Re: 徒然なるままに――。 *Maybe そうね。* ( No.98 )
日時: 2013/11/11 23:59
名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: LJJGCSSs)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=15231

*アンソロジー企画で書かせていただいたSSです。
たろす@様作『コワレモノショウコウグン』より。
作品はURLにて。



 芽生えたそれは、風に吹かれてどこへ行く? 


【Anthologie】 ―*この種を孕んで*―


――美しすぎるモノは、箱の中に『永遠に』しまっておきたいの。
 誰かに、盗まれたくないでしょう。
 誰にも、見られたくないでしょう。

 見つけたのはね、本当に偶然。
 長い旅路の途中で、たまたま出合った。ただ、それだけ。

 いつだったかしら……あぁ、嵐に巻き込まれて、ミャンマーの方へ流れ着いた時だわ。船も難破しちゃって、持っていたものは、着ている洋服と空っぽの箱と銀色のナイフ。
 行くあてどころか、その日を生きる希望まで、すべて失って。途方に暮れながら、膝ぐらいまで育った草をかき分けて、ひたすら歩いていた。
 足場も、すごく悪かったの。
 石が大きいのから小さいのまで、たくさん落ちていて、おまけに、泥だらけで足元はぬかるんでいた。
 一歩踏み出すたびに、靴が半分ぐらい埋まって、次の一歩を歩こうとすると、誰かに足を掴まれたみたいに動けないの。

 もし、この世にカミサマなんて存在がいるとしたら、私のことを、どうしたかったのだろう。

 気が付いたら、細長い草が、綺麗に刈り取られているところに着いていた。今思えばその場所は、不自然だったのかもしれない。でも、そんなことを考えてる余裕なんてなかった。

 真っ赤なルビーが、いくつも落ちてたの。

 その近くで綺麗な女の人が、血を流して死んでいた。腰につけた袋からは、大粒のルビーが零れ落ちていて、どれも月明かりに照らされている。
 血で作られた川に沿うように、落ちていて、たっぷりとそれを吸い込んだ石は、暗くて重たい輝きを放っていた。

 その中でも一番大きなのは、白くて柔らかなものに包まれて、大切に、大切に仕舞ってあったわ。
 普通だったら気づかないけれど、何かの拍子に現れてしまったのね。
 散らばっていたルビーを拾い集めていた私の目は、真紅の色をしたそれに釘付けになった。

――この世に、こんな美しいものがあったなんて。

 心を奪われる。
 そんな表現があるけれど、そう言い表すことでしか伝えられない。他の言葉になんて出来ない。

 同時に思ったの。
 これだけは、誰にも渡さないって。

 小さなルビーは売ってお金にしないと、私が生きていけないけれど、これだけは、何があっても離さない。これのためなら、命だって差し出すわ。
 それだけ、私にとっては愛しくて、価値があるものだから。

 その後、あの場所からは港町へと無事に行くことが出来たの。それまで迷っていたのが嘘みたいに。
 見つけたルビーをいくつか売って、必要なものを買い揃えた。もちろん、新しい船も買ったわよ。だって、船が無かったら、旅ができないじゃない。

 一番大きなのは、口の広いビンの中に大切に入れて、持っていた箱の中に仕舞って、片時もそばから離さなかったわ。
 直接持ち歩いたら、人目に触れてしまうし、騒がれるのも嫌なの。だからと言って宿に置いておいたら、誰かに盗まれてしまうかもしれない。古ぼけた箱に入れているから、捨てられてしまったらどうしよう。
 そんな考えばかりが、頭をぐるぐると巡って離れない。そんな気がしたから。

 そうこうしているうちに、出発の準備は整った。前の船よりも、ちょっとだけ大きくなった船に乗り込んで、旅を続けたわ。
 片手で舵を操って、もう片方の手で、箱に触れながら。

 今となっては、あそこでの出来事は遠い過去のこと。でも、そこで見つけたのは、今でも大切に、私の隣にあるの。
 他の旅先でも、肌身離さず、常に持ち歩いたわ。
 箱は何度も取り換えたけれど、中身は、私以外の人が見れないように、ずっと仕舞ったまま。箱からそれを取り出すのは、ビンの中の液体を取り換えるときだけ。
 あとは、そっと眺めるの。

 気まぐれな船旅が終わったように、私の人生も、もうすぐ終わる。
 だから最近、思う。
 私たちの人生って、船旅みたいなものじゃないかって。
 船が、帆に風を孕んで海原を進むように、私たちは、真紅の色をした命の種に、いろいろな感情を孕んで人生を進んでく。

 あの時見つけた、真紅の色をした種だって、ルビーの持ち主が生きていた証でしょう?
 その人の、生きた時間の分だけ感情を孕んでいるから、美しくて、愛おしいと感じたの。
 よく『生きている全てのものに愛を』なんて言うけれど、生きてなくても、愛は注げるでしょう?

 だから、よろしくね。
 私もちょうど、あの時の女の人と同じぐらいの年なの。だから私が死んだら、この胸から真紅の色をした種を取って。
 そうして、私がしていたように、口の広いビンの中に、ホルマリンと一緒に入れて、ふたを閉める。
 そして、私が持っている種を、大切に箱の中に仕舞って、肌身離さず持ち歩いてほしいの。

 私が死んでも、この種があなたの感情を孕めるように。