『名も無き罪』
「あんた、そんなことも知らないの? 馬鹿なのね。そんな無知を世間にさらすぐらいだったら、いっそ死んだほうが親孝行になるんじゃない?」
あたしは人の心をえぐるのが得意だった。嫌いな奴はとことんえぐる。えぐって、えぐって、えぐって、えぐって。あたしが正しい、あたしが正義だ、だからあたしの言うことを聞けと命令する。
あたしはそのころ、王国の女王だった。言う事を聞かないやつの心を折り、服従させる。それでも駄目だったら≪兵隊≫たちを使って肉体的にも追い詰める。そうするとたいていの奴は言う事を聞いた。教師でさえも、理事長や校長でさえも。それが中学2年生のころのあたしの日常。
「あたしのいうことが聞けないの? 絶対服従っていったでしょう」
両親の社会的地位は非常に高い。校長や理事長よりも高い。だから周りの人はみんなあたしのご機嫌取りをする。
忘れ物をしても「次、気をつけてくださいね。これを貸しましょう」。わがまま言ったら「わかりました、そうします」。あたしはその状況にひどく満足していた。
「なんだそれ。お前ら全員頭おかしいんじゃねぇの?」
幸せな日常に入ってくるは不安定分子。名は小畑利人と言う。あたしはこいつの存在に対し、ひどくいらいらしていた。
――――あたしの帝国に不安定分子はいらない。
あたしは≪兵隊≫たちに命令を下す。
「あいつ――――小畑利人を服従させなさい」
あいつはなかなか落ちなかった。≪兵隊≫たちの嫌がらせにも耐える。あたしの毒にも耐える。
「あんた、何で耐えるわけ? あたしのところへ来ればゴミ屑みたいな今の日常を変えれるのに!」
あいつはあたしのほうを向かず、冷め切った声で言った。
「俺はお前とは違う」
「俺が正義なら、お前は悪だ」
違う。違う。あたしは間違ってなんか無い。誰もが皆それでいいって言っている。あたしは悪くない。あたしは悪いことなんかしてない。悪いことなんかしてないのに何で悪なんて言われなきゃいけないの?!
あたしは悪いことなんてしてない。だから――――悪なんかじゃない。
「あんたが悪よっ! あたしが――――正義が、倒すべき悪!!!」
返事は無かった。
ねぇ、誰か教えて。
あたしは悪だったの?
あたしは正義じゃなかったの?
初めて芽生えた疑問はあっという間に心を支配する。
ねぇ、誰か教えて。
あたしは正義だったのよね?
悪なんかじゃなかったのよね?
突然芽生えた疑問はあっという間に心を釘付けにする。
ねぇ、誰か教えて。
答えてくれるような返事は返ってこなかった。
あたしは、悪なのか?
悪の癖に、正義を気取っているのか?
あいつは言った「あたしは悪だ」と。
あたしは言った「あたしは正義だ」と。
どちらにしても、あたしはもう止まれない。
「お父さん。お願いがあるのだけれど――――」
「お母さん。お願いがあるのだけれど――――」
翌日。
新聞のトップ欄には【突然のアクセル故障 仕組まれた物か?】。そこには事故で亡くなった少女の名前が載っていた。『小畑』芽衣。それが少女の名前だった。そう、彼女は――――あいつの妹。あいつは今日、学校に来なかった。
帝国の平和はこれで保たれるであろう。笑みがこぼれる。嬉しくて、嬉しくてたまらない。あーあ。お兄ちゃんがしっかりしてないもんで。芽衣ちゃんが『突然』の事故で死んじゃった♪ あーあ。可哀想に。お兄ちゃんのせいで芽衣ちゃん、死んじゃった♪
「あはっ。あははっ。あははははははははははははははっ」
あたしは正義。正義の執行人。小畑利人、あんたは有罪よ。大切な人が死んじゃったという罰し方。どう? すごくイイでしょう。たっぷり味わいなさい。
あたしは夢の中にいた。現実のあたしは笑っている。頭の奥のあたしは、現実のあたしを見て言った。あれこそ真の悪なり、と。
数年後、あたしは気づく。本当の罪はあたし自身だと。あたしが“罪”というものなのだと。そしてあたしのとった行動は――――、ねぇわかるでしょ?
「目には目を、悪には罰をってね」
笑ってさよならをする。
そうね。この罪に名を付けるなら『偽装罪』ってとこかしら?
まあ最後だしあたしらしく、この世界とさよならしようかな?
「んじゃ、さよなら。こんな不完全すぎるゴミ屑みたいな世界に用はないし、屑たちの相手をするのははっきり言って疲れたわー。めんどくさい世界とさよならできるなんて嬉しすぎるわね」
あれ、おかしいな。なんだか暖かいものがほほを伝っている。
それは『涙』だった。
「初めて、泣いたかも」
あたしはいつも泣かせる側。泣いたことなんて無くて、気高く生きていた。
あたしはやっと知った。『涙』ってこんなのなんだ。初めての涙は悲しくてと寂しい味がする。
あたしはやっと知った。『痛み』を、『苦しみ』を。すっごく辛くて、悲しくて。胸がきりきりと締め付けられて。あたしはこんな理不尽を他人に押し付けて痛んだと知った。
「だけど、いまさらだなー。んじゃ、ゴミ屑みたいなこの世界、屑たち、さよなら。――――――――――もしかしたらそんな世界が、人が、大好きだったのかもしれないな」
5月○○日、23時43分。
あたしはこの世界から姿を消した。
♪ ♪ ♪
お久しぶりです。
今回、やらせていただきます。
よろしくお願いしますです!