シークレットガーデン「箱庭」
<第一章> 物静かな看護師の闇(シレーナの封じた過去編)
石に吸い込まれたルシアが間を覚ますとそこは真っ暗な闇が支配する不思議な世界だった。
人の気配はない。
音がない。自分の呼吸音も心臓の音でさえも。
ああ――自分は死んだのか。
全てを諦めかけたその時、世界を破り何者かが乗り込んで来た。
乗り込んで来た者の名はパピコ。妖精のような羽を持つAI。
パピコはルシアにこう言った。
「今貴方様が諦めますとシレーナ様は死んでしまいますよ」と。
シレーナだけではない、攫われたヨナも大事な人が皆、皆死んで逝ってしまうのだ。
ルシアは下ったシレーナの心の中を。彼女が心の奥底に隠した記憶を体験しながら奥深くへと下って行った。
第一階層では、幼いシレーナと実の両親との微笑ましいやり取りを見た。
第二階層では、近くの村で酷い目に合わされている「魔女」と罵られている姿を見た。
第三階層では、母親と父様が口論している光景を見た。
第四階層では、母親が家を出て行った所を見た。
第五階層では、久々の旅行を喜ぶ親子の姿を見た。
第六階層では、あの家に捨てられたシレーナの姿を見た。
第七階層では、狂ってしまったシレーナが禁断の魔術に手を出してしまったところを見た。
禁忌の術として世の中から抹消されたはずの人体錬成。
自らの一部を対価に支払う事で新たな命を創り出す。人知を超えた術。
死んだ父親を生き返らしたくてシレーナは術を発動させた。
もう一度あの笑顔が見たくて。
もう一度あの温かい手で頭を撫でてほしくて。
もう一度あの貧しくとも楽しかった家族みんなで暮らしたかったから。
人体錬成に成功例は――ない。
気が付けばそこに居たのは会いたかった父ではなく、愛する父の死体を貪り食う人ならざる化け物だった。
かつては母だった、だが死後化け物となったシレーナの母親は自分の娘の深層世界「シークレットガーデン」へと入り込み、最後の砦であるクリスタルで出来た核を喰い破ろうとしている。
これが壊されればシレーナは穢れと呼ばれる化け物となり、事実上の死を迎えることになる。
死を望むシレーナにルシアが見せたのは、時を超えて送られた父から娘への最期の手紙。
【シレーナへ
この手紙を君が見ている頃にはもう私はこの世にはいないだろう。
君を捨てた私を恨んでいるかい?
いや優しい君はむしろ、自分が悪い子だからだと自分を責めて罪に苦しんでいるのだろうね。
ごめんな、本当の事を言えなくて……。
ごめんな、あんな方法しか取れなくて……お父さん失格だな。
君のお母さん、私の妻、ユリアは闇病と呼ばれる心の病にかかっていたんだ。
急に言動がおかしくなったり人間不信に陥ったりする不治の病。
治し方は現医療技術のすべてを用いても不明で誰にも治せない不治の病。
だが元医者として私はどうしても治してあげたかった。
だがしかし闇病は感染症。
まだこれからの未来ある君にまで感染し、輝かしい未来が待っている君の人生までを奪っていいはずがない
……だから私は君を捨てた。
信頼おけるジェームズさんに預けたんだ。
その事で君をさらに追い込むことになると分かっていたけどそうするしか私には方法がなかった。
時間もなかったんだ。
本当にすまなかったと思っている。許してほしいなんて言わないただ……。
ただ……もうどうか自分を許してあげてほしい。
君はもう充分過ぎるほどに苦しんだ。もうこれ以上苦しまなくていいんだよ。
どうか幸せの人生を送って欲しい。それが私の最期の願い。
お父さんとお母さんの最期の願いだ。
どうか幸せせなって……私達の宝物シレーナ。父より】
大粒の涙を流すシレーナ。
父親の最期の気持ちを知ることが出来たから。
心が浄化され、彼女のプリンセシナにすくっていた化け物達は黒い煙なってきれいさっぱり消え去り消滅し、シレーナの心は浄化された。