今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
どうやら、物凄く大きな隕石が地球に激突して、地球は木っ端微塵とはいかないものの、かなりのダメージを受けとても生命が生活できる環境でなくなるらしい。
水泳以外の事においては覚えの悪い僕でも覚えられるほど、その旨の言葉を聞いた。テレビからの情報と、いつも無表情なリポーターが血相を変えて喋っている辺り、誇張表現でもなんでもない事実なんだろう。
今日が地球最後の日。そう言われたって実感がわかない。最後だからって人を殺そうという人もそういない。狂ったり、泣いたり、喚いたりする人なんて本当に少数だ。
サラリーマンは会社へ通勤しているし、新聞はいつも通りに配達された。皆、今日が最後なんていう実感なんてなくて、ただボーッと日常を過ごしているんだろう。
僕こと剣軒一差(けんのき/いっさ)がこうやって他人事みたいに言えるのだって、地球が滅ぶなんて全く想像出来ないからだ。
ここにテロリストが侵入してきた、とかそんな事なら想像がつくから焦るかもしれないけど、中学生の僕には地球の滅亡なんて想像出来ない。
何気なくカレンダーを見ると何かが書き込まれていて、ふと思い出した。
今日は幼馴染みのりんちゃんに市民プールで平泳ぎを教える予定だった。時計の方へと首を回すと、待ち合わせ時刻まで、あと1時間ほどある。
他にすることもないので、僕は市民プールへ行くことにした。幸いなことに干していた水着は乾いていたので、プールバックにタオルと共に水着を詰め込む。
ゴーグルに頭を通して首にかけ、スニーカーを履いて、行ってきますと誰もいない家に言い残して鍵を閉めた。僕の両親は出勤していて家にいない。出る前に僕のことを力いっぱい抱き締めてくれた僕の親は、本当に良い人たちだ。
自転車にまたがってヘルメットを被り、僕は自転車を漕ぎ始めた。
流れる街並みは、やはりいつも通りだ。道を行く人、流れていく雲、過ぎていく道路。自然過ぎて逆にテレビのことが、本当なのかどうか分からなくなってきた。
暫く自転車を漕いでいると、市民プールに着いた。が、最後の日にプールに来る人どころか職員すらいない。その代わり鍵は開けっ放しになっていて、どうぞ使ってと言っているように思えた。
裏の駐輪場に自転車を停め、ロックを掛けて鍵をとる。カゴに入れたバッグを引っ張り出して、開けっ放しにされた扉の中に入った。
「わっ!」
不意に飛び出た驚くような声に、こちらが驚かされた。ゆっくりと声の方向を向くと、そこにはりんちゃんの姿があった。手にはピンク色のプールバックがぶら下がっている。
「なんだぁ……剣軒くんかぁ……驚かせないでよ……」
「なんだってなんだよ」
「何でもないよ」
僕の事を苗字で読んだこの子はりんちゃん。本名は李川花音(りかわ/かおん)で、僕は最初と最後の文字を取ってりんちゃんと呼んでいる。
「にしても剣軒くん、やっぱり水泳バカだね。最後の日でも来ちゃうんだから」
誰もいない市民プールの建物の中を二人で歩く。いつもはガヤガヤとしているのに、とても新鮮な気分だ。
「りんちゃんこそ、こんな日に来るなんて驚いたよ」
「私はバカのつもりはないんだけどね……」
意外な事に、りんちゃんは普通だ。いつもいつもテストで凄い点を出して、皆から賢いって言われてるりんちゃんなら、僕よりもずっと最後の日が実感出来ているのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
「ところで剣軒くん、もう付いてこないで欲しいな」
「なんで?」
「この先は女子更衣室だよ?」
すぐに離れて男子更衣室に行った。
水着に着替えてから更衣室を出る。まだりんちゃんは着替え終わっていないようで、その姿は見えない。
先にシャワーを浴びようとボタンを押した。すると上から水が降ってきて、夏の日差しで熱くなっていた僕の体が冷却された。
顔に付いた水を手で払って、プールサイドで準備体操をする。これをしないと足をつって溺れたりすることがあるから、意外と侮れない。
りんちゃんが来てから、平泳ぎの練習を始める。正直に言うと、僕は教えるのが苦手だ。自分でやる時は全部感覚でやっているというか、体が覚えているという感覚なので、それを人に伝えるのがどうしても難しい。
「水を蹴って水をかいて、その後に息継ぎ。息継ぎの時に手を戻して」
一応アドバイスをして、りんちゃんにお手本を見せてみたりするが、何故かりんちゃんは上手くいかない。
というか、どうして不自然なことが一つある。
「りんちゃん、授業の時より酷くなってない?」
そう、りんちゃんはプールの授業の時よりも明らかに動きがぎこちなくなっている。
僕の言葉を聞いたりんちゃんの表情が、少し暗くなる。もしかして、りんちゃんは無理をしていたのかもしれない。
「やっぱり分かっちゃう?」
やっぱり、賢いりんちゃんは色々と考え込んでいたんだ。だけど、僕に合わせようとして、無理に明るく振舞っていたのかもしれない。
そんな思いをさせるなんて、僕は最低だ。
「……ごめん」
「いいんだよ。剣軒くんは何も悪くないから」
「でもりんちゃんは僕に合わせて……」
「大丈夫だって! さ、続きやろ!」
その後、りんちゃんは少しだけだけど動きが良くなっていた。
結局、その日はりんちゃんは25mを平泳ぎで泳ぎきることは出来なかったが、それでも18m位までは泳げるようになった。多分、もっと練習すれば泳げるようになるだろう。そんな時間は、もう無いけど。
「ねぇ剣軒くん、時間知ってる?」
プールから出た時に、りんちゃんが唐突にそう聞いてきた。
「時間って、何の?」
「星が落ちてくる時間」
「えーっと……」
「今日の5時半だって。後1時間だね」
「あっ……」
りんちゃんの腕時計を見ると、時間は丁度午後4時半を指していた。知らない内にかなりの時間を使っていた。
「ねぇ剣軒くん、こんな事を頼むのもアレなんだけど……」
「どうしたの?」
「あと1時間、私といてくれない?」
「いいよ」
「……随分軽い返答だね。最後の1時間だって言うのに」
「僕にやることなんてないからね。僕の両親も、きっとまだ働いてる。2人とも帰ってくるのは早くても6時なんだ」
「そっか、じゃあ……」
そして、近くの公園のベンチに座って、りんちゃんと色々な事を話した。
学校のこと、友達のこと、家族のこと、色んな話をした。下らないことも大事なことも話した。でも、決してその時間は無駄な時間じゃなかった。誰が何と言おうと、僕が価値があるって思った時間だから、価値があるに決まってる。
「あと5分だね」
「怖くないの?」
「剣軒くんは?」
「僕はバカだからまだ実感がわかないや」
「そっか。私は怖いかな……ちょっと……」
りんちゃんの手を見ると、少しだけ手が震えていた。よく見たら、顔色も悪い。
僕は意を決してりんちゃんの手を握った。びっくりしたのか手が少し動いたが、りんちゃんは振りほどこうとせずに暫く無言になる。
そして、その気まずい雰囲気のまま、遂に時間になった。
「…………」
「…………」
「……あれ?」
……が、何も起こらない。
不審そうな顔をするりんちゃんと僕。そのまま10分ほど待ち続けるが、何も起こらない。
結局、その日僕はりんちゃんと微妙な雰囲気で別れた。隕石なんか嫌いだ。もう2度とかっこいいなんて言わない。
家に帰ると、父親がテレビのリモコンをカタカタと忙しなく動かしていた。
僕は、その目まぐるしくチャンネルの変わるテレビを見た。
どのテレビ番組も、まるで朝と同じように、同じ事を言っていた。
「隕石が外れた」と。
*突然失礼致します。
波坂という者です。初心者ながら投稿させて頂きました……!
他の方の感想は後日書かせていただきます!