一部のカキコ民の皆さんを「ビクッ」ってさせたくて、久しぶりにこちらのペンネームを使いました。
紅蓮の流星といいます、普段はViridisと名乗っています。
短いうえに拙くて、挙句ほとんど勢いで書いたもので申し訳ありませんが、面白いスレッドを見つけたのでお邪魔させていただければと思います。
読んでいただければ幸いです。
*
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
いや最適な表現ではないかもしれない。報道させられていると言った方が良いだろうか。
でなければあり得ないだろう。駅前に軒を連ねる電機店の店頭で、整列した商品たち。雑踏にどよめく人々の、スマートフォンやタブレットの小さい液晶。そびえ立つ広告塔の巨大モニター。俺らの日常に溢れたそれらが、ただひとりの少女を映している有り様など。
彼女は丹念にくしけずられた濡れ羽色の長髪を揺らし、黒いゴシック調のドレスに身を包んでいる。腰を引き締めるコルセットが華奢な体躯を強調しており、短い丈のフリルと、編み上げのブーツに挟まれた色白い太ももがやけに官能的だ。
それらが痛々しく映らず、見惚れるほどの整合性を放っているのは、ひとえに彼女自身が持つ美貌のお陰でもあるだろう。
しかし、だからこそ、人形じみた顔立ちに浮かべられた凶暴な笑み、そして細い肩下を通し首から吊り下げられたテレキャスターがいっそう歪に際立っている。
『ハイッ、そういうワケで。現代というディストピアで死ぬまで生きるだけの、歩く墓標こと日本国民の皆々様方、ご機嫌麗しゅう。薄っぺらな脳ミソで薄々と勘付いちゃいると思いますが、現時刻を以て、全テレビ局のチャンネルを占拠させていただきましたッ!』
駅前のスクランブル交差点で思わず立ち止まっている人々の多くが、アホかマヌケみたいに口を半開いたまま唖然と立ち尽くしていた。あるいはどこからか「何コレ、ドッキリ? 何かの企画?」「え、よく分かんないんだけどこれ何、ヤバくね?」「宣伝とかじゃないの?」などと、歩く墓標らしい感想をめいめいに連ねている。
静寂から動揺や困惑となって、ざわめきの波紋が広がり始めた。なので好都合だと思い、俺は背負っている荷物をその場で下ろす。
『かの素晴らしきクソッタレな表現規制法が可決されちゃって以来、ハルシオン・デイズの居心地は如何でしたかぁ? 子守歌も聞こえない揺りかごの中は、さぞや快適だったろ』
あのアホ女、ついに、本当にやりやがった。
溜め息を吐きながら、ドラムバッグのジッパーをゆっくりと下ろしていく。あんな姿を見せ付けられては、こっちも体を張るしかないだろう。
徹底された表現規制の前では、こういうモノを持っているだけでも罪に問われかねない。無免許で楽器を所持することと、銃刀法違反はほぼ同義であるからだ。迂闊にこんなもの取り出しているところを見られたりしたら、即、国家権力に取り上げられ決して俺の元へ戻ってこない。
だからこそ今日は、今日だけは盛大に魂を掻き鳴らすため、画面の向こうでアドルフ・ヒトラーもかくやと言わんばかりのカリスマを振り撒く魔女に誑かされてやろう。
そう誓ったのだ。
『けれど悪いね。僕ら表現者は、一生一秒たりとも黙って居られやしないんだ』
♪
表現規制法という新たな法律は、簡潔な名前だからこそ容赦がなかった。
絵、歌、詩、文章、小説、漫画、音楽、ダンス、立体アート、その他おおよそ思いつく限り全ての創作物に対して、取り分け「青少年の健全な成長に悪影響を及ぼす」と一方的な判断を下されたものに対して徹底的な規制と排斥が為された。
それはあまり昔のことではなく、俺の記憶にも新しい。当時は来る日も来る日もどこもかしこも不平不満の嵐に包まれたけれど、いつしかひとり、またひとりと口をつぐんだ。言論規制の違反に対する罰を恐れたのもあったろうけれど、俺に言わせれば、現状が浸透してしまった最たる原因は彼ら自身だと思う。
口では好き勝手を言いながら、自分のハンドルを切るのも他人任せだから、こんなハズじゃ無かったのになどと愚痴零すハメになるのだ。お前らは不満を吐き出す機能に手足がついただけの節足動物だ。
でなければ、どうして俺たちの抱く溶岩が蓋をされる前に、噛み付いてやらなかった。時間ばっかり貪って肥え太った老害たちの、シワと脂が浮き出た喉笛に。
「中途半端な厨二病はカッコ悪いぞォー、君」
昼休みに、元天文部の部室にある小さな窓から屋上へと抜け出て、こっそり隠し持っていたミュージックプレーヤーで過去の遺物を聞き漁る。ぬるい泥水が水槽を満たすように、教室に飛び交っていたノイズで心が擦り減らされる瞬間が嫌だからだ。
そうして時間を潰していた俺に、彼女は言い放った。見上げて、すごく可愛い顔立ちの子だと思った。
それから提案してきた。彼女の見た目に関する評価は、すぐにスッ飛んだ。
「斜に構えるなら、突き抜けちまえよ……――この日本(くに)に、喧嘩売ろうぜ」
この瞬間、俺の彼女に対する愛称は「アホ女」で確定することとなる。
♪
年月が経つのは、早いもので。
立ち上がる同志たちを密かにかき集め、即座に来るであろう警官隊や機動隊への対策を練り、テレビ局各局を乗っ取るための根回しに奔走し、かれこれ数年にもなる。おかげで計画の第一段階は重畳といったところだろう。
ドラムバッグからケースを、そしてその中からスラップベースを取り出す。侍が丁寧に自らの得物を抜くような心持ちで。表現規制法に対するせめてもの細やかな反抗として、かつて中学校の全校集会で単身ゲリラライブを敢行した日が思い出される。
だからこのスラップベースは、二代目。親父から譲り受けた初代のものは、いまだ俺の手元に戻ってきていない。
『だから、さあ取り戻そうじゃあないか! 僕らのちっぽけな尊厳を! くだらない権利を! 泥臭い矜持を!』
画面の向こうで支離滅裂な言刃を掲げる少女。愛すべき凶器を取り出した俺。
信じられないものを見る視線が周りから集まっている間に、背後に何も言わず、しかしぞろぞろと同志たちが集まっていく。
危うく燻ぶったまま、音もなく消え行ってしまう直前だった俺を、彼女はふたたび燃え上がらせた。若い俺をどうしようもなく急き立てていた「絶望」と「焦燥感」を、彼女はふたたび思い出させた。
今日ここに集まったのは、そんな俺と同じような人間たち。胸の内で煮えたぎる紅蓮の烈風を殺しきれないまま、死地へと舞い戻って来た表現者たちである。めいめいの楽器を、または描いた絵を、あるいはもっと他の何かを、抱えて彼ら彼女らは共に上を見据える。
巨大モニターから視線を送る彼女に、こちらが見えているハズはない。しかし確かに、彼女が俺たちを見て、満足げに嗤った気がした。
俺たちは今日、この都内で同時多発的にゲリラライブを行う。
きっとすぐに国家権力がローラー作戦で俺らを鎮圧するために向かうだろう。そう長い時間やりたい放題というワケにはいかないだろう。
けれど少なくとも、何もできないワケじゃあないさ。
引き際も上手く見極めないとな、なんて考えて、やっぱりやめた。今それを考えるのは、あまりに野暮だと思えたから。
『さあさ、邪魔するヤツはこのテレキャスターで撃ち殺してやる! 弦の一本一本が叫ぶ音で、スティックの一打一打が叩き出す振動で、我らの一挙一動が奏でる、魂の響きで!』
今は後先を考えずに楽しむだけ。
そうしてにやりと笑い踏み出した俺たちの第一歩目は、のちに『表現戦争』と呼ばれる出来事の始まりとなるのだと、それすらも今は知らないままで。
『……――サイレントマジョリティーも言論の弾圧も、権力も規制も何もかんもブッ飛ばして、お前ら寝ぼけたリビング・デッドの目を覚ましてやるッ!!』
愛すべき我らのアホ女が吼えた号令と共に。
テレキャスターが唸りを上げて。スラップベースが刻みを始め。
ただ衝動と、焦りと、飢えと、乾きと、そして胸の奥から湧き上がる疾走感に身を委ね、世界に反撃の狼煙を上げた。