【真夏の夜空】
声が出てしまう。彼が行ってしまってから、喉に突っかかって言えないでいた言葉が零れてしまう。頬がくすぐったい。視界がぼやける。こんなにも星が綺麗に輝いているのに、私の瞳から出るものに邪魔されてしまう。ポロポロと零してしまう。情けない私。悔やんで願うことしか出来ない私。そんな哀れな姿を星たちが見ている。
あの時と同じように星たちが瞬く。彼が教えてくれたベガもアルタイルも、きっと変わりなく美しい。
「君は、この先新しい経験を数多にしていくだろう。このことはきっと記憶に埋れていくものだよ。」
「私は忘れない。忘れることなんてできない。だってこれは一一」
恋だもの、と続く筈だった声は喉に埋れていく。だって、彼が塞いだから。私の唇に彼の綺麗な指が触れる。話すことを止めるためだとは思うけれど、私の胸は高鳴る。ドキドキとするのと同時に、ずるいと思った。
言わせないってずるい。彼は私の気持ちを知ってるくせして、気づかない振りをする。いつだって、私が彼に告白する直前に止めさせてしまうのだ。
彼は何処か遠くに行くと言った。もう会えないとも。
最後の日、海で言おうとした熱弁は彼に止められる。剣呑と熱が篭る目を彼に向けさせれば彼は悄然と呟いた。
「君が刻む時と、僕の時間は違うんだ。」
私は理解が追いつけなかった。今日で終わりだという焦りと口に出せないもどかしさで、拒んでしまった。その事を尋ねようと口を開くけれど、彼は困ったように微笑むばかりで、私は何も言えなかった。本当にずるい。
何も言えない。吐露出来ずにいる気持ち。じゃあ、これの行く先はどこになるのだろう。
私がしょんぼりと項垂れると、彼はまた小さく笑った。月の光が彼を照らし、砂浜に座る二つの影を大きくし、肌は美しく反照される。どこか色っぽく艶やかだった。けれど、それとは反対に危うさを醸し出している。ふらりと彼が動けば消えてしまうような気がして、私は少し怖くなった。
時間が幾分と経った。そんなに時間は過ぎていないけれどそう感じてしまうのは、私と彼の間に付き纏うぎこちない空気のせいだろう。
彼が立ち上がる。私は、もう行ってしまうのだと理解した。私も続くように立ち上がって、彼の名前の後に、またね、と私は小さく付け足した。確証もない明日をどう言ばいのか分からなかった。いつも同じような台詞で言ってみたけれど、昨日とは全く違う感情で言ってしまう。恐れ、期待、そんなものがうやむやに、ごちゃまぜに混ざったものだった。
力む手はスカートの裾にシワを作る。私はどうやら彼の言葉に緊張をしているようだった。
「じゃあね。」
優しそうな声が鼓膜に響く。彼の声はいつもと変わったところがない。私は少しだけ悔しくなった。じわりと視界が揺れる。きっと涙が私の瞳に膜を覆っているのだろう。目尻から出てしまいそうな涙を彼が寸前に拭う。
「泣かないで。僕は君の涙を見たくない。」
そう言って、また溢れ出す涙を払拭するように頬を撫でる。あまりにも優しくするものだから今までのことは嘘なのかと思ってしまう。
「泣くのやめたら、また会える?」
困ったように彼は微笑んで、少し塩っぽい空気に息を零す。月が亡霊のように靡く雲に隠れ周りは藍色に染まった。彼の顔は暗くてよく分からなかったけれど、徐々に暗さに慣れてきたのか、少し彼が見えた。彼の目から何かが落ちた。雲の隙間から月光が些少に零れて、きらきらとそれを光らせる。彼は泣いていた。彼が私にしたように、指でそれを弾くように拭う。彼は少し目を丸くしたけれど、すぐにくしゃりと笑った。
「少し辛いんだ。ここの生活は、快適というわけでは無いけれど、その分周りの人達との絆を築ける。皆と笑って、悲しんでその一つ一つの出来事が凄い楽しかった。でもそれだけではなくて、隣に君がいてくれたからだと思うんだ。だから、別れるのが少し辛い。」
「それって」
告白?、聞こうとした言葉はまた指で塞がれた。彼の耳が真っ赤になっているのが見えて少しだけ笑ってしまう。彼は一瞬、怪訝そうな顔をしたけれど真面目な顔になった。
「それでお別れにしたくないんだ。それを言うときは戻ってきて、ずっと君といられることになったら。だから、待ってて。長くなるかもしれないし、酷なことかもしれないけれど、僕を信じて待ってて。」
そう言う彼は、ぽんぽんと私の頭を叩く。赤ちゃんをあやすように優しく私を宥める。じゃあね、とまた別れの言葉を頭上で小さな声で言い、触れる手は離れていく。私は小さくなっていく彼の背中を見ていた。辛いし悲しい。けれど、それは私だけではなくて彼も思っていることなのだ。だから、私はありったけの力で彼に言う。信じて待っている、と消えてしまう彼に。
私は、昔のことを思い出しながら、どこまでも続く波打ち際を裸足で歩く。
地平線を境にして滲み出す光。青より濃く、紺より淡い夜が散らばる星を瞬かせる。
引いては押され、押されては引いて幾度と繰り返される波は私を感傷に浸らせた。喉から呻く声は夜空を飛行する鴎にかき消され、後追って続く波の律動に宥められる。
私の心はあの時から空虚になったままだった。消失とした存在を思い返しては、私の失ったものを求めるように願い続ける。
もう会えないよ。彼はあの時そう言った。言及することは許されず、私はただ彼を見ていた。いつか、私に言ってくれるのだと淡い期待を寄せて。いつか、私が言うことを許してくれるのだと信じて。そんな思慕を瞳に込めて彼を見ていた。彼は遠い果てへ行ってしまったけれど、私はいつか、と思いに馳せ、願い続ける。
熱情を取り戻そうと。絶対に彼に言うんだと。そう夢を見る。私は、双眸に薄く張るものが零れ落ちないようにと夜空を見上げた。
*
毎回楽しく見ていたのですが、今回で最後だと知り、投稿しようと思いました。文章を書くのにえらく時間がかかってしまいましたが、かけたときの達成感が凄いものです。
この話は、彼が宇宙人にと思って書いたのですが、宇宙人だというエピソードを書けず、ぐだくだと別れのシーンを書いてしまいました。
駄文、失礼しました。