*アンソロジー企画で書かせていただいたSSです。
たろす@様作『コワレモノショウコウグン』より。
作品はURLにて。
芽生えたそれは、風に吹かれてどこへ行く?
【Anthologie】 ―*この種を孕んで*―
――美しすぎるモノは、箱の中に『永遠に』しまっておきたいの。
誰かに、盗まれたくないでしょう。
誰にも、見られたくないでしょう。
見つけたのはね、本当に偶然。
長い旅路の途中で、たまたま出合った。ただ、それだけ。
いつだったかしら……あぁ、嵐に巻き込まれて、ミャンマーの方へ流れ着いた時だわ。船も難破しちゃって、持っていたものは、着ている洋服と空っぽの箱と銀色のナイフ。
行くあてどころか、その日を生きる希望まで、すべて失って。途方に暮れながら、膝ぐらいまで育った草をかき分けて、ひたすら歩いていた。
足場も、すごく悪かったの。
石が大きいのから小さいのまで、たくさん落ちていて、おまけに、泥だらけで足元はぬかるんでいた。
一歩踏み出すたびに、靴が半分ぐらい埋まって、次の一歩を歩こうとすると、誰かに足を掴まれたみたいに動けないの。
もし、この世にカミサマなんて存在がいるとしたら、私のことを、どうしたかったのだろう。
気が付いたら、細長い草が、綺麗に刈り取られているところに着いていた。今思えばその場所は、不自然だったのかもしれない。でも、そんなことを考えてる余裕なんてなかった。
真っ赤なルビーが、いくつも落ちてたの。
その近くで綺麗な女の人が、血を流して死んでいた。腰につけた袋からは、大粒のルビーが零れ落ちていて、どれも月明かりに照らされている。
血で作られた川に沿うように、落ちていて、たっぷりとそれを吸い込んだ石は、暗くて重たい輝きを放っていた。
その中でも一番大きなのは、白くて柔らかなものに包まれて、大切に、大切に仕舞ってあったわ。
普通だったら気づかないけれど、何かの拍子に現れてしまったのね。
散らばっていたルビーを拾い集めていた私の目は、真紅の色をしたそれに釘付けになった。
――この世に、こんな美しいものがあったなんて。
心を奪われる。
そんな表現があるけれど、そう言い表すことでしか伝えられない。他の言葉になんて出来ない。
同時に思ったの。
これだけは、誰にも渡さないって。
小さなルビーは売ってお金にしないと、私が生きていけないけれど、これだけは、何があっても離さない。これのためなら、命だって差し出すわ。
それだけ、私にとっては愛しくて、価値があるものだから。
その後、あの場所からは港町へと無事に行くことが出来たの。それまで迷っていたのが嘘みたいに。
見つけたルビーをいくつか売って、必要なものを買い揃えた。もちろん、新しい船も買ったわよ。だって、船が無かったら、旅ができないじゃない。
一番大きなのは、口の広いビンの中に大切に入れて、持っていた箱の中に仕舞って、片時もそばから離さなかったわ。
直接持ち歩いたら、人目に触れてしまうし、騒がれるのも嫌なの。だからと言って宿に置いておいたら、誰かに盗まれてしまうかもしれない。古ぼけた箱に入れているから、捨てられてしまったらどうしよう。
そんな考えばかりが、頭をぐるぐると巡って離れない。そんな気がしたから。
そうこうしているうちに、出発の準備は整った。前の船よりも、ちょっとだけ大きくなった船に乗り込んで、旅を続けたわ。
片手で舵を操って、もう片方の手で、箱に触れながら。
今となっては、あそこでの出来事は遠い過去のこと。でも、そこで見つけたのは、今でも大切に、私の隣にあるの。
他の旅先でも、肌身離さず、常に持ち歩いたわ。
箱は何度も取り換えたけれど、中身は、私以外の人が見れないように、ずっと仕舞ったまま。箱からそれを取り出すのは、ビンの中の液体を取り換えるときだけ。
あとは、そっと眺めるの。
気まぐれな船旅が終わったように、私の人生も、もうすぐ終わる。
だから最近、思う。
私たちの人生って、船旅みたいなものじゃないかって。
船が、帆に風を孕んで海原を進むように、私たちは、真紅の色をした命の種に、いろいろな感情を孕んで人生を進んでく。
あの時見つけた、真紅の色をした種だって、ルビーの持ち主が生きていた証でしょう?
その人の、生きた時間の分だけ感情を孕んでいるから、美しくて、愛おしいと感じたの。
よく『生きている全てのものに愛を』なんて言うけれど、生きてなくても、愛は注げるでしょう?
だから、よろしくね。
私もちょうど、あの時の女の人と同じぐらいの年なの。だから私が死んだら、この胸から真紅の色をした種を取って。
そうして、私がしていたように、口の広いビンの中に、ホルマリンと一緒に入れて、ふたを閉める。
そして、私が持っている種を、大切に箱の中に仕舞って、肌身離さず持ち歩いてほしいの。
私が死んでも、この種があなたの感情を孕めるように。