【鈍色の海】
眼前に広がるのは、鈍色(にびいろ)の海。じっと見つめていても、小声で声をかけても、ちっとも答えてくれない……ちらりとも目を向けてくれない冷たい海。冬も目前の乾いた風が水面を打ち、わずかに波打ちはするが、それだけ。こうしてひとりぽっちで砂浜に座るさびしい女の子のことなんて、気にかけてくれないのだ。
砂も冷たい。海と同じ。立てた両膝に腕を回し、膝小僧にあごをのせて、懲りもせずに暗い海を見つめる。それでもやっぱり心は満たされなくて、ふと目を伏せた。足先の砂を軽く蹴って、辺りに散った砂の一粒一粒を意味もなく見つめてみる。この子達は寂しくなんてないだろう。周りにこんなにもたくさんの仲間がいるのだから。そう思ったらなんだか憎らしくなって、もう一度、今度はもっと強く足元の砂を蹴っていた。……虚しさに、胸がえぐられそうだ。
再び目をあげて、どこまでも遠く広がる海を見る。どこまでも、どこまでも際限なく広がるそれは、ただだだっ広いだけで包容力なんて何も感じない。逆に広すぎて自分だけ置いてきぼりをくらった気分だ。すねた気持ちで唇を尖らせる。膝小僧に右の頬をつけ、無感情を装ってぼんやりと眼前の風景を瞳に映す。鈍色の、海を。
――……気持ち次第で、変わることだってあるかもね
いつだったか誰かが言っていた言葉が頭に浮かび、弾かれたように顔をあげた。同時に、波が浜に打ち寄せる力強い音が耳に響き、胸の内に反響する。今まで聞こえていなかった音だ。響いて、いたのに。
小さく息を吸い込む。冷たい空気が体中にしみわたった瞬間、改めて海一帯を見渡してみた。そして目に映ったものに、思わず背筋をぴんと伸ばしてしまった。自然と笑みがこぼれる。
「……鈍色なんかじゃなかったね」
目を細めて水面の一点を見つめてみる。水面にはオレンジ色の細かい光が美しく散っていた。ほぅ、と吐息を漏らして視線をあげると、金色の光を放つ夕日が今にも海に沈もうとするところだった。こんな神々しい風景すら、ついさっきまでは視界から弾かれていたのかと思うと、身ぶるいさえしそうになる。
あたたかい光に頬を照らされ、まぶしくて手でひさしをつくった時、足音が近付いて来ることに気が付いた。ゆっくりと、静かに。まるでこの美しい風景を壊さぬよう意識を張り詰めているかのように。その足音が背後で止まる。人の気配はしない。手でひさしをつくったまま後ろを振り仰ぐと、予想通りの人物が包み込むような笑みを浮かべて佇んでいた。大好きな、お母さん。それこそ海のように広い心を持った、大好きな、……ここにいるはずのないお母さん。怖くはなかった。お母さんは前と変わらぬ優しい笑みを浮かべていたから。
あたしは口を開きかけて、何も言わないままゆっくりと閉じた。代わりに手を伸ばすと、お母さんは静かにその手をとってくれた。顔を見合わせて微笑みあう。
「連れてって?」
甘えるような声でそう言うと、お母さんはうなずいてあたしの手を引き立ち上がらせてくれた。同時に砂を踏む足の感覚が、空気に、服に触れる肌の感覚が、波が引くように薄れていった。
冷たい海。足首を濡らす鈍色の水。
幸せそうに微笑む、ひとりぽっちの女の子――……。
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はじめまして。突然ですが投稿させていただきました。
とりあえず、意味わかんない話すみません^^;