~泳げない僕なりの海の楽しみ方~壱
突然だが、僕は泳げない。
別にスポーツが出来ないという訳ではない。むしろ人並み以上というか、何をやらせても最低限そこそこなレベルまでは到達する。しかし、水泳という分野に関しては話が別で、どうしてもこの生きている十八年間、上達する気配も無く、全くと言って良いほど泳げない、いわゆるカナヅチなのだ。
しかし、だからといってこの砂浜が在る港町に住んでいる僕が、海から目を背けると言うのはなんだか負けた気がしてならない。ようするに、僕は負けず嫌いなのだ。
ここら辺りで読者の方々には『じゃあ、何をするのか』という疑問符が頭の上に浮かんでいることなのだろう。
しかし、海は砂浜だけでも十分楽しめるのだ。
例えば、ビーチバレー、スイカ割り……。少し幼稚だが、砂でお城を作るなんてことも出来る。ならば、泳げない僕は、それらを他人より極めるしかないだろう。
これは、少しポジティブは敗者の思考のようにも感じるのだが、十年間泳ぎの練習をし続け、それでも全く泳げるようにならなかった僕なりの結論だった。
……泳ぎを捨てて、僕の海での全てをこの三つにかけていたからこそ、絶対の自信を持っていた……のだが。
一人の男を見て、僕は「負けた……」そう言ってしまった。
初期や、最近でも、そう思うことなら多々あった。しかし、明確に口に出して言うのはこれが初めてだった。
その彼はサーフィンをしていた。これは偶々目に入っただけなので、これと言って気にすることではない。
しかし、サーフィンを終え、砂浜に上がってきた彼がビーチバレーに入ると――不覚にも僕は魅せられてしまった。
見たのは一瞬だった。しかし、彼の砂浜とは思えないフットワークや、跳躍力に、不覚にも、僕は魅せられてしまったのだ。
だから、それを認めたくなかった僕は、家に帰って猛特訓を始めた。腕立てや、腹筋、背筋などの筋トレは勿論のこと、スポーツに関する理論、身体の動かし方、柔軟性や、体幹の強化を、それこそ血が滲むような、吐血するような練習を半年間続けてきた。
そして、僕はとある老人と運命と呼べる出会いをした。
日課のロードワーク中。古臭い屋敷のような家から、とてつもない音が聞こえ、僕は思わず足を止め、その家の中を覗く。
そして、僕の目に飛び込んできたもの――それは、後に僕が老師と呼ぶことになる老人が、形が崩れることもなくそこにあったスイカを真っ二つに割っているところだった。
老人がやっていることは、あくまでも“スイカ割り”でしかない。だが、僕はその老人の人間離れした、まさしく神業と呼ぶのに相応しいスイカ割りに魅せられ、気が付けば門をくぐり、老人の元へと歩み寄っていた。
そして、僕に気付いた老人が「何か用か?」と、あくまでもスイカの汁で赤く染まった木刀を、こちらに向けながら酷く面倒そうに言った。
「はい。僕に泳ぎ以外の海での楽しみ方を教えて欲しいんです。そのスイカの割り方、尋常じゃない。だから、僕はとある男に勝つために、あなたに教えてを被りたいんです」
「海で泳がないでどうする? お前かて、あの青い水に飛び込みたいのだろう?」
「しかし、僕はお恥ずかしい限り、全く泳げないのです。ですから、他の海での楽しみ方を極めようとしました。しかし、男に完璧に負けたのです」
「だが、その体つき、それを持ちながら全く泳げないと言うことはないだろう。それでも、泳げないと証明し、私に教えを受けたいと言うのなら、この冬の海に飛び込んでみよ。さすれば、お前の心意気を認めてやらんこともない」
その言葉を聞き、僕は覚悟を決めて「分かりました。では、そうすれば僕にあなたの技術を教えていただけるのですね?」そう、期待を込めた言い方で、沈むにも関わらず極寒の冬の海に飛び込む覚悟を決めた。
そして、そのまま海へと歩き、砂浜に立つ。大きく深呼吸をした後……流氷すら流れて来そうな程冷たい冬場の海へと躊躇うことなく飛び込み、泳ごうとした。
寒さで足をつったわけではない。足が動かなかったわけでもなない。だが、僕の身体は海の青黒い底に、重力に掴まれ引きずり下ろされるように勢いよく沈んでいった。
その後、老人に投げてもらった浮き輪によって、なんとか一命こそ取り留めた僕だったが……。結論、死ぬかと思った。という残念な結果に終わってしまった。
しかし、そんな僕のどこを気に入ったのかはわからないが「入門を認める。私が教えるからには、その男とやらには絶対に勝たせてやるから、お前も覚悟を決めなさい」と、案外あっさりと入門を許可された。
大学受験という最大の問題があったようにも思えたが、よくよく考えれば、水泳以外ならどうにでもなるということを思い出し、適当なスポーツ特待を獲られる記録を出し、その問題を解決した。
そして、肝心の修行が始まった。
基礎的な身体は十分に出来ている。とのことだったので、僕はいきなり修行へと入ることになった。
老人改めて、老師によれば、スイカ割りが一番上達が難しく、また、その成果が分かり易いということだったので、僕は言われるがままにスイカ割りの基礎練を始めた。
まずは、数十キロの重さがある、鉄パイプのような棒で素振りを開始。なんでも、スイカを割る棒と一体化するために、重さを感じなくするための筋力が必要だとか。
そう言われると、老師の腕は老人とはとても思えないような筋肉で、芸術品と呼べるような出来方をしているようにすら見えた。
そして、一ヶ月が過ぎ、僕の特訓は次の段階へと入った。それは……『見極めること』スイカを美しく、そして、目が見えていない状態で確実に割るには、それが確実に必要らしい。
更に一ヶ月。入門から二ヶ月が過ぎ、試しにスイカ割りをしてみると、驚くほど見違えた結果が出た。
今までの僕の成功率は八十五パーセント程でしかなかった。しかし、それが、たった二ヶ月の特訓で、九十九パーセントを超える数字へと変化したのだ。
無論、それだけではない。今までは、割るというより、叩き潰すと言えるような印象があった僕の人並みのスイカ割りをした後のスイカが、包丁を入れたように滑らかに、なおかつ、形も崩れず、綺麗な断面が窺える、木刀を使ったとは思えないような半分サイズのスイカへと、なり、技術の向上も目に見えて分かった。
さらに、再び夏が来るまで、スイカ割りに対する心構え、足捌きなど、スイカ割りを始めとする全ての技術を叩き込み……男を見て、二度目の夏を迎える。
波が騒いでいる。
僕はそう感じ、ほとんど条件反射と言って良いまでに、一際騒ぐ音が聞こえる方へと頭を向けた。
――――――彼だ。彼が再びこの海へ、この戦場へとやってきたのだ。
そして、彼はボードと波と共にこの戦場へと降り立ち、前のようにビーチバレーを始めた。
当然圧勝。そして、息一つ乱れていないどころか、この猛暑で汗一つかいていない彼に僕は話しかける。
「こんにちは。あなた、かなり強いですね。よろしかったら、僕と城作り、ビーチバレー、スイカ割りの三本勝負をしてはくれませんか?」と、彼にダメ元でお願いした。
すると、思いの外彼は快く「良いよ。アンタはそこら辺のヤツとは違うみたいだし。砂の城は勝てる気しないから、ビーチバレーとスイカ割りだけやろうよ。ビーチバレーを二本勝負、スイカ割りを三本勝負にすれば、決着はつくだろ?」
「そうですね。では、ビーチバレー行きましょうか。試合では真価は見られないので、威力と精密度。この2つで勝負しましょうか」
「…………了解」と、彼は数瞬驚いたような表情を浮かべてから、それに同意し、僕にボールを投げ渡し「じゃあ、まずはパワーから行ってみろよ」と、サーブをするように腕を振って見せた。
「距離を競うんですか?」と聞くと「まあ、そういうこと」と言われたので、早速僕はサーブを打つために精神を落ち着かせた。
そして、ビーチバレーの球を、雲一つ無い虚空に向かい投げ、平均的なバレー選手の二倍弱の高さを跳び、身体をヨガや、フィギュアスケートのように大幅に反らしながら――全体重、力、勢いを乗せたサーブを飛ばす。
手から離れた瞬間。それは物理法則に逆らうように、基地から離陸した戦闘機のように、重力を振り切ろうというように、勢いを落とすこともなく、その弾丸と呼ぶに相応しい球は……永い時を経て、地面へと落ちた。
そして、一瞬彼は驚いたような表情をするも「じゃあ、今度は俺の番だな」と、僕がした動きと同じように、跳躍、反り、一瞬での力の解放のステップを踏み、僕のような弾丸のような一直線の軌道とは違い、エベレスト。その軌道はそれをイメージさせるような軌道を描き、高々と上がり、まるで流れ星のように、もの凄い速度で、まるで空力加熱で燃え尽きんばかりのスピードを出しながら、砂へと落ちる。
そして、彼の放った衛星と呼べるような球が砂浜に落ちた瞬間……大量の砂を巻き上げ、まるで、ゲリラ豪雨が砂となって降り注いだように、砂の雨が上空から振ってきた。
数秒間の砂の雨が降り終わり、僕と彼は自分達が放ったボールの在処を見に行く。
すると、タッチの差で、僕に軍配が上がった。恐らく、風によって少し流されたのだろう。彼のボールの焦げ具合を見るに、風によっては僕が負けていたかもしれない。
「負けたか……。じゃあ、次は精密さな?」そう言うと、彼はドミノを並べ始めた。
「まあ、そうなりますが……。何をしているんですか?」
「あ? ドミノ並べてんだよ。見りゃあわかんだろか」と、そのドミノ一つ一つを正確に、丁寧に並べ、約一時間後にその二百×二、計四百ものドミノを不安定な砂浜に並べ終えた。
「で、何をするんですか?」
「決まってんだろ。あのドミノを倒すんだよ。打ち方は何でも良い。より多くのドミノを倒せた方の勝ちってことだ」
「ふむ……分かりました。では、先手は貰います」
「構わない」
そう言われると、僕は時間の流れを僕の周りだけ遅くしたかのようにゆっくりと呼吸を整える。
そして、自分でボールを高く上げ、跳躍。
最高地点から、まるで砂浜の中の小さな貝のような小さいドミノを目掛け、僕は自分が想定していたルートと寸分違わないように、ボールをインパクトする。
そして、僕の手を離れ、自由になったボールはおおよそバレーとは言えないような速度を保ち、そのドミノへと一直線に向かっていった。
空気抵抗により何とか他のドミノを巻き上げないようにした僕のボールがそのドミノの始めの一つに当たる。
そして、それは勢い良くパタパタと倒れていき、二百のドミノ中百八十ものドミノが倒れる好記録となった。――が「俺の勝ちだ」と、彼が“ポン”という音と共にそう笑い、僕の渾身の一発をあざ笑うかのように球がゆるゆると宙を舞う。
そして、重力に従い彼の始めのドミノに落ち、当たった瞬間――――まるで、最初からそのドミノが倒れていたかのように、置かれていたドミノが全て倒れた。
完全敗北し、その場に膝を衝いていた僕に、彼は手を差し伸べ「じゃあ、次はスイカ割り三本な。負けねぇぜ?」と、ニッコリと笑い、僕にスイカと木刀を渡した。
「最初は技だ。試技は一度きり。確実にスイカにその剣を入れ、芸術的に割った方の勝ち。審査員はここにいる方々にしてもらおう。良いな?」と、周りのギャラリーを巻き込んだスイカ割り“技”によって、引き分けで迎えたこの第二ラウンド、スイカ割りが始まった。
スイカ割りの先手は交代して彼。無駄と力の無いフォームから、目隠しによる周りの見えない孤独感と、不安感。この二つを全く恐れることもなく、実際は数メートルなのだが、果てしなく遠く感じるそのスイカへと確実に、力強く歩み寄っていく。
そして、スイカ割りの基本となる木刀でスイカを上空へ飛ばす、スカイを綺麗に決め、それを空中で十文字に、更にもう一段十文字に斬る。
そして、サンドインするスイカの速さや向きを調節し、その正確に八等分されたスイカは、その赤く瑞々しい内部を汚すことなく、更に、スイカ割りにおいては仕方ないとされてきた、スイカを斬った時に付いてしまう返り血すら付けていなかった。
「……流石です。では、次は僕が……」と、僕は目隠しを付ける。しかし、こんな物は今の僕には意味を成さない。目隠しをしたところで、僕の視界にはしっかりとスイカが見えている。いや、スイカしか見えていないと言うべきだろうか。僕と、僕が斬るべき相手。この二人は何もない、誰もいない空間で、ただただ向かい合っているだけだった。
そして、僕はその静寂を壊すかのように、この暗い世界を駆け出す。
何かに脚を取られるような気がする。僕が走るということを何かに阻害されているような気もするが、そんなことは些細な問題でしかない。
僕は相手の元へと辿り着き、スカイよりも、一段低い位置に上げる掬い。更に、僕の一番の大技とも呼べる、相手その物を木刀の先端で止めるオリジナル技“時止まらずとも世界は凍る(コールド・ウォーター)”によって止め、一瞬上げては弱い部分に木刀を入れ、その赤い血を出さないように、正確に皮のみを貫通させ、それを回すように一回転させる。そして、横一回転から、縦一回転に方向を変え、キレイな斬り込みを十文字に付けた。
そして、その迷彩服で隠されたその赤い身体を、四等分された皮の迷彩服を引っ剥がすことによって、引きずり出す!
そして、あらかじめ配置された皮の上に、その宝石のような赤い身体が落ち、砂という不純物を当然付けることもなく、四枚の花弁に実を付けたような形の真ん丸いスイカがここに咲いた。
そして、二人だけの世界は壊れ、大観衆の叫び声のような歓喜の声がこの砂浜に響き渡った。そして、その後の投票の結果――僕が二勝目を勝ち取った。
二戦目はやはり精密さ。
スイカを割る程度ではもはやそれは量れない。ならばもっと小さなものを割ろう。
パイナップル、当然成功。林檎、成功。キウイ、成功。苺、成功。
――そして、次に来たものは……“ラッキョウ”だった。
もはや、このレベルではその剣術自体のレベルを問われる。僅かな乱れ、僅かなズレだけでラッキョウには当たらない。精神的にも喰う側のラッキョウに喰われていく、この競技の恐ろしさを実感したような気がした。
――――それでも彼は成功させた。
――――そして、僕はそのプレッシャーと難しさに呑まれ、失敗した。ラッキョウに喰われてしまったのだ。
「じゃあ、これでまたイーブンだな。最終対決は――早さだ」
『早さ』これは老師にも聞いたことがある。
確か……二人で一つのスイカを使い、どちらが早く割れるかを競う競技……。まさに、最後には相応しいってわけだ。彼も粋な人だ。こんな形でなければ、最高の盟友となっていただろうに。
そして、そんな物思いに耽っている暇も無く、僕と彼。そしてあの宝玉。これら三つの綺麗な三角形が描かれ、ギャラリーの一人に仕切りを頼み、その人が「始め!」と言った瞬間に、僕と彼は走り出した。
これはただ割るだけでは勝ちにはならず、キチンと食べれるように割らなければ相手の勝ちとなる、極めて難しい競技だ。
彼に先手を取られ、多分だがスカイをかけられる。ならば、先程の軌道と同じ。僕の木刀はそれを割らないようにくすね、空中にキープする。先程のように僕はコールド・ウォーターを使っているような時間も無い。一気に……と、斬りかかろうとした所に彼の体当たりが僕に炸裂する。
そして、軌道を逸らされ、空振り。今度は彼にチャンスを与えてしまう結果となる。
そして、彼はその手に持った聖剣を今にもスイカに振るうだろう。
だから、僕は最後の賭に出る。スイカの弱点など、僕には目隠しをしていても容易に分かる。だから、その弱点を的確に狙った突き。これをスイカに放った。
手応えは合った。しかし、同時に彼の一太刀も放たれたような気がする。
なら、後は結果を待つのみ。やるべきことはやってきた。これで負けるなら、それはそれで――。
「勝者、左側!」と、僕の勝ちを主審が告げるのと同時に、場をつんざくような、飛行機が離陸するような大歓声があがった。
「はぁ……負けたのか。でも、不思議と悪い気はしない」
「僕もですよ。負けたなら、それはそれで良いと思いました」
と、僕らはそう笑い合いながら目隠しを外した。
「今度、一緒に泳ぎに行こうぜ!」
「ごめん。僕、泳げないんだ」
この熱く照りつける真夏の昼の太陽とは対照的に、僕は彼の誘いを冷たくあしらった。
~泳げない僕なりの海の楽しみ方、終了~
後語りー。
と、化物語風に始めさせていただきますが、とりあえず始めにすいませんでした。なんか、投稿がかなり遅れてしまったもので、他の方々の投稿に支障をきたしてしまったようで。重ね重ねすいません。
で、今回の作品ですが、オチを始めに思い付いて、なんかそれっぽい話を作ったらこうなった。どうしてこうなったという作品です。まあ、海要素を入れながらも、あれ? バトルSSじゃね? どうしてこうなった。という作品に仕上げてしまいました。
まあ、毎度の如く明らかに他の方々と作風が違うのは僕ということでスルーしてください。
では、どうしてこうなった作品『泳げない僕なりの海の楽しみ方』作者、白波でした。