手紙は何日も前から書き始めていた。一人の少女は空を見上げる。いつもよりもずっと強い勢いで柔らかな雪が降り続けていた。昨日までの雪が溶けて、凍って。スケート場のようにつるつるになってしまった地面の上に純白の絨毯が広がる。
四時過ぎ、ほんのちょっと赤みがかった西日が厚い雲の向こうからほんの少しだけ顔を覗かせる。べしゃり。汚い音を立てて、水と雪とが溶け合った深いところに足を踏み入れる。防水のしっかりされた冬靴を履いているので靴下まで浸水することは無い。一寸の飛沫が飛んでスカートにかかる。制服の紺色は水に濡らされてより濃くなる。ぺたり張り付いた冷たい布地に、少女は顔を顰めた。
ブレザーの上に来た真っ黒なコート、そのポケットに彼女は手袋もつけていない裸の手を挿して歩いていた。駅の近辺には沢山の人がいて、絶えず彼女の隣を流れていく。白い絨毯の上には、何重にも重なった人々の足跡が並んでいる。
眺めてみると様々な模様があって、それだけ多くの人がこの辺りを歩いたんだなと彼女は思った。溜め息を、一つ。吐いたそれは唇の間から漏れたその時には白く濁った。そのまま、ほんの少し自分の行く道を先導したかと思うと、掌に乗せた雪の結晶のように消える。くしゃり。ポケットの内に秘めた紙に、何本もの皺が走った。
駅前に並んだイルミネーションは、もう青や白の光を放っており、駅前の広場を賑わわせていた。木に巻きつけられたLEDが、鹿の形に並べられた光源が、鮮やかな光で夕暮れ時を照らし出す。横長の大きなスクリーンには電光が走りっぱなしで、光の線があっちに行ったりこっちへ来たり。じっと眺めていると目がちかちかするくらいに。少女はじんわりと涙を浮かべ、その理由は電光のせいだとした。また、一層深い皺がコートに眠る手紙に走る。きっと、その恋文が再び目を開くことはないだろう。
また、誰かとすれ違う。その男女は同じ色のマフラーをして、白い景色の中頬を紅潮させて嬉しそうに喋っていた。また、すれ違う。その夫婦は言葉こそ交わさないものの、手を繋いで幸せそうに歩いていた。すれ違う。老夫婦のうち、おばあさんが滑りそうになっていたところを、おじいさんが支えた。少女は、コートの中の手紙を力いっぱい丸めた。
秀也くんへ。その手紙はその一文から始まる恋文だった。去年と今年、同じ教室にて過ごしてきた、一人の少年へと宛てた手紙。可愛らしいピンクの紙片に、精一杯想いを綴って、家にあった白い封筒に詰めた。古典的な方法だと思う。けれども、電子メールで告白するのは躊躇われた。けれども少女に、面と向かって告白するような勇気も無かった。だから、手紙。こっそりと、帰る間際に彼のロッカーの中に忍ばせようと考えていた。
けれども少年には、いつの間にか恋人ができていた。まるで雪の精みたいな、とても綺麗な女の子。昼休みの教室で、冷たいことで有名なその少女が、彼の前でだけ顔を桃みたいにしていた。軽く糊付けされた手紙を、その瞬間にもっと強固な封をした。絶対に、誰も見ることができないように。強く、固く。封筒の中に閉じ込めたのはきっと、彼に宛てた言葉だけでは無かった。相手の女の子は、姓も名も、冬を思い起こす名前をしていた。
靴底の半分以上が、雪の中に埋まる。前に人がいないことを確かめて、積もった雪を蹴飛ばした。冷たい綿毛が宙に舞う。ふわりふわりと、また地面へと舞い戻った。同じことを何度か繰り返す。蹴って落ちた綿毛をまた蹴る様子は、どこか虐めているようだった。
ぐちゃぐちゃに潰れた封筒を、ポケットの中から取り出した。使い終わったチリ紙のように丸められたその手紙を見る。ぽつり、ぽつり。季節外れの時雨が、彼女の袖を濡らした。寒空の下に降るその雨は、煮えたぎるように熱かった。
ぽいと、雪の上にその手紙を投げ捨てる。ころりころりと転がって、どこに行ったか分からなくなる。真っ白な封筒が、同じく真っ白な銀世界に溶けたようだった。
あの手紙も、雪と同じように溶けてしまえばいい。一緒に詰め込んだ、私の恋心と一緒に。
吹雪はより、一層強く。凍てついた風が、街の中を駆け抜けた。
fin
これまでに投降された方たちと違って、少々短めのお話を一つ。
失恋のお話です。意識したところは、感情を直接表現する言葉をほとんど使わないようにしたところです。
それと、会話文を0にし、心の中の声も最後の改行で区切ったところ以外では書かないようにしてみました。
初めて挑戦する書き方で、少女がどのような思いでそれぞれの行動をとったのか、伝わっていればいいなと感じました。
参加させてもらい、深く感謝です。