途中だけどなんかあげてみる。
「 怪物ピペルの玩具箱 」
イサドヨルガのある神話。
ピペルは美しかったという。長い金髪はミツェルカの川のようにゆらゆらと揺らめき、白い肌は雪原のようにどこまでも白かった。眸は青空を映したようにどこまでも青く、いつの日も太陽の光を宿していた。
――――――可愛い私達のピペル。きっと神様に愛されているのね。
誰もがそう言ってピペルを愛でた。
天使のように美しく、愛らしい娘だったという。彼女の髪が、肌が、目が、唇が、声が、手足が、全て愛おしく、皆ピペルを欲しがった。何故かピペルと共に居るだけで、心が自然と休まっていくのを皆知っていったから。
―――――私達のピペル。可愛いピペル。きっと神様からの贈り物なのだわ。
歌えば喜んでくれた。踊れば喜んでくれた。彼女と共にあるだけで、誰もが幸せになった。皆がもてはやしてくれるものだから彼女も皆の事を好きだった。愛していた。
皆、私の事が好き。私を愛してくれる。その人たちを愛せずにはいられない。信じずにはいられない。だからこそ。
だからこそ、だったのに――――
*
天使のように、あんな童話の姫のようだったというのに。
ピペルは醜かったという。土色の鱗に包まれた体も老人のようにしわがれた喉から絞り出すような声も、鳥のような頭も。それはまさに怪物。嘘偽りない彼女の本当の姿だった。あの美しい姿は、人を警戒させまいとする彼女の魔力がそうさせていただけだった。
初めて彼女がその姿を現した時、人々は戦慄した。
――――――こんなの天使じゃない。ピペルではない。“怪物”だ。
見たこともない冷たい目で、武器を持った人々は怪物を地の果てまで追いやった。終いには怪物の目に焼けた十字架まで押し付けて、片目の視力を奪ってしまった。
見えなくなった方の目から、怪物は冷たい涙を流した。誰も近寄らない洞窟の奥で独りきり。誰にも知られずに。
*
―――――可哀そうに。嘗てはあれほど愛されていたのに、真の姿を現した途端にこの様か。
何処からともなく誰かの、囁くような声が聞こえた。耳元で聞こえたような距離感だったのに、怪物が辺りを見回しても誰の姿も無かった。ただそいつの気配だけは感じる。なんだろう。この妙な感じ。怖がった怪物は「近寄るな」と叫び続けた。何度も何度も。けれどその叫びは洞窟に反響するだけでそいつには届かない。そんな怪物を無視して勝手にしゃべり始めた。
―――――無理もないな。こんな醜い姿になってしまっては誰も彼もお前を愛することなどできなくなってしまうだろう。
その言葉にはおもわず口をつぐんだ。まだ見える方の目からぼろぼろと薄汚い色の水を落として、しゃくり上げるのを必死に我慢した。何処の誰だか知らないが、もう自分の傷をえぐるのは勘弁してほしい。そんな思いしかない。
―――――けれども、これではあまりにお前が哀れだ。このような仕打ちは民に真の姿を見せたお前の勇気に値しないと、俺は思う。
そこでその人はやっと姿を現したという。
「あれではあまりにお前が報われない。皆、あれだけちやほや出来るならどんなお前でも愛せたはずなのに」
「 “どんなお前でも愛してくれる、そんな場所”があればいいとは思わないか」
「そこでは誰もお前を嫌わない。神として、王として、お前を100年後も愛し続けるだろう」
怪物は少し考えて、口を開いた。
「人はもう怖い。愛されないこともとても辛い。なれどもそれが、本当に叶うのであれば」
その人はにやりと笑って満足げにうなずいた。
「約束しよう。――金髪の少女、ピペル」
その人はまさに神様だった。彼女の名を呼ぶが早いが、洞窟は一瞬で消え、大地が姿を現した。何も無きところに町を作り、空を作り、海を作り、草原を作り、そしてその一帯を囲う大きな大きな壁を作った。
そして神様はそこに住まう多くの人間と、街を守護する存在になる10人の天使を造りあげた。全て、ピペルのためのもの。