彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
「今日のお昼、なに?」
「お母さんの作ってくれたお弁当!」
「へえ。あ」
彼女が席に座ろうと、机に手をついたときのことだ。そこに置いていた紙パックが彼女の指にぶつかり、ぼとんと倒れた。その拍子に、甘そうないちご牛乳が紙製の門から進軍する。
おどろいた彼女はつぎの瞬間、そのピンク色の液体に手を滑らせる。結果は一目瞭然。自分の机に、顔からダイブする。ピンク色の水しぶきが噴くと、机の端からぽたぽたと小雨が降った。
「ちょっと。大丈夫?」
「ちょっと、痛い」
「まったく。本当にドジなんだから」
「えへへ……」
「あ、お弁当」
「あ!」
手に持っていたはずのお弁当箱が、床でぐしゃりと命を絶っていた。しかし彼女が呆けたのは一瞬のことで、すぐにへらっと笑みをこぼす。
だれひとり慌てる様子もなく、彼女自身手慣れたようにバッグの中ををまさぐりだす。彼女がとてもドジであることを、周囲の人間はだれもが熟知しているのだ。
「これで、拭く?」
「あ、ありがとう! ハンカチ、いつもごめんね」
「ほっとけないから」
「ヒュー。お熱いねえ」
「そんなんじゃないよ!」
僕もそのうちの一人だ。だからこそ放っておけない。そういう性分なのだ。
そんな僕に、いよいよ彼女の行動が読めるようになってきた。
彼女にハンカチを渡そうとすると、いつも決まって「あ!」と叫び声を上げる。そして手からハンカチを滑らせる。そのまま床にひらり。掴もうとしてかがんで、それから、なんやかんやあって転ぶか踏みつけるかしてハンカチを汚す。いつもそういう手順を踏むのだ。半泣きの顔が目に浮かんだ。
僕の差し出したハンカチに、彼女が手を伸ばしてくる。
「ありがとう!」
その手にしっかりとハンカチが渡った。
「え?」
「また転んで汚すと思ったでしょう?」
ハンカチを両手で優しくつかんで、胸の前にまで持ってくると。めずらしく彼女は、いたずらっぽくはにかんだ。
「もう汚さないよ。これは君のだから。えへへ」
花咲くような笑みに、僕は言葉を失った。
最後に見た「彼女」の笑顔が、どうも思い出せない。それでもいい。僕には毒のような味だった。
「花をかえなくちゃ」
まもなくのこと。僕はもといた学校から転校した。
***
ここではまたまた、初めまして。瑚雲です。
とても素敵な企画ですね*
楽しく書かせていただきました。
まだすべての方のものを読んだわけではないので感想はのちほど!
浅葱さんの作品だけは、冒頭からすらすら読んでしまったのでまずは一言だけ。
雰囲気が、とても好きです……!(訳:しんどい)
運営ありがとうございます*
これからもがんばってください!(*'▽')