*落書き
「断片集」に出す小説候補「錯綜の幻花」の序盤の一場面。エクセリオが主人公。
***
時は戦乱、時代は悪夢。
阿鼻叫喚が少年の目の前に広がっている。
その様を、茂みに隠れながらも一人の少年がじっと見ていた。金髪金眼、今にも消えてしまいそうな儚い印象を与える淡い金のローブ。
その目には涙が無い。たび重なる戦乱と悲哀に、彼の涙はとうの昔に枯れ果てた。ぎゅっと唇をかみしめて下を向き、飛び出したい衝動を必死に抑える。
少年は翼持つ民、「アシェラルの民」のリーダーであった。彼は幻想使。「実体のある幻影」を使う、空前絶後の才能の持ち主。彼が前に飛び出せばきっと、皆を救うこともできるかもしれない。しかし、そうしては。
(いけないんだ)
彼はよく知っているから。自分の存在が、この「アシェラルの民」にとって、どれほど大切なものなのか。
自分だけの命ではない。彼はどうしても生き残らなければならなかった。
飛び交う悲鳴、飛び散る羽根。彼の仲間は無残にも殺されていく。
その様を、じっと見ていた。小さく小さくうずくまりながらも、無理にでも笑った。
ガサリと音を立てて茂みが鳴った。
彼は驚いてその身を竦(すく)ませた。彼の隠れていた茂みが割れて、一人の男が姿を現した。その手には血塗れた剣。彼の仲間たちの命を奪った呪わしきつるぎ。
男は彼を見ると、その顔を加虐の喜びにゆがませた。
「なぁんだ、こんなところにいたのか。探したぜ」
族長さんよォ? と声がした瞬間、彼の剣が正確に少年を斬り殺そうと迫ってくる。少年は地を転がってそれを避け、覚悟を決めて「実体のある幻影」を召還した。
いつもは優しく笑っている彼の口調が、豹変したかのように鋭くなる。
望まぬ運命に強引に放り込まれた彼は、まだ15にしかならないくせに、まるで地獄を見てきたかのような目をしている。
「名乗れ。いかにも、僕はアシェラルの民の族長だ! ならば僕を殺すかもしれない相手として、名乗れ!」
「アルゴ」
男は余裕たっぷりに名乗る。
「そうそう、お前の村の人間はお前以外全員殺した。あとはお前を殺.せば掃討作戦終了だ。お前たちは本当は戦乱になんて関係なかったのに、まったく難儀な異種族だよなぁ?」
「……そうか」
少年の周囲の空気が揺らめく。幻影発動準備の合図だ。
少年は慎重に立ち上がり、宙に右手を突き出して名乗った。
「僕は『錯綜の幻花』エクセリオ。空前絶後の幻想使にしてアシェラルの民の族長。……いいさ、精一杯抵抗してやる」
そう言うなり飛び出したのは三体の幻影。されど幻影だからと言って侮ることなかれ。「実体のある幻影」はその名の通り実体を持つ。人の五感に訴えかけるためにそう簡単に幻影だとはばれないうえに、幻影ゆえに傷つけても死なない。そして実体があるがためにこちらの攻撃はすべて通り、一方的な攻撃を実現できるのだ。
三体の幻影はのっぺらぼうの人間の姿。いかにも即席で作られた幻影だが、皆その手には必ず、なにかしら刃物を握っている。そして三体が三体、それぞれ全く違う動きをした。
エクセリオの恐るべきところはその情報処理能力にもある。自分とは全く違う存在を筋肉の一つから動かし、しかもそれぞれ全く違った動きをさせるには相当の頭の回転の速さと頭の容量の多さが要る。幻影を操っている時の彼の頭の中には絶えず無数の情報が流れ、それを一瞬にして処理している。
その才能は、神業と言っても過言ではなかった。事実、アルゴと名乗った男はかなり苦戦している様子が見受けられた。
このまま場を幻影に任せ、安全なところに避難しよう。そう思ったエクセリオは飛び立とうと翼を広げる。淡い金色をした翼に光がまとわりつき、きらきらと優しく光った。
「僕は生き残らなくちゃいけないんだ。悪いけれど、ここはいったん離脱させてもらうよ?」
口調をいつもみたいに戻していつもみたいに笑う。
伸ばした翼が限界まで広がった、
時。
「――1人しかいないとか思ってんのか馬鹿めッ!」
瞬間。
「え……っ?」
背中に感じた熱い感触。エクセリオは、空を飛ぼうとした己の翼が空を掻こうとしないのを感じた。
まず何より、翼の感覚がまるでなかった。
異常を感じたエクセリオ、錯綜の幻花はとっさに幻影の鳥を飛ばし、幻影の目で見た。
――自分の翼が、ばっさり切り落とされているのを。
「ああ……うああ……」
あとから襲い来た激痛に、少年は思わず身を丸めた。
「あああ……うああああ……」
身を丸めれば背中が引き攣れてさらに痛みがひどくなる。
「うあああああああああああ!」
絶叫する。耐え難い痛みに彼は叫んだ。失われた翼の付け根から血がどくどくと流れていき、金色の彼を深紅に染め上げていく。
涙を流して泣き叫びながらも彼が見たのはもう一人の男。その手には長い鉈(なた)があった。それは血で汚れていた。エクセリオ自身の血で!
気の遠くなるような激痛の中、エクセリオは知らず懇願していた。
「殺して……僕を、殺して……」
この痛みから、この苦しみから解放してほしいと切に彼は願ったけれど。
男たちは加虐の喜びに笑うばかりで、彼を殺してはくれなかった。
アルゴと名乗った男が彼に近づき、その胸を思い切り踏みつけた。
「が、はッ……!」
肋骨が折れたかのような感触。エクセリオは吐血し、痛みと苦しみに転げまわって悶絶した。
このまま弄ばれて死ぬのか、彼は途切れ途切れになる意識の中でそう思った。
叶わぬと解っている願いを口にする。
「殺し、て……」
真っ赤に染まっていく視界。
そうしてエクセリオの意識は消えた。
***
この後、エクセリオはある人物に出会い、彼なりの「幸せ」を手に入れます。
いつか「断片集」に入れたいエクセリオの物語ですが、一体いつの日の事やら。
彼が翼を失った場面です。当時の彼はまだ精神的な余裕が無くて性格が尖っていますが、某合作に登場している彼は「彼なりの幸せ」を手に入れた後なので性格が丸くなりました。いずれそこも書きたいですねぇ。
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もしもこの話を「断片集」に入れない話にするなら
~オープニング案~
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「僕は幻の花。一瞬で咲いて、一瞬で散るのさ」
「錯綜の幻花」エクセリオ。彼は国を救った英雄的人物。
いつも優しい微笑みを浮かべ、それであってもまるで感情を読ませない嘘つきな彼は、空前絶後の能力を持っていた。
それは幻影、実体のある幻影。視覚だけでなく人の五感に訴えかける、見破りがほぼ不可能という究極の魔法。
しかし彼はその圧倒的な力の代償に、16歳まで生きられない、といった悲しい運命を背負っていた。
長くは生きられないと知っていても、彼は戦う、戦い続ける。
――彼が唯一認めた人物、ある「盟友」のためだけに。
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時間あったらこういったSS載せます。今日は3時になったらいなくなるかも……。