*GL・R18チックな描写があります。
苦手な方は読まないことをお勧めします。
――甘いあまーい緋の薫り。
【百合の花は満月に】
真夜中に目が覚めた――何かが倒れるような大きな音が、森の静けさに響き渡った。
カーテンの向こう側には、光を最大限に放った月が佇んでいる。魅せられたように窓の外を眺めていたら、目が冴えてしまった。
靴を履き、少し身だしなみを整えると、屋敷の中を見て回る。黒光りする甲冑や、鈍い銀色に輝く長剣、弾倉庫や猟銃など、興味をそそられるものが色々あった。
しかし、誰1人いない。昼間に案内させた時は、メイドや使用人、料理人……など、多くの人が働いていたにもかかわらず、誰もいないのだ。
昼間に会った少女の部屋を覗いて見たが、まるで少女は最初から存在していないかのように、生活感のない部屋だった。白い壁、人が寝た形跡のないベッド。クローゼットの中に、洋服は1着も入っていない。
なのに、官能的な香の薫りが部屋に満ちている。ふわりと鼻孔をくすぐる、甘い薫り。そして――微かに聞こえる、女の声。
声の方向へ、ゆっくりと歩いていく。静かな廊下に、小さな足音を響かせながら。
屋敷の奥深く、2階の廊下を突き当たったところに、古びた扉があった。滅多に開かれないためか、蝶番は錆びて赤茶色に変色している。
『図書室』と書かれていたプレートの文字は剥げ落ち、微かに文字の名残りを残しているだけだ。
「はぁっ……んあ、あっ……」
開けた扉の隙間から、艶かしい嬌声が漏れた。軋まないようにそっと開けた扉を、勢いよく閉めてしまい、ギィーという大きな音がした。
その音に驚き、取っ手から慌てて手を離す。そのため、扉は閉まりきらず、覗き見ができる程度の位置で止まった。誰もいないのに、咄嗟に辺りを気にして無駄に安心する。
他人の情事を覗く趣味は無いが、やはり好奇心というのは抑えきれず、結局は覗いてしまったのが間違いだった。
「あぁっ?! お、お姉ちゃん……だ、ダメッだめッ!」
真っ白なドレス、艶やかに光るショートカットの黒髪。溢れ出る蜜が、ドレスを緋色に穢していく。
――昼間の少女だ。
少女は、絨毯の敷かれた床の上に押し倒され、恍惚とした表情を浮かべている。
その上に覆い被さった黒い影。漆黒のドレスを身に纏い、白珠のような肌を際立たせている、もう1人の少女。ショートカットの黒髪からチラリと覗いた顔が、とても美しかった。
黒の少女は白の少女の乱れた長い髪を慈しむように梳くと、細く白い首筋を露わにする。
「リザ、可愛いわ……っん、最初だけ……我慢して、すぐ……気持ち良くなるわ……っ」
赤い舌が、首筋を這う。ペロリと舐められるたびに、昼間の少女――リザの身体が跳ねた。
ふと、違和感に気づく。リザと瓜二つの少女は、昼間はいなかったのだ。リザも姉がいるとは口にしてないし、屋敷に案内された時も1人娘だと紹介されていた。
――どこから現れたのだろう。
その時、少女の唇の端から鋭い牙が一瞬見えたかと思うと、リザの首筋に飲み込まれた。
「いやぁぁああッ! はぁ……アァ、んうぅッ!!」
お姉ちゃん、と呼ばれた少女が、リザの首筋から紅い液体を啜る。
「ぁっ……甘いわ……。もっと、もっとちょうだい……!」
真夜中の図書室に、少女たちの声が響く。覗いてはいけないと思いつつも、見てしまう。禁忌を犯す彼女たちは、とても美しい。まるで金縛りにかけられたように、この場を動けなかった。
昼間に聞いた話を、今さら思い出す。彼女は、ドラキュラなのだ。それなら、昼間は姿がなくても納得がいく。
リザは、警告してくれていたのだ。早く、ここから立ち去って、部屋に戻らなければ――。
「ねぇ何を見ているの……?」
真っ赤に口元を染めた少女が、首だけこちらを向いた。目が、怪しく光っている。
逃げようと思っても、指一本、瞬きひとつ出来やしない。ゆっくりと脚が動き、おぼつかない足どりで少女たちの元へ向かっていく。
2人の前まで来ると、今度は急に力が入らなくなり、立つこともままならない。膝から崩れ落ちて、絨毯の上に座りこんだ。
「あなたも……私たちと遊ばない……?」
リザが、微笑みながら近づいてくる。首筋は元通り白かったが、赤黒い小さな傷がついていた。彼女の唇からも、白い牙が覗く。
「はぁっ……アァ、あぁっ……!!」
首筋に感じた鋭い痛み。背筋をかけてゆく甘い痺れ。緋の薫りが、理性をドロドロに溶かす。
痛みは一瞬、快楽は永遠。服が、どんどん濡れていく。首筋を舐められ、傷口からは体液を吸われているのに、感じてしまう。
「もっと吸われたい……? まだ……お腹空いてるの……」
「あぁ! はぁ、もっと……! もっと……してっ」
少女たちの妖しい微笑みが、最後に見えた。
「うわああぁっ!?」
まだ、夜は更けていなかった。天蓋付きのベッドの中で、荒い息を吐く。
大きな物音がして驚いたのだろう。隣の部屋からリザが様子を見にきた。
「大丈夫? 悪い夢を見ていたのね……まだ真夜中よ……」
「ありがとう、リザ。また寝ることにするよ」
黒髪のショートカット。黒いドレス。
「ねぇ、お客さん……。私、リザじゃないの」
笑った唇に、白い牙。
「リザは、あそこ。お父様や、メイドや、屋敷のみんなも、あそこ」
部屋の鏡を指差して、妖艶に微笑む彼女。鏡の中の彼女は、白いドレスを着ていた。
満月の夜だけ、私とリザ達は入れ替わるの。そう言って、ゆっくりと彼女の唇が首筋に近づく。
ちらりと鏡を見ると、窓から満月を眺めている、白いドレスのリザと、その父親がいた。視線に気がついたのか、申し訳なさそうに笑っている。
2人のそっくりな少女は、美しい。夜はまだ始まったばかり。
悪夢の遊戯は、まだまだ続く。
「あぁ、今夜は、なんて綺麗な満月なのでしょう」