『犯罪者達のワンダーランド』
そこは退廃的な場所だった。
死の臭いがそこかしこから香ってくるような地獄。
廃ビルと廃工場が折り重なった、複雑で起伏にとんだ地形。
下水が湧き出る泉には、薄汚い襤褸(ぼろ)切れを羽織ったゾンビみたいな負け犬達が、蟻みたいに群(むら)がっている。
「イやアァァァァァああぁぁあ嗚呼アアああアッッツッツ」
今日もまた悲鳴が空を劈(つんざ)く。
ここは“犯罪者達のワンダーランド”
名をアンダーグラウンド・ジ・アリス。
7月22日、シャツも汗で黄ばむほどに暑い40度近い日。
悪党たちの脳みそは蕩(とろ)け、崩壊していた。
その酷暑は元々安っぽい自制心などないに等しい、彼等の理性が決壊(けっかい)するには十分な衝撃だろう。
最初の殺人はG-7と名付けられた東部区で起こる。
狭いビルの隙間。
吹き抜けるビル風が生温くて苛立たしいという下らない理由で、殺人を犯した男が立っている。
男の身長は185cmより少しある程度。
一般的には背が高いががっしりとした偉丈夫が多いジ・アリスでは普通程度だ。
銀色の無造作な髪型と紫と碧のオッドアイ。
漆黒の軍服然としたここに住む者達にしては小奇麗な服装をしている。
一見すれば美形貴族のような殺人とは無縁な甘いマスクの持ち主。
そんな美男子を絵に描いたような男の目下。
ブロンズの長髪をした体格の良い女性の遺体。
真っ二つになって内臓や骨が丸見えになっている。
血は水溜りのごとく広く遠くまで流れていて……
その女性の遺体を抱きかかえながら、細身の黒髪ショートカットをした露出度の高い服装に身を包んだ女性が泣き喚く。
「ユーリスたん!? ユーリスたんが死んじゃったあぁぁぁぁっ! 悪魔っ、人でなし」
「何言ってんだ? ここにロクデナシじゃねぇ人間なんているのか?」
呂律(ろれつ)が回らないのか泣き喚く女は“ちゃん”という愛称部分をきっちり発音できていない。
涙ぐむ女性に殺人を犯した男は素っ気無く冷たい口調で告げる。
そして少しニヤニヤして見せた後、また口を開く。
「なぁ、お前。ここに来て何年だ? いや、何ヶ月……何十日?」
「昨日だよっ!」
どうやら目の前にいる女は最近ここに送られてきた新人らしい。
道理で知り合いが死んだ程度で随分と取り乱すわけだ。
納得したと同時に男は笑い出す。
「くっくくくくっくくくっ、はははははっ! そうかそうか、悪かったな。やっぱりそうか。お前魔女にだまされて食われそうになっていた所を俺に救われたのさ!」
「魔女?」
“魔女にだまされる”とはどういうことか、本気で疑問に思う女性。
しかし質問しようとすると男は手袋で覆われた手を突然向けてきた。
握手の振りをして何をするつもりだといぶかしんでも、女性は条件反射的に手を出し男の手を握ってしまう。
「まぁ、魔女の話は後にしようか。俺の名はサイアス。サイアス・マクヴァール。てめぇは?」
「ハルヴィ。ルシアス・ハルヴィ」
血に染まる路地裏で自己紹介など狂ってると思いながらも女性は名乗る。
サイアスと名乗った男に対して、ルシアスと。
………………
一旦区切ります。
「しっかし、ユーリスたんねぇ? たった1日でこのババァ、どうやって新人誑(たら)し込んだんだか」
「なっ、何を言っているんですか! 彼女は良い人で……昨日僕を助けてくれたんだ!」
口角を上げ馬鹿にしたような口調でつぶやくサイアスにルシアスは本気で食って掛かる。
彼女もここがまともな場所などではないことは知っているが、たった2日でこんなことになるのは想定外らしい。
相当取り乱していて、言葉遣いが定まっていない。
昨日のことを脳内で思い描きながら、必死でユーリスだった遺体の擁護をする。
「そうか。で、絡んでいた男の数は10人程度で赤髪の尖りヘッドが居たな?」
「なっ、何でそんなこと」
「そして、多分赤髪尖りの左横に居る黒い怪しげなフードつけた無精ひげ野郎が最初に声かけてきたはずだ」
「そっそうです! 全て当たって……」
しかし男は何よりも冷たい声で冷静に言う。
サイアスの予想は全て昨日の情景と一致していて。
恐怖すら覚えるほどだ。
まるで有名な話のように。
「分るよ、有名だ。そいつの手口だからな。いい加減殺すべきだと思ってた所さ」
「そっ、そんな……」
驚愕して上擦った声を出すルシアスを面白そうに見つめながら、男はぽんと両手を合わせにこりと猫のような笑顔を見せる。
そしてユーリスがジ・アリスでは有名な新人狩りであることを明かす。
絶句するルシアス。
「大丈夫だ僕っ娘。俺は親切だからな。このジ・アリスで1番っ、いっちばん……親切な男だ」
「1番……? 1番!」
「そう、1番だ」
ルシアスに人懐こい笑みを浮かべながらサイアスは目を大きく開く。
そしてルシアスの黒曜石のような瞳を見詰める。
1番大切という言葉はルシアスに異様に強く刻まれて。
かのじょはすっかりサイアスに依存するようになった。
催眠術。
サイアスがジ・アリスにて手に入れた力。
それを行使したのだ。
勿論ルシアスを自らの手駒として使うために。
………………
一旦区切ります。
ルシアスがサイアスの催眠を受けてから10日が過ぎた。
ルシアスはサイアスの根城に連れて行かれ、10日間全く外から出ていない。
ルシアスはこのアンダーグラウンドでも最高クラスの実力者らしく、根城は途轍もなく広くどうやったのか電気や水も通っていて相当暮らしやすいのだ。
外に出る理由がない。
そもそも、サイアスに外に出るなと命じられている。
深夜、サイアスの城3階にある1室。
ルシアスの部屋と書かれた札が張られている個室。
あえぎ声と衣擦れのする音が僅(わず)かに響く。
「なぁ、ルシアス。ここは罪を罪とも思わない屑どもしか居ないから怖いだろう?」
「はい、ごひゅじんしゃまぁ……」
「俺も心配なんだ。君みたいな純粋な娘がなんでこんな所に送られてしまったんだろうなぁ? 俺は君を護るよ。分るね、ここで君の見方は俺だけだ」
「ひゃい。ごひゅひぃんしゃまぁ」
巨大なシャンデリアに赤い絨毯(じゅうたん)。
調度品の全てが贅沢で華美(かび)な目に優しくない部屋。
ベッドのシーツや布団の色はピンクだ。
そんな部屋の中ではルシアスとサイアスの裸体が重なり合っている。
10台半ば程度の控えめな体つきをしたルシアスを犯しながら、サイアスは自分の行っている行為からは全く伴(ともな)わない言葉をルシアスに掛ける。
いつの間にやらルシアスは彼のメイドであり彼なしではいられない体にされてしまったようだ。
――――――――
G-7地区。
とうにユーリスの遺体は処理されていた。
赤髪の尖りヘアの男が立っている。
「許さねぇ。許さねぇぞユーリス姉さんの敵だ!」
――――――――
アンダーグラウンド・ジ・アリス。
そこは犯罪者達のワンダーランド。
警察達が匙を投げた凶悪な犯罪者。
彼等は皆一様に人間として一線を画した身体能力と夫々固有の能力を有していた。
サイアスは催眠術、ユーリスは特定の性質を持つ人物をひきつけて話さないホルモン。
そしてルシアスは――
アンダーグラウンド・ジ・アリス。
そこは人類を超越した悪党達の培養所にして、罪有る者達に対する居住区。
政府も逃げ出す化け物達の楽園。
悪は勝つ。
正義などない。
罪は……その者が罪と認識しなければ罪になり得ないのだ。
ここは殺戮も窃盗も破壊も許される咎人(とがひと)達の楽園(シャンバラ)。
あぁ、誰もが何の意味もなく死んでいく。
それもまた罪なのなら何と罪とは安いことか。
怒りを買い自壊するのも自由。
「死ねよサイアス。てめぇの時代は終りだ。間抜け野郎」
「あぁ、間抜けだな……俺はな、ユーリスの腰巾着(こしぎんちゃく)どもが嫌いでね」
「何が言いてぇ!?」
「俺が何でアイツを懐柔(かいじゅう)したか分るか?」
「…………」
「あいつは罪の世界を全て崩壊させる力だからさ」
ルシアスの力。
それは歪んだ最高の安堵(あんど)により呼び寄せられる。
彼女の父親は狂っていて、飴と鞭を使い間違えた男だった。
飴の使い方は間違っていなかったが、鞭の使い方が間違っていたのだ……
男は娘であるルシアスが初潮を迎えると執拗(しつよう)に狙うようになった。
それは最初は苦痛だったがいつの間にか快楽となり、ルシアスは依存するようになっていった。
普段は優しい父親の闇に接すたびにルシアスは崩れていく。
そして力は発動されやがて1つの町が砕け散ったらしい。
「あぁ、無意識とはいえ町をぶっ壊すようじゃ世界から排斥されるよなルシアス」
ルシアスは喋らない。
すでに腕と足を捥ぎりとられギリギリで生きている状況だ。
最初から知っていたことがある。
ユーリスの敵(かたき)と部下達は怒るだろうこと。
そして、このジ・アリスはいつか滅ぼさならないということ。
彼は自分が嫌いだった。
この肥溜めのような腐った場所も。
――――――――サイアス・マクヴァールは罪を罪として認識していて、償(つぐな)いたいと。
「ゴメンなルシアス。俺の勝手に付き合って死んでくれ」
ルシアスの町が吹き飛んだときよりはるか膨大(ぼうだい)な爆発により、ジ・アリスと呼ばれたゴミ捨て場は地図から消えることとなる。
催眠術・爆発・ホルモン、これらの異常能力をアリスと総称していたからこそ、アンダーランド・ジ・アリス。
不思議なことにアリスの力を持った者達はその後現れない。
これは名もない咎人が名もない英雄になった物語。
Fin
――――あとがき
久しぶりに書くことができました。
そして、随分遅くなってしまいすみません。
Up主の勝手が過ぎて本当にすみません(涙
どうでしたでしょうか犯罪者達のワンダーランド!
どの辺が題名通りだって言われると僕も?です(オイ
そして、物語の造りが変則的過ぎて分けわかめですよね(涙
正直、後一レスいやいや、500文字位多く書けば少しは分り良かったのかもですが、力尽きました(オイ
お目汚しごめんなさい。