――時よ、止まれ。お前は最高に美しい。
ゲーテ『ファウスト』より
【Sand Glass ―Another―】
昔々、あるところに1人の若い男がいました。農作業ばかりの生活に飽きた彼は、刺激を求めて旅に出ました。
村を出て、最初に訪れた街で、彼は『砂時計』というものに出会いました。初めて見たその道具は美しく輝いて見えました。そして、その道具を使えば、3分という時間を見ることができるということも知りました。
『時計』なんてものが存在しなかった彼の村には、『時間』というものも存在していません。しかし、彼は賢かったので、『時間』というものが、この世界でどれほど重要なものかを理解することができました。
後に、彼は砂時計のことを「たった数分間の時間を切り取って、ビンに閉じ込めたようだ」と表現しています。
彼は、とても多くのことを砂時計から学んだのです。
彼はしばらく旅を続けるうちに、とある城下町へとたどり着きました。
その城の王は、途轍もない難問を出すことで有名でした。しかし、その難問を解いたものにはたくさんの褒美と名誉が与えられることでも有名でした。
『時間を止める方法』
王が出したこの難問は、20年の間、正解を出した者がいませんでした。この難問に挑み続ける者も多くいましたが、誰も、時間を止めることはできません。
城下町にたどり着いた彼も、この問題に取り組み始めました。しかし他の者と同様に、答えを見つけることはできませんでした。
数年が経ったある日、彼は生まれ故郷の村にいました。そこで過ごすうちに、ふと気がついたのです。
『時計』という道具があるからこそ、自分たちは時間の流れを見ることができる、ということに。
時計がないこの村では『時間』という概念は存在しません。最初から答えはあったのです。
しかし、それを王に伝えたとき、彼はこう言われました。
「確かに、我々は時計を通してしか時間を見ることができない。その点においては、そなたは正解を出したと言えるだろう。しかし、一般的に『時間が止まる』というのは、この世にいる全てのものが動きを止める、ということを多くの者が思うのではないか」
そして数年が経ったとき、彼はまた旅に出ていました。とある集落を通りかかったとき、彼は不思議なものを目にしました。
黒い長方形の形をしたそれは、『カメラ』と呼ばれるものでした。『カメラ』を使えば、見ているもの全てを記録として残しておけるのです。
動いている全てのものを止めることができる道具。これを使えば、時間を止めることができる。
しかし、それを王に伝えたとき、彼はまたもや言われたのです。
「確かに、我々は写真を撮れば時間の流れを止めることができる。その点においては、そなたは正解を出したと言えるだろう。しかし、写真を撮ることは、一瞬だけ時間の流れを切り取るのであって、写真を撮ったそのあとも、時間の流れは続いている。これでは、時間が止まったとは言えないだろう」
そして答えが見つからないまま、長い年月が過ぎました。
病を患い、自力で動くこともままならなくなった彼は、1日の多くをベッドの上で過ごしていました。
そして、気がついたのです。
目を閉じていれば、何も見えないということに。
目を開けていれば、太陽や月、星の動きで時間の流れが分かってしまう。目を開けていれば、人や動物の動きで時間の流れが分かってしまう。
目を閉じれば、時間の流れは見えないのだ。
手紙でこの答えを知った王は、満足気に頷きました。先代の王が亡くなる間際に出した難問は、遂に解かれたのです。
彼は死ぬ間際、これらの解答を1冊の本にまとめました。本の題名は、彼が1番最初に手に入れた時間である『砂時計』となりました。
その本は長い年月を経るうちに、いつしか『Sand Glass』という名の本に変わっていったそうです――。
時間を止めるにはどうすればいいのか、と最近思う。指をパチンと鳴らすだけで、この世界の時間の流れを止めることができたら、どんなにいいだろうか。
遅刻しそうなときに、時間を止めることができれば遅刻をせずに済む。
私が見ているこの美しい景色を、時間から切りとって永遠に保つこともできる。
時が止まっていれば、罪を犯しても完璧なアリバイを手に入れることができる。
そう、ありとあらゆる可能性が手に入るのだ。
砂時計のように、限られた時間を過ごすのは些か勿体無いと思う。数分間の砂時計に私の人生が詰まっていると思うと、虚しくなる。砂時計を、地面と平行に倒せば砂の流れが止まるように、時間そのものの流れを止めることはできないものか。
私は長年の考察の結果、時間を止める方法を3つ考えつくことができた。
その3つとは、時計を壊すこと、写真を撮ること、目を閉じることの3つである。
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たろす@様のお題より『時間を止める3つの方法』で書かせていただきました。
ファジー板に掲載した短編の解釈的な意味合いの強い話です。そちらも合わせて読むと、私なりの3つの方法の意味がわかるでしょう。