>>465の続き。ノートに書いた断片を掲載。
いずれみんな、「錯綜の幻花」として「断片集」にまとめたいところなのだが、まだ断片ばかりでまるで物語の体を成していないので保留。
視点が変わりますよっと。
*錯綜の幻花 断片
*常世の黒烏(とこよのこくう)
一人の傷ついた少年を取り囲み、二人の男たちがその体に暴行を加えていた。倒れた金色の少年はその背中から大量の血を流し、ぴくりとも動かない。意識を失っているのだろうか。よく見ると肋骨も折れているようだった。
そんな少年を見つめる、一人の少年がいた。
「彼」は善人ではないし偽善者に成り下がるつもりなどないがしかし、その時「助けなければ」という強い思いを感じた。
漆黒の髪に闇宿す漆黒の瞳、銀糸で彩られた、王侯貴族が着ていそうな重厚な黒のマント、黒の手袋、黒のブーツ。マントの留め金に浮き彫りで彫られていたのは鷹。腰には銀で彩られた黒の剣を佩(は)いている。
その左肩に赤眼の鴉を乗せた彼の名を、ラディフェイルといった。
亡国の王子であり、今現在祖国の復活のために奮闘している彼には正直言って人助けなぞする暇はなかったが、湧き上がってきた「助けなければ」という思いは強くて。彼が肩の鴉に目配せをすれば、「好きにしろ」とでもいうかのように、鴉は一声カアと鳴いた。
それを見るなりラディフェイルは走り出す。腰に佩いた剣を鞘ごと抜き放ち、稲妻のごとき速さで一人の男の首筋に叩き付けた。一瞬で男は昏倒する。
「何者だッ!」
「名乗るほどの者じゃない」
残った男の怒鳴り声に、ラディフェイルは悠々と応じる。
「ただの通りすがりの者だ。あんたみたいな奴に名乗る名など持たない」
「貴様……ッ!」
「それとも何だ? あんたが今していることは、人道的に見て正しいことなのか?」
「……ッ」
言葉に詰まり、男は血まみれの少年を見下ろした。少年の呼吸は細く荒く弱々しく、今にも途絶えてしまいそうだった。
しかし男は昂然(こうぜん)と顔を上げて、それでも答える。
「わかっている、これは悪しきことだと。……しかしこれは上の命令なのだ!」
「上の命令?」
その言葉に、ラディフェイルはつと眉を上げる。その言葉に引っ掛かるものがあった。
彼は問う。
「あんた、所属はどこだ」
「名乗らぬ者に教える資格はない」
「教えてくれたら名乗っても良い」
「信用ならん」
「……わかった。ならばこうする」
ラディフェイルは一歩下がり、腰に差した剣を地に置いて大きく離れた。
手ぶらであることを示すように両手を上げながらも彼は言う。
「ほら、これで手ぶらになった。こうすれば教えてくれるな?」
「……仕方ないな」
男は重々しく口を開く。
「俺はアルゴ。所属は帝国アルドフェック地方部隊。異種族の殲滅を請け負った」
「――そうか」
ラディフェイルの返答は素っ気ない。しかしその声は低く、限りなく冷えた絶対零度の響きを宿していた。
「ならば名乗ろう。オレは」
彼が左肩の鴉に目配せをすれば、鴉は彼の肩から飛び立って、重いはずの彼の剣を軽々と拾い上げて彼に返した。
それを見て、アルゴと名乗った男が叫ぶ。
「おい! 約束が違」
「――オレは! 否、余は!」
「よ……余 !?」
黒銀のマントが風を受けて翻る。その銀の留め金に彫られていたのは誇り高き鳥の王者たる、鷹。
それはある王家の紋章!
「余はラディフェイル・エルドキアス! 貴公の所属する国アルドフェックに滅ぼされた、神聖エルドキアの第三王子だ!」
その国は誇り高かった。ひたすらに誇り高くあろうとした。しかしアルドフェックはそれを許さず、彼らが誇り高くあろうとすればするほどに彼らを痛めつけた。それでもエルドキア国民は戦い続け、ついに国が降伏するまでに多くの人が死んだ。この戦いによってエルドキア国民は半数にまで減ったというほどだ。
これまでは特に争う事も無く平和に暮らしていたのに、それを自国の拡大のために突如、アルドフェックが武力で強奪した。それを間近で見ながらも何も出来なかったラディフェイルの悲哀は、憤怒はどれ程のものか。
凍りついた声が空気を渡る。
「アルドフェックの手の者か。ならば余に会ったことが運の尽き。エルドキアの悲哀を受けてここで死ね!」
鴉に渡された愛剣を鞘から抜き放った彼は、一息にアルゴに肉薄した。アルゴは反射的に自分の剣でそれを防ごうとするが、
間に合わない。
「さよならだ、アルゴ。名前だけは覚えてやる」
凍えきった絶対零度の声がして、アルゴの首は胴体と分かたれた。
それを確認し、剣の露を払った後でラディフェイルは倒れた少年を見る。よく見るとその背には翼の残骸があった。それを見てラディフェイルはハッとなる。名乗る際にアルゴが言っていた言葉――異種族の殲滅。
「アシェラルの民、か」
翼持つ異種族と言ったらアシェラルの民しかいない。彼は察する。この少年は、異種族狩りに遭ったのだと。
助けようとして彼はそっと手を伸ばした。抱き上げた身体は驚くほど軽かった。
「珍しいな、あんたが人助けなんて」
肩の鴉がからかうような声を上げた。それにラディフェイルは淡く微笑む。
「ただの気まぐれさ。あんたも気まぐれでオレを助けたんだろう、それと同じだ――ヴァイルハイネン」
「まあ、そういうこともあるか」
ヴァイルハイネンと呼ばれた鴉はそう言ってラディフェイルの肩から飛び立つと、ひらりと宙を旋回した。
すると。
「何だ? 人の姿になる必要があるのか?」
「あんたの両の手が塞がるから、手伝ってやろうと言っているんだ」
宙に赤眼の鴉の姿は無く、その場にいたのは黒髪赤眼の黒尽くめの男。
ラディフェイルは実は生身の人間では無い。アルドフェックとの戦いで一度は命を落とし、それでも強く願った「生きたい」という想いが気まぐれなる闇の神、ヴァイルハイネンを呼び寄せた。そしてその願いは制限つきで叶えられた。ラディフェイルは死から蘇ったが、それは「この戦乱が終わるまで」といった期限付きだった。
ヴァイルハイネンとて万能ではない。だから彼は、期限付きでならば本来の定めに背いた「蘇り」を、ラディフェイルに良しとしたのだった。それがヴァイルハイネンに出来る精一杯のこと。
ヴァイルハイネンは闇の神で、眷属は鴉。だから彼は普段鴉の姿をしてラディフェイルの傍にいる。別に彼はわざわざラディフェイルの傍にいる義務なんてないのだが、人間を愛する“奇妙な”神である彼はいつも、自分の選んだ人間の傍に居ようとする。
ちなみに彼が人間の姿になる時はいつも、「闇魔導士ハイン」で通しているらしい。神であることがばれると人間に混じるのに不都合が生じるからだ。
ヴァイルハイネンはラディフェイルからボロボロの少年の身体を受け取ると背負い、ラディフェイルの手が空くようにした。
「じゃ、行くか。ありがとな、ハイン」
「王子の従者は率先してこういったことをするもの」
「……人間になったあんたはここではそんな立場だったか」
かくして一行は進む。どこへ? それは「エルドキア解放戦線」へ。
エルドキアはアルドフェックによって落とされたが、それでも誇り高き彼らは決して諦めず、ラディフェイルの下に集って密かな抵抗を続けている。
ラディフェイルはそこの指導者、一国を担う者なのであった。
***
その後、ラディフェイルとエクセリオは出会い、やがて盟友となります。
「錯綜の幻花」はエクセリオが主人公の物語ですが、ラディフェイルはその中でも第二主人公と言ったって過言ではない人物なのです。