*断片
「SoA」の断片。いつか使うかもしれないし使わないかもしれない物語の欠片。
前のノートを何となく漁っていたら、その中でもまだマシな出来のものを発見したので載せてみようと思います。こういった「断片」がやがて、「断片集」になるのだろうか……。
戦争の時代です。「夜明けの演者」の第三章と同じ時系列です。
さぁさぁ断片が花開く……。
※ 改行が少ないのはノートを忠実に真似たから。たまにはこんな文もいいか。
視点混在して読みづらいかもです……。
◆ ◆ ◆
*断片 雨の日の奇跡
◆
――生きたいと、思った。
せめて、戦いが終わるまで。
引き下がる訳にはいかなかった。
このまま死ぬ訳にはいかなかった。
「ぐっ……!?」
突如突き抜けた鈍い痛みは、腹を突き抜けて熱さとなる。
一瞬、自分の身体に感じた異物感と、それが引き抜かれることで生まれる脱力感。
疲労と痛みに揺らぐ視界の端、血濡れた剣が見えた。
がくりと膝をつけば、腹が真紅に染まっていた。
「終わりだ、神聖エルドキア第三王子、ラディフェイル・エルドキアス」
そんな声が遠く聞こえ、踵(きびす)を返して去っていく気配がした。
膝からさらに力が抜け、彼は前のめりに倒れる。
――たった、一回。
たった一回の相手の剣筋の読み間違いが、悲劇を呼んだ。
それを後悔した果てにあったのは、死の恐怖。
全くわからない世界へ行くことへの本能的な恐怖と、まだ何も終わっていないのに自分だけが先に逝く恐怖。
だから。
動かぬ身体を無理して動かす。地に指を立て、意地でも立ち上がろうとする。
何も成さぬままであの世へ逝くことを、彼は決して許せなかったから。
ぽつりぽつりと雨が降る。それをぼんやりと眺めながらも、彼は明確に意識する。
――生きたいと、思った。
せめて、戦いが終わるまで。
たとえ泥沼の中、這いつくばってでも。
王子としての誇りなんて、とうに捨て去っても。
引き下がる訳にはいかなかった。
このまま死ぬ訳にはいかなかった。
たとえこの国が終わるとしても、せめて、この目で。
その黄昏を、しかと見届けたかった。
――生きたいと、思った。
この戦場にいる誰よりもずっと。
その強すぎる生への執念が、気まぐれなる闇の神を、呼んだ。
そのすぐ後に、死が追いついたとしても。
◆
――呼ぶ声が、した。
戦いが終わるまで、生きたいと。
けれどもその声はすぐに途絶え、「彼」の目には一つの遺体が映っていた。
しかしその願いは、気まぐれなる闇の神を、動かすに至った。
小さな島国は荒れ狂う戦禍の中。
飛び交う悲鳴、そして怒号は。いつの時代にもあったもの。
だからいつもの「彼」ならば、そんな小さな願いなど有り触れたものだと言って気にも掛けなかっただろうに。
声が、聞こえたから。
――生キタイ。
魂を底から揺さぶるような、本能的な生への叫びが。
それが聞こえたとき「彼」は、一つくらいは奇跡を起こしてもいいような気がした。
戦場に、鴉が舞う。
「彼」は赤眼の鴉に姿を変えると、一つの遺体の前に飛んでいった。
ああ、「彼」の眷属たる鴉が舞う。
こんな日には、奇跡の一つくらい起こしてみたって、いいだろう?
何があっても生きることを決して諦めようとしない人ほど、美しいものはない。
ならば、せめて――散りたい時に散れるように、してやりたかった。
――声が、した。
生きたいか、とそれは問うた。
だから彼は、迷いなく。「生きたい」とそれに答えた。
せめて、戦いが終わるまで。
引き下がる訳にはいかなかった。
このまま死ぬ訳にはいかなかった。
王子は欲し、闇の神は応えた。
かくして王子は「戦いが終わるまで」仮の命を与えられ、生き永らえることとなった。
それは一つの願いと一つの気まぐれの引き起こした、まぎれもない奇跡。
未来、王子は伝説となる。
戦乱の世を終わらせた、英雄の一人として――。
Fin
◆ ◆ ◆
ある滅ぼされた国の王子と、気まぐれなる闇の神との出会いの物語。王子はその先で、「錯綜の幻花」エクセリオの無二の親友であり、かけがえのない盟友となる人物。
本編に出すかも謎の、完全なる断片のひと欠片。
ノートにして二ページ分にしかならない、SSをお送りしました。