Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.13 )
日時: 2017/09/08 16:56
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: TAzNv.8w)


※少し修正しました


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【冬の吐息】



 今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
 この辺りに住んでいる人間なら誰もが知っている公園で、殺人事件があったらしい。実名は報道されていなかったが、殺されたのは「女子高生」だったと、事務的な口調で可愛らしい女子アナが伝えていた。
 多分、ネットでは既に実名は明らかとなっているのだろう。この世界は、プライバシーなんてあってないようなものだ。自分は大丈夫だと思っていても、それは世界が自分に目を向けていないだけだ。一度世界が自分に注目すれば、何もかもが明らかとなってしまう。
 世界は簡単に、俺たちを裏切る。
 引き続き、事件の詳細についての映像が流れるTVを見ながら、俺はジャケットを羽織った。どうせ仕事場に着けば、暖房が効いているので、すぐに脱いでしまうのだが。
 そのまま家を出ようと鞄の中を漁ると、煙草が無いことに気づいて、前日の記憶を必死に遡ろうとする。

『大人は娯楽がいっぱいあっていいですね。煙草を吸っても咎められないし、お酒を飲んでも怒られない。狡いです、大人は』

 嗚呼。嫌なことを思い出しちまった。
 それは煙草の居場所ではなく、数日前、煙草を吸っていたときの記憶だった。確か、あの日吸っていた銘柄は、ジタン。今探し求めている煙草と同じだった。
 人間は、匂いや味で記憶を呼び覚ますことがあるらしいが、煙草もそうなのかもしれない。煙に包んだ記憶を呼び覚ますような、そんな効果があるような気がした。
 俺が教室内で煙草を吸っているのを、心底羨ましそうに見ていたあいつ。子供を正しい道に導くための仕事をしている俺が煙草を吸ってはいかんよな、と思いながらも、これがなかなかやめられない。
 煙草の煙は、冬の吐息に似ている。はじめは白く、そして段々と先っちょから透明になって、消えてゆく。あの日の煙草も、そうやって窓の外に消えていった。
 あいつは今、どうしているのだろうか。
 彼は同じ高校の女子を殺した。彼はいつも、孤独だった。『誰とも交われないんです、僕は』と言っていた。彼女とも、交われなかったのだろうか。
 殺された女子についてはよく知らない。かなりの美人で、けっこう有名だったらしい。事件があった後、色々と写真を見たが、確かに整った顔立ちの、美人さんだった。あいつはそれをメッタメッタのギッタギタにしたらしい。彼女の顔に、何か恨みでもあったのだろうか。

「何故、あんなことをしたんだ?」

 面会をしたときに彼にした質問を、もう1度声に出してみる。
 確か、そのときの彼は、儚げに笑って、

「『やってみたかったから』か。……俺が煙草を始めた理由と同じじゃんかよ……」

 ふぅ、とため息をついて、俺はテレビの下の引き出しを開ける。煙草はそこにあった。

『なお、容疑者は獄中で自殺を……』

 ついでにそこに入っていたヘッドフォンも取り出して、装着する。もう、何も聞きたくなかった。
 TVを消して、玄関へと向かう。煙草はズボンのポケットに入れた。外に出れば、冷たい空気と、曇り空。今日は雪が降りそうだな、と思った。
 いつも通りだ。何も変わらない、そんな日常。

『僕は神様なんて信じちゃいません。神様なんていない。いやしない。だって、みんな幸せでしょう。僕以外、みんな、幸せじゃないですか。あなたも、あいつも、そして彼女も。みんな、背中に神様が張り付いてくれているから、幸福なんです。僕は幸福になれなかった。それってつまり、僕には神様はいないってことだ。僕は、人殺しで未来のない、この上なく不幸な人間だから』

 ガラスに隔たれたあの空間で、あいつがぽつりと零した言葉たち。神様。幸福。不幸。未来。

「……神様なんて、最初からいやしないんだよ」

 歩きながら火を点けた煙草の火を見つめながら、呟く。煙草を咥え、吐き出した息は真っ白で、それは冬の吐息か、それとも煙草の煙か。
 2つ、静かに冬の空に溶けていった。


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 こんばんは。お世話になっております。
 素敵なスレッドがたっていたので、投稿させていただきました。一応私が昔書いていた小説の番外編のようなものですが、これ単体でも読めるかな、と思い、執筆しました(笑)
 ありがとうございました。