「それでは、また」
そういって少女はその場を去っていく、オカルトの類などあまり信じる方ではない俺ではあるが、なかなかおもしろい話であったと思う。真偽を確かめることができないのが残念だが……そう思い客間を見渡す。辺りにはおもちゃの楽器とそれを持った兵隊さんの人形がおいてある。よく見ると、楽器の種類がたくさんある。ラッパやドラムなど定番のものだけでなく、バイオリンやオーボエなど軍隊では使わなさそうな楽器を持った人形までいる。
その横には木馬があるのだが、これもまた少し変わった形をしている。おそらくユニコーンをモチーフにしたデザインなのだろう、牙の形をした角が生えている。
「ご客分、今宵はすでに暗くなりこのまま森へ出ると迷う可能性があるので、今宵はこの館に泊まってください。部屋を用意しますので」
辺りを見渡していた俺は老婦人に呼び止められて、ここに泊まっていくことを勧められた。
渡りに船とはこのことなのだろう、俺は快諾した。だが、俺はこのときに気づくべきだったのだ。この船が三途の川に向かう船であったことに……
案内された部屋にはベッドと長時計がおいてあるだけの簡素な部屋であったがベッドがなかなか心地よく、一晩を過ごすには十分な内容であった。
「夕食前に風呂をすませてください」
部屋を案内された後に老婦人にそういわれた俺は風呂場に向かい、身体を洗ってから湯船に入ると、鏡のように湯船の水面に映る満月が目に入る。その美しさはなかなか風情のあるものだった。思えば、この満月が運命の分かれ道だったのかもしれない。
風呂から上がり、老婦人が腕を振るって作った鹿肉のステーキを堪能した後、部屋に戻って、いつしか就寝した……
物音がして、俺は目を覚ます。長時計が指し示しているのは11時56分、その時、少女の話を思い出す。「真夜中の図書室」の話を。
「いいタイミングで目が覚めたな」
そうつぶやいて俺は、部屋を出た。すると、一人の人間とすれ違う。その人は俺の肩にぶつかるとそのままどこかへと行ってしまった。
その人の後を追うと、先ほどとは雰囲気が違う場所に出る。大量の本棚が真ん中の円を囲むようにそびえ立っており、変わった形ではあるが、図書室のようなところだった。
「来てくれましたか」
後ろから声をかけられると、白いドレスを着た少女に再会する。少女は一礼し、手を差し出す。
「一曲いかがですか?」
少女の手に俺の手を乗せた瞬間、オーケストラが演奏を始め、彼女のステップに俺は誘導されていく。どこにオーケストラがいるのかと目だけで探していると、その正体に驚愕した。
先ほど部屋にいたおもちゃの兵隊たちがオーケストラをしている。さらにそれら指揮しているのは、なんと老婦人であった。
「おやおや、気づいたのかい?人間」
老婦人が演奏を中断し、俺に話しかけてくる。すでにその姿は人間ではなくなっていた。
「ようこそ、悪魔の舞踏会へ」
少女も口を歪ませて、俺に言い放つと、みるみるうちに、姿が変わり、悪魔へと姿を変える。
「さて、ここに来た人間には悪魔になってもらわないとねぇ」
悪魔の姿をした老婦人が言い終わるやいなや、後ろから一頭の馬に体当たりされる。あのときの木馬の牙が俺の身体を貫き、赤い液体が飛び散っていく。やがて、その液体は少しずつ青みがかっていき、完全な青になった。
それから1ヶ月、今宵は悪魔の舞踏会、満月に乾杯した悪魔たちが踊り出す。
「今宵の満月の綺麗さに、杯をあげて踊ろうか」