今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
……らしい。
「……、……」
「……!……」
「……」
僕にはよく分からなかった。言葉の断片の意味は分かるのだけども、全部繋ぎ合わせて理解しようとすると、どうしても出来なかった。ただ、周囲の人の慌てようから、何かとても重大で深刻な出来事が起こりつつあることだけは何とか把握できる。
一体何が起こるのだろうか。一人周囲から置いてけぼりにされて、石畳をとぼとぼ歩いていると、来し方へと駆けだしてゆく人の群れが見えた。何人、何十人が僕の隣を忙しく通り過ぎ、何度かぶつかっては僕がこけた。皆が皆後ろだけを見て走り去り、僕に何かを教えてくれる人はいなかった。
「――」
「――!!」
「――、――!?」
本当に何が起こるのだろう。耳を澄ませようとした途端、真正面からぶつかって来た人に思い切り喉笛を踏ん付けられて、抗議の声も上げられない。起きようとするとその度誰かがあちこちを踏み付けていく。諦めて空を見た。穏やかな秋の晴れ空に、僕を足蹴にしていく人々の焦りを煽るような材料は……ないと思うのだけど。あるとすれば、それはきっと僕の知らないことだ。
しばらくして、やっと石畳に転がる僕への暴虐が止んだ。単に人波が途切れただけなのだけども、とにかく痛い思いはもうしなくていいらしい。少しだけ安堵して身体を起こす。錆浅葱のスーツは何処も彼処も砂の足跡だらけ、鈍く痛む足や腕には青痣のおまけつきだ。全くもう。
足跡と砂を払い、鈍痛に知らんぷりをしながら立ち上がった。さっきまであんなに人の多かった石畳の上には、もう犬の仔一匹もいない。耳鳴りのしそうな静粛と、鈍い僕にすら分かるほどの緊張感だけが、僕と一緒に佇んでいる。
「あ゛ー、あ゛ー、あ゛、あ゛あ゛あ゛」
だみ声が鏡のように滑らかだった静けさに漣を立てた。ざらざらと砂を呑んだような声。これが深刻さの主なのだろうか? 中身を知らない僕には、ただの雑音にしか聞こえない。
確かめようか。痛む足を引きずり引きずり、声の方へと踏み出してゆく。ざらざらの声は僕が近づいてきてもお構いなしに垂れ流され、意識の棘に少しだけ引っかかっては、大した感慨もなく無意識の下流に消えていった。何時もならこの程度は奥底に沈殿したきり浮き上がってこないのだけど、何しろひどい目に遭った日のことだ。少しくらいは夢に出るかもしれない。
「ああ」
ぼんやりしながら、革靴の爪先で何度目か地面を蹴立てたときに、思い至る。
「あ゛あ゛ー、あ゛ー」
これは誰かが悪いわけではきっとなくて。
「あーあ」
悪かったのは運だったんだろうと。
――全てのテレビ番組がある話題について報道していたという。
『昨日未明、[ ]で飼育されていた####が脱走しました』
『[ ]町では、侵入した####により少なくとも一人が死亡、三十八人が足を切断するなど重軽傷を負っています』
『現在[ ]町、[ ]町、[ ]町に避難勧告が出されています』
『捕獲の目途は現在立っていません』
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誰も彼もが知る情報を一人だけ知らない誰かの話
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・ 近未来のハイファンタジーです。
・ 伏せられた部分の多くについて、こちらからの規定はありません。与えられた少ない情報から読み手の方が得たナニカが正体となります。何でもいいし何だっていいのです。
・ 『僕』については、何らかの原因で外部情報のインプットが極端に下手くそ、ということのみが開示可能です。
・ 客観的に見ると多分意味分からないので、何も分からない『僕』と一緒の視点と気分で歩いてほしいなあと思います。