【Do you know how to die?】
「ねえ、俺、死にたいんだけど」
これが毎日の口癖。
学校が終わって日が傾いて、暮れそうな空の下を往く。
死にたい死にたい死にたい死にたい。
何度言ったか、数えた事もないが。
毎日飽きる程その台詞を聞く俺のオサナナジミとやらは、ぱっと振り返った。
「なーに言ってんの! 毎日毎日……そんなんじゃ、人生楽しくないっしょ?」
「楽しくないから、死にたいんだけど」
「じゃあ飛び降りとかしちゃうの?」
「それは怖いだろ。もっと簡単に死ねないのかな」
そういうと、オサナナジミはくすっと笑った。
向日葵みたいな、太陽みたいな。
そんな綺麗な顔で、ぱっと顔を明るくする。
「じゃあ薬で死ぬとか!」
「それ、学生の俺に用意できんの」
「う……他人の言葉で死ぬとか! ほら、学生の自殺理由って殆ど精神的なものだし……」
「言葉で逝けたら苦労しねーよ」
「じゃ、じゃあ溺死は? 海にいけばイチコロだよっ?」
「苦しい」
うーんと唸るオサナナジミ。
俺が死ぬ事に異議を申し立てたりはしないが、死なない方が良いといつも言ってくる。
俺と一緒にいても、つまんなそうな顔をした事なかった。
俺は、人生を15年も生きてきた。
そろそろ死んだっていいだろう。
物心ついた時から死にたがりだった俺は、気がつけば“死”以外に興味を持った事がなかった。
ずっと、死にたいと思ってた。
理由なんか知らない。ただ、死にたい。
「ねえ、正紀君……本当に死にたいの?」
笑顔は変わらない。
毎日毎日、キラキラした笑顔で、俺の隣にいるこいつ。
初めて、真剣な眼差しを受けた気がした。
いつだって笑ってるのに。
「ああ、死にたいな」
そういうと、奴は一瞬表情を歪める。
ただ本当にそれは一瞬で、すぐにまた、花が咲くように微笑む。
「じゃあ正紀君は明日死ぬでしょーっ!」
「……は?」
「へへ、占いだよ! 正紀君は、明日死ぬことができるかも!」
「何だそれ」
「占いってさ、当たるより信じる方が楽しいじゃん!」
そしたら正紀君でも楽しめるかも! なんて言った。
親が占い師だからって調子に乗りやがって。
俺は占いとか呪いじゃなくて、確実に死んでしまいたいのに。
「……良いよ、もう」
「……? 正紀君?」
「さっさと死ねる方法があればいいのに」
ぽつりとそう言葉を漏らす。
そうだよ。俺はさっさと死にたいんだよ。
周りからうだうだ言われたり人間関係に絡まったり。
そんな面倒くさい世界から、消えてなくなりたい。
気持ちの悪い泥の中から消える事ができたら、どれだけ良いか。
「大丈夫、正紀君なら大丈夫」
熱いアスファストの熱が、引いていく。
橙から紫へと変わる空は、俺達の上でずっと広がっていた。
雲が完全に空を閉じた時、オサナナジミは笑った。
「じゃあ、また明日ね!」
明日俺は死ぬんじゃなかったのか。
自分で言った事をすぐに忘れる癖は直らないか。
まぁ別に、明日死ぬらしいから良いが。
ああ。
さっさと、死んでしまいたい。
*
朝が来た。
分厚い雲が、景色を歪ませる程多量の雨を降らす。
霧と雨で何も見えない真っ暗な朝は、何か心地が悪かった。
学校は義務だから行く。さっさと着替えていつも通りテレビをつける。
出てきたのは、オサナナジミの顔だった。
『えー今朝5時頃、学制服を着た少女15歳が、自宅のマンションの屋上から飛び降りて自殺しました。学校側は……』
映っていた写真の中でも、あいつはにっこりと笑っていた。
「何で……何でなんだ……ぁ、ああ……!!!」
「あなた……落ち着いて……」
「落ち着いていられるか!!! む、娘が……明日香が……!!!」
制服を着たまま、急遽行われた葬式に、俺は参加した。
激しい雨が強く地面を叩く。その度に、俺の中で何かが渦巻いた。
俺が、死ぬはずだったのに。
俺が死んで、あいつが悲しむんじゃなかったのか。
自殺したい程、嫌な事でもあったのか。
お前が先に逝ってどーすんだよ。
「ばっかじゃねーの」
出てきた言葉が、小さくて助かった。
いつもへらへら笑って、友達も多くて。
成績優秀スポーツ万能。所謂才色兼備。
誰もが憧れる、充実した毎日を過ごしてきたあいつが。
ばかみたいに自分から人生を投げた。
雨が降った。
流れる雨は、地面を弱く叩いた。
晴れる事なく振り続く雨の中で、ぽつりと立っていた俺は、あいつの言葉を思い出す。
「――――そういうことかよ」
この世にいくつもの罪が存在するなら。
俺の罪なんだろうか。
幼馴染の横でずっと死にたいとほざいていた事だろうか。
それとも。
「すみません、おじさん、おばさん」
向き合った事もないその人達の前で、俺は言葉を紡いた。
泣きじゃくった顔で、すっとこちらに向いた彼らの目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「あいつを殺したのは、俺です」
多分、俺の罪はそういうことになるだろう。
「え……?」
「死ねと言ったんです。俺が、あいつに」
「……ど、どうして……そんな…ぁ……!!!」
俺が、死にたがっていたから。
だからあいつは死んだんだ。
言葉であいつを殺したんだ。
「俺を殺してください、俺があいつを殺したように」
昨日の“あの”言葉は、そういう意味だろう、なぁ?
だったらお前の占いを、全部信じてやるよ。
『じゃあ、また明日ね!』
――――――――――お前が俺を、信じていたように。
俺が死ぬのは罪を償う為か?
それともずっと死にたがっていたからか?
ちがうよな。
「――――――会いに行くよ」
出てきた言葉が、小さくて助かった。
そんな気がした。
*END*
【あとがき】
何でしょうね。こんな文を書いた私が最早罪。
罪とはあまり深く関わってなさそうです(泣)
前回とは違って長くなりました。
あと読み辛さ1000%です。御了承願います……!
注:若干修正致しました。