Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.80 )
日時: 2012/01/07 19:19
名前: 朔◆sZ.PMZVBhw
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【白昼夢】







 海の話題で会話をしていると、どうも自分と周囲の人間との海に対するイメージが違うと言うことに気付いてくる。一般は、「蒼い」「穏やか」「魚が游いでいる」と言った印象が多いだろうが、自分が思い付くのは「灰色」「荒々しい」「潮の香りが強い」と全く正反対なものだ。
 海無しの土地で産まれ育ち、行く海も荒波ばかりという海だったので、正直な話、一般で言う<藍玉(アクアマリン)の海>や<花緑青(エメラルドグリーン)の海>やらというものは一度も見たことが無い。なので、今一想像がつかないのだ。


 だから今年ぐらいは、そういった海でも見に行こうと思っていた。
 然し、やはりいつも通りに荒い海へ向かってしまった。どうも、「海」と言ったらそれ以外のものには納得がいかないらしい。


 旅先の海岸通、真っ昼間、かんかん照りの下での<海>。

 一度だけ、奇怪で不気味でおぞましく、それでももう一度だけ逢えれば――と思う、思い出を経験したことがある。
 それが原因なのか、無意識のうちにいつも行く荒い海へと、毎年出かけてしまうのだ。




* * *


 その年の始めに、長い間闘病生活に至っていた母が亡くなった。
 母は海が好きだった。当時、二十歳になって直ぐだった自分は、母の故郷である海辺の街に何となく向かっていた。無論、其所は穏やかでない海の街だ。夏空、強い日照の下に、自分は居た。不思議なことに、港町は賑わっていない――――と言うよりも人気が皆無だった。幽霊街(ゴーストタウン)の如く、自分以外の人間が一人も居なかった。

 だが、当時の自分の気分が気分だったので、寧ろその不気味な静けさの方が有り難かった。
 暫く彷徨いてから、何気無く海岸に足が向き、そのまま近くの海に向かっていた。珍しく蒼い空である。白い砂浜に座り、ボンヤリと海を眺めていた時だった。

「観光、かな?」


そう自分に訊ねてきたのは、十代半ばくらいの少女の声だった。彼女は直ぐ後ろに居たのだが、何時来たのか分からなかった。鳶色のキャスケットを深く被った、長髪の娘だった。腰ぐらいの艶やかな赤鹿毛で、毛先がふわりとカールのかかった可愛らしい見た目である。普通の娘に見えたが、何処か可笑しい。――――彼女は萌黄色のワンピースを着た、不思議なくらい白い肌の少女だった。だが、垂れ目が怖いくらいに真紅の色をしていた。その目がじっと見つめてくることに、更に恐怖を覚えた。ただ、黙っているのも怖い。取り合えず、頷いておいた。

「ほお」彼女は年齢に会わないくらい、年寄りな返事をした。「――赤酸漿(あかかがち)の様な目が怖いのか?」
「あかかがち?」と自分は思わず呟いた。彼女の口から出た単語の意味が分からなかったのだ。すると少女は苦笑いしながら「ホオズキの古名だ、目は赤酸漿のようだろう?」と応えた。

Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.81 )
日時: 2012/01/07 19:20
名前: 朔◆sZ.PMZVBhw
参照: http://nishiwestgo.web.fc2.com/index.html/

 少女はくすりと笑いながら、自分の隣にしゃがんだ。後ろに持っていたらしき、スケッチブックを抱えながら。それからじっと此方を見た。
「御兄さん、名前は?」
「真田と言います」
「ほお」
「君は?」
問い返すと、彼女は微笑した。
「好きに呼んでくれ」
赤い目が特徴的だったのでそれに関した呼称を考えようとしたが、怖かったので、反れて、萌黄のワンピースからとって、彼女は<もえぎ>と呼ぶことにした。

 もえぎはスケッチブックを開いた。中には抽象的な羊の絵が溢れている。横目で眺めていたら、もえぎと目が合った。
「随分、右顧左眄(うこさべん)しているが?」
自分は少ししてから、焦って首を左右に振った。彼女はどうも小難しい言葉を多用するようで、言葉の理解がしづらい。その素振りを見てか、またもえぎが笑う。
「真田殿は、逃げ水を御存知かな」
随分と唐突な質問だ。言葉は知っている、と答える。蜃気楼の一種で、近づくと遠退く水溜まりだった記憶がある。
「地鏡、水影、偽水面とも言うらしい。こういう暑い日に、出遭いそうだな」
彼女はそう言って帽子を深く被り直した。自分はもえぎに話は振らなかった。振る会話もないし、する気力もない。ひたすら受け身になっていたのだ。会話を持ち込まれれば、答える――――そんな具合である。


 ぽけっとから取り出した鉛筆で、スケッチブックに何かを殴り描きを少ししたもえぎは無言ですくっと立ち上がって此方をじっと見つめる。唇に不気味な笑みを浮かべ、自分の手を掴んだ。
「じゃあ真田殿、一緒に観光でも如何かな。案内しようか」
――彼女の気遣いに申し訳無かったが、迚(とて)もじゃあないがそんな気分じゃ無かったので詫びの言葉を添えて、丁重に断った。彼女は復た、苦笑いを浮かべて「そうかい、そうかい」と呟いた。
「髫髪放(うないはな)りの小娘と戯れる気分では無いと、ね」
当時、「うないはなり」の意味を知らなかったので、帰京してから調べてみたら「成人前の少女」という意味だった。そんな風に皮肉らしく飛ばされるのは何かと気分が悪い。なので、「まあ、ちょっとくらいなら」と後付けた。すると彼女は破顔を向けた。明るい太陽のような満面の笑みだった。


 彼女が笑った途端、周囲が靄に包まれた。ほんの一瞬、ミルクのような濃い霧か、そのようなものに自分は包まれた。何が何だか分からない。思わず隣のもえぎを見た。彼女はくすくすと笑いながら手を引いた。それにただただ自分は引かれていった。もえぎの足が、水面に付く。
「海霧だ」彼女は言い放った。「移流霧だから、余り動かずに居た方がいいかもしれない」
少女はそれから、自分を彼女の方へぐいと引寄せた。無論、水面に触れる。不思議なことに沈まずに上に浮かんでいられた。その不思議にあたふたとしていたが、何せもえぎから見れば大人なので、わざと平静を保っていた。
「水面を矯めつ眇めつ、見て御覧よ」
意味合いが分からないのは特筆しなくても分かるだろう。――――水面をよーく注意して見なさいと言っていたようだ。取り合えずに、自分は水面を見詰めた。水鏡に二人の姿が移る。まるで姿見のようだ。その下の層で、灰色の魚が右往左往していた。不気味なことに、それらに目は無い。気味悪さ上等だった。その奇怪な景に茫然と魅入られていた自分の上空をなにかが横切る。


 ――――先程もえぎのスケッチブックに溢れていた抽象的な<羊>だ!

 水平線から現れては翔んでくる。めぇえ、と嗄れ声を奏でながら、自分すれすれで翔んでゆくのだ。
「羊が嘶咽(ころろ)いたあ、と」
音階の滅茶苦茶な、唄を唄う少女の体がひらりと一回転舞う。不気味に笑う。口から泡、――――泡沫と化す。もえぎが自分の腕を掴む。彼女の体が沈む。自分の体も引かれる。海に、堕ちる。水中には水中花が溢れていた。殺伐とした町並みに無数の風鈴が並び、無い筈の風に吹かれて音を奏でる。それでも息苦しく、口から多数の泡。いや、息は出来ない。水中だ、水中なのだ。

 少女のスケッチブックが捲れる。中から白い紙が大量に出て来て、周囲を漂う。眼前に来た紙を見て血の気の引く思いをした。――――点鬼簿だ!点鬼簿に自分の名が刻まれている。

「Qu'est-ce que c'est que moi?」

もえぎの赤い目が自分の眼前に詰め寄った。唇が気味悪く仏語を唱える。更に彼女が自分を引いた。
「やめっっ……!!」
叫ぶ。悲鳴は少女には、心地好い音楽にしか聴こえないのか、彼女は更に笑顔になり、腕を引いた。下に游ぐ桃燈鮟鱇(ちょうちあんこう)等の深海魚や目の無い灰色の魚が集まってきた。ぱくぱくと口を開閉させてくる。少女の破顔が魚に埋もれてゆく。

Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.82 )
日時: 2012/01/07 19:20
名前: 朔◆sZ.PMZVBhw
参照: http://nishiwestgo.web.fc2.com/index.html/

 こぼり、と口から泡が溢れ出た。
 泡沫の隙間から覗けたもえぎの姿に自分は目を見開いた。


 柘榴色の顔面に、血走った二つの眼球。大きく裂けた口に鋭利な牙――――<鬼>の形相、いや、顔だ!<鬼>の顔が在る!

 その恐怖に叫び声すら出なかった。そして体が逃げようともしない位に硬直していた。もえぎ――鬼の両側から水鳥が現れ、飛び立つ。そして彼女の背中から無称光。
「水馴(みな)ったところで、御嬶様(おかかさま)の所へ連れて逝こうか!」
鬼が自分の体を引く。途端、頭上に彼岸花が咲き乱れ、瞬間的に散った。血の様な紅雨が自分と鬼の二人を包む。刃物の様な爪が並んだ両手が、首を絞めてくる。苦し紛れに自分は彼女の頭に座る帽子に手を伸ばした。意識が飛びかけていた。指先をばらばらに動かしながら、鳶色のキャスケットに触れた。そして人差し指を始めとした右手の指で、そっと帽子の鍔を持ち上げた。水中で帽子が外れる。水流に揉まれ、彼女の頭から離れて行った。途端、<鬼>が嗚咽。力が抜ける。

「え。あ、あ、あ、あ、、あああああああ、あ」

もえぎだったモノの体が震える。小刻みに振動を繰り返すうちに、彼女の顔が崩壊。おぞましい形相で飾られていた顔面は、数秒足らずでのっぺらぼうに変貌。顔に在った筈の部位が全て剥がれおちていた。
 滑らかな面の、口が在った場所ががぱりと開く。中から彼女が描いていた羊が大量に噴き出した。

「妣(ひ)が、妣がッ……」

 ――――絶叫。金切り声の阿鼻叫喚が耳を劈(つんざ)く。その声が徐々に雑音を帯びて行く。自分の視界が白黒(モノクロ)に暗転、瞼が重くなった。のっぺらぼうが、服を掴む。表情も、顔の部品すらも消え去った球体は、それでも此方に何か助けを求めるかのような表情だった。ぽっかりと空いた黒い孔が弱々しく開閉する。
「――――Qu'est-ce que c'est que moi?」
苦しみに悶えた仏語が流れたのを最後に、雑音がブツりと途絶える。そして視界も暗転。
 真っ暗闇に墜ちるのだ。


 時間の観念すら消え去っていた当時の自分は、唐突に姿を現した強引な静寂に、不思議と安心していた。それまでの出来事があまりにも非現実的過ぎて、ついて行く事事態に最早疲れ切っていたらしい。然し、その安寧の地も直ぐに終わった。ハッと気付いた時には、自分の双眸は強い太陽光を浴びていたのだ。先程まで暗かった世界はあっという間に反転し、明るい夏空の在る現実の世界に変わっていたのだ。


「夢か」

と呟いた。それが第一声だった。正直、「悪夢だった」としか言えないくらい気分の良く無い夢だった。
「良かった」と言うのが第二声であった。本当に、今迄の出来事が夢だと思い込んでいたのだ。

 ほっと安堵していた自分は気付くのだ。右手が確(しっか)と握っていた見覚えのある物に。
 ――薄汚れた、鳶色のキャスケットに。



 * * *



「ああ、あの辺はねえ、昔から水難事故が多いのよ。きっと昔に亡くなったお嬢さんの幽霊が寂しくて出てきたんでしょうねえ」

 立ち寄った老舗で、「顔色が悪いですよ」と心配されたので、冗談雑じりに少し前の出来事を話してみたら、そんな返事が返ってきた。店のおかみさんはにこにことしながら「親不知(おやしらず)、子不知(こしらず)の~」と鼻歌雑じりにレジ打ちを再開していた。
 その時も、今も変わらずに、きっとあの不可解な出来事は真夏に起きた「白昼夢」だったのだろう――と無理矢理こじつけて納得して居るつもりである。それでも、もし、再びあのもえぎと呼んだ少女に会えたのなら訊いてみたい。「貴女は寂しくて来たのかい」と。あれから何度も同じ土地や似た土地に行っても彼女に再び会えたことは無い。


 ただ。

 ただ――。



 ごくたまに、潮風に乗って静かな仏語が聞こえてくるのだ。

 Qu'est-ce que c'est que moi?、と。     




【了】


Re: 第二回SS大会 小説投稿期間 12/25~1/8まで ( No.83 )
日時: 2012/01/07 19:23
名前: 朔◆sZ.PMZVBhw
参照: http://nishiwestgo.web.fc2.com/index.html/

【あとがき的な。】



初参加です(おい)。早速、>>80-82まで書かせてもらいました^^;
…なんか良くわかんなくなりました。兎に角難しい言葉づかいを使ってみよーと思ってやってみたんだけど色々面倒でした(おい)
私自身が日本海にしか行ったことが無いので太平洋なんて想像できないから(臨界学習で行ったけど記憶に無い←)、日本海の事にしました。親不知子不知って本当にあるんだよ。波が厳しいしでかいクラゲが居たから怖かったイメージしかありませんが。
日本海は何だかんだいって良い気がします。親二人とも新潟の方に行ってたので、我が家は海に行くとしたら新潟以外の選択権が無いんですよ(笑)。なので海といったら小さい頃から日本海です。

…内容に関しては本当意味分かんないですね。最近聴いてる曲のジャンルっぽく行けないかなあと怖さ目指したのですが微妙。そして意味が分からないw
一人称はずっと「自分」なんですけど、これ使いづらいですね。

ちなみに多用されている仏語「Qu'est-ce que c'est que moi?」っていうのは、私の好きな詩人・中原中也の詩のタイトルです。「私とは何か?」の意味だそうです。好きと言うか気にいっているので多用しまくりだったりします。

兎に角普段絶対使わないような言葉ばっかりで申し訳なかったので、多少ながらも言葉の解説を。
広辞苑さんにお世話になりました。括弧内で私の個人的なコメント。

□白昼夢(はくちゅうむ)…まひるに見る夢。また、そのよおうな非現実的な空想。(最初は【海霧と白昼夢】でしたが海霧の影の薄さから白昼夢だけになりました)
□赤鹿毛(あかかげ)…馬の毛色の名。赤みのある鹿毛。(何故馬の毛?っていうツッコミは無しで。なんとなく…フィーリングですフィーリング)
□赤酸漿(あかかがち)…ホオズキの古名。(ちなみにホオズキは酸漿とも書くそうで)
□右顧左眄(うこさべん)…人の思惑など周囲の様子を窺ってばかりいて決断をためらうこと。(らしいです)
□髫髪放り(うないはなり)…髪を結ばず肩で垂れ放しにしてあること。成人前の少女。(本文では後者の意味)
□矯めつ眇めつ(ためつすがめつ)…いろいろのむきから、よくよく見るさま。(某漫画で知りました)
□嘶咽く(ころろく)…ころころと音を立てる。声が枯れて、喉が鳴る(本文では後者の意味で使ってます)
□点鬼簿(てんきぼ)…過去帳のこと。(亡くなった人の名前が刻まれてるやつですね、はい)
□破顔(はがん)…顔をほころばせてわらうこと。にこやかに笑うこと。(破れた顔って書くのにね)
□水馴る(みなる)…水に浸り馴れる。(だそうです)
□御嬶様(おかかさま)…母の尊敬語。(江戸から明治にまで使われていたそうな)
□紅雨(こうう)…春、花に注ぐ雨。紅い花の散るさまを雨にたといて言う語。(本文では後者)
□妣(ひ)…しんだ母。(つまり…って解釈は個人に託します←)

まだまだあるかもしれませんが← 長いので割愛(おい)
いやはや、楽しかったです。SS疲れるけど面白いと思います!素敵企画をしてくれた風猫様、本当に感謝!
そしてあとがきまでも長くって本当申し訳ありませんでした!
またの機会がありましたら参加させていただきますw