このスレッドを見つけて、慌てて書かせていただいたものなので少し急展開、設定がおかしいところがあるかもしれません……。それでもよろしければ。
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
玄関のドアを開けてやると、彼女は弾丸のような勢いで転がり込んできた。その香りの発信源である、色取り取りの花たちを胸に抱いて。
「これねぇ、そこのねっ、空き地にねっ、咲いてたんだよっ、綺麗でしょっ」
「……ありがと。上がっていいよ」
興奮冷めやらぬ様子の彼女は、あんなに大切そうに抱きしめていた花を僕に押し付けると、靴を脱ぎ散らかしてリビングへと上がっていってしまった。
軽いため息をついて、仕方なくピンク色の小さな靴を揃える。靴を脱ぎ散らかしたのも、インターホンを連打して入れてとせがんだのが彼女でも、母に叱られるのは僕なのだ。母は彼女を「私たちと違って裕福ではないから」という理由だけで汚いもののように扱い、忌み嫌っている。
あんな庶民うちの屋敷に入れないでよと怒る母の声を、僕はベッドの上で聞いていた。
花を手に持ち、扉を開く。と、目を細めて、陶器の花瓶を物珍しそうに眺めている少女がいた。
僕が部屋に入ってきたのに気付くと、嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねる。頭の両側でツインテールにくくられた髪も揺れた。
「この間の絵、完成したよ」
「えっ、本当っ?」
「うん。……見る?」
「うん! 見たい見たい!」
ソファの裏に隠していた花の絵が描かれたカンバスを抜き取り、彼女に見せる。彼女は花の絵を、目を見開いて食い入るように見つめた。餌に釣られる犬のようだった。
花瓶に挿された、背の高い花の絵だ。淡すぎる色で描いたせいで、輪郭もはっきりせず、主人公である花さえも曖昧な絵となってしまっている。それでも彼女は目を輝かせて見ていた。僕も、最初、もっと子供の頃の絵に比べたらずっと上達していると思う。
「すごい、本物みたい、きれい……ねえ、この絵貰ってもいい?」
「……え?」
そんなこと予想もしていなかった。でも、考えてみれば、こんなものがあっても邪魔なだけだった。
「うん。……こんなので良ければ」
どうせ、あとで捨てるつもりだったのだ。
「本当っ! いいの本当にいいの? ありがとっ、大好き!」
大きな眸をきらきらさせて喜ぶ彼女。開いた口から、小さな八重歯が覗いて見えた。
明るい、が第一印象の女の子。小学校まだ一年生、だっただろうか。近所の家に住んでいる子で、名前も花だった。ありきたりな名前だとか、そんなことは思わない。
僕は滅多に外に出ないし、彼女にも聞かなかった為名字はわからないが、彼女は花という名前のよく似合う女の子なのだ。正に可憐に咲き誇るチューリップのように可愛らしい、愛しい存在。
そんな彼女とは対照的な、病気がちの僕。外には全く出ず、学校には3、4日に一度くらいしか行けない。それでも昼頃には早退するのだから、生涯の殆どを家の中で過ごしていると言っていい。
そのせいで、血の気も生気もすっかり失せてしまった白い手で、僕は絵筆を握る。彼女が絵の題材となる花を持ってくる。そんな役割分担ができあがったのはもう一年ほど前だろうか。そもそもの切っ掛けは、彼女が引越してきた時に花を渡してきたことだ。そして僕が喜ぶと彼女は次の日の日曜日、花を摘んできてくれたのだ。僕だけのために。
しかし母は彼女を嫌い、屋敷には上がらせるなと言う。
それからは土曜日の正午あたり、母がいつもいないこの日に彼女がやってくるようになっていた。
少しばかり描いたところで、僕はあることを思いつき、ふと手を止めた。
「今日は、ここまでにしよう。今度来たときには必ず見せてあげるから」
「どうして?」
「いいことを思いついたんだ。この絵が出来あがったら、また君にプレゼントするよ」
「うんっ! 絶対だよっ、また来るから!」
カンバスを抱きしめて、彼女はリビングを出ていった。何度も振り返っては「またくるから」を繰り返す。そして家から出ていった。甘い匂いのする花を置いて。
苦笑しながら、僕はその小さな姿が見えなくなっていくのを見送った。見送った。見送った。……見送ってしまった。
見送っては、いけなかったのだ。
土曜日の正午すぎ。彼女はまだやって来ない。
今までで一番の大作で、丁寧に描き上げた絵。
彼女へのプレゼントのカンバスには、たくさんの花と、今までと違い一人の少女が描かれていた。屈託のない、素直で純粋な笑顔で、あっちの花へこっちの花へと手を伸ばしている少女。
見たらきっと驚くはずだ。驚いて、そして喜んでくれるはずだ。笑ってくれるはずだ。早く彼女の笑顔が見たかつた。
しかし彼女は、約束の時間になっても来なかった。
直ぐ近くを通っていった救急車のサイレンと、まだ生きていた花の、妙に甘い香りが何故か、僅かな不安感を煽り駆り立てる。
まさか彼女に何かあったのか。
そう思って誰もいないことを確認して、家を飛び出した。
日差しが目を突き刺し、しばらく浴びていなかった太陽の光で肌が焼けるようだった。しかし構わずに彼女の名を呼びあたりを探し回った。息が切れる。
ある横断歩道にさしかかったところで、彼女に会った。
もっとも居たのは、僕の知る彼女ではなかったけれど。
花がそこら中に散らばっている。彼女は今日も花を持ってきてくれていたらしい。今回もカラフルな色の花たちだったが、その中でも一番目を引く、赤い花があった。
そっと拾い上げると、鉄とあの甘い匂いがした。
はじめまして。おもしろそうだなと思って、つい書いてしまいました。
さすがに短すぎましたね……すみません。甘い匂いと言われるとシャンプーの匂いか香水くらいしか思いつかなかったので必死に考えて書きました。しかし私の脳みそではさすがに無理があったらしくこのようなものしか書けませんでした。申し訳ないです。