Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.94 )
日時: 2018/01/21 22:58
名前: NIKKA◆ShcghXvQB6 (ID: oUHD/Fyc)


「問おう、君の勇気を」

 そう芝居がかった口調で問う男は下卑た笑みを浮かべ、赤々と光りを放つ、それを手渡してくるのだった。坩堝の中、溶けた真鍮が揺らめき、その液面からは確かな熱気が伝わっている。それを受け取ると、眼下にて押さえ付けられている僧侶の顔を二度、三度、四度と執拗に踏みつけるのであった。切れた唇から血が湧き出し、その血の中に混じる白は抜けた歯だろうか。それが顔を覗かせ、痛みに悶える足枷の鎖ががちゃがちゃと音を立てているも、その鎖を繋がれた馬が気にする様子もない。

「口開けとけよ、お前の好きな十字架をこれから作ってやるんだ。死んでも唇から離れないんだぜ。そうだな、云わば立派な殉教だ」

 そう僧侶へ語りかけ、彼は笑っていた。周囲には首を裂かれた女の死体、泣き叫ぶ子供、首を失い物言わぬ骸の群れ。坩堝を持つ男もまた同様に笑みを湛え、ぐるりと辺りを見回すのだった。
 押さえつけられ、怯えたように声を漏らす僧侶の口は閉じられないように、鎚の頭が突っ込まれており、それは舌の動きを阻害しているのだろう。彼の命乞いは声にすら成らず、大凡暴虐を強いる者達が聞き入れる事は無かった。

「殺しに勇気なんて必要ない、お前に問われるまでもない」

 坩堝の男はそう軽口を叩き、僧侶の腹を三度ばかり踏み付けた。口内に溜まった血が噴水のように吹き上がり、飛沫が舞う。泣きじゃくるばかりの子供の顔が、僅かに赤く汚れていた。さっさと殺しておけと一瞥すると、同胞である男がその子の頭を掴み、石畳の上を引き摺っていった。泣き叫ぶ声が次第に大きく、激しいものへと変わっていく。その声が止まった時、ふと見遣れば子供の後頭部は大きく陥没しており、すっかり脱力し微動すらしなくなったその身体を豪奢なステンドグラスへと投げつけ、そのまま外へと放り出すのであった。

「神は居ないなぁ、無駄死にだなぁ?」

 神を存在し得ない物と嘲り、その男は自らの持つ鎚でこめかみの辺りを二度ばかし掻いた。そして彼は短く一つ溜息を吐くと、思い付いたように突然、僧侶の右目を叩き付けた。肉の拉げるような音は不快で、飛び散った血のそれは辺りを汚すだけ。より一層、僧侶の悲鳴が大きくなる。男の同胞達はその様子を見て、嗤うばかりで何者もその行為を咎めるような事はない。

「やれ」
「あぁ」

 その短い一言のやり取りの後、坩堝を傾けた。金色の湯が口の中へと滴り、肉を焦がしていく。最初の内は悲鳴を上げていたが、口に湯が充満するにつれ、その悲鳴はくぐもった物へと変わっていった。終いには悲鳴すら上げられず、醜く手足をばたつかせたと思えば、その僧侶だった男は白目を剥いたまま事切れたのであった。僅かに口から零れた湯は頬を焼き抜けている。開かれたままの口からは一つだけ気泡が上がっていた。

「これじゃ十字架が作れねぇなぁ、鬆が入っちゃなんねぇ。……よーっし、連れて行け」

 僅かな時間すらなく、馬が走り出し事切れた僧侶だった物は引き摺られていった。彼と同じく、外へ出されたのだろう。辺りの死体は何時の間にか消えていて、この聖堂の中には血の痕と数人の同胞だけであった。

「後はあの像を引き倒しとけ、偶像だなんて気分が悪い。これからは俺等の土地だ、俺等に異教の神は必要ない」

 その同胞達へ語り掛け、勇気を問うた男は坩堝の男の肩を軽く叩いた。

「外に出よう、此処は少し臭いからな」

 血の臭いを充満させたのは自分達だろうと、浮かべたのは自嘲するような苦笑い。それが消え去ると共に坩堝は投げ捨てられ、石畳に真鍮の残り滓が滴るのだった。



 外もまた凄惨たる様子で、彼方此方で火が登り、立ち込める黒煙が争いの惨禍を語る。その光景を見るだけで悲鳴が聞こえ、死への恐怖、争いの愉悦が感じられて仕方がなかった。あぁ、此処は戦場なのだという事を再認識せざるを得ず、耳をすませばまだ遠方で火槍や野砲の声が聞こえていた。生き残りを殺すべく、同胞が走り回っているのだろう。

「……神は居ない、全くその通りだよ」
「まぁな、神を恐れない勇気。これが俺等には必要だ、異教の神など恐れるに足りん。何故なら我々はそれすらも討ち滅ぼすからさ」

 そうやって剛毅に語り、大声で笑い飛ばす男の言葉に小さく頷き、道を歩む。斃れている死体は何かに助けを求め、縋るように手を伸ばしているのだが、その手は空を掴んでいる。神が差し伸べた手など無く、彼等の手は確りと無を握り締めたままなのだ。

「……神が居たとしたら何れ俺達には神罰が下るでしょ。何なら今すぐかも知れない」
「はぁ? 有り得ないぜ、それ。天の神は俺等の業悪を見ておきながら、見て見ぬ振りをしている。布施はクソ共の腹を膨らまして終いってもんさ。見てみろよ」

 彼の指差す先、逆さに吊り上げられた僧侶の屍があった。口から出ているのはまだ固まりきっていない、真鍮の湯である。両手の平を杭で打たれ、逆十字のように吊るし上げられたそれであったが、身に纏う法衣の腹は裂かれ、でっぷりと死亡で膨らんでいる腹が露になっていた。その腹を裂こうとしている同胞の姿があるのは気のせいではない。彼の刀が薄い皮膚を裂いていく。血が滴り、逆十字は伸び、ただの十字へと変わっていった。

「あー、間違いないね、信徒の金はクソのクソになって終いだ」
「そうだろ?」

 神をも恐れぬ勇気を持つ。強いて語るならば、何も恐れぬ勇気を持ったのだ。だからこその業悪である。争いを齎し、他を侵略し、他を殺めてはせせら笑う。それは何物をも恐れぬ勇気が変質した末の物。それは彼等が業悪を犯し、他者を侵す原動力となるのだ。全ての勇気が善い方へ働くとは限らない。中には血と死を以ってして、その勇気を証明する者達も居るのだ。







どうも、初めましてではないですが。
此処に来るのは初めてでしょうか。まぁ、暇なもので手の空いた時間を潰しに、といった感じです。
では、失礼。