Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.9 )
日時: 2017/09/07 23:37
名前: 流沢藍蓮 (ID: QXYGJewc)

 はじめまして、藍蓮と申します!
 テーマを決めてSSとか、そういった企画、面白そうだったので参加させていただきます!
 何となく浮かんだ詩から派生した、物語です。


 ◆ ◆ ◆


〈或る少年の場合〉


 今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。





「――世界が終わるゥッ!?」





 その日、流れてきたのは。
 そんな、驚愕の知らせだった。

 近づきつつある巨大小惑星の映像と、残り時間のカウントが、生々しく映される。
 残り時間は、あと一日もなかった。

「前から予測できたことじゃないか。今さら何をそんなにあわてるの、母さん」
「嫌よ、嫌ァッ! 私、まだ死にたくないの!」
「はははははは! 終わるのか、終わる、終わるんだなァ!」

 少年、母、父。
 三者三様の答えが返ってきたある一家。
 少年は、怯える母、狂乱する父に冷静に返した。
「地球の軌道に近づきつつある巨大小惑星の話。その話を聞いた時から、僕はこうなることを予測できていたさ」
 その巨大小惑星が今日、確実に地球にぶつかる軌道に入った。
 そして今の地球の技術では。それを撃墜するすべがない。
 宇宙に逃れる金持ちもいたにはいたが。母星を失って宇宙船だけで旅したって。いずれは餓死か渇死か。そうなるのは目に見えている。どうせ死ぬのなら、みんなで一緒に死んだ方がいいのにと、少年は思った。


 テレビには、近づきつつある巨大小惑星と、この星の残り時間が秒読みで映されていく。
 星は少しずつ近づいて行き、残り時間のカウントが、減っていく。


 ついに父は切れた。

「おりゃぁぁあああああ! どうせ死ぬんならこの星の全てを遊びつくすッ! 金なんていらねぇ! 貯める意味がなくなったからだ! どうせ世界が終るんなら! 遊んで遊んで遊んで死んでやるッ!」

 狂乱して叫んで。そのまま家を飛び出した。
 家では、母親が悲しみのあまり泣き続けていた。

「……馬鹿みたい。大嫌いだ」

 少年は呆れたように、悲しげに溜め息をひとつつくと。
 テレビの残り時間を確認しながら、母を置いて、そっと家を出た。
 大好きな、生まれ育ったこの町を。最後に一目、見て死ぬために。

「……冷静なのは、僕だけなのかな」

 少し虚ろな思いを抱えて。
 少年は玄関の扉を閉めた。

 奇声が、聞こえた。
 悲鳴が、泣き声が、聞こえた。
 いつも人通りがまばらな道は。狂ったような人々であふれていた。

 世界が終わると知って、狂い喚き叫ぶ者。
 世界の終わりを知って、悲嘆にくれる者。
 世界の終焉を感じて、現実から逃げる者。

 日常は、あっという間に地獄に変じた。

 少年は、そんな人間たちを冷めた目で見詰めながらも。
 踵を返して歩き出す。
 幼い日。友人たちと遊んだ公園を何となく目指して。
 どことなく虚ろな思いを、抱えながらも。


 ◆ ◆ ◆


〈或るカップルの場合〉


「今日、世界が終わるんだってさ」
「いやだ、怖いわ……」

 ある小さな公園で。寄り添うカップルが一組。
 男は女を優しく抱いて、言った。

「でも、これで。二人一緒に死ねるじゃないか。どちらが残されるなんてこと、なくなるじゃないか」
「そうね……。ある意味、世界の終りに感謝したくなっちゃうわ」

 この二人のうち男の方は。重い病気を背負っていて、もう先が長くなかった。
 このまま当たり前に毎日が続けば。男が女を先に残して死ぬのは、決まっていたことだった。
 しかし。

「君と死ねるなら、悔いはないさ」
「あなたが死んで、私だけ生きても。私はちっとも嬉しくないもの」

 二人して、空を見上げた。
 女は、呟いた。

「……世界が終わるまでに、あと何回、私たちの心臓は脈打つのかしら――」


 ◆ ◆ ◆


〈或る学者助手の場合〉


「なんですとぉっ!」

 その学者は、掛けていた眼鏡が吹っ飛ぶくらいの勢いで、思わず飛び上がった。
「今日、世界が終わる!? だとしたら――我々人類の貴重な資料は、遺跡は、遺産は――!」

「……諦めましょう、博士」

 彼をたしなめるのは、年若い助手。
「不可能である歴史の保全よりも。最優先事項は、残り時間をどう有効に使うべきか、考えることだと思いますよ」
「決まっている! 宇宙船はないか! モナリザだけでも、ロゼッタストーンだけでもぉ!」
「無理です。全ての宇宙船はみんな、人をわんさか詰めて旅立ってしまいましたよ?」
「人はいずれ死ぬでしょうがッ! そんなことよりも、簡単には劣化しない遺産を乗せて、宇宙に飛ばした方が――!」
「後の祭りです。ご愁傷様です、博士」
 助手は冷めた口調で言って、部屋の外へ出ようと踵を返す。
「どこへ行くのだ!」

「自分の残り時間を有効活用しようと。今さら私の勝手でしょう?」

 言って。外へ出た彼は、駆け出して。
 建物のエレベーターに飛び乗って、最上階のボタンを押して、屋上に出て。





 ――そのまま、飛び降りた。





「自分の命は自分で終わらせてやる。運命なんかに、決められてたまるか」


 ……その日は、自殺者の多い日でもあった。


 ◆ ◆ ◆


〈或る人々の場合〉


 やがて、夜になって。
 誰の目にも、見えた巨大小惑星。
 それ自体は光り輝きはしないが。成層圏に突入したそれは一瞬、太陽よりも明るく輝いた。
「終わるんだ……」
 虚ろな少年はつぶやいた。
「終われるんだ……」
「一緒に死ねる……」
 或るカップルは、囁きあった。
「遺産が、遺産がァッ!」
 学者は未だ、そんなことを喚いていて。





「カウント、ゼロ」





 やがて。辺りを、ひときわ強い、目を灼く様な閃光が覆った。









 ――死は、平等に訪れた。










 星の終わりの、幻想的な炎。
 それを見ながらも。何も感じすに少年は逝った。

 星の終わりの、幻想的な炎。
「綺麗だねぇ……」
「ロマンチックね……」
 それを見ながらも。
 ただ純粋に「綺麗」と思って。カップルは逝った。

 星の終わりの、幻想的な炎。
「人類の遺産がァッ!」
 それを見ながらも。
 ただ純粋に嘆き叫んで。学者は逝った。

 
 衝撃波、強烈な熱線。
 降り注ぐ、悪夢のようなマグマの嵐。
 砕けた岩石、飛ぶ火山弾。

 歴史も自然も関係なく。
 お構いなしに、星は壊れる。
 青い青い生命の星は。この日、宇宙の塵の一つに成り果てた――。


 ◆ ◆ ◆