いつだって交わらない。ただ、ファインダー越しに重なるだけの。
【平行世界】
住んでいる世界も、見えている景色も、何もかもが違った。
窓際の私と、グラウンドの君。私たちは正反対だ。性別も、性格も、部活も、笑い方も全部。同じ教室にいてもあまり言葉を交わすことはなく、クラスメイトを構成する一要因としての認識程度しか持っていなかっただろう。きっと、君からしたらそうに違いない。
いつも話の中心で笑っていて、人に囲まれて、キラキラして眩しい人だなぁ、なんて思ってぼんやり眺める日々だった。
私はと言えば、休み時間は教室の窓際で本を読んでいるか、窓の外から見える景色を眺めるか、校庭や街の写真を撮っているかのどれかだし、放課後は写真部の暗室にこもりっきりのことが多かった。大体いつも一人だし、運動するのも苦手だし。物語の世界に浸ったり、カメラのファインダーを覗きこんでいる時間が好きだった。
なんというか、物語もカメラもすごく似ていると思う。カメラはファインダー越しに景色を切り取って、被写体の世界を覗きこんでいるみたいで面白い。物語はファインダーが文字に変わっただけという感じ。いつもだったら、絶対に見ることのできない世界と景色が、ファインダーと文字の向こうには広がっている。
そこに映し出されるのは、色鮮やかな世界。単調なモノクロの繰り返される日常ではなくて、一瞬しかない華やかな非日常。物語は、誰かが切り取った断片に触れるだけだけれど、写真なら自分で切り取れる。だから、カメラのほうがどちらかと言えば好きだ。
ううん、カメラというより、切り取った一瞬の世界が好きなんだと思う。私の世界と交わることはないけれど、世界を重ねることならできる。君が見ている世界に、ファインダー越しの片想い。
「あ、あのさ……今日の放課後、写真、撮ってもいい?」
「俺の? 構わないけどなんで?」
「えっと、私、卒業アルバムの委員なの。だから、そこに載せる写真撮りたくて。部活中とか、休み時間とか。部活やってるときに勝手に撮ると迷惑かな……とか思ったから」
「あーそゆこと! グラウンドなら今日はアメフトと陸上とかもいるんじゃん? あいつらにも伝えとくよ!」
「あ、ありがと」
こっそり窓から望遠レンズで写真を撮っていたことはあるけれど、近くから堂々と撮ったことはなくて、手が震える。そんな私を笑うかのように、秋空は青く綺麗に澄みきっていた。ひつじ雲の白さと対比して、より青が深く見えるような空だった。フィルターをかけて加工したみたいで、グラウンドの人工芝の深緑が霞んでしまっている。空以外の全てが、色褪せてくすんだかのようで。自分の手のひらすら、血色悪く映っていた。
でも、ひとたび切り取ってしまえば途端に色づく。黒い髪、褐色の肌、少し汚れた白いユニフォーム、光る汗。風景が放つ色彩に負けないぐらい、輝いている君が写っている。
教室から撮るのとは、比べ物にならないぐらい綺麗だった。青白い手の甲と見比べながら、はあっと大きく息を吐いた。息が詰まるようだった。深い呼吸をしばらく繰り返す。
いつも、こんな世界を見ているんだ。やっぱり、綺麗な景色だな。
切り取った世界は、少し眩しいなと感じてしまった。画面のコントラストを、明るい場所なのに最大にしたかのようだ。遠くから見ているほうが、安心するというか。木陰に座って、撮った写真を確認しながらそんなことを思う。他の人も負けないぐらいの輝きだけれど、やっぱり君が一番この世界にふさわしいように感じてしまう。この世界というより、君がいる世界をファインダー越しに覗くのが好きなんだけれども。
「写真見せてよ!」
「わわっ?!」
「ごめん、驚かせちゃった」
写真を見るのに夢中で、人が近づいてきたのに全く気が付かなかった。見上げると、君を含めて見知った顔がいくつか並んでいた。
「えっと、これが陸上部で……こっちがアメフト。野球部がこんな感じで、サッカーはここからかな」
「すげー! めっちゃちゃんと撮れてんのな!」
「この写真のお前クソイケメンじゃね?」
「大会で母親が撮るのと全然違うなー」
部活終わりの時間になっていたらしい。疲れたような、でも楽しそうな表情で、わいわいと撮った写真をみて騒いでいる。こんな風に、自分が撮った写真について話しているのを見る機会はあまりないから、恥ずかしい感じがした。
あんなに青かった空も、いつの間にか暗くなってきている。下校時刻を告げるチャイムが校舎の方から微かに流れてくる。こんな遅くまで学校にいたのは初めてかもしれない。家に帰ったら、どの写真を載せるか選ばないと。でも、その前にこの部活が終わって誰もいないグラウンドも切り取っておかないと。
君がありがとう、と私にカメラを返した。そのまま着替えに行こうとしたが、小走りに戻ってくる。
「そうだ! 一緒に写真撮ってよ」
「……わ、私と?」
「うん、だって写真撮ってばっかりだと自分がアルバムに載らないじゃん? せっかくだしさ」
私が何か言う前に、おーい、と着替え終わったらしい後輩に声をかけに行ってしまった。
――私が写ったら、君の世界が壊れてしまうんじゃないかと怖くって。
私と君はいつだって正反対で、交わることなんてないのに。ただ、ファインダー越しに重なるだけのそんな曖昧な関係がちょうど良い。線同士の交わりじゃなくて、写真が重なるような平行世界線上の、気まぐれな重なり。風が吹けば、また離れてしまうぐらいの危うさでいい。それこそ、ファインダー越しに切り取るだけの片想いのまま。
「カメラ借りてもいいっすか? この部分押せば撮れんですよね?」
「は、はいそうです」
「じゃあ撮りまーす。はいちーず!」
グラウンドを背にした私たちに、カシャリと音を立ててフラッシュが光る。断ることなんて私にはできなくて、結局写ってしまった。ファインダー越しの私は、地味で、暗くて、目立たない存在なのに。蛍光灯に照らされる室内で写るのが、ピッタリだと知っているのに。
「写真確認お願いしますー。自分、操作とか分からないんで」
使い慣れたカメラが、手の中で震えている。こんなにも、写真を確認するのが怖いのは久しぶりだった。どう写っているのだろう。私は――
「すごいな……こんな綺麗な写真、見たことないや。ありがと」
「え……」
――見たこともないぐらい、明るく写っていた。
反対に、君はいつもより少し暗く写って見えた。昼と夜、境目の空は濃紺と、透明な水色と、淡い桃色に染められている。昼の名残と夜の帳が溶け合った、美しく僅かな時だった。
明るい君と暗い私は、ファインダーを通して重なると調和がとれるらしい。君の世界を壊してしまうようなことにはならなくて安心すると同時に、ほんの少し、ほんの少しだけ君の世界を直接覗けたような気がした。こういうのも悪くはない。けれど、私は誰かの世界を切り取るのが好きで、特に君の世界を間接的に覗くのが好き。
だから、君が見ている世界にファインダー越しの片想い。いつだって交わらない。ほんの一瞬、ただ重なるだけの平行世界で。
*
授業の課題で書いたやつでもあります。
平行だからこそ、重なる世界観がそこにある。