手紙は何日も前から書き始めていた。そして、何日も前に書き上げていた。
可愛いシールで封をした封筒を、そっと指で撫でる。この中には何と書いていただろうか。確か、書き出しは『中学生になりました。』だった。
自分の住所と、その上に並んだ遠い地。宛名も、もう何度見ただろうか。昔は難しい字ばかりだと思っていたのに、今となっては何も見ずに書ける。見慣れたこの名前が纏う春の色に気付いたのは、この宛名を書いた時だった。
手紙なんて、届くかどうかも分からない。届いたって読んでもらえるのか。一度送ってしまえば、返って来るのは返信だけ。LINEの方が便利だなんて思う日が来ることを、この手紙を書いた私はきっと夢にも思わなかった。
もうすっかり剥がれかけていたシールを剥がし、中の便箋を取り出す。隙間なく文字で埋められた二枚の紙は、あの日の私の思いを瓶詰めしていた。
届くかどうか、届いたかどうかも分からないのに、手紙を書いてしまうのは。
自分の文字で、伝えたいことがあるからだ。
大人っぽかったあの子に似合うよう、可愛くとも落ち着いたレターセットを選んだ。
文香の香りが移った紙を広げ、ペンを持つ。
何を書こうか。全て書いていたら、きっと便箋が封筒に入りきらない。
大人びていたその姿を真似て、髪を伸ばしたこと。化粧も覚えて、それでもきっと、まだ妹のように思われてしまうのだろう。中学も、高校も、大学も、楽しいままに終わったこと。そっちは何をしているかな。元気でいてくれるのかな。
便箋は、あっという間に埋まってしまった。
しっかり辺を合わせて、折り畳む。封筒は少し厚くなってしまったけれど、きっとポストには入るだろう。
宛名の美しく温かい色は、一筆書くたびに息が止まる。
切手を貼って、糊付けすればもう出せる。何度も確認した。
一通だけの手紙を持って外に出れば、いつの間にか早咲きの桜が枝を淡く染めていた。
日差しが柔らかい。あの子のようだ。あの子の、名前のようだ。
ポストに、そっと手紙を落とす。カタン、と戸が閉まる音で手紙と私を繋いでいた糸は切れた。
あの子は読んでくれるだろうか。読んでくれなくとも、私の名前を見て何か、思ってくれるだろうか。
家へと帰る道すがら、ふと空を見上げた。少し霞んで埃っぽい青空を、久し振りに見た。
次の日、私のポストには赤い判子を押された手紙が一通、入っていた。