Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.78 )
日時: 2012/01/07 13:10
名前: 狒牙◆nadZQ.XKhM

今回のレベル高いですね……作品数も多いですし
二回に分かれます


title:Regend Treasure




 誰かが言った。世界は、海は広いと。遥か彼方遠い遠い海の向こう、そこには何にも換えがたい大切な宝が置いてあるという話だ。どのような宝が置いてあるのか、そう訊かれた時にはこう答えた。とにかく、行けば分かると。誰もが素晴らしい財宝を夢見て『其処』を目指した。北極、かつてそう呼ばれた場所を。
 現在、その始まりの日から十年の月日が経とうとしていた。財宝を見つけた者は未だ居ないという話だ。

 ここにも、その宝を探した者が一人――。



「おい、ボケ船長。港が見えたぞ」
「てめ、良い度胸じゃねーか。俺に対してボケたぁ高性能の口してやがんな」
「うるせぇ、いつも誰のせいで漂流してんだよ」

 貨物船のように大きな船が海上に浮かんでいた。そしてその甲板の上に二人の男が立っている。両者共にあまり上品な口調とは言えず、出来の悪いチンピラの低俗な口喧嘩としか言い様が無い。舵を取ったり慌ただしく働くその他もろもろの部下たちはいつもの事だと嘆息している。一々仲裁に入ろうものならば、邪魔にしかならないことも、重々承知。

「お前への悪口言わねぇ口のがよっぽど高性能だ。後お前話聞いてたか? 港が見えたぞ」
「あぁ? それがどうした……ってマジか!」

 要するに上陸できる所に着いたという訳だ。それならばその港に立ち寄って物資の供給を行わないといけない。さっきから散々ボケと罵られている船長は舵を取る部下にそこに向かうように指示する。
 正直物資、中でも飲み水と食糧は底を突きかけていた。以前に立ち寄った港では充分すぎるほどに買ったはずなのに、だ。それでいて、充分すぎるほどに買って、それが足りなくなった原因は先ほど一人の部下が述べた通りだ。
 彼らの船長にはとある性癖がある。陸の上ならば何も無いが、水の上では方向音痴になる。それもかなりのもので、本来なら真東に一日進むだけの航海が、最低でも一週間はかかるというクオリティだ。
 そのせいで今や誰もがその船長には舵を握らせるつもりは無い。一度握らせたら最後、軽く五日間は漂流する。

「てめえら久々の陸だぞ! いやー、何日ぶりだ? 一ヶ月かな?」
「三十五日、一ヶ月よりちょっと多いな」
「そうか! 良かった良かった」
「良くねぇよバカ、本当バカ。本来なら1週間で着いてんだよ」

 勝手に浮かれて能天気にはしゃぐ船長に苛ついた男は罵声を浴びせた。長年共にしてきた絆や愛着と言えば聞こえは良いが、実質ただの腐れ縁である。もう生まれてこの方十八年も一緒だ。唯一の救いは互いに女性は苦手だから男同士で気は緩められるという事だけだ。
 しかしながら窮地に陥った時は、この二人は誰よりも落ち着き、的確な判断を下す。さらに、その窮地に立った中では二人のコンビネーションは庭球と呼ばれる球技のダブルスのコンビも、顔面蒼白になるぐらいに。

「野郎共ぉっ!! 上陸だぁ!! 今夜は船で宴だぞ!!」

 店長のその掛け声に呼応するように数百人のクルーが大気を揺らすような大声で返事をした。その喚声にも似た鳴動を正面から受け止めながら船長の彼は愉悦感に浸った。自分にはこんなにも多くの仲間がいるのだと。それが旅をしていて一番嬉しい。一人じゃないんだと、胸の中で噛み締める。
 そのはしゃぎっぷりを横から眺めながら、先程から船の長たる青年に反発している船医の青年も微笑を漏らす。これほど慕われる頭領も珍しいだろうなと、常々思う。以前から確かにこうだったが、昨年のあの日、数百人の乗組員全ての絆はより堅くなり、結束はより強固になったと船医の彼は思い返した。
 過去に思いを馳せているといきなり肩を叩かれた。しばらくぼうっとしていたから気付いていなかったがどうやら港に着いたらしい。この港が一団の旅が一段落する島の港。長い間帰っていなかった自分達の故郷。温暖な南の方に位置する自然豊かな小島である。

「着いたのか……」
「まあな。旅立ってもう五年以上……覚えてくれてる奴がいるかは、分からねぇけどな」
「村長んとこのバカ孫なら、覚えてんじゃねーの?」
「確かにな。まだ五歳だってのに一緒に行くって叫んでこっちの言うこと聞かなかったからな」

 ひょっとしたら恨まれてるかもよと、船長の男は笑う。そうに違いないと話を振られた船医の彼は冗談混じりに頷いた。恨まれないように土産話たっぷり聞かしてやろーぜ、そのように提案すると船長は大賛成で肯定する。勿論自慢気に言い放つつもりだ。
 そうやって談笑しながら二人が大勢の部下を引きつれて歩いていると、一人の老人が出てきた。

「誰だよじいさ……って村長じゃね!? 変わってねーな!」
「どこから客が来たかと思うとお前達か……たかだか齢十三にして船旅など始めおって……村の恥は曝してないだろうな」
「もっちろーん。面倒なのは全部、夜襲かけてうやむやにしたからね」
「充分恥じゃ、阿呆共が!」

 子供を叱る親が喝を入れるように村長の老人は二人に対して叫ぶ。その顔には五年経っても全く成長していないことに対する小さな苛立ちが浮かんでいる。なんとかそれをなだめようと船医の方の男が、変わらないのも良いんじゃねぇの、と呼び掛けてみたが不変よりも成長の方が重要だと一蹴される。船長の方はというと、他人面して笑っている。
 こんな状況でよく笑えるなと、仲間の船医は呆れ、向かっている老人が明らかに怒りを強くすると、少々真剣さを取り戻したのか笑いを止めた。

「そういや、親父居るか?」
「居るぞ」
「見つけたと、伝えてくれ」

 見つけたという言葉に、村長の目も猟奇的な色を示した。

Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.79 )
日時: 2012/01/07 13:10
名前: 狒牙◆nadZQ.XKhM

「ほう。あの悪ふざけにも等しい財宝宣言……見た感想は?」
「何だよじいさん、知ってたのかよ」

 当然だとでも言うように老人はニヤリと笑う。必死に捜し出してその正体が何なのか教えて驚かせようとしていたのに、これでは面白くない。

「フム、で、見た感想は?」
「感動した。まさかあの親父があんなメッセージ残すなんてな」
「乗組員数百人、満場一致で宝だと認めたさ」

 そしてその時、物陰から一人の少年が飛び出してきた。さっきからずっと聞き耳立てていて、好奇心に負けて話に加わろうとやってきたのだ。その顔には、村長は当然として帰ってきたばかりの二人にも見覚えがあった。
 つい先のタイミングで、『村長んとこのバカ孫』と言ってやった相手だ。背も伸びてすっかり大人びてきているが、未だに十一、二といったところだ。まだまだ幼さそうな空気だし、何より十八歳の彼らと比べるとそれほど背も高くない。だが年齢以上の風格は出ているように思えた。

「うぉい、ようやく帰ってきやがったか不届き者共。さあて、土産話でも聞かしてもらうよ」

 自分達のしているようなチンピラ口調を真似されて、帰省した二人は鬱陶しげに眉を潜めた。航海をいくつも乗り越えただけあって、眼光には鋭いものがある。あるのだが、その村長の孫は怯まなかった。二人が自分に手をかける訳が無いと、分かっているから。

「おうよ、たっぷり聞かせてやろうじゃねーか」
「てめぇが羨ましくて堪らなくなるぐらいにな」

 そう言って二人はさも得意げにニタニタと笑う。

「ふーん。ま、見ものだね」
「言ったな。羨ましすぎて涙が出てくるぜ」
「今すぐ旅立ちたくなるぐらいになぁ」
「そんなあんたらみたいな事にゃあならねぇよ」

 またしても口調を真似されて二人は何とも言い難い顔つきになる。はっきりと答えると一番強い感情は苛立ちだ。こいつ散々人をおちょくりやがってと、目を細めて不快の意を示した。そのしかめっ面に気付いていないのかスルーしているのか、少年はヘラヘラと笑っている。彼が全く変わっていないことから二人は脱力した。ああ、この村は何も変わってはいないのだと安堵する彼らを見て、少年は二人を自分の家に向かって連れて行った。土産話を聞かせてもらうために。村長が少し待てと引き止めようとしたが、孫の押しの方が強く、結局船長達は連れて行かれた。
 連れて行かれた村長の家も、外観はほとんど変わっていなかった。所々剥げていた塗料が塗り直され、壊れたのか知らないが花瓶の形が変わっていた。そんな些細な事まで覚えていたのは、きっと五年も幼い自分たちが白い壁に下らない落書きをしたり、花瓶の形を見て変だ変だと笑って囃し立てたからだろう。特に落書きに意味は無く、大して変な形ではないと言うのに。

「やっべーなぁ、ほっとんどそのまんまじゃねぇか」
「てめえも同じ事考えてたのかよ。……でも、確かにそうだな」
「ハイハイ、兄さんたちはこっちに座って座って」

 一旦奥の方に姿を隠した村長の孫はその姿を現した。両手に折り畳み式の椅子を持って。その椅子を受け取り、畳まれた状態から開いて組み立て、床に置いて座った。サイズから察するに子供用なのだろう、極めて大人に近い青年が座るとギシギシという嫌な音がほんの少しだけした。
 木の椅子が音を立てて軋むことに不安げな表情になったが、もう一度よく屋内を観察することで気を紛らわした。昔と同じく何らかの植物を焚いた匂いがする。すっと鼻腔に入ってきて心地よい清涼感を与えるそのお香の原料の植物を船の上の一団は知らなかった。
 目を泳がせてみると次は本棚に目が行った。隣の島、更に隣の島、そして又は遥か遠くの島から取り寄せた本が一面にズラリと並んでいる。昔から思っていたのだがどのような内容なのだろうか。旅の途中で立ち寄った場で漢字を覚えていた二人は楽々と読むことができた。“植物の育て方”を初めとする農業関係の本が最上段を埋め、二段目を“自然の猛威”という台風や洪水について記されたシリーズものが置いてあった。三段目には“羅生門”などの小説があった。

「旅の話も聞きたいんだけど、実は宝についてが一番知りたいんだ。最初にその事を教えてよ」

 じろじろと眺めている二人を見て、このままではいつ話が始まるか分からないぞと察した少年は自分から切り出した。よそ見ばかりしていたことを申し訳なく思った彼らは謝る代わりに話を始めた。

「そうだな、俺たちもお前に何よりもそれを話したい」
「で、どんな財宝があったのさ」

 すると船長は一瞬だけ沈黙した。そしてすぐに彼は声を荒げた。

「財宝なんて存在しない!」

 すると隣の船医の彼は、ゲラゲラと大きな声で笑いだした。

「ちょっ、おまっ……あのオッサンそっくりじゃねぇか! やっべ面白ぇ」

 事情を知らない少年はなぜそんなに可笑しそうにしているのかさっぱり分からなかった。だが、自分一人だけが話を知らずにのけ者にされている気がしたので、ほんの少し嫌な気分になった少年は早く続きを言えと切実にせがんだ。二人で勝手に盛り上がるな、と。

「悪ぃ悪ぃ。実はな、宝のある島の直前の島で俺たちはやたらと酒臭いオッサンに会った」
「財宝への憧憬が強かったんだろうな。絶望してたよ」
「そこのオッサンが言ったのさ、財宝なんてなかった、ってな」
「そしてその1週間後かな、俺らはその島に着いた」
「そうして見つけたんだ。“この世で一番の宝”を」

 そして少年は彼らに頼んだ。何があったのか教えてほしいと。二人は自分で見た方が感動が強いだろうと思い、決して言わなかった。
 彼らの率いる一行が見たのは一枚の写真だった。写真にはそれを眺める若き船長の父親、宝を残した張本人と、笑顔の仲間がたくさん映っていた。宝とは、その写真。いや、そこに映る者全てだ。



――――さて、もうこれで宝の正体が分かったのではないだろうか?



                    fin