。で、絡んでいた男の数は10人程度で赤髪の尖りヘッドが居たな?」
「なっ、何でそんなこと」
「そして、多分赤髪尖りの左横に居る黒い怪しげなフードつけた無精ひげ野郎が最初に声かけてきたはずだ」
「そっそうです! 全て当たって……」
しかし男は何よりも冷たい声で冷静に言う。
サイアスの予想は全て昨日の情景と一致していて。
恐怖すら覚えるほどだ。
まるで有名な話のように。
「分るよ、有名だ。そいつの手口だからな。いい加減殺すべきだと思ってた所さ」
「そっ、そんな……」
驚愕して上擦った声を出すルシアスを面白そうに見つめながら、男はぽんと両手を合わせにこりと猫のような笑顔を見せる。
そしてユーリスがジ・アリスでは有名な新人狩りであることを明かす。
絶句するルシアス。
「大丈夫だ僕っ娘。俺は親切だからな。このジ・アリスで1番っ、いっちばん……親切な男だ」
「1番……? 1番!」
「そう、1番だ」
ルシアスに人懐こい笑みを浮かべながらサイアスは目を大きく開く。
そしてルシアスの黒曜石のような瞳を見詰める。
1番大切という言葉はルシアスに異様に強く刻まれて。
かのじょはすっかりサイアスに依存するようになった。
催眠術。
サイアスがジ・アリスにて手に入れた力。
それを行使したのだ。
勿論ルシアスを自らの手駒として使うために。
………………
一旦区切ります。
ルシアスがサイアスの催眠を受けてから10日が過ぎた。
ルシアスはサイアスの根城に連れて行かれ、10日間全く外から出ていない。
ルシアスはこのアンダーグラウンドでも最高クラスの実力者らしく、根城は途轍もなく広くどうやったのか電気や水も通っていて相当暮らしやすいのだ。
外に出る理由がない。
そもそも、サイアスに外に出るなと命じられている。
深夜、サイアスの城3階にある1室。
ルシアスの部屋と書かれた札が張られている個室。
あえぎ声と衣擦れのする音が僅(わず)かに響く。
「なぁ、ルシアス。ここは罪を罪とも思わない屑どもしか居ないから怖いだろう?」
「はい、ごひゅじんしゃまぁ……」
「俺も心配なんだ。君みたいな純粋な娘がなんでこんな所に送られてしまったんだろうなぁ? 俺は君を護るよ。分るね、ここで君の見方は俺だけだ」
「ひゃい。ごひゅひぃんしゃまぁ」
巨大なシャンデリアに赤い絨毯(じゅうたん)。
調度品の全てが贅沢で華美(かび)な目に優しくない部屋。
ベッドのシーツや布団の色はピンクだ。
そんな部屋の中ではルシアスとサイアスの裸体が重なり合っている。
10台半ば程度の控えめな体つきをしたルシアスを犯しながら、サイアスは自分の行っている行為からは全く伴(ともな)わない言葉をルシアスに掛ける。
いつの間にやらルシアスは彼のメイドであり彼なしではいられない体にされてしまったようだ。
――――――――
G-7地区。
とうにユーリスの遺体は処理されていた。
赤髪の尖りヘアの男が立っている。
「許さねぇ。許さねぇぞユーリス姉さんの敵だ!」
――――――――
アンダーグラウンド・ジ・アリス。
そこは犯罪者達のワンダーランド。
警察達が匙を投げた凶悪な犯罪者。
彼等は皆一様に人間として一線を画した身体能力と夫々固有の能力を有していた。
サイアスは催眠術、ユーリスは特定の性質を持つ人物をひきつけて話さないホルモン。
そしてルシアスは――
アンダーグラウンド・ジ・アリス。
そこは人類を超越した悪党達の培養所にして、罪有る者達に対する居住区。
政府も逃げ出す化け物達の楽園。
悪は勝つ。
正義などない。
罪は……その者が罪と認識しなければ罪になり得ないのだ。
ここは殺戮も窃盗も破壊も許される咎人(とがひと)達の楽園(シャンバラ)。
あぁ、誰もが何の意味もなく死んでいく。
それもまた罪なのなら何と罪とは安いことか。
怒りを買い自壊するのも自由。
「死ねよサイアス。てめぇの時代は終りだ。間抜け野郎」
「あぁ、間抜けだな……俺はな、ユーリスの腰巾着(こしぎんちゃく)どもが嫌いでね」
「何が言いてぇ!?」
「俺が何でアイツを懐柔(かいじゅう)したか分るか?」
「…………」
「あいつは罪の世界を全て崩壊させる力だからさ」
ルシアスの力。
それは歪んだ最高の安堵(あんど)により呼び寄せられる。
彼女の父親は狂っていて、飴と鞭を使い間違えた男だった。
飴の使い方は間違っていなかったが、鞭の使い方が間違っていたのだ……
男は娘であるルシアスが初潮を迎えると執拗(しつよう)に狙うようになった。
それは最初は苦痛だったがいつの間にか快楽となり、ルシアスは依存するようになっていった。
普段は優しい父親の闇に接すたびにルシアスは崩れていく。
そして力は発動されやがて1つの町が砕け散ったらしい。
「あぁ、無意識とはいえ町をぶっ壊すようじゃ世界から排斥されるよなルシアス」
ルシアスは喋らない。
すでに腕と足を捥ぎりとられギリギリで生きている状況だ。
最初から知っていたことがある。
ユーリスの敵(かたき)と部下達は怒るだろうこと。
そして、このジ・アリスはいつか滅ぼさならないということ。
彼は自分が嫌いだった。
この肥溜めのような腐った場所も。
――――――――サイアス・マクヴァールは罪を罪として認識していて、償(つぐな)いたいと。
「ゴメンなルシアス。俺の勝手に付き合って死んでくれ」
ルシアスの町が吹き飛んだときよりはるか膨大(ぼうだい)な爆発により、ジ・アリスと呼ばれたゴミ捨て場は地図から消えることとなる。
催眠術・爆発・ホルモン、これらの異常能力をアリスと総称していたからこそ、アンダーランド・ジ・アリス。
不思議なことにアリスの力を持った者達はその後現れない。
これは名もない咎人が名もない英雄になった物語。
Fin
――――あとがき
久しぶりに書くことができました。
そして、随分遅くなってしまいすみません。
Up主の勝手が過ぎて本当にすみません(涙
どうでしたでしょうか犯罪者達のワンダーランド!
どの辺が題名通りだって言われると僕も?です(オイ
そして、物語の造りが変則的過ぎて分けわかめですよね(涙
正直、後一レスいやいや、500文字位多く書けば少しは分り良かったのかもですが、力尽きました(オイ
お目汚しごめんなさい。
第十回大会エントリー作品一覧!
No1 碧様作 「イカレタ正義と、 本当の罪」 >>456
No2 桜様作 「殺人と罪のシグナル」 >>457
No3 白雲ひつじ様作 「夕日に背く」 >>459
No4 那由汰様作 「名も無き罪」 >>460
No5 sherry様作 「堕落罪信仰」 >>461
No6 モッチリ様作 「The Sin」 >>462-464
No7 ryuka様作 「ガンジスの河原」 >>465
No8 瑚雲様作 「Do you know how to die?」 >>466
No9 Lithics様作 「ゲオルギウスの槍」 >>467-469
No10 涼奈様作 「天使と悪魔、天国と地獄」 >>472
No11 蝶崎結愛様作 「いじめ、その裏は、殺人。」 >>473
No12 03様作 「折りたたみ傘」 >>474
No13 風死作 「犯罪者達のワンダーランド」 >>477-480
以上、13作品がエントリーです!
03様へ!
投票期間のタグが付くまではエントリー大丈夫なので心配なさらず!
すみません! 私の作品の題名、変えました!
碧様へ
了解、直しました!
っと、暇があれば投票してみてくださいな(笑
もう、投票OKですか?
でしたら、
No.2と、No.10、No.13
をお願いします!
碧様へ
無論OKです!
じゃぁ、僕も投票しようか。
No4、No6、No10で行きます♪
モッチリさんすげぇ!
こんにちは(*´∀`)
そして、お久しぶりですね。
*No.6、No.9、No.12
の3作品でお願いします!
黒雪様
此方こそお久しぶりです^^
投票有難うございます。
……えっと、言い辛いのですが合作のほうにもたまには、顔出してくださいね。
いえ、勿論無理にとは言いませんが!
どうも、お久しぶりです;
覚えていらっしゃるか分かりませんが、今回は投稿できなかったので、せめて投票をさせていただきます。
実は初の投票で大丈夫なのだろうかと不安な気持ちがありますが……w
No12 03様作 「折りたたみ傘」
に投票いたします。
個人的に第十回SS大会の中で最も好きだったのでこの一つに絞らせていただきました。
日常の可愛らしい『罪』が読んだ後になるほどなぁと納得させてくれる、そう思わせてくれるような作品でした。
元々日常のものが好きだということもあるのですが、読んでいて内容が自然と入ってくるいいSSだなぁと心から思えました。
素敵なSSをどうもありがとうございましたっ。読んでいると自分も書きたくなってきますねw
PS:第十回到達おめでとうございます! このようなスレがまだ存在してくれること自体、とても嬉しく思います。全然と言っていいほど雑談に足を運ばなくなりましたが自然と立ち寄ってしまいますねw
これからも応援しております。頑張ってくださいb
こんにちは。投稿は大丈夫なようでよかったです。ありがとうございます!
さて、早速ですが私はNO.6、モッチリさんの「The sin」に唯一の票を投じさせていただきます。
これを読んだ後の投稿は非常に勇気が要りましたよw
それでは、一人でも多くの人が投票することをに願って。
支援上げですっ。
03様
*コメント及び支援上げサンクスです!
上げます。
上げさせて貰います!
誰でも良いから投票をばっ!
>>0風死さん
乱入すみません!副管理人2で御座います!
さっそく本題を・・・。
質問ご意見スレッドに、小説大会以外のお題系企画が欲しい、だから管理人が企画してくれ、という依頼が来ました。
で、です。
2つ考えたんですが、風死さん的にはどんなものでしょう?
<案>
【1】あくまでここは風死さんのスレだから自然進行でいく(やっぱ管理人が別途新規でお題企画を作るほうがいい)
【2】このスレッドをベースにTOP企画モノとしてデータ表示上部分や投票ボタンなどを抽出しつつ使わせてもらう(企画開催時期のときだけ。通常進行はもちろんスレ主さんである風死さんがリーダー。できれば企画時もお願いしたい・・・?)
お題企画入賞作品は、いつでも読めるように、小説図書館に新ページに企画殿堂作品として、コピペ保存していく予定です!
―――――――――――
【1】でも【2】でもどっちも有意義なことだし、どちらを選んだといって何の問題もないんで、安心して下さい!(これを始めるのは、少なくても来年春以降になると思うんで・・・・ゆっくりじっくり考えちゃって下さい!)
いろいろ書いてしまって、すみません。
来年頭くらいまでに、今回の返事もらえると助かります。
どうぞ、よろしくお願い致します。
>>493 副管理人2様
お初にお目にかかります。
正直、管理人連絡版のほうはあまり顔を出さないので事情が少し飲み込めないのですが……
それに関する答えは個人としては明確です。
私自身最近はあまり来れないですし、近々信頼の置ける他の人に管理を任せたいなどと考えていた次第で……
【2】の選択肢でお願いします!
では……
第十回大会「罪」結果発表
1位 モッチリ様作 「The Sin」
2位 涼奈様作 「天使と悪魔、天国と地獄」03様作 「折りたたみ傘」同率
3位 Lithics様作 「ゲオルギウスの槍」 風死作 「犯罪者達のワンダーランド」桜様作 「殺人と罪のシグナル」 那由汰様作 「名も無き罪」同率
という結果になりました。
そして、票数など酷かったらこれにておしまいにする予定だったのですが、副管理人2様の提案に則り、このスレは残すことにしますね。
>風死様
ご回答有難う御座いました!
【2】ですね。ありがとうございます。
そしたら、企画にするべく
(とはいっても、多分風死さんより丁寧にできない・・・・目標にします!)
今までのデータを活かし、コピペ、リンクさせてもらいつつ、掲示板とは別の企画ページ(データベース)に整えていきます!
企画回・ルール等も、そのまま継続した(つづきみたいな)形で進行させてもらってもいいですか?
掲示板だと「良いものが上がる」機能はないため継続は一層難しく、気軽に一抜けされる中、何年も続けるっていうのは一体全体、大変な苦労ですよー!
一本芯を持ち、続けてきた風死さんの姿を、本気で尊敬してます!
風死さんのご苦労を、無駄にしないよう、夏大会と冬大会の間のミニイベントとして、定期的にカキコ全体で継続していきます!
開始準備のため多分来春以降になるかと・・・・よかったらのんびりと待っていて下さいね!
こんにちは! 運営お疲れ様です、ありがとうございます^^*
あの力作たちの中で2位という高順位をいただけて非常に嬉しいです!
もっちりさんやはり強かった。
投票してくださった皆様に心から感謝いたします。(これ、投票期間中に言っちゃいけないきがするので辛いですw)
作品は短編集のほうに転載させていただこうと思いますっ。
それから、何やら管理人さんサイドと協力して新しい形式で企画が存続するようで、嬉しく思います。
なかなか全て読んで投票すること自体簡単でないので、運営が厳しいですよね……^^;
よりたくさんの人が参加する企画になることを願って、余裕があればまた何か書かせていただくと思います!
御無沙汰しております。
エントリーしておいて投票出来ず、本当に申し訳ないです……
あんな拙作でも三位に入賞出来て、とても嬉しいです。何やら運営さんとの企画もあるようで、どのような形にせよ、また機会があれば参加させていただきたいと思っています!
では、ご挨拶まで。ありがとうございました。
03様へ
最近コメント残せずすみません。
ご足労頂感謝しています!
僕の主催の大会は閉幕ですが、僕がいなくなるわけじゃないので……これからもよろしくです♪
リシクス様へ
拙作って。
謙遜しすぎですよ(苦笑
いつも暖かいコメント有難うございます。
管理人さん方が動くまで多少時間がありそうですし、上の03様のコメで閉幕とか言ってますが、もう1回位自分主催の大会を開こうかな、とか。
どうかな?
副管理人2様へ
お話は理解しました。
そんな風に言ってもらえる日が来るとも思っていなかったので、何といいますかこそばゆいです。
取りあえず、宜しくお願いします。
……その前に、最後の自分主催の大会を開かせて貰いますね?
では。
さぁ、私が主催する最後の大会です!
これより開始っ!
……願わくば、今まで最高の大会になりますように!
こんばんは。
初めて投稿させていただきます。
SSの意味もろくに理解していないようなにわかですが、宜しくお願いします。
タイトル「なんにもないんだよ」
*****
「ねぇ、空ってどんな色?」
「えっ!?」
唐突に声をかけられ、フェンスに寄りかかっていた少女、ツバサは勢い良く振り向いた。ツバサの背後には、中学生位と思しき少女が空を見上げて立っていた。平日の昼間だというのに、彼女の服装は黒いジーンズと紺色のTシャツ、赤系のチェック柄パーカー。このあたりには私服で通える中学校は存在しないし、あったとしても給食前のこんな時間に外を出歩いていい訳がない。
やがて少女がツバサの方を向くと、2人の視線がぶつかって、ツバサは無意識に目を逸らした。
「中学生が昼間から、私服で何やってんだ。って顔だね」
心を読まれたみたいで、ツバサは驚き再び少女を見た。少女は真っ直ぐにツバサを見つめている。
「とりあえず、こっちに来なよ。落ちちゃうよ?」
ツバサと少女を隔てるフェンス。ツバサはその外側に立っており、少女と足下を交互に見ている。足下はコンクリート。それも、1歩踏み出せば遥か下の地面に落下しかねない。落ちれば助かるかはわからないが、ツバサはそんなこと分かりきった上でフェンスの外側に立っている。
「……そうだな」
ツバサは少女と話してみたくなり、外側に出るときに通った隙間から内側へと戻った。隙間を通る際に飛び出した針金に右腕を引っ掻かれ、引っ掻いた所が白くなると共に痛みが現れる。
少女の前に立つと、彼女の身長の低さを実感してしまった。頭1つ分は違うだろうか。目線はかなり下に向いている。
「そのセーラー服、東高の制服だよね。学校は?」
「サボり。あんたこそ学校は? 私服でこの時間に出歩いてるってことは、中学サボってるか北高かだろ」
ツバサは素っ気なく答えて少女に問い返す。少女はなんとなく困ったような素振りを見せてから答えた。
「一応、先週で16歳。高校は通ってないの。通ってもどうせ、皆とは違うから」
皆とは違うから、と言う言葉がツバサの中に響いた。見た目は少し低身長なだけで、普通の少女と変わらない。何か学校に馴染めない理由があるのか。
「なあ、お前の名前は? あたしはツバサ」
「そら」
少女が――そらが答えたのを聞いて、ツバサは質問を投げかけた。
「そら、最初にあたしに言ったあれ、どういう意味なんだ?」
空ってどんな色? という言葉についてだ。普通に青と答えれば良かったのか、それとも何か捻った答えをすれば良かったのか。どちらにせよ、ツバサはその質問に答えられなかった。
「そのままの意味」
そらは言葉を続けた。まるで普段から同じことを繰り返し言っているかのような、滑らかな口調と淀みのない声で。
「私の“そら”って名前は、私が生まれた日の空の綺麗さが由来になったんだって。でも私は全色盲ってやつで、生まれた時から色がわからない。お母さんが“今日の空は、あなたが生まれた日と同じくらい綺麗よ”なんて言っても、それがどんな色の空なのかはわからない。だから私は尋ねるの。空ってどんな色? って」
そらの透き通った声に誘われて、ツバサは何気なく、ポツリポツリと話始めた。それは、ずっと隠していた気持ち。親のこと、学校のこと、自分のこと。
ツバサの両親は、ツバサに興味を持たなかった。何をしても相手にされず、居ないも同然に扱われてきた。それが育児放棄というやつだと気付いたのは、中学校に上がる少し前のこと。振り向いてもらいたくて、相手にしてほしくて、ツバサは部活にも入らずに必死で勉強をした。けれど両親は、ツバサを見てくれなかった。学校にも仲のいい友達がおらず、ずっと1人だった。そのうちに自分の存在価値を見いだせなくなったツバサは、死を考えるようになって、よく学校をサボっては高い建物を探し歩いた。
でも、結局そこから飛ぶ勇気はなくて。
「あたしにはツバサなんて名前があるけどさ、翼はないんだよね、どこにも」
いつの間にか太陽は先程よりも高いところから2人を照らしていた。主婦たちがチラホラと見える程度のすいた屋上駐車場。隅で膝を抱えた2人の少女は、同じ空を見上げた。
「あなたの翼はきっと、まだ見つかっていないだけ。死の先には、何もないよ」
そらは小さな声で呟いた。
「死んだ後のことって考えたことある? 私は1度だけ、見たことがあるの」
「へえ、どんなもんなのさ」
突然の話に驚きつつも、ツバサはなるべく落ち着いた声で返答した。そんなものは本で読んだくらいだ。生きている人間には知る余地もない。
「無いんだよ、なんにも。なんにもないんだよ」
白でも黒でもない無色の、けれど死者には見えるその世界。そこには何も無いとそらは言う。元々色が見えないそらが見たものだから、というものではない。確かに、死の先は“無”なのだ。
「ねえ、ツバサ。ツバサには色が見えているんでしょ? だったら、その色に満ちた世界を捨てないで。私に見えない、綺麗な色の空を見て」
そらはそう言って立ち上がった。数歩前に歩み出てからツバサの方を振り返り、もう1度、ほんの少し空を見上げる。そしてツバサの目を見たそらは、微かに笑った。
最後に、呟くように、風に乗せるように言葉を発した彼女は、自分に翼が無いと知りながら、フェンスの外側へと消えていった。
「死の先には、なんにもないんだよ」
あなたはどうして、なにもない“無”の世界へと飛んだのですか――?
*****
駄作で申し訳ないです。
無というテーマから思い浮かぶものが少なく、無って何だろうと考えた結果がこれです。
最終的にそらが飛んだ理由も、自分で書いたくせにちゃんと理解できてません。
ただ何となく、書き始めたところから「この子は飛んでしまうんだろうな」なんて。
兎にも角にも、最後までお読みくださりありがとうございました。
最後かー、これは参加しないとですね。
最初の方は結構頑張ってましたが途中から一個も書かないし投票もしてなくて、ちょっと申し訳ないです。
title:無意味って何ですか?
『んなもん全部無意味なんだよ!』
テレビの中で、悪役がそのように吠えている。眉間に皺を寄せて、荒々しい声で、横柄な態度で。見ている者に不快感を与えるような、そんな雰囲気を纏っている。
無意味、そういう言葉がふと耳の中に残った。
「意味が無い、か……」
「どうしたの、急に?」
私が何の気なしに呟いてみると、お母さんが反応した。台所から、包丁でまな板を叩く音が聞こえてくる。テンポよく刻まれるこの音が、とても気持ち良い。
「いや、ちょっとね……」
この世に意味の無いことなんてないし、必要ない人間なんていない。どの世界の“良い人”も、必ずそう言う。悪役は決まって、使えないものは必要ないと言う。
いつもいつも、そうなっている。主人公が誰かを切り捨てようとはしないし、悪役が仲間を大事にしようとはしない。誰かを無駄だと切り捨てるのが、間違ったことだと皆が決めつけている。
いや、多分それは悪いことで違いないのだと思う。私だって、それは言われたくないし、人に言っちゃいけないと判断している。
言っちゃいけない、だから必要ない人がいるって言っちゃダメ。そう思うと、正義はいつも頼りない。根拠が無いから。
悪役はいつも、筋道を立てる。力の無い者がいようといまいと、世界は変わらないって。
「私もきっと、そういう人の一人なんだろうな……」
秀でているものなんて何一つない、普通の少女。取り得と言えるものはないし、いなくなったからと言って喜ばれるほど、嫌われてない。影響力の無い人材。
こんな私が生きている意味ってあるんだろうか。
「何馬鹿なこと言ってるのよ。ご飯にするわよ」
そう言われてテレビの電源を切って台所へと向かった。醜悪なヒールの姿は消えて、食器の擦れる音だけが響く。
「今日はあなたの好きなものばかりよ」
確かに、今日の晩御飯は私の好物ばかりが机に並んでいた。嬉しいとは思っていたが、考え事をしていた私の反応は小さかったようで、それが気になったお母さんは怪訝そうな顔をした。
「どうしたの? 具合悪い?」
「そうじゃないんだけど……」
そして私は、さっきからずっと感じていることをお母さんにうち明けた。無意味、っていうことについて。私もそういう人じゃないかって。
するとお母さんは、ちょっと複雑な表情をした。にこやかに笑って説き伏せるか、叱るのかを逡巡しているようでもある。
意を決して、お母さんは口を開いた。
「お母さんは、無意味なものなんて無いと思うよ」
「そうなの?」
「うん、そうよ」
「じゃあ、私にはどんな意味があるの?」
待ってましたと言わんばかりに、お母さんはそこで微笑んだ。
「あなたは私を幸せにしてくれた」
「……それだけ?」
「そうよ。充分じゃない。お金を積んでも満足しない人もいる。それなのにあなたは、ここにいるだけで私を幸せにしてくれる」
「じゃあ、私は、価値があるの?」
「数字じゃ表わせないぐらいのね。そんなものよ、皆。どんな人だって、どんなものだって、たった一人の幸せのためにあるのよ。そして、誰かを幸せにするのは、とても尊い事で、これ以上なく素晴らしい事」
無価値だなんて、誰が言うことができると思う?
いたずらっぽく、お母さんは笑った。
「じゃあ、無意味って言葉はどうしてあるの?」
「うーん……」
しばらくお母さんは考え込んだみたいだけれど、割とすぐに答えは出たみたいだ。私と目があったお母さんの目に、一切の曇りは無かった。
「意味がないものなんてないんだ、って教えるためにあるんじゃないかな?」
「じゃあ、無意味って言葉が無意味なんだ」
「そうじゃないって、今言ったでしょ。ちゃんと教えてくれることがあるじゃない」
「それもそうか」
お母さんは優しく私を抱きしめたかと思うと、すぐに離した。夕食が冷めてしまうと思ったからだ。
「せっかくあなたの好きなものを作ったのよ。冷めないうちに頂きましょう」
「うん。じゃあ、頂きます!」
これが、私がまだ小さかった時の、あなたのおばあちゃんとの会話よ。
そう言う風に、私は自分の娘に向かって回想を締めくくった。
「だから、あなたも私を幸せにしてくれた。それだけであなたは大切な人間なの」
「そうなんだ!」
昔話が終わると、娘は私の膝から立ち上がった。何か吹っ切れたようにはしゃいでいる。スキップをして、鼻歌を歌って。
近所迷惑になるから止めなさいと言うと、元気な声が返ってきた。
「今の話、私も自分の子供ができたら言うんだ、絶対に」
それを聞いた私は、何だか誇らしさでいっぱいになった。
やっぱり、お母さんの言ったことは間違ってなかった。この世に無意味なものなんてない。この小さな営みを、無意味だなんて言わせるものか。
あの日のお母さんと同じように、今日の私は娘の好きなもので食卓を埋めた。
―fin―
久々に短編書いたなー、とか思いつつ反省。
このテーマ難しいですね……。
ストーリー的なもの全然思いつかなかった。
そして自分が男だから女言葉ムズイ……。
ていうか喋り方気持ち悪くないかな。
最後に記念に参加できただけで満足です。
多分投票もさせていただきます。
[母の面影]
ある冬の朝、目覚めるとベッドの脇に人影があった。
あまりにびっくりしたもので、僕は声も出ず叩けば音が出るくらいに固まって動けなくなってしまった。
僕は数年前から一人暮らしであった。故に、家に誰かがいるという状態は、異常事態なのだ。
人影は、固まった僕のことを少し笑って、おはようと言った。言ったような気がした。
影には、口はもちろん顔すらなかった。
「……お、おはよう」
ぎこちなく挨拶を返す。
彼女は女の子だと、ふと、ごく自然に理解できた。僕より少し、年上くらい。
果たしてそれを人影と呼んでよいものか、僕は悩んだ。真っ黒な影がそこに確かに存在するのであれば簡単だったのだが。と、いうのも、僕の目には、いつもと変わらぬ僕の部屋以外のものは映っていなかった。
彼女はどこにも居ないのである。けれどもそこには、不確かで曖昧で不安定な彼女は、居る。僕には分かる。大変な矛盾であるが、そうとしか言えないのだ。
思い出したように、目覚まし時計が騒々しく鳴り出した。慌てて、止める。五時三十分。どうやら、アラームのなる少し前に目覚めたらしい。
早起きだね。彼女は言った。
「まあ、朝ごはんとお弁当、作らないといけないから……」
ふうん。彼女は関心した様子であった。
僕が朝食を作ろうと階段を降りると彼女も、てとてとと足音を立ててついて来て、僕の料理の様子をまじまじと観察し、テーブルに並べられた簡単ではあるが見栄えの良い小皿と、カラフルな弁当を見て、また感嘆の声をこぼした。
僕は少し得意になる。これまで、どんなに上達しようが料理の腕を自慢するような相手は居なかった。
彼女は、その日一日僕について回った。
気さくな彼女は授業中であっても話しかけてくるため、少し困りものだったけれど、僕が小声で彼女と会話をしていようとも誰も何も、言わなかった。
僕には友達が居なかった。友達はおろか友達以下の、少し話す程度の人も、居なかった。
そうやって、誰とも目も合わせぬように生活をしてきた。
別に、コミュニケーション恐怖症なわけでも人間不信なわけでもなく、望んで、そうしてきた。強がりでも無い。
だから、僕が見えない誰かと話しているのが聞こえようとも、誰も不思議には思わないのだ、と、そう思う。
僕は彼女が見える訳ではなかった。それ以上に、僕ではない人たちは彼女を感じる事すらできなかった。彼女は僕ではない人にとっては、一切、何もない、からっぽであった。
*
今日もいつもの如く、終業のチャイムがなると足早に図書室に向かい、鞄を乱暴において読書を始める。
日が暮れる頃。これもまたいつもの如く司書の女性が部屋を出て行く時間だ。
「じゃあ……戸締り、よろしくね……?」
はれものに触るかのような、慎重な、怯えた声。
司書の女性が図書室を出て行こうとする時、僕は読みかけの本を机に叩きつけた。
女性は悲しそうな顔をして、図書室を出て行った。
僕の隣に座っていた彼女も、びくりと肩を跳ねさせ、驚いていたので僕は少し申し訳なく思い、謝る。
「いつもこうやって、威嚇をするんだ。僕に話しかけると怖いぞ、って。驚かせてごめんね」
彼女は、そっか、うん、分かった、と言った。
僕は本を持って読んでいたページを再び開き、栞をはさんで、また置いた。今度は静かに。
「いつもはここでずっと本を読んでいるんだけど……今日は、君がいるから」
彼女が大きな瞳で僕を見つめるから、僕は目をそらして少し微笑んだ。
「折角だからちょっと、話をしようか」
*
僕は非常に読書家だと、思う。
家事と勉強以外には、読書のほかに趣味は無いから、あるだけの時間を読書に費やした。
子供の頃に、僕と同じように読書が好きだった母は僕に、本を沢山買い与え、読み聞かせ、考察をし、面白さを熱弁した。僕が字を読めるようになると、母は喜んで更に本を与えた。感想を聞かせるたびに、また、喜んだ。「本を沢山読めばえらい人にも頭のいい人にも、優しい人にもなれるのよ」、っていうのが、口癖。
僕は母が好きだった。言う通り、沢山読んだ。
僕はそれを今もなお重んじている。人の命は有限だ。死ぬまでにどれだけの量が読めるか。内容を理解でき、尚且つなるべく速く読めるように、訓練を積んでいる次第だ。
僕は、本の内容にはあまり興味は無い。
僕の日課は、放課後に図書室で学校にいられる限界まで本を読むことなんだ。
でも、図書室には当然人がいる。委員会の人、司書の人、利用者。本を借りたり読んだりするには当然、事務的な会話は必要だね。
それでも僕がとっても我慢をして図書室を利用しているのは、図書室には、大量の本があるから。
お金はあった。両親が遺した、大金。だけど、それを切り崩して本を買えるほど多くもなかった。
両親は焼死体になったんだよ。
山奥で、車で、事故が起きて、ガードレールから外れ、谷底に落ち、火を噴いた車の中で、あっけなく死んだ。
でも、僕はもうそんなこといいんだ。親戚もみんなそれぞれいろんな理由で、ぽろぽろ死んでいるから、お葬式も少人数で印象薄かったし。それになんだか、全然悲しくないんだ。
保険金をたくさん、自分たちにかけていたみたいで。だから、お金には困らないし。
*
彼女はこくんこくんと頷き、所々に相槌を入れながら、僕の話を聞いてくれた。面白い話でもないのに熱心に聞いてくれている事も驚きだったが、見ず知らずの彼女に身の上話をする気が起きたことのほうが僕は驚きである。
原因は彼女の暖かさであろう。彼女の息遣いや声の、体温は、遠く深く、捨てた母の思い出を掘り返させる。
*
「ねえてっちゃん」
「読み終わったのね。どうだった?」
「てっちゃんはいっぱいご本を読んで、偉くなるのよ」
「そうなったら母さん、とっても嬉しいな」
母の横顔。抱かれた手のぬくもり。愛おしさ。そして。
*
「…………あ」
彼女につんつんと僕の肩をたたかれて、記憶の波に呑まれていた僕はふと現実にかえった。彼女は心配げに、大丈夫?、と、首をかしげる。
「ごめん……なんでかな」
唇が震えて、声が震えて、ぼんやりとした感覚があとを引いた。
マフラーで顔を、涙の跡を隠し、街灯がぽつりぽつりとともる薄暗い道を彼女と歩いた。
その日は、誰もいない家に帰り、重い体を引きずってシャワーを浴び、泥のように眠った。
*
目を覚ました僕は、かすむ視界でかろうじて八時を示す時計を捉えた。
さっと顔から血の気がひく。まずい。
跳ね起きて、急いで準備をしようとすると、
「ね、ねえ!」
と声がした。更に驚いて、声のする方へ顔を向けるとそこには、セーラー服を召した二つ結びの女の子があった。
「今日は土曜日……だよ」
申し訳なさそうに微笑む彼女を見て、僕は気づいた。これは昨日の、見えない、あの、彼女である。
彼女は制服のスカートを叩いて、今度はにっこりと笑った。つられて僕も、笑いがこみ上げてこらえきれずに少し溢れる。
「……ご飯にしようか」
「うん」
とはいったものの、彼女は物を食べることができないらしかった。
僕が朝食を食べるのを見ながら、彼女は僕に言った。
「この世界のものに触れることはできない。干渉してはいけない。それが、ルールなんだ、けど……」
彼女は少し悲しそうな顔をして、それから、
「だけど、私は君に会いに来たんだよ」
にいっと笑った。
酷い目眩に襲われ。目の前の景色が思考といっしょにぐるぐると混ざって。色が、暗く汚くなっていく感覚があって。
僕の目には黒以外何も映さなくなった。
頭の中に彼女の声が響く。
「ねえ、てっちゃん」
目には何も映らないけれど、僕は、宙に浮いていた。風ではない、冷たい空気が満ちた、暗い、さみしい世界だと、僕は思った。
「てっちゃん……」
彼女はもう一度、僕を呼んだ。会話を嫌う僕を、てっちゃん、などと馴れ馴れしく呼ぶ人など僕は、一人しか知らない。
「大きくなったね?」
母親だ。
どうして気がつかなかったのだろう。思い返せば顔立ちも笑い方も喋り方も、母親にそっくりではないか。
「おかげ様で」
僕の喉から、震えた、弱々しい声が溢れた。
しゃべることは出来るらしかった。母はふふふと笑った。
「てっちゃん、覚えてる? 小学校で、ゼロを習ったときのこと」
「…………」
「『ゼロは他の数字と、ひとつだけ種類が違うんだよ。十分の一だって百分の一だって、ゼロでない限り絶対に、ちょっとだけでも、ある、んだよ。でもゼロは本当に、本当に何も無いんだよ』、って言ってたね」
「……覚えてない」
「そう、残念だわ。その後、てっちゃんがなんて言ったかも忘れちゃったのかな?」
僕は首を横に振る。
「『死んじゃったらさ、死んじゃったあとってさ、ゼロみたいなのかな』って言ったのよ。その時母さんはてっちゃんに、さあ、それは誰にも分からないわ、って返したけど」
僕の視界にすっと現れた、僕と同じように中に浮く母親の顔を見たとたん。
僕は全身が凍りついた。
冷たい汗が吹き出す。彼女は耳まで裂けた口元を釣り上げて、目を、大きく開いてこちらを見ていた。
「今ならわかる。私にはわかる。死後の世界は本当に何もなかった。冷たい場所だった。だけど私だけはゼロじゃない!だって私にはあるもの……」
彼女は口を大きく大きく開いて、黒い空に高らかに叫んだ。
「貴方への憎しみが!」
*
僕が小学校五年生の夏、僕は父と母と、山の避暑地に旅行へ来ていた。
一年ぶりの家族旅行ではあったが、僕には億劫で面倒で居心地が悪くて、仕方がなかった。 多少裕福だった僕の家では、裕福さに甘えて物とお金でつながった見せかけの絆を育んでいたから。旅行だって、形だけの家族ごっこにすぎない。
父と母はせめて形だけでも良い家族になろうとしていたのかもしれないが、僕には形だけの家族を作ることをゲームのように愉しんでいるように思えた。本当のところはわからないし理解する気も無かった。
僕にとってはただの、家庭などには関与しない金ばかりの適当な男と、理想を息子に押し付けて遊ぶ女というだけである。
その日、僕はひどく気分が悪かった。
灼熱のビル街から山中の涼しい所へ来たのだ。風邪でもひいていたのかもしれない。もしくは、移動中にずっと本を読んでいて、車に酔ったのかもしれない。
次の日は森林浴をしよう、という父の提案で、山の中を車で一通り走ることになっていたが、僕は体調が悪いから旅館にいるよ、と言った。体調が悪いのも理由の一つではあったけれど、嫌気がさしていたというのが一番の理由だった。森林浴なのに、疲れると言って歩かないあたりがどうにも、偽物っぽいのだ。
夜、僕は眠れなかった。
ため息を吐き、寝ている両親を起こさぬよう、こっそりと服を着替えて外に出る。
夏の夜風は冷たく、重ねた服を抜けて行った。上着を着てきて良かった、と思った。
部屋から出てくるときに持ってきた文庫本を片手に、ふらふらと旅館の前に停まっている車の間を歩く。それほど夜は更けておらず、電灯はまだぎらぎらと光っていたから、本が読めると思って、僕は自分の家の車のとなりに座り込んだ。
ミステリー小説であった。車にばれないように細工をするというトリックで、人を殺す話。車の専門家に微に入り際にいり取材をした、そのリアルさが話題の本だ。
僕は家から持ってきた工具をポケットから取り出して、本を読み返しながら車を降りるときに仕掛けておいた、鍵がかからないというトリックで車の扉を開けた。
僕は、ミステリー小説のトリックを再現することが不可能に近いことを知っていた。
だから、運がよければ、という気持ちで車に細工をした。
運良く、ブレーキが山の中で故障し、両親が谷底に落ちやしないか、と。
その日の夕方、両親の代わりに旅館に帰ってきたのは、警察であった。彼は泣き出しそうな顔で言った。
「いいか、落ち着いて聞くんだ。君のお父さんとお母さんは……事故で、亡くなった」
落ち着いて聞いていられるわけは無かった。僕は震え、倒れ込んで、笑いながら泣いた。
*
母は全て知っていたというのか。いや、そんなはずはない。ないのに。
くるくると思考を空回りさせる間に、どこからともなく火が出て、彼女の服が燃えて肉が焦げる香りがして、みるみる母は変わり果て、やがて黒くくすんだ焼死体となった。
原型を留めていない腕を彼女が上へ突き上げる。
何かが僕の体を貫通した。
死は、眠りのようであった。
何も持たぬ、ゼロの僕にとっては。
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お久しぶりです!
最近の大会に参加できなくて……すみません。
最後ですって、これは参加しなくちゃ、と思って、頑張って書きました。
テーマ難くて……! あんまり関係なくなっちゃったかな、と苦い気持ちです。
それと、トリックの、細工のところなど違和感には目をつぶって頂きたいです……。
文字数オーバーだと言われたので二回に分けました。
オーバーになるまで書いたの初めてで、ちょっと感激です……!
投票にも参加しようと思っています。
書けて、投稿することができて良かったです♪
すみません言い忘れました!
最初の方は玖龍という名前で書いてました。今はあまだれと申します。
【なんにもないひと】
「──────騙された?」
「お金、全部盗られちゃいました。馬鹿ですよね、俺」
彼はそう自嘲気味に言った。
*
話を聞いていくと、彼が通帳の残高がゼロになっていることに気付いて、そのとき半同棲状態だった恋人に電話を掛けたがつながらず、それ以来音信不通になってしまった。そこで彼は、初めて自分が彼女にお金を盗られたことを確信したようだ。
彼は私のバイト仲間である。バイト先は、雑居店の二階にあるさびれかけのレンタルビデオショップ。働き始めたのは彼のほうが後だし年齢も私より二歳下だから、仲間というより後輩といったほうが正しいかもしれない。
普通の男の子だった。勤務態度はそれなりに真面目で、礼儀正しくて、良識があって、閉店後に卑猥なDVDをこっそり借りたりしていて、飲み会で先輩に無茶振りをされても嫌がらずにやってくれて──。
そして、帰る方向が同じであるため、私と彼はバイトが終わった後に途中まで一緒に帰ることも珍しくなかった。
*
「今、その女がどこにいるか分からないの?」
普段ならどんなに嫌いな女の人に対しても「その女」なんて言い方はしないのに、つい口を突いて出てしまう。
「あー、何か彼女が働いてるって言ってた会社に電話して訊いたら、そんな人はおりませんって言われて…………彼女、俺に嘘吐いてたみたいです。もう名前すら本名だったのかどうか怪しいですよ」
十二月の冷たい風が顔に吹きつけられる。
私の横を歩く彼の言葉が途切れて気まずい雰囲気になった、ような気がした。何とか会話を続けなければ、と私は腐心する。
「ご両親には、あの、このこと話したの?」
「俺に家族はいません」
「…………じゃ、じゃあご親戚とか、」
「そんな人はいません」
まるで普段の世間話をしているかのような声の調子。さっきから淡々と彼の口から発せられる言葉のひとつひとつが、私にとっては遠くかけ離れた世界の出来事であるようだった。
「──彼女、すげー良い子だったんですよ。可愛いし、料理もうまいし、気が利くし、」
彼の声がだんだん小さくなっていく。私は、彼を直視できなくなった。
「騙されてたなんて、信じたくない」
そして彼は独り言のように、呟いた。
胸の奥が焼き焦がされるような気分────────どうして彼が騙された? どうせ騙すなら、もっとお金を持っていそうな人にすればよかったのに。もっと、今まで何不自由なく幸福でいた人にすればよかったのに。
「あ、何かすいません菊池さん。こんな暗い話」
「いや、そんなことない、よ」
これ以上、何と声を掛けるべきなのか分からなかった。もしここで無神経な言葉をかけてしまったら、今もろくなっている彼の心を傷つけてしまいそうだから。
彼のほうも何か話をしてくることはなかった。私はコートの重さだけではない、重い身体を引きずって、ただただ歩く。
少しすると、やっと自転車屋のある交差点までやって来た。駅から比較的近くであるせいか、多くの人が信号待ちをしている。バイト先からここまでは十分もかからないはずなのに、今日はとてもとてもとても長く感じた。
「じゃ俺、家こっちなんで」
「うん」
そう言って、彼は私に背を向ける。
「────菊池さん、」
私には、彼が震えているのがはっきりと分かった。
「何?」
「俺絶対負けませんから」
「…………うん」
「絶対に、なんもないとこから這い上がってみせますから」
「うん」
「だから、ちゃんと見てて下さい」
信号が青に変わった。そうして彼は顔を上げて、雑踏の中に入り込んでいく。私は決して小さくはないその後ろ姿を、いつまでも眺めていた。
(end)
-------
前回の投稿から随分経ってしまいました;
投票とか全然出来てなくてすみませんorz
今回はぱっと題材が浮かんだので投稿させていただきました(・ω・)
……まだまだですね! お目汚しすみません←
絶望の中に小さな光が見える、みたいな話を書きたかったようです((
お、おお?
久々に来てみたら、なんと最後!?
では私も久しぶりに小説を書き残していきますねー。
【空っぽだった、】 Part1
「ちょ、ちょっとちょっと光輝君? この日記は何?」
「何、って……提出物ですが……」
「白紙じゃないの! はい再提出!!」
ばしっと、女性教師に薄っぺらい冊子を返された。
僕はキッ、と一瞬だけ先生をにらんだ。
「良い? 課題は‘‘夏休みの思い出‘‘よ? ちゃんと思い出して書くの!」
「思い出して、って……」
「色々あるでしょう? 誰かとどっかに遊びに行った、とか……」
「……」
「……とにかく、出さないと成績にバツつけるからね!」
なんて理不尽なんだろう……この人。
本当に、書くこともないのに。
「はあ……」
とぼとぼと、夕暮れの中を歩く僕。
1日のできごとを3ページくらいにまとめるという、簡単な課題なんだろうけど。
僕にとって、それは重すぎだと思った。
夏休みの思い出、だなんて、何て卑屈な課題なんだろう。
「あ……あいつ……!」
ぼそっと、何か声が聞こえてきた。
何気なく振り返ると、どこかで見たことあるような顔がそこにはあった。
「ほら! やっぱり弱虫光輝君じゃん!」
「本当だ! やーいやーいそんなとこで何してんだよゆーとーせー!」
「どうせあいつのことだから、日記の課題に手こずってんだろ!」
「友達、いねーもんなー!」
「「やーいやーい!」」
遠くの方で僕にそんな言葉を投げつけてくる彼らは、確かクラスメイトだったはず。
ここは無視をするのが妥当なんだろうけど、僕は敢えて口を開いた。
「前にも言ったけど、頭の悪そーなやつ嫌いなんだ」
はっきりと、思ったことを言い放ってやった。
そうして日記を持って、すたすたとただ帰り道を急いだ。
「な、何だよあいつ……!」
「前って……始業式の……」
「……あーあ! ゆーとーせーってつまんねーよな!!」
「お勉強のことしか、考えられねーんだもんな!」
勝手に言っていればいい。
僕には全然関係ない。
「……ただいま」
がらりと、家の戸を開けた。
台所に立っているのは、お婆ちゃんだった。
……この光景も、段々と馴染みつつある。
「……あら光輝君。早かったねぇ?」
「うん……今日から授業が短縮なんだ」
「ふうん……あ、ほれ、夕食の手伝いをしておくれ」
「うん」
ばさっと白紙の日記をテーブルの上に置いた。
未だに何を書けば良いのか、分からないけど。
慣れない手つきで僕は夕食の手伝いをした。
「いただきます」
「うんうん……たーんと、お食べ光輝君」
「うん、お婆ちゃん」
「……んん?」
お婆ちゃんはくっと体を屈めて、いつの間にか滑り落ちていた僕の日記を手に取った。
ぱらりと、捲る。
「あらま……光輝君、何にも書いてないのかい?」
「うん」
「……もしかして、あの時のこと……」
僕は、咥えていた箸を、机の上にそっと置いた。
お婆ちゃんの顔を何となく見れなくて、ずっと俯いていた。
「何を……書けるの……?」
「……光輝君……」
「夏休みの思い出なんて、僕にはないよ」
僕は立ち上がった。
そうだ。そうだよ。
僕に、思い出なんてあるわけないんだ。
「ちょっと光輝君!! また白紙!? いいかげん怒るよ先生!」
「……何でですか」
「もうーっ! 何でもいいのよ? 本当に。白紙はダメよ、白紙は」
「無理ですよ、先生」
「どうして? 何か悩んでるの?」
帰りのチャイムが鳴り響く。
紅くなった教室の中には、僕と先生の2人きりだった。
「僕に、夏休み最後の日以前の記憶がないからです」
またしても、はっきりこう言った。
僕は夏休み最後の日に、両親との旅行から帰ってきたらしい。
然しその帰りの道路で交通事故に遭って、両親は即死。
僕は頭を強打して記憶喪失。
起きた時自分が誰かも分からない、死んだような恐怖に見舞われた。
今は唯一の肉親であるお婆ちゃんが、僕の世話をしてくれている。
大分慣れてはきたけど、僕の記憶の関係上彼女とは他人も同然。
つまり、僕には思い出も他人への信用もない。
もちろん、記憶を失う前も友達がいたかどうか知らない。
もしかしたら、いなかったかもしれない。
「え……だ、だって先生は、ただ病院に運ばれた、って……」
「そうですよね。だって言ってないですから」
「どうして!?」
「……あんまり、意味ないかなって」
「んもう! それを知ってたら先生だって……!」
「ということなので、その日記は白紙で良いですよね」
「え……ま、まあそういう理由なら……」
「では、失礼します」
良かった。
これで意地でも書けと言われていたら、どうしようもなかった。
これで、良かったんだ。
「良かった、んだよ……ね……」
だって僕は自分が本当は誰かなのかを知らない。
夏休みの間、何をしていたのかを知らない。
それなのに。この物足りない感じは何なのだろう。
この、空っぽで、何か寂しいこれは何なのだろう。
田んぼの横の、広い道を歩く。
昨日と違って、片手に薄っぺらい日記帳はなくて。
昨日と違って、何だか気持ちが重たくって。
足を、止めた。
「……」
ぶわあっ、と風が勢い良く僕に流れて込んでくる。
そうして夏の暑さを引きずった暖かい温度が、体に染み付く。
そんな時だった。
「あ、おいおい弱虫光輝君じゃねーか!」
「何だ何だ? 今日はあの真っ白な日記は持ってねーの?」
「はあ? 親も友達もいねーんだろ? 思い出なんてあんのかよ!」
盛大な笑い声が、直接刃となって身体に突き刺さるようだった。
その言葉の一つ一つが、とても痛かったんだ。
「……るさい」
「……はあ? 小さい声で聞こえね……」
「うるさい!!!」
「「「!?」」」
僕の中からそんな声を聞くのは初めてだった。
といっても、まだ1週間も経っていない、曖昧な意識に在る自分だけども。
いつの間にか僕は、一番体の大きな男の胸ぐらを掴み上げていた。
「お前らに何が分かるんだよ!! 何も知らないくせに!!!」
「……!! 上等じゃねーかこの弱虫野郎!! てめーみたいなクズのことなんて知りたくもねえ!!」
「やっちまえやっちまえ!!」
「この……クズ野郎が!!」
がっと繰り出した拳が、僕の頬に見事めり込んだ。
尻もちをつく僕。今度は僕の方が胸ぐらを捕まれる。
「てめえみたいな弱虫なんてクラスに必要ねえんだよ!!」
もう一度、今度こそ強い勢いで殴られる。
首がくたっとしてしまった。青い空だけが狭い視界の先に見えた。
僕はぐっと目を瞑って、思い切り頭を起こす。
あいつの頭と、ぶつかる。
「いでッ!? て、てめえ……!!」
「う……うらあ!!」
僕は、小さな手をただぐっと握りしめて、あいつを殴り飛ばす。
何も、何も知らないくせに!
「何すんだよこの野郎!!」
「それはこっちのセリフだよ!! どうして皆、僕が悪いみたいに言うんだよ!!!」
「はあ!? お前がネクラなのがいけねーんだろうがよ!! この引きこもり野郎!!」
「うぐっ!? そ、そんなの……知らない、よ……」
「!?」
「僕だって……僕だって!!」
僕だって——————好きで、こんなんになったんじゃない!!
「僕だって……こんな、こんな空っぽな気持ちは……嫌なんだよォ……!」
僕は、いつの間にか涙を零していた。
今の僕が知る限り、‘‘初めて‘‘。
Part2
その後どうやって家まで戻ったのか、もう覚えてはいなかった。
ただ真っ赤に膨れた頬を見たお婆ちゃんの姿が今でも目に焼き付いている。
大丈夫かいって、誰かにいじめられたのかいって。
僕はそのどちらも否定した。
それは、僕のせいでもあったから。
「……はい、それでは皆、また明日!」
「「「「「さようならぁーっ!」」」」」
椅子を机の中にしまう忙しい音の中。
僕は掃除当番でもない為そそくさと教室から出ていった。
そっと頬に貼ってあるシップに触れる。
やっぱり痛いな、と改めて思った。
田んぼを通り過ぎていく。
俯いたまま、地面に転がった小さい石なんかを眺めながら歩いていた。
「……でさあ……」
「だよなーっ! ……んで……」
「あ、それが……」
声が聞こえてぱっと顔を起こす。
何だ……あのクラスメイト達か。
彼らは堂々と道路の真ん中でケタケタ笑いながら歩いている。
そういえば奴らも同じ通学路だった。
自然にも頬の痛みが蒸し返される。
歩くテンポを遅めようと、そう思った時。
「————え」
彼らの真横から、突然車が飛び出してきた。
「危ない————!!!!」
必死になって僕は叫んだ。
昨日よりもっと、もっと強い声で精一杯叫んだ。
関係ないのに。大嫌いなはずなのに。
覚えていないのに、体だけは覚えてる。
事故が起こる、あの瞬間の恐怖だけが頭を過った。
「うわああああ!!!」
激しく甲高い音で車が唸る。
急ブレーキでぐんと曲がった車の目の前に、彼らがいた。
いや、その前に、何故か僕がそこにいた。
「はあ……はあ……っ」
「お、おおおいお前!! な、何なんだよ、何が起こって……!」
「おいやべえぞこいつ! 血! 血が、血が出て……!」
「救急車だあ!! 救急車呼ぶぞ!!」
痛さと眩暈と夏の日差しが僕をぐるぐるにして、そのまま意識を失った。
でも僕はその時、運良くも全てを思い出したんだと思う。
「ん……っ」
微かに瞼を揺らして、そっと視界を開いた。
ぼやけてはいるけれども、どうやら真っ白い部屋の中のようで。
頭もなんだかぼーっとしている。
包帯でぐるぐる巻きにされている腕や足を、見てみた。
ああ、僕轢かれたんだっけ。
なんだかそんな気はしなかった。
直後、バタンという勢いのある音が僕の耳に突き刺さった。
僕も驚いて、その音が鳴った方へ向いた。
そこには。
「あ……!」
「おい、大丈夫か!?」
「うわ! す、すっげえ包帯……」
僕を苛めていた、3人がいた。
「え、えと……」
「その、俺たち……」
「ご、ごめん!」
「!」
な、何だ、一体……?
もしかして、自分たちのせいで僕が怪我したから、謝りに来たのか?
罪滅ぼしの、つもりなのかな。
「……別に」
「! お、お前!」
「ちょ、ちょっと抑えろよ!」
「喧嘩はやめよーぜ!?」
「お前……! お、俺たちが、どんだけ……!」
ぐっと、握りしめていた拳、今度は静かに僕の前に差し出した。
僕が何気なく顔を上げると、そいつはぱっと顔を逸らした。
そして、ん、ともう一度僕の顔の前で腕を上げる。
「……やる」
「……?」
「やるってば!」
ダン! と何かを押し付けて、一番大きな男子は病室から消えていった。
残された2人は、僕に向かって苦しく笑う。
「わ、悪いな……ホントに。それ、受け取ってやって?」
「本当の本当に俺たち、心配してたんだぜ? その、今まで悪かったな……」
「今度また一緒にサッカーとかやろうぜ! じゃあな!」
2人はそれだけ言うと、あっという間に病室からいなくなった。
ぽかんとした僕は、布団の上に乗っかっていたある物を見た。
それは。
「え……」
小さな、飴玉だった。
「何で、こんなもの……」
包み紙がやたらと安っぽくて、思わずそれを優しく開いた。
大きな飴玉が、ころんと姿を現す。
ん?
「包み紙に、何か……」
かさっと、開いてみる。
『悪かった。ごめん。————でも』
「え……」
『ごめん。俺はお前がキオクソーシツってやつだって、知ってたんだ』
思い出した。
僕は、彼らの友達だったんだ。
でも、ちがう。
僕は、記憶喪失になって次の日。
始業式の日に言ったんだ。
『頭の悪い奴嫌いだ』って。
嫌いだって、言ったんだ。
友達だったのに、言ったんだ。
「はは……バカなのは……僕の方じゃないか……」
今更、思い出したんだ。
Part3
「……んん? 何かしら……え……————日記……?」
『9月1日 天気 晴れ
ちょっと前の僕には、記憶がなかった。
仕方がないので、今の気持ちとかを書き留めたいと思う。
ずるいって? だって先生が言ったんだ。何でも良い、って。
夏休み最終日。僕の両親は死んだ。
その時、僕の記憶も一緒にどっかへいってしまったらしい。
僕は記憶を失ったまま、学校に通うことに決めた。
記憶のない僕は、始業式のときに困った。
誰が友達だったとか、そんなこと当然覚えてなくて。
だから言ってしまったんだ。
僕にちょっかいを出す人たち全員に、『大嫌い』だって。
今になって、後悔してる。
僕に記憶はなかった。
だから、誰がどう傷つこうが構わなかった。
それが例え、ほんの少し前まで、友達だった人たちでも。
仕方なかった。
僕には、記憶がなかったんだ。
こんなに泣いてしまうほど、後悔するなんて、思ってもみなかったんだ。
記憶を思い出した今。
口に出すのは、ちょっと難しい。
だからここには書く。
ごめん。ありがとう。
お母さんも、お父さんも死んでしまって。
悔しくて悲しくて、今はいっぱいいっぱいだけど。
この日記を書き終える頃には笑っていたい。
先生ごめんなさい。
そして皆も。
僕は皆が言っていた通り、弱虫だ。
今だって、言えないことをツラツラとこんなところに書いてる。
だから、ここにだったら何でも書くよ。
だって、この日記の先は何が描かれるか分からない。
真っ白な景色ばかり広がっているから。
僕の思ったこと、全部書けるような、そんな気がするから。
さて、そろそろ、3ページが終わりそうだ。
書きたいことも、言いたいこともたくさんあるけど。
今はやめとこう。
今度、いつか、口で笑って言える日が来たら。
その日に全て、ぶっちゃけよう。
僕はきっと、今日という日を忘れない。
何度、何も無いような、何も覚えていないような。
また真っ白い世界に放り投げられても。
忘れない。』
「……もう……こういうことは、いつも先生に言って、って、何度も……」
どうやら、提出期限には間に合ったようだ。
先生が一人で、嬉し泣きしていた。
思わず、僕も泣いてしまいそうだった。
帰り道。
僕の足に、トンと何かが当たった。
振り返ると、あの3人が————友達が。
思い切り、手を振っていた。
僕は足元転がったサッカーボールを拾って、駆け出した。
もう、空っぽじゃない。
END
*久々にやったら事故りました。
SSって難しい! うん!(泣)
まあ、うん……あれですよ。
人は一人じゃないよって、心を満たしてくれる何かが必ずあるよって。
たったそれだけのことです。
長い上に意味不明でした。
まあ、最後の最後まで楽しんだ、ということで(笑)
ではでは〜。
【正しい世界の作り方】
ある所にひとりの神様が居ました。
神様は、ひとりだけ居ました。 ずっとずっと、ひとりだったのです。
神様は退屈しました。
そうだ、何か創ってみよう。
神様は思い立つと、まず無色の世界を作りました。
丸一日かけて、ゆっくり、丁寧に。
神様は上機嫌で、明日は何をしようか考えました。 神様にとって、初めての悩み事です。
でもすぐに答えは出ないのでその日は出来上がった無色の世界を抱いて眠ることにしました。
翌朝、神様は色を作りました。 世界に、それを塗る為に。
青は海、緑は森、白は砂、それから、夜の黒。
世界は思ったよりも大きくて、神様の色塗りはまた丸一日掛かってしまいました。
でも、神様は上機嫌です。 神様は考える事に夢中になりました。
嗚呼、こんなに楽しいことが、あったのか。
翌朝、神様は世界を眺めて感じました。
嗚呼、寂しいな。
そこで神様は音を作りました。
風の音、波の音、木々の揺れる音、大地の揺れる音、雷の走る音。 それはまるで世界の鼓動のようでした。
これでもう、神様は寂しくありません。 音を聞くことが出来るからです。
色のついた世界に音が満ちる様に祈りを込めて、神様はそれは沢山の音を作りました。 丸一日かけて、じっくりと。
翌朝、神様は繰り返すばかりの世界に命を作りました。
無数の個性が、世界を彩ります。 どれひとつ重ならない、無数の個々。
ひとつひとつを、一日かけて。
日が暮れる頃、命たちは疲れたのか、だらけ果ててしまいました。
これはいけない。
神様は明日作るべき物を察しました。
生み出したのだから、僕が責任を持たなければ。
神様はそう呟いて一日を終えました。
翌朝、神様は時間を作りました。
誰も命を無駄にしないように、命に終わりを作りました。
そうして、終わってしまう命を謳歌出来るよう、命に言葉を与えました。
無色だった世界はもう、すっかり騒がしい世界になっていました。
でも、神様にとって、それはとても嬉しい事でした。
満たされた心に喧騒を聞いて、神様はその日とても深く眠りに落ちました。
翌朝、神様は少しだけ後悔しました。
神様が終わりを与えてしまったせいで、随分と世界から命が消えて居たのです。
少しだけ狼狽えて、神様は悩みます。
彼等に何を与えれば、命を無駄にせず、命を紡ぐだろう?
悩んでいる間にも命たちはどんどん消えていきましたが、日暮れの頃、神様は漸く答えを導き出しました。
空が段々と藍色に傾く頃に、神様は月と太陽を浮かべました。
命たちが、精一杯生きるようにと。
翌日、流石に疲れてしまった神様は、一日お休みすることにしました。
世界の紡ぐ噛み合わない旋律、命の綴る儚い喧騒、満たされた心。
それらを抱えて、神様はとても幸福な疲労を感じました。
長い長い一日。
何もしないと、一日は長いんだなぁ。
神様はそんなことを思いながら、疲れた体を横たえました。
相変わらず喧騒の絶えない世界を隣に、疲れた瞼はすぐに落ちました。
翌朝、神様は世界を眺めて驚きました。
そうしてとても悲しい気持ちになりました。
いつの間にか世界に神様の居場所はどこにも在りませんでした。
長い長い一日の間に、命たちは神様を忘れ、武器を手にして、お互いに醜く争って居たのです。
神様は必死に世界を元に戻そうとしましたが、命たちは手にした武器で神様を脅かしました。
嗚呼、どうしてこんなことに。
悲しみに暮れた神様は、大粒の涙を流しました。
涙は世界に落ちて、色を奪い、命を押し流し、音を掻き消してしまいました。
そうして、ただ無色の世界ばかりが残ったのを眺めて、神様は漸く知りました。
――翌朝、世界の在った場所には何も在りませんでした。
神様も、無色の世界も、涙のあとも。
Fin.
--------
ども、ご無沙汰しております。
たろす@です。
えー、ユーザー主催最後の大会、と言うことで参加せねばと思い、執筆して参りました。
いやー、詰まらん話になりましたな←
お題を見た瞬間に題材とかストーリーとかは思い付いたのですが、何度書き直しても読んでいて詰まらない。
多分6回ぐらい書き直して今に至るのですが、結局あんまり面白くないですねw
オチはですね、神様は暇潰しに世界なんか作らずに、自分を消してしまう事が一番幸せだったんじゃないのかな。
それを最後に悟って、自分も含めて全てを『無』にしてしまいました。
的な話です。
ちなみに、神様が浮かべた月と太陽には「雄と雌」と言う意味があります。
蛇足ですねww
であであ、こんな駄文で失礼いたしました。
ひとつずつ読んで投票する時間が取れれば投票にも参りたいと思います。
【無の中の夢を】
「あーァ、何も無くなっちゃったよ。」
僕は笑っていました。
ーーー
真っ白い部屋。横には空間を仕切る青いカーテン。
病室です。僕は入院患者です。
妻にずっと「食後のスナック菓子はやめて」と言われ続けたのにもかかわらず、自分の意志を通し続けた結果です。かるい心筋梗塞でした。中々家に帰ることは出来なさそうです。
妻は僕が入院してから一度も病院に来ていません。高校生と中学生の子も来ません。別に来るなんて思っていませんが。
「お爺ちゃん、早く元気になってねえッ!」
「わかった、わかった。」
カーテン越しに何か声が聞こえてきます。確かにお隣はお爺ちゃんでした。
それからは、ちょこちょこ娘さんらしき人の声も聞こえます。家族皆でお見舞いに来てくれたのでしょうか。
何も無い僕には、羨ましくて仕方がありませんでした。
ーー
翌日、まだ空は藍色でしたが、目が覚めました。毎日5時に起きていたからでしょう。入院しているときくらいもっと朝寝してもいいのにとか思いつつも、起きてしまいました。
僕は考えていました。
(美晴さん、毎日おいしいご飯を作ってくれたのに、食後に菓子を食べて、済みませんでした。)
(美乃、高校はしっかりと通えているか。父さんに似て、飽きっぽいから心配だよ。)
(美咲、部活は頑張っているか。美咲は勉強もできるし、母さんに似たな。)
そして、僕は日が昇ったころには寝ていました。いつのまにか寝ていたわけではありません、意図的に眠りました。
それからはずっと寝ていました。ただただ、眠っていました。
ー
検査なんかも終わり、また夕方。1日が早いような短い様な、とても不思議な気持ちです。
ガタリという、音がしました。誰かが来たのでしょう。また、お爺ちゃんの所でした。
「お爺ちゃん、お爺ちゃん、もうお月様が出ているよ。」
僕のベッドの前を通って窓の方へ、お爺ちゃんのお孫さんは行きました。
その隣にはお爺ちゃん、そして多分お孫さんのお母さんがいるようです。
「ねえねえ、お月様って可哀想。」
いきなり、彼女は言いました。僕は少し気になって彼女の声を聴いてみました。
「だってさあ、お友達がいないんだよお。空ってあんな広いのに。かわいそう。」
子供には子供にしか感じない事、感じることが出来ないことがあるのでしょう。僕は興味深く思いました。
確かに言われてみればそうですね。あんな異空間とも思われるような空に、一人ぼっち。特に星が出てない夜なんて……。あんな偉大な存在なのに、今の僕と同じだなんて。
「ううん、そんなことはないんだよ。」
「え?」
お爺ちゃんはゆっくりと語りだしました。
「もっともーっと遠いんだけど、いっぱい友達はいるの。いま私たちが住んでいる“地球”もお友達の一人だよ。遠くでも、お友達だから寂しくないんだよ。」
僕は少しカーテンをめくり見ていました。すべてを知っている様な、美しい眼をしていました。
ーー
また、いつもの様に日が昇りました。
すると、お爺ちゃんがカーテンをめくり、こちらを覗いてきました。ちいさく、お早う御座います。と呟きました。
「昨日の話を聞いてただろう。」
お爺ちゃんは優しく微笑みました。
「あ、は、はい。」
「君の嘆きを何度か聞いたよ。」
「え!?」
そういえば、ぶつぶつ独り言を言うのは昔からの癖です。こんなところでも言っていたのか、恥ずかしい・
「あれは君へのメッセージでもあるんだよ。」
僕は彼の瞳に飲み込まれていました。
「長生きしなさい。仲間は沢山いるよ。」
そう、彼は微笑んだのでした。
【End】
うはあ、意味不明ですね。有難うございました。
投票にも参りたいと思っております。
【真夏の夜空】
声が出てしまう。彼が行ってしまってから、喉に突っかかって言えないでいた言葉が零れてしまう。頬がくすぐったい。視界がぼやける。こんなにも星が綺麗に輝いているのに、私の瞳から出るものに邪魔されてしまう。ポロポロと零してしまう。情けない私。悔やんで願うことしか出来ない私。そんな哀れな姿を星たちが見ている。
あの時と同じように星たちが瞬く。彼が教えてくれたベガもアルタイルも、きっと変わりなく美しい。
「君は、この先新しい経験を数多にしていくだろう。このことはきっと記憶に埋れていくものだよ。」
「私は忘れない。忘れることなんてできない。だってこれは一一」
恋だもの、と続く筈だった声は喉に埋れていく。だって、彼が塞いだから。私の唇に彼の綺麗な指が触れる。話すことを止めるためだとは思うけれど、私の胸は高鳴る。ドキドキとするのと同時に、ずるいと思った。
言わせないってずるい。彼は私の気持ちを知ってるくせして、気づかない振りをする。いつだって、私が彼に告白する直前に止めさせてしまうのだ。
彼は何処か遠くに行くと言った。もう会えないとも。
最後の日、海で言おうとした熱弁は彼に止められる。剣呑と熱が篭る目を彼に向けさせれば彼は悄然と呟いた。
「君が刻む時と、僕の時間は違うんだ。」
私は理解が追いつけなかった。今日で終わりだという焦りと口に出せないもどかしさで、拒んでしまった。その事を尋ねようと口を開くけれど、彼は困ったように微笑むばかりで、私は何も言えなかった。本当にずるい。
何も言えない。吐露出来ずにいる気持ち。じゃあ、これの行く先はどこになるのだろう。
私がしょんぼりと項垂れると、彼はまた小さく笑った。月の光が彼を照らし、砂浜に座る二つの影を大きくし、肌は美しく反照される。どこか色っぽく艶やかだった。けれど、それとは反対に危うさを醸し出している。ふらりと彼が動けば消えてしまうような気がして、私は少し怖くなった。
時間が幾分と経った。そんなに時間は過ぎていないけれどそう感じてしまうのは、私と彼の間に付き纏うぎこちない空気のせいだろう。
彼が立ち上がる。私は、もう行ってしまうのだと理解した。私も続くように立ち上がって、彼の名前の後に、またね、と私は小さく付け足した。確証もない明日をどう言ばいのか分からなかった。いつも同じような台詞で言ってみたけれど、昨日とは全く違う感情で言ってしまう。恐れ、期待、そんなものがうやむやに、ごちゃまぜに混ざったものだった。
力む手はスカートの裾にシワを作る。私はどうやら彼の言葉に緊張をしているようだった。
「じゃあね。」
優しそうな声が鼓膜に響く。彼の声はいつもと変わったところがない。私は少しだけ悔しくなった。じわりと視界が揺れる。きっと涙が私の瞳に膜を覆っているのだろう。目尻から出てしまいそうな涙を彼が寸前に拭う。
「泣かないで。僕は君の涙を見たくない。」
そう言って、また溢れ出す涙を払拭するように頬を撫でる。あまりにも優しくするものだから今までのことは嘘なのかと思ってしまう。
「泣くのやめたら、また会える?」
困ったように彼は微笑んで、少し塩っぽい空気に息を零す。月が亡霊のように靡く雲に隠れ周りは藍色に染まった。彼の顔は暗くてよく分からなかったけれど、徐々に暗さに慣れてきたのか、少し彼が見えた。彼の目から何かが落ちた。雲の隙間から月光が些少に零れて、きらきらとそれを光らせる。彼は泣いていた。彼が私にしたように、指でそれを弾くように拭う。彼は少し目を丸くしたけれど、すぐにくしゃりと笑った。
「少し辛いんだ。ここの生活は、快適というわけでは無いけれど、その分周りの人達との絆を築ける。皆と笑って、悲しんでその一つ一つの出来事が凄い楽しかった。でもそれだけではなくて、隣に君がいてくれたからだと思うんだ。だから、別れるのが少し辛い。」
「それって」
告白?、聞こうとした言葉はまた指で塞がれた。彼の耳が真っ赤になっているのが見えて少しだけ笑ってしまう。彼は一瞬、怪訝そうな顔をしたけれど真面目な顔になった。
「それでお別れにしたくないんだ。それを言うときは戻ってきて、ずっと君といられることになったら。だから、待ってて。長くなるかもしれないし、酷なことかもしれないけれど、僕を信じて待ってて。」
そう言う彼は、ぽんぽんと私の頭を叩く。赤ちゃんをあやすように優しく私を宥める。じゃあね、とまた別れの言葉を頭上で小さな声で言い、触れる手は離れていく。私は小さくなっていく彼の背中を見ていた。辛いし悲しい。けれど、それは私だけではなくて彼も思っていることなのだ。だから、私はありったけの力で彼に言う。信じて待っている、と消えてしまう彼に。
私は、昔のことを思い出しながら、どこまでも続く波打ち際を裸足で歩く。
地平線を境にして滲み出す光。青より濃く、紺より淡い夜が散らばる星を瞬かせる。
引いては押され、押されては引いて幾度と繰り返される波は私を感傷に浸らせた。喉から呻く声は夜空を飛行する鴎にかき消され、後追って続く波の律動に宥められる。
私の心はあの時から空虚になったままだった。消失とした存在を思い返しては、私の失ったものを求めるように願い続ける。
もう会えないよ。彼はあの時そう言った。言及することは許されず、私はただ彼を見ていた。いつか、私に言ってくれるのだと淡い期待を寄せて。いつか、私が言うことを許してくれるのだと信じて。そんな思慕を瞳に込めて彼を見ていた。彼は遠い果てへ行ってしまったけれど、私はいつか、と思いに馳せ、願い続ける。
熱情を取り戻そうと。絶対に彼に言うんだと。そう夢を見る。私は、双眸に薄く張るものが零れ落ちないようにと夜空を見上げた。
*
毎回楽しく見ていたのですが、今回で最後だと知り、投稿しようと思いました。文章を書くのにえらく時間がかかってしまいましたが、かけたときの達成感が凄いものです。
この話は、彼が宇宙人にと思って書いたのですが、宇宙人だというエピソードを書けず、ぐだくだと別れのシーンを書いてしまいました。
駄文、失礼しました。
第十一回大会エントリー作品一覧!
No1 梓守 白様作「なんにもないんだよ」 >>503
No2 狒牙様作「無意味って何ですか?」 >>504
No3 あまだれ様作「母の面影」 >>505-506
No4 果世様作「なんにもないひと」 >>507
No5 瑚雲様作「空っぽだった」 >>509-511
No6 たろす@様作「正しい世界の作り方」 >>512
No7 逸。 様作「無の中の夢を」 >>513
No8 妙子様作「真夏の夜空」 >>514
以上、8作品がエントリーです!
最後の大会ということで僕もエントリーせねばと思ったのですが、結局間に合わず。
最後の大会で期間延長というのも美しくない気がして……
兎に角、兎に角!
最後に、僕の大会に最後に参加してくださった8人の皆様本当にありがとう!
これからはこのスレは管理人様方の管理体制に入りますが……
末永く通ってもらえると嬉しいです!
では、投票開始!
いくつ投票して良いのかなー、と思いつつ。
とりあえず、瑚雲さんとたろすさんでお願いします。
主催者が投票しないわけにはいきませんな(苦笑
私はくるー(あまだれ様)と狒牙様、たろす様に投票しておきます。
3番と5番の作品に投票させていただきます。
果世さんとたろす@さんに一票ずつお願いします。
投票だけになってしまいますが、どうかよろしくお願いします。
3個選べるんですねぇ。
ってことで以下お三方に1票ずつお願いしますっ。
妙子様
「無」というテーマで思い浮かんだイメージに一番近く、しっくりきました。
瑚雲様
一番泣けました。
たろす@様
一番意表を衝かれました(笑)。面白かったですっ。
以上です。
第十一回大会「無」 結果発表
1位 たろす@様作「正しい世界の作り方」
2位 瑚雲様作「空っぽだった」
3位 あまだれ様作「母の面影」
統計完了。
今回は同率の方もなしで……
まぁ、票数がそもそも少なかったのですが。
では、僕の主催する坦懐は終了です。
次からは副管理人様にパスです!
十一回分お疲れ様です。
途中全然参加できてなかったんですけど、楽しかったです。
こういう場でSSを書く機会を作っていただき誠にありがとうございました。
ああ……もっと早くに浮上するべきだった……!
するすると言っていたくせに参加ばかりか投票もせず申し訳ないです;
第十一回お疲れ様でした。
投票はしていませんが、参加された皆様の作品はすべて読んで楽しませていただきました。
入賞した方々はおめでとうございます!
運営してくださった風死さんも、参加・投票してくださった皆様もありがとうございました^^*