今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。今日はその話題で日本中持ちきりだ。例えば今つけたニュース、なんだか随分と物騒な格好をした人達が頑丈そうな建物の周りに集まって叫んでいる。チャンネルを変えればまた違う場面が映る。今回の騒動についてのインタビューのようだ。話を聞かれた人は眉を潜めて大袈裟に身を竦めて怖がっていた。の光景はきっと当人からしたら、必死極まりないのだろうけど、愛すべき猫との二人暮らしで実に平和で穏やかな生活を送っている僕からしたら、なんだか滑稽に映った。
「ねぇ、君もそう思う………?」
僕が、そう言ってふわふわの毛並みのをさらりと撫でてやると猫は、にゃあと言って気持ち良さそうに声を出した。その声を聞くとふわふわと天にでも浮かんでいけそうになる気分になる。幸せ、とはこういうことをいうんだと思う。愛する者と共に過ごす生活、それはとてつもなく尊いことだ。どうして誰もそのことに気が付かないのだろう。
そんな所でごちゃごちゃ無駄なことのために動いてるくらいなら愛する者に気持ちを告げた方がきっと世界は百倍良くなる。意味のない仕事に必死になる人間。奥底では思ってもいないくせに口から出任せをいうインタビューに答える人間。そしてそれに共感したりしなかったりする傍観者。皆、馬鹿野郎なのだ。世の中で一番大事なのは常識か?建前か?
愛だろ、愛。
「なんで誰も気が付かないんだろうね。そんな当たり前のことを」
そんな言葉に答えるかのように、猫は大きな欠伸をした。今やってるニュースのことなんてまるで眼中にない。そんな様子だ。猫らしい勝手気ままな態度。そんな姿も可愛らしい。やはり僕の猫は最高だ。衝動に駆られてぎゅ、と抱き締めるとざらりと首筋を暖かい感触が這う。そしてそのままの姿勢で僕の膝の上でちょこんとお行儀よく君は座った。……なんだか今日の君は随分と甘えたがりだ、パンチの一つでも飛んでくるかと思ったのに。
(猫は気まま、ね)
そんな君の我が儘さえ愛しい。それじゃあ、そんな君の奴隷の僕は君のご機嫌取りに美味しい食べ物でも買ってこようか。今日は少し奮発しよう。いつもより少し多めに買ってこよう。喜んでむしゃむしゃと食べる君の姿を想像しただけで心が自然と弾む。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
僕が玄関のドアに手を掛けると、君は寂しそうになぁなぁと鳴く。僕の服の裾を引っ張り、行かせまいと呼び止める。
「本当に今日の君は甘えん坊だな。……ほら、すぐ帰ってくるから離してね」
寂しがり屋の君が不安がらないように、にっこりと微笑んで僕は玄関に手を掛けた。
「またね」
閉めたドアからまだ君の鳴く声が聞こえていた。
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その部屋に彼女が入れられてから何時間経っただろうか。窓も何もないようなそんな部屋でまだ年端もいかない少女は、彼女の倍の年齢はあるかと思われる大人達に囲まれながらも、固く閉じられていた口をついには開いた。気の強そうなつり目をぎょろりと動かして周りをきっ、と一瞬睨むと、ふと優しげな顔つきになって彼女は虚空を見つめ、どこか虚ろな目で懐かしそうに、まるで独り言のようなそんな言葉を彼女は吐いた。
「初めに壊れたのは"あの人"の方だった。きっとあたしに対する罪悪感からなんだろう、あの人はとても優しい人だから」
「"あの人"はあたしを愛してくれたよ、頭を撫でてくれた、美味しいご飯をくれた、温もりをくれた、柔らかな笑顔をくれた…………あたしが今まで貰わなかったものを、全部、くれた」
「"あの人"があたしを愛すかのように、あたしは"あの人"を愛した」
「"あの人"が望むならあたしは首輪を着けてもらったって構わなかったのに……あの人はあたしを、あの人の"飼い猫"にはしてくれなかった。いつだって逃げれた……逃げなかったのは"あたしの意志"だ」
「……だから、だから!!これは"誘拐事件"なんかじゃない。あたしのただの家出なんだよ。"あの人"は何にも悪くないんだ!!」
そんな様子を外側の部屋から見つめながら年配の警察官は、ぼそりと隣に立つ若い警官に言う。
「……典型的な"ストックホルム症候群"患者だぁな」
「ストックホルム症候群?」
物を知らない若い警官にはぁーとため息を吐きながら年配の警官は説明ふる。
「……誘拐された人間が誘拐した人間に対して情を持っちまう心理状態をそういうんだよ。……社長令嬢だからな、人に嫌なことを言われることも多かっただろう。そんな中で無条件に愛を注いでくれる人間に出会って……コロッといっちまったんだろ」
彼らがそこまで話し終えたとき、急に部屋の中から大きな笑い声が響いた。あの少女のものだ。
『あはははははははははははははははははははは!!!!』
部屋越しに聞こえる、その声は。
『あたしなんかに何時間も時間を使ってさぁ!!本当に馬鹿野郎だよアンタらは!!!!この世の中で一番大切なものはねぇ!!!!』
狂気そのもので。
『…………"愛だよ、愛"』
そんな少女の狂気を知ってか知らずか今日も全てのテレビ番組は無機質な声で同じ報道を流し続ける。
『--------本日××県、某所にて行方不明だった少女が救出されました。それと同時に誘拐犯と思われる男も連行され--------男は"猫に餌をあげなければならない"などの供述をしており----------』
『----連日世間を騒がせていた犯人がやっと捕まって、一安心ですね。これでやっとお茶の間に-------』
『---------"平和"が訪れることでしょう』
*こんにちは。初めまして。最近猫が好きになった羅知という者です。練習ということで普段は書かない感じのものを書かせて頂きました。他の方への感想は後日に書かせて頂きたいと思います。