Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.12 )
日時: 2017/09/07 22:12
名前: 波坂◆mThM6jyeWQ

 今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
 どうやら、物凄く大きな隕石が地球に激突して、地球は木っ端微塵とはいかないものの、かなりのダメージを受けとても生命が生活できる環境でなくなるらしい。
 水泳以外の事においては覚えの悪い僕でも覚えられるほど、その旨の言葉を聞いた。テレビからの情報と、いつも無表情なリポーターが血相を変えて喋っている辺り、誇張表現でもなんでもない事実なんだろう。
 今日が地球最後の日。そう言われたって実感がわかない。最後だからって人を殺そうという人もそういない。狂ったり、泣いたり、喚いたりする人なんて本当に少数だ。
 サラリーマンは会社へ通勤しているし、新聞はいつも通りに配達された。皆、今日が最後なんていう実感なんてなくて、ただボーッと日常を過ごしているんだろう。
 僕こと剣軒一差(けんのき/いっさ)がこうやって他人事みたいに言えるのだって、地球が滅ぶなんて全く想像出来ないからだ。
 ここにテロリストが侵入してきた、とかそんな事なら想像がつくから焦るかもしれないけど、中学生の僕には地球の滅亡なんて想像出来ない。
 何気なくカレンダーを見ると何かが書き込まれていて、ふと思い出した。
 今日は幼馴染みのりんちゃんに市民プールで平泳ぎを教える予定だった。時計の方へと首を回すと、待ち合わせ時刻まで、あと1時間ほどある。
 他にすることもないので、僕は市民プールへ行くことにした。幸いなことに干していた水着は乾いていたので、プールバックにタオルと共に水着を詰め込む。
 ゴーグルに頭を通して首にかけ、スニーカーを履いて、行ってきますと誰もいない家に言い残して鍵を閉めた。僕の両親は出勤していて家にいない。出る前に僕のことを力いっぱい抱き締めてくれた僕の親は、本当に良い人たちだ。
 自転車にまたがってヘルメットを被り、僕は自転車を漕ぎ始めた。
 流れる街並みは、やはりいつも通りだ。道を行く人、流れていく雲、過ぎていく道路。自然過ぎて逆にテレビのことが、本当なのかどうか分からなくなってきた。
 暫く自転車を漕いでいると、市民プールに着いた。が、最後の日にプールに来る人どころか職員すらいない。その代わり鍵は開けっ放しになっていて、どうぞ使ってと言っているように思えた。
 裏の駐輪場に自転車を停め、ロックを掛けて鍵をとる。カゴに入れたバッグを引っ張り出して、開けっ放しにされた扉の中に入った。

「わっ!」

 不意に飛び出た驚くような声に、こちらが驚かされた。ゆっくりと声の方向を向くと、そこにはりんちゃんの姿があった。手にはピンク色のプールバックがぶら下がっている。

「なんだぁ……剣軒くんかぁ……驚かせないでよ……」
「なんだってなんだよ」
「何でもないよ」

 僕の事を苗字で読んだこの子はりんちゃん。本名は李川花音(りかわ/かおん)で、僕は最初と最後の文字を取ってりんちゃんと呼んでいる。

「にしても剣軒くん、やっぱり水泳バカだね。最後の日でも来ちゃうんだから」

 誰もいない市民プールの建物の中を二人で歩く。いつもはガヤガヤとしているのに、とても新鮮な気分だ。

「りんちゃんこそ、こんな日に来るなんて驚いたよ」
「私はバカのつもりはないんだけどね……」

 意外な事に、りんちゃんは普通だ。いつもいつもテストで凄い点を出して、皆から賢いって言われてるりんちゃんなら、僕よりもずっと最後の日が実感出来ているのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。

「ところで剣軒くん、もう付いてこないで欲しいな」
「なんで?」
「この先は女子更衣室だよ?」

 すぐに離れて男子更衣室に行った。

 水着に着替えてから更衣室を出る。まだりんちゃんは着替え終わっていないようで、その姿は見えない。
 先にシャワーを浴びようとボタンを押した。すると上から水が降ってきて、夏の日差しで熱くなっていた僕の体が冷却された。
 顔に付いた水を手で払って、プールサイドで準備体操をする。これをしないと足をつって溺れたりすることがあるから、意外と侮れない。
 りんちゃんが来てから、平泳ぎの練習を始める。正直に言うと、僕は教えるのが苦手だ。自分でやる時は全部感覚でやっているというか、体が覚えているという感覚なので、それを人に伝えるのがどうしても難しい。

「水を蹴って水をかいて、その後に息継ぎ。息継ぎの時に手を戻して」

 一応アドバイスをして、りんちゃんにお手本を見せてみたりするが、何故かりんちゃんは上手くいかない。
 というか、どうして不自然なことが一つある。

「りんちゃん、授業の時より酷くなってない?」

 そう、りんちゃんはプールの授業の時よりも明らかに動きがぎこちなくなっている。
 僕の言葉を聞いたりんちゃんの表情が、少し暗くなる。もしかして、りんちゃんは無理をしていたのかもしれない。

「やっぱり分かっちゃう?」

 やっぱり、賢いりんちゃんは色々と考え込んでいたんだ。だけど、僕に合わせようとして、無理に明るく振舞っていたのかもしれない。
 そんな思いをさせるなんて、僕は最低だ。

「……ごめん」
「いいんだよ。剣軒くんは何も悪くないから」
「でもりんちゃんは僕に合わせて……」
「大丈夫だって! さ、続きやろ!」

 その後、りんちゃんは少しだけだけど動きが良くなっていた。
 結局、その日はりんちゃんは25mを平泳ぎで泳ぎきることは出来なかったが、それでも18m位までは泳げるようになった。多分、もっと練習すれば泳げるようになるだろう。そんな時間は、もう無いけど。

「ねぇ剣軒くん、時間知ってる?」

 プールから出た時に、りんちゃんが唐突にそう聞いてきた。

「時間って、何の?」
「星が落ちてくる時間」
「えーっと……」
「今日の5時半だって。後1時間だね」
「あっ……」

 りんちゃんの腕時計を見ると、時間は丁度午後4時半を指していた。知らない内にかなりの時間を使っていた。

「ねぇ剣軒くん、こんな事を頼むのもアレなんだけど……」
「どうしたの?」
「あと1時間、私といてくれない?」
「いいよ」
「……随分軽い返答だね。最後の1時間だって言うのに」
「僕にやることなんてないからね。僕の両親も、きっとまだ働いてる。2人とも帰ってくるのは早くても6時なんだ」
「そっか、じゃあ……」

 そして、近くの公園のベンチに座って、りんちゃんと色々な事を話した。
 学校のこと、友達のこと、家族のこと、色んな話をした。下らないことも大事なことも話した。でも、決してその時間は無駄な時間じゃなかった。誰が何と言おうと、僕が価値があるって思った時間だから、価値があるに決まってる。

「あと5分だね」
「怖くないの?」
「剣軒くんは?」
「僕はバカだからまだ実感がわかないや」
「そっか。私は怖いかな……ちょっと……」

 りんちゃんの手を見ると、少しだけ手が震えていた。よく見たら、顔色も悪い。
 僕は意を決してりんちゃんの手を握った。びっくりしたのか手が少し動いたが、りんちゃんは振りほどこうとせずに暫く無言になる。
 そして、その気まずい雰囲気のまま、遂に時間になった。

「…………」
「…………」
「……あれ?」

 ……が、何も起こらない。
 不審そうな顔をするりんちゃんと僕。そのまま10分ほど待ち続けるが、何も起こらない。
 結局、その日僕はりんちゃんと微妙な雰囲気で別れた。隕石なんか嫌いだ。もう2度とかっこいいなんて言わない。
 家に帰ると、父親がテレビのリモコンをカタカタと忙しなく動かしていた。
 僕は、その目まぐるしくチャンネルの変わるテレビを見た。
 どのテレビ番組も、まるで朝と同じように、同じ事を言っていた。
 「隕石が外れた」と。




*突然失礼致します。

 波坂という者です。初心者ながら投稿させて頂きました……!
 他の方の感想は後日書かせていただきます!